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「薬害」事件における事件調査の在り方について(ニ・完) : 原因究明の重要性の視点から

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(1)「薬害」事件における事件調査の在り方について(二・完) ──原因究明の重要性の視点から── 岡 野 内 德 弥 岡 野 内 俊 子. 目 次. (オ)被害者等への配慮の観点. 第 1.はじめに. . 第 2.本論文の位置づけ.  以上,本誌第 19 巻 3 号掲載. 第 3.事件調査についての考え方 1.事件調査とは  ⑴ 事件と事故の異同  ⑵ 事故調査の問題点と課題  ⑶ 事故調査 の 課題 と「薬害」事件 の 調査 との関係  ア.‌調査組織・制度 の 独立性,専門性及 び公正性,並びに調査権限について  イ.‌事故調査と刑事手続との関係について  ウ.‌直近当事者の責任追及よりも直接的原 因の背景要因を重視することについて  エ.‌事故調査結果の利用及び公開について. (カ)‌当該事故調査の特徴から求められる ことの観点 (キ)まとめ  ⑶ 福島原子力発電所事故の調査  ア.考察対象とした事故調査  イ.国会事故調の調査概要  ウ.国会事故調の調査の考察 (ア)‌調査組織・制度の独立性,専門性及 び公正性,並びに調査権限の観点 (イ)事故調査と刑事手続との関係の観点 (ウ)‌直近当事者の責任追及よりも直接的‌.  オ.被害者等への配慮について. 原因の背景要因を重視することの.  カ.まとめ. 観点. 2.事故調査事例の考察. (エ)‌事故調査結果の利用及び公開の観点.  ⑴ 事例対象の意味と考察の視点. (オ)被害者等への配慮の観点.  ⑵ ‌薬害肝炎事件の検証・再発防止のための. (カ)‌当該事故調査の特徴から求められる. 検討会  ア.事件と事件調査の経緯・概要  イ.薬害肝炎検討会の調査の考察 (ア)‌調査組織・制度の独立性,専門性及 び公正性,並びに調査権限の観点 (イ)事故調査と刑事手続との関係の観点 (ウ)‌直  近当事者の責任追及よりも直接的 原因の背景要因を重視することの観点 (エ)事故調査結果の利用及び公開の観点. ことの観点 (キ)まとめ  (4) 2 つの事故(事件)調査の比較 第 4.「薬害」事件における事件調査の在り方 1.「薬害」事件の事件調査について  ⑴ 「薬害」事件の全般について  ⑵ 「薬害」事件の分類の考え方 2.「薬害」事件の分類  ⑴ タイプⅠに分類される事件について.

(2) 94. (536). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月).  ⑵ タイプⅡに分類される事件について. 血病・DIC(播種性血管内凝固症候群)等の治.  ⑶ タイプⅢに分類される事件について. 療,出産時母子感染等 の 別),投与時期(不活. 3.‌分類ごとの「薬害」事件の事件調査の在 り方. 化処理が開始された昭和 60 年の前か後か)で 分類し,原因を究明していくべきである.本調.  ⑴ タイプⅠに分類される事件について . 査においては,アンケート質問を不活化処理前.  ⑵ タイプⅡに分類される事件について. 後の時期により分け,血液製剤を使用していた.  ⑶ タイプⅢに分類される事件について. 医師の意識を調べてはいたが,発生した被害者. 第 5.おわりに. との関連付けはなく,全体として分類して原因 究明するという手法は用いられなかった.分類. 第 3.事件調査についての考え方. することによって,被害者保護に区別が生じて しまうため,分類による分析が回避された可能. 2.事故調査事例の考察. 性がある.. ⑵ 薬害肝炎事件の検証・再発防止のための検. また,前述したように,当該事故調査の特徴. 討会 イ.薬害肝炎検討会の調査の考察 (カ)‌当該事故調査の特徴から求められること の観点. として,その基本構造に薬害肝炎被害者と国と でなされた和解の流れがあったということが ある.裁判上の和解がされる以前の 2002 年か ら 2008 年の長期にわたり被害者と国・製薬企. 当該事故調査の特徴は,事件の原因物質が医. 業との間で大規模(全国 5 地方裁判所)に訴訟. 薬品という有用性と安全性のバランスにより使. がなされ,2008 年には,それら全ての判決が. 用が判断されるという性質を有する物であると. なされていた59).訴訟においては,被害者(原. いうことがある.そして,その安全性は製品そ. 告)は損害賠償を求めるために,国の過失責任. のものの安全性のみならず,使用に際しての情. (国家賠償法),企業の不法行為責任(民法・製. 報も加わったものである.したがって,事件の. 造物責任法)を主張し,これに対して国・製薬. 直接的原因はウイルス感染を生じさせたことで. 企業(被告)は違法責任が無いと反論し,互い. あるとしても,その使用を判断した医師とその. に攻撃防御を尽くして争われる.ここにおい. 判断の基礎となる安全性情報を提供する製薬企. て,それぞれの証拠が提出され,裁判所は証拠. 業・行政機関が背景にある.更に時期によって. 能力の有無を判断し,事実を認定して判決を下. 安全性に関する情報が増えてくるという時間軸. す.このような過程において,薬害肝炎事件に. があることで事件原因は複雑化する.. 関する相当数に及ぶ証拠が集められているので. このような原因が複雑化した事件について. ある.. は,事件を一括りで考えるのではなく,分類し. しかし,原因究明の調査において,このよう. て原因を究明していくことが効果的である.集. な相当な数の証拠があったにも拘わらず,僅か. 団感染事例を除き,被害者一人一人に医薬品を. 2 ヶ所で利用されたに留まっている.これは,. 投与されたときの病状があり,その投与を判断. 検討会が,その設置において,薬害肝炎につい. した医師がいるのであるから,被害者の数に応. て国の全面的責任を前提にしているため,一部. じて事件が別々に発生しているのである. 本来,. しか責任を認めていない裁判の証拠資料を原因. 事件ごとにそれぞれ原因究明するべきところを. 究明で用いることが困難であったこと,特に. 薬害肝炎事件としてまとめて原因究明すること. 国・製薬企業が有利となってしまう証拠は全く. で困難が生じる.このような場合,少なくとも. 使うことができなかったことが理由であると考. 被害者の医薬品投与時の病状(外科手術時,白. えられる.事故調査において,訴訟の証拠(証言).

(3) 「薬害」事件における事件調査の在り方について (二・完) (岡野内德弥・岡野内俊子) (537). 95. をどのように扱うかについては,特に刑事裁判. ることは,損害賠償や謝罪という被害者保護の. における個人責任追及の資料として活用される. 問題と再発防止等のために客観的に科学的に事. おそれがあるという問題はある.しかし,民事. 件原因を究明する問題を一緒に解決しようとす. 訴訟における証拠であり,薬害肝炎事件では刑. ることである.だが,この解決方法では,原因. 事訴訟は起きていないことから,民事訴訟にお. 究明や再発防止の事件調査に上述のような問題. ける証拠の事故原因調査での活用は,原因究明. が起きるため,この 2 つの問題は分けて対応し. にとって利益となることである. 「原因は責任. なければならないことを示唆している.. の所在を示すものでない」という原因究明の基. ⑶ 福島原子力発電所事故の調査. 本的考え方を重視して,責任とは切り離して原. ア.考察対象とした事故調査. 因究明の調査は行うべきである.ここにおいて. 福島原子力発電所60)事故(以下,「本件事故」. も,調査の基本構造に和解の流れがあったこと. という)は,2011 年 3 月 11 日の東北地方太平. が,事件原因の究明の障害となっているといえ. 洋沖地震による地震動と津波の影響により東京. る.. 電力 の 福島原子力発電所 で 発生 し た 炉心溶融. (キ)まとめ. (メルトダウン)など一連の放射性物質の放出. 事故調査に関する政府機関報告等からの課題. を伴った原子力事故である.. を中心にして,薬害肝炎事件の検証・再発防止. 本件事故については, 「東京電力福島原子力発. のための検討会についてみてきた.薬害肝炎検. 電所における事故調査・検証委員会」 (以下, 「政. 討会はその基本構造に薬害肝炎被害者と国とで. 府事故調」という),「東京電力福島原子力発電. なされた和解の流れがあるという特徴があっ. 所事故調査委員会」 (以下, 「国会事故調」と い. た.このような特徴は検討委員の選定に影響を. う) , 「福島原子力事故調査委員会)」 (以下, 「東. 与え,調査組織の公正性が確保されていないと. 電事故調」と い う),「福島原発事故独立検証. いうことに現れた.また,調査組織の設置や調. 委員会」 (以下, 「民間事故調」という)の 4 つ. 査自体が,医薬品行政を所管する行政等に依存. の事故調査機関がそれぞれ事故調査を行い,報. しており,調査組織及び調査制度の独立性が欠. 告書を公表している61).この 4 つの事故調査の. 如していた.このように調査組織の公正性や組. うち,本論文では国会事故調を事故調査事例の. 織・制度の独立性に問題があることは,事件当. 考察の対象に選定した.その理由として,まず. 事者の恣意や意図を考慮しているのはないかと. 独立性や公平性の観点から,本件事故において. いう疑念を生じさせるものであり,調査の信頼. は事故が発生した福島原子力発電所は東京電力. 性に疑問が生じる.また,C型肝炎ウイルス感. の施設であり,電力事業は政府の所管であり規. 染被害の原因が背景要因である国,製薬企業に. 制されていることから東電事故調と政府事故調. あることを前提としていることから,直接的原. は事故当事者であり,各々の調査委員会が内部. 因である医療機関における問題と背景要因の関. 的に独立性を有するとしても,運輸安全委員会. 連付けができず,再発防止策の検討が不十分と. のように法的基礎を有する調査委員会ではない. なる.調査の基本構造にこれまでの経緯が引き. ため客観的には独立性は弱く,事故当事者組織. ずられていたり,原因について前提を置いてい. 内の調査機関に過ぎない.民間事故調は調査に. ると,事件調査はその結論において不十分で信. 係る資金を民間企業からの寄付として運営され. 頼性が低下することが分かる.. たが,スポンサーたる民間企業名は非公開であ. また,この経緯を引きずること,すなわち,. ることから独立性に疑問がある.一方,国会事. 事件の解決の手段として訴訟当事者の和解の構. 故調は国会という政府とは別の国の機関に置か. 造をそのまま原因究明や再発防止の調査に用い. れ,「東京電力福島原子力発電所事故調査委員.

(4) 96. (538). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月). 会法 62)」を 調査 の 法的基礎 と し て お り,政府. た上で,規制当局に対する国会の監視,政府の. 及び事業者独立して設置・運営され,調査権限. 危機管理体制の見直し,被災住民に対する政府. 等も明確である.また,調査項目について,東. の対応,電気事業者の監視,新しい規制組織の. 電事故調は原発事故に対する住民への対応の記. 要件,原子力規制の見直し,独立調査委員会の. 述がかなり欠けており,民間事故調も食品の風. 活用の 7 つの提言を行っている.. 評被害などの項目が欠けているのに対して,国. ウ.国会事故調の調査の考察. 会事故調及 び 政府事故調 は 事故発生・拡大時, 事故・住民対応,原子力発電所を巡る組織・制. (ア)‌調査組織・制度 の 独立性,専門性及 び 公 正性並びに調査権限の観点. 度まで網羅的に調査対象としている.したがっ. 上述のとおり,国会事故調は,国会事故調査. て,調査機関の独立性及び調査内容の網羅性と. 委員会法に基づき国会に設置されたが,同法は. いう点ですぐれている国会事故調を考察の対象. 目的及 び 設置(1 条),組織等(2─9 条),事故. として適切であると判断した.. 調査等(10─17 条),財政措置等(18 条)で 構. イ.国会事故調の調査概要. 成され,国会事故調の目的・役割,組織,権限. 国会事故調 は,「東京電力福島原子力発電所. 等を規定している.このように法律で規定する. 事故調査委員会法」 (以下, 「国会事故調査委員. ことで,国会事故調の事故調査を以下のように. 会法」という)に基づき国会に設置され,平成. 設計している.. 23 年 12 月 8 日に発足した.国会事故調は,委. 1 条において,原子力発電所の事故及び被害. 員長 に 医学者,委員には地震学者,元外交官,. の直接又は間接原因,関係行政機関・その他関. 放射線医学研究専門家,法律専門家(弁護士). 係者が事故及び被害に対して講じた措置・効. 2 名,分析化学者, ジャーナリスト,被害者代表,. 果・経過の究明・検証,これまでの原子力政策. 経営コンサルタント(社会システム)が選ばれ. の決定・了解・経過の調査結果に基づき,原子. 調査が行われた.また,参与として中性子工学. 力政策を所管する行政組織の在り方の見直しを. 専門家,放射性医学専門家,経済学者が委員会. 含む原子力発電所事故防止・被害軽減のための. に参加した.. 施策・措置について提言を行うとしている.. 調査は,ヒアリング(1,167 人に対し 900 時. 2 条以降の組織等において,国会事故調の委. 間超 の 実施) ,原子力発電所視察(9 回) ,東京. 員長の権限について,委員会の決議と両議院議. 電力, 規制官庁及び関係者に対する資料請求 (計. 長の承認を得て業務遂行上必要な諸規定を定め. 2,000 件以上) ,被災住民アンケート(10,633 人. ることができること(2 条),委員長及び委員. 回答) ,作業従業員アンケート(2,415 人回答) ,. の選択について,議院運営委員会の推薦に基づ. タ ウ ン ミーティン グ(3 回)を 通 じ て 行 わ れ. き両議院議長の承認を得て,広い経験と知識を. た.また,2011 年 12 月 8 日から 2012 年 7 月 5. 有する者から任命すること(3 条) ,委員長及. 日までの約 7 ヶ月間の期間において,委員会は. び委員の身分保障について,心身の故障や職. 19 回開催された.事務局・協力調査員は 57 名,. 務上の義務違反等がない限り罷免されないこと. 経費は 15 億円という規模である.委員会の下. (4 条),守秘義務等について,委員長及び委員. にワーキンググループが置かれ,委員がワーキ. は職務上の知り得た秘密を漏らしてはならない. ンググループの議長をする形で運営された(図. こと,積極的政治活動をしてはならないこと及. 2 参照) .開催された全ての委員会は公開配信. び他の官職・公職を兼ねてはならないこと(5. され,重要なヒアリング等も公開された.. 条),利害関係者の接触等について,委員長及. 調査報告は,事故発生・拡大時,事故・住民. び委員は利害関係者等から金銭等の授与・報酬. 対応,原子力発電所を巡る組織・制度を調査し. を受け又は職務遂行以外の接触があった場合に.

(5) 図2. 「薬害」事件における事件調査の在り方について (二・完) (岡野内德弥・岡野内俊子) (539). 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会・ワーキンググループ構成. 97. (出所)‌国 会 事 故 調 ホ ー ム ペ ー ジ 第 1 回 委 員 会 資 料 3 よ り( http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/ ( 出所)国会事故調ホームページ 第 1 回委員会資料 3 より resources/)2013 年 8 月 20 日アクセス.会議における資料であるため, 「 (案) 」がついているが, この案どおり構成された.. (http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/resources/)2013 年 8 月 20 日アクセス 図 2 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会・ワーキンググループ構成 会議における資料であるため、(「(案)」がついているが,この案どおり構成された.. は両議院議長に報告しなければならないこと (6. 事故防止・被害軽減のための施策・措置につい. 条),記録の公開について,公開を基本とし特. て提言を行うこと(10 条) ,人及び物について. に秘密を要するものは例外を設けていること (7. の調査について,事故調査に必要があると認め. 条) ,委員以外の専門家の参加について,専門. られるときは参考人の出頭・意見を求めること. 的知識経験に基づく意見を述べさせるために参. ができ,資料等提出要求ができること(11,12. 与を置くことができること(8 条) ,事務局に. 条),職務上の秘密に関する資料の提出につい. ついて,民間有識者を積極登用することとして. て,国・地方公共団体 は 職務上 の 秘密 で あ る. いること(9 条)が定められている.. ことを疎明して提出を拒むことができるが,そ. 10 条以降 の 事故調査等 に お い て,事故調査. の理由を委員会が承諾できない場合は,国・地. 内容として,原発事故及び被害の直接又は間接. 方公共団体は当該資料の提出が公の利益を害す. 原因,関係行政機関・その他関係者が事故及び. ることの声明を出さなければならないこと(13. 被害に対して講じた措置・効果・経過の究明・. 条),補充的調査について,委員会は事務局職. 検証,これまでの原子力政策の決定・了解・経. 員に補充的調査を行わせることができ,調査は. 過の調査結果に基づき,原子力政策を所管する. 11,12 条に準じて行われること(14 条),国政. 行政組織の在り方の見直しを含む原子力発電所. 調査権について,委員会は特に必要があると認.

(6) 98. (540). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月). められるときは国政調査権の要請ができること. あった.医学者,地震学者,法律家,化学分析. (15 条) ,報告書の提出と公開について,報告. 者は個別分野の専門家に分類することができ. 書は広く公表され,内閣に送付されること(16. る.ただし,委員長は行政評価等の実績もある. 条)が定められている.18 条においては,調. 人物である63).また,その他としてのジャーナ. 査に要する人員と予算の確保を定めている.. リスト,元外交官,経営コンサルタント(社会. このように,国会事故調査委員会法は,専門. システム)を専門とする委員は,事故の社会学. 性(3,8,9 条) ,公正性(4,5,6,7 条) ,調. 的な意味や分析をすることが期待された一方,. 査権限(11,12,13,14,15 条)の確保に加えて,. 被災地である福島県大隈町の委員は,被災者の. 原因究明は直接的な原因に限らず,間接的原因. 視点からの事故の分析等が期待されたと考えら. やその背景的要因を対象にすること(1,10 条). れる.また,委員以外の専門家としての 3 人の. や調査報告の公開(16 条)についての対応を. 参与は,原子力,放射性医学,経済学の観点か. 規定し,また,当該事故調査の特徴から求めら. ら委員長及び委員を技術的にフォローする者で. れることについても,行政監視の機能を有する. ある.更に,委員会の下にワーキンググループ. 国会の役割から再発防止対策の提言に事故の背. が置かれ,委員がワーキンググループの議長を. 景にある行政機関の施策・措置から在り方まで. する形で運営された.ワーキンググループの事. を対象としていることを明確に規定している.. 務局には多数の民間人の専門家(原子力関係以. 本件事故は,大地震と津波を起因とする炉心. 外)が配置され,開催された委員会以外にヒア. 溶解(メルトダウン)を伴う原子炉の損壊と放. リング,資料調査,アンケートの解析等をした.. 射性物質の拡散,多数の被爆者と 15 万人に及. 以上のような構成と運用から,国会事故調の専. ぶ住民避難という社会に大きな影響を与えた大. 門性を考察するに,個別分野の専門性はほぼ網. 規模な原子力発電所事故 (災害) であった. また,. 羅しており,行政評価等の社会的経験も有した. 国会事故調の役割は政府や行政機関の監視や見. 理念や調整の役割を果たす者も備わっていた.. 直しのための調査を行うことであった.このよ. 一方,本件事故の要因の一つであり,報告書に. うな原子力発電という高度な技術が関係し,被. も多数記載がある「津波」についての専門家が. 害の規模が大きい社会的な問題へと発展した事. 不在であった.また,原子力発電の原理である. 故においては,その調査機関の組織の専門性に. 中性子工学の専門家がいても,原子炉や発電設. ついて,個別分野の専門知識だけではなく,事. 備等の原子力発電やそのシステムに関する専門. 故調査の全般を通じた理念や考え方に関する専. 家は不在であった.更に,その他必要と考えら. 門性,更には分野ごとの専門家をコーディネイ. れる専門分野として制度・行政機関の見直しが. トし,マネージするといった手法に関する専門. 求められているのに対して,委員長は行政評価. 性や視点が求められる.本件事故の特徴から,. などを経験しており,経営コンサルタント(社. 個別分野の専門としては,地震,津波,原子力,. 会システム)の者はいるものの,行政の組織や. 原子力発電,放射線医学,放射能の分析等が必. 制度等の専門(例えば行政学など)は不在であっ. 要である.また,制度や行政機関の監視・見直. た.専門性についてすべての専門を網羅するこ. しの観点から,行政,法律,制度・システムに. とは困難であり,調査のヒアリング対象者にそ. 関する専門も必要である.更に,事故が社会に. れぞれの専門家がいることから,直接の専門家. 与えた影響が極めて大きかったことから,社会. でなくてもヒアリングにおいて質疑することで. 学的な視点を有する専門も必要である.委員長. 専門的な対応ができるとの考えもある.しかし,. 及び 委員 の 構成 は,医学者 2 名,法律家 2 名,. 原子力発電に関する制度や行政組織は複雑であ. 地震学者 1 名,分析化学者 1 名,その他 4 名で. り,調査をする者が行政組織はどの様な意思決.

(7) 「薬害」事件における事件調査の在り方について (二・完) (岡野内德弥・岡野内俊子) (541). 99. 定方法や役割を果たすかという定められた規則. 関係の問題に配慮した優れた事故調査の制度が. や手続きを超えた知識を有していないとヒアリ. 適用されている.. ングも効果が十分に発揮されない.委員会の定. (イ)事故調査と刑事手続との関係の観点. 員を 10 人とする法的制限はなく,委員を数人. 本件事件 は,本論文 の 執筆時点(平成 25 年. 増員することや,また,参与を増やす等の対応. 8 月 31 日)においては刑事事件として起訴さ. が必要であったと考えられる.ただし,事務局. れておらず,現時点では問題は生じていない.. スタッフが充実しており,事務局による調査も. ただし,後述するように,国会事故調が事故関. 委員会の調査権限に準じて行うことができるこ. 係の責任者のヒアリングを公開の場でしたこと. と,海外 の 有識者(米国元原子力規制委員長,. は,事故調査結果の公開の観点と合わせて刑事. チェルノブイリ立入禁止区域管理庁長官他)か らの意見聴取も行われていることから,そこで 補完できる部分も多かったと考えられる.. 手続と関連して課題となる. (ウ)‌直近当事者の責任追及よりも直接的原因 の背景要因を重視することの観点. 独立性及び公正性については,事故に関係し. 事故の個人責任については,国会事故調は多. た組織・人や目的の異なる機関からの影響を受. くの事故関係者にヒアリングを行い,本件事故. けずに調査を行うという意味で,国会事故調. 対処について事故発生時,被害拡大時,事故発. は,国会という政府とは異なる国の機関である. 生前におけるその者の役割や責任,どの様な行. こと,委員長及び委員には事故発生に関与した. 動を取ったのか,取らなかったのかを明らかに. 事業者等の機関・個人や被害者等双方当事者と. している.そして,それらについて事故発生や. 関係しない者が選ばれていたこと,守秘義務や. 被害拡大に関して評価を行い,問題点を指摘し. 事故関係者からの接触が調査に影響しないよう. ている.そのため,調査した個人の事故発生や. 定められていたこと,法に基づく調査権限を有. 被害拡大への寄与した影響が分かるものとなっ. していたこと,警察等の捜査により調査が影響. ているが,結論において事業者や政府機関の問. を受けた事実が見受けられないことから,確保. 題としており,個人責任を追及するものとは. されていたといえる.. なっていない.報告書では,「当委員会は,事. 独立性,公正性と専門性の問題については,. 故原因を個々人の資質,能力の問題に帰結させ. 委員会に原子力発電やそのシステムに関する専. るのではなく,規制される側とする側の『逆転. 門家が不在であったことは,事業者及び規制官. 関係』を形成した真因である『組織的,制度的. 庁と関係する者の影響を排除する考えが働いた. 問題』がこのような人災を引き起こしたと考. といえる.これにより専門性は低下するが,独. 64) える. 」 としている.このような点からみて,. 立性・公正性を確保するために致し方なかった. 国会事故調 は,調査報告 に お い て は 事故 の 予. と考えられる.また,利害関係者の接触等につ. 防・再発防止のための目的である事故調査の役. いて報告制度が設けられたことは,事故に関係. 割を重視して,個人責任を追及はしていないと. した事業者,規制官庁や場合によっては避難民. いえる.ただし,事故発生,被害拡大について. 等の被害者から,事故調査の意図や内容に関す. 事業者及び政府の事故当時の責任者のヒアリン. る照会等がある可能性があることから,そのよ. グを公開で行ったことは,個人責任を問うこと. うなことがあったとしても調査結果に影響しな. が目的でないとしても,後述するように刑事手. いように,又影響したならばそれが分かるよう. 続に利用される可能性がある点に留意が必要で. に考慮されたものである.これには,福知山線. ある.. 列車脱線事故調査の委員の情報漏洩事件の教訓. 事故原因として直接的原因の背景要因を重視. が生かされており,専門性と独立性・公正性の. することについては,国会事故調は,その報告.

(8) 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月). 100 (542). 書において事故の直接的原因について「 『安全. る.国会事故調は,全てではないが,事故当時. 上重要な機器の地震による損傷はないとは確定. における事業者である東京電力の責任者(社長,. 的には言えない』,特に『1 号機においては小. 副社長)や政府の責任者(総理大臣,内閣官房. 規模の LOCA が起きた可能性を否定できない』. 長官,経済産業大臣,原子力安全委員会委員長,. との結論に達した」 としつつ, 「当委員会は. 原子力安全保安院院長)に対するヒアリングを. 『過酷事故に対する十分な準備,レベルの高い. 公開で行っている.このように事故発生,被害. 知識と訓練,機材の点検がなされ,また,緊急. 拡大について責任ある地位にいた者のヒアリン. 性について運転員・作業員に対する時間的要件. グを公開で行うことは,透明性を高める上で効. の具体的な指示ができる準備があれば,より効. 果的である一方,その記録が刑事責任追及の証. 果的な事後対応ができた可能性は否定できな. 拠として利用されるおそれがある.これに対し. い.すなわち,東電の組織的な問題である』と. て,政府事故調では,ヒアリングは原則非公開. 65). 認識する」 としているように,直接的原因の. とし,公開の承諾を受けた者のみ公開とすると. 背景にある要因の影響を重視して原因究明を行. いう方針で臨み,記者会見でヒアリング対象者. うという手法をとっている.これらから,個人. を明らかにすることはあっても,ヒアリングの. 責任追及の問題の対応には課題が残るものの,. 内容を議事録の形で公開しなかった67).. 66). 事故の直接的原因の背景要因については課題に. (オ)被害者等への配慮の観点. 対応した調査が行われているといえる.. 本件事故における被害者等を原発事故による. (エ)事故調査結果の利用及び公開の観点. 放射能汚染の恐怖,電力不足による産業活動の. 国会事故調の調査は,国会事故調査委員会法. 停滞,電気料金の値上がりなど被害を広く捉え. により記録の公開が定められているが,その過. れば,その被害者は日本にいるほとんど全ての. 程においてもすべての委員会を動画配信し,ま. 人となるので,ここでは事故処理にあたり放射. たインターネットのソーシャルメディアを活用. 能に被爆した原子力発電所事故の対処をした従. するなど調査の公開を行った. またその結果 (報. 事者や被害を避けるために避難した原子力発電. 告書)は,平成 24 年 7 月 に 国会両議院議長 に. 所の周辺住民を被害者とする.国会事故調は,. 提出されるとともに,報告書(ダイジェスト版,. 委員として避難対象地域(被災地)から 1 名を. 要約版,本編,参考資料,会議録及びその英語. 選んで,調査における被害者の視点を考慮して. 版(エグゼキューティブ・サマリー,本編)が. いる.また,タウンミーティングを双葉町,浪. ホームページで公開され,更に,報告書は出版. 江町,大隈町の住民を対象として開催した.こ. 物として発行された. このように国会事故調は,. れは,住民側の代表者が事故発生当時の状況,. 極めて透明性の高い調査を行ったといえる.. 避難や避難地での生活等における問題,事故に. 一方,事故原因の究明・再発防止のための調. 対する感想等を発言する形で行われた.このよ. 査結果が,刑事責任追及のための証拠として使. うな発言から,原子力発電所付近の住民に対し. われることについての危惧に対しては,2012. て事故発生時に分かりやすい情報を早く伝える. 年 6 月以降,福島県を初めとてして,東京電力. ことや,事故関係者は事故発生時の対応として. の役員を対象とした告訴が全国各地でなされ,. 住民を守るという姿勢を重視しなければならな. 告訴は受理されている.現在のところ,検察に. いことなどの重要性が指摘されている.. よる起訴はされていないが,起訴を促す活動も. また,避難者及び原子力発電所従事者に対し. 行われており,起訴される可能性はある.起訴. てアンケート調査を行っている.住民に対する. された場合に,検察が罪責の立証において,国. ア ン ケート は,事故発生 の 認識時期・情報源,. 会事故調の議事録などの記録を使う可能性はあ. 避難指示・時期,避難訓練等について行われた..

(9) 「薬害」事件における事件調査の在り方について (二・完) (岡野内德弥・岡野内俊子) (543) 101. また,従事者に対するアンケートは,従事業務,. のための組織や制度の在り方について検討して. 避難指示,事故発生時の原発の危険性や自己の. いる.これは,事故調査の特徴から求められる. 被爆線量について電力会社からの説明の有無等 について回答するもの (自由意見の聴取も含む). 課題に応えた調査といえる. (キ)まとめ. で あった.そ れ ぞ れ,住民 10,633 人,発電所. 本節では,事故調査の在り方に関する政府機. 従事者 2,415 人から回答が得られている.解析. 関報告等からの課題を中心にして,国会事故調. されたアンケート結果からは,危険を知らせる. の調査がどのように対応しているかを考察し. 情報をどのように得たのか,避難指示はいつの. た.考察によりみえてきたことは,国会事故調. 時点でなされたのかなど,サバイバル・ファク. の調査は,事故調査に関する政府機関報告等か. ターに関する重要な情報が得られている.. らの課題等について,その殆どに対応をしてい. 被害者への配慮においては,被害者が事故調. ることである.これは,国会という公的かつ政. 査を信頼し,納得が得られるようにすることが. 府とは別の立場であったこと,調査を行うに際. 重要である.また,被害者等の情報収集に関し. して調査委員会の設置法を整備し,委員会の独. ては,被害者等の視点を事故調査に取り込むこ. 立性,公正性と専門性や調査の透明性を考慮し. とや,被害を軽減できた要因や側面からの指摘. ていたこと,被害者に対し事故の当事者として. を得ることも重要である.国会事故調は調査に. の配慮を示していたことがその要因として挙げ. おいて,被害者(被災者)のもとへ赴き,その. ら れ る.ま た,事故・被害 の 直接・間接原因,. 声を直接聞くことで被害者感情に配慮してい. 関係機関の調査という与えられた役割を明確に. る.また,委員に被害者の代表を加えて報告書. したことで事故の背景要因を重視した原因究明. に被害者の視点を取り込んでおり,アンケート. がなされている.ただし,透明性を重視する一. 調査をすることで多くの被害者から情報を収集. 方で,事故関係の責任者のヒアリングを全て公. して,被害軽減のための基礎情報を得ている.. 開で行ったことにより,その記録が刑事責任追. このように国会事故調は,被害者に配慮すると. 及の証拠として利用されるおそれがあるという. いう課題に応えた調査をしたといえる.. 問題もある.これは,政府事故調がヒアリング. (カ)‌当該事故調査の特徴から求められること の観点. を,事故関係者が個人責任を追及されるおそれ から真実を証言しなくなるという事故調査にお. 国会事故調の調査の特徴は,国会の役割であ. けるこれまでの経験を考慮し十分に検討した結. る政府の監視,行政機関の見直しという視点か. 果,原則非公開としたことと対称的である.事. らの調査である.国会事故調は,国会事故調査. 故調査の運用において重視する観点は事故調査. 委員会法でその目的(1 条)及び事故調査等(10. ごとに異なり,国会という国民の代表機関に設. 条)において,原子力に関する行政組織の在り. 置された機関が運用において透明性を重視する. 方の見直しの提言,行政の監視に関する機能の. ことは設置の目的に合致しているといえる.一. 充実強化に資することが示されている.これに. 方,事故当時の事故関係の責任者に聴衆の面前. 対応すべく, 国会事故調は政府機関の責任者 (総. で事故について質問するこという手法は,その. 理大臣,内閣官房長官,経済産業大臣,原子力. 目的が事故原因の究明にあり個人責任を問わな. 安全委員会委員長,原子力安全保安院院長)に. いとしていても,当該責任者の心理に何かしら. 対するヒアリングや海外の原子力発電所関係の. の影響を与えたことは否定できない.このよう. 有識者へのヒアリングを行い,本件事故におけ. に透明性を重視することにはメリットとデメ. る政府機関の対処や防止対策制度の問題点を明. リットの両方があり,是非の判断は難しい.し. らかにするともに,原発事故の予防・再発防止. かし,そもそも事故調査の一義的な目的は原因.

(10) 102 (544). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月). 究明をすることで,そのために事故発生や被害. により,前者は行政に対して独立性が確保出来. 拡大に影響した要因について真実を明らかにす. なかったが後者では明確に確保できていた.独. ることが最重要なのであり,透明性を重視する. 立性の確保は,調査における調査対象の組織の. ことは事故調査の信頼性を担保する手段の一つ. 影響や恣意を排除することである.それが確保. にすぎない.事故調査が果たす本来の目的とい. できたことは恣意の排除に成功したことであ. う意味で,国会事故調が事故関係の責任者のヒ. り,それにより調査の公正性が担保され信頼性. アリングを公開でしたことは課題を残したとい. が高まる.その意味において,薬害肝炎検討会. える.. の調査は改善の必要があったといえる.これに. ⑷ 2 つの事故(事件)調査の比較. ついては,薬害肝炎検討会の最終提言に,「薬. ⑵ 及 び(3)で 考察 し た 2 つ の 事故(事件). 害」事件の再発防止のための「第三者組織は厚. 調査について比較する.双方の調査における顕. 生労働省から独立した組織であることが望まし. 著な違いは,調査の基本構造の違いであり,こ. い」と示されていることからも窺える.ただし,. れが調査の手法及び内容に大きく影響してい. 調査対象からの独立性の確保は,調査の実効性. る.すなわち,薬害肝炎検討会の調査では,基. 確保や調査権限の問題ともなる.すなわち,対. 本構造に被害者保護を目的とする和解の流れが. 象組織の関係資料入手や関係者ヒアリング等,. あったため,再発防止のための原因究明の調査. 対象組織の協力が無ければ調査は進まない.逆. と被害者保護の課題が混同した.それが調査委. に言えば,薬害肝炎検討会の行政組織に対する. 員の選定,調査の対象,解析手法等に影響を与. 調査が任意であっても円滑に進んだのは,同検. え,調査の公正性に問題を生じさせると伴に,. 討会が医薬食品局に設置されていたからであ. 事件原因に前提を置いたため原因究明が徹底. る.この点について,国会事故調は国政調査権. されず,調査結果の信頼性が低くなったといえ. という強制力を背景に調査を行っており,実効. る.一方,福島原子力発電所事故の国会事故調. 性が確保されていた.これらから,調査対象か. の調査では,基本構造として法律による調査の. らの独立性の確保は,強制力を伴う調査権限の. 目的・役割,組織,権限を適切に定めたことで,. 確保とセットであり,独立性を高めるには強い. 独立性,公正性などの組織の属性と何をどの様. 調査権限が必要となることが分かる.なお,「薬. に調査するのかの役割が明確となり,透明性を. 害」再発防止のための第三者監視・評価組織の. 重視し公正性を確保した事故の背景要因を重視. 設置について,国家行政組織法の三条・八条機. した原因究明がなされ,信頼性の高い調査結果. 関の設立やそれを設置する省庁についての提言. となったことが分かる.しかしその一方,ヒア. があるが,何を根拠としてどの省庁に設置する. リングの公開という透明性を高める手法は刑事. としても,「事故調査の在り方」に示されてい. 手続との問題を生じさせる危惧があるという課. る, 「分野ごとの特性を踏まえながら調査ため. 題があることも分かった.. の機関・制度の独立性を確保する必要がある」. また,2 つの調査の違いとして,十分に独立. ということに留意すべきである.. 性が確保できたかの違いもある.双方の調査と も, 「薬事行政等 の見直し」 , 「原子力政策を所. 第 4.「薬害」事件における事件調査の在り方. 管する行政組織の在り方の見直し」という行政. 1.「薬害」事件の事件調査について. を主たる調査対象としている.薬害肝炎検討会. ⑴ 「薬害」事件の全般について. は行政内部に設置されたものであったが,国会. 本論文においては,事故調査は,同種の事故. 事故調は,国家機関であっても政府とは別の機. の再発を防止し,安全性を向上させるために,. 関である国会に法律に基づき設置された.これ. 事故の背景を含めた事実を明らかにすることを.

(11) 「薬害」事件における事件調査の在り方について (二・完) (岡野内德弥・岡野内俊子) (545) 103. 目的とするものであるとした.また,事故調査. 故調査の在り方について検討することが先決で. のためには事故調査組織やその運用が定まって. ある.. いる必要があることから,5 つの重要事項(①. ⑵ 「薬害」事件の分類の考え方. 調査組織・制度の独立性,専門性及び公正性並. 先述したように, 「薬害」については明確な. び に 調査権限,②事故調査 と 刑事手続 と の 関. 定義はなく,何人かの者がそれを定義付けて. 係,③個人責任よりも直接的原因の背景要因の. はいる68)が,その意味は対象としている事件,. 重視,④事故調査結果の利用及び公開,⑤被害. 言葉を使う人の立場,使われる場所・領域で異. 者等への配慮)を示しそれぞれについてどの様. なる.これは,「薬害」が医薬品の有害事象等. に対応を考えていくかを論じた.. の医療上の意味を超え,かつてはくすり公害69). これらのことは全て「薬害」事件における事. などと呼ばれたように不適切な医療行為や製薬. 件調査にも共通することである.事例として取. 企業,行政を非難する場合に用いるなどの社会. り 上 げ た 薬害肝炎事件 の 検証・再発防止 の た. 的要因が加わるためである.. めの検討会における調査及び福島原子力発電所. このように「薬害」という用語が不明確であ. 事故の国会事故調の調査を中心に考察したこと. るため,「薬害」事件と呼ばれるものには様々. で,調査における基本構造や独立性の確保の重. な事象や原因がある事件が含まれ,その範囲を. 要性などの問題や課題が明確となった.した. 定めて一元的に原因究明や対策を検討すること. がって, 「薬害」事件の事件調査の在り方につ. は困難である.しかし,「薬害」と呼ばれてい. いても,調査全体としては事故調査の考え方を. る事件の特徴を考察することにより,これら事. 参考にして,その枠組みを活用すべきである.. 件を分類することは可能である. 「薬害」事件. 具体的には以下のとおりであると考える.. の大きな流れとしては,医薬品の有害事象等が. まず, 「薬害」事件の事件調査の目的は再発. 発生し,その有害事象等は未知であるか,既知. 防止にあり個人責任を追及するものではないこ. であっても予想される以上の規模やスピードで. とである.調査組織は,独立性・公正性・専門. 発生することで被害が拡大して問題化する.こ. 性が確保されていなければならず,独自性のあ. こまでで原因が明らかになる事件もあるが,そ. る調査権限を有するものである必要がある.そ. れらの多くは問題の背景に医療機関の不適切な. の調査の運用として,事故原因として直接的原. 診断・治療,製薬企業の瑕疵及び行政の不作為. 因のみならず背景要因を重視し,事故調査結果. にも原因があるというものである.このような. は再発防止のために利用を確保しつつ刑事手続. 「薬害」事件においては,その特徴のうち,被. の証拠として取扱われることに留意しなければ. 害の種類や規模よりも,事件の原因に着目する. ならない.そして,被害者等に配慮して調査を. ことで,事件原因の傾向や繰り返されるエラー. 行うというものである(以下,これを「 『薬害』. を顕在化することが可能となる.そのため,事. 事件 の 事件調査 の基本要素」と呼ぶこととす. 件を原因により分類することは,原因究明や対. る) .. 策を検討していくための有効な手段となる.そ. この様な事件調査組織の設置やその運用の実. して,第 2. 1. ⑶ ウで論じたように,事故原因. 現のために,第三者機関の創設などの常設機関. として,事象に直接的な影響をもたらすエラー. の設置が考えられるが,薬害肝炎事件の検証・. (直接的原因)とエラーを誘発又は顕在化させ. 再発防止のための検討会における調査において. る背景にある要因(背景要因)に着目して,そ. みてきたように,事件原因の究明が不適切・不. れらの関係に注意した上で,この二つの観点か. 十分である状況においては,まずは「薬害」事. ら分けていくことが事件原因究明のためには効. 件の再発防止を目的とする原因究明のための事. 果的である..

(12) 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月). 104 (546). このような直接的原因と背景要因という原因. という言葉自体が背景にある組織に対する非難. を表す文言を用いると, 「薬害」事件は,事象. を意味しており,逆に言えばそのような事件を. が発生する医薬品の投与や投与後観察などの時. 「薬害」事件と呼んでいるからである.. 点でのエラー(直接的原因)が要因となって起. タイプⅠの分類として考え得る事件として,. こる事件(タイプⅠ) ,事象発生時のエラーは. 陣痛促進剤による子宮破裂や胎児仮死事件があ. 主たる原因ではなく背景にある要因 (背景要因). る.これは主に 1980 年代に起きた事件で,計. によって発生した結果であるとみるのが妥当で. 画分娩の目的で使用された陣痛促進剤(オキト. ある事件(タイプⅡ) ,若しくは,その両方が. キシン,プロスタグランジン E2 等)により,. 原因となって複合的に発生した事件 (タイプⅢ). 母親の死亡,子宮破裂,新生児仮死による脳性. に大きく分類することができる.. 麻痺などが多数起こり,医療機関を被告とする. ただし, 「薬害」事件のように医薬品等を用. 訴訟が提訴され,また被害者団体も設立されて. いて発生した事象には,医薬品や医療の不確実. いる.この事件の原因の多くは患者に対する陣. 性や非代替性(副作用の発生は不可避であるこ. 痛促進剤の投与速度が早すぎたり,分娩監視が. とや他に治療の選択がないことなど)が伴って. 不十分であるというものであった.これは,患. おり,原因を考察・分析する場合にはそのよう. 者に対する医療従事者(主に医師)の医薬品の. な特性があることを考慮する必要がある. また,. 慎重投与,経過観察 の 不備 と い う エ ラー(直. 「薬害」と呼ばれる事象は一般用医薬品でも起. 接的な原因)が要因なっていることから,タイ. こっている(例えば「サリドマイド事件」 )か. プⅠの分類に該当するといえる.ただし,これ. ら医療機関においてのみ発生するものではない. については「薬害」と「医療過誤」との関係が. が,医療機関における治療が関係する事件の原. 問題となる.すなわち,このような医療従事者. 因の考察においては「医療過誤」との関係に留. のエラーは医療的準則に違反するものであるか. 意する必要がある.医療過誤とは, 「医療事故. ら,この事件は「医療過誤」事件でもあり,単. の一類型であって,医療従事者が,医療の遂行. に「医療過誤」事件とすればよいとも言え,あ. において,医療的準則に違反して患者に被害を. えて, 「薬害」事件とする必要があるか問題で. 発生させた行為」 とされるが,医薬品の有害. ある.しかし,この事件が社会問題となったの. 事象の原因には診断ミスや経過観察の不備等と. は,事故が多数報告されていたにも関わらず,. いう医療過誤があることから,医薬品の有害事. 同様の事故が繰り返されていたことにある.事. 象等に起因する「薬害」と重なっている部分が. 故そのものは「医療過誤」であったとしても,. 70). 大きい.これは後述する直接的原因により発生. 何度も繰り返されることにより社会問題化して. する事件に分類される「薬害」において問題と. 「薬害」事件となるともいえる.また,この当時,. なる.. 医師は医療のプロフェッショナルなので医薬品 の使用方法や副作用発生時の措置方法は医師の. 2.「薬害」事件の分類. 裁量に委ねるべきであり,細かく定めることは. 以上のような 3 つの分類(タイプⅠ~Ⅲ)に. 医師のプロフェッショナルフリーダムを侵すも. ついて,事件の特徴を分析して具体的に考えて. のだとして医療関係者に反対されていたという. みる.. 状況があった.このような状況の下,行政機関. ⑴ タイプⅠに分類される事件について. や製薬企業の注意喚起が遅くなったことや医師. まず,タイプⅠの分類に該当すると考えられ. がプロフェッショナルと言っても,実際にはプ. る事件はほとんど見当たらない.これは, 「薬. ロ(専門家)としての教育訓練が不十分であっ. 害」事件が程度の差はあるとしても, 「薬害」. たことが背景にある.こういった背景が原因で.

(13) 「薬害」事件における事件調査の在り方について (二・完) (岡野内德弥・岡野内俊子) (547) 105. あるという考えを重視するならば,この事例は. 医薬品となるものであり,これらの背景にある. 直接的原因と背景要因の両方が原因となったタ. 要因によって,薬物相互作用というソリブジン. イプⅢに分類されることとなる.. の重要な情報(注意事項)が医療従事者に適切. ⑵ タイプⅡに分類される事件について. に伝達されなかったことが医薬品の不適切な投. タイプⅡの分類に該当する事件として,ソ. 与というエラーを発生させたといえる.それゆ. リブジン事件が一例としてあげられる.これ. えに,ソリブジンによる不適切な治療という医. は 1993 年に起きた事件で,ソリブジンという. 師によるエラーは主たる原因ではなく,これら. 医薬品は我が国で開発された効果の高い抗ウイ. の背景にある要因によって発生した結果とみる. ルス剤であり,帯状疱疹の治療を効能として有. のが妥当であり,タイプⅡの分類に該当する.. していた.また,この医薬品は,フルオロウラ. このようなタイプⅡに分類される事件として. シル系抗がん剤の代謝を阻害して血中濃度を高. は,他に,医薬品や医療機器(用具)それ自体. め,同剤の作用を増強するという医薬品間の相. に毒性が強かったり,病原体に汚染されていた. 互作用を有していたため,フルオロウラシル系. ことが主要な原因である三種混合(DPT)ワ. の抗がん剤とは併用を避ける必要があり, 「併. クチン予防接種禍事件,MMR ワクチンによる. 用投与を避けること」が医薬品の「使用上の注. 無菌性髄膜炎事件,ヒト乾燥硬膜によるプリオ. 意」に記載されていた.発売後,製造販売会社. ン汚染(CJD 事件)などが考えられる.. は,約 1 ヵ月間に約 1 万ヵ所の医療機関に納入. ⑶ タイプⅢに分類される事件について. するという急速な販売を展開した.その時期に. タイプⅢ分類に該当する事件として,クロロ. おいて,15 人がソリブジンとフルオロウラシ. キン事件が一例としてあげられる.クロロキン. ル系の抗がん剤との併用投与を受けて 15 人が. は,1934 年にドイツの製薬企業により開発さ. 死亡するという事件が起きた.. れ,我が国では 1955 年にマラリアの治療薬と. この事件において,医薬品の併用投与での死. して登録され,その後,腎炎,慢性関節リウマ. 亡という事象は医療機関において発生してお. チ,気管支喘息,てんかんにまで効能が拡大さ. り,その事象に直接的な影響をもたらしたの. れた.更に 1961 年以降は慢性腎炎の特効薬と. は,医師による薬剤の併用投与という不適切な. して大量に販売され,1962 年から国(厚生省). 治療であり,事象発生時のエラーであった.し. にクロロキン網膜症の発生が報告されてきた.. かし,その背景には,ソリブジンの急速な販売. 1971 年には眼障害の被害者は 1000 人─2000 人. 展開をして,ソリブジンの使用上の注意事項で. に及び 1973 年に国,製薬企業,医療機関を被. ある薬物相互作用について医療機関への伝達を. 告とする訴訟が提訴されるといった大きな社会. 怠っていたことがあった.また,当該製造販売. 問題 と なった.一方,海外 で は 1950 年代後半. 会社は,動物実験により薬物相互作用が極めて. からクロロキンによる網膜症の症例報告があ. 強く現れることの情報を入手していたが,その. り,米国食品医薬品局(FDA)は 1962 年 に ク. 検討を十分にしていなかったことや,臨床試験. ロロキン網膜症に関する警告書の配布を企業に. (治験)においても副作用事例や薬物相互作用. 指示している.これに対して,日本国内では,. 等の情報収集・解析が不十分で安全性評価が不. 1960 年代からクロロキン網膜症の学会報告等. 適切であったことがその後の調査により判明し. はあったものの,販売会社は 1967 年になって. ている(安全性評価が適切であれば「使用上の. 眼障害の早期発見のための眼科検査が望ましい. 注意」は, 「併用を避けること」ではなく「併. 旨を能書(添付文書)に記載した.1969 年になっ. 用禁忌」と厳格になったと考えられる) .薬物. て国(厚生省)はクロロキン製剤について角膜. はその物だけではなく,情報とのセットにより. 障害,網膜障害等が現れることがあるので十分.

(14) 106 (548). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月). な観察と,異常が起きた際の中止を医薬品製造. ことが,医師によるエラーの主たる原因ではな. 業者,薬局等に通知し,これを受けて販売会社. く,これらの背景要因によって発生した結果と. は 1970 年に能書に同様の注意事項を記載した.. みることは直ちにはできない.したがって,背. その一方で 1968 年の一般家庭向け医学書には. 景要因によってクロロキンを用いる医師のエ. クロロキン網膜症のおそれの記載があるなど,. ラーを発生させたとまではいえず,直接的原因. クロロキンの眼障害という副作用はその当時か. が併存しているといえる.. なり知れ渡っていた.. 以上から,この事件は,事象が発生する時点. クロロキンによる眼障害は,マラリア治療に. でのエラー(直接的原因)と背景にある要因に. 用いる場合のような短期の使用ではなく,ある. よってエラーが発生した(背景要因)の両方が. 程度長期に服用することによって発症する.ま. 原因となって複合的に発生した事件といえ,タ. た,クロロキンの長期服用は腎炎や関節リウマ. イプⅢに分類される事件といえる.. チの治療を対象になされるが,その眼障害の副. このタイプⅢに分類される他の事件として. 作用は診療領域が異なるという特徴がある.. は,医薬品がウイルスに汚染されているおそれ. このクロロキンによる眼障害という事象の発. がありながらも使用が続けられた血液製剤(血. 生は,医師のクロロキン製剤の投与により起こ. 液凝固要因製剤)による HIV 感染(薬害エイズ). るものであるから,医師の不適切な医薬品投与. 事件,血液製剤(フィブリノゲン製剤)による. というエラーが直接的な原因となるものであ. HCV 感染(薬害肝炎)事件などが考えられる.. る.しかし,販売会社や厚生省は,副作用につ いて海外や国内からの情報があったにもかか. 3.‌分類ごとの「薬害」事件の事件調査の在り方. わらず,医療機関への副作用の周知は大量販売. 「薬害」事件の事件調査の全般は先に示した. されてから 8 年も経ってからという背景要因が. 「『薬害』事件の事件調査の基本要素」が事件調. あった.この背景要因は,クロロキンを用いる. 査の基礎となるが,「薬害」事件の事件調査の. 医師に医薬品の不適切な投与というエラーを発. 在り方を事件原因から分類することにより,事. 生させたとも考えられる.その意味で,事象発. 件原因の傾向や繰り返されるエラーを顕在化す. 生時の医師によるエラーは主たる原因ではな. ることが可能となる.そこで,前項において分. く,これらの背景要因によって発生した結果と. 類したタイプⅠ(直接的原因により起こる事. みることができる.しかしその一方,国内に. 件),タイプⅡ(背景要因によって発生した結. おいてさえ,クロロキン網膜症の学会報告等. 果であるとみるのが妥当である事件),タイプ. が 1960 年代初頭からなされ,1968 年には家庭. Ⅲ(その両方が原因となって複合的に発生した. 向け医学書にさえその記載があるなど,クロロ. 事件)の 3 つの分類別に検討する.. キンの眼障害という副作用は眼科の専門医のみ. ⑴ タイプⅠに分類される事件について . ならず医療界全般において知れ渡っていた.ク. タイプⅠについては,これに分類される事件. ロロキンの眼障害の副作用は長期的に起こる. はほとんど無く,当てはまる事件ついて考えて. ことや治療対象の診療科以外の領域であること. み る と,「直接的原因」に よ り 起 こ る 事件 は,. から,治療医が気づきにくい傾向があるが,安. 医薬品の有害事象の原因の診断ミスや経過観察. 全性情報に留意して医薬品を使用することは医. の不備という医療的準則に違反しており,医療. 療的準則であり,医療界全般において知れ渡っ. 過誤の事故とみることができる.一方,行政機. ていた時期以降でも漫然と投与を続けていたた. 関や製薬企業の注意喚起が遅くなったことや医. め,副作用被害者が多数に及んだのである.そ. 師の教育訓練が不十分であることといった,背. のため,販売会社や厚生省の情報提供が遅れた. 景的な原因とまで言えなくとも背景的な要因は.

(15) 「薬害」事件における事件調査の在り方について (二・完) (岡野内德弥・岡野内俊子) (549) 107. ある.このため,このタイプⅠに分類される事. 床試験の実施に関する基準)の省令化)や承認. 件であるかの判断が重要であるが,タイプⅠ. 審査機関設置などの承認審査体制の強化72),市. と判断されたならば一義的には医療過誤事故と. 販直後調査制度の導入などの市販後安全対策の. して医療事故に関わる調査において処理される. 強化がなされた.これは,事件調査による原因. べきものと考える.これにより,医療機関にお. 究明により得られた知見を基に再発防止対策の. ける調査が集中的になされ,事故を起こした医. 提言として適切であった例である.その理由と. 療のどの段階のどの様な準則に違反していたの. して,ソリブジン事件の有害事象はエイズやC. かという原因を明確にしていくことが可能とな. 型肝炎のような遅発性の有害事象とは異なり,. る.ただし,その原因には背景的な要因が関係. 医薬品投与後に直ちに発生するため事実関係が. していることが有り得るため, 「直接的原因」. 埋もれなかったこと,及び事件発生後,大部分. と背景的な要因との関係も調査対象とする必要. の医療機関は被害者・遺族に医薬品の併用投与. がある.特に,医薬品や医療機器の関係する医. による被害の事実を開示しなかったが,厚生省. 療事故では,当該事故から得られた知見を安全. の指導により開示が進んだことがある.そのた. 性情報として関係機関に迅速に広く周知するこ. め,事件関係企業と被害者との和解が早期に成. とが再発防止に有効であることから, 「直接的. 立し,被害者の疑念を生むような複雑な問題が. 原因」に限らず背景的な要因との関係について. 生じず原因究明調査を円滑に行うことができ. も調査結果の公表や公開において取扱いに留意. た.そして,原因が医薬品それ自体ではなく,. すべきである.. その使用方法としての抗がん剤との併用にある. ⑵ ‌タイプⅡに分類される事件について. こと,併用による有害性の情報を医療機関に提. タイプⅡについては,例に挙げたソリブジン. 供できなかった事件関係企業の医薬品開発にお. 事件でみてみると, 「直接的原因」は医師によ. ける問題,その問題を顕在化出来なかった医薬. る薬剤の併用投与という不適切な治療(ヒュー. 品承認制度の問題,医療機関における新医薬品. マンエラー)であった.しかし,ソリブジン事. の適正使用の問題というように,制度・組織の. 件では医師による処方ミスというエラーは,そ. 観点から原因究明が進められたことが挙げられ. の上流にある作業や組織要因によって形作ら. る.このような例から,タイプⅡに分類される. れ,そして引き起こされたものであるから,こ. 「薬害」事件についての原因究明の調査として,. のようなヒューマンエラーは結果であり原因で. 以下のことが重要であると考える.. はない71)と考えるのが妥当である.エラーを. まず,ここにおいても「薬害」事件の事件調. 特定することは,原因調査の始まりにしか過ぎ. 査であるから,「薬害」事件の事件調査の基本. ず,エラーがなぜ起こったのか,その筋書きを. 要素は当然必要であり,特に,調査を適切に実. 理解することによってのみ,初めてエラーの再. 施するためには,被害者や遺族等に事件につい. 発を防止できるのである. この事件については,. て適切に情報提供して被害者等の信頼を得てお. 当時の厚生省において, 「医薬品安全性確保対. くという「被害者等に配慮して調査を行うこと」. 策検討会」を設置して,原因究明と再発防止策. が重要である.これに加えて,タイプⅡに分類. の検討を行い,製薬企業,医療機関(薬局を含. される「薬害」事件の原因究明では,「組織事故」. む) ,医師・薬剤師等,行政を対象とした治験,. (J. リーズン)の視点による分析が効果的であ. 承認審査,市販後対策についての医薬品の安全. る.すなわち,大事故はただ 1 つのエラーや故. 対策など数多くの提言をした.その内容の多く. 障・欠陥で起こることは稀であり,その多くが. は 具体的 に 実施 さ れ,治験 データ の 信頼性確. 組織の事業・業務の流れにおける各段階(組織. 保(GCP(Good Clinical Practice・医薬品の臨. の事業計画,システム設計/製造,運用計画/運.

(16) 108 (550). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 6 号(2015 年 2 月). 用, 管理/現場の作業) に存在したリスク要因が,. 書きぶりではなかったこと,企業による情報提. 何かのきっかけで顕在化して繋がり,破局に至. 供が十分になされていないこと,及び企業が安. るという過程をたどって事故が発生するという. 全情報の徹底より販売に重点を置いていたこと. 「組織事故」の形をとることから,そのように. がある.下流の段階である①作業段階での検討. 事件を分析していくことである.ソリブンジ事. の対象要素として,医療関係者は医薬品の適正. 件でみるならば,①医師による抗がん剤とソリ. 使用に関心が低いことや,添付文書が医療の現. ブジンの併用投与という処方ミスのエラーは現. 場で読まれていないことがある.このように上. 場の作業段階(以下, 「作業段階」という) ,②. 流から下流の各段階の要素を因果関係で繋いで. 併用による副作用発生の安全性情報の提供ミス. いく.そうすると,医薬品の相互作用について. は運用段階(以下, 「運用段階」という) ,③開. 重要な情報が開発に反映されず,承認審査でも. 発・承認審査において併用の問題を顕在化出来. 問題点が見落とされ,一応記載されていた注意. なかったことはシステム(制度)設計段階(以. も強調されず,現場での医薬品の安全性の意識. 下, 「設計段階」という) ,というように置いて. が低かったというように,上流段階での要因が. みるとよくわかる. このように事件について 「組. 下流の要素へと因果が繋がっていくことが分か. 織事故」の視点から事業・業務の流れを段階別. る.すなわち,俯瞰してみると,この事件が個. に分類する.そして,それぞれの段階における. 別の人間のエラーによって突然に引き起こされ. 検討の対象の要素を調べて整理して,事件原因. たのではなく,システム,運用,現場のそれぞ. に与えている影響を解析する.例えば,上流の. れのレベルにおける要因が鎖状に繋がって最終. 段階である③設計段階の検討対象の要素として. 的に事件発生に至ったことが見えてくる.. は,以下のようになる.まず段階を更に開発段. このように,タイプⅡに分類される「薬害」. 階と承認審査段階に分けて検討する.開発段階. 事件の原因究明の調査においては「組織事故」. については,フルオロウラシル系抗がん剤の代. の視点による分析が効果的であり,「薬害」事. 謝を核酸系の薬剤(ソリブジンなど)で阻害す. 件の事件調査の基本要素に加えて,原因究明の. ることにより,抗がん剤の血中濃度を維持し,. 調査においては「組織事故」の視点からの分析. 有効性 を 持続 さ せ る 動物実験結果 の 論文(以. を取り入れることで,事件の原因が制度・組織. 73) 下, 「ベ ル ギー論文」 と い う)を 事件関係企. 的に見えてくるのである.このようにして得ら. 業(医薬品開発企業)は入手していたこと,治. れた原因の知見を再発防止対策の検討に生かす. 験中に起こった副作用事例や医薬品相互作用等. ことで,効果的な再発防止が可能となる.. についての収集・解析が不十分であったこと,. ⑶ タイプⅢに分類される事件について. 治験が依頼企業によって主体的に行われず,治. タイプⅢに分類される事件における有害事象. 験実施医師に依存していたことである.承認審. の発生は,医師の不適切な医薬品投与というエ. 査段階については,ベルギー論文で示された抗. ラーが直接的原因となるものである.しかし,. がん剤との相互作用の危険性や治験での副作用. 製薬企業の医療機関への副作用の周知は遅かっ. 事例など開発段階での問題点が発見できなかっ. た等という背景要因がある一方,副作用は医療. たこと,添付文書への薬物相互作用の適正使用. 現場においてかなり知られていたのであるか. のための情報記載が不十分であったことであ. ら,「直接的原因」と背景要因が併存していた. る.次の段階である②運用段階の検討の対象要. ものである.このように事件原因として直接的. 素として,新薬販売時に医療機関への新薬の適. 原因と背景要因が並存し,原因に対して共に強. 正な使用方法について,添付文書には「併用を. く複合的に影響を与えていた場合に,原因をど. 避けること」との記載があるが,目立つような. のように究明すればよいかが問題となる..

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