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1930年代日本における保育内容・方法研究

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(1)Title. 1930年代日本における保育内容・方法研究. Author(s). 内島, 貞雄. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 30(1): 209-220. Issue Date. 1979-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4791. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 1930年代日本における保 育内容・方法研 究. 内. 島. 貞. 雄. は じ め に. 幼児期の保育において, 子どもの自発活動・自己活動を重視することと, 子どもにある能力を形 成することとを統一的に把握し, 保育の内容・方法を構造化することは, それ程容易な課題 ではな. い. 今日においても未だその課題は, 十分に解明されたとは言えない状態である, ところ で, そう した課題に対して, 19 30年代において倉橋惣三, 城戸幡太郎の両者によっ て全く. 異った角度からの二つの構造化がなされている. 倉橋の場合, 子どもの自発活動を重視し, その発 展としての 「誘導保育」 に中心を置くもの であっ た, これに対して城戸は, 「社会協力」 の養成とい. う保育目標のもとに, すべての保育項目を機能化してとらえたの である. この小論 では, まず倉橋, 城戸の立場を整理した上で, 次に山下徳治の提起を検討したいと思う, 山下はこの時期, 城戸とと. もに教育科学研究会(1 9 37年結成)の活動に加わっ ており, 城戸からも多くのものを学ん でいるが, 子どもの発達と教育に関する把握において城戸とは異なる視点を持っ ていた, そして, 山下は幼児 教育の問題に関してまとまっ た見解を示してはいないのだが, 上記課題を検討する上で重要な問題 を提起していると考えられるからである,. その上 で, 最後に, 城戸幡太郎を会長に結成された保育問題研究会の研究活動について概観し, そこ での成果と課題を整理してみたい.. 1, 倉橋惣三の誘導保育案 倉橋は, 1917(大正6) 年, 東京女子高等師範学校附属幼稚園主事となっ て以来, 日本の保育方 法革新に大きな役割を果たしてきた. ここでは, 彼の保育方法についての考え方がよく 示されてい 4年) に従っ て, 問題を整理してみたい. この著書は, 前年1 93 933(昭 る 『幼稚園保育法真諦』(1. 和8)年7月, 日本幼稚園協会保育講習会での6日間 1 2時間にわたる講演速記に加筆したもの であ る,. まず彼は, 幼稚園の保育法について色々 な意見が分れてくる理由として, 一 番深いところにある 問題として 「人生観の相違」 をあげているが, 同時に 「目的を本体として教育に臨んで行くか, 対. 象を重ん じつ)教育に臨んで行くかといふ, 此の態度の差によっ ても違いが起っ てくる」 ことを指 摘している. そして彼は, 主に後者の問題に ついて論じていくのである, 彼は, 相手が幼ければ幼い程 「対象の方へこっ ちから近寄っ て行く」 のでなければならず,.幼稚. 園保育法の真諦とは 「如何なる形態が幼稚園といふものの真の生活形態であるか」 ということにぁ 209.

(3) . 内 島 貞 雄. るという. そして, 従来の幼稚園のあり方を 「幼稚園臭い」 と表現L, もっと幼児の 「自然の生活 形態のままで」 保育をしていきたいと いう, こうした考え方から 「生活を生活で生活 へ」 という原. 則をうち出している. そして, 保育者が直接子どもに接する前に, 「設備」 に対して大いに重きを置 き, まずは 「設備」 を自由に用いることによる, 子どもの 「自己充実」 が重要 で, 次には 「この子. がどの位まで求めているか」 ということをふまえた,「幼児生活の充実指導」 がなされねばならない. とされる. その次に至っ て 「幼児生活の誘導」 ということが始まるとされる, 「つまり自分の生活に或系統をつけた時に,生活興味が起っ て来ると云ふ大きな問題 であります . 其の意味からしまして,幼児をして断片の生活を或中心へ結び付けさせて行く事が出来るならば, 幼 児の興味を深からしめ, 又幼児の生活を, 一層 生活と して発展させて行く事が出来ます. すな わち此所に誘導の問題が起っ て来るの であります.」. 自己充実と個人的充実指導位ま では家庭 でもある程 度 できることだが, この誘導を大仕掛に やっ ていける所に, 幼稚園の一 つの存在価値があるという, そして, この 「誘導保育案」 を立てること が, 幼稚園の保育案として最も重要 であるとしている, その場合, 大事なのは 「どこま でも案自体 が手本になるの じゃ なくて, 誘導の力をもっ て生活を生み出させたい」 ということにあっ た. この 誘導保育案と保育項目との関連については次のように述べている. 「それぞれの色々 な事によっ て何 が教育されるかと云ふ事をこの中に配当してみる. 出来得べく. んばその配当の沢山出来る案程誘導保 育案として価値の多い訳であります.」. 以上のような考え方をもとに, どのような保育案が作成されたのかを, 東京女高師附属幼稚園編 『系統的保育案の実際』(1935年) より示すと表1のよう である.. これに加えられた倉橋の解説では, 誘導保育案の主題は,「選ぶというよりも, 幼 児達の間からお のづから, まとまっ て来ることも多い」 ことを指摘するとともに, 「その主題によっ て, どれだけの. 教育価値が, 挙げ得られるかを予め考へ, それに対する適切な計画を立て)置かなければならない」 ことを主張している. また 「幼稚園にも, 練習を主とする方面があり……課程保育案も亦入用 であ る」 と も 述 べ て い る.. 以上のよう に倉橋は, 子どもの自発的活動を重ん じ, 誘導保育を中心にすることにより, 自由遊 びから課程保育ま でを系統的に把握することに成功したといえる. しかし, ここに大きな問題が残. される. それは, 倉橋が保育法についての意見が分かれてくる一番深いところにあるものとして述 べた 「人生観の相違」 にかかわっ てくる.. 前述したように, 誘導保育案は, 子 どもの興味・自発性を前提に したもの であるが, 子どもの活 ・ 動をある 「教育価値」 に向けて「誘導」 することを目的にしたもの であっ た. 従っ て当然そこでは,. どのような方向へ 「誘導」 するかということが問われなければならないはず である. しかし, 倉橋 は, 言わばその目的論とも いうべき課題を厳しく吟味することなく,.せいぜい各保育項目をできる だけ多く含ん でいる活動を 「教育価値」 の高いものとする程度であっ た, 自発的な活動そのものが 目的 であっ たと言えなくはないが, その場合は方法上の自発性重視という観点が, 子どもの中に真 の自主性・自発性を育てているかどうかが問題となる であろう,. ところ で, 倉橋は前記 「解説」 の中で次のような指摘をしている. 「誘導保育案の一 つの狙ひどころとして, 幼稚園にあり勝ちな繊細主義と技巧主義とを避けるた. めに, なるべく, 規模の大きい方 を望んでいる,」 また, 『幼稚園保育法真諦』 では, 次のように言っ ている所がある.. 「所謂, 従来の手技の方 では物を作る プロセスのみ尊重して, 出来たもの がどうなっ てゆくと云 ふ事は, 往々に して軽くみられている様な風があります. 子供は電車を造るのが目的でなく, 電 210.

(4) . 1 9 30年代日本における保育内容・方法研究. 表 週. 三. 第. 週 二 第 リヨ日五十月四. リョ日二廿月四 ま }. ら 窓 廊下 を く に 書 登 せ らぬ 走 ら ぬこ ぬ と 等の. お 食べ 食箸 前 手 淋 を し諸 ま ら 絡つ 自ケ ト 分 お を 崩 富 でひ バケ ス 遵歯 具 食一 富 同 、ッ 揃つ てか 取 洗始 ま る をみ トの を べが る の茶 う 併を 常バ ス ケ 碗ッ 等を おっ棚ふ トの盆 てか てよ せ るり 棚 く 挨ひ を から 排 のく 拶し 上る とてり 出 す に ら歯 バス す 持つ に ッて ト 刷 る 富 バ ケ に 子 か 箱 ス ッ. 年. 第. リョ 日 八月 四 か ぶ 砂 槍本 紙よ ご ら いぢ 風船 め ん こ り み. 棒 の ぼ り. こ 積 ( 自ま 木 作週 ごし. 一. 週. 遊戯 生. 朝 と 替へ 室置 を組 遊入 戯仕 帰 事の りの 場 生 れ 、 を 、す る 勝 る 出 こ等 と席 鰐 り用 の仕 前りの 度 入 及 す党 び 靴 活 具を 挨 るえる 自 拶 時 箱 訓 、 に 分 に 携 靴を 帯品 用 で 便 出し 練 す 取. 約 束. 少. 目山. 一 保 育 期 活. 主 題 計. 誘 導. 劃保. が ぽ校唱 天唱君唱 ス桃唱鳩唱 キ太遊 遊歌 せ先る 長生節の が 代 ッ郎 つ プ ぽ み 歌歌 が つて 聞か か ず 遊昌 ば. - =. 話 四. 鯉 靖 天 長 節の 描 お の 図 のお ぼ 神職 り 見舞 の ( 幼 話 話 ・) 柴 た 鯉 松朝 ね の 葉顔 牡蒔 ぼ 、き り 丹コ ス モ ス 、 金 魚 自事 由 ぬ 製 粘 欽仕 作 土 りゑ 高 ゴ キ こ 自在 ま ム シヤ 風 船. ゴ ム 風 船. 雀の (テ 唱 い ひ自 フ か律 ェ ホフ テ唱 よ由 遊 表現 子 ( ぐ ( こ福 ン シ ヤ ゥ カ 律り 井 動遊 直 秋 戯 曲) 随 ). 人 ・ 芝 話. 一 三. 舌人 切形 雀 さ小 ん 天人 形 狗 さい 食芝 居 芝 居 小 ひ (さ 幼・ い叔 聴 }母. 鰯 結ん図 形行 進 (箸 進 で を 行 現開 作 曲 い る 棒) て. 瀞. 虻. 話 三. つ く し ん ぼ. ー. 幼 稚 園 の 庭. 近鹿. ん車 ヒヨお だ汽. 唱. 育 歌・ 遊. 戯. 課 回教. 粘 土 自在. 幼 稚 園 内 各 室. 欽 自由語 仕事. 観. 察 手. 自在 技. ご ー. 期 育 保 待 効果 案 業鞭 綾 時間 作”. 設 大 富 ポ 子 き コ′ /\ 十 な さ んの 球の は 程 { 幼 ( 幼 風 話 ・ 船 ・ 葉 な) し 聴 定 ) 回教 係. 幼 稚 園の. ぬ り粘 ゑ土 鉄 自 仕 事由 書 コ. 3 7. ー. ー. ー. ー. 二. . 育 案. 案. 組・ 第.

(5) . 内 島 貞 雄. 車遊 びが楽しいのに, 出来たものを動かさない で, 成績品としてしまひ込まれてしまふ. ところ が又何々遊 び, 何々 ごっこと云ふ方 では, その運転の方が主になっ て, 作っ てゆく プロセスの方 が軽く見られてはいない でせうか.」 そして同著には 「第四篇 誘導保育案の試み」 として東京女高師附属幼稚園での五つの実践記録 が掲載されている. 主題のみあげると, 「旅へ」 「人形のお家を中心として」 「『大売出し』 あそび」 「わたしたちの自動車」 「特急列車 『うさ ぎ号』 」 であり, そのどれもが, かなり大がかりな製作活 動とごっ こ遊 びが結合したような形 で展開されている. このよう な大きな規模の実践は, 今日にお. いても, 例えば和光幼稚園の 「電車づくり」 などわずかの例を除いては行われておらず, 保育の形 態としては十分に継承すべき内容を含ん でいる. ところで, 別々 の保育者によるこれらの実践が同じような方向に進ん でいることは, 子どもの活. 動の自己展開の方向性を示すことなのか, あるいは指導者の 「誘導」 の質の共通性の結果であるの か吟味を要する点 である, 次節で述べる城戸幡太郎の立場から言っ ても, これらの実践は, 活動の ねらいや組織過程には違いが生じるであろう が, 活動内容としては重要な位置を占めるものと考え. られる. そのことは, ここ での実践は 倉橋の理論をはみ出した 「教育価値」 を実現していた可能性 を示すもの であり, その意味からも, 実践者の 「誘導」 のうちに含まれていたはずの, 目的論的側 面を明らかにする必要があるの である,. 2. 城戸幡太郎の保育内容・方法論 9 39年に 『幼児 城戸幡太郎は, 雑誌 『保育問題研究』 及 び 『教育』 などに発表した論稿をもとに1 教育論』 を著した, この中 で城戸は, 倉橋の場合と は全く対照的に,「子供を教育するものは子供に何を求むべきかを 考えねばならぬの である」 として, 目的論から議論を出発させている. 彼は, 現在の社会において. 最も欠けている点は 「社会協力」 ということだという. そ して, そのことの最も大きな原因は, 資 本と労働との対立による階級闘争が行われているよう な 「社会の経済的機構」 にあるとした, ペス. タロ ッ チやフレーベルやオーウェ ンも教育によっ て社会を改良しようとしたが, その方法によっ て は目的を達成 できなかっ たとし, その理由は 「人間を現実の社会から切離して理想化し, 社会を現. 実の人間から切離して理想化した」 からであるという. そ して,「社会機構の改造が行はれない限り. 子供の教育的環境を改造することは困難であるが, 教育政策は社会政策と相僕っ て子供の生活環境 を改造して行くことは できる」 との立場から, 学校 (幼稚園, 託児所も含む) は 「子供の生活環境. を改造して行くための教育的計画であるからには, 何よりも先ず子供の自然である利己的生活を共 同生活へ指導して行く任務を負わねばならぬ」 としたのである. そして幼稚園・託児所の保育案は. 「社会協力」 ということを 「指導原理」 として作成されねばならず, 各保育項目は, 「社会協力の精 神を発揮せしむるための社会的機能として訓練さるべきもの で, 個人的材能として習得さるべきも (ママ}. の ではない」 と言っ ている. これらの保育 項目は, 「一日の保育主題が定められたならば, それにつ. いて連関的取扱をなすべきもの」 で, 問題はむしろ社会協力による生活訓練をなすためには 「如何 なる主題 が毎日選 ばれねばならぬか」 が保母の日常生活に課せられた重要な問題 であるというの 、 た だ っ .. 倉橋の場合と比較してみると, 各保育項目は, 主題との関連 でとり扱うという点では共通してい る, 倉橋の場合は主題設定における, 子 どもの側の興味・自発性に力点が置かれ, 城戸の場合, い 212.

(6) . 1930年代日本における保育内容・方法研究. かなる主題が設定されるかという点こそが重要だとされている, では, 城戸の中では, 子どもの側の興味や自発性の問題はどのように位置づけられているのだろ. うか. 城戸は積極的指導法として「何 でも宜 いからやっ て見ろ」という態度 で試みることを主張し, 「自分から行ふ処に行詰っ て問題を発見さし, 目からその解決法を工夫さす, そこにわれらは新し い社会の形成力を児童自身の心の内に発見して行くことができる」 と述べている.. 更に, 教育者 (保母) の権威ということにふれて, 「オーソリチー」 とは, 本来 「事物を産出せし むる力」 を意味し, 保母の権威は 「子供のできないものをできるようにしてやる」 また 「一 人だけ. ではできぬものが互に力を合わせてやればできるといふ子供同志の協力精神 のうちに」 示されね ば ならぬと述べ, 「文化の媒介者」 としての教育者の役割を指摘している. つまり, 城戸にあっ ては, 子どもの自発性を尊重することは当然ではあるが, 子どもの自発的活動そのものに意味があるの で はなく, その過程または結果としての 「新しい社会の形成力」 や 「協力精神」 が重要 であり, その 限り では, そういう方向に子どもたちを導くことが問題 であったと言えよう, しかしながら, 城戸 においては 「指導」 の側に力点を置くことによっ て, あそ びを含む自発的活動のもつ独自の意味を. 軽視する結果となっ ていると思われるが, その点は, 次節で山下徳治の提起を検討する際に改め て 述 べ た い,. さて, 城戸は, 保育項目をあくま で 「機能」 として位置づけ 「智能と技能の発達を目的とする方 法と考へてはならぬ」 として, 各保育項目に即して 「社会協力」 という保育目標を実現するための. とり扱いを追求している, しかし, そこから城戸の意図をこえて, 保育内容構造化の観点をも読み とることができるように思う.. 城戸の場合, 「子供の社会生活は遊びである, しかしそれは握りのない遊びである」 として, 各保 育項目の出発点に遊戯が置かれている, そして, 遊戯そのものが発展する場合と, 他の領域へと発 展する場合とがある. まず, 子どもの 「模倣遊戯」 がとりあげられ, 「子どもには子どもなりに, それを満足さしてやる. ことが必要」 であり, それを満足さすための技術としての道具が必要となるという. そして, 道具 を使用した遊 びによっ て, 子 どもの遊 びは 「生活化」 され 「技術化」 される, 子どもは物を受け入 れるだけでなく, 物を作っ て見たいという気持になる, その際, 「破壊し製作するに適したもの」 と. して, 砂場と積木の重要性を指摘している, そして, ここから 「手技」 が問題となるのだが, 教育 はむしろ 「文化史的節約」 という立場から, 次のように主張している. 「子供に手技を教へる場合にも, 現代の技術をできるだけ早く理解し利用することの できるやう に教育の方法を工夫せねばならぬのである, そして, それには先づ道具を自由に扱ひこなせるや うに訓練することが必要 で, いかなる道具が使用 できるかによっ て, いかなる事物が製作される か ゞき ま る の であ る.」. 次に, 子どもの遊 びの発展としての 「競走遊戯」 について述べられている, ここでは, 「集団的遊 戯である限り, そこには必ず守らねばならぬ規約 がある」 ことに注目している. そして, ボールな どの 「社会的性格をあらはす遊具」 の重要性を指摘している.. また, 遊戯から導き出されるものとして,「生活の演劇化」 及び 「音楽と体操」 があげられている, 前者については, 「子供の遊戯を生活化し, 技術化し, 社会化すると同時に, それを更に芸術化する こと」 の必要が述べられ, 後者に関しては, 次のように言われている, 「リトミークの如きはその例 であるが, 子供の生活にあらは れる自然のリ ズムを芸術化し, 社会. 化して健全なる身心を発達せしむることは極めて大切なことである,」. 213.

(7) . 内 島 貞 雄. 子どもに物を作らせたり, 絵を描かせ たりする表現活動の意義については,「子供の世界を客観化 し, 子供の心を具体化するため である」 との押さえ方をしている, また, これに関連して, 絵本に. つ い て 次 の よ う に 述 べ て い る こ と も 注 目 さ れ る,. 「幼 児のための絵本は, 纏りのない幼 児の経験を握りのある 形態として再び意識せしめ, 事物の 意味を幼 児生活に連関せ しめて 十分それを理解せしめることに主眼をおかねばならぬ.」. また, 言葉の理解ということについても,「互に働きかけるといふ直接の体験」が必要 であるとし, 「人と人との直接の働きかけによっ て生ずる感情の触れ合ひといふことが経験されねばならぬ」 と 述べている. 「観察」 については, 「子どもが最初に興味をひくのは自然ではなく 道具 であり, それ が使用されている社会の生活 である」 との考えから, 自然観察よりもむしろ社会観察を重視すべき だ と し た.. 以上の城戸の提起を再構成してみると, 遊 びを出発点としながら, 遊 びとして発展する側面と, 他の領域にかかわる側面とがある. 後者では, 表現・製作活動が重視されているが, そこには 二つ. の機能が認められる. 一つは, それらの活動を通して 「子供の世界を客観化」 し事物の意味を生活 的に理解していくこと である, もう一つは, それらの活動の中 で言葉の理解を含め, 相互の協力・ コミュ ニケーショ ンを作り出すこと である, 城戸の 「社会協力」 という保育目標は, ここでの後者. の意味に受けとれるが, 同時に前者の意義も指摘されていたことを見落してはならないであろう. なお,「音楽と体操」については, 全体の構造の中にうまく組み込まれていないように思われるが, それは, 教育は 「文化史的節約」 であるとし, 技術・道具を媒介とした活動を重視した城戸の立場 の反映だと考えられる, この点に, 次に述べる山下徳治の場合との明 らかな違いが見られるの であ る,. 3, 山 下徳治の 提起 山下徳治が, 幼 児教育に直接言及したものは, 論稿 「保育案問題を中心に -- 倉橋主事の教を乞 ふ --」(『教育』1 936年3月) が, ほとんど唯一のものと言っ てよい. これは, 最初の計画では, 全国の幼稚園及 び託児所における保育案調査を 試みる予 定であっ たものを諸処 の事情から変更し て, 東京女高師附属 幼稚園を二日間にわたっ て参観した経験をもとに標題のようなテーマ で執筆し た も の であ る,. 山下は, まず同幼稚園の持つ 「リベラルな雰囲気」 に共感を寄せている, そして, 一節 で紹介し た 『系統的保育案 の実際』 について, 「一つの新しい系統的保育案を構成して いる」 と 高く評価し , て い る. こ の 時 期, デ ュ ー イ に 学 びな がら 自 ら の 理 論 構 成 を な しつ つ あ っ た 山 下 に と っ て 倉橋 の ,. 考え方は基本的な発想において一致する部分が大きかっ たと思われる 倉橋の根本原則のより所 が , 「幼 児生活の発見とそれの充実」 にあるとする山下の理解は, まさに核心をついている , ところが, 山下は,「其目的たる幼 児の自然生活がどう して人間社会の歴 史的創造の生活へ高めら れるの であらぅか」 との設定を行い,「誘導保育案の具体化 の過程は, そこに自然的環境から整理き れた環境 への発展過程を形成する であらう. 環境への順応はかくして環境の改変 となり, またその. 過程において幼 児は自然人から文明人へと発達する人類更新 の路 である.」と述べている 既に指摘 . したように, 倉橋の場合 「誘導」 の方向性は示していなかっ たの であり, 倉橋の考え方をふまえな がら, そこに積極的な指導の方向を盛りこもうというのが, 山下の立場だっ たといえよう 次に山 , 下は,「私の今迄の経験 や見聞に依れば総合教授だとか複合法と言っ たような総合的方法に依る教育 214.

(8) . 19 30年代日本における保育内容・方法研究. 法は, 著しく個人の能力を低下せしめる場合が多い」 と指摘し, 「幼稚園の保育においては総合的方 法を原則とすべき であっ て, その点総合的保育案に於ける『課程保育案』が非常に大きな問題になっ て来ると思ふ.」 と述べている, 更に続けて自己の見解を主張している, 「人間頴知の自然的, 有機的発展過程の発見は, 幼児の保育にとっ て特に基礎的な意義を持つ , 『課程保育案』 はかかる意味において 『理想的のものにすることは容易 でない』 けれども幼稚園 保育案としての スタン ダー ドなものはどうしても発見作製されなければならない ……私の最も . 疑問とするところは, 唱歌, 遊戯, 談話, 観察, 手技の五項目は幼 児の精神発達上の重要項目を 網羅していると思はれるのに, 矢張りそれが並列的 で, 何等発生的見地から有機的発展の過程に おいて総合または分化されていないと思ふ, .そのことは幼児の知能を自然の発達過程において無 理をしないで, 全体的発達を促進 しないばかり でなく, 芸術と科学の根源 である想像力の発展を 遅滞せしめているやうに思ふのである,」. つまり, 山下は, 子どもの生活経験を充実させるという倉橋の立場を重視した上 で, 指導の方向 性を保育内容の側から, しかも城戸幡太郎が否定していた 「知能の発達」 の面から考察しようとい. うのであった. もっ とも, 城戸の場合からそうした構造化を読みとることが可能であることは, 前 節で示した通り である, では, 山下 は どの よ う な 構 想 を 持 っ て い た の で あ ろう か.彼 は,表 2 の よ う なリ チ ャ ー ド・ グリ ー. ン , シ モ ゥ ー ル トン の 「文 学 の 発 生 的 図 式」 を 示. 詩 事 押. し,「幼 児 教 育 の場 合 か か る 発 生 的 見 解 は 示唆 的 で は な い であ ら う か」 と述 べ て い る, そ し て, リ ト. (勢優が葉言). る こ と に よ っ て, 身 体 と 精神 の 健 全 な る 発 達 と 共. 愈 粟 鰹. ことは出来ないもの であろうか と * るの であ. 澱 蓬. 速. 叙. ミ ックについて 「例えばこうしたものから出発す に 音 楽, 遊 戯, 言 語, 手 技 等 の 共 同 的 基 礎 を培 ふ る,」 と 言 っ て い る. 更に 続 け て い る.. 「幼 児教育においては先 づ何よりも自分の喜び. 蒙. 」&. 挙文的造創=詩 すなを加附に在存 詩. 惰. 拝. 想 膜 (勢優が楽音) 踊 舞 謡 民 葉 言. 楽 音 作. 所. 態形拳文的始原. 曲. 戯. 出 ・表. (勢優が作所). 僑 雫圧. 葦蔓 . 看涛. 自然や社会現象の観察から科学へも発展するの ではなからうか,」 城戸の場合は, 技術的な表現・製作活動を中心として保育内容の構造化が構想されて いたと考え. られるが, 山下においては, 身体を中心とする表現・表出活動に 重点が置 かれていた, ところ で, 山下は 「労作教育」 は 「科学的・芸術的・職業的教育に対する基礎教育」 であるとしながらも, そ の 「基礎教育としての労作教育」 を, 出発点から考えるならば 「基礎的な感性の教育」 であると述. べている (「労作と教育」『教育』19 2月) 33年1 . つまり, 山下も製作的な活動を一方では重視して 科学や芸術における技術的側面と発明や想像力 いたのは明らかであるが, その際, にかかわる力点. の置きかたに関連して,その出発点における活動をどのように位置づけるかに,大きな相違点があっ たと言える. 城戸の場合は, 道具を用いる遊びを積極的に行わせ, 「道具を自由に扱ひこなせるやう. に訓練する」 ことが重視されたが, 山下の場合は, 想像力に つながる感性を育てるための身体的表 215.

(9) . 内 島 貞 雄. 現活動が重要だとされたの である.. 34年6月) 所収 9 この問題を考える上 で, 山下が編集をした雑誌 『教材と児童学研究』 第2号(1 u「児童学とは何か」の座談会 での 城戸と山下 (筆名 村上純) のやりとりが注目される ここ . , , . で, 城戸は 児童の可能性が現実性へと発展 する際の条件として 「自然的なもの」 をとらえ, 「条件発. 生的な観察」の方法を主張している, それに対して山下は,「児童即目」の研究を強調し, それは「対 目的」 を予想した研究であるとし 「現象学的方法」 を対置している. 何よりも子どもの 「自然」「感. 性」「直観性」 を大切にしようというのが山下の立場 である. 城戸は 『幼児教育論』 の中 では, この. 点について,「最初から子供に与へられるものは単なる自然ではなく,歴史的に発展した人類の文化」 であり, 子 どもの精神発達は 「原始人, 古代人と同様ではない」 と述べたのである,. ところ で, 日本において逸早くリトミッ クを紹介し, その考え方を 基礎に幼 児教育を行っ た人物 925(大正14 ) 年幼稚園設立と に小林宗作がいる. 小林は パリからの帰国後成城学園に招蒋され, 1 同時に主事となっ た. 小林は 『幼な児の為のリ ズムと教育』(1938年) の中 で, 「リ トミッ クは心と体にリ ズムを理解さ. せる遊戯です」 とリ ズムの重要性を述 べ,「リ ズムがわかると音楽や舞踊, 絵や書等がよくわかるよ うになる」 と指摘している, リ ズム教育を重視するのは次のような理由によるという. 「吾々の思想は如何なる事でもこれを実行に移す場合, 肉体の運動, 筋肉の運動を通さないでは 不可能 であるといふ事実に依っ て, 先づ思想の表現に不自由のない様に肉体を訓練して置かなけ. ればならないからである.」 そして, 「幼児のリ ズム訓練の方法」 としては, 「幼児の生活は未だ分科されない全体的活動の時 代」であるの で,「音楽だか舞踊だか体操だかピアノだか遊戯だか手 技だか明かには判 らい様な保育」 を 行 う べ き だ と して い る,. (“). 山下は, 前述のように倉橋の基本的発想を引きつ ぎながら, 倉橋の言う 「誘導保育」 と 「課程保 育」とのつながりを,「課程保育」の内容的構造化を指導原理として 結合させようとしたといえるが, その際の構造化の原理には, 小林宗作がその普及に努力したリトミ ッ クの発想が生かされていた の である. 山下も, かつて成城小学校に 在職しており, 小林との直接・間接の交流があっ たの であ る.. なお, 山下は, ダルクロー ズの考えを体操の分野で発展させたといわれるポーデの 「体育への新 39年には, 小林宗作に学ん しき道」 を訳出しており (『教材と児童学研究』1・2号所収) , また, 19 だ上野耐之とともに 「教育科学研究所」 を設立しているのである. 山下の戦前の到達点を示す著書 『明日の学校』(1 939年)においては, リトミッ クについての鋭い分析の上に「かくリトミッ クは感. 性の自発性を基礎にした練習であり, それが一切 の人間的活動および人間的思考の根底になる基本 練習 である意味において,幼稚園およ び小学校の児童にはぜひ練習させなくてはならない.」と述べ, 次のように主張した, 「このリトミッ ク運動は……幼稚園教育に実施したのは小林宗作氏 であっ た. しかしそれも現在 では余端を保っ ている程度のように見受けられる。 これは国家的規模においてその教育的価値内. 容が十分に検討されるにふさわしい問題 であり, それの再興されん日を切 望してやまないの であ る,一. 216.

(10) . 1 9 30年代日本における保育内容・方法研究. 4. 保育問題研究会の研究活動 1 ) 年, 城戸幡太郎を会長として保育問題研究会 (略称, 保問研, 機関誌 『保育問題 936(昭和11 研究』は,37年1 0月創刊) が創設された, 研究者と現場の実践者とが協力して保育の諸問題を研究 するという画期的な研究会であった, ここでは, 保育内容・方法という点にしぼっ てそこ での研究. 活動を見ていきたい, 機関誌が発行された1 93 7年からは六つの部会 (後七つ) が設置され, 城戸幡太郎の他, 依田新, 山下俊郎, 三木安正, 松本金寿, 牛島義友, 留岡清男らがチュ ーターとなっ た. 全体の方向づけは, 城戸の理論に負う 所が大きかっ た, そのうち, 第一部会では 「保育案」 を中心に研究活動が行なわ れ, 「一日の保育過程の問題」「保育主題の研究」(『保育問題研究』38年4月)「生活訓練案の研究」 (同, 38年5月) などが発表されている, 第二部会では, 山下俊郎の努力と現場の保母たちの協力 で 「幼 児の基本的習慣の形成」 についての研究が継続された,. 39年2月号 では, 幹事名 で「今年の研究活動のために」 という提案が発表されている. そこでは,. 手をつけ始めた保育の実際的研究がどれも中絶してしまい 「最も力を注いだ, 保育案の基準を作り. 上 げる 仕 事」 も ま と ま ら な. かったことを述べ’「保育; こ当 る 実 際 家 = 保 婚 自 身 が, も っ. 暴露裏蔓蓄電器『誓言鷲 「保 育 問 題 講座」 の 開 設 と,. 「保育案研究委員会」 を設け ることな どが提 案さ れて い る. こ の 「保 育 案 研 究 委 員 会」. は, 幼 稚 園・託 児 所別 に 年 長・年少組を分け, 乳児部は. 別 に 一 グ ルー プ と し て 研 究 グ ルー プ を 分 け て, 精力 的 に 活. 動を開始し,39年4 月 号 に 実 施 案 が 発 表 さ れ た, そ の 形 式. は表3(保育案) , 表4(保育 日 誌) に 示 した も の で あ る,. そ こ では, 次 の よ う な 基 本 原. 則 が 掲 げら れ て い る.. 1,「幼児の生活は遊びであ る」 ,と て幼 児 の 遊 戯 的 面. 表. 昭和. 3. 年. 月. 保 育 案. 雛 蝉(槙島騒. 髪). \\ 目 目 標 第 第一週 第二週 第三週 第四週 整 理 -週第 標 二週 第 三週 第 四週 整 理 \. 基 基 清 本 本 食 的 的 排 訓 訓 着 練 練 睡 吐訓 吐 司 =規 曾. 潔. 事 惟 衣 眠 律. 的練 的糠 吐. 交. 観. 察. 談 活 活 作. 話. 音 教 立 日 教 遊 材 材 運. 楽. 主. 題. 生 生. 業. 戯 動. (韻 篇) ) ( 韻篇. にのみ追従し, 集団生活 に必要な生活訓練, 又, 健康増進を期する身 体保育に留意される事の少いのを反省する.. 1, 保育主題といはれるものが, 固定化し, 季節的な羅列に止る事多く, 幼児生活全般の発達に 応じて系統的に引き出されてゐない事の検討. 217.

(11) . 内. 島. 貞 雄. 1, 幼 児の年齢, 生活環境を無視した保育材が取り上げられ勝ち で, 幼児は 「踊らされてゐる」 事 を 戒 め た い.. 1. 保育の方法, 場面, 教具等に健康な生活性を盛り込みたいこと, 保育案の中 で, 基本的訓練の項目は, 山下俊郎を中心とした第二部会の研究成果が反映されてい る. そして, 保育項目は 「生活教材」 という用語 で総括されている, 従来の五項目に 「運動」 力切口 えられ, 「手技」 は, 「もっ と広く 工作, 栽培, 飼育等々を含めて」 「作業」 とされ, 「唱歌」 は 「音 楽」 と改められている. 全体として 『幼 児教育論』 に展開されている城戸幡 太郎の考え方がふまえ られているように思われる. そ し て, 39 年 7 月号に, 戸越保育所での 「保育案記録報告」 及 びノービル幼稚園の 「四五月の保 育案報告」 が掲載され, 40年3月号 で, 両施設での実践のまとめ 「保育案実施の-報告」 と 「幼稚 園に於ける保育の報告」 がなされた, 特に戸越保育所の報告では, 次のような注目すべき指摘が見 ら れ る,. 「『生活教材とは, 特に子供の集団生活をよく組 織してゆくための方法である,』 と解し, そのた と云ふ様に考えていた」 めには, 生活習慣, 社会的訓練へ結 びつけて総合的にやっ てゆか と こ ろ が, 実 際に や っ て み る と 次 のよ う な 問 題 が生 じ た と い う,. 「しかし, 一覧表にもあらはれてゐる様に, 極く部分的に, 初歩的な形でしか取り上げられてゐ. な い, と い ふ よ り も, そ の 一 つ 一 つ の. 項目が皆, むづかしい問題を持っ てい る. 観察t こしても, その方法, 発展の させ方, 音楽とは一体, どういう順序 で, どう い う 材 料 で指 導 し た ら 良 い の か, 談 話 と は 如 何 な れ ば 良 い の か, む. 4. 表 月 月. 主. 日 一E. 定 稼 基本的 基. いか・ 作業では, 道具の扱ひ方を順序. 寵. とは, 又運動にも, 幼 児の身体的 な発. ,』 酬,梱 て 蹴 かの .に に」 等々. ま こ と に 保 姻 の 教 養 の 狭 い 事 を 反 省 さ せ ら れる,」. に での前半部分 で述べられているこ. とは, 保育項目は機能としてとらえると いう城戸の保育構造論そのまま である. そ して, そ こ に 含 ま れ て い た 矛 盾 が, 実. 践を通して明らかにされている. 各項目 を 機 能 と し て 扱 っ た 場 合 でも, そ れ ぞれ. の領域 での内容の系統性を どう処理する か と い う 問 題 は 残 る か ら であ る. ま た,. 上記報告は 「これからの問題」 として, 次のよう な提起を行っ ている.. 「幼 児の生活の各方面に 於ける標準的. な発達段 階を知ること. 218. 1出席数 』出席. 名. 題. しろ言語訓練に重 点を おく べ き では な 立 て ・, 進 め る べ き では な い か. 遊 戯. 曜日1 曜,一対“ ,天候. 方. 法. 記. 録. 訓練 訓 糠蔵曾 的 衝訓 訓練 練. 生 生活教材. 裏 材. 自由. 目. 由 遊. 遊. 賓施経過 7 8 賓. 施 経. 過 備. 備. 考. 考. 1 l 12 1 9 l o l. 2. 3. 4. 5.

(12) . 1 930年代日本における保育内容・方法研究. 0三歳六ヶ月の子供は生活の各面を通してみるとどういふ状態にあるのか (縦の線) 0清潔の習慣の年齢的な発達標準は如何 であらうか (横の線) 」 これはつまり, 子どもの発達の年令段階に即して, 全体としての発達と, 各項目 での保育内容を 結合するという, 保育内容構造化の研究視点 の提示であり, 城戸の中 では不明確 であっ た問題を課 題として示したことを意味している.. そして, 研究会の他の部会における研究活動 の中では, 音楽, 言語, 数などについての系統的指 導の方法も検討されていた. その中 で, ここ では, 唯物論研究会の会員 でもあっ た数学者今野武雄 一, 口」(1 による 「幼 児の数教育に就て( 93 8年5月及 び1 0月) を紹介しておきたい, 今野は, 「幼児の数認識の段階」 を問題にし, 更に, 遊びや物語の場面における 「数へる場面とい ふことの研究」 の必要性を述べ,「物と物とを一対一に対応させるといふ事の中に, 数の認識の一つ. の根源があるのだといふ原則」 を提起している. ただし, その場合 「どこま でも遊 び自身が主にな らなければならない」 と述べていることも重要である. こうして, 今野は, 城戸が 「社会協力」 の. 目標に力点を置いていたために 見落していた, 遊び活動の中に含まれる認識的側面を見いだしたの であ る.. 最後に, 現場の保育者たちが当初から自覚していたこと でありながら, 城戸の理論構成に おいて 明確に位置づけられていない, 子ども集団の持つ教育的な役割についてふれておきたい まず, 現 . 場の声を拾っ てみよう.. 「自分たち丈の話合 で種々の問題が割に正しい解決に向っ て行く」(海卓子, 『保育問題研究』37. 0月)「子供等は保娼の云ふことはきかなくとも, 仲間のいふことは実によくきく場合がある」 年1. (片山糸子, 同, 37年1 1月) こうした子ども集団の持つ積極的な意味を明確にとり出したものとして, 川崎大治がある農繁期 託児所で行っ た実践がある. 少し長くなるが該当部を引いてみよう.. 「暴れん坊諸君……概してエネルギーが豊富すぎるやう であっ た ……甘えてい ・気になり悪ふ . ざけなどをした場合には, 思い切っ て叱りもし, 又時には彼等の権威を皆の前 で失堕させたりし た, 皆の前で小さい子や平常おとなしい子が, 歌やお話をしても, 暴れん坊は, さういふ時には. 却っ て恥しがっ てやらない, 果は泣き出したりする者さへある. さうすると, 今までいぢめられ てゐ た 小 さ い 子 は, 一 せ いに は や した て る. そ こ で権 威 を 失 っ て い さ )か途方に暮れてゐる暴れ ん坊に勇気を与 へ, 仕事を手伝はせ,, 恩ひきり働かせ る事にした. すると, 三日目あたり からは, 手技のときの机の出し入れや後片づけなどは, 殆んどこの子供達がするやうになっ た 又九日目 , の運動会の世話など, 実にうまくやっ てくれた,」(39年8月号) こうした実践をふまえて, 保問研の中心メ ン バーであっ た浦辺史・阿部和 子の共著 『季節共同保. 育所』(1 940年) では, 以上の問題をとり出して, 次のように規定して いる . 「問題を子供全体の前に持ち出し, みんなの問題として考 へさせ, 処置を講 じさせること である , ……かう して物ごとを子供自らで処理 して行くといふやり方は, 困っ た問題の解決法として役立 つのみ ではない. 大人に指図されなくとも自分から進ん で物ごとを工夫し実行する積極的な子供 を作る唯一の方法なのである.」. つまり, 子どもの自主性を形成する上での, 子ども集団の持つ独自な役割 の把握であり, 戦後, 「集団づくり」 の問題として検討されることになる課題が自覚されていたわけである なお 先に , , 紹介した戸越保育所の実践では, 「社会的訓練」 の一環として 「当番」 制がとり入れられていたこと もつけ加えておきたい. 以上のように, 戦前保問研の実践的研究は, 城戸幡太郎の理論に導びかれながら その理論を実 , 219.

(13) . 内 島 貞 雄. 践に生かすとともに, いくつかの点 で, 城戸の中 では矛盾しあるいは不十分であっ た側面を明らか にしていっ た. 同時に, この保問研の研究活動の意味を考える 際に, 忘れてはならないもう 一 つの 重要な点は, その過程 で, 現場の実践者が自らの実践 研究の力量を飛躍的に高め, 戦後の実践者に よる実践の対象化・理論化の深まりを深い所で準備したということ であろう,. おわりに -- 今日の研究課題とかかわって まとめにかえて, 以上述べてきたことを, 今日の研究課題とのかかわり で少し整理 してみたい. 倉橋は, 保育活動をその対象 である子どもの側からとらえるこ とによっ て 「誘導保育」 を中心とし た保育の系統化の試みを行っ た.「早期能力 開発」 の考え方など, あそび等の子 どもの活動を手段化 してとらえる 風潮が広がっ ている今日, 倉橋の主張した, 子どもの自 発的活動の尊重という点は 改 めて確認し, 強調しておく必要があろう. しかしながら, その自発的活動 を重視しながらも, それ を どの方向に指導していくかという 保育目的論を避けて通ることは できない. その点で, 城戸, 山. 下の提起は どのように継承されたのであろうか. 私には, その点をここ で展開する準備はないが, 次の二つの実践事例の中に, それを検 討する際の手がかりを得ることができるように思う. 戦後の保育問題研究会は, 「伝えあい保育」 という概 念を生み出してきた. これは 「伝えあい」 と いう保育目標のもとに, 保育の各領域を構造化するという意味では, 城戸の構造化と同様な性 格を もっ たものと考えられる. そして 「伝えあい」 の理念は, 城戸が言葉の理解の問題について, 「人と 人との直接の働き かけによっ て生ずる感情のふれあい」 が重要 であるとしていたことと共通するよ うに思われる.これが「子ども集団」の役割の 認識と結びついていると考えられるが,「伝え合い」の考え 方を導き出す上で中心的役割を果たした一人,畑谷光代は,戦後初期の経験の中で,「一 人の乱暴もの を, 一 対一 で, 保母がいましめるより, みんなの問題にした方が効果が的確にあらわれる, という, 集団指導の 第一のカ ギをつかみました.」(『つたえあい保育の誕生』P ,34) と述 べている. これは, 戦前保問研においてす でに明らかにされていたことがらである. また,「伝えあい」 という保育目標. との関連 で, 音楽部会, 絵画部会などの研究活動もなされており, 全体の保育目標と各領域の独自 な系統性の関係がどのように把握されているかが検討される必要があろう. 次に, 山下徳治の重視した身体表現活動を大巾に とり入れ, ユニークな保育実践を行い, 近年注 目されているのが, 埼玉のさく ら・さくらんぼ保育園 である. 同園を育ててき た斉藤公子園長は, J ・林宗作にリトミッ 1 938年, 東京女高師保育実習 科に入学し, 倉橋の教えを受け, 戦後ではあるが,ノ 宗作氏のやり方その 「 クの習得は直接 リトミ 斉藤は である ッ クを求めて習いに 行っ た経歴の持主 . 33 ) と述 べて .1 ままはあまり使ってはいないが, たいへん保育に役に 立っ た」(『あすを拓く子ら』p い る.. このように, 城戸, 山下の提起した保育内容・方法論は, そのままの形 ではないが, その基本的 立場を継承した二つの典型的実践を生み出していると いえよう.その意味では,両者は保育の内容・ 方法を考える上で, 今日につながる基本的な問題を提起していると思われるの である, (本 学助 手・ 旭川 分 校). 220.

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