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J. Piagetの発達理論における「学習」の問題 : とくに発達と学習の関係をめぐって

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(1)

J

・Pi

aget

の発達理 論 におけ る 「学 習」 の問題

― と く に 発 達 と 学 習 の 関 係 を め ぐ っ て ―

1.は じめに

「発達」 と 「学習」 とい う概念は,本来密接 な関 係 にある概 念 であ りなが ら, その関係はそれほ ど 問題 に され て こなか ったよ うに思 われ る。「発達

は,発達心理 学の中心的 タームであ り

,

「学習」は, まさにア メ リカ行動主義心理学 を代 表す る概念で ある といえ る。だが,発達心理学は,学習心理学 の成果 を自 らの枠組の中に十分取 り込んでい る と はいえない し,学習心理学 も,従来か ら発達 的視 点が乏 しい とい う指摘がなされて きた。もちろん, 発達心理学 は,学習 とい う概念 を無視 して きたわ けではな く, 成熟 と対立 させ た形での 「成熟か学 習か」の論 争 が行 なわれて きた ことは事実である。 この論争 においては,発達 におけ る学習 を重視 す る立場の人 々は,暗黙の うちに発達 を個々の学 習の集積 と考 える傾 向が強か った し,現在で もそ の傾 向が強 い ように思 われ る。一方,成熟優位説 の立場 をとる発達 説は,発達 を成熟に よるもの と 把 え,発達 を学習に先行す る不可欠な前提条件 と 考 えていた といえよ う。 それは

,

「発達段階 (ここ では と くに成 熟段階)に即 応す る教育」 とい うこ とばに間接 的 にあ らわれている。 この ように,発達 は,一方では学習の累積,す なわ ち発達 -学 習 と考 え られ た り,他 方 で は発 達 -成熟に よる発達 と理解 されて きたこ とが わか る。発達心理 学においては

,A.

Ge

s

e

llらの成 熟説 は批判 され る傾 向にあるが,行動主義的連合理論 に基づ く発達 心理学は,すでに述べ た ように,個々 の学習結果が 累積 されたものを発達 と考えるようで あ り,我々の 中にも意識的であれ無意識的であれ,

日 下

その ような考 えが存在 しているこ とを認めなけれ ばな らない。 この よ うな考 えに対 して

,Pi

a

get

Iもいわばア ン チ ・テーゼの形 で新 しい 「学習」の枠組 を提示 し て きた

。Pi

age

t

の学習観 は,彼の発達理論 と密接 に関連 してお り, それ を特徴づ け るに十分 な諸要 素 を含 んでい ると同時に,従 来の発達心理学 に対 して も重要 な課題 を提起 してい るとみ なす こ とも で きる。 本論文 では,発達 と学習 との関係 を中心に,発 達心理学的な視点か ら

Pi

age

t

の 「学習理論」を論 じ るこ とにす る。

2.Pi

aget

の基本テーゼ

Pi

a

ge

t

のユニー クさは,発達 と学習の関係の把 握の仕方 にある。 その問題に関連す る箇所 を彼の 著書や論文 などか ら引用す るこ とに よって彼の基 本的な立場 ・考 え方の大枠 を とらえてお くこ とに す る。 まず, ここでのテーマに直接関係す る もの とし ては

,

「発達 と学習」 (1964) とい う論文 がある。 これには

Pi

age

t

の考 えが要約 されて いるので,長 く引用す るこ とに しよう。 「知識の発達は,脹形成の全過程 と結びついた自発 的な過程である。肱形成は,身体発達に関係するが, 同時に,神経系や精神機能の発達に も関係する。子 どもの知識の発達の場合,旺形成は成人期になって は じめて終わる。それは,一般的な生物学的 ・心理 学的文脈の中にお きなお してみなければならない 全体的な発達過程である。言いかえれば,発達は, 知識の諸構造の全体性に関係する過程である。

(2)

学習は,これ と正反対である。一般に,学習はさ まざまな状況 に よって- 心理学 の実験 者に よっ て,教育的意図 を もった教師によって,外的状況に よって- ひ きおこされ る。すなわち,学習は,自 発的ではな く,ひきおこされるものである。さらに, 学習は一つの問題,あるいは一つの構造に制限 され る,限界をもった過程である。 そこで私は,発達が学習 を説明す ると考 える。こ れは,発達は さまざまな学習経験の総和であるとい う,広 くとられている意見 と逆の意見である。発達 は,一連の特定の学習された項 目に還元され るので あ り,したが って,この特定項 目の系列の畜積であ ると考 える心理学者 もいる。しか し私は,このよう な考 えかたは,真の事態 をゆがめ る聡子論的な見か たであると思 う。現実には,発達が本質的な過程で あって,学習の各要素は,発達 を説明す るものであ るとい うよ り,む しろ発達全体の関数 としておこる のである。-」(1)(傍点は筆者) 後半 の傍 点部分 に示 され て い るよ うに,学 習が 発達 を説明す るの で は な く,発達 が学 習 を説明す るの であ る。 す な わ ち 「学 習 は発達 に従属 す るの で あ り,その逆 で は な い。」(2)とい うの

か Pi

age

t

の 考 えであ る。 また, 同様 の こ とを

1

9

7

0

年 の 「国際幼 年教 育 者 会 議 」 (京都 )の あ との テ レビ座 談 会 の 中 で も述べ てい る。 「

r

発達iと F学習」との関係について,古典的な学説 は F発達 とは学習の加算にほかならないlと説いて いる。この学説は最近,ア メリカの或 る学者 〔訳注, ジェローム ・ブルーナt を指す〕によって新 しいよ そおい と実験的裏づけの もとに再提 出され

,

F学習 の結果が継続 して積 み重ね られてい くのが精神の 発達である」とい う説になった。 しか し, ジュネ-●●●●●●●■● フ学 派の見解では,学習はむ しろ精神の T構造』に依 存す るのであ り,子 どもにおける構造の漸次的 ・自●●●●●■●●●●●●●● 発的形成に とって,学習は 1つの段階か ら次の段階●●●●●●●●●●●●●●●●● に移行す るための必要条件であって も,けっして充 分条件 とはならないのである。」`3'(傍一郎 ま筆者) さ らに

,Ri

c

ha

.

r

dI

.

Evans

との対話 の 中で も二 度 に わ た って この問題 に触 れて い る。 す なわ ち, まず発 達 と学 習 との 関 係 につ い て の

Eva

ns

の 質 問 に答 えて

Pi

a

ge

t

は次 の よ うに述べ て い る。 「- -学習 と発達 との関係については,中心的な問 題が二つあるように思われます。,節-の問題点は, 発達が一連の学習にす ぎないg)か,それ とも学習は 発生学者のい う意味の能力,す なわち,有機体の可 能性によるものなのか とい うことです。--・私 は, 学習 よりも発達の方が,よ り基本的なものだ とい う 十分 な証拠 をもっていると考 えています。学習の状 態が同 じで も,被験 者の発達 の段 F皆に よって は, 違 った結果が出て くるのです。-

-

」(4)(傍点は筆者) また, ア メ リか し、理 学 界の関心 の的 に な って い る学 習 と学 習理 論 の問題 に関 連 して次 の よ うに答 えて い る。 「私たちは,学習 を定義 しなお しているのです。学 習は今 まで とは違 った仕方 で考 えるべ きだ と思 い ます.約一に,学習は,発生学者がいっているように, 発達の段階,言いかえれば,能力によ ります。個体●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● が学習 した もの をよせ 集め た全体 だけが発達 では あ りません。・・・・-」(5)(傍点は筆者) この よ うな 「学 習」 に対 す る 「(構 造 の)発達 」 優 位 の考 えは

,Pi

age

t

の理 論 の影響 を受 け,それ を発展 させ よ うとす るジュネー ブ学 派の共 同研 究 者 た ちの論文 の 中に もっ と明確 に表 われて い る。 例 えば

,Pi

a

ge

t

の良 き理 解 者 で あ る

B.I

n

hel

de

r

H.Si

nc

l

ai

r

は, 次 の よ うに書 いてい る。 「要す るに,学習は,発達の法則に従 ってお り,発 達は,少量の学習の単 なる継続的な累積か ら成 り立 つのではない。とい うのは,発達は,論理的かつ生 物学的な構造化の法則に従 っているか らである。」(6) こ うして

,Pi

age

t

は,学 習 は発達 に従属 す る と い う立場 を と り, 発達 は個 々の学 習の 累積 で あ る とす る発 達 説 とは 異 な る考 え 方 を提 起 して い る ので あ る。 しか し

,Pi

a

ge

t

は,次 の よ うな点 で「成 熟論 者」 の レ ッテ ル を貼 られ る危 険 が あ る。 す な わ ち,

Pi

a

ge

t

が,学 習 は発達 の構 造 に依 存す る と言 うと きには, 学 習 とは違 う別 の, 発達 にか か わ る内的 な構造化 のプ ロセ ス を仮 定 して い るの で, その 内 的 な構造化 は成熟 に よる ものは ないか, とい うよ うに学 習 では ない もの を直接 「成 熟」 に結 びつ け られて しま うか らで あ る。 もちろん

,Pi

age

t

が成 熟論 者 と呼ばれ る原 因は他 に もあ る。 例 えば,発 達 の段 階 の 出現す る時期 は,個 人や社 会 (文 化 ) に よって異 な るが, その段 階 の出現順 序 は一 定 で

(3)

あ る とい う主張 は,一見

Ge

s

e

11の成 熟論 に通 じる ところが あ る。 確 かに その よ うな見方 をすれば

,Pi

a

ge

t

は,成 熟優 位 説 を代 表 す る心 理 学 者 とい うこ とに な る が,彼 自身 も弁明 して い るよ うに,決 して成 熟論 者 で も,また引用文 か らも十分 読み取れ るよ うに,

S-R

行 動 主義者」で もないの であ る。 成 熟論 と の違 いにつ いては, 後 に明 らか にな る と思 われ る の で,次章 では

,Pi

a

ge

t

S-R

行動主義心理 学 との相違点 を探 りなが ら

,Pi

age

t

が いか な る点 に お いて従 来 の行動主義 的学習理論 を乗 り越 えよ う としてい るか を見てみ るこ とに しよ う。 その こ と は

,Pi

a

ge

t

の学 習理論 を解 明す る際の重要 な手が か りに な るだ ろ うと思 われ る。

3.Pi

agetと行動主義 的学習理論

行 動主義 の歴 史的 な流 れ を考 えた場 合,J.

B.

Wat

s

on

に始 まる行動 主義 心理 学 と,後にその単純 なS-Rの図式 を修正 し,刺 激 と反応の問 に

0(

有機 体 ) を挿 入 した新行動主義心理 学 に二分 す るこ と が で きる。 そ して, それ ぞれの心理 学研 究の流れ の 中で,種 々 の心理 学者 た ちが,独 自の学 習理論 を構築 して きた。 本章 では,最初 は,学 習理論 を1つ 1つ検討す る とい うこ とは しないで, む しろこれ らの学習理 論 の根底 に あ る基本的 な考 え方 を問題 に し, それ と

Pi

a

ge

t

の 考 え 方 を 対 比 す る こ と に よって

Pi

age

t

の理 論 の特徴 を明 らか に してみ たい。その 後 で

,Pi

a

get

が何 人か の学 習理 論家の名 を具体 的 に挙 げ,彼 らの理論 に対 して論評 を加 えてい るの で,それ らを参考 に しなが ら

Pi

a

ge

t

と従 来の学 習 理論 との関連 を探 りたい と思 う。

(

1

)

連合

(

as

s

o

c

i

at

i

on)

か同化 (

as

s

i

mi

l

at

i

o

n)

か 行動主義心理学 であれ,新行 動主義心理学 であ れ, いわゆ る学習心理学 に共通す る基本 原理 は, 刺激 と反応 との 「連合」 とい う機構 であ り, これ に基づ いて一 連の行動 の変容,す なわ ち学習 とい う心 理 事 象 が 説 明 され て きた。一 方

,Pi

a

ge

t

に とっては, この 「連合」に 匹敵す る概 念は 「同化

であ る。 よ く知 られてい るよ うに 「同化」 と 「調 節」概 念は

,Pi

a

ge

t

にお いては重要 な概 念 であ る。 「連合」 と 「同化」の違 い を明 らか にす るため に,

Pi

a

ge

t

の 適 切 な説 明 を こ こ で 引 用 Lf そ れ に よって行動主義学 習理論 の特徴 を理解 す るこ とに しょう。 「多くの (学習)心理学者たちにとってこの (発達 的進歩の)機構は連合の機構である。つまり,連合 機構によって,もろもろの生得的反射に もろもろの 条件づけが付加 され,さらにこれ らの条件づけに他 の 多くの習得物が付加 されるというように して,累 積的に付加がなされてい くものだ,とされる。だか ら,もっとも単純なものか らもっとも複雑なものに いたるまでの獲得は,外的刺激に対す る反応 として 想定されるし,またその連合的特性か らして,この ように習得 された諸結合が外的諸関係に純粋かつ 完全に従属 して しまうよ うな反応 として想定 され るであろう

o

」 (7)(括弧内は筆者が挿入) 言 い換 えれば,行動主義 的学 習理論 においては, あ らゆ る獲得,す なわち学 習 は,外 的刺激 と有機 体 の反応 との 「連合 」 の メカニ ズムに基づ くもの であ り, それ らが 累積 的に付加 され た ものが発達 であ る と考 え られ ているの であ る。 そ して,注意 すべ きこ とは, この連合関係 においては外 的刺激 に対 して第一義的意味が与 え られ, 反応 はそれに 従属す る もの であ る とい う仮定 が存在 してい るこ とであ る。 一 方 の ピア ジェ理 論 に お け る基 本 メカニ ズム は, 以上 の よ うな刺激 と反応の連合 ではな くて, 主体 の構造 (または シェマ)へ の対 象 (刺激)の 「同化」 である。つづ けて引用 しよ う。 「-この進歩の機構は,同化 (広義の生物学的同化 と比較 しうる)によって成 り立つ。つ まり,新たな 結びつ きはすべて,あるンェマ使用性 ないし既存の 構造の うちに統合 され る--その場合,主体の側 の,秩序づけ組織化す る活動は,外界の刺激内に存 在する諸関係に劣 らず重要 な もの と考 えなければ ならない。なぜなら,主体が外的刺激 を感 じうるの は,すでに構成された構造にその刺激 を同化 しうる か ぎりにおいてのみだか らであ り,またそのか ぎり で刺激は,新 しく同化されるにつれて,すでに構成 ずみの構造 を修正 し,豊 か に して い くか らで あ る

」 (8)

pi

a

ge

t

の言わん とす ることは,次の3つの事柄 に

(4)

まとめ ることができる。第

1

,Pi

a

ge

t

は,主体 内の「構造

(

s

t

r

u

c

t

ur

e

)

」を想定す るとい うことであ り, この 「構造」概念は

,

「構造主義者」としての

Pi

a

ge

t

に とっては,彼の理論 を構築 してい く上で の基本的前提 であるといってよい。第

2

に,外的 刺激は, その構造へ 「同化」 され るときのみ,主 体 に とって心理学的な,真の刺激 としての意味 を もつ とい うこ とである。す なわち,刺激対象の心 理学的意味は,主体の構造 またはシェマに よる同 化活動 と独立 しては存在 しえず,従 って,同一対 象で も,同化 シェマの種類や水準が異なれば,当 然その対象は異 なる意味 をもつ もの として認知 さ れるとい うこ とになる。第

3

,Pi

a

ge

t

が不変機 能 と呼ぶ この同化および調節作用 を通 して既存の 構造が修正 され, よ り高いレベ ルの, よ り安定 し た構造へ と発展 してい くとい うことである。そこ に

,Pi

a

ge

t

のい う発達がある。このような考 え方 は

,

「構成主義者」 としての

Pi

a

ge

t

を代表す るも のである。 ここでの文脈 で とくに重要 なのは, 第

2

番 目に 指摘 した 「同化」 とい う観念である。 この ような 発想は

,Pi

a

ge

t

が しば しば引 き合 いに出す ことか らもわか るように,生物学者

G.H.Wa

d

di

n

g

t

o

n

の肱形成の分野の知見によるところが大 きい。 と りわけ

,Wad

e

,

i

,

n

g

t

o

n

が肱形成において 「反応能

(

c

o

mpe

t

e

n

c

e

)

」 と呼ぶ概念が ここでの問題に関係 して くる。反応能は,誘導原 (一定の反応系には たらきかけて誘導 を引 き起 こす こ とので きる物質 系)への感受性 と定義 され るが, この反応能がな ければ,反応系は,形成的刺激に対 して反応す る ことがで きない。「したが って,最初に刺激がある のではなくて,刺激-の感受性が ある。 この感受性 は, 当然,反応 をあたえる能力に依存す る」(10)の である。 この考 えを心理 学 の領域 にその まま適用すれ ば,最初 に外的刺激が無条件に存在 しているとい うのではな く,その刺激を同化する (刺激に意味 を与 える, と言って もいいか もしれない)能力をもつ 構造 (シェマ)があっては じめて,刺激 としての 効果 をもつ といえる。従 って

,Pi

a

ge

t

も強調す る ように 「反応が最初にあると言 って も,決 して誇 張ではない。 あるいは, もしそ う言 った方が よけ れば,最初に構造があるのである。」(ll) (2)

S-R

お よび

S-0-R

図式について 以上のことを,行動主義の有名 な

S-R

図式 と 関連づ けてみ る と

Pi

a

g

e

t

の考 えが もっと明 らか になるだ ろ う。行動主義的学習理論 は,S- R と い う図式 を用い,刺激 と反応間の連合 によって学 習 を説明 しようとす る。 しか し

,Pi

a

ge

t

は, これに対 しては 「間違 って はいないが」と一歩譲 りなが らも

,

「認知的学習を 説明す ることは全 くで きない(12)Jと述べ,S→R図 式の不十分性 を指摘す る。その理 由は,上述の事 柄 にかかわっている。す なわち,再度繰 り返せば, 「刺激は, それが意味 をもつ範囲においてのみ刺 激であ り, さらに,意味 をもつ ようになるのは, 刺激の同化 を可能にす るような構造,その刺激を 統合 で き同時に反応 を引 き出す構造が存在す る範 囲においてのみである」(13)ので,刺激 を第一義的 に規定 し, それによって反応が従属す る形で引 き 出され る,と考 える図式に は反対す るのである。

Pi

a

ge

t

,SIR

区l式の もつ この ような

S- R

とい う一方向性 を批判す る一方で,S とRの循環 的 な形式 を表 わすためにはS≠ Rと書 くべ きだ と主張 している

(

1

4

)また, もし 「同化」 とい う概 念 をこの図式の中に組み込 もうとすれば

,Pi

a

ge

t

に従 って S- (A)- Rと表 現 す る こ とが で き る。(15)もちろん

,A

は同化 (

as

s

i

mi

l

a

t

i

o

n

)

のこ と で ある。 次に,新行動主義の

S-0-R

図式 と

Pi

a

ge

t

の S-(A)-R図式の相違 を明 らかにす ることが必要 である。 なぜ なら,機械論的な

S-R

図式につい ての

Pi

a

ge

t

の批判はみて きたが,生活体 0 の挿 入 された

S-0-R

図式 と

Pi

a

ge

t

の図式 との違い はまだ明 白になっていないか らである。 そ して, とくにこの両図式は一見,同一 とみなされが ちで あ り,す でに Aの もつ意味 につ いてはすでに明 らかにされたとはいえ

.0

に対す る

Pi

a

ge

t

の考 え はまだ示 されていないか らである。 これに関 しては

,Pi

a

ge

t

,

「生活体 0 は,す でに-ル (C.Hull)において,媒介変数に関連 して 導入されているが, それはたんに要求低減の意味 で用いたにす ぎず,組織化の構造

Og

の意味 では なか った」(16)とし, 自らの考 えを

S-(

Og

)

-R

と 示す ことによって, とくに主体 ない し生体の活動

(5)

の積極的な介在 を強調す るのである

。Pi

age

t

の こ の ような主体側の活動 の重視は,単にSとRの間 に主体の心理過程 または内部的条件 を挿入 した新 行動主義 との注 目すべ き相違点であ り,主体の も つ能動性の強調 と受 け取 ることがで きよ う。 こ うして

,

「連合」か 「同化」かの問題 は

,

「行 動」 と 「活動」の違い とい う問題に転化す るこ と もで きる。す なわち,連合 によって生起す る反応 としての行動 は,一定の刺激条件によって完全 に 規定 される とい う性格 をもつ ものであるのに対 し て,活動の場合 には

,Pi

a

ge

t

の 「最初に反応があ る」 とい う言葉によって示 されるように,刺激は 主体の側の 「同化」があ っては じめて真の刺激 と な りうるとい う点で, また主体の内部での構造 の 組織化 を重視 す るとい う点において,主体の側 の 能動的なかかわ りが暗に示 されているといえる。 もちろん,東 (洋)が指摘す るように

,

「行動主義 一新行動主義理論が個体の積極的な役割 を閑却 し ていた とい うといいす ぎになるが,行動 を刺激の 関数 として とらえようとす る傾 向が実際において 非常 に強か った とい うことは否定できない

」 (17) 従 って, この問題は,人間 をどの ような存在 と してみ るかの根本的な問題にかかわっているといえ るだ ろう。一 言でいえば

,S-R

S-0-R

図式 は,受 身的 な存在 としての人間の把握であ り

,S

(

A)

-R

または

S-(

Og)

-R

図式は,能動的な存在 としての人間把握であると特徴づけ ることがで き るか もしれ ない。

(

3

) Pi

age

t

による行動主義学習諸理論の評価 これまで,行動主義学習理論の基本的な図式 を 問題 に しなが ら,それ と

Pi

age

t

の学説 とを対比 さ せ たが,一 口に行動主義学習理論 といって も,種 々 の理論があ る。従 って, それ らの理論 についての

Pi

age

t

の評 価 も一様ではあ り得ない。以下 では, 単に

Pi

a

ge

t

と学習理論 との対立点 を明 らかにす るだけではな く, それ らの接点 を兄い出すために ら

,Pi

a

ge

t

が言及 している

4

人の代表的な学習理 論家,すなわち

B.F.Ski

nne

r

,C・Hu

l

l

,C・Tol

-man

,

D.

E.Be

r

l

yne

につ いてみてい くことに しよ

っ。

B.

F.Ski

nne

r

Ski

nne

r

理論 につい ての

Pi

age

t

の 直接 的 な 評価 を今の ところ兄 い出す こ とはで きないが,

Hu

llらにつ いて論 じてい る部分 か らあ る程度読 み取 ることが可能 である。例 えば

,Evans

との対 話の中で,後に述べ る

Tol

man

の認知的 モデル と

Ski

nne

r

流の行動的 モデルの どちらを選択す るか の質問に対 して

,Pi

aget

は「トールマ ンの含蓄ある 表現に,一番親近感 をもっています」(18)と答 え,

Ski

nne

r

のような考 え方 を取 らないこ とを表明 し ている。 また

,Hu

llの理論 につ いての論評 の 中で も,

Hu

llは,刺激

S

と反応

R

との間に,それが推定 された ものであることを十分認めなが らも仲介変 数 を置 くことを恐れない」(19)と述べ て,仲介変数 を設けないことに対す る

Ski

nn

e

r

批判 とも受け取 れ る言い方 をしている。確かに

,Ski

nne

r

は,学習 を厳密に外部か ら観察で きる刺激 と反応の関係の みに基づ いて説明 しようとして,動機づ けや要求 とい うような内的条件 を理論の中に組み込むこ と は しない

。Pi

age

t

,

「この ような学習者の 自発的 内的状態の考慮 を最小限に し,外部的あ らわれ を 最大限に考 えるよ うな理論」 を 「合理論 的」 と呼 んでいる。 (20)

Ski

nne

r

理論の特筆すべ き概念は, なん といっ て も 「オペ ラン ト

(

op

er

ant

)

」 と呼ばれ るもので ある。 これは

,

「リスボンデン ト

(

r

e

s

ponde

nt

)

と対置させ られ る。す なわち, リスボンデン トな 行動が刺激に対応 して受動的に生ず る反応であ る のに対 して, オペ ラン ト行動は,特定の刺激 との 直接 的 な関連 な しに 自発 的 に生 ず る反 応 で あ る。 (21) このオペ ラン トと呼ばれる 「自発的な」行動か らもわか るように

,Ski

nne

r

は,人間 を含む有機 体は一般に受 身的であ り刺激によって強い られ る まで行動 を起 こさない と考 える典型的な

S-R

行 動理論家の範 ちゅ うか らはずれ るこ とになる。 し か し,た とえそ うであった として も,内的状態 ま たは条件 を考慮 しない とい う先の批判 を免れるこ とはで きないだろ う。最後に

,Pi

a

ge

t

学説の立場 に立 って

Ski

nne

r

理論 を批判 した

J.Mc

V.Hunt

の 指 摘(22)を ま とめ る こ とに よって

,Pi

age

t

(6)

第1に,Skinnerの場合には,リスボンデン トと オペ ラン トとい う一組のカテゴ リーに分 けるこ と に停 まっていて, オペ ラン ト行動の個体発生的起 源には関心 を示 さず,発達的視点が弱い とい うこ と。 第

2

,

「期 待 (expectation)」や 「意 図 (intention)」 と呼ばれ る概念 を全 く考慮 しない とい うこと。これについては,Huntは,Piagetの 幼児の観察例 を紹介 しなが ら, これ らの概念 を無 視で きない と主張 しているが, ここでは省略す る こ とにす る。 C.Hd1 Hullは,WatsonのようなS-Rモデルに満足 せ ず,SとRの中間に仲介変数 を設定す る。彼の い う 「習慣族階層(habit-familyhierarchy)」 も その ような仲介変数の一種 で,それは主体 内部で 刺激 と反応の内的結合が階層 をな して結合 されて いると仮定 されているものである。また,Hullの 理 論 が 別 名 動 因 低 減 理 論 (drive-reduction theory)と呼ばれ ることか らもわか るように,Hull は,要求 (need)に基づ く動 因の低減に よって刺 激一反応結 合 の 強 化 が もた ら され る と考 えて いる。(23) Piagetは, このHullの理論 の評価すべ き点 と して次の2つ を挙げている。ひ とつは,Hullが仲 介変数 としての 「習慣族階層」 とい う全体的構造 をイ反走す るとい うことであるoそのことは,新 し いS-R結合が単純 なや り方で加 算的に累積 され るものではな く,新 しい全体 を構成す る大 きな習 慣の一要素 となるこ とを意味 している。 もうひ と つは,学習者 自身の活動が無視 されていない とい うことである。つ まり

,

「学習者は,自分が学習 し たことを反復 し,反応Rあるいは刺激 Sの一般化 による般化 を行 な うのみでな く--, 自分 の反応 を分割 し再統合す るし,学習 目標に近づ くにつれ て反応 を迅速化す る (目標勾配)か らである

」 (24) しか し,Piagetに よれば

,

「-ルの理論は,原理 的には,学習者によって学習 された ものはすべて対 象にあらか じめ含 まれている」(25)と考 えるので, Piagetが強調す る 「自己制御」機能 をもつ全体構 造か らは程遠い ものになって しまい

,

「コピー」の 構成 しか 問題 に され ない とい う欠点 をもって い る。 C.Tolman 次に,Tolmanであるが,彼は,刺激 と反応 との 間に,目的的(purposive),認知 的(Cognitive)媒介変 数 を設け る。Tolmanは.新行動主義者であるが, その理論は認知的であるが ゆえに, しば しば 「認 知論」 として分類 されるこ とが多い。

Tolmanに とって学習 とは

,

「記号一形態-期待

(sign-gestalt-expectation)」の形成である。 こ

の記号一形態一期待 とは,一定の記号 としての刺 激対象が学習者の行動の結果 として,特定の刺激 対象 もしくは 目標に導 くとい う認知 である。言い 換 えるならば,学習 とは, ある行動の結果が,過 切 な 目標にいたるとい う認識 であ り, この道があ の 目標に到達す るという期 待が成立す ることであ る。 (26)

一Skinnerの とこ ろで も述 べ た よ うに,Piaget

は,Tdlmanの理論に対 しては非常に好意的であ る。とい うのは,Tolmanの理論 には,次の2つの 点でPiagetとの類似性が見 られ るか らである。 第

1

に,「環境は もはや主体 が

1

1

つ コピー し て学習すべ き独立 した系列 の総体 として存在 して いるのではないO環境は トールマ ンが rサ イン ・ ゲシュタル ト』 と呼んだ ところの意味のある全体 に,学習者によってただ ちに体制化 され る」 (27)と 考 えている点 である。 これ は,外的刺激が無条件 に最初か ら刺激 としての一定の意味 をもつのでは な く,主体 によって意味づ け され構造化 され るこ とを示唆 している。その よ うな 「意味作用」 と構 造化 は,連合 とい うよ りもPiagetのい う 「同化」 の特質 を言い表わ してい る といえる。 第

2

に, その意味作用 とも関係 して,学習にお ける主体の能動的活動 を強調 している点である。 これに関 して,Piagetが注 目しているのは

,

「学習 者に持続 している予期 (期待)のことで, その期 待はそれ以前の同化の結果生 じるもので,学習に は能動的で恒常的な一般化があるこ とを証明 して いる。」(28)これによってPiagetは,刺激般化や反応 般化だけでな く,刺激一反応 を合わせ た主体 内で の能動的な一般化が存在す ることを示唆 している のである。 D.E.Berlyme 最後に,Berlyneにつ いてみよう。彼 は

,S-0-R

図式の新行動主義者で\あ るが

,1

9

5

8

年か ら

1

- 7

(7)

2-問ジュネーブに滞在 し,Piagetの考 えを学び

,

『思 考 の構造 と方 向(Structure and Direction in Thinking)』 (1965)(29)な どの著書にみ られるよう に,HullとPiagetの理論 との統合 そ して発展 を 試みている。Berlyne理論の詳細な検討 は別の機 会に譲 るとして,ここでは,Berlyne理論 について のPiagetの評価にのみ的 をしぼ ることにす る。 Berlyneのね らいは,Hullの理論 を修正す るこ とに よってS-Rモデルの中にPiagetの発達 説 を組み込 もうとす るところにあった。 それには, 次の

2

つの重要 な修正 が必要 であるが,Berlyne は,その

2

つ の修正 を行 ない彼独 自の理論構築 に成 功 して いる。 (30) さて, その第-の修正 とは,従来の刺激一反応 図式におけ る反応 を 「模写反応(copyresponses)」

と呼び,それにBerlyneが「変換反応(transfor ma-tionresponses)」 と呼ぶ反応 を付け加 えるとい う こ とである。 こあ変換反応は,Piagetのい う 「操 作 (operation)」に対応す る。 第

2

の修正 は,学習理論の中にBerlyneが 「内 的強化(internalreinforcement)」と呼ぶ ものを導 入す るとい うこ とである。Piagetは,「内的強化 と は,被験者 に,矛盾や相反性, コンフ リク トを除 去 させ るもの である。発達はすべ て一時的なコン フ リク トや相反性か らなってお り, それ らが克服 されてよ り高いレベルの均衡に達 しなければな ら ない」 (31)と述べ, この相反性の除去が 「内的強化」 になると考 えている。それゆえ,この内的強化は, Piagetの矩解 な概念 「均衡化(equilibration)」また は 「自己調整(self-regulation)」と密接に開通 し てい ることがわか る。 以上の2つの修正 に もう1つ付 け加 えてお こ う。その修正 と比 P.Grecoが指摘す るように, (32) Hullがす でに発見 してはいたが ほ とん ど利用 し ようとしなか った 「刺激一反応般化」 を強調 して い る とい うこ とであ る。それ に よって,Berlyne は

,

「刺激一反応の結合 を類似や近似による連合 で はな く,図式化す る同化作周 という積極的なプ ロ セス としている」 (33)のである。 このような修正, とくに最初の

2

つの修正 は, Piagetの発達説の中で も中枢部分 に関係 して い るものであ り,Berlyneがそれ らをS-Rモデル の 中に適切 に導入 した とい う点 で,Piagetは, Berlyneの業績 を高 く評価 している。 こうして,Piagetは,それぞれの学習理論 に対 して異なる評価 を下 しているのであるが これ らの 論評 を振 り返れば,彼の 「評価基準」なるものが 明 らかになる。それ らを列挙す るこ とに しよう。 第

1

に,仲介変数 として表わ され る主体の内的 条件の重視 であ り,Piagetにあっては

,「

(

全体) 構造」の仮定である。 ただ し, それは,新 しく学 習 された ものが単 に付加 または累積 され るとい う のではな く,全体構造 に組み込 まれ統合 され るこ とを意味 している。従 って,その構造 は,staticな ものではな く組織化活動 を行 な うダイナ ミックな ものである。 第

2

に,主体の積極的な関与,す なわち主体の 能動的活動の強調 である。それは,構造への外的 事 象の積極的な同化や 外的事象への構造の調節 を さ している。 とくに 同化は,S-R連合理論の「連 合」に代わ る,Piagetに とって学習そ して発達 を説 明す る重要 な鍵概念 である。 第3に

,

「内的強化」の想定 である。Piagetが こ の内的強化 を強調す るこ とは,種々の矛盾 を克服 す る自己調整的プ ロセス としての均衡化のプ ロセ スの存在 を暗示す るこ とになる。 従 って, これ ら3つの評価基準は,簡単に言え ばPiaget理論の基本概念,すなわち「構造」

,

「同 化」

,

「均衡化」である。そ して, これ らの概念か ら十分 に明 らかなように,Piagetは,連合論者で はな く認知論者である。す なわち

,

「連合説では刺 激が まずそこにあって, それが学習によって反応 と機械的に連合す ると考 えやすいのだが,認知現 では学習者が まず最初に刺激 を選択 し, その刺激 を何 らかの有意味 な形で 自らに取 り入れ,その結 果 に応 じて反応す るとい う考 えを とっている」(34) か らであ り,また

,

「連合説では,経験 として繰 り 返 された刺激 と反応がその ままの形で連合す ると い う考 えをとりやすいのに対 して,認知説では学 習者の中で群化 した り,構造化 された りするとい うことを重視 している」 (35)か らである。 しか し,次のこ とに注意すべ きである。す なわ ち,いわゆる認知論では,純粋に新 しい構造の成 立 を考 える傾向があるのに対 して,Piagetは,既 存の (認知)構造 の修正に基づ く新 しいt(全体) 構造の構成 を考 えているのであ り, その点で,無

(8)

条件にPiagetを認知論者 とす るわけにはいか な いのである。

3.

発達 におけ る 「

学習」の位置 と定義

Piagetの基本的な立場 につ いては,すでに明 ら かである。す なわち

,

「学習は発達に従属す る」と い うこ とであった。 しか し,これ までは,Piagetは何 を発達 とい う のか, そ して とくに何 を 「学習」 とい うのかは, ほ とん ど明確にされないままに終わっている。 こ れ らの定義の問題につ いては,学習の問題 を扱 っ たPiagetの論文 に基づ いて論 を進め るこ とにす るが, その場合 に,坂元の 「ピアジェの学習心理 学」とい う論文(36)が大変参考 になる。 この論文 は, 学習・につ いて論 じてい るPiagetのい くつかの論 文 と他 の人々の論文の内容 を詳細に説明 ・紹介 し てお り,Piagetの 「学習論」を理解す る上で絶対 に欠かせ ない ものである。 しか し,坂元 もまとめ の ところで述べているように, ピアジェの文章が 一般に冗長であまりす っきりしない とい うことも あって,Piagetの学習理論はかな り難解 なようで ある。 そこで,坂元は「Piagetの学習理論に関係 あ りそ うな論文 を--・ある程度丁寧に紹介 してい く方法 をとらざるをえなか った」 (37)と述べ,誤解 を避け るために坂元 自身の見解 はで きるだけ さし ひかえている。それで も,Piagetの学習理論の特 徴 を手際 よ くまとめている箇所は, ここでの有効 な指針 とな りうるであろう。 さて,発達の中での 「学習」の位置お よび 「学 認識の形成 (発達) 習」の定義 を明 らかにす るために,Piagetの論文 の中の次の図表 をみ ることに しよう。 (38) この表か ら明 らかなように,認識の形成,すな わち発達には7つのタイプがある。 これ らの タイ プは,認識の獲得 のされ方 を示す ものであ り,い くつかの条件によって区別 され る。 まず,発達は,遺伝によるもの と獲得 され るも のとに大きく二分される。この二分法は,従来の心 理学 と変わ りがない。 しか し,遺伝 によるもの を 「成熟」 とす るのは,従来の理論 と同 じであるけ れ ども, もう一方の獲得 され るものがすべ て 「学 習」であるとい うわけにはいかない。Piagetの場 合 には, そのような単純 な対応図式が成 り立たな いのである。す なわち,獲得 され るものの中には, 6つの タイプがあ り

,

「学習」はその うちの1つに す ぎないのである。 この辺の事情 を図表に従 って明 らかに しよう。 まず,遺伝によるもの としては 「成熟」がある。 例 えば, 4- 5か月の子 どもは,視野内の対象 を 目 (見 るシェマ) と手 (つかむ シェマ)の協調に よって肥 える。 この ような感覚運動的認識の形成 には,単 なる練習だけでな く神経路の成熟 も重要 な要 因となっていることは確かだ。 もちろん,L. Montadaも述べ ているように,人間の場合には, 生理学的解剖学的成熟のみに基づ く高次の獲得は 存在 しないだろう。 (39) 獲得 され るものの中には,即時的な獲得による もの と継時的な獲得によるものがあ り,前者の即 時的なものには

,

「知覚」による外界の対象の読み 取 りに基づ く認識 と,前操作的 「洞察」による感 み取 り -・・・・・・・・・・--・・.-・・-・・・・-・2・ 知覚 覚運動的あるいは概念的解釈・- -3・前操作的洞察 (完全には損得的でない)

t

#fi三 m≡ i:L てではな く 非系統的統制=-・4.狭義の学習 系 統 的 統 制--・5. 帰納 非系統的統制--・6. 前操作的凝着 (均衡化 ) ミ続 的 統 制-・・・7. 演鐸 僧 院 畠蒜 )

(9)

覚運動的 または概 念的解釈 に基づ く認識 とが あ る。た とえ,知覚 は,知覚学習 とい う学習によっ て形成 された として も, いったん形成 されて しま えば,経験 的事実の読み取 りに よって新 しい認識 をもた らす こ とがで きる。 また,洞察について も 同様 のことが言える。すなわち,洞察において機 能す る感覚 運動的 または概念的道具が以前の学習 によって形成 された として も, この洞察は,経験 的事実の解釈 によって新 しい認識 をもたらすか ら だ。 この 「知覚」 と 「洞察」 との区別は,問題 に なる ところであるが, ここでは,知覚 は,対象の 指標 の読み取 りまたは確認にのみ導 くが,洞察の 場合 には,W .K8hlerのサルの 「突然の洞察」の ように,指標 の読み取 りを越えて 「関係」の把握 へ と導 くとい う違 いがあると考 えて よい。 次 に,経時 的な獲得は,経験 の関数 としての獲 得 と経験の関数ではない獲得の2種類があ り, さ らにそれぞれが,主体の系統的な統制 に もとづ く か非系統的 な統制に もとづ くかによって区別 され る。 経験 の関数 としての獲得 の うちの1つ であ る 「狭義の学習」による認識の形成は,主体の統制 が, その過程全体にわたって系統的に及ばないよ うな もの をい う。 これに対 して

,

「帰納」と呼ばれ るものは,経験の積み重ねによるものであるが, 主体 の コン トロールが体系的にプロセス全体 に及 んでいて, そのプロセスが

1

つの 目標に向か って 進行 しているような場合 をさす。従 って,坂元 も 指摘す るよ うに,Piagetは

,

「帰納的推理 によって 認識が獲得 され るこ とを学習 とはいわないのであ る。 この点は,問題解決学習におけ る1つの問題 解決の過程 まで も,学習 と考 える現代心理学に多 く見 られ る広 義 の 学 習 の解 釈 とは 異 なって い る」 (40)といえる。 経験の積 み重ねによらない認識の形成には,「前 操作的凝着」す なわ ち 「均衡化」によるもの と「演 鐸」 による もの とがあるが,前者の均衡化 とい う 概念は特異な概念であ り,従来の学習理論の立場 か らは,理解 が困難であろう。 最初に

,

「演鐸」か らみ ると,例 えば 「推移律

が (狭義の)学習に よって獲得 され る として も, それがいったん構成 されて しまえば, その推移律 を適用す るこ とによって経験には帰着 されない新 しい獲得 をもた らすこ とができる。 この ような演 梓による認識の獲得が可能 となるのは,子 どもが 操作的水準すなわち具体的操作段階に達 してか ら であ り,年齢でいえば7, 8歳以後である。 しか し,操作的水準に達 していない段階にあっ て も,経験に依存 しない 「均衡化」 とい うプ ロセ スに よる獲得が存在す る。そこには, まだ演梓的 な もの とはいえないが,新 しい認識の形成 をもた らす組織化 とい う要素 をもつ凝着が存在す る。「も ちろん,均衡化に よる認識形成の道具 となる確認 自体 は, それぞれ,経験の積み重ねに よる学習 と か読み取 りによって形成 され るのであ るが, この よ うな確 認

a

とbとが いったんで き上 がって し まったあ とでは, それ らの調合によって,新 しい 結果Cが生 じるのである。このCは

,a

とbの合成 か ら生 じた り,aとbの矛盾がそれ まで気付 かれ なか った り,克服 されなかった りす る とき, とり 除かれ るとい う事実か ら生 じた りす る

」(41)この

a

,bを同化 シェマ と置 き換えてみればわか りやす いだろう。そ うすれば, この均衡化の問題は

, 1

つの結果Cへ と導 く2つの同化 シェマa,b間の 関係形成の問題になる。それには,種 々の同化 ンェ マの 「結合」 を表わす三次的循環反応 (例 えば, 下敷の上 にある対象 をつかもうとして,下敷 を引っ ぼ る,など)か ら保存の認識の ような

2

つの同化 シェマ間の「葛藤」の克服に至 るまでの種々のケー スが含 まれる。 それは,繰 り返せば,経験に依存 しない内的 な組織化のプ ロセスで あ る。 また, Piagetは,この均衡化は,後 にみ るように,狭義 の学習のプ ロセス と密接に結 びついてい ると考 え ている。 そ して, この

2

つ を合 わせ た ものを 「広 義の学習」と呼んでいる。 しか し,Piagetが とく にこ とわ らずに 「学習」 と言っている場合には, それは 「狭義の学習」をさす と考 えておけば よい。 以上,図表につ いて説明 して きたが, これにつ いては,次の2つの重要 な説明 を付け加 えなけれ ばならない。 第1に,Piagetの挙げている7つの タイプの間 の関係についてである。まず,Piagetが明 らかに しているように

,

「知覚」と 「狭義の学習」の問に は, (そ しておそ らく 「前操作的洞察」と 「狭義の 学習」の間に も)相互依存的な関係が存在す ると い うことだoす なわち,学習に とって知覚 は必要

(10)

であ り, また知覚の学習 も存在す るか らである。 同様に

,

「前操作的洞察」 と 「均衡化」の間, (そ しておそ らく 「知覚」 と 「均衡化」の間に も)相 互依存がある。 とい うのは,即時的理解 (洞察) は,漸次的な凝着 (均衡化)において

1

つの役割 を果すが,その理解 自身,以前におこった均衡化 の産物 であるか らだ。従 って, この図表は,同時 的な観点か らみた場合

,7

つのタイプを区別 でき るが,異時的 または継時的には, それ らが深い相 互関連 をもっていることがわか る。 もう

1

つの問題は,以上のことと関係 している が

,

「均衡化」は,発展 し「演揮」へ と到達す るし, また

,

「学習」は,究極的には 「帰納」に至 るとい う関係が存在す るとい うこ とである。そこで,棉 納 を学習の-変種, また演梓 を均衡化の一変桂 と 考 えておけば もっとす っきりす るか もしれない。 しか し,均衡化は,前操作的水準の獲得 を意味 し, 演縛は,操作的水準の認識形成 をさす ことに注意 しなければならない。 以上の説明か ら,Piagetの「(狭義の)学習概念」 は,従来の心理学で用い られて きた学習概念 よ り もかな り狭いこ とがわか る。 ところで,今 までの説明 をもとに,最初の問題 を再検討すれば,発達は,学習 を含めた

7

つのタ イプか ら成 り立つ とい うことにな り,逆に言えば, 学習は,発達の一部 を構成す ることになる。それ ゆえ,Piagetが 「学習は発達 に従属す る」と言 う ときには

,

「学習」を含 んだ発達に 「学習」が従属 す るとい う多少やや こしい関係になるだろ う。 し か し,それにつ いては,Piagetのい う 「発達の4 要 因」 と関係づ けてみれば,その問題の解決の糸 口が兄い出され るか もしれない。 Piagetは,成熟,経験,社会的伝達,とい う「古 典的な」発達の3要 因に

,

「均衡化」とい う第4の 要因を加 える。(42)(43)(44)この要因は,他の3要因 と 並列的な関係にあるのではな く,それ らの要 因を 組織化,調整す る要 因である。 ここで,経験 と社 会的伝達 を,Piagetのい う 「狭義の学習」に対応 す るもの としてひ とまとめにす るこ とが可能であ るとすれば,発達 は,成熟 と学習 と均衡化の3本 柱によって説明が可能になる。このとき,均衡化は, 成熟 と学習 とを包括す る自己調整的なプロセス と 考 えれば,先の問題は多少 とも明 らかになるだろ う.すなわち,学習は,学習 と成然 とを包み込む 均衡化によって引 き起 こされ る発達に依存 または 従属す る, といって も不思議ではな くなるのであ る。 この辺の事情 を,最初 に引用 した箇所の一部 を 再度 引用す ることによって,発達 と学習の相異点 を明 らかに してみ よう。●●●●●●●●●■●●●●●● 「--発達は,知識の諸構造の全体性に関係する過 程である。学習は,これと正反対である。一般に, 学習はさまざまな状況によって一心理学の実験者 によって,教育的意図をもった教師によって,外的 状況によって-ひきおこされる。すなわち,学習は, 自発的でなく,ひきおこされるものである。さらに, 学習は一つの問題,あるいは一つの構造に制限され る,限界をもった過程である。--」(45)(傍点は筆 者による。) この引用文には,重要 な点が

2

つ含 まれている。 す なわち, 1つは,学習は外的に引 き起 こされ る ものであるのに対 して,発達 は 自発的に起 こるも のであるとい うこと, もう1つは,学習は 1つの 構造に制限 され るプ ロセスであるが,発達は軍構 造 の全体性 にかかわ るプ ロセ スであ る とい うこ と, である。 これ を H.G.Furthに従 って言い 換 えると,学習は

1

つの構造のみにかかわるとい う意味で 「特殊的(specific)」であ り,発達は全体 構造に関係す るとい う意味で 「一般的 (general)

であるといえよう。(46)そ して,発達の全体性 また は一般性は,均衡化の組織化作用に対応 し,また, とくにその 「自発性」は,均衡化の もつ 自己調整 的側面 を言い表 わ して い る といえ るか もしれな

いO

このように して,Piagetの基本的テーゼ

,

「学習 は発達に従属す る」の意味内容 は大枠の ところで はだいたい把握で きたように思 う。注意すべ きこ とは,Piagetは,いわゆ る成熟論的な考 えをとっ ていない とい うこ とである。 というのは,Piaget は,発達におけ る成熟 とい う要 因を十分考慮 して はいるが,それによって発達 を説明す るわけでは な く,その成熟要因をも包括す る 「均衡化」要因 を中心において発達 を説明 しようとしているか ら である。 しか し,Piagetが強調す る 「均衡化」概 念お よびそれ と学習 との関係については まだ不明 確 なままであ り,未解決の問題 として残 されてい

(11)

る。

4.

「シ ェ マ 論 」か らの 「学 習 」へ の接 近 -シェマの 「同化」と 「調節」を手がか りとして-Piagetの発達説の特徴の1つは,す でにみて き たよ うに

,

「構造」を仮定 し, その構造の変化 また は変容 を発達 と考 える点にある。その発達 は

,S

-R連合理論 におけ るような刺激 と反応 との新 しい 結合 の成立や

,S-S

型認知論のい う純粋 に新 しい 構造の確立 に基づ くものではない。 Piageti_ことって構造は 「全体性」を意味す るが, 特定の認識活動に対応す る個々の機能的構造は, 「シェマ (scheme)と呼ばれ るo(47)「ある (認識) 活動のシェマ というのは, その活動の一般的性質 の構造化 された全体 であ り,ーそれによってこの活 動 の再現や 一般化が可能 にな る」(48)の であ る。 Piagetは,このようなシェマの不変的機能 として 「同化(assimilation)」と「調節(accommodation)」

を想定 し, その

2

つの機能によってシェマの成立 または変容 を説明す る。おそらく, シェマの変容 は,学習そ して発達 とかかわる事象で あ り, この シェマの側面か らのPiagetの学習論,発達論への アプ ローチは, これ まで生 じて きた問題に迫 りう る有力なルー トになるか もしれない。 同化 と調節 は,Piaget理論 に関心 をもっている 人々には一般 によ く知 られているが, この後の論 議に直接関係 して くるので,最初に手短かに説明 してお くこ とに しよう。 同化 とは,外界の もの を自分 自身の中に,す な わちシェマの中に取 り込むはた らきをさす。その 場合,外界の対象 を取 り込むこ とがで きるように その対象 を変 えるとい うことが起 こる。 これに対 して,調節は,外界の事象に対 して 自分 自身を合 わせ る,す なわちシェマ を修正,変化 させ るはた らきをい う。ただ し

,

「この両者は,一つの (認識) 活動の両面 であって,切 り粧せ るものではない。 シェマの通用 は,外界の も.の をシェマに合 うよう に取 り扱 うとい う点で同化の過程であ り,一方, シェマ 自身が それ を同化 しうるように変わってい く点で調節の過程である」(49)か らだ。 さて,G.Monpellierによれば

,

「同化」の時相 において も 「調節」の時相において も 「学習」 と い う現象が生 じるとい う。(50)同化の時相 において は,条件づ けの場合に示 されるような反応の転移

(transfertdereaction)とい う形の学習がおこる。 それは,行動主義的学習理論における 「刺 激般 化

(stimulusgeneralization)」 (ある特定の刺激に条 件づけ られた反応が,それ とは別の類似 した刺激 に対 して も生起す る現象)に対応す るが,Piaget は, それ を 「連合」によっては説明 しない。すな わち,Piagetは,反応の転移 は,既存の刺激一反 応 シェマに新 しレナ刺激が同化 されるこ とによって 生 じると考 えるのである。従 って,この場合には, 同化 され る対象が異なるだけで,同化の シェマ 自 体 は変化 していないことになる。 一方,調節の時相においては, シェマの変化 と い う, よ り一般的 な形での学習が生 じる。す なわ ち,同化で きない場合には,既存の シェマを変化 させ るとい うことで, シェマの実質的な変化が生 じるのである。 それは, シェマ の 分 化 (diffe r-enciation)ともいえるだろう。 ここで,この2種類の学習現象 をPiagetのい う 「狭義の学習」 とみなす ことがで きるか どうか と い う問題が出て くる。同化相にみ られ る学習は, いわば 「シェマによる学習」 であ り,調節相の学 習は

,

「シェマ 自体 の学習」と言い換 えることもで きよう。 それは,知覚 と知覚の関係 に類似 してい る。 また,経験の関数 として継時的に獲得 され る とい う。「狭義の学習」の規定条件に照 らしてみれ ば

,

「シェマ (自体)の学習」は,十分 その条件 に 適合す るが

,

「シェマによる学習」は,即時的に近 いので必ず しもそ うはいえな くなる。 さらに,この問題の解決の手がか りをLApos -telに求めてみよう。Apostelは,シェマの特性や 変容 の公理化に よってPiagetの学習理論 を整理 している

(

5

1

)例 えば, シェマの機能的な特性につ いては

,

「すべての シェマは,あらゆ る対象に通用 される傾向がある」 (公理 Ⅰ),そ して 「すべての シェマは,あらゆる対象を同化す る傾 向がある」 (公理 Ia)また

,

「すべてのシェマは,あらゆる 対象に 自らを調節す る傾向がある」(公理Ib)と い うように規定 し, ある対象の同化が不可能な場 令, その調節に よって自らを変化 させ るところに 学習がある, と考 えている。つ ま り,Apostelに とって学習 とは,シェマの変化 または変容 である。

(12)

そこで, ここで は,先 の論拠 を も考 え合 わせ て, その よ うに考 え てお くこ とにす る。 そ うす る と

,Pi

a

ge

t

のい う 「狭義 の学 習」は, 調節 に よるシェマの変化 とい うこ とに な り,学 習 は調 節 の過 程 とほぼ 同一 の もの とな って しま う が, それ でいいのだろ うか。 また, (狭義 の)学 習 と区別 され る均 衡化 は, この よ うな 「シェマ」論 の中に どの よ うに位 置づ け られ るのだ ろ うか。 これ らの問題 に直接 人 らないで, シェマ に関 し て

Pi

a

ge

t

自身が 設定 した別 の 問題 か らア プ ロー チす るこ とにす る。 それ は, シェマ は, 学習の産 物 で あ るのか, それ とも学 習の条件 であ るのか と い う問題 であ る。これに対 しては

,Pi

age

t

,

「両 方 とも正 しい」 と答 え, その両 者が両 立 しえない もの では ない と述べ てい る.(52)す なわ ち, 「新 しいシェマは;以前のシェマの分化か ら生ずる か ぎりにおいて,そして,この分化が経験に依存す る調節 を含んでいるか ぎりにおいては,厳密な意味 での学習の産物である。しか し,この学習がおこる ためには,新 しい対象の同化過程において分化が可 能 なシェマが あらか じめ存在 していなければなら ない。さらに,これらの構造 と同化は,--学習の 必要条件であって学習の産物ではない。」 (53) シェマが学 習の条件 であ り, かつ学 習の産物 で あ る とい う一 見両立 しそ うもない よ うな考 えは, 学習 をシェマ の修正 または変容 とす るこ とに由来 す る。つ ま り,学習す なわちシェマ の変化が生 じ るため には, 変容す るシェマが先 に存在 していな ければ な らない し, そ して とくに重要 なこ とは, この シェマの変容 の前には必ず この シェマに よる 対象の同化活動 が なければな らない とい うこ とだ (学 習の条件 )。その同化が不可能 な ときは じめ て シェマの調節 が生 じ, その結果 として新 しいシェ マが構成 され るの であ る(学 習の結果)0

Pi

a

ge

t

の 考 えが循環論 的 だ とい う批判が な され るのは, 以 上 の よ うな考 え方が原 因の

1

つ に なって い る と思 われ るが

,Pi

a

ge

t

の理論 の前提 を しっか りと押 え ておけば,循 環論 ではないこ とがわか るだろ う。 この こ とか ら

1

つの確認が で きる。 それは,学 習にお いては

,

「調節」だけでな く 「同化」も不可 欠 な条件 であ る とい うこ とだ。従 って,学 習 を調 節 に帰 して しま うこ とは問題 であ る。 これにつ い ては

,Fur

t

h

も「適応の調 節 的 な極 は,学 習 とよ り 密接 に結 びつ いているよ うに思 われ るが,単 に こ れ らの

2

つ の概 念 を同一視 しない よ うに注意すべ きだ」(54)と警告 してい る。 これ と同様 なこ とは均 衡 化 につ いて もいえる。 例 えば

,Pi

a

ge

t

の次の よ うな説明 をみれば,均衡 化 が 同化の概 念に近 い感 じを受 け るだ ろ う。 「・・・厳密 な意味で学習され るのは,新 しいシェマの 源泉 としての調節による分 化の総体 であ り, それ は,内容の多様性の増加 にかかわっている。だが, 践密 な意味で学習されない ものは,同化活動であ り,その活動は,結果 としては同化 と調節 との均衡 化をもたらす。同化は,諸 シェマの漸進的な結合 (凝 着)の源泉であ り,また,--均衡化された形式で のそれ らのシェマの組織化の源泉である。・・-・」(55) (傍点は筆者による) 狭義 の学 習につ いては, す でに考 察 したが, こ こで も調節 に近 い もの と して説明 されてい る。一 方,厳密 な意味 で学習 され ない もの- ここでは均 衡化 をさす- は, 同化活動 であ る とい うよ うな表 現が なされてい る。 その よ うな表現 は,坂 元論文

(

「ピア ジェの学習 心理学

)

にお いて もみ られ る。 「ピアジェ理論によると,シェマが対象を同化でき ないとき,そこにできる混乱に対する補倍 として, 調節が生 じ,この調節は,既存のシェマの分化 をし, シェマを豊かにす るとい う形でシェマ を変容す る。 ここに狭義の学習があるわけであるが,さらに,そ うして新 しいシェマがで きるこ とは,その新 しい シェマがつ ぎの対象を同化するとい う,学習によっ て獲得 さitたのではない,新 しい獲得 をもたらす。 この同化が均衡化であり,それによって,シェマの 凝着化,体制化が可能になるのである

」(56)(傍点は 筆者) 坂 元の説明 は, よ り一 層均衡化 イ コー ル同化の 印象 を強 く与 える。 しか し,再 び

Fur

t

h

の警告 に 耳 を傾 け るまで もな く

,Pi

age

t

自身の定義 か ら明 らか な よ うに,均衡化 は 同化 と調節 との均 衡化 で あ り, 同化のみ とは考 え られ ないのであ る。 そ う す る と,均 衡化 において も,狭義の学習 において も同化 と調節が働 いてい る とい うこ とに な る。 こ うして再 び前 の

Pi

age

t

の 引用文 を注 意深 く

- 7

8

(13)

読んでみ る と,同化活動は,前操作的凝着の 「源 泉」 とい う言葉か らも理解 できるように,同化が 均衡化 をさすのではな く,均衡化 を もた らす

1

つ の原動力 となっていると考 えるこ とがで きよう。 しか し,た とえそ うであった として も,「シェマ論」 におけ る均衡化 とは何 を意味す るのかは不明であ る。 この均衡化概念は

,Pi

a

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t

の学習理論 を理解す るためには避 けて通れない概念である。今度は,

Fur

t

h

による狭義の学習 と均衡化の説明 を参考 に しよ う。 「ピアジェは,厳密な意味での学習の意味を,本質 的には特定の外部の貢献に由来する獲得に限定 し ている。そして,彼は,そのような学習と,有機体 の内的な貢献に従って操作的シェマの成長 を調整 する均衡化のプロセスとを区別する。-・

」 (57) 「・-シェマの形式とその内答の区別がなされてい るが,特定の内容は,学習 と結びついてお り,一般 化可能な形式は,均衡化と結びついている。

-

」 (58)

Fur

t

h

に よれば,狭義の学習 と均衡化は

,2

つの 次元で区別 が可能 である

。 1

つの次元は,外的経 験に由来す るか どうかの次元であ り, これについ てはすでに明 らかにされたように

,Pi

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t

におい ては,狭義 の学習は経験の関数 としての獲得 であ り,均衡化 は,経験に直接依存 しない内的な調整 のプ ロセスである。狭義は,外的対象の同化が不 可能 な ときに生ずるシェマの調節に基づ くとい う こ とか ら

,Fur

t

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の説明は理解 できるが,均衡化に つ いては, 自己調整プロセス とい うだけでそれ以 上 は不明である。 もう

1

つ の次元か ら手がか りをえることに しよ う。 あるシェマによって同化が不可能であるとき は, シェマの調節に よって シェマの分化すなわち 学習がおこるとい うーことはすでに述べ た通 りであ る。 その意味 では,学習はシェマの特定の「内容

に関係 しているといえる。だが,変化 してで きた 新 しいシェマ を考 えてみれば,必ず しも安定 した 状態にある とはいえない。それゆえ,一方ではシェ マの安定性 も考慮 しなければならないのである。 事実

,Pi

a

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t

自身 も 「どの学習理論 も,均衡化す なわち反応の安定化の次元 を考慮に入れなければ ならない」(59)と述べ,均衡化が シェマの安定性の 次元に関係 していることを明示 している。 それゆえ,既存のシェマに よってある対象 を同 化で きない とい う意味での外的投乱 (内的撹乱 も あるが,ここでは除外 してお く)に対 しては,シェ マの調節によって対応す るが, その調節によって 成立 した新 しいシェマは,同化 を必要 とす る。つ ま り

,Apos

t

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lの公理 にあるよ うに,新 しいシェマ は,対象を同化す る傾 向 を示すのであ る。そこで は じめて, 同化 と調節 とい う

2

つの機能の参加に よる,外的投乱に対す る補償作用,す なわち均衡 化がおこ り,それによって新 しいシェマ も,一般 化可能 な形式,安定性 をもつ ようになるのである。 その意味で

,Fu

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t

h

の言 うように,均衡化は,シェ マの安定化につ なが る一般化可能な 「形式」に関 連 しているといえる。 問題は,狭義の学習 と均衡化の関係 である。 ピ ア ジェは, いろいろな論文や著書で 「均衡化」 を 重視 し,発達における重要 なメカニズムであるこ とを強調す るので,彼の発達理論は

,

「均衡理論」 とも呼ばれ る。 しか し

,Pi

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t

は,決 して学習を 軽視す るわけで もない し, また,学習の代わ りに 均衡化のモデルを導入 しようとしてい るわけで も ない。 これ まで もみたように,む しろ学習の問題 を研究テーマに掲げ,表面か らこの間題 に取 り組 んでいるのである。

Pi

age

t

は,学習 と均衡化の関係 としては次の

4

つの形式が可能であるとい う。(叫 (1)これ らの2つのプ ロセス間に独立性が保 たれ ている。つ ま り

,2

つの過程は無関係 である。 (2)学習は,均衡化の予備条件 である (必要条件 ではあるが十分条件ではない)。これは,均衡化-導 くス トラテ ジー

(

s

t

r

at

e

g

y

)

それ 自体 学習 を含 む とい う意味においてであ り,均衡化の学習をさす こ とになる。 (3)均衡化は,学習の予備条件 である (必要条件 ではあるが十分条件 ではない)。これは,あらゆる 学習が, その均衡化 をもた らす学習 されない活動 の介入 を前提す るとい う意味においてである。 (4)均衡化 と学習は,相互に必要 とされ る条件で あ り, それ らは, その相互作用の中で完全 な相補 性 をつ くり出す。 結論 を先に言 えば

,Pi

age

t

は,この

4

つのうち第

3

番 目のものが正 しいと述べている。そのような結 論 に至 るまでに

,Pi

a

ge

t

は,次の

2

つの重要 な命

参照

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