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系統農協の農村管理体制への発展(上) : 1970年代の日本の農業問題(2)

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系統農協 の農村管理体制へ の発展 (

上 )

―1970年代の日本の農業問題(2)―

目 次 l 序説一農協の理論的解明の課題-(1) 農協の変貌 と農協理論 (2)農協資本構成の変化 と嶺能

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農協運動の理念の変化 日 農村 の変貌 と農協組鼓 (1)戦後新農協の課題

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農協の基礎 としての農家経済の変化

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農 家の性質の変化

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集落 を基礎 とした組合員集団

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農協の組抜構成の変化 (6)資本家 なき資本制企業 (以上、本号掲載) ‖ 農村経済の変化 と農協運営 Ⅳ 流通枚横 としての系統農協 ∨ 農村 管理体制への発展 以上

l 序説一

農協の理論的解明の課題-(1)農協 の変貌 と農協理論 1950年代 の後半にはじまる日本経済の、つま り 独 占資本主義経済の高度成長 は、1960年代 に ビ-クを形成 し、1970年代の前半 に至 るのであ るが、 その間に 日本社会の経済構造を変革 した。農村経 済 もその例外 ではなか った。 とくに都市経済 と農 村経済を結 びつける系統農協 は、その内部 に数 々 の矛盾 をつ くり出 しなが ら、かつてない変転を経 験 した。 この変転 は1970年代前半 の地点 に立 っ て、1950年代 を回顧 し、比較す るとき、まさに今 昔 の感 を抱 かせ る程の ものである。1970年代の全 期間について云 えは、十数年問にお よぷ高度成長

期に萌芽的に形成 された諸矛盾が激化 し顕在化 し て、まず単位農協の経営危機をもた らすに至 った 時期である。 系統農協はその内部 におけるよ りも外部におい て、存在 に対す る評価が大 きい。24兆円をこえる 単協の貯金、280兆円におよぶ共済契約保有高、年 商6兆円をこえた全農事業量 は、そのよ うな評価 に答 えるものである。そ うした巨大 な事業 を集積 した力量 は、外部の評価 に比例 して農村経済を圧 倒す るのであるが、また、単位農協、都道府県農 協連合会および全国段階連合会が、それぞれ別個 の経営体であることによって形成 された ものであ る。商社、銀行の経営構造 と根本的 にちが う点で ある。 しか し、経済環量の変化につれて、その よ うな経営構造 が弱点 として現われ もす るので あ る。 1970年代 の後半 に至 って漸や くその全貌 を具 体的に表現 し、1980年代を展望す る意図を構想 と い う名において鮮明に した系統農協 を、私は農村 管理体制 としてみ る。そのよ うにみ るとき、主 と して1950年代の事態、あるいは今 日の事態が萌芽 的 に形成 され,全貌の把握が困難であ った1960年 代の初期の系統農協の実情に もとづいて展開 され た農協諸理論 は、一部を修正 し、 さらに発展 させ られなければならない。当時の農協理論 は食糧管 理制度 と系統農協の関係、肥料の価格、流通政策 と系統農協の関係、農林中金の資金運用 と単協 の 貯金吸収の関係、全国連合会を軸 とした整備促進 体制 と単協の関係、町村行政 と農協運営 の関係 な どの経験 をとらえた ものであ った。 その農協理論の核心の座を占めた ものが、第1 が 「商業資本の特殊 な企業形態」説 (近藤康男氏) であった。第2が 「国家独占資本主義の重要 な一 機関」説 (栗原百寿氏)であった。 (註)著名な命 -

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1-題であるか ら詳説 を要 しない し、また1970年代を 経過 した現在、根本的な訂正の必要のない命題で もある。 しか し、現在の理論問題 はこの命題か ら 発生す る。例 えば、つ ぎの ような新 しい事態 をど のように考察す るか とい う問題がある。 全農 の成立 と関連会社 ・団体の設立、加工製造 業への進出。後者 は1980年 12月末現在で、147社 (団体)資本金1239億円、 うち全農出資 152億円 である。全農の関連会社 は相当の分野 において、 産業独占の地位 にあって、価格、流通を管理す る 能力を有す る。 また上記 にふ くまれ る関連団体に は農畜産物 の需給調整、価格支持の機能を 目的 と す る団体がある。全農はもはや単純 な商業資本で はない。明 らかに 「特殊 な企業形態」をなす。 し たが って、その 「特殊 な企業形態」の分析 と理論 的解明が要求 されていると考 えるべ きであろ う。 全国農協中央会 は最近、全国農協大会決議の名 において、「1980年代 日本農業」を展望 して、米作 1000万 トン制限 を軸 とす る農業構想 を提起 した。 また これにもとづいて農協が農畜産物 の需給調整 機能を果すべ Lとす る構想を示 した。 この ような 構想 とそれにもとづ く実務は、農協が農業の生産 と流通 の管理主体 とい う社会的機能を遂行す るこ とを鮮 明に した ものであ る。 これは 「系統農協が 国家独 占資本主義の重要 な一機関であること」(莱 原)の豊富な内容を しめす。考慮すべ きことはこ のよ うな社会的管理者機能 は、私的商業資本の果 しうる機能で はな く、「商業資本の特殊 な企業形 態」のみがよ く果 しうるものであろ う。 そのよう な特殊性の契機 を認識 し、理論的 に解明す ること が要求 されている。 (註) 近藤康 男 r新版 協 同組 合の理論J御茶 の水書房刊。 栗原百寿 r現代 日本農業論」青木書店刊 「青木文庫」。 政府 の農業政策が農村政策 として、つ ま り非農 家勤労者、いち じるしく勤労老化を強めた第二種 兼業農家をふ くめた、農村のすべての人 口、業種 を対象 とす るよ うになったのは、1978年 を初年度 とす る新農業構造改善事業 (新農構)を転機 とす る。 この年 に 「水田利用再編成対策」によって、 水稲生産の制限政策が新 しい局面 を迎 え、水稲作 制限 と結 びつけて、借地経営育成が着手 された。 具体的 には兼業農家の在村離農 による、耕作権の 専業農家-の移譲促進策 が とられた。政策の焦点 が 「地域農業 の再編 と弾力ある農村地域社会の形 成」 に置かれた農村政策 の登場である。系統農協 は次第に政府の施策 と合流 して、農村管理体制へ 急傾斜す る。 こ うした国家独占資本主義の農村管理政策 は、 1973年 の世界経済恐慌 と この恐慌 を きっか け と した資本主義経済の長期的 な停滞を背景 とす るも のであ る。なかんず く資本主義の不均等発展の法 則を反映 した、米国経済 のilLILl落、 日本 と西欧諸国 経済の地位の相対的向上 、狭め られた世界市場 に おける市場 占有率競争の激化 を基調 とす る。 日本 の独 占資本は工業品の海外輸出において、米国、 西欧市場でいわゆる 「貿易摩擦」 をひき起すが、 その緩和策 として も農畜産物 お よびその加工品の 輸入拡大を回避で きず、国内産農畜産物の供給過 剰、在庫累増 とい う結果 を背負 うこととなった。 政府 と支配層はこの窮状 を借地大経営の方法に よる中核農家の育成、中核農家が指導権を掌握 し た農村管理体制を 目ざす。系統農協 は国家独 占資 本主義の故溝 として、農村管理体制の背骨の役割 を期待 された。食糧管理 における自主流通米制度、 青果物や畜産物の需給調整、価格支持の基金制度 は、その象徴 とも云 うべ き制度である。他方、1960 年代の高度成長の過程を通 じて進行 した系統農協 経営の社会化が、農村管理体制の背骨の役割 をは たす地位に立つ ことを、系統農協の要求 とした。 農地改革後の農村情勢の もとで、 とくに食糧管 理制度 との関係で指摘 された系統農協

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「国家独 占資本主義の戟構」説は、高度経済成長 を経過 し、 農村社会の様相が変化 し、農業生産 と流通の事情 が変化 した条件の もとで、更 に深め られ発展 させ られなければならない。 当初、食糧危機の もとで 専 ら食糧調達機構 としての役割を期待 されて設立 された戦後農協 (東畑四郎氏)は、文字通 りの 「国 家独 占資本主義の機構」であ り、 また、それ以上 の もので もなかった。 しか し、米集荷が予約売渡制 に変 り(1955年) 行政主導の もとで農協合併が促進 され、連合会の 整備促進事業が完成 され(1961年)、農業構造改善

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一2-策 に よって農協 が農業近代化施設 を取 得す るな ど、行政 と農協 の結合 は面が拡が り奥行 は深 まっ た

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年 代 に入 り、合併 によって全農が成立 し

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2年)、全農 を頂点 とす る物流体制が画期的 な発展を とげた。 こうした新 しい条件の もとで、 系統農協

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「国家独占資本主義の機構」 とい う性 質は、 よ り強化 された と考 える。 そ こでの問題 は一般の商業資本 と本質を同 じく す る、資本主義的商業企業 としての農協が、一般 の商業資本 とは異 なって、国家独 占資本主義の機 構た りうる契掛 ま何か とい うことにある.一般の 商業資本が国家独 占資本主業の機構 に転化するこ とは困難であ る。系統農協が国家独占資本主義の 横桟 に転化 しうる理 由は、それが私的所有 にもと ず く個人企業でない ことに求め られる。 このよ うな転化 を更に容易に した事情 は、系統 農協 の資本 の調達構成が組合員 もしくは会員の出 資金 に対す る依存 を低め、利潤の内部留保 などに よる自己資本 の造成、つ ま り個人の私有に帰属す ることのない資本-の依存 を深めた ことに求め る べ きであろ う。 このよ うな資本調達の変化 は、そ れが個人の私有 に帰属 しない点で、企業 の性質の 社会化の発展 とみ ることができる。 こ うした企業 の性質の社会化が、系統農協が一般の商業資本 と 異 なって、容易に国家独 占資本主義の機構 に転化 す ることを可能 としたのである。 つ ぎに系統農協

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「商業資本の特殊 な企業形態」 説 も、最近時の系統農協 の資本調達構成 の特徴、 つ ま り出資金比重 の低下、利潤の内部留保 による 自己資本の増加、 これを更に上回 る他人資本依存 度の上昇 とい う事態を考慮す る必要があ る。 この 「特殊 な企業形態」説の主 な内容はつ ぎの2点 に あった。(註) 協 同組合 の出資者 -組合員に対す る非独立性。 出資者であ る組合員が主人公であって、協 同組合 は組合員のための 「施設」 として とどまる。株式 会社では会社 は出資す る株主 とは全 く独立 した企 業 として組織、運営 され るが、協同組合の場合は そ うではない。 協 同組合経営の非営利性。協同組合はその組合 員の消費生活 な り営業に直接役立っ ところの 「施 設」 とい う性格を負 うo Lたが って協同組合は一 個独立の企業体 としての論理では動 くことがで き ず、組合員の もっている性格に拘束 される。協同 組合が 「施設」 にす ぎない ことは、組合員 と協同 組合の基本的関係を表現す る。「施設」にす ぎない ことによって、つ ま り協同組合は企業体ではある けれ ども、必 らず Lも常 に利潤をあげ ることを 目 標 としな くてもよい、 とい う経営方法が可能 とな るO この経営方法の一部をなす利潤を,利用高に 応 じて按分す る配分方式 は、資本主義のなかにお ける協同組合の本質を示す。 (註) 前 出、近藤康 男 r新版 協 同組合の理 論j第1章 資 本主義 と協 同組合 を参照

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農協資本構成の変化 と機能

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年代を経過 した現在、系統農協 は理論が説 く、協同組合の非独立性、非営利性に代表 される 「施設」説 との垂離 はいち じるしい と云わ ざるを 得 ないo Lか し、その うえで注 目すべ きことは、 系統農協 は明 らかに私的、個人的な企業形態であ る株式会社 とは異 なる企業形態であ り、株式会社 が遠 く及 ばない社会的機能を遂行 している。農協 の理論的解明の課題 は、系統農協の現状を協同組 合からの逸脱、非協同組合化 と断定す るか、ある いは株式会社形態 の企業のはるかに及 ばない機能 をはたす ところに、協同組合の特質を見出すかに かかっていると思 う。小論は後者の見地 に立つ。 そ もそ も利潤の利用高分配方式が 「資本主義の なかにおける協同組合の本質」た りえた前提 は、 その調達資本が組合員出資金 に基本的 に依存 して いた ことである。非独立性 も非営利性 も、 このよ うな資本調達を基礎 にす る。他人資本 の調達に依 存す る企業経営では、利益配当は利子形式 とな り 資本 コス トに転化す る。資本 コス トとしての利子 源泉を生み出すためには、所定額以上 の差益利潤 をもた らす経営は不可避であ り、非営利性 は後退 す る。 また、他人資本の要求す る 「それ 自身の論 理」が作用 して、非独立性 も後退す る。 非独立性、非営利性 とい う二つの経営原則の後 退 は、協同組合の変質 もしくは名存実亡を意味す るのであろ うか。 旧時の協同組合理論 の教条的理 解に立つ限 り、系統農協 は名存実亡の時代に入っ た ことになる。しか し、そ うした判断は系統農協 -

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-3-「国家独占資本主義の機関」説 に反す る. なぜな らば この説 は、協 同組合 が一般 の私的企業 と異 なって、国家独 占資本主義の塩構 としての役割を 演ず る特質を前提にす るか らであ り、国家独 占資 本主義の枚構であるとす る以上、協同組合の一般 私的企業 と対比 しての特質を主張す るはずの もの だか らである。 しか し、その特質はもはや旧時の 非独立性、非営利性の企業経営説 にもとめ ること はできない。 しか らば、現代の系統農協の特質は 何か。理論解明の課題 はこのよ うに提起 され る。 すでに解明 された よ うに、協同組合 は資本主義 企業であ り、「商業資本の特殊 な企業形態」である にす ぎない。最近十数年 の系統農協の経験 によれ ば、その特殊性 は株式会社 と比べて、 よ り社会化 された企業形態であるところにある。そ して より 社会化 された企業形態であることによって、その 機能 は私的企業 と比べて より社会的であ り、一定 の条件の もとでは社会管理者の擬能を遂行す るこ とがで きる.農協が 「国家独占資本主義の機関」 であるとい うことは、協 同組合が より社会化 され た企業形態であることに もとづいている。 ここで協同組合が よ り社会化 された企業形態で あると云 うのは、主 として商品、貨幣流通の分野 で、部分的には商品生産 の分野ではたす機能が、 単位協同組合 を構成す る組合員の集団の利益 に奉 仕す るとともに、あるいはそれ以上に社会 もしく は社会体制の利益に奉仕す ることである。・協同組 合が社会的利益 に奉仕す ることは、単位協 同組合 の組合員の集団の利益 に奉仕す ることと通ず るも のでな くてほならないが、両者の利害関係はつね に一致す るものではな く、時 としては社会的利益 が優先す るか、社会的利益の許容す る範囲で組合 員集団の利益-の奉仕が可能 となる、 とい う具合 に対立的で さえある。 現在、系統農協の企業経営が よ り社会化 された と考 えられるのには、二つの理 由がある。第1は 資本の調達構成の社会化である。 自己資本 と比べ て他人資本に対す る依存が深 ま り、自己資本の内 部において、組合員の拠 出 した出資金 に対 して、 組合員の個人所有 に帰属す ることのない、協同組 合的所有 とも云 うべ き利潤の内部留保 された蓄積 資本が、一定 の比重を しめ るようになった ことで ある。 この現象は協同組合における資金 自賄方式 を否定す るものであ り、今 日、協同組合の領域に おいて国際的風潮 とな りつつある

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年 の国際 協同組合同盟 ウイン大会の決議 は、つ ぎのような 見解を しめ した。 「競争 の圧力ならびに構造改革および設備近代化 の緊急 な必要の もとに、全国運動が外部か らの資 本の導入な くしては、その事業資金を賄 うことが で きない時代す らくるか もしれない」。

(特利 を付 して協 同組合への投資 を勧誘す るこ とは)実際上の見地か ら、そ してあ らゆる現代的 な技術装備をそなえた最大規模の資本主義企業 に 対抗 して前進 しなければならない部門の運動の資 本需要 の激増 とい う見地 からも考慮 されなければ ならない」。 協 同組合 が企業間競争 の関係 に入 りこむ こと は、組合員であ る勤労者が、自己の必要充足のた めに協 同組合を設立 し、協同組合の利用によって 必要 を充足す る状況が後退 し、協同組合 とその他 の企業 を選択す る状況の出現を意味す る。 この新 しい状況は協同組合の組織関係の稀薄化 もしくは 空洞化である。 こうした状況のもとでは、協同組 合企業 は資本主義的 な企業間競争 にまき込 まれ、 組合員出資金の限度を超 えた資本調達に走 り、 ま た、利潤の組合員-の配当を制限 して低 コス トの 資金造成に向わ ざるを得 ない。資本構成が変化す るにつれて、協 同組合企業 はその実質において、 組合員集団の拘束か ら解放 され る。 他方、協同組合企業 の資本構成の変化を反映 し て、経営者の構成 も変化す る。系統農協の経営者 の構成 にみ られ る特徴 は、第 1に、出資金拠出額 との関係が稀薄 もしくは皆無 とい うことである。 単位農協の理事選出は株式会社取締役 と異 なって 持ち株数の多少を要件 としない。連合会理事 は会 員であ る単位農協 もしくは連合会を代表 して選任 され、個人出資金 との関係は断たれている。 そ して第2に、単位農協 もある程度その憤向が あるが、特 に連合会において経営の実権を掌握す る経営者は、一般に職員出身の学識経験理事であ る。 この経営実権者 は如何なる意味においても、 拠出出資金、つ ま り資本私有制 とは関係がない。 一般理事が会員である単位農協 もしくは連合会 に よる拠 出出資金、つ ま り資本の協同組合的所有 を 背景 とす るのに対比 して,経営実権者が資本私有

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制 との関係 が消 えてい ることは注 目すべ きことで あ る。 資本私有 との関係が稀薄化 もしくは消滅 した経 営実権者の資本関係を強いて求めれば,借入れ他 人資本 と利 潤 内部 の留保 に よる自己資本 であ ろ う。経営資本のこの両部分は,経営実権老層が彼 らの経営能 力の評価に照 らして、独 自に調達 した ものである。系統農協 のはあい,連合会 において, とくに全国連合会において,調達資本の うち他人 資本 (長期借入れ資金) と内部留保の積立金の比 重が圧倒的 に高い。経営実権者が会員選出の一般 理事 に対 して特殊 な地位 を占め,経営の実権 を掌 握で きるの も, この国有の資本調達に基礎 を置い ているか らに他 ならない。 系統農協 の事実上の中枢である全国連合会の経 営実権老層 は,一方では理事会構成員であること によって,単位農協の正組合員資格を保持 しなが ら,単位農協 と県連合会の

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階層の理事会 を代表 して選 ばれた全国連合会理事会の一般理事 と同格 である。 この系譜においては経営実権老層 は組合 負,単位農協,県連合会の利害を代表 し,それ と 同時に指導権 をもっことがで きる。系統農協を農 村管理体制 としてみ るとき, この側面 は重要であ る。 他方では経営実権老層 は出資者代表 として理事 会構成員に選任 された ものではないか ら,その面 では会員の資本私有の拘束か ら自由である。彼 ら はその経営能力にもとづいて差益利潤を獲得 し, その一部を内部留保 として自己資本を形成 し, ま た他人資本 を調達す る。そ して会員である単位農 協や連合会 の利益代表や奉仕 とい う拘束か ら,相 対的に自由であることによって,当該連合会の企 業経営の利益 を独 自に代表す ることができる。 そ うした企業経営の利害は,農家購入品につい て云 えは,最終需要者である農家の利害,生産者 である産業資本家の利害 に対す る仲介者の立場 に ある。農産物販売について も,同様に仲介者の立 場 にある。農家購入品については

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「価格抑止力」 を発揮す る とされているが,それは一地方一県の 個別具体的 な取引価格の形成に介入す るものでな く,価格水準の抑止に向 うものである。 価格抑止行為 とは具体的 には個別産業資本家の 諾 意性 を抑止 し,当該品 目分野の総産業資本家を 対象 として,平均価格を形成す るものであ り,個 別資本や個別農家を超 えた,社会的な性格の濃厚 な行為である。販売農産物 についての生産制限, 需給調整の枚能や単年度需給均衡価格の形成の境 能 は, よ り明解な社会性の行為である。 しかもそ うした社会性を帯 びた仲介者的な機能 は単位農協 や県連合会を会員 とす る連合会の事業 を通 じて遂 行 され るのであるから,形態上ではその会員 と農 家 の利益を代表す ることがで き,その反面 におい て会員 と農家に対 して指導力を保持す ることがで きるのである。系統農協が農村管理者 とい う社会 的機能をはたす ことがで きるのは,以上の仕組み の うえに立 っているか らである。 (註) 協 同組合経営研究所編 r協同組合原則 とその解明J P43-P45参照。 (3)農協運動の理念の変化 高度経済成長期を経過 し,いま1970年代を終 え て,農村の変転 はかつて経験 しなか った程に激 し い ものであった と思 う。そ してそれが文字通 りに 果 され ることはなかった とい う反省があるが,農 協運動の理念や 目漂 も大 きく変 った。現在農協の 課題 として提起 されてい る農産物 の需給調整 と か,農家購入品の価格抑止力 とかは,戦後の創立 期の当時の農協 としては思い も及ばなか ったこと である。 1951年 には じまった単位農協の 「再建整備」期 は,やや異常 な時期であ った として も、相当の長 期間,少 な くとも連合会の 「整備促進」 目標が達 成 され る1961年度 にいた るまでの期間,農協運動 の 目標 は経済力量 の蓄積 にあった とみて,あなが ち見当ちがいではない と思 う。経済力量 の蓄積 と は農家経済活動の農協への集積,それを基礎にし た市場 占有率の向上であ った。 しか しこの期間に おいて,前半 は単位農協の経営再建 による経済力 量 の蓄積 に力点が置かれた とす るならば,後半 は 連合会 に対す る利用一元化,つ ま り農家経済活動 の連合会への集積に力点が移 った と云 える。 これ につ ぐ1960年代∼70年代 は,政府の施策 に援助 されなが ら,全国連合会 に集約 された米穀, 肥料,農薬,飼料 などの事業量 は,市場流通に規

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-5-制的な影響を及ぼす程に高い占有率をつ くり上げ た。 こうした高い市場 占有率を基礎 に して,前述 のよ うな農家購入品の価格抑止力の形成,農畜産 物 の需給調整 と生産制 限 な どの課題 が提起 され た 。 こうした各時期の農協運動を貫流す る理念 は何 であったか。市場 占有率の向上 は,具体的には商 系 との市場争奪であるが,その運動理念 はもはや かつて協同組合主義が提唱 した よ うな,協 同組合 によって商業利潤を節約 し,その節約 された利潤 を組合員に配分す ることを通 じて,利潤制度を廃 止 し,搾取を廃止す る, といった素朴 なものでは なか った。 この理論は戦前すでに,マルクス主義 者 によって批判 され,戦後新農協の運動 にたず さ わ った多 くの指導的な農協人で さえもの り超 えて いた ことを考慮す る必要がある。

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年代の後半以降,つ ま り 「整備促進」体制 のもとで,連合会主導の もとで進め られた農協運 動の指導理念 は,農家の農協一元的利用,単位農 協の連合会一元的利用,事業量の大量集積 と全国 連合会への集中によって,市場 の指導権 をにぎ り, 農家に とって相対的に有利 な価格,金利条件をつ くり出す とい うものであ った。その理念のかなめ は利用 の全国連合会-の一元化であ り,全国連合 会の主導であ った。個別の農家集団や単位農協が 商塩を選 んで.地方的,個別的に有利 な価格,金 利の条件 を獲得 しても,それが全国連合会一元化 に背反す るものである以上,非難 さるべ きもので さえあ った。 こうした利用の全国連合会一元化,市場指導権 を 目ざす理念 は

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年代を経過 した今 日,部分 的には実現 された もの もあ り,系統農協 における 全国連合会の優位 は,戦後の新農協設立

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「再建整 備」の時期 には予想 さえできない ものである。過 ぎ去 った

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年間,事業利用の全国連合会一元化 は 農協運動の理念 とされていたが,本来,それは運 動の 目的ではな く,連動の方法であ り,戦術であ る。部分的 には達成 された面 もある,事業利用の 全国連合会一元化,市場の指導権 は,今 日, どの ように評価すべ きであるか。 ことの本質 は資本主 義社会 におけ る協同組合の役割 とい う問題 に関わ ると云 えよう.そ こで井上暗丸氏が F日本協同組 合論』で述べた見解 を考察 したい。井上氏は

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年 に旧著 を再刊す るに当 って,旧版 にあ る「商品・ 資本制商品社会 にお け る協 同組合 介在 の合法則 性」に関す る叙述 は

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「ほ とん ど手 を入れ る必要を 感 じていな

」 と付言 した。 したがってその所説 は戦後資本主義 と協同組合の関係の分析にあたっ て, ひきつづ き有効であ りうるわけであるが,事 実 は果 して如何であろ うか。(註 1) 協同組合 は 「生産 と消費 との問の懸絶,分離の 調整,連結」の作用をつ うじて,商業資本を含む 「流通上 の諸費用 の絶対額 を節減す る」。 これが 「産業資本平均利潤率の低下 をセーブし,それを マキシムに維持す る」 ことを可能 にす る根拠であ る。しか し

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「この特徴は現実的には必ず しも厳密 には現われない。 けだ しある程度の借入金 を通 じ て銀行資本に従属せ ざるを得ない ところの資本制 社会における協同組合 は,その企業形態 は資本主 義企業形態 に接近せ ざるを得 ないか らである」。し たがって協同組合の介入による商業の変化 は 「根 本的 な点ではきわめてわずかであ り,む しろ消費 質量の統合 とい うような技術的な相対的な点にお いて,比較的有利 であるとい うに過 ぎないのであ る」。 つ ぎに井上氏は 「整理 さるべ き群小商人資本の 分野」 において,協同組合が整理 の役割をひき受 け,そ こでは 「商業資本抜 きの産業資本への直接 的連結が保たれ る」 ことを指摘 したのち,つ ぎの ような協 同組合の根本にかかわ る 「重要 な指示」 を もって論述を要約 した。 「それ 自身 としては単 に商業利潤の節約をなし得 るに過 ぎない ところの協同組合が,かかるもの と しても,産業利潤 ・すなわち利潤その ものの絶滅 を終極的 にめざす ところの労働者階級運動 に従属 せ ざるを得 ないか,あるいは利潤の追求を自己の 至上命令 とす る資本の側の闘争手段 として従属せ ざるを得ないか,そのいずれか-の従属の必然性 を懐いている」。 この結論部分は 「協同組合の政治的中立性を主 張す るところのブルジ ョア的常套理論の欺隔性」 を指摘 した もので,農協労組運動の発達 した今 日 では,大方の同意を得 られるものであろ う。 しか し,労働者階級運動 (労働者階級の前衛の指導す る革命運動 と理解する) に従属す る協同組合 と, ブルジ ョア階級の闘争手段 として従属す る協同組

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-6-合の分岐点 を どこに求め るかが問題である。 この 点 の議論 はあ とに譲 るとして,井上説を現代の系 統農協分析 の立場か ら考 えたい。 まず第1に,現代の系統農協が市場 占有率の向 上 を 目ざして展開す る事業活動は,「群小商人資本 の分野」で はな く,産業独占に基礎 を置いた代理 店商業系統 ,地方市場や農村市場 に商業網を拡張 したスーパ ーマーケッ トや百貨店 な どの商業独占 との競争で ある。協 同組合商業 の活動す る分野 に, 重大 な歴史的交替が生 じていることを考慮す る必 要 がある。 第2に井上説 によると協 同組合が商業資本を含 む 「流通上 の諸費用の絶対額を節減す る」 ことを 前提 とし,協 同組合的企業形態の商業資本の優位 を説 いてい る。 しか し,現実はこの優位説 に反す る側面が あ る

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年 の経済事業 の実績 に よる と,単位農協 の経済事業量 (購買,販売事業の合 計)

9

9600

億 に対 し,純損益結果はマイナ ス

0.75

%

(

「農協経営分析調査結果」による), つ ま り

7

4

7

億円の欠損を計上 した。県経済連 は事 業量

8

51

1

7

億,当期利益

2

04

億,全農 は事業量 6兆

3

9

1

1億 ,当期利益

2

9

位である。つ ま り系統 3段階を通 じて6兆円ない し10兆 円の年商 にお いて

,5

4

3

倍 の欠損であ り,単位農協 の金融事業利 益 によって補填 された。 事業の損益結果が連合会 に有礼 単位農協に不 利 とい う関係は,主 として 「整促体制」 とその後 の投資方式 によって発展 した ものであるが, ここ では経済事業の損益が

3

段階合計で欠損を生 じて い ることに注 目したい。経済事業量が主 として農 産物販売,生産資材購買か ら成 ることは事業の季 節性 によって資本の回転率の向上を制約 し,総合 的商業経営 の企業 と比べて多い充用資本量を必要 とす る。つ ま り,農業の協同組合は必 らず Lも商 業資本を節 約す るものではない。 もう一つ の問題 は経済事業の欠損額が経済事業 を営 なむ ことによって資金の調達 コス トを節減 し うる金融事業の純利益 によって補填 されてる関係 である。 そ して この経済事業, この場合は とくに 食管法による米穀,その他の価格,流通立法,政 策 による肉畜,牛乳,青果物 など,農協の集荷力 が政府の施策 によって補強 されていることにも注 目したい。総 じて系統農協が総合損益 において巨 額 の純利益を計上す ることが可能であるのは,早 純 に商業資本の節減に由来す るものでな く,政府 施策の支持 によるところが大 きく,商業資本節約 の一点に限 ると,事実 は井上説 と合致 しない傾向 が濃厚であ ると云わざるを得 ない。 第3は,井上氏が指摘す る流通 「費用の資本前 貸 としての産業利潤-の分け前への参与 を途絶す る」問題である。私見 によれは資本主義の価格制 度 は, この指摘のようなものではあ り得 ない。一 度獲得 した商業利潤 は, どの よ うな企業形態 を もって して も

,

「分け前への参与を途絶す る」こと はあ り得ない。む しろ私は

,

「ある程度 の借入金 を 通 じて銀行資本に従属せ ざるを得ない ところの資 本制社会 における協同組合」 を考慮 した井上氏の 指摘に注 目したい。 それは系統農協の実態 と一致す るところが多い か らであるo単位農協 の自己資本は固定資産額 に 見合 うところ少な く, まして経済事業 の商業資本 の充用 には及ばず,大部分が信用事業部門か らの 流用に依存す る。連合会 も同 じで,県経済連 は信 連 か ら,全農 は中金か らの長短借入金 によって事 業 を運用す る状況にある。ただ し購買事業 につい ては,単協 の連合会 に対す る決済条件 はきびしい が,その条件の もとで連合会 は決済サ イ トを利用 し, とくに全農が相当額の財務純利益 (財務収益 と財務費用の差額)を計上 していることに考慮 し ておきたい。 第 4。総 じて現代の系統農協 の事業活動を井上 説 にて らして考察す るとき,協同組合の 「生産 と 消費 との間の懸絶,分離の調整,連結」 の作用は 重要であって,他の商業的企業の及 ばない ところ である。すでに指摘 した ように,その扱能はただ ちに商業資本量の節約をもた らす ものではない。 現実の事態 は井上説 とは逆であるよ うにみえる。 つ ま り 「調整,連結」の機能 のゆえに,協同組合 商業が他の商業的企業 に対 して優位 に立つのでほ な く,協同組合が 「調整,連結」の機能 をもつが ゆ えに政府 の注 目を浴 び,政府が農協 を政策手段 として評価 し,各種の施策を構ず る。そ してその 政府施策の支持を受 けることによって,農協が他 の商業的企業 と比べて巨額の利益を計上す る。 こ れが実態ではなかろ うか。そ もそ も戦後農協が食 糧調達の機能の面か ら評価 され,農政当局によっ

(8)

-7-て設立が急がれた経過 は,戦後新農協の特質を説 明 しているよ うに思 う。 第

5

。井上氏の所説の核心は,協同組合主義批 判 にあるが,それを集中的 に表現 した ものが,協 同組合の経済的機能 の階級性 に関す る理論 であ る。すでに指摘 した よ うに,協同組合事業が労働 者階級運動に従属す るか,資本の側の闘争手段 と して従属す るか,その分岐 は必 らず Lも鮮 明では ない。 しか し,引用 された レーニンの見解か ら推 察す ると,(協 同組合が)「労働者階級の状態を改 善す る」のに役立 ち

,

「ス トライキ,工場閉鎖,政 治上の迫害な どに際 して労働者を支持す ること」 が,協 同組合が労働者階級運動に 「従属」 した こ とを しめす根拠 の ようである。 したがって協同組 合による単純 な価格割引 きや利益配当は,労働者 階級運動に 「従属」 した状況 とは云 えず,政治的 中立性 を否定 した見地か らみるならは,それは「資 本の側の闘争手段 として従属」 した協同組合にな る。 この 「従属」 を指標 とした協同組合理論 を単純 に駆使 したのでは,現代の系統農協を評論す るこ とは難 しい。現代 の系統農協 は個別の単位農協の 事業運動で もあるが, また全国に系統化 された総 体 としての系統農協 の事業運動で もあ り,評論に おいては後者 の側面 に留意す ることが必要 であ るOなぜならは農協の事業運動の対象が 「群小商 人資本の分野」ではな く, スーパーマーケ ッ トや 代理店制な どの形態 を とった商業独占であ り,そ れ との代替 は協 同組合 自体 を別の形態の商業独 占 体系に転化 させ ないではおかないか らである。そ してそのよ うな系統農協制度のもとで,仮 りに個 別の農協事業が農民運動や農村労働運動に「従属」 した として も

,

「資本の側の闘争手段 として従属」 した地位 を脱却 した とは云 い きれ ないか らであ る。 現代の系統農協の事業運動の特質を象散す る, 農家購入品についての 「価格抑止」を考察す る。 系統農協の価格抑止力の前提 は,農家購入需要の 農協への集積であ り,全農-の集中である.事実 経過 としてほ農村市場 における市場 占有率の向上 である。その よ うな事業運動の成功 は農協の市場 占有率の向上,連合会利用率の向上 をもた らすの であるが,その よ うに集積 された経済力量が仮 り に価格抑止効果を生んだ として も,その効果 は価 格水準に吸収 されて,個 々の事業運動主体が運動 成果 として体得 し,運動力 を再生産す る循環 を形 成す るのは困難であろ う。 第6。井上氏は上述の よ うな資本主義 と協 同組 合の関係についての一般論 を基礎 にして,非資本 家的小生産者の協同組合 を論 じ,つ ぎのよ うに指 摘 した。 独占資本主義の段階で は,「資本の独占的性質の ゆえに,一般 に小生産の少 しで も有利 な収奪的利 用が見逃せ られないとい う傾向が現われ る。か く て再 び独占資本主義の段 階 に至 って,小生産者的 協同組合の役割において,小生産 の持続への方向 が強力に現われ来 るのであ る

。 (註2) これは井上氏が独占資本主義の もとでの協 同組 合の一般法則 を述べた ものでな く

,

「概 して云 え は」 として述べた もので あ る。 しか し,協 同組合 の この傾向は,現代の系統農協 と専業農家の関係 では類似の状況が存在 している。例 えは農協信用 事業 は貯金吸収 は兼業農 家 に頼 り,農業近代化資 金を含む貸付けは専業農 家 に偏 るとい う状況があ る。後者の資金貸付において,長期低利資金の供 給が反面では,農家の債務累積 を生ず るとい う問 題 を伴 なっているか ら,農協が単純 に 「小生産の 持続」 に努めているとは即 断で きない。 しか し,系統農協 と兼業農家, とくに事実上の 賃金労働者 と化 した兼業農家 との関係では,農協 が 「小生産 の持続への方 向」で役割を演 じている とは云 えない。信用事業 における事実上の選別融 資の方法が影響 して,兼業農家を「小生産の持続」 の対象か ら除外 している と云わ ざるを得 ない。特 に重要 なことは,兼業農家率が87%に達 し,農家 経済総体 としてみて,農家所得が74.5%を兼業所 得に依存す るに至 った現在 (1979年),つ ま り,農 村経済の焦点が農産物価 格問題か ら賃金問題 に急 速に移行 しはじめているために,系統農協が農民 層分解 に規制者 として関与す る力が弱まっている ことである。現代 の系統農協 を論ず るに当って, 組合員 =農家の経済的特質 の変化を考慮す ること がす ぐれて重要 な意味を もっている。 (註)

(

1

)

r

井上暗九著作剰 第6巻,雄滞社刊P54-59参照 (2)同上P66参照

(9)

-8-Ⅰ

農村の変貌 と農協組織

(1)戦後新農協の課題 一般的に云 って,農協 は農家を基礎 にした農村 経済組織であって,定款 の定めるところにしたが って,農家 を組合員 とし,総会 もしくは総代会 を 最高議決機 関 としている。 しか し農協の実際上の 組織的基礎 は農村集落であ り,各農家は集落の一 員であることを通 じて農協組合員 となっている。 これは昭和初期 の産業組合への 「全戸加入」以来 の習慣であ る。 戦後の農地改革 と

,1

9

6

0

年代を頂点 とす る高度 経済成長期 における農村の社会的経済的変貌 は, 農村集落の性質 に影響 し,農家 と集落のあいだの 関係にも影響 したが,農協の組織構成上の特質 は 基本的に変化 しなかった と云 ってよい。換言す る と組合員である農家 は, 自分の必要 と意志に もと づいて農協 に加入す るのではな く,生来の当然 と して集落の構成員であ り,農協が集落を基礎 に し て成立 していることによって,農協組合員の資格 を得 る、とい う事情には変化がなか ったのである。 いま戦前 の農村産業組合 と比べて戦後農協 の特 徴 を考察すれば,明 らかに新農協 とも云 うべ き変 化をみ ることがで きる。戦後新農協 はつ ぎの面で 変化 した。 第

1

に戦時農政を通 じて漸次の後退を余儀 な く された地主 の組合支配 (主導) は,戦後の農地改 革 によって終止符を打たれた。名誉職 として しば しば無給であった常勤理事 は,職業的な常勤理事, 役職員に変 った。常勤理事の素質は門閥系譜か ら 経営能力に変 った

。1

9

5

1

年以降の単位農協の 「再 建整備」は一つの画期であって, これ以降,経営 能力者が 頭 した。それにつれて農協経営者 は「株 主ではないマネージ ャー」が経営の実権を握 るよ うに傾斜す る。また

,1

9

6

0

年代 の農協合併による 広域農協 の成立 と本支所

2

段階制 の機構 の もと で, この傾 向は顕著に進展 した。そのよ うな傾向 の もとで,農協経営者 は集落や地区 (旧町村,旧 農協地域) の代表 としての性格 よりも,本店 とし ての地位を強化 した連合会の代理人 としての性格 を濃厚にす る。 第

2

、農村 における農協の経済的課題が変化 し, 大正期後期 もしくは昭和初期以来,農村協同組合 の事業活動の 目標 とされた,米肥商 に代表 され る 農村商人に代替す る課題 は,農協事業活動の従た る地位 に落ちた。戦時の経済統制,戦後の農地改 革,そ してインフレーシ ョンを通 じて、農村商人 の経済力 とくに資金力 は弱体化 し,農協事業活動 の競争対象ではな くなった。つ ま り,農協事業活 動の前進を妨む壁 は, もはや前期的 な商人高利貸 資本ではな くなった。 これ については商人高利貸 資本系譜の業者が,事業が季節性に左右 され,資 本の年間回転率の低い農産物集荷や農業生産資材 の営業か ら,他の商業,金融事業分野に転進 した ことも見逃せ ない。 新たに農協事業活動の競争相手 として登場 した ものは, まず 「手数料商人」である。具体的には 肥料,農薬,農業機械,そ して家庭用耐久消費財 (家電, 自動車)を取扱 う 「代理店」商人である。 農協事業の弱点 とされて きた生活消費財の分野で も 「代理店」商人が進 出 したが,最近時では地方 中小都市を中心 に農村商業網-,スーパーをは じ め とす る 「大型店」の進 出が 目ざましい。 これ ら の代理店商人や大型店 は

,

「流通革命」の所産であ って,農協系統3段階の流通機構 と比べてより合 理化 された、流通 コス トが より節約 された流通機 構 の末端 にある。 そのために小売価格の水準 と戦 術 において,競争上,農協店舗の優位 に立つ もの が多い。いずれにせ よ,農協事業活動の競争対象 が,旧型の農村商人ではな く,新型の代理店商人, 大型店 に変 った ことは,農協運動の戦略 の変化を 意味す る。全農が農協購買事業活動の 目標を 「価 格抑止力」に求めた ことは,戦略の変化を反映 し た とみ ることがで きる。 第

3

に,農協事業活動の戦略の変化を促 し,農 産物の集散機能 をほたす農村商人が競争の地位か ら後退 した ことを規定す るものは,上述の他に, 農業生産が新 しい分野で発展 し,新 しい流通機構 を形成 した ことである。例 えは,酪農の発展 と牛 乳流通の展開,多頭羽経営の成長 に象徴 される養 豚,養鶏の発展 とその生産物 における全国市場 の 発展,加工原料流通の独 自な展開,全国流通 とく に東京,大阪の巨大都市市場 にはじめか ら結合 し た青果物生産の発展 と大量流通の展開,な どを指 摘 したいO -

(10)

9-この分野では専門農協をふ くむ農協の市場 占有 率が高 いが, その高位の市場 占有率は農協が農村 商人 との競争 によって達成 した と云 うよ りも,磨 協が生産の発展 を促進 し,流通を開拓す ることに よって得た場合が少な くない。重要 なことはこの 新分野の農業 の流通 は,地方市場 もしくは地場市 場ではな く,主 として全国流通, 巨大都市市場 に 結合 していることである。そ してその流通 は系統 農協の任意な企画によるものでな く,政府の流通, 価格政策 とその施策が直接,間接 に介入す る流通 である。 したが って農協事業活動 は政府 を相手 と す る交渉を主要 な課題 とす ることにな り,市場 占 有率をめ ぐる競争 は対政府交渉力を強化す るため の手段 と化 した と云 うことがで きる。 これ は農協事業運動の重要 な変化である。かつ て 「群小の農村商人資本」を相手 として,農協の 市場 占有率を高め ることは, 自ら新 しい流通経路 の形成 とな り,協同組合的商業機構の発展 自体が 歴史の進歩を意味 し,その歴史的進歩 のゆえに農 村経済の向上 を約束 した。 しか し今 日はちが う。 農協事業運動 の発展 と市場 占有率の向上それ 自体 が,農村経済 の向上に貢献す るものではな く,そ れを手段 とした政府 もしくは産業資本 (農産物加 工資本 など) との交渉の条件をつ くるにす ぎない ものに変化 したのである。 第

4

に,戦前の産業組合以来,戦後の新農協 に 至 るまで,わが国農村協同組合の事業活動の中枢 の地位 を しめ て きた金融事業 が根本的 に変化 し た。戟後の農地改革によって,かつて農村経済を 左右 して きた地主経済が崩壊 した こと,農業手形 が農業生産力 を事実上の担保 として,政府財政資 金 を農村に供給す る端緒 をつ くって以来,大量の 財政資金 を農業生産力を事実上の担保 として供給 す る制度金融が導入 された こと,そ してついには 農協の金融資産 を政府の政策 目的 に調達す る農業 近代化資金制度が創設 され,農協金融が政策金融 体系のなかに抱摂 され るにいた った こと。 これ ら は戟後新農協が金融事業の面で根本的 な変化を と げた契機 をなす ものであ る。 特筆すべ きことは農協の系統金融機構が,余裕 金形成の役割 を演 じていること,その反面では農 家の負債累積 を造成す る役割を演 じていることで ある。農村協 同組合が余裕金 を吸収 し,都市金融 市場-供給す る傾向は,戦前すでに大正中期には じまったO この余裕金の形成 と吸収,運用の戟能 は,戦後の新農協のもとでは,各種の制度金融 に よって営農資金が供給 され るとい う裏づけを得 る ことに もとづいて,制度的 に定着 した と云 えよ う。 その反面の現象であるが,最近 の数年間に農家 とくに大面積経営の専業農家の負債が累増 し固定 化す る傾向が生 まれた。負債の累増 と固定化 は制 度金融 と無関係ではな く,供給資金が低利であれ ばある程 に需要が誘発 され 償還期限が長期であ れはある程 に債務が累増 し固定化 され る関係にあ る, とみ ることができる。 この場合,長期低利を 特散 とす る制度資金が, しばしは融資条件の制約 によって十分な経済効果をあげることが困難であ ること, また,農産物の低価格政策 によって償還 源泉 として十分な粗収入を得 ることが困難である こと, などの事情が融資の固定化債務をまねいて いることに留意 したい。 戦後新農協の農村金融の方面で生 じた根本的 な 変化 は,農協金融が農村金融において指導的な地 位 を しめ るにいた った ことである。貯金の吸収 を は じめ とし,融資の方面で も, とくに営農資金金 融の分野では,農協の市場 占有率 はかつてな く高 まった。生活消費金融の分野で も住宅建設資金に ついて,農協共済事業の還元融資が行 なわれるな ど,戟前の地主金融,個人金融の姿は今すでにな く,農協金融の地位 は高い。 かつて農村金融が地主経済に支配 され また 日 本の東西両地方の間で農村金利水準の格差 (東高 西低)が存在 した条件の もとでは,中央塩関の指 導の もとでの農協金融事業の発展 は,農村金融の 近代化 を意味 し,金利の平準化を促進す るもの と 理解 された。そ うした条件のもとでは農協金融事 業の発展は,その こと自体が農村金融の近代化 を 意味 し,農協金融事業が農民の高利条件の負債 を 解決 し,担保土地の喪失,農民経済の破産 を防止 す ることとして理解 された。 しか し現在,、農協金融事業の発展 は貯金吸収, 営農資金供給 における高い占有率にみ るよ うに, 農村金融の指導的地位 をもた らした。 それ と同時 に,農協金融店舗 は制度金融の窓 口,代理業務機 構化 し,農業近代化資金 にみ られ るよ うに,農協 金融資金が政策金融の水路 に誘導 され るな ど,農 -1

(11)

0-協金融事業 は銀行などの一般民間金融機関以上 に 国家的金融 制 度 の内部 に抱 摂 され るよ うになっ た。農協金融事業発展を自己 目的 とす ることが, 農村の進歩 を意味 した時代はすでに終 った。

(

2

)

農協の基礎 としての農家経済の変化 以上の

4

項 にわた って指摘 した戦後新農協の変 化 は,今 日なおその変化 の過程を継続す るのであ るが,その農協 の一つの基礎条件をなす組合員 -農家経済の変貌 はいち じるしく,高度経済成長期 を経過す る ことによって,その変貌 は一層顕著で あった。 農協の社会的基礎,つ ま り農村社会 に板 をおろ して,その事業活動をつ うじて農村経済を一定の 作用 を及 ぼす ことので きる基礎 は農村集落 であ り, また集落 における機能的な農家であ る専業農 家群である。 この基礎 をつ うじて農協 は農村 に影 響をあたえ, また農村経済の影響を うける関係に ある。 農協の経済的基礎,つ ま り農協企業経営の基礎 は信用事業 と共済事業をふ くむ金融事業であ り, また購買事 業 と販売事業 をふ くむ経済事業 であ る。損益関係では金融事業 とくに貯金吸収が基礎 であ るが,金融事業 は農畜産物の集荷,出荷販売 事業 による販売代金の貯金吸収によって支持 され ている。また販売事業 は購買事業 と連携 していて, 購買売掛が販売品の集荷 を容易にし,売掛金 の回 収が販売事業 に依存す る関係 もある。 しか し,最近では農協事業 の損益上の中枢 をな す信用事業 が,貯金の吸収面で,農産物販売代金 への依存が低下 し,都市近郊の農協では1970年代 の前半期には農地の売却代金-の依存が強 ま り, 1970年代後半以降になると,多 くの農村地方 の農 協で農外賃労働所得-の依存が強 まった。 信用事 業運営が経済事業 とjTC離す る傾向をしめす よ うに なった ことは,農協経営 に重要 な影響をもた らす 契概である。 一般的に云 って農協事業活動の支柱 は,政府の 施策 にある と云 うことがで きる。例 えは,全国の 農村 に普遍的 に存在 し,全国の農協の相互の連帯 の関係を形成す るのに貢献す る,米の集荷,保管 事業 は食糧管理制度を前提 とす るもので,農協 は 政府指定の集荷業者 として,米の集荷.保管で独 II.・ll:lJ-','lJ:;I・T:l':.:-1j1:::..::P;-I.I-::芸 .-_:::I::::-;::::'lI:.:J..I"'::li_.::I::二一: 部の青果物 は,農協 もしくは連合会が政府指定の 生産者団体 として,政府の保護のもとで強い集荷 力を誇 っている。 また金融事業の方面では政府の制度金融の窓 口 業務は, ほとんど農協の独占であ り,都道府県や 市町村の代理金庫業務を営なむなど,農協金融事 業 の信用力が中央,地方の政府機関を背景 として いる事情 も見逃せ ない。 このよ うな意味で農協経 営の支柱 は政府施策であ り,反面,政府 の行政 は 農協の業務能力によって補強 されるとい う,農協 と政府機構の融合は顕著である。 系統農協 と政府行政機構の癒着 は,農村協同組 合の歴史の所産 であるが,農地改革に よって階級 としての地主が消滅 した ことによって,緊密の度 を深めた とみ ることがで きる。すなわ ち, ブルジ ョア階級 と対立 して独 自な階級的利害 を追求す る 地主階級が消滅 した ことによって,系統農協の組 織の各環節において,系統農協 と行政機構の間に 摩擦現象を起す要素が解消 したか らであ る。 この 事情が系統農協が一面では,国家独占資本主義の 機構 によ り深 く編入 され る契機 をな している。 系統農協の変貌 を事業面,組織面か ら促進 し, 深層部か ら変貌 を もた らしたのは,最近20年間 の農家経済の変化である。その変化の特徴は,第 1に農家 の構成 が専業農家 を中心 とす るものか ら,兼業農家 を中心 としたものに変 り,兼業農家 が一般化 し,専業農家が農村における特殊 な存在 と化 した とさえ云 える状況 が出現 した ことであ る。兼業農家が一般化 した ことは,農協 の事業基 盤の変化 として重要である。 これ まで農協 の事業活動はいわゆ る小商品生産 としての農業 を前提 にして成立 して きた。農協の 経済事業 は農業生産 と結 びつ く生産資材の供給, 生産 された農産物販売を,金融事業 は農産物販売 代金の貯金吸収 による資金の造成,その資金の営 農資金 としての貸付運用を営 なみ,総 じて これ ら を循環的に結合す るものが農協の事業活動であっ た。生活資材購買や生活消費金融が事業 の重点 と ならなかった根拠 には,それは農業生産 の向上発 展によって解決 され るものとい う認識があった。

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l

i

l

(12)

-農家の兼業化が一般化 した こと, しか も農家経 済にしめる賃労働者 としての生活様式,賃労働所 得の比重が向上 した ことは,従来 の農協事業活動 に変更をせ まるものである。1960年代の後半か ら 1970年代の期間を通 じて,この変更は具体的に現 われた。多数の農家はまず賃労働者 として生活 し, 社会に対 して労働力商品の販売者 として現われ, 商品流通の面では主 として生活消費財の購買者で ある。農協事業 の うち, この事情 の変化 に最初 に 機敏に反応 したのは信用事業であ って,最近では 各年の貯金吸収 の主たる源泉を農外給与所得に求 めるようにな り,購買事業 も生活購買の発展に力 点を置 くようになった。 しか し全体 としては農協 の事業活動は旧慣 をつづけ,新 しい事態への適応 は鈍いoそれ は農協事業が中央税関の制約を強 く 受けていることと無関係ではない。 農家経済の変化の第

2

の特徴は,農村人 口の高 齢化の現象であ る。例 えは,65歳以上の年齢層が 14%をしめ,農業従事者 の平均年齢が51歳 に達 した ことであ る(1980年 「国勢調査」結果)。 とく に注 目すべ きことは,1970年か ら1980年 にいた る10年 間 に農 家世帯 人 口が2660万 人か ら2137 万へ523万人 も減少 した こと,今後10年間に出産 能力をもつ 16-19歳 の人 口が205万人(7.7%) から117万人(5.5%)に減少 し, この年齢層の う ち女子人 口が100万人 (7.2%)か ら57万人 (5.

2

%)に減少 した ことであ る。すなわち,高齢化現 象は単純 な寿命延長の結果ではな く,若年人 口の 急速 な減少によって相対的に生 じた現象である。 変化の第3の特徴 は,兼業化傾 向の進むにつれ て,基幹的な男子労働力の農外就労が増加 し, 日 常在村老数が減少 した ことである。通勤兼業地域 では昼間,出稼 ぎ兼業地域では秋冬農閑期に,育 壮年男子の在村人 口が極端 に減少 した。 この高齢化現象を兼業化現象 と重ね合わせて考 察す ると、農協 の事業活動,組織活動に対す る組 合員 -農家の側 の条件の弱体化が顕著である。販 売農産物の集荷,購買品の受 け渡 し作業で組合員 の協力を得 ることが難 しく,職員労働の面が拡張 された。農民が 日常の協同活動の経験 をつ うじて 相互に連帯す る契機 は弱 まった。 また,農協の専 門部会活動や農家組合活動の世話人の層が薄 くな り,組織基盤 は弱 まった。農協は専門部会や農家 組合 に参加 した組合員群 に頼 ることが困難 とな り

,

「一本釣 り」に似た方法で組合員 -農家に接す ることにな り, この面で も職員労働-の依存が強 まった。 要す るに農協 と農家 との結 びつ きにおいて,職 員労働 のはたす役割が大 きくなった ことは, まず 人件費支出の増大を招 き,経営 コス トを高め るこ とによって,経営条件を更に悪化 させ る危険性が ある。 また,後退 した組合員 -農家群の活動 を, 職員労働の充用によって補充すれば,組合員 -皮 家群の活動参加 は更に後退す るよ うにな り,農協 の組織基盤が総体 として弱体化す ることになる。 最近の農協 の事業活動 と組織活動の基盤の弱体 化 に対 して,農協中央機関は集落 ごとの農家組合 の整備強化を提唱 した。全国農協中央会理事会が 1981年9月9日に決定 した 「集落における農協の 組織基盤強化基本方針」 はその一つである。その 主要 内容は(1),集落を基本に した農業振興, (2), 助 け合い精神を基本 とした生活の防衛 と向上,(3), 農協の組織運営 と事業活動への意思反映, などで ある。 この 「基本方針」 の是非 は別に論ず るとし て,農協の基盤の弱体化 は偶然の現象ではな く, 系統農協の事業活動 と農村経済の趨勢 とが,相互 に 離 した ことの必然の結果 とみ るべ きである。 この観点か ら農村経済の趨勢を,農家の収支構成 と農家の就労構成 とい う両面か ら考察 してお きた い。 (3) 農家の性質の変化 農家の収支構成。「農家経済調査」の結果 にもと づいて1960年 と1979年 を比較す る。支 出は1960 年53万 円は1979年 に523万 円- 9.9倍 にふ え た。生活水準の向上 もあるが,主 としてインフレ, 物価上昇による。支出の内訳は家計費が69.7%か ら70.3%へ上昇 したが,基本的な変化はな く,家 計費70%,経営費25%,農外支出5%とい う構 成である。つ ま り,農家の現金支出か らみ ると, 農家経済は総 じて消費生活世帯 としての特質 をも っ よ うになった。農家経済の主要 な側面 は消費生 活単位であって,農業生産単位 としての側面 は従 たる地位にある。かつて基本的に農業生産単位で あった農家が主 として消費生活単位に変化 し,少 数の専業農家 を除 く大部分の農家が このよ うに変

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化 した ことは重要である。商品市場 の角度か らみ ると,農村 は主 として生活消費財市場 に変化 した のである。 農協が現状を肯定す るならは,農協 の 金融事業,購買事業,利用事業,指導事業 はそれ ぞれ この農家経済の この特質 に留意 しないわけに はいかない。 つ ぎに収 入の動 きをみ ると,収入 は1960年 の 61万 円か ら 1979年 の 688万- 11倍にふ えた。し か しその うち農業収入は36万 (59%)か ら245万 (36%)へ 6.8倍にふえたにとどまった。他方, 出稼 ぎ収入 と贈与 をふ くむ農業外収入は25万(41 %)か ら443万 (64%)へ 18倍近 くにふえた。重 要 なことは収入構成の面で,農業収入 と農業外収 入の比率が逆転 し,1979年 には 36%対 64% とな り,農家経 済 はこの面で農産物商品生産者か ら賃 金労働者へ と変 った ことが明 らかである。 平均

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の小地片の土地所有 は,労働力の土地 緊縛の力を失 ない,労働力の自由な商品化,農民 の賃金労働者化を妨 げるものではな くなった。農 民の賃金労働者化の傾向は,土地所有面積 の小 さ な下層か らはじまって中層に及び,上層の一部 を まき込むにいた った。 この傾向は農業従事 と工業 従事の所得格差の もとで進んだのであるために, 賃労働 による相対的 に高額の収入の取得,生活水 準の向上 を可能 とし、下層か らは じまった生活水 準の向上が,農村生活 の社会的平均的水準をひき 上げ,その ような生活水準が要求す る収入を解決 す るべ く,農外兼業従事が中層か ら更に上層に及 んだのであ る。 農村経済 の変貌 の核 心 をなす生活水準 の向上 が,農業生産力の発達の結果でな く,兼業化 と賃 労働収入 に よって もた らされた事態 は重要 で あ る。 とい うのは農村経済の変貌が,下層零細地片 耕作の もとの貧農層 の-ゲそこ-によって促進 さ れ, これ まで農村社会の政治上経済上の指導権 を 占有 していた上層,専業農家群が-ゲモニーを喪 失 し,受 け身に立た されたか らである。農村社会 における,事実上の-ゲモニーの交替 こそが,系 統農協が農村の実情か ら 離す ることになった真 因であ り,政府の農業構造改善事業 などの施策が 成果をあげ ることので きない理 由で もある。 1979年 の結果についてみ ると,農家経済 はまず 523万円の支 出を した。その うち家計費 368万(70 %)農業経営費132万 (25%)であった。 この支 出を補充す るために,農家は農業 において245万 (36%)の収入を得た。 しか し, この農業収入で は支 出に対 してなお278万円が不足 した。農外の 兼業収入353万,出稼 ぎ贈与収入 90万を得て,敬 入不足 を補充 し, なお165万が余 り,それによっ て租税公課69万 を負担 し約 95万円の余剰を得 る ことがで きた。 日本の農家の総体,つ ま り農村経済 は家計費支 出を農外収入によって基本的に解決す るよ うにな った。云いかえると賃金労働者 としての家計収支 を基本にす るようにな り,併せて農業 にも従事 し, 約112万 円の農業所得を金額的には副次的に得た のである。農家労働力がひきつづ き家族労働の形 態で農業 に従事 し,他方では家族労働の域 を超 え て,農業外兼業の分野では労働力商品の販売者 と して登場 し, よ り社会化 された形態の労働 に従事 す るようになった ことは,歴史的にみて進歩を現 わす ものである。歴史の歯車を逆転 させ ることは で きない。 農家労働力の就労構成。「農業基本調査」の結果 にもとづいて

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「農家 の就業状態別世帯員数」の動 向を1960年 と 1980年 について比較考察す る。 こ の間の動向にみ る第1の特徴 は,16歳以上の労働 可能 な年齢層の世帯員が2249万人か ら 1709万人 へ540万人 も減少 した ことである。 その うち労働 従事 の有業者 は525万人減少 したが,511万人は 自家農業従事者の減少であった。 しか し, 自家農業従事者が減少す るなかで, 自 家農業だけに従事す る者は706万人の減であった が,主 として自家農業以外に従事す る者が245万 人増加 したのである。 自家農業従事者が総体 とし て減少す るなかで, 自家農業専従者 はその減少数 を こえて減少 し, 自家農業以外に主 として従事す る者が逆 に増加 した。 このことは一方 ではます ま す離農人 口が増加す るとともに,他方 では農外に 就労す るかたわ ら農業 を営 なむ者が増加 した こと を示す。 第

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の特徴は上述の就労移動の結果 として,農 家労働力のなかで農外兼業 もしくは農外専業の労 働力の比重が高 まった ことである。有業者のなか の農業専従者の比重 は67%か ら43%に低下 した が,農外専従者の比重 は9%か ら 11%に上昇 し, -1

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3-中間の農業農外兼業従事者 の比率 も24%か ら 46 %に上昇 した。農家労働力の うち817万人,57% が,専業,兼業 いずれかの形 で農外に就労 し,相 当数が恒常的勤務の賃金労働者であ ることは,更 めて注 目すべ きことであ る。 これ を家族 を単位 とした労働力群 としてみ るな らは, また前述 の農家経済収支 を考慮す ると,主 として農外所得 によって家計 を営 なみ,つ ま り家 族労働力を再生産 し, その労働力を部分的 に農業 に投 じて農業 を営 なむ とい う,農業生産力 の特異 な構造が成立 してい ることを知 る。 また,土地, 生産手段の私有制 によって歪 曲 され ているが,農 家労働力が家族労働組織 の枠 を超 えて,資本に雇 用 されて就労す るとい う,労働 の社会化現象を知 ることもで きる。 さらにまた私有制 に よって歪 曲 された形式ではあ るが,農業労働 と農外 ・工業労 働が結合 された現象 も知 ることがで きる。 第3の特徴 は上述 がすべて明 らかに した ことで あ るが,農家 の性質 の根本的 な変化であ る。理論 上 小農経営 -家族労作経営 は土地耕作面積 と家 族労働力が均衡 し,土地耕作所得 と家計費が均衡 し雇用 もせず雇用 もされ ない経営であ る。 この よ うな小農経営 はすでに一般的 には崩壊 した。 その 崩壊のあ とに,農外所得 によって家計費支 出を補 填 し, つ ま り家族労働力を再生産 し,その労働力 が土地耕作 と農外労働 の双方 に従事す る,全 く特 異な経営形態が出現 した。 この よ うな経営形態 が農村で一般的 に成立 した ことは,かつ て前例 をみ ない。 その労働形態 は家 族労働組織 による労働 と資本制労働 の結合 した も のであ り,家族労働の よ り社会化 された形態であ る。 この よ うな農家の変質 は農村社会構造 の深部 における変化 を意味す る。 なかんず くこの農家 は もはや 旧時 の小商品生産者ではな く,む しろ労働 力商品の販売者 の世帯であ る。 かつて農家 の主要 な性質が小商品生産者であ った状況 を基礎 に して 構成 された系統農協 の事業が根本的 な変化 を要求 され るゆえんであ る。 第4の特徴 は,土地耕作労働 と農外 ・工業労働 の結合 した労働形態 は,農業近代化施設 (農業塩 械,集 出荷施設,貯蔵庫 な ど)のサ ー ビス,賃耕

集団作業 な どに よって補強 されて, は じめて 農業面 で機能 しうる。云 い換 えると,個別農家労 働 の一部 を代位す る社会 化 されたサー ビスに よっ て, は じめて成立す るものであ る。 この面 で農協 がはたす役割 は,近年 ます ます多 くな り,多面的 になってい る。歴史的 に流 通経済事業 の領域で発 展 した農協 の農業生産 お よび技術の領域へ の新た な参入 は,動横 の如何は別 としてや は り注 目すべ きことであろ う。

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集落 を基礎 とした組合員集団 最近

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年間 の農村社会 の変貌 は著 る しいが,そ れ は何 よ りもまず集落社 会 の変貌であ る。集落 の 変貌 は農家 の兼業化に伴 な う農家の性質 の変化 に よって, また,非農家勤 労者世帯の増加 に よって ひき起 された。変貌 は もはや厳密な意味での農業 集落が形骸 とな り,農家 と非農家の混住す る居住 集落 と化 した ことに現わ れ てい る。 農村集落 の変貌 は耕作経 営規模の下層 か らは じ まった。下層か ら中 ・上 層 へ と順次 に,農業生産 世帯が非農業 ・勤労者世 帯 へ変化 した。 同時 に集 落出身の、あるいは集落 外 か らの流入移住 の非農 家勤労者世帯が増加 した。 集落 内の世帯構成が農 業的 な同質か ら混住的異 質 に化 した ことは,集落 の変貌 のなかんず く重要 な側面 であ る。 かつて農 業的同質の農家が,主 と して耕作経営規模 を基準 に して上中下層 に階層的 に構成 していた。現在で は一万 の極 に専業的農業 世帯が、他方 の極 には労 働者 の生活世帯が,そ してその中間に兼業農家世 帯があ るとい う構成であ り,構成員世帯の関係は単 純 に上 中下層 として特徴 づ けることは難 しい。 集落 の変貌 は集落 を事 実上 の組織基盤 とす る農 協 に影響す るところが大 きい。伝統的 に農協 は農 業集落 を組織基盤 とす る こ とに よって,間接的 に 農業 を基礎 に した ことに な り, その意味での農業 団体であ り,農業の経済組織 であ った。集落が農 業的 な ものか ら非農業的 な ものへ変貌す る傾斜 を しめ した ことは,その限 りでは農協 の農業団体か ら非農業団体- の傾斜 を意 味す る。 集落 の変貌の導因は内因 としては農家の兼業化 の傾 向であ るが,外因的 作用 とも云 うべ き,広域 市町村圏に とり込 まれた地方商工業 の影響 も大 き い。 「町村合併促進法」(1953年 施行)によって,主 と して1950年代 に町村合併 が進行 して広域行政 圏

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