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西安草堂寺奉安の羅什像の原画と注法華経(二)

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西安草堂寺奉安の羅什像の原画と注法華経

若 杉

草堂寺に緩什像が奉安されるに際し、同寺に羅什訳の経論を奉安しようという意見が興ったのも当然である。筆者 は羅什訳といわれている経論すべてを草堂寺に奉安することがよいし、叉同寺に付属して、羅什及び羅什訳経論を対 象とする研究所があってよい程に思うのであるが、中国仏教界の現状と、草堂寺には老比丘尼がただ一人居住するの ( 79 ) み︿昭和五十六年﹀で、羅什の墓所と寺を護持している実態とを考慮に入れて、せめて羅什訳の経典だけでも奉安し た 方 が よ い と 主 張 し た 。 し か し 、 そ う は 言 っ て も 、 羅 什 訳 の 経 論 と い え ば 、 現在、資料として最も信摂されている ﹃出三蔵記集﹄巻二によって見るに、妙法蓮華経・大智度論を初めとして、三五部・二九四巻という大部である。且 っそれらの経典の大部分は大正蔵経本等に見られるように羅什訳以外の経典とも合冊となって印刷・製本され、羅什 訳のみのものは僅かである。現在、日蓮宗寺院で仏前に供える巻子本の如き体裁のものがあれば好都合であるが、こ れも法華経を除いては殆ど望めないであろうし、折本の体裁をなしているものについても同様な状態であろう。結局 は と り あ え ず 、 ﹃ 妙 法 蓮 華 経 ﹄ 一 部 に し よ う と い う こ と が 、 ﹁草堂煙霧の会﹂の会長・玉沢妙法華寺貫主・松井大周 師のご意見でまとまった。しかし、 ﹃ 法 華 経 ﹄ 一 部 を 奉 納 す る に し て も 、 一体どの版・どの体裁のものがよいである 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 題 什 像 の 原 函 と 注 法 華 経 ︵ 若 彰 ﹀

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西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ うか。体裁は訳出当時を偲ぶものとして巻子本がよいとしても、現行の﹃妙法華経﹄と羅什が訳した当時の﹃妙法華 経﹄との聞には文字に多少の異同があると想像される。書籍が書写によって流布した時代には止むを得ないことであ ろう。敦坦出土の﹃妙法華経﹄が羅什訳出当時の﹃妙法華経﹄に最も近いという意見もある。あれこれと理窟を述べ ていたら、草堂寺に納める﹃妙法華経﹄は遂にないことになる。これは宮に﹃法華経﹄のみならず、他の羅什訳につ いても大同少異であろう。羅什が訳出した時の経論がどこかで発見されれば別のことであるが、現在において、 文 一旬、訳出当時と全く同じ文字の経典を探索することは至難の業といってよい。 そこで学問的厳密さには少々欠けることはあっても、兎も角、日本で流布している﹃妙法華経﹄を奉安しようとい うことになった。そうは言っても、 ﹃法華経﹄の流布本にも色々な版もあり、叉、写本も多い。窮余の挙句に考えら れたのは宗祖ご所持の﹃妙法華経﹄である。宗祖ご所持本は、宗祖が佐渡法難の折にも持参せられ、叉ご臨終の折に ( 80) も枕頭に置かれたことは既に有名である。宗祖ご所持のいわゆる﹃注法華経﹄は故兜木正亨博士が春日版であること を指摘され、又複製もあるので草堂寺に奉安するには我々日蓮宗徒にとって最もふさわしいということになり、立正 安 国 会 の ご 好 意 に よ り 、 ﹃注法華経﹄の複製本を草堂寺に納めた次第である。 宗祖ご所持の﹃注法華経﹄が春日版であるとすれば、春日版の﹃法華経﹄の複製でよいのであって、何もわざわざ ﹃ 注 法 華 経 ﹄ と 限 定 し な く て も よ い 。 ﹃注法華経﹄は周知の如く、経文の行聞に或は裏面に宗祖が行・草体の文字を 以て注記されたものである。草堂寺といえば、日・中両国民のみならず、欧米人等の参詣もあることであろうし、彼

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等が卒爾に之を拝した時は、落書きの多い本ぐらいにしか理解しない者もあろうかというものである。しかし、特に ﹃ 注 法 華 経 ﹄ と 限 定 し た の は 、 ﹃ 注 法 華 経 ﹄ の 裏 面 に 宗 祖 が ご 聖 筆 で 、 ﹃正法華経﹄の二十二の誤を指摘されている ことである。これは宗祖が﹃妙法華経﹄と﹃正法華経﹄を比較されて、 ﹃正法華経﹄に﹁二十ノ二誤︿欠落を含むと のあることを明示されたものである。いうまでもなく、羅什の訳場においては先訳である竺法護の﹃正法華経﹄が参 考 と さ れ た 。 ﹃ 正 法 華 経 ﹄ を 参 考 と し た 上 で 、 ﹃ 妙 法 華 経 ﹄ が訳出されたのであるから、宗祖は ﹃ 妙 法 華 経 ﹄ こ そ が﹃正法華経﹄より勝れた線訳であると理解されたのであろう。勿論、今日の原典批判学立場からの立言は別であっ て、それは全く別な問題として考察されなければならない。 さて、宗祖が﹃正法華経﹄における﹁二十二誤﹂というのは何か。以下、この点を考察してみたいと思う。 ﹁方便品﹂の十如に該当する筒所の裏に﹁二十二誤﹂として次の文が述べられている。 ( 81 ) ﹃ 注 法 華 経 ﹄ 巻 第 一 ﹃ 私 集 寂 要 文 注 法 華 経 ﹄ ︿以下、私集本と略称する。版権者立正安国会、発行所本満寺、昭和四十五年刊﹀上・一四七頁| 一 四 五 頁 に 正経善権品閥十如。闘開示悟入。応時品三十六千億仏。火宅五車。信楽品 天姓。薬草喰巴後一長行侮煩。五百 品 初長行偏頒。叉同品 迦薬汝己知五百自在者等一行半傷閥。又繋珠喰闘。阿難羅云決品 新 発 意 菩 薩 八 万 。 薬王如来品誤。宝搭品有二誤。多宝如来説法花経誤。多宝本願聞名利益誤。以提婆品入宝塔品誤。安楽行品 四 安楽行閥誤。法師品有二誤。限千二八百。余五千二誤。促経功用三十三天誤。不軽生報閥日月灯明。神力品中惣 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀

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西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ 一種。別出九種誤。薬王品有二誤。定力紙身不言焼瞥誤。十誤響輪一闘不具誤。妙音有二誤。妙音師弟長短不准 誤。三十四身多有依減誤。観音品三十三身多閥不満誤。税一 とある。これを﹃回避聖人註法華経﹄

経功用三十三天誤﹂が﹁経の功用に従り三十三天の誤﹂と読まれていて、判読に相違があるのが分る。原文では﹁佑﹂ ︿ 加 藤 田 源 ・ 加 藤 文 淵 編 昭和七年刊︶上九十一頁と比較してみるに、 促。 となっているが、これが﹁従﹂ ﹁促﹂の両字に読まれているのである。川澄勲編﹃仏教古文書字典﹄によると、﹁他﹂ を﹁従﹂と判読されているようである︵同書五十四頁﹀。又、 ﹁促﹂とも判読されているハ同番二百十四頁﹀。何れ に読むのが正しいかは筆者の力に余ることで、何れが正しいか判断いたしかねるが、 ﹁ 促 ﹂ の 字 と し た 方 が 文 意 に 合 するようである︵後述﹀から、以下、 ﹁ 促 ﹂ の 字 と し て お く 。 次に、宗祖が挙げられた右の文を品ごとに分類すると次の通りである。括弧の中は﹃妙法華経﹄ハ以下什訳と略称﹀ ( 82 ) の 品 名 で あ る 。 1 善 権 品 ︿ 方 便 品 ︶ 二関誤︵以下﹁閥誤﹂の二字を略す﹀ 2 応 時 品 ︵ 密 輸 品 ﹀ 3 信 楽 品 ハ 信 解 品 ﹀

4

薬 草 品 ︵ 薬 草 喰 品 ﹀ 5 五百弟子決品︿五百弟子受記品﹀ 6 授阿難癒云決品︿学無学人記品﹀ 7 薬 王 如 来 品 ︿ 法 師 品 ﹀

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8 七 宝 塔 品 ハ 見 宝 塔 品 ︶ 9 提 婆 品 ヲ 宝 塔 品 − 一 入 ル 誤 10 安 行 品 ︿ 安 楽 行 品 ﹀ 11 歎 法 師 品 ︵ 法 師 功 徳 品 ︶ 12 常 被 軽 慢 品 ︵ 常 不 軽 菩 薩 品 ﹀ 13 如 来 神 足 行 品 ハ 如 来 神 力 品 ﹀ 14 薬 王 菩 薩 品 ︵ 薬 王 菩 薩 本 事 品 ﹀ 妙 肌 菩 薩 品 ︵ 妙 音 菩 薩 品 ﹀ 15 16 ( 83 ) 光 世 音 普 門 品 観 世 2包 日 菩 薩 普 門 品

J 以 上 、 ﹃ 正 法 華 経 ﹄ ︵以下晋訳と略称﹀によって品名及び閥誤を数えると、十六品に亘って、二十四の闘誤が挙げ られる。宗祖はコ一十二誤﹂と言っておられるので、数が一致しないが、 ﹁ 薬 草 品 ﹂ と 、 ﹁ 五 百 弟 子 決 品 ﹂ の 最 初 の 一・文とは什訳と比較すれば、付加された部分ということになるので、宗祖は﹁誤﹂の中には数えられなかったかも知 れない。叉﹁己上閥四﹂の語の意味は不明である。 ﹃ 日 蓮 聖 人 註 法 華 経 ﹄ 上 九十一頁の欄外に 祖語か。但し、此説出所未だ検せず。叉健本には一より八までの番号を付せり。 と、編者は述べ、この﹁二十二誤﹂が祖語か否か疑っておられるのであるが、 ﹁ 私 集 本 ﹂ 上 二百九十二頁には 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀

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西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ 正 経 第 二 応時品 堪至無上正真之道 とあり、次の行には 侮頚云 迦業沈吟住於聖恵 とある。前者は大正・九・七三・中に見られ、後者は大正・九・七四・上︵但し、以棄沈吟 住於聖怒とある﹀に見 られる。その他晋訳を引かれた筒所が数多く見られるので、宗祖が晋訳と什訳を対照せられたのは間違いない所であ る。しかし、上述の﹁二十二誤﹂の中に﹁提婆品ヲ宝塔品ニ入ル誤﹂として挙げられているのに、﹃注法華経﹄の﹁提 婆逮多品﹂には﹁正云 党 志 品 ﹂ ︵ ﹁ 私 集 本 ﹂ 下 五百十二頁﹀と番かれている。随って、宗祖は﹁提婆品﹂が﹁宝 塔 口 問 ﹂ と 直 ち に 連 続 し て い る ﹃ 正 法 華 経 ﹄ ︿ 例 え ば 高 麗 版 ﹀ と 、 ﹁発志品第十二﹂等と番かれた本︿例えば宋本・宮 本等﹀の両本を見られたかどうか不審である。 宗祖は﹁二十二誤﹂と述べられているが、什訳に見られない部分まで含めて数えれば、二十四条となることは既に ( 84 ) 述べた如くである。よって以下、 一条ごと晋訳と什訳を比較して述べて見たい。そして、晋訳と什訳の対照は﹃党文 法 華 経 写 本 集 成 ﹄ ︵ 以 下 、 ﹃写本﹄と略称﹀の巻末にある﹃漢訳法華経﹄が大変に便利であるから、同書の巻・頁を 挙げ、﹃大正蔵経﹄における出典筒所の註は必要以外、なるべく省略した。﹃写本﹄を見れば、大正蔵経の巻・頁・段 が指摘されているからである。 正 経 善 権 品 闘 十 如 。 ハ 正 経 善 根 品 − 一 十 如 ヲ 閥 ク ﹀ 晋訳に十如のないことは周知の事で、今更述べる程のことはないが、 一 応 挙 げ て み よ う 。

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訳 什 所謂諸法。如是相。如是性。如是体。如是力。如是 作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究寛 等 。 訳 従何所来諸法自然。分別法貌衆相根本知法自然。 .mi: 回 写 本 &= 第 巻 閥 開 示 悟 入 。 ︿ 開 示 悟 入 ヲ 閥 ク ﹀ 乙 の 筒 所 は 次 の 通 り で あ る 。 什 訳 諸仏世尊。欲令衆生閲仏知見使得清浄故。出現於世。 ﹃ イ な し d 欲示衆生仏之見故。出現於世。欲入衆生悟仏知見故出 現於世。欲令衆生入仏知見道故。出現於世。舎利弗。 是為諸仏以一大事因縁故。出現於世。 二 頁 ﹀ 訳 普 円 以 用 衆 生 望 想 果 応 勧 助 此 類 出 現 子 世 。 動 晴 元 望 想 希 求 仏 懇 ︽ イ 懇 ︾ 出現於世。蒸庶望想如来宝決出現子世。以如来慧覚群生 想出現子世。示嬉民庶八正由路使除望想出現千世。以故 ︽ イ

a v

門 イ 本 袋 ︾ 当知。正覚所興悉為一誼 ( BS ) ︿ ﹃ 写 本 ﹄ 第 二 巻 九 頁 ﹀ 三 十 六 千 億 仏 ︵ 応 時 口 問 − 一 三 十 六 千 億 仏 ﹀ ハ ﹃ 写 本 ﹄ 第 三 巻 応時品 什 訳 我 背 曽 於 二 万 億 仏 所 。 西安草堂寺奉安の羅什像の原画と注法華経 m 若 杉 ﹀ 晋 訳 一 十 二 千 億 仏 。 四 頁 ﹀

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西 安 草 堂 寺 奉 安 の 患 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ で あ る 。 ﹁三十二千億仏﹂が﹃注法華経﹄に﹁三十六千億仏﹂とあるのは宗祖所覧本の誤か、或は示同の趣きであ ろ う 。 四 火 宅 五 車 ︿ 火 宅 ノ 五 車 ﹀ これは火宅の中の人数と、車の種類についてであろうか。 (i) 人数については 訳 一 百 二 百 乃 至 五 百 人 。 或 至 三 十 。 ︵ ﹃ 写 本 ﹄ 第 三 巻 什 〈首〉 車の種類については 皿 回 数 百 千 人 。 訳 ︵ 中 略 ﹀ 長 者 有 子 。 若 十 若 二 十 。 十 頁 ﹀ ( 86) 如此種種羊車。鹿車。牛車。今在門外。 E司 写 本 島ョ 第 巻 誕 日 当 賜 衆 乗 。 象 車 。 馬 車 。 羊 車 。 伎 車 。 十 一 頁 ︶ 什 訳 と あ る 。 五 信 楽 ロ 問 天 姓 ︵ 信 楽 品 ノ 天 姓 ﹀ ここでいう天姓についてはよく解らない。記してご示教を乞う。 訳

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.』.. ノ、 薬 草 喰 己 後 一 長 行 傷 頚 。 ︿ 薬 草 喰 己 後 − 二 長 行 ト 偏 頚 ア リ ﹀ こ と を い う の で あ る 。 これは什訳の薬草喰品の終った後、晋訳では更に﹁仏復告大迦葉﹂ ︿﹃写本﹄第四巻二十二頁

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二十八頁参照﹀因みに﹃添品法華経﹄は什訳に﹁瞥如日月﹂以 ︿ 大 正 ・ 九 ・ 二

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・中﹀以下の文が続いている 下 の 文 を 付 し て い る 。 ︿ 大 正 ・ 九 ・ 一 五 三 ・ 中 ー ー 一 五 五 ・ 上 ﹀ 七 五百品初長行傷煩︵五百品ノ初メユ長行ト偏頭アリ﹀ これは晋訳の初め︵大正・九・九四・下・十一行目︶から備の終り︵大正九・九五・中﹀までを指すのであろう。 ︵ ﹃ 写 本 ﹄ 第 六 巻 二

i

四 頁 参 照 ︶ 八 又同品迦葉汝己知五百自在者等一行半偏闘。 ︵マタ同品ニ﹁迦薬汝己知五百自在者﹀等ノ一行半ノ偏ヲ閥ク﹀ ( 81) これは什訳にある﹁迦葉汝己知 五百自在者 余諸声聞衆 亦当復如是 其不在比会 汝 当 為 宣 説 ﹂ ︵ 大 正 ・ 九 ・ 二八・下︾の文が晋訳に閥けていることを指している。 ︵ ﹃ 写 本 ﹄ 第 六 巻 十 頁 参 照 ︶ 九 叉繋珠喰閥︵マタ繋珠ノ喰ヲ閥ク﹀ これは有名な繋珠の響喰についてであるが、宗祖は晋訳に閥けていると述べておられるが、現行の晋訳には繋珠の 響 喰 は 閥 け て い な い 。 ︿ 大 正 ・ 九 ・ 九 七 ・ 中 ﹀ ︵﹃写本﹄第六巻・十一頁参照︶宗祖のご所覧本には閥けていたので あ ろ う か 。 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ︵ 若 杉 ﹀

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十 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ 阿難羅云決口問。新発意菩麗八万。︵阿難羅云決品−一﹁新発意ノ菩薩八万アリ﹂ト﹀ 。 。 これは什訳には﹁新発意菩薩八千人﹂とあるが晋訳には﹁新発意八万菩薩﹂とあり、この八千と八万の相違を指摘 し た も の で あ ろ う 。 ︿ ﹃ 写 本 ﹄ 第 六 巻 十六頁 参 照 ︶ 十 薬玉如来品誤︵薬玉如来品ノ誤﹀ これは短文であって、何の事かよく判らないが、前条において﹁八千﹂と﹁八万﹂の人数について問題とされてい るので、それに類同して考えれば、什訳に﹁於八十億劫﹂とあるが、晋訳には﹁若於十八億劫﹂とある数字に対する 相違を述べられたものと理解してよいであろう。 ︿ ﹃ 写 本 ﹄ 第 六 巻 二十七頁 参 照 ﹀ ( 88 ) 十 宝塔品有二誤。多宝如来説法華経。 ︵ 宝 塔 品 − 一 一 一 ツ ノ 誤 リ ア リ 。 多 宝 如 来 ﹃ 法 華 経 ﹄ ヲ 説 ク ﹀ これは晋訳に﹁為諸十方講説経法﹂ ︿ 大 正 ・ 九 ・ 一

O

二・下︶とあることを指したのであろうか。勿論、什訳には 見 当 ら な い 。 ︵ ﹃ 写 本 ﹄ 第 七 巻 頁 参 照 ﹀ ﹁ 二 誤 ﹂ に つ い て は 不 明 で あ る 。 十 多宝本願聞名利益誤︵多宝ノ本願ハ閲名利益トスル誤﹀ 晋訳について見るに、多宝如来の本願として、釈迦仏は大弁菩薩︿什訳の大楽説菩薩︶に次のように告げられてい る

円 イ 惜 ︾ 今見能仁如来正覚。本行学道為菩盛時。用衆生故不格身命。精進不僻権方便。布施持戒忍辱精進一心智懇。求頭

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惜 。 自 致 得 仏 。 ︿ 大 正 ・ 九 ・ 一

O

三 ・ 上 ﹀ 与頭。求限与限。求鼻与鼻。求耳与耳。求手足支体妻子侍従。七宝乗乗象馬衣装。国邑櫨豪。恋人所求。無所愛 右が多宝如来の本顕であるが、什訳には見られない。 については ハ ﹃ 写 本 ﹄ 第 七 巻 四 頁 参照﹀多宝如来及び多宝塔の出現 訳 ︿ イ な し ︾ 大楽説。今多宝如来塔。聞説法華経故。従地踊出。讃 言 善 哉 善 哉 。 一 晋 訳 一仏告大弁。今者多宝如来至真。在斯塔寺。遁聞説此正法 一華典。是以踊出。讃言善哉。 ハ﹃写本﹄第七巻五頁 什 参 照 ﹀ い る で あ ろ う 。 とあって、両者はほぼ同一であるから、多宝仏の本願とする処は最初に掲げた即ち什訳には見られない部分を指して ( 89) これについては、前述したので、繰返さない。 以提婆品入宝塔品誤︵提婆品ヲ以ツテ宝塔品ニ入ルノ誤︶ 十 四 十 五 安楽行品四安楽行闘誤︿安楽行品−一四安楽行ヲ閥クノ誤﹀ 四安楽行とは身・口・意・哲願の四安楽行を指す。什訳にはいうまでもないが、晋訳にも古拙ながらこの四安楽行 が述べられているので、両経を比較した︿﹃写本﹄第八巻 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 癒 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 彰 ﹀ 一 頁

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十三頁 参照﹀だけでは、聖意の存する処が測

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られない。後賢を期する所以である。 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 揺 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ 十 六 法師品有二誤。眼千二 八 百 余五千二誤 ︵法師品三一ツノ誤リアリ。限ハ千 八百。余ノ五ハ千二ノ 誤 リ ナ リ ﹀ 両訳を対照して六根の功徳を挙げれば次の通りである。晋訳の数は総列、括弧内は別列の数である。 1 2 3 4 5 6 什 訳 晋 訳 八 百 千二百 千 二 百 ︵ 八 百 ︶ 千二百 千 二 百 ハ 八 百 ﹀ ( 90 ) 限 八 百 千二百 鼻 耳 千二百 意 千二百 ︵ ﹃ 写 本 ﹄ 第 十 巻 一 頁

1

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十一頁 参 照 ﹀ 晋訳によれば、限根の功徳の数を八百、他の五根はすべて千二百︿但し総列﹀とし、什訳では限・鼻・身根の功徳 八 百 身 舌 千二百 八 百 の数は八百、耳・舌・意根の功徳の数を千二百としている。晋訳において、別列の数をとれば什訳と同じ数になる o 宗祖が﹁限千二﹂といわれたのは限根の功徳の数を千二百と見られたのであるうか。とすれば宗祖の読まれた普訳は 大正蔵経本とは異った経典ということになる。また﹁魚五ハ千二百﹂といわれたのは総列における数のみの比較であ ろ う 。

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十 七 Z 9 4 H 促経功用三十三天誤︵経ノ功用ヲ促グシテ三十三天トスル誤﹀ 什訳は﹃法華経﹄を受持・読・諦・解説・書写する功徳によって、肉眼による所見の範囲を﹁下至=阿鼻地獄、上至= 有頂−。﹂とするが、晋訳は﹁三十三天﹂とする。即ち什訳によれば、上は色究覚天・或は無色界の悲想非非想処にま で及ぶが、晋訳では六欲天の第二・切利天までであって、両訳を比較してみると、功徳の及ぶ範囲に遠近の差がある ことは明瞭であり、この点について、宗祖は晋訳を誤りとされたものであるう。 ︵ ﹃ 写 本 ﹄ 第 十 巻 頁 参 照 ﹀ 十 八 不軽生報閥日月灯明︿不軽ノ生報−一日月灯明ヲ閥ク﹀ 両訳を対照してみると 什 命終之後。得値二千億仏。皆号日月灯明。於其法中。 説 是 法 華 経 。 訳 ︵﹃写本﹄第十巻十六頁参照﹀ ,;m: 同 訳 ( 91 ) 時彼大士寿没之後。便値二十百千億如来正真。此諸世尊 となる。什訳は﹁日月灯明﹂と固有名詞を挙げているが、晋訳はただ﹁如来正真﹂といって固有名詞を挙げていな ぃ。これを宗祖は﹁日月灯明ヲ閥ク﹂と述べられたものであろう。 十 九 神力品中惣一種。別出九種誤︿神力品−一惣ニテハ一種、別シテハ九種ヲ出ス誤﹀ 如来の神力について、什訳は長行に十種、晋訳は五種を出す等の相違が見られるが、聖文には合致しない。その他 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 鰻 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀

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西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 商 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ あれこれと考えても充分には理解し難い。宗祖のご所覧本は現行の晋訳と異ったものであるうか。別の機会に改めて 考 究 し て み た い 。 二 十 薬王品有二誤。定力紙身不言焼皆誤︵薬王品三一ツノ誤リアリ。定カモテ身ヲ依キ、骨ヲ焼クヲ言ハザル誤 リ

J こ れ は 什 訳 で は ﹁ 然 = ︵ 燃 ﹀ 百福在厳智こ の 言 が あ る が 、 晋訳には見られないことを指すのであろうか。 ︵ ﹃ 写 本﹄第十一巻 十一頁 参 照 ︶ 二 十 十 誤 鵬 首 喰 一 闘 不 具 誤 。 ハ 十 誤 ︹ 恐 ら く は 喰 の 誤 り ︺ ノ響喰ノ−ヲ蹴キテ具セザル誤リ﹀ ( 92 ) 什訳によれば﹃法華経﹄の諸経中において、第一・最上等であることを示すに十喰を以ってしているが、この十喰 中の第五喰の 又 如 三 諸 小 玉 中 。 転 輸 聖 最 為 コ 第 一 − 。 此 経 亦 復 如 レ 是 。 於 − − 衆 経 中 − 。 最 為 − − 其 尊 − 。 ︿ ﹃ 写 本 ﹄ 第 十 一 巻 十三頁 参 照 ﹀ に相当する経文が、晋訳に見当らないことを指したものであるう。 二 十 二 妙音有二誤。妙音師弟長短不准誤︵妙音三一ツノ誤リアリ。妙音ノ師弟長短准ゼザル誤︶ ﹁妙音品﹂における身長について

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イ 十 訳 一又卿本体高四万二千輸旬 o 而 我 現 身 八 万 四 千 輸 旬 。 ︵﹃写本﹄第十一巻十八頁 晋 訳 而汝身四万二千由旬。我身六百八十万由旬。 参 照 ﹀ と あ る o 即ち浄華宿王智仏の身長は什訳では﹁六百八十万由旬﹂であるが、晋訳では﹁八万四千由旬﹂であり、妙 音菩薩の身長は両訳とも﹁四万二千由旬﹂であって同じである。弟子たる妙音菩薩の身長は両訳とも一致しているの に、師たる浄華宿王智仏の身長は一致していないので、この点を宗祖は﹁不准﹂と述べられたのであろう。 二 十 三 三 十 四 身 多 有 欠 減 誤 。 。 二 十 四 身 多 ク 欠 減 ア ル 誤 リ ﹀ 妙音菩薩︵妙札菩薩﹀の変化身について比較するに︵但し観音品に順じて整理する﹀ A 什 聖 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四 訳 晋 訳 く,3)

1 仏形 2 菩薩形 3 僻支仏形 4 戸間形 天 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六 仏色像 菩薩身 縁覚 声聞 B 五 1 党王身 党天 天帝 2 帝釈身 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 題 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀

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西 安 草 堂 寺 奉 安 の 愚 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ 3 自在天身 4 大自在天身

5

天大将軍身 尊 豪 将 軍

6

昆沙問身 息 意 天 王 ︵ ? ﹀

c

人 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六 1 転輪聖王身

2

小 玉 身 3 長者身 4 居士身

5

宰官身

6

婆羅門身 _._ ノ、 転輪聖主 散小王 長者 尊者 ( 94 ) 党 志 ・ 沙 門 ︿ ? ﹀

D

四 衆 身 ・ ・ : ・ ・ 四 四

1

比丘身 2 比丘尼身 比 丘 比丘尼 3 優婆塞身 清信士 清信女

4

優婆夷身 E 婦 女 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四 1 長者婦女身 四 長者婦人

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2 M m 土婦女身 3 宰官婦女身 4 婆羅門婦女身 宮 人 ︿ ? ﹀ 嫁女・貧践女 F 童 子 身 ・ 1 章男身 ﹀男女大小 2 童女身 G 八 部 身 : : : 八 − 天 身 2 龍身 3 夜叉身 4 乾閥婆身 5 阿修羅身 6 迦楼羅身 7 緊那羅身 8 摩服羅伽身

H

その他 於王後宮変為女身

. . . . . . . . . .

・ ・ ・ ・ ・ 四 ? ( 95 ) 阿須倫 迦留羅 真陀羅 摩 休 勤 ハ 人 非 人 ︶ 入中官化皇后形 ︵ ﹃ 写 本 ﹄ 第 十 一 巻 二 十 二 頁 参 照 ﹀ 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 患 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ︿ 若 M V ﹀

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西 安 草 堂 寺 奉 安 の 揺 什 像 の 原 画 左 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ と な る 。

H

のその他を除いて計えるに、什訳は三十四身を挙げ、晋訳は二十九身︿人非人を除く﹀を挙げている。 宗祖が﹁多有依減﹂と言われたのは両訳を対照するに出没ただならぬ状態を指したものであるう。 二 十 四 観音品三十三身多闘不満誤︵観音品ノ三十三身多ク閥キテ満タザル誤リ﹀

A

聖身 1 仏身 訳 観世音菩薩︵光世音菩薩﹀の変化身について両訳を比較すると mt. 回 訳 B 2 畔支仏身 3 声聞身 天 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六

1

党天身

2

帝釈身

3

自在天身

4

大自在天身 5 天大将軍身 6 批沙門身 四 仏身 菩薩形像 縁覚 声聞 ( 96 ) : ・ 一 一 一 ハ イ な し ︶ 党天像 天帝像 将軍像

(19)

c

人 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 五 1 小 王 身 2 長者身 3 居士身 4 宰官身 5 婆羅門身 D 四 衆 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四 1 比丘身 2 比丘尼身

3

優婆塞身 4 優婆夷身 E 婦 女 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四 1 長者婦女身 2 居士婦女身

3

宰官婦女身 4 婆羅門婦女身 F 童 子 身 ・ 1 童男身

党志像

沙門像 ( 91) 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀

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2 童女身 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ G 八 部 身 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 八 1 天

2

龍 3 夜叉 4 乾悶婆 5 阿修羅

6

迦楼羅

7

緊那羅 8 摩 限 爆 伽 ︵ 人 非 人 ﹀ H 金 剛 身 ・ ・ ・ ・ 1 執金剛身 その他

挺沓和像 ( 98 ) 金剛神

. . . . . . . . . .

・ ・ ・ ・ 九 鬼神像 豪尊像 犬神妙天像 転輪盟主 殊特像

(21)

反足羅利像 隠 士 独処仙人 僅儒像 ︵﹃写本﹄第十二巻 四 頁 参 照 ﹀ となる。即ち什訳では三十三身を挙げるに、晋訳は二十身である。什訳の童男・童女身は晋訳の僅儒像に対応する かも知れないが、強いて対応を求めなければ、前掲の如く、その対応の多くは甚だ求め難いのである。この点を宗祖 は﹁三十三身多閥不満﹂と述べられたのであろう。

( 99) 以上、晋訳と什訳を比較対照してみたが、 ﹃添口問法華経﹄の序にいわれているように、晋訳と什訳の党本はその伝 流を異にしたものであろう。随って、什訳を主として晋訳と比較し、直ちに晋訳を誤りと極めつける訳にはいかない であろう。現代の比較文献学の立場は伝流を異にした党本を検討する立場において成立する。しかし、宗祖は 釈 尊 ||天台||伝教 という外相承を主張せられ、天台教学にその教学の基盤を置かれたから、当然、什訳に拠られた 得ているとはいい難いのである。叉、宗祖は晋訳に対し、 のである。什訳の立場から晋訳を批判されたのもここにその根拠がある。これを文献学立場から云々することは当を ﹁二十二誤﹂を指摘されておられるが、その一一について は、前述したように、什訳に対し、晋訳の増補、或は閥落、或は数字等の相違が見られる。ここに宗祖の﹃妙法華経﹄ 西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ︶

(22)

西 安 草 堂 寺 奉 安 の 羅 什 像 の 原 画 と 注 法 華 経 ハ 若 杉 ﹀ に対する信頼の程が窺われるのである。我々が亦﹃注法華経﹄を草堂寺に奉安したのもそこにその意図があるのであ る。宗祖の指摘された﹁二十二誤﹂について、ニ・三究明しきれなかった処もあるが、これは後日の研究に侯っとし て 、 一 応 こ れ に て 摘 筆 す る 。 (100)

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