コンクリート打ち放しのモダニズム建築における耐震改修案の分析
田中 和幸
*On the Analysis of Seismic Retrofitting Proposal
of Modernism Architecture to Exposed Concrete
Kazuyuki TANAKA
*The Otaki town office was completed in 1959 in Otaki town, Chiba prefecture. The building is reinforced concrete construction two-stories, designed by architect Kenji Imai who was the professor of Waseda University. The exterior of the building is an exposed concrete, known as one of the Japan's most modernism buildings, was awarded The Prize of AIJ (Architectural Institute of Japan). The building was a beautiful design, but leakage occurred due to insufficient maintenance and the floor space became small due to the increased work volume. The plan to rebuild was issued there, but the value of the building was reconsidered and decided to continue to use, in 2008, the competition to restore the original town office and construct a new town office was implemented. The 104 proposals applied for the competition, the proposal of Chiba Manabu Architects won and the construction was done. In this paper, we focused on the seismic retrofitting of the original town office from 104 proposals, investigated what kind of reinforcement method was proposed, and analyzed the result.
Keywords: Conservation & Restoration, Exposed Concrete, Seismic Retrofitting, Modernism architecture
(2行あける)
1.はじめに
近年、我が国において、戦後に竣工した鉄筋コンクリー ト造(以下、RC 造という)のモダニズム建築が、近代建 築 と し て 明 確 な 位 置 づ け が な さ れ る よ う に な り 、 DOCOMOMO Japan1)の選定(写真1)を受けるものや、文 化財保護法のもとにおいて価値が認められ文化財(写真2) となるケースが増加している。 このように、モダニズム建物の価値が認識されるように なってきた一方、風雨にさらされ続けている建物は、維持 するための改修が必要となる。ところが、歴史的な価値が 認められたモダニズム建築に対しては、当初の設計コンセ プトや設計者の意図を汲む必要あることはもちろん、今日 までの変遷において行われてきた増改築をどのように捉 えるべきであるかなど、改修を行うさいには様々な問題を 解決する必要がある。 また、地震国である我が国においては「建築基準法」の 構造基準が見直されると、耐震性能を満たすために既存の 建物へ補強することが求められる。その場合には、補強部 材の付加や新たな部材に置換させるが、それに伴い建物の 歴史的価値や文化財的価値が失われることは避けなけれ ばならない。 筆者は、近代のRC 造建築における保存・修復の研究を 進めるなかで、耐震補強の在り方について論考2)してきた が、そこでの対象は、RC 造の躯体に仕上げ材料を施した ものであった。ところが、近年はRC 造の躯体に仕上げ材 料を用いない、コンクリート打ち放しのモダニズム建築が 保存の対象となっており、近代RC 造建築に対する新たな 修復方法を提案する必要があると言える。 写真 1 ドコモモの選定を受け た伊賀市庁舎 写真 2 国指定重要文化財の平 和記念資料館 *近畿大学工業高等専門学校 総合システム工学科都市環境コース(建築系)以上の背景を踏まえ、本稿では、我が国のRC 造モダニ ズム建築のうち、コンクリート打ち放しにおける耐震補強 の在り方について考察する。 なお、歴史的建造物の修復では、それぞれの建物にあっ た改修提案が求められ、修復方法を比較することに意味が あるのか疑問視されることがある。そこで、本稿において は、平成20 年に実施された千葉県大多喜町役場の改修を 対象とした公開プロポーザルに着目し、提出された104 案 の耐震補強について分析を行った。
2.大多喜町役場について
2.1 敷地と中庁舎 大多喜町役場は、千葉県夷隅郡大多喜町93 番地にある。 この付近は、夷隅川が大きく蛇行する内側に位置しており、 そこには街道が敷かれ、大多喜の城下として栄えた町並み が残されている。なお、大多喜城が設けられている西側は 高台となっており、そこから東側に流れる夷隅川へ向かっ て地盤が大きく傾斜し、その途中に大多喜町役場がある (写真3)。 大多喜町役場の中庁舎はRC 造 2 階建て、早稲田大学教 授の今井兼次の設計によって、昭和34 年に竣工した。中 庁舎は、傾斜した敷地を活かした設計で、1 階へは道路面 からアプローチし、傾斜した地盤にあわせて階下が設けら れている。建物の規模は、梁行き12m とし、これが桁行き 方向に4m ピッチで 15 スパン並んでおり全長が 60m とな っている。建物の外壁は、コンクリート打ち放しを基本と しながらも、妻壁などには房州石が用いられている(写真 4)。 また、内外部には手仕事による造作が随所に施されるな ど大多喜町役場の中庁舎は、戦後の日本を代表するモダニ ズム建築として日本建築学会の作品賞を受賞し、当時から 建物に対する価値が非常に高かったことがうかがえる。 ところが、経年劣化によって建物が劣化し、雨漏りが目 立つようになってきた。また、業務内容の増加によって建 物の床面積が不足するようになったことを受け、建て替え の声が出始めたものの、建物の価値が見直され保存の方向 へと進んで行った。 2.2 改修条件と 104 件の提案 大多喜町では改修にあたり、平成 19 年に庁舎建設検討 委員会が設置され、そこで示されたプロポーザルの理念は、 二つあり、既存の中庁舎については「ア」が該当する。 ア. 現在の庁舎は、昭和 34 年 1 月に竣工したもので、設計 者は早稲田大学教授の今井兼次氏です。この建物は、近代建 築の思潮を表した建物として昭和34 年度の日本建築学会作 品賞を受賞しています。また、平成20 年度には DOCOMOMO・ JAPAN による選定建築物となりました。このことから、現庁 舎の改修に当たっては、原設計のオーセンティシティ 3)に最 大限配慮することとします。 イ. 新たに増築する建物については、現庁舎との調和に配慮 するものとします。また大多喜町歴史的景観条例(平成11 年 条例第15 号)4)の目的に沿った計画とし、歴史的景観や町並 みに配慮するとともに自然景観と調和した建物とします。 平成20 年 12 月に公募が始まり、104 件の応募があり提 案者を一覧に示した(表1)。 表 1 提案者一覧 No. 提案者名 1 株式会社 格設計 2 小林克弘+デザインスタジオ建築設計室 3 若松久男建築研究所一級建築士事務所+早坂建築設計事務所+株式会 IAU 一 級建築士事務所 4 株式会社 大井立夫設計工房 5 株式会社 エイプラス・デザイン 6 入江正之+I.N.Y 設計グループ 7 株式会社 アプルデザインワークショップ 8 有限会社 鈴木元晴設計室 9 ㈱イトレス&ACD・㈱榎本・㈱堀江・㈲EOS PLUS 設計連合 10 株式会社 アズ・インスティテュート 11 やなぎさわ建築設計室 一級建築士事務所 12 株式会社 千町村建築研究所 13 東西建築サービス 株式会社 大阪本社 14 一級建築士事務所 有限会社 S.O.Y. 建築環境研究所 15 一級建築士事務所 有限会社 岡部則之計画工房 16 株式会社 UCA 都市・建築・設計事務所 17 株式会社 サラデザイン 一級建築士事務所 18 株式会社 フォルムス 一級建築士事務所 写真 4 大多喜町役場の中庁舎(左:傾斜地を活かした階下、右: 妻壁に用いられている房州石) 写真 3 大多喜城から見下ろした大多喜町役場と夷隅川 夷隅川 大多喜町役場19 有限会社 岸設計事務所 20 株式会社 森下建築総研 21 清正崇建築設計スタジオ 22 株式会社 マニフィールド 23 小堀哲夫+久保田街香 建築設計企業体 24 株式会社 設計・計画 高谷時彦事務所 25 J.M.M+ユニットエヌ 設計共同企業体 26 株式会社 昭和設計 27 TASS 建築研究所+熊本大学田中研究室 28 株式会社 JWA 建築・都市設計 29 株式会社 根路銘設計 30 株式会社 石上純也建築設計事務所 31 株式会社 ジョージ国広建築都市研究所 32 株式会社 遠藤克彦建築研究所 33 マナ建築設計室 有限会社 34 戸室太一建築設計室 35 中村研一建築研究所+大沼建築・環境計画事務所 36 一級建築士事務所 NIIZEKI STUDIO 37 株式会社 近藤哲雄建築設計事務所 38 エンジンアーキテクツ 39 千葉学建築計画事務所 40 株式会社 山本・堀アーキテクツ 41 株式会社 妹島和世建築設計事務所 42 株式会社 高階澄人建築事務所 43 金子設計 44 株式会社 オデッセイ オブ イスカ 45 株式会社 アマテラス都市建築設計 46 K2PLAN 本多建築設計事務所 47 株式会社 青木茂建築工房 48 新堀アトリエ一級建築士事務所 49 株式会社 松永巌 都市建築研究所 50 ところさわ一級建築士集団株式会社 51 宮﨑 均/株式会社 REP 研究所 52 tai_tai STUDIO + HIS 設計共同体 53 株式会社 前川建築設計事務所 54 林 寛治設計事務所 55 株式会社 フリークス 56 株式会社 セット設計事務所東関東支店 57 フューチヤースケープ建築設計事務所 58 株式会社 三上建築事務所 59 株式会社 桑田建築設計事務所 60 有限会社 竹山実建築綜合研究所 61 安部・正木・倉本・光嶋設計共同体 62 株式会社 みかんぐみ 63 A+A 建築企画設計事務所 64 川島真由美建築デザイン + タニグチアトリエ(JV) 65 有限会社 荻津郁夫建築設計事務所・株式会社 ジャスト JV 66 株式会社 NTT ファシリティーズ 67 株式会社 藤木隆男建築研究所 68 株式会社 高塚章夫建築設計事務所 69 株式会社 アイエムエー都市建築研究所 70 平子直子建築設計事務所 71 ペリクラークぺリアーキテクツジャパン 72 株式会社 ファレ建築設計 73 一級建築士事務所 株式会社 K 計画事務所 74 株式会社 コンテンポラリーズ 75 設計共同体 チームふじみ 株式会社 篠田義男建築研究所+有限会社 左 知子建築設計室 76 株式会社 隈研吾建築都市設計事務所 77 有限会社 NAP 建築設計事務所(中村拓志)+磯野智由 78 IMU・dpa 設計企業共同体 79 株式会社 山口誠デザイン 80 株式会社 建築設計社 81 株式会社 塩塚隆生アトリエ 82 有限会社 マジックバス・ビルディングワークショップ 一級建築士事務 所 83 株式会社 古市徹雄都市建築研究所 84 有限会社 久保寺敏郎都市・建築設計事務所 85 株式会社 針生承一建築研究所 86 東西建築サービス株式会社 東京本社 87 株式会社 佐々木設計事務所 88 株式会社 シーラカンス アンド アソシエイツ 89 有限会社 野沢正光建築工房 90 O.F.D.A. 有限会社 坂牛卓 一級建築士事務所 91 森田建築設計事務所 92 一級建築士事務所 パワーアーキテクツ RUTA 設計共同体 93 株式会社 田中雅美建築設計事務所 94 一空建築工房 JV 95 株式会社 菊竹清訓建築設計事務所 96 株式会社 国設計 97 株式会社 プラネットワークス 98 株式会社 村松デザイン事務所 99 aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所 100 株式会社 加藤建築設計事務所 101 長谷川逸子・建築計画工房 株式会社 102 平瀬アトリエ一級建築士事務所 103 納谷建築設計事務所 104 株式会社 スタジオ建築計画
審査結果は、最優秀がNo.39、優秀が No.6、No.77、入選が No.41、No.99、準佳 作がNo.7、No.8、No.10、No.12、No.20、No.24、No.27、No.32、No.43、 No.49、No.70、No.71 で、該当者の欄はゴシック体で示した。 平成21 年 4 月 18 日に公開審査会が行われ、同年 6 月 12 日から 21 日にかけて、全ての案が大多喜町役場で一般 公開された(写真4)。ちなみに、事業費は 7 億円と見積も られていた。 2.3 千葉学建築計画事務所の設計案 応募作品の中から最優秀に選出されたのは、千葉学建築 計画事務所の設計案(以下、千葉学案という)であった(写 写真 4 一般公開された 104 件の応募案(左:全景、右:準佳 作) 写真 5 最優秀の千葉学案
真5)。 千葉学案では、今井兼次が設計した中庁舎を保存させる ために4 つの項目を掲げている。 まず「装飾とサッシ」については、劣化したサッシを当 初のイメージを踏襲し自然換気に配慮したスチールサッ シに置換するとしている。そして「バリアフリー計画」で はスロープとエレベーターを設置し、「空調設備、照明計 画」においてはオリジナルの照明を活かしながら適正な照 度を確保する計画とし快適な空調を設置し省エネルギー に努めるとしている。さらに「構造」については、床スラ ブの改修と中性化を抑制しながらオリジナルのイメージ を崩さないよう耐震壁を配置するとしている。 なお、千葉学案での事業予算は、合計6 億 5 千 2 百万円 で、中庁舎修復には1 億 8 千万円を、本庁舎新築には 4 億 7 千2百万円を見込んでいた。ちなみに、竣工した本庁舎 は鉄骨造2 階建てで、間口奥行きとも 30m の正方形平面 とし斜め方向の梁が交差する構造で、外壁には亜鉛メッキ 鉄板張りが用いられている(写真6)。
3.応募案にみる耐震補強について
3.1 具体例の有無 大多喜町役場では、事前に耐震診断を行い補強の必要性 が示されていた。そして、応募条件では「既存庁舎の本質 を活かしながら耐震補強と改修をし、不足する機能を増築 によって補う内容であった。設計の理念は、簡潔であるが ゆえに、参加者にとっては想像力を働かせる余地がたくさ ん残されていた」5)と記され、もちろん補強方法について も提案者への期待が高かったことがうかがえる。 ここでは、全応募作品の補強方法について分析を行い、 一覧へ示した(表2)。 まず、104 案に対して具体的な補強 方法の提案がなされていたものは 63 件で、表2 の「具体例」に「有」と記 した6)。ちなみに、具体例が示されて いない割合は約 4 割にのぼった(図 1)。 表 2 補強方法の一覧 No. 具体 例 柱 壁 梁 床 他 No. 具体 例 柱 壁 梁 床 他 1 有 壁 53 2 有 壁 54 有 壁 3 有 免震 55 4 有 壁 56 5 57 有 壁 有 6 58 有 壁 7 59 8 有 柱 60 有 壁 軽量 9 有 壁 61 有 メガ 10 62 有 免震 11 有 壁 軽量 63 有 壁 12 64 有 メガ 13 有 壁 65 有 壁 有 14 66 有 壁 15 有 壁 有 メガ 67 有 特殊 16 68 有 メガ 17 69 18 70 有 壁 19 71 有 柱壁 有 20 72 21 有 壁 軽量 73 22 74 有 メガ 23 有 壁 75 有 壁 24 有 壁 有 76 有 特殊 25 有 壁 軽量 77 26 有 壁 有 特殊 78 27 コア 79 28 80 有 壁 29 81 30 有 壁 82 31 83 有 壁 32 有 壁 84 有 壁 33 有 柱壁 有 85 有 柱 34 有 壁 86 有 壁 35 有 壁 軽量 87 有 メガ 36 有 壁 88 有 壁 37 有 メガ 89 38 有 壁 90 有 壁 有 39 有 壁 有 91 有 壁 40 92 有 壁 41 有 壁 93 42 94 有 壁 43 有 壁 95 44 96 45 有 柱 97 有 コア 46 98 47 有 柱壁 有 99 有 壁 48 100 有 壁 有 49 有 壁 有 101 50 有 壁 102 有 コア 51 103 有 壁 52 104 有 壁 特殊 ゴシック体の欄は受賞作品を示す。 3.2 具体的な補強方法 ここからは、補強の具体例が示されているものについて 解説する。RC 造の耐震補強では、既存の柱を巻きたてる 構法をはじめ、新設の耐震壁を設けることや既存のRC 壁 を増し打ちすることが広く普及している。104 案のうち、 壁の補強を提案しているものは「壁」、柱の補強を提案し ているものには「柱」、柱と壁の両方を補強するものには 「柱壁」と、表2 へ記した。また、梁と床について補強の 写真 6 竣工した新庁舎(左:外観、右:内観) 有 61% 無 39% 図 1 補強方法の 提案の有無提案がなされているものについては「梁床」の欄へ「有」 と記した。なお「壁」を補強する提案は45 件あり、「柱」 は3 件、「柱壁」は 3 件、「梁床」は 12 件であった。 次に、柱と壁以外の補強案を抽出し、個々の特徴につい て解説する。まず、既存の建物を地震の揺れから守るため に、大きな部材を取り付けるメガストラクチャーについて は、表2 の「他」の欄へ「メガ」と記し、それぞれの提案 を抜粋した。 No.15 は「水平制振装置を中間 層に設置する案を提案します。装 置は中央通路部の橋梁部下側に南 北2 箇所を想定し、東側の層間変 形を低減する為に北面に水平ダン パーを外部に1箇所設ける方法」 を提案している(図2)。 No.37 は「耐震要素を一箇所に 集中し共有することで、開放的な ワンルーム空間を実現します。繊 細なフレームですが、立体的に組 まれることで強固な構造となり、 耐震要素自体も明るく透明な空間になるよう考えました」 としている(図3)。 No.61 は「北側駐車場レベル から現庁舎1階床レベルおよ び屋上階床レベルに鉄骨ビー ムを伸ばし、現庁舎のほとんど の地震力を北側駐車場レベル の地盤に伝達する」としている(図4)。 No.64 は「建物外部に補強部材(壁・ バットレス等)を追加する手法の方を選 択しました。さらに外部補強部材で現在 の意匠が損なわれないように、今回は補 強+増築という点を活かして、増築部自 体が補強部材の役割を果たす計画」を提 案している(図5)。 No.68 は「高強度鋼材による耐震フレームによって既存 建物を覆い、制震ダンパーを介して既存の構造体と接続す ることにより、揺れを制御しながら、耐震フレームに地震 力を負担させます。こうして 新しい外皮を作ることで、老 朽化した外壁保護し現庁舎に おける内部空間を損ねること なく耐震性能を向上」させる 提案をしている(図6)。 No.74 は「新庁舎南側の二つの蔵は旧庁舎のための耐震 補強コア(RC 造)でもあり、剛床連結スラブで旧庁舎と 緊 結 さ れ る こ と で、旧庁舎の南側 フ ァ サ ー ド に は 耐 震 壁 を 増 設 せ ず と も 十 分 な 強 度が確保される」とする提案を行っている(図7)。 No.87 は「北側に新設杭基礎を 含めて高い耐震性能を持つサー バントボリュームを付加し、既存 庁舎の内部空間を構造・間取りよ り解放し、一体的な空間利用を実 現する」と提案している(図8)。 続いて、既存建物の構造の流れを変える 方法として、建物内のコア部分に力を集中 させる補強については、表2 の「他」の欄 へ「コア」と記し、各提案について抜粋す る。 No.27 は「コア型の耐震補強と新しい内 部空間の創出」としるされている(図9)。 No.97 は「近代建築のユニバーサルスペ ースがより現代の状況にフィットするよ う、耐震コアをランダムに 設置することで、耐震性を 持たせながら、より大きく 連続するスペースを実現」 とする提案である(図10)。 No.102 は「将来の庁舎機能 や町民活動の変化に備えて、必 要最低限のコア部分を適材適 所に設けます。コア部分は半透 明あるいは不透明な BOX と し、現庁舎では原設計の空間性を保ちつつ耐震補強の役割 を果たします」と提案している(図11)。 さらに「メガ」と「コア」には当てはまらない特別な補 強については表2 の「他」の欄へ「特殊」と記し、各提案 内容を抜粋する。 No.26 は「外周には耐震壁を一切設けず、内部の耐震補 強やオリジナルに近いスチールサッシを耐震要素として 応用する方法」を提案している。 No.67 は「建物全体のオープンフレームに、『鉄骨(厚 保肉フラットバー)の箍(タガ)』をはめる緩やかな耐震補 強」を与え、オリジナルのラーメ ン構造の(局所的でない)全体的 な耐震性能を高めます。つまり、 外科的、局所的構造補強ではな く、いわば『漢方的穏やかな処 図 2 No.15 の補強案 図 3 No.37 の補強案 図 4 No.61 の補強案 図 5 No.64 の補 強案 図 6 No.68 の補強案 図 7 No.74 の補強案 図 8 No.87 の補強案 図 10 No.97 の補強案 図 11 No.102 の補強案 図 12 No.67 の補強案 図 9 No.27 の 補強案
方』を施すものなのです。この補強は、躯体とサッシのわ ずかな隙間に隠れ、オリジナルの美しいサッシワークの復 元を可能にします」と提案している(図12)。 No.76 は「空間性や 機能性を損なわない鉄 骨フレームの耐震補強 とし、原設計を尊重す るデザインとします」 と提案している(図13)。 No.104 は「新規に 耐震壁を設けるので はなく、スティール サッシュと厚板ガラ スによるハイブリッ ド耐震壁の補強を提案」するとしている(図14)。 「他」に記した「メガ」と「コア」ならびに「特殊」の 合計数は14 件で、その割合は 13%に留まる。 その一方で柱と壁を耐震補強する提案数は51 件で、そ の割合は49%である。さらに、具体例のないものが 41 件 あり、その割合は39%を占める。これについては、大多喜 町役場が行った耐震診断結果から、壁や柱を補強する一般 的な方法であると推察でき、前述の柱と壁を補強する49% と併せ、合計で88%にのぼることが判明した7)。 4.「ヴェニス憲章」に照らし合わせた補強 筆者は、これまで歴史的建造物に関する保存・修復の研 究を進めてきた。そのなかで、仕上げ材料が施されている 近代RC 造建築の耐震補強については、歴史的建造物の保 存・修復の世界的な指針である「ヴェニス憲章」に照らし 合わせて考察したところ、鋼材を用いて個々の建物にあわ せたオリジナルの補強が有効であると述べてきた8)。 全ての提案者に対して、オリジナルの補強を提案してい るものは14 件で、建物や周辺環境を意識してデザインし た壁補強を提案している3 件を加えても 17 件に留まり9)、 その件数は限定的であることを踏まえれば、実際の修理工 事では建物に合わせ考案したオリジナルの補強を行うこ との難しさがあると推察される。 提案者のなかには「改変を避け、損壊を避けるには免震 が望ましいが、免震設計には、低層で桁方向に長く柱も多 くコスト的には不利で、現予算内では困難と考えます」10) とする意見が記されており、厳しい予算のなかで工事を進 めなくてはならない背景があると言える。また「ヴェニス 憲章」には、工事によって付加されたものは全体と調和し なくてはならない11)とも記されており、このことに対する 難しさがあることも否めない。 その一方で、通常の建物で採用されている壁の補強の提 案数は最多であった。鋼材を用いた壁の補強では区別でき る可能性が高いが、RC 造による壁補強は、当初と後補の 区別が付き難いことを、筆者の論考では示していた12)。 ところが、かつてのコンクリート型枠は小幅板を組み合 わせて施工されていたものの、現在は木製のコンクリート パネルを用いることが多く、板の継ぎ目が少なく表面も滑 らかである。このような型枠の違いから、脱型後のコンク リート表面に写し出させる木目によって後補の部分を区 別できることが現地調査によって確認できた(写真7)。
5.まとめ
今回は、大多喜町役場の中庁舎を対象とした耐震改修案 について分析したところ、一般的な壁の補強にコンクリー トを用いても、仕上げ材料のないコンクリート打ち放しの 場合には「ヴェニス憲章」に記されている後補材を区別で きるとする概念に適合することが判明したことをうけ、近 代RC造建築における耐震補強のあり方に一考を加える必 要があると言える。 ただ、104 件の提案のなかに、オリジナルのコンクリー トを撤去する案が5 件ある13)。No.60 が「北側の外壁や内 部の隔壁を一部取り除いて建物を軽量化し」と提案してい るのに始まり、No.11 は「建物にかかる地震力を軽減する ために不要な庇等を撤去して躯体を出来るだけ軽くしま す」とし、No.21 は「低層建築物なので、まずはトップラ イトの新設等により、屋根荷重を減らして、躯体のみで耐 震性能をアップさせます」としている。さらに No.25 は 「新たなプランによる建築計画の要求に応え、必要でない 壁は撤去します」とし、No.35 は「柱や外壁はできるだけ 現在の姿を残していきたいと考えています。一方1 階のフ レキシビリティを高めるためには躯体による固定的な壁 は減らすことが望ましく、地階は現況の壁を利用して壁の 補強を進め、1 階は残す壁を集約的に補強する」としてい る。 建物の自重を減らし地震力を軽減させる為に有効な方 図 13 No.76 の補強案 図 14 No.104 の補強案 写真 7 コンクリート打ち放しの区別(左側:当初、右側:後補)法ではあるが、「ヴェニス憲章」では当初材を重視してい る14)ことを踏まえれば、大多喜町役場の中庁舎の構造体で 使われているRC 造も例外とはならない。今後増加するで あろう、近代RC 造モダニズム建築の修復では、当初材の 扱い方や後補材の区別と調和について理解し工事を進め ることで「ヴェニス憲章」に記されている建物のオーセン ティシティが守られると言える。 注
1)International Working Party for Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of the Modern Movement の頭文字とったもので、近代建築の記録と保存 を目的とした国際学術組織で、現在はフランスのパリに本部が 置かれている。 2)拙稿「近代日本の RC 造建築における修復技術と理論に関する 研究 -ヴェニス憲章にみる構造補強の区別について-」『日本建 築学会計画系論文集』、pp.495-503、2011.2。 3)田原幸夫『建築の保存デザイン』、学芸出版社、2003.6。 4)「大多喜町歴史的景観条例」における事業者の責務として、 以下の項目を掲げている。 (町民及び事業者の責務) 第 4 条 町民及び事業者は、自ら景 観形成の主体であることを認識し、積極的に景観形成に寄与す るよう努めるとともに、町、その他町の機関が実施する景観形 成に関する施策に協力しなければならない。 5)金出ミチル『大多喜町役場庁舎の歴史と再生』大多喜町発 行、2014.10。 6)補強方法については、104 案の中から具体的な位置や明確な工 法が確認できるものを、表 2 の「具体例」に取り上げた。 7) 構造計画において、No.6 は「町で策定された耐震補強計画で 求められた壁量を確保しながら、部屋の機能に対応した柔軟な 耐震補強」としている。また、No.2 では「基本的には要項添付 資料の方法を用いる予定」としており、具体的な補強方法を提 案しているものについては、広く用いられている壁の補強を示 しているものと解釈できる。 8)前掲、注 2)。 9)デザインされた壁補強のうち、No.32 は「大多喜町は日本有数 の竹林面積を有していることからも、竹細工をデザインモチーフ とし、繊細で軽い構造デザインを提案いたします」とし、No.92 は 「格子状の耐震壁を設置し空間をオープンに保ちます」と、さら にNo.94は「耐震要素はこのスケルトンの構成を阻害しないよう、 既存躯体とは明確に区別しつつ、しかし異質にならない事が重要 と考えます。そこで、この建物に用いられている装飾的モチーフ に、一種のデザイン要素として計画します」と提案している。 10)免震レトロフィットを提案していたのは、No.3 と No.62 で、 表 2 の「他」の欄に「免震」と記した。 11)前掲、注 3)。 12)前掲、注 2)。 13)オリジナルのコンクリートを撤去する提案については、表 2 の「他」の欄に「軽量」と記した。 14)前掲、注 3)。