• 検索結果がありません。

『悪の華』における感覚的イマージュ : 勾いについて

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "『悪の華』における感覚的イマージュ : 勾いについて"

Copied!
19
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)191. 『悪の華』 における感覚的イマ ージュ 一―匂 い につい て一一. 中. 堀. 浩. 不日. は じめ に 詩人 は,画 家が絵具 を使 って絵 を画 き,作 曲家が音符 を使 って作曲する よ うに,言 葉 を使 って詩 を作 る。言葉 には意味的側面 と音的側面がある。言 い かえれば,意 味的倶1面 は精神 に当た り,音 的傾1面 は肉体 と言える。この精神 と肉体 の両者が一体 となって言葉 を作 ってい る。一般 に日常 では,言 葉 を意 味伝達言語 としてのみ用 い ることが多 い。 ともすれば言葉 の もつ響 きや匂 い や感触 は等閑視 されがちである。我 々は意味的世界 に囲 まれて生 きてい るが それだけで満足 で きる訳ではない。 我 々は喜怒哀楽 を感ずる動物であ り,ま た愛や幸福 や美や平和 を求める存 在 で もある。 しか し現実 の地平が揺れ動 き,意 味的世界が崩れて行 く時,我 々の感情や内面的世界 を表現す る言葉に窮 して しまうことが よ くある。愛 と か幸福 とか平和 とい った概念的な言葉はあって も,ひ か らびて空疎な響 きし か発 しない。 このような状況が現代の 日本 を先取 りす るような形 ですでに19 世紀 フラ ンス においておこっていた。 19世 紀半 ば,科 学が進歩 し,産 業革命 の渦中に入 ったパ リの変貌 は大 きか. った。 この変貌 の様子 はボー ドレァルの 『悪 の華』Les Fleurs du Malの 中 の「白鳥」Le Cygneと い う詩 (1860年 )を 読 めばよく分か る。. Le vieux Paris n'est plus(la for】 me d'une ville. Change plus vite, h61as! que le coeur d'un mortel);.

(2) 192. 『悪 の華』 における感覚的イマージュ. 古 いパ リは も早 や な い (都 市 の 形 態 は. ,. あ あ何 と人 の 心 よ り速 く変 る ものか !). Paris change! rnais rien dans lna melancolie N'a boug6!.¨ Vieux faubourgs, tout pour moi devient a116gorie, Et rnes chers sOuvenirs sont plus 10urds que des rocs. パ リは変 る. !. だが私 の メ ラ ンコ リー の 中 で は何 もの も. 変 らなか った !… 古 い 場 末 の 街 々 ,す べ てが私 に は寓 意 とな り. ,. 1). なつ か しい私 の思 い 出 は岩 よ りも重 い。. この詩か ら,人 間 の心が変化 の速 さにつ い て行 けない危機意識が感 じとら れ る。 科学 の進歩 に伴 って ,輸 送機 関が発達 し, また,例 えば,顕 微鏡 や望 遠鏡 を通 して我 々の視覚 的世界が飛躍的 に伸 びて行 くよ うに,我 々の感覚器 官 は限 りな く分節 ・伸長化 して行 く。 それ とともに確 か に我 々の生活空 間 は 拡 が って行 くだろ う。 しか し,そ れ は人工 的 な手段 による もので あ る。 とこ ろが人工 的手段 が進 め ば進 むほ ど逆 に感覚機能が減退す る危険性す らは らん で い る。人間は どこまで い って もや は り動物 の種 か らとき放 たれ ることはな いの だか ら。 ボ ー ドレー ルは F赤 裸 の心』 の 中で 「真 の文 明 とはガスの 中に も,蒸 気 の 中 に も,回 転 テ ー ブルの中に もな い,そ れは原罪 の痕跡 の減少 に 2). あ る」 と言 い, また進歩 につ い て は「す べ ての個 人が進歩す るこ とに専念す 3). る時 ,そ の時 にのみ人類 は進歩す るだろ う」 と述 べ て い る。 1)Charles Baudelaire:GEuvres complё tes, texte 6tabli pr6sent6 et. annotё. Claude PichOis,〈 Bibliothё que de la P16iade),Paris,Gallimard,1975, ボ ー ドレールの作 品か らの引用 は本全 集 に よる。 尚,本 全集 の I巻 CBI,CBIIと 略記 す る。「 白鳥」 の詩 の引用 は CBI,pp.89-90。. 2v01s。. 2)CBI,p.697. 3)CBI,p.707.. ,. par. Ⅱ巻 を各 々.

(3) 中. 浩. 堀. 193. 和. 『悪の華』では 〈 理想〉Idealが 主旋律として相拮抗す 憂鬱)Spleenと 〈 るが,〈 憂鬱〉の影の方が濃厚である。しかしボー ドレールは「意志」の力 で「春」 をよびもどそうとする。 ボ ー ドレー ル は「 春」 を喚起 す るた め に ,そ して 「 自 らの 心臓 で一 個 の 大 4). 陽 を引 き出 し,自 らの燃 ゆる思 い で心地 よい雰囲気 を作 る」 ため に,言 葉 の 意味的倶1面 はむろんの こと,言 葉 の 肉体 的側面 ,つ ま り言葉 の音 の響 きや匂 い や感触 を徹 底 的 に研 究 し,言 葉 を喚起 的 イマ ー ジ ュに変 えて ,彼 独 自の詩 的空 間 を創造す る詩 法 を確 立 して行 く。 ボ ー ドレールは詩 を作 る際 に,特 殊 感覚 (視 覚,聴 覚,嗅 覚,味 覚,平 衡感覚)的 イマ ー ジ ュ,体 性 感覚 (触 覚,圧 覚,温 覚,冷 覚,痛 覚,運 動感覚)的 イ マ ー ジ ュ,体 内感 覚 (臓 器感覚,内 臓感 覚)的 イマ ー ジ ュを適切 に組合せ て用 い て い る。 ボ ー ドレー ルが 意識 ,無 意 識 を問わず ,様 々 な心 的状態 を様 々 な喚起 的 な感覚 的 イマ ー ジ ュにお きか え て詩作 して い る点 につ い て は,既 に拙論 「ボ ー ドレール にお け る意識 と無意 識」 で と りあげ たので ここで は必 要 のない 限 り言及 しな い。 ボ ー ドレー ルはフランス文学 の 中で最 も偉大 な嗅覚 的詩人 と見倣 す人 もい る よ うで あ るが ,単 に彼 が 嗅覚 を偏愛 した とい う こ とで はな く,「 想像 力」 の 問題 で 嗅覚 の働 きを検証 し,再 認識 した上 で ,詩 法 に反映 させ た こ とが 非 常 に重 要 で あ る。 ラ ンボーや プル ース トに与 えた影響 をみれ ば よ く分 か るこ. 匂い〉 を とである。本論では 〈 匂い〉についてだけとりあげ,第 1章 では 〈 中心に (照 応〉,〈 象徴),〈 共感覚〉の問題を,第 2章 では『悪の華』で用い られている 〈 匂い〉の用例について検討したい。 I. 本章でボー ドレールの詩法に言及す る前に 『悪の華』第 2版 の成立の経緯 4)CBI,Paysage,p.82.. 5)甲 南 女 子 大 学 フ ラ ンス 文 学研 究 第 3号 ,1979。 6)CBI,p.846..

(4) 194. 『悪の華』における感覚的イマージュ. と作品構成 について少 しふ れてお きたい。1857年 に 『悪 の華』 の初版がでる とす ぐに宗教道徳 および公衆道徳素乱 の廉 で告訴 された。 1カ 月余 りのス ピ ー ド裁判で,宗 教道徳素乱 の罪 は不間 にされ,公 衆道徳素乱 の罪で,著 者 に 300フ ラ ンの罰金刑 と詩 6篇 の削除が命 じられた。そ して1861年 に,初 版 100. 篇中削除 された詩 6篇 に代 わる作品32篇 を新たに書 き加 えて126篇 として新 しい 『悪 の華』 を出版 した。 これが詩人の生前最後 の版 とな り,一 般 に,以 後 『悪 の華』 の定本 となる第 2版 である。なおボー ドレールが死 んだ翌年 の 1868年 に友人の編集による第 3版 (151篇. )が 出てい るが本論ではこの第 2版. による。 ボー ドレールはこの第 2版 で「パ リ情景」Tableaux parisiensの. 1. 章 を新たに設 け,初 版 の 5章 を 6章 とし,詩 の配列はむろんの ことだが,章 の順序 を以下に示す ように大 きく入れかえ,再 構築 した。初版 と第 2版 を対 照的 に示せば次 のようになる。 第 2版 (126). 初版 (100) 「憂鬱 と理 想」 Spleen et ld6al(77). 「憂鬱 と理 想」 (85) 「パ リ情景」 (18). 「悪 の華」 Fleurs. du Mal(12). 「葡萄酒」 (5). 「反逆」 Rё volte(3). 「悪 の華」 (9). 「葡萄酒」 Le. 「反逆」 (3). Vin(5) 「死 」 La Mort(3). 「死 」 (6). ( )内 の数字 は詩篇数 を示す 新 たに加 え られた 1章 「パ リ情景」 には初版 か ら 8篇 ,初 版以後 に書 かれ た新 ら しい詩 10篇 が 含 まれて い る。先 に も言及 した19世 紀後半 のルイ・ ナポ レオ ン帝政下 にお い て近代都市 に大 き く変貌 して行 く大都会 パ リを背景 と し た「パ リ情景」 が新 しく設 け られた ことに よって 『悪 の華』 が よ り現代 的 な 意味 を帯 びるこ とにな った。 また構成面 か らみて 『悪 の華』 の意 図す る とこ ろが よ り明確 にな った。犯罪 ,歓 楽 ,貧 困,売 春 な どに色 どられた大都会. ,. 無名 の大衆が うごめ き,生 と死が隣 りあ う砂漠 の大海原大都会 は,さ なが ら 「象徴 の森」 の ご と くな って ,「 憂鬱 と理 想」 の諸詩篇 と「葡萄酒」以 降 の章.

(5) 中 堀 浩 和. 195. の諸詩篇 とが交錯 し,反 響する世界 を形成 し,『 悪 の華』 の詩的空間をよ り 現代性 を帯びた複雑 多様な神秘的空間に してい るように思われる。 次 にあげる「照応」 とい う詩 は初版,第 2版 ともに 4番 目に置かれ,同 じ 位置 を占めてい る。 この詩 はボー ドレールの詩法 を示す詩で,こ の詩 の中の 「象徴 の森」 とい う言葉 か ら世紀末 にお いて象徴 主義 symbOlismeが 生れた とされる有名な詩である。. Correspondances La Nature est un temple Ot de vivants piliers Laissent parfois sortir de confuses paroles;. L'honllne y passe a travers des forets de symboles Qui l'observent avec des regards familiers。. CoΠ IIne de longs 6chos qui de loin se confondent. Dans une t6n6breuse et profonde unit6, Vaste coΠ IIne la nuit et coIIIIne la clart6, Les parfums, les cOuleurs et les sons se r6pondent.. Il est des parfums frais cOrnHle des chairs d'enfants,. Doux coΠ line les haubois, verts conllne les prairies, 一 Et d'autres, corrompus,riches et triomphants,. Ayant l'expansion des choses ininies,. Comme l'ambre,le musc,le benioin et l'encens, Qui chantent les transports de l'esprit et des sens.. 照. 応. 「 自然 」 は一 つ の 神 殿 ,そ こ に生 きづ く柱 は.

(6) 196. 『悪の華』 における感覚的イマージュ. 時 お りとらえに くい言葉 を もらす。 人間がそ こに入 り象徴 の森 を過 ぎ行 くと. ,. 4森 は親 しげな まな ざ しで人間 を見守 る。. 夜 の よ うに,光 の よ うに広大 な. ,. 暗 くて深 い統 一 の 中で. ,. 遠 くか らまざ り合 う長 い こだ まの よ うに. ,. 8香 りと色 と音 が互 に応 えあ う。. あ る香 りは子供 の肌 の よ うに さわやかで オ ーボエ の よ うに甘 く,牧 場 の よ うに緑. ,. ,. 11-― また腐敗 した,豊 かで ,勝 ち誇 った香 りは. ,. 無数 の事物 か ら拡 が って. ,. 龍涎香 ,寿 香 ,安 虐、 香 ,薫 香 の よ うに. ,. 14精 神. と感覚 の熱狂 を歌 う。. この 詩 につ い て,以 下 で は詩 の題 と して提 示 されて い る「照 応」 correS¨. pOndancesと , 3行 日の 「象徴 の森」 forets de symbOlesと , 3節 目の 9∼ 10行 日で 例示 され る香 りを中心 と した共感覚 synesth6sie,最 後 に11行 日か. らの 3つ の詩句が収敏 して行 く14行 日の「精神 と感覚 の熱狂」 tranSports de l'esprit et des sensの 4つ の点 を と りあげた い。. まず 「照応」 につ い て考 えてみ た い。 ピシ ョァ co Pichoisは 「照応 」 は 7). 伝統的 には人間 と天上界 の「垂直的で不可逆的な」関係 である と言 ってい る。 この詩 を読む限 りではそのような人間 と天上界 との垂直的で不可逆的な関係 は感 じとれない。 また 1行 日の「神殿」 templeと い う語 は,ユ ダヤ教会堂. 7)CBI,p.843..

(7) 中. 堀. 浩. 197. 和. synagogue,教 会 6gliSe(但 し,templeは プロテスタン トでは用い られているよう 8). である),回 教寺院 mOsqu6e以 外 の ものに用 い られるようである。 この語か らは異教 的な印象す ら受 け る。天使 の失墜 をテ ーマ とす る「救 われない も の」L'Irremediable(作 品番号84)と い う詩 は確 かに人間 と天上界 の垂直関係 を暗示 していて,必 ず しも地上的,水 平的だ とは断定で きない。 しか しこの 9). 詩 は異端 的 なグ ノ ー シス主 義 的色彩が濃 い よ うに思 われ る。地上界 と天上 界 の垂直 的 な関係 を視野 には入 れて い る と して も,ボ ー ドレールの深淵思想 に み られ る三元 論 的思考 はグノー シス主 義的 に 自己 の 内面世界 に地上 界 と天上 界 の 関係 をと りこんでい るよ うに考 え られ る。従 ってそ の よ うな 自己 の 内面 世界 と地上界 ,自 然界 との照応 で あ る と考 えた い。 第 2番 目の 「象徴 の森」 で あ るが ,特 権 を付与 された人 間 には,自 然界 の もらす「 とらえに くい言葉」,つ ま り自然界 の象徴 的な言葉 ,例 えば「飛翔」 Ё16vation(作 品番号 3)の 詩 で 示 され る「花 々 や黙せ る事物 の言葉」 を解 読 す ることがで きる とともに,自 然界 の 中 の人 間界 ,い わゆる無名 の人 間が う ごめ くパ リに代表 され る大都会 を「象徴 の森」 と見倣 し,こ の人 間 の森 が無 言 の象徴 とな った詩人 の 内面 的世界 と照応 す る と考 える こ とがで きるので は な い だ ろ うか。 この こ とは散文 詩 「群 集」 Les Foulesで 示 され る よ う に. ,. 詩人 とは まさ しく「群衆 の 中に浴 みす る」特権 を付与 された存在 で あ る とこ ろか らも推 察 で きる。. 5行 日か ら 7行 日にかけて の「夜 の よ うに,光 の よ うに広大 な/暗 くて深 い統 一の 中で」 とは詩人の深 い 内面 的世界 を暗示 し,自 然界 ,人 間界 が 「香 りと色 と音」 を介 して,円 環 をなすか とも思 える詩人 の 内的宇宙 と照応 す る と解釈す るこ とがで きる。 第 3番 目の共感覚 は照応 の水平面 での一 つ の例 として示 されて い るよ うに. 8)ロ ベ ール仏和 大辞典 ,小 学館 。. 9)拙 論 「ボ ー ドレールの宗教観 につ い ての一 考察」 龍谷大学仏教 文化研 究所紀要第 12集 ,1973。. 10)CBI,p。. 291..

(8) 198. 『悪の華』 における感覚的イマージュ. 思 われ る。共感覚 とは,例 えばあ る音 を聞 くとあ る色が 見 える とい った よ う に, 1つ の感覚 が刺激 を受 け る と,異 な った感覚 を引 き起 こす現象 をさす。 第 3節 の 9∼ 10行 日の 詩句 がそれであ る。 ここで は「 さわやかな香 り」 つ ま り嗅覚 を中心 に「子供 の肌」 で 示 され る触覚,「 オ ー ボ エ」 の 音 に示 され る 聴覚 ,「 牧場 の緑」 で示 され る視 覚 が共感 覚現象 を引 き起 こ して い る。 つ ま り嗅覚が触覚 ,聴 覚 ,視 覚 の 中で統覚 的 な役割 を荷 って い る。特 に注 目 した いの は,嗅 覚 ,触 覚 ,聴 覚 ,視 覚 の順 に配 置 されて い る点 で あ る。普通 な ら ば全 く逆 に視覚 ,聴 覚 ,触 覚 ,嗅 覚 と置 かれ る ところで あろ う。近 ・現代社 会 は視覚優位 で あ る。視 覚 は見 る もの を対 象化す る。遠近法 に示 され る よ う に 自己 を中心 に序列化 して とらえる傾 向が強 い。逆 に嗅覚 は拡散 的 で浸透性 があ って ,か つ 密着性 があ る。視 覚 や聴覚 は嗅覚 や味覚 や触 覚 よ り優位 にみ られが ちであ る。確 か に個 人差 はあ るだろ うが ,原 始的感覚 で あ る嗅覚 や 味 覚 や触 覚 の方が ソフ トで記憶 力 で は よ り確実 で あ る。触覚 はむろんの こ とだ が ,嗅 覚 や味覚 は延長性が な いので ,皮 膚感覚 に近 い。 それだけに親密感が あ る。現 在 ,身 体文化 の見直 しが叫 ばれつつ あ るが ,ボ ー ドレールはす で に そ の こ とも予見 して い たかの よ うに思 える。 最後 の 4番 目の 問題点 「精神 と感覚 の熱狂」 につ い て考 えてみた い。 9∼ 10行 日に例示 され た香 りを中心 と した共感覚現 象 をふ まえなが ら,「 腐敗 し た,豊 かで ,勝 ち誇 った香 り」 に示 され る様 々 な香 りが ,「 精ネ 申と感 覚 の 熱 狂 を歌 う」 とい う ことは,精 神 的 な ものが 感覚 的 な もの と,感 覚 的 な ものが 精神 的 な もの と照応す る とい う ことを意味 して い る と思 われ る。 まず ,匂 い が無 限 の音 階 を持 って い ることを示 した上で ,様 々 な感覚 的 イマ ー ジュが 精 神 的意味 を帯 びるこ とを,ま た精神 的 な もの は様 々 な感覚 的 イマ ー ジ ュに転 換 で きる こ とを示 唆す る もので あ る。「熱狂 」 を意味す る transportsと い う 語 は,他 に単数形 で輸送 ,複 数形 で輸送手段 を意味す るこ とをつ け加 えてお きた い。 ボ ー ドレールは 『1859年 のサ ロ ン』 で 「想像力」 1'imaginationに つ い て考 察 し,「 想像 力 とは分析 1'analyseで あ り,総 合 la synthё seで あ る。 …… 人.

(9) 中. 堀. 浩. 和. 199. 間 に色 彩 ,輪 廓 ,音 ,そ して香 りの精神 的 な意味 を教 えた の は想 像力 で あ る。 この 能力 が ,世 界 の始 ま りにお い て類似 1'analogieと 隠喩 la metaphOreを 創造 した ので あ る」 と述 べ て い る。 また 『ポ ー につ い ての新 しい覚書』 の 中 で は,想 像力 を「空想」 la fantaisieで も「感受性」 la sensibilit6で もない とことわ った上 で ,「 想像力 とは,ま ず ,哲 学 的 な方法 の外 にあ って,事 物 の 内面 的 で ひそか な諸 関係 ,照 応 les cOrrespondancesと 類似 les analogies を感知 す るほ とん ど神 々 しい 能力 で あ る」 と も書 い て い る。「照応」 とい う 詩 にお い て,ボ ー ドレールが提示 した詩法 は,彼 の美術批評 や文芸批評 で展 開す る美学 と呼応 して い る と言 え よ う。 ボ ー ドレール は,失 墜 した天使 で あ る人間が ,近 代社会 の激動 の 中で生 き る内面 の ドラマ を「照応」,「 類似」,「 象徴」 を機能 させ る言葉 で表現 しよう と した。 そ して ,そ れ に最 もふ さわ しい言語 は,多 義 的 な意味 を十分考慮 し なが ら,様 々 な喚起 的 イマ ー ジ ュに還元 された言葉 で あ るこ とを再発見 し. ,. 組織化 した。 そ の 中で も香 りは最 もよ く想像力 をか きた て る もので あろ う。 香 りは,他 の感覚 的 イマ ー ジ ュを刺激 し,糾 合す る とともに,生 き生 きとし た,実 在感 に温 れた,内 密 で神秘 的 な雰囲気 を醸成す るので ,意 識的 な,ま た無意識 的な記憶 を も呼 びお こ し,幸 福 な未来 を招来す るため に も,ま た地 上 界 や天上界 を喚起 す るため に も,さ らには神話 的 な時空 を創造す るため に も最 もふ さわ しい と言 え よ う。次章 で は 『悪 の華』 の 中 で匂 いの イマ ー ジ ュ が どの よ うに使 われて い るか,い くつ か の具体例 に当 た りなが ら見てみた い。. Ⅱ 前章 では,「 照応」 とい う詩 をとりあげて,様 々 な感覚的イマージュが精 神的意味 を帯び, しか も相互 に置換可能であることを見 た。 また様 々な感覚 的イマージュの中で香 りのイマ ージュが他の感覚的イマージュを誘発 し,精 11)CBII,Salon de 1859,p.621. 12)CBII,Notes nouvelles sur Edgar Poe,p.329..

(10) 200. 『悪の華』 における感覚的イマージュ. 神 と感覚 をあ る 日標 に向かつ て輸送す る手段 ともな りうる こ とを指摘 した。 そ して「精神 と感覚」 を融和 させ ,統 合 させ る統覚 的 な役割 を果 たす もので あ る こ とを考 察 した。 そ の 好例 と して「髪」 La Chevelure(作 品番号23)を と りあげ てみた い。. Cornlne d'autres esprits voguent sur la musique,. Le nlien, O mon amour! nage sur ton parfum. 他 の 人 々の精神 が音楽 の上 を こ ぎ行 くよ うに. ,. 私 の精神 は,お お恋人 よ !. お前 の香 りの上 を泳 ぐ。. この詩 で は「髪」 が主題 とな って い る。 そ して男性名詞 の 髪 の 毛 cheveuで はな くて集合 名詞 で あ る女性 形 の髪 chevelureが 使 われて い る。 引用 した詩 句 の「恋人 よ」 は恋人で はな くてその髪 で あ る。 ところが 部分 で全 体 を意味 す る提 喩 synecdoqueに よってす ば ら しい 髪 を持 つ 女性 が想 像 され る。 この す ば ら しい香 りを漂 わす髪 の所有者 で あ る女 性 は具体 的 な顔 を持 つ女性 と し て は詩 の 中に登場 しな い。 しか しそれだけに よけい に読 む者 の想像力がか き 立 て られ るのであ る。 髪 の 香 り (嗅 覚 )は 「音 楽」 (聴 覚 )を 誘 発 す る と と もに,髪 とそ の 女性 (視 覚),. さらに髪 また は女性 の触覚 的 イマ ー ジ ュを喚起 す る。 そ の上 に「 泳. ぐ」 とい う動詞 の イマ ー ジュと重 な って波 の揺動感 を示す体性感覚的 イマ ー ジュを糾合す る。 この よ うに「芳香 を放 つ 森」 で あ る髪 は くさ ぐさの思 い 出 に満 ちた女性 の イマ ー ジュを背景 に添 わせ なが ら,南 国 の海 や港 や岸辺 を. ,. 実在感 に沿れ た楽 園 に変 えるので あ る。髪 の香 りが多様 な香 りを誘発 し,い りま じって親密 さに満 ち満 ちた神 秘 的空 間 を現 出 させ る。「髪」 とい う詩 は 香 りが様 々 な感覚 的 イマ ー ジ ュと共鳴 し,響 きあ う交響 曲の よ うな作 品 で あ る。「精神 と感覚 の熱狂」 を具体化 した作 品 とい える。 香 り〉 の イマ ー ジ ュが (音 〉 の イマ ー ジ ュ と不即不離 の状態 で,全 感覚 〈 が融合す る例 を もう一つ挙 げ てお く。以下作 品名 に付 した数字 は作 品番号 を.

(11) 中. 浩. 堀. 和. 示す。 O m6tamorphose mystique 《 De tous mes sens fondus en un! Sa haleine fait la musique,. Comme sa voix fait le parfum!》 「おお神秘 的 な変 身 よ 私 の全感 覚 は一 つ に溶 け た. !. あ の 人 の吐息 は音楽 とな り あ の 人 の声 は香 りとなる. !」. 41「 彼女 のす べ て」 Tout entiё re. ここで,他 の用例 に移る前に,鼻 で感ずる刺激 を表現する用語について述 べ てお きたい。一般 に, 日本語の. (匂. い〉 は快 い刺激 にも不快 な刺激にも使. われる。一方,(香 り〉 は快 い匂 い に使 われるのが普通 で ある。そ して快 い 刺激 の強 さによって,芳 香 ,香 気 とい った言葉が用 い られてい る。 フラ ンスで. (匂. い〉 に相 当す る語 は odeur(女 性名詞)で ,や は りよい匂. いにも悪 い匂 い に も使 われる。それに対 して parfum(男 性名詞)と い う語 は 日本語の (香 り〉 に相当 し,一 般 によい匂 いに用 い られる。 この語 には香料. ,. 香水 の意味 もある。arOme(男 性名詞)も 香 り,芳 香 ,香 気 の意味 で用 い ら れる。 これと同 じ意味だが,文 章語 として senteur(女 性名詞)と い う語 もあ る。. 『悪の華』で用い られている香 りを示す語の頻度数を. ( )内 の数字で示. す と次のようになる。. parfunl(34), odeur(lo), senteur(2), arOme(1) この 外 に香 りを示 す 具 象 名 詞 の 使 用 例 が 10例 ほ どあ る。 薫香. (2),. encens(6),辱 香 musc(4),没 安″ 自、 香 beniOin (2),. 芳 礎シ1生. myrrhe(3),龍 涎 香 ambre 樹月 旨baume(2), 椰 子 7由 huile de 薬.

(12) 202. 「悪の華』 における感覚的イマージュ. coco(1), タール goudron(1), 1庁 松 」 否l nard(1), 孝麟香 oliban(1) 花 や バ ラな どは香 りと同時 に視覚 的 イマ ー ジ ュを喚起す るので ,香 りだ け を 示す もので はな いが ,こ の よ うな例 をい くつ か挙 げ てお く。. encensOir(4),. ● 花 neur(26), 葡萄 7酉 vin (25), バ ラ rose(6), 香・ 銀梅花. myrte(2). 次 に動詞 でみれば (過 去分詞,現 在分詞形 も含めて)次 の よ うな語 があ る。 芳香 で満 たす parfumer(9),よ い香 りにす る embaumer(3) さらに形容詞 で は次 の よ うな語 が用 い られて い る。 香 りの よい odorant(2),龍 涎香 の香 りがす る ambrO(1),芳 香 を放 つ. aromatique(1),春 香 の香 りがす る musquO(1) それ で は不快 な匂 い につ い て は ど うだろ うか。名詞で は 腐 敗 ガス miasme(2),汚 物. :. ordure(2),嘔 吐 vomissement(2),悪. 臭 infection(1), 腐臭 puanteur(1) 動詞 で は. :. 悪 臭 を発 す る puer(1),か び 臭 い匂 い を想 起 させ る語 ,か び る moisir. (1) 形容詞 で は. :. 腐敗 した corrompu(3),悪 臭 を放 つ infect(2) 以上 ,匂 いの 用語 につ い てみたが ,香 りにつ い ては parfumと い う芳香 一 般 をさす語 の頻度が非常 に高 い。 この語 は,美 beaut6に 近 い頻 度数 で あ る。 これ に反 して悪臭 を示す語 は頻度数 にお い て も,語 数 にお い て も非常 に少 な い。『悪 の 華』 には悪 の 景観 に こ と欠 か な い が ,悪 臭 の イマ ー ジ ュは逆 に我 々の想像力 を凝結 させ て しまうか らだろ うか ,思 いの外少 な い。 それ で はボ ー ドレー ルが香 りの イマ ー ジ ュを用 い て どの よ うに表現 して い るか検討 した い。表現 のテ ーマ を大 き く次 の三 つ に しぼ ってみ て行 くこ とに す る。. (1)人 物 お よび動物 (2)抽 象的観念 (3)思 い 出,夢 想 ,風 景 ,幸 福 不幸. ,.

(13) 中 堀. 203. 浩 和. (1)人 物 お よび動 物 Sa chair spirituelle a le parfum des Anges, 彼 女 の 霊 的 な 肉 は 「天使 た ち」 の 香 りが す る. ,. 42「 無 題」. Puisqu'en Ene tout est dictame, Rien ne peut etre pr6fer6. 「 あ の 女」 の す べ てが 芳 しい 薬 草 だか ら. ,. 好 ま し くな い ところ な ど一 つ もな い 。. 41「 彼 女 の す べ て 」 Tout entiё re. Bizarre d6it6, brune cornlne les nuits. Au parfunl m61ang6 de musc et de havane, 奇 妙 な女 神 ,夜 の よ う に黒 褐 色 で 爵香 とハ バ ナ葉 巻 の まざ り合 った香 りが す る. ,. 26「 まだ飽 きたらず」Sed non satiata. 一一Et pourtant vous serez semblable a cette ordure, A cette terrible infectiOn. ■oraisons grasses,. Quand vous irez, sous l'herbe et les Moisir parmi les osse】 ments。. しか しあなた もこの汚物 そ っ くりに こん なひ どい腐臭 を放 つ だろ う. ,. あ なたが ,草 の下 ,一 面 に咲 く花 の下 で 骸骨 にか こまれてか びて行 く時。 29「 腐 肉」 Une charOgne.

(14) 204. 『悪 の華』 における感覚的イマージュ. De sa fourrure blonde et brune Sort un parfurn si doux, qu'un soir. J'en fus embaum6, pour l'avoir Caress6e une fois, rien qu'une. 金色 と褐 色 の 毛皮 か ら発 す る 香 りは ,と て も快 くて ,あ る夕暮 一 度 ,た だの 一 度 愛 撫 した だ け で. ,. 私 の 体 はそ の か ぐわ しい 香 りに満 され た 。. 51「 猫」 Le Chat. 以 上 の 例 に 見 られ る よ う に ,香 りが読 む者 の 想 像 力 を刺 激 して ,類 推 の 働 きを活 発 に促 が し,人 物 の 全 体 的 な雰 囲気 をあ りあ り と実 感 させ る。「 腐 肉」 の 場 合 は芳 しい 草 花 の 香 りとか び臭 い匂 い の 対 照 の 妙 に よ って死 の 姿 を皮 膚 感 覚 で 想 起 させ る。 また「猫」 の 詩 で は香 りが 人 間 と猫 との 幸福 な 一 体 感 を 想 像 させ る例 で あ る。. (2)抽 象 的観 念 Et conllne tout en moi te cherit et t'admire,. Tout se fera Bcnioin,Encens,Oliban,Myrrhe, Et sans cesse vers tol, soΠ IInet blanc et neigeux,. En Vapeurs montera mon Esprit orageux. そ して私 の 中 のす べ てがお前 をい とお しみ ,あ がめ るのだか ら. ,. す べ てが 「安息香」,「 薫香」,晴 L香 」,「 没薬」 とな って. ,. たえずお前 の方 ,真 白 に雪 をか ぶ った頂 へ と. ,. 嵐 をは らむ私 の「精神」 は「煙霧」 とな って立 ちのぼ るだろ う。 57「 あ るマ ドンナヘ 」 A. Mainte neur epanche a regret. Une Madone.

(15) 中 堀. 浩 和. Son parfum dOux cOmlne un secret Dans les sOlitudes prOfOndes. かず かず の 花 は心 な らず も もら して い る. ,. 秘密 のように甘 い香 りを 底知れぬ深 い孤独の中で。 11「 不 運」 Le Guignon. Pleine de l'acre odeur des temps, poudreuse et noire, 鼻 をつ く歳 月 の 匂 い に満 ち ,埃 まみ れ の 黒 ず ん だ (箪 笥 ),. 48「 香 水 糧」 Le Flacon. lninis bercements du loisir embaum6! 芳 しい 自由 な時 の いつ 果 て る と もな い た ゆ た い よ. !. 23「 髪」 La Chevelure. Le Printemps adorable a perdu son odeur! す ば ら しい 「春 」 は もうそ の 香 りを失 った. l. 80「 虚 無 の 味」 Le Goat du neant. 「あ るマ ドンナヘ 」 で は相手 の女性 をマ リアに見立 て ,詩 人 の心 を宗教 儀 式 に使 われ る い ろ い ろな香 に託 して ,魂 の 味 を表現 して い る。「不 運」 で は 世 の 中に理解 され な い孤独 な詩精神 ,詩 人 の孤独 な魂 ,あ るい は無意識 を. ,. 人知 れず放 って い る花 の香 に託 して表現 して い る。香 りを通 して詩 の魂 が読. む者 の心 の奥深 くにしみ透る感 じがする。 〈 時〉 の例 も香 りの喚起的イマー ジュによって形象化 され,手 にふれ,肌 で感 じられるような印象 を与える。. (3)思 い出,夢 想,風 景,幸 福 ,不 幸 Quand, les deux yeux ferm6s, en un soir chaud d'automne,.

(16) 206. 『悪 の華』 における感覚的イマージュ Je respire l'odeur de ton sein chaleureux,. Je vois se d6rouler des rivages heureux. Qu' ёblouissent les feux d'un soleil mOnOtOne; あ る秋 の 暑 い 夕暮. 両 目を閉 じて. ,. お 前 の 熱 の こ もった胸 の 匂 い を吸 う と. ,. 私 に は見 えて くる の だ ,幸 福 な岸辺 が拡 が って 単 調 な太 陽 の 火 に照 ら し出 され るのが 。. 22「 異 国 の 香 り」 Parfum exotique. Le desert et la foret E)rnbaument tes tresses rudes,. Sur ta chair le parfum rOde Conllne autour d'un encensoir; Tu charmes conllne le soir,. Nymphe tё nebreuse et chaude. 荒 野 と森 の 匂 い が 硬 く編 ん だお前 の 髪 にた ち こめ. ,. お 前 の 肌 に香 りが 漂 って まるで 吊 り香 炉 の まわ りの よ う. ,. お 前 は夕暮 の よ う に魅 惑 的 だ. ,. 謎 め い た 多情 な妖 精 よ。. 58「 午 後 の 唄」 Chanson dtprё s_midi. Sur ta chevelure profonde. Aux acres parfums, Mer odorante et vagabonde.

(17) 中 堀. 浩 和. Aux lots bleus et bruns, Conllne un navire qui s'6veille. Au vent du lmatin,. Mon ame reveuse appareille Pour un ciel 10intain.. お 前 の 髪 はふ か ぶ か と つ ん と鼻 つ くそ の香 り. ,. 香 りを放 ち さす ら う海 か. ,. 青 色 と黒 褐 色 の 波 が立 つ 一 隻 の船. ,. 朝風 に. め ざめ る よ う に 夢 み る私 の 魂 は 帆 をあ げ る 遠 くの 空 へ と。. 28「 踊 る蛇 」 Le Serpent qui danse. Chaque iour Vers l'Enfer nous descendons d'un pas Sans hOrreur, a travers des tenё bres qui puent。 日 ご と「地獄 」 の 方 へ ,我 々 は一 歩 一 歩 降 りて 行 く. ,. 恐 れ も知 らず ,悪 臭 を放 つ 間 を通 って。 序 詞 「読 者 に」 Au Lecteur. 以上 にあげた い くつ かの例 だ けで も十分推察 で きる よ うに,香 りは最 も想 像力 をか きた て る。 それ故 に過去 の思 い 出や ,風 景 や ,夢 想 や,幸 福 な時や. ,. 未来 へ の 出発 を喚起 す る時 に他 の感覚 的 イマ ー ジ ュを動員 して最 も力強 い働 きをす る。時 に官能 を刺激 し,時 に神秘 的 な雰囲気 をか もし出す。 ボ ー ドレ ールの詩 で は,た とえ女性詩 篇 に属す る もので も,い わゆる顔 を もった女性 は出て こ な い。「思 い 出 の 中 の 母」 (36「 露台」Le BalcOn)と か夕暮時 ,空 を 血 の色 に染 め る夕 日の暖か さと呼応す る女性 の熱 の こ もった胸 の香 りとか い.

(18) 208. 『悪の華』 における感覚的イマージュ. った イマ ー ジ ュと融合す る形 で した登場 しな い。 それで い て思 い 出であろ う と風景 で あろ う と幸福 なイマ ー ジ ュをほ うふつ とさせ る詩で はいつ も女性 の 香 りが漂 って い て,甘 美 な詩的空 間 を作 って い る。最 後 の地獄 降 りの例 はそ れ以外 の例 とは全 く逆 の不快 なイ マ ー ジ ュで あ るが ,「 悪臭 を放 つ 闇」 とい う表現 だ けで ,間 の密度 が実 在感 を帯 びて くる。 そ の一例 と して挙 げ てお い た。. お わ りに 本論 で は,特 殊感覚 ,体 性感覚 ,内 臓感覚 とい った 多様 な感覚 の 中 の 嗅覚 のみ をと りあげ て,匂 いの イマ ー ジュの詩的 な価値 と役割 を 『悪 の華』 の作 品 に即 して見て来 た。言 うまで もな く,嗅 覚 的 イマ ー ジ ュだ けで 詩が作 られ る訳 で はない。 ボ ー ドレー ルはモ ラ リス トで もあ り鋭 い批評家で もあ った。 しか し詩 に道 徳 や真理 を求め るこ とを最 も嫌 った詩人 の一 人であ る。 とい っ て道 徳 や真理 を否定 した訳 で はない。 それ らは美 とは別 の範疇 に属す る もの で あ る と彼 は考 えて い た。従 って彼 は悪 の美 を通 して,言 い か えれば悪 の美 の い びつ さを通 して悪 を突 き抜 け よ う と した。悪 とは最 も現代 的 で あ る。 だ か らこそ悪 を直視 し,そ れ を美 を通 して表現 しようと した。 それ は彼 に とっ て は生 きる こ とに外 な らなか った。 逆 に言 えば理想 的 な美 は どの よ うに して表現 で きるか とい うこ とで もあ っ た。彼 が想 像力 の 問題 を執拗 に追 求 したの は,詩 的言語 で す べ ての ことが 表 現 で きる詩法 を生 み出す ためであ った。 そ の詩法 をソネ ッ トの形 で提示 した のが 第 1章 で 見 た「照応 」 とい う詩 で あ る。彼 が感 覚 的 イマ ー ジ ュにこだわ った の も,感 覚 的 イマ ー ジ ュが 普遍 的言語 にな りうる こ とを確信 して い たか らであ ろ う。彼 は感覚 的 イマ ー ジ ュの諸特 質 を徹 底 的 に研 究 して い た様 に思 われ る。 プル ース トも 『サ ン ト・ ブ ー ヴに逆 って』 の 中 でボ ー ドレールの感 覚 的 イマ ー ジュ研 究 に感嘆 し,自 分 もボ ー ドレールの文学 的系列 に属 した い とす ら言 って い る。.

(19) 中. 堀. 浩. 和. 美 とは言語 に よる詩 的統 一 ,調 和 の とれた統 一で あ る。言語 を普遍 的言語 となる感覚 的 イマ ー ジ ュに転換す れ ば,当 然美 とは感覚 的 イマ ー ジ ュの統合 された,調 和 の とれた統 一体 とな らなけれ ばな らない。匂 いが精神 と感 覚 の 重要 な媒体 とな って統覚 的 な働 きをす るの は今迄 に見 て来 た ところであ る。 近代文 明 にお け る統 覚 的感覚 は視覚 であ り,現 代 もなおそ こか ら抜 け出せ な いでい る。視覚突 出 の危険性 に気 づ き出 した の もまだ最近 の こ とであ る。 ボ ー ドレー ルが 彼 の 詩法 で視 覚優位 を嗅覚優 位 に逆転 させ た意味 は大 きい。 『悪 の華』 の理想詩篇 で特 に香 りの イマ ー ジ ュが 多 く使 われ て い るの も十分 納得 で きる。 ボ ー ドレー ル は感覚 に深淵 を見 た。 また彼 は感覚 の エ ピキ ュ リア ンの ご と く見倣 され る向 きもあ った。 しか し現代 か らみ る と,否 ,現 代 にお いて こそ 普遍 的言語 としての感覚的 イマ ー ジ ュの再発 見 とその意識 的な使用 に先鞭 を つ け た こ とは重 要 で あ る。 ポ ール ・ ヴ ァ レ リー はボ ー ドレール に よって初 め て フラ ンスの詩が国境 を越 えた と言 ったが ,今 述 べ た点か らこの ことを とら えなお してみ る必要が あ る。『悪 の華』 が宗教 ,思 想 ,信 条 ,心 理 ,美 学等 い ろ い ろな角度か ら,い ろい ろな国で解読 されつつ あ るの も,こ の よ うな普 遍 的言語観 に基 づ い て書 かれて い るためで はな い だろ うか。.

(20)

参照

関連したドキュメント

主人が部曲を殴打して死亡させた場合には徒一年に処する。故意に殺害した 場合 (1) には一等を加重する。(部曲に)落ち度 (2)

いかなる使用の文脈においても「知る」が同じ意味論的値を持つことを認め、(2)によって

睡眠を十分とらないと身体にこたえる 社会的な人とのつき合いは大切にしている

この見方とは異なり,飯田隆は,「絵とその絵

90年代に入ってから,クラブをめぐって新たな動きがみられるようになっている。それは,従来の

を世に間うて一世を風塵した︒梅屋が﹁明詩一たび関って宋詩鳴る﹂

2021] .さらに対応するプログラミング言語も作

※ 硬化時 間につ いては 使用材 料によ って異 なるの で使用 材料の 特性を 十分熟 知する こと