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いわゆる“ゼノンの逆理は,『無限小解析』によって“解決されたか? : 時間・空間の物理的認識問題として考える

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Academic year: 2021

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(1)Title. いわゆる“ゼノンの逆理は,『無限小解析』によって“解決されたか? : 時間・空間の物理的認識問題として考える. Author(s). 倉賀野, 志郎. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 47(1): 29-43. Issue Date. 1996-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2147. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第47巻 第1号. 平成8年8月. lo fHokka i i i fEduca Journa i do Un Sec i t t t )VoL47 s ver on1C on( yo .1 , No. Au t ミ犯s , 1996. い わ ゆ る“ゼ ノ ン の 逆 理“は, 『無 限小 解 析』に よ っ て“解 決“さ れ た か ? 時間・空間の物理的認識問題として考える. 倉賀 野. 志. 郎. 北海道教育大学・釧路校. [0] ゼノン逆理再論:検討の前提 いわゆるゼノンの逆理にかかわる論題について様々に論議されてきている. 例えば最近では山川偉也氏は 「“ゼノ ン の 逆 理“ に ひ と びと が “見る” も の そ の 背 後 に “見 え な いも の” が 隠 れ住 むこ と を示 した い 」 , 1 )し 沢 口 昭 幸 氏 は連 続 体 の 数 理哲 学 と して 岩 崎允 胤 氏 は その ゼ と して 論 じて いる{ ノ ン逆 理 にかか わ らせ , , { 2 } て, アリ ス トテ レス ・ ヘー ゲ ル・ ラ ッ セ ル等 の見 解 が考 察 さ れて いる ‐. 秋葉茂夫氏は① 「有限な距離の無限分割 にたいして, 有限な時間の無限分割が対応していると考えれば , 何 の 矛 盾」 は生 ぜ な い. ② アリ ス トテ レス は 「“あ ら ゆる 運 動 は不 可 能 であ る” と いう ゼノ ンの 論証 の 欠 陥 を指摘 す る こ と に成功 した」 と い える が しか し 「運動 が どのよう に して 可 能 になる の かを 論 理 によ っ て示 , した」 こ と で は な い‐ ま た③ ラ ッ セ ル は 「19世 紀 解 析 学 が無 限小 を 追 い 出 した こ と」 に 根 拠 づ い て 「時 間 , に位 置 を対 応 さ せ る ”関数” と して “運 動” を構成 できる と した」 が こ れ につ い ても 「無 限小 が追 い 出さ , れ た の は, 数 学 の 定 理 の 証 明 の 中 か ら だ けであ っ て “運動” の 中 か ら 追 い 出 さ れ た」 わ け で はな い こ と , , { 3 } を指摘 して いる. 「 本 稿 は, W.1 ‐ マク ロ ー リ ン氏 が ゼノ ンの パ ラ ドッ ク ス を解 く - - 運動 はあ り 得 な い と いう 何 千年 来 の 4 ) その視点 を考察する 論 述 が解 決 さ れ た - -」 ( i994/11月) と して 論 じた こ と を主 に扱 っ た も の であ る( .. 前に, まずそこ で問題とされているゼノンの逆理及び無限小解析 及 びかつて北海道を中心に行われた 「力 , 学 の矛 盾」 論争 につ い ても 簡単 に触 れて お こう.. 【0-01 いわゆるゼノンの逆理について 2 ) 以 下の 論点 に関係 さ せ て, 必 要最 低 限の ゼノ ンの 逆 理 につ い て紹 介 してお こう{ ‐ 「 ① 二分割:移動するものはその目的 点に達 する 前 に半 分の点 に達 しな け れ ばな らな い しか し そ の ため ‐ ,. にはまた半分の点に達 しなければならない. このようなことは無限に続く それ故 有限な時間内に目的 ‐ , 点に達するためにはその中間にある無限の点に触れてゆかなければならない これは不可能である ‐ .」. ② 「ア キ レス : ア キ レス が亀 を追 う とす る ア キ レス はま ず亀 の出 発 した点 に達 しな けれ ばな らな い が そ ‐ , の 間 に, 亀 は 少 し進 んで いる であ ろう‐ ア キ レス がこ の 亀の 進 ん でいる 分 だ け進 む 間 に亀 はま た少 し進 ん でいる で あろう. ア キ レス は常 に前 よ り は亀 に近 づ い て いる が 追いつく こと はな い , ‐」. ③ 「矢:どんなものもそれ自身と等しい場所を占めるときにはつねに静止しているのであるが 飛ぶ矢は , , 今 にお い て, 常 にそう である. そ れ故 飛ぶ 矢 は 不 動 である 一 , ‐ 29.

(3) . 倉賀野 志 郎. ④ 「競技場」 : 「無限にある半分の点は二倍の半分の点に等しい.」 「①逆理 ②逆理によっ て ゼノンは 時間や距離が無限分割可能な連続体であることを前提し, “終わ , , , り の ない も の に 終わ り に達 する” こ と の矛盾 を明 ら か に し, その こ と によ っ て 運動 不 可 能 を結 論」 して いる. し, また 「④逆理の自然な読みは, 時間と空間が, 大きさはもつがそれ以上は分割不可能な単位 (原子) で 構 成 さ れ て いる と見 る も の で ある‐」 だか ら 「ゼノ ンが相 手 に してい る の は, た しか に実 数連 続 体 に対 応 す 1 ) る 時 空連 続 体 な の であ る.」{. よっ て 「成り立つ根本前提として, 時間・空間が無限に分割されうることを要請しているらしい点」 とし { 1 ) て の 「”無 限小” 概 念 の 問題 性」 こ そ が検 討さ れる べ き 課題 という こ と になる .. 【0- = 無限小解析について 「1960年 ごろ A ロ ビ ンソ ン は モ デル理 論の 考 え を使う こ と によ っ て ライ プニ ッ ツ 流 の 無 限小 解 析 を , , . non‐ そ の ま ま の 形 で 合 理 化 す る こ と が で き る の で は な い か, と いう 着 想」 を行 な い, こ れ が 「超準 解 析 ( ) の は じま り」 で, 日 本 国 内 にお い て は斎 藤 正 彦 が紹 介 して い る‐ こ の 「“超 準“ と いう l i standard a na s ys ( 5 } の はノ ン・ス タ ン ダー ドの 訳 語 で, 標準 的 でな い と いう 意 味」 である . こ の 「無 限小 解 析」 の 基 本 的な 考え は 次 の点 にある‐. ・実数 (R) に拡張して, 無限小超実数, 無限大超実数をつけ加える. (R*) ・R*の公理, 代数等を構築することができる‐ 例えば無限小と無限大との積は無限小とは限らない. こ の ため に は, ま ず 「超 フィ ルター, とく に自 由超 フィ ルタ ー を 定義 して そ の存 在 を示 す‐ つ ぎに, 自 由. 5 ) 超フィ ルターを法とする超積の概念を導入し, 実数体の超積として超実数体を作る.」( 秋葉茂夫氏はイメージ的に表現すればとして,「私たちが知っている実数(テデキントが定義した実数)を, “標準 的な“ 実数とすれば その標準的な実数にかぎりなく近づいていく実数の無限列を 一つの “超準実 , , ” “ 「 一 な わ れる た め, 見 数” と 呼ぶ こ と にする」 . しか し こ のま ま で は 実 数 と して期 待 さ れる 性 質 が 部 損. 3 }する かけは異なる列を同一視する規則 を導入して, 全体を圧縮」( . 「 この 超準解析によれ ば, たとえば実数体の超準モデルとして, 実数体を真に含む全順序体が作られる‐ そこには無限大超実数, すなわち どんな実数よりも大きい数や無限小超実数, すなわちどんな正の実数より ) 5 も小 さく, しか も ゼロよ り 大き い 数 が存 在 する.」{ 斎 藤 氏 は, こ れ に よ り,「ラ イ プニ ッ ツ が構想 しな がら, つ い に合 理化 さ れず に 一 旦 は 滅 びた無 限小 解 析 が, )と して いる 5 ほと ん どそ のま ま の 形 で延る」( .. 【0-21 「力学の矛盾」 を現代的視点から考察すること 「1974年 田 中 一 氏 の ”力 学 の 弁 証 法” につ い て の提 起 を 発 端 と して “力 学 の 矛 盾” の 位 置 づ け に 関す , ,. る 一連の論争が展開一 され, 「田中一氏の提起への最初の批判は, 岩崎允胤・宮原将平の両氏によっ て行な 「 「 は有尾 善繁, 橋 本剛, 菅野 礼司, 見 田石 介氏 らも 加 わ っ ていく」 わ れ」 - こ の 力 学 の矛 盾」 , そ の 後 論争 に につ い て 「“力 学 教育” へ の 視角 を 求 め る と いう 立 場 か ら, そ の矛 盾 を い か に設 定す べ き か」 を 論 じた こ と 6 ) が あ る{ ‐. この場合, 「当の対象の矛盾を指摘することは, 単なる “矛盾の解釈論” ではない場合, ある理論体系に 於て対立した概念を ”矛盾” として把握することによって, その理論そのものをより高次なレベルへと移行 させていく研究の焦点を明確にすること」 が必要となる‐ 本稿にかかわる運動学の点のみを記しておこう. 30.

(4) . いわゆる ”ゼノンの逆理“ は, 『無限小解析』によって “解決“ されたか?. ま ず 田 中 一 氏 よ り 「“こ の 場 所 にあ る” と ”この場所にない” との二つの契機は質点の運動に実在する 二. 「 つの契機であっ て, 不可分なものであり, かつ否定的である」 , 従っ て この二つの契機は位置の時間的変 7 ) ( 化 と いう 運 動 を 可 能 にする 内部 矛 盾 であ る」 との 指摘 があ っ た{ ‐ 1974年) こ れにつ い て, 岩 崎 允胤 .宮 原 将 平 の 両 氏 は 「”ア ル” と “ナイ” と の矛 盾 は “運動 学 的なも の” であ り,. 力学的な矛盾ではない. よっ て 「等速性の契機と加速性の契機という矛盾の認識によっ て物質の力学的連動 ) ( 8 を具 体 的 に解 明す る こ と がで きる と は 考え な い」 と した( . 1974年) ま た, 橋 本 剛氏 は “ア ル, ナイ” と いう 矛 盾 は 「運動 す る物 質の 内在 的矛 盾 と は いえ な い」 の で 「1つ の. 現象形態としての運動に対するこれの実在的根拠としての矛盾と, この現象形態自身のもつ矛盾性, 矛盾的 規 定と は 同 一 レベ ルのも の と して 混 同すべ き で はな い」 と した. よ っ て 「物 質の 内在 的実 在 的矛 盾 に規定 さ. れて生まれている運動」 が 「自己矛盾性に内包される論理的矛盾の両項」 が “アル” と ”ナイ” で, そ れ故 9 ) ( 「第一 法則 で は 物 質の 実在 的 な力 学 的矛 盾 は問 題 たり え な い こ と となる{ 」 . 1975年) , こ の 「論争点 へ の評 価」 と して, “ア ル ・ ナイ” の 矛 盾 につ い て は次 のよう に考 える‐ ① 田 中氏 の 提起 す る “ア ル” と “ナイ” と いう 問 題 は, 時 空の 連 続 性 にか か わ っ たも の であ り, 運動 学 上 の. 矛盾と言えよう‐ しかし, 第二法則の力学の矛盾とは質的に区分されるべきであろう‐ ②しかし, 運動学の構成は, 慣性の法則による時空の展開に見られるように, 力学とは無関係な単なる枠組 で はな い‐. ③この点を考慮すると, 運動学上の矛盾は, 自己場による時空構造に対する言臨識の表現上の論理的矛盾とか か わ らせ て 考 え て い ける と 思われる. つまり, 力学の矛盾の時空構造への射影の表現形態上の矛盾として 運動学的矛盾を考えるということである‐ ④しかし, あくまで ”射影” であり, 運動学上の矛盾を力学上の矛盾に還元することはできないであろう‐ “アル・ナイ” という形式論理的な表現に拘泥すると 運動そのものの成立の根拠を問う視点が欠如する , ことになるだろう. 運動そのものに着目して, 力学の論理及び論争について現代的視点から, とりわ け 「運 動学上の矛盾と力学上の矛盾」 との関係で再度検討する必要があると考えている‐. [1] ゼノ ンの逆理再論 「 【1-1I W.1 ‐ マ ク ロ ー リ ン は ゼノ ンの パ ラ ドッ ク ス を 解く : 運動 はあ り 得 な い という 何 千年 来 の 論 述 4 )と して 問 題 を提 起 した が解 決さ れた」 ( 1994/11月)( ‐. 氏の趣旨は要点を記すと次のよう になる. ・ゼノンの逆理の提起する無限ステッ プは検討すべき課題であることを確認する. 解決済みとはみない‐ ・瞬間を 「超準解析」 を使用して考え, そこに繰り込まれる課題は扱え得ないとする‐ o 故 に, 論 理性 と いう 点 にお い は, 逆 理 はパ ラ ドッ ク ス では なく, 問 題 そ のも の が消 滅する‐. ①ゼノンの逆理の 「論述を解決するには, 既存の数体系が無限小量という数を含んでいることに着目する.」 超準 解 析 にお ける 「こ れ らの 数 は ゼロ よ り は 大 き い が, どん な に小 さ な 正 の 数よ り も 小 さ い‐」 そ して 「実. 数直線上では, 有理数や無理数は離散した点であり, それらを両端とする区間は計測可能なのに対して, 同 じ直線上の無限小量の区間は, 両端を有理数や無理数で表すことができないために計測不可能である.」 これ故に 「運動する物体は無限小量の区間内を通過する‐ しかし, そこでは, 物体がどんなふるまいをし ているかを検証することはできない‐ すなわち運動に関する仮説が成り立つ余地があり, 運動の存在を肯定 31.

(5) . 倉賀野 志 郎. 4 ) す る こ とも 否 定す る こ とも 意 味をも た ない と いう わ けであ る.」{. ②「 《認識論的な原理を利用》 「こうした論理展開は 観察できない状況に対しては説明する責任がないという認識論的な原理に基づい , 4 } て い る.」 (. 「ゼノ ンの無 限の チ ェッ ク ポイ ン トの列 は 超 準 的な 数を 含 む そ れら には 数値 的 な意 味 がなく した が . , , っ て, そ れ に基 づ く ゼノ ンの 主 張 を退 ける こ と ができる. ゼノ ンが述べ ている チ ェ ッ ク ポイ ン ト全 体 を 考 察. 4 ) することは原理的にでも不可能であるから物体の運動 に関するその議論も意味をもたない.」( ま た, も っ とも 困難 な 「矢 はあ らゆる 瞬 間に静止 して いる の で 運動 してい な い」 と いう も の につ い て 考え. てみよう. マクローリン氏によれ ば 「矢が, ある瞬間に占める位置の座標は, 標準実数でもあり, 超準実数 でもありえる」 が, しかし 「私たちが測ることのできる座標は標準実数」 で, そうであれば 「矢がその位置 で静止しているかどうかは判定できない」 こととなる. 「どの標準実数にも, これと無限小 の距離にある超 3 } 準 実 数 がか ら みつ い て いる」 が故 に, 「”判 定 できな い” という, 消 極 的な解 決」 という こ と になる‐( 【1 - 21 秋葉 茂 夫 は, こ の アメ リ カ の 天 体物 理 学 者W ・ 1・ マ ク ロー リ ン氏 の 「“ゼノ ンのパ ラ ドッ ク ス を 解く” と いう 論説」 が ださ れ, 「超 準 解 析 学 と いう, 1960年 にアメ リ カ の ロ ビン ソ ン が導 入 した 新 しい 数 学 理論」 が使用 さ れて いる こ と を 次の よう に紹 介 している.. ①運動状態の回復の試み. ’ を各標準実数のまわり にたくさん この考えは 「標準実数を超準実数に拡大する際には, いわ ば “無限小’ つ け加 え た」 も の で, 「ラ ッ セ ル が捨 て 去 っ た “運動 状 態” を, 超準 実 数 とよ ばれ る 何 も の か に “凍結” し 3 ) て 回復 した と考 える こ と」 ができる{ . ② 無 限ス テ ッ プ. こ の ゼノ ンの パ ラ ドッ ク ス につ い て, ま ず 「無 限小 数, ある い は無 限の 追跡 過程, こ れら を 論ずる とき の 論 理 の無 限ス テ ッ プを完 成 さ せ る こ と が で きる か どう か一 が問 わ れて いる こ と を確 認 した い. 「こ れ を 論 駁. するには, “運動” というものを論理的に再構成しなければならない‐一{3) ③無限小に着目しての運動の再構成. また 「ゼノンをめぐるこれまでの議論のなかで, 不問に付してきたこと」 は 「空間的長さも時間的長さも 運動を前提にして定義され, 測られているという事実」 で 「これまでの議論では, 長さと時間を第一義的に 与 え ら れた も の」 と して き た こ と にあ る- こ の 点, 「分 析 した 結 果 を 再 構成 して, そ れ だ け で, も と の も の. “無限小” にたいする密接な関係 を考察し が総合される保証」 はなく, この 「総合を完成する」 ためには 「 」 , ) 3 その 「”無 限イぞ が意 識さ れたと き が, そも そも ゼノ ンの 逆 理 が提 起 さ れた」 こ と でもあ る.(. m] 無限小解析によって 「“運動” というものを論理的に再構成」 することは解決されたか 【ロー11 マクローリンの “解決” をどのように考えるか. ①運動している事実があるからこそ, 逆理が成立するのであるが, マクローリンが言うように, それに問題 そのものを不問に付する形で逆理を対置させても ”解 決” と はな らな い‐ ②しかし, 少なくとも “無限ス テッ プ” の解決が, 現代にも通ずる課題であることを改めて認識させるもの となった‐ 従前の論議では解けない点を指摘した事について評価したい. 32.

(6) . いわゆる ”ゼノンの逆理” は, 『無限小解析』によって “解決“ されたか?. ” 秋葉 茂 夫氏 は 「アリ ス トテ レス は, ユ ークリ ッ ドと とも に, 無 限小 を排 除 し, ライ プニ ッ ツ は ”微 分 の ため にこ れを 導 入 し, ワ イ エ ル シ ュ トラ ウス がふ た た び追 い 出 し, そ してロ ビ ンソ ン がこ れを 合法 的 に復 活」 した が, こ れ で 「無 限小 は, 数学 の 中で 安 定 した地 位 を獲 得 した」 の だろう か, 「いつ ま た追 放 の 憂 き 目 に 3 ) あう かも知 れ」 な い と述 べ て いる( ‐. り 「数学に 「数学の生きた中心に触れた簡潔な標句が求められるなら ば 数学は無限の科学である」 し回 , , I )とも 言 え よう お ける 連 続 の 問題 は, 永 遠 に 数学 に背負 わさ れた ”永 遠 の十 字架” で ある」 Q .. ③また逆理に対する理論の構築方法や数学的解決, 認識論的考察については別途, 論議される必要があろう‐ ④田村満三氏は, 無限小解析に基づくことが, 一つの解決法ではあるが, 新たな無限手続きを含んでいるこ と を 指摘 して いる‐ 「ほ んの 少 し修 正 をほ どこせ ば ゼノ ンの議 論 は この 超準 解 析の 枠 組の な か でも 再 び通用 する よう になる‐ ,. ……ゼノンの議論が……超準解析の枠組の中でも通用しうるのは, 標準実数が超 (準) 実数の中へ完全に埋 め 込ま れて いる こ と (い わゆる モ デル 同値 の原 理 はこ れを反 映 して いる) を 考 え て み れ ば, 当 然 の こ と であ 肋 る」 ( ‐. ⑤-松信氏は 「超 (準) 実数」 のわかりにくさを指摘しているが, 学習・理解のしやすさとい点とは質的に 異 なる と 理 解 してお き た い鰯.. 「確かに超準解析に基づく微積分学は 一見やさしそうに見えるが 実は大変難しい‐ まず出発点として , , , 選択公理を仮定して, “極大フィ ルター” の存在を示すのが大変である‐ ……伝統的なE-6論法と比して, どち ら が学 びやす い か簡 単 に はきめ にく い‐ どち ら かと いう と, どこの 国で お解 析 学 の専 門家 たち は, 超準. 解析には冷淡な態度をとっ ているように見える.」 ⑥しかし, このことは物理分野で新たな意味をもつ可能性がありうることは排除されない国 マク ローリ ン自 身, 「物 理学 へ の 展 開の可 能 性」 を指 摘 して いる‐ 「ゼノ ンの 議 論 は 「リ ア ルタイ ム の 運 動 は標 準 的 な 数の 間 にあ る 無 限小 量 の 間 隔 の 中 で 生 じる 未 知 の 」 ,. 過程だと考えることによっ て避けることができる点もある. 超準的な点は, 観察できないことから無視して よ い」 と してる が, 本当 に 「私 た ち の仕 事 は, 本当 に古く か ら の謎 の 解 答 にな っ て いる の だろう か. お そ ら く, 解 答 にな っ ている と思う け れ ども, こ の謎 をさ ら に拡 張す る さま ざま な 方 向 がある こ とであ ろう‐ … …. ゼノンの議論は, 時間と空間の中での運動の概念について調べることの刺激になっ た. そして, その解決へ 4 ) の 道 は意 義 深 い も の」 にな っ て いる( ‐. 5 }との話し合いの中で 「無限小の……捉え方自身には非常に期待をもっ て 倉田玲二郎氏も, 斎藤正彦氏( , いる」 として 「例えば無限小近傍とかモナドというものが場の量子論の記述に果たす役割」 などが考えられ る と している. しかし 「超準解析が必要になるのは過渡的なことかもしれない. 途中で無限大が発生して消 滅するのだから, 無意味な無限大などが終始一貫出てこない理論が可能的ではある」ことを示唆している‐ 【n-21 どのような問題として把握すべきか ゼノ ンの 逆 理と, その “解 決” をめ ぐる 課題 を, どの よう な 問 題 と して把 握す べ き であ ろう か. 考え 方 を 整 理す る と 次の よう になる‐ ①ま ず, 無 限小 解 析 をも っ て, ゼノ ン逆 理の “解 決” と はな らな い‐ こ こ での ゼノ ンの提 起する 課題 は, 運. 動という物理問題を内包しているからである‐ ②運動の “無限ステッ プ” は, 連続性 (正確には桐密性) を維持し続ける限りにおいてつきまとう. 時間と 空間とを対応させても, その対応の無限追跡は消えない‐ 運動の理論的再構成への示唆として, 運動の逆理 を 理解 したい. 問 題 を消 極 的 に解 決 しても, “運動” の 考 察 そ のも の は消 し去る こ と はで き ない‐ 33.

(7) . 倉賀野 志 郎. ③まず, 時間と空間とが物理的対象であることを確認したい. 往々にして通常の物理理論おいては 外から , パ ラメ ー タ ー と して 導 入さ れたも の と して 空 間 とり わ け時 間 が位 置 づ け ら れている 時 間そ のも が理 論 の , ‐ 中 に位置 づ けら れて いる わ けで はな い.. ③しかし, 時空に, “無限ステッ プ” が “繰り込まれている” 側面の数学的反映として無限小を再評価しう ” る (後述) . 運動状態を可能とする時空構造を モナド時空 (内容不明)“ とすると, ある領域においては同 一時空点となりうる性質を有していないと 運動が成立しないだろう 超準実数の構想は それに示唆を与 , . , え る の かも しれな い.. [m] 時間・空間も前提としての枠組みではなく, 科学として認識の対象である 【皿-11 この時空にかかわる問題をを力学の論理構造から考えてみよう . ①まず, 力学・運動の論理構造の問い直しを, 新たな現代的視点から考える必要もあることを指摘 しておき たい.. ・第一法則. 慣性の法則は, 全空間・全物質に対して, 同一時空が成立することは暗黙の仮定でしかない‐ 局所的に個々の物質に対して, 個々の時空を考えても矛盾は現れない. ラグランジュ表現においては 時空 , の個別性は顕在化している‐ ・ 第二 法則. △ Pj= F( ) )・ △ tG →i i→j. まず力積表現に着目するのは相互作用の過程 (ここではiからjへの作用) を重視するからである戦 こ の作用に着目しての時間が設定される. ・ 第 三法則. △ Pj十 △ Pi= O F( i→j )‐ △ t( )十 F G 一i i→j )‐ △ t q 一 り = ○. いくつかの視点から古典力学の3つの法則の論理の見直しを考察することが可能であるが, 本稿の論点に 絞って見てみると, まず第一法則では個々 の時空構造について触れられているのに対して, 第二法則では自 己と他者との “接続” としての相互作用が扱われていることに留意しておきたい‐ 第一法則における時空構 造 (とりわ け時間) と, 第二法則で扱われている時空 (とりわけ時間) は同一である必要はないのである. この点について, 田中一氏は 「第1法則の成り立つ時空と第2法則の成り立つ時空の相違」 について述べ て, 第一は 「外力を受けない物体が個々の慣性系 においてそれぞれ等速度運動を行なうことを主張 している 「 の み」 で, そこ での 「時 間の 経 過 の割 合」 は 「慣 性系 ごと に異 な っ てい て も差 し支 えな い」 ‐ そ れ に対 して 第. 2法則」 が 「すべての慣性系に対して同じ形で成立することを求めるならば, 各慣性における時間の進行の ◎ 割 合 は 同 じ割 合」 で 「共 通 の 時 間 が存 在 して いな け れ ばな らな い」 Q .. また後述するが, 第二法則の運動状態変化と力とのかかわりは, 自己場の無限手続きと, 時空の無限手続 きの関係を暗示している. ②これらの点を古典力学の論理とゲージ場とのかかわりで見ておこう‐ ま ず ゲー ジ場 につ い て は 「ゲー ジ理 論 は, 物 質場 と ゲー ジ場 と か ら成 り立 っ て いる.」. この 「ゲージ理論 の性質を決定するのは物質場≠の対称性である. ≠の対称性を与えればあとは自動的に の 理 論 が 決まる 仕 掛 け にな っ ている.」 Q. 物質場に一つの対称性を決定すると, それに対応して物質場を入れ替える変換のもとでは理論は不変とな 34.

(8) . いわゆる “ゼノンの逆理” は, 『無限小解析』によって “解決“ されたか?. る. その対称性を局所的に考え, その補正効果としてゲージ場が導出される‐ それ故, 接続場ともなるため, 「ゲージ場の幾何学的解釈」 が成立するわけである. この観点からするなら ば 「物質場の内部空間 (色電荷, 荷電空間など) と外部空間 (時間・空間) とを関連づけているの がゲージ場である」 ということになる. 結 ( 1 の 局 の と ころ 「自 然 界 にお ける “力” の 存在 様 式 の 根 拠 は物 質場 の 対 称 性で ある」 -. しかし, ゲージ理論と して, この接続の論理を展開する と, 相互作用の形態が把握できることの意味は分 か っ てい な い. こ の こ と は 「物 質場 の 対 称 性 を決 定する 原 理 がま だ見 い 出 さ れて い な い」 こ と に も現 れて い る. 「”初 め に対 称 性あ り き” という わ けで… …物 質場 と ゲー ジ場 と の相 互 依 存性 は完 全 で はな い. こ の点 で. { 1 のこの点に関しては「自 は,一般相対性理論における物質と時空間の相互規定の理論構造ほど見事ではない.」 立性と対象性」 として考察しても事態は変わらない㈱- こ こ で は 発 想 法 を 逆 転 さ せ て 考 察 して み よう. “ゲー ジ” が相 互作用 の 接 続 によ っ て 可 能 だ と した ら どう であ ろう か‐ 個 々 の ゲー ジが, 本 質 的 に局 所 的 である とする な ら ば, そ の差 異 は接 続 によ っ て穴埋 め さ れな. けれ ばならない. 時空構造としてのゲージが本質的に相互作用に関係している と考えるわけである. これを古典力学の第一・第二法則 との結 び付けて考えると, 時空構造の局所的差異と, その相互作用によ る発現の古典力学上での現れということになる‐ このように考える とゲージ不変性は, そもそもの時空構造の局所的 “絶対1空’ を示していることとなる‐ その絶対性の発現として “相対′挫’ がある. 一般相対論と特殊相対論との異質性はここにある‐ 相互作用の 絶対性は特殊において, 時間の絶対性は一般において重要な意味をもつ. (加速度運動に時間のも絶対的遅 ) れは、その運動学的現れである。 【皿-21 相互作用/層子, ゲージ場の階層性から時空の階層性を考える 今, ある 階層 に属 する 「粒 子」 を 「層 子 *」 と する‐. 例えばこれらを具体的に書きあらわすと次のようになる‐ 電子. と. ク ォ ーク. そ れら が 構成 要素 と な っ てい る の が. 原子. と. 陽子 ・ 中性 子. つ い でそ れ か ら 構成 さ れてい る の が. 分子. と. 原 子核. 歴 史 的 に確 認 さ れて き て いる. 分 子力. と. 強 い 核力. 電 気 の力. と. 色 の力. が作用 する 相 手 は. で, で,. である‐ とは. 基 本 的な 電 気 の力 と色 の力 のあ らわ れな の で ある. こ の 「層 子 *」 は, 他 の 「層 子 *」 と の 「相 互 作用 *」 の在 り 方 に よ っ て, そ の 「層 子 *」 の 「質 *」 が 規 定さ れて いる‐ こ の 「層 子 *」 と 他 者と の 関係 は 「相 互 作用 *」 によ っ て 規 定 さ れてお り, 他 者 か らの- 方 的な 「作用」 と して 「相 互作用」 の 一面 を抽 出す る と, 「力 *」 につ い て の 科学 が展 開 さ れる こ と となる‐. 「相互作用」 の発現形態論として 「力学」 を位置づ けることができる ‐ , 今, ここ で, あ る 「*」 という レベ ルの 「相 互作用 *」 に 基 づ く 「衝 突」 を考 える 時, その 「*」 によ っ て 規定 さ れる 「* という 物 質 を 規 定する 質」 (以 下 「質 *」 と 略) と, そ の F質 *」 を 有する 「層 子 *」 と, そ の 「相 互 作用 *」 の 生 ずる 空 間 と しての 「場 *」 が展 開さ れ てくる. こ れら を 整 理する と 次 のよう になる‐ 一 つ の 「層 子 *」 に着 目 した場 合 ・ 「層 子 *」 と 「相 互 作用 *」 と の 関係 - - その 「発 現 形態 論」 ・ 「相 互 作用 *」 による 「層 子 *」 の 「質 *」 の 規 定 も ・ 「相 互 作用 *」 を 媒 介する 粒 子 * . 35.

(9) . 倉賀野 志 郎. ・ 上 記 「媒 介粒 子 *」 によ っ て 規定 さ れて いる 「層 子 *」 の 「場 *」 ・ 「相 互作 用 *」 か ら の 論 理 的 に抽 出 さ れた 「力* 」 ・ そ の 「相 互作用 *」 を 「不 変」 とする 「変換 群 *」 (ゲー ジ理 論化) 以 上 の こ と に基 づ い て, そ の 「層 子 *」 が集 ま る こ・ と によ っ て, 「層 子 *」 が構成 要 素 と な っ て いる 集 合. 体間の相互作用と, そこでの複合された 「層子*」 に基づく新たな質が現れてくる回. ②時空概念の階層性 「時空*」 以上の点に加えて, 個々のゲージ場に対応する時空の概念 ( ) が論ぜられる必要があると考える‐ 本来ならば, 相互作用/層子とゲージ場, すなわち物質場・対象性の階層性において そのゲージ場に応じ , ての時空構造が前提として論じられるべきであろう‐ 異なる階層の時空構造 (重力場:時空g) を前提と して, 他の階層のゲージ場が論じられており, 本来の異なる階層のゲージ場の統一性においては 時空構造 , の 統 一 性も 合 わ せ て 論 じら れる べ き こ と であ ろう (時空 g ← → 時 空 *)‐ さも な け れ ば統 一 的 に論 ぜ ら れる. 以前の段階では, 時空は前提として枠として持ち込まれるものでしかなくなることとなる .. こ の点では量. 子力学を含めて, 宇宙全体に目を論ずるならば, 時間も外部系の存在が前提となっており 「われわれが “宇 , 宙 の 中の物 理” を している 限り, 縮 退 して いる の であ る‐」 ◎. ‐ [N ] 新たな時空概念の発展のきざしなのかもしれない‐ 【y-11 エネルギーと時間との相補性:無限大の繰り込み理論と時間のゼノン逆理 桐 密 性 を前 提 と せ ず と も, “無 限ス テ ッ プ’ の パ ラ ドッ ク ス は存 在 して いる‐ 無 限手 続 き に 繰 り こ ま れる も の と して, エ ネ ル ギー と時 間と の相 補 性 が 暗示 さ れる‐. ①時空の“無限ステッ プ”と自己場 (その相互作用としての現れ)の無限ステッ プ:相対論段階にお ける対応 一般相対論における重力場方程式の次のような表現は, 時空と物質との相互無限進行を示している “無 ‐ 限ステッ プ’の典型例がここにある.(相互作用という加速度運動における場の剥がれは 重力波のみならず , , D(p:運動量/M:重力質量/β:第2法則としての時間) 電磁波においても現れている.) を ″+ …=/ (M ) △ β 十ア (肌 ) △ β′+ ″(M ) ″△ △ p,十 △ pr十 △ p, ヂ , , ,. +…. 相 互 作用 にお ける 自 己場 の 問題 は古 典力 学 にお い て はあ ら わ に は出 てい な い こ のよう な “無 限ス テ ッ プ’ ‐ を 踏ま えつ つ, ゼノ ンの パ ラ ドッ ク ス にある よう な 時 空 の無 限手 続き に 基 づ い て 運動 をする こ と を 考える , と, と て も で は ない が “動 け なく“ なる だ ろう‐ “無 限ス テ ッ プ’ を 後ろ に引 き ず り な が ら動 く の だ と す る. ならば, 動くたびに無限列のいくつかが剥がれてもおかしくないだろう. このような “無限ステッ プ’ を考えならば, 通常の時空構造表現は, その背後にある無限手続きが “繰り 込ま れて いる” 可 能性 がある.. ② “無限ステッ プ’ を繰り込んだものとしての質量や電荷:質と量, この矛盾した表現 なぜ質量と表現することができるのだろうか. 歴史的な経緯の分析は別と しても “質質” も, ”量量” も 36.

(10) . いわゆる ”ゼノンの逆理“ は, 『無限小解析』によって ”解決“ されたか?. 妥 当 な 表 現 でな い だろう こ と は予 測 で きる‐ こ の 言葉 の 中 にも 「質」 の 「量」 的 現 れ と, そ の 「量」 によ っ て は 汲み 尽く す こ との で き ない 「質」 がこ め ら れて いる と 考 え たい. そ の 質 の 量 では, 何 を量 と して評価 して いる の だ ろう か. 一つ の 質 とい え ども 汲 みつく せ な い.. そも そも の 「質」 が 「質」 と して 維 持 し続 けている こ と だ っ て 考 え は じめる と不 思 議 な こ. とで ろう. こ の 質量 が, 維 持 さ れて いる 一 面 を 自 分 が 自 分 に働 き か けて いる 『自 己場』 に着 目 している 点 か らみ て みよう‐ 『自 己場』 は 自 ら が自 ら に作用 す る こ と によ り 自 己自 身 が変 化 し そ れ がま た 自 ら に作用 し と いう , , , ,. 形で無限進行するため, その分析は回避されてきた部分でもある. 『自己場』 が矛盾に陥りそうなことは, たやすく理解できる‐ そもそも常識的な万有引力の方程式でも, 半径0では無限大の力 となり, 破綻してい ることは簡単に理解できる. しかし, 自己自らが自らに作用を及ぼしていることは, どの場の方程式を考察 する時でも考えざるを得ないこととなる‐ 詳細は避けるが電磁場の場合でも 「自己場」 を想定しないと, 電 子等から電磁波が放出されるという単純な事実さえも理解できなくなる‐ しかし自らが自らに作用を及ぼす とすると, 何故に電子が安定状態でいられるのだろうか. 「もともと電子を場と考える場の理論の立場から すると, 古典的な粒子としての電子が無限大の自己エネルギーをもつのは……場の量子論での電子の無限大 の自己エネルギーという困難の反映」 で 「無限大をなくすため に物理法則自体の変更を行おうとすると, そ の 影 響 は大 きく, いろ いろ な と ころ で 破綻 を 生 み 出 して しまう‐一. こ こ で は 『自 己場』 と いう 一点 の み を. 承 認する と, 他 の 多く の 破 綻 をつ く ろう こ と がで き, 「自 己作用 は無 視 で きな い」 の である肋 . 朝 永 振一郎 氏 は, 質量 ・ 電 荷 が 「自 己場」 によ っ て, そ の “荷” の量 的見 積も り が無 限大 にな っ て しまう パ ラ ドッ ク ス を, 無 限大 か ら無 限大 を引く と いう 方 法 によ っ て 矛 盾 をパ ッ ケー ジ化 する 方 法 を提 案 した , . 氏 の 「く り こ み 理 論」 にお い て は, た だ一 点 の み 質量や 電荷 を 観 測結 果 と して置 き 換 える こ と によ っ て そ ,. れ以外の自己場によっ て生ずる現象, 観測結果を正確に予測することができる‐ ま た 質量 の み な ら ず, 真 空 そ の も の が ”慣1生’ を有 している 電 磁場 の 波 : 電 磁 波 が起 きる の はこ の ため . であ る. 真 空 が “慣′性’ を有 する 背景 も こ のあ たり にあ る 可 能 性 があ る二 わ か っ たよ う で わ か らな い “慣1空’ や, “場” も 慣 性 をも つ こ と によ っ て 電 磁 波 の 伝 播 を 考 える こ と が で きる が そ の ”慣ず生’ に不 思議さをパ , ッ ケ ー ジ化 さ れて いる と みる こ と も で きる だ ろう.. 【W-21 「矛盾」 という表現自身の中に, “無限ステッ プ’ が内包されてし、る . 「矛 盾 につ い て は 静態 的 に解 釈 さ れてる こ と が多 いよう であ る が 本 来の “矛” と “盾” 」 に戻 っ ても, , , 矛 1 が, そ れを 勝る 盾 2 が応 対 し, その盾 2 に対 して 従前 の矛 1 が矛 2 と変化 し そ れ に応 じて と … … 続 , ,. くと, 矛盾そのものが無限ス テッ プを内包していることが分かる. これは単純な二つの鏡合わせで無限に続 く像が形成されている場合も, 正確 には無限に進行している継続が背後にあっ てのものである このような ‐ 二つの互いに応対する一組が無限ステッ プを形成する事例は多く存在している ‐ 例えば無限手続きの形式的側面としての現れとして, カオスと偶然を考えることができる .. “偶 然” の科 学 的根 拠 は どこ にあ る の だろう か サイ コ ロ 的偶 然 も, 条 件 にか かわる すべ て の 状態 を 決定 ‐. して, 力 学 の方 程 式 に従う な ら ば 我々 が知 らな い だ けであ っ て 本当 は必 然 で しかな いと いう 言 い 方も で , , “ ” き そう で あ る‐ ラ ブ ラス の 悪 魔 は い か に して 科 学 的 に 放 逐 する こ と が で きる の であ ろう か 熱力 学 の , . エ ン トロ ピ ー を 持ち 出 しても, そ の力 学 的背 景 はつ きつ め ていく と わ かり にく い 田 中一 氏 は 少 なく とも ‐ ,. 量子力学では本質的偶 然があることを指摘している醐. また力オスは 簡単な方程式の中でも決定不能な偶 , 然があることが分 か っ て きている 四 ま た, ゲー デル の 不 完 全性 定 理等 のイ メ ー ジを 考 える 場 合 に は 《ゲー デル 的 鏡》 と いう “二 枚 の 鏡” が , 37.

(11) . 倉賀野 志 郎. 必要となってくる鮫 一方の他者が, 自己の否定を投げ返して 《投 影》 してく る こ と が重 要 な点である. しか し, カ オス, フラ クタル等では, この単純な表現は無限進 テに しか な らな い‐ しか し, こ の 形式 的 な 繰り 返 しでも, サイ コ ロ の ”偶然” が単純な方程式の適用によって生ずる結果と同じであることを証明することができる‐ 単純な力 学方程式を機械的に適用 していく と, カオスが生じ, 無限に続くと仮定して太陽系の未来を力学的にみた場 合, 太陽に落ち込むのか離れ離れになるのかを決定することはできない‐ 天気予報にコン ピュータを適用す る こ と によ っ て, 本質 的 に予 報不 可 能 にお ち い っ て いる こ と は有名 である.. 《ゲーデル的鏡》 か ら見 る と チ ュ ーリ ン グマ シ ン, 人工 知 能 にか か わる 計算 可 能 性 問 題, 脳, カ オス, 性 等は統一的に考察できそうである㈱. 機械的適用の無限発展性は, 内容的には貧困なようにも思える‐ 質的 な発展性は, もっと異なる論理の解明が必要なのであろう. この物理的世界での現れとして自己場に関係する無限ステッ プ群に所属する一連の課題を位置づけること がで きる だ ろう‐ そ の 運動 学 にお ける 数学 的 形式 の 一 端 がゼノ ンの 逆 理 に現 れて いる と いう こ と になる‐. [V] 物の理 (ことわり) を ”科学する“ 物理教育を 【V-11 自然観の形成に着目する “科学技術離れ” の実態については 平成5年度 『科学技術白書』 (若者と科学技術:科学技術庁編: , ・994年1月) や, 例えば 『理工教育を問う』 鋤で, その一端が触れられている. また, 日本物理教育 学会等 が 「理科教育の再生を訴える」 という 「異例の声明」 を出し, 「国民的素養としての科学教育の充実」 や, 「科 学 を正 しく 理解 し 優 れ た判 断力 を 持 っ た小 中 教員 の 要 請 につ い て て こ入 れ を 求 め て」 い る. ( 1994年 , 4月).. 『科学はやっ ぱりおもしろい:夏休み中学生科学実験室』 ㈱として提示する実験の開発を奨める動きもあ るが, 他方において, 高校までの物理・数学教育に直接的に課題とはなっていない が, 見方・考え方として の “自然観” の形成が必要であると考える‐ 自然観等の教育の必要性は, 例えば菅野礼司氏も 「自然科学の成果の上に科学的自然観を築き, それによ っ て自然における人類に占める地位を認識することで新しい人生観と価値観が求められている 時代である」 ◎ のに対して, 現在の科学教育は 「自然観を無視した ”実 学知 識” 偏 重 と な っ ている」 こ と を指摘 して いる . 田中一氏は 「個別自然科学の学習の後に自然観という順序を通っ た串刺し方式でなく, ほとん ど同時に両 者を要求する……教授過程の基本構造」 を考慮する必要があるとして, 自然観の形成にかかわる内容として, ・自然の累層性 (階層性) と歴史性, ・人類発展の可能性と真理性が 「教師にとって不可欠な視点」 である ことを主張している回 【V-21 「自然観」 にこだわる問題意識の背景 ここでは自然観の形成を3つの位相で考える ①体系的自然像としての自然に対する見方・考え方:解釈コー ドとしての自然観 ②科学することを問い直す視点としての自然観. :予測コー ドとしての自然観. ③自己適用から自然観を考える (後述). :実践コー ドとしての自然観. . ① と② につ い て. 38.

(12) . いわゆる ”ゼノンの逆理” は, 『無限小解析』によって ”解i英’ されたか?. 既存 の 体系 性 の 理解 の 範 囲内 にお い て は, 新 しい 科学 を創 出 する こ と は でき な い‐ 誤 謬 を 恐 れる こ とな く,. 実践の科学的処理方法の意義を踏まえつつ, 大胆に自然の観念的把握を行うべきであると考える‐ 科学は, まさに創造的な, 観念的把握をテコとして前進すると考えるからである‐ しかし, 科学的な, 過去の科学の 成果に基づく 「自然観」 も学ぶ必要がある‐ 既存の見方・考え方を踏まえず, 主観的に提起しても, 「科学」 を構築することはできない‐ 体系性, 創造性, 目的性を有していない自然・宇宙把握は一面的である‐ 科学することと, その結果としての世界・自然に対する自然像・世界像は車の両輪とよく似ている. 科学 することだけが一人歩きすることはないし, 世界に対する現在の像が, その科学することの課題を提起する し, それの問い直しの結果としての成果が科学的世界像に組み込まれて行く‐ 科学は, このような全体の動 きを含んで成立しているものであり, 固定的静態的な面だけを強調することも, 動的行為だけを過度に強調 する こ とも 一面 的 であろう‐ ・ とり わ け② につ い て: ”不納得” のすすめ:物の理 (ことわり) を ”科学する” 物理教育を. 物理は難しいので, それを分かりやすく解説しようとする意図を目的とした本は多数出版されている. そ の 努力 を評 価 しつ つ も, 数 式 を用 い て “難 しく“ する こ と はこ けお どしで しかな い と考 える が, こ こ で は,. わかりやすく・楽しくすることの試みを評価したうえで, なおかつ, 物理は, やっ ぱり難しく, 哲学が必要 で ある こ と を 強調 した い‐ 今, “科 学 す る” 事 が 強調 さ れる こ と がある が, 物 理 を 考 える 時 に, あ え て “哲. 学する/科学する” ことにこだわりたい‐ 具体的な身近な例をあげながら実験透 ふんだんに用いる物理教育 の重要性を踏まえつつも, 自然観にも接近しうる物理教育を問い直すことも “科学技術離れ” が叫ばれてい るなかではとりわけ必要なように思われる‐ 「持 続 0 の 瞬 間 微 分 という よう な “瞬 間” で成 立 する 法則 の 不思 議 さ を含 め て も し “モ ナ ド時 空” 」 , ,. として, 瞬間の不思議さをそこに繰り込む役割を当面果たすための概念だとするならば, いわゆる繰り込み 理論と同様に, その不思議さを不思議さとして確認する役割は有していると考えたい‐ 問題の所在を明確に するという点においては重要だが, しかし, 暫定的な把握であることも自覚的に位置づけておかなければな らな い だ ろう. 矛 盾 をパ ッ ケ ー ジ化 してい る こ と の 限界を 承知 の上 で, そ れ を使う こ と によ っ て多く の 現象 を解く こ と が で き, そ れを通 して, そ の矛 盾 にチ ャ レン ジ して いく‐ こ こで は物 理 的な 統 一 的 自 然 像 によ っ て え ら れる 自. 然観とは異なる自然観を課題と していることともなる‐ 究 極 の ”最 後の 物 理法則” と 題 しての 本な どが 出 版さ れてお り, 時 間の み な らず 次元 や パ ラメ ー タ ー さ ,. えも排除する “究極” の理論を構築しようとする試みが行われている‐ その是非は別として, 自然の根底に ある究極の基本法則を知りたいという願望は 「若い人達の夢と知的好奇心を誘う課題」 であり, 物理を学ぶ こ と は, そ の哲 学 の片 鱗 を学 ぶ こ と とも 通 じて いる の で はな い だ ろう か‐ ◎ 「自 然 世 界 の 構 造 歴 史 を知 り , ,. そのなかでの自分の位置を知ることで, 自身を知ることができる. この世界を知ろうとする意欲, 好奇心は ……進化の中で獲得したものである. この意欲は当然自分自身が何物であるかを問うことになる一 国 科学そのものを探求する活動の強調という点では, 自然に対する科学法則の絶対性の探求という側面から みるならば, 「絶対性なき時代の科学教育」 ◎となる のかもしれないが, 基準となるべき “絶対1空’ を失っ ているのは既存の科学教育の在り方の問題以外の何物でもないだろう‐ 「子どもの立場にかえり 私たち自身の “わかろう とする” 努力と試みの中で 子どもたちの “わかろう , , とする” 姿を と らえ」 る た め に は, ま ず 「私 たち 自 身 が “わ か っ て いる” と思 い こ ん で いる こ と がい か に “わ か っ て い なしぞ か につ い て … … “自 覚” して みる こ と」 が必 要 であ ろう 鈎. しか し こ の ため には個 別 的. , 39.

(13) . 倉賀野 志 郎. 具体的な課題に応じて考察されていかなければ内実を有するものとはならず, 教師の手の中での答えを隠し ての ”問 い 直 し” と いう 引 き 回 しになる 可 能 性を有 して いる.. ・ と り わ け③ につ い て. 統一的自然像に現れる自然観と, 問い直し, 創り上げる視点に現れる自然観もある‐ しかし, 科学観を考 える場合には, それに加えて, 科学する行為そのものも科学に組み込む視点があると考えている. これは自 己に適用する視点から 「自然観」 を探るということともなる‐ この視点が, 今の①や②の 「自然観」 に欠け ている も の で はな い か と 考える.. 例え ば性 における他者媒介, この意味を 《自然の構造・歴史》 から位置づけると, 遺伝情報革命, 神経情 報革命, 外部情報革命:言語・文字獲得等の3つの情報革命の3段階目の他者媒介による進化・発展行為と いう位置づけからするならば, 「空’ は1段階以降の他者媒介発展行為である. この他者媒介による進化選 択の意識的選択段階が “教育“ であると考えたい. 自覚するしないにかかわらず, 我々は総体として, 進化 方 向を 自 己選 択 しよう と して いる. こ の ため に は, “過 去” ・ “今” の 分 析 が行 わ れて い な けれ ばな らない.. 教育行為の自覚的・意識的進化選択・他者媒介行為とするならば, その行為の学の形成は, 情報革命の3段 階は未だ現象が派生した段階にすぎないのではないか? この派生を課題とする学は生成を問わなければな らない段階であると考える. 他分野の 《学》 の存在を論ずる場合にも同様な視点で考察する必要があろう‐ 19世紀に熱力学・エネルギ ー保存の法則を論じられる背景には産業革命があったし, 社会科学・経済学の発生期は資本主義の形成期と も対応している‐ 現在, 「人間と自然との社会的物質代謝についての科学」 (表現は問題だが “環境科学” も その一例) が論じられるようになりつつあるのも系列 (無機・有機・社会の系列) の生成課題時期 と対応し ている.. 2次系列 (有機:生物) の性に対応する, 3次系列 (社会) としての時間的他者媒介としての 《教育につ いての科学》 の存在の必然性も, このような視点から考察しなければ “科学” として論じたことにはならな いだろう. 《行為》 そのものが存在しなけれ ば, それを対象とする学の形成を論ずことばできない‐ しかし, その現象がある だけでは, その現象を整理するだけのものでしかないだろう. ここでの基本的視点は, 未来 との 対 話 (コミ ュ ニケ ー シ ョ ン) か ら 今 を問 い直 す “意 識” する 物 質 が生成 しつつ ある 段 階である と いう こ. とである. この時間的他者としての未来を構想する課題から現在を考察する学においては, 進化方向の選択 を内包している. このことは生物現象が存在することだけをもって生物学が確立するとは考えないことと似 ている. このような生物学だけをもって成立している と考えこともできるが, 定義にかかわるが, 人間を含 む生物についての科学, そのあり方を論ずる 《生物学》 の確立にはいまだ遠いと考えざるを得ない‐ 同様な ことは社会現象を扱う社会科学と, そのあり方をも内包する 《社会科学》 とは質的な差が存在している. 前 者がなければ後者は成立せず必要条件ではあるが, 十分条件ではない‐. 《教育学》 につ い て は, こ の こ と が直接 に 問わ れている‐ な ぜな ら ば, 時 間的 未 来 との かか わり か ら現在 への働きかけを論ずることを対象とする以上, 教育現象を整理する学と しては, 本質的に不十分であるから である‐ では, なぜ, このようなことの成立が今, 問われるようになっ たのだろうか. 直接的には系列とし ての自己の生成課題に直面している故であるが, 系列としての自己を問う ということば, 他者を媒介として の未来と しての自己の自己認識を課題としうる段階に到着しつつあるからにほかならない‐この自己認識は, 認識に基づく働きかけにつながる とするなら ば, 進化の自己進化選択行為を課題とする学の生成の前段階で あるとも考えられる‐ 自己進化選択行為を考察する科学群の一つとして 《教育学》 を考えることができる. 40.

(14) . いわゆる ”ゼノンの逆理” は, 『無限小解析』によって ”解決” されたか?. しか し 《教育学》 は, その学の現れの兆しになろうが, いまだ, その成立を全面的に論ずることができる段. 階ではない‐ どの方向に, どのようにして働きかけるのかは確定されていない‐ 進化方向を意識的に選択し うる段階ではないのである. やっと現象を掌握しうる段階に達しはじめたにす ぎない. 3次系列が安定的に 生 成 した発展 段 階 にお いて成 立 が問 わ れる だろう. 今, コ ミ ュ ニ ケー シ ョ ンの 重 要 性, 異 質性, 多 様性 (こ. の背後には権利がある) の強調が行われつつある‐ しかし, もしその強調が “悪いとも思えないが言わない より 言 っ た 方 がよ い” と いう 程 度 な ら ば ひとつ の流 行 にす ぎな い だ ろう. も っ と強調 す べ きこ と は他 に多く. あるのかもしれない‐ その本質的意味が自然史から考察されなければならない鋤. 自然観の形成全体にかかわる科学教育を考えるとすれば, 上記のような展開となろうが, 個別物理分野に 関 して, 前 提そ の も のも 含み こ ん だ上 で の物 理 教育 を考 える な ら ば, 前 提枠 で しか な か っ た 時 空そ のも の を も対 象 と す る物 理 と して, そ の 一例 と して この ゼノ ン問題 を位 置 づ ける こ と ができる であ ろう‐. 《要約》 ①時空構造には, ゲージ・変換群に対応させての階層性がある‐ 個々の時空構造の “接続” として, その階 層における相互作用 (ゲージ場) を考えることができる. その一端は古典力学の論理構造においても現れ て い る‐. ②古典力学における万有引力, 電磁気学における自己場のパラ ドックスは, 一般相対論 (重力相互作用) , 量子電磁気学において “無限ス テッ プ’ として現れている. 通常は “繰り込む” 形で対処しているが, ”無 限ス テ ッ プ’ が内 包 さ れて いる こ と は消 し去 る こ と はでき な い ‐. ③一般相対論に象徴されるように, 質量に現れるエネルギーと, 時空構造の両方に ”無限ス テッ プ’ が現れ る‐ こ れ は相 補 的 であ り, “無 限ス テ ッ プ” の一 組: セ ッ トと して 把 握 しな け れ ば意 味 がな い‐. ④各階層のゲージ場の統 ー性の模索は, 個々の階層における対象性で規定される時空構造の統 ー性の模索で あり, 超弦理論に示されるよう に時空構造 の革命的な変更が迫られるであろう‐ 「直接に時間や空間とい うものに或る最小の単位があるという考えに移ろう」 という試みもある. そうすれば 「その単位より小さ い 空 間, 時 間 を 問 題 にす る こ と は で きな い か ら, 自然 に素粒 子 と いう も の に或る 種の, 大 き さ に相 当 した. 属性を持つことになろう‐ おそらく将来発見されるべき本当の理論ではこういう人々の想像が何らかの形 で 的 中す る で あ ろう‐ ・…・ ・こ れ ら の 考 え はま だス ペ キ ュ レー シ ョ ンの 範 囲 を 出 て い な い-」 こう いう 点 か. らからみると 「真の理論では……それらの概念に何か根本的な修正ないし制限が要求されているように見 える臨 また 「弦理論が示唆している時空の最小単位というような概念は, 相対性理論以上に革命的な時 ) 1 空 概 念 の 変 更 を意 味 して いる の かも しれな い.」 6 しか し、超 弦 (ス トリ ン グ) 理 論 が, そ の “モ ナ ド時 空” の 解 決 になりう る か どう か は不 明 であ る‐. ⑤この “無限ステッ プ” の時空構造の運動学的現れの数学的表現の課題としてゼノンの逆理を考えることが できる‐ 従前から論議されてきた力学や運動学の ”矛盾” は現代的課題と結びつ けた形で考察されていか な け れ ばな らな い だろう.. ⑥この意味では “ゼノンの逆理” は物理的時空の連続体の現代的課題を内包しているのであるが, マクロー リンのような “解決” 方法では問題の本質には接近できないが, その課題の重要性を再認させる効果と し て意味をもつ‐ 時空構造も物理の対象であり, 認識の深化とともに発展する. ‘無 限ス テ ッ プ” の 数学 的 表 現 と して 考 察す る な ら ば ゲー デル・カ オス ・偶 然等 も 同 一 の概 念群 に含 ⑦‘ , , ま れて いく 事柄 であ ろう.. ⑧ 「科学的認識の形成過程を人間の全体的かつ現実的認識活動のなかに位置づ け」 ◎るためには,( 1 )自然. 41.

(15) . 倉賀野 志 郎. 世界を把握する科学,( 2 )それに加えて, 科学することを問い直し・それを知ろうとする行為をも含めての 3 科学,( )さらに, それを創り変えようと働きかける異質を求める行為を含めての科学全体の教育を考えて いく必要があると考える. この自己適用の物理という分野での課題がゼノン問題である. この宇宙を認識 しえる人間の存在そのものの必然性を物理的に考察しようとする 『人間原 則 ㈱ま でい かな く とも,‐ま た, 一つの基本定数のみからすべての次元あるパラメーター (次元も含めて) の導出しうる究極の理論に到達 し得るかどうかは別 としても, 前提の時空枠をも含みこんだ物理が要求されていることはまちがいないだ ろう・. 《註》 1 ) 山川偉也, 『ゼノン4つの逆理謬, 講談社, 19 ( 96年/沢口昭幸, 『連続体の数理哲学』 7年/ゼノンの逆理につい , 東海大学出版会, 197 てはアリストテレス, 『自然学』 (第6巻・9章, 岩波書店) に記載. “ “ ) 岩崎允胤, 『弁証法と現代社会科学』 ( 2 67年. , 場所的運動における矛盾の問題:ゼノンの逆理をめ ぐって , 未来社, 19 ( 3 ) 秋葉茂夫, 『広がる数と形の世界』 新日本出版 年 1 9 9 5 , , 「ハンガリーの科学史家サボーによれば 数学を経験主義的な技術体系から科学にまで高めるために ゼノンの挑戦が大いに役だ っ , , 『 『 た」 ことについては, アルパッ ド K ポー サ 数学のあけぼの 東京図書 1 年/ 9 7 6 ギリシ 数学の始原 玉川大学出版 ァ 』 . . 』 , , , , , 197 8年が参考となる. 山川氏は 「ゼノンの議論の特質を考えれば……すでに無理量の存在を理論的にも知っていたにちがいない」 だろ うことを推測している. (前掲書) 「 ( ) W.1 4 . マ ク ロ ーリ ン, ゼノ ンの パ ラ ドッ ク ス を 解く」 , サイ エ ンス, 1994年11月 号. ( 5 ) 斎藤正彦, 『超積と超準解析:ノンスタンダー ド・アナリシス』 76年/キースラー, 『無限小解析の基礎』 , 東京図書, 19 , 東京図書, 1979年. “力学の矛盾“ と力学教育 北海道教育大学紀要N { 6 ) 倉賀野志郎, 「 3 2巻, 1981年 o 」 , 「 『唯物論』 2号所収 汐文社 19 { 7 ) 田中一 現代物理学:力学の弁証法」 4年5月 , , , 7 『唯物論』 N ( ) 岩崎允胤.宮原将平, 「田中論文 ”力学の弁証法” について一 8 2 2 9 74年 o , , 札幌唯物論研究会, 1 「 『 { 9 ) 橋本剛, 矛盾と運動」 2 3 97 5年 o , 唯物論』 N , 札幌唯物論研究会, 1 回 ヘルマン・ワイル, 『数学と自然科学の哲学』 岩波書店 1 9 5 年 9 , , .74 ,p 『自然科学概論:現代科学と科学論』 (武谷三男編) 勤草書房 1 ) 瀞間良次, “数学における連続の問題” ( 1 1 , , , 960年 (ゆ 田村示右三, 『数学の哲学』 ”ゼノンの運動論駁と超準解析” 現代数学社 9 8 年 1 1 , , ( 1 3 ) -松信氏, 『膚の数学:無理数を見直す』 0年 , 海鴫社, 199 蛸 ボルツァーノは一対一対応としての無限, それを考察するためのカントールに通ずる視点ともなりうる集合論は, 前段としてしか位 ( 置づけられておらず, 運動に基づいて連続体の無限性を考察しようとしている. そのため, 後段では物理的量, とりわけ時間が考察さ れており, 運動を持続させる連続にこそ無限性を考察するカギがあるとの視点が存在しており, 現代数学の視点とは異なっているが興 ” ” 『 味深い‐ B 8年 . ボルツァーノ, 無限の逆説』 時間概念における逆説 , みすず書房, 197 「実無限を肯定するボルツァーノの態度には断固」 としたものがあり 「アリストテレスの “線は点から成るのではない” に納得せず , , 無限個のゼロを集めても有限の値にならないような (小さな) 無限と, 有限の値になるような (大きな) 無限が存在することに何らか の確信をもったのではないかと思います‐一 「彼が連続体の定義を試みたのも (失敗したが) そのためだったのだろうと思われます.」 (秋葉茂夫:前掲書) Q$ 寺岡英雄 ”ニュートン力学の論理構造とその基本法則” 『物理教授法の探求』 (高村泰雄編) 7年 , 北海道大学図書刊行会, 198 『月刊フィ ジイクス』 Vo 回 田中一, 「古典力学講義覚え書き」 N l 海洋出版 年 l 1 9 7 9 P 5 4 o ‐ , , , , 『 回 菅野礼司, 『物理学の論理と方法』 (下) 995年 .230/ 力とは何か』 , 大月書店, p , 丸善, 1 “ ’ 8 町田茂/有尾善繁, 『現代科学と物質概念』 ( 1 83年 , 物質の自立的実体と対象挫, 青木書店, 19 { 1 9 物理とは異なる生物という階層での現れだが, 本川達雄氏の固有の時間概念があることは興味深い. ただ単なる時間の階層性とは異 なり, その相互作用を含めての “働き” の中に固有時を見いだすことは普遍的なことではないだろうか. 本川達雄, 『ゾウの時間ネズ ミの時間:サイズの生物学』 2年 , 中公新書, 199 「 「 レイザーは また,j さしあたり, ここでは, 六つの主要な統合レベルを区分する」 .T .フ . ①常に光速度で運動する, 静止質量ゼ ロの粒子の世界, ②常に光速度以下で運動する, 静止質量がゼロでない粒子の世界, ③星・銀河・銀河群に集中した, 質量をもち, 秤 量可能な集団の世界, ④生物の世界, ⑤一つの種としてのヒト, そしてその種の独立した一員としての人間, ⑥彼らが準自律的構造と して機能するだけの範囲に向けた, 人間社会の集団的制度‐ 以上の各組織レベルは, はっきり区別され, 安定で, かつ相互に階層的に 『 重ね合わせた関係を占めることが要請される.」J 4年 .T . フレイザー, 自然界における五つの時間』 , 講談社, 198 42.

(16) . いわゆる ”ゼノンの逆理“ は, 『無限小解析』によって “解決“ されたか? 生物の複雑さ, 生物進化, 栄養摂取法, 生殖法, 個体発生などを ”階層lr に基づいて統一的に説明しよう とする試みもある‐ 団ま りな, 『生物の複雑さを読む:階層性の生物学』 96年 , 平凡社, 19 鋤 佐藤文隆, 『量子宇宙をのぞく:時間と空間のはじまり』 “量子宇宙と時間の起源” 1年 , 講談社, 199 1 回 平川浩正, 『相対論』 共立出版 年 l 3 1 9 7 5 , , ,p 2年 回 荒牧正也, 『無限大にいどむ』 , 大月書店, 199 “8観測の理論” 近代科学社 1 岡 田中一, 『動画付き量子力学』 1年 , , , 99 『 図 「完全な偶然な硬貨投げは決定論的な……結果と見られる」 この説明としては , , カオスに関する本は多いが, 戸田盛和, カオス, 混沌のなかの法則』 (岩波書店, 19 9 1年, p ) が分かりやすい‐ .59 『ゲーデルの世界』 (横田一正他 海鴫社 19 岡 K ゲーデルの理論を説明してある本は多いが ‐ , , 85年) には, 定理の原論文力増己載されて 『 パズルとパ いる‐ 内井惣七には鏡を例にしての説明がある‐ ( 8 9年) ラ ドックス』 , 講談社, 19 岡. 本質的にカオスに関係していて, その意味は不明だが, 自己組織化・ゲーデル・自己適用としての力オスとして進化とかかわってい 『 るのかもしれない. D 93年, 2 4章 ”性の本質“ . ルエール, 偶然と力オス』 , 岩波書店, 19 『 物 産経新聞社会部, 理工教育を問う:テクノ立国が危うい』 95年 , 新潮社, 19 園 有馬朗人他, 『科学はやっ ぱりおもしろい:夏休み中学生科学実験室』 95年 , 丸善, 19 『日本の科学者』 水曜社 19 回 菅野礼司, 「科学教育に望むもの」 9 5 年 月号 1 1 , , , 『講座 現代教育学の理論2:民主教育の課題』 青木書店 19 岡 田中-, 「科学教育と世界観の教育」 , , , 82年 鯉 ) 坂井典佑, 『最後の物理法則:超対称性と超弦理論』 岩波書店 1 9 9 5 年 , , 『 回 佐藤勝彦, 「科学観と科学教育」 5年 , 科学する文化』 (佐伯畔 編) , 東京大学出版会, 199 “絶対性なき時代の科学教育“ 『ひと』 19 岡 村上陽一郎, 「科学の絶対性が揺らいだ時代の科学教育をどうするか」 年2月号:特集 9 6 , ,. 太郎次郎社 回 佐伯群, rわかる” ということの意味』 9 5年 , 岩波書店, 19 もめ ”異質に学ぶ” という視点も次のような自然進化史的視点から, そのもつ意味が検討されなければならないだろう‐ 形式的な異質の 存在の認知だけでは新たな進化を生み出さない‐ 「生物進化の歴史上で 共生が生物多様性の創出に果たした役割 は大きい 「この生物進化の歴史上でもっ とも重要な事件である 」 , . 真核細胞の登場は, 異なる細胞の共生によって異なる能力 (特に代謝能) を寄せ集め, 新 しい強力な機能を実現 したものと言える‐一 (東政彦 他, 『寄生から共生へ』 ”共生の生態学” 95年) また 「単細胞生物における栄養情報とそれに対する細胞の対応 , 平凡社, 19 「 は……栄養不足の対策に重点」 があり, そしてそこから 化学情報系の基本的にしくみが生まれ, しかも, その対応の一つとして 多 , 細胞性の協同生活が生まれる. さらには分業が生まれてきたことさえも暗示一 され, 「この分業化, つまり細胞の機能分化と, もう- “ ” つは有性生殖へのきっ かけも栄養不足の対策の一つと考えられる」 82年) . (中村運, 『生体機構の進化』 協調系の進化 , 講談社, 19 『量子物理学の展望』 岩波書店 1977年 岡 朝永振一郎, 『無限大の困難をめぐって』 1 9 4 9 年の再録 , , , , 師 高村泰雄, 「自己意識と科学的認識の形成過程」 6 3 4年 o , 北海道大学教育学部紀要N , 199 岡 例えば松田卓也, 『人間原理の宇宙論;人間は宇宙の中心か』 0年 , 培風館, 199 (本 学 教授. 釧 路校). 43.

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