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『世継物語』博雅少年琵琶秘曲伝習説話をめぐって : その諸要素の解明と説話の教材化の試み

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Academic year: 2021

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(1)Title. 『世継物語』博雅少年琵琶秘曲伝習説話をめぐって : その諸要素の解明 と説話の教材化の試み. Author(s). 中島, 和歌子. Citation. 札幌国語研究, 1: 33-48. Issue Date. 1996. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2600. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである。. Hokkaido University of Education.

(2) その諸要素の解明と説話の教材化の試み. 島. 和. 歌 子. 本稿ではその具体例として、管絃の名手として名高い平安時. 得には適しているのではないかと思われるのである。. る話を複数取り上げる必要は無いのであるが、読みの技術の習. るのではないだろうか。粗筋をつかむ為には、ほぼ同じといえ. 中. ﹃世継物語﹄博雅少年琵琶秘曲伝習説話をめぐつて. は じ めに 古文の教材として、同語・類語関係にある複数の説話︵集︶ を取り上げてみてはいかがであろうか。 るなど他者に開かれた文章かので、平安時代の女性の仮名作品. れに依拠したとされる﹃今昔物語﹄とを比較対照しっつ読んで. 伝習説話を取り上げ、主に﹃世継物語﹄を、﹃江談抄﹄及びそ. の琵琶. よりは口語訳︵逐語訳︶がしやすいということが挙げられる。. みたい. 代の貴族、博雅三位︵九一八モ九八〇年、幼名は不明︶. また、ほぼ同内容の話が複数の作品に収められているというこ. 鎌倉時代における本説話の諸相を概観し、次いで﹃世継﹄を中. その理由としては、まず説話は主語・述語が比較的明確であ. と自体、著作権などの近現代文学における常識が先入観になっ. 心に本説話の諸要素やその周辺に関して考察を加えておく。. 一、博雅三位琵琶伝習説話の諸相. ︵本文は後掲の表2︶⋮。なおその前に、まず主に平安・. ている為か意外な感じを与えるようであり、それに直接ふれる ことは、伝統の再生産による創造という古典文学の特徴の理解 につながるだろう。更に、古文でも現代文と同じく文章を理解. 本説話のプロットは、源博雅が関所の辺りに住む法師に琵琶. の秘曲を習う為ある期間通った末に念願が叶った、というもの. ︵読む︶際には人物設定や場面設定、登場人物達の言動や. 心情表現などが手掛かりとなろうが、同語・類語どうしのそれ. である。次に掲げた一覧表佃からもわかるように、その法師は. する. らを比較対照する ︵比べる︶ ことで、細かい違いに注意するこ. 逢坂︵会坂・相坂︶. の関の蝉丸だとするものが多い。また楽器. とができ、それによって個々の文章をより深く読むことができ. −33−.

(3) 四 世. 12. 後 記. l. 12. 成 立. 11 四 乎 四 11. 12 室. 00 町. l. ‡. l. 中. 9. 前 頃 75 頃 01 期 20 91 11 27 中 初 15 12 55 次. 半. 平 東 文 無 無 東 今 顕 江 和 世 古 俊 和 後 作 歌 家 関 机 名 物 紀 草. 紀要準 巻. 12 64. 名 斎 随 土ヒ l∃ 物 昭 古 .ム 談 童 蒙 継 物 本 説 話 頼 髄 湊 誅 撰 和 歌 申. 39 31 語 行 談 抄 子 筆 語. 45. 閑 四 四 連 の 宮 宮. 坂. 原 原. 宮 坂 坂 坂 坂 坂 坂. 坂 坂. 坂. 原 閑 辺 関 関 辺 関. 関 閑. 関. 場. 蝉 坪 蝉 / J≡■三 蝉 蝉 蝉 蝉 芋 蝉 / 蝉 蝉 / 蝉 名. 蝉 丸. 丸 丸 丸. 丸 丸 丸 丸 丸 垂 丸. 山 藁 藁 関 延 世 藁 藁 / 庵 庵. 科 屋 屋 屋 喜 捨 屋 屋 や ・ て. 延 延 羽 捨 喜 書 王. 盲 狭. の. 人. 延 第 四 王 子. 通. 人. 訪. 元 元 は は 敦 実 親 王. の 時. 潰. が. 日 明 藁 屋. 丸 丸. 丸 前. ( 所 庵 員 庵 準 / 庵 住 盲 盲 目 目. 盲 仁. に 人 四 四 住・ 王 む延 子 喜 第 四 王 子. 法 に. 通. の. に. 子. Vヽ. 物 乞 あ 乞 鼓. 所. や. れ 尤. の. 盲. げ な. 目. る. り. 者. 天 人. あ る. 者. か. / / / / / / / / / / / / ○ イ. ○. 田 / 囚 囚 △ △ / / ○ / ○ ○ / ○ ○ ○ / ロ. /. / / △ △ / / / / ○ ○ ○ / / / / / / 四. 琵 琶. 琵 琵 琵 琵 和 和 琵 琵 琵 琵 琵 琵 琵 琴 琴 / / 楽 琶 琶 琶 琶 琴 琴 琶 琶 琶 琶 琶 琶 琶. 博 雅. 博 博 博 / 博 宗 博 博 博 博 博 博 博 / / / / 人 雅 雅 雅. / 啄流 木泉. 雅 貞 雅 雅 雅 雅 雅 雅 雅. / / / 百 夜. 奉. 季 毒. の. 啄. 調. 面. 曲. 啄. 器 物 間. 夜. 曲. 啄. / / / / / / / / 八 月. /. で. る. △ / /. 季. 日. て 詠. 歌 つ 人 物. し. 雑 色. 通 処. 人. ○. /. 所. 帝 が 遺 棄. 十 五 夜. 風. 風. 月. 月. 陰. 陰 譜. 伝. 琶. 説 う. 十 五 夜. 否 定. 便 者 ー34−. 時 弾 Vヽ. た. か 雅. 笹. の. 供. 他.

(4) を和琴︵わごん・あづまごと︶、習った人物を良琴宗貞︵後の 僧正遍昭、八一六∼八九〇年︶とするものもある曾. 丸二二旬日﹁ありぬべし﹂. ハ逢坂の関の嵐の激しきにしひてぞ居たる世を過ぎんとて. ﹃続古今集﹄雑中・一七二五番・題不知・蝉丸. ﹃江談抄﹄三・八番・日暗・五旬日﹁世を過ぐすとて㈱﹂. なお表中のイロハは、次の蝉丸の現存全四首中の三首で、﹁O﹂. は全歌が、﹁△﹂は歌中の語句﹁藁崖﹂﹁関の嵐﹂が地の文に見. ﹃今昔物語﹄二四・六三番・蝉丸・五旬日﹁世を過ごすとて﹂. 下限も示す。詞書から寧ろ盲目ではないと知られる。﹁逢﹂が. イ歌は確実に蝉丸が詠んだ唯一の歌であり、その生存時期の. ﹃新古今集﹄雑下・一人五〇番・題不知・蝉丸. ﹃新撰朗詠集﹄下・無常・七四四番・相坂蝉丸. ニ秋風になびく浅茅の末ごとに置く白露のあはれ世の中. られることを示し、該当する表現が無い場合は﹁/﹂とした︵他. の項目も同様︶。和歌の後に所収の代表的な作品名を挙げた。 歌番号は、すべて﹃新編国歌大観﹄に拠る。 イこれやこの行くも帰るも別れつつ知るも嘲らぬも逢坂の関 ﹃後撰集﹄雄一・一〇八九番・相坂の関に庵室を作りて住 み侍りけるに、行き交ふ人を見て・蝉丸. 動詞と地名の掛詞になっており、﹃後撰集﹄では﹁往来頻繁な. ったのに、これでは、ことにな. ﹃小倉百人一ぎ蝉丸二〇番・三旬日﹁別れては00﹂. ︵庵室を造︶. さまを、律動的に生き生きと描く。︵中略︶むしろ、せっかく 隠棲するつもりで. ﹃源平盛衰記﹄四五・蝉丸・二三二番・三旬日﹁別れては﹂ ロ世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋も果てし無けれ ﹃和湊朗詠集﹄下・述懐・七大四番・︵作者名不記︶. という仏教的無常観を表わす歌と解された。蝉丸の歌人として. だわって詠んでみた歌﹂であったが囲、中世には﹁会者定離﹂. らぬ、とおどろく、こっけい味さえある﹂、あるいは﹁名にこ. ﹃新古今集﹄雑下・一八五一番・蔑不知・蝉丸. の地位が、彼の作とされるロハ歌を伴なう説話により高められ. ば. ﹃俊頼髄脳﹄蝉丸・八五番・三旬日﹁ありぬべし﹂. ていき、﹃小倉百人一首﹄に繋がっていったと考えられている㈱。. 一世紀初頭の﹃和漢朗詠集﹄の時点では作者が定まっていなかっ. 解する説㈱が有力で、そうするとやはり世を無常と観た歌。十. ロ歌の﹁果てし無ければ﹂は、住み果てることができないと. ﹃古本説話集﹄せびまろ・五二番・三旬日﹁ありぬべし﹂. ︵神田. ﹃和歌童蒙抄﹄五・居所・宮・三七一番・蝉丸二二旬日 ﹁過ぐしてん﹂ ﹃江訣抄﹄三・七番・目時・三旬日﹁過ぐしてん﹂. の関の蝉丸がみすぼらしい庵を笑った通行人に対して詠んだ歌. たわけであり00、本来は伝承歌と考えられている。後に、逢坂. ﹃今昔物語﹄二四・六二番・蝉丸・五旬日﹁過ごしてん﹂. ︵﹃俊頼﹄﹃古本﹄︶、あるいは都への移住の誘いを断る際の歌︵﹃江. 本は四旬日﹁宮も家屋も﹂㈱︶. ﹃源平盛衰記﹄四五及び四人二三≡番及び二大七番・蝉. −35−.

(5) 談抄﹄. ﹃今昔﹄等︶. として理解されるようになった。イ歌の詞. を取り上げたものとして高木浩明氏の論がある曾氏が注目し、. 二、本説話における﹃世継物語﹄の位置づけ 書産室﹂が当歌の﹁藁屋﹂と、更に﹁行き交ふ人﹂が当歌を 含む﹃俊頼﹄ ﹃古本﹄ の﹁行き来の人﹂と響き合う。また当歌 本説話に関しては、古代は ﹃江談抄﹄と ﹃今昔﹄、中世は謡 の﹁宮﹂は、貴燥の対比で用いられたものであろうが、貴種と 曲の﹃蝉丸﹄を中心に論じられることが多いが㈹、特に﹃世継﹄ の繋がりを喚ぎ取ることも可能な表現である。換言すると、蝉. 丸が﹃俊頼﹄の﹁故づきたりける者﹂や﹃古本﹄の﹁よろしき者﹂考、 察された﹃世継﹄ の記述は、主に次の五つである。以下その. どおりであるが、氏は更に、木幡が﹁境界的な場所﹂というだ. であることから逢坂の関の蝉丸と結びついたという指摘は従来. 定まってはいなかったという指摘や、木幡が関所のあった場所. の説話が生まれ まず①に関して、博雅が琵琶を習った盲目の法師が蝉丸だと. を弾くと天から合奏する音が聞こえたとある点。. ⑤盲目の法師が実は天人であったという点、また博雅が琵琶. 伝授されたという点。. ④宙夜目の、﹁九月ばかりの月のいみじう明き﹂時に秘曲が. ③博雅が百夜通ったという点。. ②和歌二首︵ロハ︶ が無い点。. 及び、その住む場所が逢坂の関ではなくて木幡とある点。. ①博雅が琵琶を習った盲目の法師が蝉丸と記されていない点. ﹃今昔﹄の敦実親王の雑色、更には延喜第四王子とされる契機は、 紹介と補足のかたちで私見を述べていきたい。 歌 語 自 体 に もあったといえるのではな い か 。 ハ歌は﹁しひて﹂が﹁︵目︶療ひて﹂︵盲いて︶と﹁強ひて﹂. ︵イロニは順に一四七・一四九二四五番︶. の掛詞であり、自らの境遇を詠んだものである。後鳥羽院撰の ﹃時代不同歌合﹄. に取られていないという歌の出来や、﹁逢坂の嵐の風は寒けれ ど行くへ知らねばわびつつぞ寝る﹂︵﹃古今集﹄雑下・九八八番・ 題不知・読人不知︶という類歌の存在、当歌を持たない﹃童蒙抄﹄. のような説話から﹃江談抄﹄や﹃今昔﹄. に﹁山の嵐も激しく﹂という表現があることから、ハ歌は﹃童 蒙抄﹄. る時の﹁副産物﹂﹁説話伝承者の所産﹂ではないかという指摘 がある仙。 ニ歌は正に無常を詠んだもの。説話中に見られないので表で. は省いた。十二世紀初藻成立の ﹃新撰朗詠集﹄ に作者名が記さけでなく﹁死体の捨て場︵埋葬地︶﹂であったことにも注目され、 れているが、その頃には既にロ歌が逢坂の蝉丸と結びついてい その二性格と、﹁盲僧︵琵琶法師︶﹂の﹁堺の神の司祭者﹂と﹁亡. であり、境界の地であったことから、﹁これら三点が盲僧︵琵. たし、﹃江談抄﹄ には﹁この目暗、命旦暮あり﹂などの表現も 魂と人間との媒介者﹂という二つの役割との対応を指摘されて 見られ、嘱目の歌だとしても個、これも後撰集作者の蝉丸に遡 いる。また、木幡・逢坂の関・四宮河原がいずれも交通の要衝 れ る の か は 疑問であろう。. −36一.

(6) 琶法師︶たちの一大テリトリーであった﹂とし、本説話は彼ら. はあるが、人通りの多い逢坂の関に住んだという点からすると、. るべきなのであろう。但し末尾︵後掲表2のL︶で蝉丸を﹁盲. これは容貌に限らず、﹁乞食﹂としての総合的な﹁あやし﹂さ. るのに対し、﹁目つぶれたる法師の世にあやしげなる﹂だという。. 隠遁の意志については疑問である。﹃江談抄﹄に﹁人が行くこ によって﹁保有、管理され、多くの人々に語られていたもの﹂ とまれ﹂とあるのも、住んでいる地域ではなく庵自体の手狭さ と考えられている。 確かに、本説話の保有・管理者のいた地域は、従来のようにに限ったものであろう。さて﹃世継﹄は、物乞いが明確である﹃俊 頼﹄ ﹃古本﹄ でも﹁故づきたりける者﹂﹁よろしき者﹂としてい 逢坂の関周辺に限ることなく、同じ性格を持つ広い範囲で考え 琵琶﹂の始祖と位置づける本説話の完成形といわれる1今昔﹄. た中に、呪師・保儒舞︵ひきひとまひ︶・田楽・塊偽子・独相. まず従来の一説帥を上げておく︵傍線筆者、以下同じ︶。. のほうに注目して右との関係で一つの仮説を述べておきたい。. を、 も含むのではないか。そうだとすると、源氏の若君である博 に対し、﹃世継﹄は最も古態性を有するといわれているだけに 雅との身分的な落差はかなり大きいことになる。 高木氏のように﹁盲目の法師とは言うまでもなく琵琶法師のこ と﹂とみることには若干躊躇してしまう。﹁琵琶法師﹂という また﹃世継﹄には見えない﹁蝉丸﹂という名について、﹁蝉 歌の翁﹂︵﹃方丈記㌔河港抄﹄︶とも称されたようであるが、﹁丸﹂ 語は、十一世紀初頭の成立の﹃新猿楽記﹄冒頭の猿楽を列挙し 撲・独双六・千秋万歳の酒樽︵せんずまんざいのさけほがひ︶. 等々と並んで﹁琵琶法師之物語﹂と見えるが、その具体的な演 平安前期に入ると麻呂型の名は減少し、二字訓読型の名が 急増した。庶民の場合には、発音も文字も簡略化された丸 目や盲人か否かは不明とされている曾これについてはひとま 字が広く行なわれた。平安中期になると、貴族社会では麻 ずおき、以下①についての別の観点を呈示しておきたい。 身体に障害がある場合も無い場合も含めて、また芸能をする 呂型の名はほとんど消トえ、二字訓読型の名が一般化した。 但し、麻呂塑の名は、丸型となり、幼名または童名として しないに限らず、出家姿の者が都市に集まる理由として、﹁乞食﹂ 遺存した。関白藤原頼通の幼名は田鶴丸であった。︵中略︶ が指摘されている曾交通の要衝においても同じことがいえる のではないか。﹃俊頼﹄﹃古本﹄の逢坂の蝉丸は、盲目の法師と 庶民の男子名には、以前として丸型が多かった。歌人の蝉 丸というのは、庶民の丸型の部類に入るのであろう。 は記されていないが、﹁往き来の人に物を乞ひて世を過ぐす﹂﹁さ 庶民の丸型の例として、﹃新猿楽記﹄の雄芸者を列挙した箇所に、 すがに琴なども弾き、人にあはれがらるる﹂着であり、庵に住 坂上の菊正・遺構の徳高・大原の菊武らに続いて挙げられてい んだとあるので、おそらく僧形であっただろ、で元の後撰歌人 る小野の福丸︵さちまろ︶も、﹁其の体、甚だ以て非人なり。 の蝉丸の場合ですら、隠者的な性格が指摘されるのが一般的で. −37−.

(7) 偏へに乞弓︵こつがい︶にして衆中に一列すべからず。﹂とあり、. びついていなかったということである。. 族の師弟でも、病弱であったらしい藤原行成の長男﹁薬助丸﹂が、. 昭二氏の、﹁蝉丸には仁明御時の人という伝承がある。︵中略︶. 但し﹃江談抄﹄に蝉丸の名が見えないことについては、篠原. 加冠すべき年を越えても幼名のままであったこと㈹からする. 蝉丸の名が落ちていくのはこの話を事実として受取ろうとする 者の判断が働いた故﹂という説もある朋。次に図示したのは、. 同じく丸型の名を持つ乞食の芸能者といえるだろう。しかし貴. と、﹁蝉丸﹂も、身体の障害により幼名のままであった、つま. そう考えた場合の成立の過程についての仮説である。. ﹃江談﹄逢坂・盲・︵蝉丸︶・琵琶占ハ・博雅. ﹃今昔﹄逢坂・盲・蝉丸・琵琶・ロハ・庵・博雅・元親王雑色. 敦実親王伝榊. ハ・逢坂・盲 ﹃童蒙﹄逢坂・蝉丸・琵琶・ロ・庵・博雅. 坂・蝉丸・琴・ロ・物乞い・庵・非購 ﹃俊頬㌔古本﹄逢. ﹃世継﹄木幡・盲法師・琵琶・博雅. ﹃朗詠﹄ロ・宮・藁屋・無常. ﹃後撰﹄逢坂・蝉丸・庵・︵無常︶. り世を離れた貴種の可能性があるのではないか。 ともあれ、平安中期における人の集まる場所での、障害のあ のイ歌の. ること、芸能者、物乞い、僧形の密接な繋がり、更には丸型名 の持つもう一つの可能性を背景に置くと、﹃後撰集﹄ 蝉丸︵往来の頻繁な逢坂の関辺りの庵に住む僧形の者︶が、﹃和 漢朗詠集﹄ のロ歌︵﹁宮﹂という語を含む無常の歌︶ の作者と 見なされ、﹁俊頼し ﹃古本﹄ のような説話︵逢坂の関辺りの庵に. の盲目の法師という. が生まれる過程がわかりやす. 住み、通行人に物乞いをして世を過ごす身分捜しからざる琴弾 きが、達観の境地を歌に詠む話︶ くなるのではないか。更にここに﹃世継﹄. 要素が結びつくことは容易である︵下の成立過程想像図、参照︶。. の末尾には﹁盲になりにければ会坂には居たるな. さて、③の博雅が通った期間が﹃世継﹄ では三年ではなく百 夜となっている点について、高木氏は、﹃奥義抄﹄が﹃古今集﹄. なお﹃今昔﹄. りけり﹂と、都を離れ逢坂の関辺りに住んだ契機が語られてい. 恋五・七大一番歌の注で引く﹃歌論議﹄の説話を基本形として、. 次に②の 1世継﹄ には和歌二首︵ロハ︶ が無い点について、. 高木氏は二首は元々蝉丸の歌ではなかったと指摘され、①の蝉. 時間概念として盲夜通いが三年と同様に類型的表現であったと. されている。また﹃無名草子﹄が﹃世継﹄と同じく﹁百夜﹂で. の説話は古態性を有し、ま の間で蝉丸の和歌説話と結びついた. あるものの、十二世紀末までに形成されていた、博雅と逢坂の. 丸の名が無いことと併せて﹃世継﹄. の頃にはまだ蝉丸と結. とされている。言い換えると﹁江談抄b. た﹁江談抄Lから﹃今昔﹄. 百 四位の少将と小野小町の話に到達する軌ことから、平安時代の. る。乞食芸能者になったとむ解せるところである。. ー38−.

(8) 関の蝉丸という説話の形の影響下にあるとも言われている。 感の百夜通いは結局九十九夜目までで挫折してしまうが博雅. なぜ. ﹃世継﹄. には﹁暁﹂とあるのだろうか。他の﹃江談抄﹄. や﹃今昔﹄ には伝授の時間は記されていないが、﹃今昔﹄は博. の﹁三曲﹂、﹃盛衰記﹄ の﹁天人﹂が ︵蝉丸に︶秘曲を伝えるな .. 通いの系統だといえる。﹃無名草子﹄の﹁百夜﹂の他、﹃平家物語﹄. はなかったなどの違いはあるが、確かに﹃通小町﹄. 位の区切りでは表現しえない、期待・不安・失望・感激という. 叶った、というのはより劇的である。他の﹁三年﹂という年単. 夜目もダメかと思っていたところ、そのギリギリの時に念願. 寝ていたとするのは. を澄まして起き出でて﹂と続くが、そもそも法師がその夜一旦. 雅が都に帰った時が﹁暁﹂になってる。﹃世継﹄は﹁暁に、心. どの ﹃世継﹄ の後世への影響力を考えると、.木幡︵宇治市木幡. 一夜のうちの博雅の心の変化を、想像しうる場面・状況設定と. の願いは叶う、またそもそも法師に育夜通えと言われたわけで. を中心とする地域︶ と採草︵京都市伏見区深草の一帯、但し少 将は深葺から通った︶ の近さ解や、類話の握⋮名抄﹄に﹁昔採. なっているのである。﹁暁﹂. に到る百夜. 草の帝︵仁明︶の御便ひにてY和琴習ひに良琴宗貞、良少将と. する。. のもう一つの意味については後述. ﹃世継﹄だけである。法師が寝てしまい百. て通はれけん﹂とあることなどが気になるところではある。. でる月見の宴なども行なわれるようになり鱒、﹃江談抄﹄や﹃今. 確かに九月十三夜の明月は、十世紀初頭には﹁後の月﹂をめ. があったことにも関係がある﹂と、高木氏は指摘されている。. 神霊・祖霊が月と現世とを去来する神聖な夜であるという信仰. く行われ﹂、それは﹁﹃八月十五夜﹄を中心とする夜に、古来、. 秘曲伝授は、一般に八月十五夜を中心に、九月十三夜等にもよ. 月ばかりの月のいみじう明き﹂時とある点について、﹁琵琶の. の伸介的役割を果た﹂していた﹁琵琶法師の存在が、ついては. には、﹁あの世とこの世の填でもある境界の地で、神と人間と. 考えられるが、更に盲人であったことに注目すると、この箇所. ことから、﹃世継﹄は類型のもとに作り上げられた話の一つと. 説話や﹃寝覚物語﹄などの天人が秘曲を伝授する話が散見する. などの天人が楽の音に誘われて天下る話や、簾承武と源高明の. ある点について考えておく。高木氏は、﹃世継﹄. う点、また博雅が琵琶を弾くと天から合奏する音が聞こえたと. の盲目の法師が実は天人であったとい. 昔﹄に見える八月十五夜、中秋の名月に準ずるものである。し. その語りが大きく影を落としているように思われる﹂と言われ. ﹃世継﹄. かしこの月は、暁にはかなり西の山に傾いている。暁にまだ月. ている。琵琶法師の本説話への関与については、﹁盲目の蝉丸. 最後に、⑤の. が明るく残っている暁月夜は、十五夜よりも後の月の場合であ. が一代の管絃人博雅三位に秘曲を伝授し、その出自も後年﹃延. ところで④の秘曲伝授が﹃世継﹄には八月十五夜ではなく﹁九. る。よって、法師が琵琶を弾いた﹁暁﹂で﹁九月ばかりの月の. 喜第四の宮﹄と貴種に列し、らいには開明神と神格化されるに. の源信の説話. いみじう明き﹂時は、十三夜とすると矛盾が生じるのである。. −39−.

(9) る理由を考えたが、百夜目の最後というだけでなく、このよう. に三秘曲が弾かれた時が暁とあ. た乞食芸能者・盲僧たちが蝉丸説話を保有、その狙神と仰いだ. な﹁三会の暁﹂を待つ弥勒下生信仰を背景に考えることができ. 先に④のところで、﹃世継﹄. 跡を追うことができるようである糾﹂と、その後の展開におい. るならば、念願叶った嬉しさはより深いものとなろう。蝉丸は. 至るについては、逢坂を行き交う旅人を当て込み、そこに集まっ. ては指摘されているが、﹃世継bに既に琵琶法師の性格を見出. 弥勤である、とまではいえないだろうが、博雅少年の一途さは. に. しておられる点で、①と同様である。. 信仰にも似ている。また身をやつした天人︵例えば帝釈天︶. 対し、厭わず善行を施した人が何らかの幸いを与えられるとい. これに対して、本稿では又別の観点に基づき、天人による伝 授や天から楽が聞こえることについて、暁に三秘曲が伝えられ. う話は仏教説話によく見られるものである。. ところで、具体的に本話との関係で注目すべきものとして、. るという点と合わせて、貴族の管理する、仏教的かつ音楽説話 的要素のほうを強調しておきたいと思う。. 十世紀後半に成立した﹃字津保物語﹄がある。俊蔭の巻では、. まず天人アメワカヒコが天下り、秘曲ではないが秘琴三十を. 仏教的というのは、特に弥勤信仰を指す。欲界大夫の中の第 四天である兜率天︵とそつてん︶の内院は、当来仏︵未来仏とも︶. ︵仰利夫の天女︶. 作って主人公清原俊蔭に授ける。またその秘琴を弾いている時、. ﹁大空に音声楽して、紫の雲に乗れる天人﹂. の弥勒菩薩︵慈尊︶が任し、説法している所であり、弥勤浄土・. 兜卒浄土と. が天下り、俊蔭に向かって﹁極楽浄土の楽に琴を弾き合はせて ︵じょ. 日本では八∼十世紀頃、兜率天への往生である弥勤上生. 遊ぶ﹂﹁わが子七人﹂から﹁その手を弾き取りて、日本の国へ. であり、俊蔭に出会った後、人間界から天上に帰れる時が来た. うしょう︶を願う信仰が流行した。弥執事薩は釈迦が滅した、 の下で悟りを得て仏になり、三回の説法の会を開き. ことを、仏に告げられる。ここにも、実は天人である人からの. は帰り給へ﹂と言う。その七人は、前世は﹁兜率天の内院の衆生﹂ ︵げしょう︶といい、そ. 五十六億七千万年後に、兜率天より人間界に下って竜華樹︵りゆ. 人々を救済する。このことを弥勤下生. 秘曲伝授、地上の演奏に合わせて天からも楽が聞こえるという. うげじゆ︶. の説法を竜華三会︵さんね︶・弥敬三会・慈尊三会といい、そ. 要素が見られるのである。. 一︶. 聞集﹄六・﹃文机談﹄二・﹃続教訓抄﹄十一上・﹃体源抄﹄. ・博雅が生まれた時、僧の耳に天から音楽が聞こえた。︵﹃著. 後世の説話集・音楽書との関係は箇条書きにしておく。. の時を竜華三会の時、竜華会の朝、竜華下生の暁などという。﹃梁 塵秘抄﹄ 二の r法華経一に基づいた今様に、﹁釈迦の御法は浮. ′ 木なり参り会ふ我らは亀なれや今は当来弥勤の三会の暁疑は ず﹂というものがある。この弥勤信仰は阿藤陀信仰が盛んにな る前は、広く信じられていた曾. −40−.

(10) ・博雅は挙では盤渉調の﹁万秋楽Lを最も愛し、兜率の外院 に上生することができた。︵﹃古事談L六・﹃文机談﹄二︶. ・﹃万秋楽﹄は良弁弟子の実息和尚が兜率内院に参詣した時、 弥勤菩薩や聖衆の曲を聞いて写したもの。︵﹁教訓抄﹄二︶. 博雅の横笛についての実兼の質問と対応している。﹃今昔﹄は. Bに﹁笛をもえもいはず吹きけり﹂という形でこのことを記し. ているが、﹃世継﹄は琵琶以外の楽器には、一切触れない。. Bの︻主人公の紹介︼は﹃世継﹄﹃今昔﹄では冒頭である。. 共に、﹁時+人+存在︵もしくは動作︶﹂という物語の起筆の型. どおりである。﹃世継﹄は﹁今昔﹄ のような邁が無いが、ここ. ・琵琶の r流泉﹄は兜率内院の秘曲、¶菩提楽﹄ともいう。. 弥勤菩薩が常に調べて聖衆の首捷心をすすめる。﹃啄木﹄. もできる。﹃世継﹄は元服前の幼い頃であって対照的である。 なお﹃世継﹄ の本番を引いたとおぼしきご百人一首一夕語﹄. 抄Lは記していないので、かなり高位になってからと読むこと. 雅三位と呼ばれるようになる以前の若い頃だとわかる。﹃江談. 博雅が村上天皇の殿上人であった時だという。欠字は位階の明 記を期したものと考えられているが掛、無くても公卿になり博. Cの︻琵琶を習った時を表わす表現︼は、﹃今昔﹄にもあり、. から博雅が主人公の話だとわかる。. の話は、貴族連の間の弥勤信仰と音楽. も天人の楽。﹃解脱楽Lともいう。︵﹃源平盛衰記﹄三一︶. 以上のように﹃世継﹄ との関係の中に位置づけることもできるのである曾 三、﹁比べる﹂ことによる﹃世継﹄の﹁読み﹂の実践 本説話は、博雅中心から後に蝉丸中心になり、謡曲の﹃蝉丸﹄ に至っては博雅は蝉丸の保護者という端役である曾その変遷. は、﹃江談抄﹄と﹃今昔﹄の末尾︵表2のL︶からも窺える。r世 継﹄がより博雅中心であることは、従来指摘されてきたことで. については、盲目ではあるものの、﹃江. は﹁幼かりける頃より﹂となっており、これだと習い始めは少 年時代であるが、秘曲伝授の時は成人後とも取れる。﹃世継﹄ ︻習った相手︼. あるが、ここでは主人公博雅の心情や行動を更に詳しくたどっ. Dの. に拠ると、博雅と法師との交流は少年時代に限られるのである。 ﹁今昔﹄とを比較対. 談抄しには琵琶の名人として広く世間に知られていたことが記. され、﹃今昔レ には名前も元親王の雑色という素性の良さも記 の設定. り上げられなかった博雅の子供時代の話という﹃世継L. されている。一方﹃世継﹄は、逢坂の歌詠みとは無縁の名も無. つまり実にみすぼらしく得体の知れない人物であることが明記. は、かなり重要であり、主恩をも左右すると考えられるのであ Aの︻話の契機・導入部︼は1江談抄︼のみにある。本書は. されている。盲目であることも、﹁目つぶれたる﹂という具体. い法師で、更に前述したように︵二の①︶、﹁世にあやしげなる﹂、. 大江匡房の談話を藤原実兼が筆録したものであるが、AはLの. る。. 照する方法を取る管中でも、従来触れられるもののあまり取. を用いてAから順に﹃世継﹄とr江談抄﹄. て読んでみたい。冒頭で述べたように、細かく読む為に、表2. −41−.

(11) G. F. 夜栽夜 にのな な中夜 りにな. E. 恨教け秘 みへり詞 てざ ○の 都りそ、 へけれえ 帰れをも りば隠い て’しは 、心てぬ 憂え、 く知三 思らつ しず、 てとあ 、てり. lこ居み. けたそ りりか に. 闇. 闇 ら百由. の木 ま 、幡 だ 世と 童 にか に あや て やに 幼 し、 げ目 お なつ は るぷ し にれ け 、た る. 琵 琶 は ひ. 給 ひ. け り. る. 伝の寿博 詠目すいかず人. か三 に箇 宅年. い博 は雅. 継 物 葺丘. 琵三 琶位 のと 上い 手ひ なけ りる ○人. 第 五 ○ 話. む三談は「 云の談 る位ぜ知し は吹ぜ. A コ三. ん暗知思 ♭○のらふ. −■l■ 世. ぬの. 坂. へ日は雅 じ暗るはふ 0々. のの. は今 ’は え昔. ヽ. 法 師. A. B. C. D. の 目. ほ間 と、. 暗 ヽ. り夜 に々. 琵 琶. 症 談 汐. 希. の. 最 上. 二. ’. ‡ミ. 田 杢. 室≡・ミ蓑. .. R 博. の 申. 弾い暮. に. 習 琵 琶. せ り. を曲り 開は0. ○ 密. 夜. 風 聞. く−ふあ. き、我 てこも. 準. 世 上. ・:…・Fナ三. 』には々き伝 と、住に向へ. 事 凹 へヽ. 求雅」ふ. 吏そそ か弾り琵心「博 れへ住人開会し 琵りむい会 し−− にのの れく ○琶深 雅 ばをむをか坂か 琶けあひ坂 の. 弾曲後 どをたにく強ご かを’. ざ、三. も管親今 え絃王は. 、ばぞ以まのる をるりけの 人. しに々く盲こ 徹り ○こ、 上. ’. ヽ. 付. ものと昔. い道申. はにす源. 言霊 弾な く会. [コ の 殿. 」0坂. 上 人 に て あ り. け. てを居れか求. .. る. ;. 由てけか琶る を、ぬずをに. もて. =土ヒ. 語 拳 四. 田. どき.  ̄▼ 今 lヨ 物. ずな入朝. て来に思 =三. ∴. て鬼. 0. そ の. て ヽ 時. 語そ所し極、 りのにてめか 田 ・抜…萱;,. け答は、ての −42−. け万ふ るの人 ○こあ 琵とり 琶やけ をむり 0. もご 微と延 妙な喜 にかの. 弾り御 きけ子 けるの り中兵 ○に部 笛も卿 を、の. l. 感 博 雅 朝 臣 行 A. 坂 青 許 語.

(12) K. L. H. J しにししよけもう む、っ」○りれをち. るどず弾るか消さ 0す楽きとかえて るを給ぞる失後 ○’. ばしす 思ず かてで しと. り、に のこ百. 音しひあせ. し合けさやにこ けわれてしけの りせばこきり僧 、っ、の者○、 とつ空三と天い ぞ’に位な人づ. 月の夜. の法に い師な. 申太、はりのち. がるご「、、し. し鼓え’て変と 伝打も琵あじも へちい琶りてな たなははけ’く. り由ろい前弾つ. てを、と裁きる 、云か浅のた手 惜ふうま中りど. み起る じき暁 う出に. 明で. きて心. に’を 、九澄 り」 月ま と. 件団らひはのれ又 談話法話 へ博 しれ問云博のき云1と心欲盤に案 らか吹三. の乱れて覚日て問 ぜ道、道 請雅 むばふひ雅来者ふ好詠をす渉鳴の むなく年 にけ音遊や、通じ遭か調らご L. 人旋て云え暗云ひ らに実の け、. にと. ‘…= 二 .丁 に よ. ・. 皇. た だ. 弾. 譜 を 以. ふる少 ○く夜し. て 伝 」手の とは作 世にを坪 にけ問丸 始れき−’. 少れこ 返博. な博のりちおこ博世りれ独る立. なにれ す雅. む雅時つにはに雅に言をり気ち. き、を 返、. まば、膿. な近息. る’かし. り代ふ. 一:’. 葺. 弾「にるこし来問あに開心色問. 夜き三 こた年 そりと. 流けい 泉るふ ・に八. 実美、. 鮎急. にに諸. …. 「テ 二. .. 」ヽ. 丁 ■. = .. .. ・. 伝 を 以. よりの り○弾 後そき ’. 諸ベ. …. 坂かて ○、 に. て ロ ヽ__ れ. 習 れ給 盲がひ 道き になを の青け ひ 琵にる 琶な琵 はり琶. 遣り ○. 者 はそ. てのし 、盲う 、 ち. て. 今吹. −43−.

(13) 的 な 表 現 に なっているのである。 Eの︻二人の交渉の実態︼は、﹃今昔﹄. の大人の博雅は、D. で述べたような素性であるにも関わらず、法師の住まいが異様. より純粋な、琵琶を弾くことへの情熱によるのである。. Gの︻空しく通い続ける様子︼は、三善が最もよく似ている. 箇所であるが、全体の長さを考えると、﹃世継﹄はこの場面を. こんで聞くことは、大人と子供の違いにもよるだろうが、後者. である為に自ら出向くことをしない。﹃江談抄﹄ では法師が頼 詳しく書いているといえる。また﹃江談抄﹄﹃今昔﹄の庵の﹁ほ まれても人に教えないこと、住まいが狭随なことを理由として、 とり﹂で立ち聞くのに比べて、﹁前栽の中﹂にじっとしやがみ 使いをやって都への移住を勧める。都に住むようになれば、何. とかできるということか。しかし、いずれにしても和歌で断ら はより近くで、より密かに聞く姿である点で、より一途である れる。それに対し﹃世継﹄ では、御曹司博雅少年がその怪しげ といえるだろう。またその時の博雅の思い、﹁もしこれ知らず とて隠したる手をや弾く﹂、もしかして自分が隠れていること 況が異なるので、和歌は元々入りようがないが、無いことで琵. かという期待感は、﹃世継﹄中の唯一の心内語であるだけに印. を知らないで師匠が秘密にしていた曲を弾くことがないだろう. な法師に師事したことが、あっさりと述べられている。また状 琶の話に集中できている。後のⅠも同様である。. 不安の陰りがある。そして、法師は﹁大方儲かざりけり﹂、全. 象的であり、また﹃今昔﹄の﹁今や弾く、今や弾く﹂と比べると、. 談抄﹄. く弾くことは無かった。少年はこのような不安まじりの期待と. Fの︻秘曲を聞く為に通うようになった事情︼について、﹃江. るとわかるが、具体的には流泉・啄木という曲が絶えることを. 失望との繰り返しに耐ゝ㌃ながら、九十九夜も通い続けたのであ. ﹃今昔﹄は、Bで述べられた博雅の芸道追求の思いによ. 心配している。この危機感、また楽人として秘曲を後世に伝え. Hの︻その夜、秘曲が弾かれるまでの状況︼は、﹃江談抄﹄﹃今. ようとする使命感が、通った原動力なのである。一方﹃世継﹄は、 る。木幡は逢坂よりも通いやすいとはいえ、子供である。逢坂 に三年通うよりも楽だとはいえない。 CDEから既に法師に琵琶を習い続けてきたこと、つまり師弟. 関係であることがわかる。後のⅠは初対面ではありえない。習っ. 発前について記されない為、毎夜の期待と失望を記したGと切. ているのに、三つの秘曲については師匠が隠して決して教えて 昔﹄には博雅の出発前の思いが措かれている。いつもとは異な くれないので、﹁心憂く思して恨みて﹂、つまりつらく情け無く る予感があり、当てがあって逢坂に向かう。一方﹃世継﹄は出 思い、心残りのまま師匠の元を去り、一旦都へ帰るのである。. れず、百夜目も同様である可能性を示唆する。しかも前述した. ように、﹁起き出てて﹂ということは法師は寝てい. たのである。少年は一旦は諦めの心情を抱いたはずである。. ︵二の④︶. ここから、それまでは住み込みで習っていたとも読むことがで きるだろう。傷心の博雅少年は諦めない。しかしそれは危機感 や使命感によるものではない。それらを除いたところに残る、. −44−.

(14) らず敢えてくれたのである。単なる憐れみではない。志の深さ Ⅰの︻秘曲演奏・伝授の場面︼は、ここまでの二人の関係の では要するにそれまで が師匠の心を打った、つまり少年は師匠に認められたのである。. 違 い に よ っ て大きく異なる。﹃江談 抄 ﹄. Lの. ︻補足事項︼は、﹃今昔﹄は﹁盲琵琶﹂の起源であるこ. Kの︻評語︼も﹃世継﹄には無い。. 1の︻伝習の方法︼はF世継﹄に無い。﹃今昔﹄のように﹁暁﹂ は無関係であり、受け入れられるきっかけを求めて通い続・け、 ﹁好き者﹂を求めた蝉丸の言葉を逃さずに名乗り出たのである。 に帰るのではなく、﹁暁﹂に聞いたからこそ感激も一入であっ たことについては前述した ︵二の④⑤︶。 これに対し坪丸は、﹁誰にかおはする﹂と敬語を以て尋ねる。. 当初から一目置いているのである。そして三年通ったというだ けでなく、時に聞いて知っていた博雅であるということが、そ. の後の秘曲伝授に繋がる。身分は違うものの、共に人に知られ とを語っで、より蝉丸に重きを置き、﹃江談抄﹄ では実兼が自 た﹁好き者﹂、風流を解し芸道追求に懸ける人、という意味で、 らの関心から質問を連発するが、楽人博雅の話題という枠組み. 雅がなぜこの青葉を待って彼の前に姿を現わしたのかが実はよ くわからないのだが、更に名乗りの後に禰なわれた会話文に敬. ﹃今昔﹄は、Eに蝉丸の伝授拒否が語られていないので、博. とはいえ、そうやって読んでいくと、﹃世継﹄は師匠である怪. 違いに注目しながら、話をたどってみた。プロットはほぼ同じ. の琵琶に対する天人の感応という喬跡を、後日渾として語る。. がある。﹃世継﹄は、法師の失踪︵実は天人が昇天︶と、博雅. 語が多用され、Eの異様な家に近づこうとしない博雅像も含め. しげな琵琶の名人と、弟子の琵琶を愛する一途な貴族の少年の. 対等の関係にある大人どうしの心の交流が見られる。. て、都の貴族と境界の地にいる盲目の芸能者という身分差が際. 物語であることが、よりわかりやすくなったのではなかろうか。 ぁわりに. 以上、人物・場面設定の違い、登場人物の言動や心情表現の. 立ってしまっている。秘曲も自発的に教えたわけではない。 さて﹃世継﹄ の場合は、法師は起き出し、心を澄まして明月 に対しながら、歌を詠むこともなく秘曲を三曲とも弾く。博雅. 出てきたことの意外さだけではなく、ザっと隠し通してきたの. の姿を見て﹁いと浅まし﹂と思う。これは、突然前栽の中から. まず博雅は、実は今日ある程度知られた人物である。人気の 漫画﹃陰陽師輌﹄で、主人公安倍晴明の無二の親友として登場. の獲得方法と、その意義について若干ふれておきたい。. 蛇足だが、最後に博雅と蝉丸に関する生徒・学生の予備知識. であるから、それを聞かれてしまったことに対する心外さも. する。昨今の陰陽道ブームの中で、本作品は. が姿を現わすのは、すべて弾き終わってからである。師匠はそ. あったと考えられる。求められての登場ではなかった。しかし. に多く取材していることも含めて、良質なものの一つである。. ﹃今昔﹄等の説話. 弟子が百夜通いを語ると、その殊勝さを憐れがって、今度は残. −45−.

(15) 準主人公が﹁統一的な性格を持ちつつ、さらに読者の同化を促. 系江訣抄注解﹄︵昭和五三年、武蔵野書院︶、﹃今昔物語﹄︵﹃今. 無刊記本の複写、﹃江談抄︵神田本︶﹄は江談抄研究会﹃古本. ︵﹃世継﹄と略す、以下同じ︶は岩瀬文庫蔵の. すような人物として設定され﹂るという、﹁漫画の言わば︵文法︶. 昔﹄︶は﹃日本古典文学全集今昔物語集㈱﹄︵昭和四九年、小. ﹃世継物語﹄. と言える㈲﹂ものに則っており、典拠︵各説話・各史料・原作斡︶. 坂﹂﹁日時﹂﹁盲︵めしひ︶﹂以外は私に漢字・仮名を当て、. しかし恋愛を取り扱っているわけではないが、やはり主人公や. 離れが著しく、本稿で取り上げたような説話の﹁読み﹂におい ては一見妨げになるようである。だが、これはまたこれで﹁比. 鈎括弧を付し、漢文は訓読したものを用いている。他書につ. 学館︶に拠ったが、いずれも引用や後掲表2においては、﹁会. べる﹂対象になりうるわけで、全く接点が無かった古典の世界. への架け橋として見捨てがたい存在であると思う。 いても同様。なお、﹃江談抄﹄の諸本の中で、盲人の名前を﹁千 蝉丸は、何といっても今日もカルタで親しまれている﹃小倉 歳﹂と記すのは神田本のみ。 の作者の一人である。カルタ取りにおいては、現代 拗 表1は成立年代順ではなく、話の系統別に配列した。また. 百人一首﹂. 全体がわからないだけでなく、絵が無いことから、作者達への. のの下の句しか読まない北私道式のカルタ遊びの場合は、和歌. れた木製の取り札を用い、読み札には歌全部が善かれてあるも. ここでも特別の存在である。単なる﹁坊主﹂ではなく﹁異形﹂ の﹁坊主﹂だからである糾。ところが、下の句が草書体で善か. や畳の違いなどによる身分の違いがわかるのであるが、蝉丸は. くり﹂では、作者達の男・女・僧の違い、更に注意すれば服装. の札の一つといえる。また読み札である絵札を用いた﹁坊主め. には名前の不思議さゆえか、小さな子供でも覚えており、人気. 文机談㌔. 典文学大系﹄、﹃文机談︵菊草本︶﹄. は﹃新潮日本古典集成﹄、﹃無名抄﹄﹁開明神事﹂は﹃日本古. 書類従㌔﹃東斎随筆﹄は﹃群書類従﹄、﹃無名草子㌔兵衛内侍﹂. 蒙抄﹄︶. 頼﹄︶は﹃日本古典文学全集﹄、﹃古本説話集﹄︵﹃古本﹄︶上・. 詠集﹄人1朗詠﹄︶下・述懐は¶新編国歌大観﹄、﹁俊頼髄脳﹄︵﹃俊. 内は本稿で用いた略号。﹃後撰集﹄︵﹃後撰﹄︶雄一と﹃和漢朗. 各項目は、本文そのままの引用ではない。但し、﹁逢坂﹂の 用字は本文のままとした。各作品は以下の諸本に拠る。括弧. 語と同じ平易な用語や、対語の組合せからくるリズム感や、更. 親しみも持ちにくい。古典世界に近づく拠り所の一つとして、. 語︵覚一本︶﹄十﹁海道下り﹂は﹃日本古典文学全集㌔﹃源. 五は. ﹃日本歌学大系㌔. ﹃顕昭古今集注﹄は﹃続々辞. 二は岩佐美代子氏﹃校注. ﹃東関紀行﹄は﹃新編日本古典文学全集﹄、﹃平家物. ︵﹃盛衰記﹄︶は﹃日本文学大系㌔. なお、﹃古本﹄の本文は以下のとおり。﹃俊頼﹄もほぼ同じ。. 平盛衰記﹄. 二四﹁蝉丸事﹂は﹃新日本古典文学大系﹄、﹃和歌童蒙抄﹄︵﹃童. 本 州 式 も お 薦めする所以である。. 注. ー46一.

(16) ㈹. 但し、堀部正二氏﹃校異和漢朗詠集﹄︵昭和五六年、大学. 順に、木船重昭氏﹃後漢和歌集全釈﹄︵昭和六三年、笠間 今は昔、逢坂の関に、往き来の人に物を乞ひて、世を過Sぐす 書ど 院︶、片桐洋一氏﹃新日本古典文学大系6後撰和歌筆︵平 者ありけり。よろしき者にてありけるにや、さすがに琴な 二年、岩波書店︶。 も弾き、人にあはれがらるる者にてなむありける。あやし成の 磯、 水絵氏﹁蝉丸﹂︵r日本伝奇伝説大事典﹄昭和六一年、角 草の庵を作りて、藁といふもの懸けて、しつらひたりけ㈱るを 書店︶。 人の見て、﹁あはれの住処の棟や。藁してしつらひたる。川﹂ 石田書貞氏﹃新古今和歌集全註解二昭和三五年、有精堂︶、 など笑ひけるを聞きて、詠める、世の中はとてもかくて㈱もあ 田空穂民芸元本新古今和歌集評釈下巻﹄ ︵昭和四〇年、東 りぬべし宮も藁屋もはてしなければ 蝉丸となんいひける窪。 京す 堂出版︶等。 ㈱ 蝉丸については、九世紀の人、十世紀の人、複数いたと る説に大別できる。﹃和歌色葉二一一九八年成立︶にも、﹁仁. 注㈱に同じ。. 歌説話の研究−中古編1﹄、昭和六一年、笠間書院︶。. 上岡勇司氏﹁蝉丸説話﹂︵﹃風信﹄昭和四四年冬、後に﹃和. 書店︶に拠ると、伝寂然法師筆本︵平安未か鎌倉初期の書写︶ 明御時﹂の﹁道心者﹂とあることが指摘されている。九世堂紀 だと博雅とは結びつかず、雇名抄﹄では同じく賜姓王氏の﹁蝉丸﹂、嘉暦本︵嘉暦年間、一三二六モ二九年の書写︶﹁会 蝉丸 宗貞と結び付けられている。﹃文机訣﹄はそれを承け、﹃坂源 氏﹂﹂伝二条為氏本︵鎌倉中期より末期にかけての書写︶ 物語﹄の言葉﹁あづまの調べ﹂も引用して善かれたものか﹁ 。千歳丸﹂となっている。これも、説話と、古今集注や歌学 書平 との影響関係の一端に位置づけられるだろう。 本説話と和琴については、吉川理書氏﹁蝉丸説話の源流と 安時代の俗楽僅謡に就いて﹂︵﹃京都帝国大学国文学会二十五. 周年記念論文集﹄昭和九年、星野書店︶に詳しい。 ㈲ ﹃近代秀歌﹄︵自筆本︶一〇九番、盲人秀歌﹄一六番・蝉丸、. 原昭二氏﹁博雅蝉丸琵琶伝習説話をめぐつて−江談抄を中心. ﹃時代不同歌合一一四七番・蝉丸も、﹃後撰集﹄と同じ。 ﹃江談抄﹄﹃今昔﹄中心のものに、益田勝実氏﹁説話文学 の﹁ 方法 家屋は、墓所に設けた小屋の意。仙の注釈書の語釈に、 墓二﹂︵﹃説話文学と絵巻﹄昭和三五年、三一章屏︶、篠 守のいる小屋の意味のrツカヤ﹄の方が原歌に近いのかもし. る﹂の後の歌も、五旬日は﹁過くすとて㌔. 曲をうかがははむとて、会坂へ行きける時、.埠丸独りごちけ. 丸﹄の誕生﹂︵﹃国学院雑誌﹄昭和五二年一月︶等がある。. 人年、東京美術︶、謡曲﹃蝉丸﹄中心のものに、天野文雄氏﹁﹃蝉. して−﹂︵﹃白百合女子大学研究紀要﹄昭和四一年一二月︶、 れない﹂とある。高木氏が注目された盲人の性格にも合うと。 池秘 上拘一氏﹁今昔物語の方法﹂︵﹃日本の説話2古代﹄昭和四 ㈲ ﹃顕昭古今集注﹄﹁江談云ふ、博雅三位、月夜、琵琶の. ㈲. ー47−.

(17) 高木浩明氏﹁ある琵琶法師の物語−﹃世継物語﹄・第五〇. 話をめぐつて−﹂︵﹃二松学舎大学人文論叢﹄平成七年三月︶。. ︵﹃国史大辞典二﹄平成二年、吉川. なお、氏は①②と③④と⑤の三部構成にされている。 信田周氏﹁琵琶法師﹂. 弘文館︶。なお、この語の初見は﹁兼盛集﹄一二七番詞書。. 京楽真帆子氏﹁平安京における寺院と出家−平安京都市論 角田文衛氏﹁麻呂﹂ ︵r平安時代史事典本編上﹄平成六年、. 角川書店︶。括弧内の用例も省略させていただいた。 黒板伸夫氏1藤原行成﹄︵吉川弘文館、平成六年︶、拙稿﹁平 安時代の書方詣考﹂︵﹁古代文化﹄平成五年三月︶。. ㈹ の 篠 原氏論文。 字多天皇第八皇子、醍醐天皇同母弟。式部卿。音曲を好み. ㈱と同じ。 中村氏ほか﹃岩波仏教辞典﹄. ︵平成元年、岩波書店︶。. 夙に薮田嘉一郎氏が、﹁博雅三位が蝉丸から秘曲を伝えた. 話の出典﹂︵﹃花﹄昭和三二年九月︶において、本説話の出典. として﹃楽府雑録﹄琵琶部の楽史楊志の説話指摘されたが、. 本稿ではそのことに関しては考察が到らなかった。但し、漢. 詩文が典拠としてあるならば、成立に文人の関与が考えられ、. 本稿では﹃江訣抄﹄と﹃今昔﹄との比較は不十分である。 これについては㈹の池上氏論文等を参照していただきたい。 仰の注釈書の頭注。. 貴族の管理ということが、その点からもいえるのではないか。 ㈹の天野氏論文。. 鋤. 岡野玲子氏﹃陰陽師﹄一∼四︵平成六∼七年、スコラ︶。. 青井美弥子氏﹁宇治十帖転生−﹃あさきゆめみし﹄の源氏. 江戸時代のカルタ以来、僧侶の中で蝉丸一人頭巾を被った. 夢枕獲氏﹃陰陽師﹄ ︵平成四年、文芸春秋︶。. 2L平成六年、有精堂︶。. 物語解釈をめぐつてー﹂︵﹃物語−その転生と再生新物語研究. カ bp. 鍋 ﹃刊本宇治大納言物語﹄に基づくというべきか。なお﹃雑々 集﹄は、木幡・首夜を関山二二年に変えている。. −48−. のための一試論−﹂ ︵﹃仏教史学研究﹄平成五年七月︶。. 錮. 笛・琵琶・和琴を後に伝えた人と伝えられる。﹃教訓抄﹄七. 深草. には、博雅が大草築を吹き澄まして宮の難を避けたとある。. 上野琴雄. ¶古今集﹄哀傷・八三二番﹁堀河の太政大臣、身罷りにけ. 村聡氏﹁百夜通い説話考﹂︵成季院雑誌﹄昭和六〇年八月︶。. 餌 片桐洋一氏﹃小野小町追跡﹄ ︵昭和五〇年、笠間書院︶、西. 鋤. る 時 に 、 採草の山に納めてける後に よ み け る. 角川書店︶。. 幽 目時徳衛氏﹁月見﹂︵﹃平安時代史事典本編上﹄平成六年、. が与えられている場合がある。. が、蝉丸は他人の札も皆集めることができるという、超能力. 基経の墓は木幡にある。なお、﹁世継L第一五話におそらくこ 絵が措かれている。その独特さゆえか、﹁坊主めくり﹂にお の歌に基づくと考えられる﹁墨染め桜﹂という語の例が見られる。 いて他の僧侶は今までに取った札をすべて捨てねばならない. の野辺の桜し心あらば今年ばかりほ墨染めに咲け﹂参照。藤原. eQ e9朗. ㈹ ㈹ ㈹.

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参照

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