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現代言葉遣い小考(11) : 国語を教える者の自戒のために

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(1)Title. 現代言葉遣い小考(11) : 国語を教える者の自戒のために. Author(s). 後藤, 秋正. Citation. 札幌国語研究, 11: 47-56. Issue Date. 2006. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2457. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 現代言葉遣い小考︵十一︶ −国語を教える者の自戒のために−. 十一回目ともなると、以前に書いた内容と重複していること まだあり、またまた紙面を汚すことにした。. も多いだろうと思う。しかし、書き留めておきたいことがまだ. ①N・M氏﹁サイロの手帳﹂ ︵﹁サイロー創刊四〇周年記念特集 号﹂四七八号、一九九九・一二︶ ●﹁晩秋の件まいを感じます。﹂. 感ずるのは個人の自由だが、﹁仔まい﹂を﹁感ずる﹂と言. ﹁から﹂﹁から﹂の連続がうるさい。前者は﹁は﹂でよい。. た。 ﹂. に大きなプライドと喜びをもち、その童心をやさしく育み、. ●﹁この十勝にもささやかな詩集ができれば、きっと児童生徒. ﹁もち﹂﹁育み﹂の主語は何だろうか。結局、この文章は. 明日の世代の担い手として役立つものと信じます。﹂. 何を言いたいのかわからない。﹁詩集﹂が主語だとすれば、﹁詩. 集は、児童生徒にプライドと喜びをもたせ﹂とするべきだろ. う。ただし、そうすると﹁担い手として役立つ﹂は、何が役. 立つのかわからない。﹁世代の担い手﹂という言葉も意味不. うだろうか。﹁件まい﹂は、﹁そのものから感じられる雰囲気。﹂. ︵角川﹃国語辞典﹄︶ のこと。¶辞林21﹄ の説明では良さそう. ︵﹃辞林21﹄︶、あるいは、﹁物のようす。位置のしめぐあい。﹂. また、﹁善意をする﹂などという言葉はない。. 活動﹂とするか、﹁企業が行う文化支援活動﹂とするべきだ。. ︵ ︶内の言葉も理解不能で、せめて﹁一企業の文化支援. ●﹁この善意 ︵一企業が文化支援活動︶をすることは、⋮⋮﹂. 的な悪文。. 明だが、詩集が担い手として役立つわけではなかろう。典型. に思えるが、﹁晩秋から感じられる雰囲気を感じます。﹂、あ るいは﹁晩秋のようすを感じます。﹂と置き換えてみるとわ かるように、明らかにおかしい。﹁・⋮:停まいとなりました。﹂. ﹁⋮⋮仔まいです。﹂ でいいのだ。 ●﹁社長から、﹃青い窓﹄から受けた衝撃を私達に話されまし. 47.

(3) ●﹁新年早々、喜びの中、﹃サイロ﹄ が産声を上げて誕生しま した。﹂ ﹁産声を上げる﹂と﹁誕生する﹂は同義語。﹁産声を上げ ました。﹂だけでじゅうぶん。馬から落ちて落馬したのたぐい。 は今は亡いが、⋮⋮﹂. ●﹁この間には、・⋮=サイロの礎を築いた三浦憎、⋮⋮同人ら ﹁この間には﹂ のかかってゆく言葉が行方不明。礎には、 ですます体で蕃きながら、﹁亡いが﹂はおかしい。. わざわざ﹁そ﹂とルビが振ってある。﹁いしずえ﹂でしょうね。 以上はすべて、四〇周年記念のコラムから引用した。冒頭 に二︶とあるから、続編もあったのかもしれない。詩誌﹁サ. な詩誌をますます充実させるためにも、編集者諸氏が、もう ンとして切に願う。. 少し自分の文章を吟味しながら書いてくれることを、一ファ. ②堀切直人¶本との出会い、人との遭遇﹄︵右文書院、二〇〇四︶. たしかに尾花打ち枯らしているように見えた。﹂ ︵﹁花田清輝. ●四七頁﹁当時、吉本隆明が人気絶頂である一方、花田清輝は. ﹁尾花﹂は、﹁尾羽﹂の誤り。﹁尾羽︵おは︶打ち枯らす﹂. の r晩年の思想﹄﹂︶. は、鷹の尾の羽が傷んでみすぼらしくなることから、高貴な. 人がおちぶれてみすぼらしくなることを言う。ちなみに、尾 花はススキのこと。. ●七五頁﹁﹃怪物のユートピア﹄は、私にとっていまだ種村氏. 物のユートピア﹄︶. の著書のベストワンでありつづけている。︵種村季弘の ¶怪. イロ﹂は、某製菓会社の後援を受けて、﹁サイロの会﹂から れていて、誰でも無料で入手できる。表紙に用いられている. ﹁いまだ﹂は﹁未だ﹂である以上、﹁⋮⋮ず﹂﹁⋮⋮ない﹂. 発行されている。企業の宣伝臭がまったくなく、店頭に置か 坂本直行の絵も好ましい。十勝で育つ子どもたちのみずみず. か取り上げた。しかし、古い﹃広辞苑﹄の第一版︵一九五五︶. などと否定の言葉を伴わないとおかしいということを、何回. がすでに、﹁いまだ︵未だ︶﹂を説明して、﹁︵﹁今だに﹂の略︶. しい感性が存分に表現されている詩が読みたくて、時々も ていたのだろう。このような文章を害いていたら、子どもた. らってくる。このコラムを書いたN氏は、初期の編集に携わっ. まだ。﹂と言っているように、否定を伴わない﹁未だ﹂は、. に︵未だに︶﹂の説明にも、﹁今になっても。今以て。いまだ。. とうに市民権を得ているようなのだ。口語で﹁いまだ﹂﹁まだ﹂. その時に至らないで。﹂と並んで﹁まだ。﹂と言い、﹁いまだ. も﹁期待に応えられる﹂としてもらいたい。きっと子どもた. と用いられる時には、漢文訓読から生まれた読み方も失われ. ちの詩に対して恥ずかしくはないか。硯編集者の一人が書い. ちは、自分の詩が﹁サイロ﹂に掲載されるかどうか、どきど. たということなのだろう。. た﹁えとせとら﹂というコラムの中の、﹁期待に答えられる﹂. かもしれないが、﹁童心をやさしく育﹂み、このような貴重. きしながら刊行を待っていることだろう。偉そうに聞こえる. 48.

(4) ●一七四頁﹁その後も、市村さんからは数年に一度、ずっしり. しれぬが、なあに心配は無用だ。﹂ ︵岡崎︶. ない。﹁気が惜した﹂ でも意味が重複する。つまり、﹁気を﹂. あって、自動詞だ。だから、﹁気を臆する﹂という言い方は. ﹁臆す﹂は、﹁気おくれする﹂﹁おじけづく﹂という意味で. 市村弘正の著書ヨ名づけ﹂ の精神史﹄を取り上げた一文。. した重みを感じさせる小菅を送っていただいている。﹂ ﹁小著﹂の意味が分からない。¶辞林21﹄には、﹁①小さい著. が不要なのだ。. 独自のアンテナで蒐集して、ひとつの大系を作ってしまっ. ●三一頁﹁ほかの本屋が見捨てたような、置かないような本を. 作。②自分の著作をへりくだっていう語。﹂とあり、①の意 味は初めて知った。文庫本などを指すのだろうか。しかし、. ●九八頁﹁この感じ、私のイメージする﹃古本屋﹄そのままだ。. 系﹂は﹁体系﹂だろう。. た。 ﹂ 蒐集などというむずかしげな言葉を使っているが、この﹁大. ①にせよ②にせよ、他人の著作を小者などと言うものだろう. か。 りて住み、それから湯河原の山の上に一軒家を建てた。﹂. ●二二五頁﹁種村さんはやがて都落ちして、まず大磯に家を借 ﹁都落ち﹂という言葉を単純に、都会を離れるくらいの意 郡を追われて地方に逃げて行くこと。②大都会、特に東京か. の﹁食べたくもないパンにたっぷりバターをつけて食べる感. らば、最初から言いたいことを書いてもらいたい。一〇〇頁. 以前にも書いたが、﹁と、いうか﹂と言って言い直すのな. と、いうか、⋮⋮。﹂ ︵角田︶. ら地方に転勤などすること。﹂とあるように、通常は決して. 味で用いているらしい。しかし、これも﹁辞林21﹄ に、﹁①. 良い意味では使わない。二二六頁では、﹁少年期の失われた. 根性?﹂ ︵﹁⋮⋮﹂は原文のママ︶という文章は、若者の語尾. 上げ言葉をそのまま書いたような違和感がある。この人は、. じ、とよく似ている。=⋮・つていうか、それってただの貧乏. 一五四頁でも、﹁ポルノ小説もなにげに充実﹂などと言って. 楽園に近づこうとして、大磯、湯河原に転居し、⋮⋮。﹂と 居を移したわけではあるまい。著者は、﹁北宋社の編集者を. いるから、不思議ではないが。. も言っているから、種村季弘は、何かに追われて東京から住. 柱としてきている。﹂︵二三三頁︶と述懐している。﹁尾花﹂﹁小. ﹁万難﹂は、あらゆる困難。﹁武士のさむらい﹂式表現。. ︵岡崎︶. ⋮⋮あらゆる万難を排して、たった二人で夜を徹して飲む。﹂. ●一〇七頁﹁巨匠︵開高健︶とキャパは束京へ帰ってからも、. 三十歳ごろにやめて、・︰⋮今日に至るまで、校正業を収入の 著﹂﹁都落ち﹂ の語の使い方など、きちんと校正してもらい たいものだ。 ③角田光代■岡崎武志﹃古本道場﹄ ︵ポプラ社、二〇〇五︶ ●一一頁﹁気難しいことばかり並べて気を臆した者もいるかも. 49.

(5) ●三一八頁﹁この世に出たものは、すべからくコレクターが存 在すると思って間違いない。﹂ ︵岡崎︶. 一時的な中断であったら休刊、または停刊と言うだろう。つ. らの﹂は、﹁から﹂が不要。この本は、帯に﹁古本道の師匠. 出版の反対概念を示す言葉となると確かにすぐには思いつか. という言葉を持ち出したから落ち着かないのだろう。しかし、. ながら、その出版と対比するのに雑誌だけに該当する﹁廃刊﹂. いう、書籍も雑誌 ︵定期刊行物︶ も含む言葉を提示しておき. まりこの一文は、﹁同時に﹂もさることながら、﹁新刊本﹂と. が繰り出す、6つの指令 新直木賞作家は無事、古本道をき. 何回も書いた。﹁すべからく﹂ の誤用。〓ハ五頁﹁旧来か. わめられるのか?﹂と謳っている。岡崎武志氏は、均一小僧. ない。この筆者は﹁少年倶楽部﹂と﹁冒険王﹂を持ち出して. 四刷︶. ⑤武田百合子ごJとばの食卓﹄︵ちくま文庫、一九九四・一一、. かったのではないか。. ぼうで、大量の雑誌が廃刊になっていく。﹂とでもすればよ. について言うのならば、﹁毎月大量の雑誌が創刊されるいっ. いるから、念頭にあるのは主として雑誌のようだから、雑誌. から古本道の師匠に昇格したのだ。. 二六朝刊︶. ④藤田嗣人﹁貸本屋の夕暮れ﹂ ︵﹁北海道新聞﹂ 二〇〇五・五・. 本の運命は哀しい。﹂. ●﹁毎月大量の新刊本が出版され、同時に廃刊になっていく。 ﹁朝の食卓﹂というコラム。﹁運命﹂に﹁さだめ﹂とルビ. ●一四五頁﹁仕事部屋。机の前に夫が座っている。・⋮=﹃口述. 筆記を始めるぞ﹄と夫は言い、それからゆっくりと ﹃いっば. ﹁新刊本﹂と﹁廃刊﹂ の取り合わせがおかしいのではなかろ. が振ってある。この文章には違和感がある。しばらく考えた。 うか。新たに出版される本もあれば、絶版になる本もあると. ﹁夢、覚え書﹂ の一節。夢なのだから確かではないのだろ. ひとからげに、エチオピアの兵は敗れたり﹄と言う。﹂. ついて、新たに刊行される雑誌もあれば、刊行が中止になる. 言いたいのだろうか、それとも、定期的に刊行される雑誌に. のだろうか。﹁十把ひとからげ﹂はあっても﹁一把ひとからげ﹂. うが、本当に武田奉拝が﹁いっぱひとからげ﹂などと言った. などという言葉はない。以前にも書いた。このところ、武田. 雑誌もあると言いたいのだろうか。少なくとも﹁同時に﹂は いからだ。ちなみに、﹁新刊﹂は、雑誌だろうと書籍だろう. おかしい。出版されると同時に廃刊になる雑誌などあり得な. 百合子の文庫本ばかり読んでいた。﹃犬が星見た﹄も堪能した。. ●﹁お主は、私利私欲を肥やそうとして⋮⋮。﹂. 〇〇五二ハニハ夜︶. ⑥﹁水戸黄門 恐怖の吊り天井・宇都宮﹂ ︵HBCテレビ、二. と区別なく、新たに刊行された本はすべて新刊本と言うが、 ﹁廃刊﹂は、﹃辞林21﹄に、﹁定期刊行物の出版をやめること。﹂. とあるように、もっぱら雑誌などについて言い、書籍が絶版 になることには言わない。定期刊行物が出なくなることは、. 50.

(6) 黄門が悪家老?に向かって言った言葉。私腹を肥やすとは. と昭懇になる法Lがおもしろそうだったので、ブック・オフ で手を出してしまった。. ●二一人頁﹁﹃伝書月刊﹄編集長の田村治芳さんの依頼で、⋮⋮﹂. ⑨坪内祐三 ¶古本的﹄ ︵毎日新聞社、t一〇〇五︶. 言うが、これはない。一緒に見ていた家族に言おうと思った んだ。. 行ったときには立ち寄るようにしている。. のコーナーがある神田の東京堂ふくろう店にも、神保町に. 〇〇五︶ に続いて、気持ちよく読了した。著者が薦める古書. 著者の ﹁私の体を通り過ぎていった雑誌たち﹄ ︵新潮社、二. F彷書月刊﹄ の誤植。引用文の旧字体なども正確で、同じ. が、また始まったと言われるのがオチなので、言葉を飲み込. ⑦武田百合子﹁日日雑記﹄ ︵中公文庫、一九九七︶. ●一〇三頁﹁⋮⋮⋮⋮東京ドームのまわりに近郊近在からくり 出した大型バスが続々と到着。﹂ 娘さんと美空ひばりのコンサートに行った時の話。﹁近郊. ⑲山川春夫F晩年の井上靖﹄ ︵求龍堂、一九九三・再版︶. 近在﹂は、﹁近郷近在﹂ではないのかな。﹁近郊﹂も﹁近郷﹂ も﹁近在﹂も、大した遠いはないから、意味は変わらないの. ●一五三頁﹁F春秋左子伝﹄﹂. 一九九一年一月二九日に亡くなった。著者は、学習研究社の. ﹃春秋左氏伝﹄の誤り。左氏とは左丘明のこと。井上靖は、. だが。﹃日日雑記﹄は、武田百合子の最後の作品。一九年以 説﹂を書いた巌谷国士は、﹁作者の眼は対象を裸にする。そ. 六人頁には、小林秀雄が井上靖の作品について、﹁井上?あ. 第一出版局長などを歴任し、晩年の井上靖と交際があった。. 上も飼った愛猫﹁玉﹂が亡くなる直前の描写は、胸をうつ。﹁解 しらぬふりをして対象の根本のところを暴いてしまう性向を. 行時のままの表記を生かしました。﹂. 表現については、時代的背景と、著者が故人であるため、刊. ●﹁今日の人権意識に照らして不当・不適切と思われる語句や. ⑫殿山泰司rバカな役者め=︰﹄ ︵ちくま文庫、二〇〇こ. あ俗だネ﹂と言った、などという話題も紹介されている。. もっている。﹂と言う。 彼女のように自然体でありながら、凄みのある文章を書け たらと、切に思う。 ⑧谷沢永一﹃本はこうして選び買う﹄ ︵東洋経済新報社、二〇 〇四︶. ●一四五頁﹁⋮⋮当今は出版物に落丁乱丁ありとの噂を聞かな ﹁行程﹂は﹁工程﹂ではないか。一二〇頁﹁写本で写り、. や表現については﹂とあれば、﹁訂正しました﹂と続くだろ. 行されたとのことだが、﹁⋮⋮不当・不適切と思われる語句. 記は誰が書くのだろうか。原著は一九七一年に講談社から刊. 著者の﹁あとがき﹂ に付された ︹編集付記︺。こういう付. ⋮⋮﹂は、﹁伝わり﹂ の誤植だろう。こういう本の選び方に. い。それだけ行程が改善されたのであろう。﹂. 類する本はめったに買わないのだが、斉藤孝批判と﹁古本屋. 51.

(7) うと思うとそうではない。せめて、﹁⋮⋮語句や表現があり. のは事実ではない。. 在地﹂という言い方も変だが、伊勢湾沖から上陸したという. 一〇時半ころ︶. ⑬﹁神様のしわざ﹂ ︵HBCテレビ、二〇〇五・七二一八、夜. ますが﹂とするべきだろう。しかも、﹁時代的背溝と﹂は、 どこにつながるのだろうか。﹁時代的背景であるため﹂では 意味が通じない。悪文だ。これに比べると、田中小突昌初期. 1になるという珍しいレースがあったことを伝えるナレー. 競馬で、馬番が1∼8であった出走馬が、着順は逆に8∼. ●﹁一攫千金を手に入れる。﹂. 現がありますが、時代的背景と作品の価値にかんがみ、また. F大湊和辞典﹄ にも見えるが、出典は示さない。﹁攫﹂はつ. ションの一部。﹁一攫千金﹂は、一度に大金を手に入れること。. の中には今日の人権意識に照らして不当・不適切な語句や表. 短編集﹃上陸﹄ ︵河出文庫、二〇〇五︶ の最終頁には、﹁本書. 著者が故人であるためそのままとしました。﹂と同様の断り. がいくつもある。﹁住古﹂は﹁往古﹂だろう。﹁仙舟﹂は﹁仙. ﹁﹃江戸名所図会﹄より﹂とある。短い文章だが不審な点. の仙舟を練った霊泉なり/故に神泉谷とも言うなり﹂. ●二二八頁﹁⋮⋮相伝フ佳苗空仙人/戸此谷に入りて不老長生. ド杜、二〇〇五・八︶. ⑮石ノ森車太郎¶斯くの一捕物帖 大江戸排鳥808﹄ ︵リイ. 久我山沙貴のせりふ。﹁一度も﹂は余分。. もないわ。﹂. ●七〇頁﹁父は誰かのために動いたことなど、未だかつて一度. イファーストワイド、二〇〇五・八︶. ⑩国友やすゆき二〇〇億の男 社長就任﹄第四巻︵小学館マ. が重複してしまう。. かみとること。﹁一攫千金を手に入れる﹂では、﹁手に入れる﹂. 書きがあるが、こちらのほうがよほどすっきりしている。 史自選集V∼つづれおりし 二〇〇五・八所収︶. ⑫矢島正雄・弘兼憲史﹁流された記憶﹂ ︵﹃人間交差点−弘兼憲 ●一九頁﹁ラジオの予想どおりに奴︹伊勢湾台風︺ は伊勢湾沖 の直上を通り、富山湾に抜けていきました。﹂. から潮岬に上陸し、紀伊半島を通過してこの深谷柑大沢渓谷 マリアナ沖に発生した伊勢湾台風 ︵台風一五号︶ が潮岬に ことである。その後、奈良と三重の県境を北上し、伊賀地方. 上陸したのは、一九五九年九月二六日午後六時二〇分前後の から揖斐川上流を通って二七日零時四五分ころ、富山湾東方 から日本海に抜け、さらに秋田県に再上陸して太平洋上に消 災害史上未曾有の大被害をもたらした。ここに引いた説明で. 丹﹂ でないと意味が通じない。﹁伝フ﹂とあるのに﹁言ふ﹂. えた。死者・行方不明者五千人以上を出すという、我が国の. の進路がおかしくはないか。四大頁には、﹁伊勢湾沖から上. となっていないのもおかしい。﹁戸此谷﹂とは何のことだろう。. は、﹁伊勢湾沖﹂がどこを指すのかはっきりしないが、台風 陸したこの大型台風の現在地は⋮⋮﹂とも吉、つ。台風の﹁現. 52.

(8) ●l一六六頁﹁人はあるところで悟らにゃ生きられねぇもんだ! 廓名主の庄司甚内のせりふ。﹁−⋮⋮−﹂という記号の意. 締らめーといってもいい−﹂. 味も不明だが、﹁諦め﹂だね。 この漫画は江戸の吉原が舞台になっている。江戸弁では﹁ど. ●二五九貫﹁⋮⋮廓街のド其ン中だというのに﹂. 少々長くなるが、帯には﹁そこは、誤字の嵐だった。気鋭. ●五九頁﹁あまっさえ⋮⋮﹂. の怪奇作家が食えない時代に選んだ仕事は、某印刷会社での. 校正。チラシ、社内報、カレンダー⋮⋮。押し寄せる印刷物、. 出さずにはおれない、︵会社の民俗誌︶の登場!﹂とある。﹁怪. 耐えがたきカイシャ、やがて鬱憤は爆発し ー。思わず吹き. いう表現は、作者を許して妙に暗示的ではある。帯には誇大. 奇作家﹂は﹁怪奇小説作家﹂なのだろうが、﹁怪奇作家﹂と. 広告が多いものだが、実際に、しばしば吹き出すのをこらえ. 真ん中﹂とは言わず、﹁まん異ん中﹂と言うのだと、何かの ⑲光村国許国語教科書Fこくご上.由 ︵小学校一年︶. ながら一気に読み通してしまった。﹁クアラランプール﹂が﹁ク. 本でよんだことがある。 ●九五頁﹁クレーン車は、じようぶなうでが、のびたりうごい. うぞ宣しくお願いします﹂と刷ってある名刺の話などなど。. の区別がつかない営業社員の話、某信用金庫支店長の、﹁ど. アトルソメラルンプール﹂になった話や、﹁日く﹂と﹁臼く﹂. 辺りの事情に詳しいY先生にお聞きしたら、﹁のびたりちぢ. べてしまった。変換ミスでは済まないのですぞ。しかし本書. 誤字の多いメールをときおり送ってくる人物の顔を思い浮か. ﹁のびるしと﹁うごく﹂は並列になる動詞だろうか。この. たりするように、つくつてあります。﹂. んだり⋮・=﹂と吾きたいところだろうが、一年生には﹁ぢ﹂. 書いて﹃日本国語大辞典﹄を見たら、﹁あまっさえ︵刺さえ︶﹂. 戦状か。〓ハ二頁にも﹁あまっさえ﹂がある。と、ここまで. に、ここに挙げたような誤植があるのは、筆者の読者への挑. と﹁じ﹂の区別が困難なのでこのようにしたのではないかと いうことだった。しかし、おかしい。 ⑲西岸良平名作集¶たんぼぼさんの詩②﹄︵双葉社、二〇〇五・ 九︶. つさえととある。﹁あまっさい﹂とも言ったらしく、﹁平安. の項に、﹁﹃あまりさえ﹄ の変化した語。・︰⋮現代では﹃あま. とも言う。﹃広辞苑﹄ ︵第一版︶ では、よりはっきりと、﹁﹃あ. 時代にはすでに男子の日常語になっていたと考えられる。﹂. 登場人物紹介の頁にある、たんぼほさんの夫である憤平さ. ●﹁山田慎平⋮⋮まだまだかけ出し中のカメラマン。﹂ んの説明。﹁売り出し中﹂とは言うが、﹁かけ出し中﹂とは言. さ、え﹄ という。﹂と述べている。迂閥だった。. まりさへ﹄ の音便。今誤って¶つ﹄を促音とせず、﹃あまつ. わないだろう。 ⑬倉阪鬼一郎﹃活字狂想曲﹄ ︵時事通信社、t一〇〇〇二、第 四刷︶. 53.

(9) ⑲高橋徹﹃月の輪書林それから﹄ ︵晶文社、二〇〇五・一〇︶ ●七五頁﹁衿持﹂. 本自体は前作¶古本屋月の輪書林﹄に続いて堪能させても. らった。五反田の古書展にはたびたびは行けないから、一度. 月の輪吾林を訪ねてみたいものだ。. ⑳南條竹則F中華文人食物語﹄ ︵集英社新書、二〇〇五・五︶. 浅雛徹¶開拓者の妻﹄ ︵昭和一六、不二出版社︶ という本 からの引用があり、その中の﹁衿持﹂に﹁きんぢ﹂とルビが. ●一八頁﹁劉暢編F中国飲食趣話﹄ に載っている︰⋮・﹂. 眞という不思議な字になっている。同じ貫の﹁謝肇制﹂に﹁しゃ. ﹁王士頑﹂と表記したが、実際には﹁祓﹂がころもへんに. ●七一頁﹁王士頑F香視筆記﹄巻八﹂. だろう。. 劉暢に﹁りゆうよう﹂とルビがふってある。りゆうちょう. 振ってある。原文のままなのだろうか。﹁きょうじ﹂が正しい。 ●七六頁﹁類型﹂. この本の著者は戦前の本から引用するときには旧字体を用 いるなど、配慮が行き届いている。ただし、時々ほころびが の﹁旧式﹂は、﹁書式﹂、一〇四頁の﹁歳﹂は﹁歳﹂としなけ. しゃちょうせいだろう。. ちょうせつ﹂とルビがある。﹁渕﹂にはせつという青もあるが、. 見える。﹁類﹂は﹁類﹂、このほか一例を挙げると、一〇三頁 れば。また、一一五頁の﹁昭和十四年三月十五日⋮⋮しの﹁日﹂. ﹁江賦﹂は賦であって、詩ではない。しかも、これに続く. ●七二貫﹁¶文選﹄に郭瑛の﹁江賦﹂という詩が収められている。﹂. はどうしても﹁日Lには見えない。 もう一箇所あったはず。F日本国語大辞典﹄を見ると、﹁緑. ●二六七頁﹁緑は杏なものとはよく言ったもので⋮⋮﹂. 一文に﹁その中に﹃玉桃海月、土肉石華Lという旬がある。﹂. 代の学者李善はこの個所を注するに、魂 ︵呉︶ の沈■の ﹃臨. と言うが、原文は ﹁王跳海月﹂となっている。さらに、﹁唐. は異なもの味なもの﹂という項目があり、﹁男女の縁はどこ でどう結びつくのか、常識を越えた、不思議でおもしろいも. 海水土異物志﹄ を引いて⋮⋮﹂と言っている。■には宝とい. のだ。﹂という説明がある。﹁浮世草子﹂﹁浄瑠璃﹂などから 例文を引いている。﹁事実は小説よりも奇なりしなどと混同. う字の第一画が革冠になっている奇妙な字が入るのだが、こ. う少し丁寧に調べて看いてもらえないものか。. これは、r索隠㌔本自体は面白い話題が満載なのだが、も. ●一三〇頁﹁﹃史記﹄ の注F索陰ヒ. 海水土物志㌔・. れは登が正しい。また、¶臨海水土異物志﹄は、正しくはF臨. したか。 ●二七九頁﹁小山内薫が若干十八歳であることがわかり、⋮⋮﹂ ﹁あとがき﹂によると、﹁校正担当﹂は著者の﹁妻・美央﹂ さんだそうだ。﹁弱冠﹂は二十歳のことだが、このごろは単 に﹁若い﹂くらいの意味で使うようになった。それにしても 若干はいけません。. 54.

(10) ⑳﹁開運呑んでも鑑定団﹂ ︵二〇〇六・三ニー六︶. 学校に、卒業生が勤めている。岩内町に転居したという葉書を. 都市に出ていってしまうからとのこと。その大都市では、臨時. の中では二番目の高?年齢なのだそうだ。年齢が高くなると大. もらったので、電話してみた。彼は三十代半ばなのだが、教員. 採用︵期限つき︶ の教員が増えていて、札幌市では五百人を越. ﹁祥瑞の水差し﹂の鑑定だったか、中島という鑑定士が﹁そ. ●﹁蘇東城﹂. とうは﹂と繰り返す。しかも、テロップにも﹁蘇東波﹂と出. にある書店の客足が減少することを考えると手放しでは喜べな. 引き受けさせられている︶ が教育現場では不可欠の存在になっ. が生じ、大都市では身分の不安定な臨時的教員︵学級担任まで. ることが原因だという。地方では教員の世代間のアンバランス. 削減されてゆくことを見越して、正規教員の採用を抑制してい. えた 三〇〇五年五月一五日﹁遣新﹂朝刊︶。教育関連予算が. る。﹁蘇東城﹂を間違ってもらっては困る。. ※蛇足 ︵其の一︶. いのだが、広いスペースを売り物としているだけあって、棚を. ※蛇足 ︵其の三︶. ている。児童・生徒にどのような影響があるか、心配だ。. 札幌駅にある某百貨店の西隣に、大型の書店ができた。周り. 埋め尽くすために、品切れになっている本まで置いてあるのが. 所用で旭川に行ったついでにB古書店に寄った。まず二階で. うれしい。探していた文庫を何冊か購入することができた。古 書について書かれた本を読むと、このごろ古書価が上昇してい. 一階で代金を支払おうとすると、若い女性店員が、カードをお. 中公文庫など数点を購入し、一階でも単行本数点を購入した。. 持ちですかと聞く。五百円でスタンプ一個を押してくれて、二. るのは、田中小実昌と殿山泰司とのことだ。この二人の本も、 本文でも取り上げた﹃古本道場﹄ で、西荻の音羽館という古書. のだが期限が切れていたのだ。そこで、新しいのを作ってくだ. 〇個貯まると五〇〇円分の商品券として使える。持ってはいた. かなり、ちくま文庫に収められている。田中小実昌といえば、. 送ってくれるように頼んだら、二週間ほどして中央線沿線の古. め、それはいくらでしたかと聞く。値段を告げるとその分まで. さいと言うと、彼女は手許にあった二階で購入した本に日を留. 店が彼の著作目録を出していることを知り、切手を同封して. の小冊子だが、彼の、翻訳を除く単行本のほとんどの書影がカ. 書店を取り上げているミニコミ誌とt緒に届いた。目録は八頁. ドのことは何も言わなかった。同じ店内の出来事だが、これか. 含めた数だけスタンプを押してくれた。二階の男性店月はカー. と思うほどすがすがしい気分に浸ることができた。. らこの店で本を買うときには、二階の分も一階で精算しょうか. ラーで紹介されていて、見るだけで愉しくなった。今度はゆっ. ※蛇足 ︵其の二︶. くりと西荻あたりを回ってみょう。 札幌の西南に寿都町がある。この町の、生徒数が百人強の小. FiFj.

(11) 近代文学担当のN氏から聞いた話。郵政関連法案の審議が大. ※蛇足 ︵其の四︶. 詰めを迎えていた頃、テレビ出演していた某代議士が、他の代 議士との関係を問われて、﹁彼とはオイオマエの仲だから。﹂と 答えたという。残念、この番組は見ていなかった。 ︹訂正︺ ﹁現代言葉遣い小考︵八︶﹂ ︵﹁札幌国語研究﹂第八号、. t一〇〇三・七︶ の⑲に、﹁此君﹂の出典を、遥日書﹄王義之伝と したのは、王徴之伝の誤りだった。また、﹁現代言葉遣い小考 ︵十︶﹂ ︵﹁札幌国語研究﹂第t O号︶ の⑳に、日ハムの﹁金子. 投手﹂としたのは﹁金村投手﹂の誤り。ここに訂正する。同じ く﹁現代言葉遣い小考︵十︶﹂の﹁拡揮龍彦﹂は、﹁龍彦﹂では してもらいたい。. ないかとの指摘もあったが、これは印刷の都合もあるので勘弁. 56.

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