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「地域研究」を超えて -- 自然実験による制度研究の視点から (特集 温故知新 -- 途上国研究のわすれもの・新しい架け橋)

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Academic year: 2021

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(1)

「地域研究」を超えて -- 自然実験による制度研究

の視点から (特集 温故知新 -- 途上国研究のわす

れもの・新しい架け橋)

著者

湊 一樹

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

179

ページ

28-31

発行年

2010-08

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004442

(2)

地域研究

﹂を

自然実験

よる制度研究

視点から

「(比較分析に基づく歴史研究に 対する一部の研究者の)反発とい うものを、例えば、次のように言 い 表 す こ と が で き る だ ろ う。 『 私 は、四〇年におよぶ学究生活をア メリカの南北戦争の研究に費やし て き た。 し か し、 そ れ で も な お、 すべてを知り尽くしている訳では ない。それなのに、内戦について 一般的な議論をしたり、ましてや 南北戦争とスペイン内戦を比較す る な ん て と ん で も な い!   さ ら に、スペイン内戦の研究者が、私 の縄張りにズカズカと入り込んで きて、南北戦争について何か言お うなんて冗談にも程がある!』確 かに、一つの事象を長い間研究す る こ と に は あ る 種 の 強 み 4 4 4 4 4 4 が あ る。 しかし、 新しい見方をし、 そして、 類似の事象を研究することで得ら れ た 経 験 と 知 見 を 応 用 す る こ と で、異なる強み 4 4 4 4 4 を手にすることが できるのである。 」(傍点引用者) (参考文献①、二七四ページ)

●「+アルファ」

を求めて

  アジア経済研究所(以下、アジ 研)は、創立以来五〇年にわたっ て、開発途上国に関する調査・研 究の分野において大きな役割を果 たしてきた。それは、研究成果の 蓄積と発信、開発途上国で刊行さ れた資料・統計や学術文献の継続 的な収集と保存、大学をはじめと する他の研究機関への豊富な人材 の供給、国内外の研究者および研 究機関とのネットワークの構築な どの事実から明らかである。そし て、アジ研が途上国研究の分野で 優位性を保ち続けることを可能に した要因として、現地語・現地資 料・ 現 地 調 査( い わ ゆ る、 「 三 現 主 義 」) に 基 づ く 実 証 的 な 研 究 を 地道に積み重ねてきたことがまず 一番に挙げられる。   しかし、その一方で、情報技術 の革新、移動や輸送に伴う費用の 低下、途上国研究を取り巻く状況 の変化などを背景に、三現主義に 基づくアジ研的な地域研究 (以下、 カ ッ コ 付 き の「 地 域 研 究 」) が 大 きな岐路に立たされていることも また事実である。つまり、過去五 〇年にわたるアジ研の成功モデル ともいうべき「地域研究」をこれ までのように漫然と続けているだ けでは、 アジ研が誇ってきた調査 ・ 研究の面での優位性を維持するこ とはもはや困難になってきている のである。   とはいうものの、伝統的な「地 域研究」が時代遅れの無用の長物 になったなどということでは決し 4 4 てない 4 4 4 。むしろ、それとは正反対 に、新たな視点を積極的に取り入 れることで、アジ研の強みである 三現主義の利点を最大限に生かし ながら、新しい形の途上国研究と いうものを生み出していくことが できるのではないだろうか。   で は、 「 地 域 研 究 」 は 具 体 的 に どのような新しい視点を取り入れ るべきなのだろうか。今から二〇 年前にアジ研の創立三〇周年を記 念して行われた座談会で、経済学 者 の 篠 原 三 代 平( 元 ア ジ 研 会 長 が指摘した次の点が大きなヒント になるだろう。   「 ア ジ 研 に 来 て 奇 妙 に 思 っ た こ とは、地域研究をやっている人と 開発理論とかモデルの研究をやっ ている人との間に交流が乏しいと いうことです。両者は本来タコツ ボ で あ っ て は お か し い の で あ っ て、 お互いに相手を破壊しながら、 しかも弁証法的にアウフヘーベン されて、常に新しい角度を編み出 していくべきものです。アジ研が 二つのタイプの学問を包摂する研 究所であるならば、それが重要な ポ イ ン ト で は な い か と 思 い ま す。 残 念 な こ と は、 ( ア ジ 研 の 初 代 所 長を務めた)東畑(精一)先生が おっしゃったことを時代のコンテ クストなしにそのまま受け取ろう とする人もアジ研に無きにしもあ

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「地域研究」を超えて

―自然実験による制度研究の視点から らずですね。地域研究は大事だけ れ ど、 『 そ れ が 最 後 の ゴ ー ル で は ない』と東畑先生はおっしゃって いたと思うんです。 」 (参考文献②、六三ページ) この発言の中で見逃してはいけ な い の は、 「 地 域 研 究 」 を 絶 対 視 するような態度を批判しているだ けでなく、新しい視点という「+ アルファ」を必要としているとい う意味では、方法論や理論的枠組 みに基づく研究も「地域研究」と まったく同じであると明確に指摘 している点である。つまり、いず れのアプローチを採用する研究者 であっても、より真に迫った途上 国研究を目指すのであれば、異な るアプローチを積極的かつ批判的 に取り入れて互いに刺激しあいな がら、独自の分析の枠組みを新た に生み出す努力をしなければなら ないというのである。 残念ながら、この発言から二〇 年が経過した今日に至っても、二 つのタイプの研究者の間にははっ きりとした線引きが存在し、両者 の間で「お互いに相手を破壊しな が ら、 し か も 弁 証 法 的 に ア ウ フ ヘーベン」するという試みが活発 に行われているとは言い難いのが 実情である。しかし、アジ研が依 然として「二つのタイプの学問を 包摂する研究所である」という事 実を考えると、アジ研が今後も途 上国研究の分野で生き残っていく ためには、このような試みを推し 進めていくのが最も現実的な選択 肢であることに変わりはないので はないだろうか。   そこで、本稿では、三現主義に 立 脚 し た ア ジ 研 的 な「 地 域 研 究 」 の強みを生かしながら、それにい かに「+アルファ」を加えて新た な途上国研究の角度を編み出すこ とができるのかという点について 問 題 提 起 を 試 み る。 具 体 的 に は、 政治経済学や歴史研究の分野で近 年盛んに用いられている「自然実 験 」( natural experiments ) と 呼 ばれる分析手法による制度研究を 検討することを通して議論してゆ く。

●自然実験による制度研究

  「 あ る 制 度 が 経 済 的 ま た は 政 治 的な帰結にどのような影響を及ぼ すのか」という問いは、用いられ る 分 析 手 法 の 違 い に か か わ ら ず、 頻繁に取り上げられる重要な研究 テーマのひとつである。   自然実験による制度研究は、歴 史的な偶然や予期されないショッ クなどの外生的な要因によって制 度の有無または制度のタイプが無 作為に決まっているとみなせるよ うな事例を用いて、制度の影響を ( 可 能 で あ る な ら ば、 定 量 的 に ) 分析しようとする。このアプロー チ の 特 徴 の 一 つ と し て、 「 比 較 」 に基づいて分析が行われるという 点を挙げることができる。 つまり、 制度の有無または制度のタイプの 違いが、経済的または政治的な帰 結の違いとどのように結び付いて いるかに注目するのである。これ とは対照的に、 「地域研究」では、 特定の事例を詳細に検討すること を通して、ある制度がどのような 影響を及ぼしているかを分析しよ うとするものが多くを占める。   ただし、自然実験による制度研 究は、異なる制度の下での結果を 単純に比べているという訳ではな い。具体的には、以下のような点 に特に注意を払いながら比較分析 を行っている。   第一に、分析の関心が向けられ ている制度以外の側面については なるべく類似している対象同士を 比較する。なぜなら、制度以外に もいくつもの側面で異なっている 対象同士を比較した場合、経済的 または政治的な帰結の違いが制度 の違いによるものなのか、それと もそれ以外の側面における違いに よるものなのかを区別することが できないからである。   第二に、制度の有無または制度 のタイプが内生的に決まっている 可能性を避けるために、既に述べ たように、制度の導入が外生的な 要因によって無作為に決まってい ると考えられるような事例に基づ いて制度の効果を検証する。なぜ このような事例を取り上げる必要 があるかというと、制度の有無ま たは制度のタイプとその他の属性 との間に何らかの関連性がある場 合、制度の効果を正確に捉えるこ とが困難になるからである。   次のような具体例を考えるとわ かりやすいだろう。過去の土地制 度の在り方が現在の農業生産性に 与える影響を分析するために、タ イプAの土地制度が実施されてい た場所とタイプBの土地制度が実 施されていた場所の間で、農業生 産性の平均値がどの程度異なるか を単純に比較したとしよう。 仮に、 前者の方が後者よりも農業生産性 が平均的に高かったとしても、そ れが過去の土地制度の違いによっ てもたらされたものであるとは言

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壌 が 肥 沃 な 場 所 ) ほ ど、 単 純 に 比 較 し た だ け で に 起 因 し て い る の な ら と 考 え る こ と が で き る。 こ の よ う な 場 合 に は、 で の 農 業 生 産 性 の 違 い し て、 「 比 較 分 析 に と っ て都合のいい事例しか研究対象に できないのだから、何の役にも立 たない」といった反応があるかも しれない。確かに、そのような側 面があることは否定できない。し か し、 「 比 較 」 に よ っ て 制 度 の 効 果を検証しようとする発想や比較 分析を行う際の注意点などは、社 会科学に携わる者であれば常識と して知っておくべき基本的な作法 で あ り、 「 地 域 研 究 」 を 行 う 際 に もより明確に意識されなければな らないポイントなのである。

「地域研究」 が果たすべき役割   では、自然実験による制度研究 に 対 し て、 「 地 域 研 究 」 は ど の よ うな貢献をすることができるだろ うか。三つの点を指摘したい。   第一に、制度の類型化が妥当な ものであるかどうかという点につ い て、 「 地 域 研 究 」 が 有 益 な 示 唆 を与えることができる。比較分析 を行うためには、極めて複雑な制 度の在り方というものをいくつか の グ ル ー プ に 分 類 す る( ま た は、 変 数 と し て 表 す た め に 数 量 化 す る) ことが必要となる。そのため、 「 地 域 研 究 」 の 蓄 積 を 有 効 に 活 用 することによって、自然実験によ る制度研究において、制度の在り 方を類型化する作業が適切に行わ れているかどうかをより綿密に検 討 す る こ と が で き る と 考 え ら れ る。   例えば、植民地期の土地制度と いう「制度的遺産」が独立後のイ ンドの農業生産性や公共財の供給 に及ぼす影響を分析した比較研究 では、植民地官僚出身の学者であ るベードン・ポーウェルが提唱し た類型化に従って、土地制度が三 つのタイプに分類されている(参 考 文 献 ①、 第 六 章 )。 し か し、 そ の一方で、このような単純な類型 化に疑問を呈するインド農村史の 研 究 者 も 存 在 す る( 参 考 文 献 ③、 三五一〜三八六ページ) 。   第二に、比較分析において自然 実験であるとみなされている状況 が本当に自然実験であるかどうか を、 「 地 域 研 究 」 の 視 点 か ら 批 判 的 に 検 討 す る こ と が で き る。 「 制 度が導入されたかどうか、または どのような制度が導入されたかと いうことは、外生的に決まってい る 」 と い う 議 論 の 土 台 が 本 当 に もっともらしい仮定であるのかと い う 点 に 関 し て は、 「 地 域 研 究 」 を指向する研究者の方がより多く の知識を持っているだろうことは 想像に難くない(参考文献④) 。   第三に、比較分析によって示唆 される因果関係の背後にどのよう な メ カ ニ ズ ム が 働 い て い る か を、 「 地 域 研 究 」 が 現 地 の 実 情 や 歴 史 的背景により深く根差した立場か ら提起することができる。自然実 験による制度研究は、経済的また は政治的な帰結と制度の間の因果 関係を説得的に示すことができる と い う 点 で 強 み を 発 揮 す る 一 方、 その間にどのようなメカニズムが 働いているのかという疑問には何 も答えない。つまり、点と点の間 に 明 確 な 線 を 引 く こ と は で き る が、その背後にある「物語」を明 らかにしてはくれないのである。   お そ ら く、 「 地 域 研 究 」 を 指 向 す る 研 究 者 に と っ て、 「 物 語 」 の ない定量的な研究は複雑な現実世 界を単純化したひどく退屈なもの に 映 る の か も し れ な い。 し か し、 それは異なるアプローチに関心を 払わなくていいという言い訳には 決 し て な ら な い 4 4 4 4 4 4 4 。 そ れ は、 「 ガ ン で 亡 く な っ た あ る 喫 煙 者 に つ い て、感動的で機微に触れるような 詳 細 な 物 語 を 書 く こ と は 可 能 で あっても、それによって一般的に 喫煙がガンの原因であるとか、ま してその喫煙者のガンが喫煙によ るものであるということを証明し

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「地域研究」を超えて

―自然実験による制度研究の視点から た こ と に は な ら な い 」( 参 考 文 献 ①、二ページ)ことからも明らか だ ろ う。 つ ま り、 「 地 域 研 究 」 に 基づく制度分析では、想定されて いる因果関係が実際に存在すると い う 根 拠 が 十 分 に 示 さ れ な い ま ま、 「 物 語 」 だ け は や た ら と 饒 舌 に語られることがあまりにも多い のである。 いずれにしろ、他のアプローチ を横目に見ながら、その優れた点 を常に取り入れようとする姿勢が 何よりも重要であるということを 改めて強調しておきたい。 つまり、 「 異 な る 強 み 」 を 活 用 す る こ と に よ っ て、 「 地 域 研 究 」 は「 物 語 」 により説得力を与えることができ るようになる一方、自然実験によ る比較研究は因果的推論の妥当性 と内容の豊かさの両方を増すこと ができるようになるのである。

再び 「奴隷」 にならないために これまでの議論から、異なるア プローチを取る研究者がそれぞれ の タ コ ツ ボ に 閉 じ こ も る こ と は、 真理の探究という面でいかに不幸 な事態を招くかということが明ら かであろう。しかし、問題はそれ ばかりにとどまらず、途上国研究 のような基礎研究の存在意義その ものを脅かす危険性すらあるとい う点を指摘したい。   特に、政策研究を手放しでもて はやす風潮が一段と強まりつつあ る昨今では、政策立案者にとって 耳 触 り の い い 内 容 を「 政 策 提 言 」 することにのみ長けている「政策 プ ロ モ ー タ ー」 ( 参 考 文 献 ⑤ ) が 幅を利かせる素地ができつつある の で は な い か と 強 く 危 惧 さ れ る。 そ し て、 「 地 域 研 究 」 を 指 向 す る 研究者と方法論や理論的枠組みに 基づく分析を指向する研究者が互 いに反目または黙殺を続けたがた め に、 半 知 半 解 の 政 策 プ ロ モ ー タ ー の 跋 扈 を 許 し、 結 果 と し て、 途上国研究そのものへの信頼が大 きく損なわれるような事態が起こ らないとも限らないのである。   したがって、地道な基礎研究を 足がかりとしたまともな政策研究 が行われるためにも、個々の研究 者 が 広 い 視 野 を 持 ち、 他 の ア プ ローチの強みを積極的かつ批判的 に取り入れていくことが、より一 層求められていると強く意識する べきではないだろうか。さもなけ れば、途上国研究が政策ありきの 政治的な議論に絡め取られるだけ の存在に成り下がってしまう可能 性も否定できないのである。   最後に、この点に関連して、一 九六〇年に『アジア経済』の創刊 に際して当時所長を務めていた東 畑精一が寄せた文章の一部を紹介 して、 本稿を閉じることとしよう。   「 歴 史 に 関 す る も の を 除 い て、 アジアに関するわが国の過去の研 究ないし調査の多くは、ほとんど 『 国 策 』 を 機 縁 と し て 始 め ら れ た も の が 多 い。 ( 中 略 ) 不 幸 な る 場 合には、事物の真理に迫り事実を 冷 静 に 判 断 す る こ と が 妨 げ ら れ、 研究なるものが実は他を征し他を 圧する便宜論に堕してしまう。そ こにあるものは単に一時的なある いは偏った日本の『利害』論とな り終わったのである。光がかくれ て熱―しかも粗雑なる欲情―がひ とり浮かびでているにすぎないの で あ る。 そ の も っ と も よ い 例 は、 いわゆる大東亜共栄圏的な思考で あった。それは東洋各地の純然た る 学 問 的 研 究 を 抑 制 し 覆 っ て し まっていた。読者諸君はいまから 顧みて、かような思考に導かれて いた多数のいわゆる研究なるもの のなかに、いかなるものが学問の 舞台に今日なお残っているかを静 かに反省していただきたい。 」 (参考文献②、S一六ページ) ( み な と   か ず き / ア ジ ア 経 済 研 究 所地域研究センター) 《参考文献》 ① Diamond, Jared and James A. Robinson eds., Natural Experiments of History, Cambridge: Harvard Univ ersity Press, 2010. ②アジア経済研究所『アジア経済 研究所   三〇年の歩み』アジア 経済研究所、一九九〇年。 ③佐藤正哲 ・ 中里成章 ・ 水島司『世 界の歴史一四   ムガル帝国から 英領インドへ』中公文庫、二〇 〇九年。 ④黒崎卓「南アジア経済に関する 実証分析展望―制度・経済政策 の効果に焦点を当てて―」 (『南 アジア研究』第二〇号、二〇〇 八年) 。 ⑤ Krugman, Paul, Peddling Prosperity: Economic Sense and Nonsense in the Age of Diminished Expectations, New York: W . W . Norton & Compan y, 1994 ( 伊 藤 隆 敏・ 北 村行伸・妹尾美起訳『経済政策 を売り歩く人々―エコノミスト のセンスとナンセンス』ちくま 学芸文庫、二〇〇九年) 。

参照

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