アジ研ワールド・トレンド No.255(2017. 1)
4
特 集
アジアの女性障害者
──複合差別と権利擁護──
●
は
じ
め
に
二〇一六年二月、日本は女性差
別撤廃条約の締約国として、七年
ぶ
り
と
な
る
政
府
報
告
審
査(
第
七・
八
回
審
査
)
を
受
け
た。
審
査
で
は、
障害女性に対する複合差別の課題
も取り上げられた。
本稿では、筆者も傍聴者として
参加した国連での審査について取
り
上
げ、
そ
こ
に
至
る
プ
ロ
セ
ス
と、
審査で問われたことや出された勧
告についてみることで、日本にお
ける障害女性の複合差別の現状や
その課題について記していきたい。
●
会
期
前
作
業
部
会
国
連
の
女
性
差
別
撤
廃
委
員
会
は、
各締約国の本審査の日程が決まる
と、その二会期前の会期終了後に、
事前作業部会を開くことになって
いる。そこで委員会は、本審査を
より建設的なものにするため追加
情
報
を
求
め
る
課
題
リ
ス
ト(
List
of
Issues
)
を
採
択
し、
本
審
査
ま
で
に
再度の情報提供を審査対象国に求
めることになる。
日本の第七・八回審査の課題リ
ストは、二〇一五年七月の会期前
作業部会で採択された。この部会
には、日本からも複数の団体がN
GOヒアリングに応じる立場で参
加しており、障害女性の課題につ
いては、DPI女性障害者ネット
ワークが発言と情報提供をした。
採択された課題リストに含まれた
障害女性の複合差別の課題は、強
制
不
妊
手
術
に
対
す
る
政
府
の
対
応、
女性の精神的・心理的健康に関す
ること、女性差別撤廃条約に挙げ
られた全ての権利へのアクセスに
関する最新の情報、性暴力や虐待
を受けた障害女性の支援の状況等、
幅広いテーマにわたった。
●
課
題
リ
ス
ト
へ
の
回
答
日本政府は、求められた追加情
報を、二〇一五年一二月に提出し
ている。そこには、旧優生保護法
下で行われた優生手術は正当な手
続きを経ており、問題はないとい
う見解が書かれた他、精神疾患に
おける診断患者数は、諸外国と同
様で女性が多いこと、障害女性の
課題については、第四次男女共同
参画基本計画および、障害者差別
解消法に基づく障害者基本計画等
で、複合的に困難な状況に置かれ
ている場合があることに留意する
と明記され対応することとなって
おり、性暴力や虐待、DVについ
ても市町村等が必要な措置を講じ
ていると記述された。
しかし、ここには、条約に挙げ
られた全ての権利へのアクセスの
現
状
と
い
う
質
問
項
目
に
つ
い
て
は、
これ以上の回答は示されなかった。
一方で、課題リストを受け、N
G
O
が
合
同
で
作
成
し
た
レ
ポ
ー
ト
(
日
本
女
性
差
別
撤
廃
条
約
N
G
O
ネ
ットワーク作成『NGOジョイン
ト
レ
ポ
ー
ト
』)
で
は、
旧
優
生
保
護
法
下
で
行
わ
れ
た
手
術
に
つ
い
て
は、
被害を受けた当事者から、人権救
済申立がなされていること、また、
女性の心の病気や精神障害が多い
背景や原因に、性差別や性暴力が
ある可能性があること、また、性
暴力被害については実態が把握さ
れておらず、支援へのアクセスも
十分ではないため、潜在化してい
る可能性が高いことが書かれた。
また、条約の全ての権利へのア
クセスについての最新情報として
は、障害者に関する統計には、性
別データが乏しく、データの欠如
が課題であることが示された上で、
国の障害者政策に関わる委員会の
女性当事者の参画が進んでいない
こと、障害当事者団体も、代表者
の多くは男性であること、スポー
ツの分野をみると、パラリンピッ
クの選手・指導者に女性が少ない
現状があること、雇用の分野では、
性別集計の必要性がいわれながら
それが行われていないこと、保健
医療分野では、サービスの提供体
制および、相談体制について障害
瀬
山
紀
子
国連
で
問
わ
れ
た
日
本
に
お
け
る
障害女性
の
複合差別
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アジ研ワールド・トレンド No.255(2017. 1)
女性に対応した仕組がとられてい
ないこと等がデータと共に示され
た。
●
本
審
査
で
の
や
り
と
り
本審査は、二〇一六年二月一六
日にスイスの国連本部で行われた。
審議では、委員から、障害女性
に対してとられている政策につい
て、政府報告とNGOの情報との
間に大きな隔たりがあることが懸
念事項として示された。そのうえ
で、障害女性に関する統計や調査
が不足しているために公共政策が
とられていない側面があるのでは
ないか、という指摘や、社会福祉
や公共サービスの削減が、障害女
性の実質的平等を妨げる要因とな
っていないか、といった質問がだ
された。また、政府の委員会に障
害
女
性
を
増
や
す
必
要
が
あ
る
こ
と、
雇用の分野でジェンダー統計を整
備する必要があること、DVや性
暴力被害者のためのシェルターな
どが障害女性にも使えるものとな
っているのかについての調査が必
要であることも指摘された。
さらに、強制不妊手術について
は、過去の国連の勧告(一九九八
年に出された自由権規約委員会か
らの勧告)を実現させる計画があ
るのか、という質問が出された。
日本政府は、それに対して、障
害者支援施策は、性別に関わりな
く対象となるため、障害女性につ
いても支援を行っているといえる
といった回答を行っており、審議
で、障害女性の複合差別について
の状況改善に向けた建設的対話が
進
ん
だ
と
は
い
え
な
か
っ
た。
ま
た、
調査やデータの整備をすべきとし
た委員の意見に対しても政府側は、
最後まで、その必要性があるとい
う認識を示すことがなかった。
●
出
さ
れ
た
勧
告
審
査
を
終
え
た
二
〇
一
六
年
三
月、
国
連
の
女
性
差
別
撤
廃
委
員
会
か
ら、
総括所見が示された。
以下で、全体で八項目にわたっ
て出された障害女性に関わる懸念
と勧告を列記していきたい(かっ
こ内は勧告のパラグラフ番号)
。
①障害女性の権利を強化するた
めに必要な戦略として、クオータ
制などの暫定的特別措置の採用を
検
討
す
る
こ
と(
パ
ラ
一
九
)、
②
障
害女性が暴力被害を受けた際に通
報等ができていないことへの懸念
(パラ二二)
、③強制不妊手術の被
害者への賠償およびリハビリテー
ションのサービス提供をすべきこ
と(
パ
ラ
二
五
)、
④
障
害
女
性
が
意
思決定できる政治的および公的活
動の地位を確保するための必要な
措
置
を
と
る
こ
と(
パ
ラ
三
一
)、
⑤
障害女性の教育へのアクセスの障
壁を取り除く必要があること(パ
ラ
三
三
)、
⑥
障
害
女
性
の
雇
用
分
野
における調査を実施し、ジェンダ
ー
統
計
を
提
供
す
る
こ
と(
パ
ラ
三
五)
、⑦障害女性の貧困を懸念し、
年金制度を、最低生活水準を保障
するものに改革する可能性を探る
こ
と(
パ
ラ
四
一
)、
⑧
障
害
女
性
を
含むマイノリティ女性の複合差別
の根絶を目的とした努力が必要で
あること(パラ四七)
。
総括所見は、障害女性を含むマ
イノリティ女性の複合差別の課題
を多数の項目にわたって書き込む
ことで、その課題を条約の主流の
課題として位置付ける姿勢を強く
打ち出したものだといえるだろう。
ただ、障害者に関わる勧告とし
て、
「
胎
児
に
重
篤
な
障
害
が
あ
る
場
合に人工妊娠中絶を合法化するこ
と
」(
パ
ラ
三
九
)
と
い
う
文
言
が
盛
り込まれたことも、問題として提
示しておきたい。
●
今
後
の
課
題
国連の審査では、障害女性を含
むマイノリティ女性の受けている
複合差別の課題に強い関心を示す
委員と、日本政府との間の大きな
隔たりが目立った。この隔たりを
解消していくことが必要だ。
日本社会は、女性差別という点
で、大きな課題を抱えている。障
害女性は、そのなかで、性別を捨
象される存在として扱われながら、
一方で、障害のある女性としての
様々な困難に直面している。こう
した実態を把握し、状況改善を図
るためにも、データを整備し、潜
在化している可能性の高い課題を
可視化させていく必要がある。
(
せ
や
ま
の
り
こ
/
D
P
I
女
性
障
害者ネットワーク+α)
《参考文献》
①
国連女性差別撤廃委員会NGO
ネットワーク『国連と日本の女
性
た
ち
』
同
ネ
ッ
ト
ワ
ー
ク
発
行、
二〇一六年。
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