• 検索結果がありません。

市川秀之・武田俊輔編『長浜曳山祭の過去と現在──祭礼と芸能継承のダイナミズム』(おうみ学術出版会 2017年)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "市川秀之・武田俊輔編『長浜曳山祭の過去と現在──祭礼と芸能継承のダイナミズム』(おうみ学術出版会 2017年)"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)書 評. 市川秀之・武田俊輔編. 『長浜曳山祭の過去と現在—祭礼と芸能継承のダイナミズム』 (おうみ学術出版会 2017 年). 築山秀夫 長浜曳山祭は、昭和 54 年に国指定重要無形民俗文化財となり、平成 29 年には、 「山・鉾・ 屋台行事」三十三件の一つとして、ユネスコ無形文化遺産にも登録された、400 年以上の歴 史のある地方都市祭礼である。本書は、その長浜曳山祭の現状の記録映像・記録作成を依頼 された当編者の一人である市川氏が中心となって調査・執筆された『長浜曳山祭の芸能(長 浜曳山子ども歌舞伎および長浜曳山囃子民俗調査報告書)』 (2012、長浜曳山文化協会・滋賀 県立大学人間文化学部地域文化学科編)の続編に位置する。報告書は、祭の概要、曳山狂言 と囃子、平成 23 年の長浜曳山祭の現状に関する詳細な記録からなる報告篇と、9本の論考 編からなり、本書は、その論考編をベースに、さらなる調査により執筆されたものである。 調査において、祭礼を支える多様な組織や祭の厳格なしきたり等を目の当たりにした著者た ちは、その異文化体験が大きなモチベーションとなったことで、本書のテーマを「祭を支え る集団や人々を考察の中心に据え、近代・現代の地方都市においていかに祭礼が継承されて きたのか」 (4 頁)とされた。 章ごとに簡単に内容を紹介したい。第一章では、長浜曳山祭の歴史及び祭を支える諸組織 等を概観し、第二章では、祭礼の神輿をかつぐ七郷と呼ばれる地域が、長浜町が経済発展を 遂げる中で表象されていくことを明らかにし、第三章では、囃子の伝承の変容とその意味に ついて考察、脇役の囃子が、女性や山組町外居住者の祭への参加回路を提供している構造 や、笛の吹けないシャギリ方というパラドクスを解いてみせた。第四章では、囃子保存会が 設立される以前の囃子を通して、都市部と周辺農村との社会関係を、主に昭和一桁世代をイ ンフォーマントとした調査によって明らかにした。第五章では、三味線弾き伊吹甚造と浄瑠 璃語り太夫宮川清七に関する資料分析により、半農半芸能者の広域的な活動が捉えられた。 第六章では、歌舞伎の振付による芸能の地方伝播の構造について、中間極としての在地の芸 能者が面的展開を支えたことを示した。第七章では、山組若衆の担い手の変容について、現 在の山組若衆の多くが山組のある実家から他出、町外に居住しながら、親から役職を継承し ている状況、若衆の役職リクルート構造、強連結のない若衆リクルートによる課題など、人 口減少社会に突入した地方都市の祭礼が直面する課題について考察している。第八章では、 若衆と中老間のコンフリクトの持つ劇場性や潜在的機能、祭を構成するのは舞台上の役者だ けではなく、舞台外の役者(若衆、中老など)であることを示した。そして、終章では、ウ チとソトという概念で全体をまとめている。 本書の成果は、まず、地方都市祭礼の構造を都市とその周辺地域との交流のなかで詳らか にしたことである。次に、祭礼がルールや内容を絶えず更新しながら継承されることでサス ティナビリティを担保していることを、長浜曳山祭のような大掛かりな地方都市祭礼のなか にとらえたことである。この点を説得的に提示し得たことは、本書の意義の一つであり、ま −80−.

(2) 書 評. さに、それこそが、本書のタイトルにある祭礼と芸能継承のダイナミズムの本質なのであ る。他にも、本書は、地元公立大学である滋賀県立大学の地域貢献の成果であり、同学部、 大学院で学んだ卒業生がその執筆者に並んでいることも特筆すべきことと思われる。 さて、従来の祭礼研究は、地域の共同性が祭礼によっていかに構築されたのかを問うてい た。第八章で述べられているように、祭礼研究は、地域社会の再生や共同性・関係性の構築 を強調する「予定調和的な偏り」に陥ることを避けなければならない。しかしながら、それ は、祭礼研究と都市研究を分離して議論するということではなかろう。地域社会学的観点か らすれば、祭礼の担い手や組織を、その地方都市の社会構造や変動のなかに位置づけて分析 する必要性を感じる。 舞台である長浜市は、今では他の地方都市から視察が途絶えない、まちづくり会社による 中心市街地再生の成功事例として、 「黒壁」で有名な都市である。この間、曳山祭の外の舞 台そのものが大きく変容しているのである。 「黒壁」を巡るまちづくり研究には、矢部によ る一連の分析があるが、長浜市の中心市街地再生過程は、 「生態学的には、 『黒壁』という新 興勢力による、 「山組(商店街)」の文化的経済的中心部分独占地区への侵入過程」として解 釈できるとし、その原動力は、 「都市中心部の同質化状態から異質性を内包することによっ て生じたダイナミズム」であるとしている。現在の長浜のまちづくりでは、多くの店舗が、 「地権者」から土地を借り受け、 『黒壁』が仲介し、土地の所有と利用を分離させ、利用者が 新たな担い手として活躍している。そのことが長浜の中心市街地を活性化させている。その ような舞台の変化は祭にどのような影響を与えているのか。利用者が地縁により祭の担い手 となっていくことで、将来的に地権者のボリュームを超えることになるのか。また、祭の持 つ閉鎖性より、開放性やクリエイティビティという特性がまちづくりそのものにいかなる影 響を与えるのか。その相互作用はいかなるものか。市川氏が「長浜曳山祭と黒壁スクエアは 現在の長浜を特徴づける両輪とでもいうべき存在である」と言われるが、現在のまちづくり と曳山祭の関係についての分析はなされていない。都市祭礼における社会関係を分析しなが ら、一方で、地方都市の構造変動を同時に捉えれば、それらを予定調和にならずにとらえる ことができるのではないか。例えば、第二章において、山組が祭を担当し、七郷が神事を担 当するという現在の役割分担は、昭和 30 年代初頭、政教分離の観点と補助金削減、その対 応としての祭礼における神事と観光の分化過程で明確化されてきた可能性があるという指摘 がされている。商業者が多い山組は、曳山祭の中心として、補助金対象の観光イベントの主 体となり、宗教行事としての神事の中心は周辺部の七郷となった。今では、祭の明確な役割 分担が伝統的に形成されてきたとする視線はフーコー的な遡及的再集合化の一つであり、零 度に戻れば地域政策に端を発した、それほど昔ではない時代の行政対応の意図せざる結果だ ったと言える。祭本体を緻密に捉えても、このような理解に到達するのは困難であろう。 実は、私は、この長浜曳山祭の舞台である長浜市出身である。幼い頃、 『黒壁』の周辺で 遊んでいた。曳山祭の囃子の音色は今でも耳に残っているし、毎年帰省もする。長浜曳山祭 についての丁寧な調査と分析、その後の武田会員による精力的な研究、たいへん有難く、嬉 しい限りなのである。本書の続編を期待するものである。. −81−.

(3)

参照

関連したドキュメント

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

ƒ ƒ (2) (2) 内在的性質< 内在的性質< KCN KCN である>は、他の である>は、他の

関係委員会のお力で次第に盛り上がりを見せ ているが,その時だけのお祭りで終わらせて

突然そのようなところに現れたことに驚いたので す。しかも、密教儀礼であればマンダラ制作儀礼

宵祭りの日は、夕方 6 時頃から家々はヨバレの客とそのもてなしで賑わう。神事は夜 10 時頃か ら始まり、

ヨーロッパにおいても、似たような生者と死者との関係ぱみられる。中世農村社会における祭り

この大会は、我が国の大切な文化財である民俗芸能の保存振興と後継者育成の一助となることを目的として開催してまい

本論文での分析は、叙述関係の Subject であれば、 Predicate に対して分配される ことが可能というものである。そして o