精神疾患における運転行動の実態と
運転特性―統合失調症を中心に―
― 平成 25 年度(本報告) タカタ財団助成研究論文 ―
研究実施メンバー
研究代表者
富山大学大学院医学薬学研究部心理学
准教授
松井
三枝
研究協力者
富山大学大学院医学薬学研究部心理学
研究員
星野
貴俊
富山大学大学院医学薬学研究部心理学
特命助教
片桐
正敏
富山大学大学院医学薬学研究部精神医学
教授
鈴木
道雄
報告書概要
統合失調症を中心とした精神疾患における運転行動の実態調査および運転特性に関 する検討を行なうことを目的とした.第 1 に当事者家族に運転免許の有無、運転の必要 性や運転の実際、事故の経験の有無などの質問紙による調査を実施した。結果、患者の 81.1%が免許保持者であった。現在運転する人は全対象者の 58.0%、免許保持者のう ちの 72.7%であった。全体として当事者の運転への関心と日ごろの運転頻度も比較的 高いことが示されたといえる。患者本人への調査では、健常者と比べても対車、対人事 故など大きな事故の頻度は多いとは言えず、道路走行というよりも,狭い場所での空間 把握や細やかな操作を苦手にしている可能性がうかがえた。第 2 のねらいは運転シミュ レーターを用いて統合失調症患者の運転特性を明らかにすることであった。シミュレー ター指標のうち反応時間においては課題の種類によらず一貫して患者群で遅延が見ら れることが明らかとなった。反応のばらつき指標では患者と健常者で大きな差異は見ら れず,患者においては「素早くはないものの安定的な反応」が得られていたといえる。 さらに、同時に注意や記憶などの心理学的認知課題を個別に実施し、どういった認知特 性と運転行動特性が関連しているかを検討した。結果、視覚探索、処理スピード、注意 を要する課題遂行が患者と健常者に共通して単調な運転反応時間への予測力を持って いた。しかしながら、複雑な運転動作においては、患者と健常者では異なる認知プロセ スが関与していることが示唆された。目 次
精神疾患における運転行動の実態と運転特性―統合失調症を中心に― 第 1 章 はじめに 1.1 研究背景 1.2 目的 第 2 章 車運転行動の実態調査 2.1家族調査による検討
2.2患者本人への聴取
2.3まとめ
第 3 章 運転シミュレーターによる運転動作特性の検討 3.1運転シミュレーターによる運転特性
3.2方法
3.3結果
3.4 まとめ 第 4 章 運転シミュレーターによる運転特性と認知機能の 関連 4.1 目的 4.2 方法 4.3 結果 4.4 まとめ 第 5 章 まとめと今後の課題 参考文献第 1 章
はじめに
1.1 研究背景 精神疾患の中でとくに統合失調症患者は 100 人にひとりの有病率があり、非常に頻度 の高い疾患である.思春期から青年期に好発し、これまで一旦発病した後は生涯治療が 必要と考えられる疾患であった.しかしながら、昨今は生活機能を高めるためのアプロ ーチが重視されてきている.ところで、自動車を運転することは現代の生活においてか かせないものになってきているはいうまでもない.2010 年に行われた国勢調査の結果 によると,15 歳以上の自宅外通勤・通学の利用交通手段が1種類と答えた人は 88.6% であり,そのうち自家用車だけと答えた人は 45.5%と最も多い(総務省統計局,2012). また、自動車を運転するということが交通の手段として必要であるだけでなく,運転が できない場合、行動範囲が狭くなる,日常生活が不便になるといった心理・社会的側面 にマイナスの影響も考えられる.したがって、精神障害のある人たちにとっても、生活 の質から考えると、車を運転することの可否は重要なことになってくる.道路交通法施 行令において免許の拒否又は保留の事由となる病気等として第三十三条の二の三で統 合失調症が挙げられているが,自動車等の安全な運転に必要な認知,予測,判断又は操 作のいずれかに係わる能力を欠くおそれのある症状を呈しないものを除くとされてい る(内閣,国土交通省, 2010).しかしながら、この点に関しては明白な基準はないのが 現状である. 1.2 目的 本研究の目的は、統合失調症を中心とした精神疾患における運転行動の実態調査およ び運転特性に関する検討を行なうことを目的とした. 第 1 の目標は統合失調症を中心とした精神疾患における運転行動についての実態を 明らかにすることである.車の運転免許の有無、運転の必要性や運転の実際、事故の経 験の有無など、患者および患者の家族に調査を行なう. 第 2 の目標は運転シミュレーターを用いて統合失調症患者の運転特性を明らかに することである.患者の反応時間、注意、エラーなど運転シミュレーターによる具体的 な運転行動特性の予測を行なう.そのために健常者と患者双方に運転シミュレーター課に実施し、どういった認知特性と運転行動特性が関連しているかを明らかにする.さら に、患者の重症度や臨床症状や服薬状況を同時にチェックして、その関連を検討するこ とにより、患者の状態や治療と運転行動特性や認知特性との関連を明らかにする.
第2章 車運転行動の実態調査
2.1 家族調査による検討 2.1.1 目的 本研究の目的は,統合失調症患者における自動車運転行動(免許の取得,運転機会な ど)の実態とともに,患者の持つ個々の臨床的背景(罹病期間,発症年齢)による運転 行動への影響を検討することである。また,患者の認知機能レベルが運転行動といかな る関連を持つかを合わせて検討した。 加えて,家族調査時点から事故内容を詳細に改訂した運転行動調査票を用いて患者本 人に聴取をおこない,家族調査から得られた患者の運転行動をより詳細に検討した。 2.1.2 方法 協力者 本調査の協力者は2012 年度の間に,富山県内で開催された統合失調症の患 者をもつ家族のための心理教育セミナーへの参加者87 名であった。このうち,同一の 患者について回答が複数発生するケースとして,父母が一緒にセミナーに参加した場合 (10 組)および同一の参加者が複数回セミナーに参加した場合(3 名)があった。前 者の場合は,父母のうち回答の際にイニシアチブを取っていたほうを採用し,全10 組 とも父親側が採用された。後者の場合は,他の回答者との整合性を図るために初めて行 った分の回答を採用することとし,74 名分の回答が分析された。回答者の属性は,父 母58 名(78.4%),兄弟姉妹 14 名(18.8%),配偶者 1 名(1.4%),その他1名(1.4%) であった。 調査対象患者 本調査の対象となった統合失調症患者は,男性32 名(43.3%),女性 35 名(47.3%),および不明7名(9.5%)であった。患者の平均年齢は 35.9 歳(SD=10.2) であり,発症年齢の平均は 24.9 歳(SD=8.6),罹病期間の平均は 10.4 年(SD=8.4) であった(Table 2.1)。 調査票 本研究では以下の2 つの調査票を実施した。 1. 運転行動調査票:統合失調症患者本人の運転行動について,「免許の有無」,「運転すいては,1.たまに~4.毎日の4件法にて調査をおこなった。
2. 日常的認知機能質問紙:種々の日常場面における認知機能の問題の程度を評定す る目的で作成された20 項目の尺度であり,注意,記憶/学習,問題解決,ワーキング メモリ,言語処理,および運動機能という6 つの下位領域から構成される(Keefe, Poe, Walker, Kang & Harvey, 2006)。項目内容は日常場面を指示しており(「物を置いた場 所を覚える」,「言おうとしたことを覚えておく」など),その際の困難度を4 件法にて 回答を求めた(0.全くない ~ 3.いつもある)。得点が高いほど認知機能の困難の程度 が高いことを示す。 Table 2.1. 調査対象者(患者)の背景情報 最小 最大 平均 標準偏差 年齢 20 61 35.9 10.2 発症年齢 14 51 24.9 8.6 罹病期間(年) 0 40 10.4 8.4 *n=74 統計解析 運転行動実態について,運転行動調査票から免許所持率,運転機会などに ついて基本統計量を算出した。また,運転行動の質的な違い(免許の有無など)により 認知機能レベルあるいは臨床的背景(発症年齢・罹病期間)に差異が見られるかどうか をt 検定および分散分析を用いて検討した。認知機能レベルと臨床状態についても単純 相関を求めて関連性を検討した。 2.1.3 結果 車運転行動の実態
(Figure 2.1)。ただし,1 名が無回答であり,有効回答が得られた 73 名中では免許保 持者が82.2%を占める。 次に,日常生活で運転する機会があるかどうかについて,免許保持者の71.7%(44/60 名)は運転機会が「ある」と回答された。 運転機会のある場合の運転頻度では,「毎日」が21.6%(17 名),「しばしば」が 8.1% (6 名),「時折」が18.9%(14 名),「たまに」が10.8%(8 名)であった(Figure 2.1)。 運転頻度の高い人(「毎日」,「しばしば」)と低い人(「時折」,「たまに」)の割合は等しく, 調査対象患者74 名で見ると,よく運転している人が 3 割,たまに運転する人が 3 割,運転 しない人と免許を持っていない人が合わせて4 割といった内訳であった(Figure 2.1)。 免許保持者60 名に対して,運転中に何らかの損傷(物的あるいは人的)を伴うよう な事故を起こしたことがあるかどうかを調査した結果,「事故の経験あり」との回答は 28.3%(17/60 名)であった。事故の詳細については本調査時点では不明であるが,自 由記述の内容から,「駐車場で隣の車にこすった」などの軽い運転ミスも「事故」とし て含めている結果であり,道路上で危険を伴うようないわゆる交通事故(追突,衝突な ど)の記述は見られなかった。 Figure 2.1. 調査対象患者における免許保持率(n=74)
運転行動と臨床状態との関連 臨床的背景について情報の得られた68 名を分析対象 とし,免許あり群と免許なし群における臨床的背景をTable 2.2 に示した。免許の有無 によって臨床的背景に差異が見られるかどうかを検討した結果,免許の有無によって平 均年齢や発症年齢に有意差は見られなかった(順に,t(66)=.81, t(66)=1.22, ns)。一方, 罹病期間では有意差が見られ,免許あり群のほうが期間が短かった(t(66)=2.81, p=.007)。 Table2.2. 免許の有無と臨床的背景の関連(N=69) 免許あり (n=55) 免許なし (n=13) M SD M SD 年齢 35.1 9.2 37.5 12.4 発症年齢 28.8 7.9 22.5 10.4 罹病期間 8.7 6.7 15.0 9.2 *免許保持者の 5 名について当該データが得られなかった。 免許保持者において,日ごろの運転機会の有無により臨床的背景に差異が見られるか どうか,当該データの得られた54 名について検討した(Table 2.3)。その結果,発症 年齢および罹病期間では有意差は認めらなかった(順に,t(53)=.22, t(53)=1.51, ns)。 一方で,運転機会あり群の方がなし群よりも年齢が若い傾向が認められた(t(53)=1.87, p=.067)。 次に,免許の非保持者も含めて,運転機会の有無と臨床的背景との関連を検討した (Table 2.4)。その結果,罹病期間の長さにおいて有意差が認められ,運転機会あり群 の方がなし群に比べて罹病期間が短かった(t(67)=3.28, p=.002)。また,運転機会あり 群の方がなし群よりも平均年齢が低い傾向が認められた(t(67)=1.96, p=0.54)。発症年 齢では差異は見られなかった(t(67)=1.06, p=.291)。
Table 2.3. 免許保持者における運転機会の有無と臨床的背景(n=69) 運転機会あり (n=40) 運転機会なし (n=15) M SD M SD 年齢 33.8 9.4 39.1 8.2 発症年齢 25.7 8.7 26.3 5.4 罹病期間 8.0 6.6 11.3 7.1 *免許保持者の 5 名について当該データが得られなかった。 Table 2.4. 調査対象患者における運転機会の有無と臨床的背景(n=69) 運転機会あり (n=40) 運転機会なし (n=29) M SD M SD 年齢 33.9 9.5 38.7 10.7 発症年齢 25.9 8.9 23.6 7.8 罹病期間 7.8 6.4 14.2 9.7 *運転機会なし群は免許の非保持者を含む。 *調査対象の 5 名(免許保持者 5 名)について当該データが得られなかった。 本調査においては運転頻度を4 段階(「毎日」,「しばしば」,「時折」,「たまに」)に分 類して回答を求めた。そこで,運転頻度と臨床的背景との間に関連があるかどうかを検 討した結果,年齢・発症年齢・罹病期間のいずれも運転頻度による差異は見られなかっ た(Table 2.5)。 次に,運転頻度の高い人(「毎日」,「しばしば」)と低い人(「時折」,「たまに」)に分 類した上で,運転しない人(「機会がない」および免許なし)との比較をおこなった(Table 2.6)。その結果,罹病期間において有意差が認められ(F(2,68)=4.00, p=.023),とくに, 運転しない人は運転頻度の高い人および運転頻度の低い人に比べて罹病期間が長い傾 向が認められた(順に,p=.057, p=0.41, Tukey’s HSD)。
Table 2.5. 免許保持者における運転頻度と臨床的背景 「毎日」 (n=17) 「しばしば」 (n=6) 「時折」 (n=14) 「たまに」 (n=8) M SD M SD M SD M SD 年齢 35.0 8.1 29.0 8.1 33.8 10.8 36.5 10.9 発症年齢 25.8 9.3 23.5 7.4 25.3 11.0 28.9 5.2 罹病期間 9.3 6.4 5.5 4.2 7.5 6.5 8.3 8.6 *免許保持者の 5 名について当該データが得られなかった。 Table 2.6. 調査対象患者における運転頻度と臨床的背景 高頻度 (n=23) 低頻度 (n=22) 運転しない (n=29) M SD M SD M SD 年齢 33.2 8.4 34.8 10.7 37.9 10.3 発症年齢 25.1 8.6 26.7 9.2 23.7 8.3 罹病期間 8.2 6.0 7.8 7.2 13.3 8.4 *運転しない群は免許の非保持者を含む。 *免許保持者の 5 名について当該データが得られなかった。
事故経験の有無により臨床的背景が異なるかどうかを検討した結果,年齢・発症年 齢・罹病期間とも差異は認められなかった(Table 2.7)。 Table 2.7. 免許保持者における事故経験の有無と臨床的背景 事故あり (n=17) 事故なし (n=34) M SD M SD 年齢 35.8 9.8 33.1 9.2 発症年齢 25.2 7.7 25.0 9.0 罹病期間 9.3 8.6 7.8 5.8 *9 名において事故経験あるいは臨床的背景のデータを得られなかった。 日常的認知機能の困難との関連 免許の有無と家族によって評定された日常的認知機能の困難の程度との間に関連が 見られるかどうかを検討した結果,注意を除くすべての認知機能領域および総得点で有 意差が認められ,免許保持者のほうが認知機能上の困難度が低かった(Table 2.8)。 Table 2.8. 免許の有無と家族評定による日常的認知機能の困難との関連(n=73) 免許あり(n=59) 免許なし(n=14) M SD M SD possible range t p 注意 2.3 1.6 2.9 2.1 0-6 1.22 0.23 記憶/学習 2.9 2.1 5.0 4.9 0-15 2.39 0.02 問題解決 2.4 2.1 4.2 2.7 0-9 2.45 0.02 WM 2.0 1.6 3.5 2.9 0-9 2.58 0.01 言語処理 3.5 2.5 5.3 3.4 0-12 2.11 0.04 運動 2.0 1.7 3.7 2.1 0-9 3.18 0.00 総得点 15.1 10.2 23.9 15.8 0-60 2.34 0.02 *免許保持者の 1 名について当該データが得られなかった。
免許保持者において,日ごろの運転機会の有無により家族により評定された日常的認 知機能の困難の程度に差異が見られるかどうかを検討した結果,すべての認知機能領域 および総得点において有意差は認められなかった(ps > 0.18, n.s.)。 次に,免許の非保持者も含めた調査対象患者全体において運転機会の有無により日常 的認知機能の困難の程度に差異が見られるかどうかを検討した。その結果,運転機会の ある人のほうが言語処理および運動機能において困難度が有意に低く,ワーキングメモ リおよび総得点においても同様の傾向が認められた(Table 2.9)。 Table2.9. 対象患者全体における運転機会と日常的認知機能の困難との関連(n=70) 運転機会あり (n=41) 運転機会なし (n=29) M SD M SD possible range t p 注意 2.3 1.5 2.6 1.9 0 - 6 0.83 .41 記憶/学習 2.9 2.2 3.8 3.7 0 - 15 1.31 .20 問題解決 2.6 2.3 2.9 2.3 0 - 9 0.66 .51 WM 1.9 1.6 2.7 2.3 0 - 9 1.85 .07 言語処理 3.1 2.5 4.8 2.9 0 - 12 2.59 .01 運動 1.8 1.8 2.9 1.8 0 - 9 2.46 .01 総得点 14.5 11.0 19.6 12.1 0 - 60 1.75 .09 *運転機会ありの 4 名について当該データが得られなかった。
免許保持者において,運転頻度により認知機能の差異が見られるかどうかを検討した 結果,すべての認知機能領域および総得点において有意差は認められなかった(ps > 0.23)。 次に,運転頻度の高い人(「毎日」,「しばしば」)と低い人(「時折」,「たまに」)に分 類した上で,運転しない人(「運転機会なし」および免許非保持者)との比較をおこな った(Table2.10)。その結果,言語処理および運動機能において有意差が見られた(順 に, p=0.42, p=0.44)。多重比較の結果,言語処理では低頻度群は運転なし群よりも困 難度が低かった(p=.032, Tukey’s HSD)。また,運動機能では運転なし群が他の 2 群 よりも困難度が高い傾向が認められた(高頻度群vs. 運転なし群,p=075; 低頻度 vs. 運転なし群,p=.091)。 最後に,免許保持者において,事故の経験の有無により認知機能の差異が見られるか どうかを検討した結果,すべての認知機能領域および総得点において有意差は認められ ず(ps>0.31),ドライバー内にあっては事故と関連する特異な認知機能領域は検出され なかった。 Table 2.10. 対象患者全体における運転頻度と日常的認知機能の困難の関連(n=69) 高頻度 (n=21) 低頻度 (n=20) 運転なし (n=28) M SD M SD M SD F p 注意 2.2 1.7 2.4 1.4 2.6 1.9 .34 .71 記憶/学習 3.2 2.5 2.7 1.8 3.8 3.7 .83 .44 問題解決 2.6 2.4 2.8 2.3 2.9 2.3 .06 .94 WM 2.1 1.7 1.8 1.6 2.7 2.4 1.30 .28 言語処理 3.6 2.9 2.8 2.0 4.8 2.9 3.48 .04 運動 1.8 1.9 1.9 1.8 3.0 1.8 3.32 .04 総得点 15.0 11.9 14.9 10.1 19.6 12.3 1.32 .27 *5 名について当該データが得られなかった
患者の臨床的背景と日常的認知機能の困難との関連 年齢・発症年齢・罹病期間と日常的認知機能の各領域における困難の程度との間の相 関分析をおこなった結果,いずれの変数の間にも有意な相関は見られなかった(Table 2.11)。ここから,年齢・発症年齢・罹病期間といった要因に影響されて家族が患者を シビアに査定する,といったようなバイアスは見られないと考えられた。 Table 2.11. 臨床的背景と日常的認知機能の困難との単相関(n=66) 注意 記憶/学習 問題解決 WM 言語処理 運動 総得点 年齢 .06 .24 .06 .14 .07 .18 .08 発症年齢 .15 .24 .06 .15 .00 .16 -.03 罹病期間 -.08 .02 .01 .02 .04 .04 .09 *すべての変数において欠損値のない 66 名を分析の対象とした(df=64)。 2.2 患者本人への聴取 2.2.1 目的 前節では家族調査により統合失調症患者の免許保有率,運転関与率などを検討した。 家族調査では,患者が運転時に車体に何らかの損傷をともなう事故経験があるかどうか のみを調査したが,回答者が患者本人(運転者)でないため詳しい事故状況についての 聴取はおこなわなかった。そこで本研究では,家族調査時点から事故内容を詳細に改訂 した運転行動調査票を用いて患者本人に聴取をおこない,家族調査から得られた患者の 運転行動を,とくに事故経験の側面からより詳細に検討することを目的とした。 2.2.2 方法 対象患者 本調査での協力患者は,2013 年度において富山大学附属病院および富山 県内の総合病院に通院している33 名(女性 17 名;年齢範囲 20–69;平均年齢 41.9 歳,
SD=14.2)であった。運転行動のうち,とくに運転関与と事故経験について聴取をおこ なうため,対象者は全員が免許保有者であった。 また,統合失調症患者の運転行動における特徴を検討するために,免許を保有する健 常対照者68 名(女性 42 名; 年齢範囲 18-51; 平均年齢 23.3 歳; SD=6.1)に対しても同 調査を実施した。 調査票 家族調査時点で使用した運転行動調査票の内容をより詳細に改定し,参加者 の運転行動について面接法による聴取をおこなった。「免許の有無」,「運転機会の有無」, 「運転頻度」,「事故の経験の有無」に加えて,事故経験のある者には回数とその状況を 詳しく聴取した。事故内容は自損・物損事故あるいは他車両との交通事故に分類した。 2.2.3 結果 Table2.2.1 に患者と健常対照者の運転行動調査結果を,Table2.2.2 に患者と健常対照 者の事故調査の結果を示した。免許を保有しつつも運転の必要をあまり感じない患者の 比率がやや高く(χ2 (3)= 21.63, p < 0.01),家族によるサポートを得ているケースと, 行動範囲が限定されている,もしくは自発的に制限しているケースが見られた。
Table 2.2.1 本人聴取による患者と健常者の運転行動 患者(%) n=33 健常者(%) n=68 運転免許を持っている (100) (100) 運転機会がある 69.7 79.5 運転の必要性 非常に 51.5 66.7 かなり 15.2 19.7 やや 3.0 7.5 あまりない 30.3 6.1 運転頻度 毎日 30.4 54.2 しばしば 47.8 28.8 時折 8.7 10.2 たまに 13.1 5.1
Table 2.2.2 本人聴取による患者と健常者の事故調査 患者(%) n=33 健常者(%) n=68 事故の経験がある 52.2 33.9 事故状況 道路走行時(交差点など) 18.6 16.1 駐車場・路地など 36.7 21.5 事故の種類 対物事故(相手なし) 37.1 19.7 対車事故 16.6 14.2 事故回数(すべての事故種) 1 回 22.0 9.2 2 回 15.1 10.3 3 回以上 15.1 4.4 *比率は免許保有者をもとに算出 *事故状況については両方の状況での事故を経験している者を含む 健常者との比較 本研究参加者のうち,健常者74 名のうち 6 名が免許非保有者であっ たため,この6 名を除いた 68 名について患者との比較をおこなった。免許保有者のう ち,76.4%(81 名/101 名)は普段から運転していると回答した。運転関与率を患者群 と健常者群で比較したところ,健常者(79.5%)に比べて患者(69.7%)の関与率が有 意に低いということはなかった(χ2 (1)= 1.20, p = 0.32)。 運転に関与している人のうちでの運転頻度についても,健常者の比率(「毎日」= 54.2%, 「しばしば」= 28.8%, 「時折」= 10.2%, 「たまに」= 5.1%)に対して患 者の比率(「毎日」= 30.4%, 「しばしば」= 47.8%, 「時折」= 8.7%, 「たまに」= 13.1%)が有意に異なっているということはなかった(χ2 (3)= 6.57, p = 0.26)。 また,運転している者のうちでは,事故経験があるのは健常者 33.9%に対して患者 52.2%であり,事故経験率は患者のほうがやや高かった(χ2 (1)= 8.42, p = 0.04)。
一方で,事故内容を「自損・物損の対物事故」と「他車との交通事故」に分類すると, 対物事故において患者の比率が高い傾向が見られるものの(χ2 (1)= 12.40, p = 0.054), 交通事故においては両群で有意な差異は認められなかった(χ2 (1)= 7.53, p = 0.18)。 事故内容の自由記述からは,健常者において「峠道で横転」,「中央分離帯に突っ込ん だ」,「路側に転落」などの重大自損事故が散見され,「狭い場所で車体を擦る」,「バッ ク時に接触」,「雪でスリップして接触」といった操作上のトラブルは両群において報告 された。 家族調査との比較 家族調査の結果と本人聴取による調査結果を比較してみると,運転 関与率については両群で差異は見られないものの(χ2 (1)= 3.48, p = 0.23),運転頻 度において本人聴取のほうが頻度が高い傾向が見られた(χ2 (3)= 11.69, p < 0.05)。 また,事故経験率についても本人聴取のほうが高率である傾向が見られた(χ2 (1)= 19.23, p < 0.01)。 頻度および事故経験は,運転者本人である患者からの聴取によってさらに実態に踏み 込める余地がある。とくに,家族調査における事故経験率は28.3%で,自由記述内容 から多くが物損事故であったことを前節で述べたが,これは本人聴取による対物事故の 経験率37.1%と比べてやや低い値であった。家族にあっては患者の事故経験を申告する ことに自制が働く可能性もあり,本調査のような聞き取りの有用性は今後に向けてより 重視されるべきと思われる。 Table 2.2.3 家族および患者本人に対する運転行動調査と健常者の比較 運転(%) 頻度(%) 事故経験(%) 免許あり 機会あり 毎日 しばしば 時折 たまに 事故あり 対物 他車 家族調査 81.1 59.5 28.4 10.0 23.3 13.3 28.3 - - 本人聴取 - 69.7 30.4 47.8 8.7 13.1 52.2 37.1 16.6 健常者 - 79.5 54.2 28.8 10.2 5.1 33.9 19.7 14.2 *運転機会,頻度,事故経験は免許保有者での比率を算出 *本人聴取の対象患者は全員が免許保有者
2.3 まとめ 本章では統合失調症患者の運転行動実態について明らかにすることを目的とした。 2.1 節では家族調査に基づく患者の運転行動実態と,患者の臨床的背景データおよび認 知機能の関連について検討をおこなってきた。 まず,調査対象患者の74 名のうち 60 名が免許保有者であり,その多くが運転機会 を有することが明らかとなった。運転行動のうち,免許をもっているかどうかで罹病期 間に差異が認められ,ある程度以上に罹病期間が長いと免許の取得を行わない可能性が ある。さらに,免許保有者のうちで運転する群としない群でも罹病期間に差異が認めら れた。すなわち,罹病期間は免許取得や運転するかどうかといった意思決定における規 定因である可能性がある。 次に,運転行動と認知機能との関連を見てみると,免許保有者に比べて免許非保有者 は多くの認知機能領域において問題の程度が高いことが示唆された。免許の有無が認知 機能レベルおよび罹病期間と関連していることから,患者は自身のニーズと得られるサ ポート,さらには自身の機能レベルへなどをよく考慮した上で運転に関与するかどうか の判断を下しているように思われる。 2.2 節では,患者の運転行動と事故経験をより詳細に調査するために,運転行動調査 票を改定して本人への面談を実施した。患者の特徴として,免許を持っていながら運転 の必要性についてはそれほど感じない人が一定の割合で存在することが明らかとなっ た。聞き取りの結果,外出時に家族によるサポートを得られるケースと,行動範囲が限 定されている,もしくは自発的に制限しているケースが見られた。この大部分は免許を 保有しながら運転機会のないものであり,免許の取得における意思決定だけでなく,運 転するかどうかの意思決定においてもいくつかの規定因があることが伺われた。今後さ らなる調査を実施して,運転行動の意思決定における種々の要因について明らかにされ ねばならない。 また,事故調査においては,患者で対物事故を経験している比率がやや高いという結 果であった。患者では駐車場や狭い場所での擦過・接触を経験している率が高い可能性 がある(患者36.7% vs. 健常者 21.5%)。道路走行というよりも,狭い場所での空間把
握や細やかな操作を苦手にしているとするならば,患者の運転訓練においてはそのよう な状況を考慮することが重要となる。
最後に,家族調査と比較して,ドライバー本人からの聴取は事故状況や事故回数など を詳細に聞き取ることが可能であり,患者の交通事故リスクを推計する上で非常に有効 な方法であると考えられる。
第 3 章
運転シミュレーターによる運転動作特性の検討
3.1 目的 本研究では,運転シミュレーターを用いて統合失調症患者の運転動作特徴を検討する。 3.2 方法 参加者 統合失調症患者群は 62 名(女性 29 名)がすべてのシミュレータ検査を完 了した。健常群は 111 名(女性 68 名)であった。けいれん性の疾患(熱性けいれん, てんかん),髄膜炎,脳炎,および脳神経外科的疾患の既往がある者は本研究から除外 された。両群の基本情報をTable3.1 に示した。 また,患者群における臨床的背景として発症年齢,罹病期間,および症状評定値を Table3.2 に示した。症状評価には The Scale for Assessment of Positive Symptoms (SAPS; Andreasen, 1984a) および The Scale for Assessment of Negative Symptoms (SANS; Andreasen, 1984b) を用いた。 Table 3.1. 参加者の基礎情報 患者群 (n=62) 健常群 (n=111)min max SD min max SD
年齢 18 69 13.4 18 51 9.0
教育年数 9 18 2.2 12 22 2.3
推定IQ 78 118 9.1 87 123 8.0
Table 3.2. 患者における臨床的背景情報 min max M SD 発症年齢 18 40 21.6 5.6 罹病期間(年) 1 30 10.8 7.3 陽性症状 0 81 18.9 17.8 陰性症状 2 80 32.9 19.5
*陽性症状= The Scale for Assessment of Positive Symptoms (SAPS) *陰性症状= The Scale for Assessment of Negative Symptoms (SANS)
運転特性検査 本研究では運転特性の測定に運転適性検査器CG400(竹井機器工業) を使用した。本検査は視覚的認知に基づいたアクセル,ブレーキのペダル操作,ハンド ル操作といった運転行動に必要な基本的動作機能および反応出力の速さ,正確性などを 検出できる(自動車技術会,2005)。以下に本検査器における検査項目と検査指標の詳 細を述べる。Table3.3 には検査項目と指標の要約を,Figure 3.1 には各検査の実施画 面を示した。 1. 単純反応検査:道路走行において,前走する車両に追従する場面であり,前走車 両のブレーキランプが点灯したらできるだけ速くアクセルペダルから足を離す(エンジ ンブレーキを掛ける)反応が要求される。本検査での指標は,反応時間,および反応時 間のバラつきを示す変動係数(Coefficient of variation; C.V.)である。 2. 選択反応検査:信号機にランダムに点灯する色別のシグナルに応じて選択的に 応答する検査であり,青ではアクセルを踏み続け(応答せず),黄色ではアクセルペダ ルから足を離す。また赤色ではアクセルペダルから足を離してブレーキペダルを踏む応 答が課される。本検査の指標は,誤反応数,反応時間,および反応時間のバラつきを示 す変動係数である。 3. 注意分配・複数作業検査:直線道路の走行場面であり,視野中央部に赤色のス
れ,できるだけ早くその方向にハンドルを切る操作が要求される。加えて,視野周辺部 には「一時停止(赤)」,「駐車可(青)」,または「その他の危険(黄)」を模した標識が ランダムに呈示される。赤色の標識の場合のみ,アクセルを離してブレーキペダルを踏 む応答が課され,他の2 つが呈示されても応答しない。視野中央部と視野周辺部の刺激 は同時呈示されることはないため,ハンドル操作とペダル操作を同時に実行することは ない。本検査の指標は,視野中央部および視野周辺部の各々についての誤反応数,反応 時間,および反応時間のバラつきを示す変動係数である。 Table 3.3. 運転特性検査における検査細目と検査指標 検査項目 (修正した名称案) 指標の内容 1.単純反応検査 反応時間 全試行の平均反応時間 変動係数 (個人内での SD)/(個人の平均値)×100 2.選択反応検査 誤反応数 反応時間 全試行の平均反応時間 変動係数 (個人内での SD)/(個人の平均値)×100 3.注意分配・ 複数作業検査 中央視野 誤反応数 反応時間 中央視野に呈示された刺激への平均反応時間 変動係数 (個人内での SD)/(個人の平均値)×100 周辺視野 誤反応数 反応時間 周辺視野に呈示された刺激への平均反応時間 変動係数 (個人内での SD)/(個人の平均値)×100
音読させることにより推定 IQ(Intelligence Quotient)を算出する。この方法で,統 合失調症のような認知機能障害を伴う疾患の罹患者にあっては病前の推定IQ を算出で きる(Tracy et al., 1996)。 Figure 3.1. 運転特性検査の実施画面 手続き 参加者は検査室に到着後,知的機能評定のために JART-50 を実施した。次 に,運転シミュレーターCG400 により運転特性検査を実施した。運転検査は「単純反 応検査」,「選択反応検査」,「ハンドル操作検査」,「注意分配・複数作業検査」の順に実 施された。所要時間はおよそ40 分であった。 3.3 結果 1. 単純反応検査 参加者の基本情報(年齢,教育年数,推定 IQ)および患者の場合 は臨床的背景(発症年齢,罹病期間,投薬量,陽性症状,陰性症状)が検査の遂行成績
r(171)=.56, r(171)=.54, ps<.001)。これらは,年齢が高いほど反応潜時が長く,ばらつ きが大きいことを示す。また,患者における陽性症状スコアと反応時間の間に有意な正 の相関が認められ(r(50)=.38, p<.01),陽性症状が強いほど反応潜時が長かった。 Table 3.4. 基本情報および臨床的背景情報と単純反応検査指標との相関 反応時間 変動係数 年齢 0.56*** 0.54*** 教育年数 0.06 0.02 推定 IQ 0.30 -0.26 発症年齢 0.25 0.27 罹病期間 0.10 0.11 投薬量 -0.09 -0.07 SAPS 0.38** 0.14 SANS -0.02 -0.13 *基本情報は健常群および患者群 *臨床的背景情報は患者群のみ
*陽性症状= The Scale for Assessment of Positive Symptoms (SAPS) *陰性症状= The Scale for Assessment of Negative Symptoms (SANS)
次に,単純反応検査指標において患者群の遂行成績が健常群と異なるかどうかを検討 した(Table 3.5)。両群において,シミュレーター指標と関連のある年齢に有意差が認 められたため,年齢を共変量とした共分散分析をおこなった。その結果,反応時間およ び変動係数の両指標で有意差が認められ,患者群のほうが反応時間が長く,変動係数(反 応時間のバラつき)が大きかった(Fs> 19.56, ps < 0.001)。これらのことから,年齢 の影響を取り除いても患者群のほうが反応時間が長く反応のばらつきが大きいといえ る。
Table 3.5. 単純反応検査における群別平均および標準偏差 単純反応検査 患者群 (n=62) 健常群 (n=111) ANCOVA M SD M SD p 反応時間 441.4 206.0 314.9 29.2 <.001 変動係数 18.8 10.0 9.5 4.2 <.001 2. 選択反応検査 参加者の基本情報および患者の場合は臨床的背景が検査の遂行成 績と関連を示すかどうか検討するために単純相関を算出した(Table3.6)。その結果, 参加者の年齢と反応時間の間に有意な相関は見られず(r(171)=.14, p=.07),変動係数 および誤反応数との間で有意な相関が認められた(順に,r(171)=.29, r(171)=.34, ps<.01)。患者群において罹病期間と変動係数に有意な相関が認められ(r(50)=.32, p<.05),罹病期間が長いほど反応時間のバラつきが大きかった。 Table 3.6. 基本情報および臨床的背景情報と選択反応検査指標との相関 反応時間 変動係数 誤反応数 年齢 0.14 0.29** 0.34** 教育年数 -0.10 -0.10 0.02 推定IQ -0.02 -0.34** -0.27* 発症年齢 -0.03 -0.02 0.02 罹病期間 0.22 0.32* 0.01 投薬量 -0.19 0.17 -0.05 SAPS 0.11 -0.02 -0.06 SANS 0.03 0.06 --0.07 *基本情報は健常群および患者群
本検査指標においては年齢とIQ がシミュレータ指標と一律の関連を示したため,こ れらを共変量とした共分散分析により患者群の遂行成績が健常群と異なるかどうかを 検討した(Table 3.7)。その結果,患者群のほうが有意に反応時間が長かった(p<.001)。 一方で,反応むらと誤反応数においては有意な差は見られなかった(p>.16)。 Table 3.7. 選択反応検査における群別平均および標準偏差 選択反応検査 患者群 (n=62) 健常群 (n=111) ANCOVA M SD M SD p 反応時間 1096.9 411.7 802.2 131.0 < 0.001 変動係数 20.6 24.9 14.1 6.0 0.16 誤反応数 7.6 6.5 5.4 5.7 0.23 3. 注意分配・複数作業検査 参加者の基本情報および患者の場合は臨床的背景が検 査の遂行成績と関連を示すかどうか検討するために単純相関を算出した(Table3.8)。
Table 3.8. 基本情報および臨床的背景情報と注意分配・複数作業検査指標との相関 反応時間 (中心) 変動係数 (中心) 誤反応数 (中心) 反応時間 (周辺) 変動係数 (周辺) 誤反応数 (周辺) 年齢 0.46*** 0.23* 0.34** 0.57*** 0.26* 0.30** 教育年数 -0.05 -0.06 -0.07 -0.12 -0.09 -0.07 推定 IQ -0.39** -0.22* -0.27** -0.45*** -0.24* -0.26** 発症年齢 0.19 -0.18 0.19 -0.05 -0.01 -0.07 罹病期間 0.21 0.19 -0.003 0.04 0.22 0.36* 投薬量 -0.01 -0.22 -0.23 -0.41** 0.22 -0.11 SAPS 0.22 0.25 0.05 0.16 -0.06 0.07 SANS 0.01 -0.06 -0.06 -0.04 0.14 0.01 *基本情報は健常群および患者群 *臨床的背景情報は患者群のみ 本検査指標においても,年齢と IQ がシミュレータ指標と一律の関連を示したため, これらを共変量とした共分散分析により患者群の遂行成績が健常群と異なるかどうか を検討した(Table 3.9)。その結果,中心視野への反応,周辺視野への反応ともに患者 群のほうが反応時間が長く(ps<.001),誤反応数が多かった(ps<0.01)。一方で,変 動係数に有意差は見られず,患者群においても一定のペースを保って反応で来ていたこ とが伺われた。また,誤反応数は平均2 回程度であり,統計的有意差は認められるもの の絶対数は少ない傾向であった。
Table 3.9. 注意分配・複数作業検査における群別平均および標準偏差 注意分配・複数作業検査 患者群 (n=62) 健常群 (n=111) ANCOVA M SD M SD p 反応時間 (中心) 610.6 81.3 517.1 59.0 < 0.001 変動係数 (中心) 15.6 6.5 12.8 3.1 0.21 誤反応数 (中心) 2.1 3.9 0.2 0.5 < 0.01 反応時間 (周辺) 761.4 289.1 555.7 60.9 < 0.001 変動係数 (周辺) 19.7 9.6 16.4 10.0 0.48 誤反応数 (周辺) 2.3 3.8 0.4 0.6 < 0.01 *中心視野はハンドルでの反応 *周辺視野はペダルでの反応 3.4 まとめ 本章では統合失調症患者の運転動作特徴を検討するために健常者との比較をおこな った。シミュレーター指標は「反応時間」,「反応のばらつき(変動係数)」,および「誤 反応数」であるが,このうち反応時間においては課題の種類によらず一貫して患者群で 遅延が見られることが明らかとなった(Figure 3.2)。しかし,実際の運転場面を想定 した場合,飛び出しの回避などの緊急場面を除いてできるだけ速く反応しなければなら ない事態は想定しにくい。反応速度は,当然のことながら運転のスピードが速い場合に は要求されると思われる。患者群における反応時間の遅延が示しているのは,運転時に スピードを出しすぎないよう注意する必要性が健常者よりも高いかもしれないという 可能性である。反応のばらつき指標では患者と健常者で大きな差異は見られなかった (Figure 3.3)。すなわち,患者においては「素早くはないものの安定的な反応」が得 られていたといえる。また,誤反応数では注意分配課題において患者に有意に多くのミ
スが見られた(Figure 3.4)。注意分配課題は視野中央の刺激への反応と周辺視野の刺 激の反応が課されるため認知負荷の高い課題状況である。患者ではこのような複雑な環 境条件下での運転で刺激の見逃しや反応遅れが生じる可能性がある。ただし,患者群の 平均誤反応数は2 回程度であり,絶対数が多いとはいえない。様々な運転環境での経験 を積んで,自分がどのような条件を苦手としているかについての情報が得られるような システムが望まれる。
Figure 3.2 シミュレーター指標(反応時間)における比較 Figure 3.3 シミュレーター指標(変動係数)における比較 0 200 400 600 800 1000 1200 1400
Simple Resp. Choice Resp. Divided attention
(central) Divided attention (peripheral) Schizophrenia Control
***
***
***
***
反
応
時
間
0
4
8
12
16
20
Simple Resp. Choice Resp. Divided attention
(central) Divided attention (peripheral) Schizophrenia Control
***
変
動
係
数
Figure 3.3 シミュレーター指標(誤反応数)における比較
誤
反
応
第 4 章
運転シミュレーターによる運転特性と認知機能の関連
4.1 目的 本章では,第3 章において検討した統合失調症患者の運転動作特性がいかなる認知機 能と関連しているかを詳細に検討する。 4.2 方法 参加者 統合失調症患者33 名(女性 17 名;年齢範囲 20 – 69;平均年齢 41.9 歳, SD=14.2)と,けいれん性の疾患(熱性けいれん,てんかん),髄膜炎,脳炎,および 脳神経外科的疾患の既往のない健常者74 名(女性46 名; 年齢範囲 18-51; 平均年齢 23.0 歳; SD=6.3)が運転シミュレーターおよび認知機能評価のための神経心理検査を完了し た。Table4.1 に参加者の基本情報を,Table4.2 に患者の臨床的背景情報を示した。 Table 4.1. 参加者の基礎情報 患者群 (n=33) 健常群 (n=74)min max SD min max SD
年齢 20 69 14.2 18 51 6.3
教育年数 9 16 2.3 13 22 2.2
推定IQ 78 118 10.1 93 123 7.4
*推定 IQ=Japanese Adult Reading Test (JART)
Table 4.2. 患者における臨床的背景情報 min max M SD 発症年齢 15 40 22.3 5.6 罹病期間(年) 2 24 12.4 5.9 陽性症状 1 56 16.9 13.6 陰性症状 13 69 38.7 19.1
統合失調型パーソナリティ特性 統合失調型パーソナリティとは,統合失調症の発症リ スクを高める性格特性であるとされ,アメリカ精神医学会による精神疾患の分類と診断 の 手 引 き Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-IV-TR (DSM-IV-TR; APA, 2000)では,「親密な関係で急に不快になること,認知的または知覚 的歪曲,および行動の奇妙さ」によって定義付られる.本研究では健常レベルの統合失 調型傾向として Schizotypal Personality Questionnaire – Brief (SPQ-B; Raine & Benishay, 1995)を用いた測定をおこなった.SPQ-B は一般人口における統合失調型パ ーソナリティ傾向を測定する目的で作成されており,DSM の定義に則って項目作成が なされている(「姿は見えないが,私のまわりに人がいると感じたり,見えない力が存 在すると感じたりしたことがある」,「ときどき,人とは違う言葉の使い方をすることが ある」など).これらの項目に対して「はい」または「いいえ」で回答をおこなう.日 本語版は伊藤ら(2008)による. 認知機能評価 シミュレーターによる運転特性との関連を検討するために,以下の神 経心理学的検査を実施した.
1. Japanese Verbal Learning Test (JVLT):言語性短期記憶と言語学習,長期記憶の 検査である.16 単語からなるリストを用いて記銘材料の呈示および即時再生を 3 試行 おこなう.リスト中の単語は4 語ずつ 4 つの意味的クラスターにまとめられるよう構成 されている.3 試行の総再生数を指標とし,可能得点閾は 0-48 である.さらに,20 分 の間隔を開けて同 16 単語の遅延再生が求められる.遅延再生では可能得点閾は 0-16 となる.(Matsui et al, 2006, 2007). 2. WAIS-III 符号検査:視覚―運動協応における処理スピードを測定する.1 から 9 までの数字に各々符号が割り当てられており,その数字に応じた符号を 120 秒間でで きるだけ多数回答する.正反応数の総数を指標とする.
3. Trail Making Test:視覚的探索と視覚的注意,および構えの転換を測定する.検 査用紙上にランダムに配された数字(1-25)を数字の順序通りにペンで辿ることが求め られるパートA と,数字(1-13)と五十音(あ-し)に対して「数字-五十音-数字-五十 音」と各々を順序通りに辿るパートB から成る.遂行時間(秒)を指標とする.
5. 線方向づけ課題:Repeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status (RBANS;Randolph, Tierney, Mohr &Chase, 1998 ) に含まれる項目であり, 視覚情報判断の検査である.0°から 180°まで 15°区切りになった分度器様の目盛り を呈示し,その下には分度器を構成する13 本の線分から任意に抽出された 2 本の線分 が描かれる.この2 本の線分が,分度器のどの線分(目盛り)と一致するかの判断が求 められる.10 試行おこない,正答数を指標とする. 6. WAIS-III 数唱課題:注意とワーキングメモリの検査である.呈示された数列を順 序通りに再生する順唱と,数列を呈示順とは逆の順番で回答する逆唱をおこなう.各条 件ともに正答数を指標とする. 7. 言語流暢性課題:前頭葉機能(遂行機能)検査として広く施行される検査である. 本研究では,「か」および「た」から始まる単語を産出する文字流暢性課題と,「動物」, 「果物」,「野菜」に該当する単語を産出するカテゴリー流暢性課題を実施した.1 試行 60 秒間である.各条件における産出数を得点とし,文字流暢性では「か」および「た」 の合計得点を,カテゴリー流暢性では「動物」,「果物」,および「野菜」の合計得点を 指標とした.
8. Wisconsin Card Sorting Test (WCST):認知的構え・概念の転換および抽象的思 考を含む遂行機能の検査である.カードに記載されたマークの色(赤・緑・黄・青),形(三 角形・星型・十字形・円),数(1 個~4 個)という 3 つの分類概念を推測し,1 枚ずつ渡さ れたカードを分類する課題で,逐一なされる検査者からの正誤のフィードバックを手掛 かりとする.総カテゴリー達成数,エラー数,および保続エラー数を指標とした. 運転シミュレーター検査 本章でも運転特性測定のためのシミュレーターには CG400 を使用した.検査項目と検査指標はTable 3.3 に要約した. 手続き 疲労の影響を排除するために運転シミュレーター検査と神経心理学的検査 は実施日を変えておこなわれた.運転シミュレーターは「単純反応検査」,「選択反応検 査」,「ハンドル操作検査」,「注意分配・複数作業検査」の順に実施され,終了後に身体・ 精神状態の聴取およびパーソナリティ測定のための質問紙に回答を求めた.神経心理学 的検査では,とくに記憶検査において何らかの干渉が生じないように実施順に留意し, JVLT の即時再生と遅延再生の間には非言語的検査を配した.検査は神経心理学者のス
そ50 分であった.運転シミュレーターと神経心理学的検査の実施順は参加者間でカウ ンターバランスを取った.両検査を完了後,参加者には本研究について十分なブリーフ ィングがおこなわれた. 4.1.2 結果 運転行動とシミュレーター遂行成績 免許の有無,運転頻度,事故といった運転行動 の違いにより運転シミュレーター成績に違いが見られるかどうかを検討した結果,運転 行動とシミュレーター指標との間には関連が見られなかったため(ps > 0.19),以後の 分析は免許非保有者や運転機会のない者も含めておこなうこととした。 統合失調型パーソナリティとシミュレーター遂行成績 健常者における統合失調型パー ソナリティとシミュレーターの遂行成績に関連が見られるかどうかを検討するために, SPQ-B 得点とシミュレーターにおける各指標との単純相関を算出した(Table 4.3)。そ の結果,注意分配・複数作業検査の中心視野における反応時間で有意な負の相関が見ら れ,統合失調型パーソナリティ傾向が高いほど反応時間が短くなる傾向が示唆された。 そこで,両者の回帰式を求めてスロープ(傾き)の検定をおこなったところ,有意な回 帰係数は得られず(p > 0.49),統合失調型パーソナリティとシミュレーターの遂行成 績には一律の関係は認められなかった。 Table 4.3. 統合失調型パーソナリティとシミュレーター指標との関連 1.単純反応 2.選択反応 反応時間 変動係数 反応時間 変動係数 誤反応数 SPQ-B -0.07 -0.007 -0.12 -0.03 0.007 3.注意分配・複数作業 反応時間 (中心) 変動係数 (中心) 誤反応数 (中心) 反応時間 (周辺) 変動係数 (周辺) 誤反応数 (周辺) SPQ-B -0.32** -0.02 0.06 0.08 0.19 0.15 *統合失調型パーソナリティ= SPQ-B
シミュレーター遂行成績を予測する認知機能 第3 章で見たように,シミュレーター指 標は年齢および推定IQ 値と一律の関連をもつ。また,統合失調症患者と健常者では, 主として反応時間において差異が見られることを確認した。そこで,本節では階層的重 回帰分析を用いて各認知機能がシミュレーター指標に対してどの程度の予測力を持つ かを検討した。その際,群・年齢・IQ の影響を取り除いた残差に対して各認知機能指 標を投入するという階層性を設けて重回帰分析を実施した。認知機能がシミュレーター 指標に対して予測力を持つかどうかはR2の増分(ΔR2)により評価した。各認知機能 指標はステップワイズ法により投入され,最終的にモデル内に組み込まれた変数につい てのみ記述する。
反応時間指標 各課題における反応時間を目的変数とした階層的重回帰分析の結果を Table4.4 に示した。単純反応課題では,TMT-B がモデルに編入され(ΔR2 = 0.04; β= 0.30),統合失調症患者であるか否かによらず予測力を有することが示唆された。また, 注意分配課題における周辺視野への反応では,WAIS 絵画完成(β= - 0.31),および TMT-A(β= 0.22)がモデル内に編入された(ΔR2 = 0.10, p < 0.01)。一方で,選択反 応課題および注意分配課題における中心視野への反応では,認知機能指標の投入により ΔR2の有意な変化が得られなかった(Fs < 1.53, ps > 0.46)。 Table 4.4 反応時間を目的変数とした階層的重回帰分析表 単純反応 注意分配(周辺) 予測変数 β t p ΔR2 β t p ΔR2 Step 1 群 -.07 -.78 .44 .51 -.03 -.30 .77 .58 年齢 .60 3.89 <.001 .33 3.68 <.001 推定 IQ -.14 -.43 .67 -.13 -1.82 .07 Step 2 JVLT - .04** - .10*** TMT-A - .22 2.48 .02 TMT-B .30 2.84 <.01 - 符号 - - 絵画完成 - -.31 -4.23 <.001 LOT - - 順唱 - - 逆唱 - - 文字流暢 - - カテゴリ流暢 - - WCST - - 達成数 - - 総エラー - - 保続 - - *偏回帰係数(β)は最終モデルでの値
階層的重回帰分析の結果から,単純反応課題ではTMT-B が,注意分配課題における 周辺視野への反応では絵画完成とTMT-A が,患者か健常者かを問わず予測力を持って いた。ここから,これらの課題においては両群が共通した認知機能を基盤として課題を 遂行していることが示唆される。一方で,選択反応課題と注意分配課題における中央視 野への反応ではそのような変数は見出されず,患者と健常者ではこれらの課題遂行に異 なる認知機能(のセット)を用いている可能性がある。そこで,患者群(n=33)と健 常者群(n=74)のそれぞれで,選択反応課題と注意分配課題における中央視野への反 応における反応時間を目的変数とした階層的重回帰分析をおこなった。 Table 4.5 は選択反応における反応時間を目的変数とした階層的重回帰分析の結果で ある。選択反応では,患者群で有意な予測力を有する認知機能指標がWAIS の順唱課題 であるのに対して,健常者群ではWCST における総エラー数であり,シミュレーター 課題の遂行と神経心理学的に評価された認知機能の間に,患者と健常者はそれぞれ独自 の関連構造をもつことが示唆された。
Table 4.5 選択反応課題の反応時間を目的変数とした階層的重回帰分析表 患者群 (n=33) 健常者群 (n=74) 予測変数 β t p ΔR2 β t p ΔR2 Step 1 年齢 .27 1.48 .15 .18 .72 6.96 <.001 .32 推定 IQ -0.8 -1.35 .19 -.25 -2.65 <.01 Step 2 JVLT - .11** - .10** TMT-A - - TMT-B - - 符号 - - 絵画完成 - - LOT - - 順唱 -.42 -2.10 .045 - 逆唱 - - 文字流暢 - - カテゴリ流暢 - - WCST - - 達成数 - - 総エラー - -.36 -3.50 <.001 保続 - -
同様に,Table 4.6 に注意分配課題における中心視野への反応時間を目的変数とした 階層的重回帰分析の結果を示した。患者群では年齢とIQ を統制しても WAIS の絵画完 成において有意な予測力が認められた。しかし,健常者群では予測力を持つ認知機能指 標は認められず,当該課題と認知機能との間に関連性は見出されなかった。 Table 4.5 注意分配(中心視野)の反応時間を目的変数とした階層的重回帰分析表 患者群 (n=33) 健常者群 (n=74) 予測変数 β t p ΔR2 β t p ΔR2 Step 1 年齢 .28 1.63 .15 .17 .27 2.31 <.05 .24 推定 IQ .18 .87 .19 -.10 -.77 .44 Step 2 JVLT - .15** - TMT-A - - TMT-B - - 符号 - - 絵画完成 -.50 -2.50 .02 - LOT - - 順唱 - - 逆唱 - - 文字流暢 - - カテゴリ流暢 - - WCST - - 達成数 - - 総エラー - - 保続 - -
4.4 まとめ 本章では統合失調症患者の運転行動について,特に事故リスクの観点から再検討をお こなうとともに,運転動作特性と認知機能との関連について検討した。 まず,運転する機会の有無から算出した運転関与率について比較してみると,患者と 健常者で有意な違いは認められなかった。さらに,運転頻度について比較した結果,や はり両群で有意差は認められず,患者も健常者も同程度運転していることが示唆された。 次に,事故経験率では患者のほうがやや高率であったものの,事故の内容面から分類し てみると,患者では対物事故が比較的多いことが明らかとなり,いわゆる交通事故リス クとは異なることに留意する必要がある。患者では,ガレージや駐車場等での擦過を経 験している人が散見され,運動と空間認識といった側面から運転適性を評価する方法が 望まれる。 第3 章において,患者の運転動作特徴は主として反応時間の遅延にあることが明らか となった。そこで,本章では各シミュレーター課題の反応時間と認知機能を測定する各 種の神経心理学的検査との間の関連を検討した。前章ではシミュレーター指標と年齢お よびIQ との間に一律の関連性を認めたため,これらを統制した階層的重回帰分析を用 いたところ,反応時間指標であっても課題の種類により関連構造が異なることが明らか となった。単純反応課題や注意分配課題(周辺視野)では,TMT-B,絵画完成,TMT-A が両群に共通して反応時間への予測力を持っていた。一方で,選択反応課題と注意分配 課題(中央視野)では両群に共通の認知機能指標は見出されなかった。次に,これらの 目的変数に対して群別(患者群と健常者群ごとで)に同様の重回帰分析をおこなったと ころ,やはり両群に共通した構造は見出されず,患者と健常者では異なる認知機能ある いは処理プロセスを用いてこれらのシミュレーター課題を遂行している可能性が示唆 された。これは,健常者用に作成された運転適性評価法で患者を評価しても,真に患者 の運転適性が反映されないことを意味する。統合失調症患者に特異的な認知的処理プロ セスがあるとすれば,それを考慮した適性評価法が必要となる。
第 5 章
まとめと今後の課題
運転行動についての実態を明らかににすることを達成するために比較的多数の統合 失調症患者の家族に車の運転免許の有無、運転の必要性や運転の実際、事故の経験の有 無などの自由記述と質問紙による調査を実施した。富山県内で開催している家族心理教 育セミナー参加者に研究協力を募り、87 名(そのうち有効回答は 74 名)の当事者家族 からの調査を実施し、分析した。結果、調査対象となった統合失調症患者の 81.1%が 免許保持者であった。また、現在運転する人は全対象者の 58.0%、免許保持者のうち の 72.7%であった。また、運転する人のうちの半数はほぼ毎日運転するとしており(免 許所持者のうちの 26.3%は運転頻度が高「毎日」、9.2%は「しばしば」、21.5%は運転頻 度が低「時折」、12.3%は運転しない)、全体として当事者の運転への関心と日ごろの運 転頻度も比較的高いことが示されたといえる。さらに事故の有無については 23.0%が ありと解答しているが、コメント記述に「駐車場で隣の車にこすった」「自分の運転が 下手で物にぶつけた」等があり、実際には警察を呼ぶに至る事故となっているケースは ほとんどない、ないしは大きな事故はほとんどないことが推測された。さらに、同対象 者の家族に同時に家族からみた当事者の種々の日常生活上の認知機能(注意、記憶、問 題解決、ワーキングメモリ、言語、運動スキル)の困難さについて評定してもらい、そ のことと運転行動との関係を調べた。結果、免許保持者のほうが非保持者よりも全般的 な家族からみた認知機能面での困難度が低かった。また、免許保持者のほうが非保持者 よりも記憶、問題解決、言語、運動スキルの困難度が低かった。 つぎに、患者の運転行動と事故経験をより詳細に調査するために,よりきめ細やかな 運転行動調査票による本人への面談を実施した。患者の特徴として,免許を持っていな がら運転の必要性についてはそれほど感じない人が一定の割合で存在することが明ら かとなった。聞き取りの結果,外出時に家族によるサポートを得られるケースと,行動 範囲が限定されている,もしくは自発的に制限しているケースが見られた。この大部分 は免許を保有しながら運転機会のないものであり,免許の取得における意思決定だけで なく,運転するかどうかの意思決定においてもいくつかの規定因があることが伺われた。 また,事故調査においては,患者で対物事故を経験している比率がやや高いという結果とんどいなかった。患者では駐車場や狭い場所での擦過・接触を経験している率が高い 可能性がある(患者36.7% vs. 健常者 21.5%)。道路走行というよりも,狭い場所での 空間把握や細やかな操作を苦手にしている可能性がうかがえ,今後の患者の運転訓練に おいてはそのような状況を考慮することが重要となるかもしれない。ドライバー本人か らの聴取は事故状況や事故回数などを詳細に聞き取ることが可能であり,患者の交通事 故リスクを推計する上で有効な方法であると考えられる。 第 2 の目標は運転シミュレーターを用いて統合失調症患者の運転特性を明らかにす ることであった。統合失調症患者の運転動作特徴を検討するために健常者との比較をお こなった。シミュレーター指標は「反応時間」,「反応のばらつき(変動係数)」,および 「誤反応数」であるが,このうち反応時間においては課題の種類によらず一貫して患者 群で遅延が見られることが明らかとなった。しかし,実際の運転場面を想定した場合, 飛び出しの回避などの緊急場面を除いてできるだけ速く反応しなければならない事態 は想定しにくい。反応速度は,当然のことながら運転のスピードが速い場合には要求さ れると思われる。患者群における反応時間の遅延が示しているのは,運転時にスピード を出しすぎないよう注意する必要性が健常者よりも高いかもしれないという可能性で ある。反応のばらつき指標では患者と健常者で大きな差異は見られなかった。すなわち, 患者においては「素早くはないものの安定的な反応」が得られていたといえる。また, 誤反応数では注意分配課題において患者に有意に多くのミスが見られた。注意分配課題 は視野中央の刺激への反応と周辺視野の刺激の反応が課されるため認知負荷の高い課 題状況である。患者ではこのような複雑な環境条件下での運転で刺激の見逃しや反応遅 れが生じる可能性がある。ただし,患者群の平均誤反応数は2 回程度であり,絶対数が 多いとはいえない。様々な運転環境での経験を積んで,自分がどのような条件を苦手と しているかについての情報が得られるようなシステムが望まれる。 さらに、注意や記憶などの心理学的認知課題を個別に実施し、どういった認知特性と 運転行動特性が関連しているかを明らかにすることをめざした。そのため、各シミュレ ーター課題の反応時間と認知機能を測定する各種の神経心理学的検査実施結果との間 の関連を検討した。運転シミュレーター指標と年齢およびIQ との間に一律の関連性を 認めたため,これらを統制した階層的重回帰分析を用いたところ,反応時間指標であっ
者に共通して反応時間への予測力を持っていた。一方で,選択反応課題と注意分配課題 (中央視野)では両群に共通の認知機能指標は見出されなかった。次に,これらの目的 変数に対して群別(患者群と健常者群ごとで)に同様の重回帰分析をおこなったところ, やはり両群に共通した構造は見出されず,患者と健常者では異なる認知機能あるいは処 理プロセスを用いてこれらのシミュレーター課題を遂行している可能性が示唆された。 これは,健常者用に作成された運転適性評価法で患者を評価しても,真に患者の運転適 性が反映されないことを意味するだろう。統合失調症患者に特異的な認知的処理プロセ スがあるとすれば,それを考慮した適性評価法の開発が今後必要となることが示唆され る。 全体として、本研究により、統合失調者患者の運転行動の実態がある程度明らかにな り、運転シミュレーターによる運転特性、ならびにそれと認知特性との関連を示すこと ができた。今後は可能であれば、より大規模な母集団での検討や地域特性を加味した検 討も必要であろう。