1 はじめに
経済政策における分配問題の理論的原点は,Arthur Cecil Pigouの『厚生経済学』(Welfare Economics)に求めることができる。周知のように,分配問題には倫理的な強い価値判断を伴 う。したがって一般に,経済学の領域では規範的な側面を回避する傾向にある。しかし,経 済政策の観点からは,特に代表的な福祉国家擁護論者の一人であるノーベル賞経済学者Karl Gunnar Myrdalのように価値基準明示主義の立場に依拠すれば,分配と再分配の問題は重要 であることには異論はない。 日本では1961年に,すべての国民が医療保険および年金による保障を受けられるという画 期的な「国民皆保険・皆年金」を実現していた。日本における福祉国家建設に向けての起点 は,政治的には,田中角栄政権下,高度経済成長を背景に政府による福祉政策の目標,すな わち,老人医療費の無料化,医療保険の給付率の改善,年金の物価スライド制の導入などが 行われた1973年であると考えることができる。 白波瀬(2010,p.8)は,「不平等を語る理由は,日本の格差や不平等に対する鈍感さが政 治の未熟とも関係しており,それが学術面での未整備の背景にある」と指摘する。本稿の目 的は,分配政策の方向性を探ることにある。近年,マクロ経済環境の悪化に伴い,経済政策 の目的として後方に押しやられた感のある分配の現実をマクロ経済学的観点から関連する統 計データに言及しながら概観する1)。
2 貧困の問題
2.1 相対的貧困 分配問題には,周知のように機会均等(事前の平等),過程の平等(ルール適用の平等) および結果(事後)の平等という3つの視点がある。他方,分配問題は,セーフティネット ⑴分配に関する数量的分析の視角
寺 本 博 美
※※コミュニティ政策学部 教授
の問題でもある。特に近年,時論的に取り上げられる社会保障政策はまさにセーフティネッ トをいかに構築するかということを示唆している。セーフティネットを整備しようとすると き大事なのは,貧困の問題へのアプローチである。 貧困には,3つの要素が考えられる。ひとつは,働く意思はあるが病気などで働けないと いう,生活保護の問題,2つ目は,働いているが低賃金すぎて生活が困難であるという,最 低賃金の問題,3つ目は,働く意欲はあるが仕事がないという雇用政策の問題である。 貧困の定義には2つある。絶対的貧困(Absolute poverty)と相対的貧困(Relative poverty) である。絶対的貧困は,食料・衣服・衛生・住居について最低限の要求基準により定義され る貧困レベルであり,収入や支出が一定基準(貧困線)に達していない状態を指す。客観的 なミニマム要求の数量化は容易ではない。国際的な基準としては,世界銀行が2008年に設定 した1日あたり1.25ドル未満(世界の最貧国10−20か国の貧困線の平均)という基準が使わ れる。1日2ドル未満という基準が使われることもあるが,これは発展途上国の中央値であ る。世界銀行によると,2008年には1日1.25ドル未満で暮らす貧困層は,12億9,000万人(発 展途上国の人口の22%に相当)いたと推定されている。これは1981年の19億4,000万人と比 較すると,大きく減少していることがわかる。しかし,貧困の問題が解決されたわけではな い。 他方,相対的貧困率は数学的に定式化され,主観が入りにくく国際比較が可能であるとい うことから用いられることが多い。相対的貧困率は,等価可処分所得(世帯の可処分所得を 世帯人員数の平方根で割って調整した所得)の中央値の2分の1に満たない世帯員の割合で 測られる。貧困率の国際比較(OECD)において,OECD対日経済審査報告書(日本語概 要,2006年)は,日本がOECD諸国のなかで世界第2位になったことを指摘した。OECD のFactbook 2010(2000年代半ばのデータ)では,当時のOECD加盟国30カ国のうちで,相 対的貧困率がもっとも高かったのはメキシコ(約18.5%),2番目がトルコ(約17.5%),3 番目は米国(約17%),そして日本は4番目(約15%)であった。 厚生労働省の2010年調査によれば,日本の相対的貧困率は16.0%(2009年)であり,先進 国の中では最低レベルであると言うことが示された2)。厚生労働省による貧困率の年次調査 を示したのが,表1である。 図1は,実質経済成長率と相対的貧困率との関係を表している(単相関の結果は表2)。 1985年から2009年まで3年毎の数値を対応させている。直線は傾向線である。経済成長率を 貧困率の説明変数とするには詳細なモデル分析を必要とするが,一次近似としては経済成長 率の減少が貧困率の上昇に寄与しているように見える。Making Regression Make Sense(たか が回帰,されど回帰)(Angrist and Pischke(2009))。こうしたことから,政治的には経済成 長優先の政策が取られることになる。しかしながら,近年の0∼2%台の実質成長率に注目
すると,相対的貧困率と成長率の間には相関関係は見られず,同じ成長率のもとで相対的貧 困率は上昇しており,むしろ庶民の感覚と合致している。日本の場合,相対的貧困水準の年 間所得水準を求めると3人家族で112万円(国民生活基礎調査,2008年)である。 平均所得は556万円で中位所得448万円と約100万円の差がある。相対的貧困所得額は,単 身者の月あたり平均所得額約12万円に,また,就業形態別で見たパートタイム労働者の手取 り月間給与額91,047円に相当する。数値は厚生労働省『国民生活基礎調査』(2008年),『毎 月勤労統計調査』(2012年1月分)による。2012年調査では,平均所得548万2,000円,中位 所得432万円である。米国は独自の貧困の定義により4人家族で1日約60ドルを貧困所得水 準としている3)。 ⑶ 表1 貧困率の推移(1985,1988,1991,1994,1997,2000,2003,2006,2009年) (単位:%) 1985 1988 1991 1994 1997 2000 2003 2006 2009 相対的貧困率 12.0 13.2 13.5 13.7 14.6 15.3 14.9 15.7 16.0 子どもの貧困率 10.9 12.9 12.8 12.1 13.4 14.5 13.7 14.2 15.7 子どもがいる現役世帯 10.3 11.9 11.7 11.2 12.2 13.1 12.5 12.2 14.6 大人が一人 54.5 51.4 50.1 53.2 63.1 58.2 58.7 54.3 50.8 大人が二人以上 09.6 11.1 10.8 10.2 10.8 11.5 10.5 10.2 12.7 名目値(万円) 中央値(a) 216 227 270 289 297 274 260 254 250 貧困線(a/2) 108 114 135 144 149 137 130 127 125 実質値(1985年基準)(万円) 中央値(b) 216 226 246 255 259 240 233 228 224 貧困線(b/2) 108 113 123 128 130 120 117 114 112 GDP成長率(%) 名目 07.2 07.0 04.9 01.4 01.0 00.8 00.8 00.7 −3.20 実質 06.3 06.4 02.3 01.5 00.1 02.0 02.3 01.8 −2.00 出所:厚生労働省「平成22年国民生活基礎調査の概況」,内閣府「国民経済計算」,総務省「労働力調査」 注:1.1994年の数値は,兵庫県を除いたものである。 2.貧困率は,OECDの作成基準に基づいて算出している。 3.大人とは18歳以上の者,子どもとは17歳以下の者をいい,現役世帯とは世帯主が18歳以上65歳未満 の世帯をいう。 4.子どもの相対貧困率は,17歳以下の子ども全体に占める,中央値の50%に満たない17歳以下の子ど もの割合。 5.等価可処分所得金額不詳の世帯員は除く。 6.名目値とはその年の等価可処分所得をいい,実質値とはそれを1985年を基準とした消費者物価指数 (持家の帰属家賃を除く総合指数)で調整したものである。 7.国内総生産は,1980年度から1993年度まで(前年度比は1981年度から1994年度まで)は「平成21年 度国民経済計算(2000年基準・93SNA)」,1994年度(前年度比は1995年度)以降は「2012年1−3 月期四半期別GDP速報(2次速報値)」による。
⑷
ï
*'3
3R
YHU
W\
図 実質*'3成長率(*'3)と相対的貧困率(3RYHUW\)(²年) 注:表より作成。 図は,実質経済成長率と相対的貧困率との関係を表している(単相関の結果は表
)。 年から
年まで
年毎の数値を対応させている。右下がりの直線は傾向線であ る。経済成長率を貧困率の説明変数とするには詳細なモデル分析を必要とするが,一次 図1 実質 GDP 成長率(GDP)と相対的貧困率(Poverty)(1985−2009年) 注:表1より作成。 表2 実質 GDP 成長率(GDP)と相対的貧困率(Poverty)(推計値) Coefficients:
Estimate Std. Error t value Pr(> | t | ) (Intercept) −2.697e+04 6.624e+04 −0.407 0.68785**
GDP 4.006e−01 1.380e−01 2.903 0.00825** Signif. codes: 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’0.1‘’1
Residual standard error: 41760 on 22 degrees of freedom (24 observations deleted due to missingness)
Multiple R-squared: 0.2769, Adjusted R-squared: 0.2441 F-statistic: 8.427 on 1 and 22 DF, p-value: 0.008251
2.2 クズネッツの逆 U 字曲線 パキスタンやウクライナ,チェコ,チリ,ヨルダンなどをはじめとする中・高所得国の貧 困は1981年以来50%以上減っている。しかし,発展途上国での進展によく目を向けて見る と,主にそれをけん引しているのは,経済の急成長で近年貧困率が低下している中国とイ ンドである。他方,35の「低所得」国(うち26カ国はアフリカ)の極度の貧困は33%弱しか 減っていない。むしろ,低所得国の極度に貧しい人の人数は1981∼2010年に1億300万人増 えている。また,低所得国の子供の半数近くは極度の貧困にある4)。 経済成長率の高い国は貧困率が低いという仮説については,日本経済が高度経済成長を実 現した際の結果として観察された分配効果に見られる。しかし,一般に貧困削減は経済成長 および所得・資産の分配が及ぼす削減効果の2つに分けられる。成長効果と分配効果を独立 して扱えるかどうかは,経済成長と不平等のトレードオフ(Growth-Inequality trade-off),ま たは「クズネッツ仮説(Kuznetz’ hypothesis)」や分配の不平等が経済成長や経済効率に寄与 するかどうかの検証に依存する。 経済成長と所得分配の不平等との関係は逆U字型曲線(inverted U-curve)で表わされ,経 済発展の初期には所得分配の不平等は悪化し,中所得国のある段階を過ぎ成熟国へ移行する につれてそれは改善されるという。経済発展の初期段階からある中所得に至るまでは,経済 成長と所得分配の平等の間にはトレードオフが存在し,所得の増加を享受するためには,分 配の不平等はその副産物として甘受されるべきものとされていた。 「クズネッツの逆U字曲線」の存在については,1970年代のクロスカントリー分析では確 認された。しかし,1990年代の諸国の家計調査データを集め,時間軸を追加した研究(パネ ル分析)では否定されている。他方,「経済成長が貧困削減の王道」であるという主張につ いては,クロスカントリー分析による経済成長と貧困削減の平均的な関係の把握からは大体 支持されている5)。 しかしながら,経済成長のトリクルダウン効果(trickle-down effects)により貧困削減を果 たすに当たり,所得なり所得増加の不平等,特に投資を行う富裕層への所得・富の集中は致 し方のないことであるとされていた。経済成長のトリクルダウン効果は先進国が経済成長を 優先政策とすることの背景になっている6)。 貧困削減の経済成長(所得・消費増大)弾性値推計に関する世界銀行の諸研究において は,単純貧困率よりも,貧困ギャップ,2乗貧困ギャップを被説明変数とした場合の推計弾 性値が大きくなることが観測され,経済成長の果実享受(貧困削減効果)は貧困線付近の貧 困層のみにとどまらず,貧困線から離れた極貧層にもそれが及んでいることの証左が得られ ている(Adams(2003))。 ⑸
2.3 ジニ係数 分配状態は,所得の不平等度係数のひとつであるジニ係数で示される。ジニ係数は,周知 の通り,イタリアの統計学者,人口統計学者,社会学者Corrado Giniが1914年に,社会にお ける所得分配の不平等さを測る指標として考案した。ジニ係数は0から100までの間の値を とる。説明を簡単にするために,ジニ係数は百分率で表されることが多い。日本では高度経 済成長期には所得の不平等がトリクルダウン効果によって縮小したと言われている。ジニ係 数の値を下げることが再分配政策の目的ではなく,あくまで結果である。再分配政策を行う ときの参考値の役割を果たす。ジニ係数を説明する要素は複数あり,経済成長,雇用機会, 学歴,男女別などが複雑に関連している。日本の名目GDP成長率とジニ係数との関係は図 2に示される。単相関の推計結果は表3に示さるように有意ではない。
他の国々のジニ係数は,OECD Income Distribution Databaseによれば,平等主義で有名な スウェーデンでは26.9(2010)である。米国のジニ係数は38.0(2010),体制転換後のロシア では,振興財閥に席巻されており42.8(2008)で40を超えている。高度経済成長下にある中 国でも状況は似ている。中国国家統計局によれば,2012年は47.4である7)。EU加盟国の大 半が30−35程度である。相対的には日本33.6(2009),韓国31.1(2011)は35以下でやや平等 である。米国,ロシア,中国は過去20年間で不平等度は増加している。国民の平均所得を倍 増するだけでなく,国富の配分を改善し,中低所得層への配分を増やすべきである,という 再分配政策が示唆される。 経済成長とジニ係数についてRavallion(2005)では,貧困の削減率を平均所得成長率(経 済成長率)と全弾力性(totalelasticity)の積として分解している。ここで,全弾力性は不平 等指数(ここではジニ係数)の非線形関数として定義され,そのパラメターが推計されてい る8)。不平等の効果と経済成長の効果が合成された弾性値を推計していることになる。62の サンプル国に推計式を当てはめると,貧困削減の経済成長弾力性は,ジニ係数が20強から60 程度に悪化するにつれて,−4.3から−0.6に縮小する(Ravallion(2005,p.11))。 この結果を使ってRavallion(2005)は,年率2%の1人当たり所得増加(1980−2000年の 途上国平均)があり,貧困率(headcount index)が40%(1980年頃の途上諸国平均)であっ たとすると,ジニ係数が30と不平等度の低い国であれば貧困率は年率6.4%で低下し,10.5 年で半減するが,ジニ係数が60と不平等度の高い国であれば貧困率は年率1.2%でしか低下 せず,貧困率半減までに57年かかるとしている。不平等は,貧困削減の成長弾性値(total elasticity)を減少させることによっても貧困削減を妨げることになる。 2.4 労働分配率 労働分配率と実質GDP成長率との関係を示したのが,図3である(単相関の推計結果は表4)。 ⑹
⑺
ï
ï
ï
*'3Q
*LQL
図 名目*'3成長率(*'3Q)とジニ係数(*LQL)(年) 資料出所:厚生労働省「平成年国民生活基礎調査の概況」内閣府「国民経済計算」 経済成長とジニ係数について5DYDOOLRQ
では,貧困の削減率を平均所得成長率 (経済成長率)と全弾力性(WRWDOHODVWLFLW\
)の積として分解している。ここで,全弾力性は 不平等指数(ここでは ジニ係数)の非線形関数として定義され,そのパラメターが推計 図2 名目 GDP 成長率(GDPn)とジニ係数(Gini)(1985, 1995, 2000, 2003, 2006, 2009年) 資料出所:厚生労働省「平成22年国民生活基礎調査の概況」,内閣府「国民経済計算」 表3 名目 GDP 成長率とジニ係数(推計値) Coefficients:Estimate Std. Error t value Pr(> | t | ) (Intercept) 0.3265734 0.0033467 97.580 6.61e−08*** GDPn −0.0023026 0.0008475 −2.717 0.0532*** Signif. codes: 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’0.1‘’1
Residual standard error: 0.008074 on 4 degrees of freedom Multiple R-squared: 0.6486, Adjusted R-squared: 0.5607 F-statistic: 7.382 on 1 and 4 DF, p-value: 0.05315
雇用者所得と密接に関係しているのが労働分配率である。これは企業の付加価値に占める人件 費の割合であり,企業にとって見れば低い方が良いことを示唆する。労働分配率は被雇用者の 分配状態を示唆するが,失業者や所得を年金に依存している高齢者の所得分配状態を含まない。 マクロ的には,日本の労働分配率は,65%から75%の範囲にあり,2011年では先進7カ 国中,日本70.7%,米国67.4%,イギリス69.8%,ドイツ66.9%,フランス72.0%,イタリア 60.4%,スウェーデン72.9%で,第3位である9)。 労働分配率を労働生産性(LPL)に対応させると図4のようになる。労働分配率と労働生 産性との対応は,ミクロ経済理論では市場経済の機能的分配によって理解することができ る。高賃金率=高労働生産性の公式が妥当する。日本の場合,米国やフランスと異なり企業 における人件費の占める割合が高い労働分配率をもたらし,労働生産性の高さに依存してい ⑻
労働分配率
*'3UI
61$I
図 労働分配率61$Iと実質*'3成長率*'3UI(年度) 資料出所:内閣府「国民経済計算」 注:労働分配率(国民経済計算)=雇用者報酬÷国民所得×(%) 図3 労働分配率(SNAf)と実質 GDP 成長率(GDPrf)(1960−2009年度) 資料出所:内閣府「国民経済計算」 注:労働分配率=労働分配率(国民経済計算)=雇用者報酬÷国民所得×100(%)⑼
/3/
/6
-31 86$ *%5 '(8 )5$ ,7$ 図 労働分配率(/6)と労働生産性(/3/) 資料出所:内閣府()「平成年度国民経済計算確報」,2(&' 'DWDEDVH() 注:労働分配率 雇用者報酬÷要素費用表示の国民所得×。日本をとしている。 図4 労働分配率(LS)と労働生産性(LPL) 資料出所:内閣府(2011.12)「平成22年度国民経済計算確報」,OECD Database(2011.12) 注:労働分配率=雇用者報酬÷要素費用表示の国民所得×100。労働生産性は日本を100としている。 図4 労働分配率(LS)と労働生産性(LPL) Coefficients:Estimate Std. Error t value Pr(> | t | ) (Intercept) 72.6014 0.6776 107.15 <2e−16***
GDPrf −1.7032 0.1151 −14.79 <2e−16*** Signif. codes: 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’0.1‘’1
Residual standard error: 3.229 on 48 degrees of freedom Multiple R-squared: 0.8201, Adjusted R-squared: 0.8164 F-statistic: 218.8 on 1 and 48 DF, p-value: <2.2e-16
ないことが示唆される。
3 女性の労働環境
日本の相対的貧困率が高い理由のひとつとして,女性の労働環境があげられる10)。日本の 雇用構造において2007年では非正規労働者の比率が雇用者の35.6%,1,894万人,女性非正規 労働者の割合が雇用者の55.3%,1,300万人であり,非正規雇用は全体的に増えており,貧 困が拡大する原因になっている。パート,アルバイト,派遣労働者,契約社員と就業形態も 様々である11)。非正規雇用は正規雇用より賃金が低いだけでなく,景気悪化で仕事を失うこ とも多く,貧困に陥りやすい。女性は,非正規雇用の中でも特に賃金が低いパートやアルバ イトが多く,正規雇用の場合も,管理職への登用が少ない12)。女性非正規の職員・従業員の 年収は100万円未満が47.7%,100∼199万円が38.5%で,200万円未満が86.3%を占め,年収 200万円未満女性非正規職員において,いわゆる「パレートの法則」が成立しているように 見える。ひとり親家庭の相対的貧困率は表1にあるように50.8%と,高い水準となっている。 ひとり親世帯の貧困率が高いのも,大半が母子家庭で,親の収入が少ないためである。 就業者に占める女性の割合の国際比較は表5に示される。女性就業者と賃金格差を対応 させると図5に見るように女性就業者比率が高い国ほど男女間賃金格差が小さい13)。男女 平等度の低い東アジア(日本と韓国)は賃金格差が大きい。世界経済フォーラム(World Economic Forum, WEF)「The Global Gender Gap Report 2013」(2013年10月25日発表)によ れば,日本の男女平等(ジェンダー・ギャップ)指数は136カ国中105位であった。1位は 5年連続アイスランドで,最も男女が平等に近い国である。2位フィンランド,3位ノル ウェー,4位スウェーデンまでは前年と順位が同じで,欧州が上位を占める。アジアの中で 1位は前年同様フィリピンで,前年の世界8位からさらに順位を上げて世界5位になった。 中国69位(前年69位),韓国111位(前年108位),インド101位(前年105位)である。 ⑽ 表5 就業者に占める女性の割合 1990 2000 2005 2010 2011 日本 JPN 40.6 40.8 41.4 42.2 42.2 米国 USA 45.2 46.5 46.4 47.2 46.9 カナダ CAN 44.4 46.0 46.8 47.3 47.7 イギリス GBR 43.6 45.7 46.0 46.5 46.4 ドイツ DEU 41.5 43.8 45.1 46.1 46.1 フランス FRA 46.1 45.0 46.5 47.5 47.5 スウェーデン SWE 48.0 47.9 47.5 47.2 47.4 韓国 KOR 40.8 41.4 41.7 41.6 41.6 資料出所:労働政策研究・研修機構(2012b,89頁)。 労働政策研究・研修機構(2013b,89頁)。⑾
:$*(
*(1'(5
-31 86$ *%5 '(8 )5$ 6:( .25 図 女性就業者(*(1'(5)と賃金格差(:$*()(年) 資料出所:労働政策研究・研修機構E 頁頁 注:賃金格差:男性 。 図5 女性就業者(GENDER)と賃金格差(WAGE)(2010年) 資料出所:労働政策研究・研修機構(2012b,89頁,173頁) 注:賃金格差:男性=100。 表6 女性就業者と賃金格差(推計値) Coefficients:Estimate Std. Error t value Pr(> | t | ) (Intercept) 18.23959 3.37349 5.407 0.002926***
WAGE 0.34696 0.04282 8.103 0.000464*** Signif. codes: 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’0.1‘’1
Residual standard error: 0.7196 on 5 degrees of freedom Multiple R-squared: 0.9292, Adjusted R-squared: 0.9151 F-statistic: 65.66 on 1 and 5 DF, p-value: 0.0004642
4 社会保障と経済成長
4.1 社会保障費の増加 1980年以降の社会保障関係費と経済成長との関係を示したのが,図6である(単相関の推 計は表7)。社会保障関係費は政府の政策の数量的側面を示しており,経済成長と連動する 税収の大きさに依存する。しかし社会保障制度の硬直性から,近年,経済成長が停滞する一 方で,社会保障関係費の自然増が顕著であり,傾向線からの乖離が観察される。 社会保障と経済成長とがトレードオフにあるのか,そうでないのかは,その国の事情にも 依存する。スウェーデンは高負担国家にもかかわらず,マクロ経済における経済成長率や労 働生産性がOECD 諸国の平均を大きく上回っている。すなわち高福祉・高負担と高成長率 が両立するスウェーデンを,人口938万人にすぎない小国として無視するわけにはいかない ⑿*'3
62&
図 社会保障関係費(62&)と経済成長の推移(*'3)(,,年 度)(単位:億円) 資料出所:財務省財務総合政策研究所「財政金融統計月報」内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算年報」 図6 社会保障関係費(SOC)と経済成長の推移(GDP)(1980, 1985, 1989−2010年度) 資料出所:財務省財務総合政策研究所「財政金融統計月報」,内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算年報」 注:単位億円。であろう14)。 4.2 生活保護 再分配政策における社会保障関係事業は大別すると高齢者向けの事業と生活保護を含む児 童母子福祉事業である。生活保護世帯は,1960年以降増加傾向にある。1980年代後半から90 年代始めにかけてのバブル景気時(1986年12月から1991年2月までの51か月間)には減少傾 向を辿ったが,バブル経済崩壊後,高い増加傾向を示している。平均変化率は49.86である (図7)。 他方,児童母子福祉事業費の平均増加率(2008−2011年度)は,73.66である。同期間の 生活保護世帯変化率は23.33である。表1に示されているとおりひとり親家庭の相対的貧困 率が50.8であるように,社会保障関係事業における児童母子福祉事業と生活保護事業は,将 来の福祉政策の重要性を示唆している。 4.3 国民負担率 政策当局が目指す経済政策の目標は,一定の経済成長率と貧困率または平等度の同時達成 である。しかしながら,これまでの経済政策の変遷を見ると,2つの政策目標の間には,周 知のように,トレードオフが存在する。経済成長に陰りが出ると,分配状態が着目される。 日欧米先進国の経済停滞下で公表された相対的貧困の問題は政策の転換点を示唆してる。 撲滅するべきは貧困であるとしても,不平等の価格を看過するわけにはいかない。価格 は言うまでもなく機会費用である。その際,社会保障給付率(対国民所得比)と国民負担率 (対国民所得比)との関係を見ておくことも必要であろう。社会保障給付率と国民負担率の 決定は,政治の問題である。社会保障給付率と国民負担率との対応,言葉を換えて言えば, 便益と費用の差は政治的に決定される。したがって,不平等はミクロ経済行動,すなわちレ ント・シーキング(rent seeking)としてのフリーライダーの結果から生じる。レント・シー ⒀ 表7 社会保障関係費と経済成長の推移(推計値) Coefficients:
Estimate Std. Error t value Pr(> | t | ) (Intercept) −2.697e+04 6.624e+04 −0.407 0.68785**
GDP 4.006e−01 1.380e−01 2.903 0.00825** Signif. codes: 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’0.1‘’1
Residual standard error: 41760 on 22 degrees of freedom (24 observations deleted due to missingness)
Multiple R-squared: 0.2769, Adjusted R-squared: 0.2441 F-statistic: 8.427 on 1 and 22 DF, p-value: 0.008251
⒁
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図 生活保護世帯(/,)()の推移 注:「生活保護」に関する公的統計データ(年月日)「被保護実世帯数・保護率の年次推移」国立 社会保障・人口問題研究所, より作成。 図7 生活保護世帯(LIFE)の推移 注:「生活保護」に関する公的統計データ(2013年10月16日)「被保護実世帯数・保護率の年次推移」国立社 会保障・人口問題研究所,http://www.ipss.go.jp/s-info/j/seiho/seiho.aspより作成。 表8 生活保護世帯の推移(推計値) Coefficients:Estimate Std. Error t value Pr(> | t | ) (Intercept) −183622297 29411076 −6.243 6.49e−08***
YEAR 97170 14831 6.552 2.04e−08*** Signif. codes: 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’0.1‘’1
Residual standard error: 1842000 on 55 degrees of freedom Multiple R-squared: 0.4384, Adjusted R-squared: 0.4281 F-statistic: 42.93 on 1 and 55 DF, p-value: 2.041e-08
キングの大きさを機会費用と考える15)。 対象年に不整合があるが,各国の状態を比較したのが,図8である。高福祉・高負担の関 係を確認することができる。図8の傾向線から,日本の政策対応は,社会保障給付比を維持 しながら国民負担率を高めていくのか,国民負担率を維持する一方で社会保障給付比を下げ ていくのか,という両極の方向が示唆される。 ⒂
%85'(1
%(1(),76
-31 86$ *%5 '(8 )5$ 6:( 図 社会保障給付率(%(1(),76)と国民負担率(%85'(1) 資料出所:労働政策研究・研修機構()『データブック国際労働比較(年版)』,2(&' 6WDWGDWD H[WUDFWHG RQ 6HS 注:国民負担率について日本は年度,他の国は年。社会保障給付率について日本は年度,他の 国は年。 図8 社会保障給付率(BENEFITS)と国民負担率(BURDEN)資料出所:労働政策研究・研修機構(2012)『データブック国際労働比較(2012年版)』,OECD Stat(data extracted on Sep.2013)
注:国民負担率について日本は2011年度,他の国は2008年。社会保障給付率について日本は2011年度,他の 国は2009年。
5 おわりに
本稿では,分配に関するいくつかの要素について経済成長と関連させながら、そしてそれ らの統計数値に言及しながら,再分配政策を展開する際の視角を概観してきた。貧困あるい は不平等の説明変数は,単純ではない。ここでは初歩的な単相関を中心に庶民感覚を念頭に 一次近似を行った。貧困あるいは不平等を説明する社会経済モデルを必要とするであろう。 かつて,Vilfredo Frederico Damaso Paretoは経済効率性の基準としてパレート基準を示す一方 で,分配に関しては,分配の法則,すなわちパレートの法則を示した。パレート最適は規範 的であるのに対してパレートの法則は実証的である。 この25年間,英米だけでなく至るところで平等化の傾向が旧反転している事実を統計数値 は示している。不平等はクズネッツ仮説のようではなく,上昇,下降,また上昇している。 この理由を明快に説明する理論はない。「今日,不平等を研究する経済学者は,すべて55年 前に書かれたクズネッツの論文から出てきた」というMilanovic(2012,p.91)の指摘は真実 であろう。 将来,グローバルな不平等がどの方向に進むかを予測することは容易でない。グローバル な不平等に関する統計研究は有意ではない。拡大したグローバルな不平等への不平不満を直 接ぶつける相手などいない。しかし一国においては人びとは同じ政府を共有する。したがっ て,もし人びとが,不平等は非常に深刻であり,社会はあまりにも不正であると感じたら, その意思を知らしめる政治的メカニズムを有している。そこに,政治的目的としての再分配 政策の意味を見出すことができる16)。 「もし,もっといい方向を探し出そうとするなら,変化の兆候をよく見極めることが重要 です。いいかげんに考えていると,見誤ります。言葉や文学についてもそうですし,現実社 会に対してもそうです。」(吉本(2008,p.21)) ⒃ 表9 社会保障給付率と国民負担率(推計値) Coefficients:
Estimate Std. Error t value Pr(> | t | ) (Intercept) 8.99801 4.46648 2.015 0.1142*
BURDEN 0.36600 0.09033 4.052 0.0155* Signif. codes: 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’0.1‘’1
Residual standard error: 2.275 on 4 degrees of freedom Multiple R-squared: 0.8041, Adjusted R-squared: 0.7551 F-statistic: 16.42 on 1 and 4 DF, p-value: 0.01545
注 1)本稿の記述において,外国人研究者によるデータ分析のサーベイについては大坪(2008)に 拠っている。なお,計量的な処理はRを使用した。 2)厚生労働省では,日本の貧困問題を直視するため,2009年10月に相対的貧困率の公表を初めて 行った。 3)特に,米国の貧困については,ジャーナリスト堤未果による3つのレポート,堤(2008),堤 (2010),堤(2013)を参照。
4)The Wall Street Journal, Monday, November 11, 2013
5)格差と成長に関するクズネッツの逆U 字曲線の関係が,近年の先進国においては,そのまま当 てはまらないようなケースがみられるようになった。特に,米国,英国,カナダといった先進国 の一部について,それぞれの経済水準と格差の指標を時系列でみると,正の相関を持つことが示 される。その一方で,ドイツ,イタリア,フランスといったヨーロッパ大陸の国々においては, そうした明示的な正の相関がないことがうかがえる。また,ヨーロッパ大陸のうち,特に平等度 が高いとされる北欧諸国は,ジニ係数(後述)が全体として低いものの,デンマーク以外のノル ウェー,スウェーデンではわずかながら正の相関を持っている。 6)バブル崩壊後,日本はトリクルダウン政策に走った。所得税と法人税の税率を下げ,規制緩和 を推し進め,社会保障費を削減した。企業や高額所得者という競争強者にインセンティブを与え て,彼らの生み出すパイの拡大によって経済の活性化を図った(波頭(2011)を参照)。 7)OECD Factbook 2012によれば41である。
8)貧困削減率=〔Constant×(1−不平等指数)θ〕×経済成長率,Constant<0,θ 1。Ravallion (2005, p.10)。 9)2010年についてカナダは71.1%である。 10)日本の場合,年齢階級別女性労働力率は,M字カーブをに反映されている。しかし,欧米では, 今日ほとんど見られない。労働政策研究・研修機構(2013b,53頁)を参照。 11)厚生労働省(2012a,第2章)および厚生労働省(2013a,第3章第3節)を参照。日本経済の 動態と非正規雇用については労働政策研究・研修機構(2012c)を参照。 12)女性の非正規職員・従業員を,役員を除く雇用者の多い上位5産業別に見ると,医療・福祉 226万人(42.56),卸売・小売業329万人(68.12),製造業151万人(52.43),宿泊・飲食サービス 業164万人(83.67),教育・学習支援業70万人(45.75)である。( )内数値は,各産業別雇用者 全体に対する比率(%)である。「労働力調査ミニトピックスNo.9」(平成25年8月13日) (http://www.stat.go.jp/data/roudou/tsushin/pdf/no09.pdf)。 13)日本の場合,労働課税が労働時間に与える影響に関連して有配偶のパートタイム労働者の収入 調整,いわゆる「103万・130万円の壁の問題」が存在する。
14)Johan Gustaf Knut Wicksellを北欧学派の祖とし,Myrdalを産んだスウェーデンについて,湯元 (2010),翁(2012),レグランド(2012)を参照。
15)不平等という市場の失敗を政治的に解決しようとするとき,不平等が拡大する米国では,ノー ベル経済学者Joseph Eugene Stiglitzは,「米国民の1%の,1%による,1%のための」(Of the 1%,for the 1%,by the 1%.)政治を問題にする。Stiglitz(2012)を参照。
16)Milanovic(2012),Bhagwati(2007)を参照。
引用文献
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波頭亮(2011)「成熟時代に突入した日本へのアジェンダ:「成長論」から「分配論」へ移行しなけ
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Milanovic, Branko (2012)The Haves and the Have-Nots: A Brief and Idiosyncratic History of Global Inequality: Basic Books; First Trade Paper, (村上彩訳,『不平等について 経済学と統計が語る26の話』,日本経 済新聞社,2005年).
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Stiglitz, Joseph Eugene (2012)The Price of Inequality: W.W. Norton & Company, Inc.
レグランド塚口淑子(2012)『「スウェーデン・モデル」有効か−持続可能な社会に向けて』,ノル ディック出版. 堤未果(2008)『ルポ貧困大国アメリカ』,岩波新書(新赤版)1112,岩波書店. (2010)『ルポ貧困大国アメリカⅡ』,岩波書店,岩波新書(新赤版)1225. (2013)『(株)貧困大陸アメリカ』,岩波新書(新赤版)1430,岩波書店. 吉本隆明(2008)『貧困と思想』,青土社. 湯元健治・佐藤吉宗(2010)『スウェーデン・パラドックス−高福祉,高競争力経済の真 実』,日本経済新聞社. ⒅
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Viewpoints of the Quantitative Analysis on the Distribution
TERAMOTO, Hiromi
In late years, with the aggravation of the macroeconomic environment, an economic growth policy is given priority to as seen in Abenomics. On the other hand, as for the redistribution policy, a purpose of the policies includes a feeling pushed away backward. The purpose of this article is to survey the reality of the redistribution while mentioning associated statistics data from a point of view of the macroeconomics. Distribution and the growth affect a process and closeness of economic development and the economic growth, and a certain thing continues being the theme that is important from the times of the classical economics. There are multiple viewpoints to evaluate redistribution. In addition, the socioeconomic cause of the poverty is not simple, too. In this report, I take away relative poverty ratio, Gini coefficient, labor share, a workwoman rate, social security relations costs, and a welfare household as a viewpoint of the quantitative analysis. Of course it is vague in the change society what you define the poverty with, and it is not easy to compare the world income gap to be able to put. The OECD uses the relative poverty ratio, but is different from a policy of the difference correction in one country and the policy of the difference correction in the world. Japan relatively has a small difference like Korea and Taiwan. However, I confirmed the significance of connecting distribution with economic growth by a rudimentary correlation analysis.