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人類氣候馴化に於ける氣候と疾病の問題(中編) : 疾病要因の重要性の後退

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人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶

人類氣候馴化に於ける氣候と疾病の問題︵中編︶

疾病要因の重要性の後退

六〇

四 人類気候馴化の要因としての気候と疾病に関する ウィリアム・リプレーの見解︵︼八九九年︶  この問題に関するリプレーの見解は彼の著図鋤。①のoh曽﹃ob①”︾ωooざ一〇ぴq胃巴ω窪儀審総含層Hoβ無oP一。。OρO℃.㎝8一 $90冨bけ図首・︾oo嵩8”江N9菖。項目げΦOΦoゆq箪りず一〇舘閲ロ盆お。隔些①国蔑ob①鼻・口汁粥oo¢に於いて陳べられたものであ る。彼の気候馴化論は本稿前編にて取扱つたフェルキンのものと同様、十九世紀末葉に属するもので、この時代に気候馴 化論が特に真塾に取上げられ、第六回国際地理学会議に於ける討論の課題とさへなったのは如何なる要請に基いたかに就          いては既に述べたところであるから、藪では触れない。これらの十九世紀末葉の気候馴化論的研究の中でもリプレーのも のは彼の時代以前の気候馴化論に関する諸丈献を悉く美事徹底して評論している点に於いて特筆さるべきものがあること を忘れてはならない。  先づ第一に彼が人類気候馴化に影響する要因として取扱つたものは何であるかを探索することにしよう。彼自身の言葉 に従えば﹁気候変化が人体及びその機能に及ぼす影響を、たとえ概略でさへ測定することが出来る前に多数の従属的な紛       ◎      ② らわしき要因は除去されなければならぬ。この原則を無視することはこの方面の観察者の立証を大いに損うものである﹂

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と述べているところがらも明かであるように、 彼が入類気候馴化の要因として取上げたものは気候そのものに外ならな い。だから気候そのものの影響の如くに見えて、その実は気候の直接的影響の結果ではない多くの揚合を指摘して、彼は これを除去せんと努める。故に吾汝はリプレーにあっては気候概念はもはや前時代的な気候環境論者風の曖昧な気候概念 から完全に離脱して、新しく正しき意昧に於ける気候概念が明かに指摘され得るのである。このことは後に詳述すること とする。  リプレーが従属的であり紛らわしき因子として除去せんとしたものは、飲酒癖、性的乱倫、食物選択に於ける国民的習 慣の影響、日常の生活、習慣、職業、疾病への人種的素質、入種的雑婚の影響などである。これらの中で最も注目すべき は最後のものである。  彼は人種的雑婚の影響について、﹁これはすべての行はねばならぬ除去のうちでも、最も微妙で困難な問題である。雑 婚に依る気候えの適応鱒ooo日。侮鉾陶。μは実際には全く気候馴化ではなくて、全然新しき型体の形成であると云う反対にも 拘らず、この二つのものは頻繁に混同ざれている。そして土着民との混血は活動の一つの方法であり政策として執擁に提 案されている。植民上の一つの要素として、叉気候馴化の必要を回避する邪道の手段として、混血はその局面を混乱せし        め始めている﹂と云い、 ﹁混血に依る気候馴化の成功は西嶺人の成功せる秘訣であったし、メキシコに於いてもフイリツ ピンに於いてもこれが実状であった。ボルディエは仏人の交趾支那植民への唯↓の希望は土着人との混血にあると結論し    た﹂と云うが、リプレーは混血に依る気候馴化は実は全然気候馴化ではなくて別個の得しき型体の形成であるとする考へ は、彼が気候馴化を論ずるに当って、その馴化の主体たる人種それ自体の概念的把握が如何に嚴正であるかを示すに足る と思う。  リプレーの気候概念は既に前時代的な曖昧なものより腕皮せることは前述したが、 彼は﹁気候の自然的要素冨く忽。鎮      人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       六一

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       六二        ⑤ ⑦冨旨①簿ωはその重要性の順序によって並べるならば、湿度・熟・変化の訣如である﹂と述べ、気候要素の入体に対する 直接作用にっき次の如ぎ見解を述べている。  ﹁過度の湿度に伴はれない時には、熱それ自体は不法に与へられる揚合を除けば、人間の健康に著しき影響はない﹂﹁ 入体が馴らされている気温範園は非常に広い。それ故に人種分布の限界は塞暑の程度に依るよりも寧ろ食糧供給によって 決定される様である。だからすべての権威者にあっては、気候馴化が最も困難なる地帯は過度の二度をもつ地域、即ち大         ざつぽに云うならぽ最大降水量のある地域に見出される筈であるということに意見は一致を見ている﹂ リプレτはかか る点を考慮して熟帯地域に於いて欧人が気候馴化に成功したといわれる事例を集めた結果、熟帯気候を構成する気候要素 のうちで特に灘度の問題が七人の気候馴化に重大なる関係あることを彼は知ったのである。  アルヂェリアに於ける仏人の気候馴化の成功も実は毎度を避けて気温に対して順応するに成功した事例であるに過ぎな い。彼が云う﹃水があり、何物かが成長することが出来るところでは気候は殺人的である。気候が衛生によろしきところ では、水はなく何物も成長することが出来ない。﹄ 地中海に沿う仏領アフリカ植民地に於いて仏人の成功が保証されるの は一般にこのような限界があるとし、アルヂェリアに於ける成功から推理してコンゴi盆地やマダガスカルや交趾支那に        於いても成功するであろうと考へることは熟帯気候の真の限界設定を誤解しているからであるとする。かくの如く﹃気候 馴化の最も困難なる地帯は過度の湿度をもつ地域﹄であるという結論は今日もくつがえされ得ない真実性をもつている。 実際のところアメリカに於いてスペイン人が最も充分に成功を獲得したのはメキシコやボリヴィヤや。ヘルーの高地、若し くは太平洋岸の乾燥地帯であって、ブラジルの真の熱帯気候の中に於いてではない。  次に﹁熟帯気候に於ける熟はただ闇接ではあるが重要である。何故ならば、それは湿度の原因であり概して湿度を伴う のである。温帯地方に於いては湿度は土用以外には冷涼な天候を伴う。然るに熟帯にあっては癸汗によって行はれる放熟

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       ⑧ が大気中の水分に依って最も妨げられる時期に主として熟が下穿となる﹂と云い、次に熟々気候馴化に対する拘束的要因 として﹃強面気候の単調さ﹄を指摘する為に、彼は逆に﹁熟帯気候に変化を与える資けとなるあらゆるものは救済を生ず る﹂と主張する。熱帯島興に於いて日汝交替する海陸軟風、特に書髭の激しい海風は夜間には方向を反転して、ジャマイ カに於ける英魂の居住を可能ならしむることを以て例証となし、熟暑と冷涼との季節的交替を為す地域では気候馴化の機 会はより大となる。特にキューバに於いて冬にやって来る気候上の救済はこの島のもつ↓つの利益であるとする。  要するに、気候要素の人体に及ぼす直接作用が気候馴化の要因として取上げられるに到ったのは、前時代的な曖昧なる 気候概念を止揚し得た結果であると云うことは特筆さるべき事柄であると思う。而してそれが延いては気候馴化研究に於 ける気候生理学的方面の研究を発達させることxなったのである。一方気候要素の入体に及ぼす直接作用の中で特に﹃湿 度﹄の重要性が認識された結果、熱帯気候の気候分類学的方面の研究の必要が気候馴化研究の為に要請せられた。なぜな らば連帯気候と総称される全体の中には幾多の異った型式や等級をもつ熱帯気候の亜種が存在しているので、かかる多種 多様の熟帯気候に対する人種の気候馴化の可否に関する普遍的結論を導き出すことの困難なる事実が認識されるに到った からである。されば、トレワーサ教授の評論に於いては熟帯気候の中から、特に彼の論題の対象を湿潤熱帯気候地域にの      み限定したのも、かかる熟帯気候への正しき認識の下に始めて可能であった。又ド・ワード教授は彼の気候馴化研究に於        いて熟帯気候型の分類をその頂点に置いて重視した見解は更にトロル氏によりて圧倒的に支持されているが、これらはす べてりプレーの見解の現代的展開と見てよいであろう。  人類気候馴化の要因としての疾病  ジェームズ・ハントが熟帯諸国の多数の疾病の真の源泉は軍人の熱帯諸国に対する非適応にあると断定し、多数の疾病 は熟帯気候への非適応と云う﹃予防し得ざる原因﹄に依って罹患すると見傲している。かくして気候の作用の圧倒的重要      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶      六三

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     入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       六四 性を強調せんとしたことは前稿にて述べた。 一方フェルキンにあっては執⋮帯性疾病は予防的処弁に依って克服し得ると考 へたが、それは病源体が明かにされつxあったからである。従って彼にあっては疾病それ自体は気候馴化の要因であると 同時に、気候そのものも亦重要なる要因であると老へた。然るにリプレーにあっては、熟病その他の伝染病の罹患の原因 は﹁熟睡新来住者の体温上昇﹂に関係あると述べる処は明かにハントが疾病罹患原因を﹁韓人の熟帯気候への非適応﹂に 帰する見解を発展させたものであると考へられる。  なぜならば熟帯新来住者の体温上昇に関する彼の見解は次の如くである。正常なる健康体の体温には人種差があるが、 それをフェルキンの云う処を引用して、赤道と北緯一〇度の闇のニグロ穴○○人の平均口腔体温は三六・六・度、欧入の 標準は三七度、スダン人は三七・二度であり、熟帯来住欧人の体温の一時的上昇は滞留二年以下の場合は三七・五度、四 年以上の場合は三七・三度となる。されば﹁新来住者はその体温が土人の標準以上である期間は特に伝染病に罹り易いと いう点は確実である。そして攻撃からの免疫即ち少くとも疾病の良性の経過は真の気候馴化の最も確実な徴候である体温 の下降と共に屡々やつて来ると云うことも確実である。最後にこの体温が欧人の標準まで下降する時でさへ、それは術土 入よりも高いと云うことが認められる。﹂﹁若しこの学説に何らかの真理ありとせば、熱帯土人の享有せる環境への完全な る順応は童画の標準体温が土人の水準にまで降下させられた時にのみ獲得されるであろう。﹂﹁土人の標準に漸次近接し類 似して行くが如き﹃生理学的な意味に於ける気候馴化﹄は人間の幾世代かを含んだ甚だ緩徐なる過程であるに違いない。﹂ ﹁自然がやり遂げるのに長年月を要した目的を僅か↓世代でやり途げることが出来ると想像することは馬鹿の骨頂であ     る。﹂と云う。  かくの如く熟帯性疾病への罹患原因を熱帯気候への非適応に帰するリプレーの見解はハント以来の流れをもっているが かかる見解に対して聞もなく終止符が打たれる様な動機が惹起された。それは一八七〇年から︼九〇〇年に到る期間は近

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! 代医学発達史上でも驚異的な発達期といわれておって、それを特、徴づけるものは細菌学の発達であった。細菌学の発達は 伝染病乃至は括帯風土病に対する予防措置、免疫学、治療学の発展に功献し、それによって風帯性疾病に対する世人の脅       ゆ 威は漸次解かれることになった。  従って熟帯病は予防し得ざる原因、即ち熱帯気候への非適応から罹患すると云う見解から転じて、熟蚕病は予防し得る 原因によって罹患するということが明かにされて以来、熟帯気候馴化の研究は、病源体に基く疾病の問題より究明せんと する立揚と、純気候的要素の人体に及ぼす生理学的問題より究明せんとする立場とに分岐するに至った。  それにも拘らず、リプレーにあっては禽分岐以前の形態をとどめているのは外でもない。リプレーの著が刊行されたの は一八九九年であって、当疇熟陽性疾病掃滅の可能性は僅かの半里的不足をかこちつx爾それは実現途上にあった為であ ると考へられる。爾リプレーが指摘した疾病罹患の原因としての熱帯気候への非適応、即ち容易に降下する可能性なき新 来住者の体温上昇の現象はその後の生理学的研究の結果に基いてバルフォア博士は明かにこれを否定している。即ち﹁人 が温帯から熟帯に移る時には体温の軽微なる上昇、稀には円転。聞を越える上昇が惹起する。 一方藤葛到着後、 新来者の 体温の調節幾甘簿BΦ葺は大抵の揚合直ちに惹起するものである。併し適応力づ。≦震。同質9骨湯8をもつていない若 干の個体は明瞭に熟帯生活に適しない。 独乙とアフリカ西岸に於ける基礎代謝について興味ある実験を行ったO餌の葛二 及びQつぼ屋護両氏は通常の平衡のとれた食聾は気候馴化せる偉人にあっても、気候馴化せざる欧風にあっても体温には 何らの影響をもたざることを発見した。:⋮・皆野温をとることが重要であって、口腔温や液三葉をとるのではない。レオ ナルド.ヒルが指摘せる如く、熟帯に於ける大気状態は疑いもなく入体の体温調節機能に過労を課するものである。故に        ⑲ 体温を正常に保たんとする真の努力は疲労の傾向がある。﹂従って熟思気候の影響の中で体温を温帯に於けると同様に保た んが為には、体内に当然何らかの反応が体温調節機能の上に現はれていなけれぽならぬことが推定される。凡そ体内で維      人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶      六五

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       六六 えず行はれる産熟と体表面からの放熟との平均に依って体温が一定の高度に保たれるのであるが、産熟は環境温度の上昇        エイクマ ン       ㊨ に際して減退しないことは﹂堅塁B讐博士の実験で明かであるから、体温の一定高度保持の為には放熟の著しき調節作用 の癸揮に侯たなければならないが、かかる放熟の作用は発汗を中心として行はれることが久野博士に依って実験的に解明    ⑮ された。  併し乍ら当時にあっては、リプレーは前述の如く一般的に欧人の体温が土人の水準にまで降下するのでなければ、熟帯 性疾病.の罹病原因となると考へることから、延いては彼は詩人の気候馴化の可能性を否定するに近きものであった。彼は ﹁下面の気候馴化を不可能とする見解をもつものは無限に増加するであろう。かかる否定論をもてるものは、古き時代に は国8粥”勺ユ。び鴛辞国¢口日脚入ではく旨。げ。毒”閏門騨ωoぴUoΦ。。汁蒔明冨。ずΦびbごρoび5①き国旨。。oびなどで、いつれの国よりも一        層科学的にこれを研究した仏人は例外なしにこの意見を固執する﹂と云う。

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⑩ 拙稿 気候馴化論の学史的背景一十九世紀末葉に於ける当論研究の目的 史林第三四巻四号. ≦.田冨ヨ図号同①質国ロ8の。暁両go需”︾ωo息。δゆq浮具ω叶直αざ﹃oロ山。♪一。。$.即αひ一・ き蕊●︸℃・頓α旧 きミ■.頃.㎝ひP 寧ミ.り℃。α呵一・ き蕊4℃。㎝呵一・ きミ5℃●㎝喧N き蕊■ψ勺●㎝刈ω。 O.β目圏発鋤露ゴ臼菊①8暮月ず9薗窪。建§①℃8藏①日。隔≦白けΦ︾8=日二一母菖。昌自己。薫2月6嘗2.Qs畷3壽鼠恥§︿o㌍︼9 一〇悼♪勺団’心巴一合。。・ 囲引O①O・き民門同ぴ①>8嵩日鎖什冒舞δ嵩O貼鼻Φ≦窪8因80旨一襲↓8嵐。のり﹄§ミミ§もミミ。ひぎ蕊瀞亀ミ亀ミき偽ミミ智鳶誉、、℃恥9

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・ @@@@ @一 ⑯ ⑰ 芝霧ず宮瞬3罫笛ωポ男即m㎝刈一雪ひ6 9二目邑ご国老。℃9、凶。・。冨犀8魯忽①蟄§oqLぽ①き毘。窪窪ヨ昌凶ぼ①9Φ賢魯甲き智ミ亀習ミ蕊魯さ§=¢ω9ω●ω傘 罰凶亙Φざ愚.鼠y℃や㎝温一賢。。. 図冒げ帥a国m旨冨。昌ωびqoo犀⋮目ぴΦ∪①くΦ言日Φ暮。隔]≦①色。宮ρ2.嶋こおム。。り ︵大城功訳︶二七〇i三〇一頁 ω貯勝b脅①葛じd巴︷o霞“℃8σ一①80h二男凶弾Q銘尽目。♪卜9§白く9bO㎝いお8勺℃℃●c。㎝lc。◎ O腎冨鉱山昌田㌣B聾”ω0800房の識。霧Oo巳Φ言冒oq§o冒直営①昌。Φoh目δ且。巴9酌9讐①o昼冒餌♪卜亀蕊h魯く9・外⊃Oひ噛一型心︼℃即。。c。唖 16⑩しΩ。 鴫餌ω図ロ5Q”℃ず同ロnざざぴq矯oh口口日”昌℃鶏呂胃帥鉱。ジUo昌鮎。炉H8“・ 久野密丁 熱帯生活問題   五七一  山ハ四頁 久野査丁 汗         一山ハ五一一六山会貝 碧営①ざ愚●職ひ即αc。9 五 入類気候馴化の要因としての気候と疾病との問題に関する エルスウォース・ハンチィントンの見解︵一九一四年目  ハンティトンの一九一四年の論文、難ずΦ︾儀巷雷σ旨蔓9白びΦミぼ叶Φ竃磐8↓﹃○冨。島。一︾日①二〇P3甘O蓉鎮9幻餌O① OΦ<①ざbヨ。置計く。ピμZgN団Oo“一霞︽Oやお㎝歯ご・は彼の主著とも云うべきミO零各賞鋤臨。昌帥ロ住O螺ヨ鉾。、、の刊行僅か ばかり前に発表されたもので、この論丈の内容の相当多くの部分が主著の中で再見される。彼は主著刊行直前まで、主著 題名を﹁文明の分布﹂と命名せんと考へていたこともこの論文の中で窺はれる。      .  ﹃白人の熟帯アメリカへの適応能力﹄と題するこの論丈の内容全体を通読して、吾々は気候馴化なる語辞の使用個所を 発見することは極めて困難であるという皮相的観察からだけではなしに、その内容を検討する時に、その内容は吾汝が本      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       六七

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     入類気侯馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       六八 稿に於いて取扱っている気候馴化論的研究とは異った目的方向へ発展していることがわかる。それにも拘らず吾汝がこの 論丈を本稿の検討の組上にのぼせる理由は、彼が指摘せる﹁至適温度﹂の概念と、彼の﹁熟帯風土病取扱いの態度﹂とが 気候馴化論研究に極めて重要なる意義をもつが故である。後述する如く、後の諸学者に依って展開されるこの重要な問題 の夙き提起者であるという点に於いてこの論丈は無視され得ない。  何故にこの函丈が気候馴化論的研究と酷似し乍ら、その目的を異にする方面に発展していると云う事が出来るか。彼ら ﹁熟帯アメリカを開発し、文明化し得るものは、熟帯に於いても欧米文明の如ぎ高度文明を保持し得る考でなければなら ぬ﹂と云うことが始終一貫してこの論文の前提条件となっている。従って冷帯アメリカ気候が白人をして欧米丈明保持を 可能ならしむるか否かが、この論文の最大の問題点であって、彼は結論として白人の退化を以て解答しようとする。従っ てこの場合、白人の身体的気候馴化の問題は可能であるとの前提の下に當に論議が進められていることを指摘しなければ ならない。故にこの焼塊が気候馴化論的研究を目的とするものでないと吾汝は断じなければならない。  内容は吾汝の手に依って三つの部分に分解することが出来る。第一は熟帯土人は何故文明後進的であるか、後進的たら しむる条件如何。第二は熟睡に於ける白人の文明を退化せしむる外的因子如何。第三は熟帯に於ける白人の丈明を退化せ しむる内的因子如何。此ら三つの部分から構成されていると考えてよい。聖日が特に注目するのは熟帯白人を退化せしめ る内的因子に関する箇所である。 ﹁吾丸は白鷺が究局に於いては森林を耕し、荒廃地を蹟渉し、土着人種を高め、熟帯病を 征服することに希望をかけることが出来る。だが白人は純粋の植民としてこれを為すであろうか。或いは常に本国に帰り たいという気持で一杯になっている局外者としてこれを為すであろうか。その解答は白人が二三年聞という短い期聞のみ ならず幾世代という長き期間に亘って、白人が自己の身体上、精神上、道徳上の活力を保持し得るその程度如何に懸って いるところが多大である。だから、吾汝は戯滅せんとすれば出来る特殊疾病は別として、文明の生々とした発展を妨げる

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       熟帯気候の中に何物かがありはしないかを究明することに導かれる。﹂と彼は述べる中に、気候馴化論的問題が提起されて いるが如くに見えるけれども、彼の論b日は直ちに熱帯に於ける丈明発展を妨げるものは何かと云ふ問題へと移って行く。 それにも拘らず最で吾汝が取上げたいのは﹁盤陀が繊滅すれば出来る特殊疾病﹂云女の彼の言葉にも見られる如き、熱帯 風土病の取扱いに対する彼の態度なのである。  気候馴化要因としての熱帯風土病の重要性の後退  既述せる如く、ハント、フェルキン、リプレーなどの十九世紀末葉に於ける熟帯気候馴化研究者にあっては、気候馴化 要因としての疾病の問題が重視されて来たが、彼らの重視する態度には夫々特徴が示されていることも述べたところであ る。然るにハンチィントンに至っては丈明の保持乃至は進歩に対する疾病の役割を考へるに当って、 ﹁吾汝が蕨滅せんと すれば出来る特殊疾病は別として﹂と述べて、疾病掃滅の可能性に縄大なる期待を寄せて、これを捨象せんとする彼の熊 度に吾汝は注目する必要があると思う。と云うのはかかる態度が延いては気候馴化論的研究に於いても採られようとする 傾向を生じたからである。  彼は何故にかくの如く疾病掃滅の可能性を信じつx、熟帯病を彼の理論の過程から捨象するに到ったか。それは外でも ない、パナマ運河地帯に於ける熟帯病掃滅という劃世紀的な事件を動機とするのではあるまいか。パナマ運河地帯の保健 事業の爆汝たる成果について簡単に触れるならば、中米地峡は一五二〇年頃からスペイン人の商隊のアメリカ西岸及びフ ィリツピンへの通商路となっていたが、大西洋岸よりこの狭い地峡を厳渉して太平洋の波浪を望見し得たものは半数にす ぎなかったと云われる。カリフォルニア金鉱の発見後、この地の通行は益汝頻繁となり一八五〇年にはパナマ運河敷設工 事開始され、アフリカ西岸より雇入れられたニグロ一〇〇〇名は六ケ月にして全滅した。かくてパナマ鉄道の枕木はその 生霊の数を象微するとまで云われた。然るに﹃世界の疫窟﹄と呼ばれたパナマを米国が買早したのは一九〇四年五月四日      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶      六九

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       七〇 であった。運河開設事業にはその他の衛生改善の必須なることから、黒歯運河委員会の下に衛生局を開設してゴーガス軍 医大佐その衝に当って保健対策に着手した。就中黄熟病媒介覧たる︾㊦山①のρoぴq畷や賦の駆除に依ってさしも椙獄を極めた 黄熟病も速かに逼塞し、 一九〇六年五月運河北門のコロン市に一名の患者を出したのを最後の記録として完全に掃滅され た。実に防疫着手後一年八ク月のことである。マラリア防疫は黄熟病程には成功していないが、それでも既に媒介体たる ︾昼obりΦ冨ωの発見に依って、マラリアに依る入院患者率は↓九〇六犀に八↓二泓なりしものが一九一七年には一四誘とな り、一九一二年より一九三一年の間に虚名の死亡者を出したにすぎない程の成績を上げている。  アメリカのパナマ運河地帯に於ける保健対策の成功は永く青史に不朽の名声を止むるに足ることは贅言を要しないであ ろう。然るにその結果、導入の熟帯気候馴化には要因としての疾病の問題が捨象される段階に至るまでに吾汝は二一っの 段階を経過しなければならなかった。この段階は疾病の問題を捨象する立場とは全然背馳して、疾病の問題を完全に前面 に押出してその重要性を認めんとする立場であったことは特に注目に価する事柄であると思う。 従前熟帯に於.ける罹病 率、死亡率の大部分がややもすると気候に帰せられ勝ちであったことは前節まで述べたところであるが、パナマの成功の 結果から、それは気候そのものではない、孤立・退屈・郷愁・性病・暴飲・市政の貧困並びに全要因の中でも最も重要な ものは特殊病源寄生体一その侵入は現在では殆んど完全に防止し得る一の為であるとの主張が多数のアメリカ人に依 って行はれ始めたのである。云う迄もなくこの主張はゴーガス及びその支持者たちに依ったものである。  かかるアメ∬前人の超楽観論に対して多数の批判が投げかけられたのは寧ろ当然であった。就中ゴーガスの友デークス        大佐は彼と挟を分ち、﹁パナマの軍隊は若き選り抜きの集団であり、第二世代の特徴が樹観察される必要がある﹂と述べて ゴーガス一派の楽観論の短見なるを攻撃し、マンソンは﹁パナマに於いて得られたと同じ結果は、同等の専門的管理と同 等の巨大なる経費とを以てすれば熟帯いっこの地にても得られるであろう。だが細帯は白人にとって適当なる恒久的居住

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      ゆ 地とはなることはないであろう﹂と考へた思惟の背後には吾汝は気候そのものの重要要因たることを窺うことが出来るで あろう。  さればアメリカ人の超楽観論は気候そのものは問題ではない、疾病が問題である。而も疾病は掃滅することが出来ると の考へより生じたものではあるが、かかる見解は重要なる地理的因子を無視し、熱帯白人に及ぼす﹁気候そのものの効果﹂ を不当に過少評価することに依って達成された短見であり、嘗てシュネロングが、マラリアを白人種の熟帯気候馴化に対 する根本的障害であると公言し、白人種の気候馴化能力は白人種のマラリアへの入体調節能力と一致するとの原理を作り

  

上げたのもこれと軌を一つにする短見であることは云うまでもない。  だから、かかる短見が気候馴化論研究史に於いて認容される期間を殆んど与へなかった程に、これに対する批判は嚴し いものであった。然るにこの超楽観論の基底を為す熟慮風土病の掃滅の可能性を充分認容しつxこの短見とは全く逆の結 論に達し得たのがこのハンチィントンの論丈に於ける見解である。 彼は前述の如く ﹁吾汝は繊滅せんとすれば出来る疾 病﹂を捨象して﹁気候そのものの効果﹂が熟帯に於ける白人文明の保持に如何に悪作用をもつかを統計的に実証せんとす るものであった。  かくて、気候馴化研究はこれ以来明確に二つの分野から攻究されることになった。 一つは兼帯病の病理学的方面より、 他は書誌の気候学的方面より行はれるのであるが、これを契機として前者は気候馴化要因としての従前の重要性を減じ、 後者はその重要性を次第に確認されて行くのである。嘗てザツパー博士が﹁医者は疾病を騒除し得ても、自然状態を改変           することは出来ない﹂と云った皮肉の言葉はこのことを象徴していると云ってよい。

 至適温度の究閣       

レ         ハンチィントンは熟帯風土病の問題を捨象した後﹁熱帯気候が欧入植民に及ぼす最も顯菩にして悲しむべき効果﹂とし      入類気候馴化に於けるβ兄候と疾病の問題︵中編︶      七一

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       七二 て次の四つのものを指摘する。即ち ㈲仕享完成量の漸減、㈲怒りの爆発、㈹飲酒癖、㈹性的放縦である。これらは 彼が熟帯旅行中に観察した体験に基くものであって、熟帯気候の人体に及ぼす生理的作用を究明した結果ではなかった。 ﹁これらは多くの入は社会的原因に基くものとする。 この見解の重要性を私は了解もし、大いに同意もする。 それにも 拘らず私が最近編纂した若干の統計を考察してみると、自然的原因が同様に重要なる役割を演じていることを暗示してい  ⑦ る。﹂  そこで彼は﹁異れる気候状態が入間活動に始何なる効果を及ぼすか﹂という問題を提示し且つそれを実際上測定せんと する。この測定に当り同一人種、同一年置、同一の一般的状態をもつ二つの集団の能力を、異れる二つの気候状態の下に 於いて測定することは出来ても、その結果に相違が発見されたとしても、その相違は本来人々に内在する相違か、両地に 於ける食事の相違か、その他数多の可動的因子の為かを決定することは出来ない。されば、彼はカネチカット州に於ける 出来高賃金制の工場に於ける職工の仕專量が気候の季節的変化及び天候に如何なる関係があるかを測定することに依って 前記の課題を統計的に証明しようとした。この問題の詳細なる証明は彼の主著に記載されている。その結果彼は﹁温度と 活動との密接なる関係は普遍的生物法則である﹂ことを発見したと老へている。而して彼の測定に依ると、入々は﹁最大 の身体的能率をもつた温度は五九度或いは六〇度であった。叉一方精神的活動に対しては若干それより低いかもしれぬ。 この結論は多数の入員が包含されているから特に重要である。これは三入の個体を基礎にしてレーマン及びぺーデルゼン が得た若干の結果と一致する。ただ少数の個体のテストでさへこの関係が明瞭であるということは如何に同じ法則が普遍         的に適用されるかを示している﹂と述べて、彼の至適温度に於ける最大能率という結論を統計的に証明することを得たの である。  然るに熟帯アメリカにあっては低地の何処の揚言に於いても平均気温は八○度Fを越える。従って仕事完成量は必然比

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較的に少さなものとなるという。即ち﹁至適温度を越える高温﹂という事柄が熟帯アメリカ気候の植民の発展に抑止作用 を及ぼす悪効果の一つであることを彼は知った。  次に彼が指摘する悪効果は﹁感知し得る季節的変化の欲思及び日較差の僅少﹂とであった。かかる変化の鋏如は、たと へ平均気温が快適水準、至適温度に降下する山嶽地方に於いてさえ、変化の鋏如は有害作用をもつという。これに関して も彼はカネチカツト州の前記の工場に於ける測定の結果に依って、 ﹁若し今日の気温が昨日と同一であるならば、労働能 率は比較的に鈍化する。若し今日の気温が昨日よりも高いか、 一層高いか、或いは低いならば、人汝は刺戟されて、その 刺戟は変化の量に殆んど比例する﹂という統計的結論を得て、彼はこれからアメリカ熟帯気候の変化の敏如が抑止作用を もつと推論する。 、鯨帯環境に於いて、環境その他の条件がすべて正確に現在と同一に留るならば人の能率は大いに下降 するであろう。特別の努力に依って彼らは現在の水準・以下に著しくは下ることはないが、かかる特別の努力は毎年その入         の生活力を蕩尽してしまうことなしに続くものではない。﹂ かくて熟帯アメリカの高温と変化の鉄如は入間の精神力を弱 め身体的労働能率を低下させるというのである。  要するにハンチィントソのこの論文に於いて﹁雪下アメリカ気候が白人をして欧米丈明保持を可能ならしむるや否や﹂ が最大問題点であり、彼は気候と能率その他の現象との相関関係を統計的研究に依って明かにし、その結果彼が検出し得 た﹁至適温度﹂に於いて最大能率を発揮することを発見し、而してアメリカ熟帯気候は至適温度を越える高温なること並 びにその単調性とが原因となって、この地に於いては白白が欧米文明を保持することは出来ず、 ﹃白人は退化する﹄と結 論した。白人が退化するという結論は白人の身体的気候馴化を前提として、ただ丈化的精神的に退化することを云うのが 主要論旨であるが、吾汝が気候馴化論研究皮上に特にこの論文を擦り上げたのは、ハンティトンが荘に於いて指摘してい る﹁至適温度﹂の概念がグリフィス・テーラーに依って﹁快適温度﹂の究明へと展開される基礎を与へたところに意義が      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶      七三

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     入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶      七四 あると同時に彼の﹁熟帯性疾病取扱.いに対する態度﹂がその後の気候馴化研究に与へた影響の重大さがあるが故である。  ①国安毒曾9躍§誠省け8”目ご①︾飢巷鼠げ謡なoh爵Φ≦け一3罎磐8目δ嵐。毘重日①昌。♪智黒§ミミ寄&b恥器ミ§§ひく。ド伊   ZρNO臼.一〇一♪唱・おco。  ② ︾O●頃昌8⋮≦霞什①ωo欝一①冨言爵①円憶8剛。。陰”2・鴫●り一8汐狽嶺O  ③導き勺勺﹂盟●  ④国餌ニロ。碧8触”≧侭①日島器≦葺。。9響け甲§臣く。島Φ腎超①思量9圃①vピΦ凶窟鎧お口α”ω.濾●  ⑤国山二ω憩℃Φコdぴ霞蟄m博。覧①日氏興要目8①き穿嵩自己。貯冨”寓8︿8身程8留BM<o同畳①高く8Zoa陵墓鼠詳ぼ巴Φ彗◎8輿♪昏幸   鴇智Ω$ミト濠、肉菱弾塁蕊壽紋霞窓蔑ミ”一¢ω汐9ω$● ⑥国置昌躍8ρ愚・ミ‘勺﹂Oc。.  ⑦まミ遥用・Noω.  ⑧き鈷b℃.89  ⑨きミ己唱●8c。.         六 ハンチィントンの至適温度からグリフィスニ、7ーラーの       快適温度への展開︵一九一六年︶  ハンチィントンの乾球示度に.依る至適温度は精神的作業及び筋肉農作業に於いて最高度の能率発揮を可能ならしむる温 度状態を云う。而して彼が測定に依って決定された至適温度を指標として熱帯環境を見る時、至適温度を越えるが故に、熱 帯三明の後進性をかかる温度状態より説明せんとした。かかる至適温度の概念から快適温度の概念へと展開することによ りて、熟思環境に於ける白入気候馴化の可能性を測定すべき客観的指標たらしめんと想到するに至ったのはグリフィス・ テーラーの功績に帰さなければならない。テーラーが快適温度を白人熟帯気候馴化の指標たらしめんとする着想を公表し

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        たのは一九一六年のことであり、前記ハンチィントン論文の公刊の翌々年のことである。  ハンチィントンの至適温度とテーラーの快適温度とはその性質全く同一ではない。ハンチィントンの測定せる至適温度 がレーマン及びぺーデルゼン両氏のものと一致すると主張した︵既出︶が、これは両者ともに精神的作業又は筋肉的作業 に於ける最高能率を発揮し得る温度状態の測定であって、必ずしも快適感を覚える温度状態とは一致しない。されば人に 依ってはハンティトンなどの至適温度を生産至適温度と呼び、快適温度を主観的至適温度と呼んで両者の区別を一層明確 ならしめている揚合もある。  凡そ快適温度それ自体の測定は心理学者ウィリー・ヘルパツハの名著 ﹁地心理学﹂ ︵一九一一年、初版︶ に於いても        ﹁吾人の精神的健康に対する﹃標準温度﹄の決定の研究は全く重臣の如くに思はれる﹂と述べて、快適温度の決定に対し ては彼は頗る消極的態度を示しつxも、醗って彼は﹁されど、全然無標準のものにあらざるは、レーマン及びぺーデルゼ        ンの研究に徴しても朋かである﹂として、レーマンなどの先駆的研究を引証しているのは、吾汝の立揚から云うならば、 ヘルパツハは至適温度と快適温度とを完全に同一視していること瓦なる。  至適温度の測定はレーマンなどに依っても、ハンチィントンに依っても、いつれも乾球温度の示度に基いて行はれた。 然るに快適温度とは吾汝の主観的温度感覚に於ける絶好の状態を云うのであるから、乾球温度の示度に依っては表現出来 ない。なぜならば、乾球温度の示度に依る空気の温度は必ずしも入体が直接に感ずる温度とは一致するものでないことは 日常吾々の体験するところである。例へば満洲の戸外で感覚する零下十幾度の寒さも彦根の冬よりは凌ぎよいと云う入が よくあり、西班牙のマドリードの夏は四四−四五度に上ることが珍らしくないのに、市内で男子は上衣を脱いで歩くこと が許されないといはれるが、吾が国の夏の三三−三四度から判断すると、西班牙人の暑さの苦痛は吾汝の想像を絶するの        タ チ であるが、事実は左程の苦熟でもないという。巷間、暑さ寒さの性質が違うと入が云うのはこの事実を指しているのであ        σ      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶      七五

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶      七六 る。又例えば気温が同じでも湿度が高い時には夏は非常に蒸し暑く、冬はじめじめした耐え難き寒さを覚えるのに対して 空気が乾燥している時にはかなりの高温でも爽かな感じを与えて凌ぎ易い。かように、乾球示度に依る気温だけでは入体 に及ぼす大気状態の意義を現はすのに不充分であることは既に十九世紀初葉より直入の認識に上っていた事実であった。 されば入体の温度感覚という主観的な感応を量的表現にて測定せんとすれば乾球示度に依る気温では不可能であるから、 人体の温度感覚に最も近き量的表現の方法を得んと努力されたものが所謂体感温度或いは感覚温度と称せられるものであ る。これには湿球温度、カタ寒暖計の指数、実効温度などがあることは既に述べた。  テーラーの快適温度の測定とその応用はこの湿球温度に基くものである。塞暖の感じに湿度が非常に関係することは早 くから知られていた事実であり、従って湿球温度計を用うれば直る程度まで湿度と気温との両効果を一緒にしたものが得 られるから、湿球温﹁度の示度が体感温度として用いられるが、併し乾球温度が尋常普通の示度を保てる場合には湿球温度 の影響は殆んどないと云ってよいが、乾球温度が高き示度にある時は、湿球温度の重要性は漸増し入体が島蔭病へ発展す る限界に於いて耐え得る最高気温にあっては湿球温度が最も重要であることはハルデーンの研究に依って夙に明かにされ      ている。従ってテーラーが熟帯環境に於ける体感温度、就中快適温度の測定にこの湿球温度の示度を用い、且つこれを白 入の熟知気候馴化可能性の客観的指標として応用せんとする態度は確かに気候馴化研究を数段前進せしめたものと云はな ければならない。  吾汝は現在までに遺憾乍ら彼の原著を入手することが出来なかったので、この原著の内容を多数引用に依って牧録して いる彼の著︾鐸ω嘗麟躍碧]≦①けΦo村9轟ざ冨①誉。痔昌①・おN9によって彼の見解を窺ってみよう。  当今広く活用されている気候型の表示方法として彼が創案にかかるクリモグラフを公表したのも︼九一六年のこの論丈 に於いてであった。彼がクリモグラフを創案した目的は、彼の言葉に依れば﹁その地が自入の居住地に適、当せるや否やの

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判断を可能ならしむる一つの標準﹂を得んが為であった。彼が標準と為したものはアングロサクソン入種居住の十二個の 主要都市の平均値に基いて作られた複合的クリモグラフooヨ℃○ω騨。諏菖omq鑓9であって、これを以て英人の理想的クリ モグラフであるとし、他方所与の地域のクリモグラフを同一図上に記入して前者との比較を行い、以て所与の地域が白人 の居住に適当するか否かを判断せんとするものであった。云はば気候馴化研究に於ける比較気候学的方法を図表化するこ とに依って理解を容易ならしめ、且つ湿球温度の示度に依る体感温度を採用することに依ってこの図表の気候馴化研究へ の適用を合理化したと云ってよい。  彼のクリモグラフは縦軸に湿球温度を、横軸に相対温度をとることに依って、所与の地域の各月の数字を図示し、かく して気候型を表示せる十二辺の多角形を得た。然るに後に湿球温度と相対湿度とを両軸にとるテーラーの方法は湿度に二 重の重要性を置くことになると批判して、湿球温度の代りに乾球温度を以てし、他は同じく相対湿度を以て需用を縦横両 軸に置く方法が現今では一般に慣用されているが、テーラーがクリモグラフを考案した当初の目的は単に気候型の表示に とどまらず更に白面の快適温度の表示を目的としたのであるから、テーラーの当初の目的をもつクリモグラフに対する批 判としては正鵠を得ていないと云はねばならぬ。なぜならば彼が後の批判者の云う如くに乾球温度を縦軸に用いたとすれ ば、快適温度は何に依って表示することが出来るであろうか。と考えてみるならば、テーラーの当初の月比のクリモグラ フに対する批判としては明かに不当と云はねばならない。  テーラーは縦軸に湿球温度を表示し、同時にその湿球示度に基いて試案的不快標尺盆暮騨鉱くΦωo巴①oh島のoo目︷o答を 併記したQ彼に依れば誤一δ。︵Nω●OlP一。︼oO︶當に不快、δ一ひ㎝。︵曽﹂1一・。・Φ。o︶屡々不快、ひα一ひ。。︵h・。●oL9ひ。o︶時汝 不快、ひol呂。︵一㎝幽ひi一N.cQoO︶極く稀に不快、綬i直㎝。︵一pG・ードN。o︶理想的、心㎝1心。。︵ドN一合△。o︶極く昂れに不快、とい      ロ        う標尺段階を設定している。      人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       七七 ㍉

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     入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵中編︶       七八  テーラーに先立ってグレゴリー教授は連続的重労働の途行が可能なる上限を湿球お。司︵悼㎝●ひoO︶に置いたのに対し、 テーラーは湿球δ。団︵悼一L。o︶を以て英人の快適限界として採用せんとするに到った理論的根拠は彼の原著に詳述されて いるが、これは平均湿球温度が長き期問に亘って毎日δ。に稽留する場合、算入の稠密な居住には良好でないことを意味 する。家畜放牧の如き戸外活動には此んど支障はないが敢闘的努力を要求する耕作労働、坐り勝ちの室内生活、殊に家庭 仕事や子供の世話の如きは湿球温度がこの程度である場合には良好なる状態では行はれ得ない。シドニー並びにメルボル ンに於いて二月は例年最も苦楽の月であることはよく知られている。尤もメルボルンでは高風は年間稀れに温。を越える ことはあるがそれでも両地に於けるこの月の平均湿球温度は夫汝ひ㎝。と8。に過ぎない。ブリスベーンではδ。を越える月 がニク月ある。吾汝は海岸を北上するにつれて、その状態は漸次悪くなる。マツクーでは刈。。を越える月が六ク月、クツ         クタウンでは一〇ク月、木曜島では全年通じて継続する。  かかる快適温度を基準として人口空虚なる北部濠洲を見る時、黄熟病、脚気、マラリアの狙藪から著しく解放されてを り、間もなくマラリアさへも根絶を期待してよい理由があるにしても、この地は明かに牧畜地帯であって、農業地帯では ない。叉労働や市場の問題を切り離して考えても北方の農業地域は現在白人農業にとっては不適当である。アルヂェリア や類似地域に於ける成功を考慮するならば、将来濠洲熱帯は白人植民にも受入れられるかもしれない。四、五澄代も経過 すれば濠洲生れの英人は完全に亜熱帯に気候馴化し、且つそれから漸次より著く、より湿潤なる北部地帯へ癸与し得るこ        とも可能であると結論した。      .     ・  かくの如く、テーラーは湿球温度の示度に依って表示された体感温度に基く不快の標尺を根拠として、濠洲熟帯気候に 於ける白人の気候馴化の困難なるを主張した。当時このことは白濠主義を標傍せる濠洲政府の忌渾に触れて、彼は濠洲を 追放されるに至った事は有名な事実である。       ︵一九五四・九・二九稿︶

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