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多国籍企業の為替リスク管理と
外国為替市場
川 本 明 人
は じ め に 外国為替市場への企業の関わり方は,変動相場制が定着した今日,以前と大 きく変わってきている。とくにいわゆる金融国際化の進展とともに,貿易取引 や直接投資に伴う為替取引と並行して,証券投資や外貨資金調達および運用の ための為替取引が急激に増加している。そして看過しえないのは,為替相場の 変動によるリスク いわゆる為替リスク を回避するために企業が用いる 手段が多様化し,これもまた為替取引の量的拡大およびその質的変化をもたら 1) している大きな要因となっているという点である。 本稿はそうしたパースペクティブから,まずアメリカ外国為替市場の推移を 例にとって,市場取引における構成内容の変化を吟味することから始める。つ いで,こうした変化をもたらした要因のうち,外貨換算会計原則が与えた問題 状況をとりあげ,各種の調査結果によりながらその影響をみていく。そして, さまざまな要因が合成されて複雑な変動を示している為替相場に対し,企業の 1)企業と外国為替市場との関わり方についてJD.ボードナーは次のような要因をあ げている。第一は,貿易取引に伴って必要となる為替取引,第二は,先物市場を使っ たヘッジ(カバー)取引,第三は,国際金融取引とくにポートフォリオ投資の多様化 に伴う為替取引,第四は,アウトライト・ポジションをとるための為替取引,すなわ ち「投機的」な取引である(David E. Bodner, The Major Foreign Exchange Mar− kets, in William H. Baughn and Donald R. Mandich, The lnternational Banking Handbook, DQw Jones−lrwin,1983, pp.332−333.)。本稿は,後に言及するように, 企業の為替リスク管理の観点から今日の特徴を整理してみようとするものである。122 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) 国際財務戦略が一構成要因として大きく関わっていることを明らかにしてゆき たい。 工.アメリカ外国為替市場の分析 はじめに,ニューヨークに代表されるアメリカ外国為替市場の規模について 概観しておこう。第1表は,1983年4月における月間為替取引高について,デ ータのそろっている東京,カナダ,シンガポール各市場とアメリカ市場とを比 較したものである。アメリカ市場は,月間総計5,440億ドルで,東京市場の2 倍以上の取引高となっている。この時点でのロンドン市場の統計がないので比 較ができないが,すでに1980年代に入った時点でニューヨーク市場はPンドン 2) 市場に比肩しうる大きさになったと言われており,世界でも最大クラスの市場 3) 規模と言える。 一般的に,自国通貨が国際通貨となっている場合,為替取引は概して他国で 生じ,自国においては外国為替市場の発達が遅れることが多い。戦前のポンド, 戦後のIMF体制下でのドルの地位と,イギリス,アメリカの為替市場との関 第1表 外国為替市場の月間取引高1) 1983年4月,単位10億ドル
銀行間取引
顧 客 取 引 計z)アメリカ市場
取引高計覇ドル
456 87 544 95 !9 1!4 東 京 市 場矧高早智ドノレ
!83 65 249 167 62 229 カナダ市場 取引高計 75 27 iO2 シンガポ ール市場 取引高計 118 5 123 1)銀行間取引の二重計算を調整した数宇。 2)概数計算のため数値の合計とは一致しない(以下同じ)。 (出所) .FRB2>Y(]uarterl:ソReview, Summer 1984, P.46. 2)Jullian Walmsley, The Foreign Exchange Handbook:Aびser’s Guide, John Wlley & Sons, 1983, p. 27. 3) 「ニューヨークは最大の,そして最も急速に成長している外国為替市場である」と いう指摘もある。Harvey A. Poniachek, International Financial Markets, in Ingo Walter ed., Handbookげ癬θr山崎αZ Business, John Wiley&Sons,1982, Section 18, p. 29.多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 123 第2裏 アメリカの外国為替取引高推移 単位 10億ドル
戸礁椿ヂ 1灘翻
直 物 取 引 計インターバンク取引
在アメリカ銀行との直接取引海外銀行との直接取引
ブPt一カー一経由取引
顧 客 取 引非銀行非金融機関
非銀行金融機関
or8. 7 54. 0 *1 * 23.1 il.7 *4 * 315.4 300.4 62.4 75. 5 !62. 5 15.1 !0. 8 4.3引引引引引引関関M
引瞬撫
取バ銀と力非
一諾・客行行
物∴外・銀銀
ソ 在海ブ 非非 亙先イ 顧
5.6 * * *. ;k, ik一 * ;( 29.4 !1.6 * * 匿: !7.8 10.5 1.1 6.3 1983年4月 (1ユ9銀行) 442.8 399.2 93.8 81.1 224.2 43.6 22.2 2!.4スワヅプ取引計
インターバンク取引
在アメリカ銀行との直接取引海外銀行との直接取引
ブローカー経由取引
顧
客 取 引非銀行非金融機関
非銀行金融機関
計計関関M
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ソ弓一.閏融金
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146. or 137.8 * xi’ 8.7 6.7 2.0 449.8 4!,6 28,0 7.4 6.3 総 ユ「㌃ ハ 106.3 491. 3 27.2 11.431
3.7 4.6 15.8 0Q 8 3.7 3.3 232.0 204.4 22,5 51.7 130.2 27.6 10.! 17.Jr 6 1 ro. 0 87, 0 41.1 42. 6 3p3 702.0 *, Not available. (出所) FRBNY(]uarterly Re’vie・tv, Autumn 1981, p.34 (by P. A. Revey)and Summer 1984, p. 41 (by M. D. Andrews).124 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) 係はまさにそのようなものであった。だが,とくに変動相場制移行に伴い,世 界的な規模での為替取引の増大に呼応して,アメリカ為替市場の取引高も急速 に増加した。 第2表は,ニューヨーク連銀のP.レヴィ(1981年目とM。アンドリュース 4) (1984年)によるアメリカ為替市場に関する二つの論文から計数を接続したも のである。アメリカの為替取引高統計としては3年ごとに発表されたこの数字 を利用するしかないが,一日あたりの取引高に換算してみると,1977年4月で 5) 50億ドルだったのが,1983年4月には335億ドルにものぼっている。これは一 言で言えば,金融国際化の進展に伴い,内外資金取引がきわめて活発になって きたことを反映するものである。この取引高増加を促進した要因として,アン ドリュースは,アメリカの金融デレギュレーションおよびイギリス(1979年) 6)日本(1980年)の為替管理の撤廃ないし緩和を指摘している。これを契機にし たアメリカ多国籍企業および商業銀行等の海外活動の活発化が,この増大に大 きく寄与しているのである。 第3表は,第2表に基づいて,取引主体別,形態別の構成割合を算出したも のである。まず取引をインターバンク取引と顧客取引とに分けた場合,前者の 比率は1980年の91.6%から1983年の87.6%へと若干の低下を示している。この 4) Patricia A, Revey, Evolution and Growth of the United States Foreign Exchange Market, FRBNY Quarterly Review, Autumn 1981, Michael D. Andrews, Recent Trends in the U. S. Foreign Exchange Market, FRBNY Cuarterlbl Review, Summer 1984, 5)全世界の一日あたりの取引高は,先のボーダーが1980年で1,000億ドルと推定し(D. Boder., op. cit., p.334.),今日では1,500億ドルになるとも言われている(『日本経済 新聞』1960年9月29日)。 6)MAndrews, op. cit., p.38.なお,取引高の伸び率をみてみると,!977年から80 年の約5倍に比べ,80年から83年は1,4倍にとどまっている。この伸び率の鈍化の要 因として,アソドリュースは,世界的リセッション,国際債務危機による貿易・海外 投資に関連する為替取引の減少と,会計原則の変更による企業の為替操作の変化をあ げている。後者については本稿で詳しくみるが,前者はいわばオーソドックスなマク ロ的観点からする国際経済分析であり,ここで触れる余裕はない。したがって,伸び 率の減少に関しても先物取引に関する言及以外には触れ得ない。
多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 125
第3表 為替取引高構成
0/o 1977年4月 1980年3月 !983年4月合引引引
割取取諏
一 フ 弓取物惣
客直先ス
顧 **** 8.5 36. 3 42 8 20. 9 12.4 50.1 18.2 31.7合引引引
鵬取縄
ク曽物物.
ノ ワ 【 タ直先ス ン イ **** 9L 6 66,8 2,6 30.6 87. 6 64. 9 1.9 33.2計引引引
取
合取取プ
物物ッ
引 ワ直先ス
取 100.0 55.2 0r.3 39,6 100.0 64. 2 60 29. 8 100. 0 63.1 3.9 33. 0 * Not available. (出所) 第2表に同じ。 構成割合について注意しなければならないことは, 「顧客または小売取引は, 直接的にea IO%と小さいが,間接的には全ての為替取引のうちの50−60%が多 国籍企業,非ディーリング銀行,その他非銀行金融機関および個人から成って 7) いる」という点である。このレヴィの指摘は,「為替銀行に集中してきた取引 8) 部分」と「純粋に銀行間で造出される取引部分」とを区別しようとしたもの, 9) あるいは対顧客取引から「連鎖状に広がる為替取引」に注視したものであり, 為替市場のダイナミックな構造を捉える上で重要な指摘と言える。同様の指摘 は1.ギディによってもなされており,彼は全世界の為替取引総額のうちイン ターバンク取引を95%としたうえで,このうち15%が非銀行為替取引に起因し 7) P. Revey, oP. cit., p, 34 8)深町郁彌「変動相場制と国際通貨ドル(∬)」 4月,3頁。 9)深町郁彌「国際通貨ドルと国際的信用制度」 月,8頁。 「経済学研究』第48巻第1号,1982年 『経済研究』第34巻第1号,1983年1126 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) ユの て生じたものであると算定している。銀行間取引のうち顧客取引から派生する 割合を確定することは統計上かなり無理があり,先の両者の数字も推定の域を 出ていない。だがインターバンク取引のうちの少なくない部分が顧客取引によ って生じたポジションを契機としてなされているのであり,市場構成比だけか ら顧客取引の為替市場に占める意義を過少評価するわけにはいかない。こうし たことから,先の83年における顧客取引割合の4%の増加,絶対額にして454 億ドルの増加は,為替市場全体にかなりのインパクトを与えたと思われる。 さて,顧客取引のなかでも非銀行金融機関の伸びは著しいものがあり,80年 目は非銀行非金融機関の4分の1余りの取引高であったのが,83年にはそれを 凌駕するにいたっている。これは,すでに指摘したアメリカの金融デレギュレ ーションを背:景に,証券会社,保険会社等を中心とする為替取引が活発に行わ れたことを物語っている。アンドリュースは,一般化するのは困難としながら も,この増大の要因として,国内外のポートブォリオ投資家および借り手に対 する為替サービスの提供,テイクオーバーに関して必要となる企業の為替取引 への対応,長;期の外貨スワップ取引,IMM(国際通貨市場)との裁定,利子 11) 裁定をねらったスワップ・ポジションの保有等をあげている。 他方,多国籍企業を中心とする非銀行非金融機関の為替取引高をみてみる と,1983年では増加率でも絶対額でも.非銀行金融機関に越されている。これを 直物,先物,スワップ取引に分けてみてみると,直物およびスワップ取引高は 金融機関の方と同様に増大しているのに対し,先物取引高が105億ドルから88 億ドルへと減少しているのが目につく。このため,顧客取引全体の構成割合が 80年と比べ様変わりし,先物取引割合は42.8%から18.2%へ(IMMを除いて 計算すれば32.8%から14.9%へ)激減することになった。 10) lan H. Giddy, Measuring the World Foreign Exchange Market, Columbia Journal of World Business, vol.!4, no.4, Winter 1979, p.42.なお同論文に関して,徳永 正二郎『現代外国為替論』有斐閣,1982年,第8章,服部彰「為替相場,外国為替市 場および貨幣市場に関する覚書(1)」『福岡大学商学論叢」第28巻第1号,1983年6月, を参照。 11) M. Andrews, oP. cit., pp. 39−40.
多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 !27 先物取引は,インターバンク市場でも減少をみせ,全体の構成割合も80年の 6.O%から83年の3.9%に(IMM取引を除けば4.8%から3.4%に)減少してい る。もともとインターバンク市場では,先物アウトライト取引は行われにく く,たとえば顧客取引の先物予約のカバーとしては直物とスワップの組み合わ せで先物アウトライト・ポジションを造出して対応することが多い。これに対 し,とりわけ一般企業においては,先物為替取引は為替リスクによる損失を回 避するための重要な手段であったはずである。この1983年の先物取引の減少に 関し,アンドリュースは,まず脚注6)で述べたような世界的リセッションとい う企業の為替取引そのものの減少に結びつく要因,およびアメリカ外貨換算会 計原則の変更をあげている。その上でさらに彼は,企業の為替リスクへの対応 の仕方がますます洗練(sophisticate)されてきたこと,あるいはヘッジ戦略 が一段と多様化してきたことをあげている。とくに直接先物取引の減少に結び つくことで言えば,臨場変動が激しい時は直物相場の方がしばしば先物相場よ り早く得ることができ,このため先物取引と同じ結果が得られる直物取引とス ワップ取引の組み合わせを,銀行と同様の方法で企業も行うというものであ う る。これは反面で,直物取引とスワップ取引の増加を説明する一論拠でもある。 そこで以下,多国籍企業を中心とする非銀行非金融機関に焦点をあて,アメ リカ為替市場における先物取引の減少という事実から指摘された外貨換算会 計原則の変更,および企業の為替リスク戦略の多様化についてみることにしよ う。 11.換算リスクとSFAS No.8 海外取引を活発に行っている企業においては,海外の支店や子会社の財務諸 表を決算期に親会社のそれに.連結する必要がある。ここで生ずる問題が外貨の 換算問題であり,発生するリスクは換算リスク(trans工ation risk)あるいはリス クにさらされているという意味で換算エクスポージャー一(translation exposure) とよぼれる。たとえば,邦貨建てに換算して連結財務諸表を作製する場合,為 12) lbid., p. 40.
128 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) 替相場が変動する状況下では,外貨建て資産負債項目の取引発生時の:為替相場 と決算時の為替相場が異なってくる。この差が換算差損益としてでてくるので あり,この換算方法および換算損益の扱い方に関して一定の原則が決められる のである。 この換算原則は,現在アメリカにおいては,FASB(財務会計基準審議会 Financial Accounting Standards Board)の基準書(Statement of Financial Accounting Standards,以下SFASまたは基準書と略記)第52号(Na 52)に 13)よって示されている。この基準書第52号は1981年12月に実施されているが,そ れ以前に依拠されていたものが基準書函8号(SFAS Na 8)に示されたもので ある。前節で指摘されていた先物取引減少の一要因としてあげられていたもの が,この基準書第8号から第52号への改訂の影響に他ならない。その要点をご く簡単に言えば,まず第一に,第8号においては決算日に外貨建て資産負債 項目をドルに換算する際に計上される為替差損益を当期の収益に含めねぽなら ず,したがって換算差損を回避するための先物取引によるヘッジが行われる必 要があった。だが改訂された第52号により,換算損益を収益に計上する必要が 原則としてなくなり,このため先物取引が減少していったという点である。基 準書第8号は,1976年1月より実施されたわけであるが,その後上述の理由で 異常に増加していた先物取引を基準書画52号は修正していったとも言える。 第二は,その立脚する外貨換算方法の違いである。外貨換算方法は,決算日 の為替相場をどの外貨建て項目に適用するかで分かれてくる。これについては 13) SFAS No.52は,“Foreign Currency Translation”として換算:基準を定めたもの であり,これはSFAS No.8とともに,日本公認会計士協会・国際委員会訳『米国 FASB財務会計基準書・外貨換算会計他』同文舘,1984年,に邦訳がある。 No.52 は,以下にあげる論点のほか,「機能通貨(functional currency)」という新しい概念 を使用している。このNo.52については, Thomas 1. Selling and George H. Sorter, FASB Statement No. 52 and lts lmplications for Financial Statement Analysis, Financial Analysts Journal, May−June 1983, Richard E. Veazey and Suk H. Kim, Translation of Foreign Currency Operations: SFAS No. 52, Columbia Journal of World Business, vol.17, no.4, Winter 1982,参照。
多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 129 これまで,流動・非流動法(流動項目を決算日レートで換算),貨幣・非貨幣 法(貨幣項目を決算日レートで換算),テンポラル法(項目が記帳されている 時点のレートで換算),さらには決算日レート法(すべて決算日レートで換算) 等をめぐって議論が行われてきた。第4表は,各方法により決算日レートで換 算される外貨額を例示したものである。このうち,基準書第8号は貨幣・非貨 幣法あるいはテンポラル法を基準とし,第52号は決算日レート法を基準として いる。貨幣・非貨幣法はこの第4表からも明らかなように,負債超過ポジショ ンが生じやすくなっている。したがって,この時点で自国相場が下落傾向にあ れば,ショート・ポジションを強い通貨でもつことになり,換算損がふくらむ ことになる。基準書第8号実施後,しぼらく続いたドル安と,換算損益を当期 の収益に含めて計上することが定められた状況下で,このリスクを回避すべく 先物取引をはじめとする手段が集中的にとられるようになったわけである。 基準書第8号が先物取引を増加させたということを裏づける調査もいくつか 存在する。その中で,T.エバンズ, W.フォークス, M.ジリングは,この 第8号実施の前後における先物取引量の変化を調査している。第5表はそれを 第4表 取換算法のエクスポージャーの相違 貸借対照表流動・非流動法貨幣・非貨幣法決算日レート法 現金・短期金銭債権 た な:卸 資 産 有形固定資産(償却後)
務金金
計債入計
本
産銭借本資
金 愉
三期期負
短長資
純流動資産ポジション 純貨幣:負債ポジション 純資産ポジション Fl) 800 900 700 F 2, 400F 900
500 1, OOO F 2, 400 (CR)2) F 800 (CR) 900 (CR) (900) F 800 (CR) F 800 (CR) (900) (CR) (500) F (600) (CR) (CR) (CR) F 800 900 700 (CR) (900) (CR) (500) F・ 1, OOO 1) F=外貨 2) (CR)1決算日レート (出所) 東銀リサーチ・インタナショナル編.宮田達郎著『外貨建取引等会計処理基 準十講』同文舘,1980年,212頁。130 松尾博教授退官記念論文集.(第234・235号) 第5表 1976年1月1日前後の先物契約の変化1) 通 貨 ポ ソ ド カ ナダ・ドル フフンス・フフソ ドイッ・マルク 円 メキシコ・ペン スイス・フラン 1976年1月 1日以前
利用
企業数5rD300只︶[D7
74543!3
9e 48. 1 28. 8 34.0 30. 8 22. 4 9.6 23. 7 1976年1月 1日以後 利 用 企業数 75 一 72 64 57 48 28 38 % 48.1 46.2 41.0 36, 5 30.8 17. 9 24. 4 1976年1月1日以後の先物予約量 企業数rD707231
88∩677ρ07
りくた なきっ か邪な 9.4 14. 9 12.5 9.1 12.5 7.9 8.5 大きく なった 34.1 37. 9 23.7 23.4 29.2 17.5 21.! かわら ない2) 48.3 −42.6 53.8 58.4 54.1 69.8 62.0 小さく なった 8.2 4.6 7.5 7.8 2.8 3.2 7.0 りくた なさっ か粋な 。.o o.0 2.5 1.3 1.4 1a6 1.4 1) 156企業ベース 2) 先物予約を利用しない企業を含む。 (出所)T.G, Evans, W. R. Folks, Jr. and M Jilling, The Impact of Statement of Financial Accounting Standards No. 8 on the Foreign E」vchange Risk Management Praetices of American Multinationals: An Economic lmpact Study, FASB, November 1978, p. 176, Table 53. 通貨別にみたものであるが,通貨によって若干の違いはあるものの,総じて先 物契約量を増加させている企業が多いことが看取される。また,先物予約量の 変化の度合いをみても,「変わらない」という回答が半数前後を占めるなかで, 「かなり大きくなった」および「大きくなった」と答えている企業が相当数に のぼっている。たとえばポンドでは,先物予約の利用企業数は変わっていない が,量的には増えたと答えている企業が43.5%となっている。 さらに彼らは,外貨換算方法と先物取引量の変化との関係についても調査を 加えている。それによると,第8号以前は,流動・非流動法を用いていた企業 の47.5%,貨幣・非貨幣法を用いていた企業の62.5%が先物予約を利用してい た。それが第8号以後,流動・非流動法を用いていた企業のうち40.5%が先物 取引を増加させたことが報告され,基準書第8号と同じ貨幣・非貨幣法の先物 1,1) 予約増加率24%と好対照をなしている。換算法が変わった企業ほど,先物取引 14)Thomas G. Evans, William R. Folks, Jr. and Michael Jilling, The Impactげ Statement of Financial Accounting Standards No. 8 on the Foreign Exchange Risk Management Practices of American Multinationals: An Economic lmpact Studbl, FASB, November 1978, p. 58.多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 131 を増大させたことがよみとれる。 またV.トランも独自の調査(こちらはサンプル数10と少ない)に基づき, 基準書写8号への企業側の対応として先物予約の増加を最も顕i著な傾向として あげてい951と同時に,「基準階第8号の最も強烈なインパクト」として,換 算差損益が直接一株あたりの利益データに反映されることから,為替リスク問 16) 題に対する企業のトップにおける認識の増加を指摘している。 だが,この為替リスクへの認識が的確になされるためには,基準書第8号に 盛り込まれた制約はきわめて大きかった。この前後の状況について,J,ホッ ダーは次のように述べている。 「!976年1月以前は,アメリカ企業は換算方法の選択および為替相場の変動による換= 算差損益の報告様式について,かなりの伸縮性をもっていた。おそらく彼らの特定状況 についての経済的現実に最も近いものに相当すると彼らが感じた方法および報告様式を 選んだ。……こうした状況はもはやアメリカには存在しない。ここでは今や,国際会計 ユつ 原則がきわめてリジッドな形で明記されているのである。」 かくして,先物取引の増大を招来した換算損益の報告様式に対し,企業側の 不満が高ずることになった。第6表は,報告換算損益に対する投資家の見方を 第6表 為替換算損益と企業側の予想する投資家の態度 投資家の態度 数 0/o 海外活動が長期的なものであるという見解から換算損益を無視 完全に換算損益を無視 換算損益を過度に強調 換算損益の意味について混乱 他の損益と同様に換算損益を扱う 二 重 回 答 回 答 な し
97︹U4占849
821
51
5433795
85︶28908
合 計 156 100.0 (出所) T.G. Evans, W・R・Folks, Jr. and M Jilling, oψ. cit., P・133, Table 4・ ls) Vinh Quang Tran, Foreign Exehange Management in Mzaltinatienal Firms, UMI Research Press, 1980, p. 79. 16) Jbid., p. 175. 17) James E. Hodder, The玩4g勿g・げExposztreオ。 Exchange_Rate l140vemen彦5, University Microfilms lnternational, 1979, p. 29.132 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) 企業側が推測した調査である。これによると,この為替差損益を報告すること により投資家をかなり混乱させるとしたり,あるいは他の損益と同様に為替差 損を扱うであろうという企業側の感じ方が艶然多く,企業の為替換算損に対す る不安を表明したものとなっている。こうした為替換算損益に合理的に対処す るためには,まず為替リスクのなかでの換算リスクの特質を規定しておく必要 がある。そこから,換算会計原則の問題点も正解に捉えうることができる。基 準書第8号はそうした意味で,為替リスクのカテゴリー化に関する議論を新た な次元に高める契機にもなったと言える。 丑1.為替リスクの種類と先物取引 基準書第8号において問題となった換算リスクは,すでに述べたように,外 貨建て資産負債を決算日に自国通貨に換算する際に発生する評価上のリスクで ある。これは時に,会計上のリスクあるいはバランスシート・エクスポージャ ーとよばれ,あくまで帳簿上のリスクである。 これに対し,為替リスクには,別の範疇として位置づけられるべき取引上の リスク(transaction risk)および経済上のリスク(economic risk)とよばれる ものがある。取引上のリスクは,為替相場の変動により,貿易取引や資本取引に おいて予定されている邦貨建てでの受け取り金額が減少したり支払い金額が増 加したりする損失としてあらわされる。また経済上のリスクは,為替相場の変 動が予想される時に,広く企業の将来の営業活動全般に与える影響とひとまず 言うことができる。すなわち現在のまたは将来予想される為替相場の変動によ って,販売量,価格,コスト等が変化し,市場競争条件が大きく変わること, このため将来の投資活動や利潤量が大きな影響をこうむるというものである。 取引上のリスクおよび経済上のリスクは,いずれもキャッシュ・フローを変化 させるものとして,企業活動に与える実質的なインパクトは大きい。 18) したがって,キャッシュ・フローの観点から,取引上のリスクと経済上のリスクと をまとめてキャッシュ・フロー・エクスポージャーとすることもある。またこれとは 別に,短期と長期の観点から,取引上のリスクと換算上のリスクをまとめて,長期的
多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 133 こうした観点からするならば,換算上のリスクは特定時点での換算評価額の 増減として表現されることになるが,この実際のインパクトに関しては十分吟 味される必要がある。とりわけ取引上のリスクが決算期をはさんで存在する場 合,それは決算期での外貨建て資産負債構成要因となり,同時に換算リスクに もなる。かくして,基準書第8号は,換算リスクを過度に意識させたため,本 来取引上のリスクに対して行われるべき先物カバーが,換算リスクの回避を目 的になされてしまったことになる。すなわち,キャッシュ・フローの生ずる決 済時よりも,決算期にあわせた為替リスク回避となってしまったわけである。 ここで先物取引についてもう少しふれておこう。基準書第8号下での為替リ 第7表 企業の為替リスグ調整手段の利用および有効度 為替リスク調整手段1) 利用企業数Z) 90 有 効 度3) 外貨借り入れ増加 子会社の配当支払い時期調整 先 物 予 約 外貨借り入れ減少 り一ズ・アンド・ラグズ(企業内) 製品価格調整 企業内債務返済調整 在庫水準調整 ネッテnング ファクタリソグ トラソスファー・プライス リースによる調達i
098216755556
32211086644ー
ユ丁丁ユー−
83. 3 82. 7 82. 1 71.8 71.2 67. 9 55. 8 41. 7 41.7 28. 8 28. 8 10. 3 2.462 1.979 2. 297 2. 286 2.243 2.075 2.000 1.723 1.753 1.244 1.867 1.438 1)全部で23の手段について調査。 2)156企業ベース。 3)有効度をQから3までのポイントで分類。0…利用しない.1…低位の有効性, 2…中位の有効性,3…高い有効性,の平均。 (出所)T.G. Evans, W. R. Folks, Jr. and M. Jilling, op. cit., pp. 56−57, pp.10(〉一 103, pp. 169−175. なものである経済上のリスクと対比させることもある。このほか,税引前と税引後の エクスポージャー,複数国同一通貨エクスポージャー一と一国の全通貨のエクスポージ ャー,子会社ごとのエクスポージャーと全企業エクスポージャー,バランスシート上 のmクスポーージャーとオフ・バランスシート・エクスポージャーといった対比も可能 である。これらについては,Seetharalla L Srinivasulu, Foreign E cchange Manag− ement in Multinational CorPorations: An lntegrated Approach, University Micro− films Internationa1,!983, pp.38−41,参照。134 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) スグ戦略として,.先物取引がよく使われていることは第7表の調査でもよく示 されている。ここでは先物予約が外貨借り入れと並んで,利用数,有効度とも 高い数字を出している。後の関連で一言しておくと,これ以外には配当支払い 時期の調整やリーズ・アンド・ラグズといった手段が利用されているが,これ らを除くと,後にみる企業グループ内でのリスク管理戦略のおもなものは,ま だ熟.しきっていないことがわかる。また第1図もこの時点でのリスク管理手段 第1図 アメリカにおけるヘッジ手段の利用度 % IOO 90 80 70 60 50 40 30 20 10 先物予約 リーズ・ 借り入九 運転資本 通貨選択 スワップ トランス アント・ ・運用 調整 ファー・ ラクズ プライス 調整 (出所)A.C. Shapiro, Multinational Financial Management, Allyn and Bacon, Inc.,1982, p.162.(原資料)Wolfram Nolte,“Empirical Study of Corporate Foreign Exchange Risk Management Practices and Policies” (Advanced study project, The Wharton School, University of Pennsylvania, ’December !976). 19)同表に言及したものとして,村松司叙・佐藤宗彌・和久本芳彦『為替リス.クと国際 財務戦略』有斐閣,1983年,第3章(村松稿)がある。あわせて参照さ.れたい.
多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 135 を調査したものであるが,同様に先物取引の利用度の高さが目につく。 ところで,為替リスク対策としての先物取引は,その性質上,カバーとヘッ ジが区別されるべきである。カバーは将来予定されているキャッシュ・ブロー に対し,あらかじめ邦貨額を確定しておくことである。したがって,おもに取 引上のリスクが対象となる。輸出入決済をはじめ,外貨建てでの貸借や金利裁 定が行われる時に,決済時や満期時にあわせた為替取引の予約をしておくわけ である。このカバーにより,為替リスクはこの時点で消滅することになる。こ れに対しヘッジは,既存の外貨建てエクスポージャーを先物取引を利用して造 出した反対のエクスポージャーで相殺することにより,資産負債価値を防衛し ようとするものである。たとえぽ外貨相場の下落が予想される場合,損失が予 想される外貨建ての資産のエクスポージャー額に相当する外貨の先物売りを予 約しておく。そして先物予約を実行する時点で,下落しているであろう直物相 場で直物を買い,その差益を得て資産損失額を補うのである。この利益は,一 種の清算による先物投機利益である。ヘッジはおもに,バランスシート上に生 じている換算リスクを回避するために行使されるものであり,このことにより 為替リスクは消滅しない。基準書第8号の結果増加した先物取引は,こうした バランスシート上のリスクをヘヅジするために用いられたものであることが想 像される。先物ヘッジは,反対のエクスポージャーを先物取引により造出する ことから,実際の直物相場の動きにかかわらず一方の損失を他方の利得で補う ことができ,この差は常に一定となる。これがいわゆるヘッジ・コストとなり, 確定された損失額ということになる。 だが,先物ヘッジがこうして増大していく過程で,次のような問題がうかび あがって来た。それは,先物取引に関するコスト高の問題である。エバソズら の調査によると,エクスポージャー・ポジションの予想損失額に比べて先物予 約のコスドが,しばしば高すぎると回答している企業が全体の79.6%,そのた 20) これについてはLaurent L. jacque, Management of Foreign Exchange Risk, Lexington Books,1978,および拙稿「為替リスク回避と為替投機」『修道商学』第25 巻第2号,1984年12月,を参照。
136 松尾博教授退官記念論法集(第234・235号)
第8表 先物予約のコスト
比に にと 額こ 失る 損ぎ 想す 予高 のば ンし ヨーーシしるい答
ジがな
ポトす ・ス し回 藁立日心意ジ約同同無
一幅 ポ物 ス先 クて エし ◎ 企業数 124 18 14 % 79. 61L5
8.9 計 ◎先物予約コストが損失額より低い時にのみ予約を 行うべきであることに 強 く 賛 成 賛 成わからない
反強無 く 回 反 対対答 !56 100. 0 % 30. 2 41.0 8,3 15. 4 4,5 0.6 十 咽言ロ 100. 0 (出所)T.G. Evans, W. R Folks, Jr. and M Jilling, op. cit., p.130, Table 2, No. 38. め,その損失額よりもコストが低いと予想される時にのみ先物予約を行うべき であると回答している企業が全体の71.2%にのぼっている(第8表)。 り 先物コストをどう規定するかについては議論の生ずるところであるが,いず れにしてもここから,先物取引と同様のあるいはそれ以上の効果をもつ為替リ スク回避策を求める契機が与えられることになる。一方で,幾多の批判をよん だ基準書第8号にかわり,1981年12月に第52号が定められ,企業はいわば会計 原則の足かせから解放されることになる。かくして,第1節でみた連銀論文の 指摘のように,企業の為替取引の最近のもう一方の特徴である多様化・洗練化 22) が進むのである。最後にそれについて簡単にふれておこう。 21) エバンズらの調査では,先物コストとして直物相場と先物相場の開きを使っている 企業が74企業,先物相場と予約実行日の直物相場との開きを使っている企業が57企業 となっている(T・Evans, W. Folks, Jr. and M. Jilling, op. cit., P.58)。 22) アンドリュースは,前にみた論稿に先立つ別の論稿で,基準書士52号への改訂に関 して企業側の意向を調査したところ,先物取引が減少し,為替戦略が多様化するとい う応答があったことをすでに述べている。M. Andrews, FASB 52:Corporate Resp一多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 137 IV 為替リスク戦略の多様化と為替市場 為替リスクは今日の変動相場制の定着とともに一段と大きくなったとは言 え,固定相場制においても少なからず認識されていた。実際,固定相場制下に おける平価の切り下げあるいは切り上げによる損失の例もいくつか報告されて いる。 たとえぽ,B.リーターは,ポンドを始めとするいくつかの通貨の平価変更 により,1967年において,フー・“’ 一一社が689万ドル,イーストマン・コダッグ 社が950万ドル(1968年は250万ドル),ITTが320万ドル,ファイヤストーソ 社が650万ドル(1966年は420万ドル)の損失額を出していることを指摘してい る。固定相場制下での平価変更は,為替損失を一気に顕現させるものとして, やはりこれに対応するための戦略がとられる必要があった。リーターは,すで にこの時点で,「企業利潤を守るためのヘッジ」として,先物予約をはじめ, 外貨借り入れ,外貨建て手形等の割引きやファクタリング,金融スワップ,裁 の 定P一ンといった手段をあげている。また,N.ホイト. Jr.は,事例研究と してアメリカ多国籍企業シンガー社をとりあげ,同社が早くから外貨建て取引 に対する為替戦略を策定し,投資に対する政策をはじめ,現地通貨借り入れ, 25) 先物予約の使用,企業内勘定調整等の手段を講じていることを述べている。 しかし,こうた戦略が行使されるにあたってターゲヅトとされる為替リスク の内容,性質およびその量的測定等の把握に関しては,この段階では高い水準 のものとは言えなかった。とりわけ,取引上のリスクと換算上のリスクに限っ ても,両者の性質の相違に関しては,変動相場制および基準書第8号という通 onse and Re!ated Foreign Exchange Market Effects, FRBNY QuarterJy Review, Winter 1983−!984. 23) Bernard A. Lietaer, Managing Risks in Foreign Exchange, ffarward Business Rewiew, vol. 48, no. 2, March−April 1970, p. 127. 24) lbid., p. 128. 2s) Newton 1{. Hoyt, Jr., The Management of Currency Exchange Risk by the Singer Company, Financial Management, vol. 1, no. 1, Spring 1972.
138 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) 過少を経てばじめて広範な共 第9衷企業の為替リスク管理政策 通理解を生むことになった。 さて,第9表は,1,マト ゥールが基準書第8号に変わ って第52号が登場する1981年 の時点に前後して,企業の為 替リスク戦略の目標に関して 調査したものである。この調 査は,アメリカ企業の中から 取引上の差損の最小化 換算上の差損の最小化 両者の最:小化 そ の 他 企業数 14
5
324
% 25.5 9.1 58.273
十 毒ロ 55 1eo (出所)1.Mathur, Managillg Foreign Exchange Risk Profitably, Columbia Jourflal of World Bu∫iness, vo1.17, no.4, Winter 1982,p.26, Tabユe 2. 多グレードにわたって55企業を抽出し,アンケート形式で回答を得たものであ る。これによると,為替リスクを取引上のリスクと換算上のリスクとに分けた 場合,企業の管理ターゲットとしては両者という回答が多いなかで,相対的に 前者に重点がおかれてきていることがよみとれる。彼は,まだ「換算上のエク スポージャー管理にかなりの重点がおかれている」ことを指摘したあと,端的 に,「財務担当者は,換算エクスポ・・一一ジャーの管理よりも,現実的な(actual) 為替リスク管理により重点をおくべきである」とも述べている。すなわち,帳 簿上のリスクよりも,実際にキャッシュ・フローに影響を与える取引上のリス クあるいは将来の企業活動の見地に立った経済上のリスクに重点を置いた為替 リスク管理の必要が強調され,実際この点は,基準二二8号から第52号への改 訂により一層加速されることになった。 ところで,国際取引に従事している企業,とりわけ多国籍企業は,さまざま な種類の取引上のリスぞをもつ。これらはさまざまな形態での国際資金取引を 背景としている。たとえば,輸出入の決済,海外直接投資,証券投資,配当・ 利子・ロイヤリティ・諸手数料の支払い,資金の貸借等である。こうした取引 には,為替相場の変動によるリスクのほか,金利変動のリスクやさらには政治 上のリスクないしカントリー・リスクにもさらされている。さらに,各国の法 26) lke Ml athur, Managing Foreign Exchange Risk Profitably, Colunzbia Journal げWorld Busine∬, vol.17, no.4, Winter 1982, p,26.多国籍企業の為替リスク管理と外国為替市場 139 体系および税制にも注意を払わなけれぽならない。取引上のリスクに対する管 理は,こうした税制上の問題あるいは資本取引規制や為替管理のあり方などと 密接に絡みながらなされなければならない。 第10表は,先にみた1.マトゥールによる為替リスク管理方法(彼はこれを 「ヘッジ」と総称している)の利用度の調査である。それによると,現地通貨 借り入れ操作とならんで,かなりの割合でネッティングや,送金・資金決済の 時期の変更,すなわちリーズ・アンド・ラグズとしてまとめられる手段が使わ れている。 ネッティングは,複数の外貨建て債権債務がある場合,為替相場がパラレル に動くことが予想さる債権と債務をオープンのまま保持することにより,両者 の相殺で為替リスクを回避するものである。また企業グループ内にある全債権 債務額のうち,子会社間で相殺できるものを除いて,負債額だけを送金して決 済する方法もネッティソグとよばれる。これは,エクスポージャーの絶対額そ のものを減少させる手段であり,為替リスク回避のみならず送金コストも節約 することができ,企業全体の資金管理の上からも大いに有効なものである。こ のためには,中央決済センター(CCC)等の設立を含め,トータルな資金管理 第10表 おもな為替リスク管理方法の利用度 内部ヘッジ技術 企業数1)% 外部ヘッジ技術 企業数1)% 親会社子会社間のネッテ イソグ 子会社間のネッティソグ 子会社から親会社への配 当・手数料送金を早めた り遅らせたりする 子会社間の送金を早めた り遅らせたりする 子会社問の債権債務決済 を早めたり遅らせたりす る 37 67,3 39 70.9 45 81.8 34 61,8 38 69.1 資金回収を早めたり遅ら せたりする 37 67.2 信用期間を伸縮する 21 38。2 輸出入のインボイス通貨 の変:更 25 45.5 現地通貨借り入れの増減 49 89.1 1)55企業ベース。 (出所)1,Mathur, op・oit., p,27, Table 4, P.28, Table 5.
140 松尾博:教授退官記念論丈集(第234・235号) 体制の整備,管理機能の集中が必要となってくる。 また,リーズ・アンド・ラグズは,為替相場の変動に応じて送金や資金決済 の時期の変更を行うものであり,さまざまな形態で用いられる。また,債権債 務の受け取りないし支払い時期の変更=信用期間の変更に加え,輸出入の時期 の変更,すなわち船積みや船積書類持込時の変更,輸出前受金,先物予約時期 の調整,さらには輸出入金融の通貨変更等までを含むことがある。リーズ・ア ンド・ラグズは,決済条件にかなりの伸縮性をもっていなければならず,同一 企業内グループの信用期間調整としておもに用いられている。そのためには, ネッティングと同様,資金決済の時期を集中管理し,それをグローバルに調整 するためのシステムが必要となってくる。 かくして,ネッティングやリーズ・アンド・ラグズにみられるように,為替 リスク管理を多様化させ,それをより機能的に遂行するためには,企業グルー プ全体に対する資金管理ないし財務管理の組織化と並行してなされる必要があ る。さらに言うならば,為替リスク管理は,まさにこうした企業のトータルな 運転資本管理,ないし国際財務管理の一環として位置づけられる必要がある。 今日,為替リスク戦略はますます多様化・複雑化している。とくに前節の第 7表や第1図において下位に示された諸手段が,さまざまな形で利用されてい る。たとえば運転資本管理は,トータルな国際財務管理戦略に規定されなが ら,キャッシュ・マネジメント,手形等の債権管理,在庫管理,負債調節とい った部門ごとに,より高度なリスク管理技術が要求されている。また,インボ イス通貨の変更も,単に相手国との交渉にとどまらず,リインボィシング・セ ンターの設置等により,リスクそのものを除去する方法がとられてきている。 27) リーズ・アンド・ラグズに関しては,拙稿「変動相場欄下のリーズ・アンド・ラグ ズ」『修道商学』第24巻第2号,!983年12月,を参照されたい。 28)いわゆるインボイスの権利を買いとり,インボイスの通貨を変更し再作製する機関 である。これについては,Alan C. Shaplro, Multinationαl Financial Management, Allyn and Bacon,1982, pp.295−296, Peter J. Muller, Organization of the Exposure Management Function, in Richard Ensor and Peter Muller ed., The Essentials of Treaszary Management, Euromoney Pub.,1981, pp.107−109.(東京銀行訳『実践。 国際財務』日本経済新聞社,1983年,五一第6章)参照。
多国籍企業め為替リスク管理と外国為替市場 141 さらに今日,金融デレギュレーション,金融国際化の過程で,企業の資金調 達・運用自体も多様化・国際化が進んでいる。そのなかで,為替リスクに対す る回避策がさまざまな形で新たに生み出されている。先物予約つき外債発行を はじめ,ヘヅジ・ボンドによる資金調達,為替リスクの回避そのものを目的と した外債発行(この場合は外貨アンカバーとなる),さらにはユーロ市場で活 発に行われている一連のスワップ金融などである。スワップ金融は,とくにカ レンシー・スワヅプに典型的にみられるように,長期先物為替取引の代替手段 29) としても開発されているものである。 こうした為替戦略の多様化が,市場での顧客取引における先物取引の減少と 直物およびスワップ取引の増加という現象をもたらしたことは,すでに連銀論 第11戎 アメリカ企業保有の外貨建て資産負債額1) カナダ。ドル資産 (100万ドル) 負債 年末 82 !9 U 年末 81 19 U 年末 80 19 U 年末 79 19 U 年末 78 19 U 46, 172 1 s4, 793 1 64. 30s 7!, 679 gti:一egLii:一1??!egi{igg!”flg:mgg4i4143,i2rJ I 4s,s63 j b6,gli 5],056 42. 252 年末 84 19 U 年末 83 19 U ドイツeマルク (100万マルク) 資産L50,995 i 54,161 負債t43・794i46・908 58, 058 61, 638 円 (10億円) 産債 資負 スイス・フラン 資産 (IOO万フラン) 負債 ポ ソ ド 資産 (100万ポンド) 負債 1, 614 1, 212 9, 946 10, 694 14, 480 13, 181 1,925 i 2,!86
・馴…77・
s. 764 1 g, 120 8, 815 1 8, 490 18, 706 1 22, 559 16, 839 1 20, 448 68, 517 60, 143 49. 607 1 S5,511 …646 j 44・88・ll:麗顯
2, s47 1 1, 610 1 2, 33s 2, 148 1 1, 569 1 .?., 3e6詰:lll億瓢灘
1 27, 907 1 17, 564 ?9tl[lliElmi891:tz:一li}f17,4s4 19, 826 19, 300 69, 820 56, 705 2, 864 2, 588 1 i, 055 13, 587 24, 187 25, 160 !) アメリカ国内の非銀行企業およびその海外支店,子会社等の保有外貨。単位は各 国通貨建:て。各通貨とも,流動資産負債,短期債権債務,その他の資産負債,先 物為替等を合計して計算。暦表の資産と負{責の差は原表でネット・ポジショγと して表わされているものに一致する。各項目についての詳細は原表の注を参照さ れたい。 (出所) US Dep, of the Treasury, Treastgry Bulletin, various issues. 29)スワップ金融の詳細については,Boris Antl ed.,5ω砂Fznancing・7▼ech?ziques, Euromoney Pub.,1983,参照。142 松尾博教授退官記念論文集(第234・235号) 文で指摘されていた。先物取引よりも直物あるいはスワップ取引がますます活 発になることは,今日の状況下では一応のトレンドとして指摘しうるであろ う。だが,同時に見過ごしてならないのは,こうした現象をもたらしている為 替リスク管理手段の多様化が,企業の国際資金取引に対するトタルなマネジ メントの一環として行われているということ,そして為替市場は,通貨交換の 場として,こうした国際資金取引および国際財務管理政策を遂行する土台にも なっているということである。 第1俵は,アメリカの非銀行企業が国内および海外で保有している外貨建て 資産負債に関して,各年6月末の数字を示したものである。各通貨とも一年で 相当額の増減がみられるが,これをみても各企業の外貨建て資産負債構成が短 期のうちに相当変化していることが予想される。各企業は,今述べたような観 点から,これら通貨の為替リスク管理をさまざまに遂行しているのである。そ してこの変化のかなりの部分が為替市場に取引要因としてあらわれ,為替相場 変動の引き金の一つともなっているのである。そうしたことからすれば,為替 リスク管理の多様化は,為替相場の動きを今後とも一層不確実なものにする可 能性をもっていると言えるのである。