量子暗号は究極の安全性を実現するものとして幅広く注 目を集めているが,量子力学的性質をその原理にしている ために制限事項が多く,現実的な光ネットワークへの導入 を考えた場合新たな展開が必要になる.光ファイバー伝送 では必ず損失があり,損失分は増幅で補う必要がある.ま た,既存の光ネットワークに整合することも重要である. 現実的なセキュア光通信系を構築するためには,損失耐性 と増幅耐性が最初の前提条件になる.しかし,損失と増幅 は量子力学的状態を変化させるため,純粋な量子力学的手 法でこれらの前提条件を満足させることは困難である.そ こで,純粋な量子力学的手法にこだわらず,現実的条件下 で最大の安全性を追求することも重要である.この観点か ら,筆者らはスクイーズド光のアンチスクイージングした 成分に着目して,セキュア光通信を実現することを検討し てきた.本報告では,アンチスクイーズした光の性質を論 じ,その生成および伝送実験について紹介する. 1. スクイーズド光の損失および増幅 図 1 に,スクイーズド光が損失する様子を模式的に示 す.光の量子論では 2 つの直交位相成分(光波の cos 成分 と sin 成分.ここでは q,p と記述)が共役になり不確定性 関係がある.通常,2 つの直交位相成分のゆらぎは均等で あり,位相空間上でゆらぎは円形になる.ゆらぎを示す円 の面積には最低値があり,最低値が真空(量子)ゆらぎを 与える(c).スクイーズド状態とは一方の直交位相成分の ゆらぎが真空ゆらぎよりも小さくなった状態で,不確定性 関係のためにもう一方の直交位相成分のゆらぎは拡大(ア ンチスクイーズ)する(a).損失があった場合,量子論で はビームスプリッターモデルにより損失分だけ真空が流入 したと理解する1).その結果,スクイーズした成分は容易 に真空ゆらぎ程度に引き戻されるが,アンチスクイーズし た成分は容易には真空ゆらぎに戻らない(b).すなわち, アンチスクイーズした成分は損失耐性がある2).いいかえ れば,楕円化したゆらぎは楕円率が変わるものの容易に円 形に戻ることはない.増幅に関しても同様に考えることが でき,楕円形のゆらぎが一様に拡大し,円形の自然放出分 が重なる. 本報告で紹介するセキュア光通信ではアンチスクイーズ した成分のみに着目し,スクイーズした成分が真空ゆらぎ 以下になっているかどうかは問題にしない.そこで,2 つ の直交位相成分のゆらぎの大きさが均等でないことを定義 にして,アンチスクイーズド(AS)光とよぶことにする. この定義によれば,スクイーズド光は AS 光に含まれる. 2. セキュア通信のための情報理論 安全な通信は,ビット誤り率(BER)に関して受信者と 盗聴者間に差を形成できれば一般に可能なことが情報理論 により示されている3─6).アンチスクイーズしたゆらぎを 利用して位相変調方式の場合に BER の差を形成する原理 を図 2 に示す.二値の信号に対して(擬似)乱数で決まる 33(33) 39 巻 1 号(2010)
最近の技術から
光とともに飛躍する量子暗号通信
アンチスクイーズド光を用いたセキュア光通信
戸 丸 辰 也
Secure Optical Communications Using Antisqueezed Light
Tatsuya TOMARU
We can attain secure communications if we can make a difference in bit-error rate between a receiver and an eavesdropper. Antisqueezed fluctuations in a squeezed state can increase the bit-error rate of eavesdroppers with a help of extra randomized phase modulation, and they are tolerant of loss and amplification. Generating antisqueezed light and its transmission experiment are described.
Key words: squeeze, antisqueeze, secure, optical communication, quantum cryptography
付加的な位相j を付加して送信する.受信者はj の情報 をもち,j を相殺してから射影(ホモダイン)検出する (図 2(a)).この場合,アンチスクイーズしたゆらぎの影 響を受けずにすむ.盗聴者はj の情報がなく,アンチスク イーズしたゆらぎのために BER が大きくなる.一般論と して,この BER に関する差を利用できれば安全な通信が可 能になる.受信者および盗聴者の送信者との相互情報量は BER の関数として求まり,BER の差が相互情報量の差を与 え,その相互情報量の差が安全な情報量を形成する.ただ し,実際に通信している情報量は安全な情報量以上である ために,工夫が必要になる。一般的には,乱数を送受信 し,送受信した乱数のビット数を安全な情報量まで減らし (秘匿性の増強),その減数された乱数を秘密鍵として実際 のデータを通常伝送路で暗号通信する.アンチスクイーズ ド光を利用した光通信に対して,この一般的手法を具体的 にどのように適用するかはプロトコルの問題であり,今後 の継続的な議論が必要である.本報告では擬似乱数でj を決定した場合7)の実験結果を示す. 3. AS 光生成および伝送実験 AS 光を光通信で利用することが目的ならば,その生成は 光通信用の部品で実現できることが好ましい.そこで,光 ファイバーのカー効果を利用した方法を採用し,励起光に 光 通 信 用 の LD(laser diode)と EDFA(erbium-doped fi-ber amplifier)を用いる.スクイーズド真空は,偏波保持 ファイバーで構成されるサニャック干渉計で生成できるこ とが知られている8,9).その原理を応用すれば,ファラデー ミラーと 10 km 程度の通常の単一モードファイバー(SMF) の組み合わせで AS 光が生成可能である10).図 3 の挿入図 にこの方法で生成した AS 光のノイズ特性を示す.往復 20 km の伝播に伴いラマン効果等によるノイズが流入し,ま た励起光のノイズも流入してスクイーズ側の成分も真空ゆ らぎを上回る.ただし,セキュア光通信ではこれは問題に ならず,アンチスクイーズ側のゆらぎがスクイーズ側に比 べて十分に大きいことが重要である.図 3 の挿入図の例で は 21.5 dB の差になっている. この AS 光を光源として 100 km の伝送実験を行った11). 図 3 が実験系のブロック図である.位相変調方式であり, 信号光の AS 光に加えて,使用済みの励起光を参照光とし て遅延時間 400 ps で同時に伝送する.送信機には 2 台の LN(lithium niobate)変調器を配置し,1 台を二値(位相 0 or p)の信号変調用に,もう 1 台を 128 値の付加位相(0ⱕj 34(34) 光 学
q
p
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“0”
q
p
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“0”
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(b)
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q
図 2 位相空間上の二値信号と射影検出に対する確率分布. (a)受信者,(b)盗聴者.q
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20 km
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(d B)⋧䋨છᗧන䋩
<p)の変調用に利用する.受信機にも 2 台の LN 変調器を 配置し,付加位相j を相殺する.2 台の LN は互いに光学 軸が直交するように接続され,偏波無依存の変調器になっ ている.400 ps の遅延干渉計(DI)で信号光と参照光を干 渉させ,平衡型ホモダイン検出する(PD: photodiode).図 4 の挿入図にアイパターンを示す.(a)は付加位相j が相殺 されている場合で,受信者の見るパターンである.(b)が 付加位相j を相殺していない場合で,盗聴者の見るパター ンに相当する.図 4 は付加位相j を相殺した場合の,ホモ ダイン検出の射影方向に関する BER のプロットである. 比較のために,通常の LD 光を光源にした場合も示す.AS 光の場合は広がったゆらぎのために正しい射影方向(j= 0˚)からずれるに従い単調に BER が増加する.一方,LD 光の場合は,0˚ⱕj<70˚ の範囲で BER はほぼ一定であ る.これらの結果は,AS 光がセキュア光通信実現のため に有効であることを示している. 以上,AS 光を用いたセキュア光通信について簡単に述 べた.2 章で述べたように,BER に関して受信者と盗聴者 間に差を形成できれば一般論として安全な通信は可能であ る.それを実現する最適プロトコルの検討が,急務の課題 になる.光伝送路の安全性に関する必要性も含めて,活発 な議論を期待する. 文 献
1) 例えば,U. Leonhardt: Measuring the Quantum State of Light (Cambridge University Press, Cambridge, 1997) pp. 79―83. 2) T. Tomaru: “Secure optical communication using
antisqueez-ing,” Phys. Rev. A, 74 (2006) 032312.
3) A. D. Wyner: “The wire-tap channel,” Bell Syst. Tech. J., 54 (1975) 1355―1387.
4) I. Csiszár and J. Körner: “Broadcast channels with confidential messages,” IEEE Trans. Inf. Theory, IT-24 (1978) 339―348. 5) U. M. Maurer: “Secret key agreement by public discussion
from common information,” IEEE Trans. Inf. Theory, 39 (1993) 733―742.
6) R. Ahlswede and I. Csiszár: “Common randomness in informa-tion theory and cryptography―Part I: Secret sharing,” IEEE Trans. Inf. Theory, 39 (1993) 1121―1132.
7) H. P. Yuen and R. Nair: “On the security of Y-00 under fast cor-relation and other attacks on the key,” Phys. Lett. A, 364 (2007) 112―116,およびその参照文献 .
8) M. Shirasaki and H. A. Haus: “Squeezing of pulses in a nonlin-ear interferometer,” J. Opt. Soc. Am. B, 7 (1990) 30―34. 9) C. X. Yu, H. A. Haus and E. P. Ippen: “Soliton squeezing at the
gigahertz rate in a Sagnac loop,” Opt. Lett., 26 (2001) 669―671. 10) T. Tomaru: “LD light antisqueezing through fiber propagation
in reflection-type interferometer,” Opt. Express, 15 (2007) 11241―11248 (http:/ /www.opticsinfobase.org/).
11) T. Tomaru and S. Sasaki: “Fiber transmission of antisqueezed light for secure communications,” Opt. Commun., 282 (2009) 1047―1051. (2009 年 9 月 10 日受理) 35(35) 39 巻 1 号(2010)