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Experts’ Insights │社会イノベーションをめぐる考察

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Academic year: 2022

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Experts’ Insights

社会イノベーションをめぐる考察

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20世紀の光と影

科学の基本は「測定」である。測定 することでデータ(Data)を取得し,そ こから知識(Knowledge)を取り出し,

政策や技術などの革新(Innovation)

につなげていく。この「データ→ナレッ ジ→イノベーション」という流れを加速 させることで人類は進化してきた。

私の専門分野である予防医学で は,長らく「寿命」というデータに着目 し測定してきた。例えば 1800 年,人 類全体の平均寿命は29 歳程度で あった。もちろんその理由は,乳幼児 がたくさん亡くなっていたことに起因 する。その一方で,長生きする人も沢 山いた。なぜ短命な人とそうでない人 がいるのか。データを解析する中で,

健康長寿に資するさまざまな知識が取 り出され,健康政策や医療技術のイノ ベーションへとつながった。

その結果,何が起きたか。驚くべき ことに,人類全体の平均寿命はなんと 72 歳まで延伸している。そして次の世 紀をまたぐ頃には,82 歳にまで到達す ると推測されている。このような話を聞 くと,おそらくみなさんの中で次のよう な疑問が湧き上がることだろう。

「それで人類は幸せになったのか?」

長寿社会の実現は,見果てぬ人類 の夢だった。しかし,いざそのような 社会が到来すると,「ただ単に長生き してもしょうがない」とか,「人様のお 世話になってまで生きたくない」などさ まざまな意見が出てくるようになった。

あえて単純化すれば,人類の関心が

「命の長さ」から,よく生きるとは何か といった「命の質」にシフトしつつある のだろう。その動きに呼応して,予防 医学は「平均寿命」だけでなく「健康 寿 命(自立して元 気でいられる期 間)」,さらには「幸 せ 度や 満 足 度

(Well-being)」のデータ測定を始め るようになった。

例えば,世界の研究者を驚かせた 日本のデータがある。2002 年,Well- being 研 究 の 創 始 者であるディー ナー博士らは,1958 年〜 1987 年に かけて日本人の生活満足度がどのよ うに推移したかを発表した。それによ ると,なんと日本人の生活満足度は戦 後 30 年間ピクリとも変動がなかった のである。私自身,この結果をみて,

「いったい人類の進化とは何なのか」

という大いなる熟慮を迫られた。

というのも改めて振り返るまでもな く,これまで人類は「平均寿命」や「一 人当たりGDP」などのデータを重視 し,その改善をめざしてきた。なぜな らその先には幸せな社会が待っている と信じてきたからだ。しかし,現実はど うか。確かに寿命は延びたし,経済的 に豊かになり,生活も便利になった。

それだけの進化があったにもかかわら ず,「実感としての豊かさ」を感じら れていないのが偽らざる現状なので ある。

もちろん,これまでの努力が無駄で あったわけではない。言うまでもなく,

「病気・貧困・戦争」は長らく人類を 苦しめてきた三大苦であり,それらを 大きく克服した20 世紀は後の歴史家

22世紀に向けたグランドチャレンジとは何か?

Well-being研究の最前線

予防医学研究者

石川 善樹

1981年,広島県生まれ。東京大学医学部健康 科学科卒業,ハーバード大学公衆衛生大学院修 了後,自治医科大学で博士(医学)取得。「人 がより良く生きる(Well-being)とは何か?」をテ ーマとした学際的研究に従事。専門分野は,予 防医学,行動科学,計算創造学など。講演や,

雑誌,テレビへの出演も多数。Habitech研究 所長。

著書『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデン ト社)『最後のダイエット』『友だちの数で寿命は きまる』(ともにマガジンハウス社)『健康学習のす すめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)。最新著は

『問い続ける力』(ちくま新書)

(2)

Vol.101 No.04 406-407 7

から「黄金の世紀」として称賛されるこ とであろう。しかし,苦しみを取り除き さえすれば,人々が人生に対して「意 味・幸せ・満足」を感じられるわけで はない。そのような現象が Well-being データを取り始めたことで分かってき たのだ。すなわち,マイナスを減らす ということと,プラスを増やしていくこと は,異なる営みである可能性が高い のだ。

今,国際社会では持続可能な社会 の実現に向けてSDGsが推進されて いる。一方で,SDGsは主としてマイ ナスを減らすことが意図されており,こ こまで議論してきたような「命の質

(Well-being)」に関する観点が抜け 落ちている。だからこそ2025 年に開 催される大阪・関西万博では,「いの ち輝く未来社会のデザイン」というテー マを銘打ち,国際社会に対してSDGs 達成はもちろんのこと,2030 年で一 区切りを迎えるSDGsのその先にどの ような議論を行うべきか,「いのち輝く」

というキーワードに想いを込めて発信 しようとしている。

Innovation for Well-being という挑戦

さて,ここからは私自身の取り組み について少しお話ししたい。しつこくな るが,「データ→ナレッジ→イノベー ション」という流れを加速することで今 後も人類は進化していくと私は信じて いる。そのうえで,「Well-beingのイノ ベーション」こそ,22 世紀に向けて求 められるグランドチャレンジだと考えて いる。言うまでもなく,その基盤になる

のが「Well-beingデータ」の取得だ。

「幸福度や満足度」といった極めて 主観的でしかないものをどうやって測 定するのか。

その基盤をつくったのがアメリカの 世論研究者,カントリル博士である。

人生をハシゴに見立て,一番上を10 点(最高の人生),一番下を0 点(最 低の人生)とした場合,自分は今どこ にいると思うかを答えてもらうのだ。

この極めてシンプルな手法は,世界 中どこの民族であっても直感的に答え ることができるため,今や Well-being を測定する際のグローバル・スタン ダードとなっている。実際,国連は毎 年「World  Happiness  Report(世 界幸福度ランキング)」を公表している が,各国の幸福度はまさにカントリル の方法によって測定されているのだ。

しかし,この測定方法には二つの決定 的な問題がある。

一つは,人生を「ハシゴ」に見立て るという考え方が,極めて西洋的であ るということだ。おそらくその原型は,

旧 約 聖 書 の 創 世 記 に 登 場 す る

「Jacobのハシゴ」にあり,上に行くほ ど天上に近づくという発想なのだろう。

しかし日本には,「幸せすぎて怖い」と いう英語圏にはない発想があり,単に ハシゴをのぼることをよしとしてこな かった。実際,先の国連の調査にお いても,日本人はあまり10 点(最高の 人生)をつけたがらない傾向にある。

むしろ日本人は人生を「振り子」に例 えることが多いのではないだろうか。

人生には良いことも悪いこともあり,

「最高」よりは「ちょうどいい状態」を

理想としてきた。同様に,アジアや中 東,アフリカではそれぞれ独自の視点 で人生を捉えているはずで,それは必 ずしも「ハシゴ」のようなものではない だろう。

もう一つの問題は測定頻度である。

カントリル博士の考案した測定方法 は,直接人に尋ねるというものである。

しかし,人のWell-beingは動的なも のであり,一日の朝と夜でまったく異な るものだが,現在はある特定の時点し か捉えられていない。つまり測定のデ ジタル化が進んでいないのだ。

これら二つの問題を同時に解決す るため,私たちは今,「Well-beingの 測定法」に変革を起こそうと狙ってい る。具体的には次のような試みだ。

(1)カントリル博士の考案した「ハシ ゴ」ではない形で Well-beingを再定 義する。

(2)センサーやスマホなどを用いリア ルタイムで世 界 170の国や地 域で Well-beingを測定する。

想像してみてほしい。株価や天気と 同 様に, 世 界 各 地の人々のWell- beingがリアルタイムで把握できる時 代が到来したら,そこからどれだけ多 くの知識やイノベーションが生まれてく るだろうか。夢物語のように思えるが,

同様の想いを持つ仲間は意外に多 く,国際的な動きとして今まさに仕掛け ているところだ。極めて地味な取り組 みだが,私たちの想いに共感してくだ さる方がいれば,ぜひお声掛けいただ けると嬉しい。

参照

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