国立歴史民俗博物館を見る
著者 横田 健一
雑誌名 阡陵 : 関西大学考古学等資料室彙報
巻 7
ページ 2‑2
発行年 1983‑05‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00024376
国立歴史民俗博物館を見る
本 年4月24日に、 千 葉 県 佐 倉 市 の 佐 倉 城内に 国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 を 訪 れ た 。 上 野 か ら 京 成 電 車 の 特 急 で 約
1
時 間 、 京 成 佐 倉 駅 下 車 、 西 の 方 へ 約1 km
歩 い て 、 左 側 の 城 址 の 丘 へ 登 る と 、 新 し い 博 物 館 の 前 へ 出 る 。 こ の 博 物 誼 の 構 想 が た て ら れ た の は1 0
余 年 前 に さ か の ぽ る 。 そ の 時 、 日 本 学 術 会 議 では、それについて、意見、注文をつのった。私は当時、学術会議の史学部門の会員であり、
か つ こ の 博 物 館 の 委 員 で あ っ た 井上智 勇 先 生 ( 京 大名誉教授、西洋史)に、「関東大霙災や第二次大 戦 に お け る 都 市 の 絨 緞 爆 撃 に よ る 大 火 災 に か ん が み て 、 大 都 会 の 市 中 は 絶 対 に 不 可 で あ る 。 都 心 か ら 相 当 離 れ た 、 周 囲 に 家 の な い 森 林 な ど 緑 の 多 い 地 帯 に 建 設 し て も ら い たい」 と注文をのべたこと がある。
佐 倉 城 址 は 、 そ の 点 で は 、 注 文 ど お り の 士 地 で あった。
博 物 館 の 内 部 は 四 展 示 室 に 分 れ る 。 第 一 展 示 室 は 古 代 の 考 古 学 が 主 要 な 部 門 で 、 先 史 時 代 か ら 縄 文 、 弥 生 、 古 墳 時 代 か ら 律 令 国 家 に 及 ぶ 。 文 田 は こ の 律 令 国 家 の と こ ろ で 正 倉 院 文 書 な ど が 少 し 出 てくるくらいのことである。
第 二 、 第 三 が 主 と し て 王 朝 時 代 か ら 中 世 に あ て ら れ 、 近 世 以 降 は 第 四 展 示 室 に あ て ら れ て い る よ うである。
よ う で あ る と い う の は 、 実 は 第 一 展 示 室 の 考 古 学 の と こ ろ で 時 間 を と り す ぎ 、 か つ 疲 労 し て し ま って、第=室以下への路をあやまったらしく、第四 室をみて外へ出たあとで、第二、第三を見のがした ら し い こ と に 気 が つ い た 。 第 ー か ら 西 側 の 階 段 を 降りるべきところ、内庭の廊下を 降 り て し ま っ た の で あ る 。 も う 一 度 入 館 料 を 払 っ て 入 り 直 そ う か と 思 っ た が 、 疲 労 し た の に 帰 りに時間を要するので、
いずれ又、再来するからと思ってやめたのである。
展 示 を み る と 「日 本 の あ け ぽ の 」 で は 「縄 文 人 の家族」 「縄 文 人 の 道 具 展 示 資 料 目 録」「縄文土器 と そ の 地 域 性 」 な ど 、 弥 生 時 代 の テ ー マ 「稲 と 倭 人」では{烏粁の習俗」「稲作の系譜」、古墳時代 のところでは、「前方後円墳の時代」のテーマに「箸 墓古墳」、「綿貫観音止古墳」など。そして箸墓の 立 体 模 型 を 展 示 し 、 そ の 半 分 は 現 状 の 樹 木 の 茂 っ た と こ ろ 、 半 分 は 原 初 の 五 段 築 成 の 状 況 復 原 を 対
横 田 健 一
¥ !
国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)
比してみせる、といった風である。
この「前方後円墳の時代」のところでは、 奈 良 県 葛 城 の 新 山 古 墳 の 鏡 が 三 十 四 面 全 部 な ら べ ら れ て い た の は 、 目 を み は っ た 。 と く に 直 孤 文 鏡 が 三 面 な ら べ ら れ て い て 比 較 で き る の は 、 ゆ っ く り 時 間をかけて観察したいと思った。
実物も少なくないが、総じて巧妙なレプリカ(複 製 ) と 縮 尺した立体模型が多く用いられていた。
建築など、第四展示室などでも、銀閣寺の東求堂、
大 徳 寺 の 大 仙 院 、 民 家 で は 橿 原 市 今 井 町 の今西 家 そ の 他 な ど が な ら べ ら れ て い て 、 な か な か よ い と 思 っ た 。 律 令 国 家 の と こ ろ の 平 城 京 中 枢 部 の 立 体 模 型 な ど も 、 大 層 よ か っ た 。 い ろ い ろ の 問 題 を 考
えさせてくれる。
当 博 物 館 は 、 国 立 大 学 の 共 同 利 用 機 関 と し て 設 置 さ れ 、 展 示 を 主 とする 博 物 館 機 能 と と も に 、 そ の 機 能 と 歴 史 学 、 考 古 学 、 民 俗 学 の 三 研 究 部 門 を 媒介する情報・資料部門の計四部門を持つという。
そして各部門の研究者は、千里の民博同様、教授、
助 教 授 、 講 師 、 助 手 な ど の 職 務 身 分 を 持 ち 、 各 々 が 研 究 テ ー マ 別 に わ か れ て 、 共 同 研 究 を や る 組 織 に な っ て い る 。 そ の 研 究 テ ー マ は(1)「古代都市の 研究」、「近世都市江戸町 方 の 研 究」、(2)「古代祭 祀 遺跡に梵する基礎的研究」、「通過儀礼の