占領下日本の輸出商標 3 : インド・パキスタン向 けO.E.M輸出商標
著者 山口 卓也
雑誌名 阡陵 : 関西大学博物館彙報
巻 34
ページ 4‑5
発行年 1997‑03‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00024148
占領下日本の輸出商標ー 3 ‑
ーインド・パキスタン向け O.E.M 輸出商標一
山 口 卓 也
1 占領下日本の繊維産業は、国内の生産や原 材料輸入・製品輸出の両方を、 GHQの指揮・指 導のもとにおかれていた。占領当初の繊維産業 は、国内民生向けの供給は二の次とされ、むし ろ製品のいわば「飢餓輸出」によって外貨獲得 が意図されたものであった。
斎藤洋氏所蔵の占領下日本の輸出商標は、そ の内容からほぼ占領期はじめから終わりまでの 商標を含んでいると考えられるが、これらを子 細に観察すると、 GHQの施策の変化が読みと れて興味深い。占領期の輸出繊維製品の初期商 標には日本の生産会社や商社の名はなく、生産 国表記が「OCCUPIEDJAPAN」となっている ものが認められ、 GHQの管理が厳しかったこ とを示している。また、輸出相手先プランド名 を明示した形の「O.E.M商標
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は、初期を除 いたほぼ全期間を通して存在したようである。後半には日本の生産会社や貿易商社名を明記し た商標が認められ、緩やかな管理貿易への変化 を示している。
今回は、インド・パキスタン向けのO.E.M 輸出商標を紹介したい。 インド・パキスタンヘ
は、木綿布などがサリー用などとして輸出され たらしく、いずれも反物の端に付けられた商標 である。
2 1葉のインド向け商標、 3葉のパキスタン 向け商標の、合計4葉を示す。
第1図は、インド向け商標で、帽子を被り光 背をもったヒンドゥー教聖者が結珈朕座し、右 手で印を結んでいる凶を中央に配している。手 前には足指型の木製サンダルが置かれている。
上に「KABIRJI」と英語で、下にヒンズー語の O.E. M先 会 社 名 が 、 左 に 「BHIMAMAL AMARNATH BOMBAY, 3.」と英語で、右に
ヒンズー語の相手先住所が記されており、ポン ベイの会社向けであることが判明する。枠外下 に「MADEIN JAPAN」とある。表面にはニス の塗布はされていない。
第2図は、パキスタン向け商標で、三羽の孔
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と港湾都市カラチの名前があり、さらに右には
「BUNDER ROAD」と通りの名前、左には
「HEMANIMANSION」とビル名が住所とし て記されている。生産国表記はない。孔雀の羽 の筋や外枠の一部には、金粉で彩色した部分が ある。表面全面にニスを塗布して光沢を与える 処理を施している。
第3図
第3図は、イスラムの象徴である月と星、 2 本の交差する剣を図した商標である。月と星の 間にはパキスタンの略記「PAK」とある。剣身 には、 O.E.Mプランド名と思われる「SHAN‑
SHEER」 の 文 字 が あ り 、 下 に は 「H.A. R. KAREEM & CO.」、「KARACHI‑P AKIS‑
TAN」とパキスタンのカラチの相手先会社名が 表記されている。
第4図には、やはりイスラムの象徴である月 と星を表し、中にイスラム教寺院を描いた商標 である。上にはアラビア文字が表されている。
下には「Z.H. ANSARI & Co,」と相手先会社 名が、「KARACHI‑ DACCA ‑ CHITT A‑
GONG.」という都市名とともに示されている。
カラチは西パキスタンの、ダッカとチッタゴン は当時の東パキスタンの都市であり、パキスタ ンの会社の商標であったことが知られる。
第4図
3 インドとパキスタンは、インドがヒンズー 教徒多数の、パキスタンがイスラム教徒多数の 国家として1947年8月にイギリスから独立して いる。これらインド・パキスタン向けO.E.M 商標は、日本の敗戦後繊維製品のGHQによる 管理下貿易が始まってから講和条約調印前後ま でのものであるが、とくに両国の独立後のもの であることになろう。
宗教を理由として両国が強引に分離したこと により、パキスタンは東西に飛び地をもって独 立せねばならなかった。カラチ・ダッカ・チッ タゴンの三都市を記した商標は、当時のパキス タンの状況の一端を示しているといえようか。
さらに東パキスタンは後にバングラデッシュと して1974年9月にパキスタンから分離独立する ことになる。
インド向けの商標にはヒンズー教聖者が、パ キスタン向けには月に星のイスラム教シンボル やモスクが描かれていることは、商標の作成に 際して宗教的社会背景に相当の注意が払われて いたことを示していて興味深い。これら商標の 版下作成•印刷は日本同内で行われたのである が、そのデザイン指示を誰が行ったかは今のと
ころ不明である。
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