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会的実践の事例報告

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会的実践の事例報告

著者 小山 理子

雑誌名 同志社政策科学研究

巻 5

ページ 101‑119

発行年 2004‑02‑10

権利 同志社大学大学院総合政策科学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004774

(2)

あらまし

 日本のIT(Information Technology)立ち遅れを 打破するには、IT の持つインパクトを日本社会 の活力に結びつける必要がある。それには、今後 の日本の IT 進展を支える人材の育成が必要不可 欠である。社会が求める人材を育成するには、現 在の IT 教育では立ち行かず、IT 教育のあり方を 抜本的に見直す必要がある。そこで、本論文で は、今後の IT 教育のあり方を考察する。具体的 には、正統的周辺参加の概念に着目し、IT 教育 への新たなアプローチを試みた。その実例とし てサンケイリビングプロジェクトを紹介する。

さらに、本プロジェクトの分析をもとに、産学連 携での社会的実践の実施にあたり整備すべき学 習環境を提案する。

1.はじめに

 IT(Information Technology)革命がもたらす変 革に新たな明るい未来を期待し、日本が世界を リードする華々しい姿を想像したい。しかし、IT 立ち遅れ、長引く不況、先が見通せない社会、夢 を見失った若者と、何かと暗い話題が多く、日本 社会の先行きに不安を覚える。世界規模で IT 化 が進展するなかで、かつての輝きのある日本を 取り戻すには、IT の持つインパクトを日本社会 の活力に結びつけていかなければならない。そ のためには、今後の日本の IT 進展を支える人材 が必要不可欠である。IT はあくまでも技術であ り、万能薬ではない。IT を活用できる人材の育

 1  [経済産業省 02]

IT教育のあり方に対する一考察

―産学連携での社会的実践の事例報告―

小 山  理 子   

成が重要であることは確かである。

 そこで、本論文では、日本の IT 進展にはどの ような人材が必要で、そのためにはどのような 教育が必要かを考えていく。それにより、IT 革 命に対応できる人材が育成され、日本社会が活 性化されることが期待できる。社会が求める人 材を育成することは、大学の使命である。大学に 焦点をあて、大学における IT 教育のあり方を考 えていく。しかも、IT 教育の重要性は高くなる 一方で、その教育方法は未だに確立されていな いという現状がある。IT 教育のあり方を考察す ることは、大学にとっても意義が深いことであ る。

 IT 教育のあり方を考えるにあたり、IT 革命の 本質や IT 革命がもたらす変革の意味を問いただ し、目指すべき未来を明確にしておく。経済産業 省の産業構造審議会情報経済分科会第三次提言

「ネットワークの創造的再構築」1では、IT革命の 本質を「組織革命」に見出し、「IT は組織改革を もたらす新技術」としている。そしてこの提言が 目指す未来は、「組織革命に成功した情報企業群 とも呼べる情報企業の一群が、新たな雇用機会 を生みだし、我が国経済の比較優位を担う」とい う姿である。著者も、この意見に賛成し、本論文 では、IT 革命を次のように定義する。

 「企業のIT革命とは、IT関連メーカーやソフト ウェア業界が繁栄することではなく、IT を利用 するユーザ企業が、業績を回復させ、最終的に日 本経済の活性化をもたらすことである。」  次章では、この定義を踏まえた上で、企業のIT 導入の現状と課題を探り、今後どのような能力 を持った人材が求められるのかを探る。

(3)

 2  [総務省 02]

 3  同資料。

 4  同資料。

 5  同資料。

2.企業の IT 導入の現状と課題 2.1 IT 導入の現状

 平成14年度の情報通信白書2によると、日本の 平成12年度の民間情報化投資は20.8兆円であり、

対前年度比 21.7%増と大幅に増加している。ま た、平成 12 年度の民間設備投資に占める情報化 投資の比率は 23.5%で、設備投資全体の約 25%

を占める。

 情報化投資の計量的側面からのみ判断すると、

企業における情報化投資の位置づけは高く、確 実に日本のIT化は進展しているように思われる。

 しかしながら、米国をはじめとする他国との 比較では、日本の IT 化は立ち遅れていることが 分かる。第一に、情報化投資額の伸びは、米国と 比べると相対的に低い。平成2年から 12 年まで の情報化投資の推移3について、米国では日本を 上回る情報化投資の伸びがみられる。

 第二に、近年の IT 技術の中核を担うインター ネットとブロードバンドの普及について言えば、

日本は IT 後進国である。日本のインターネット 人口普及率4は44.0%であり、全世界中16 番目に 過ぎない。

 第三に、IT 産業においても日本の立ち遅れは 目立つ。世界的な IT 産業の担い手は、言うまで もなく米国であり、シリコンバレーが世界のイ ノベーションセンターになっている。そして、

ハードウェアの製造は台湾、ソフトウェアの開 発はインド、アイルランド、イスラエル、中国が 先進的な地位にあり、IT の分野において日本は 影を潜めている。

 さらには、IT 不況の影響や IT 投資の失敗、シ ステム障害など、IT が落した暗い闇が国内を包 み、IT 革命に対する情熱も以前ほど感じられな い。「IT 革命は終わった」、「IT を導入しても何も 変わらなかった」という声すら聞こえてくる。こ のままの状況だと、日本の経営者がますます保 守的になり、IT 投資はこれ以上に伸びない。そ うすれば、日本の IT 化は進展せず、立ち遅れは

ますます深刻になる。このような悪循環が起こ らないように、IT 立ち遅れの要因を探り、今後 何をすべきかを考え、行動を起こさなくてはな らない。そのためにまず、日本企業における IT 化の実態を調べ、IT 導入がどの程度まで進展し ているのかを把握しておく必要がある。

 日本企業の IT 導入の実態は、まだまだインフ ラを整備した段階である。すなわち、対費用効果 が期待できるような IT 導入には至っていない。

総務省5は、企業における情報化投資について、

利用目的に応じ、①「基礎基盤型」、②「コスト 削減型」、③「付加価値創造型」の三つに分類し、

情報化の現状を調査している。この分類に基づ き行われた調査結果を見ると、「基礎基盤型」は 90%以上の企業が実施している。それに対し、

「コスト削減型」および「付加価値創造型」の投 資は低い。

 このアンケート結果は、IT化の進展具合は、基 礎整備の段階でとどまっている企業が多いこと を示す。インフラとしてITは整備されているが、

業務の効率化やビジネスプロセスの変革、ある いは新規事業の創造のために IT が利用されてい ない。インフラ整備から次のステップへと進む ために、何をすべきなのだろうか。

2.2 IT 導入の課題 2.2.1 組織改革の必要性

 冒頭で述べた IT 革命の定義を踏まえつつ、前 節で論じた日本企業の IT 化の取り組みを分析す ると、日本には未だ IT 革命は起こっていないと 言える。すなわち、企業の利益に貢献する経営資 源や企業の戦略として IT を活用し、その効果を 得るに至っていない。それどころか、ビジネスプ ロセスも見直さずに、業務の各工程において、紙 や電話などを用いて手作業で行っていた業務を、

IT を利用し電子化・自動化したにすぎない。こ のように、IT を単なる事務処理の道具と見なし て利用した場合、そこから得られる IT のインパ クトは少ない。さらに悪いことには、人間の仕事

(4)

 6  [総務省 02]

 7  [松島 94] 115 ページより引用。

 8  [総務省 02]

や負荷を増やしてしまう状況を招く場合もある。

営業職や事務職の職員は通常の業務に加えて、

パソコンの操作を余儀なくされ、労働量の増加 と労働時間の超過が発生する。それは、人件費の 増加や生産性の低下だけでなく、労働者のモチ ベーションの低下やモラールの低下につながり、

職場環境を悪化させる。

 総務省の同アンケート6によると、80% 以上の 企業が情報化投資の効果を発現するために「業 務内容や業務の流れの見直し」が必要であると 考えている。

 しかし、企業の認識と実態は大きく異なって いる。「組織の統廃合」(21.7%)、「組織のフラッ ト化」(15.0%)というように、組織改革の取り組 みは低い。

 この結果から、IT を導入する場合、業務に合 わせてITを導入するケースが多いことが分かる。

これは、業務改革や組織改革のために IT を導入 することは障壁やリスクが高く、実行は困難と いう意識が高いと考えられているためである。

日本では、組織改革の実施は言うに易し行うに 難しといった状況である。しかしながら、IT を 革命的な技術として利用するためには、業務改 革や組織改革を覚悟しなければならない。IT 化 とは、自動化やデジタル化ではなく戦略化であ る。この覚悟がない限り、IT は投資する価値の ない技術である。

2.2.2 社会が求める人材像

 業務改革や組織改革が成功する要因として、

有能な IT 技術者の存在を挙げることができる。

例えば、BPRには、ビジネスプロセスの抜本的な 見直しを実施できる技術者が必要である。「劇的 な発達した IT の知識がないと、従来の単なる業 務改革になってしまう。ここに他人が利用して いない最新の IT を活用できれば、劇的な改革と 生産性の向上が実現する」7と言われている。有 能なIT技術者の能力が今後のIT化の成否の鍵と なると言っても過言ではない。

 IT 進展とともに、IT 技術者に要求される能力 の内容も要求されるレベルも変化する。具体的

に、IT 技術者としてどのような能力が要求され るのであろうか。今後求められる人材像を分析 すると、(1)新規の IT 技術力、(2)IT 活用の 創造力、(3)人間力、は不可欠である。

 まず、新規の IT 技術力が要求されていること を説明する。IT 技術と称される能力は多岐にわ たり、その進化はめざましく、過去に習得した技 術は直に陳腐化する。それぞれの企業で導入さ れている IT に用いられている技術も異なる。つ まり、専門知識を有する人材であっても、求める 人材とは異なる場合もある。要するに、闇雲に技 術力を保有していても、その技術力が必要とさ れない場合が往々にしてある。IT に携わる人物 は、時代が求める能力を見極めて、常にスキルを 向上させていかねばならない。例えば、企業が情 報通信の活用の推進において重視する技術分野 について、3年前と比較すると、「セキュリティ 関連」について重視する企業の割合が急増した 一方で、「ネットワーク関連」、「メインフレーム・

汎用機関連」について重視する企業が減ってき ている8。これは過去3年間で、従来の閉じた情 報システムの利用から、オープンシステムの利 用へと変化し、それに伴い、3年間で求められる 技術がすっかり変化したためである。IT 技術者 は、技術革新とともに、自己革新しなければなら ない。

 次に、IT 活用の創造力について説明する。前 節で述べたように、多くの企業において、IT の インフラは整備され、戦略的に IT を活用するこ とが求められている。それに伴い、IT 技術の専 門的知識を有する人材に対して求めるスキルも 変化している。情報通信の専門能力から、情報通 信を活用とした企業サービスの高付加価値化、

他の競争企業との差別化等を図るなどの企画・

立案能力へとシフトしつつある。今後は、この分 野こそが日本が活路を見出す分野であり、日本 人技術者が活躍すべき分野であると考える。専 門的な技術力を保有するスペシャリストよりも、

高い技術力を保有しながらも戦略立案から問題 解決まで幅広くこなせるゼネラリストが必要と されるはずである。これが、「知識社会」に活躍 する「知識労働者」の要件なのであろう。

 具体的に述べると、「情報システムのソフト

(5)

 9  [総務省 02]

10  中国(北京、上海、大連)のソフトウェア会社の月給相場(2002 年5月調べ)は、以下の通りである。

  ・ 大学新卒者…2,000 元〜 3,000 元(32,000 円〜 48,000 円)

  ・ プログラマ…4,000 元〜 5,000 元(64,000 円〜 80,000 円)

  ・ SE…6,000 元〜 8,000 元(112,000 円〜 128,000 円)

  ・ マネージャー…9,000 元〜 15,000 元(144,000 円〜 240,000 円)

   (出典『日経コンピュータ』2002 年6月3日号)

11  [Brooks95]

12  オープンソースの Unix 系オペレーティングシステム(OS)。フィンランドの Linus Torvalds が開発し、世界各地の有志の助力によ りインターネットを通して発展した。詳細は http://www.linux.org/,http://jla.linux.or.jp/ を参照。

13 世界一のシェアを誇る WWW のサーバ用ソフトウェア(Web サーバ)。Linux 同様、オープンソースである。商用の Web サーバ と比較しても非常に信頼性が高く、高性能である。詳細は、http://www.apache.org/ を参照。

14  [Raymond98]

ウェア開発」、「情報システム運営・管理」などの 専門的な技術に関する能力については、3年前 の40%から、現在の15%までに減少している。一 方で、「IT を活用した新規ビジネスの企画」、「IT 活用による業務改革の企画」といった情報通信 を活用とした企画・立案能力については、3年前 の約 23%から、現在の約 66%に急増している9。 これは、日本でようやく各企業が自社のコアコ ンピタンスに資源を集中させ、自社独自の付加 価値と他社との差別化要因の創造のために IT を 戦略として利用していこうとする動きに違いな い。この動向には、システムエンジニアがシステ ム設計を行い、その下請けや孫請けのプログラ マーが実装する、というようなシステム開発に 慣行的な分業体制では対応しきれない。つまり、

定められた仕様に基づきソフトウェアを忠実か つ正確に開発できることを売りにするシステム エンジニアやプログラマーはもはや時代遅れな のである。戦略、企画立案の構想を描き、設計か ら実装まですべてを見通せる人材が必要とされ ているのである。現に、我が国においても、ソフ トウェアの開発は中国、インドへのアウトソー シングが主流になる兆候がある。中国とインド は、シリコンバレーにおけるソフトウェアの開 発の主翼を担っており、プログラマーのスキル の高さ、ソフトウェアの品質の良さは証明され ている。おまけに、人件費が安いため10に、開発 費も安く、日本は太刀打ち出来ない状況にまで 追い詰められていると言っても過言ではない。

中国やインドへのソフトウェア開発のアウト ソーシングが進展すれば、ソフトウェア開発に おいてもグローバル化の波が押し寄せ、価格破 壊、IT 産業の空洞化現象が予期できる。この現 状を打破するために、日本人技術者は「知識労働 者」へとシフトしなければならない。

 最後に、人間力について説明する。システム構 築において必要とされる能力を探ってみる。シ ステム構築の現場では、プロジェクトの失敗事 例が非常に多くなっている。その主たる要因と して、「コミュニケーション不足」、「リーダの不 適格」、など人間系の要因が指摘されている。シ ステム構築の成功の鍵は、技術力というようは、

むしろ、リーダーシップ、コミュニケーション能 力、問題解決能力などのような人間的な能力な のである。

 補足として、IT 技術者の絶対数を増やしたか らと言って、今の事態が改善されるという訳で はないことを述べておく。プロジェクトの中心 人物となりうる才能を有した人材が必要なので ある。20 年以上も前から、Brooks の法則11にお いて、「遅れているソフト開発に開発者を加えて も、開発はかえって遅れる。プロジェクトの複雑 さとコミュニケーションコストは、開発者数の 2乗で増大するのに対し、終わる作業は直線的 にしか増加しない」と言われている。100 人か かっても 1 人の有能なプログラマーに匹敵しな い。プログラマーは各人の才能や創造力が重要 で、1人が書いたコードが原因で全体の品質低 下を招く。プログラマーは実務家というよりも むしろ職人と言ったほうが適切である。この Brooks の法則は、最近話題になっている Linux12 やApache13をはじめとするオープン・ソース・プ ロジェクトには相応しくないとの反論があるか もしれない。Raymond14 は、「Brooks の法則がす べてならば、Linux は生きていけないだろう」と 述べ、「多ければ多いほどいい」ということを、

オープン・ソース・プロジェクトの規則としてい る。この反論に対し、開発リーダやプログラムの 核となる部分を担当できるプログラマーは限定 されていることを指摘しておく。著者は、オープ

(6)

15  [有本 99]  244 ページ。

16  [CAIT01]

ン・ソース・プロジェクトの規則を、固定の有能 なリーダと流動的なたくさんのボランタリーな メンバーたちの周辺的な参加がプロジェクトに は必要であると解釈している。この意味で、オー プン・ソース・プロジェクトにおいても、Brooks の法則が適応できるのである。今後の日本社会 やメインストリームともなりうるオープン・

ソースの発展を支えていくためにも、プロジェ クトのマネージャーやリーダに適した有能な人 材が求められていることには変わりはない。

3.IT 教育のあり方

3.1 IT 教育の現状と問題点

 大学の役割には、社会に貢献する研究活動を 行うことや社会の発展に貢献する人材を育成す ることがある。有本15は、「大学が社会変化への 適応を迫られると同時に、大学組織の改革に よって社会的、文化的、経済的発展に貢献するこ とを今日ほどまでに強く求められている時代は ない」と述べている。IT は今後の社会を支える

技術であり、IT 教育の強化は国の重点的な取り 組みのひとつである。従って、IT 教育の強化や、

IT 化の進展への貢献は、大学に与えられた課題 である。しかしながら、大学で行われている IT 教育は、IT 化の進展や社会が求める人材の育成 に貢献できているとは言えない。著者は、大学は IT 教育の改革によって IT 化の進展や人材育成に 貢献しなければならないと考える。

 IT 教育の現状を調べた結果、次のような問題 点がある。まず、平成 12 年度に実施された情報 処理教育実態調査16を見てみると、社会科学系、

理工系を問わず、各大学では様々な IT および情 報に関する科目がカリキュラムに組み込まれて いる。(図1参照)

 一見すると、IT 教育が充実しているようにも 思えるが、次のような問題点を指摘する。第一 に、座学中心の教授的な講義が目立ち、IT 技術 の概要説明や基礎知識の伝授までにとどまり、

習得した能力を活用するまでには至っていない。

たとえ大学で高度な IT の専門知識を習得し得た としても、実社会で役立たなければ、大学の存在 価値は低下する。第二に、教育方法や教育カリ キュラムの整備ができていない。体系づけられ

30.4 63 65.2

26.1 37 50 71.7 71.7 80.4 84.8 95.7 13 43.5 56.5 63 65.2 82.6 10.9 34.8 34.8 41.3

0 20 40 60 80 100

プログラム設計 内部設計 プログラム実装 外部設計 ソフトウェア工学 コンピュータ科学基 コンピュータシステム システム開発と運用 マルチメディア技術 データベース技術 ヒューマンスキル ネットワーク技術 情報化と経営 セキュリティ VisualBasic Web関連 COBOL 標準化 Java C++ C

(%)

実施割合(%)  回答学校数46大学

図1 情報関連科目実施割合 [CAIT01]

(7)

た学問として位置づけられているわけではなく、

ただ漠然と網羅的に実施されているような印象 を受ける。第三に、社会との交流を活発にするよ うな科目が乏しいことである。大学が常に求め られる人材を社会に輩出するためには、絶えず 企業のニーズを教育に反映すべきである。その ためには、大学と社会との活発な交流が必要で ある。

 さらに、工学部の教授からソフトウェア工学 の現状を聞くと、教授方法のなさや教育カリ キュラムの不備、座学の限界、学問と実務との乖 離、といった問題を抱えていることを確認した。

その内容は以下の通りである。

ソフトウェア工学は座学では教えにくい学 科である。講義として科目は設置するが、教 科書も限定され、生徒からの人気も低い。教 える側も、どう教えるか困っているという 状態。

最近では、データベースや ERP など、時代 のニーズにあう講義が開講されつつある。

しかし、実社会でデータベース設計やプロ グラム実装の経験のない教授が担当してお り、実践を想定した授業内容であるとは言 い難い。

学生からも、「現在学んでいる学問や知識 は、社会でどのように役に立つのか」、「社会 でどのような意味があるのか」という質問 がある。学生の疑問に的確に答え、それを生 徒に理解させる必要はある。自分が学んで いる学問と実社会との関連を感じ取らせる ことが必要。

  このように、社会における IT 教育の必要性 は一段と高くなっているにもかかわらず、教育 の現場では未だ教授方法が未整備で、社会から の要請に応えるに至っていない。この状況が続 けば、社会に役立つ人材が育成できず、「大学で IT 教育を学んでも意味がない」、「IT 教育など やっても無駄」といった閉塞感に包まれること が危惧される。現状を直視し、社会に役立つ人材 育成という社会からの要請に応えるため、さら には学生のニーズに応えるために、IT 教育を抜 本的に見直さなければならないであろう。

3.2 IT 教育の方向性 3.2.1 新たな学習観

 前節において、IT 教育は座学の限界という大 きな問題を抱えており、教育方法が確立されて いないことを指摘した。座学が限界となる背景 には、新しい学習観17がある。この学習観では、

学習は「知識や概念、そして技能は、それぞれの 学習者が社会的な役割分担をする過程を通じて、

自らが組み立て活用することを通じて獲得して いくもの」と解釈されている。これは構成主義の 考え方が中心となっており、客観主義と比較さ れる。小・中・高等教育では、既にカリキュラム 改革が進行しており、伝統的な教育内容やその 方法が根本的に見直され、新しい学習観が取り 入れられつつある。美馬18は、新旧の学習観の比 較を表1のようにまとめている。

17  新しい学習観は旧文部省の教育課程審議会答申(1987 年)が起源である。

18  [美馬 00]

従来の学習観 新しい学習観

学習 知識の獲得 共同体への参加

知識 所有するもの 共同体における実践や談話や活動

生徒の位置づけ 同じ知識で満たされる容器 仲間と共同する独立した個人

教師 すべての知識の源泉 知的資源へのアクセスをガイド

理念・方針 教育の効率化 学習の支援

表1 新旧の学習観の比較 [美馬 00]

(8)

19  教育理論については、[佐野 96][久保田 99]を参考。

20  [久保田 99] 27 ページ。

21  [久保田 99] 29 ページ。

22  [Simonson97]

23  [Johnson01]

24  [Jonassen91]

 求められる人材像を第2章で指摘したが、そ の中でも特に、創造力や人間性は、新しい学習観 とされるものである。IT 教育においても、単に IT に関する高度な知識や概念、そして技能を詰 め込むのではなく、学習者が社会的な役割分担 をする過程を通じて、学ぶこととが求められて いる。現在の IT 教育は、客観主義の理論に基づ く座学中心の教授的な方法であり、求められる 人材を育成できているとは言い難い。言わば、制 度疲労を起こしている。そこで、現在の IT 教育 を構成主義の理念で構成し直すといった教育方 法の転換、すなわち、教育のパラダイムシフトが 必要となる。IT 教育の方向性を構成主義に求め ることができる。

 ここで、客観主義的教育理論と構成主義的教 育理論について簡単に説明しておく19。客観主義 と構成主義の基本前提は全く異なる。客観主義 の理論は、「知識は客観的に把握することができ る」20という前提に立つ。一方で、構成主義の理 論は、「主体的で有能な学習者は外界に積極的に 働きかけをおこなって学習をする」21という前提 に立つ。教師の役割もカリキュラムの考え方も 異なっている。具体的には、客観主義では、教師 は学習者に知識や概念を普及させる役割であり、

カリキュラムも教科書に依存することが多かっ

た。一方、構成主義では、教師は学習者との相互 のやり取りをし、学習環境を整える役割であり、

現実のデータや学習者がみずから扱える題材に より多くの比重があるとされる。22

3.2.2 社会的実践

 学生が実社会で通用するように教え準備させ るためには、以下の三つの条件23を満たした授業 が必要であるとされている。(1)学習活動を実 際の仕事に似せる。(2)実社会の相互依存性の 高まりを授業に反映させる。(3)在学中も卒業 後も、生活の質の向上を現実的にめざすような 学習経験をつませる。著者は、これらの条件を満 たすためには、社会的実践が必要であると考え る。現に、情報システム開発現場においては、理 論よりも経験が役に立ち、学校で学んだ理論中 心の知識は実践に直結しないと言われている。

社会的実践は、このような問題の解決策にもな り得る。

 Jonassen は、「人間の知識や技能獲得には質的 に異なる段階がある」24と述べ、知識習得の三段 階モデル(図2参照)を提示している。

 このモデルを見ると、各段階の学習対象の特

経験 学習

初期レベルの

(予備的)知識習得 

アドバンス・レベル の知識習得

エキスパート・

レベルの知識習得

練習 フィールドバック

徒弟制 コーチング

経験 構造化領域

技能に基づくレベル

難構造化領域 知識に基づくレベル

綿密(精巧)な構造 スキーマ的パターン

内的結合知識

図2 知識習得の3段階 [Jonassen91]

(9)

25  [ドラッカー 99]

26  [佐伯 99] 42 − 44 ページ。

  第一の接面とは、学ぼうとしている対象の世界と学び手とのあいだで、対象を自分の体の一部のようにとり込んでしまう世界 である。ここでは、「わかりやすい」「おもしろい」「たのしい」という実感があり、自分流の見方や自分固有の経験が自由にだせ て、表現できる。

  第二の接面とは、学ぼうとしている対象とその「外」の世界とがかかわりあう部分である。そのことで先行きの世の中がどう 変わるのか、世のため人のためにどうかかわりあっていくことになるのか、という側面である。学び手の自分が、今日の科学や 文化の中で活動している人びとの多種多様で多層的な営みに、たしかにつながっていくということが「かいま見られる」側面で ある。

27  [Lave 91] 正統的周辺参加の解説は同書より引用。

徴に適した方法が必要であり、実践は、基礎知識 を習得していて初めて有効であることになる。

従って、これまでの座学が全面的に否定される わけでもなく、実践ばかりが推奨されるわけで もない。著者は、座学と実践とはそれぞれ別のレ ベルの知識を獲得するための方法であり、相互 補完的な役割であるとみなし、実践は社会で求 められる能力を習得するための手法として有効 であると考える。

 さらに、現在社会では、社会や生活のあらゆる 部分に IT が組み込まれている。実社会では、問 題発見から解決に至るまでの全てのプロセスに おいて IT が活用されつつあり、今や実社会と IT とを切り離して考えることはできない。従って、

IT の活用方法やインパクトを習得するには、社 会との関わりを取り除いた形で IT を学ぶことよ りも、実社会で問題発見から課題解決を経験し、

そのなかで IT を学ぶことのほうがより効果的で あろう。また、社会的実践を通じて、企業のニー ズを教育に反映することが可能になる。それに より、企業からの評価を教育カリキュラムに フィードバックし、教育内容の改善が継続的に 行われる。

 Druckerは、知識社会と学校教育の関係を、「知 識社会では、もはや学校と生活とは切り離され たものではありえない。学校と生活は、相互に フィードバックし合うという、有機的なプロセ スの中で結合される。そしてこれこそが、継続教 育のめざすものである」25と述べている。佐伯は、

学ぼうとしている対象を「第一の接面」と「第二 の接面」とで捉えている。そして、「学びの場と しての学校は、学び手の一人ひとりにこの第一 接面から第二接面への橋渡しを提供する場であ るべきであろう」26と述べている。

 Drucker や佐伯の見解からも、知識は社会的実 践を通じて習得されるものであり、社会と教育 との相互関係が必要であることが分かる。

3.2.3 IT 教育と正統的周辺参加

 IT 教育の方向性として、新たな学習観と社会 的実践とを取り上げた。次に、新たな学習観と社 会的実践を教育の中でどのように実現できるの か検討する必要がある。社会的実践は、「正統的 周辺参加(Legitimate Peripheral Participation)」(以 下、LPP)27により理論的な裏付けがなされてお り、その学習における有効性は立証されている。

LPPは、前節で述べた構成主義、詳細には社会的 構成主義理論の一つであり、新しい学習観への アプローチとして注目されている。そこで、IT教 育を LPP によりアプローチすることを試みた。

 LPP は、文化人類学者である Lave が徒弟制に おける学習過程の分析から導きだした概念であ る。「共同体」への「周辺的参加」から「十全的 参加」、言い換えると、「新参者の参加」から「熟 練者・古参者としての参加」、といった参加によ る社会的実践こそが「学習」である。このような

「参加」の中で技能や知識に「社会的意味づけ」が なされ、それを共有し、身につけていくとされて いる。

 徒弟制には、学校教育ではあたりまえとされ ている「教師」「教科書」はない。人との関わり、

道具との関わりのなかで、考えていく。文化的に 価値のあることを地道に実践している熟練者や 名人のそばにいるだけで、「自然な学び」が成立 しているのである。人びとがそもそも「学んでい る」というとき、そこで生じていることは、「正 統的で、周辺的な、参加」にほかならないのだ、

と結論づけたのである。LPPの概念では、学習を

「社会的実践の一部」、「共同体での自己のアイデ ンティティ獲得」とみなしている。つまり、社会 的実践の共同体への参加が学習ということであ り、社会的実践があって初めて学習が成立する

(10)

28  [板倉 94] 193 − 196 ページ。

29  社会科学系の産学連携の一例としては、小樽商科大学の「地元の中小企業活性化とベンチャー企業の創設」、東京芸術大学の「文 化財保護や文化のまちづくりなどでの受託研究」や「宇宙開発事業団と共同研究」、鹿屋体育大学の「鹿児島県との連携による県 民の健康づくりの支援」や「国民の競技力向上事業への協力推進」などがある。

のである。

 IT 教育を LPP によりアプローチすることによ り、社会で求められる技能を指導できる万能な 教師の不在や IT 教育のバイブルとなりうる教材 の不備など、IT 教育の欠陥をものともせず、学 習を構成することができる可能性が高い。さら に、IT 技術を習得するには、実際に開発に参加 するのが一番の方法であると言われており、効 果的な学習が実施される可能性もある。プログ ラマーやシステムエンジニアの仕事も、職人の 技に近く、家内制手工業的な生産形態であり、一 人前になるまで少なくとも 10 年はかかると言わ れている。また、プロジェクトリーダ、プロジェ クト管理者を育成することは難しく、そのノウ ハウを伝達することも容易ではない。経験を積 み、「知っていること」を訓練と実践を通して「で きる」ようにするしかないと言われている28。こ れは、ソフトウェア開発の仕事は徒弟的であり、

徒弟制のなかで学習が生じている証拠である。

 LPPの概念により教育を捉え直すと、教育とは 教科書や教育カリキュラムを準備し教えを施す ことではなく、学習者を社会的実践の共同体に 参加させることである。このような環境下では、

IT 技術をどのように教えるのかに重点を置くの ではなく、学習者を社会的実践にどのように関 わらせていくかに重点を置く必要がある。この ような考え方から、実社会で必要とされる技術 を単に画一的に教える講義とは違った新たな可 能性が生じ、社会に必要とされる人材の育成に 発展すると考える。

3.3 仮説 IT 教育にはどのような方法が 有効か

3.3.1 仮説の設定

 LPP により学習における社会的実践の有効性 を理論的に説明した。これを根拠に、社会で必要 とされる人材を育成するためには、社会的実践 を通じて学びの共同体を創り出すことが必要不 可欠であると言える。そこで、「産学連携での社

会的実践を取り入れた教育手法は、IT 教育の一 手段として有効である」という仮説を設定する。

そして、仮説を検証するために、本論文では、産 学連携での社会的実践の事例を取り上げ、LPPの 視点から学習効果を評価する。ここでの社会的 実践とは、具体的には、IT で実社会の問題解決 に挑むというような取り組み、例えば BPR や実 システム開発などを想定している。このような 社会的実践を通じて、学習者は次のような一連 の流れを体験することになるであろう。

①実社会における IT 導入の現状を探り、問題 を発見する。

②その問題を解決するための課題を設定する。

③ IT を使ってその課題をどのように解決すべ きか、その方法を考える。

④実際に問題解決に挑む。

⑤その効果を確認し、ITのインパクトを学ぶ。

3.3.2 仮説の基本的前提

 仮説で、敢えて産学連携としたのは、社会的実 践という学びの共同体は、大学だけの取り組み では創造されず、産学連携での取り組みが必要 となるためである。しかし、この仮説の基本的前 提になるものとして、「IT教育を目的とした産学 連携が成立する」を想定している。仮説の検証を 行う前に、この前提を立証しておく必要がある。

 産学連携は既に社会的に広く認知されており、

その取り組みも拡大していることは明らかであ る。現時点では、技術移転を目的とする理工系の 産学連携が主流であるが、社会科学系の産学連 携も実施されつつある29。企業と大学との双方に メリットが高く、社会に貢献するのであれば、理 工系・社会学系を問わず様々な分野において産 学連携は成立すると考える。

 「IT 教育を目的とする産学連携」は、大学に とっては学生を教育するための好条件であるこ とは既に明らかにしたが、企業の協力が必要で あり、企業からの要請に応える実践や企業に貢 献する実践など、企業に何らかの利益をもたら

(11)

30 「暗黙知」「形式知」の概念は、[Nonaka95] [Krogh00] を参考。

31  構成人員は、サンケイリビング新聞社側2名、同志社側3名の合わせて5名である。

す要素が必要となる。企業に貢献する要素とし て以下のようなことが考えられる。

 第一に、IT 化の促進である。IT 進展のために は、IT 革命の定義や IT の本質を理解し、IT 導入 により業務や組織を見直すことが必要であると 述べた。IT 化により組織改革が進まない理由の ひとつとして、ルール変更の困難さがある。イン フラ整備の IT 化は、社内のみあるいは部門内の みの取り組みで完結するものであり、コストさ え支払えば完了する比較的簡単な取り組みであ る。一方、業務変革や組織変革を伴うIT化は、ビ ジネスプロセスを見直すことで、各工程間や部 門間がフラット化され、既得権益を壊す必要に 迫られる可能性が高い。さらに、社外との取引形 態の見直しなど、顧客や競合他社をも含めた取 り組みが必要となる。そのため、各企業個別の取 り組みだけでは終わらないことは事実である。

それぞれの会社には、伝統や文化、商習慣、秩序 など、様々なルールがある。このルールを変更す ることにより既得権益が崩壊する恐れもあり、

そこから生じる結果も予測できないでいる。結 果として、IT は業務に適しないという結論に至 る。一度ルールが決まってしまうと、そのルール は客観的かつ批判的に評価されず、ルールは変 更されにくい。従って、IT導入の効果を得られな い企業や業界に対しては、第三者的かつ中立的 な立場にある人物がアプローチしていく必要が あると考える。大学は幅広い知識の集積の場所 であり、その役割を担うに相応しい存在である。

 第二に、IT ユーザ企業の IT リテラシーの向上 である。日本企業の IT 化は、IT メーカーやベン ダー、コンサルタントに委託するケースが大多 数である。ITは難しい技術であり、専門家に任せ るものという見方が強いと思われる。戦略的に IT を活用する部分は、企業の競争優位を築いて いる「暗黙知」の部分であると考えられる。「形 式知」の部分は、外部に委託して IT 化やアウト ソーシングを行う傾向にあるが、「暗黙知」は内 部に蓄積すべきである30。つまり、戦略的にITを 導入するためには、業務知識が不可欠であり、社 内の人物がイニシアティブを握り IT 化を進展し ていかなければならない。今後の IT 化には、業 務に精通した社内の人物の IT リテラシー向上が 不可欠である。産学連携による実システム開発

を通じて、企業の人材も IT リテラシーを習得す ることができる。言わば、産学連携による実シス テム開発は、IT ユーザ企業の IT 教育という側面 を持つのである。

 大学は教育内容を企業ニーズに近いものにし、

企業は大学を自社の一部と見なし課題解決に挑 むという双方の歩みよりが必要ではあるが、企 業と大学とが共に強化すべき取り組みなればこ そ、IT 教育を目的とする産学連携のニーズは高 く、IT 教育を目的とした産学連携が成立する。

4.事例報告 サンケイリビングプロジェクト 4.1 プロジェクト概要

 著者は、サンケイリビング新聞社と共同で、実 用システムのプロトタイプの開発を行った。本 プロジェクトは平成 13 年 11 月に、著者のフィー ルドリサーチの一環としてサンケイリビング新 聞社に業務見学に行くことから始まった。社内 の情報システム担当者とともにシステム開発を 実施し、現在(平成 15 年3月時点)第1版が完 成した。今回はIT化の対象を無料記事に限定し、

個々の記事の入稿時のイメージを記事入稿時に リアルタイムに把握できるシステムのプロトタ イプを構築した。具体的な機能は、無料記事の XML 化、リビング新聞掲載用の組版データおよ びホームページ掲載用の HTML データの出力、

XML データの一元管理や検索である。

 本プロジェクトは少数メンバー31でのプロトタ イプ構築ではあるが、大義名分ともに「産学連携 での社会的実践」である。プロジェクト実施の目 的は、本プロジェクトでの学習を LPP の概念に より分析し、産学連携での社会的実践を取り入 れた教育手法の学習効果を評価することである。

また、企業の実システムを開発することにより、

実社会で必要となる知識・技能を習得できるだ けでなく、学習を通じて企業へ貢献できること を明らかにする。つまり、本プロジェクトは、IT 教育と企業貢献との二方面に対しての効果が期 待される。

(12)

32  [増倉 94] を参考。

33  1999 年 Kent Beck により提唱されたシステム開発方法論。

34  それぞれのシステム開発方法論の特徴は、[経営情報研究会 00] 44 − 70 ページを参考。

4.2 プロジェクトの構成 4. 2.1 プロジェクト管理手法

 システム開発やプロジェクト管理において、

コミュニケーションはプロジェクト成功の鍵と される重要な課題である。しかし、今回のプロ ジェクトはコミュニケーションが図りにくい環 境である。産学連携の場合、チームは社会人と学 生という異なる知識や経験を持ったメンバーで 構成されている。大学と会社の距離も離れてい る。また、それぞれ仕事や授業などで忙しい上 に、普段は遠隔地にいることが多い。このように バックグラウンドの異なるメンバーで構成され、

心理的、時間的、空間的などの制約が数多く存在 するプロジェクトは「異文化プロジェクト」とさ れ、コミュニケーションが最たる課題とされて いる32

 コミュニケーションを活性化させるため、プ ロジェクト管理においては、メーリングリスト

(以下、ML)と Web-based Distributed Authoring and Versioning(以下、WebDAV)を用意した。ML は、チームメンバー同士が自由に意見を交換で きる場として有効的に活用した。WebDAVには、

プログラムファイルなど、プロジェクトで使用 するファイルなどを登録し、情報共有のために 活用した。

4.2.2 システム開発方法論 XP の適用

 今回のシステム開発を実施するにあたり、

eXtreme Programming33(以下、XP)という軽量級 とされる新しいシステム開発方法論を適用した。

システム開発は、基本的に、「企画提案」「基本設 計」「概要設計」「詳細設計」「プログラム作成」「テ スト」「導入」「運用・保守」という一連の工程で 構成されている。それぞれの工程での作業の手 順や作業項目を整理し、基本的な手順を定めた ものがシステム開発方法論である。品質のよい システムを効率良く、しかも低コストで開発す るためには、開発対象システムに適したシステ

ム開発方法論を採用することが必要となる。今 回のシステム開発は次のような特徴を持つ。

小規模のチーム

顧客側(企業)と開発側(大学)との共同開 発

開発者(学生)が「学ぶ」段階

仕様は定まっていないプロトタイプシステ ムの開発

新技術(XML、Web 技術)の採用

 従来型の代表的な方法論として、ウォーター フォール型開発とプロトタイピング型開発とが ある。どちらとも、システム開発の現場で使われ ている一般的な手法であるが、学生が習得する にはあまりに専門的かつ高度であり、教育的な 効果があまり期待できない。その理由をそれぞ れの方法論の特徴を述べながら以下に説明する。34  まず、ウォーターフォール型開発は、「要求定 義」「外部設計」「内部設計」「プログラミング」「テ スト」の5つの工程からなり、それぞれの工程を 順に着手していく開発手法である。この手法は、

莫大な時間と労力とを必要とする。仕様が非常 に安定した大規模なシステム開発にとっては効 率的で確実な方法ではあるが、時間と労力に制 限がある小規模なシステム開発には不向きであ る。また、この手法であれば、基本仕様書や詳細 設計書を作成しない限りプログラミング工程に は進めず、開発途中で仕様変更が発生すると大 幅な手戻りが発生し、コストの増大と納期の遅 延につながる。そのため、仕様変更に対応しにく い。このような特徴により、開発者や顧客が学ん でいる過程にあり、業務分析段階から手探りの 状態で要求を確定し難い場合には適さない。

 次に、プロトタイピング型開発であるが、これ は、試作品を作成し、その効果を顧客と開発者と で検証しながら開発を進めていく手法である。

仕様変更には対応しやすく、顧客のニーズを反 映しやすい開発手法であり、今回のプロジェク トでは一候補となりうる方法ではある。しかし、

この手法では教育的な効果が期待できずコスト もかかる。

 一方、XP は、「小中規模のチームで、曖昧で変

(13)

35  [Fowler01] から引用。

36  [Beck99] から引用。

37  [Yourdon96] によれば、アメリカでは 1994 年から国防総省でソフトウェア開発のベスト・プラクティスプロジェクトが開始され ている。

38  12 のプラクティスには、(1)計画ゲーム、(2)短期リリース、(3)メタファ、(4)シンプル設計、(5)テスティング、(6)リファクタリング、(7) ペアプログラミング、(8)共同所有、(9)継続した結合、(10)40 時間労働、(11)オンサイトの顧客、(12)コーディング規約、がある。詳細 は、[Beck99] を参照。

39  [Beck99] [Beck00] [Jeffries00] [Newkirk01] を参考に XP での開発を実施した。

化しやすい要求仕様と向き合いながらソフト ウェアを開発するためのライト級の方法論」、

「ライト級で、優れていて、低リスクで、融通が きき、予期可能で、科学的で、楽しく行えるソフ トウェア開発方法」である。Fowler35によると、従 来の方法論は「予見的方法」であり、XP は「適 応的方法」である。「コミュニケーション」「シン プル」「フィードバック」「勇気」という4つの価 値を重視している36。XP と今回のプロジェクト とは、その思想を一にする部分が多い。特に、以 下に述べる特徴に注目した。

 一点目は、XP がコミュニケーションを重視す る点である。今回のプロジェクトは、前述した通 り、コミュニケーションが重要である。XP を適 用することで、チーム内でのコミュニケーショ ンが重視されることになる。

 二点目は、ドキュメントを重視せず、仕様変更 に柔軟に対応するという、従来では全く考えら れない方法である。今回のようなプロトタイプ 開発では、明確な開発計画を作りにくい部分が ある。結果として、「とにかく動作するものを作 ろう」という意識が先行し、プロジェクト計画や 管理への意識が低くなりがちである。その結果、

時間を区切らず開発を続け、メンバーの負担が 大きくなり、品質の低下を招く。開発計画や見積 り書を作成し、プロジェクト計画や管理が実現 できれば、それに越したことはない。しかし、他 にも多くの仕事や講義を持ちながら参加する形 のシステム開発である。現実には、開発計画や見 積もりはしばしば変更され、予測が難しい。

 三点目は、XP はプロジェクトのベスト・プラ クティス37となるように組み立てることができる 点である。XP を実践するために必要な具体的要 素として、12のプラクティス38が挙げられている が、XP を適用する場合、全てのプラクティスを 実行する必要はなく、チームに適したプラク ティスを実行すれば良いとされている。このよ うに、XP は今回のプロジェクトの特徴に適し、

その上ベスト・プラクティスともなる可能性も

ある「適応的方法」である。

 今回の開発においては、10 のプラクティスを 実行した。どのように実行したのかを以下に紹 介する。39

【計画ゲーム】

 プロジェクトの打ち合わせを定期的に実施し、

全員で、顧客の要求、システムの仕様などを議論 し、シンプルな計画を立てた。このような打ち合 わせは、月一回の割合で実施し、プロジェクトを 進行させた。

【短期リリース】

 計画ゲームで決定した内容に基づき作業を実 施し、完成した部分からリリース、確認、修正と いう流れを繰り返した。

【シンプルな設計】

 初心者が開発するため、簡単かつシンプルな 設計が必要となった。また、プロトタイプのた め、将来の変更のためにはシンプルに設計する ことが要求された。シンプルな設計を心掛けた ため、バグにも素早く対応できた。

【テスティング】

 テスト用の自動ツールは用いていないが、テ ストを頻繁に実施した。スクリプト言語でのプ ログラミングはコーディングの結果が即座に確 認できる。つまり、テストとコーディングとがほ ぼ同時に終了し、非常にインクリメンタルで効 率的な開発である。

【リファクタリング】

 余分な機能や冗長なコーディングは排除する ように心掛け、随時リファクタリングを実施し た。結合テスト後のシステム全体のリファクタ リングは実施できていない。

【ペアプログラミング】

 エディタ部分、組み版部分、検索部分の三つの モジュールを3名で担当したが、それぞれメイ ンの作業とサブの作業を受け持ち、各モジュー ルに3名で取り組むことに決めた。特にエディ タ部分においては頻繁に実施した。

(14)

【コードの共同所有】

 全てのコードは全員で共有し、改変を許可し た。WebDAV を利用し、最新のプログラムを共 有した。

【40 時間労働】

 敢えて取り決めなかったが、実行できている。

プロジェクトの特徴から作業時間を確保するこ とのほうが難しい。

【オンサイトの顧客】

プロジェクトの打ち合わせには、必ず顧客が参 加した。また、ML を利用し、顧客との情報のさ らに、今回は顧客がプログラマーの役割も担当 したため、顧客参加型の開発環境が実現された。

 上記のプラクティスを実施することにより、

初心者中心のチームであったがプロジェクトを 成功させることができた。XP を適用したこと が、成功の秘訣であると感じる。特に、「ペアプ ログラミング」、「共同所有」、「オンサイトの顧 客」の実施が効果的であった。これらのプラク ティスの実施により、設計書などのドキュメン トは実は重要ではなくコミュニケーションが重 要であることが分かった。顧客と開発者、開発者 同士が頻繁に意見交換、情報共有をし、ペアに なって作業を通して理解するほうが効率的で あった。そして、顧客にいつでも質問ができたた め、曖昧なままコーディングすることもなく、要 望と仕様のズレがなかった。

 但し、今回のプロジェクトは、実際の商用のシ ステム開発では厳しく要求される品質、コスト、

納期など、クリティカルな要素がなかった。その 意味では、温室プロジェクトであり、成功しやす い状況であったことを断っておく。

4.3 仮説の検証 プロジェクトの分析 4.3.1 正統的周辺参加による学びの分析

 本プロジェクトの中での学習は、システム開 発プロセスを通じて自生したものであり、学習 者が自律的に習得したものである。この学習プ ロセスを通じて、学びが生じたかどうか、LPPの 概念を用いて分析する。以下、本プロジェクトを LPP の概念を用いて分析していく。

 実用システムのプロトタイプ構築を目的とす

る共同体への参加を通じて学習が形成されるこ ととなった。そもそもシステム開発は個人の学 習ではなく、共同的な営みで成立するものであ る。従って、システム開発プロジェクトの発足 は、学びの共同体の生成であると言える。そし て、学生の共同体への「正統的周辺参加」を通じ て、システム開発を「学習材」とする「学習」が 形成されていた。本プロジェクト確認した「正統 的周辺参加」の詳細は以下の通りである。

 産学連携プロジェクトでは、学生であっても 実社会の問題を取り扱う。学習する内容は真実 の学びであり、社会に貢献するものである。本プ ロジェクトでは企業の BPR の一端に貢献し得る プロジェクトであり、その貢献活動の中で、役割 を担うことを通じて学習が状況に埋め込まれて いた。つまり、「正統的」学びなのである。共同 体に著者は学習者として参加した。業務に関し ても、システム開発に関しても初心者であり、与 えられる仕事は「周辺的な」作業から始まった。

しかし、担当した作業はシステム開発の一部分 であり、意味のある仕事である。

 開発手法にXPを適用したことやプロジェクト 管理で用いたMLが、正統的周辺参加による学習 を誘発する要因であったことが判明した。XP 手 法や ML は、共同体への関わりを可能にするも の、言い換えると、実践への「アクセス」を許可 するものとして機能したのである。XP 手法の適 用により、プログラムのソースコードを共同体 の資源とすることができた。ソースコードは オープンにされているだけでなく、自由に改造、

改変することが許されていた。さらに、参加メン バーが自由に意見交換できるようにできるよう に ML が用意され、情報を得ることも、会話に参 加することも可能となった。これは、正統的周辺 参加の鍵とされる、「アクセス」が参加者全員に 許可されることを意味する。つまり、学習者は、

実践者たちの共同体での活動への生産的なアク セスが与えられ、正統的に周辺的に参加する仕 組みが整備されていたのである。

 このように、本プロジェクトでは、学びの共同 体が創造され、正統的周辺参加が行われた。従っ て、産学連携での社会的実践において、効果的な 学習が行われたと言える。

 しかし、「共同体」への「周辺的参加」から「十 全的参加」への移行という「参加」形態の変化は 残念ながら確認できていない。教育の効果を探

(15)

るという目的で、故意に創り出した共同体であ ることに最大の原因がある。参加は既にある共 同体に新参者として加わっていくことである。

著者は学習者として最初からプロジェクトに加 わっており、新参者として共同体に参加した訳 でもなく、後に新参者の学習者が参加する訳で もなかった。この点までは考慮されていないプ ロジェクトであり、反省すべき点である。ただ し、会社とプロジェクトとの関わりから考える と、「周辺的参加」から「十全的参加」への移行 を確認できる。まず、今回のシステムはプロトタ イプシステムという位置づけであり、社内の基 幹システムなどの核心的な部分の作業ではなく、

「周辺的な」作業である。しかし、プロトタイプ の構築は企業の IT 導入にとっては必要不可欠な 工程である。また、IT 化の対象となる記事も有 料記事ではなく無料記事であり、業務から見て も「周辺的な」作業であるが、無料記事の編集も 必要不可欠な業務である。つまり、実践に直結し ているという意味では「正統的」であるが、「周 辺的な」作業に「参加」したことは確かである。

さらに、このプロトタイプは実稼動へと移行中 であり、これに伴い担当する仕事の役割や責任 が重くなっていく。これは、「周辺的参加」から

「十全的参加」への移行であると言える。この時 の学習形態の変容を分析していくことが今後の 課題である。

4.3.2 学習プロセスの分析

 本プロジェクトで展開した学習プロセスを分 析すると、BPRのプロセスそのものであった。特 に、松島40が紹介している「従来の業務プロセス を再設計」の BPR の進め方とほぼ一致する。そ の進め方は以下の通りである。

ステップ1 業務分析

ステップ2 ビジネスプロセスの見直し

ステップ3 ワークフローのシステム化の

切り出し

ステップ4 ワークフローオートメーショ ン

 このBPRは、「最もオーソドックスなリエンジ ニアリングのすすめ方であろうし、その実践に リスクはない。ポイントはITの活かし方である」41 とされている。IT の活用方法を学ぶには適する 題材であることを意味する。その内容や展開順 序の良さから、座学中心の教育カリキュラムに 比肩するどころか優れている。

 さらに、本プロジェクトで生じた学びは、「正 統的周辺的参加」によるものであり、「自然な学 び」である。自然な学びであるがために、教育カ リキュラムや教師や教科書が存在しなくとも、

上記の学習プロセスを通じて、効果的な学習が 行われた。著者にとって、上述したプロジェクト 工程それ自体が学習カリキュラムであり、チー ムメンバー全員が教師であった。一概には言え ないが、学習者が学ぶという行為を強制される のではなく、自発的・自律的に学ぶ環境に身を置 いているために学習者の学習意欲が高まるとい う点において、高い学習効果が期待できる。

4.4 プロジェクトの効果 4.4.1 IT 教育に対する効果

 産学連携で実アプリケーション開発を通じて、

システム構築に必要となる IT 技術だけでなく、

社会で必要となる知識や技能を習得することが 出来た。

 【IT 技術に関する能力】

システム構築の知識・技能

プログラミング言語(HTML、XML、Xi42、 Java、JavaScript、Perl)

IT リテラシーの習得(インターネット、

メールの活用、情報検索・収集方法など)

40  [松島 94] では、リエンジニアリングを進めるための四つのメニューとして、(1)「従来の業務プロセスを再設計」(2)「新しい 会社で新しいプロセスを」(3)「クロスカンパニーでビジネスプロセスを形成」(4)「市場創造するビジネスプロセスを作る」 が紹介されている。

41  [松島 94] 167 ページ。

42  Extend it!(Xi)とは、BXS(横浜ベイキットが開発したオープンソースの XML 専用のアプリケーションサーバー。詳細は、http:/

/www.baykit.org/を参照。)が装備している言語であり、XML形式でスクリプトを記述し、XML文書を生成するためのものである。

参照

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