「書かないです」と「書きません」
著者 尾谷 昌則
出版者 法政大学国文学会
雑誌名 日本文学誌要
巻 86
ページ 32‑44
発行年 2012‑07
URL http://doi.org/10.15002/00010233
外国人に日本語を教えていると、普段意識することのない日本語文法の不思議な側面に気づく。例えば、単純な自己紹介で「私は教師です」と言うとき、述語は[名詞十です]という構造であり、「日本は暑いです」という文であれば、述語は[形容詞十です]である。ところが、これらを過去形で表現すると、前者は「私は教師でした」となるが、後者は「日本は暑いでした」とはならず、「暑かったです」となる。どうして「です」を過去形にしてはいけないのかと質問されても、答えに窮してしまう日本語教師が多い。単純な説明として、「名詞には活用がないから、「です」の方を活用するしかない。しかし形容詞には活用があるから、「です」ではなく形容詞自体を活用させるのだ」と言う日本語教師
「書かないです」と「書きません」
はじめに がいるかもしれない。しかし、形容詞に活用があるからといって、「です」を活用してはならないという説明にはならない。形容詞は自立語、「です」は付属語なので、付属語よりも自立語の活用を優先させねばならないと説明するにしても、やはり同じような疑問が残る。機能の上では形容詞と同じ働きをする形容動詞の場合はどうだろうか。例えば「祖父は元気です」のような文の場合は、「元気だったです」ではなく、「元気でした」となるため、活用の上では名詞と同じ扱いということになってしまう。しかも形容動詞は、形容詞ほどの豊かさではないにしても、連体形は「元気な」、連用形は「元気に」という具合に活用がある。「活用がある語に接続する場合は、「です」の方を活用させてはいけない」という説明も怪しくなる。「です」に関しては、もう一つ不思議なことがある。表題にも書いたように、動詞の丁寧な否定形には「書かないです」と
尾谷昌則
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「書かないです」と「書きません」
「です」の語源には諸説ある。「日本語文法辞典』によれば、①断定の助動詞「なり」の連用形「に」に接続助詞「て」、動詞「侯」のついた「にて候」が、「で候」↓「でそう」↓「で 「書きません」という二つの形式が存在している。私個人の語感としては、前者に対して若干の違和感を覚える。少々荒っぽい言い方をすれば、敬語が苦手な若者が、いかにも使いそうな表現の代表のようにも感じる。周知の通り、「です」と「ます」は丁寧語の二大表現であるが、動詞はマス形、名詞・形容詞・形容動詞はデス形をとるという棲み分けがある(「書きます」、「教師です」、「暑いです」、「元気です」)。そのため、「書くです」のような表現は明らかに非文法的であり、特殊な効果を狙った場合を除き、使用されることはまず無い。そこで本稿では、動詞のナイ形(否定形)になると、「書きません」の他に「書かないです」という接続も許容されてしまう背景について考えてみたい。今回は「研究ノート」ということなので、確固たる結論を提示するつもりはないが、大凡の見通しとして、①近代以降の「です」の発展を見ると、ナイ形にのみ接続する理由は十分に説明できること、②「です」の使用域が現代においても拡大しつつあること、③「ます」よりも「です」の方が対人的モダリティとしての色が強いこと、などが主張できそうである。
二近代における「です」の発展しかし江戸時代前期には、「でえす」「でゑす」「でいえす」のような例しか見られず、「です」の形が見られるのは江戸時代後期になってからという。それも、使用者は男性の職人、地方から来た国侍、花柳界の芸妓などに偏っており、男女問わず一般家庭でも使用され始めたのは近世末期であるという(湯沢巴 す」へ変化したという説、②「~でございます」から「でござんす」「でがんす」「であんす」「でえす」などを経てなったという説(文部省国語調査委員会『口語法別記』)、③「であります」から転じたという説(「大日本国語事典」)、④「で」に文語のサ変の「す」が付いたという説(山田孝雄岳邑)など、実に様々である。ただし、①にある「候」は、元々は謙譲語であったものが「ある」の丁寧語へと変化したことはつとに有名であり(西田】①雪、金水ご宗など)、「~であります」や「~でございます」に類する形式が関与していることは間違いないと思われる。どの語源説に依拠するかで初出と見なすべき例も異なるが、『日本語文法大辞典」によれば、室町時代には次の(1)(2)、江戸時代前期の上方語には(3)のような例が見られるという。(1)是は地獄の主閣魔大王です(狂・朝比奈)(2)罷出たる者は、東国にかくれもなひ大名です(狂・入間川)(3)寺岡平右衛門とは、ヱ、何でえすか」(伎・仮名手本忠臣蔵)
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明治に入り、「です」はさらに定着の度合いを増した。前田($き)によれば、明治一一十六年(]宅四年)から「です」が教科書の中で使用されたことと、ちょうど同じ時期に山田美妙の言文一致運動で「です体」が使われたことなどがその要因であるという。その頃に刊行された「雪中梅」(末広鉄腸)や「浮雲』(二葉亭四迷)などでも、確かに「です」が性別・年齢・社会階層を問わず広範囲に使用されている事実が確認されている(辻村ご畠)。ちょうどこの時期に、面白い例が現れ始める。それは形容詞に下接する次のような例である。 、←)O近世末期に広まった「です」は、当初「です」という形のみであったが、次第に「でしょう」や「でした」という活用形をはじめ、「ようです」や「そうです」という接続も見られるようになった。辻村(ご$)は次のような例を挙げている。
いけ(8)不可ないですか(泉鏡花「海域発電」]函①⑤) (5)(6)(7) (4) かはかたこれうつて巷ったな茎ごれ方是にはやうすのあることでせう(「春色恋廼染分解」初編下万廷元年〈]霊C〉刊)ふくまけ夫に福共どんけふは負どうしでしたねへ(同書一一編下)入らざるお世話なやうですが……(同書二編上)うちくわせつ此の一間においた隣の宅が花雪さんの遠い親類だ茎ごうです(同書二編下) 近世から明治初期の「です」は主に名詞に下接しており、断定の助動詞「だ」と同じように使用されていた。推量の「~ようです」や伝聞の「~そうです」に接続する場合も、「ようだ」「そうだ」の「だ」が「です」に交替したものと考えれば、基本的には体言に接続していたと考えてよい。しかし、形容詞に下続するこれらの例は、「です」の接続法が大きく拡大したことを示している。ちなみに、今回調査を行ったのは、一八九○~一八九九年二○年間)が初出の資料計三六点(「青空文庫」よりダウンロードした小説が中心、本稿末□]に列挙しておく)であるが、形容詞に接続する「です」の事例は三九例しか見つかっておらず、それらは(8)~(、)に示した四作品に集中していた。一九○○年以降になると、形容詞接続の「です」は飛躍的に増え、中には過去形に接続した事例も見られるようになる。(旭)子をあけて這入るのに少々薄気味がわるかったです……(夏目漱石「吾輩は猫である」]き②)(田)何が面白かったですか。(夏目漱石「虞美人草」皀二)(u)昨日は帰りは遅かったですか(田山花袋「布団」巴s) (9)(、)(、) そら熱いですよ(国木田独歩「二少女」屋畠)宜いですか、お宮さん(尾崎紅葉「金色夜叉」勗君)薄い色素を濃くするは易しいですが、濃い色を薄くするは極めて困難な事柄です(黒岩涙香「幽霊塔」屋宅)
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ただし、実際には三宅(]毛←)も指摘しているように、「寒いです」のような言い切りの使用例は非常に少なく、会話中では「寒いですよ」「寒いですか(ねえ)」のように終助詞を伴っている事例がほとんどであり、さほど気にならないことが多(1)かつたようである。そのためか、昭和二十七年(]や、図)に文部省が出した敬語の指針(「これからの敬語」)では、「大きいです」や「小さいです」といった形容詞終止形に接続する「です」も「平明簡素な形として認めてよい」とされ、今日のように違和感なく用いられるに至っている。以上、体言接続から形容詞接続へと使用域を拡大してきた「です」の変遷を概観したが、実は、明治期には動詞に直結する事例もわずかではあるが見られる。先ほど調査した三六点で調査したところ、「動詞十です」が三作品で計一一例、「動詞十でしょう」が一作品で計七例見られた。 このような用法は拡大の一途を辿ったが、昭和に入ってもまだ違和感を覚えるという指摘が見られる。例えば湯沢(』震』)は次のように指摘している。
(巧)僕は寧ろ富山を不偶に思ふです(尾崎紅葉「金色夜叉」) 「『寒いですよ。』「宜しいですか。』のやうに、「です』の下に他の語の附いたものは、さほど耳を刺戟せぬが、(中略)「です』を以て言ひ切ったものは、未だ一般の耳に熟さないやうである。」(「現代語法の諸問題』ロ圏④
「動詞十です」が許容されないにも関わらず、動詞を否定形にした場合には「です」の接続が許されるというのは、一見すると非合理的な現象であり、文法規則というものが本当に規則性を持っているのかと疑いたくなる事例の一つかもしれない。しかし、実は規則性も合理性も持ち合わせていると考えられる。敢えて結論を先に述べておこう。動詞に付く否定辞の「ない」 これらのうち、「動詞十でしょう」は生き残ったものの、「動詞十です」は定着しなかった。常体の場合を考えればすぐ分かるように、「思うだろう」とは言えても「思うだ」とは言えない。「思うでしょう」とは言えても「思うです」と言えないの(2)は、おそらくこれと同じ原理なのであろう。 (随)それで安心ができなけりや、御自分の脚で歩くです(泉鏡花「義血侠血」)(Ⅳ)行り損なへばっかまるです(泉鏡花「海城発電」)(肥)これを国への土産にすると、全国の社員は皆満足に恩ふです。(同書)(岨)アノ様子では今明に起きるでしょう(黒岩涙香「幽霊塔」)(型縁が有れば誰か又外の人が取り出すでしょう(同書)五)是程手広く人を救うて能くも此の職業の秘密が世間へ洩れずに居る事を怪しむでしょうが、……(同書)
一一一「書かないです」が許される理由
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は、学校文法(Ⅱ橋本文法)では否定の助動詞ということになっているが、実際には形容詞であるため、「書かないです」は「形容詞十です」と同じ構造になっているのである。前節でも見たように、形容詞に「です」が接続する表現は昭和中期には定着したものであるため、「書かないです」も文法的構造として認可されるのである。これについて少し補足しておこう。「書く」は動詞であり、その否定形である「書かない」は、動詞「書く」の未然形に否定の助動詞「ない」が接続したものと学校文法では見なされる。つまり、二語扱いされるわけである。しかし、実際に出来上がった「書かない」という表現は、語尾が「い」で終わる形容詞と同じような振る舞いをする。例えば、テ形は「書かなくて(もいいことなるが、形容詞でも「古くて(もいいことなる。否定形は「書かなくはない」となるが、形容詞でも「古くはない」となり、やはり同じである。過去形は「書かなかった」となるが、形容詞でも「古かった」となり、これも形容詞と同じ活用を示す。学校文法では、存在を表す「ある」の対義語としての「無い」は自立語であるため形容詞として認められているものの、動詞に下接する否定辞の「ない」は付属語であるため、助動詞に分類されているが、両語の活用は極めて類似しており、同じような接続的振る舞いを示す。ゆえに、「古いです」「古かったです」が認められれば、「書かないです」「書かなかったです」も認められるようになるという訳である。ところで、「動詞否定形十です」の起源はいつ頃なのだろうか。先ほどと同じ資料三六点を調査した限りでは、左に挙げた 前節でも見たように、同資料群からは「形容詞十です」の例が三九例も見つかっている。それに比べると、「動詞否定形十です」の使用例が八例というのはいささか少ないようにも思うが、後者(「動詞否定形十ない」)のような構造が認可されるのが前者(「形容詞十です」)のお陰であると考えれば、むしろ当然と言えるかもしれない。では、何故「形容詞十です」のような構造が許されるようになったのであろうか。辻村(ご$)は、形容詞の対者敬語の敬意が高すぎたことが原因ではないかと推測している。明治時代までは、「寒い」や「少ない」を丁寧に表現するには「寒うございます」「少のうございます」としなければならなかった。しかし、この「~ございます」という表現は敬意が高く感じら (3)八例が見つかった。〆■、
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全く、知らないです。(泉鏡花「海城発電」屋霊)秘さねばならない必要も見出さないです。(同書)別に聞いて見やうとも思はないでした。(同書)このほかにいふことは知らないです。(同書)出来ないです。(同書)あなた名を知らないでしょう(泉鏡花「黒百合」臣毛)オヤそう、お上がんなさいよ、でも未だ十時が打たないでしょう。(国木田独歩「二少女」]窒函)ポール・レベルは多分此の家に住んで居ないでしょう(黒岩涙香「幽霊塔」扇宅)
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「書かないです」と「書きません」
「ございます」を敬遠することで「です」の使用域が拡大したという説は、あながち間違ってもいないと思われる。全てが一斉に「です」へと傾いたわけでもないため、まだ「です」化されていない表現も多々あるが、そういった表現にさえも「です」化の波は押し寄せている。例えば、現代語で感謝のコトバとして用いられる「ありがとうございます」がそれである。これは「有り難い」という複合形容詞に「ございます」が接続し れるため、日常的には甚だ用いにくいものであった。そこで、「です」が代用表現として便利に用いられ始めたのではないかということらしい。確かに、現代語でも「~(で)ございます」という表現は敬意が高すぎるように感じられ、日常的な使用が(4)ためらわれる。似たような事例は、近年口語でよく聞かれる接続詞「なので」についても言える。原因・理由を表す接続詞は「だから」であり、それを丁寧に表現しようと思えば「ですから」や「ですので」を使用するしかない。しかし、それらには過度の敬意が感じられるため、ゼミの発表や仲の良い先輩‐l後輩の間では使用しにくい。そこで、適度な敬意表現として「なので」が近年用いられるようになってきたと考えられる(尾谷・二枝囚已])。「です」の場合も、「でございます」に比べると過度の敬意が感じられないため、相手と自分の距離をそれほど離すことなく、程よい敬意でもって相手を待遇することができるのであろう。
四デスの拡大 勿論、これらの中には、「「ありがとうです」なんて表現は許せない」という趣旨の書き込みも多く見られるが、そういった書き込みが多くなされること自体、その表現がいかに流布しているかを逆説的に物語っている。他にも、次のような表現が「です」と共起している例が見つかった。 たものであり、「ありがとう」か「ありがとうございます」という形式で用いるのが一般的である。「ありがとうございます」には、「寒うございます」ほどの過度な敬意が感じられないため、特に不都合は感じられないが、近年では「ありがと(う)です」のような例も見られるようになってきた。試しにの8巴ので「ありがとです」「ありがとうです」「ありがとざんです」を検索してみると、いずれも数多くヒットした。
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オーディエンスの反応を確かめながら会話を進めるために、所々に確認の「ね」を挟みたい心情は理解できるが、「ね」を単独で使用すると対等な口調になってしまうため、丁寧の「です」も併せて使用しているのであろう。このような「です」の使用は、今後も拡大していくものと思われる。「です」の拡大表現に類似したものとして、「~つす」という表現もある。 ここで見られた拡張表現は、「ありがとうです」の場合も含め、どれも挨拶表現であり、伝統文法では感動詞の類として扱われる。挨拶表現は定型化しやすいため、「です」を伴って一種のイディオムになっているのかもしれない。井上(]毛、)でも、「なるほどですね」という相づちを連発する人がいると紹介されているが、会話の端々に「です」を挟む事例は、ビジネスの場面でも畔易するほど耳にする。面)え-つとですね、本日はですね、弊社の方で準備させて頂きましたですね、こちらの資料に沿ってですね、あの-、説明の方をですね、進めさせて頂きたいと思います。 (型「ゴチです」
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趣味は音楽です可愛いです*こんにちわです
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件亙 趣味は音楽つす。可愛いつす。ちわ~つす! 若者(特に体育会系男子)を中心に、このように簡略化された丁寧表現は今でも需要が高い。「~です」が簡略化されて「~つす」になったと考えるのが最も一般的であるが、(堅のように、元になった表現が存在しないケースもあることから、単な
る簡略化として捉えるのではなく、[ⅡU+つす」で一つの
構成体(○・口”吋巨&・貝の。]弓の旧]や①口P自侭n斤の烏山CSmsm)と見るべきであろう。以上、拡大しつつある「です」の使用事例を見たが、丁寧化の方向へ進みつつある日本語の現状を考えれば、このような傾向は今後も強まると思われる。加えて、少数勢力が大勢力へと取り込まれ、一本化されるという「単純化」の傾向も働いている可能性も考慮しなければならないであろう。例えば有名な「ラ抜き言葉」は、少数派である一段活用が大勢力である五段活用へと取り込まれつつあると見ることもできる(尾谷・二校岩巨)が、「です」にもこのような単純化が起こっている可能性がある。「~ません」は動詞述語文でしか使用しないが、「~ないです」は形容詞述語文と名詞述語文で使用される。実際に、それぞれの使用頻度を調査したわけではないので、どちらが大勢力を形成しているかは断言できないが、後者の方が大勢力を成していると推測される。となれば、いずれ何にでも「です」を付けるという単純化が起こり、「食べるです」のような表現を自然に使用する世代が現れるかもしれない。こちらはまだ推測でしかないので、実生活での使用頻度調査を行った上で、稿を改めて議論したい。38
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一方、ナイデス形については、三節でも述べたように、十七世紀末に「形容詞十です」が出現したことによって付随的に生まれた表現であると考えられるから、マセン形ほどの歴史を持たない、新しい表現形式であると考えざるを得ない。一方、現代語においては、極めて簡易な調査ではあるが、現代日本語書き言葉均衡コー さて、話を「書かないです」と「書きません」に戻そう。仮に前者をナイデス形、後者をマセン形と呼ぶならば、筆者の私見では、現代語(とくに若者)の口語において、ナイデス形を用いる発話が多くなっているように感じる。そこで本節では、その理由を文法カテゴリーの階層という視点から考えてみたい。まずは歴史的な事実を簡単に振り返っておこう。動詞の丁寧な否定形の規範(Ⅱ伝統的な用法)はマセン形であると考えられる。これは、先に調査対象とした資料一一一六点の調査からも明かである。マセン形を調べてみると、実に六四九もの使用例が見つかったのに対し、ナイデス形の使用例は、三節でも紹介したように、わずか八例しか見られなかった。マセン形は、「~ませぬ」から「~ません」へと推移して生まれた形式であることは自明であり、伝統的に使用されてきた表現形式の延長線上にある。 五対人的モダリティとしてのデス
表現件数 マセンデス449
ナイテス 表1
あった。これらてもやはり名詞述語文での使用が圧倒的に目立つ。第四位には「しれる」という動詞が来ているが、こちらは「~かもしれないです」というイディオム化し
繩繧側I
パスの無料公開版「少納一一一一口」(三宮へヘゴミゴ・丙・さ口・言四・]亘呂・目、。□へ)を利用してその使用頻度を調べてみた。使用したソースは、最も口語に近いであろう弓呂○・一知恵袋」の書き込みデータ三○○五年度分)であり、「ないです」を使用している表現を無作為に二○五五件抽出した。次に、フリーソフトの【国8口臼を使用して形態素解析を施した上で、「X+ない+です」という構造パターンを抽出し、「X」の部分にどのような語彙が出現しているのかを調べた。その結果、最も多かったのは「~はないです」(例》「その可能性はないです」など)の四三八件、次に多かったのは「~じゃないです」(例函「知りたいのはそこじゃないです」など)の三九八件、次いで「~しかないです」(例函「これしかないです」など)の六八件であった。これらはどれも名詞につく形式であり、現代語におい表2
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表現 件数
マセンデス 449 ナイデス 1
順位 語彙X 品詞 件数
1 は 助詞 438
2 じゃ 助詞 398
3 し力。 助詞 68
4 しれる 動詞B 52
5 も 助詞 48
6 が 助詞 45
7 問題 名詞 41
8 できる 動詞B 29
9 わかる 動詞B 28
10 たい 助動詞 24
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に続く助詞「も」や「が」も、「身も蓋もないです」や「きりがないです」のような場合であるから、名詞文ということになる。問題の動詞が使用されているケースで最も多かったのは「できる」(例皿「そんな方法じゃ出来ないです」など)の二九件と、「わかる」(例函「自分には分からないです」など)の二八件であった。「動詞十ナイ+デス」という構造を持つ表現は、全部で一六一件見つかっている。その中から、三件以上ヒットした動詞を次に示しておく。最も多かったのは、先に紹介した「できない(なかった)です」(二九件)、次いで「わからないです」(二八件)であった。色々な悩み事を相談し合う呂呂8-知恵袋という掲示板の性質上、これらの動詞が多く使用されていたことは偶然ではないであろう。今回見つかった一六一件という使用数は、全体(二○五五件)の七9八パーセントに過ぎず、決して多いとは言えない。しかし、動詞の丁寧な否定文の規範T本来の用法)はマセン型で 動詞
できる わかる 言える
’知れる 変わる 見る 知る 思える
出る 許せる
限る 効く 使う 買う 表3
あり、いわば亜流のナイデス型が七・八パーセントも存在しているというのは、注目に値するのではないか。厳密に比較するためには、マセン型の使用頻度を調査し、ナイデス型との相対的な割合を出すべきであるが、今回はそこまで出来なかったので、そちらは今後の課題ということにした。さて、ここからは、従来の表現であるマセン型に加えてナイデス型が何故出現したのかについて考えてみたい。ナイデス型が生まれた原因として、四節では「です」へと一本化する「単純化」が起こっている可能性があると指摘したが、それだけで説明できるほど問題は単純でないと思われる。そこで、文法カテゴリーの階層を考慮し』再検討してみたい。マセン型は、丁寧の「ます」の後ろに否定の「ん」が接続している。しかし、ナイデス型は、否定の「ない」が先であり、丁寧の「です」が後に来ている。順番が全く逆になっているわけであるが、否定も丁寧も文法カテゴリーではモダリティに分類されるものである。文法カテゴリーとは、語を形成する原理によって分類されたものの呼称であり、動詞の語形変化によって格関係に変化をきたすヴォイス(態)をはじめ、テンス(時制)、アスペクト(相)、モダリティ(法)などがある。そして、日本語の述語構造には、文法カテゴリーの階層があることがよく知られている。「花子はいつも勉強させられていたらしいよ」という文を例に説明しよう。文は、大きく命題とモダリティに分かれる。述語の「勉強させられていた」は、語幹「勉強」の下に使役の「させる」、受身の「られる」、継続の「てい(るこ、過去の「た」が接続し
40 順位 動詞 件数
1 できる 29
2 わかる 28
3 言える 10
4 知れる 10
5 変わる 8
6 見る 7
7 知る 5
8 思える 4
9 出る 4
10 許せる 3
11 限る 3
12 効く 3
13 使う 3
14 買う 3
「書かないです」と「書きません」
ており、右図のようにそれぞれヴォイス、アスペクト、テンスという文法カテゴリーに分類される。そして、日本語の述語構造は、一般的にこの階層順に構成される。文末に付いている「らしいよ」は、推量を表す「らしい」と、聞き手への働きかけを表す「よ」によって構成されているが、これらはどちらも話者の心的態度を示していることからモダリティという文法カテゴリーに分類される。ただし、両者はその心的態度の対象が異なるため、さらに区別される。「らしい」は命題に対する話者の心的態度(この場合は推量)を表しているため〈対事的モダリティ〉と呼ばれ、「よ」は聞き手に対する話者の心的態度(こ 「です」を挿入した(坐は、非常に自然な文となる。「です」と「よ」が並び、同じ階層に置かれることが分かるが、これは(9)「です」が対人的モダリティであることと何ら矛盾しない。一方、「ます」を挿入した(運は、非常に不自然な文になってしまう。「ます」は動詞に付くため、継続を表す「ている」の「いる」に接続して「いました」とせざるを得ないが、文法カテゴリーの階層で言えばアスペクト要素「てい(る)」とテンス要素「た」の間に挿入されていることになり、対人的モダリティが本来置かれるはずの位置でないことが分かる。次に、本稿で問題としている否定文の場合を見てみよう。(坐、(連の場合は、文末に対事的モダリティの「らしい」が存在していたため、丁寧表現は「ます」ではなく「です」を選択せざるを得なかったが、次の場合はそのような制約がないため、 の場合は呼びかけ)を表しているため〈対人的モダリティ〉と呼ばれている。これにマセン型とナイデス型をあてはめて考えてみよう。「~ます」も「~です」も、両方とも丁寧表現である。丁寧表現とは、聞き手に対する話者の配慮を表しているため、文法カテゴリーとしては〈対人的モダリティ〉に分類される(仁田・益岡巴霊)。では、「です」と「ます」を上記の例文に挿入した場合、どうなるだろうか。(響花子はいつも勉強させられていたらしいですよ。
l(妬)汀花子はいつも勉強させられていましたらしいよ。
日本文學誌要第86号 41
花子はいつも勉強させられていた
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しかし、その構造をよく見ると、否定と丁寧が逆の順序で配置されていることが分かる。(咄)では否定の「ない」の後ろに丁寧の「です」が来ているが、(〃)では丁寧の「ます」の後ろに否定の「ん」が来ているのである。否定表現は、命題が真であることを否定するものであるから、文法カテゴリーでは〈対事的モダリティ〉に分類される(仁田・益岡ご霊)。ここで(妬)をもう一度見直すと、「書かないです」は〈対事的モダリティ〉+〈対人的モダリティ〉という構造になっており、先に見た日本語の文法カテゴリー階層通りの構造になっていることが分かる。しかし、(〃)の「書きません」は〈対人的モダリティ〉+〈対事的モダリティ〉となっており、日本語の規範的な文法カテゴリー階層に矛盾する構造であることが分かる。近世から使用されている規範的なマセン型の方が、実は日本語文の基本構造に反する形式であったわけである。 「です」も「ます」も文末付近に問題なく配置することが出来る。
本稿では、動詞述語文で起こる二種類の丁寧体否定文について考察を行った。まず従来の規範型であった「書きません」と (妬)文章のプロであれば、こんな風には書かないですよ。
-(〃)文章のプロであれば、こんな風には書きませんよ。
六結び 後発表現である「書かないです」の歴史的変遷を簡単にまとめ、後者のような表現が認可される理由を文法的な視点から考察した。次に、近年「です」が使用範囲を拡大させつつあることを確認し、最後に文法カテゴリー階層の視点から見ても、「書かないです」が理にかなった表現であることを論じた。今後は、動詞述語文でもナイデス型の表現が増えていくと予想されるが、だからといって、マセン型が衰退するとも考えにくい。それはマセン型が旧来の形式であるが故、より丁寧で格調の高い表現であるというようなコノテーションを獲得する可能性もあるからである。敬語を例にとってみても、「行かれる」「食べられる」といった敬語表現は規則性も高く、単純である。だからといって、「いらっしゃる」や「召し上がる」という独自の敬語が消えてしまうかというと、そのようなことはない。前者に比べ、後者の方が格調高い、丁寧な表現であるというイメージは誰もが共有していると言ってよいであろう。これと同じように、ナイデス型とマセン型も異なるコノテーションを持つことで、はっきりとした棲み分けがされる可能性もある。今後の変化を注視して行きたい。使用した資料[一]初出が屋垣C~]宅@年のもの「風流仏」「五重塔」「印度の古話」「花のいるノー」(幸田露伴)、「うたかたの記」「舞姫」(森鴎外)、「こがれ丸」「三角と四角」(巌谷小波)、「ことばのうみのおくがき」(大槻文彦)、「人生終に奈何」.葉女史の「たけくらべ」を讃みて」(高
42
「書かないです」と「書きません」
T注
、-〆 〆-,、-〆4
(3) グー、
、-=2 がた」(蒲原有明)、「幽霊塔」(黒岩涙香) 「木曽の旅人」(岡本綺堂)、「若菜集」(島崎藤村)、「松浦あ 木田独歩)、「金色夜叉」(尾崎紅葉)、「学変臆説」(内藤湖南)、 かり」(泉鏡花)、「二少女」「たき火」「源おじ」「武蔵野」(国 旋祭」「化鳥」「竜潭諏」「蛇くひ」「三尺角」「黒百合」「星あ 山樗牛)、「義血侠血」「外科室」「夜行巡査」「海城発電」「凱 「直訴状」(田中正造)、「寧楽」(内藤湖南)、「滝口入道」(高 山樗牛)、「公益に有害の鉱業を停止せざるの儀に付質問書」
形容詞に「です」が接続する場合は、「です」単独ではなく、「ですよ/ですね/ですか」のように終助詞を伴うことが多いという指摘が多くの文献でなされている。田野村(ご震)は、「朝日新聞」のコーパス(]房や~]毛国年の4年分)を定量的に分析し、動詞(の否定形)に接続した場合でも同様の傾向があることを指摘している。ただし、「サザエさん」に出てくる幼児(タラちゃん)の発話には、「動詞十です」が度々出現する。例えば「イクラちゃん、一緒に遊ぶです~」のような例である。うち一例はテイル形であるが、「いる」の部分は動詞であるため、ここではそれも含めて数えた。逆に、近年「ございます」へと傾倒した表現に「とんでもございません」がある。これは、元々「とんでもない」という形容詞で、「傍い」や「あどけない」のような一語扱いであったが、「ない」の部分を「ございません」に交替させること 参考文献の○丘ウのH、.シ□の}のロ。(]①①、)〔ごロR日向ロロロ包匹〔)ロロの(笥匡、ロロロ(坪碓冒員ご由、」病冒『ロ囚、弓8匹缶】ぬミヨのロ『尼悪Np同日『、.○亘の四mg□己ぐの厨】弓。【 で、ビジネスの場面で多用されるようになった。これを誤用であると指摘する声も多かったが、文化庁の文化審議会でまとめられた「敬語の指針」(g三)では、「『とんでもございません」Sとんでもありません」)は、相手からの褒めや賞賛などを軽く打ち消すときの表現であり、現在では、こうした状況で使うことは問題がないと考えられる」とされた。(5)「乙」とは、巨大掲示板「2ちゃんねる」などで使用された・隠語で、「お疲れ様」の意で用いる。(6)相撲取りのもの真似では定番とも言えるセリフであり、ここに挙げた中では最も耳に馴染んだフレーズであるが、ヒット件数が少なかったのは大変意外であった。(7)平仮名と片仮名ではヒット件数が異なったため、項目を分けて表記した。(8)おおむね「ごちそうさま(でしたとの意で用いられるが、普段の食事ではなく、誰かに箸ってもらった場合などに感謝を表す際に用いる。(9)ただし、「よです」ではなく「ですよ」という語順になることについては、別の説明が必要となる。これについては、どちらがより対人モダリティらしいかという問題が関係すると思われるが、本稿の関心事からは外れるため、ここでは立ち入らないことにする。
日本文學誌要第86号
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Hosei University Repository
○三8層田忌めの・井上史雄(]毛、)「丁寧表現の現在一デス・マスの行方」「国文学解釈と教材の研究』色(崖)・蟹1日・井上史雄(s$)『敬語はこわくない最新用例と基礎知識」東京”講談社金水敏(巴忌)「日本語敬語の文法化と意味変化」『日本語の研究」』(⑲)・]、-凸・旧自彊・丙目容邑□二・(三つ)ニレ□百巴已。ご困帰‐冨用g三・量三宮国且・員三亘四の一目Qmggp①【①日日のH(&の。)ロ圏開山吋思二s&岩貝時自侭丘開・の国皀a》○留弓ローn畳・ロの』1$・旧自彊、富・吝邑』三・(四s、)’-08m目日・口の日日日日輿○・囮冒、昏号巴目已のの印の○・一一百句局目C】の8]・幻(目□の富の目・蜘昌冨口の㈹四目富・の目S四勺のgoのgの](&⑫。)p因円国司、白四房昌更旨房昌貝b百日目厨§Q冒田旦冒骨冒臼司冒扇団員頁ご]-皇国の忌貝三・日目Qの○日耳のH・前田勇(己g)「京阪の『です』標準語移入説」『国語国文」患(P)三宅武郎(皀虐)『現代敬語法』東京皿日本語教育振興会日本語記述文法研究会(岩冨)『現代日本語文法4」東京”くろし
西田直敏(巴召)『敬語」東京卵東京堂仁田義雄・益岡隆志(]房①)『日本語のモダリティ」東京”くるしお出版尾谷昌則・’一校美津子(岩屋)『構文ネットワークと文法」東京函
上田万年・松井簡治(]皀印)「大日本国語辞典』東京》富山房 研究社 お出版 田野村忠温(ご程)「丁寧体の述語否定形の選択に関する計量的調査l「~ません」と「~ないです」I」『大阪外国語大学論集」]]・巴-急・辻村敏樹(S巴)「近世後期の待遇表現」『国語と国文学」十月号辻村敏樹(ご窪)「面白かったです.面白いでした」『口語文法講座3揺れている文法』窪②l四毛・東京叩明治書院辻村敏樹(后霊)「「です」の用法l近世語から現代語へl」『近代語研究第一集」詮]’四s・東京血武蔵野書院辻村敏樹(ご畠)「敬語の史的研究」東京皿東京堂出版山田孝雄(ご闇)『日本口語法講義』兵庫”宝文館山口明穂・秋本守英(岩已)『日本語文法大辞典』東京卵明治書院湯沢幸吉郎(ご宝)『現代語法の諸問題』日本語教育振興会湯沢幸吉郎(ご農)『江戸言葉の研究』東京函明治書院
(おだにまきのり・本学准教授)
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