ルックバック・オプションの評価と外挿法
著者 久保 徳次郎
雑誌名 經濟學論叢
巻 55
号 2
ページ 1‑19
発行年 2003‑09‑20
権利 同志社大学経済学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004591
ルックバック・オプションの評価と外挿法
久 保 徳 次 郎
1
は じ め にエキゾチック・オプションは,James(2003)の分類によれば,バリア型,平 均型,相関型の3 つに大別することができる.ルックバック・オプションはエ キゾチック・オプションの代表例としてよく紹介されているが,この分類法で はバリア型に属し,過去の原資産価格の最大値あるいは最小値をペイオフ関数 の変数とするところにその特徴がある.このオプションは,早くから研究がな されていて,ヨーロピアン・タイプに関しては,Goldman et al.(1979)などに よって解析解の導出が行われている.しかしながら,周知のように,解析解の 存在しないアメリカン・タイプのルックバック・オプションの評価に関しては,
何らかの数値解法を用いなければならない.
ルックバック・オプションの数値解法に関しては,2 項ツリー・モデルが最 も簡単で理解しやすい. 例えば,Hull-White(1993),Cheuk-Vorst(1997),
Babbs(2000)などでその方法がそれぞれ提示されている.プログラムの計算手
順に関しては,Hull-White は,すべての結節点(node)で当該点を含めたそれ 以前の経路上の最大値あるいは最小値の情報を保存させながら,ツリーを構築 していくという方法をとっている.これに対して,Cheuk-Vorst とBabbs は,
変動実行価格の場合のルックバック・オプションの評価に関して,ペイオフ関 数を原資産価格表示とすることによって,最大値あるいは最小値の情報をツリ ー上に追加的に保存することなく,効率のよいアルゴリズムが組めるというこ
とを示している1).
Cheuk-Vorst とBabbs の違いは,ペイオフ値のゼロ点において,前者が吸収
壁を採用しているのに対して,後者は反射壁を採用している点である.しかし,
計算の精度と効率性に関しては,圧倒的に Babbs の方が優れている.Boyle- Tian(1999)は,この Babbs モデルをさらに3 項モデル化することによって,
モデルのハンドリングに柔軟性をもたせている.つまり,2 項モデルと違って,
3 項モデルでは,安定条件を満たす限り,原資産価格のステップ幅を時間分割 数に関係なく設定できるため,さまざまな確率過程に応用することが可能とな るからである.
ルックバック・オプションを2 項モデルで評価する場合は,確かに反射壁の 方が優れているが,しかしながら,3 項モデルでの評価の場合には,必ずしも 反射壁に優位性が認められるわけではない.したがって,3 項モデルにおいて もその優位性を認めるBoyle-Tian の主張には,正しいとは言いがたいところが ある.
以上の点を踏まえて,本稿では次の2 点を明らかにしたい.まず第1 に,3 項モデルの場合,ペイオフ値のゼロ点を反射壁にするよりも吸収壁にする方が,
数値計算の収束率が高くなる,そして第2 に,この3 項モデルに外挿法を用い るならば,さらに効率的で精度の高い数値解がえられる,ということである.
まず第2 節では,ルックバック・オプションとその原資産からなるポートフ ォリオに対するデルタ・ヘッジングより,Black-Sholes 式の導出を行う.第3 節では,Cheuk-Vorst モデルの3 項モデル化を行い,収束率に関して反射壁の 場合との比較検討を行う.第 4 節では,外挿法に関する考察とそれを前節の3 項モデルに適用することによって,さらに効率のよい計算結果がえられること を示す.そして第5 節では,本稿の要約と今後の検討課題について簡単に触れ ることにする.
1)これら2 つの論文の内容は,すでにワーキング・ペーパーの段階で研究者の間で知れ渡ってお
り,その発表年に関しては,Cheuk-Vorst は1994年,Babbs は1992年である.
2
ルックバック・オプションとデルタ・ヘッジング以下では説明の便宜上,変動実行価格の場合のルックバック・オプションに 限定して議論を進めることにする.時間をtで表し,初期時点をt=0 とする.
また,原資産価格の最大値あるいは最小値に対する連続的なモニタリングは,
t=0 から開始されるものとする.任意の時点tにおける原資産価格をS(t) とす ると,この時点におけるルックバック・オプションのペイオフ関数は次のよう に定義される.
max[M1(t)−S(t), 0],(プットの場合) max[S(t)−M2(t), 0],(コールの場合) ただし,
M1(t)=max S(τ), M2(t)=min S(τ)
である.かくして,ルックバック・オプションの評価関数を,
F (S, Mi, t),(ただし,i=1, 2)
と表すと,満期時点T におけるプットとコールのオプション価値は,それぞれ 次のように表すことができる.
F(S, M1, T) =max[M1(T)−S(T), 0] (1)
F(S, M2, T) =max[S(T)−M2(T), 0] (2)
次に,無裁定条件を使ってヨーロピアン・ルックバック・オプションに対す る偏微分方程式を導出することにしよう.まず,原資産価格が従う確率過程を,
dS/S=μdt+σdz (3)
と仮定する.ただし,μはドリフト(一定),σはボラティリティ(一定),zは ウィーナー過程である.また,
(4)
という関数を考えることにする.これは極限において,
∫
An= S(τ)n dτ
t
0
}
{
1/nとなり,さらに,その変化は,
(5)
と表すことができる.(4)を使うと,オプションの評価関数は,
F (S, An, t)
と書き換えることができる.いま,1 単位のルックバック・オプションと−Δ単 位の原資産からなるポートフォリオを組むことを考えると,その価値V は,
V=F−ΔS
となる.また,微小な時間幅dtに対するこのポートフォリオの変化は,
dV=dF−ΔdS
となる.周知のように,ここで取引コストを無視すれば,
とおくことによって,このポートフォリオを瞬時的に無リスクにすることがで きる.これはデルタ・ヘッジングと呼ばれるが,このヘッジングを連続的に行 うものと仮定すれば,(3),(5)および伊藤の補題より,次式が常に成立するこ とになる.
このとき,裁定機会が存在しないためには,このポートフォリオの収益率(dV
/ dt)/Vと無リスク利子率rとは等しくなければならない.この無裁定条件と上
式より,次のような偏微分方程式をえることができる.
lim An=M1=max S(τ)
n→∞
lim An=M2=min S(τ)
n→−∞
dAn= Sn dt nAnn−1
Δ= ∂F
∂S
dV= ∂F+ σ2S2 dt+ dAn
∂t
∂2F
∂S2
∂F
∂An
1 2
dV
= ∂F + σ2S2 + dt∂t
∂2F
∂S2
Sn nAnn−1
∂F
∂An 1
2
(6)
また,ここで,Sn/nAn
n−1に対して極限をとると,
と考えることができるので,(6)は次のような周知のBlack-Sholes 式と一致す ることになる.
(7)
かくして,上式に終期条件と境界条件を加えることによって,有限差分法やツ リー・モデルなどの数値解法を使って,ルックバック・オプション価格を求め ることができる.また,ヨーロピアン・タイプの公式に関しても,導出するこ とが可能となる2).
3
ツリー・モデルによる評価Cox et al.(1979)の2 項モデルを使いながら,ルックバック・オプションの 評価方法について考えてみることにしよう3).まず,アメリカン・プットの場合 で議論を進めることにする.時点tまでの原資産価格の最大値M1(t) をその時点 の原資産価格S(t) で表示し,それをW1(t) と表すことにする.
W1(t)=M1(t) / S(t) (8)
また,原資産価格の最大値のモニタリングは連続的に行われると仮定し,初期
時点t= 0 から開始されるものとすると,
W1(0)=1
となる.ここで,2 つのプラスの定数,u>1,d=1/uを考え,次の時点で価格 + σ∂F 2S2 + + rS − rF=0
∂t
∂F
∂S
∂2F
∂S2
∂F
∂An 1
2
Sn nAnn−1
lim =0Sn nAn n→∞ n−1
+ σ∂F 2S2 + rS − rF=0
∂t
∂F
∂S
∂2F
∂S2 1
2
2)解析解の導出に関しては,Goldman et al.(1979),Conze-Viswanathan(1991)などを参照.
3)2 項ツリー・モデルによるルックバック・オプションの説明に関しては,Cheuk-Vorst(1997),
Babbs(2000),Hull(2003)を参照.
が上昇したときの原資産価格をSu,下落したときのそれをSd と表すことにす る.すると,次の時点t=1 で原資産価格が上昇する場合,M1(1)=S(0)uとなる のでW1(1)=M1(1) / {S(0)u}=1 という結果をえる.また,逆に原資産価格が下 落する場合,M1(1)=S(0) となるのでW1(1)=M1(1) / {S(0)d}=uという結果をえ ることができる.W1に関しては1 を下回ることがないので,したがって,この 通時的な変化は次のような4 つのパターンで考えることができる.
ここで,nは自然数である.かくして,上記の要領で,Sのツリーに対応する 形でW1のツリーを構築していくことができる.また,このW1の通時的パター ンは,ツリーの各結節点での最大値に関する情報を提供しているので,Hull-
White(1993)のように,各結節点でこの情報を追加的に保存しておく必要はな
く,より効率的な計算を可能とする.
以上のことをツリー・モデル化するために,時間を tj=jΔt,(ただし,j=0, 1, 2, ……, m)
T=mΔt
とし,また,原資産価格およびそのシーケンスを,
Si=S0u−i
S0i=(S0, S1, ……, Si),(ただし,S0>S1>……>Si)
と表すことにする.ここで,iはプラスの整数である.さらに,任意の時点tjと その時点での原資産価格のシーケンスを,
tj ⇒ S0j,(ただし,j=0, 1, 2, ……, m)
というルールで対応させながらツリーを構築していくものとしよう.ここで注 意すべきことは,ツリーの結節点の数は,通常のツリーの約半分ですむという ことである.なぜならば,プットの場合,S0以上の値はすべてW1=1に対応す
W1(t)=1 ⇒ W1(t+1)=1 (S(t) が上昇したとき)
W1(t+1)=u (S(t) が下落したとき)
{
W1(t)=un ⇒ W1(t+1)=un−1(S(t) が上昇したとき)
W1(t+1)=un+1(S(t) が下落したとき)
{
,(ただし,n 1)るため,S0以下の値を対象とするだけで事足りるからである4).つまり,S0の 結節点(原点)を吸収壁と仮定することができる.
原資産価格のツリー上では,それに対応するW1 を計算することができるの で,このツリーはW1に関するツリーでもあり,W1(Si, tj) と表すことができる.
これをW1(i, j )と略記すると,ツリー上では次のように表示することができる.
W1(i, j )=ui,(ただし,i=0, 1, 2,……, j) (9)
同様に,オプション価値F (Si, tj)もF (i, j ) と略記すると,満期時点T におけ るオプション価値はF (i, m) と表され,(1)は次のようになる.
F(i, m)=max[Si{W1(i, m)−1}, 0],(ただし,i=0, 1, 2, ……, m)
また,fを原資産価格表示のオプション価値とすると,さらに次のように表すこ とができる.
f (i, m)=max[W1(i, m)−1, 0],(ただし,i=0, 1, 2, ……, m) (10)
ルックバック・オプション価格は,上式を出発点として,W1のツリー上を時間 的に逆戻りする推論を繰り返しながら求めることができる.いま原資産価格が 上昇するリスク中立確率をp ,ツリーの初期点を W1(0, 0)=1 とし,さらに
W1( 0, j )=1(ゼロのペイオフ値)となる結節点を吸収壁とすると,各時点の
f ( i, j ) は,次のような逆戻りの手順をとりながら決定されていくことになる.
f( i, j )=max[W1(i, j+1)−1, R{p f(i−1, j+1) u
+(1−p) f(i+1, j+1) d}] (11)
f( 0, j )=max[0, R{p f(0, j+1) u+(1−p) f(1, j+1) d}] (12)
ただし,R=exp [−rΔt] である.
コールの場合についても,同様にして求めることができる.まず,時点tま での原資産価格の最小値M2(t) に関して,プットの場合と同様,次のような原 資産価格表示で考えることにする.
W2(t)=M2(t) / S(t)
4)W1=1 のとき,ペイオフ値はゼロとなる.
ただし,W2(0)=1 である.コールの場合は,時点t=1 で原資産価格が上昇す るとき,M2(1)=S(0) となるのでW2(1)=M2(1) / {S(0)u}=dという結果をえる.
また,逆に原資産価格が下落するとき,M2(1)=S(0)dとなるのでW2(1)=M2(1) /
{S(0)d}=1 という結果をえることができる.W2に関しては1 を上回ることがな
いので,したがって,この通時的な変化は次のような4 つのパターンで考える ことができる.
これをツリー・モデル化するために,今度は,
Si=S0d−i
Si0=(S0, S1, ……, Si),(ただし,S0<S1<……<Si)
と表すことにする.ここで,iはプラスの整数である.また,さきの場合と同様 に,任意の時点tjとその時点での原資産価格のシーケンスを,
tj ⇒ Sj0,(ただし,j=0, 1, 2, ……, m)
というルールで対応させながらツリーを構築していくものとする5).かくして,
W2( i, j ) は,ツリー上で次のように表すことができる.
W2( i, j )=di,(ただし,i=0, 1, 2, ……, j) (13)
ペイオフ関数は,(2)より,
F (i, m)=max[Si {1−W2(i, m)}, 0],(ただし,i=0, 1, 2, ……, m)
となるので,原資産価格表示では次のように表すことができる.
f (i, m)=max[1−W2(i, m), 0],(ただし,i=0, 1, 2, ……, m) (14)
ゆえに,コールの場合の各時点のf ( i, j ) は,次のような逆戻りの手順をとりな がら決定されていくことになる.
W2(t)=1 ⇒ W2(t+1)=d (S(t) が上昇したとき)
W2(t+1)=1 (S(t) が下落したとき)
{
W2(t)=dn ⇒ W2(t+1)=dn+1(S(t) が上昇したとき)
W2(t+1)=dn−1(S(t) が下落したとき)
{
,(ただし,n 1)5)コールの場合,さきのプットの場合とは逆に,原資産価格のツリーはS0以上の結節点から構築
されることになる.
f ( i, j )=max[1−W2(i, j+1), R{p f (i+1, j+1) u
+(1−p) f(i−1, j+1) d}] (15)
f ( 0, j )=max[0, R{p f(1, j+1) u+(1−p) f(0, j+1) d}] (16)
以上の手順は,一見効率的なように見える.確かに,Hull-White の方法より かは効率的である.しかし,2 項モデルは,同じ結節点の数であっても3 項モ デルに比べると経路の数が少なくなる.そのため,ルックバック・オプション のような経路依存型のデリバティブを評価する場合,与えられた結節点を効率 的に利用しているとは言いがたく,下記で示すように,その数値計算結果はあ まりよくない.したがって,Babbs の2 項モデルのように,W1( 0, j )=1 および
W2( 0, j )=1 を反射壁にして結節点の数を増やすなどの工夫を施すと,収束率
を高めることができる.
しかし,上記の2 項モデルを3 項モデル化するにあたっては,吸収壁をわざ わざ反射壁に変更する必要はない.「反射」によって新たに生み出される結節点 は,もともとの結節点を有効に利用するほどには,ルックバック・オプション の評価に対して効力を発揮しないからである.したがって,アルゴリズムの単 純性と収束率の観点から考えると,Babbs モデルの 3 項モデル化よりも,
Cheuk-Vorst モデルの3 項モデル化の方が優れていると言える.
以上の点を確かめるために,まず上記の2 項モデルを次のように3 項モデル 化することにしよう.リスク中立確率に関して,原資産価格の上昇確率をPu, 下落確率をPd,そして不動のままの確率をPmとそれぞれ表すと,3 項モデルの プットの場合,(11)と(12)はそれぞれ次のように変更されることになる.
f ( i, j )=max[W1(i, j+1)−1, R{Pu f(i−1, j+1) u+Pm f(i, j+1)
+Pd f(i+1, j+1) d}] (17)
f ( 0, j) =max[0, R{Pu f(0, j+1) u+Pm f(1, j+1)
+Pd f(1, j+1) d}] (18)
また,コールの場合も,(15)と(16)はそれぞれ次のように変更されることに なる.
f ( i, j ) =max[1−W2(i, j+1), R{Pu f(i+1, j+1) u+Pm f(i, j+1)
+Pd f(i−1, j+1) d}] (19)
f ( 0, j ) =max[0, R{Pu f(1, j+1) u+Pm f(1, j+1)
+Pd f(0, j+1) d}] (20)
ここで注意すべきことは,(18)においてPd f (1, j+1) dをPd f (2, j+1) dのよう に,また(20)においてPu f (1, j+1) uをPu f (2, j+1) uのようにそれぞれ変更 しないということである.つまり,任意の結節点( i, j) から次の結節点への移 動に関しては,そのインデックスi を1 つずつ上下させるか,またはiのまま にするかしかできないからである.
それでは,この3 項モデルによる計算結果を他のモデルのそれと比較してみ ることにしよう.第 1 表は,3 つのモデルの収束率の比較を解析解の存在する ヨーロピアン・タイプで行ったものである.表中のBN はCheuk-Vorst モデル,
TNⅠはBoyle-Tian によって3 項モデル化されたBabbs モデル,そしてTNⅡ
第 1 表 ルックバック・オプションの評価(ヨーロピアンの場合)
時間分割数 BN TNⅠ TNⅡ BN TNⅠ TNⅡ
プット コール
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
11.3311 11.6015 11.7235 11.7968 11.8472 11.8845 11.9135 11.9370 11.9565 11.9730 12.2828
12.2958 12.2893 12.2871 12.2860 12.2854 12.2849 12.2846 12.2844 12.2842 12.2841 12.2828
12.2713 12.2770 12.2789 12.2799 12.2805 12.2808 12.2811 12.2813 12.2815 12.2816 12.2828
14.9162 15.1215 15.2139 15.2694 15.3075 15.3357 15.3576 15.3754 15.3901 15.4025 15.6357
15.6031 15.6194 15.6249 15.6276 15.6292 15.6303 15.6311 15.6317 15.6321 15.6325 15.6357
15.6241 15.6299 15.6318 15.6328 15.6334 15.6338 15.6341 15.6343 15.6344 15.6346 15.6357 収束値
(注)原資産価格100,満期日までの期間 6 ヶ月,ボラティリティ25%(年率),無リスク利子率10
%(年率),BN は Cheuk-Vorst モデル,TNⅠは 3 項モデル化された Babbs モデル,そして TNⅡは 3 項モデル化された Cheuk-Vorst モデルである.また,収束値は,Goldman et al. の 解析解より算出している.
は上記の要領で3 項モデル化されたCheuk-Vorst モデルである.ただし,3 項 モデルのリスク中立確率の設定に関しては,Boyle-Tian の結果と比較するため に,Kamrad-Ritchken(1991)に依拠している.パラメータ値に関しては,原資
産価格を100,満期までの期間を6 ヶ月,ボラティリティを25%(年率),無リ
スク利子率を10%(年率)としている.また,収束値に関しては,Goldman et al.(1979)の公式から算出している.
表より,まず第1 に挙げられることは,2 項モデルの収束率が非常に悪いの に対して,2 つの3 項モデルはともに収束率がよい,ということである.第2 に,3 つのモデルはともに一様に収束しているが,3 項モデルの方がより滑らか である.そして第3 に,小数点第3 位以下に注目すると,3 項モデルのうち,
TNⅡ(吸収壁の場合)の方が収束率がよいということである.
次に,収束率のよいTNⅡを使って,今度はアメリカン・タイプと比較しな がら,さらに時間分割数を増やして収束率の様子をみたのが第 2 表である6). ただし,アメリカンの場合は解析解がえられないので,時間分割数を10万とし
第 2 表 アメリカンとの比較
時間分割数 プット コール プット ヨーロピアン アメリカン
1000 2000 3000 4000 5000 10000
12.2816 12.2822 12.2824 12.2825 12.2825 12.2826 12.2828
15.6346 15.6352 15.6353 15.6354 15.6355 15.6356 15.6357
13.1676 13.1672 13.1671 13.1670 13.1670 13.1669 13.1668 収束値
(注)計算に際しては,TNⅡを使用している.ボラティリテ ィなどのパラメータに関しては,第 1 表に同じ.ただし,
アメリカンのケースでは,時間分割数を10万として算出 した値を収束値としている.
6)コールに関しては,配当がない場合,アメリカンとヨーロピアンとは同値となるため,第2 表で
はアメリカン・コールを省略している.
たときの計算値を収束値としている.ここで注目すべきことは,滑らかに収束 は続けていくものの,時間分割数が10000 に達しても,計算値を収束値に完全 に一致させることができない,ということである.ここでは示していないが,
この傾向はTNⅠについても当てはまる.したがって,このような厳しい精度で 数値解を求めるためには,時間分割数をさらに増加させるか,あるいは次節で 示す外挿法を利用する必要がある.
4
外挿法による計算精度の向上前節の計算結果のように,一様に収束する傾向をもつ場合は,外挿法を用い ることによって計算効率をよりいっそう高めることができる7).収束の滑らかさ は,誤差比によって測られる.真のオプション価格をF*,時間分割数をnと して算出されるその計算値をF~(n) とし,評価誤差ε1(n) を,
ε1(n)=F~(n)−F* (21)
と表すと,誤差比は次のように定義することができる8).
α1(n)=ε1(n/2) /ε1(n) (22)
ここで,ヨーロピアンの場合は,F*に対して解析解を用いることができる.n の増加にともなって計算精度が上がるならば,この誤差比は絶対値で1 以上の 値をとることになる.以上の2 式より,
という結果をえることができるので,かくして,誤差比がある定数αに収束す るならば,次式よりオプション価格を推定することができる.
F =α1(n)F(n)−F(n/2) α1(n)−1
*
~ ~
7)以下で示す外挿法は,伸縮的2 項モデルによるプレーン・バニラ・オプションの評価にも利用さ
れている.例えば,Tian(1999)を参照.
8)ただし,(22)において,n/2 が整数値をとらないときは四捨五入を行うものとする.以下でも同
様に考える.
(23)
しかし,上式による外挿法は,解析解の存在するヨーロピアンの場合には利 用可能でも,アメリカンの場合には直接適用できない.そこで(22)の誤差比 に代わって,誤差減少比を使うことを考えよう.誤差減少を
ε2(n) =F~(n/2)−F~(n) (24)
と表し,誤差減少比を次のように定義する.
α2(n) =ε2(n/2) / ε2(n) (25)
上式を(21)と(22)を使って書き換え整理すると,次のような関係をえること ができる.
(26)
上式より,誤差比がある定数に収束するとき,誤差減少比も同じ値に収束する,
ということが分かる.また逆に,誤差減少比がある定数に収束するときには,
十分に大きな時間分割数であるならば,誤差比もおおむね同じ値に収束すると みなすことができる.これらの点に関して,数値例を使って確かめてみること にしよう.
第 3 表は,さきのルックバック・オプションのパラメータに関する数値例を 使って,誤差比と誤差減少比を計算したものである.ヨーロピアン・タイプに 関しては,例えば,時間分割数が6000 のところで考えると,プットの場合は,
α1(6000) =2.0307, α2(6000) =1.9968 であり,また,コールの場合は,
α1(6000) =2.0307, α2(6000) =1.9976
である.ヨーロピアンの場合は誤差減少比を使う必要はないが,仮に(23)の 外挿法に使ったとしても,この数値例では問題はないと言える.
アメリカン・タイプの場合は,F*をえることができないため,誤差比に関し ては,前節の第2 表と同様,F * F~(100000) =13.1668 として算出を試みてい
α2 (n)= α1 (n/2)−1α1 (n) α1 (n)−1
{ }
F(n)= α F(n)−F(n/2) α−1
^
~ ~
る.第3 表では,例えば時間分割数が6000 のところで,誤差比と誤差減少比 は次のような値をとっている.
α1(6000) =1.9918, α2(6000) =1.9048
この場合,アメリカンのときでも,(23)において誤差比を誤差減少比に代えて もあまり問題はないと言える.
それでは,(23)の外挿法を使った数値計算に関して,その収束率と精度の高 さを確かめてみることにしよう.まず,αの値に関しては,第3 表より,ヨー ロピアンの場合は,α=2.0307 と考えることにする.また,アメリカンの場合 は,誤差減少比の収束値はだいたい1.9048〜1.9388 の間にあると考えられるの で,その中間値1.9218 を加えて,1.9048,1.9218,1.9388 の3 つのケースで計 算を試みることにする.
第 4 表は,以上のようにして算出した結果をまとめたものである.この表よ り,まず第1 に注目すべきことは,F^(500) のところで早くも収束値にほぼ一致 しているという点である.前節の計算結果と比較すれば,この外挿法による計 算精度の向上はきわめて高いと言える.第2 に,アメリカンの場合,αの推定 値に関する小さな誤差は,計算結果にほとんど影響を与えないということであ る.表には示されていないが,同様のことはヨーロピアンの場合についても言
第 3 表 誤差比と誤差減少比
時間分割数 プット コール プット コール プット プット α1 α2 α1 α2
ヨーロピアン アメリカン
1000 2000 3000 4000 5000 6000
2.0008 2.0076 2.0135 2.0193 2.0250 2.0307
2.0018 2.0081 2.0139 2.0195 2.0251 2.0307
1.9912 1.9941 1.9953 1.9960 1.9965 1.9968
1.9931 1.9955 1.9964 1.9970 1.9973 1.9976
1.8969 1.9372 1.9485 1.9650 1.9710 1.9918
1.8164 1.8540 1.9387 1.9084 1.9388 1.9048
(注)計算に際しては,TNⅡを使用している.アメリカンのケースの誤差比に関しては,F* F〜
(100000)として算出している.
える.
αの推定値に関しては,他の数値例であっても,第3 表の数値結果とほぼ同 様の傾向を示す.したがって,一般的にα 2 とみなして計算を行っても大き な問題は生じない.このことを見るために,α=2 として算出した結果をまとめ たものが第 5 表である.この表より明らかなように,収束率は第4 表のものと ほとんど変わらない.つまり,αの厳密な推定値を求める手順に関しては,実 際の計算に際して省略することが可能である.
第 4 表 外挿法による評価(その 1 )
F^(500) F^(1000) F^(2000) F^(3000) F^(4000) F^(5000)
12.2827 12.2827 12.2828 12.2828 12.2828 12.2828 12.2828
15.6357 15.6357 15.6357 15.6357 15.6357 15.6357 15.6357
13.1669 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668
13.1669 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668
13.1669 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 ヨーロピアン アメリカン
プット コール プット
α=2.0307 α=2.0307 α=1.9048 α=1.9218 α=1.9388
収束値
(注)計算に際しては,TNⅡを使用している.ただし,アメリカンのケースでは,
F〜
(100000) を収束値としている.
第 5 表 外挿法による評価(その 2 )
F^(500) F^(1000) F^(2000) F^(3000) F^(4000) F^(5000)
12.2827 12.2828 12.2828 12.2828 12.2828 12.2828 12.2828
15.6357 15.6357 15.6357 15.6357 15.6357 15.6357 15.6357
13.1670 13.1669 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 13.1668 アメリカン
プット α=2 ヨーロピアン
プット α=2
コール α=2
(注)第 4 表に同じ.
収束値
5
お わ り に本稿では,変動実行価格型のルックバック・オプションと,ツリー・モデル によるその評価法について考察を行ってきた.本稿でえられた結論は,以下の ように要約することができる.
まず第1 に,ルックバック・オプションの評価を3 項モデルで行う場合,ゼ ロのペイオフ値を反射壁とするよりも,吸収壁とする方が収束率を高めること ができる,ということである.この結論は,反射壁の設定にともなうプログラ ミング上の煩雑さを回避できるという点でもメリットがある.第2 に,Cheuk-
Vorst,Babbs によって提示されたアルゴリズムでルックバック・オプションの
評価を行う場合,計算値はほぼ一様に収束していく.したがって,外挿法によ ってその計算精度を向上させることが可能となる.周知のように,通常のツリ ー・モデルによるオプションの数値計算には,いわゆる「振動」が見られる.
その大きな一因として,実行価格が正確にツリーの結節点上に乗せられていな い点が指摘されている9).しかし,Cheuk-Vorst,Babbs の評価法では,そもそ も実行価格を結節点上に乗せる必要がないため,この振動原因が排除され,計 算値が比較的滑らかに収束することになる.そして第3 に,ルックバック・オ プションの評価に関しては,2 項モデルの3 項モデル化と外挿法とを組み合わ せることによって,その計算精度を大幅に向上させることができる.これは,3 項モデルが2 項モデルよりも計算値をより滑らかに収束させるからである.
本稿で残された課題としては,次の2 点が挙げられる.まず第1 に,現実の ルックバック・オプションに関しては,その経路上の最大値,最小値は連続的 にではなく,離散的にモニタリングされるため,評価に際してはこの点を考慮 する必要がある10).そして第2 に,これはルックバック・オプションだけの問
9)これ以外の振動原因に関しては,Heston-Zhou(2000)を参照.
10) 有限差分法による離散的な場合のルックバック・オプションの評価に関しては, 例えば,
Andreasen(1998),Wilmott et al.(1993)などを参照.
題ではないが,オプションのパラメータの中でボラティリティだけが観察不可 能なため,正確な数値解をえることができない.したがって,ツリー・モデル に限って言えば,インプライド・ツリーなどを用いて評価するのも一つの方法 である.以上の点に関しては,今後の検討課題としたい.
【参考文献】
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