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狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

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狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

著者 中司 由起子

出版者 法政大学能楽研究所

雑誌名 能楽研究

巻 44

ページ 167‑190

発行年 2020‑03‑25

URL http://doi.org/10.15002/00023227

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167 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

中   司    由起子 はじめに

狂言の作品に類曲が多いことはよく知られている。例えば〈末広かり〉に代表される、主人が太郎冠者に買い物を命じ、太郎冠者が間違えた物(人)を買う(連れてくる)という筋を持つ狂言には、〈目近・張蛸・鎧・宝の槌・隠笠・粟田口〉等がある。そのなかで〈宝の槌〉と〈隠笠〉は鬼ヶ島伝来の宝を買い求める点で筋立てが似ており、一括りにされがちな作品である。しかし現在の〈宝の槌〉と〈隠笠〉の上演状況を見ると、〈宝の槌〉は大蔵・和泉流で現行曲であるが、〈隠笠〉は現行曲とする家が限られており、そのことと関連して、上演される頻度も〈宝の槌〉の方が多いようである )(

(。本稿では、鬼ヶ島に伝わる偽物の宝を買い求めて失敗をするという同じ筋立ての作品が、上演頻度に差はあるが、二曲ともに残っていることに着目したい。同じ筋立てにも関わらず、両曲が現存するのは、特定場面の見どころ、つまり趣向の違いによると思われる。〈隠笠〉と〈宝の槌〉の台詞や演出の変遷を検討し、その趣向がどのように工夫されているのか考えてみたい。

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一、 〈隠笠〉と〈宝の槌〉の記録・台本

〈隠笠〉の記録として最も古いのは、寛正五年(一四六四)の糺河原勧進猿楽の記録とされているが、この記録に見える〈隠笠〉については最後に考えることにし、鬼の宝を買うという同じ筋立ての両曲がともに江戸時代を通じて演じられていたことを簡単に確認しておく。〈宝の槌〉は江戸時代初期の「寛文書上」以来、大蔵流と鷺流で上演曲として扱われる。和泉流は江戸時代後期まで書上名寄自体が見当たらないのだが、正保三年(一六四六)頃成立の天理本に見えること、天理本以降の明和中根本や波形本等の和泉流の主要な台本に所収されること、文政十年の名寄に上がっていることから、やはり江戸時代を通じて演じられていたと考えてよい。〈宝の槌〉は江戸時代に大蔵・鷺・和泉流の三流で上演されていた作品といえる。一方、〈隠笠〉は流儀によって状況が異なる。大蔵流は「寛文書上」にあげるが、明治以降は廃曲にしている(山本

東次郎家では現行曲とする )(

()。和泉流では、〈宝の槌〉の場合と同じく、天理本とそれ以降の主要な台本に掲載され、文政十年の名寄に見えることから、江戸時代を通して演じられていたといえる。鷺流は大蔵・和泉流よりも後に上演曲としたと考えられている )(

(。このような小異はあるが、やはり江戸時代には〈隠笠〉は三流で上演曲であった。なお〈隠笠〉は和泉・鷺流では多くの書上名寄や台本で〈宝の笠〉の曲名を用いるが、本論では〈隠笠〉で統一する。

  〈隠笠〉

〈宝の槌〉の主な台本には以下のものがある )(

(。

  天正狂言本  天正六年(一五七八)

  〈たからかひ

(〈宝の槌〉)〉

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169 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

   大蔵流  大蔵虎明本  寛永十九年(一六四二)

       伊藤源之丞本  宝暦頃(一七五一~一七六三)

       大蔵虎寛本  寛政四年(一七九二)

   和泉流  天理本  正保三年(一六四六)頃

       和泉家古本『六議』  元禄六年(一七二四)以前    鷺流   享保保教本  享保九年(一七二四)以前   その他   『続狂言記』

  元禄十三年(一七〇〇)

  〈隠笠〉

      『続狂言記外五十番』  元禄十三年(一七〇〇)

  〈宝の槌〉

二、 〈隠笠〉の趣向

全体の流れをおさえるために粗筋をあげ、傍線部①②③の三つの場面を中心に〈隠笠〉の趣向を考えていく。左にあげた筋は、詳細な台詞を記述する虎寛本に基づいている。実は、③の結末部分は諸本による相違が大きい場面である。③に見える相違は〈隠笠〉の趣向と関わる重要なものであるので、それについては台詞や演出の変遷をおさえつつ考察することにし、ここでは虎寛本で代表させておく。

   主人が太郎冠者に宝を買ってくるよう命じる。太郎冠者は宝がわからないので、「宝を買おう」と呼び歩く。それを見たすっぱが、古笠を隠れ笠という宝と偽って売りつけるため宝の由来を語る。①すっぱは、笠は持ち

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主が着れば姿が消える宝であると説明し、笠の奇特を見たがる太郎冠者に、すでに太郎冠者が持ち主であると言い、太郎冠者に笠を着せる。そして太郎冠者の姿が見えないふりをして、笠が本物であると信じ込ませる。戻った太郎冠者は、主人に笠を見せ由来を語る。②主人が笠を着るが、太郎冠者は主人の姿が消えないので、失敗をごまかすために姿が見えないふりをする。③主人は太郎冠者に笠を着せようとするが、太郎冠者は嫌がる。笠を着た太郎冠者の姿が見えるので、主人は怒り、太郎冠者を追い込む。

①  すっぱは笠を着れば姿が消えるという奇特を披露する前に、一つの条件をつけている。それは持ち主が着なければ、姿は消えないという条件である。この条件が伏線となって終曲部の見どころを支えている。条件を示した後にすっぱは、今の持ち主は太郎冠者であるからと言って太郎冠者に笠を着せ、実際は太郎冠者の姿がありありと見えるのに、見えないふりをする。持ち主が着なければ、姿が消えないという条件を付けておいたからこそ、すっぱの企ては成功するのである。

②  太郎冠者は笠を主人に渡し、主人が着るが、主人の姿は当然ながら消えない。笠を着れば姿が消える奇特は、太郎冠者と主人の二人しか居合わせない状況では、奇特を確認できるのはどちらか一方だけである。笠を着た方は、自分が消えているのかわからない。それならば着るのを交代すればよいのだが、ここで①で指摘した条件が重要になってくる。笠の持ち主が着なければ、姿が消えないという条件である。この条件ゆえに、金を払って笠を購入した主人自身が着てみるほかない。そして、姿が消えるのは瞬時にわかる現象であり、宝が本物か贋物かは、すぐに判明してしまう。笠の奇特は、着ると姿が消えるという単純なものであるがゆえに、太郎冠者は自分の失敗をすぐにごまかす

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171 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

必要が出てくる。そのため太郎冠者はすっぱと同じ行動、つまり、実際には主人の姿がはっきりと見えているのに、その姿が見えないふりをする。前に自分が騙されたのと同じ手法で主人を欺くのである。

③  最後の場面は台本によって違いがあるので、変遷を明らかにしたうえで趣向を考えていきたい。

  〈隠笠〉の最古本の虎明本には、次のように記されている。

    しうよろこびて、A太郎くわじやにきせてみたがるを、いやがれども、無理にきせて、Bみゆるに依て、はらをたてゝ、おい入にする。

虎明本の記述は簡略で、具体的な台詞は示されていない。そこで虎明本の結末をAとBに分けて、諸本の相違を指摘する。虎明本は、A主人は自分も奇特を見たがり、嫌がる太郎冠者に無理に着せようとするが、Bその姿が見えたままであるので、腹をたて、追い込むとある。Aに該当する部分は天理本および、天理本を継承し、さらにそれに改訂したとされる和泉家古本 )(

(では次のようにある。

    天理本      「みへぬ事はあるまひが、ふしんな事を云、さらばわれきてみよ」と云、シテ「きたらばみへまらすまひがおなじ事じや」と云、「いや、きよ」と云てむりにきする也。

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172    和泉家古本      シウ\きとくな事かなト云テ、ウレシカリテ、汝ちときてみせいト云  シテ\御前のことくに私もみへまらすまひ所でもおなし事て御さるト云  シウ\いやきよト云  シテ\今日は草臥て御さる明日きまらせうト云 シウ\是かまたるゝものか是非きよト云

天理本の主人が「みへぬ事はあるまひが、ふしんな事を云、さらばわれきてみよ」と言うのは、「ウレシカリテ」という和泉家古本の主人の姿とは少し違うが、本気で奇特を疑っているわけではなく、「この姿が見えないはずはないのだが、不思議だ」と思う様子を示す台詞であろう。「笠を着た主人の姿が見えない」と到底信じられないことを平気で言う太郎冠者の嘘や、見えないふりの演技を面白く見せるための台詞と考えたい。虎明本と和泉流の二本の台本で記述の精粗はあるが、大蔵流も和泉流も、無理強いをする主人と言い訳をする太郎冠者のやりとりがある点では同じである。このような主人の無理強いと太郎冠者の言い訳の応答は、他の台本にも共通する。さらに、この応答に①と②で指摘した、持ち主が着なければ姿が消えないという奇特の条件を活かした台詞が付け加えられるようになる。『続狂言記』を以下にあげる。『続狂言記』は、流派が固定化する江戸時代前期に活動していた群小狂言役者たちの台本であったと指摘される台本である )(

(。

    アド「某も其見へぬ所が見たい程に、そち着て見せい」。シテ「最前も申ごとく、主を思ふ物でござれば、それがしの着ました分では見へまする」。アド「そちにやる分にせふほどに、着て見せい」。シテ「いやいや、それでも見へます、とかくお蔵へ納めませふ」。アド「それならば、そちにもはややるほどに、着て見せい」。シ

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173 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

テ「それは定でござるか」。アド「なかなか、取らする」。シテ「いやいや、見へぬ時は、「こちへをこせい」と被仰ませふ、とかくお蔵へ納めませふ」。アド「ぜひ共取らする」。

『続狂言記』の太郎冠者は「笠は主を思う物であるので、持ち主ではない自分が着ても、姿は消えずに見えます」と、持ち主だけが奇特を発揮できるという条件を主人に思い出させる。すると主人が「お前に与えたことにする」、次に「今ここで与える」と言い出す。太郎冠者は「姿が消えたならば、再びよこせ(返せ)と言って取り上げるでしょう」と答える。持ち主が着なければ姿が消えないのならば、持ち主を変えようとする主人に対して、太郎冠者は笠をもらってしまうと失敗がばれるので言い訳を重ねる。①と②で示した、持ち主が着なければ姿が消えないという奇特の条件を核として応答が繰り返されているのである。このような応答は、虎明本・天理本・和泉家古本以外のすべての台本に見える。最初に笠を「預ける・貸す」のやりとりをし、最後に「与える」と言う工夫を重ねた台本もある(伊

藤源之丞本・大蔵八右衛門派の台本・明和中根本等の和泉流台本)。

 次に虎明本のB「無理に笠を着せた太郎冠者の姿が見えるので、主人が怒り、追い込む」にあたる場面を検討する。まずは時代の近い天理本からあげ、和泉流をみていくことにする。

    天理本  シテ「みへまらすまひが」と云、「いや、こゝがみゆる」と云、シテそのところへ笠をやる、「こゝがみゆる、あそこがみゆる」と云を、めいわくしてにぐるを、おい入也

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のようにある。 本・泉和の降以本古家和理の天は、技演す隠を体で笠流泉台和本は庫)文山鴻(本根中次明継る。も受けにがれてい 郎冠者は逃げ、追い込みになる結末である。 は「ここが見える、あそこが見える」と言い、太郎冠者の体の「ここ・あそこ」を扇で叩くと読み取れる。困った太 る」の主人の台詞の後に「扇ニテタヽクヲ」という、主人の動きが示されている。この指示も含めて考えると、主人 ゝ古本家では、破線「こががみゆる、あそこみゆ和泉たか所らに太郎冠者のしの箇体とかる。天理本を継承改わ訂 テ線部「シろそのとこ傍174は、と」こそあこ・こ「る。す笠へ動をの明と、るえ考らか示指きやの者冠郎太ういと」る 天理本では、太郎冠者が笠を着て「見えないでしょう」と言うと、主人は「ここが見える、あそこが見える」と指摘     シテ「せひに及ぬ夫きました」イヤカリ、笠キル。「おのれみなみゆる」。シテ「見へはいたすまい、とこか見へます」。主「爰か見ゆる」。シテ笠カタケル。主ハ扇ニテサスナリ。「扨々悪イやつの」。「ハアヽゆるさせられ、ゆるさせられ」。「やるまいそやるまいそ」追込。

太郎冠者は笠を着ると、主人に「ここが見える」と言われる。そこで「笠をかたげ」、主人は扇でそれを指すとある。「笠をかたげる」は、笠を脱いで傾けて体を隠すようにすると考えられる )(

(。『続狂言記』も和泉流と同じく笠で体を隠す演技をしていたと思われる。国文学研究資料館蔵『狂言絵』所収の〈宝の笠(隠笠)〉の絵図は、画面右に太郎冠者を見る主人と、左側に肩や首筋やのあたりを笠で覆った太郎冠者が描かれている )(

(。小林健二氏は、『狂言絵』の絵について「流派が固定する以前の京都の群小狂言集団が演じた舞台を写

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175 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

している」と指摘されている )(

(。『続狂言記』は

    シテ「さあ、着ましたは」。アド「をのれ、そりや見ゆるは」。シテ「見へは致すまい」。アド「こゝが見ゆるは」。シテ「いや、見へますまい」。アド「扨は、をのれは、都でしたゝか抜かれて失せをつた、憎いやつの、やるまいぞやるまいぞ」

とある。『続狂言記』と『狂言絵』の関係を踏まえるならば、右の台詞に合わせて、肩のあたりを笠で隠す演技がされていたのであろう。次に大蔵流の場合をみてみよう。大蔵流にも体を笠で隠す台本がある。紀州大蔵流松井家に伝わる、松井家手付本には次のようにある。

    両袖ヲ巻込「着ました」トソツト云。主見テ腹を立「其侭見ゆるか」ト云ト、「イヤ見ゆる事でハ御座ハぬ」トソツト云ト、「足腰カ出ル」ト腰ヲ叩ク。早ク笠ヲ取リ腰ヲ隠ス。又「肩かずる」ト叩ト、肩へ笠ヲ当ル。「頭がずる」トあたまヲ叩クト、「チヤツトイヤずる事でハ」ト笠ヲ着ルト、「ぬかれて来た」ト主云。「ぬかレハ致シませぬ」ト笠ヲぬぐト、「己ハにくゐやつじや」ト追込也。

主人が「足腰が出ている」と腰を叩くと、太郎冠者は素早く笠を取り、腰を隠す。以下、肩と頭と続く )(1

(。天理本・和泉家古本と同じように、体の「ここ・あそこ」を叩かれ、笠で隠す演技を伝えている。また虎明本に次ぐ伊藤源之丞

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ある。 176ここまでは笠で体を隠す演技であったが、大蔵流にはそれとは異なる演技も確認できる。虎寛本には以下のように 本でも笠で隠す演技が記される。

    シテ「只今着まする」と云て笠を着て、主のうしろへ行かゞみて、「申、笠を着まして御座る」。主「太郎冠者、どれに居るぞ」。シテ「イヤ、是に居まする」と云てかゞみて主のうしろを付て廻る。主「太郎冠者、太郎冠者」。シテ「是に居まする」。主見付て「そりや見ゆるは」。シテ「見へは致すまい」と云て笠でかくす様にする。主「そりや見ゆるは」。シテ「あゝ許させられい、許させられい」。主「おのれ都でたらされて来た、あのおうちやく物、どれへ行くぞ、やるまいぞ、やるまいぞ」。

太郎冠者は笠を着ると主人の後ろへ行ってかがみこんで、「着ました」と言う。主人が「どれに居るぞ」と尋ねると、太郎冠者は「ここにいます」と答えて、かがんで太郎冠者を探す主人の後ろをつけて舞台を廻る。見つかると太郎冠者は、笠で体を隠す動作をする。虎寛本は笠で体を隠す動きの前に、主人の後ろにかがみこんで(隠れて)跡をつける演技が加えられている。このような虎寛本の演技は、虎光本・大蔵虎光本転写本(宮島歴史民俗資料館蔵)・大蔵八右衛門派三冊本(法政大学能楽研究所古川文庫蔵)に確認でき、現行の山本家にも受け継がれている。鷺流の享保保教本では、上記の演出とはまた異なる演出をあげている。

    腰ヲカヽメズ直ニ身ヲシツメウツムキイル。口伝。シテ「サア着マシテ御座ル」。アト「ソレ見ユルハ」。シテ

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177 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

「イヤ見ヘマスマイ」。アト「イヤ何ト云フテモアリアリト見ユル」。アトヨルニシタガイ、ソロソロ目付柱ノ方ヨリ正面ヘ廻ル。アトハツイテ廻ル。問ツメラレテ、「胴ハ見ヘテモ頭ハ見ヘマスマイ」追込ナリ。口伝。

傍線部からは、アド主人が笠を着た太郎冠者に近寄って来るのに従って、太郎冠者はそろそろと目付柱の方から正面へ廻り、主人はその後をついてくる演出が読み取れる。太郎冠者が目付柱の方に向かう前に、舞台上のどこに位置していたかは台本に記されないが、虎寛本とは異なり、二人の前後関係が逆になっているのが特徴である。しかし保教本に次ぐ寛政有江本(観世文庫蔵)をはじめとする鷺流台本は、主人が太郎冠者の体が見えると指摘すると、太郎冠者が笠で体を隠す演出を伝えており、右の演出は保教本独自のものといえる。以上見てきたように、結末には笠で体を隠す演技と、主人の後ろに隠れた後に笠で体を隠す演技がある。後ろに隠れる演技は、単純で子どもだましのようなところに特色がある。主人はなんとか太郎冠者に笠を着させると、姿が消える奇特を目にするのを心待ちにしている。観客も笠を着る太郎冠者を見て、どうやって失敗をごまかすのだろうと期待をする。すると笠を着た太郎冠者は、主人の後ろに隠れてごまかそうとする。主人と観客の期待の大きさに対して、後ろに隠れる演技は単純であっけないものである。期待と太郎冠者の行動の間にはギャップが生まれる。その落差が笑いに繋がるといえよう。一方の笠で体を隠す演技は、追い詰められた太郎冠者の破れかぶれの行動である。②で述べたように笠の奇特は単純なものであるので、主人は笠を着た太郎冠者の全身が見えた時点で、すぐに笠が偽物であると気づく。それでも主人は「ここ・あそこが見える」と指摘し、太郎冠者は「見えませんよ」と答えて笠で隠す。お互いに相手をからかうような気持ちも、そこには含まれているだろう。狂言らしい笑いの演技といえる。

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178

ただし二つの演技の狙いは共通している。太郎冠者が主人の背後に隠れて動く様子や、または太郎冠者が体のあちこちに笠を当て、主人がそれに合わせて指摘するという、二人の動きそのものに〈隠笠〉の面白さがある。追い込みの演出も含めて、二人の動作の組み合わせやタイミングもしくは表情で面白さを作ることを狙っている。役者の身体で笑いを生み出す工夫がなされているのである。

三、 〈宝の槌〉の趣向

〈宝の槌〉の粗筋を虎寛本で示すと以下のようになる。前半の粗筋は、宝が槌になる点のほかは、すっぱが太郎冠者に宝の由来を語る場面まで、〈隠笠〉と同じ展開であるので省略した。〈隠笠〉と同様に①②③の場面に分けて考える。③の結末部分は、諸本による相違が大きい場面である。ここでは相違を示しきれないので、虎寛本に拠って示すが、諸本に見える台詞や演出の相違については後述している。

   ①すっぱは、宝の槌は呪文を唱えて振れば何でも出てくる宝であると説明し、すっぱは刀を出すように言う。太郎冠者が呪文を唱えると、すっぱは本物の刀を脇から出して、槌が本物と信じ込ませる。戻った太郎冠者は主人に槌と刀を見せ、由来を語る。②太郎冠者は馬を出そうとして、呪文を唱えて槌を振るが馬は出ず、言い訳をする。③太郎冠者が主人に馬に乗り留めるように頼み、槌を振ると、主人は太郎冠者に乗ろうとする。太郎冠者は呪文の文句を用いて、めでたい言葉を述べ、主人はめでたさに納得し、太郎冠者に休めと声をかける。

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179 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

①  すっぱは、振れば望む物が何でも出てくる槌の奇特を説明する際に、奇特が起きる条件に言及している。その条件とは、槌を振る際に呪文 )((

(を唱えることである。

    蓬莱の島なる蓬莱の島なる、鬼の持たからは、かくれみのに隠れ笠、打出の小槌、しよりやうむりやうぢやうむりやう、しよりやうむりやうぢやうむりやう、ぐはつしこくにくはつたり(虎寛本)

右の呪文を唱えなければ、槌を振る者の望みの物は出てこないというのが条件にあたる。

  田口和夫氏は、呪文の「鬼のもつ宝は、隠れ蓑に隠れ笠、打出の小槌」について、民俗芸能の「翁」の詞章に伝承される「宝かぞえ」の言葉に類似しているとし、原猿楽にあった宝かぞえの翁の台詞の痕跡がこの呪文に見えると指摘される )(1

(。〈宝の槌〉の特色は、奇特の条件となる呪文に祝言性があることである。

②  太郎冠者は槌を振って馬を出すという奇特を主人の前でおこない、当然ながら失敗する。〈隠笠〉は持ち主が笠を着ると姿が消えるだけの単純な奇特であるので、太郎冠者は主人の姿が見えているのに見えないふりをするだけで、主人を騙すことができた。しかし〈宝の槌〉は望む物が何でも出現する奇特であるため、同じ手は使えない。そもそも槌は偽物なので、当然馬は出ない。誤魔化して出たように見せるとしても、①の場面ですっぱが出した小さく扱いやすい刀とは違い、馬は大きな動物でいかさまのしようがない。それゆえ太郎冠者は槌を振るたびに、言葉を尽くして言い訳を述べるしかなくなるのである。例えば虎明本の太郎冠者は、槌を四回振った後に以下のような言い訳をする。

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180

一  太郎冠者「と、うちいださうハ一定でござるが、此馬にハ耳を付まらせうか」。主「おんでもなひ事、つけいでハ」。太郎冠者「耳ハなふても大事なひ物で御ざるが」。主「いやいたありつけた物ハあつたがよひ」。 二  太郎冠者「此馬には足を二つ付けまらせうか」。主「有かゝりに四つつけい」。太郎冠者「さらは付次手に、はひやうに六つ付まらせう」。主「いやいや四つがよからう」。

三  太郎冠者「口ヲツケマスマイ」。主「口がなふてならふか」。太郎冠者「物をくハひでようござらふか」。主「いやいや物をくハずハいきハせまひぞ」。

四  太郎冠者「此馬にハ尾を付まらすまひ」。主「尾がなくハみぐるしからふ」。太郎冠者「尾ハなふても大事なひ物で御ざる」。

虎明本では脚が多い馬、または耳・口・尾のない不思議な馬を出すと太郎冠者が言う。ほかにも天理本は「いやいや毛色を、何に致さうぞと、存たによつて、心が定まらいで、出なんだ」と、毛色を話題に出して失敗を取り繕う。虎寛本になると、太郎冠者は自分が出す馬には八本の脚をつけようと述べる。それに対し、主人は百足のような馬には乗ることが出来ないと答える。そして、今度は前と後ろに頭を付けた馬を出すと太郎冠者は言い、主人はそのような馬には乗れないと断る。すかさず太郎冠者は口がない馬を出すと言い、主人は轡のはませどころがないと述べる。台本ごとに馬の毛色や模様、ありえない不思議な馬の特徴は様々であるが、太郎冠者が必死に言葉を尽くして誤魔化そうとすると、その都度主人が応答をするのは、すべての台本に共通している。このような太郎冠者の奇妙な言い

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181 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

訳と二人の言葉の応酬が、〈宝の槌〉の趣向になっているといえよう。太郎冠者は呪文を唱えつつ所作をおこなっている。虎明本のすっぱの台詞には、

    ほうらいの嶋なる、鬼のもつた財ハ、かくれ蓑に隠笠打出のこづち、諸行むじやう諸行むじやう、ぐわつしこくにくわつたりと、唱て、左右へまはり、拍子にかゝつて、われを忘て、打処ばかりに心を入て、他念なく、右のじゆもんをとなへうては、出るほどに打てお見やれ

とあり、すっぱは太郎冠者に呪文と一緒に動きも教えている。「拍子にかゝつて」とあるように、この呪文は一種の囃子物といえよう。虎明本以降の台本には台詞と共に動きが示される例も出てくる。松井家手付本には次のようにある。

   「蓬莱の嶋成ル蓬莱の嶋成ル鬼の持ツた宝ハ」迄拍子、「隠蓑に隠レ笠」ト目付柱へセリ廻リ、又大臣柱へ「打出の小槌」ト行、「諸行」ト左ヘ廻リ大小ニテ小廻リ、「月支国ニ」ト両手ニテ槌ヲ振上ケ、「くわツタリ」ト真中ヲ打ツ様ナリ。

右の記事は呪文を唱えながら足拍子を踏み、舞台を移動、小廻リをすると解釈できる。現行の演出でも、コトバと節の中間的な謡い方で呪文が謡われ、それに合わせて舞台を廻るなどの動きがつく。単に呪文を唱えるのではなく、呪文を謡い、それに合わせて動くことによって、賑やかさや明るさといった雰囲気を醸し出すことができ、それは呪文

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182 の祝言性を高める効果にも通じるのではないだろうか。

③  最後の場面を現在の舞台の流れを元に示しておく )(1

(。太郎冠者はこれから馬を出すので、乗り留めてほしいと主人に頼む。当然馬は出ないが、主人は槌を振る太郎冠者の背後から彼の両肩を押さえつけて、しゃがんだ状態の太郎冠者に向かって「どうどう」と言う。太郎冠者は、主人が押さえつけているのは自分であると告げて立ち上がる。その後に太郎冠者が以下のような台詞を述べる。この台詞の内容は諸本でほぼ同じであるので、虎明本をあげる。

    いやいやめでたい事で御ざる、こなたのいよいよ大名にならせられて、御ふしんのなされう御ずいさうに、ばんじやうのをとがいたす、くわたくわたくわつたり 呪文の最後に含まれる槌を振る擬音「クワッタリ」を、大工が用いる工具の槌の音にとりなして、めでたい言葉を述べる )(1

(。主人が大名になって、屋敷を普請するという瑞相に槌の音が響くというのである。太郎冠者は主人の望む買い物ができなかった失敗を、主人が喜ぶようなめでたい言葉でとりなそうとする。②の場面では、太郎冠者が失敗を誤魔化すために、あれこれと言い訳を述べる点を〈宝の槌〉の趣向にあげた。同じように結末においても、太郎冠者は言葉を用いて状況を打開しようとしているのである。ただし、右のような太郎冠者のめでたい言葉はすべての台本に見えるが、『狂言記外五十番』には見えない。この点については後ほどふれる。さて、太郎冠者がめでたい言葉を述べた後に結末となるが、結末の主人の台詞や演技が台本によって異なっている。

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183 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

    虎明本      主「ぬかれてうせて、あつちへうせおれ」。おひ入。

    天理本      主「あのうつけ物が」と云て留る也。

    伊藤源之丞本   主「夫こそ目出度けれ。急いで蔵ゑ納めい」。シテ「はあ」。        又、「おのれぬかれおつた」。シテ「ぬかれハ致ませぬ」。主「まだ其つれな事を云。あちへうせう」。シテ「めんぼくも御座らぬ」と云て入るあり。目出度能、又ハ座敷にても追込ぬをよしとす。見合考べし。

虎明本は主人が叱責した後に追い込みになる。追い込みになるのは、虎明本と『狂言記外五十番』にしか確認できない。天理本では叱責の台詞を述べて終わる。伊藤源之丞本は二通りの台詞を示しており、後者の傍線部は天理本と同様の結末である。追い込みと叱責の台詞の結末には、騙されたにも関わらずにめでたい言葉を述べる太郎冠者の調子のよさを浮かび上がらせる効果があるだろう。伊藤源之丞本の初めの傍線のない方は、太郎冠者のめでたい言葉を受け、主人の「蔵へ納めよ」の台詞で終わっている。「蔵へ納めよ」という台詞は伊藤源之丞本にしか見えないが、ほとんどの台本には「それこそ目出たけれ、いて休め」と形を変えて、太郎冠者のめでたい言葉を受けた台詞が伝わっている。ここで天正狂言本「たからかひ」を確認しておこう。太郎冠者がすっぱに呪文を教わる場面からあげておく。

    くたる時しゆもんあり。ほうらひの嶋なる、ほうらひの嶋なる、鬼の以たからは、かくれみぬにかくれかさ、打てのこつり、しよ行むちやう、しよ行むちやう、くわつちほくにくわつたり、と。これをならふてくる。さ

(19)

184

てしう見る。せれふ。まつ馬を打たする。後たらふくわしや馬になる。しうおつつく。とめ。

呪文を習った太郎冠者は主人のもとへ戻り、槌を見せる。二人のやりとりがあって、馬を出すことになる。「後たらふくわしや馬になる。しうおつつく。とめ」は、どのような内容であろうか。現在は、馬が出たと思った主人が、太郎冠者の背後から両肩を押さえつけると、太郎冠者が膝を突いてしゃがみ、自分は馬ではないと言う。その後、太郎冠者は立ち上がって、呪文の文句を祝言にとりなしためでたい言葉を述べ、主人がそれを受けて「それこそめでたけれ、いて休め」と言って終わる。しかし天正狂言本には、太郎冠者のめでたい言葉が書かれていない。大まかな展開を中心に記す天正狂言本の性格上、省略されている可能性もあるが、呪文の「クワッタリ」を普請の際の槌の音にみなして主人を寿ぐ台詞は、現在の〈宝の槌〉一曲を完成させるものである。そのような重要な台詞を書き留めないということは考えにくい気もする。先に『狂言記外五十番』は太郎冠者のめでたい言葉が記されないこと、追い込みの留めになっていることを指摘した。天正狂言本も、太郎冠者はめでたい言葉を述べずに、そのまま自ら進んで馬のふりをして逃げ、主人が追いついて終わるという展開であったのかもしれない。天正狂言本は、太郎冠者の買い物の失敗に重点をおいた内容だったのではないだろうか。現在の〈宝の槌〉の結末は、前述した伊藤源之丞本の叱責をしない台詞を受け継いだ、主人の「それこそめでたけれ、いて休め」の台詞で終わっている。〈宝の槌〉の結末は、天正狂言本のような、馬になって逃げる太郎冠者に主人が追いつく演技から、虎明本の追い込みの演技へ、そして天理本の主人の叱責の台詞で終わるものが作り出された。最終的には、宝物を買い求める筋や呪文自体に祝言性がある点をふまえて、結末の「それこそ目出たけれ」の台詞に

(20)

185 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

よって、めでたさに一貫性を持たせる台本に移り変わっていったのであろう。

おわりに

最後に〈隠笠〉と〈宝の槌〉の古記録にふれておきたい。〈宝の槌〉の最も古い記録は、先に考察した天正狂言本「たからかひ」である。〈隠笠〉には初めにあげたように寛正五年(一四六四)糺河原勧進猿楽での上演記録が存在するのだが、「かくれ笠」と記されるのは異本『糺河原勧進猿楽日記』(尊経閣文庫蔵)の番組であり、内閣文庫本では「カクレミノ」を兎大夫が演じていると記録される )(1

(。天正狂言本に所収される作品は、曲名や内容から室町時代後期の古い形を伝えていることが指摘されている )(1

(。『糺河原勧進猿楽日記』は、内容は寛正の勧進能を書き留めた資料であるが、資料自体が書写されたのは天文十七年(一五四八)である。よって、天正狂言本と『糺河原勧進猿楽日記』に大きな時代的な隔たりがあるわけではないと思われる。永井猛氏は内閣文庫本『糺河原勧進猿楽日記』に見える「カクレミノ」について、「笠ではなく蓑を買わされるものがあったのであろうか」と指摘される )(1

(。寛正の糺河原勧進能で上演されたのが現在の〈隠笠〉であるのか、「隠れ蓑」という現在は伝わらない狂言であったかは断定できない。単にどちらかの誤写の可能性もあるだろう。あるいはまた、着ると姿の消える頭巾を居杭が被っていたずらをする〈居杭〉のように、実際に姿が消える笠が引き起こす笑いを描いた狂言だった可能性を想像することもできそうだが、やはり『糺河原勧進猿楽日記』に見える「かくれ笠(カクレミノ)」は、買い物に行った太郎冠者が贋物をつかまされて失敗するという筋立てを持つ狂言と考えてよいと思われる。天正狂言本には「たからかひ〈宝の槌〉」と共に「末ひろがり」も所収されており、すでに買い物を取り違える筋立てが確立していた。〈宝の槌〉の呪文に「鬼のもつ宝は、隠れ蓑に隠れ笠、打出の小槌」と列

(21)

見つ目一ういとるえ消が姿かわり、なと線伏が件条のこでか者る法手たれさ騙が分自は冠郎太に、めたるあで特奇( 〈隠笠〉では、姿が消えるという奇特を起こすために、笠の持ち主が着なければ姿が消えないという条件をつける。 に趣向を整えてきたのかを考えてきた。 本稿ではほぼ同じ筋立ての〈隠笠〉と〈宝の槌〉が現在まで両方残ってきたことに注目し、これらの作品がどのよう う。もカがれどの」ノミレク「ろ〉、槌の宝と〈〉笠隠〈最早くああでいなが味意りまは論議ういとか、のたし立成 たかもしれない。 つのうちのどれでもよく、室町時代後期には〈隠笠〉、〈宝の槌〉に加えて「隠れ蓑」を買ってくる狂言も存在してい 186高いものである。鬼ヶ島から伝わったという偽物の宝を騙されて買ってきてしまう、という筋立てがあれば、宝は三 記されるように、隠れ蓑・隠れ笠・打出の小槌という宝はセットで扱われる宝であり、かつ個々でも鬼の宝として名

えないふり)を主人の前で繰り返すことができ、そこに面白さがある。さらに扇で体を叩く、笠で体を隠す演技といった身体表現で笑いを生み出していた。〈隠笠〉の趣向は身体表現を重視したものといえる。一方の〈宝の槌〉は、槌を振れば望みの物が何でも出る奇特が起きる条件に、呪文を唱えることをあげる。その呪文をとりなして太郎冠者はめでたい言葉を述べる。そして望めばどんな物でも出るという奇特の特徴から、すっぱの手許にあった手ごろな刀を出して見せられた太郎冠者は、主人の前では馬を出さねばならなくなる。当然ながら槌は偽物であるので、馬が出るはずがない。そのため馬が出ないことを、言葉を駆使して言い訳をする必要があり、そこに面白さが生まれる。最終的に買い物の失敗をごまかすことができなくなっても、呪文の文句をめでたい言葉にとりなすことで、状況を変える。〈宝の槌〉は言葉に焦点をあてた趣向がとられている。〈隠笠〉と〈宝の槌〉は有名な鬼の宝を買い求めるという同じ筋立てでありながらも、趣向は身体を中心にした表

(22)

187 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

現と言葉を中心にした表現にそれぞれ発展してきたといえる。〈隠笠〉は体を中心にした演技で笑いを作り出す趣向のために、落ち着いた雰囲気の舞台展開とは言い難い面もある。それに対し〈宝の槌〉は言葉で笑いとめでたさを伝える趣向であり、能狂言が式楽として演じられる江戸時代では、〈隠笠〉よりも脇狂言として好まれたのであろう。だが、別の見方をすれば〈隠笠〉は体を使った演技が中心で、見た目重視のわかりやすい笑いともいえる。古典芸能がわかりにくい難しいと思われがちな現代では、むしろ〈隠笠〉の方が人気を得ることもあるのではないだろうか。今後、上演状況も変わっていくかもしれない。本稿でとりあげた〈隠笠〉と〈宝の槌〉以外にも、狂言には筋立てや趣向が似通う類曲が多く、なかには一まとまりにされて見過ごされがちな作品もある。しかし、作品の趣向の整えられた過程や取り入れ方、表現方法の分析を通して、その作品ならではの魅力を再発見できるのではないかと考えている。

注(

どまる。

国〈上演されたのに対し、隠七笠〉は二回の上演にと回は立来能楽堂において開場以三) 十七年の間に、〈宝の槌〉

 

版、川久・小林責、東京堂出一』九八五年)によると、明治古編) 本〈隠笠〉は「名寄所在狂料言一覧」(『狂言事典資三

年大蔵弥太郎虎年「大蔵流狂言曲目」に含まれておらず、明治三十三年茂山忠三郎良豊校閲名寄一覧でも廃曲として扱わ

れる。昭和五年の山本東次郎則忠著名寄には掲載、山本家では現行曲。

え演曲に関する質問の答をの記した『江戸初期能組控上楽) 六永井猛氏は、慶安四年(一五猿一)に寛正の糺河原勧進』

(法政大学能楽研究所般若窟文庫蔵)の「かくれ笠  権丞不存候と申故、我ら可仕と申候」という記事から、慶安四年の時

(23)

188

点で〈隠笠〉は鷺権之丞が知らないと答えていること、鷺流の古い台本にないことから、鷺流は大蔵・和泉流よりも後に

上演曲にしたと指摘される(「糺河原勧進猿楽の狂言」『武蔵野文学』

((

、武蔵野書院)。

書としての狂言』若草房、詩一九九七年)に拠る。主な劇世) 狂書名や年記は橋本朝生「言中台本・曲目所在一覧」(『台

本以外の写本の調査もおこない、論考で必要と思われる写本は適宜とりあげた。活字本は以下のものを使用した。台本の

引用では役名を補うなど一部表記をあらためた。

    天正狂言本

  『狂言集』下、日本古典全書、表章、朝日新聞社、一九五六年

    大蔵虎明本

  『大蔵虎明本狂言集の研究

  本文篇』池田廣司・北原保雄、表現社、一九七二年

    伊藤源之丞本  宮島歴史民族資料館吉村氏寄託能楽資料『宮島大蔵流狂言台本伊藤源之丞本』永井猛・高橋修三、米子

工業高等専門学校国語研究室、一九八八年

    大蔵虎寛本

  『大蔵虎寛本能狂言』笹野堅、岩波書店、一九四二年

    天理本

  『井俊彦・橋本朝生・永猛・関稲田秀雄、三弥井書屋夫・天世理本狂言六義』中の和文学、北川忠彦・田口店、

一九九四年

    和泉家古本『六議』

  『日本庶民文化史料集成』四、

三一書房、一九七五年

    享保保教本  天理図書館善本叢書『鷺流狂言伝書保教本』二、八木書店、一九八四年

    『続狂言記』・『続狂言記外五十番』

  『狂言記』新日本古典文学大系、橋本朝生・土井洋一、岩波書店、一九九六年

) 「和泉家古本『六議』解説」(『日本庶民文化史料集成』四、三一書房)、一九七五年

) 『狂言記』(新日本古典文学大系、橋本朝生・土井洋一、岩波書店、一九九六年)の解説等に拠る。

と、見えますまい」と言う主っ人が「ここが見える」とて「ま) は、現行の和泉流野村家で笠くを着た太郎冠者がうず左

(24)

189 狂言〈隠笠〉と〈宝の槌〉の趣向

右の笠の端を扇で叩き、その度に太郎冠者は叩かれた方向へ頭を傾ける演技をする。

) (

)に掲載された写真に拠る。

) 小林健二「『狂言絵』の形成とその環境」(『描かれた能楽─芸能と絵画が織りなす文化史』吉川弘文館、二〇一九年)

(0

) 松井家手付本と同じく松井家に伝来していた大蔵流十六番綴本には、

      シテ「見ゆる事てハ御座るまい」主「夫肩か見ゆるか」シテ「見へハ致すまい」主「又あたまか見ゆる」シテ「い

や見へますまい」

   とあり、動きの記述はないが、肩・頭と具体的に示されるので、松井家手付本の演技をしたと考えられる。

((

いらかひ」が所収されてるた点などから、〈宝の槌〉かに「) 用同じ呪文は〈節分〉でもい本られているが、天正狂言か

ら〈節分〉に導入されたことが指摘されている。天野文雄「節分の呪文─「彩の会」から─」『能楽タイムズ』三三七、

能楽書林・田口和夫「〈宝の槌〉の呪文─願文と狂言の間─」『能・狂言研究─中世文芸論考』三弥井書店、一九九七年

((

) 田口和夫「〈宝の槌〉の呪文─願文と狂言の間─」『能・狂言研究─中世文芸論考』三弥井書店、一九九七年

((

  ) 『岩波講座能狂言』Ⅶ狂言鑑賞案内(岩波書店、一九八七年)等を参考にした。

((

) 田口和夫氏は(

((

流れて、呪文の文句は動れの末に最後の句「化ら忘)の拠論考にて、呪文の原ではある唱導文の文句し

たり」は「クワッタリ」「グワッタリ」と発音されて大工の普請中の音に祝言的にとりなされるようになったと指摘する。

((

た年(一五四八)に書写され記十録であることから、「記七文) 進田口和夫氏は『糺河原勧猿天楽日記』(内閣文庫蔵)が録

された狂言曲名が、どの程度に寛正時のそれであり、内容的にも、現代に続く同種曲名と一致するのかは問題のあるとこ

ろである」と指摘されている(「狂言の性格」『能・狂言研究─中世文芸論考』三弥井書店、一九九七年)。

16)   『狂言集』下

(日本古典全書、表章、朝日新聞社、一九五六年)の天正狂言本の解説等。

(25)

190 (

((

) 永井猛「糺河原勧進猿楽の狂言」『武蔵野文学』

((

、武蔵野書院

二○一七年十月七日、法政大学能楽研究所と法政大学大学院国際日本学インスティテュート共催の公開セミナーにおいて、

〈宝の槌〉の上演と大蔵流狂言師大藏教義氏による復曲上演〈隠笠〉をおこなった。大藏家の復曲〈隠笠〉の台本作成にあ

たっては、写本の台本の翻刻と解読に協力し、稽古に立ち合わせていただいた。本稿は、復曲作業を通じて大藏氏と話し合っ

た、〈宝の槌〉と〈隠笠〉の相違点や、現代の狂言の笑いについてなどの意見を出発点にしている。大藏氏ならびに出演され

た狂言師の方々に篤く御礼申し上げる。

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