研究論文
企業経営の原理 と理
小 島 大 徳
彰ゝ 白 岡
アブス トラク ト
本研究をす るにあたって、多 くの 自由な旅 をす る。それは、距離的な旅だけではなく、
時空を超 えた旅や空想上の旅 な ども含む。その旅 を している最 中に一番気 を付 けなければ な らないことは、現在 と現実 を忘れないことであった。 この現在の気持 ちや立場、現実の 環境や状況があってこそ、旅の感動や発見があるのだ と思 うか らである。そのことか らも、
経営学を社会科学全体のなかか ら観察す ることの重要 さを訴 えたいのである。
さて、本研究 において主役 を演 じ、脚光 を浴びている株式会社 を、実は誰 も目で見たこ とがない。つま り、現在 に存在 していて、現実に動いているよ うに感 じた り見えた りす る ものでも、実体は無体なのである。無体 とは空想 と同 じことである。 な らば、私たちに適 合 した都合 の良い会社制度 を、 さらに 自由な発想で空想 して もよい とい うことなのであろ う。過去の空想 に縛 られた現在の夢ほ ど、ばかばか しいものはない。 自由な思いつきと空 想 こそが、経営や経済の分野で、忘れ去 られたのだが、最 も重要な鍵概念なのである。
2009年10月、私 自身三冊 目の著書である 『企業経営原論』 (税務経理協会 ・2009年) を 出版す る。本稿では、新著 を執筆 に至った経緯や隠 された思いな どを中心に記 し、著作だ けでは解 らない本質 を書 き置 こ うとす るものである。
キ ー ワー ド :コーポ レー ト・ガバナ ンス、企業経営原論、株式会社論、企業倫理論、企 業社会責任論
1.
経営学研究の意義人は存在意義 を人生に求め、人は生きる意味 を問い続 ける。企業 も同様である。企業は存在 意義 を見出そ うと懸命 に経営活動 を行い、企業 は存続す る意味を問い続 ける。人 と企業は実に 似ている。企業 に人 としての倫理観や行動規範 を当てはめよ うとす るのは、人 と企業を同視 し ているか らに他 な らない。そ して、最終的に人 は、企業に 自らの生きる意味を含 めた問いかけ を重ね合わせ るのである。
これ らの経営学研究の本質的な問題 は、企業 や社会の危機 に直面 した時に激 しく議論 され る。
この引き金 を、企業が引 くこともあれば、社会
が引 くこともある。前者が企業不祥事であ り、
後者が環境問題であることは、容易 に想像がつ く。つま り、経営学は企業 とい う生 き物 を研究 す ることで、人 と社会の本質に迫 ろ うとす る学 問なのだ。経営学は、 しかめっ面を した親父の よ うな性格 と無邪気に遊びまわる子供のよ うな 性格の両面を同時に持 っている。多 くの者 は、
子供 に魅力 を感 じるだろ うが、特には扱いにく い親父にも目を向けてみ よ う。安外、照れ屋で 素直なのか もしれない。
そ こで、企業が社会のなかで必要 とされた理 由を考 え、企業が どのよ うな社会システムのな かで如何なる役割 を有 しているのかを理解する。
そ うす ると、現代的な企業経営を取 り巻 く諸問 企業経営の原理 と理論 67
題 をも解決に導 く確 固たる基盤がみ えて くるの である。それだけではない。決 して完壁ではな い株式会社制度の次なる進化形態 をも見通す こ
とができるのである。
2.
現代的企業経営課題の出現 と解決世界的に経済が発達 し、企業の役割が増大す るとともに、企業の負 の部分が露わ とな り、そ れ を克服す るために、企業の手綱 を締 める方策 についての議論が行われてきた。 このよ うな議 論はコーポ レー ト・ガバナンス と呼ばれ る。 し か し、このコーポ レー ト・ガバナンスは、多 く の企業間題 に対処できる処方葦 として使用 され るにつ き、本来解決すべき問題か ら議論が拡散 し、今 日では、コーポ レー ト・ガバナンスの全 体像 を現すのが困難 な事態 となっている。 この 理 由は後に言及す るが、予想以上に企業 と社会 の摩擦が大き くなっていることと無関係ではな い。企業は社会の縮図であると表現 され ること もある。社会 をよく知 るためには企業 をよく知 ることであ り、企業 をよく知 るためには社会 を よく知 ることが重要なのである。
そこで、現代における企業経営の問題が詰まっ た コーポ レー ト・ガバナ ンス議論の流れ と全体 像 を、まずま とめることか ら始めなければな ら ない。 これによって、今 日の企業を取 り巻 く諸 課題が確かな形で浮 き彫 りになるのである。
3.
企業不祥事とコーポ レー ト・ガバナンスコーポ レー ト・ガバナ ンス問題 が引き起 こる 契機 は、多 くの場合 において企業不祥事の発生 である。 この企業不祥事の発生は、まず、企業 システムの改革‑ と導き、会社法改正や上場規 則改正な どによる組織改編や罰則の適用な ど‑
向かわせ る誘因作用がある。近年では、企業シ ステムの改革だけで企業不祥事が無 くな らず、
企業 システムを改革 して もなお企業不祥事が起 こる事例が跡 を絶たない。そこで、企業システ ムの改革が一通 り済んだ後は、企業倫理の確立 68 国際経営論集 No.38 2009
に向けた動きが起 こるとい う道筋を辿ってい く。
また、企業運営は、必ず収益 を伴わなければ な らない。そのため、企業は常に企業競争力強 化 を念頭 に置いて経営にあたる。その際に、最 も有効かつ簡便 な方策 は、企業組織 を効率化す るとい う企業システムの改革である。 もちろん、
収益力 を増加 させ ることは、企業 システムの改 革だけによるものではないが、規模が拡大 して いる企業においてこそ、 この傾 向が顕著にみ ら れ るのである。
この2つの企業経営の循環 において、両者 に 共通す るのは、行 き着 く先が企業システムの改 革であるとい うことである。そのため、当初は、
企業不祥事‑の対処 として企業 を統治す る方策 として、コーポ レー ト・ガバナ ンスが議論 され てきたが、企業競争力強化の 目的 も企業システ ムの改革であるのな らば、 コーポ レー ト・ガバ ナンスの役割 として、企業不祥事‑の対処 と企 業競争力強化 との2つがあるのだ として も問題 は無い と考 え られ、同時に議論 されてきたので ある。
しか し、 この企業不祥事‑の対処 と企業競争 力強化 とい う2つの課題 は、容易に両立 しうる 関係 には無いのである。つま り、常に企業不祥 事に対処す る企業システムが企業競争力 を強化 す る企業システムであることは証明 しがた く、
その逆 も然 りである。そ うす ると、コーポ レー ト・ガバナンスに 2つの機能があるとの説明が、
少 な くとも、 2つの機能 を同時に達成す る可能 性が、思い こみであった可能性が出て くるので
ある。
4.
コーポ レー ト ・ガバナンスと企業経営そ もそ も、不祥事発生 を起因 とす る議論 は、
誰が企業に対 して強制力 を持 った統制機能 を発 揮す るのか とい う議論 を経 由 して、強制力 を持 つ主体 としての企業所有論に行 き着 く。そ して、
現代社会においては、直接的に命令や処分 を下 せ るのは所有者であるとの法的思考が存在す る。
た しかに、人お よび企業は、契約 によ り存在す
図1 コーポ レー ト ・ガバナンス と企業改革の全体像 社会の要請 企業所有論
〔企業は誰のものか〕 ;
両立ほぼ不能
不祥事発 生 企業システ ムの改革
不祥事発生 経営倫理の確立 企業改革
企業運営論
liiE!芸認 諾 bT=)
; 親 和 性 な l し
経営者の要請
(出所)筆者作成。
る社会的存在であると捉 えるな らば、企業は、
特 に法によって存在 を認 め られた擬人物である のだか ら、法的思考 による所有論が語 られ るこ とは、至極 当然の ことなのである。 この議論 の 枠 内で、社会的責任論 を強調す る者 が多いのだ が、論者 は、 自らの立ち位置 を明確 にできず、
暖味な論議 に終始 していることを戒 め として胸 に刻まなければな らない と考 えている。
また、競争力強化 を 目的 とす る議論 は、効率 的な企業システムを作 るのだ とい う流行 を経て、
企業経営主体 を作 り上げたのだか ら、次は企業 経営の対象を一緒に して考 えるのだ とい う流れ に辿 り着 く。 これは、信頼 され る企業を合い言 葉 として、消費者だけではな く、多 くの企業に 関係す る者に対 して、企業経営の影響力 を行使 す るための論理が展開 され る。そ して、企業は 誰のために運営 され るのか とい う企業運営論が 語 られ ることになる。 この議論 において、一見 す ると親和性がない と思われ る社会的責任論は、
実は密接 に関係す ることにな り、営利性 と社会 性の一体化‑ と繋がってい くのである。
5.
経営学の将来コーポ レー ト・ガバナンスの議論の深ま りは、
奇 しくも今 日の株式会社 を中心 とす る企業シス テムの抱 える諸課題 を浮 き彫 りにす る。その う
え、 これを解決す るために、ほぼ両立不可能な 目的 と課題 をコーポ レー ト・ガバナンスに含 ん で しまったため、収拾のつかない状態に陥って い るのである。
資本主義経済を担ってい る株式会社 を中心 と す る企業は多 くの問題 を抱 えてお り、資本主義 経済に身 を置 く者 の全てが全力で立ち向かって いるところである。 しか し、そのよ うな流れ と は別 に、支流か ら本流‑ と立ち替わろ うとす る 流れがある。営利 を中心に しない企業群 の発生 である。 これ らは非営利企業 と呼ばれた り公益 企業 と呼ばれた りす る。いずれに して も、ボラ ンテ ィア精神 を基礎 とす る経営や公益 となる経 営を 目指 して設立 された企業組織が数多 く見 ら れ るよ うになってきた。
市民生活 レベルの向上 と市場規模の拡大は、
営利企業 と非営利企業の経営を、それぞれが犯 す結果 とな り、明確 な役割分担がな されていな い とい う状況 を作 った。 これでは、社会政策 と しての非営利企業の育成 に大 きな障害 となるば か りではな く、社会の健全な発達を阻害す る要 素 となろ う。た とえば、非営利企業の最たる事 業体 といわれ る病院は、大 きなジ レンマに直面 している。それは、病院であっても維持できる 利益がなければ倒産 し、管理体制が甘ければ人 の命 に関わる不祥事が起 こって しま うとい うも のである。 この非営利企業における問題 は、営 企業経営の原理と理論 69
利企業が抱 える問題 とも似ている。
そこにおいて、本研究は、既存の企業観 に依 拠せず、 自由な発想 で論 じることを常に意識 し て執筆す ることがなによ りも重要である。既存 の理屈 を基に していては、思い切 りの良い論 を 立てることができない。それ に古典 といわれ る 名著には、それまでの論 を覆す力があったが、
そ こにはそれまでの定説 を基に したものはほ と ん ど無い。そ こで、本研究では、批判 を恐れ る ことな く元気良 く筆 を進 めなければな らない。
経営学において株式会社制度 は多 くの欠陥を有 しているが、株式会社制度 よ りも良い制度は未 だこの世で発見 されていない。だか らといって、
既存の制度 に満足 していては、人類の進歩や発 展が無い。
それでは思い切 って、このよ うな問題意識 を 解決す るための新たな会社制度 を模索す る旅 に 出る必要があるのだ。そのために、今までにな い社会科学 としての経営学であ り続 ける、新た な基礎概念 を基 に して、経営学を再構築 し、現 代の企業経営にまつわる課題 を、解決 していか なければな らない。
6.
新 しい経営学原論の鍵概念新 しい経営学の明示 あるいは暗示 している鍵 概念 は、存立 と自由の2つである。まず、存立 については、市民社会による企業の成立に至 る 必要性 と過程 を紐解 く必要がある。 これは、権 力の源泉 とい う人類の歴史で何度 も問いかけが なされつつ も解決 に至っていない問題 に行 き着 くことになる。 また、 自由については、本質的 な 自由を市民社会が有 してお り、 自由の委任 に よる企業制度の成立 と、 自由の対立による企業 経営問題 の発生 を論理的に明 らかにす る必要が ある。 これは、今 までの企業倫理論 あるいは企 業の社会的責任論 な どを否定 し、新たな価値観
による論の定立を導 くことになる。
さて、企業 を主人公 に し、新 しい経営学を作 り上げるためには、 10のス トー リーに分け、い ろいろな時 と場面 を旅す る必要がある。企業あ 70 国際経 営論集 No.38 2009
るいは企業経営 とい う掴み所のない ものを、普 遍あるいは本質を求めての旅である。それでは、
経営学原理 を10のス トー リーに分 け、その概要 をま とめなが ら航海す ることに しよ う。
7.
経営学原論の航海図(1)第 Ⅰ部 企業の論理
経営学原論は、第 Ⅰ部企業の論理、第 Ⅱ部営 利企業の論理、第Ⅲ部非営利企業の論理、の3 部10章で構成 され る。 ここで、各場面の航海図 を説 明す ると、以下の通 りでる。
第 1章では、「経営学 と株式会社論」と題 して、
経営学の全体像 を検討す るにあた り、経営学 と 株式会社の関係 を考察す る。その結果、株式会 社論 を体系立て、理論の構築 を行 う必要性が浮 き彫 りとなる。株式会社論は、大きく分 けて、
(1)市民社会を核 として、 (2)目的運営論、 (3) 機構論、 (4)社会責任 ・統治論、の4つの領域
か らなる。そ して、株式会社論は、それ らの4 つの領域がそれぞれ重なる領域 をも含む全ての 領域が有機的に関係 し合 うことで初 めて成 り立 つ ことを明 らかにす る。また、株式会社制度は、
万能ではな く、21世紀の企業形態が探究 され確 立 され なけれ ばな らない。 そのために、(1)樵 式会社に変わる新 しい企業形態を設計す ること、
(2)株式会社 の新 たな展 開 を実証 的 にかつ論理 的に研究す ること、の 2つが絶対的に必要であ ることを提示す る。
第 2章では、 「企業倫理の理論」と題 して、21 世紀 に入 ってか ら顕著に確立が 目指 されている 企業倫理 を今一度整理 し、新たな視点を提示す るために、企業経営を考 える上で、避 けては通 れない 「会社」や 「社会」の意味を検討す る。
このことは、企業経営の幹 とな りつつあるコー ポ レー ト・ガバナンスだけではな く、企業の社 会的責任 (CSR)や企業倫理 においても、共通 の課題である。その検討結果 によ り、資本主義 社会の主役である株式会社の制度疲労が露呈 し てお り、今までの株式会社‑の牽制や抑制、あ
るいは指導 な どの議論 は、制度 自体 を根本的に 変 えなけれ ば、限界がある と考 えなけれ ばな ら ない ことが明 らか となる。 そ こで、制度的疲労 を埋 めるために、今 まで語 られてきた株式会社 論 ではな く、新 しい会社制度 の創設 を視野 に入 れた議論が活発 になること‑の基礎理論 を提示 す る。
第3章では、 「企業社会責任の理論」と題 して、
経営学や法律学 な ど多 くの学問分野において議 論 されてい る企業の社会的責任 の基礎理論 を提 示す るために、社会的責任 が、歴史的に如何 な る事象 を契機 として論 じられ るに至 ったのかに ついて考察す る。その考察結果 に よ り、 (1) 日 本 において、企業の社会的責任 は、バブル崩壊
を契機 として、社会貢献活動 な どの新 たな社会 的責任概念‑ と変化 してい ること、 (2)企業 は このよ うな社会的責任 を当然 に果 た さなけれ ば な らない とい う認識 に変化 してきてい るこ と、
(3)社会的責任 は、少 なか らず段階的に考 えて い く必要があること、 を明 らかにす る。 また、
社会的責任 は当然 に果たすべ きものであるので あ るな らば、 「企業 の社会責任 」 とい うべ きで あることを提示す る。
(2)第 Ⅱ部 営利企業の論理
第4章では、 「市民社会 と企業経営」と題 して、
(1)利 害 関係者 は不要 とい うこ とか、 (2)企業 の 所有者 の分類 がおか しい ので はないか、 (3)企 業の社会的責任 と市民社会 とは如何 に関係す る のか、 とい う3つの現代企業の もつ問題 を論 じ る。 ここでは、(1)現代社会 において、立場 に よって利害関係 が変化す る人間を利害関係 によっ て細分化す ることは、無駄 であ り、市民社会 と い う枠組 み で捉 え る必要 が あ るこ と、 (2)所有 の概念 には、単独所有、共有、含有、総有、の 4つがあ り、 これ を突 き詰 める と、企業 は含有 状態 にあ るこ と、 (3)企 業 は、 営利 性 を常 と し て、社会性 を高度 に実現す るとい う使命 を有 し てい ることは明 らかであること、を明 らかにす る。 さらに、 コーポ レー ト・ガバナ ンスはシス
テムのなかで語 られ るべ きであ り、 コーポ レー ト・ガバナ ンス政策論 を構築す ることの必要性 を提示す る。
第 5章では、 「自由の対立」と題 して、今後の 会社制度 にお ける議論 の基礎 的土台 を提供す る ことを 目的 として、会社 の 「自由」と「責任」につ いて検討す る。具体的には、企業経営の本質 を 理解す るために、会社 の成 り立ちや制度的変遷 史 を検討す るだけではな く、人 と会社 の関係 、 お よび社会構造 と企業の関係 の両側面 を中心に 検討 した。その検討結果 によ り、企業不祥事は、
責任論 に よって説 明で きるものではな く、 「自 由の対立」 によって生 じるものであることを明 らかに した。そ して、 自由 と自由の調整 を行 う プ ロセスを大切 にす る必要があ り、そ うす るこ とで、現代 の経営課題 を解決 に導 くことが可能 となることを明 らかにす る。 さらに、今後 は、
会社観に則 って経営学における諸問題の解決 と、
経営学の学問的発展 に全力で取 り組 んでいかね ばな らない ことを提示す る。
第6章では、 「コー ポ レー ト・ガバナ ンス原 則論」と題 して、 コーポ レー ト ・ガバナ ンス原 則 の隠れた る任務 と使命 を提示す ることを 目的 として、まず今や企業経営だけではな く、国 レ ベル が原則 を通 じて企業経営に関わ る政策的な 統一や提携 を行 ってい ることを解 明す る。そ し て、 (1)原則 が企業 間にお け る緩や かな統合 的 役割 を有 してい るこ と、 (2)原則 が各 国間の企 業法制度 に関す る条約 としての機能 を有す るに 至 りつつ あるとい うこと、 とい う2つの原則 の 隠れたる任務 と使命があることを明 らかにす る。
(1) については、今後、複数 の企業間にお ける 合併や統合、戦略や組織 において も活用す る場 が広がってい くであろ うことを明 らかにす る。
さらに、原則 はもはや高級 な役割 を担 っている のであるか ら、 じっ くりと腰 を据 えて検討 して いかねばな らない課題 であると提起す る。
第7章では、 「コーポ レー ト ・ガバナ ンス政 策論」と題 して、第6章 において、明 らか に し た 2つの原則 の隠れたる任務 と使命 の うち、(2) 原則 が各国間の企業法制度 に関す る条約 として
企業経営の原理 と理論 71
の機能 を有す るに至 りつつあるとい うこと、を 詳細 に検討す る。 その検討結果 によ り、国 (政 府) と国 (政府) による企業制度 をグローバル 化す るにあたって原則 が用い られ るだけではな く、経済協力 とい う極 めて政治的な分野で も原 則 が活用 されてい る現状 を明 らかにす る。 そ し て、今や コーポ レー ト・ガバナ ンスは、国 レベ ルの提携 において政策的に論 じられ活用 されて い る現状 を解 明す る。 さらに、 コーポ レー ト・
ガバナ ンスは、 コーポ レー ト・ガバナ ンスの視 点か ら企業本質論 を語 ることよ りも、如何 に し て現代 における企業経営活動の逆機能 を防止 し 改善 してい くのか とい う制度論 を論 じな くては な らない ことを提示す る。
( 3)
第Ⅲ部 非営利企業の論理第8章では、 「営利企業 と公益企業」と題 して、
(1)株式会社 の存在 に限界が生 じてきてい るこ と、 (2)株 主の2大権利 の 1つである経営者 の 選解任 に関心が薄れ、 コン トロール が利 かな く な りつつ あること、の2つの コーポ レー ト・ガ バナ ンスの主要 な問題 について検討す る。その 検討結果により、近年議論 されているコーポ レー ト・ガバナ ンスに過大 な期待 を寄せ るべ きでは ない、 との警告 を生かす のであれ ば、問題解決 策 は、新 しい制度 を設計 あるいは新 しい概念 の 導入の 2つ にあろ うことを明 らかにす る。最近 では、株式会社 に社会的な貢献活動が求め られ、
営利 と非営利 の両組織 の重な り合 う活動領域 が 増 えるとともに、両者 の異なる点が薄れてきて い る。 そ こで、そのよ うな企業が社会的責任 を 果たすべ きだ とい う議論 をす る前提 として、私 たちの行動様式にあった法人制度を論 じ、形作っ てい く必要性 を提示す る。
第9章では、「公益法人改革 とコーポ レー ト・
ガバナ ンス」 と題 して、今 日の 日本 が求 めてい る 「公益性」 を具体化 した公益法人制度改革 を 検証す るこ とで、 日本 における 「公益性」の定 義 を探 る とともに、公益法人の必要性 について 考察 した。その考察結果 によ り、 日本 において、
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公益性 とは、学術や技芸、慈善その他 の公益 に 関す る別表 に掲 げる23種類 の事業であって、不 特定かつ多数 の者 に対 して利益 を増進 させ るこ とに寄与 してい ることを明 らかにす る。 また、
日本 において公益法人が必要 とされた理 由には、
社会か ら、民間非営利部 門が、公益活動 を積極 的に展開す ることが強 く求 め られたか らである ことを明 らかに した。そ して、今 回の公益法人 制度改革 によ り、民間非営利活動 の幅が広がっ た とともに、公益法人 とい う名 ばか りで、公益 目的事業を既に行 っていない法人の廃止 を行い、
官僚 の天下 り先 をな くす ことを 目的 としていた ことを解 明す る。
第10章では、 「企 業制度 の進化 と本質」と題 して、今までの議論 をま とめる とともに、現代 の株式会社 を中心 とした企業制度の検討 を行い、
新 しい企業制度 を検討す るための現代的課題 と 実践 を検討す る。その検討結果 によ り、市民社 会 による企業制度 の創設、お よび経営の 自由を 考 えるにつ き、市民の原理 において、積極 的な 参加 の場が開かれてい ることが重要であること が明 らか となろ う。 そ こで、病院経営組織 ある いは、一般企業 にお ける自主的取 り組みな どを 参考 に、次世代 の企業制度 を模索す る取 り組み に着手 しなけれ ばな らない ことを主張す る。 そ して、 (1)論理 的 な企 業制度 は、全 ての者 が納 得す る経営 に繋 が る、 (2)効率的な企業経営 は、
全ての者 に利益 をもた らす経営に繋が る、 とい う2つの原理 によ り企業経営は支 え られてい る ことを明 らかにす る。 さらに、それ らはそれぞ れ 、(1)企業論 の本質、 (2)経 営学 の本質 、 の2 つの本質であ り、その2つの本質か ら企業 を運 営 し観察す る力が、経営 にお ける経営者能力 で あ り市民能力であることを解 明す る。
8.
今後の課題 と展望思い起 こせ ば、 コーポ レー ト ・ガバナ ンスの 研究か ら始 ま り、 この研究 を深 める過程で、 ど うして も避 けて通 ることのできなかった企業の 本質 に迫 る研究 を、本研究 によって行 うことが
できるのであろ う。本研究を行 うにつれて、若 干の気がか りなことが出てきたことも確かであ る。幾つかの課題 はあろ うが、そのなかで最 も 重要なことは、権力の源泉についてである。 も ちろん、企業の存在および企業経営の裏付 けは、
市民社会の幸福追求権 な どの基本的人権 にある ことは、今 に至 るまでで述べてきたのだが、そ れ を追求できない場合の対抗策、つま り権 限の 正 当性 について、まだまだ解 明できていない点 があることも否 めない。 しか し、 この問題 は、
有史以降の人類の歴史で常に問われてきた問題 に重な り、私のよ うな一介の研究者が悩む問題 でもないよ うな気 もす る。 この問題 について一 応の解答 を用意す るとす るな らば、人個人の探 求 と、人間 と組織 (企業)の関係 の2つ を解 明 す ることによ り明 らかにされ るだろ うと表明 し
よ う。
なには ともあれ、経営学 も社会科学の一分野 である。企業経営 とい う事象 を通 じて、社会の 本質に迫 ろ うとす る学問であるか ら、今は社会 の変化、人の変化、組織 の変化か ら、普遍性 を 得 よ うとす る旅 の途 中とい うことなのだろ う。
今後 とも、激動す る社会であるか らこそ、本質 を捉 えた経営学 を論 じていかねばな らない こと を肝 に銘 じなければな らない。
9.
本研究の意義 と課題経営学の役割 は経営資源 を管理す る学問であ ることに疑いがない。 だが、現代社会 に必要な ことは、企業、なかでも大規模株式会社 自体 を 管理す ることではないか。毎 日、次々 と引き起 こされ る大型企業不祥事は、人の財産や生命 を 奪 ってい く。だか らといって、企業 に対 して責 任 を押 しつける風潮 に対 して、易々 と賛同 して はな らない。私たちは、企業経営活動 を媒体 と して、今 日の経済的繁栄 を受 けているか らであ る。
本研究のテーマは 「自由と存立」である。人 も企業 も生まれ なが らに して、何の束縛 も受け ない 自由を有 している。 自由を謳歌 しつつ成長
してい くと、 自由が故に考 えるべ く壁 にぶち当 たる。その壁の種類や規模 は、人それぞれであ ろ うが、 自己 とは何 なのか とい う存立に関わる ことである。 自己の存在が小 さく感 じる人 もい れば、 自己を正 当化す る根拠 として考 える人 も いるが、その思考過程が どの よ うな流れを汲ん でいた としても、何によって存在 しているのか とい うのは、人間にとって一番の関心事である。
人 と企業の最大の相違 は、 「見 えるか見 えな いか」 とい うことである。人は、 目によって体 によって存在 を確認す ることができる。 しか し、
企業は人の五感 によって確認す ることができな いのである。その見えない企業が、最悪の場合 に、私たちの生命や財産 を脅かすのである。 こ の企業 とい うものの本質を経営学の観点か ら解 明 しな くてはな らない。つま りは、経営学 と株 式会社 との関係 の解明である。ただ、 この研究 において注意 しなければな らないのは、関係の 解明および制度の再構築 とい う論になる場合に、
本質的な性質を限定す る道程を辿ることである。
その道程 をある程度進む と、責任 を負わせ ると い う議論 にも行 き着 き、企業の本来持つ良き面 が失われて しま う懸念 を生 じる。
私 は、 「経営学」あるいは 「経営」 とい う裏 に、 「自由」とい う言葉 が隠 され、 あるいは土 台にある気が してな らなかった。それが思い こ みではないことを、本研究で明 らかに しなけれ ばな らない。 また、究極の 自由は無の空間であ るが、社会が存在す る以上、 自由の権原 を紐解 かねばな らない。その権原 を探 る旅 が、「存立」
である。 このよ うに、企業の 「自由」を解明す るために、本研究では、 「自由と存立」 とい う 基本的な権利 を人お よび企業が、 どのよ うに享 受 し発展 させてい くのかを基礎 として、企業 と 社会の関係 を論理的に確立す ることを 目的 とす るため執筆 した。人類 は、そ う遠 くない過去、
国家 と市民の関係 を論 じたよ うに、そ う遠 くな い将来、企業 と市民の関係 を論 じることになろ う。その基礎 を、本研究が示すのだ と確信 して いるのである。
企 業経 営 の原理 と理論 73
10.
企業経営原論 の発表今までの私の経営学研究は、経営学が社会科 学のなかで、今まで以上に大きな役割 を担 える 能力があるはずだ との発想か ら、企業 と人 との 関係 を分析す る基礎 的考 え方 を示 した。本研究 の構想 は、以前の研究 を行 っている途 中に浮か び上がっていた。人 と企業 を関係付 けて、ある いは対比 して研 究す るな らば、一度、 「自由」 をテーマに して、企業 を取 り扱 わなければな ら ないのだろ うと。
ことさら前著
(
『市民社会 とコーポ レー ト ・ ガバナ ンス』文最堂,2007年 .) は、極 めて基 礎 的考察であったためか、多 くの研究者か ら、ま さか これで終わ りませ んよね、 とい う建設的 批判 なのか皮 肉なのか、判断がつかない感想や 意見をもらった。 日々、今までの研究を発展 さ せ よ うと研究 してい る最 中にいるのだか ら、 ど うしてそのよ うな ピン ト外れな問いかけを して くるのかが理解できなかった。つま り、思いつ きで本 を書いた と思われたわけだ。確かに、研 究 をす る者が思いっ きで論 を立てることは、一 番嫌われ、 してはいけないことといわれている。
もちろん、今まで論 じてきた著書において、思 いっきで書いたことはない。 しか し、思いつき がきっかけとなって論文を書 くことは多々ある。
そ こか らも、私は思いつきが全て悪いことだ と は思っていない。 きっ と株式会社制度そのもの も思いっきで作 られたものに違いない。それに、
思いっ きよ り、 自由を感 じる言葉 はそ うそ うな い。
今回、本研究 をす るにあたって、多 くの 自由 な旅 を した。それは、距離的な旅だけではなく、
74 国際経営論集 No.38 2009
時空を超 えた旅や空想上の旅 な ども含みつつで ある。その旅 を してい る最 中に一番気 を付 けた ことは、現在 と現実を忘れない ことであった。
この現在の気持 ちや立場、現実の環境や状況が あって こそ、旅 の感動や発見があるのだ と思 う か らである。そのことか らも、経営学を社会科 学全体のなかか ら観察す ることの重要 さを訴 え たいのである。
さて、脚光 を浴び続 けている株式会社 を、実 は誰 も目で見たことがない。つま り、現在 に存 在 していて、現実に動いているよ うに感 じた り 見えた りす るものでも、実体は無体なのである。
無体 とは空想 と同 じことである。 な らば、私た ちに適合 した都合の良い会社制度 を、 さらに 自 由な発想で空想 してもよい とい うことなのであ ろ う。過去の空想 に縛 られた現在 の夢ほ ど、ば かばか しい ものはない。 自由な思いつ きと空想 こそが、経営や経済の分野で、忘れ去 られたの だが、最 も重要な鍵概念 なのである。
このよ うな経緯か ら、本稿で述べた強い問題 意識 を体現す る、私 自身三冊 目の著書 で ある
『企業経営原論』 (税務経理協会・2009年) を出 版す る。 この著書が、今後の経営学発展の礎 の 一端 を担 え られれば と、切 に願 うものである。
参考文献
小島大徳 『企業経営原論』税務経理協会,2009年.
小島大徳 『市民社会 とコーポレー ト・ガバナンス』
文展堂,2007年.
小島大徳 『世界のコーポレー ト・ガバナンス原則一 原則の体系化 と企業の実践‑』文具堂,2004 年.