閣提出法案の審議会と国会での審議日数の分析から
著者 原田 悠希
出版者 法政大学公共政策研究科『公共政策志林』編集委員
会
雑誌名 公共政策志林
巻 8
ページ 87‑100
発行年 2020‑03‑24
URL http://doi.org/10.15002/00023014
1
.はじめに労働政策は労働者と使用者のそれぞれに異なる利 害の調整を図ることが必要な政策分野であり,労働 政策の政策決定過程は,公労使の三者で構成される 審議会を中心に関係者間の利害調節が図られること に,その特徴があると指摘されてきた(篠田
1986
, 久米2000
,2005
)。この点,近年の労働政策の分野での先行研究で
は,事例研究の手法により,内閣主導のトップダウ ン型の政策決定の仕組みの下で,労働政策審議会に おける関係者間の利害調整機能が低下し,国会で の議論に利害調整が持ち込まれているという旨の 指摘がなされている(中村
2006
,2008
,三浦2002
,2007
)。例えば,中村(2008
)は,労働政策審議会 労働条件分科会で2005
(平成17
)年,2006
(平成18
)年に集中的に審議された労働契約法制,労働時 間法制を題材に,労使それぞれの反対と審議中断,労働政策の政策決定過程の多様化
―労働関係の内閣提出法案の審議会と国会での審議日数の分析から―
Diversification of labor policy decision-making process
: Analysis of Deliberation days in the Council and the Diet about Labor-related Cabinet Bill 原 田 悠 希
要旨
労働政策の政策決定過程は,公労使の三者で構成される審議会を中心に関係者間の利害調節が図られること に,その特徴があると指摘されてきた(篠田
1986
,久米2000
,2005
)。この点,近年の労働政策の分野での先 行研究では,事例研究の手法により,内閣主導のトップダウン型の政策決定の仕組みの下で,労働政策審議会 における関係者間の利害調整機能が低下し,国会での議論に利害調整が持ち込まれているという旨の指摘がな されている(中村2006
,2008
,三浦2002
,2007
)。しかしながら,これらの先行研究は個別具体的な事例の検 討を行っているものであり,数多くの労働政策の政策決定過程の事例について,データを用いて統計的に分析 を行っている訳ではない。このため,本稿では,「労働関係の内閣提出法案について,
1990
年代後半の橋本行革以降,審議会中心の政 策決定過程がどのように変容したのか」という問題関心から,審議会と国会での審議日数のデータを統計的に 分析することにより明らかにすることとした。この分析の結果,従来から指摘されてきた審議会で関係者間の利害調整を図る政策決定過程のほかに,国会 での議論を含めて関係者間の利害調整を図る政策決定過程,内閣主導の会議体での議論から関係者間の利害調 整を図る政策決定過程が新たに見られるようになったことが分かった。これは,関係者間の利害調整を図る場 が多様化し,政策決定過程の在り方が複線化していることを示唆している。労働政策の政策決定過程において は,内閣提出法案の性質・内容に応じた政策決定過程を選択する必要があることが実務的な示唆として得られ る。
キーワード
労働政策,政策決定過程,内閣提出法案,審議会,労働政策審議会,国会,審議日数
労使の反対意見付き答申等がなされていることを踏 まえ,「審議会の機能が徐々に低下しつつある」と 指摘している。
しかしながら,これらの先行研究は労働政策審議 会における関係者間の利害調整が上手く行われな かった個別具体的な事例を中心に検討を行っている ものであり,数多くの労働政策の政策決定過程の事 例について,データを用いて統計的に分析を行って いる訳ではない。また,全ての労働政策の政策決定 過程の事例において,労働政策審議会の機能が低下 していることまでを明らかにしている訳ではない。
そこで本稿では,労働関係の内閣提出法案につい て,審議会と国会での審議日数のデータを分析する ことにより,
1990
年代後半の橋本行革以降,内閣主 導のトップダウン型の政策決定の仕組みの下で,審 議会中心の政策決定過程がどのように変容したのか について,統計的な手法を用いてデータにより明ら かにすることを試みることとした。現代社会が抱える数多くの政策課題に対応するた め,政府には,内閣提出法案を機動的に決定し成立 させていくことが求められている。「働き方に関す る政策決定プロセス有識者会議報告書(平成
28
年12
月14
日)」は,働き方に関する政策決定プロセスに ついて,「課題設定から法案成立までのトータルの スピードを速めるように労働政策の決定プロセスを 運用する」よう改革を行うべきとしている。学術的 な観点のみならず,実務的な観点からも,審議会と 国会での審議日数のデータを分析し,政策決定過程 のどの部分に時間を要しているのかを明らかにする ことは,有意義であると考えられる。以下,第2節では労働関係の内閣提出法案の政策 決定過程の特質・流れについて先行研究を確認す る。第3節では
1990
年代後半の橋本行革を踏まえ た問題関心の提示を行う。第4節では,本稿で用い るデータの整理方法や,本稿の方法論について説明 する。第5節では,本稿の分析として,橋本行革以 前と以後の国会での審議日数を比較分析するため1981
(昭和56
)年以降の労働関係の内閣提出法案(
145
法案)の国会での審議日数の統計分析を行うと ともに,2001
(平成13
)年以降の労働関係の内閣提出法案の労働政策審議会及び国会での審議日数の 統計分析を行う。最後に,第6節では,本稿の分析 結果のまとめを行うとともに,分析結果から得られ る関係者間の利害調整を図る場が多様化し,政策決 定過程の在り方が複線化しているという示唆を提示 する。
2
.労働関係の内閣提出法案の政策決定過程 の特質・流れ2.1
関係者間の利害調整を図ることが必要な政策分 野という特質労働政策は労働者と使用者のそれぞれに異なる利 害の調整を図ることが必要な政策分野であり,労働 関係の内閣提出法案の政策決定過程においては,労 使の関係者間の利害調整が重要視されていることに 留意する必要がある。
労働法は,歴史的に見ると,自由で対等な当事者 間の契約締結を前提とする市民法では対処できない ような,現実の雇用社会に生起する問題(低賃金を はじめとする低劣な労働条件や労働災害が生まれや すい劣悪な職場環境など)を解決するため,労働者 の従属性という実態に着目し,そこに法的な保護の 必要性を認めることによって誕生したものである
(大内
2014
)。「働き方に関する政策決定プロセス有 識者会議報告書(平成28
年12
月14
日)」は,労働法 により規律を受ける労使が法律の制定・改正等の議 論に参画することは,現場の実態を踏まえた議論が 尽くされること,当事者である労使の合意形成が図 られることなどから,実効性のある法制度となり,遵守もされるという意義があると指摘している。
このため,当事者である労使の理解を得て法制度 を実効性のあるものとし,法の有効性を担保すると いう観点からは,国会成立までの期間を視野に入れ た政策決定過程のいずれかの段階において,労使の 関係者間の利害調整を図ることが必要となる。
2.2
労働関係の内閣提出法案の政策決定過程の流れ 労働関係の内閣提出法案を題材として分析する理 由として,労働関係の内閣提出法案は,政策決定過程の流れが確立されており,審議会での議論以降の プロセスについて,制度上の枠組みが定まっている ことにより,複数の事例を同時に分析することが可 能であることが挙げられる。
2
.1
で述べたように,労働関係の内閣提出法案は,労働者と使用者のそれぞれに異なる利害が存在する ため,その調整を図ることが必要となる。この点,
橋本行革以前から,労働関係の内閣提出法案につい ては,関係者間の利害調整を図るために審議会での 議論が重要視されてきた。労働政策は,審議会を中 心とした各府省庁による積み上げ式の政策立案が最 も典型的になされていた行政分野といえる。
例えば,篠田(
1986
)は,1984
年の男女雇用機会 均等法の制定をめぐる政策過程について,審議会を 中心に政策が決定されている代表事例として挙げて いる。男女雇用機会均等法の制定は,広範な利害集 団の利害調整が必要な内容であり,その政策決定は 容易なものではなかったが,旧労働省の審議会(婦 人少年問題審議会)で議論がなされ,審議会での建 議や答申がそのまま法制化された1。中村(2006
) は,「少なくとも労働政策に関する限り,政策決定 プロセスにおいて,審議会は極めて重要な役割を果 たす」,「特に労働関係法令は,労働者側と使用者側 の意見調整なくして意義ある立法は不可能」と指摘 する。このように歴史的に審議会での議論が重要視され
てきたため,労働政策の重要事項は公労使の3者で 構成2される労働政策審議会に付議することが法律 上定まっており,内閣提出法案については,もれな く労働政策審議会に付議することが長年の慣行とし ても定着している3。労働政策審議会で労働関係の 内閣提出法案を議論した後に,厚生労働大臣が労働 政策審議会に法律案の要綱を諮問し,労働政策審議 会から答申を受けるなど,労働政策審議会における 議論に一定の流れが確立されてきた。
また,労働関係の内閣提出法案は,国会提出後,
大多数の法案が,常任委員会である衆議院と参議院 の厚生労働委員会に付託され,審議される。国会は,
委員会ごとに審議日程や審議方法等が慣例上異なる が,分析対象の大多数の法案が同一の委員会に付議 されるのであれば,付託された委員会の違いを考慮 に入れる必要性がない。
これを,通常国会に提出される労働関係の内閣提 出法案であると仮定して,通常の年度ごとのサイク ルに追記する形で当てはめると,表1のような政策 決定過程の流れになる。
このように,労働関係の内閣提出法案について は,その政策決定過程の流れが,法令や長年の慣行 により制度上の枠組みが定まっているため,国会で の議論(議論③)の始期と終期のみならず,労働政 策審議会での議論(議論②)の始期と終期について,
個々の法案の特性による政策決定過程の違いが生じ
表1 労働関係の内閣提出法案の政策決定過程の流れ
〜6月頃 内閣主導の会議体での議論(議論①)
6月頃 政府方針の閣議決定(決定①)
夏〜冬 労働政策審議会での議論(議論②)4,厚生労働省での法制化作業 7〜9月頃 労働政策審議会での検討開始(議論②の始期)
〜年末 報告書取りまとめ(建議)に向けた労働政策審議会での議論 年末 報告書取りまとめ(建議)(議論②の終期)
〜1月末 厚生労働省における内閣提出法案の立案作業
1月末〜2月頃 厚生労働大臣が労働政策審議会に法律案要綱を諮問 労働政策審議会での議論を経て,厚生労働大臣に答申 2〜3月頃 法律案の閣議決定(決定②),国会提出(議論③の始期)
3〜6月頃
(会期末)
国会(衆議院・参議院の厚生労働委員会)審議(議論③)
3〜6月頃
(会期末)
法律案の国会での成立,公布(決定③)(議論③の終期)
[出所]中村(
2006
,2008
)を基に筆者作成ることなく特定することが可能であり,数多くの法 案を同時に分析することが可能となる。
加えて,経済財政諮問会議や未来投資会議などの 内閣主導の会議体での議論(議論①),労働政策審 議会での議論(議論②),国会での議論(議論③)
のそれぞれについて,議論に参加するメンバーや議 論の場の特徴を整理すると,表2のようになる。
3
.1990
年代後半の橋本行革を踏まえた問題 関心の提示3.1
1990
年代後半の橋本行革以降の政策決定過程の 改革2
.2
で述べた内閣提出法案の政策決定過程の流れ は,1990
年代後半の橋本行革により一部変容して いる。橋本行革は,「国政全体を見渡した総合的,戦略的な政策判断と機動的な意思決定をなし得る行 政システム」が求められているとの認識に立って進 められ,それ以降,内閣機能を強化し,内閣主導の トップダウン型で機動的な政策決定を実現する仕組 みが目指されてきた(飯尾
2007
,牧原2009
,2013
, 山口2007
)。表1の内閣提出法案の政策決定過程の流れの中で は,内閣主導の会議体での議論(議論①)と政府方 針の閣議決定(決定①)が,内閣主導を実現するた めの仕組みとして橋本行革以降に導入されることと なった。
内閣主導の会議体での議論(議論①)では,内閣 総理大臣が自ら会議を主催して議論をリードし,内
閣の意向を理解している主要閣僚や民間議員のみの 限られたメンバーで今後の政府方針を議論すること となった。また,この議論の結果が,政府方針の閣 議決定(決定①)に反映され,それ以降の政策決定 過程における議論の方向性を定めていくこととなっ た。これにより,橋本行革以前の日本の行政府の問 題とされてきた「行政各部」中心の政策立案,すな わち,各府省庁の枠を超えられない積み上げ式の政 策立案を止め,内閣主導で内閣の意向に沿った形で 機動的に政策立案ができるようにすることが目指 された(「行政改革会議最終報告(平成9年
12
月3 日)」)。一方で,各府省庁の審議会での議論(議論②)は,
その役割を低下させる方向で議論がなされてきた。
審議会は,各府省庁による積み上げ式の政策立案の 象徴5として,橋本行革では廃止に向けて議論がな された。その結果,審議会は「原則として廃止」し,
「基本的な政策について審議するものを数を限定し て存置する」こととなった(「審議会等の整理合理 化に関する基本的計画」(平成
11
年4月27
日))。このように,橋本行革は,内閣主導の会議体での 議論(議論①)と政府方針の閣議決定(決定①)と いう仕組みを導入し,また,各府省庁の審議会での 議論(議論②)の役割を低下させることにより,内 閣主導の実現に向けた政策決定過程の改革を進めた のである。
3.2
先行研究レビュー政治学の分野の先行研究において,
3
.1
で述べた 表2 議論への参加メンバーと議論の場の特徴内閣主導の会議体での議論
(議論①)
労働政策審議会での議論
(議論②)
国会での議論(議論③)
議論への参加メ ンバー
主要閣僚や民間議員など限ら れたメンバーのみが議論に参 加
公労使の3者構成となってお り,労働政策に関する利害関 係者が参加
与野党の国会議員が参加
議論の場の特徴 内閣主導で政府方針を定める ものであり,通常,関係者間 の利害調整は行われない。同 時に複数の法律案を議論可 能。
通常,審議会での議論の中 で,関係者間の利害調整が実 施される。分科会等の設置に より,同時に複数の法律案を 議論可能。
衆議院・参議院の厚生労働委 員会の場で,複数の法律案を 議論。原則,同時に厚生労働 関係の複数の法律案の議論は できない。
[出所]筆者作成
1990
年代後半の橋本行革以降の政策決定過程の改 革,特に,内閣主導の会議体での議論の仕組みの導 入が,内閣主導の実現に繋がり政策決定の機動性 を高めたと指摘するものは数多く存在する(飯尾2007
,竹中2006
)。しかしながら,これらの先行研 究では,最終的な内閣提出法案の国会成立までの期 間を視野に入れ,政策決定過程全体を考慮して分析 を行った研究や,具体的な内閣主導の成功事例,郵 政民営化のような特に政治的・社会的関心の高い各 論の事例に着目して論じておらず,数多く提出され ている内閣提出法案について全体を分析した研究 は,あまり見受けられない。また,1で述べたように,労働政策の分野の先行 研究は,事例研究の手法を用いて,内閣主導のトッ プダウン型の政策決定の仕組みの下では,労働政策 審議会における関係者間の利害調整機能が低下し,
国会での議論に利害調整が持ち込まれていると指摘 している。しかしながら,これらの先行研究は労働 政策審議会における関係者間の利害調整が上手く行 われなかった個別具体的な事例を中心に検討を行っ ているものであり,数多くの労働政策の政策決定過 程の事例について,データを用いて統計的に分析を 行っている訳ではない。また,全ての労働政策の政 策決定過程の事例において,労働政策審議会の機能 が低下していることまでを明らかにしている訳でも ない。
そこで本稿では,労働関係の内閣提出法案につい て,審議会と国会での審議日数のデータを分析する ことにより,
1990
年代後半の橋本行革以降,内閣主 導のトップダウン型の政策決定の仕組みの下で,審 議会中心の政策決定過程がどのように変容したのか について,統計的な手法を用いてデータにより明らかにすることを試みることとした。
3.3
本論の問題関心上述の先行研究レビューを踏まえ,本稿では,
「労働関係の内閣提出法案の政策決定過程について,
1990
年代後半の橋本行革以降,審議会中心の政策決 定過程がどのように変容したのか」という問題関心 を持って,研究を行うこととした。本稿では,労働関係の内閣提出法案の政策決定過 程を題材として,労働政策審議会での議論の始期と 終期,国会での議論の始期と終期のデータを用い,
それぞれの審議日数を算出し審議日数の統計分析を 実施することにより,本稿の問題関心を明らかにす べく分析を進めていくこととする。
4
.データ・方法論4.1
本稿で用いるデータ労働関係の内閣提出法案の政策決定過程の流れに 沿って,本稿での分析枠組とそこで用いるデータの イメージを図示すると,図1のようになる。
労働政策審議会での議論(議論②)の始期と終期 のデータについては,平成
13
年(2001
年)以降に厚 生労働省が国会に提出した内閣提出法案(第151
回 国会以降に厚生労働省が国会に提出した内閣提出法 案)について調べ,用いた。橋本行革以前は,各府省庁の審議会でいつどのよ うな議論がなされたのか明らかとされないケースも 多かったが,橋本行革以降,審議会の議事の透明性 確保の観点から,審議会の議事録が原則公開とされ た。そのため,省庁再編(平成
13
年(2001
年))後 のデータであれば,厚生労働省ホームページにおい[出所]筆者作成
図1 労働関係の内閣提出法案の政策決定過程の流れに沿った分析枠組
て,審議会の開催日時,資料,議事録等が公開され ている。
そして,労働政策審議会での議論は,報告書まで 取りまとめるものである。そこで,審議会での検討 開始日から報告書の取りまとめ日までの日数を算出 し,これを労働政策審議会での議論に要した日数と して分析に用いることとした6。
また,国会審議(議論③)の始期と終期のデータ については,昭和
56
年(1981
年)以降に厚生労働 省(旧労働省を含む)が国会に提出した内閣提出法 案(第94
回国会以降に厚生労働省が国会に提出した 内閣提出法案)について調べ,用いた。データの作成に当たり,まず,国立国会図書館 ホームページの「法律案検索」から,国会回次を指 定して内閣提出法案の検索を行い,一覧の中から厚 生労働省(旧労働省を含む。)が国会に提出した内 閣提出法案を特定した。特定に当たっては,日本労 働研究機構が平成
13
年度版まで発行していた『労 働行政要覧』に掲載されている国会回次ごとの提出 法案一覧や厚生労働省ホームページの「国会提出法 案」に掲載されている国会回次ごとの提出法案一覧(第
154
回国会[平成14
年常会]から確認可能)を参 照した。その上で,特定された内閣提出法案について,そ れぞれの内閣提出法案ごとに,国立国会図書館ホー ムページの「法律案検索」を用いて,国会への提出 日,法案の公布年月日を検索し,国会での議論に要 した日数を算出し,分析に用いることとした。
この一連のデータについては,第
196
回国会が閉 会した後の2018
(平成30
)年8月から9月までに かけて集中的に収集を行ったほか,第197
回国会か ら第199
回国会までのデータについては2019
(令和 元)年8月24
日に確認を行い,資料化した。4.2
本稿の方法論本稿において労働政策の政策決定過程の分析を行 うに当たっては,事例研究の手法を用いることが取 り得る方法論として考えられる。
事例研究の手法には,個々の政策決定過程の現実 の姿をありのままに描き出すことができるという利
点がある。しかし一方で,個々の事例を一般化する ことが難しいという問題に直面する。西尾(
2001
) は,行政学の分野における政策形成の分析手法につ いて述べた中で,事例研究の功罪について,「利点 は,政策形成過程の現実の姿をいかにもそれらしく 描き出すところにある。だが,その描写は『群盲象 を評す』とか『木を見て森を見ず』と称されるもの になってしまうおそれがある。この心配をひとまず 措くにしても,ごく限られた数の事例の研究から 得られた知見をはたしてどこまで一般化すること ができるのかという問題に直面する。」(西尾2001
: p.255
)と指摘している。統計的手法を用いた場合には,事例研究のように 政策決定過程の現実の姿をありのままに描き出すこ とは難しい。しかし,複数の事例を同時に分析する ことにより分析対象全体の傾向を確認することがで きるという利点がある。
本稿では,「労働関係の内閣提出法案の政策決定 過程について,
1990
年代後半の橋本行革以降,審議 会中心の政策決定過程がどのように変容したのか。」という問題関心について,複数の政策決定過程を同 時に分析することにより,政策決定過程全体として の傾向を確認することに主眼を置いていることか ら,統計的手法を用いて分析を進めることとする。
5
.分析5.1
1981
年以降の労働関係の内閣提出法案(145
法案)の国会での審議日数の分析
橋本行革以前と以後の国会での審議日数を比較分 析するため,資料2で整理した労働関係の内閣提出 法案の国会での審議経過に基づき,橋本行革以後の 新しい政治体制に移行した
2001
年7の20
年前である1981
年から現在に至るまでの10
年単位で,1981
年 以降の労働関係の内閣提出法案(145
法案)の国会 での審議日数の変遷を確認8し,最大値,最小値,中央値,外れ値などデータの分布を視覚的に分かり やすく表現するために用いる箱ひげ図に整理したと ころ,図2のようになった。
この結果,労働関係の内閣提出法案について,
1980
年 代・1990
年 代 と 比 べ て, 橋 本 行 革 以 後 の2000
年代・2010
年代の方が国会での審議日数は増 える傾向にあること,特に,第3四分位の数値に上 昇が顕著なほか,外れ値として審議日数が顕著に長 いものがあることが示された。また,一国会の会期 内で議論が終えられず次の国会会期に議論が持ち越 されている内閣提出法案の数を継続審議の法案数と しているが,橋本行革以後の2000
年代・2010
年代 の方が,継続審議の法案数の割合が増加しているこ とが示された。橋本行革以後,一般に政策決定の機動性は高まっ た と 考 え ら れ て い る( 飯 尾
2007
, 竹 中2006
) が,労働関係の内閣提出法案の国会での審議日数は,逆 に増加傾向にあることを示唆している。これを踏ま えて,審議会の議事録等が原則公開されている橋本 行革以降の労働関係の内閣提出法案の政策決定過程 について,以下,国会での審議日数に,審議会での 審議日数も加えた統計分析を行っていく。
5.2
2001
年以降の労働関係の内閣提出法案(50
法案)の審議日数の分析
5.2.1
労働政策審議会と国会での審議日数の分析労働関係の内閣提出法案の労働政策審議会での審 議経過と労働関係の内閣提出法案の国会での審議経 過に基づいた,
2001
(平成13
)年以降の労働関係 の内閣提出法案の全数(50
法案)及び審議会と国会 での審議日数は,表3に一覧化したとおりである9。2
.2
で述べた労働関係の内閣提出法案の政策決定 過程の流れにおいて,労働政策審議会での議論は半 年以内(7月から年末まで),国会での議論は一国 会の会期内に終えるのが通常の流れである10。従っ て,労働政策審議会での議論に半年以上の日数を要 している事例は審議会での審議に時間を要してい る,また,国会での議論が一国会の会期内に終えら れず次の国会会期に議論が持ち越されている事例は 国会での審議に時間を要しているものと考えられ る。ᶣᮇ⾔㠁௧๑ ᶣᮇ⾔㠁௧ᚃ
橋本行革以前 橋本行革以後
1980
年代1990
年代2000
年代2010
年代 計 内閣提出法案の数(n)32 56 35 22 145
継続審議の法案数
3
(
9
.4
%)2
(
3
.6
%)10
(
28
.6
%)4
(
18
.2
%)19
(
13
.1
%) 平均審議日数106 81
.6 163
.3 155
.5 117
.9
第1四分位71 57
.5 75 66
.5 64
第2四分位
91
.5 73 108 90 89
第3四分位
110
.5 99
.25 219
.5 170 115
[出所]筆者作成
図2
1981
年以降の労働関係の内閣提出法案(145
法案)の国会での審議日数の変遷これを踏まえ,
2001
年以降の労働関係の内閣提 出法案(50
法案)について,労働政策審議会と国会 での審議日数に基づき分類して整理すると,図3の ようになった。この結果,
2001
年以降の労働関係の内閣提出法案(
50
法案)については,①通常の政策決定過程の流 れに沿った事例が26
法案と依然として約半数に上 る一方で,②審議会での議論に時間を要している事 例と③国会での議論に時間を要している事例がそれ ぞれ10
法案,④審議会と国会の双方で議論に時間を 要している事例も4法案あることが示された。ここから労働関係の内閣提出法案の政策決定過程 については,約半数が通常の流れから外れた政策決 定過程となっていることが分かる。これは,政策決 定過程全体の傾向として,政策決定過程の在り方が 多様化してきていること,また,その中で,国会で の議論に時間を要している事例が増えてきているこ とがその要因とされることが指摘できる。
橋本行革以前において,
5
.1
で示したように継続 審議の法案数が1980
年代に3法案(9
.4
%),1990
年 代に2法案(3
.6
%)と少なかったことを踏まえると,労使の関係者間の利害調整を図ることが困難な法案 は,従来,審議会において時間をかけて利害調整が 図られていたものと考えられる(図3の②の分類)。
この点,橋本行革以後は,
3
.1
で述べたように審議 会での議論の役割が低下した結果,国会での議論に おいても関係者間の利害調整が図られる事例(図3 の③及び④の分類)が多くなってきていることが推 察される。5.2.2
働き方改革法案の事例本稿では1の事例に着目し事例研究を行う手法を
採用してこなかったが,労使の関係者間の利害調整 を図ることが困難な法案の中から,内閣主導の会議 体に労使が参加して利害調整をした働き方改革法案 の事例(平成
30
年成立)が生じた。これは図3の分 類の方法では,①通常の政策決定過程の流れに沿っ た事例(26
法案)に含まれてしまうが,現時点では 類例のない極めて特異な事例であり,本稿でも簡単 に触れておきたい11。表2や
3
.1
で述べたように,内閣主導の会議体で の議論には主要閣僚や民間議員など限られたメン バーのみが参加するため,内閣主導の会議体では,通常,関係者間の利害調整を図ることは想定されて いない。しかし,この特異ともいえる働き方改革法 案の政策決定過程では,働き方改革の実現を議論す るための内閣主導の会議体(働き方改革実現会議12) が設置され,内閣主導の会議体に労使が参加13して 関係者間の利害調整が行われた14。
この働き方改革法案の政策決定過程では,利害関 係者も加わった内閣主導の会議体での議論の段階で 既に政策の方向性について関係者間の合意形成が図 られることとなり,政府方針(働き方改革実行計画)
の閣議決定以降の労働政策審議会と国会での議論は 短期間で済まされることとなった15。これは第2次 安倍内閣が働き方改革を政権の最重要課題と位置づ け推進した故に生じた,今までの他の労働関係の内 閣提出法案の政策決定過程では見られない内閣主導 の度合いが非常に高い事例といえる。
この働き方改革法案の事例は,橋本行革以降,内 閣主導のトップダウン型の政策決定の仕組みの下 で,政策決定過程の在り方が多様化してきているこ とを示すものといえよう。
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図3
2001
年以降の労働関係の内閣提出法案(50
法案)の審議日数の分析表3
2001
年以降の労働関係の内閣提出法案(50
法案)の審議会と国会での審議経過ᐼ㆗ఌ䛴᳠ゞ㛜ጙ ሒ࿈᭡ཱི䜐䜄䛮䜇 ᩐ ᅗఌᥞฝ පᕱᖳ᭮ ᩐ ⥪ᩐ ฦ㢦 ᨳ≟Ἓ 㻔
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[出所]筆者作成
6
.まとめ6.1
本稿の分析結果のまとめ橋本行革以後,一般に政策決定の機動性は高まっ たと考えられているが,本稿での分析結果による と,労働関係の内閣提出法案の国会での審議日数 は,逆に増加傾向にあることを示している。また,
労働関係の内閣提出法案の政策決定過程は,約半数 が通常とされてきた流れから外れたものとなってき ており,政策決定過程の在り方の多様化傾向が明ら かにされた。
1990
年代後半の橋本行革は,内閣主導の会議体 での議論と政府方針の閣議決定という仕組みを導入 し,また,各府省庁の審議会での議論の役割を低下 させることにより,内閣主導の実現に向けた政策決 定過程の改革を進めてきた。そのため橋本行革以 降,これまでの審議会中心の労働政策の政策決定過 程は,明らかに変容してきたと考えられる。橋本行革以降,内閣主導のトップダウン型の政策 決定の仕組みの下で,労働政策審議会における関係 者間の利害調整機能が低下しており,関係者間の利 害調整を図る場がこれまでとの比較で多様化してい ることが示唆される。
6.2
得られる示唆関係者間の利害調整を図る場の多様化に併せ,近 年,内閣主導のトップダウン型の政策決定の仕組み の下で,政策決定過程の在り方も複線化していると 考えられる。
具体的には,表4に示すように,内閣主導の度合 いに応じて,Ⅰ従来から指摘されてきた労働政策 審議会で関係者間の利害調整を図る政策決定過程 のほかに,Ⅱ国会での議論を含めて関係者間の利 害調整を図る政策決定過程,Ⅲ内閣主導の会議体 での議論から関係者間の利害調整を図る政策決定過 程,が見られるようになってきており,それぞれの 政策決定過程では,関係者間の利害調整を図る場が 異なっている。
当事者である労使の理解を得て法制度を実効性の あるものとし,法の有効性を担保するという観点か らは,労働関係の内閣提出法案は,国会成立までの 政策決定過程のいずれかの時点において,労使の関 係者間の利害調整を図ることが必要不可欠といえ る。
現代社会が抱える数多くの政策課題に対応するた め,政府には,内閣提出法案を機動的に決定し成立 させていくことが求められていること,また,「働
表4 政策決定過程の在り方の複線化と関係者間の利害調整を図る場の多様化 内閣主導の会議体での議
論(議論①)
【前工程での調整】
労働政策審議会での議論
(議論②)
【中工程での調整】
国会での議論(議論③)
【後工程での調整】
Ⅰ 従来から指摘されてき た労働政策審議会で関係 者間の利害調整を図る政 策決定過程
【内閣主導:低】
− ○
(関係者間の利害 調整を実施)
−
(引き続き議論)
Ⅱ 国会での議論を含めて 関係者間の利害調整を図 る政策決定過程
【内閣主導:中】
−
(限られたメンバー のみで議論)
○
(関係者間の利害 調整を実施)
○
(引き続き関係者間の利 害調整を実施)
Ⅲ 内閣主導の会議体での 議論から関係者間の利害 調整を図る政策決定過程
(働き方改革法案の事例)
【内閣主導:高】
○
(関係者間の利害 調整を実施)
−
(引き続き議論)
−
(引き続き議論)
[出所]筆者作成