NII-Electronic Library Service 『
孝
養
集
』と
良
忠
撰
『看
病
用
心
鈔
』に
つい
て
臨
終
行
儀
を
めぐ
っ てN工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
齊
藤
雅
恵
『孝養 集亅と良忠撰 『看 病用心 鈔』につ い て (齊藤 ) 一は
じ
め
に
( 1 )
興
教大
師 覚鑁
の著
作 と し て 伝 え ら れ て き た文
献
に 『孝
養
集
』 が あ る 。 た だ し 『孝
養 集 』 は 、 現在
は 偽撰
とす
る の が 定 説 と な っ て おり
、 研究
対 象 と し て さ ほ ど注
目 さ れ て は い な い 。 だ が 『孝
養集
』 に は 臨終
行 儀 に つ い て の 詳細
な 記 載 が見
ら れ 、 真 言宗
で行
わ れ て き た 臨終
行 儀 を知
る 上 で 大 変 貴( 2 )
重
な 文献
で あ る と言
え る 。 同 じく
臨 終 行 儀 の文
献
と し て は 、 浄 土宗
第 三 祖 ・ 記 主禅
師 良 忠 の 著 し た 『 看病
用
心 鈔 』 が有
名 で 、 宗 学 の み な らず
医 療従
事
者 に も看
病
や 見 取り
の テ キ ス ト と し て 重 用 さ れ て い る 。 臨 終行
儀
に つ い て は 浄 土系
を は じ め と し た多
く の宗
派
や学
者 に よ っ て 研 究 が さ れ て い る が 、 現在
ま で 『孝
養
集 』 と 『 看 病 用 心鈔
』 の 比 較 は な さ れ て は い な い 。 と こ ろ が実
は こ の 両 書 に は 特 徴 的 な 行 儀 に お い て非
常
に多
く
の 類 似 性 が 認 め ら れ る の で あ る 。 共 に成
立 年 は不
明 だ が 、 両書
が何
ら か の影
響
関 係 に あ る こ と は 十 分 に想
像
で き る 。 し た が っ て 当論
文 で は こ の 「 孝 養 集 』 と 良 忠 撰 『看
病
用 心鈔
』 の 臨終
行 儀 を 比 較 し 、 こ の 両 書 に影
響 関 係 があ
る の か 、智 山学報 第五十六輯 ま た あ る と す れ ば 、 ど の よ
う
な 形 で の影
響 が考
え ら れ る か 考 察 し て い く こ と とす
る 。 両 書 の 比 較 に先
立 ち 、 『 孝 養 集 』 に つ い て は 、先
ず そ の 傾 向 を 真 言 宗 僧 侶 が著
し た 臨終
行 儀 書 に求
め る こ と と し 、 『 看病
用 心鈔
』 は 良 息 の 真 撰 と 認 め ら れ て い る た め 、 良 忠 の 他 の 臨 終行
儀 書 か ら そ の 傾 向 を確
認 す る 。 二真
言
宗
に
お
け
る
臨
終
行
儀
真
言 宗 僧 に よ る 臨 終 行 儀書
と し て は 、 興 福 寺 で 真 言 と 法 相 を 兼 学 し た 学 僧 ・湛
秀
( 一 〇 六 七 〜=
二 二 ) 撰 「 臨 終 〔 3 ) 行 儀 注 記 』 が 最 も 早 い と 思 わ れ る 。 そ の後
、 興 福 寺 に て 湛 秀 と 交 流 が あ っ た 中 川実
範
( 一 〇 八 八 ? 〜 = 四 四 ) は、 ( 4 ) 「 病 中 修 行 記 』 を 著 し た 。 成 立 は 長 承 三 年 (=
三 四 ) で あ る 。 歴 然 た る真
言
宗
臨 終 行 儀 と し て は 、 お そ ら く こ の 「 病 中 修 行 記 』 が 最 初 の も の で あ る 。’ ( 5 ) こ の 『 病 中 修 行 記 』 を 参 照 し て 著 さ れ た の が 、 興 教 大 師
覚
鑁 撰 述 の 『 一期
大 要 秘 密 集 』 で あ る 。 『 一 期 大 要 秘 密 集 』 は 『 病 中 修 行 記 』 か ら多
く の 行 儀 を踏
襲
し 、 月 輪観
や 阿 字観
を 取り
入 れ る な ど 、 さ ら に密
教 的 な 要 素 を 強 く し て い る 。 成 立 年 は 不 明 で あ る が 、 『病
中
修
行 記 』 以 降 で あ る か ら 、 長 承 三年
以 降 で あ る こ と は 間 違 い な い 。 『 一 期 大 〔 6 ) 要秘
密 集 』 の 成 立 は 、 『 往 生 要 集 』 の厭
離
穢 土 欣 求 浄 土 の 思 想 に 基 づ く 臨 終 行 儀 と は別
の 、 即 身 成 仏 思 想 に 基 づ き 、 密厳
浄 土 、 特 に も 密 教 阿 弥 陀 浄 土 を 欣 求 す る ( 11 密 教 浄 土 教 ) 臨 終 行 儀 の確
立 を 意 味 す る 。 ( 7V鎌
倉
時 代 に 人 る と 、 貞 慶 (=
五 五 〜 一 二 一 三 ) が 『 臨 終 之 用 意 』 を著
し た 。 日 本 法 相 中 興 の 祖 と も 呼 ば れ る 貞 慶 は、湛
秀 ・ 実 範 と 同様
、 興 福寺
で 真 言 と法
相
を 兼 学 し た 密 教 僧 で あ る 。 続 い て 、 高 野 山 正 智 院 の 学 匠 で、 高 野 山 八 ( 8 ) 傑 に も 数 え ら れ る 道範
(=
八 四 〜 一 二 五 二 ) に よ っ て、 貞 応 二 年 ( 一 二 二 三 ) に 『 秘密
念 仏 鈔 』 が ま と め ら れ た 。 ( 9 ) そ の中
の 「 臨 終 用 心事
」 の 章 が臨
終 行 儀 に つ い て著
さ れ た箇
所 で あ る 。NII-Electronic Library Service 『孝養集』と良忠撰 「看病用心鈔』につ い て 儕 藤 ) ま た 、 道
範
と 同 時 代 か そ れ 以 降 の 成 立 と 考 え ら れ る 臨 終行
儀
書
に 『孝
養 集 』 が挙
げ ら れ る 。 『孝
養
集
』 に つ い て は 、長
く
覚
鑁
の 撰 述 と さ れ て き た が 、 近 年 で は 、 後 世 覚鑁
の 名 に仮
託 し て伝
え ら れ た偽
作 で あ る と す る の が 定 説 で あ る 。 ( 10V 江 戸 時 代 の も の と し て は 、 浄 空 ( 一 六 九 三 〜 一 七 七 五 ) 撰 『 成 仏 示 心 』 が挙
げ
ら れ る 。 浄 空 は 、 宜 範 ・実
詮
・海
浄
な ど に 師事
し 、 報 恩院
流 と 安祥
寺
流 の 伝 授 を 受 け 、 宝 暦 九年
( 】 七 五 九 ) に智
積
院第
二 十 世 と な っ た 。 『 成 仏示
心 』 は 、明
和 三年
( 一 七 六 六 ) 以 降 に著
さ れ た と見
ら れ 、 こ れ ま で に 挙 げ た 臨 終 行 儀 書 に 比 べ 大 き く 時 代 を経
て おり
、 平安
後
期 か ら 鎌 倉中
期
ま で に 広 く 流行
し た 臨 終 行儀
が 、後
世 ど の よ う に受
容 さ れ て い っ た の か を確
認 出 来 る文
献
で あ る 。 こ れ ら の文
献 に基
づ き 、真
言 宗臨
終
行 儀 の 特徴
と 考 え ら れ る も の を ま と め る と 次 の よう
に な る 。 た だ し、 『 孝 養集
』 は こ の対
象
か ら は 除 く 。A
:信
仰本 尊 を
指
定 し な い密 教
阿
弥 陀 仏 の 重視
…密
厳 浄 土 ( 特 に も 密 教 阿 弥 陀 浄 土 ) を 欣求
す
る 。不 動
明
王 の加
護 … … … 本 尊 の 他 に 臨 終 正 念 を助
け る 尊格
を 必 要 と す る 。弥 勒
菩
薩 、弘
法 大師
へ の 信 仰B
:行
法
( 三密
行 ) 身 密 … 契印
( 特 に も 本 尊 根 本 印 ) 口 密 … 念 仏 、 真 言 ( 特 に も 大 日 ・ 尊 勝 ・ 光 明 ・ 弥 陀 ) 、 弘法
大 師 の 要 文 意 密 …i
阿 字 観 … 臨 終 行 儀 と し て の 阿息
観 は 、 覚 鑁 に よ っ て確
立 。 阿 息 観 の 展 開 と し て、観
を 呈 し た 。 苴月
輪 観 同 範 が 吽 字 一615
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学報 第五 十 六輯
C
:行
儀
病 気 に な っ た と し て も む や み に 命 を 捨 て よ
う
と せ ず 、 積 極 的 に 病 気 を 治 療 し て い く と い う姿
勢
…娑
婆 即 浄 土 さ ほ ど 行 儀 の 遵守
に拘
ら な い … 「 随 宜 に 随う
べ し 」 「 添 削 存略
意 に任
す 」 こ の よう
に 真 言宗
臨 終 行 儀 は 、 そ の 信 仰 を見
て も、 行法
を 見 て も、 ま た 行 儀 を 見 て も 、 い わ ゆ る 『 往 生 要集
』 系 の 臨終
行
儀
と は 異 な る 視 点 を持
つ 。 そ れ は 、即
身 成 仏 思想
に 基 づ く た め で、 つ ま り 真 言宗
臨 終 行儀
と は 密 教 浄 土 教 の 臨 終 行儀
な の であ
る 。三
良
忠
に
お
け
る
臨
終
行
儀
『 看 病 用 心鈔
』 の 選 者 で あ る 良 忠 (=
九 九 〜 = 一 八 七 ) は 、 浄 土宗
の 第 三 祖 で あり
、 然 阿 と 号 し た 。 諡 号 は 記 主 禅 師 と い う 。 法然
( = 三一 二 〜 一 二 一 二 ) か ら 良忠
に 至 る ま で の 臨終
行 儀 は 、 真 言 宗 の よ う な 文 献 を 通 し て の影
響 の み で は な く 、 法 然 か ら 聖 光 ( 誕 生 年 不 詳 〜 一 二 三 八 ) 、 聖 光 か ら 良 忠 と いう
師 弟 問 で の 相承
が あ っ た こ と に 大 き な 特 徴 が あ る 。 ( 11 ) ( 12 ) 法 然 の 臨 終行
儀 書 と し て は、 真偽
未
詳 の 『 臨 終行
儀 』 ( 『 臨 終 講 式 』 ) が あ る 。 ま た 『浄
土宗
略
抄
』 に も 臨終
に おけ
( 13 ) ( 14 ) る 法 然 の 思 想 が 明 か さ れ て い る 。 聖光
の も の と し て は 、 『 浄 土 宗 要 集 』 『 浄 土 宗名
目 問答
』 等 に 臨終
行
儀 が説
か れ て い る 。 た だ し 、法
然 も 聖 光 も 極 楽 往 生 の た め の 臨終
行
儀 を 重要
視 せ ず、 平 生 の 念 仏 の功
に よ り 往 生 出 来 る と いう
立 場 を 採 っ た こ と は 周 知 の 通 り で あ る 。 法 然 の考
え る 臨 終 正 念 と 往 生 の 関 係 は 、 ” 臨 終 ↓ 来 迎 ↓ 正 念 ↓ 往 生 ” であ
る こ れ は 『往
生 要集
』 以 来 の ” 臨終
正 念 ↓ 来 迎↓
往 生 ” と いう
思 想 と は 異 な る も の で 、 行 儀 を 重 ん じ な か っ た 理 由 も こ こ に 関係
す る と考
え ら れ る 。NII-Electronic Library Service 『孝 養集 亅と良忠撰 『看病用 心鈔 』につ いて (齊藤 ) こ の 流 れ を 汲 み な が ら も 、 良 忠 に は 臨
終
行
儀 に 関 す る 著作
が 非 常 に多
く 、 そ の 中 で も 『 看 病用
心
鈔
』 『 浄 土 大 ( 15 ) ( 16 ) 意抄
』 『往
生 要集
巻 中義
記 』 に は宗
派 に関
係 なく
多
く の 臨 終 行 儀 書 が 引 用 さ れ て お り 、 良 忠 が 広 く 臨 終 行 儀 を学
ん で い た こ と を窺
わ せ る 。 こ の 両 書 を確
認 し た 限 り 、 良 忠 は 臨終
行
儀
を 大 変 に 重 要 視 し て い る し 、 善知
識 の 担う
責
任
も 大 き い と考
え て い る 。 た だ し そ の 目 的 は ひ た す ら に 念 仏 を勧
め る こ と に あ る 。 つ ま り 、善
知 識 の助
け に よ っ て 正念
を 得 る の で は な く 、 善 知 識 の 助 け に よ っ て 念 仏 を し 続 け る こ と が 出 来 る た め 、 極楽
往 生 が 出 来 る と いう
図 式 で あ る 。 し た が っ て 、 行 儀 を 重 視 す る 姿 勢 は 法然
と 異 な る も の の、 ” 臨 終 ↓ 来 迎 ↓ 正念
↓ 往 生 ” と いう
思 想 は 受 け継
い で い る と考
え ら れ る 。四
『
孝
養
集
』と
良
忠
撰
『看
病
用
心
鈔
』に
み
る
影
響
関
係
1
伝
覚
鑁
撰
『孝
要
集
』概
要
( 17 ) ( 18 )
『
孝
養
集
』 は覚
鑁 の著
作 と し て 伝え
ら れ て き た が 、 中 野達
慧 氏 、 櫛 田 良 洪 氏 ら多
く の 先 徳 の論
考
に より
、 偽 撰 と す る の が定
説 と な っ て い る 。 そ の 主 た る根
拠 は 『 一 期大
要 秘密
集 』 の 引 用 と 、 浄 土 往 生 や 秘密
念 仏 等 の 思 想 の相
違 に あ る 。思 想 の 相
違
に 関 し て は 、他
に も 阿 弥 陀 思 想 の 相 違 、女
人 往 生 思 想 の相
違 等多
く の 問 題点
が 指 摘 さ れ て い る 。 こ の女
人往
生 思 想 に 関 し て 、 松崎
恵水
氏 は 「密
浄
融会
か ら 更 に 諸宗
融 合 的女
人 往 生 思 想 へ と 進 ん だ 鎌倉
仏 教 以 降 の 思 想( 19 ) と も
考
え る こ と が で き る 。 」 と 指 摘 し て い る 。 ま た 、 阿 息 観 に 関 し て 、 櫛 田 氏 か ら 「 臨 終 に 六字
の名
号
を 唱 え る こ と の 出 来 な い時
は 阿 を 唱 え る事
を 主 唱 し た考
え 方 は 高 野 の 道範
・東
山白
毫 寺知
足 等 の 思想
に 近 い感
が す る 。 従 っ て 一 617 一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学報 第五 十 六輯 本 書 の 著 作
年
代 を 推 測 す れ ば平
安期
で は な く 、 鎌 倉末
期 に 近 い 思 想 的 傾 向 を も っ て い る様
で あ る 。 」 と の指
摘
も
あ
( 20 ) る 。 こ の よ う に 『孝
養
集 』 と 『 一 期 大 要 秘 密 集 』 問 の 矛盾
や 、 覚 鑁 の 思 想 と の 明 ら か な 相 違 を 見 る に 、 『 孝 養集
』 を 覚 鑁 の 真 撰 と す る の は や はり
困 難 で あ ろう
。 た だ し 、 こ れ ら の 根 拠 は 『孝
養
集 』 と覚
鑁 の 関 係 を 否定
す
る も の で は な い 。 全 体 を 通 し て覚
鑁 か ら の 影 響 が 認 め ら れ る し 、 『 十 住 心 論 』 の 多 用 や 諸 真 言 の 使 用 か ら 、真
言 僧 の作
で あ る こ と は 間 違 い な い と考
え る の が 通 説 で あ る 。 伊 原 照 蓮 氏 も 、覚
鑁 の作
と し て 伝 え ら れ た こ と を考
え る に 、 『孝
養
( 21 )集
』 が 高 野 山 で製
作
さ れ た の は 確 実 で 、 そ れ を 疑う
理 由 は 無 い と し て い る 。 い ず れ に せ よ 『孝
養 集 』 を覚
鑁 の 真 撰 で あ る と す る の は 大変
困 難 で あ り 、 当論
文 に お い て も 『 孝養
集
』 を覚
鑁 の偽
作
と し て 扱う
こ と と す る 。 た だ し 、 現 在 の と こ ろ覚
鑁 以 外 の 著者
た る 人 物 も 、 候 補 た る 人 物 も 不 明 の ま ま で あ る ま た 『孝
養 集 』 は 成 立年
も 明 ら か に さ れ て い な い 。 定 説 に従
い 、 『 孝養
集
』 が 後 世 覚 鑁 に仮
託 し て 伝 え ら れ た も の だ と す る な ら ば 、 最 も早
く て 平 安 末 期 の 成 立 と な る 。 た だ し 、 先 の 松崎
氏 ・櫛
田 氏 の 指 摘 を考
慮
す る と 、 成 立 は早
く
て も鎌
倉 期 に 入 っ て か ら と考
え る べ き だ ろう
。 と こ ろ で 、 櫛 田 氏 の指
摘 の根
拠 に は 道 範 と の 思想
的 類 似 が 挙 げ ら れ て い た が 、 道 範 が 『 秘 密 念 仏 鈔 』 を 著 し た の は貞
応 二年
( 一 ニ ニ 三 ) の こ と で あ り 、 没 し た の は 建 長 四 年 ( 一 二 五 二 ) で あ る 。 し た が っ て道
範 の 思想
を考
慮 す る な ら ば 、鎌
倉末
期 と い う よ り も 、鎌
倉
初期
か ら中
期 の 思 想 に 近 い と い う ほう
が妥
当 で は な い だ ろう
か 。 も っ と も道
範
よ り 以前
の 覚 鑁 の 思 想 に お い て も = 期 大 要 秘密
集
』 な ど に 同 ( 22 )様
の 思 想 が 認 め ら れ る 。 写 本 を確
認す
る と 、 現 在 最 も 古 い と さ れ る の は 室 町 期 の も の で あ り 、 つ ま り 写 本 を 見 る 限 り で は 、 遅 く と も 室 町 初 期 に は 「 孝養
集 』 は 成 立 し て い た と 考 え ら れ る 。 し た が っ て 現 在考
え ら れ る 成 立 年 代 は 、 鎌倉
初
・ 中 期2
二 三 〇 年 頃 ) 〜 室 町 初 期 ( 一 四 〇 〇 年 頃 ) と いう
こ と に な る 。NII-Electronic Library Service
次
に構
成 に つ い て見
て い く 。 当論
文
で は 『 興 教 大 師 全 集 』 下 に 収 録 さ れ る、 元禄
期
に 刊 行 さ れ た 『 孝養
集 』 の 版 本 に依
拠
す
る 。 ま た 、 本 論 で は臨
終
行
儀 の み を 対 象 と す る た め 、 以 下特
別 な 断 り が無
い 限 り 、 『孝
養集
』 と は 、 『 孝 養集
』巻
下 「 臨 終 正 念 往 生極
楽 の意
を 明 かす
」 の み を指
す
も の と す る 。 本 文 は 、序
文
の 次 に 十 条 の 項 目 の 表 題 が 掲 げ ら れ 、 そ れ に 続 い て 十条
に 渡 っ て 臨 終 行 儀 が 説 か れ る 。 ま た 、 表 題 の 直後
に 「若
し俄
の 事 あ ら ば 、 第 七 を 引 て 見 る べ し 、病
人 に は第
八 を 読 で 聞 せ よ 。 」 と の 注 意 が あ る こ と か ら 、 こ の 二 条 が こ の 臨終
行儀
の 最 重 要行
儀
と いう
こ と に な る 。N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
『孝養 集』 と良忠撰 『看病 用心鈔 』につ いて (齊 藤)
2
良
忠
撰
『看
病
用 心鈔
』概
要
良忠
の伝
記 は 、良
慧 撰 『 然 阿 上 人伝
』等
に 見 る こ と が 出 来 る が 、 そ れ ら の 著 述 目録
に は 『看
病 用 心鈔
』 は 記 さ れ て い な い 。 そ の た め こ の 『看
病 用 心鈔
』 を 良 忠 の 作 と す る事
に つ い て は 、多
く の先
徳
が 真 疑 を 論 じ て き た と こ ろ で あ る が 、現
在
は 良 忠 の真
撰 で あ る と す る の が定
説 で あ る 。成
立年
は特
定
さ れ て い な い が 、 お そ ら く 良 忠 四 〇 歳 頃 ( 一 二 四 〇 年 頃 ) の 成 立 で あ ろ う と さ れ て い る 。 『看
病
用 心鈔
』 に は 大 き く 分 け て 三 種 の 写 本 が 伝 え ら れ て い る 。安
土 浄厳
院所
蔵 『 看病
御
用 心 』 、 宇 治 常楽
寺
所
蔵( 23 ) 『
看
病
用 心鈔
』 、 金沢
文
庫所
蔵 『 看 病 用 心 鈔 』 で あ る 。 こ れ ら 三種
の 写 本 は 、鷲
尾 教導
氏
に よ っ て 紹介
さ れ た 常楽
寺
本( 24 ) ( 25 ) を 始 り と し て 、 玉 山 成 元 氏 が 浄 厳
院
本
を 、 関 根透
氏 が 金 沢 文庫
本 を 紹 介 し て い る 。 次 に 、構
成 に つ い て 見 て い く 。当
論
文 に お い て は 、 『 日 本 浄 土 教文
化
史
研 究 』 収 録 版 で あ る 、 伊 藤 真 徹 氏 に よ る 翻 刻 を底
本
と す る 。 ( 浄 厳 院 本 は 表 題 が 『 看 病 御 用 心 』 と な っ て い る の だ が 、 こ こ で は 先 徳 の 表 記 に 随 い 、 便 宜 上 『 看 病 用 心 鈔 』 と 呼 ぶ こ と と す る 。 ) 本 文 は 、 前 書 ・十
九 条 に 渡 る 用 心 ・ 後書
・ 極楽
誓 願 の 祈 願文
と 続 く 。 こ れ に 続 い て奥
書 が あ り 、 そ の 後 に 「 魔 の 一619
一智 山学報 第五 十六輯 来 迎 と 仏 の 来 迎 と を 知 る 事 」 、 『
往
生 要集
』 の 「 十 楽 」 が 記 載 さ れ て い る 。 た だ し 、 今 回 考察
す る 範 囲 は 極 楽 誓 願 の 祈 願 文 ま で とす
る 。 用 心 は 十 九条
に分
け て 説 か れ て い る が 、 特 に 条 毎 の 表 題 は 付 け ら れ て い な い 。 そ の 内 容 を 見 る に 、 病 者 本 人 に対
す る 注 意 は 極 め て少
な い 。 全 体 と し て善
知
識 ・ 看 病 人 に 対 す る 注意
が 多 く、 臨 終行
儀 書 と いう
性 格 に加
え 、看
病 の 指 南 書 と し て の性
格
も 備 え て い る と 言 え る 。 ま た そ の 対 象 は 出 家者
と いう
より
は在
家 者 に あ り 、 病 者 に 対 す る 柔 軟 な対
応 が 見 ら れ る 。3
『
孝
養
集
」 と 『看
病
用
心
鈔
』 の 比較
行
儀 面 を 確 認 す る に あ た り 、 両 書 の 比較
表 ( 後 掲 ) を 用 い る こ と と す る 。 尚、 網 掛 け 箇所
は特
に重
要 と考
え ら れ る行
儀 で あ る 。 以 下 そ れ ぞ れ の 項 目 に つ い て 考察
を 加 え て い く 。 た だ し ” 本尊
・ 信 仰 対象
” お よ び ” 観想
・ 行 の 内 容 ” に つ い て は 、違
い が あ っ て 然 る 項 目 で あ る か ら 、 こ こ で 改 め て取
り
上 げ る こ と は し な い 。 ・病
気
に な っ て か らす
べ き事
『 孝 養集
』 は む や み に 命 を 捨 て よう
と せ ず 医療
等 を 加 え る こ と を 説 い て い る 。 こ れ は 一見
す る と真
言 宗 臨 終 行 儀 と し て は 当 然 の こ と の よ う だ が 、 そ の 日的
に 「 念 仏 の功
を 積 て 」 と あ る こ と に 注 意 し な け れ ば な ら な い 。真
言
宗 の 臨終
行 儀書
で あ る 『病
中 修 行 記 』 『 一期
大 要 秘 密 集 』 に お い て は 「 唯 、真
乗
の 結 縁 を 厚く
せ む と 欲す
る の み な り 。 」 と あ り 、 「 念 仏 の 功 」 と い う表
現 は 『孝
養 集 』 以 外 に は 見 ら れ な い 。 こ れ は 『 孝養
集
』 が 十 念 を 繰 り 返 し説
く こ と と 関 連 す る と 考 え ら れ る が、 行 儀 面 で の 『 一 期 大 要 秘密
集 』 の影
響 を考
慮 す る と 、 こ こ で あ え て 「真
乗
の 結 縁 」 等 の表
現 を 用 い ず 「念
仏
の 功 」 と し た の は 興 味 深 い 問 題 で あ る 。 . 方 『看
病 用 心鈔
』 は 治療
や 祈 り 等 は む や み に 希 望 し な い ほう
が よ い と 説 く 。 こ れ も 浄 土 宗系
の臨
終
行 儀 と し てNII-Electronic Library Service 『孝 養集 』と良忠撰 「看病用 心鈔 』につ い て (齊藤) は 当 然 の こ と だ が 、 こ こ に 続
く
記 述 に は 注 目 す る 必 要 が あ る 。 「 苦 痛 を 止 め て 念仏
を す る た め に は 医療
も 必 要 だ と す る考
え が あ る が 、 そ れ は 実際
に は身
命 に執
着 す る 気 持 ち か ら 医療
を求
め て い る の だ 」 と い う 意 味 の 件 があ
り
、 こ れ は 明 か に 真 言 宗 の臨
終 行 儀 を 想 定 し て 述 べ ら れ た 文 だ と考
え ら れ る 。 た だ し 先 に 確 認 し た 通 り 、普
通 真言
宗
の 臨 終行
儀
で 医 療 を 加 え る こ と を説
く
の は、 念仏
の た め で は なく
長 ら え た命
で さ ら に 密 教 ・真
言
宗 の 行 法 を 修す
る た め で あ る 。 良 忠 が 「 念 仏 せ し め ん た め に 」 と し た の は何
故 だ ろ う か 。 想定
で き る 可 能 性 と し て は 三 つ挙
げ ら れ る 。 第 一 に 、良
忠
は 専 修 念 仏 た る 浄 土宗
の 僧 で あ り 、 そ の 立 場 か ら 往 生 の 為 の行
法 を 据 え る場
合
、 そ れ は念
仏 に 他 な ら な い た め 。 第 二 に 、 当 時 は 往 生 行 ( 念 仏 を 含 め る ) の た め に 医 療 を 加 え る こ と が 一 般 論 と な っ て い て 、 そ れ を諌
め て い る た め 。 た だ し こ の 場 合 は 、現
在考
え ら れ て い る 以 上 に真
言 宗 流 の臨
終
行
儀 が 普 及 し て い た と いう
こ と に な る 。 そ し て 第 三 に 、 こ こ で 想 定 さ れ て い る 行 儀 が 『孝
養集
』 の そ れ で あ る た め で あ る 。 ・ 場 所 (道
場 ) 『 看 病 用 心 鈔 』 『孝
養 集 』共
に さ ほ ど 特 徴 的 な 記 述 は 無 い が、 適 当 な 場 所 が無
い 場合
の 注 意 と し て 、 『 看 病 用 心鈔
』 に 「 本坊
」 とあ
り
、 『 孝養
集
』 に 「 僧 坊 」 とあ
る 点 は 面 白 い 。通
常
、 道 場 に つ い て は 『 往 生 要 集 』 の行
儀
に 則 り ” 無 常 院 ” な ど が挙
げ ら れ る が 、何
れ の 臨終
行
儀 書 も 、 無 常 院 を 用 意 出 来 な い場
合
の ( 看 病 し 臨 終 を 向 え る ) 部 屋 の 用 意 に 関す
る 記載
が 見 ら れ る 。 そ の 場 合 は 仏像
を 安 置 し 、 病 者 に 拝 ま せ る 等 の注
意
が あ る の だ が 、 こ の 両 書 の よう
に 具 体 的 に 「 本坊
」 「 僧坊
」 と あ る の は 珍 し い の で あ る 。 ・ 設営
の ポ イ ン ト こ の項
目 は 共 通 す る行
儀 が多
い が 、 先 に 『 孝養
集
』 に の み 挙 げ ら れ る も の に つ い て確
認 し て い く 。 まず
浄 衣 に 着 替 え る こ と と 、 沐 浴 の準
備 に つ い て 記 載 が あ る こ と に 注 目 し た い 。 こ の 二 つ の 行 儀 は 『 往 生 要 集 』 の 臨終
行 儀 が 広621
N工工一Eleotronlo Llbrary智山学 報 第五十 六輯 ま る 以 前 か ら、 臨
終
に 際 し て 重 要 視 さ れ て い た も の で あ る 。 そ の 理 由 と し て は 、臨
終 行 儀 に 限 ら ず 行 に 入 る前
に は 身 を清
め る の が 当 然 の 作 法 で あ っ た と いう
側 面 も あ る が 、 仏 の 来 迎 を 受 け 、 極 楽 に 向 う に 相 応 し く 威 儀 を 正 す と い う意
味
も あ っ た で あ ろ う 。 だ が 、 こ の 二 つ の 行儀
は臨
終 行 儀 書 に取
り
上 げ ら れ る こ と は ほ と ん ど な い 。 設 営 に 関 し て は 、 脇息
, 楾 ・手
洗
い 紙 の 準 備 と い っ た 極 め て 実 践 的 な こ と にも
注 意 が 及 ん で い る 。 し か し 、 こ れ ら も 臨終
行 儀 と し て 示 さ れ る 例 は ほ と ん ど な い 。 ま た 『 孝 養 集 』 に は 臨 終 時 の 姿 勢 に つ い て も 注 意 が さ れ て い る 。 こ れ は端
坐 し ( 阿 弥 陀 の 浄 土 を 想 い ) 西 を 向 く 、 も し く は ( 釈 迦 の 入 滅 に 準 じ て ) 頭 北 面 西 で 臥 す と い う 一 般 的 な も の で あ る 。 さ ら に 、 病 人 に経
巻 を持
た せ る と いう
行儀
も あ る 。 『孝
養 集 』 の 思 想 か ら み て 、 こ の 経 巻 は 『 法 華 経 』 を 指 す と考
え て 間 違 い な い だ ろう
。 さ て こ こ ま で に 挙げ
た 行 儀 は 、 全 て そ れ 自 体 は 珍 し い も の で は な い 。 そ れ ぞ れ 『 日 本往
生 極楽
記 』 に も 見 ら れ る 〔 26 ) 行儀
で あ り、 「 往 生 要 集 』 以 前 か ら行
わ れ て い た 極 め て 一 般 的 な も の で あ る 。 こ の よ う に 臨 終 行儀
書
で取
り 上 げ ら れ る こ と は 無 く と も 、 一 般 的 に は 当 た り前
に 行 わ れ て い る で あ ろう
行
儀 に 関 す る 記 述 が多
い の も 『 孝養
集
』 の特
徴 で あ る 。 以 下 、 両 書 に 共 通す
る も の を 挙 げ て い く 。 まず
本尊
と 病 者 を 五 色 の 糸 で 繋 ぐ 作法
、 そ し て 香 を 焚 く ・花
を 散 ら す ( 供 え る ) と いう
作法
が あ る 。 仏 像 に 関 し て は 『孝
養集
』 は も ち ろ ん本
尊 の 指定
を し て い な い 。 た だ し 「 三 尺 の 立 像 ( 27 ) の 阿 弥 陀 如 来 を 用 よ 。 」 と い う 記 述 が 見 ら れ る 。 こ の 三 尺 と は 湛 秀 撰 『 臨 終 行 儀 注 記 』 に 見 ら れ る も の で あ る 。 こ れ に 関 し て 『看
病
用 心 鈔 』 に は 記 載 は無
い の だ が 、 『 往 生 要 集 巻中
義
記 』 に 「 湛 秀 の 臨終
記 に 云く
」 と し て こ の 三 ( 28 ) 尺 の 阿 弥 陀 立 像 を紹
介
し て い る 。 こ の 仏 像 の安
置 に つ い て 、 両 書 は 同様
の 注 意 を し て い る 。 高 さ に つ い て は、 共 に 臥 し な が ら 仏 像 を 見 ら れ る よう
に と いう
配 慮 に よ る も の で あり
、 仏 像 と の 距 離 に つ い て は 、 表 現 こ そ 違う
も の の そ の 意 図 す る と こ ろ は 同 じ で あ るNII-Electronic Library Service 『孝 養集』と良忠撰 『看病 用心鈔 』につ いて (齊藤) と み て
良
い だ ろ う 。夜
間 の 注 意 と し て 、 『看
病
用 心 鈔 』 に は 「 日 も く れ ハ灯
火 を あ き ら か に 灯 し て 仏 を も確
に 拝 ま せ て 、 病者
の 気 色 を も よく
御 覧 す へ く 候 。 」 と あ り 、 『 孝 養 集 』 に は 「夜
に な ら ば 仏 の御
前 に も 、 又病
者 の 前 にも
倶
に 火 を と ぼ せ 。 其 故 は 仏 を病
者 に 明 ら か に 見 せ 、知
識 も 病 者 の 息 の 出 入 、 眼 の 気 色 を 明 ら か に見
ん が 為 な り 。 」 と あ る 。 両書
と も 夜 間 は 仏像
と 病 者 を 明 り で 灯 す よう
に 言 う 。 そ の 理由
は 、 病 者 に 仏 像 を は っ き り見
せ 、 看 病 人 ・善
知
識 が 病 者 の 様 子 を観
察出
来
る よう
に で あ る 。 ま た屏
風
の 使 用 も 共 通 し て い る 。 『 看 病 用 心 鈔 』 に 「屏
風障
子 て い の物
を か ま へ て 、 大 小便
の 不 浄 と き ハ 仏 前 の 隔 て と さ せ給
へ 。 」 、 『孝
養
集
』 に 「 屏 風 是 は 見 苦 し き 折 折 、 病 者 の 起 臥苦
し め ん が 為 な り 。 」 と あ る 通り
で あ る 。 『 孝 養集
』 の 「 見 苦 し き 折 折 」 と は 排 泄 時 の こ と で あ ろう
か ら 、 こ の 箇所
に つ い て も 両書
は 同 じ 行儀
で あ る 。 以 上 が 設 営 に 関す
る 行 儀 に つ い て で あ る が 、 そ の内
、 仏 像 の 安 置 ・ 夜 間 の 注 意 ・屏
風 の 使 用 に つ い て は 、 お そ ら く他
の 臨終
行 儀 書 に は 見 ら れ な い行
儀 で あ る 。 し か も こ れ ら 三 つ の 行 儀 は 言 い 回 し こ そ 違う
も の の 、 注 意 ・ 理 由 共 に 同 じ で あ る と 言 え る 。 ・ 見舞
い 人 お よ び 、親
・ 伴侶
・ 子供
・ 親 類 一般
的 に見
舞 い人
に 関 す る行
儀 と し て 最 も重
要
視 さ れ る も の は、 酒 肉 五 辛 を食
し た 人 を 近 づ け な い と いう
行 儀 で あ る が 、 そ れ は 『看
病
用 心鈔
』 に も説
か れ て い る 。 た だ し こ の 記 載 は 『 孝 養 集 』 に は 無 い 。 こ れ は 『 孝養
集 』 は 善 知 識 ・看
病 人 以 外 の 人 間 の 一 切 の 面会
を 禁 止 し て い る た め で あ る 。 そ の た め 家 族 に つ い て の 記載
も 全 く見
ら れ な い 。 一方
『 看病
用 心鈔
』 に は 「 況 や 妻 子 な む と は 、 ゆ め ゆ め 近付
け 給 ふ ま し く 候 。 」 と あ る よう
に、 妻 子 が病
者
に 近 づ く こ と が禁
止 さ れ て い る 。 こ れ は 、 三種
愛 の 一 つ で あ る境
界 愛 ( 家 族 や 財 産 等 の 残 し て い く も の に 対 す る 執 着 ) を 離 れ る と いう
意 味 が含
ま れ て い る と 考 え ら れ る 。 『看
病
用 心 鈔 』 に は 三種
愛
に つ い て 具 体 的 な 記 述 は 見 ら れ な い の だ623
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智 山学報 第五 十六輯 ( 29 ) が 、 『 往 生
要
集
巻 中 義記
』 に は 三 種 愛 に つ い て 詳細
な 記 載 が あ る 。 ま た 『孝
養 集 』 に も 詳 し く 説 か れ て い る 。 ま た 、 『看
病
用 心 鈔 』 に は 「 自ず
か ら訪
ら ひ 来 た る 人 あ り と も 、 外 よ り あ ひ し ら ひ て 帰 し て 、 内 ヘ ハ 入 ら る べ か ら ず 。病
も 見苫
し く 候 、 病者
の 申 置 き た る 旨 な り と 候 へ 。 」 と いう
注 意 も あ る 。 こ れ は 見 舞 い に 来 た 人 は 家 の外
で相
手 を し 、 家 の 中 に は 入 れ な い よう
に し 、 そ の 時 に は 「 病 気 で 見苦
し い 状 態 で あ る か ら ( 会 う の は 控 え た い 。 ) 」 と病
者
か ら申
し付
け ら れ て い る と 説 明 す れ ば よ い 、 と い う 意 味 で あ る が 、 こ の件
は 、 お そ ら く貞
慶 撰 『 臨 終 用 意事
』 ( 『 真 言 宗 安 心 全 書 」 収 録 版 ) に 依 る も の で あ る 。 ( 30 ) 『 臨 終 用 意事
』 に は 「 人 を 門 に 置 て 問 ひ 来 た る 人 を あ ひ し ら は す べ し 。 礼儀
な れ ば … 」 と いう
件
が あ る 。 こ の 「 礼 儀 な れ ば 」 を 良 忠 が 「 病 も 見 苦 し く 候、 病 者 の 申 置 き た る旨
な り と 候 へ 。 」 と いう
ふう
に 理 解 し た と 考 え れ ば 、 こ の 両書
は そ の 言 い 回 し も ほ ぼ 同 じ で あ る と 言 え る 。 『 看 病 用 心 鈔 』 に は こ の他
にも
『 臨終
用 意事
』 に 依 る と 思 わ れ る箇
所
が あ る が 、 そ れ は後
述 す る こ と と し た い 。 ・ 看病
人 ・ 善 知 識 「 孝 養集
』 の 善 知 識 の 用 意 に は 『 一 期 大 要 秘 密集
』 か ら の 影 響 が窺
え る 。 詳 細 は省
く が、 両 書 は多
少
の 表 現 は 違う
も の の 、 役 割 も 座 る 場 所 も ほ ぼ 同 じ で あ る 。 こ れ に 対 し 『 看 病 用 心 鈔 』 は知
識
は 三 人 が 良 い と す る が 、 具 体 的 な役
割 を与
え ら れ て い る の は 一 人 だ け で 、 そ の 一 人 の知
識 は枕
元 に 座り
鐘 を 叩 い て 念 仏 を勧
め 、 他 の、 一 人 は 雑事
を 受 け 持 つ と あ る 。 た だ し 病 気 が 長 く な り そう
な 時 は 、交
代 要 員 を 含 め 四 、 五 人 でも
良 い と も あ る 。 さ ら に 『 看病
用 心 鈔 』 『 孝 養 集 』 共 に こ の 基 本形
の 他 に、 知 識 が 一 人 の 場 合 の 役割
に つ い て も 記 述 が あ る 。 『孝
養 集 』 に は 「 若 し 一 人 あ ら ば 、 病 人 の前
に 居 て 、軈
て 金 を打
勧
せ よ 。 一 . 人 あ ら ば 、 一 人 は 後 に 居 て勧
め よ 。 ( 中 略 ) 後 に あ ら ん 人 は 、 南 無 大 聖 不 動 明 王 と 念 じ 奉 る べ き 。 」 と あ り 、 『看
病 用 心 鈔 』 に は 「 も し ま た 知 識 一 人許
り
お ハ し ま さ ハ 、 常 に病
者 の 眼 の 気 色 、 息 の 出 と 入 に 目 を 離 た ず し て、 鐘 を 打 ち て 念 仏 を 勧 め 給 ふ へ し 。 」 と あ る 。NII-Electronic Library Service 『孝養 集』と良忠撰 『看病 用心 鈔』につ い て (齊藤) と こ ろ で 、 『
看
病
用 心鈔
』 の こ の 「 常 に 病 者 の 眼 の 気 色、 息 の 出 と 入 に 目 を 離 た ず し て 」 と いう
表
現 は 、 設 営 の ポ イ ン ト で 見 た 『 孝養
集 』 の 「夜
に な ら ば 仏 の 御 前 に も 、 又 病 者 の前
に も倶
に 火 を と ぼ せ 。其
故
は 仏 を病
者
に 明 ら か に見
せ 、 知識
も 病者
の息
の 出 入 、 眼 の 気色
を 明 ら か に 見 ん が 為 な り 。 」 と いう
注 意 と 大 変 よ く 似 て い る よう
に 思 わ れ る 。 ま た 両 書 と も 看 病 人 の 条件
に 大 変 興 味 深 い 注 意 が あ る 。 『 看病
用 心 鈔 』 に は 「 こ の知
識 の ほ か の こ る 二 人 は、 こ こ ろ え た る 物 ハ 誰 に て も 候 へ し 。 不 心 得 の 者 を ハ 、 ゆ め ゆ め 寄 す べ か ら ず 。 」 と あ り 、 『 孝 養集
』 に は 「 設 ひ 僧 な り とも
心 得 ず 、囂
し か ら ん は悪
か る べ し 。 若 し 心 得 た ら ば 、 俗 に て も き ら はず
。 」 と あ る 。 つ ま り 両書
と も 一 人 は 善 知 識 た る 僧 侶 で な け れ ば な ら な い の だ が 、 他 は 看病
の作
法
を 心得
た 人物
な ら僧
侶 で なく
と も 良 い ( 俗 人 で も 良 い ) と いう
こ と であ
る 。 こ れ は 僧 侶 で あ る と いう
こ と よ り も、 看病
の 作 法 に 通 じ て い る と い う こ と の方
を 重 要 視 し て い る と いう
こ と に な り 、大
変 に 珍 し い 記 述 で あ る と 言 え る 。 特 に 『 孝養
集
』 は そ の 臨終
行
儀 と し て 『 一 期 大 要 秘密
集 』 を テ キ ス ト と し 、 し か も 善 知 識 の役
割 に つ い て は 、 ほ ぼ 同 様 の 注 意 を 呈 し て い る 。 『 一 期 大 要 秘 密 集 』 が 善 知 識 以 外 の 人 が 病 者 と 同 室 す る こ と を強
く 禁 止 し て い る こ と を 考 慮 す る と 、 や は り 特 異 であ
る と いう
印象
は 否 め な い 。 ・看
病
・ 世 話 、看
病 人 の 心得
まず
は 看 病 人 の 休 憩 に つ い て確
認 す る 。 こ れ も 他 の 臨終
行 儀 書 に は 見 ら れ な い行
儀 で あ る 。 両 書 と も時
香 に よ っ て 時 間 を 計 り 、 交 代 で 休 憩 を取
る よう
に 注意
が あ る 。 そ の 際 休 む べ き 場所
は 『看
病
用 心 鈔 』 に 「 病 者 の あ た り 遠 か らず
、 息 つ き の き こ ゆ る 程 に やす
ま せ 給 ふ べ し 。 」 と あ り 、 『孝
養
集
』 に 「病
者 の声
の 聞 ゆ る 程 に休
め よ 。 」 と あ る よう
に 、 病 者 のす
ぐ 近 く で な け れ ば な ら な い 。 息 継 ぎ の 聞 え る 距離
も 、声
の 聞え
る 距離
も言
葉
が 違 う だ け で 同 じ意
味 であ
ろ う が 、 こ の よう
な注
意 は お そ ら く こ の 両 書 以 前 に は 見 ら れ な い も の で あ る 。 一 625 一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学報 第五 十 六輯 次 に 病 者 に
与
え る食
べ 物 に つ い て の 注意
を 見 て い く 。 酒 肉 五辛
に つ い て は 、 当 然 両書
共 に禁
止 し て い る 。 こ れ は 日 本 の 臨 終 行儀
で 最 も 浸 透 し て い る 行 儀 の 一 つ で あ り 、 ほ と ん ど の 臨 終 行 儀 書 に 記 述 が あ る 。 た だ し 、 酒 肉 五辛
の よう
な 穢 ら わ し い と さ れ る 食 物 を 病 者 が 求 め た 場 合 の 対 応 の 仕方
に ま で 言 及 さ れ た も の は 、 こ の 両 書 以外
に は 無 い と 思 わ れ る 。 『 孝 養集
』 に は 「病
者
有 て 、 此等
を 願 ふ 事 あ ら ば 、先
心 安尋
ん 由 を 答 へ て 、 さ て後
に彼
に 似 て 、 然 も こ と な ら ん 物 を 与 て 、 心 をす
か し て 後 心得
て 云 べ し 。仰
ら れ し物
は 、 臨 終 の 行 儀 に 障 り 也 と 申 す と 言 へ 。 」 と あ る 。 つ ま り 、 ま ず は 病 者 の申
し 出 を 承 諾 し 「 彼 に 似 て 、然
も こ と な ら ん 物 」 を与
え 、 心 を 落 ち着
か せ て か ら 、 そ れ が 臨 終 時 に障
り と な る 物 であ
る と 諭 せ と いう
事 で あ る 。 ま た こ こ に 続 い て 「 其 な ら ぬ 物 を 食 ば と て 、 あ く ほ ど に は 食 せ ざ れ 。 又 食 す と も 色 色様
様
に し て、搆
へ て 食事
を 得 さ せ よ 。 是 則力
を 失 せ じ が為
な り 。 」 と 注 意 が 加 え ら れ る 。 つ ま り 、 与 え る に し て も少
量 で 、 与 え る 理 由 は 病者
の力
を 保 た せ る た め で あ る と い う 。 『看
病 用 心 鈔 』 に は 「 病 者食
物 を 欣 ひ求
め て ( 中 略 ) 魚 な む と に て も 食 は す へ く 候 か 。 又 平 生 の時
す
ら 誡 あ る事
な り 。 況 や 臨終
病
床
に 臨 む て ハ殊
更 二 仏 の 制 止 給 へ る事
也 と 、 言 ひ こ し ら へ て こ こ ろ を とり
て の ち 、 そ の 欲 心 を 改 め な さ る へ く 候 。 」 とあ
る 。 平 生 の時
で さ え 慎 む べ き も の であ
る か ら、 臨 終 に は 尚 更 で あ る と な だ め よ と いう
意味
で あ る が 、 こ れ は無
碍
に 病 者 の求
め に 応 じ な い と いう
わ け で は な い 。 病 者 が意
固 地 に な っ て い る 場 合 の 注 意 と し て 、 「 病者
に を き て ね ん ご ろ に 思 ふ 心 さ し を し ら せ 、善
悪 に つ け て 毎 々 に し た か ふ よ し を ミ せ給
へ 。 」 と いう
対 応 が 示 さ れ て い る 。 よ っ て 『孝
養 集 』 と 同 様 に まず
は承
諾 し て 、 病 者 の様
子 を 見 な が ら徐
々 に な だ め て い く と いう
事
で あ ろう
。 た だ し、 「 彼 に 似 て、 然 も こ と な ら ん 物 」 を与
え る と いう
事 は し な い 。 臨 終 行儀
は 元 々 は 出 家 者 を 対象
と し て い た た め 、禁
止 し た事
柄
に 対 し そ れ に従
わ な い 場 合 を 想 定す
る こ と は ほ と ん ど 無 い 。 そ れ に も 関 わ ら ず 同 じ 状 況 を 想 定 し 、 し か も そ の 対 応 が ほ ぼ 同 じ で あ る と い う の は 大 変 に 珍 し い 。 単 なNII-Electronic Library Service 『孝養 集』と良忠 撰 『看 病用心鈔 』につ い て (齊藤 ) る 偶
然
と は 考え
にく
い 問 題 で あ る 。 同 じく
病 者 に与
え る 物 に つ い て 『孝
養 集 』 に は 、 諸 の 苦 く な い ( 飲 み や す い ) 良 く 効 く 薬 や 、諸
の好
物 を 常 備 し 、 常 に与
え 食 べ さ せ る と いう
記 載 が あ る 。 こ れ は 、 病 中 は 、 普 段 は さ ほ ど 欲 し い と 思 わ な い 物 を求
め た りす
る が 、 こ れ ら の物
を 与え
て お け ば 意 識 が こ れ ら に留
ま る た め、 良 く な い物
( 酒 肉 五 辛 な ど ) を 求 め な い です
む 、 と いう
理由
か ら の 注 意 で あ る 。 先 の 「彼
に 似 て 、 然 も こ と な ら ん 物 」 を 与 え る 事 や 、 好 物 を 常 に与
え る事
は 、病
者 の 心 を 穏 や か に保
つ と いう
こ と が 優先
さ れ る か ら こ そ 成 り 立 つ 行 儀 で あ る が 、 こ の よう
な 柔 軟 な姿
勢 は 、 真 言宗
の 臨 終 行 儀 の特
徴 の 一 つ で あ る 。 ・ 死後
の 作 法 両書
共
に 死後
に 騒 が し く す る こ と を 諌 め 、 静 か に 死 後 の作
法 を修
す
る こ と を 説く
。 そ の 修法
は そ れ ぞ れ 異 な る が 、 「孝
養
集 』 で は 、善
知 識 は各
々 、 仏 眼 と大
日 の真
言
を 唱 え る 。 特 に 有 験 の 人 は 油 断 な く 念 力 を 致 し て 病 者 ( 死 者 ) を 守 り 、 死 後 も 二時
間 か ら 四 時 間 は 立 ち 去 っ て は な ら な い と あ る 。 阿 弥 陀 の 合 殺 を す る 場 合 は こ の 二 人 以 外 の者
に さ せ る と あ り 、有
験
の 人 が 立 ち 去 る 時 に は 部 屋 に 不動
明 王 ・ 烏 瑟紗
摩
明 王 の 画 像 を 懸 け る と さ れ る 。 さ て 、 こ こ で 特 に有
験 の 人 に 「 油 断 す る事
な か れ 。 殊 に 念 力 を致
し て守
る べ き な り 。 」 と 注 意 があ
る の は 何 故 だ ろう
か 。第
一 人 目 の最
も徳
が あ る 善 知 識 で は な く 、 不 動 明 王 ・ 慈救
の 呪 を 唱 え る有
験 の 人 こ そ 心 を 込 め て 真 言 を 唱 え る 必要
が あ る と いう
こ と は 、 お そ ら く不
動 明 王 の加
護 と 関 係 が あ る の だ ろ う 。 死 後 も すぐ
に は 立 ち 去 ら な い と す る の も 、 追 修 供養
を有
験 の 人 が修
す る こ と に よ っ て 、 不 動 明 王 の威
力
が 加 え ら れ る と い う意
味
だ ろ う か 。 全体
的
に 『孝
養集
』 は他
の 真言
宗 臨 終 行 儀 に 比 べ 、 不 動 明 王 の威
力
を 憑 み に す る 思 想 が 強 い と い う印
象 を受
け る 。 善 知 識 の中
で も 有験
の 人 に 関 す る 記 述 が 最 も多
い 。 ま た有
験 の 人 が 立 ち 去 る 時 に は 、 部 屋 に 不動
明 王 ・ 烏 瑟 紗 摩 明 王 の 画 像 を 懸 け る と いう
作
法
も あ る 。 不 動 明 王 は 一627
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学報 第五 十六輯 と
も
か く 、烏
瑟 紗摩
明 王 と い う の は 珍 し い 。 烏 瑟紗
摩
明
王 は真
言 宗 の 行 法 の 中 で は さ ほ ど 重 要 視 さ れ な い尊
格 で あ る 。烏
瑟 紗 摩 明 王 は む し ろ台
密 で 多 く 用 い ら れ る 。何
故
こ こ で台
密 の 要 素 が 見 ら れ る の か 興 味 深 い 問 題 で あ る 。 『 看 病 用 心 鈔 』 に は 死 後 の作
法 と し て 「 念 仏 を申
さ せ給
ひ て 、 一 二 時 の 程 も 過 さ せ 給 へ 。 又 こ の 功 を も て 中 有 よ り も往
生 を 遂げ
よ と 心 を い た し て 廻 向 し ま し ま す へく
候
。 」 と あ る 。 つ ま り 、 こ の 功 徳 に よ っ て 中 有 より
往 生 を 遂 げ よ と 念 じ つ つ 、 二時
間 か ら 四 時 間 念 仏 を せ よ 、 と いう
事 で あ る 。 こ の 件 は 、 貞 慶 撰 『臨
終
用 意事
』 の 「 既 に終
て 後 一 時 計 り も耳
に 唱 へ 入 る べ き な り 。 上 は 死 す る 様 な れ ど も 底 に は 心 あ り 。 或 は 魂 去 る よう
に し て、 死 人 の あ た り 〔 31 ) に 有 て 、 称 名 を聞
き ぬ れ ば 、彼
れ 悪 道 に 入 る べ き 者 な れ ど も 中 有 よ り改
め て 浄 土 に 生 ず る 故 な り 。 」 に 依 る も の と考
え ら れ る 。 ・ 『孝
養 集 』 独 自 の 問 題 ( * 比 較 表 中 に は 「 特 記 」 と し た 箇 所 ) こ こ で は 『 孝 養 集 』 に つ い て 、 ま ず は 糸 縒 り 作 法 に つ い て 取 り 上 げ る 。 糸 縒り
作
法 に つ い て は 『 一 期 大 要 秘 密 ( 32 )集
』 に も 割 注 と し て 記 載 が あ る が 、 『 孝 養 集 』 の 記 載 は よ り詳
細
で あ る 。 五 色 の 糸 を ば 、 十 歳 よ り前
の 女 人 に 精 進 せ さ せ て 、清
所 に 置 て 清 麻 を う ま せ て 五 に 分 て 染 よ 。 一 を ば 青 く、 一 を ば 黄 に 、 . を ば赤
く 、 一 を ば 白 く 元 の 色 、 一 を ば 黒 く 染 め る べ し 。 已 上 五 色 な り 。 是 如く
色 色 に 染 ん 事 は、 聖 な ん ど に せ さ せ て、 灌 頂仕
く る 人 の許
へ 送 り よ ら せ て 受 よ 。 是 を ば 世 間 の 人 に 普見
せ 知 ら せ ぬ事
なり
。 糸 の 長 さ は . 丈 二 尺 に 経 て 、 九 尺 に よ ら せ よ 。 長 く よ る様
も あ り 。 こ の 詳 細 な 指 示 が 何 に 依 る も の な の か は 不 明 で あ る が 、 十 歳 以 下 の 女 児 に 精進
さ せ る等
の 記 述 が あ る の は 、 こ の よう
な 臨終
行 儀書
と し て は 異 質 な 感 が あ る 。 あ る い は 民 間 信 仰 や 風 習 の よう
な も の か ら 影響
を受
け て い る の だ ろ う か 。 同 じ く 『 孝 養 集 』 の 行 儀 の う ち 特 記 す べ き も の と し て 、 第 十条
の 「 浄 土 に 生 じ娑
婆 に 帰 り 縁 有 る 人 諸 衆 生 を 浄 土NII-Electronic Library Service 『孝 養集』と良忠撰 『看 病用心鈔』につ いて 儕 藤) に
導
く
様
」 が あ る が 、 こ れ も 『 ] 期 大 要 秘密
集
』 に 依 っ た も の で あ る と 考 え ら れ る 。 『 一期
大 要 秘 密集
』 の 没 後 追 修 の 用 心 門 は 、 三 悪 道 に 堕 ち た場
合 の 相 と 、 そ れ ぞ れ の 悪道
の た め の 追 修 供 養 が 示 さ れ て い る 。 そ の 最後
に 「努
力 努力
、 遺 言 に 違 ふ こ と な か れ 。我
を 済 つ て道
を 成 ぜ し む れ ば 還 つ て 必ず
汝等
を導
か ん 。 普 賢 の行
願
を 行 じ て 、 同 じ ( 33 ) く無
上 道 を 証 せ ん 。 」 と いう
件
が あ る 。 『 孝養
集
』 に お け る 『 一 期 大要
秘 密 集 」 の 影 響 を 見 る に 、第
十 条 は 、 こ の 覚 鑁 の誓
願 を 基 と し て い る と 見 て間
違 い な い だ ろ う 。 た だ し 『 一 期 大 要 秘 密集
』 の影
響 が こ の よう
に 別 項 目 を 設 け る 形 で 現 れ て い る の は 、他
の箇
所 に は 無 い 。 『 孝 養 集 』 の 著 者 は 何 故 に こ の誓
願 を 重 要視
し た の だ ろう
か 。 大変
興 味 深 い 問 題 で あ る 。 さ ら に 『 一期
大 要 秘密
集 』 の 没 後 追 修 の用
心 門 に お け る記
述 は 、 こ の書
の 重 要 な 特 徴 で 、 こ の 他 に 同様
の作
法 が ( 34 ) 示 さ れ た 臨 終行
儀 書 は お そ らく
無 い 。 『孝
養 集 』 に見
ら れ る 善 知 識 ( 有 験 の 人 等 も 含 む ) の 選 任 や役
割
が 『 一 期 大 要 秘密
集
』 に 準 じ て い る こ と は確
実 で あ る が 、 そ の善
知 識 の作
法 に 関 わ る 没 後 追 修 に つ い て 記載
が 無 い の は 少 々 気 に 掛 か る 問 題 で あ る 。五
お
わ
り
に
以 上 を見
て き た よう
に 、 『看
病 用 心鈔
』 と 『孝
養集
』 に は 共 通 す る 行 儀 が 大 変多
い 。 し か も 特 徴 的 な 、 そ れ 以前
に は見
ら れ な い 事 柄 に 類 似 性 が 強く
認 め ら れ る の で あ る 。 も ち ろ ん 江 戸 期 な ど 、 明 ら か に後
世 の成
立 の臨
終
行 儀 書 に は見
ら れ る よ う に な る 行 儀 も あ る が、 そ れ も 良 忠 や覚
鑁 の 説 と し て 登 場 す る も の で あ る 。 や は り こ の 両書
が 全 く の無
関
係 に 成 立 し た も の だ と は 考 え づ ら い 。特
に 注 目 す べ き は 、 悪 し き物
を求
め た時
の 対 応 で あ る 。 先 述 し た 通 り 、 臨終
行儀
は 僧伽
の 律 を根
本 と し て 成 立 し629
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学報 第五 十 六輯 て き た た め 、