博士(地球環境科学) 山岸洋貴
学 位 論文 題 名
Spatio
―
temporal genetic structurelnplantpopulationS:
EV01utionaryandeC010giCalprOCeSSeSOf populationmaintenanCelnperennialherbS
(植物集団の時空間的遺伝構造:
多年生植物の進化生態学的集団維持プロセスについて)
学位論文内容の要旨
固着性の植物は環境の変化を移動により回避することができないため、集団の生態的・遺伝 的構造はその種の様々な生活史特性と生育地環境の相互作用の帰結と考えられる。植物の生活 史において種子散布や花粉流動は唯一の移動の機会であるが、その距離と方向はこれらを媒介 する要因によって大きく左右される。さちに、種子散布や花粉流動を通じ親世代の空間構造を 基礎とした世代更新によって遺伝構造が集団内・間に生じる。したがって、集団の時空間的遺 伝構造を明らかにすることにより、様々な環境条件下でその集団がどのように成立・維持され てきたかという過程を理解することが可能である。今日、野外の生態学の分野においても酵素 多型分析、AFLP分析、マイク口サテライトマーカー分析など遺伝解析技術の向上により、複 雑で多くの個体から構成される植物集団の遺伝構造を解析することが可能となった。そのため 様々な環境において集団維持に関わる進化的・生態的なプロセスを理解する有効な手段として 集団遺伝解析が用いられるようになった。
本研究では、集団の遺伝構造が生活史を反映した集団成立・維持プロセスとその履歴に密接 に関わって構築されることに注目し、生育地の環境とこれらのプロセスの関係を、遺伝構造を 解析することによって明らかにする。まず注目したのは高山環境における雪解け時期の不均一 性という環境変動である。高山において雪解け時期は、標高の異なる集団問に、また局所的な 集団内にも異なる開花フェノロジーを生じさせる。これらの開花フェノロジーの違いは、花粉 流動による遺伝子流動を妨げるために集団間・集団内に空間的な遺伝構造を生じさせる可能性 がある。そこで、雪解け時期という環境変動と重要な生活史プロセスの1つである花粉流動に 注目し、第1章では、高山性力夕クリ集団問の、第2章では、同集団内の遺伝構造について解 析し検討した。さらに第3章では生育地の分断孤立化という環境変動と集団成立・維持に関わ る様々なプロセスとの関係ついて詳細に明らかにした。多年生植物集団の時空間遺伝構造は、
主に花粉や種子を介しての遺伝子流動と種子散布後に生じる様々な生活史プロセスによって構 築されるが、この時空間遺伝構造が環境変動の変動によってどのように変化していくかについ ての研究例は少ない。第3章では、生育地分断化という環境変動によって遺伝学的・個体群統 計学的影響を受けていることが明らかになっている多年生草本オオバナノエンレイソウ集団を 対象に、このような環境の変化がどのように植物集団の遺伝構造に反映されるかを明らかにす ることを目的とした。
―1588ー
本 章 で は 、 北 米 コ 口 ラ ド ロ ッ キ ー 山 脈 に 自 生 す る 高 山 性 カ タ ク リ (Er ythr onium grandi′ lorum)を対象 に、集団問の遺伝構造を明らかにし、開花フェノ口ジーの差異により局所 的な 遺伝 的分 化が生 じているかを検討した。同一 山域に位置し、標高に沿っ て開花フェノロジ ーが 異な る3集団(IR:3230m,KP:3070m,CC:2930m)の遺伝的多様性を酵素 多型分析を用いて 比較 し、 集団 間のそ れぞれの遺伝的距離を明らか にした。その結果、標高の 最も高いIR集団と その 他の 集団 間に有 意な差異が認められ、開花フ ェノロジーが集団の遺伝的 分化に影響を与え る可 能性 が示 さ れた 。し かし 、 地理 的にも大き く離れるこの3集団の遺伝的 分化には標高差以 外の 様々 な環 境要因 が関与しており、開花フェノ ロジーの効果のみを要因と して解釈すること はできなかった。
本章では、第1章よりもさらに小さな空間ス ケールで高山性力夕クりの 集団内の遺伝構造を明 らか に し、 開花フェノロジ ーの効果が局所的な遺伝的分 化を生じさせているかを検 討した。標 高3340mに自 生 する カタ クリ 集団 内 に調 査区(250x70m)を 設定 し、開花フェノ口ジ ーの観察を 2年 間行 った 。 その 結果 、調 査区 内 に消雪時期の違いに より開花フェノロジーが異 なる22個の バッチが確認され 、各バッチを開花順に大き くEarly. Middle. Lateの3段階に区分した。また 各パ ッ チか ら開花個体の葉 を採取し、酵素多型解析を行 った。結果、パッチ間に有 意な遺伝的 分化 が 認め られた。しかし 、各パッチ間の遺伝的分化に は、地理的距離の効果も受 けている可 能性 が ある ため、遺伝的距 離(遺伝的分化の程度)と開 花フェノロジーの異なり程 度との関係 をPartial Mantel testにより地理的距離の効 果をまじえて検討を行った 。その結果、バッチ間 の遺 伝 的距 離は、地理的距 離とも相関が認められたが、 開花フェノロジーの異なり 程度とも有 意な 相 関が あることが明ら かになった。以上のことから 、高山では消雪時期の違い による局所 的 な 開 花 フ ェ ノ ロ ジ ー の 違 い カ 韆H云 構 造 を 生 じ さ せ て い る こ と が 明 ら か に な っ た 。
3. 森 林 の 分 断 ・ 孤 立 化 が 埜 盥 物 オ オ パ ナ ノ エ ン レ イ ソ ウ の 空 間 遺 伝 構 造 に 与 え る 影 響 北 海 道十勝地方では1880年代からの急速かつ、大規 模な農地開拓に伴い、森林が 伐採され現 在で は 大小さまざまな孤立 林が点在する景観が一般的 である。オオパナノエンレイ ソウは北海 道の 低 地林を代表する林床 性多年生草本で、これらの 孤立林の林床にも多く見られ る。このよ うな 生 育地分断化は地球上 の生物多様性を脅かす主な 要因であり、近年、遺伝学的 ・個体群統 計学 的 視点の両面から研究 が進められている。これま でオオパナノエンレイソウ集 団に関して も孤立林では種子 生産が減少しているこ と 、実生の加入率が低いこと、また遺伝的多様性が減 少し て いることなどが明ら かにされている。本章では 、同様に酵素多型を用いてま ず多年生林 床植 物 オオパナノエンレイ ソウ集団内の空間遺伝構造 がどのような集団維持プロセ スを反映し て構 築 されているのかを異 なる生育段階の構造を比較 することによって詳細に明ら かにした。
さら に 孤立林と大規模林で の集団間で遺伝構造を比較 し、生育地の分断化がどのよ うに空間遺 伝構 造 に反映されるかを検 討した。それぞれの集団内 の調査区の個体の位置を記録 し葉を採取 し、 酵 素多型を用いて遺伝 解析を行い、遺伝子型を決 定した。空間遺伝解析には空 間自己相関 係数 と 量的に空間遺伝構造 を評価する駟値を用いた。 その結果オオパナノェンレイ ソウ集団の 空間 遺 伝構造とその形成要 因が明らかになり、また集 団問比較から生育地分断化が 繁殖および 生 育 段 階 構 造 を 背景 とし た 遺伝 構造 に大 きな 影 響を 及ぼ して いる こ とが 明ら かに な った 。 こ れまで植物集 団の遺伝構造の解析は、比較 的大きな地理的スケールで 行われてきたが、本 研究 は生育環境の 変動性を含む細かいスケール で解析を行うことにより、 生活史を背景とした 多年 生植物集団の 維持機構に関する新たな知見 を提供するものである。ま た地球温暖化による 影響 を最も受けや すい高山生態系ならびに人為 的なインパクトを受けやす い身近な低地林生態 系 の 環 境 保 全 に 関 し て も 有 用 な 基 礎 的 知 見 を 提 供 す る も の で あ る 。
― 1589−
学 位論文審査の要旨 主 査
教 授
大 原
雅 副 査
教 授
木 村 正 人 副査
助教授
工藤 岳
学位論文題名
Spatio
―temporal genetic structurelnplantpopulaHOnS :
EV01utionaryandeC010giCalprOCeSSeSOf populationmaintenanCelnperennialherbS(植物集団の時空間的遺伝構造:
多年生植物の進化生態学的集団維持プロセスについて)
固着性の植物は、環境の変化を移動により回避することができないため、集団の生態的・
遺伝 的構 造は 遺伝 子流 動を 含む 様々 な生活史特性と生育地環境の相互作用の帰結と考えら れる 。し たが って 、集 団の 時空 間的 遺伝構造を明らかにすることにより、その集団がどの よう に成 立・ 維持 され てき たか とい う過程を理解することが可能である。本研究では集団 の遺 伝構 造が 生活 史を 反映 した 集団 成立・維持プロセスとその履歴に密接に関わって構築 され るこ とに 注目 し、 様々 な生 育地 の環境条件とこれらのプロセスの関係を、いくっかの 地 理 的 ・ 地 形 的 ス ケ ー ル の 遺 伝 構 造 を 解 析 す る こ と に よ っ て 明 ら か に し た 。
ま ず、 高山 環境 にお ける 雪解 け時 期の不均一性に着目した。高山において雪解け時期は 標高の異なる集団間、また局所集団内でも開花フェノロジーの変異を生じさせる。そこで、
北米 コロ ラド ロッ キー 山脈 に自 生す る高山性カタクリ(Erythronium grandiflorum) を対象
に、 集団 間な らぴ に集 団内 の遺 伝的 分化 につ いて解 析を 行っ た。 第1 章では、同一山域に
位 置 し 、 標 高 に 沿 っ て 開 花 フ ェ ノ ロ ジ ー が 異 な る
3集 団
(IR:標 高
3230m,
KP:3070m,
CC:2930m)の 遺 伝 的 距 離 を 酵 素 多 型 解析 によ り比 較し た。 その 結果 、標高 の最 も高 いIR
集団 と他 の2 集団 間に有 意な 差異 が認 めら れ、 開花 フェ ノロ ジー が集団の遺伝的分化に影
響を 与え る可 能性 が示 され た。 しか し、 立地 環境の 異な るこ の3 集団の遺伝的分化には多
様な 環境 要因 が関 与し てお り、 開花 フェノロジーの効果のみを遺伝的分化の単一の要因と
し て 解 釈 す る こ と は で きな か っ た 。 第
2章 で は 、 標 高3340m に 位 置 するカ タク リ集 団内
に 調 査 区
(2soX70m)を 設 定 し 、 微 地 形の 違い によ る局 所的 な開 花フ ェノロ ジー の差 異と
集団 内の 遺伝 的分 化と の関 係を 調査 した。調査区内には雪解け時期の違いにより開花フェ
ノ ロ ジ ーが 異なる
22個 のパ ッチ が認 識さ れ、 開花 順に 大き くEarly .
Middle.
Lateの3 段
階に 区分 した 。各 パッ チ内 の開 花個 体より葉を採取し、酵素多型解析を行った結果、パッ
チ間 に有 意な 遺伝 的分 化が 認め られ た。さらに遺伝的距離(遺伝的分化の程度)、開花フ
ェノロジー、地理的距離の効果の関係をPartial Mantel test により検討した。その結果、パ
ッチ間の遺伝的距離は地理的距離と開花フェノロジーの両者と有意な相関を示した。以上 のことから、高山では雪解け時期の違いによる局所的な開花フェノロジーの変異性も遺伝 構造を生じさせる主要因の1 つであることが明らかになった。
第3 章では生育地の孤立・分断化という人為的環境変動に着目した。北海道十勝地方で は1880 年代からの急速かつ、大規模な農地開拓に伴い森林が伐採され、現在では大小さ まざ まな孤立林 が点在する 景観が一般 的である。 オオバナノ エンレイソウ(Triltium
camschatcense)は北海道の低地林を代表する林床性多年生草本で、これらの孤立林の林床 にも多く見られる。そこで、同一林内の生育段階の異なる個体間の空間遺伝構造を比較す るとともに、孤立林と連続林の集団間で比較を行い、生育地の分断化がどのように空間遺 伝構造に反映されるかを検討した。その結果、オオバナノエンレイソウ集団の空間遺伝構 造の形成過程が明らかになるとともに、また集団間比較により生育地の分断化が繁殖およ び生育段階構造を背景とした遺伝構造に大きく影響を及ばしていることが明らかになった。
これまで植物集団の遺伝構造の解析は、比較的大きな地理的スケールで行われてきたが、
本研究は生育地環境の変動性を含む詳細なスケールで解析を行うことにより、生活史を背 景とした多年生植物集団の維持機構に関する新たな知見を提供するものとして評価できる。
審査委員一同は、これらの成果を高く評価し、また研究者として誠実かつ熱心であり、大 学院過程における研鑽や取得単位などもあわせ、申請者が博士(地球環境科学)の学位を 受けるのに充分な資格を有するものと判定した。