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岡山大学構内遺跡調 研 4 年報

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Academic year: 2021

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(1)

岡山大学構内遺跡調 1査1究 年報 4

1986年 度

岡山 1大 学埋蔵文化財調査室

(2)

1986年において埋蔵文化財調査室が実施 した事業は

,医

療短期大学校舎新営予定地 と男子学 生療改築予定地の発掘

2件

をはじめとして

,試

掘調査

2件 ,立

会調査22件の多数におよびまし た。調査員は人面六菅の活躍 をすることとなったのですが

,運

営 にかな りの無理が生 じて きた ことも否定で きません。

調査室は

,発

足 してはや

4年

度を経過 したことにな りますが

,学

則による大学の正規機関 と なっていないため

,予

算や職員の制度上のあ り方について

,さ

まざまな困難に直面 しているこ とも事実です。現状のままでは事業の円滑な運営が望 めないと予測されるため

,1987年

1月以 来

,調

査室では安定 した調査組織の確立

,出

土遺物の研究・保管施設の確保

,構

内遺跡の詳細 分布調査の実施などについて具体策を練 って きた ところです。 さいわい施設設定委員会埋蔵文 化財保護対策検討専門委員会や大学事務局で も

,こ

の問題について本格的な検討 をは じめ られ

ることとな りました。

関係各位のいっそうの御努力により

,調

査体市もの根本的な確立が1日 も早 くはか られること を希望 します とともに

,大

学構内の埋蔵文化財の保護 と調査 について

,全

学の深い理解 と協力 が得 られます ことを

,あ

らためてお願いする次第です。

19874F10月

岡山大学埋蔵文化財調査室長

稲    田    孝    司

(3)

例      言

1 本年報 は岡山大学構 内において1986年 4月 1日 か ら1987年 3月31日まで に実施 した埋蔵文 化財 の調査 と保存

,及

び岡山大学埋蔵文化財調査室の活動成果 をまとめた ものである。

2  岡山大学構 内の埋蔵文化財 の調査 に際 しては

,国

土座標 を測量等の基準 としているが

,岡

山大学津 島地 区 と同鹿 田地 区で はその設置基準 を次 の ように定めた。

1)岡

山大学津 島地区で は

,国

土座標第

5座

標系

(X=‑144,500,Y=‑37,000)を

起 点 と し

,一

50mの

方形 の地 区割 を して構 内座標 とし

,遺

跡 の位置 を表示 した。 また

,津

島 キ ャンパ スは調査の便宜上

,大

きく津島北地区 と同南地区に三分す る (図1)。

2)岡

山大学鹿 田地 区で は

,国

土座標第

5座

標 系

(X=‑149,800,Y=‑37,400)を

起 点 と し

,座

標 軸 を N15°

Eに

振 った もの を基軸 と した構 内座標 を設置 した。地 区割 は一辺

5mの

方形 を用 い

,調

査 に対応 した (図4)。

3)本文 中で用 い る方位 は津 島地 区では磁北 を

,鹿

田地 区で は真北 を使用 している。

3  岡山大学構 内及 び関連施設内の遺跡の名称 は

,農

学部演習林 内 に分布す る古墳群等 の周知 の遺跡の場合

,そ

の まま踏襲す る。津島地区構 内で新 たに発見 された遺跡 は

,遺

存す る小字 名 を用 い るか

,岡

山大学津 島地区遺跡群 と仮称 し

,地

点 ご とに任意 の記号 を用いて示す。 ま た

,鹿

田地区では全域 において

,こ

れ まで称 されて きた「鹿 田遺跡」 を用い る。

4 表 に記載 した所属部 は

,原

則 として各学部の頭文字 を略号 として用い

,医

学部 附属病 院等 につ いては医病 とい う形で略 した。

5 本文・ 目次・挿図 。図版等で使用の調査番号 は表1の番号 に一致す る。

6 遺構 の実測 は青木進 治郎・石坂俊郎 。伊藤真・ 栄一郎 ・八谷 隆生 。松 岡かお り 。宮原博 幸・保 田義治・ 山本悦世が行 った。遺構 の浄写 は石坂 。栄・松 岡,保田・ 山本が

,遺

物 の実 測・ 浄写 は石坂 。栄・ 山本が担 当 した。

7 本文 は第

2章

2〜 4を石坂 。栄・松 岡・山本が分担 して執筆 し

,そ

れ以外 は山本が担 当 し た。執筆者名 は末尾 に記 した。

8 本年報 に掲載 の津 島地 区の地形 図は岡山市発行 の1/2500の 地形 図を複製 した ものである。

9 編集 は稲 田孝司の指導の もとに松 岡の協力 を得 て山本が当たった。

(4)

岡山大学構内遺跡調査研究年報 4 1986年 度

1章

 岡山大学構 内埋蔵文化財保護対策要項 ……… 1

1 岡山大学施設設定委員会埋 蔵文化財保護対 策検討専 門委員会規 程……… 1

2  岡山大学埋蔵文化財調査 室設置要項 ……… 2

2章  1986年

度 岡山大学構 内遺跡調査報告 ……… 3

1 調査 の概 要 ………・……… 3

2 発掘調査 ………Ⅲ……… 5

① 医療技術 短期大学部 校舎新営 に伴 う発掘調査―・……… 5

② 学生部男子学生療改築工事 に伴 う発掘調査 ………

 10

③ 屋 内運動場新営 に伴 う発掘調査 ………

 12

3 試掘調査 ………・………

 16

4 立会調査 ………

 18

(1)津

島地 区………・………Ⅲ………。18

12)鹿

田地 区………

 18

5 分布調査 ………Ⅲ………Ⅲ………。 20

3章  1986年

度普及 。研 究活動 ………

 21

1 資料 整理 ………

 21

2 刊行物 ………

 21

3 調査員 の活動 ………

 21

4  日誌抄………・………

 22

4章  1985年

度 までの活動 と1986年 度遺物保管状 況………

 24

1 1985年

度 までの岡山大学構 内主要調査 ………24

2 1985年

度 までの刊行物 ………

 27

3 1986年

度 まで の遺物収蔵量 お よび保管施設 ………

 27

(1)遺

物収蔵量 ………・………

 27

(2)保

管施設 ………・………

 28

5章  1986年

度構 内遺跡 の調査 お よび活動 のま とめ………

 29

(5)

挿 図  目  次

医療技術短期大学部予定地 南北上層断面図……… 5

調査区全体図……… 6

図3 井戸

平・断面図……… 8

図4 共同溝部分出土遺物……… 9

学生部男子学生寮予定地 上層柱状図………

 10

図6 遺構配置図………

 11

図7 屋内運動場予定地 調査坑配置図………

 12

8 A地

点 東壁土層図………

 12

9 B地

点 北壁土層図………

 13

10 C地

 南壁土層図………

 13

1l A地

 溝1・ 2・

3…

………

 14

12 

出土遺物………∵………

 15

13 

総合大学院予定地 調査坑配置図・土層柱状図………

 16

14 B区

 5層遺構検出状況………・………・………・ 17

15 

出土遺物………

 17

16 

立会調査② 調査地点…………・………・………・ 18

17 

立会調査② 土層柱状図………Ⅲ………

 19

18 

新保管施設利用状況………・………

 28

1 1986年

度 における調査 一覧 ……… 3

2 1982年

度以前 の構 内主要調査 (1980〜 1982年 度)… ………・ 24

3 1985年

度以前 の構 内主要調査 (1983〜 1985年 度)………。25

表3‑(1)発掘調査 ………

 25

表3‑(2)試掘調査 ………・………

 25

3‑(3)立

会調査 ………・…Ⅲ………'26

表4 埋 蔵文化財調査室刊行物 ………Ⅲ………

 27

表5 埋 蔵文化財調査室収蔵遺物概要……Ⅲ………

 28

(6)

1

2 3 図 版 6 1 2

図 版 目 次

図版1 津島地区全体図 図版2 津島北地区

図版3 津島南地区 図版4 鹿田地区全然図

図版5 鹿田地区 (医療技術短期大学部発掘調査)

本体工事部分調査 区全景 (南か ら)

南共同溝 木杭検 出状況 (南か ら)

南共同溝 東西断面 (南か ら)

津 島地区 (学生部男子学生寮発掘調査)

中世

(5層 )遺

構検 出状 況全景 (西か ら)

古代

(7層 )遺

溝検 出状 況全景 (西か ら)

図版7 津 島地 区 (屋内運動場発掘調査)

l A地点 南壁 (北か ら)

2      溝

1(北

か ら)

図版8 津 島地区 (屋内運動場発掘調査)

l C地点 南壁 (北か ら)

2   ク

  lo層

上面検 出の落込み

図版9 津 島地 区 (総合大学院試掘調査)

l B区  遺構確認状況 (北か ら)

2 A区  西壁 (東か ら)

(7)

参照

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