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19 世紀末のクロワッサンとその周辺地域の方言におけるciseau, râteau, oiseau の単数形、複数形

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19 世紀末のクロワッサンとその周辺地域の方言における

ciseau, râteau, oiseau の単数形、複数形

Le singulier et le pluriel de ciseau, râteau, oiseau

dans le dialecte du Croissant et sa région à la fin du XIXème siècle

大 河 原 香 穂 Kaho OKAWARA 東 京 外 国 語 大 学 博 士 前 期 課 程

Master’s Program, TUFS E-mail: okawara.kaho.r0@tufs.ac.jp ふらんぼー(Flambeau) vol.43 2017, p.87-102.

原 稿 受 理 2017-12-04 ; 最終版 2017-02-05 抄 録

本 研 究 は、19 世 紀 末のクロワッサンと呼ばれる地 域、リムーザン地域 、ラングドック地域の方 言にお

いて、ALF で確認することのできる 3 つの名詞 ciseau, râteau, oiseau の単数、複数の区別について 扱 ったものである。この研 究 の目 的 は、同 地 域 において、現 代 の標 準 フランス語 同 様 に、複 数 形 が 単 数 形 の役 割 も果 たすようになったことで単 数 形 と複 数 形 が同 形 態 になっていたのか、あるいは単 数 形 と複 数 形 が異 なった形 態 だったのかを明 らかにすることである。調 査 結 果 の分 析 から、調 査 対 象 の語 についての単 数 、複 数 の区 別 の傾 向 が2 つの地域で異なることがわかった。この地域の北部 では、現 代 の標 準 フランス語 同 様 に、複 数 形 が単 数 形 の役 割 も兼 ねることで単 複 同 形 になった。こ の地 域 の南 部 では、ciseau に関しては、もともとの単数形が保存されたことにより単数形と複数形は 異 なった形 態 であった。そしてrâteau と oiseau に関しては、標準フランス語とは異なった理由で単複 同 形 になった。 Résumé

Notre recherche porte sur la distinction entre le singulier et le pluriel des mots « ciseau, râteau, et oiseau » en dialecte dans la région dite du Croissant, dans le Limousin et dans le Languedoc à la fin du XIXème siècle sur l’Atlas linguistique de la France. Le but de cette recherche est de savoir si, dans cette région, les formes du singulier et du pluriel sont isomorphes (suite à un remplacement de la forme du singulier par la forme du pluriel, comme en français standard), ou si elles ne sont pas isomorphes. En analysant les résultats, nous pouvons dire qu’il y a deux zones. Dans le Nord de cette région, comme en français standard, les formes du singulier et du pluriel sont devenues isomorphes car la forme du pluriel a remplacé celle du singulier. Dans le Sud de cette région, pour le mot « ciseau », les formes du singulier sont différentes de celles du pluriel parce qu’elles ont été conservées. Enfin, pour les mots « râteau » et « oiseau », nous avons trouvé que les formes du singulier et du pluriel sont isomorphes, mais que la cause est différente de celle évoquée plus haut pour le français standard.

キーワード

方 言 学 、 フ ラ ン ス 語 、 単 数 、 複 数

© ふらんぼー Flambeau 43 (2017) pp.87–102.

183-8534 東 京 都 府 中 市 朝 日 町 3-11-1 東 京 外 国 語 大 学 フランス語 研 究 室 183-8534 French Section, Tokyo University of Foreign Studies, 3-11-1 Asahi-cho Fuchu City, Tokyo

本 稿 の著 作 権 は著 者 が保 持 し、クリエイティブ・コモンズ表 示 4.0 国 際 ライセンス (CC-BY)下 に提 供 します。

https://creativecommons.org/ licenses/by/4.0/deed.ja

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- 88 - 1. はじめに 今 日 の標 準 フランス語 では、名 詞 の単 数 形 と複 数 形 の間 で名 詞 そのものの形 態 が 異 なるということはまれである。綴 りについては、確 かに単 数 形 と複 数 形 の間 で違 いが存 在 する。例 えば本 研 究 で扱 う語 の 1 つである「鳥」という意味の男性名詞 oiseau の例を 考 えると、単 数 形 は oiseau と綴り、複数形は oiseaux と綴るため、綴り上は単数形と複数 形 の間 に複 数 を意 味 する-x が存在するかしないかという違いが存在する。しかしながら、 この oiseau という語について音声的側面から見ると、単数形も複数形も[wazo]と発音す る。すなわち、単 数 形 と複 数 形 の間 に名 詞 そのものの音 声 的 な違 いは存 在 しないという ことである。しかしながら、このような名 詞 とは異 なり、単 数 形 と複 数 形 との間 に音 声 的 な 違 いが存 在 する名 詞 も確 かに存 在 する。例 えば、「馬 」と言 う意 味 の cheval や、「動物」と

いう意 味 の animal が該当する。これらの名詞 cheval, animal の単数形と複数形は、それ

ぞれ cheval, animal、そして chevaux, animaux と綴るため、綴り上の違いが存在する。し

かし、これらの名 詞 cheval, animal については、加えて単数形と複数形との間に音声的

な違 いも存 在 し、単 数 形 は[ʃəval], [animal]、複数形は[ʃəvo], [animo]と発音される。と はいえ、現 代 の標 準 フランス語 においては名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 を行 う際 には名 詞 そのものの音 声 が不 変 化 のものが大 多 数 である。

しかしながら、Trésor de la langue française informatisée の oiseau の項目には、

「鳥 」を意 味 する男 性 名 詞 oiseau の単数形の古形である oisel という語が載っている。こ の語 は綴 りから[wazɛl]という発音が予測される。このことから、古い時代のフランス語では、 現 代 の標 準 フランス語 とは異 なり、単 数 形 を[wazɛl]、複数形を[wazo]と発音していたの ではないかと考 えられる。すなわち、oiseau という名詞に関して、昔は単数形と複数形と で音 声 的 な違 いが存 在 していたということである。 ここで、規 範 的 なフランス語 から方 言 に焦 点 を移 すと、現 代 の標 準 フランス語 では 名 詞 の単 数 形 、複 数 形 の音 声 的 な違 いはあまり見 られないが、標 準 フランス語 の規 範 に は則 っていない方 言 では、名 詞 の単 数 形 、複 数 形 で発 音 が異 なる現 象 が見 られるので はないかと考 えられる。ましてや、先 に述 べた oiseau のように、昔は単数形、複数形で音 声 的 な違 いが存 在 したが、現 代 では単 数 形 、複 数 形 で音 声 的 な違 いが消 滅 したと考 え られる語 があるということを考 慮 すると、方 言 においてこのような語 の単 数 形 、複 数 形 の音 声 的 な違 いが保 存 されていた可 能 性 は十 分 に考 えられる。 これらの事 実 から、本 研 究 においては 19 世紀末のクロワッサンと呼ばれる地域とそ

の周 辺 地 域 において、名 詞ciseau, râteau, oiseau の単数形、複数形の区別がどのようで

あったのかということを扱 う。クロワッサンと呼 ばれる地 域 は、Jochnowitz(1973 : 29-30)の

記 述 からもわかるように、1870 年代に Charles de Tourtoulon と Octavien Bringuier が実 地 調 査 を行 う中 で発 見 した、北 仏 のオイル語 地 域 と南 仏 のオック語 地 域 の間 の移 行 地 域 である。クロワッサンという名 称 の由 来 は、この移 行 地 域 の形 が三 日 月 のような形 をし ていることにある。「3. 調査対象」の章では、本研究で扱う資料や語、地域について詳し く説 明 すると同 時 に、このクロワッサンと呼 ばれる地 域 の具 体 的 な位 置 や、同 地 域 におけ る言 語 的 特 徴 にも触 れる。 ―88―

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本 研 究 に関 連 する研 究 として、、Tuaillon(1971)の研 究 が挙 げられる。この研 究 で

は、Atlas linguistique de la France を用いて 19 世紀末のフランス全域において名詞 cheval の単数、複数の区別がどのようであったのが調査されている。ここで扱われている

名 詞 cheval は、本研究の調査対象の 3 つの語 ciseau, râteau, oiseau とは異なり、現代

の標 準 フランス語 において単 数 形 と複 数 形 の間 に音 声 的 な違 いが存 在 する。しかし、こ

れらの名 詞 の語 源 を考 えると、共 通 点 を見 出 すことができる。名 詞 cheval は、接 尾 辞

-ALLUS を持つラテン語の第 2 変 化の男性 名 詞 CABALLUS を語源に持 ち、名 詞 ciseau, râteau, oiseau は、接 尾 辞 -ELLUS を持 つラテン語 の第 2 変 化 の男 性 名 詞 CISELLUS, RASTELLUS, AVICELLUS を語源に持つ。すなわち、これらの語は接尾辞 の 部 分 が 互 い に 似 た 形 態 の 語 を 語 源 に 持 つ と い う こ と で あ る 。 こ の こ と か ら 、 Tuaillon(1971)の研究は、本研究の問題にとって参考になる研究だと考えられる。とはい

え、ciseau, râteau, oiseau の 3 つの名詞の方言における単数、複数の区別について調査

した研 究 は未 だに存 在 しないため、これらの名 詞 を本 研 究 で扱 うことは意 義 があると考 え ている。 ところで、本 研 究 では語 の音 声 表 記 のために音 声 記 号 を多 用 しているが、前 もって ここで扱 う音 声 記 号 について言 及 しておく。参 考 資 料 として扱 ったものの中 には国 際 音 声 記 号(以下 IPA)ではなく、フランス言語地図音声記号やロマンス語学音声記号で表 記 している資 料 が多 く存 在 するが、本 研 究 では全 ての音 声 表 記 を IPA に表記し直して 用 いている。 以 下 では、まず背 景 説 明 として現 代 の標 準 フランス語 における名 詞 ciseau, râteau, oiseau の単数形、複数形の区別と、その歴史的変遷について言及する。それから、調査 対 象 とする資 料 、語 、地 域 について言 及 し、調 査 方 法 について説 明 する。そして調 査 を 行 った結 果 とその議 論 に触 れ、最 後 に結 論 を提 示 する。 2. 現代の標準フランス語における

名 詞 ciseau, râteau, oiseau の単数形、複数形の区別とその歴史的変遷 2. 1. 現代の標準フランス語における

名 詞 ciseau, râteau, oiseau の単数形、複数形の区別

現 代 の標 準 フランス語 では、名 詞 の単 数 形 と複 数 形 との間 に発 音 上 の区 別 が存 在 しない場 合 が多 い。この事 実 は本 研 究 で扱 う3 つの名詞 ciseau, râteau, oiseau について

も言 うことができる。まず ciseau の例をとりあげる。ciseau は単数では「のみ」という意味で

あり、複 数 では「はさみ」という意 味 である。ciseau の単 数、複 数 それぞれの綴 りは単 数

ciseau、複数 ciseaux であるが、発音はどちらも[sizo]である。次に râteau, oiseau という語

の例 をとりあげる。râteau は「熊手」という意味の語であり、oiseau は「鳥」という意味の語

である。この 2 つの語についても、単数、複数それぞれの綴りは単数 râteau, oiseau、複

数 râteaux, oiseaux であるが、発音はどちらも[ʀɑto], [wazo]である。これらの事実を表に

まとめると以 下 のようになる。

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1. 現代の標準フランス語における名詞 ciseau, râteau, oiseau の単数、複数の区別

綴 り 発 音

単 数 形 複 数 形 単 数 形 複 数 形

ciseau ciseau ciseaux [sizo] [sizo]

râteau râteau râteaux [ʀɑto] [ʀɑto]

oiseau oiseau oiseaux [wazo] [wazo]

このように、本 研 究 で扱 う ciseau, râteau, oiseau の 3 つの語も例にもれず、単数形、複数

形 の間 に名 詞 そのものの発 音 の違 いは存 在 しない。すなわち音 声 的 には単 数 形 も複 数 形 も同 じ形 態 である。

2. 2. 名詞の単数、複数の区別の歴史的変遷

ここまで現 代 の標 準 フランス語 の名 詞 の単 数 形 、複 数 形 の区 別 について説 明 して

きたが、ここで本 研 究 で扱 う 3 つの名詞 ciseau, râteau, oiseau の単数、複数の区別の歴

史 的 変 遷 に焦 点 を移 す。Regula(1955: 129-130)によれば、これらの名詞については、古 仏 語 では単 数 と複 数 とで異 なった形 態 が存 在 していたことがわかる。そもそもフランス語 の名 詞 の単 数 形 、複 数 形 は、それぞれラテン語 の名 詞 の対 格 の単 数 形 、複 数 形 を語 源 に持 つため、当 初 は異 なった形 態 だった。しかしながら、ある時 から複 数 の形 態 が、もとも と担 っていた複 数 形 としての役 割 に加 え、単 数 形 の役 割 も兼 ねるようになった。そのため、 本 来 の単 数 の形 態 と、本 来 の複 数 の形 態 の両 者 が単 数 形 として使 われるという現 象 が 起 きた。このような状 況 は 17 世紀まで続いたが、最終的には複数の形態によって単数の 形 態 が駆 逐 された。そして、現 代 の標 準 フランス語 では、単 数 形 と複 数 形 が完 全 に同 形 態 になったのである。

ここで、本 研 究 で扱 う 3 つの名詞 ciseau, râteau, oiseau の単数、複数の区別の歴

史 的 変 遷 について具 体 的 にとりあげる。まず oiseau の例を考える。今でこそ単数形も複

数 形 も[wazo]だが、かつては単数形として[wazɛl]という形態が存在し、[wazo]という形態

は複 数 形 のみを表 していた。しかしながら、複 数 形 の[wazo]という形態は、徐々に単数形

の役 割 も兼 ねるようになって行 った。最 終 的 には本 来 の単 数 形 の形 態[wazɛl]を駆逐し、

現 代 の標 準 フランス語 のように単 数 形 も複 数 形 も[wazo]になったのである。

他 の 2 つの語 ciseau, râteau もこの oiseau と同様に考えることができる。ciseau, râteau についても、かつては単 数 形 として[sizɛl], [ʀɑtɛl]という形 態 が、複 数 形 として [sizo], [ʀɑto]という形態が別々に存在した。しかしながら、徐々に[sizo], [ʀɑto]が単数形 の役 割 も担 うようになり、結 果 的 に、もともと単 数 形 を表 していた[sizɛl], [ʀɑtɛl]という形態

は駆 逐 された。そして、現 代 の標 準 フランス語 では単 複 同 形 になったのである。これら 3

つの語 の標 準 フランス語 における単 数 、複 数 の区 別 の歴 史 的 変 遷 を図 示 すると以 下 の ようになる。

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2. 標準フランス語における名詞 ciseau, râteau, oiseau の 単 数 、複 数 の区 別 の歴 史 的 変 遷

17 世紀まで 現 代

単 数 形 複数形 単 数 形 複 数 形 単数形 複数形

ciseau [sizɛl] [sizo] ➡ ciseau [sizɛl] [sizo] [sizo] ➡ ciseau [sizo] [sizo] râteau [ʀɑtɛl] [ʀɑto] râteau [ʀɑtɛl] [ʀɑto] [ʀɑto] râteau [ʀɑto] [ʀɑto] oiseau [wazɛl] [wazo] oiseau [wazɛl] [wazo] [wazo] oiseau [wazo] [wazo]

また、完 全 な単 複 同 形 になるまでに、語 末 の母 音 の長 短 で単 数 、複 数 を区 別 する 段 階 も経 ている可 能 性 もあるが、その前 段 階 ですでに複 数 形 が単 数 形 の役 割 も兼 ねる ようになっていたことが考 えられる。Rousselot&Laclotte(1913 : 137-138)の記述から、パ リ 方 言 に お い て 語 末 の 母 音 の 長 短 に よ る 単 複 の 区 別 が 見 ら れ る こ と が わ か る 。 Sibille(2016 : 2)によれば、本研究でも扱っているオック語のリムーザン方言においても 同 様 の区 別 が見 られる 1。しかし、Tuaillon(1971 : 140-141)によれば、複数形が単数形 の役 割 も果 たすようになり、単 複 同 形 になったことで、その代 償 として語 末 の母 音 の長 短 で区 別 を行 うようになる現 象 がよく見 られる。このことから、語 末 の母 音 の長 短 で単 複 の 区 別 を行 う段 階 を経 て完 全 に単 複 同 形 になるためには、その前 段 階 ですでに複 数 形 が 単 数 形 の役 割 も果 たすようになり単 複 同 形 になっている必 要 があると考 えられる。 これらことから、本 研 究 では、もともと複 数 形 の役 割 しか持 たなかった形 態 が単 数 形 の役 割 も果 たすようになったことで単 複 同 形 になったという現 象 が、方 言 においても見 ら れ る の か 否 か に 着 目 す る 。 従 っ て 、 本 研 究 に お け る リ サ ー チ ク エ ス チ ョ ン は 、 名 詞 ciseau, râteau, oiseau に関して 19 世紀末のクロワッサンとその周辺地域の方言では、もと もとの複 数 形 が単 数 形 の役 割 も兼 ねるようになり、もともと単 数 形 を担 っていた形 態 が駆 逐 され、単 複 同 形 になっていたのかということである。

3. 調査対象

3. 1. 調査対象とする資料

本 研 究 で の 調 査 で は 、 言 語 地 図 を 調 査 対 象 の 資 料 と す る 。 具 体 的 に は Jules Gilliéron による Atlas linguistique de la France(以下 ALF)という言語地図である。ALF はヨーロッパにおけるフランス国 内 のロマンス語 圏 のうち、コルシカ島 を除 く全 ての地 域 を 対 象 にした言 語 地 図 であり、フランス言 語 地 図 音 声 記 号 Alphabet Rousselot-Gilliéron2

1 Sibille(2016 : 2)は、「足」という意味の語 pied について、リムーザン方言では単数形 le pied を/lu pe/、複数形 les pieds を/lu: pe:/とする区別を例に挙げている。

2 Gilliéron(1902 : 19)の Atlas linguistique de la France : Notice servant à l’intelligence des

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によって語 の音 声 が表 記 されている。Chambers&Trudgill(2004 : 16-17)によれば、ALF

を作 成 するにあたって実 際 に実 地 調 査 を行 ったのは、Jules Gilliéron の弟 子にあたる

Edmond Edmont であったことがわかる。Edmond Edmont は 1896 年から 1900 年の間に フランスの各 地 を訪 問 して実 地 調 査 を行 い、語 の方 言 形 の音 声 を記 述 した。そして、最 終 的 に1902 年から 1910 年の間に 1 巻から最終巻である 14 巻までが出版された。本研 究 では 19 世紀末の方言を対象としているが、その理由は調査対象の資料の ALF では 19 世紀末の方言が扱われているためである。 3. 2. 調査対象とする語 本 研 究 で対 象 とする語 は、単 数 では「のみ」、複 数 では「はさみ」を意 味 する ciseau、 「熊 手 」という意 味 の râteau、そして「鳥」という意味の oiseau である。これらの 3 つの語を 研 究 対 象 とした選 んだ理 由 は2 つある。 1 つ目の理由は、これらの 3 つの語は、語末の形態が共通しており、対照に適して いるからである。現 代 の標 準 フランス語 では、これらの 3 つの語は全て語末に-eau という 綴 りを持 ち、この部 分 は[o]と発音される。この特徴は、これらの 3 つの語が全てラテン語 の第 2 変化の男性名詞で、接尾辞-ELLUS を持つ語を語源に持つことに起因する。具

体 的 には、ciseau の語源は CISELLUS であり、râteau の語源は RASTELLUS であり、そ

して oiseau の語源は AVICELLUS である。上記ではラテン語の主格の単数形の形態を

語 源 として示 したが、厳 密 にはこれらの 3 つの語のもともとの単数形、複数形は、それぞ

れラテン語 の対 格 の単 数 形 、複 数 形 から変 化 した。すなわち、ciseau の単数形の語源は

CISELLUM 、 複 数 形 の 語 源 は CISELLŌS で あ り 、 râteau の 単 数 形 の 語 源 は RASTELLUM 、 複 数 形 の 語 源 は RASTELLŌS で あ り 、 oiseau の 単 数 形 の 語 源 は AVICELLUM、複数形の語源は RASTELLŌS である。このように、これら 3 つの語につい て、もともとの単 数 形 は語 末 が-ELLUM である語を、複数形は語末が-ELLŌS である語 を語 源 に持 っていた。 2 つ目の理由は、これらの 3 つの語は単数形、複数形それぞれの語形の言語地図 がALF に存在するためである。ALF 内に単数形、複数形それぞれの語形の言語地図が 揃 って存 在 する語 は大 いに限 られている。 実 際 に 本 研 究 で 扱 っ て い る 言 語 地 図 は 、ciseau に関 しては地 図 番 号 295 の ciseau ciseaux という地図である。この地図では単数形として使われている形態と複数形 として使 われている形 態 のそれぞれを確 認 することができる。râteau に関しては地図番号 1132 番の râteau râteaux という地図を扱っている。この地図でも、単数形として使われて る形 態 と複 数 形 として使 われている形 態 のそれぞれを確 認 することができる。oiseau につ いては、他 の 2 つの語 ciseau、râteau のように、単数形として使われている形態と複数形 として使 われている形 態 を一 緒 に確 認 できる地 図 は存 在 しなかった。しかし、oiseau の単 数 形 、複 数 形 それぞれで個 別 に地 図 が存 在 していたため、それら2 つをあわせて研究に 用 いた。単 数 形 の地 図 として用 いたのは地 図 番 号 938 番の oiseau という地図である。こ cartes の解説を参照。 ―92―

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- 93 - の地 図 には単 数 形 として使 われている形 態 しか載 っていない。複 数 形 の地 図 として用 い たのは地 図 番 号 939 番の d’oiseaux という地図である。この地図には前置詞 d’と複数形 のoiseaux のそれぞれの方言形が載っているが、このうち名詞 oiseaux の部分に着目し、 複 数 形 として使 われている形 態 を調 べた。 3. 3. 調査対象とする地域 本 研 究 で対 象 とする地 域 はクロワッサンとその周 辺 地 域 である。本 研 究 で実 際 に 扱 う地 域 は以 下 の図 に示 した。この図 は Bec(1973 : 22)の Manuel Pratique d'Occitan Moderne における方言区分の地図を引用したものであり、黒い円で囲んで示した部分が 本 研 究 で扱 っている地 域 を大 まかに示 している。 図 3. Bec(1973 : 22)における方言区分の地図の引用と本研究で扱う地域 ここで用 いた Bec(1973 : 22)の地図と、地図内に黒い円で大まかに示された本研究で対 象 としている地 域 を照 らし合 わせ、本 研 究 で調 査 対 象 とする地 域 の方 言 区 分 について 考 える。地 図 内 の黒 い円 で示 している箇 所 からもわかるように、本 研 究 ではオイル語 地 域 の一 部 、クロワッサンの西 部 、そしてオック語 のリムーザン方 言 の地 域 の一 部 、ラングド ック方 言 の地 域 の一 部 を対 象 にしている。 ところで、本 研 究 で対 象 とする地 域 には、クロワッサンの一 部 が含 まれているが、こ こでクロワッサンにおける言 語 的 特 徴 と、同 地 域 の具 体 的 な位 置 について触 れておく。ク ロ ワ ッ サ ン に お け る 言 語 的 特 徴 に つ い て は 、Bec(1973 : 15-16)が Manuel Pratique d'Occitan Moderne の中で言及している。その記述によれば、クロワッサンでは、北仏の オイル語 と南 仏 のオック語 の間 の中 間 的 な特 徴 が見 られるということがわかる。また、クロ

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ワッサンの具 体 的 な位 置 については、方 言 区 分 の際 に引 用 した Bec(1973 : 22)の地図 3

で確 認 することができる。この地 図 において、オイル語 langue d’oïl の地 域 とオック語

langue d’oc の地域のちょうど間に存在する、Croissant と表記されている地域がまさにク ロワッサンに該 当 する。 上 記 ではクロワッサンと呼 ばれる地 域 の詳 細 について言 及 したが、本 研 究 ではクロ ワッサン全 域 を調 査 対 象 としている訳 ではない。調 査 対 象 の地 域 に含 まれているのはク ロワッサンの西 部 、すなわちクルーズ県 とアリエ県 の県 境 より西 側 に限 定 されている。その ため、クルーズ県 とアリエ県 の県 境 よりも東 側 の地 域 は本 研 究 では扱 っていない。アリエ 県 より東 側 の地 域 を調 査 対 象 から除 外 した理 由 は、アリエ県 より東 側 の地 域 はフランコ プロヴァンス語 地 域 に接 しているためである。フランコプロヴァンス語 地 域 では、他 の地 域 では見 られない複 雑 な音 声 変 化 や、意 味 は同 じでも他 の地 域 で使 用 されている語 とは 語 源 が異 なる語 がよく見 られる。そして、クロワッサンの東 部 はフランコプロヴァンス語 地 域 と接 触 しているため、フランコプロヴァンス地 域 のように、複 雑 な音 声 変 化 や、意 味 は 同 じでも他 の地 域 で使 用 されている語 とは語 源 が異 なる語 が見 られることが想 定 される。 これらのことを考 慮 すると、もともとの複 数 形 の形 態 が単 数 形 の役 割 も担 うようになったこ とにより、単 複 同 形 になったのか、否 かということをリサーチクエスチョンとしている本 研 究 において、語 形 がもともとの単 数 形 の形 態 なのか、複 数 形 の形 態 なのか判 別 が困 難 であ る場 合 が予 測 されるこの地 域 を扱 うことは不 適 当 だと考 えたため、クロワッサン東 部 は調 査 対 象 から除 外 した。 この北 仏 のオイル語 地 域 と南 仏 のオック語 地 域 のちょうど間 の地 域 を調 査 対 象 と して選 んだ理 由 は、調 査 対 象 の名 詞 の単 数 と複 数 の区 別 の方 法 の傾 向 が北 仏 と南 仏 と で異 なる可 能 性 があり、両 者 の間 の地 域 では興 味 深 い結 果 が見 られるのではないかと判 断 したためである。このような可 能 性 はTuaillon(1971)の研究結果から考えることができる。

Gaston Tuaillon は、フランスの方言で、名詞 cheval の単数、複数の区別がどのようにな

されていたのかという問 題 を扱 った研 究 を、ALF を用いてすでに行っている。この研究の 結 論 の1 つとして、名詞 cheval に関して、単数、複数の区別の傾向が北仏のオイル語地 域 と南 仏 のオック語 地 域 で異 なるという結 果 が提 示 されている。具 体 的 には、北 仏 では 複 数 形 がもともとの単 数 形 に代 わって単 数 形 の役 割 も兼 ねるようになったことで単 複 同 形 である傾 向 が見 られ、南 仏 ではもともとの単 数 の形 態 と複 数 形 の形 態 がそのまま保 存 されている傾 向 が見 られたということである。Gaston Tuaillon の研究で扱われている名詞

cheval は、本研究の調査対象の 3 つの語 ciseau, râteau, oiseau と異なり、現代の標準フ ランス語 において単 数 形 と複 数 形 とで音 声 が異 なる。しかし、これらの名 詞 は、接 尾 辞 の 部 分 が互 いに似 ている形 態 の語 を語 源 に持 つ 4。そのため、ciseau, râteau, oiseau につ

いても、cheval と同じような状況が見られる可能性を考えることができる。

また、本 研 究 では、他 の方 言 区 分 の地 域 に比 べ、南 仏 のオック語 地 域 内 の地 点 を多 く扱 っている。その理 由 は、オック語 地 域 では、現 代 の標 準 フランス語 における名 詞

3 図 3 を参照。

4 cheval の語源は接尾辞-ALLUS を持つ CABALLUS であり、ciseau, râteau, oiseau の語源は接 尾 辞-ELLUS を持つ CISELLUS, RASTELLUS, AVICELLUS である。

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- 95 - の単 数 、複 数 の区 別 の方 法 とは異 なる、興 味 深 い単 数 、複 数 の区 別 の方 法 が見 られる 可 能 性 が考 えられるためである。この予 測 についても、前 述 のように Tuaillon(1971)の研 究 結 果 から考 えることができる。 ALF における調査対象地域内の地点数は全部で 36 地点である 5。実 際 の地 図 上 でのこれらの地 点 番 号 の配 置 は以 下 に図 示 してある。 図 4. 本研究で扱う地点 4. 調査方法 本 研 究 の調 査 では、まずもともとの単 数 形 の形 態 と、もともとの複 数 形 の形 態 をそ れぞれ予 測 した。それから、言 語 地 図 上 の各 地 点 において、事 前 に予 測 したもともとの 単 数 形 、もともとの複 数 形 の形 態 と照 らし合 わせながら、単 数 形 として表 記 されている形 態 がもともとの単 数 の形 態 なのか、それとももともとの複 数 の形 態 なのかを考 察 した。各 地 点 において複 数 形 として表 記 されている形 態 についても同 様 に考 察 した。このような調 査 を行 った理 由 は、本 研 究 におけるリサーチクエスチョンは、調 査 対 象 の地 点 において、複 数 形 が単 数 形 の役 割 も果 たすようになったことによって、単 複 同 形 になったか、否 かとい うことであり、各 地 点 で表 記 されている形 態 が、もともとの単 数 形 なのか、それとも複 数 形 なのか見 分 けるための指 標 が必 要 だと考 えたためである。 もともとの単 数 形 の形 態 と複 数 形 の形 態 の予 測 をするにあたって、歴 史 音 声 学 的 な 手 法 を 用 い た 。 具 体 的 に は 、Lanly(1971)と Laborderie(1994)の記 述 か ら、ciseau, râteau, oiseau のもともとの単数形の形態、複数形の形態の語源であるラテン語からの音 声 変 化 を確 認 した。そして、どのような形 態 が単 数 形 の音 声 変 化 の体 系 に属 すのか、ど のような形 態 が複 数 形 の音 声 変 化 の形 態 に属 すのかを確 認 し、それらをそれぞれもとも との単 数 形 として予 測 される形 態 、もともとの複 数 形 として予 測 される形 態 とした。なお、 本 研 究 で扱 う、単 数 形 、複 数 形 の区 別 がどのように行 われているのかという問 題 に主 に 5具 体 的 な地 点 番 号 は、504、505、506、507、509、517、518、519、529、601、602、603、604、605、 606、607、608、609、610、611、612、614、615、616、617、621、624、626、628、634、702、704、 706、707、710、711 である。 ―95―

(10)

- 96 -

関 わるのは語 末 の部 分 であるため、ここでは語 末 の部 分 のみに着 目 する。ciseau, râteau,

oiseau の語源からの音声変化は以下の通りである 6

5. ciseau, râteau, oiseau のラテン語からの音声変化

s. lat. cisellum lat. rastellum lat. avicellum pl. lat. cisellos lat. rastellos lat. avicellos ↓ ↓ [tsiˈzɛlo] [rasˈtɛlo] [ɔiˈdzɛlo] [siˈzɛus] [rasˈtɛus] [ɔiˈzɛus] ↓ ↓ [tsiˈzɛl] [raˈtɛl] [ɔiˈdzɛl] [siˈzɛa̱us] [raˈtɛa̱us] [ɔiˈzɛa̱us] ↓ ↓ [siˈzɛl] [rɑˈtɛl] [waˈzɛl]7 [sizɛˈa̱us] [ratɛˈa̱us] [ɔizɛˈa̱us] ↙↘ [sizeˈos] [rateˈos] [wɛzeˈos] [siˈzjos] [raˈtjos] [weˈzjos] ↓ ↓ [sizø̜ˈos] [ratø̜ˈos] [wɛzø̜ˈos] [siˈzjo] [raˈtjo] [weˈzjo] ↓ [siˈzo(s)] [raˈto(s)] [wɛˈzo(s)] ↓ [siˈzo] [ʀɑˈto] [waˈzo] 6 本研究で着目する語末の部分は、表中では下線で示されている。 7 本来であれば[waˈzɛl]に変化する前に[weˈzɛl]という過程を経ているが、この段階の音声変化は 本 研 究 における本 題 に大 きく関 わる訳 ではないため、表 中 では[weˈzɛl]の段階を示していない。 ―96―

(11)

- 97 -

このような手 法 をとることで、ciseau, râteau, oiseau について以下のことが予測される。

もともとの単 数 形 として予 測 される形 態 :[-ɛlo] [-ɛl]

もともとの複 数 形 として予 測 される形 態 :[-ɛa̱u] [-eo] [-ø̜o] [-o] [-jo] 5. 調査結果と議論

5. 1. ciseau, râteau, oiseau の調査結果

ciseau, râteau, oiseau それぞれの語の言語地図についての調査結果は、以下の 3

つの地 図 に示 した通 りである 8。これらの地 図 中 の各 地 点 に表 示 されている記 号 の意 味 は次 にまとめた。 ●:複 数 形 が単 数 形 の役 割 を兼 ねるようになったことによって単 複 同 形 になった地 点 (現 代 の標 準 フランス語 において起 こった現 象 と同 様 の現 象 が起 こった地 点 ) ☒:現 代 の標 準 フランス語 と異 なり、もともとの単 数 形 がそのまま保 存 され、単 数 形 と複 数 形 で異 なる形 態 が見 られる地 点 ×:標 準 フランス語 とは異 なる理 由 で単 複 同 形 になったと考 えられる地 点 △:●、☒、×のどれにも分 類 できない地 点 図 6. ciseau の調査結果 8 第 2 形が見られる地点では、第 2 形についても分析を行ったため、第 1 形と第 2 形それぞれの分 析 の結 果 を示 す 2 つの記号が表示されている。 ―97―

(12)

- 98 -

7. râteau の調査結果

11. oiseau の調査結果

8. oiseau の調査結果

この結 果 から、本 研 究 の調 査 対 象 地 域 は、ciseau, râteau, oiseau の単数と複数の

区 別 について異 なる傾 向 を持 つ 2 つの地域に分けることができると考えられる。すなわち 南 端 の 6 地点 9を除 く地 点 と、南 端 の 6 地点である。この 2 つの地域を以下ではそれぞ れ前 者 を地 域 A、後者を地域 B と呼ぶことにする。この 2 つの地域の位置関係を、それ ぞれの地 点 番 号 と共 に図 示 すると次 のようになる。 9 具体的な地点番号は616、617、626、628、719、711 である。 図 11. oiseau の調査結果 ―98―

(13)

- 99 -

. 9 地域 A と地域 B

地 域 A では ciseau, râteau, oiseau の 3 つの名詞について、複数形が単数形の役割も果

たすようになったことにより、単 複 同 形 になった現 象 が多 く見 られた。地 域 B では、ciseau についてはもともとの単 数 形 がそのまま保 存 されたことにより、単 数 形 、複 数 形 で異 なる 形 態 が見 られ、râteau, oiseau については現代の標準フランス語とは異なる理由で単複 同 形 になっていた。 5. 4. 調査結果についての議論 これらの調 査 結 果 を踏 まえて議 論 すべき問 題 が 2 つある。1 つ目は地域 A と地域

B の 2 つの地域の間で、ciseau, râteau, oiseau の単数形、複数形の区別について傾向

の違 いが見 られる理 由 である。2 つ目は râteau, oiseau の調査結果において、地域 B に おいて単 複 同 形 である理 由 である。 まず、調 査 対 象 の3 つの名詞の単数、複数の区別について、2 つの地域の間に傾 向 の違 いが見 られる理 由 は、オック語 におけるリムーザン方 言 とラングドック方 言 の境 界 が関 係 していると考 えられる。「3. 3. 調査対象とする地域」の章でも述べたように、本研 究 の調 査 対 象 地 域 には、オック語 圏 のうち、リムーザン方 言 の地 域 の一 部 とラングドック 方 言 の地 域 の一 部 が含 まれている。調 査 対 象 地 域 のそれぞれの地 点 番 号 について、具 体 的 な方 言 区 分 を以 下 に地 図 と表 で示 しておく 10。

10 Bec(1972 : 22-23)による Manuel Pratique d'Occitan Moderne、Rosenqvist(1919 : 101, 122-123)による« Limites administratives et division dialectale de la France »、

Brun-Trigaud(1992 : 23-52)による« Les enquêtes dialectologiques sur les parlers du Croissant : corpus et témoins »を参照した。

(14)

- 100 - 図. 10 調査対象地域の地点番号と方言区分(地図) . 11 調査対象地域の地点番号と方言区分(表) オイル語 地 域 507, 517 クロワッサン地 域 505, 504, 506, 509, 519, 601 オック語 地 域 リムーザン方 言 518, 529, 602, 603, 604, 605, 606, 607, 608, 609, 610, 611, 612, 614, 615, 617, 621, 624, 702, 704, 706, 707, 710 ラングドック方 言 616, 626, 628, 634, 711 上 記 のことから、オック語 のリムーザン方 言 とラングドック方 言 の境 界 を確 認 することがで きる。この境 界 線 と、調 査 対 象 の3 つの名詞の単数、複数の区別の傾向に違いの見られ る地 域 A と地域 B の 2 つの地域を分ける線 11を照 らし合 わせると、両 者 は一 致 しないも のの、地 理 的 に近 い関 係 にあり、何 らかの関 係 がある可 能 性 を考 えることができる。 次 に、râteau, oiseau の調査結果において、地域 B、すなわち南端の 6 地点で単 複 同 形 になっている理 由 には、ラングドック方 言 に特 有 の音 声 変 化 が関 係 していると考

えられる。ALF からもわかるように、râteau, oiseau の単数形、複数形は共に[-ɛl]あるいは

[-el]という形態である。一見すると、事前に行った予測から、単数形も複数形も、もともと の単 数 形 の形 態 に思 われるかもしれない。しかし、Tuaillon(1971 : 134)の記述によれば、 ラングドック方 言 の含 まれる中 部 オック語 地 域 では、語 末 の-l と内破音の l はそのまま保 存 される傾 向 にある。このことから、râteau, oiseau について、地域 B において単数形、複 数 形 が 共 に[-ɛl]あるいは[-el]という形 態 であることは、単 数 形 の語 源 RASTELLUM, 11 図 9 を参照。 ―100―

(15)

- 101 -

AVICELLUM、複数形の語源 RASTELLŌS, AVICELLŌS のそれぞれが音声変化を経 て、結 果 として偶 然 同 じ形 態 に変 化 したことに起 因 する可 能 性 が考 えられる。しかしなが

ら、ここではこの問 題 についてたった 2 つの語の例を扱ったにすぎないため、断定するこ

とは難 しい。そのため、今 回 は可 能 性 を指 摘 するだけにとどめておく。 6. 結論

本 研 究 におけるリサーチクエスチョンは、名 詞 ciseau, râteau, oiseau に関して 19 世 紀 末 のクロワッサンとその周 辺 地 域 の方 言 でも、現 代 の標 準 フランス語 同 様 に、複 数 形 が単 数 形 の役 割 も果 たすようになったことにより、単 複 同 形 になっていたのかという問 い であった。このリサーチクエスチョンについての結 論 は、地 域A、すなわち南端の 6 地点を 除 く地 域 と、地 域 B、すなわち南端の 6 地点とで異なる。地域 A では ciseau, râteau, oiseau の 3 つの語について、複数形が単数形の役割も兼ねるようになったことで、単複 同 形 になった地 点 が多 く見 られた。すなわち、地 域 A は現代の標準フランス語で起こっ た現 象 と同 様 の現 象 が多 く起 きた地 域 である。しかしながら地 域B では、ciseau と râteau, oiseau で結論が異なる。ciseau については、現代の標準フランス語で起こった現象は起 こらず、もともとの単 数 形 が保 存 され、単 数 形 と複 数 形 で異 なる形 態 であった。しかしなが ら、râteau と oiseau については、現代の標準フランス語とは異なる理由で、単数形と複数 形 が同 形 態 であった。 本 研 究 のリサーチクエスチョンに対 する結 論 は以 上 であるが、この問 題 については まだまだ議 論 の余 地 がある。例 えば、地 域 B について、なぜ ciseau についてのみ異なる 傾 向 が見 られたのかという問 題 や、本 研 究 では調 査 対 象 外 であった地 域 や語 では、どの ような傾 向 が見 られるのかという問 題 などが挙 げられる。これらの問 題 に取 り組 むことで、 また新 たな発 見 がある可 能 性 もあるため、今 後 もこのテーマを掘 り下 げていきたい。 参 考 文 献

BEC, Pierre. (1973). Manuel Pratique d’Occitan Moderne, Paris : Picard.

BRUN-TRIGAUD, Guylaine (1992). « Les enquêtes dialectologiques sur les parlers du Croissant :

corpus et témoins », Langue française, n°93, 1992. Enquête, corpus et témoin, Paris : Larousse CHAMBERS, J. K. et al. (2004). Dialectology, Cambridge : Cambridge University Press.

GILLIÉRON, Jules. (1901). Atlas linguistique de la France, Paris : Editions du CNRS.

GILLIÉRON, Jules. (1902). Atlas linguistique de la France : Notice servant à l’intelligence des cartes,

Paris : Honoré Champion.

JOCHNOWITZ, George. (1973). Dialect Boundaries and the Questions of Franco-Provençal, Paris :

Mouton.

LABORDERIE, Noëlle. (1994). Précis de Phonétique Historique, Paris : Nathan.

LANLY, André. (1971). Fiches de philologie française, Paris : Bordas.

REGULA, Moritz. (1955). Historische Grammatik des französischen, Heidelberg : Carl Winter

Universitätsbuchhandlung.

(16)

- 102 -

ROSENQVIST, Arvid. (1919). Limites administratives et division dialectale de la France,

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ROUSSELOT, abbé P. et al. (1913). Précis de prononciation française, Paris : Didier / Paris-Leipzig :

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SIBILLE, Jean. (2016). Le marquage du nombre dans le parler occitan des Ramats, Toulouse :

Université de Toulouse II -Le Mirail.

TUAILLON, Gaston. (1971). Analyse d’une carte linguistique: « cheval-cheveaux » (ALF 269), Travaux

de linguistique et de littérature ; 9,1, Paris : Klincksieck

ZINK, Gaston. (1989). Morphologie du français médiéval, Paris : Presses Unicersitaires de France

図 1.  現代の標準フランス語における名詞 ciseau, râteau, oiseau の単数、複数の区別
図 2.  標準フランス語における名詞 ciseau, râteau, oiseau の  単 数 、複 数 の区 別 の歴 史 的 変 遷
図 7. râteau の調査結果
図 . 9  地域 A と地域 B

参照

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