入
願
海
||方便化身化土を開顕する意義||
大谷大学加
来
雄
之
仏教においては、存在のかぎりなく深い意味を開示する宗教言説が、世俗言説によってかき消され、世俗的な関 心のなかに取り込まれてしまう事態、それを外道化と呼ぶことができる。とめどのない外道化という痛ましい現実 を超える宗教的生を実現するための教学的営みが親鷲にとっては、﹁報仏土﹂としての﹁化身土﹂を顕らかにする ことであった。親驚は、なぜ﹁化身土﹂を﹁真仏土﹂とともに報仏土とする独創的な仏土観、いわゆる伝統的教学 において﹁報中の化﹂と呼ばれる独自の仏土観を形成し・なくてはならなかったのか。また報仏土である﹁化身土﹂ とは、私たちの宗教的生にとってどのような意味をもつのであろうか。﹁報中の化﹂という仏土観が有する思想史 的意義を、﹁入願海﹂という表現を鍵概念として考察したいと思う。一、報仏士とは何か||聖道門と浄土門
1 l 報仏土とは、仏・菩薩の願行に報いた境界をあらわす。凡夫の生まれる阿弥陀仏の身土が報仏土であることを証 明することは、道緯・善導以来、往生浄土教の教学的課題であった。親驚の仏土の解明も、この伝統に立つもので 四入願海 四 あり、直接には源空の浄土宗独立という課題の継承である。源空は﹁なぜ浄土宗を独立させるのか﹂という問いに 対して次のように応えたと伝えられる。 上人或時かたりてのたまはく、われ添土宗をたつる心は、凡夫の報土に、むまるこ﹂とを、しめさんがためな り。もし天台によれば、凡夫浮土にむまるこ﹂とをゆるすに似たれども、海土を判ずる事あさし。もし法相に よれば、伊土を判ずる事ふかしといへども、凡夫の往生をゆるさず。諸宗の所談、ことなりといへども、すベ て、凡夫報土にむまるこ﹂とをゆるさずるゆへに、善導の調停義によりて津土宗をたつるとき、すなはち凡夫報 ︵ l ︶ 土にむまる﹀事あらはる冶なり。 ︵ ﹁ 法 然 上 人 行 状 槍 圃 ﹄ 第 六 巻 ︶ 源空がここでとりあげる天台・法相とは、当時の顕密仏教において圧倒的な影響を行使していた聖道門の棟梁た る北嶺・南都の教学である。聖道門の仏土理解からすれば、身土は衆生の修行や自覚の程度によって差別がなけれ ばならない。ごく単純化していえば、聖道門の主張は、衆生の修行によって往生という果報の差別を認めなければ ならないという一点にあった。聖道門︵聖道的に仏説を理解する立場︶ の 仏 土 観 、 つまり行者の修行や自覚の程度 いわゆる分類的段階的な仏土理解では、凡夫の感得する世界は仏・ 菩薩の境界としての報土ではありえない。報土であれば凡夫を教化するための化土ではなく、化土であれば仏・菩 薩の報土ではない。二つの概念はどこまでも段階的であり排他的である。聖道門にとっては、この源空の﹁凡夫が によって身土を形成もしくは感得するという、 報 土 に 生 ま れ る ﹂ 、 つまり﹁誰もが仏菩薩の境界に生まれることができる﹂というきわめてラディカルな浄土理解 つまり﹁自業自得﹂という修道の原則を否定 することになるからであり、また行による往生の差別は、諸行往生もしくは九品往生というように、源空が使用す ︵2 ︶ 浄 土 に 暗 き 失 ﹂ ︶ 0 を許容することはできなかった。なぜならそのことは聖道門の根幹、 る経論釈も説いているからである ︵ ﹃ 興 福 寺 奏 状 ﹄ ﹁ 第 六 源 空 の ﹃選択本願念仏集﹂も、また源空の専修念仏を批判する﹃興福寺奏状﹂﹃一向専修宗中擢邪輪﹄﹃一向専修
停止事﹂も、﹁報仏﹂﹁報土﹂を主題的に取り扱ってはいない。 つ ﹁ 諸 寺 の 釈 門 ﹂ ︵ ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ︶ たちの非難に応えること、 しかし親驚の﹁報仏土﹂理解が、これらの聖道に立 また﹁源空のまひらんずる浄土﹂ ︵ ﹃ 歎 異 抄 ﹄ ︶ を あ らわすためであったことは疑いない。まず親鷲の﹁報仏土﹂理解をおさえておこう。 レ レ ハ ヲ ハ テ ノ ニ セ リ ノ ヲ 二 十 夫 按 一 報 者 由 − 如 来 願 海 − 酬 二 報 果 成 土 一 故 日 一 一 報 一 也 、 然 就 二 願 海 有 一 量 一 一 有 二 仮 一 是 以 復 就 一 悌 土 一 有 一 翼 一 有 カ リ ナ リ テ ニ わ 山 ザ ゥ ヲ ケ ノ ト ハ テ ニ ン ル テ ニ テ レ セ リ ノ ニ 骸 一 由 一 一 選 揮 本 願 之 正 因 一 成 二 就 異 例 土 ︹ : ・ 中 略 : ・ ︺ 懐 之 偽 土 者 在 二 下 履 一 一 知 一 段 以 員 仮 皆 是 酬 二 報 大 悲 願 海 ニ ヌ ナ リ 卜 イ フ コ ヲ マ コ ト ニ ノ ノ ナ レ ハ モ シ ナ ル ヲ ク ト テ ル ニ ラ ヲ メ イ 故知報悌土也良仮備土業因・千差土復麿一一千差是名一方便化身化土一由四不ニ知二異偲一迷一失如来慶大 レ ニ ス ヲ レ チ ン ナ ワ イ タ カ フ イ テ 、 円 ト ヒ ス コ ト ニ キ 思徳一因二諒一今・額二異例虞士一斯乃員宗之正意也、経家論家之正説・浮土宗師之解義・仰・可二敬信一特可一 ス シ ト ナ リ ル ︵ 5 ︶ 奉 持 一 也 、 可 二 知 一 ︵ ﹁ 真 仏 土 文 類 五 ﹂ ︶ ここで親驚は、報土の﹁報﹂を、﹁如来の願海に由て果成の土を酬報する﹂意味であると定義する。﹁如来の願 海﹂に真と仮があるとすれば、 それに酬報する仏土にも当然ながら真と仮がある。 そしてさきの ﹁ 報 土 ﹂ の 定 義 に よ る な ら ば 、 ﹁ 仮 之 仏 土 ﹂ も ま た 、 願海に酬報する以上は報仏土と理解するしかない。 そ の ﹁ 仮 之 仏 土 ﹂ は 、 千 差 な衆生の現実に応じて教化する千差な業因に報いるであろう。それを﹁方便化身化土﹂と名づける。このようにし て﹁化身土﹂も﹁報仏土﹂である。化土が報土であるという一見矛盾するこの理解は、如来の願に酬報した仏土を ﹁報仏土﹂と呼ぶという単純明解な論理によって貫かれている。ここには、衆生に対する如来のはたらきをあらわ すという親驚の仏土観が明確に一不されており、﹁化身土﹂を衆生の心の感得とする聖道門的解釈が介在する余地は ない。親驚における仏土観は、阿弥陀仏は、真仏土と化身土という仏土の二重性︵真仮︶をもって、衆生が如来大 悲の願海のうちにある意味を充足するという主張である。この真仮を知らなければ﹁如来広大の恩徳を迷失す﹂る のである。このような理解に立てば、﹁真仏土﹂﹁化身土﹂の関係は、排他的でも段階的でもない。先人は、このよ うな聖道門と浄土門との仏土理解の決定的差異について﹁こうして真化二巻を分ち、化を真に導き真化一如を知ら 入願海 四
入願海 四 四 しめる。それが悲願に成る浄土の性格である。そこに人間の自覚の程度により真化を分つ聖道諸家の説と異なるも ︵ 6 ︶ のがある﹂と指摘している。
二、真仏土と化身土
では報仏土である﹁真仏土﹂と﹁化身土﹂とはどのような関係にあるのだろうか。まず﹁真仏土﹂について親驚 は次のように論じている。 テ レ ヲ ハ ナ リ ハ レ ハ チ ン ユ ス ル カ ノ ニ ニ フ ナ リ ノ 謹按一一員悌土一者側者則是不可思議光如来土者亦是元量光明土也、然則酬一一報大悲誓願一故日一真報偽 ウ ヤ マ フ コ タ フ ト テ ニ シ テ ィ マ ス 土一既而有二願一即・光明毒命之願是也、 ニ ク ラ ム ニ ヲ テ ク モ ラ ル ニ ラ ノ ノ ヲ ハ ン ト ヲ ﹃ 大 経 ﹂ 言 設 ・ 我 得 二 併 光 明 有 二 能 限 量 一 下 至 凶 不 三 照 一 百 千 億 那 由 他 ・ 諸 悌 園 一 者 不 三 取 一 正 畳 ニ ク ム ニ ヲ テ ク モ ラ ノ ニ ハ ν ト ラ ヲ 又 願 言 設 我 得 二 悌 一 書 命 有 二 能 限 量 一 下 至 二 百 千 億 那 由 他 劫 一 者 不 三 取 一 正 畳 一 ノ ニ ク ハ ク ニ ノ ニ ン テ ノ ノ ナ リ ル コ ト h J ノ ニ ハ ス 願成就文言悌告一阿難元量毒悌・威一脚光明最隼第一諸悌光明所凹不三能一及引是故元量毒悌号下元量光 悌・元漫光併・元日守光偽・元釘光例・炎王光例・清瀞光備・歓喜光悌・知日慧光悌・不断光悌・難思光悌・元稀 ナ リ ン ス エ ン ︵ 7 ︶ 光倒・超日月光僻上其有一衆生一遇一斯光者三垢消滅・身意柔軟歓喜踊躍善心生鳴ニ︹・後略:︺ ︵ ﹁ 真 仏 土 文 類 五 ﹂ ︶ 親驚は、﹁真仏土﹂を大悲の誓願である﹁光明・寿命の願﹂に報いた仏土であるとする。光明無量・寿命無量の 願は、単に仏身土の静的な無限性を表明しているのではない。むしろ大悲の誓願としての特質は﹁よく限量ありて ・に至らば正覚を取らじ﹂という如来の無限であろうとする誓約にこそある。﹁真仏土﹂は、如来として包むこ とのできない衆生があるならば正覚を取らないという大悲誓願の世界である。それは衆生を包むために﹁無限に拡がる浄土﹂である。その成就としての﹁最尊第こなる光明の意味が﹁無量光﹂からはじまる十二光である。光明 以外に仏土はない。その光明の内に衆生は絶対的におさめられている。その大悲のはたらきを顕らかにする歴史的 証 文 を 類 一 郎 吊 し た の が ﹁ 真 仏 土 文 類 五 ﹂ で あ る 。 ﹁ 真 仏 土 文 類 五 ﹂ に 展 開 す る ﹁ 真 仏 土 ﹂ は 、 光 明 の は た ら き で あ り 、 大般浬繋界であり、また無数の言説を生み出すエネルギーに充溢している世界である。﹁真仏土﹂そのものは言説 を超えた不可思議の智慧の世界であるが、縁があれば、無限の教化の言説を生み出す源泉となる大悲智慧の世界で ある。真仏を﹁無辺光仏無碍光仏﹂﹁諸仏中之王也﹂﹁光明中之極尊也﹂といい、真土を﹁無量光明土﹂﹁諸知日土﹂ の名で呼ぶのは、その大悲の特性をあらわしている。しかし﹁真仏土﹂として光明は、どのような具体性をもって 衆生を摂取するのであろうか。衆生はこの光明との出遇いをどのように自覚するのであろうか。 伝統的な宗学は、﹁真仏土﹂と﹁化身土﹂との関係を﹁従真垂化﹂﹁従仮入真﹂など多様な概念によって考察して きた。その多くは、方便を善巧方便と権仮方便とに区別し、﹁方便化身土﹂を、真実を知らない未熟の機を真実に 誘引するために仮に施された﹁権仮方便﹂として﹁暫用還廃﹂と位置づける。﹁暫用﹂とはしばらく用いることで あり、﹁還廃﹂とは真実に入れば廃し去られることを意味する。 つまり﹁権用︵如来の巧みな方便を感謝すること ﹁簡非︵方便を峻別し捨てるこというこつの概念で解釈する。これらの見解は、さまざまなバリエーションはあっ ても、方便を真実へ入るまでの手段とみなし、方便化身土を真実報土よりも価値的に低い境界とみなす点は共通し ている。このような、真実と方便とを価値的に対立させる枠組みそのものを聞い直す、﹁真仏土﹂と﹁化身土﹂と の関係を提示したのが金子大築︵一八八一
1
一九七六︶である。金子は晩年の論文﹁二部作﹁教行信証﹄﹂︵一九六 五年︶において、むしろ真仏土が方便化身土の意義をあらわすための前提であるというラディカルな見解を提起し た。またこの論文を補完する﹁真宗の二方面﹂︵一九六八年︶では次のように述べている。 報身は化身を伴うものであるという義にも及ぶのである。それが、真化二土の関係を明らかにするものともな 入願海 四 五入 願 海 ︵ ロ ︶ る の で あ る 。 四 六 方便化身土といわれた。その方便とは、真実に帰入すべきものというだけでなく、能く真実を感知せしめるも のということであろう。そこに、化身士は真仏土を象徴するという意味がある。︵﹁真宗の二方面﹂︶ この﹁報身は化身を伴う﹂という真化二土の理解は、﹃観無量寿経﹄の経言に基づいている。さらには、親鷲が、 ﹁化身土﹂の仏について﹃観無量寿経﹄第九真身観の教説を指示していることが背景にあると思われる。親鷺が ﹁真身観﹂の仏をもって﹁化身﹂と解釈する矛盾については早くから問題にされていた。たとえば存覚の﹃六要紗﹄ は、﹁己に真身という。何ぞ化身に属せん﹂という聞いを提出し、二義をあげて答えている。第一義は、﹁真身﹂と いっても観門に約して﹁六十万億那由他恒河沙由旬﹂など有限な数量をもって説く以上は化身でしかないという理 解である。そして第二義として、次のように述べている。 二に云わく、﹁真身観仏是也﹂というは、これ彼の真身の報仏を指して、これを化身というにあらず。真身観 の真身の所共の化身を指すなり。真身の本仏は、その観門所見の辺に約する時は、化身に属すといえども、彼 の﹁念仏衆生摂取不捨﹂の益に約する時は、その実体はこれ報身なり。今化身とは、いわゆる経に云わく﹁円 光の中に於いて百万億那由他恒河沙化仏あり﹂と、己上。この化仏を指して真身観所説の化仏という。 ︵ 存 覚 ﹃ ム ハ 要 紗 ﹄ ︶ 私が注目したいのは、ここで存覚が化身を﹁真身の所共の化身﹂とし、﹁念仏衆生摂取不捨﹂の益と関係づけて 解釈していることである。存覚は﹁二義並べて存す。おのおの以て義あり。所用は宜しく学者の意に在るべし。但 し第二の義は穏便と称しっベし﹂と、両説を認めながらも、この第二義を採用している。﹁観経﹄の﹁真身観仏﹂ の経説の趣旨は、無量寿仏の身量を想像を超えた数であらわすことよりも、むしろ無量寿仏の身から展開する化 仏・化菩薩、その八万四干の相から無数の光明を放って念仏衆生を摂取不捨するはたらきを示し、仏身を観ずるこ
とを通して無縁の慈をもって衆生を摂す仏心を見ることにある。 一々の光明の具象として理解すべきという主張である。 つまり化身とは真身が念仏衆生を摂取不捨する すでに親鷺も、十二光の第一の﹁無量光﹂の無量性を、真身観の﹁摂取不捨﹂の丈によって﹁八万四干の相より い で む ひ か り お ほ き こ と ﹂ と 解 釈 し て い る ︵ ﹃ 弥 陀 如 来 名 号 徳 ﹂ ︶ 0 ﹁無量光﹂は真身をあらわすが、その真身の無数 の光明による教化は化身のはたらきを象徴するのである。﹁八万四千﹂の数が衆生の煩悩に応じる法門をあらわす とすれば、無数の光明は数多の教化の言説を象徴するといえよう。また親鷲は、﹁真仏土丈類五﹂に若者導の﹁観経 玄 義 分 ﹄ の和会門における報化の問答を引用し、そのなかで単に化を否定するのではなく、報と化とは不一にして 不異の関係であることを示している。このように、真仏土の﹁仏﹂は﹁不可思議光如来﹂であるが、その真仏は無 数の﹁化仏﹂の光明として衆生を利益するのである。
三、教化の場の象徴としての
﹁
化
身
土
﹂
|
|
方
便
蔵
と
方
便
悲
願
|
|
|
光明・寿命の願に報いた﹁真仏﹂﹁真土﹂は、私たちの千差なる現実に応じて﹁化身﹂﹁化土﹂として具現化する。 その如来の意欲を方便の悲願という。﹁真仏土﹂は言説を超えた光明︵智慧︶を象徴する仏土であり、﹁化身土﹂は 教化のための言説を象徴する仏土である。そのことは、親驚における﹁真仏土﹂と﹁化身土﹂との仏土の示し方に も 明 瞭 に あ ら わ れ て い る 。 ﹁ 顕 浄 土 真 仏 土 文 類 五 ﹂ ﹁ 顕 浄 土 方 便 化 身 土 文 類 六 ﹂ 謹按員偽土者 謹額化身土者 入願海 四 七入願海 働者則是不可思議光如来 土 者 亦 是 元 量 光 明 土 也 、 然則酬報大悲誓願故日員報悌土 既而有願即・光明寿命之願是也、 四 J¥ 働者如﹁元量蕎悌親経﹂説員身観悌是也 土 者 ﹃ 観 経 ﹄ 瀞 土 是 也 、 復・如﹃菩薩慮胎経﹄等説町慨慢界是也、 亦如﹁大元量害経﹄説即疑城胎宮是也、 然濁世群萌穣悪含識乃出九十五種之邪道雄入宇漏権賓之法門 員者甚以難賓者甚・以希偶者甚以多虚者甚以滋 是 以 稗 迦 牟 尼 悌 顕 説 一 踊 徳 蔵 誘 引 群 生 海 阿蝿陀如来本護誓願普化諸有海 既 市 有 悲 願 名 修 諸 功 徳 之 願 復 名 : : : 亦 ・ 可 名 至 心 護 願 之 願 也 、 ﹁真仏土文類五﹂における﹁真仏土﹂の仏は、﹁不可思議光如来﹂として直接的に指示されている。それに対して ﹁化身土文類六﹂における﹁化身土﹂の仏は、経典の説示の内容として指示される。同じように、﹁真仏土﹂の土は ﹁無量光明土﹂であるが、﹁化身土﹂の土は、﹁土者観経浄土是也﹂﹁:::の説の如し﹂などと経典の内容として指示 されている。この説き方の特徴は、﹁化身土﹂が釈尊の経説を離れては成立しないこと、つまりどこまでも釈迦仏 による教化の説として示されたことをあらわしている。 ︵ 却 ︶ さて﹁行文類二﹂では、真実行をあらわす﹁弘誓一乗海﹂が、﹁福知日蔵を円満し、方便戴を開顕せしむ﹂と福智 蔵・方便蔵として展開すると示されている。﹁福智蔵﹂とは真実の仏道をあらわす言説であり、﹁方便蔵﹂は﹁化身 土文類六﹂における﹁福徳蔵﹂と﹁功徳蔵﹂とに相当する。﹁弘誓一乗海﹂は、どこまでも衆生の迷いに寄り添い、 教化のために無数の一一百説となる、それが﹁方便蔵﹂として開顕する﹁化身土﹂の世界である。なぜ﹁弘誓一乗海﹂
が、仮の願海として﹁方便蔵﹂﹁方便化身化土﹂として展開していかなくてはならないのか。﹁真仏土丈類五﹂の巻 尾に﹁良に仮の仏土の業因千差︵シナワイ︶なれば土も復千差︵タカフ︶なる応し﹂とある、その﹁業因千差﹂と 呼ばれる濁世の状況が﹁化身土丈類六﹂の巻頭において示される次の歴史的現実に他ならない。 ル ニ ノ ノ カ ム ン テ 、 ヲ モ ル ニ ナ ル ノ ハ タ ク ナ ル ノ ハ テ ナ リ 然 濁 世 牽 蔚 穣 悪 含 識 乃 出 一 九 十 五 種 之 邪 道 一 難 一 入 宇 満 権 賓 之 法 門 員 者 甚 以 難 賓 者 甚 ・ 以 希 ムラカリキサスケカラハシフウムサ卜ール ナ ル ノ ハ テ ク ナ ル ノ ハ タ タ シ ︵ 辺 ︶ 編 、 ル 者 甚 以 多 虚 者 甚 以 滋 ︵ ﹁ 化 身 土 丈 類 六 ﹂ ︶ ここには﹁濁世の群商機悪の含識﹂が﹁半満権実の法門﹂に出会いながら虚偽︵生死流転の家︶ にとどまってい るという痛切な現実が提示されている。仏教は本来外道の邪執を離れるところに意義があるにもかかわらず、実際 には外道︵虚偽︶化をまぬがれない、それはなぜか。外道から仏道に導くために説かれた教えに出値いながら、ど うして私たちは虚偽にとどまるのか。﹁半満権実の法門﹂という表現が、すでに聖道門的枠組みにおける一代仏教 ︵ お ︶ 理解︵教相判釈︶であるが、このような一代仏教理解には﹁聖道外道﹂︵﹁一念多念文意﹄︶という外道化の危機が ︵ M ︶ つきまとう。この痛ましい現実こそ、釈尊が﹁方便蔵﹂を説示していること、阿弥陀如来が方便悲願が存在する歴 史的意義である。仏教のなかにありながら、仏教を仏説として聞く道︵与仏教相応の道︶が見失われている。この 外道性を克服できない仏教という現実に対する、方便の悲願に酬報した仏土が化身土である。この現実があるから こそ釈迦仏は方便蔵︵福徳蔵・功徳蔵︶を聞いて願海へ引き入れなければならないのである。 ヲ テ シ テ ヲ イ ウ シ ヲ ト ン テ ヲ ク シ タ マ フ ヲ キ / ス テ ニ ン テ イ マ ス ク 是以稗迦牟尼偽額二説一噛徳裁一誘引群生海阿嫡陀如来本震一一誓願普化二諸有海一既而有一悲願一名二修諸 コ 、 ν ↑ フ ヘ ト ノ ク ト ク ト キ ル ト ︵ お ︶ 功 徳 之 願 一 復 名 二 臨 終 現 前 之 願 一 復 ・ 名 一 現 前 導 生 之 願 一 復 名 二 来 週 引 接 之 願 亦 ・ 可 三 名 一 一 至 心 護 願 之 願 一 也 、 ︵ ﹁ 化 身 土 丈 類 六 ﹂ ︶ レ ハ チ ハ エ ン シ テ ヲ シ タ マ フ ヲ ハ 卜 シ テ ヲ シ タ マ ヘ リ ノ ヲ テ ニ ン テ 然則稗迦牟尼悌開二演功徳戴一勧一化十方濁世一阿嫡陀如来本護二果蓬之誓一悲一一引諸有群生海一段而 イ マ ス ク ト ク メ ク ム ト ク ハ 句 ン ト ケ ム キ ク ト ︵ お ︶ 有 一 悲 願 一 名 一 植 諸 徳 本 之 願 一 復 ・ 名 二 係 念 定 生 之 願 一 復 ・ 名 二 不 果 遂 者 之 願 一 亦 ・ 可 三 名 一 至 心 回 向 之 願 一 也 、 ゥ 、 ル カ ク 入願海 四 九
入 願 海 五 O ︵ ﹁ 化 身 土 丈 類 六 ﹂ ︶ このように、﹁化身土丈類六﹂は、釈迦牟尼仏が方便蔵︵福徳蔵・功徳蔵︶を説く意味を、阿弥陀如来の悲願に よって基礎づけるという形式で記述されている。 しかし、なぜ方便蔵は福徳蔵と功徳蔵という二つのレベルをもって展開するのだろうか。まず釈迦仏が﹁福徳蔵 を顕説﹂する意義が弥陀如来の第十九の悲願によって基礎づけられる。親驚は、﹃観経﹂の根源に第十九願を見出 すことによって、釈尊が一代のなかでさまざな経典のなかで定散二行を説示することを阿弥陀仏の願いとして受け とめることができたのである。第十九の悲願に立って説かれた﹃観無量寿経﹄に代表される福徳蔵においては、あ らゆる善行︵定散二善︶は、南無阿弥陀仏という真門に目覚めるために再構成される︵要門・仮門︶。換言すれば、 南無阿弥陀仏によって、あらゆる善法・徳本は、衆生に対する有縁の行としての根拠を保証されるのである。南無 阿弥陀仏がなければ半満権実の法門も外道を破るはたらきをもちえないのである。この悲願の意趣を理解できない と、私たちは釈尊が定散の教えを説いた意義を知ることができず、定散の行や心をもって仏道を完成するという聖 道的発想に迷い込むことになる。その結果、﹃興福寺奏状﹂や﹃擢邪輪﹄のように﹃観経﹂を修諸功徳による九品 差別を説く経典として受けとることになろう。 さらに親鷺は ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹂ の根源に第二十の悲願を見出すことによって、釈迦仏が﹁功徳蔵を開演﹂した意味を、 願海に入りつづけるための善本徳本であると理解したのである。第二十願は、﹁教は頓にして根は漸機なり、行は 専にして心は間雑す﹂﹁罪福を信じる心を以て本願力を願求す﹂﹁専修にして雑心なる者﹂という機の自覚を与え、 如来の願海に転入する﹁今特﹂という時を与える︵方便真門︶。 どのような宗教言説も方便の悲願によって基礎づけられないならば、﹁方便蔵﹂の意味を失うであろう。その悲 願の精神を離れて読まれるならば、﹁観無量寿経﹄﹃阿弥陀経﹄も、聖道の立場で読んだ諸師がそうであったように
方便蔵としての意味をもたない。親驚によれば、私たちに要請されているのは、方便悲願成就の﹁化身土﹂におい ︵ お ︶ て﹁普く己が能を思量﹂︵﹁化身土文類六﹂︶し、﹁悲願の一乗帰命せよ﹂︵﹃浄土和讃﹄大経意︶という呼びかけの前 に 身 を 据 え る こ と で あ る 。
四、方便悲願の成就||﹁仮令の誓願良に由有る哉﹂||
方便悲願の成就とは私たちにとってどのような事実であろうか。﹁化身土丈類六﹂には、第十九の悲願の成就丈 は存在するが、第二十の悲願の成就文は存在しない。この特異な構造は、二つの悲願が方便としてはたらく場の次 元が異っていることを示すための周到な構想に基づいていると思われる。親鷲は、第十九の悲願の成就については、 次のように指示している。 此 願 成 就 文 者 即 三 輩 丈 是 也 、 ﹃ 観 経 ﹄ 定 散 九 品 之 文 是 也 、 ︵ ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ︶ 三輩丈・九品の文が、第十九の悲願の﹁成就の文﹂である。これらの経文が私たちを真門の念仏へと誘引する。 これが福徳蔵の具体である。思えば、浄土の宗師たちが、諸行と念仏との関係を明らかにする指標としたのは、こ の﹁三輩文﹂と﹁観経定散九品之文﹂との経一吉であった。この二つは、往生の機の類型を一不す教説である。その教 えは悲願を通して読み取るならば、私たちにとって二つの意味をもっ。 一つには、善人であろうと悪人であろうと、 至心に願生するならばすべて往生するという平等性を確認させる。さらに、上から下へという類型構造をもつこと によって、どのような生き方をするものをも往生せしめる根本原理の探究・確信へと導く。このような意義をもっ 経説であるからこそ、曇驚も源信も源空も三輩文を本願成就をあらわす経説として受けとめたのである。これらの 丈が、曇驚、善導、源信、源空をして修諸功徳と本願念仏との関係を問い直させ、本願念仏へと帰入せしめた。私 入願海 五入願海 五 はこれらの文が浄土教の思想のうえで果たしてきた歴史的役割に注目し、この歴史的経文とその解釈の歴史を第十 九の方便悲願の成就と呼びたい。この一一一輩文に対する浄土の宗師と聖道の諸師との立場の差が、真仏土・化身土の 仏土理解の差となる。それ故に﹃興福寺奏状﹄や﹃擢邪輪﹂は、この第十九願文︵発菩提心修諸功徳︶や、三輩丈 を諸行往生の根拠にし、また翻って源空の念仏往生を批判する根拠とした。第十九願文と三輩丈との意義を問い直 すことが源空門下の教学的課題となった理由がここにある。 ただ親驚は、﹁化身土文類六﹂において、三輩文と九品の丈だけを願成就文と考えたわけではない。﹁化身土文類 六﹂では先の引用のあとに、−二輩と九品の文そのものは引用せずに、﹃大経﹄下巻の道場樹、講堂精舎の丈、胎生 の文などを連引した後に﹁乃至 出﹂と結ぶ。おそらく親驚は、この疑いを誠める経文までも含めて、第十九の悲願の成就の言説として理解したの であろう。これらの経文こそ、私たちが第十九願に基づく真門に回入させる教化の一言説︵福徳蔵︶のなかにある事 実を証明しているからである。いわばこれらの経言そのものが﹁福徳蔵﹂としての﹁化身土﹂である。 弥勅当に知るべし 其れ菩薩有て疑惑を生︹ぜ︺者は大利を失すと為す 巳 上 抄 この小論では、第十九願と第二十願とのダイナミックな関係にまで立ち入ることはできない。しかし、この二つ の方便悲願は、段階というよりも、二重もしくは二層と考える方がよい。第十九願は﹁福徳蔵﹂という教えとなっ て、定散の行にとらわれる心を破り、諸行のなかから南無阿弥陀仏を善本徳本とする真門に誘引し、その往生行の 選択のなかにあって、第二十願は﹁功徳蔵﹂という教えとなって、真門における自力の心︵仏智疑惑・罪福信︶に 気づかせ転じていくのである。 第二十願の真門に入った親鷲にとって第十九願の要門はもはや用済みになったと理解すべきであろうか。私には、 そうは思えない。親驚は﹁仮令の誓願良に由有る哉:::いよいよ明らかなり﹂とみずからもまた濁世を生きる群 萌・道俗の一人として感謝しつづけていたに違いない。私たちはみな、第十九の悲願の成就の﹁福徳蔵﹂によって
教 化 さ れ る も の で あ る 。
五 、
﹁入願海﹂という自覚||﹁果遂の誓い良に由有る哉﹂||−
先述したように﹁化身土文類六﹂では、第十九の悲願成就の文は示されるが、第二十の果遂の悲願についての成 事 就 柄 の で 文 あ は る 指 か 示 ら さ に れ 違 て しミ しミ な(な しミ竺しミ そ れ は 、 第二十願の ﹁果遂﹂﹁悲引﹂というはたらきが成就という表現になじまない あえて第二十の果遂の願の実現態を求めるならば、 次のいわゆる ﹁ 一 二 願 転 入 の 丈 ﹂ を 想 定 す る こ と に な ろ う 。 シ キ カ ナ ノ コ ノ カ タ シ ス ル カ ニ シ ノ ミ ツ カ ラ ハ カ ル ニ ヲ ス レ ト モ ヲ 悲哉垢郭凡愚自一一従元際一己来助正間雑定散心雑故・出離・元一一其期一白度一一流轄輪回一超一一過微塵劫 ハ / カ タ ク シ ニ カ タ シ リ ニ マ ニ シ シ ヤ ウ サ ス ク シ ス ゾ テ ノ カ ウ ヲ ス ル カ オ ノ レ カ ト 巨 三 時 二 悌 願 力 一 巨 三 入 二 大 信 海 一 良 可 二 傷 嵯 一 深 可 二 悲 歎 一 凡 大 小 聖 人 ・ 一 切 善 人 ・ 以 二 本 願 嘉 競 一 矯 二 己 善 根 一 ナ ケ キ ナ ケ ケ ナ ケ ク ニ ス ハ ス ル コ ト ヲ ス ラ ヲ ル ハ ス ル コ ト セ ル コ ト ノ ヲ ニ キ コ ト ニ ヲ テ ヨ シ ノ キ ノ 故 ・ 不 四 能 = 一 生 二 信 一 不 三 了 = 悌 智 一 不 五 能 四 了 三 知 建 二 立 彼 因 一 故 ・ 元 三 入 二 報 土 也 、 是 以 ・ 愚 禿 穣 驚 仰 二 論 主 解 ヲ テ ノ ニ シ ク テ ヲ ク ナ ル ヲ シ テ ノ ニ ヘ ニ シ キ ︵ セ リ ︶ ヲ 義一依ニ宗師動化一久出一一高行諸善之般門一永離二隻樹林下之往生↓回一一入善本徳本異門偏護一難思往生之心 ル ニ マ コ ト ニ テ 、 ノ ヲ セ リ ノ ニ カ ニ レ テ ノ ヲ オ モ フ / ︵ ス ︶ f ケ ン ト ヲ ニ ル ユ ヘ カ ナ コ 、 ニ 然今特出一一方便虞門一轄二入選揮願海一速離二難思往生心一欲三遂二難思議往生一果遼之誓良有二由一哉愛 シ ク ヒ 升 リ ニ ク レ リ ヲ ニ シ ヤ ノ ヲ ヒ ロ フ テ ノ カ ン / ︵ ヒ ロ フ テ ︶ ヲ ニ ら 1 ︵ 円 一 円 ︶ ノ ヲ イ ヨ : シ ヲ 久・入二願海一深・知二傍恩一矯三報二謝至徳一披二虞宗簡要一恒常稀一念不可思議徳海一掬喜一一愛斯一 コ ト ニ イ 夕 、 キ タ イ ス ル / ︵ ス ル ︶ ヲ ︵ お ︶ ム ク ウ ツ ネ 特 頂 二 戴 斯 一 也 、 ︵ ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ︶ イ 夕 、 ク ︵ 泌 ︶ ﹁三願転入﹂という名称のもとでこの丈を理解することに対して問題が指摘されている。この丈には、一二 近 年 、 願は出ていないし、また転入だけが示されているわけではない。私は、この文を読み解く鍵概念として﹁入願海﹂ を想定し、﹁是以・愚禿釈驚﹂から﹁特頂戴斯﹂までの丈を﹁入願海の文﹂と呼ぶことを提言したい。﹁入願海﹂と いう表現は、﹁教行信証﹄に三回見ることができるが、二回はこの文に﹁転入選択願海﹂﹁愛久入願海﹂として出て 入願海 五入願海 五 四 おり、あとの回は﹁行文類二﹂に出る﹁能流入願海﹂であるが、これは﹁化身土文類六﹂を想定していると思われ る。このように﹁入願海﹂という表現は、この一連の文の独自性を示すということができるからである。大悲の願 海に酬報した仏土をあらわすのは﹁真仏土丈類五﹂であるが、その願海に﹁入る﹂という課題は、﹁化身土文類六﹂ に譲られている。﹁入願海﹂とは、化身土において実現される宗教的自覚である。この想定が許されるならば、こ れまで三段階のプロセスで解釈されてきた﹁二一願転入の丈﹂という理解を問い直す必要に迫られることになる。 ﹁入願海の丈﹂は、ここに引用した﹁悲哉﹂以降の﹁垢障九愚﹂と﹁大小聖人・一切善人﹂とにおける﹁仏願力 に帰し巨く、大信海に入り巨し﹂﹁報土に入ること元き也﹂という仏道の難関を見極めたうえで、﹁愚禿釈驚﹂とい う名のりをもってはじまる。とすれば﹁入願海の文﹂は、﹁悲しき哉﹂という現実を、論主・宗師の教えを通して受 けとめた親驚みずからの宗教体験︵自覚︶が記述されていると理解すべきであろう。しかし、そのことは従来の、 親鷲の個人的な求道のプロセスを記したとする見解や、そのプロセスを親驚の行実に配当する見解の是認を意味し ない。むしろこの文は、﹁呆遂の誓良に由有る哉﹂と結ぼれるように果遂の誓いを仰ぐ丈である。久しく願海に入 って深く仏の恩徳を知ったという自覚をあらわす文である。さらには仏の恩徳を感謝し、それを念じることによっ て﹁弥斯を喜愛し特に斯を頂戴するなり﹂と表明する丈である。 私は、﹁入願海の丈﹂を、果遂の誓いに目覚めた﹁難思往生の心﹂の内景を明かす丈として理解することも提言 したい。そのことは三往生のなかで﹁難思往生﹂にだけ﹁心﹂の字が付けられていることによる。つまりこの丈は、 三往生のプロセスではなく、﹁難思往生の心﹂の光景を表現している。もしも、その見方が可能であるとすれば、 必然的に、この丈における独特の時制表現にも注意せざるをえない。親驚の真筆である東本願寺蔵﹃教行信証﹄ ︵いわゆる坂東本︶では、この箇所は、親驚による補訂が多い。注目したいのは、親驚がこの丈の中で、二箇所に おいて時制にかかわる訂正を行っていることである。そのことは親驚がこの丈の時制について厳密であろうとした
︵ 幻 − こ と を 示 し て い る ︵ 図 参 照 ︶ 0 ク ナ ル ︵ ア ︶ ﹁ 久 出 高 行 諸 善 之 仮 門 永 離 讐 樹 林 下 之 往 生 ﹂ : : : ﹁ 、 水 離 ︹ ナ ル ︺ ﹂ へ二ンキ︵セリ︶ ・﹁偏詮︹セリ←シキ︺﹂ セ リ ・ ﹁ 蒋 二 入 ︹ セ リ ︺ ﹂ オ モ フ ︵ ス ︶ ト ケ ン ト ス オ モ フ ・ ﹁ 欲 一 一 一 透 ︹ 欲 ← 欲 ︺ ﹂ ︵ イ ︶ ﹁ 回 入 善 本 徳 本 民 門 偏 設 難 思 往 生 之 心 ﹂ ︵ ウ ︶ ﹁ 然 今 特 出 方 便 虞 門 ︵ エ ︶ ﹁ 連 離 難 思 往 生 心 欲 逢 難 思 議 往 生 ﹂ ︵ア︶の﹁久出・:;氷離﹂は、現在の時制をあらわす終止形である。 特 入 選 揮 願 海 ﹂ つまり仮門は、もう久しく出ており、し ヘ ニ セ リ ヘ ニ シ キ かも今も離れていることを示している。注意すべきは、︵イ︶における改訂である。親驚は﹁偏護﹂を﹁偏護﹂ 「入願海jの文 図 入願海 へと、完了の助動詞﹁リ﹂を、確実な体験をあら ︵ お ︶ わす助動詞﹁キ﹂に変えている。そのことは、真 門に回入し難思往生の心を発したことが確実な体 験であることを強調するために変更したと理解す ル ニ マ ることができる。それに対して︵ウ︶の﹁然今 コ ト ニ テ 、 ノ ヲ セ リ ノ ニ 特出一方便虞門一時一入選揮願海一﹂の﹁転入﹂の 送り仮名については、﹁リ﹂という完了の時制の ままで残している。﹁リ﹂は、その動作が済んだ 結果が、状態として持続・存続していることをあ らわす助動詞である。つまり﹁リ﹂を用いること によって﹁今﹂と表現される自覚の完結・存続を カニレテ の﹁速離一難思 強調するのであろう。また︵エ︶ 五 五
入願海 ノ ヲ オ モ ワ ︷ ス ︶ ト ケ ン ト ヲ ス 往生心一欲一一一遂二難思議往生一﹂では、もと﹁欲﹂と記されていた右訓﹁ス﹂の上に、朱書で﹁オモフ﹂と補訂 ハ カ ラ フ つまり以前は﹁欲ス﹂という未来を字んだ表現であったのを、﹁オモフ﹂という意欲をあらわす訓みに 五 六 し て い る 。 変 更 し て い る 。 ク ナ ル シ キ セ リ オ モ フ このような﹁永離﹂﹁麓﹂﹁蒋二入﹂﹁欲﹂と次第する表現は、時系列のプロセスをあらわすためとすれば、あ まりにも不自然な変更ではないだろうか。むしろ、これらの時制にかかわる改訂は、後述するように、 一 貫 し て ﹁難思往生の心﹂に成り立っている自覚の光景を厳格に表現するために整えたと理解したほうがよいのではないか。 ピ ア ヘ ニ シ キ さらに﹁回入﹂﹁転入﹂という二つの転機を表現する時制に注意してみよう。﹁回入﹂は﹁回入:::偏護﹂で あり、﹁転入﹂は﹁然今特出::・轄入﹂である。﹁キ﹂と﹁リ﹂との区別は、その時制の異なりを際立たせる。 真門への﹁回入﹂による難思往生の心を﹁発﹂したことは、ただ一度の体験である。それに対して、真門を出て願 海へ﹁転入﹂することについては、﹁転入せり﹂と﹁リ﹂とある。それは﹁今﹂﹁特﹂という自覚内容が、完了と ヒ ト リ してしか表現できないことを示している。そして、その﹁今﹂においてのみ﹁速やかに難思往生の心を離れ﹂んと オ モ フ ﹁欲﹂自覚が成り立つのである。﹁回入﹂はただ二度きりの体験についての自覚、﹁転入﹂は終わることなく、くり 返し持続する自覚をあらわすというイメージをもって理解することも許されるであろう。この﹁今﹂の自覚におい お も ︵ ぬ ︶ て、後景には久しく離れた双樹林下往生があり、前景には速かに遂げんと欲、つ難思議往生がある。このようにして つねに﹁入願海﹂という一念に立ち帰りつ 3 つけるという心境が厳密に表現されたのである。﹁愚禿釈の驚﹂は、果 遂の誓いを﹁入願海﹂の自覚として﹁良に由或る哉﹂と深い謝念をもって表白したのである。
六、方便化身化土を生きる ﹁願海の仮﹂つまり﹁仮之仏土﹂は、濁世の衆生に﹁入願海﹂の自覚を実現するための仏の世界である。親驚の 受けとめた﹁方便化身化土﹂の具体的な事実とは、衆生の千差の現実に応じるために千差の言説となる釈迦仏の ﹁方便蔵﹂以外にないと思う。﹁定散を回して弥陀の固に生まれよ﹂と説く言説も、﹁仮の仏土にとどまるな﹂と勧 める言説も、﹁仏智疑惑を思い知れ﹂と誠める言説も、いずれも﹁化身土﹂の教化の言説である。その意味で、化 身土の代名詞のように取りあげられる感性に訴える空間的時間的イメージであらわされる仏土は、﹁化身土﹂とい う名で呼ばれる無数の言説の一部でしかない。これらの﹁方便化身化土﹂としての言説はすべて一つの消点を指向 している。それは願海に入り、深く仏恩を知り、﹁如来広大の恩徳を迷失﹂させない生を実現することである。 釈迦仏の﹁福徳蔵﹂﹁功徳蔵﹂を説く精神にふれなかったならば、私たちは、定散二善・八万四干の法門を説い て﹁誘引﹂し、そのなかに善本徳本を聞いて﹁勧化﹂する如来の思穂を見失うであろう。弥陀如来の悲願は、釈迦 仏の説教の精神を象徴する。私たちは、濁世の衆生の現実に寄り添って教えを説く釈迦仏の内心に湛えられたやる せなき悲願に気づくとき、次のように仰ぐのである。 ニ ル ユ ヘ カ ナ レ ィ ョ 、 、 ア キ ラ カ ︵ 羽 ︶ 仮 令 之 誓 願 良 有 由 一 哉 蝦 門 之 教 析 慕 之 緯 是 禰 明 也 ︵ ﹁ 化 身 土 丈 類 六 ﹂ ︶ マ コ ト ネ カ イ シ タ フ ニ ル ユ ヘ カ ナ コ 、 ニ シ ク テ ニ ク レ リ ヲ ニ シ ヤ ノ ヲ ヒ ロ フ テ ノ カ ン ノ ︵ ヒ ロ フ テ ︶ ヲ ニ ス ノ ノ ︵ シ テ ︶ 果遂之誓良有二由一哉愛久・入二願海一深・知二備恩一矯ニ報二謝至徳披二虞宗簡要一恒常稽二念不可思 ノ ヲ イ ョ 、 、 シ ヲ コ ト ニ イ 夕 、 キ タ イ ス ル / ︵ ス ル ︶ ヲ ︵ 引 ︶ ツ ネ 議 穂 海 一 嫡 喜 一 一 愛 斯 一 特 頂 二 戴 斯 一 也 、 ︵ ﹁ 化 身 土 丈 類 六 ﹂ ︶ d 4 l b ノ 、 h ノ 仮令の誓願・果遂の誓を﹁良に由有る哉﹂と仰ぐことによって﹁嫡﹂と表現される宗教的自覚が実現する。私 たちは、﹁化身土﹂を場として生きることによって、﹁いよいよたのもしくおぼゆるなり﹂ ︵ ﹃ 歎 異 抄 ﹂ ︶ という宗教 入願海 五 七
入願海 五 八 的感情を生きるものとなるのである。私たちはどこまでも﹁濁世の群蔚・械悪の含識﹂であり﹁濁世の道俗﹂であ る。この時代社会の濁りを感じて生きるものとして方便悲願の教化のなかに歩むことが﹁報中の化﹂という仏土に 生きる意味である。 ﹁化身土﹂は、如来の方便悲願に基づく教化のなかにあることの自覚を﹁入願海﹂として実現する。それこそが 方便悲願の成就である。﹁愚禿釈の驚﹂は、この﹁入願海﹂という自覚によって釈尊の教化のなかに生きることの 意味を充全に確かめることができた。そして、この﹁入願海﹂の自覚だけが外道化を批判するための無私の基盤を 与える。これ以降、﹁化身土文類六﹂は、聖道性と外道性に対する教誠を展開していくことになる。 註 ︵ l ︶ ︵2 ︶ ︵ 3 ︶ ︵ 4 ︶ ︵5 ︶ ﹃ 法 然 上 人 行 状 給 園 ﹄ 第 六 巻 ﹃ 法 然 上 人 停 全 集 ﹄ 二 七 頁 。 ﹁興福寺奏状﹄に次のようにある。﹁第六に浄土に暗き失。観無量寿経を勘ふるに、云く、﹁一切の凡夫、かの固 に 生 ぜ ん と 欲 せ ば 、 ま さ に 三 業 を 修 す べ し 。 : : : L 云々。また九品生の中に上品上生を説いて云く、﹁諸の戒行 を具し、大乗を読請すべし﹂、中品下生に、寸父母に供養し、世の仁慈を行ふべし﹂と云々。曇驚法舗は念仏の大 祖 な り 。 往 生 の 上 輩 に お い て 五 種 の 因 縁 を 出 せ り 。 そ の 四 に 云 く 、 ﹁ 修 諸 功 徳 ﹂ 、 中 輩 七 縁 の 中 に 、 ﹁ 起 塔 寺 ﹂ ﹁ 飯 食沙門﹂と云々。また道梓禅師、:::云々。善導和尚は、見るところの塔寺、修茸せずといふことなし。しから ば上、三部の本経より、下、一宗の解釈に至るまで、諸行往生、盛んに許すところなり。:::。大覚法王の園、 凡聖来朝の門、かの九日間の階級を授くるに、おのおの先世の徳行を守る、自業自得、その理必然なり。しかるに 偏に仏力を惣みて涯分を測らざる、是れ則ち愚療の過なり。なかんづく、仮名の念仏、浄業熟し難く、順次往生、 本 意 に 違 失 あ り 、 戒 恵 倶 に 閥 く 、 侍 む と こ ろ 何 事 ぞ や 。 : ・ : ﹂ ︵ ﹃ 日 本 思 想 体 系 ﹄ 一 五 、 鎌 倉 旧 仏 教 、 三 六 1 一 二 人 工 貝 。 ︶﹁ 化 身 士 文 類 六 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 一 八 O 頁 。 ﹃ 歎 異 抄 ﹄ ﹃ 定 本 親 鷲 聖 人 全 集 ﹄ 第 四 巻 ・ 言 行 篇 ︵ l ︶ 、 三 五 1 三 六 頁 。 ﹁ 真 仏 土 文 類 五 ﹂ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 六 六 頁 。
︵ 6 ︶ ︵ 7 ︶ ︵ 8 ︶ ︵ 9 ︶ ︵ 凶 ︶ 金 子 大 築 ﹁ 真 宗 の 二 方 面 ﹂ ﹃ 真 宗 開 思 録 ﹄ ﹃ 金 子 大 築 著 作 集 ﹄ 第 一 一 一 巻 、 春 秋 社 、 ﹁ 真 仏 土 文 類 五 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 一 一 一 一 七 1 三 二 人 頁 。 安田理深﹁浄土の拡大﹂弥生書房、一九八一年、三重金蔵寺夏期講習会記録。 ﹁ 真 仏 土 文 類 五 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 六 五 頁 。 最近の研究として、梯賓園﹃顕浄土方便化身士文類講讃﹄永田文日目堂、二 O O 七年。内藤知康﹁﹁方便化身土文 類﹂の意義﹂﹃真宗学﹄九一・九二合併号、一九九五年などを参照。 金 子 ﹁ 真 宗 の 一 一 方 面 ﹂ 八 七 頁 。 金 子 ﹁ 真 宗 の 三 方 面 ﹂ 八 七 頁 。 金 子 ﹁ 真 宗 の 二 方 面 ﹂ 八 九 頁 。 ﹁ 六 要 紗 ﹄ ﹃ 真 聖 全 ﹄ 二 、 二 一 七 三 頁 、 原 漢 文 。 ﹁ 六 要 紗 ﹄ ﹃ 真 聖 全 ﹄ 二 、 三 七 二 1 三 七 三 頁 、 原 漢 文 。 ﹃ 六 要 紗 ﹄ ﹁ 真 聖 全 ﹄ 三 、 三 七 三 頁 、 原 漢 文 。 ﹃弥陀如来名号徳﹄には﹁無量光﹂を真身観の経説に基づいて解釈している。﹁元量光といふは、﹁経﹄にのたま はく﹁元量蕎悌に八万四千の相まします、一一の相におの、、八万四千の随形好まします、一一の好にまた八万 四千の光明まします、一一の光明,照十方世界念仏衆生摂取不捨﹂といへり。恵心院の僧都このひかりを勘ての たまはく、﹁一一の相におの、、七百五倶低六百万の光明あり、蟻然赫突たり﹂といへり。一相よりいづるとこ ろの光明かくのごとし、いはむや八万四千の相よりいてむひかりのおほきことを、おしはかりたまふへし。この 光明のかすのおはきによりて、元量光とまふすなり﹂︵﹃定本親驚聖人全集﹄第三巻・和文篇、二二五 1 一 一 一 一 六 頁 ︶ ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 五 八
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二 六 一 頁 。 ﹁ 観 無 量 寿 経 ﹂ に は 次 の よ う に あ る 。 ﹁ ︹ 無 量 寿 仏 の ︺ 円 光 の 中 に 百 万 億 那 由 他 恒 河 沙 の 化 仏 有 し ま す ﹂ ︵ ﹃ 真 聖 全 ﹄ 一、三七頁︶、﹁其の光明相好及与び化仏具に説く可からず﹂︵﹃真聖全﹄て三七頁︶。﹁謹顛化身士者側者如﹁元 量害時傍観経﹄説虞身観偽是也﹂という理解については、従来、﹁観無量寿仏経﹄の第九真身観に説かれる真仏が 数量として有限な表現、感性的な表現をもつためとされている c ﹁ 行 文 類 二 ﹂ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 八 四 頁 、 原 漢 文 。 一 九 八 四 年 、 八 九 頁 。 ︵ 日 ︶︵臼︶ ︵ 日 ︶ ︵ H ︶ ︵ 日 ︶︵日︶ ︵ 汀 ︶ ︵ 国 ︶︵問︶ 20 入願海 五 九入願海 六 O 21 深励はこの句を﹁二に名号の益を結す﹂︵﹃講義集成﹄第三巻・教行 W 、五六五頁、原漢文︶と分科し、﹁福智蔵﹂ には福智の−一荘厳を円満する名号をあらわす﹃大無量寿経﹄を、﹁功徳蔵﹂には同じ名号であっても﹁観無量寿 経﹄﹁阿弥陀経﹄を配当している。また徴決の解釈が参考になろう。﹁円満等とは、後対は説法に約す。中に就て 初め句は真宗を説き、恵むに真実之利を以てする也。後句は仮門を設け、道教を光関する也。:福智蔵とは弘 願真宗の法門を指す。若し通途に約すれば、則ち前五度を福と為し。般若度を知日と為す。別途に約すれば。則ち 諸善を福と為し、念仏を智と為す。弘願真実は真仮を合葉す。:::方便蔵は要真聖道の諸法を斥す﹂︵﹁教行信証 講義集成﹄第三巻・教行町、五六八頁︶と、説法のこととして理解しており、﹁開顕方便蔵﹂を﹁化身土文類﹂ の 展 開 と し て 見 て い る 。 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 六 九 頁 。 ﹁ 一 念 多 念 文 意 ﹄ ﹃ 定 本 親 鷲 聖 人 全 集 ﹂ 第 三 巻 ・ 和 文 篇 、 一 四 一 頁 。 広瀬呆﹁親驚教学における弾圧の意味︵下︶﹂﹁親驚教学﹄五八号、一九九一年、二ハ頁参照。 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 六 九 頁 。 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 一 一 九 五 頁 。 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 九 五 、 三 O 八 、 一 二 O 九 頁 、 原 漢 文 。 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 七 六 頁 、 原 漢 文 。 ﹁ 浄 土 和 讃 ﹄ ﹁ 定 本 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ 第 一 一 巻 ・ 和 讃 篇 、 四 四 頁 。 ﹁ 化 身 士 文 類 六 ﹂ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 七 一 百 ハ 0 ﹃ 興 福 寺 奏 状 ﹄ 。 内 容 は 註 ︵ 3 ︶ を 参 照 。 親 驚 は 願 成 就 文 を 示 し た の ち 、 ﹁ 無 量 寿 経 ﹄ か ら ﹁ 又 ﹃ 大 経 ﹄ 一 言 又 一 九 口 亘 書 仰 其 道 場 樹 ・ : ﹂ と し て 道 場 樹 、 二 一 法 忍、﹁此皆元量書偽威神力故本願力故満足願故明了願故堅固願故究克願故﹂の文、講堂精舎等の文を乃至によっ て 一 文 と し て 引 用 し 、 さ ら に ﹁ 又 一 一 言 其 胎 生 者 : ・ : ﹂ と し て 胎 生 。 仏 智 疑 惑 の 文 を 引 用 し た 後 に 引 文 指 示 語 の ﹁ 己 上 ﹂ を 置 い て い る 。 ﹁ 化 身 士 文 類 L ハ ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 一 一 九 二 頁 。 ただし﹃浄土三経往生文類﹄では弥陀経往生において植諸徳本の願文の﹁願成就の文﹂を置いている。 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 三 O 九 頁 。 ︵ 辺 ︶︵お︶ ︵ 担 ︶︵お︶ ︵ 却 ︶︵訂︶ ︵ お ︶︵却︶ ︵ 却 ︶︵出︶ ︵ 犯 ︶ ︵ お ︶︵担︶ ︵ お ︶
﹁三願転入﹂の名称はもと﹃金剛録﹄に出る。藤場俊基は﹁一二願転入﹂という言い方では、同一線上の三段跳び 的発想しか考えられないので、﹁真門同入﹂と﹁願海転入﹂をあわせて﹁三願回転入﹂と呼びたいとしている ︵藤場俊基﹃親驚の教行信証を読み解く N11 化身士巻︿前﹀||﹄明石書店、二 OOO 年、三二頁︶。寺川俊 昭、田村晃徳は、用語に注目して﹁三往生回転入の文﹂という呼び方を提唱している。私自身も、従来より、こ の文を果遂の誓いを生きる自覚を表現する文として受けとめてきた。 ﹃顕浄土真実教行証文類﹄︵坂東本︶影印本、真宗大谷派宗務所、二 O O 五 年 。 ﹁り﹂の助動詞の意味については﹁完了の助動詞と一般に名づけられている。しかし、本来は、動詞の動作・作 用・状態の進行・持続を明確に一不すのが役目である﹂とあり、﹁き﹂の助動詞の意味についてはっき﹂の承ける 事柄が、確実に記憶にあるということである。記憶に確実なことは、自己の体験であるから、そのため自らの体 験した過去をあらわすことが多い﹂とある。︵﹃岩波古語辞典﹄基本助動詞解説﹁り﹂﹁き﹂の項目参照。︶ ﹁今特﹂という時間に成り立つ自覚については、次の曾我量深の﹁一念﹂についての思索に学ぶことができよう。 ﹁信の一念を離れては、捨つべき方便化土もなく生まるべき真実報土もない、ただ信の一念に触れて後ろには捨 つべき方便化土があり、前には生まるべき真実報土がある﹂︵﹃曾我量深選集﹄第五巻・三 O O 頁 ︶ 。 藤 場 は ﹁ 回 モデル﹂﹁転モデル﹂という視点を提起している︵藤場一一一一九 1 一 一 一 二 三 頁 ︶ o またこの文における﹁久﹂﹁離﹂ ﹁今﹂﹁入﹂﹁久入﹂という時間の表現と、後述に出る﹁久廃﹂﹁今盛﹂との関係を指摘する見解もある︵柏原祐義 ﹃﹁顕浄土方便化身土文類﹂の考察﹄真宗大谷派出版部、二 000 年 、 一 九 九 八 年 安 居 本 講 ︶ 0 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹁ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 九 二 頁 。 ﹁ 化 身 土 文 類 六 ﹂ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 三 O 三 頁 。 ﹃ 歎 異 抄 ﹄ ﹁ 定 本 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ 第 四 巻 ・ 言 行 篇 ︵ l ︶ 、 36 ︵ 釘 ︶ ︵ お ︶ 39 ︵ 刊 ︶ ︵ H U ︶ ︵ 必 ︶ 入 願 海 頁 ~争 ノ、