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─「名勝」庭園と「観光資源」─

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(1)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

1 はじめに

本稿は、日本における庭園と観光利用の歴史的過程を考察したうえで、欧 州との比較研究を踏まえ、日本庭園がもつ観光資源としての可能性を考究す ることを目的として進めている共同研究「歴史と現状からみた庭園の観光資源 としての可能性に関する研究─欧州との比較から」の成果の一部である。従 来の庭園史研究の多くは、空間構成や意匠的・技術的特色とその変遷、ない し作庭者の設計思想やその背景に関する研究であり、実際の利用に着目した ものは少ない。しかし後者のうち、白幡洋三郎による、江戸後期に秋里籬島 が記した『都林泉名勝図会』に焦点を当てた一連の研究成果からは、様々な階 層の人々が京都の有名寺院・塔頭の庭園を生き生きと楽しむ姿が明らかにさ れている。また小野健吉による、室町後期に来日した宣教師ルイス・フロイ スの記述から当時の京都の庭園に関する情報を整理・検討した研究成果か らは、混とんとした世相にもかかわらず、当時京都の大徳寺塔頭や鹿苑寺の 庭園が観光資源的利用に供されていたことが明らかにされている。これらの 研究成果は、歴史的にみて、庭園が、その所有者に直接関係する人々のみな らず、広く観光客の知的ならびに美的欲求にこたえる観光資源として利用さ れていた可能性を強く示している。一方で、現在の利用に目を転じると、そ の資源としての可能性が十分に発揮されているとは言い難い状況にある。

京都をはじめ、日本各地に現存する庭園は、その歴史的あるいは芸術的価 論文

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

─「名勝」庭園と「観光資源」─

井 原   縁

(2)

論文

値が高く評価され、文化財として、特に「記念物」における「名勝」として保護 対象になっているものが多い。このような位置づけは、その時々の刹那的欲 望のもと流転する土地利用のなかで、庭園の形態と価値を保存する歯止めと して、貴重な役割を果たしている。しかし一方で、この保存制度は観光利用 との間にしばしば軋轢を生んでおり、かつ文化財としての枠組みが、観光利 用の可能性に制限をかけているかのように認識されている場合も少なくな い。この両者、すなわち文化財としての「保存」と観光資源としての「利用」を いかに両立していくかの考究なくして、庭園の観光利用を語ることは不可能 といえる。

従って本共同研究において、筆者は特にこの点、すなわち文化財としての 保存施策と観光資源としての価値づけとの相関性を歴史的に検証し、そのう えであるべき姿を見出すことを主目的としている。その第一弾として、本稿 では、まず数多くの庭園に被せられている文化財の範疇、すなわち「記念物」

における「名勝」の特性を、特に「観光資源」との関連性に着目して調査する。

そのうえで、庭園の観光利用について考案したい。

2.「名勝」の誕生とその特性

「名勝」は、「文化財保護法」に基づき歴史的・文化的価値の高い空間を保全・

継承する制度的枠組みのひとつである。大正 8 年(1919)、「文化財保護法」の 前身である「史蹟名勝天然紀念物保存法」が制定された。これにより「史蹟」「名 勝」「天然紀念物」は、法に裏打ちされた保存対象となり、文化財保護法の発 足とともに「記念物」としてその体系に組み込まれ、現在に至る。文化財保護 法では、保存すべき「記念物」としての「史跡(史蹟)」を次のように規定してい る。「貝づか、古墳、都城跡、城跡、旧宅その他の遺跡で我が国にとって歴 史上又は学術上価値の高いもの」(文化財保護法二条第四号)。同じく、「名 勝」については次のように規定する。「庭園、橋梁、峡谷、海浜、山岳、その 他の名勝地で我が国にとって芸術上又は観賞上価値の高いもの」(文化財保 護法二条第四号)。さらに、「天然記念物」については次のように規定する。「動

(3)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

異な自然の現象の生じている土地を含む)で我が国にとって学術上価値の高 いもの」(文化財保護法二条第四号)。

ここで確認すべきは、史跡・天然記念物の価値基準が「学術」を基本とした 専門性に担保されているのに対し、名勝の場合は、「芸術」「観賞」という趣 味判断に委ねられている点である。前者はより明確かつ論理的な基準を提供 するが、後者の基準は、やや曖昧かつ感性的とならざるをえない。このよ うな名勝における保存対象の曖昧性は、当該制度の黎明期から現在に至るま で一貫している特性である。この点を指摘した既往研究は、次のように結 論づけている。「大正 10 年(1921)に出版された保存要目解説の名勝の冒頭に は、『優秀ナル人工物及自然現象ヲ総称スルモノニシテ其範囲甚ダ広シト雖 モ、史蹟及天然紀念物ノ部ニ編入サレタルモノハ之ヲ省ケリ』とあり、名勝 の要目が、史蹟及び天然紀念物以外の部分を網羅するように決定されたこと が伺える。… 保存すべき風景という目的を持っているはずの名勝は輪郭が あいまいなままスタートしたといえよう。事実、その後も『名勝』の意味が明 瞭ではないという指摘をされている」(黒田,小野 2004:599)。また、「名 勝」の制度ならびに概念の特性に関する基盤的研究を精力的に進めている平 澤(2010,2015)は、名勝に付随する「何か曖昧模糊とした印象」が、他の記 念物に比して名勝(都道府県・市町村指定は特に)指定数が少ないことにつな がっていると指摘し、次のように論じている。「名勝地の保護行政上の経験 からすると、都道府県あるいは市区町村において名勝指定が少ないのは、対 象地が少ないからではなく、史跡や天然記念物と比較して、その捉え方、理 解をどのようにしたらよいのかに戸惑う点が少なくないことから、基礎的な 把握が遅れているのが実情と思われる。例えば、史跡においては遺物・遺構 や歴史資料(史料)がその内容や価値を理解する直接的な材料となり、天然記 念物については動物・植物・地質鉱物に関する自然科学的な知見がその基礎 となるが、風致景観の良し悪しなど主観的と見られがちなものが対象となっ ていることがその評価基準の理解を難しくしている側面があると考えられ る」(平澤,2010:1)。ここで平澤が指摘しているように、名勝という概念 自体に場の全体性や風致を捉えようとする感性的側面が強く、それゆえに法

(4)

論文

定制度に明瞭に落とし込めない難しさを生んでいるといえよう。

ただし、このような名勝の本質的特性は、一方で「観光資源」としての価値 に大いに通じるものがあると考えられる。次章では、個別具体的な「名勝」指 定地を「観光資源」との関連性に着目して整理することで、この仮説を検証し ていきたい。

3.名勝と観光資源

大正 11 年(1922)、先に述べた大正 8 年(1919)制定の「史蹟名勝天然紀念物 保存法」に基づき、初めての指定「名勝」11 件が誕生した。以後、昭和 25 年

(1950)制定の「文化財保護法」に引き継がれるまで、計 243 件が指定されて いる。さらに、文化財保護法のもとに新規指定および指定解除された件数 を併せ、平成 28 年(2016)9 月 1 日現在で日本国内の名勝指定数は 398 件で ある。このような名勝指定のありかたは、平澤(2010)によると、昭和 3 年

(1928)12 月の内務省から文部省への主務移管、昭和 6 年(1931)の国立公園 法の制定、1940 年代前半の第二次世界大戦下における統制など、様々な節 目により変化しているが、ここでは特に名勝制度の黎明期ともいえる「史蹟 名勝天然紀念物保存法」時代に焦点を当てることとする。この間も、先述し た国立公園法の制定や戦時下の統制傾向などで指定内容や数に変動がみられ るが、総じて活発な指定が行われており、景勝地に関する日本初の保存制度 のもと、当時評価されていた日本全国の景勝地が次々と挙がっている様子を 見て取ることができる。

表 1 に、この期間、すなわち大正 11 年(1922)から昭和 23 年(1948)までの 名勝指定地計 243 件を整理して示す。表中の「保存要目」は、指定時に適用 された大正 9 年(1920)内務大臣決定の「史蹟名勝天然紀念物保存要目」を指 し、以下の 11 項目による(表中の数字は、以下に示す各要目の漢数字に該当 する)。

一、著名ナル公園及庭園  二、著名ナル橋梁及堤防築堤

(5)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

四、著名ナル奇岩(材木岩、俵石、天然橋、石柱等)

五、著名ナル渓谷及急流、深淵 六、著名ナル瀑布

七、著名ナル湖沼

八、浮島(例セハ山形縣大沼)

九、松林アル砂丘、砂嘴ニシテ著名ナルモノ 十、著名ナル海岸、島嶼其ノ他景勝ノ地 十一、著名ナル風景ヲ眺メ得ル特殊ノ地點

十二、特色アル山岳、丘陵、高原、平原、河川及温泉地     ※十二は昭和 4(1929)年追加

このうち、一かつ「庭園」に該当するものは、網かけで明示している。また、

表中の「備考」には、名勝以外の指定を受けている場合はその内容を、さらに 指定の後に指定解除されている場合にはその日付を記載した。

さらに、個々の指定対象につき、「観光資源」としての評価との関連性を確 認すべく、以下の 2 点に着目した情報整理を行った。

①「日本新八景」「日本二十五勝」「日本百景」の選定対象か否か

これらはいずれも、昭和 2 年(1927)、東京日日新聞・大阪毎日新聞の共同 企画で、読者の投票をもとに著名文化人によって選定されたものである。

鉄道省の後援を受け、埋もれる観光資源を発掘し、当時盛んに議論されて いた国際観光振興策の一助とすることを主眼としており、当初は「日本新 八景」の選定のみが想定されていたが、全国各地で熱狂的な推薦運動や投 票が繰り広げられる大反響を呈し、結果として選に漏れた景勝地のなか から、さらに「日本二十五勝」、「日本百景」も選定されることとなった。「史 蹟名勝天然紀念物保存法」が発足して間もない時期に、日本を代表する観 光資源として評価されていた景勝地を伺い知ることのできる基礎情報であ り、これと名勝指定地との比較照合を行った。なお、ここで挙がっている 対象は、日本全国の山岳、渓谷、湖沼、海岸、河川、平原、瀑布、温泉の 八景から各代表的第一景を選ぶという枠組みが予め設定されていたため、

庭園・公園をはじめとする人文的名勝は範疇外であった。

(6)

論文

②「特A級観光資源」「A級観光資源」の選定対象か否か

 平成 26(2014)年に発行された『美しき日本旅の風光』記載の最新データと 比較照合を行った。これは、昭和 47 年(1972)国レベルの「観光資源」調査と して最初に行われた「観光レクリエーション交通調査(建設省道路局)」を引 き継ぎ、(財)日本交通公社が作成、更新してきた「全国観光資源台帳」におい て特A級および A級に分類されている観光資源を原則としている。特A級、

A級とは、先にあげた「全国観光資源台帳」で用いられた観光資源をランク 付けする評価基準であり、日本の観光資源約 8,000 件を自然系 15 種類、人 文系 10 種類に分類したうえで、種類別に「美しさ」、「大きさ」、「珍しさ」、

「古さ」、「静けさ」、「地方色」の 6 つの視点から総合評価を行い、特A級(わ が国を代表する資源で、かつ世界にも誇示しうるもの、わが国のイメージ 構成の基調となりうるもの)、A級(特A級に準じ、その誘致力は全国的で、

観光重点地域の原動力として重要な役割をもつもの)、B級(地方スケールの 誘致力をもち、地方のイメージ構成の基調となりうるもの)、C級(主として、

県民および周辺地域住民の観光利用に供するもの)の 4 ランクにクラス分け をしている。今回、「史蹟名勝天然紀念物保存法」による名勝指定地と比較 照合した『美しき日本 旅の風光』に掲載されている観光資源は、このうち上 位 2ランクに選出された、いわば現在の日本を代表する観光資源である表 1:「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づく名勝指定地一覧と観光資源との関連性

A

級 に 分 類 さ れ て い る 観 光 資 源 を 原 則 と し 、さ ら に 検 討 を 重 ね て 平 成

26

2014

) 年 に 発 行 さ れ た 『 美 し き 日 本 旅 の 風 光 』 記 載 の 最 新 デ ー タ と 比 較 照 合 を 行 っ た 。 特

A

級 、

A

級 と は 、 先 に あ げ た 「 全 国 観 光 資 源 台 帳 」 で 用 い ら れ た 観 光 資 源 を ラ ン ク 付 け す る 評 価 基 準 で あ り 、 日 本 の 観 光 資 源 約

8,000

件 を 自 然 系

15

種 類 、 人 文 系

10

種 類 に 分 類 し た う え でv i、 種 類 別 に

「 美 し さ 」、「 大 き さ 」、「 珍 し さ 」、「 古 さ 」、「 静 け さ 」、「 地 方 色 」 の

6

つ の 視 点 か ら 総 合 評 価 を 行 い 、 特

A

級 ( わ が 国 を 代 表 す る 資 源 で 、 か つ 世 界 に も 誇 示 し う る も の 、わ が 国 の イ メ ー ジ 構 成 の 基 調 と な り う る も の )、

A

級( 特

A

級 に 準 じ 、 そ の 誘 致 力 は 全 国 的 で 、 観 光 重 点 地 域 の 原 動 力 と し て 重 要 な 役 割 を も つ も の )、

B

級( 地 方 ス ケ ー ル の 誘 致 力 を も ち 、地 方 の イ メ ー ジ 構 成 の 基 調 と な り う る も の )、

C

級( 主 と し て 、県 民 お よ び 周 辺 地 域 住 民 の 観 光 利 用 に 供 す る も の ) の

4

ラ ン ク に ク ラ ス 分 け を し て い る 。 今 回 、「 史 蹟 名 勝 天 然 紀 念 物 保 存 法 」に よ る 名 勝 指 定 地 と 比 較 照 合 し た『 美 し き 日 本 旅 の 風 光 』 に 掲 載 さ れ て い る 観 光 資 源 は 、 こ の う ち 上 位

2

ラ ン ク に 選 出 さ れ た 、 い わ ば 現 在 の 日 本 を 代 表 す る 観 光 資 源 で あ るv i i

1:「 史 蹟 名 勝 天 然 紀 念 物 保 存 法 」 に 基 づ く 名 勝 指 定 地 一 覧 と 観 光 資 源 と の 関 連 性

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近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

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論文

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近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

(10)

論文

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近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

(12)

論文

(13)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

表 1 を通覧すると、この時期に「名勝」指定された対象には、現在の日本を 代表する「観光資源」として評価の高いものが少なからず含まれていることが 分かる。さらに、ここで特A級ないしA級観光資源のいずれかにランク付け された対象は、範疇外であった庭園・公園、橋梁等の人文的名勝を除き、大 半が昭和 2 年(1927)選定の「日本新八景」「日本二十五勝」「日本百景」のい ずれかに含まれているか、あるいは「日本八景」や「日本十二景」としてそれ以 前より知られていた景勝地であり、長きに渡り人々を魅了し続けている観光 資源といえる。従って、「名勝」指定の段階で、既に誘引力の高い観光資源と して定着していた対象、あるいは今後その可能性を有するものとして新たに 発見された対象のいずれかが、意識的に組み込まれていることは明らかであ り、単なる保存の対象としてのみならず、観光利用を念頭に置いた指定対象 の選出が行われていたと推測できる。また特に「庭園」に着目すると、当時 の観光資源としての評価は個々の観光関連史料の検証を経なければならず、

ここから読み取ることはできないが、昭和初年までに名勝指定された庭園の 大半は現在の特A級ないしA級観光資源に該当しており、自然的名勝と同様、

指定当時においても「観光資源」として定着ないし期待されていたものが意識 的に組み込まれているのではないかと推察される。この点については、次章 以降、より詳しくみていくこととしたい。

4.名勝「庭園」と観光資源

表 2 に、先ほど挙げた表 1 から「庭園」のみを抜粋し、各庭園の作庭時期を 付記して再整理した結果を示す。

表 2:「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づく名勝「庭園」 一覧

1

を 通 覧 す る と 、 こ の 時 期 に 「 名 勝 」 指 定 さ れ た 対 象 に は 、 現 在 の 日 本 を 代 表 す る 「 観 光 資 源 」 と し て 評 価 の 高 い も の が 少 な か ら ず 含 ま れ て い る こ と が 分 か る 。さ ら に 、こ こ で 特

A

級 な い し

A

級 観 光 資 源 の い ず れ か に ラ ン ク 付 け さ れ た 対 象 は 、範 疇 外 で あ っ た 庭 園・公 園 、橋 梁 等 の 人 文 的 名 勝 を 除 き 、 大 半 が 昭 和

2

年 (

1927

) 選 定 の 「 日 本 新 八 景 」「 日 本 二 十 五 勝 」「 日 本 百 景 」 の い ず れ か に 含 ま れ て い る か 、 あ る い は 「 日 本 八 景 」 や 「 日 本 十 二 景 」 と し て そ れ 以 前 よ り 知 ら れ て い た 景 勝 地 で あ り 、 長 き に 渡 り 人 々 を 魅 了 し 続 け て い る 観 光 資 源 と い え る 。従 っ て 、「 名 勝 」指 定 の 段 階 で 、既 に 誘 引 力 の 高 い 観 光 資 源 と し て 定 着 し て い た 対 象 、 あ る い は 今 後 そ の 可 能 性 を 有 す る も の と し て 新 た に 発 見 さ れ た 対 象 の い ず れ か が 、 意 識 的 に 組 み 込 ま れ て い る こ と は 明 ら か で あ り 、 単 な る 保 存 の 対 象 と し て の み な ら ず 、 観 光 利 用 を 念 頭 に 置 い た 指 定 対 象 の 選 出 が 行 わ れ て い た と 推 測 で き るv i i i。 ま た 特 に 「 庭 園 」 に 着 目 す る と 、 当 時 の 観 光 資 源 と し て の 評 価 は 個 々 の 観 光 関 連 史 料 の 検 証 を 経 な け れ ば な ら ず 、 こ こ か ら 読 み 取 る こ と は で き な い が 、 昭 和 初 年 ま で に 名 勝 指 定 さ れ た 庭 園 の 大 半 は 現 在 の 特

A

級 な い し

A

級 観 光 資 源 に 該 当 し て お り 、自 然 的 名 勝 と 同 様 、 指 定 当 時 に お い て も 「 観 光 資 源 」 と し て 定 着 な い し 期 待 さ れ て い た も の が 意 識 的 に 組 み 込 ま れ て い る の で は な い か と 推 察 さ れ る 。 こ の 点 に つ い て は 、 次 章 以 降 、 よ り 詳 し く み て い く こ と と し た い 。

4 . 名 勝 「 庭 園 」 と 観 光 資 源

2

に 、 先 ほ ど 挙 げ た 表

1

か ら 「 庭 園 」 の み を 抜 粋 し 、 各 庭 園 の 作 庭 時 期 を 付 記 し て 再 整 理 し た 結 果 を 示 す 。

2:「 史 蹟 名 勝 天 然 紀 念 物 保 存 法 」 に 基 づ く 名 勝 「 庭 園 」 一 覧

(14)

論文

指定名称 名勝指定年⽉ 都道府県 備考 作庭時期 特A級観光資源

(資源名称)

A級観光資源

(資源名称)

7 ⼩⽯川後楽園 ⼤正12.3.7 東京都 史蹟及名勝 近世

8 南禅院庭園 ⼤正12.3.7 京都府 史蹟及名勝 中世

(南禅寺)

9 ⻄芳寺庭園 ⼤正12.3.7 京都府 史蹟及名勝 中世

(苔寺(⻄芳寺))

10 天⿓寺庭園 ⼤正12.3.7 京都府 史蹟及名勝 中世

(天⿓寺)

11 南湖公園 ⼤正13.12.9 福島県 史蹟及名勝 近世

12 ⼤徳寺⽅丈庭園 ⼤正13.12.9 京都府 史蹟及名勝 近世

(⼤徳寺)

13 真珠庵庭園 ⼤正13.12.9 京都府 史蹟及名勝 中世

(⼤徳寺)

14 ⼤仙院書院庭園 ⼤正13.12.9 京都府 史蹟及名勝 中世

(⼤徳寺)

15 孤篷庵庭園 ⼤正13.12.9 京都府 史蹟及名勝 近世

(⼤徳寺)

16 ⿓安寺⽅丈庭園 ⼤正13.12.9 京都府 史蹟及名勝 中世・近世

(⿓安寺)

17 ⿅苑寺(⾦閣寺)庭園 ⼤正14.10.8 京都府 史蹟及名勝 中世

⾦閣寺(⿅苑寺)

18 銀閣寺(慈照寺)庭園 ⼤正14.10.8 京都府 史蹟及名勝 中世

銀閣寺(慈照寺)

19 常栄寺庭園 ⼤正15.2.24 ⼭⼝県 史蹟及名勝 中世

20 醍醐寺三宝院庭園 昭和2.6.14 京都府 史蹟及名勝 近世

(醍醐寺)

21 ⾼台寺庭園 昭和2.6.14 京都府 史蹟及名勝 近世

22 菅⽥庵 昭和3.2.7 島根県 史蹟及名勝 近世

23 旧⻲⽯坊庭園 昭和3.2.7 福岡県 中世

24 万福寺庭園 昭和3.3.28 島根県 史蹟及名勝 中世

25 医光寺庭園 昭和3.3.28 島根県 史蹟及名勝 中世

26 那⾕寺庫裡庭園 昭和4.4.2 ⽯川県 近世

(那⾕寺)

27 成巽閣庭園 昭和4.4.2 ⽯川県 近世

28 清⽔寺本坊庭園 昭和4.4.2 福岡県 近世

29 滝⾕寺庭園 昭和4.12.17 福井県 近世

30 ⽔前寺成趣園 昭和4.12.17 熊本県 史蹟及名勝 近世

(⽔前寺成趣園)

31 ⼀乗⾕朝倉⽒庭園 昭和5.7.8 福井県 史蹟及名勝 中世

(⼀乗⾕朝倉⽒

遺跡)

32 旧⽞成院庭園 昭和5.10.3 福井県 近世

33 妙⼼寺庭園 昭和6.7.31 京都府 史蹟及名勝 近世

(妙⼼寺)

34 ⽟鳳院庭園 昭和6.7.31 京都府 史蹟及名勝 近世

35 東海庵書院庭園 昭和6.7.31 京都府 史蹟及名勝 近世

36 霊雲院庭園 昭和6.7.31 京都府 史蹟及名勝 近世

37 退蔵院庭園 昭和6.7.31 京都府 史蹟及名勝 近世

38 桂春院庭園 昭和6.7.31 京都府 史蹟及名勝 近世

39 万徳寺庭園 昭和7.3.25 福井県 近世

40 ⻄福寺書院庭園 昭和7.4.19 福井県 近世

41 柴⽥⽒庭園 昭和7.4.19 福井県 近世

42 伊藤⽒庭園 昭和7.4.19 福井県 近世

43 建⻑寺庭園 昭和7.7.23 神奈川県 史蹟及名勝 中世・近世

(建⻑寺)

44 円覚寺庭園 昭和7.7.23 神奈川県 史蹟及名勝 中世

(15)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

指定名称 名勝指定年⽉ 都道府県 備考 作庭時期 特A級観光資源

(資源名称)

A級観光資源

(資源名称)

45 会津松平⽒庭園 昭和7.10.19 福島県 近世

46 旧有備館および庭園 昭和8.2.28 宮城県 史蹟及名勝 近世

47 妙国寺庭園 昭和8.4.13 宮崎県 近世

48 当⿇寺中之坊庭園 昭和9.5.1 奈良県 史蹟及名勝 近世

49 本願寺⼤書院庭園 昭和9.12.28 京都府 史蹟及名勝 近世

50 慈光院庭園 昭和9.12.28 京都府 史蹟及名勝 近世

51 円満院庭園 昭和9.12.28 滋賀県 史蹟及名勝 近世

52 光浄院庭園 昭和9.12.28 滋賀県 史蹟及名勝 近世

53 善法院庭園 昭和9.12.28 滋賀県 史蹟及名勝 近世

54 浄信寺庭園 昭和9.12.28 滋賀県 近世

55 ⼤通寺含⼭軒および蘭亭庭園 昭和9.12.28 滋賀県 近世

56 ⻘岸寺庭園 昭和9.12.28 滋賀県 近世

57 胡宮神社社務所庭園 昭和9.12.28 滋賀県 近世

58 多賀神社奥書院庭園 昭和10.6.7 滋賀県 中世

59 旧秀隣寺庭園 昭和10.12.24 滋賀県 中世

60 ⻘源寺庭園 昭和10.12.24 ⾼知県 昭和31.1.23指定解除 近世 61 乘臺寺庭園 昭和10.12.24 ⾼知県 昭和31.1.23指定解除 近世 62 ⽵林寺庭園 昭和10.12.24 ⾼知県 昭和31.1.23指定解除 近世

63 北畠⽒館跡庭園 昭和11.9.3 三重県 中世

64 柴屋寺庭園 昭和11.9.3 静岡県 中世

65 清⾒寺庭園 昭和11.9.3 静岡県 近世

66 臨済寺庭園 昭和11.9.3 静岡県 近世

67 ⿓潭寺庭園 昭和11.9.3 静岡県 近世

68 渉成園 昭和11.12.16 京都府 近世

69 橋⼝⽒庭園 昭和11.12.16 宮崎県 昭和31.1.23指定解除 近世 70 寺岡⽒庭園 昭和11.12.16 宮崎県 昭和31.1.23指定解除 近世 71 川村⽒庭園 昭和11.12.16 ⿅児島県 昭和31.1.23指定解除 近世

72 知覧町平⼭⽒庭園 昭和11.12.16 ⿅児島県 昭和31.1.23指定解除 近世

(知覧武家屋敷)

73 森⽒庭園 昭和11.12.16 ⿅児島県 昭和31.1.23指定解除 近世 74 志布志町平⼭⽒庭園 昭和11.12.16 ⿅児島県 昭和31.1.23指定解除 近世 75 宮ヶ原⽒庭園 昭和11.12.16 ⿅児島県 昭和31.1.23指定解除 近世

76 貞観園 昭和12.6.15 新潟県 近世

77 天徳院庭園 昭和12.6.15 和歌⼭県 昭和31.1.23指定解除 近世 78 普⾨院庭園 昭和12.6.15 和歌⼭県 昭和31.1.23指定解除 近世

79 観⾳院庭園 昭和12.12.21 ⿃取県 近世

80 尾崎⽒庭園 昭和12.12.21 ⿃取県 近世

81 ⼆条城⼆之丸庭園 昭和14.11.30 京都府 近世

(⼆条城)

82 縮景園 昭和15.7.12 広島県 近世

83 六義園 昭和15.8.30 東京都 近世

84 妙嚴寺庭園 昭和16.4.23 愛媛県 昭和31.1.23指定解除 近世

85 旧徳島城表御殿庭園 昭和16.12.13 徳島県 近世

86 識名園 昭和16.12.13 沖縄県 近世

(識名園)

87 ⾦地院庭園 昭和18.2.19 京都府 近世

(南禅寺)

88 成就院庭園 昭和18.2.19 京都府 近世

(清⽔寺)

89 恵林寺庭園 昭和19.6.26 ⼭梨県 中世

90 智積院庭園 昭和20.2.22 京都府 近世

91 旧浜離宮庭園 昭和23.12.18 東京都 近世

(浜離宮庭園)

(16)

論文

網かけをしているものは、現在日本を代表する観光資源として、特A級な いしA級のいずれかにランク付けされた対象である。また、この表 2 より導 出される年別の指定件数ならびに所在地と作庭時期の傾向を、図 1,2,3 に 示した。

図 1-1:年別 名勝指定「庭園」件数

図 1-2:年別 名勝指定「庭園」における特A級・A級「観光資源」件数

網 か け を し て い る も の は 、現 在 日 本 を 代 表 す る 観 光 資 源 と し て 、特 A級 な い し A級 の い ず れ か に ラ ン ク 付 け さ れ た 対 象 で あ る 。ま た 、こ の 表 2よ り 導 出 さ れ る 年 別 の 指 定 件 数 な ら び に 所 在 地 と 作 庭 時 期 の 傾 向 を 、 図 1,2,3に 示 し た 。

1-1: 年 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 件 数

網 か け を し て い る も の は 、現 在 日 本 を 代 表 す る 観 光 資 源 と し て 、特 A級 な い し A級 の い ず れ か に ラ ン ク 付 け さ れ た 対 象 で あ る 。ま た 、こ の 表 2よ り 導 出 さ れ る 年 別 の 指 定 件 数 な ら び に 所 在 地 と 作 庭 時 期 の 傾 向 を 、 図 1,2,3に 示 し た 。

1-1: 年 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 件 数

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近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

図 2-1:所在地別 名勝指定「庭園」件数

図 2-2:所在地別 名勝指定「庭園」における特A級・A級「観光資源」件数 2-1: 所 在 地 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 件 数

2-2: 所 在 地 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 に お け る 特 A 級 ・ A 級 「 観 光 資 源 」 件 数 2-1: 所 在 地 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 件 数

2-2: 所 在 地 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 に お け る 特 A 級 ・ A 級 「 観 光 資 源 」 件 数

(18)

論文

図 3-1:作庭時期別 名勝指定「庭園」件数割合

※「中世・近世」とは、諸説あり不確定のケースである

図 3-2:作庭時期別 名勝指定「庭園」における特A級・A級「観光資源」件数割合

図 1-1 より、「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づき名勝指定された「庭園」

の件数は、年により若干の変動はあるものの、概ねその年の名勝指定件数全 体の 1/2 ~ 1/3 前後で推移していることが分かる。ただし、昭和 4 年(1929)

3-1: 作 庭 時 期 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 件 数 割 合

※ 「 中 世 ・ 近 世 」 と は 、 諸 説 あ り 不 確 定 の ケ ー ス で あ る

3-2: 作 庭 時 期 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 に お け る 特 A 級 ・ A 級 「 観 光 資 源 」 件 数 割 合

図 1-1よ り 、「 史 蹟 名 勝 天 然 紀 念 物 保 存 法 」に 基 づ き 名 勝 指 定 さ れ た「 庭 園 」 3-1: 作 庭 時 期 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 件 数 割 合

※ 「 中 世 ・ 近 世 」 と は 、 諸 説 あ り 不 確 定 の ケ ー ス で あ る

3-2: 作 庭 時 期 別 名 勝 指 定 「 庭 園 」 に お け る 特 A 級 ・ A 級 「 観 光 資 源 」 件 数 割 合

図 1-1よ り 、「 史 蹟 名 勝 天 然 紀 念 物 保 存 法 」に 基 づ き 名 勝 指 定 さ れ た「 庭 園 」 の 件 数 は 、 年 に よ り 若 干 の 変 動 は あ る も の の 、 概 ね そ の 年 の 名 勝 指 定 件 数 全 体 の 1/2~1/3前 後 で 推 移 し て い る こ と が 分 か る 。た だ し 、昭 和 4年(1929)

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近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

と昭和 23 年(1948)は、その年の名勝指定件数の全てを庭園が占めるという 点で特異である。このうち、昭和 25 年(1950)に「文化財保護法」が制定され る過渡期にあたり、その前年、前々年と指定 0 件が続くなかでの指定 1 件と、

かなり特殊な状況下にある昭和 23 年(1948)のケースはひとまず保留すると して、特に昭和 4 年(1929)のケースの背景には留意する必要があると考えら れる。この時期は、昭和 3 年(1928)12 月の内務省から文部省への主務移管と、

昭和 6 年(1931)の国立公園法制定の狭間に当たる。現時点では十分な史料の 検討を経ておらず推測の域を出ないが、恐らくこの頃(昭和初年頃)に、指定 主体の変動と新たな関連法の誕生に伴い、従来の指定における評価基準に変 化が生じていたのではないかと推察される。このように考えると、図 1-2 に 示す、(名勝指定「庭園」における)特A級・A級「観光資源」件数の推移にみる 以下の特徴とも符合する。

図 1-2 をみると、大正 11 年(1922)における初めての指定以降大正末期ま で毎年、名勝指定された庭園の大半が特A級・A級「観光資源」に該当してい るが、昭和初年を境にその動向が揺らぎ始め、以後は疎らになっている。名 勝の枠組みが機能し始めた黎明期には、その段階で既に広く知られ定着して いた、誰しもすぐに名の浮かぶような著名な庭園から順に指定が進んでいた が、一定期間を経てある程度蓄積が進み、かつ先述したように指定主体の変 動や新たな関連法の誕生という揺らぎが生じるなかで、昭和初年頃を境に指 定の対象とする庭園の評価基準が変化していったと考えると説明がつく。

また図 2-1 より、名勝指定庭園の所在地としては京都(91 件中 26 件)が突 出して多く、次いで滋賀(9 件)、福井(7 件)、鹿児島(5 件)、静岡(4 件)、

宮城(4 件)と分散していることが分かる。特A級・A級「観光資源」に該当し ている庭園に特化してみてみると、図 2-2 に示す通り、同様に京都が多く(16 件)、その他は各地にほぼ 1 ~ 2 件ずつ分散している。このことと、図 3-1, 2 に示す作庭時期ならびに表 2 に示す具体の庭園名称を併せて考察すると、次 のような特徴を指摘することができる。「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づ き名勝指定された庭園のうち、特A級・A級「観光資源」に該当している庭園は、

主に各地の「大名庭園」もしくは京都の庭園であること、また後者(=京都の

(20)

論文

庭園)は多様な作庭時期・様式の庭園が含まれていること、である。では最 後に、なぜこのような特徴がみられるのか、当時の社会状況に照らして考察 していきたい。

5.「大名庭園」「京都の庭園」と観光資源

表 3 に、先ほど挙げた表 2 から特に「大名庭園」のみ抽出し再整理したも のを示す。網かけをしているものは、現在日本を代表する観光資源として、

特A級ないしA級のいずれかにランク付けされた対象である。

表 3:「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づく名勝指定「大名庭園」一覧

このうち、大正 11 年(1922)に最初に名勝として指定された 4 つの大名庭 園は、全てが特A級・A級「観光資源」に該当する。これら 4 庭園の共通点と して、全て明治期に太政官布告に基づく「公園」に位置づけられていたことが 指摘できる。この太政官布告(明治 6 年(1873)の太政官布告第一六号)に基づ く「公園」は、日本における制度としての「公園」の始まりであり、次のような 内容であった。

三府ヲ始、人民輻輳ノ地ニシテ、古來ノ勝區、名人ノ旧跡等、是迄群集遊 と 、 で あ る 。 で は 最 後 に 、 な ぜ こ の よ う な 特 徴 が み ら れ る の か 、 当 時 の 社 会 状 況 に 照 ら し て 考 察 し て い き た い 。

5 .「 大 名 庭 園 」「 京 都 の 庭 園 」 と 観 光 資 源

3

に 、 先 ほ ど 挙 げ た 表

2

か ら 特 に 「 大 名 庭 園 」i xの み 抽 出 し 再 整 理 し た も の を 示 す 。網 か け を し て い る も の は 、現 在 日 本 を 代 表 す る 観 光 資 源 と し て 、

A

級 な い し

A

級 の い ず れ か に ラ ン ク 付 け さ れ た 対 象 で あ る 。

3:「 史 蹟 名 勝 天 然 紀 念 物 保 存 法 」 に 基 づ く 名 勝 指 定 「 大 名 庭 園 」 一 覧

こ の う ち 、 大 正

11

年 (

1922) に 最 初 に 名 勝 と し て 指 定 さ れ た 4

つ の 大 名 庭 園 は 、 全 て が 特

A

級 ・

A

級 「 観 光 資 源 」 に 該 当 す る 。 こ れ ら

4

庭 園 の 共 通 点 と し て 、 全 て 明 治 期 に 太 政 官 布 告 に 基 づ く 「 公 園 」 に 位 置 づ け ら れ て い た こ と が 指 摘 で き る 。 こ の 太 政 官 布 告 ( 明 治

6

年 (

1873

) の 太 政 官 布 告 第 一 六 号 ) に 基 づ く 「 公 園 」 は 、 日 本 に お け る 制 度 と し て の 「 公 園 」 の 始 ま り で あ り 、 次 の よ う な 内 容 で あ っ た 。

三 府 ヲ 始 、 人 民 輻 輳 ノ 地 ニ シ テ 、 古 來 ノ 勝 區 、 名 人 ノ 旧 跡 等 、 是 迄 群 集 遊

指定名称 名勝指定年⽉⽇ 都道府県 常磐公園 ⼤正11.3.8 茨城県

兼六園 ⼤正11.3.8 ⽯川県

岡⼭後楽園 ⼤正11.3.8 岡⼭県 栗林公園 ⼤正11.3.8 ⾹川県

⼩⽯川後楽園 ⼤正12.3.7 東京都 南湖公園 ⼤正13.12.9 福島県

⽔前寺成趣園 昭和4.12.17 熊本県 会津松平⽒庭園 昭和7.10.19 福島県 旧有備館および庭園 昭和8.2.28 宮城県

⼆条城⼆之丸庭園 昭和14.11.30 京都府 縮景園 昭和15.7.12 広島県 六義園 昭和15.8.30 東京都 旧徳島城表御殿庭園 昭和16.12.13 徳島県 識名園 昭和16.12.13 沖縄県 旧浜離宮庭園 昭和23.12.18 東京都

(21)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

テハ八坂社、清水ノ境内、嵐山ノ類、総テ社寺境内除地或ハ公有地ノ類。)

従前高外除地ニ属セル分ハ、永ク万人偕楽ノ地トシ、公園ト相定メ被ル可 キニ付、府県ニ於テ右地所ヲ択ヒ、其景況巨細取調、図面相添、大蔵省ヘ 伺出ズ可キ事。

(正院達第一六号 1873)

東京、京都、大阪をはじめとして、人々が群がり集まる地、古くからの景 勝の地、歴史上の重要人物ゆかりの地など、これまで「群集遊観ノ場所」であっ た無税地を国で「公園」として定め、長く存続できるように図るので、各府県 においてそれにふさわしい場所を選び申請せよ、というものである。これに より、従来の「群集遊観ノ場所」ないしその可能性が期待される場所(城跡や 庭園など)が全て官有の空間として一元的に管理されることとなった。

この布告に基づき公園として設定されたのは、東京の芝(増上寺→芝公園)、

上野(寛永寺→上野公園)、浅草(浅草寺→浅草公園)、深川(富岡八幡宮→深 川公園)、飛鳥山(飛鳥山:桜の名所→飛鳥公園)をはじめ、全国に及ぶ。こ のなかに各地の大名庭園も含まれており、初期のものとして明治 6 年(1873)

に偕楽園が茨城県の管理する「常磐公園」、明治 7 年(1874)に兼六園が石川県 の管理する「金澤兼六公園(金澤公園/兼六公園)」、さらに明治 8 年(1875)

に栗林荘が香川県の管理する「栗林公園」となった。岡山城の御後園であった

「岡山後楽園」は、これより少し後になるが、明治 17 年(1884)、岡山県管理 の公園となった。そして公園化以降、各地域社会では、これらの「大名庭園」

兼「公園」をいかに地域内外からの人々を誘引する場所として扱っていくか、

活発な議論と改修等の整備が重ねられていった。このような一連の流れのも と、いずれの庭園も、名勝指定時には各府県を代表する観光資源として既に 広く知られた存在になっていたことが指摘できる。

このことは、「大名庭園」固有の本質的特性も大きく影響していると考えら れる。大名庭園研究の第一人者である白幡(1997)は、大名庭園は時代を越 えて社交の必要に応じられる性格を備えていたとし、次のように指摘してい る。「明治になって上地された大名庭園が公園に指定されることもあったが、

それはすでに大名庭園が閉ざされた秘園、もの静かな観賞の仕方や信仰の装

(22)

論文

置、あるいは儀礼の舞台などの限られた役割から脱した幅広い要求に応じる 遊園の性格を備えていたからであった」(白幡 1997:176)。白幡が指摘す る通り、日本庭園のなかで最も「園遊」の場としての性格が強く、広大な敷地 のなかに、大名自身のみならず、来園者を楽しませるための創意工夫が凝ら されていた「大名庭園」だからこそ、新たな時代のなかでも多くの人々を誘引 する「群集遊観ノ場所」として力を持ったのであろう。

表 3 に挙がっている大名庭園には、特A級ないしA級の観光資源に選出さ れていないものも含まれているが、そこまでには及ばないものの、いずれも 一定の知名度を誇るものばかりであり、かつ名勝指定時からその地域を代表 する観光資源としての価値が付与されていたものばかりである。このように みてくると、「大名庭園」の「観光資源」としての潜在力は非常に高く、また息 が長く、強度をもつものであると指摘できる。

表 4:「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づく名勝指定「京都の庭園」一覧 通 り 、 日 本 庭 園 の な か で 最 も 「 園 遊 」 の 場 と し て の 性 格 が 強 く 、 広 大 な 敷 地 の な か に 、 大 名 自 身 の み な ら ず 、 来 園 者 を 楽 し ま せ る た め の 創 意 工 夫 が 凝 ら さ れ て い た 「 大 名 庭 園 」 だ か ら こ そ 、 新 た な 時 代 の な か で も 多 く の 人 々 を 誘 引 す る 「 群 集 遊 観 ノ 場 所 」 と し て 力 を 持 っ た の で あ ろ う 。

3

に 挙 が っ て い る 大 名 庭 園 に は 、特

A

級 な い し

A

級 の 観 光 資 源 に 選 出 さ れ て い な い も の も 含 ま れ て い る が 、 そ こ ま で に は 及 ば な い も の の 、 い ず れ も 一 定 の 知 名 度 を 誇 る も の ば か り で あ り 、 か つ 名 勝 指 定 時 か ら そ の 地 域 を 代 表 す る 観 光 資 源 と し て の 価 値 が 付 与 さ れ て い た も の ば か り で あ る 。 こ の よ う に み て く る と 、「 大 名 庭 園 」の「 観 光 資 源 」と し て の 潜 在 力 は 非 常 に 高 く 、ま た 息 が 長 く 、 強 度 を も つ も の で あ る と 指 摘 で き る 。

次 に 、表

4

に 先 ほ ど 挙 げ た 表

2

か ら 特 に 京 都 の 庭 園 の み 抽 出 し 再 整 理 し た も の を 示 す 。

4:「 史 蹟 名 勝 天 然 紀 念 物 保 存 法 」 に 基 づ く 名 勝 指 定 「 京 都 の 庭 園 」 一 覧 指定名勝 名勝指定年⽉⽇ 作庭時期

平等院庭園 ⼤正11.3.8 古代

⼤沢池附名古曽滝跡 ⼤正11.3.8 古代

南禅院庭園 ⼤正12.3.7 中世

⻄芳寺庭園 ⼤正12.3.7 中世

天⿓寺庭園 ⼤正12.3.7 中世

⼤徳寺⽅丈庭園 ⼤正13.12.9 近世

真珠庵庭園 ⼤正13.12.9 中世

⼤仙院書院庭園 ⼤正13.12.9 中世

孤篷庵庭園 ⼤正13.12.9 近世

⿓安寺⽅丈庭園 ⼤正13.12.9 中世・近世

⿅苑寺(⾦閣寺)庭園 ⼤正14.10.8 中世 銀閣寺(慈照寺)庭園 ⼤正14.10.8 中世 醍醐寺三宝院庭園 昭和2.6.14 近世

⾼台寺庭園 昭和2.6.14 近世

妙⼼寺庭園 昭和6.7.31 近世

⽟鳳院庭園 昭和6.7.31 近世

東海庵書院庭園 昭和6.7.31 近世

霊雲院庭園 昭和6.7.31 近世

退蔵院庭園 昭和6.7.31 近世

桂春院庭園 昭和6.7.31 近世

本願寺⼤書院庭園 昭和9.12.28 近世

渉成園 昭和11.12.16 近世

⼆条城⼆之丸庭園 昭和14.11.30 近世

⾦地院庭園 昭和18.2.19 近世

成就院庭園 昭和18.2.19 近世

(23)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

次に、表 4 に先ほど挙げた表 2 から特に京都の庭園のみ抽出し再整理した ものを示す。

背景に網かけをしているものは、今までと同様、現在日本を代表する観光 資源として、特A級ないしA級のいずれかにランク付けされた対象である。

「都」であった約 1100 年の間、一貫して文化の先進地として機能し続けて きた京都では、庭園文化においても同様に、常に時代の流行を作り出してき た。その現物が、変化しつつも多く残っており、この意味において、京都と いう都市は、日本を代表する歴史的庭園の集積地である。「史蹟名勝天然紀 念物保存法」に基づき名勝指定された庭園のうち、特A級・A級「観光資源」に 該当している庭園が、主に各地の「大名庭園」もしくは京都の庭園であり、特 に後者(=京都の庭園)は多様な作庭時期・様式の庭園が含まれている、とい う先述した特徴の背景としては、まずはこのような、京都に各時代の日本を 代表する庭園が多いという明白な事実が挙げられる。

しかし、それだけではない。京都が「都」としての地位を失った明治期以降、

庭園を含む多くの文化遺産を意図的かつ積極的に保全・活用することで、「歴 史都市」として自らを演出するようになったことは、複数の既往研究で明ら かにされている。従って、以後、この復興のための自己演出と、それに誘 引され着実に増加していった国内外からの観光客のまなざしとの相互作用の 積み重ねのなかで、京都に集積する様々な有形・無形の歴史文化遺産は、日 本の伝統文化の代表的存在として広く認識されていったと考えられる。庭園 もその中の一つであり、その動きのなかで、既に一定の知名度をもつ庭園の 価値が再認識されることもあれば、新たに発見されることもあった。例えば、

大正 13 年(1924)に名勝指定されている龍安寺方丈庭園と大仙院書院庭園は、

いずれも現在日本庭園の代表的様式のひとつとして定着している「枯山水」様 式であり、特A級・A級「観光資源」として位置づけられている。しかし鈴木

(1998)によれば、近代においてはさほど評価されておらず、むしろ特殊な 存在と位置づけられていたという。この評価が変化するのは、京都の「歴史 都市」演出が功を奏し、この地を訪れる観光客が増加し京都が観光地として 確立していく大正から昭和初期にかけてのことであり、特に龍安寺方丈庭園

(24)

論文

が京都を訪れた志賀直哉、室生犀星ら国内文化人を中心に関心を集め、その 評判が広がっていったことが知られている。

表 4 に挙がっている京都の庭園のうち、特に昭和 2 年(1927)までに名勝指 定されているものは、その大半が特A級・A級「観光資源」に位置づけられて いる。一方、それ以降に指定されているもののなかには、少なくとも現在に おいては、「観光資源」としてあまり著名ではない庭園も含まれている。

ここで、ひとつの仮説が生まれる。第 3 章で考察したとおり、名勝指定開 始から一定期間を経てある程度指定対象の蓄積が進み、さらに指定主体の変 動や新たな関連法の誕生という揺らぎが生じるなかで、昭和初年頃を境に名 勝指定の評価基準が変化していったのではなかろうか(特に京都においては その可能性が高い)。京都の名勝庭園には、「観光資源」として長く機能して いるものと、必ずしもそうではないものの二種類がある。先の仮説はこの事 実から導かれたものであるが、今後はこの検証をはじめ、二種類の庭園の違 いについてより深く探求する必要があろう。その作業は、庭園の観光資源化 を考えるうえで示唆に富むものとなるはずである。

6.総括および今後の課題

以上、本稿では「名勝」という文化財の特性を、特に「観光資源」との関連性 に着目して調査するとともに、そのなかで庭園はいかに位置づけられるのか、

基礎的情報の整理を通し考究してきた。その結果、「名勝」という概念には場 の全体性や風致を捉えようとする感性的側面が強い特性があること、さらに このような本質的特性が、「観光資源」としての価値と関連性が高いことが明 らかになった。名勝制度の始まりである「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づ き大正 11 年(1922)から昭和 23 年(1948)までの名勝指定地計 243 件を通覧 した結果、この時期に名勝指定された対象には、現在の日本を代表する観光 資源として評価の高いものが数多く含まれており、指定段階で、既に誘引力 の高い観光資源として定着していた対象、あるいは今後その可能性を有する ものとして新たに発見された対象のいずれかが、意識的に組み込まれている

(25)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

さらに、特に名勝指定された庭園に焦点を当てると、そのなかで現在の日 本を代表する観光資源として評価の高いものは、主に各地の大名庭園もしく は多様な作庭時期・様式を含む京都の庭園であることが明らかになった。こ の理由として、まず大名庭園は、日本庭園のなかで最も園遊の場としての性 格が元来強く、広大な敷地のなかに、大名自身のみならず、来園者を楽しま せるための創意工夫が凝らされていたこと、加えて近代に導入された「公園」

制度によって、指定時には各府県を代表する観光資源として既に広く知られ た存在になっていたことが挙げられた。また京都の庭園は、「都」としての地 位を失った明治期以降、庭園を含む多くの文化遺産を意図的かつ積極的に保 全・活用し「歴史都市」として自己演出を重ねていくなかで、その価値が再認 識、あるいは新たに発見されていったことが挙げられた。

ただし、「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づき名勝指定された大名庭園が、

いずれも現在に至るまで一定の知名度を誇り、かつ名勝指定時からその地域 を代表する観光資源としての価値が付与されていたものばかりであるのに対 し、京都の庭園は、明らかに昭和 2 年(1927)を境として、その前後に違い がみられる。それまでは「観光資源」として長く機能しているものが大半を占 めているのに対し、それ以降は、必ずしもそうではないものが含まれる。こ の変化に対し、名勝指定開始から一定期間を経てある程度指定対象の蓄積が 進み、さらに指定主体の変動や新たな関連法の誕生という揺らぎが生じるな かで、昭和初年頃を境に名勝指定の評価基準が変化していったのではないか という仮説が生まれた。

最後に、今回明らかになった結果を踏まえ、引き続き取り組む課題として 以下の 2 点を挙げる。

① 「史蹟名勝天然紀念物保存法」により名勝指定された「大名庭園」が、指定 当時および現在において、「観光資源」としていかに作用しているのか、

より各庭園の現場に即したデータをもとに実態を解明する

② 「史蹟名勝天然紀念物保存法」により名勝指定された京都の庭園が、指定 当時および現在において、「観光資源」としていかに作用しているのか、

より各庭園の現場に即したデータをもとに実態を解明する

(26)

論文 参考文献

尼崎博正監修,仲隆裕・井原縁・今井秀史・町田香・青木達司著『日本庭園資料 叢書 大名庭園』 京都造形芸術大学日本庭園研究センター,2001

井原縁 「遺産空間の継承と変容」『仏教文化遺産の継承─自然・文化・東大寺─』

p89-106,東大寺,2015

井原縁 「京都─庭園、文化遺産」『よくわかる観光社会学』p168-169,ミネルヴァ 書房,2011

黒田乃生・小野良平「明治末から昭和初期における史蹟名勝天然紀念物保存にみ る『風景』の位置づけの変遷」『ランドスケープ研究』67(5),p597-600,日 本造園学会,2004

公益財団法人日本交通公社監修『美しき日本 旅の風光』JTB パブリッシング,

2014

白幡洋三郎 『大名庭園』講談社,1997

鈴木誠「ランドスケープ・デザインにおける『枯山水』の考察」『ランドスケープ 研究』61(5),p413-416,日本造園学会,1998 

新田太郎「『日本八景』の選定:1920 年代の日本におけるメディア・イベントと 観光」Booklet 18,p168-169,慶應義塾大学アート・センター,2010 平澤毅 『文化的資産としての名勝地』 奈良文化財研究所,2010

平澤毅 「公園に生きる歴史文化資産」『公園緑地』75、日本公園緑地協会,2014 平澤毅 『名勝地保護関係資料集』 奈良文化財研究所,2015

脚注

本研究は JSPS 科研費 26283021 の助成を受けたものである(研究代表者:小 野健吉、研究分担者:井原縁、田代亜紀子)。本稿における 2 章~ 5 章は、平 成 28(2016)年度刊行の上記科研費中間研究成果報告書に掲載。

白幡洋三郎 『彩色みやこ名勝図会:江戸時代の京都遊覧』 京都新聞社,2009

小野健吉 「フロイス『日本史』の記述から読み解く永禄 8 年(1565)の京都の庭 園の形態と機能」『ランドスケープ研究』68(5),p369-372,日本造園学会,

2005

平澤毅 『名勝地保護関係資料集』p55-111,奈良文化財研究所,2015 に収録 されている「史跡名勝天然記念物指定台帳」(文化庁文化財部記念物課保管)

の整理内容を基礎資料とし、筆者が再整理を行った。

ハガキによる投票は 4 月 13 日に受付開始され、5 月 20 日に締め切られたが、

9,320 万票が集まった。

種別は自然資源(山岳、高原、原野、湿原、湖沼、渓谷、滝、河川、海岸、岬、島、

岩石、洞窟、動物、植物、自然現象)、人文資源(史跡、社寺、城跡、城郭、庭園、

公園、歴史景観、地域景観、年中行事、歴史的建築物、現代建造物、博物館・

(27)

近代の文化財保護制度と庭園の観光利用

比較的最近にでき評価が定まっていないもの、見られるタイミングが偶然に 左右されるもの、非公開のもの、事業目的の観光施設などは除外されている。

既往研究(黒田、小野 2004:598)では、史蹟名勝天然紀念物保存法を成立さ せた主要人物の一人、三好学の「彼の名勝の保存の場合では、観覧者の便利 を図って道路や旅館を設け、多少の現状変更も止むを得ないが、天然記念物 は専ら学術の為に保存を図るのであるから名勝の場合とは保存の目的が異な り、随って、管理の方針も違ふ点があるのは当然である(三好学『天然記念物 解説』 富山房,1926,80)」という著述を引用し、「名勝は目的のうちに『利用』

を含んでいる点が天然紀念物との違いであると考えられていたといえる」と 指摘している。このような認識が、具体の指定内容にも如実に反映されてい たと考えられる。

尼崎博正監修『日本庭園資料叢書 大名庭園』 京都造形芸術大学日本庭園研究 センター,2001 掲載の「江戸時代大名家関連庭園」と照合、抽出した。

大正 13 年(1924)3 月、旧称の「兼六園」に復し、現在に至る。

京都大学人文科学研究所共同研究「近代京都研究班」による一連の成果に詳し い。丸山宏・伊從勉・高木博志編 『近代京都研究』 思文閣出版,2008、同編『み やこの近代』 思文閣出版,2008 など。

(28)

論文

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