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ブラジルへの帰国生徒の言語と教育

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Academic year: 2021

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(1)

* 桜美林大学

** サンパウロ大学

*** 桜美林大学大学院修了生

1) Test of Acquisition and Maintenance ─岡崎敏雄筑波大学教授(当時)開発のものをもとに国立国語研 究所で作成。

2) 三田の「還流型」のデカセギとは「一定期間日本で就労した後にブラジルに帰国し、数年するとまた日 本に就労目的で来日する」(2009: 159)日系ブラジル人を指す。

─研究論文─

ブラジルへの帰国生徒の言語と教育

─口頭語彙テスト・TOAMから見た日本語とポルトガル語─

佐々木 倫子*・モラレス松原礼子**・島田 美幸***

要 旨

 本研究は、ブラジル在住の還流型児童生徒 32 名を対象に、日本語とポルトガル語の2 言語の TOAM 語彙テストを扱ったものである。本研究の目的は、単純な “ デカセギ子弟

=恵まれない教育環境”といった図式を排除し、変化が連続する中で散らばる、彼らの多 様な2言語能力の一端を捉え、今後の教育のあり方を考えること、あわせて、語彙テスト、

TOAMの持つ限界と可能性を明らかにすること、の2点にある。ウォーミングアップを 兼ねた教育歴および言語環境調査からのデータを背景に、量的分析とともに、TOAMデ ータの質的分析もおこなった。その結果、TOAM語彙テストの課題とともに、複数言語 を意識化させる有効性が明らかになった。減算的教育の危険性を知る関係者ネットワーク の強化、子どもたちの複数言語の環境・教育環境の強化の重要性を認識するコミュニティ をブラジル・日本両社会に育てていくことが求められる。

 【キーワード】 ブラジル帰国生徒、口頭語彙テスト、日本語、ポルトガル語、コミュニ         ティ

1.研究の背景

 本稿は、在ブラジルの日系の児童生徒に対する口頭語彙テスト、TOAM1)の調査結果を もとに、今後の教育のあり方を考えるものである。還流型2)をはじめとする、日本に一定 期間滞在した移民子弟のブラジル帰国後の言語能力の一端を解明し、今後の課題を考えた い。2008 年のリーマンショック、2011 年の東日本大震災および原発事故は、日系ブラジ ル人のブラジルへの一時帰国を含めての帰国を加速化させた。それを反映して、日本・ブ ラジル間の移動を重ねる調査協力者も多い。そういった中で、本稿はブラジルにおいて 2010年の8月と9月におこなった2言語調査に基づいて、国境を越える子どもたちの言語 と教育を考えるものである。

(2)

 佐々木ほか(印刷中)「南米在住の日系児童生徒の口頭言語能力調査─日本語語彙データ を中心に─」では、ブラジルおよびアルゼンチン在住の児童生徒の日本語語彙データの量 的分析をおこなった。本稿では以下をおこなう。

(1)ブラジル在住者のみを対象に、日本語とポルトガル語の2言語の TOAM 語彙テスト を扱う。

(2)ウォーミングアップを兼ねた教育歴および言語環境調査からのデータを背景に、量的 分析とともに、TOAMデータの質的分析もおこなう。

(3)32名の還流型児童生徒の2言語語彙能力を対象とする。ただし、ここにはブラジル生 まれ・ブラジル育ちの調査協力者1名(BBM8)が含まれる。BBM8は調査当時小学校6年 生であるが、それまでに計4回訪日し、各1か月以上滞在し、家庭内では一世の父親との 日本語使用機会もある。無論、学校生活半ばで親の都合により海を渡って新たな教育シス テムに直面する調査協力者たちとは、アイデンティティの揺れが異なることは確かだが、

移動するから劣悪な教育/言語環境に入り自尊感情が持てない、移動しない国際結婚だか ら安定した教育/言語環境が用意され自尊感情が持てる、というわけではない。移動する 保護者の中には、経済的ゆとりはさほどなくても、わが子のポルトガル語、日本語、英語 による教育に、着実な戦略と目標を立て、十分な教育投資をおこなっている親もいる。本 研究の目的は、単純な “ 往還型デカセギ子弟=恵まれない教育環境 ” といった図式を排除 し、変化が連続する中で散らばる、彼らの多様な2言語能力の一端を捉え、今後の教育の あり方を考えること、あわせて、語彙テスト、TOAMの持つ限界と可能性を明らかにす ること、の2点にある。

2.先行研究

 本研究で用いられた語彙テストTOAMは、岡崎(2002)によれば「既に母語でできあが っている概念やスキーマを利用して、第二言語である日本語を理解可能にする基盤がその 子どもにどのくらいできあがっているか」を測る目的で開発された。複数言語を視野にお いて、児童生徒の語彙力を見るもので、先行研究としては、中島&ヌナス(2001)による、

ポルトガル語話者の小・中学生、男女合わせて242名(小学生220名、中学生22名)の語彙 力の分析がある。在日のL2日本語語彙力は滞在年数、L1ポルトガル語語彙力は入国年齢 とそれぞれ有意の相関関係があり、特に日本語の語彙は滞在年数と.621の相関が見られた という。

 ブッシンゲル&田中(2009)は、語彙力テストの結果、

(1)日本語がはるかに優位・8名、(2)日本語が優位・10名、(3)ポルトガル語が優位・12 名、(4)両言語の得点が同じ程度・9名、(5)両言語において得点が低い・2名の5グル ープを報告している。

 佐々木ほか(印刷中)は、ブラジル34名、アルゼンチン18名の日系児童生徒に対して調 査をおこない、TOAMの日本語調査の範囲において、ブラジル・日本語データからは日 常生活で接触の多い語の正答率が高く、アルゼンチン・日本語データからは学校での日本

(3)

語学習で頻出する語の正答率が高いこと、また、テスト語の正答率と語の一般的出現件数 レベルが一致することを報告した。

 本研究が先行研究と異なる点は、TOAMの量的分析を行うと同時に、質的分析を重視 する点である。以下、本調査を報告し、TOAM語彙テスト自体と、調査結果から見る帰 国生徒の言葉と教育を検討したい。

3.調査概要

 TOAM は、単語の絵カードによって、6 歳から 15 歳までの子どもの複数言語における 単語レベルの習得・保持を短時間で測ることを意図して作られた語彙テストである。名詞 44、動詞8、形容詞3の調査語からなる。カードの絵の一部は、4節で検討をおこなう中で 例示する。テスターが絵カードを次から次へとめくる中で、対象言語で即答できるかを測 り、所要時間の平均は、4分弱程度である。テスターはカード番号を言いながら、リズミ カルに絵カードをめくっていくことで、統一性、機械的客観性を対面調査に持ちこむ。そ して、ノリの良さで明るい、楽しい雰囲気を作りだす。子どもによっては、わからない単 語が続くと「わかりません」と答え続けることになるが、リズムの良さとゲーム感覚で、

敗北感が忍び寄るのを避けるように設計されている。

 今回の調査概要は以下の表1のとおりである。

表1 ブラジル調査概要

調査地 ブラジル─ブラジリアおよびサンパウロ近郊(大都市型)

調査期間 2010年8月、9月

対象言語 日本語、ポルトガル語

テスター 日本語─佐々木倫子、モラレス松原礼子、平田エリカ 

ポルトガル語─マシエル・ルカス、福士ジャクリーネ、小笠原アイコ、

ラメイラ・マリナ

調査対象者の年齢 7歳 2名、 8歳 2名、9歳2名、10歳2名、11歳5名、12歳6名、13歳3名、

14歳5名、15歳5名 計32名

(このほかに5歳10カ月、17歳、19歳の各1名を調査したが、年齢の点で 分析データから除外し、さらに、非移動型の10歳2名を除外した)

対象者の誕生地 日本14名、ブラジル18名

男女比 男子20 対 女子12

4.調査結果 4.1 個人別得点

 次ページのグラフは日本語とポルトガル語の個人別得点である。採点者は解答を、○─

正答、△─別の語に聞き取れそうか、聞き返さなければわからないような発音ではあるが 正答、×─誤答の形で採点し、得点計算においては、△は○同様に1点、×は0とした。

(4)

グラフ1 個人別両言語得点

 グラフを見ると、明らかにポルトガル語の得点が日本語の得点を上回っていることがわ かるが、さらに、以下の表2を加えて見てみたい。表2は語彙テストの得点を子どもの年 齢、日本滞在年数の総計、帰国後経過年数とあわせて見るものである。日本語の得点の高 い順に並べた。

0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0

ポルトガル語 日本語 BBM4

BBM7 BITM3 BSM22 BSF10 BMF6 BSM20 BSF12 BMM11 BMM12 BMF8 BITM2 BSM15 BBM9 BINF1 BMM14 BBM8 BSM19 BSF11 BSM17 BBM10 BPF13 BITM1 BBF5 BSM21 BSM16 BBF3 BSM18 BSPM23 BSF9 BMF7 BBF4

(5)

表2 日本語・ポルトガル語 語彙テスト個人得点表 名前 日本語 ポルトガル語 合計 年齢 日本滞在

年数 帰国後経過 年数

BBF4 94.5 89.1 183.6 13歳 13年 3ヶ月

BMF7 94.5 94.5 189.1 15歳 12年 1年

BSF9 92.7 83.6 176.4 11歳 10年 1年

BSPM23 92.7 98.2 190.9 14歳 12年 1年

BSM18 90.9 76.4 167.3 15歳 14年 1年

BBF3 89.1 80.0 169.1 10歳 4年 6年

BSM16 87.3 87.3 174.5 10歳 8年 2年

BSM21 87.3 94.5 181.8 15歳 8年 7年

BBF5 83.6 90.9 174.5 14歳 3年 1年半

BITM1 83.6 74.5 158.2 11歳 7年 1年

BPF13 83.6 100 183.6 13歳 12年 1年

BBM10 81.8 61.8 143.6 7歳 2年 5年

BSM17 81.8 87.3 169.1 15歳 9年 6年

BSF11 80.0 94.5 174.5 12歳 6年 6年

BSM19 80.0 90.9 170.9 11歳 6年 3年

BBM8 76.4 94.5 170.9 11歳 0年 0年

BMM14 72.7 81.8 154.5 12歳 3年 1年半

BINF1 72.7 94.5 167.3 12歳 9年 1年

BBM9 72.7 89.1 161.8 14歳 12年 1年未満

BSM15 72.7 87.3 160 12歳 12年 1年未満

BITM2 69.1 89.1 158.2 15歳 7年 1年

BMF8 69.1 89.1 158.2 14歳 9年 2年

BMM12 69.1 92.7 161.8 13歳 3年 1年

BMM11 61.8 90.9 152.7 14歳 2年 5年

BSF12 58.2 89.1 147.3 12歳 6年 5年

BSM20 58.2 76.4 134.5 9歳 8年 1年

BMF6 50.9 94.5 145.5 12歳 3年 5年

BSF10 44.4 90.9 135.4 8歳 6年 2年

BSM22 40 96.4 136.4 11歳 6年 5年

BITM3 32.7 87.3 120 9歳 8年 1年

BBM7 29.1 78.2 107.3 8歳 8年 3ヶ月

BBM4 27.3 61.8 89.1 7歳 4年 3年

計 日本語平均

得点率 ポルトガル語

平均得点率 平均合計

得点率 平均年齢 平均日本

滞在年数 平均帰国後 経過年数

32人 71.3 87.1 158.4 11.3歳 7.3年 2.4年

相関 0.690 0.343 −0.031

(6)

 グラフ1と表2からは以下が読み取れる。

(1)日本語とポルトガル語ではポルトガル語の得点がはるかに高い。日本語得点のほうが 高い調査協力者は 32 人中6人に留まり、いかに現地語が優勢になるのが早いかを示唆 している。佐々木ほか(印刷中)で言及したように、全員が何らかの形で日本語学校に 通い続け、中には、ポルトガル語による教育を受けていない者もいるにもかかわらず、

日本語が弱い傾向は否定できない。これは在日時に達した高い日本語語彙力の維持が出 来ていない可能性も示すが、同時に、在日時に獲得した日本語の語彙レベルがそもそも 低かった可能性も示す。在日中ブラジル人学校のみに行き家庭内言語がポルトガル語で あったと答えたBITM2、BITM3とBMM11の日本語の得点があまり高くないことが後 者の可能性を支持する。

(2)日本語得点が 90 点台の5名(高得点グループ)はポルトガル語の平均得点率も高く、

日本語得点が 50 点未満の低得点グループ5名はポルトガル語の平均得点率も低い。こ こでもカミンズの「2言語共有説」(中島: 37)が支持されていると言えよう。

表3 グループ別平均得点率

平均得点率 日本語 ポルトガル語

高得点グループ 93.1 88.4

全体      71.3 87.1

低得点グループ 34.7 82.1

(3)滞日期間の長短と得点、あるいは、帰国後の日数と得点との間の相関性が高くないこ とは佐々木ほか(印刷中)で述べた。今回加えたポルトガル語データも帰国後の日数と の相関性は︲0.008、また日本語データは︲0.033と相関性はない。ただ、統計的に処理 するには母集団が小さすぎる。

 以上のように得点からかなりのことが読み取れた。しかし、それだけでは、表面的でも あり、母集団の小ささから検証性の低い分析ともなる。次節では録音データをもとに、回 答の質的分析を試みたい。

4.2 回答傾向

 次ページの一覧は、今回の全回答を録音データをもとに記入・一覧化し(以下「佐々木・

島田表」)、中島(編著)における採点基準(以下、「中島表」)と比較対照したものである。

以下の点がまず目につく。

(7)

表4 採点基準正誤表

(8)

 (1)中島表にある「おめめ」 「おてて」が、佐々木・島田表では「眼」 「手」のみで、幼 児語が出現しない。調査協力者が7歳から上で平均年齢が 11 歳を超えることが反映され ているせいもあろうが、母親が日本語母語話者ではない家庭が大半であることを示唆する。

一方、「象」は32人中31人が正答という高い正答率を持つ語であるが、「象」ではなく「ぞ うさん」の回答が7にのぼった。特定の日本語学校に通う調査協力者に集中する傾向があ り、学校で「ぞうさん」の歌が教えられたり、「ぞうさん」の絵本があったりするのでは ないかと推察させられる。あるいは、「ぞうさん」は調査協力者によっては、習得年齢が 幼かった時に日本で覚えた言葉で、それから社会言語的なバリエーションのある場面を体 験していないことや、日本語で読書があまりされなかったことを示唆している。その他、

中島表と佐々木・島田表では、許容範囲、誤用例ともに微妙に異なるが、対象者の異なり を反映している。

4.3 絵カードの読み取り

(1)「39 看護師」と「40 医者」

 テスターの期待を下回った正答率の語が、「39 看護師」である。絵カードからわかる ように、39では看護師が大きく赤丸で囲まれ線も太く描かれ、逆に「40 医者」では、医 師のほうが大きく赤丸で囲まれ、看護師の線は細い。しかし、39も40も「医者」で代表 させるケースが5人いる。正答率の高い調査協力者でも、かなり一般的な語と思われる「看 護婦・看護師」が出てこない。絵カードが示すものはかなり明快だと思われるし、ブラジ ルの病院でも看護師は存在する。しかし、医師の脇に立つということが少ないので、医師 の脇に立っている人物を看護師と即座には認識できなかった可能性がある。さらに、日本 にいたときにあまり病院に行かず、「看護師」という語を聞かなかった可能性もある。

 一方、総得点では、ちょうど中間程度に位置する言語能力のBITM1は即座に「看護師」

を答えることが出来た。その理由は父親が車いすで生活しているため、日本にいてもブラ ジルにいても、病院は馴染みがある場所であり、看護師さんに接する機会も多いからだと 思われる。生活環境の中で覚えた語の定着率の高さを示すものであろう。

(2)「11 海老」

 どの語も高い正答率を示したポルトガル語データにおいて、例外的に正答率が50%以下 となった絵カードは次の通りである。これに対応する、日本語データの正答率は右側の通 りである。

(9)

表5 ポルトガル語正答率50%以下のカード

語 彙 ポルトガル語 日本語

20 (ねずみの)ひげ 43.8 43.8

11 海老 37.5 75.0

25 スイッチ 18.8 65.6

 「20 ひげ」が日本語とポルトガル語で同点を示したからといって、平均点が48点のポ ルトガル語と、39 点の日本語とに占める位置は異なる。が、予測通り「ねずみ」に比し て細部表現である「ひげ」の定着の悪さを示している。しかし、差が大きいのは、「11 海老」と「25 スイッチ」での、日本語の正答率の高さとポルトガル語の低さである。

 BMF6 は「かに?えび?」と質問調で答え、BMF7 も同様の回答態度を見せたことが、

録音データからうかがわれる。絵カードから「えび」と分かり、ポルトガル語で「えび」

と正答を言ったにもかかわらず、日本語では「かに」と口にしたのは何故だろうか。両者 は幼稚園から中学最初までを日本で過ごし、日本の学校で過ごした。昔話や外食で「かに」

に親しみを持っている可能性もある。「えび」と「かに」の混同は他にも数人に見られた。

滞日時には当然多くの機会に海老を口にしていたのではないか。

 一方、正答率の低いポルトガル語から考えても、ブラジルでは日本ほど海老を食べない ことが明らかだが、かにはさらに食べないという。ブラジリア、サンパウロといった大都 市に住む子どもたちは、あまり海老を見たり食べたりという機会がないために、そのポル トガル語を聞く機会が少ない可能性は強い。従って、ポルトガル語で一番想起されるもの として海産物として代表性の高い「かに」をあげたのではないか。

 さらに、ブラジル人調査協力者にとって、生の素材のまま海老を見た経験は少ないと言 える。料理の材料として、海老フライやストロガノフとして食べたことはあっても、海老 そのものを見ることはあまりない。スーパーなどで販売されているものも、多くの場合、

きれいに頭や殻が取り除かれたものである。また、主婦でも、ブラジル人は海産物のたこ や伊勢えびなどにはあまり詳しくない。BSM21 のポルトガル語、QUE QUE É ISSO?(何、

それ?) に見られるように、海老に対する生活体験がないため、絵自体、何を表している か理解に苦しんでいるようである。

(3)スイッチとボタン

 中島表においても佐々木・島田表においても、絵カード25のスイッチにおいて、「ボタン」

(10)

は許容範囲としている。「スイッチ入れて」「ボタン押して」などの表現が日頃耳にするも のであろうが、絵カードの指の形が押す動作になっているため、「ボタン」を許容とした。

日本の多くのバスには、「ボタンを押してください」という表示があることも考慮した。

 BITM1の場合、絵が分かりにくかったので、その時のテスターは家の中にあるスイッ チを見せることによって正解を引き出した。試験の妥当性を確保するためにも、カードの 絵の明快性が望まれるが、同時に、ポルトガル語では「電気、つけて」「電気、消して」

と言うことが多く、あまり「スイッチ」という語を用いない可能性もある。

(4)品詞の異なり

 同一の絵カードであるにも関わらず、日本語とポルトガル語で品詞が異なる傾向を見せ るのが、「45 泳ぐ」である。それまで名詞を聞いてきたテスターはここで「何をしてい ますか」と言いながらカードをめくる。従って、回答としては「泳いでる」「泳ぐ」など が期待される。しかし、これは「日本語─泳ぐ、ポルトガル語─水泳」と品詞が分かれた。

ひとつはポルトガル語のテスターが「何をしていますか」と問いかけなかったという違い があろう。また、語彙習得の順番として「名詞⇒動詞」の流れが指摘されており、その順 番でポルトガル語は現在習得過程にある協力者もいるかもしれない。が、絵カードから自 然と連想される語が日本語は動詞、ポルトガル語は名詞という差もあると思われる。例え ば、ポルトガル語で水泳(名詞)はnataçãoであり、音としても開口母音で形成され、言い やすい。運用場面でも、「水泳をする」vou fazer natação と、「行く」動詞に名詞の nataçãoがついた形が、文型として頻出する。テスターが意識的に動詞で質問しても、年 少者はまだ品詞を合わせるという意識は無理かもしれない。従って、品詞の異なりは間違 いにしないほうが教育的であるし、広くコミュニケーションが成立しているという視点で 評価すれば、正解と考えられよう。

(5)色の読み取り

 絵カードにはさほど鮮やかではないが、色がつけられている。色に対する留意度は年齢 差、個人差、文化差があろう。「46 歯をみがく」はモノクロ印刷では出ないが、女の子

(11)

の歯ブラシがピンクに、男の子の歯ブラシが青に塗られている。絵カード45に始まる「何 をしていますか」というテスターの問いかけに続くものであるから、当然動詞が期待され、

「歯をみがく」「歯をみがいてる」などが回答候補となるが、回答に「歯ブラシ」が少なく ない。歯ブラシに色が塗られているためではないだろうか。

 同様に「47 着る」もセーター/シャツに緑色の色付けがされているため、そこに目が 行ってしまった可能性がある。無論、「着る」という語が思いだせないからか、「シャツ」

と答えた可能性も強い。

(6)変化の読み取り

 絵カード「4 着る」 「48 起きる」 「49 腰かける」 「51 おこる」 「52 書く」はそれぞれ、

左から右へと変化があり、その変化の様子を答えることが期待されている。一方、次に続 く絵カード 53、54、55 は形容詞を聞くものであるが、テスターは当然「この形容詞は何 ですか」などとは言わない。したがって、53 のカードを見て、それ以前の変化の絵カー ドをひきずり、「低い、ちっちゃい長い、小さい」と答えてしまう。赤丸で囲ってあるの は短いスカートであるため、「短くする、小さくする」は許容範囲であるが、囲っていな い「長くする」は誤答となる。ところが目が自然と左から右へ動くと、回答は「長くする」

となりがちである。変化のカードとの差別化をはかり、左側に言ってほしいものを置いた と考えられるが、瞬時に答えることを要求される調査協力者に無用の負荷をかける結果に なっている。

 以上、正答率の低い絵カードを中心に誤答の原因を探った。これらの絵カードは文化的

(12)

なバイアス・フリーに失敗したのではなく、むしろ文化的多様性や年齢的多様性などを引 き出すことに有用であったと考える。絵カードの使用にあたっては、多様性を示す低得点 を「言語能力のなさ」とする皮相的な解釈に留まらないことが重要である。データが示唆 する生活環境に思いをはせ、その後の教育的介入の戦略を考えたい。

5.調査協力者のコミュニケーション 5.1 発話態度

 BITM3の場合に顕著に見られたが、日本語テストの方に緊張感とストレスを感じた調 査協力者がいる。つまり、日本語の方が不得意なBITM3にとって、それを訴えるかのよ うに、体でも声の出し方においても、テスト中不満を訴え続けていた。ボディランゲージ としては、常に俯きがちで、非協力的な、試験に参加しようとしないポーズであった。ポ ルトガル語のテストでは態度が全く違い、間違えても、間違えなくても、声の音調にはそ う変化がない上、分からない語彙は「分からない」とスムーズに言えたのに比べ、日本語 はかなり苦痛を表す、テスターにも分かりにくい音を連発した。落胆を表すポルトガル語 で「ai、 ai、 ai」(ああ、大変だ)、「つあああ」(ポルトガル語でも意味不明)、「oh loco(ああ、

いやだ)」を発していた。BITM3は日本ではずっとブラジル人学校に通っていた。日本語 は32人中29番目、ポルトガル語は20番目であるが、同じ年齢の子どもが知らない認知面 をはかる語彙が思い出せた。

 多くの協力者の家族は、自分の祖国はブラジルだとしているので、日本のスタンスとは 異なり、ポルトガル語の勉強に力を入れている。言うまでもなく、親の経済力や教育観に よりそれぞれ異なるのだが、ブラジルで私立学校に通わせている親は,物価高で学費を捻 出するのに大変な苦労をしている。親自身、職場への復帰が難しく、共働きをして収入は 低くても、塾に通わせたり、家庭教師を週3回つけたり、子どもに精神的なプレッシャー を与えたりしながら、ブラジル社会への統合を図っている。戦略としては、私立校をまず 選び、日本語は急速に忘れられる一方である。大都市近郊のある市で、日本語を継続させ たいと言ったのは、その地域の調査協力者3人のうちではBITM2のみであった。BITM2 は、日本では小学校の初年度日本の学校に通ったが、親の意志で小学校2年からブラジル 人学校に転校し、そこで、中学校を終えブラジルに帰国した。それから間もなく、名門の 高校に入ることができた。しかし、本人は日本語を忘れないように、継続させたい強い意 志があることを語り、唯一自らブラジルに戻ってから日本語学校を探した稀なケースであ る。

5.2 コミュニケーション・ストラテジー

 わずか4分弱の回答時間に調査協力者たちは多様なコミュニケーション・ストラテジー を発揮した。以下に主だったものを挙げる。結果的には誤答であっても、その回答態度は 今後のコミュニケーション能力の育成上、積極的に評価されるべきである。

(13)

(1)類似語による代用 

 「50 掃除する」に対して、「洗う」が出現した。絵からは「床を洗う」は想像しにくい。

これは明らかに異なるが、近い意味を持つ、知っている語を言ったと思われる。同様なこ とが「地図」と「地球」にもあてはまると言えよう。絵カード 36 の「地図」は、「地球」

を許容範囲とするが、国内の日本人から見ると世界地図と日本地図であり、地図としか言 いようがない。しかし、回答には「地球」が多い。地図という語を忘れたために、近い領 域にある「地球」で代用したと思われる。

(2)聞き返し・確認

 分かりにくいカードに対しては、聞き返しや確認のストラテジーが頻繁に使用されてい た。以下は、「41 消防士」 「44 飛行機の翼」 「53 短い」をめぐるやりとりである。

I よんじゅういち。

BSM18 消防車?

BSM18 ん?あ、違う、えっとー忘れちゃいました。

I よんじゅうよん。

BSM18 んー翼じゃない、なんだったっけー?翼?

I はい、ごじゅうさん。

BMF7 切る?(3秒)短くする?

 聞き返したり、確認したりと、テスターの顔を見ながら正答を追い求める調査協力者の 姿が浮かぶ。

(3)類推ストラテジー

 「37 はさみ」に対して、「つかみ」と答えた調査協力者がいる。第二言語話者にとって、

日本語の「はさむ─つかむ」は音声、語形、意味内容ともに似たペアである。従って、「は さみ─つかみ」という類推が本人も意識しないうちから働いたと考えられる。

(14)

I はい。

BITM2 つかみ。

BITM2 ハサミ。

(4)ポルトガル語の転移

 BSF10、BITM3、BITM2などに強く見られる例である。BSF10 の場合、中間言語的な 誤用を起こしている。生年月日などはブラジルの語順をそのまま置き換えている。答えは テスターの質問の動詞をそのまま繰り返しており、また、「ESTUDAをして」というよう にポルトガル語の動詞語幹そのままに「する」を付けたして日本語の新語を作っている。

否定は「ううん」と言っている。結局「わからない」が多く、イントネーションが多様で あり、かなり自身の日本語能力に落胆している様子が見て取れる。

I お誕生日を教えて下さい。

BSF10 16日…うーん(2秒)

BSF10 4月…de…2 mil 2。 

BSF10 como que chama? (5秒)

BSF10 como que chama mesmo 2 mil 2 ?

I あ、そう。

I にせん?

BSF10 に。

I 2002年?

BSF10 うん。

 BITM2 の場合、ポルトガル語ドミナント型バイリンガルであるため、分からない場合、

全てポルトガル語で答えた。NAO SEI(知らない)、NÃO LEMBRO(思い出せない)、

NÃO LEMBRO MAIS(もう思い出せない)、EU NÃO LEMBRO(私は思い出せない)、

NOSSA DEU MAL(ええ、ひどい)と言うように、最後の発話の場合、自分のできないこ とに対して、自己評価している。

(5)「わかりません」の使い分け

 テスターは語彙テストの冒頭に、「わからなかったら、『わかりません』と言ってくださ い」という指示を出す。したがって、日本語で言えない語が出てきたときに「わかりませ

(15)

ん」を繰り返す子どもも多いが、「わからない」 「知りません」 「知らない」 「知らん」 「忘れ ました」 「忘れた」なども見られる。

 以下は、BMM11の「忘れた」「知らん」などの使い分けの例である。全55項目のうち、

答の言えない語は、21語あった。その内訳は以下のとおりである。

表6 「わかりません」の使い分け

BMM11 語    彙

わからん(1) 歯茎

忘れた(13) まつげ、にわとり、葉、枝、電話、屋根、机、黒板、黒板消し、ノー ト、看護婦、医者、掃除する

知らない(2) (ねずみの)ひげ、スイッチ

知らん(3) (ドアの)とって、机の引き出し、消防士 わからないかも(1) 地図

あー(1) 扇風機

 BMM11はかつては知っていたのだが今は忘れたと感じる語と、始めから知らないと感 じる語を無意識のうちに分けている。BMM11の帰国後経過年数が5年ということを考え ると、「忘れた」これらの語を保持する手立てがなかったのだろうかと考えさせられる。

 以下は、BBM7の「29 屋根」のカードへの反応である。 

I にじゅうきゅう。

BBM7 (5秒)いわ、いう、「家」って知ってるけど、

上の、ここで、知らない。

 自分が「家」を知っていることがアピールされている。

 32 机に関するやりとりは以下のとおりである。

I さんじゅうに。

BBM7 それ僕のお姉ちゃんあったけど…(3秒)

BBM7 んー、忘れた。

 かつては机を知っていただろうことがしのばれる。

 上記のように多くの調査協力者は自身の持っている日本語知識を総動員して、絵カード に対して答えてくれた。

(16)

(6)家庭内言語の出現  

 見知らぬテスターが自分の前に座っている。インタビューにはなるべく “ 正式の ” 日本 語で答えようという意識が働く。しかし、本音が出てくると、つい以下のBMM11のよう に、家庭内言語が「『わかりません』と答えなさい」という指示に反して持ちこまれる。

I にじゅうはち。

BMM11 知らん。

 調査協力者32人の中では以下の用法が現れた。全員男子である。

知らん BBM4、BITM3、BMM11 わからん BITM1、BMM11

俺 BSM20

 これらの語は学校内ではなく、家庭内言語、同世代の若者同士の接触、日本のテレビの バラエティ番組の用法などから身に付けた語であろう。日本語の教室外使用を“正しい教 科書の日本語”に直すのではなく、学校や同世代同士の言語使用につなげていく姿勢が望 ましい。 

6.結論

6.1  TOAMの有効性について

 質的調査においては、調査者の思いこみが、データ収集段階のインタビューの進行、分 析段階での切り取り方などに影響を及ぼしがちである。TOAMはその点、異なるテスタ ーの間に、客観性と均一性を達成する。標準的な学力を大規模に見るといった場合なら、

ペーパー・テストの有効性は言うまでもない。しかし、口頭言語能力を見たいならば口頭 で行うことが望ましいが、その場合、客観的、統一的、効率的に行うことは難しい。それ を考えた時、ひとりひとりが異なる背景を背負い、異なる学力・言語能力を持つ移動する 子どもたちの口頭能力を見るためには、客観性・効率性をある程度実現する TOAM と、

個別性を浮き彫りにさせるインタビューとの組み合わせが適切だと感じられる。短時間に 集められるデータを、量的分析だけではなく、質的調査と組み合わせることによって、よ り強力なツールと出来る可能性があるからである。その意味で、今回の「ウォーミングア ップ・インタビュー+TOAM」はかなりの統一性・効率性・個別性を達成し、総合的に 有効性を持てたものだと考える。わずか 32 人の調査協力者であるが、そのデータが示唆 したものは少なくない。

 2言語でテストをすることは、言語を対比することになるので、片方の言語で忘れてい た言葉がもう一方の言語で言おうとすることによって刺激を受け、忘れていた語を思い出 すことがしばしばあった。成長しつつある優勢の言語が、もう一方の弱い言語を引っ張っ

(17)

ていく例である。

 また、上限年齢の 15 歳に近い調査協力者たちは、自分が日本語を忘れ始めていること に気づき、言語保持をする必要性があると感じていた。それを口に出したBITM2の例も あるが、調査によって本人の複数言語を意識化させることは重要だと感じる。小学校低学 年以下の調査協力者の場合はコンサルティングを兼ねた保護者インタビューと組み合わせ て、調査協力者に還元していきたいものである。絵カードも改訂時期を迎えると思うが、

本稿の4.3での指摘などが何らかの役に立てば幸いである。

6.2 人的リソースの重要性

 32 人の調査協力者と向き合い、ブラジル帰国後の日本語環境の重要性を改めて認識さ せられた。本調査では、調査協力者たちは私立の現地校に通学している。それは現在のブ ラジルの低下している公教育の環境から考えると、非常に優遇されていると言える。その 上、調査対象地の一部には日系人が多い。ただ、日系人が多いと言っても、世代が進むに つれ、日本語を話す人的リソースがなくなり、日本語学校も閉鎖させられたりしているこ とを考えると、調査協力者らが通っている学校に限っては、校内では、日本と日本文化に 対する評価も高く、日本語しか話せない児童への周囲の支持があるという恵まれた環境で ある。また、通学している学校の生徒も日系人がほとんどであり、日系人のクラスメート を通して、エスニック・アイデンティティは多かれ少なかれあり、ブラジルに統合してい くのには、好条件であると言える。また、BSM18 は、バイリンガルのクラスメートがい ることで、学校生活に支障はなく、新しい環境へのストレスはかなり軽減されていると語 った。

 大都市の場合、その中の地域差もあり、数人の協力者が在住している地域では、日本語 学校が閉鎖されていたり、日本語を話せる人が周囲にいなくなったりして、かなり遠い距 離まで通学して学校へ通っていること(BITM2)も報告されている。

6.3 環境整備の重要性

 国を越えて移動する子どもたちの教育において、来日するやそれまでのポルトガル語で の認知発達は脇に置いて、日本語獲得に全力を尽くし、日本の教育システムに同化し、そ の間にポルトガル語の根っこを枯らす…3年後にブラジルに帰国するや日本語をいったん 脇に置いてポルトガル語をたたき直し、ブラジルの教育システムへの同化をはかり、折角 獲得した日本語能力は消えてしまう…こんな教育を行ってはいけないということは今日で は広く認識されている。移動するたびに、それまでの自分を捨て去るやり方は、成人後も 自身に対して不全感を持ち続ける成人を作り出しがちであることも広く認識されているだ ろう。実際には単一言語・単一文化背景しか持たない、日本生まれ・日本育ちの子どもた ちよりも豊かな能力をそなえているはずにもかかわらず、自己不全感がぬぐえない人々を 生みだすことは、関係する社会のどちらにとっても不幸なことであるし、そのことの認識 は広がりつつある。21 世紀の社会が必要とする人材は多様性への眼が開かれている人々

(18)

であり、それらは、家庭・学校・コミュニティが連携して、自尊感情、思考を支える言語、

人間関係を十分に築けるコミュニケーション能力、コミュニティ理解を育てていく以外に 道はないことも認識されつつある。

 しかし、現実には、その実現は大きな精神的、時間的、経済的負担をともない、ブラジ ル・データからも、離れてしまった地域の言語・文化の保持が難しいことが示唆されてい る。小野他(1998)は「中国から来日した児童・生徒で、日本語語彙力と中国語語彙力の 両方を学齢レベルで習得・保持している児童・生徒は極端に少なかった。」(p.8)とし、そ の理由を「補習授業校のような教育施設が日本国内にはない」(p.8)としている。学習言語 の保持という点では有利なはずの中国語母語話者でもこの状況であった。あれから 10 余 年が経過し、海外の補習校自体も多くの悩みをかかえている3)。まして、ブラジルに帰国 した生徒が、現地校への日本語導入はほとんどなく、私塾の日本語学校はあっても補習校 はない中で、どう日本語力を保持するのか。同時に、日本語が第一言語的地位を占める子 どもに対するポルトガル語の学習言語能力を育てていく方法が現地校において理解されて いるのか。

 今私たち出来ることは、減算的教育の危険性を知る関係者ネットワークを強化すること である。子どもたちの複数言語の環境・教育環境の強化の重要性を認識するコミュニティ をブラジル・日本の両社会に育てていくことである。地球規模の交通・通信の時代に求め られる、現地語と母語のふたつの言語、出来れば、英語などの第3の言語を視野に置いた 複数言語の教育環境の整備、将来的目標に応じた戦略をもった教育の重要性を強く主張し たい。それは、児童生徒自身と保護者と学校が連携して構築することが望ましく、推進の 核となるコミュニティの存在が重要である。そのコミュニティは、まず第一に当事者であ る移動する家族の主体的な関わりによって構築されるものでなければならない。

 日本において、在日ブラジル人の子どもたちに継承ポルトガル語のバイリンガルの教育 システムが何らかの形で存在したなら、ブラジル社会に復帰する苦労は軽減されたかもし れない。小内(2003)が1998年に行った調査にも、ブラジル人学校へ子どもを通わせる親 たちの高学歴志向が指摘されている。当時、「大学院進学を望む親も少なくなかった」

(p.218)とあるが、その後、彼らの進学率の高さの検証はない。進学志向が願望だけに終 わらないために、保護者は、子ども自身は、そして、コミュニティは何をすべきか。ブラ ジルで日本移民はブラジル政府に頼らず、日本語学校をコミュニティ・スクールとして建 設した。そのおかげで、ブラジルでは地域によっては、三世代になっても日本語が継承さ れ、同時に、日系人は名門大学への高い進学率を達成した。ところが、日本においてブラ ジル人はそれほど強固なコミュニティを形成していない。無論、集団移住の時代とは社会 的状況が異なることは確かだが、日本にいる日系ブラジル人の人数を考え、集住地区の様 相を見たとき、日本のブラジル・コミュニティの弱さを感じるのは著者たちのみであろう

3) 母語・継承語・バイリンガル教育研究会は、例年 8月に大会を開催するが、そこでは北米やアジア各地 の補習校で教鞭をとる教育者・研究者の発表もあり、生徒の日本語力をはじめとする多くの課題が報 告される。

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か。そこには受け入れ地域の閉鎖性などのホスト社会の寛容性の問題が大きく関わってく る面もあるが、同時に、日系人自身の主体性も関わってはこないだろうか。彼らが通う教 会などを通して、彼ら自身の意識を高めるためのアドボカシー運動をする必要があるので はないか。主体的な文化・言語継承の意識が芽生えないなら、物理的移動を強要される子 どもたちにとっての深刻な問題はそこにあり続けるだろう。

付記

 本研究は3人の合議で進めたが、論文作成にあたり、島田がデータ処理とグラフ・表の 作成をおこない、松原がポルトガル語データの分析を担当し、佐々木が全体的執筆をおこ なった。

謝辞

 本研究は次の科学研究費補助金により助成を受けている。

研究種目名:基盤研究(B)課題番号:21320096研究期間:平成21─23年度 研究課題名:継承日本語教育に関する文献のデータベース化と専門家養成 研究代表者:中島和子

 本調査にあたってご協力いただいたブラジルのサンパウロ、および、ブラジリア近郊に 在住の先生方と生徒さんたちに心から感謝いたします。

引用文献

岡崎敏雄(2002)「学習言語能力をどう測るか─TOAMの開発:言語習得と保持の観点か ら」『多言語環境にある子どもの言語能力の評価』(日本語教育ブックレット1) 国立 国語研究所

小内透(編著)(2003)『在日ブラジル人の教育と保育 ─群馬県太田・大泉地区を事例とし て─』明石書店

小野博・五十島優・林部英雄・池上摩希子(1998)「中国から来日した児童・生徒の日本語・

中国語力及び計算力の調査とその応用」 『紀要』第6号 中国帰国者定着促進センター   http://www.kikokusha-center.or.jp/resource/ronbun/kiyo/06/k6_13.pdf

佐々木倫子・島田美幸・竹村徳倫(印刷中)「口頭南米在住の日系児童生徒の口頭言語能力 調査 ─日本語語彙データを中心に─」 『言語教育研究』第2号

中島和子(1998)『バイリンガル教育の方法』アルク

中島和子・ヌナス ロザナ(2001)「日本語獲得と継承語喪失のダイナミクス ─日本の小・

中学校のポルトガル語話者の実態を踏まえて─」ATJ Seminar 2001, Heritage Panel Papers. (http://www.japaneseteaching.org/ATJseminar/2001/nakajima.html)

三田千代子(2009)『「出稼ぎ」から「デカセギ」へ』不二出版

(20)

引用サイト

http://www.mhb.jp/2009MHBBussinguer.pdf (2012年1月8日検索)

ブッシンゲル・ヴィヴィアン&田中順子(2009)「阪神間に居住するブラジル人児童の言語 学習状況」MHB研究会2009年大会資料

  母語・継承語・バイリンガル教育(MHB)研究会HP http://www.mhb.jp/

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