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和声学実習の合理的原理(その1)

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49

和声学実習の合理的原理(その1)

野 誠 之

 (緒言)和声学は,西洋音楽の理論の中で最も基本的なものの一つである。作曲理論の 第一歩として,また楽曲分析の補助手段として,その価値は今日に至るまで少しも減少し ていない。しかしながら,和声学の学習者は,その内容については完全には理解できない と訴える。また,例外の多い規則と禁則が雑然と並んでいて整理しにくいと訴える。この 小論は,これらの問題を解決すべく企てられたものである。論述は主として次の2つの視 点からなされる。第一は様式の統一,第二は規則の有効範囲と優先順位である。規則は,

実施が進むに従って次第に弛あられ,最終的には解除の方向へ進むことが望ましい。学習 者に始めからこの見通しを与えておくことは,初歩の段階で規則を守ろうとする努力を失 わせないために非常に有効である。これらの規則をどのような場合に弛め,どの時点で解 除するかは,指導者に与えられたきわめて現実的な課題となる。

第一章 前提・…・規則および,実施に先立ち自明のこととして理解すべきことがら。

1.和声学Harmonielehreは, Baroque・Classique・Romantiqueの様式Styleを和声機 能Funktionの観点から理論化しノた学問で ?驕B時代は,およそ1600AD.から1900A.D.

頃までを抱括する。従って,和声学はルネサンス以前のポリフォニーや印象主義以後の諸 様式とは異なる体系をなしている。ここで取り扱う和声学は,近代和声学ではなく古典和

声学である。

2.和声学で用いられる音組織Tonsytemは7音音階H:eptachord,すなわちDurと Mo11である。1)ヨーロッパでは中世・ルネッサンス時代を通じて4種の教会旋法Church modesが広く用いられていた。これらの旋法はそれぞれ独特の個性を持っていた。定旋律 や主題は6音音階H:exachordの理論にもとづいて作られ,歌い続ける肉声を対位法的に 結合することによって,豊かな多様性を持つ小宇宙が形成されていた。同時に響く2音は,

音程のへだたりという数的な関係としてのみとらえられていた。バロック時代にさしかか ると,音の感じ方に根本的な変化が起こった。すなわち,1個の音はそれ自体すでに倍音 を含む和音的存在として感じ取られるようになった。2,当然の帰結として,豊かな自然共 鳴を求めて器楽の発達が促され,同時に,自然共鳴の似姿あるいは模写としての和音を素 材として音芸術Tonkunstを創造するようになった。

 音の感じ方のこのような変化に応じて音組識も変化した。すなわち,4種の教会旋法は 和声組織に適したDur, Mollへと変形・集約されることとなったのである。

3.和声学で用いられる和音素材は,自然倍音から直接・閥接に導かれる3度構成和音で

ある。根音,3度音,5度音,7度音,9度音,11度音,13度音……と順次積み重ねるこ

とによって,2和音,3和音,4和音,5和音,6和音……が構成される。和声学で用い

(2)

られる和音は,主として3和音,4和音,5和音である。自然倍音から直接に導かれる和 音素材は長3和音と属7の和音であり,第4・第5・第6および第7部分音の集積として 理解される。これに反して,短3和音の導き方には2つの学説が唱えられている。ひとつ は,長3和音と同様に,自然倍音列の第10・第12・第15部分音の集積として直接に導こう

とする説。他のひとつは,自然倍音の虚像を下方倍音列として想定し,そこから短3和音 を導き出すという問接的な方法を取る説である。3)VおよびV7が実際の音楽ではDur とMo11に共通なものとして現れることが多いことは,一元論に利点を与えているようで ある。4)二元論は音響学的なうらづけが不十分であると言われ,課題実施の現実と合わな い面があるので,全面的にこの立場を取ることは不可能である。

 しかしながら,二元論がその後の創作活動に与えた影響および和声現象を説明する上で の利点について再検討・再評価を加えることは意義がある。ここでは,この論争に深入り することなく先へ進むこととする。

 学習者は,和音の基本形と転回形について正しく理解していることが要求される。その 区別があいまいだと,現在実施している素材の範囲が判らなくなり,規則および指示の範 囲も判らなくなってしまうからである。

4,和声学では,はじめ音域の狭い混声4部合唱の形態で実施し,後に音域の広い器楽の 形態へと進む。合唱の形態とは言っても,ここではもはや声楽的ポリフォニーのスタイル ではなく,器楽的な和声感覚にもとつく合唱であることに注意する必要がある。 (註2)参 照)ただし,人声の声域というものは,時代によってはなはだしく異なるものではなく,

フックスJJ.Fux(1660〜1741)やベラマンH.Bellermann(1832〜1903)の定めた声域が 今日も十分参考となる。フックスは,Gradus ad Parnassumの中で,師Aloysiusが弟子 Josephの問いに答えて,「作曲技法で5線の範囲を越えてはならぬという重要性も失われ ている」と音域について言及している。坂本良隆氏が訳者註として述べているように,昔 の譜表は同時に人声の声域をも意味し,楽曲は常に声楽を考慮に入れて作られたものであ る。その音域はSoP. Ten. Bas.においてはほぼ今日の音域と一致しており,ただAlt.

だけが今日の,特に日本人の声域に比べて長2度ほど低すぎるようである。ともあれ,こ れらの音域はアマチュアを対象としており,吻〜〃げ位の音量を条件としている。これを 徐々に拡張して行けば,ソロの四重唱,弦楽四重奏を想定することができる。弦楽四重奏 における各楽器の最低音も,きわめて常識的なことがらではあるが,確認しておきたいこ

との一つである。

5.和声的なスタイルでは,Bas,は和音の構成を規定し, Sop.は旋律:を歌い,内声部

(Ten. Alt.)はできるだけ静かな動きで和音を埋める。これは,きわめて大まかな,初学 者のための目安であって,いつもこの通りに実施される訳ではない。そこで,課題のスタ

イルを次の3種に分けて順次与える方法を採用する。

 ①旋律が高音域にあることを想定し,その伴奏の形として和音を埋めるだけの形。上3 声はSop.といえどもほとんど動かず,共通音は可能なかぎり同一声部に留められる。い わゆるイタリアンソングの伴奏の形。

 ②同一和音において,上3声の配置換えが多く,鍵盤楽器風によく動く形。

 ③Sop.に旋律としての強い表現力を持たせ,バランスのとれた混声四部合唱の形態を

(3)

和声学実習の合理的原理(その1) (山野) 51

求める形。

 このうち②,③は,系統的に実施を積めば,かなりの音楽的表現力を養うことができよ

う。

第二章 規則……必ず順守されるべきことがら。

1.和音の配置には,次の3種があり,楽曲の開始において,いずれかを選択しなければ

ならない。

 a)密集配置……上3声が1オクターヴより狭い。

 b)南桑配置……上3声が1オクターヴより広い。

 c)オクターヴ配置……上3声が1オクターヴである。

 a)c)は,上段の5線にまとあて書く。b)は, SoP. Alt.を上段の5線に, Ten. Bas.

を下段に書く。

 和声学の実施としては,c)から出発する課題はほとんで行われていないが,実際の楽 曲にはかなり多く見られるものである。ちなみに,イタリア歌曲集1高声用36曲5)のうち

7曲は上3声オクターヴ配置から出発している。

G.G. Carissimi:Vittoria, mio core!, D:1,5音重複。 A.Scarlatti:Ocessate di piagarmi, a:1,5音重複。 G.Giordani:Caro mio ben, F:1,根音3重,5重省略。

GB. Bononcini:Per la gloria d adorarvi, G:1,5音重復Q A.Lotti:Pur dicesti, o bocca bella,:F:1,5音重複。 F.Gasparini:Lasciar d amarti,9:(1)IV6,5音重複。

G.M. Bononcini:Deh, pi亡ame non v ascondete, B=(1)V6,3声体で根音重複。

また,F.Schubert「冬の旅」24曲のうち4曲が事実上。)から開始されている。 Erstarrung

c:1,5音:重複(分散形)。Wasserflut, e:1,根音重複:(分散形)。 Das Wirtshaus F:1,

3音重複。Mut,9:1,3音重複。

 和声学の実施においても,a)b)で開始して行きづまった場合に,もう一度。)からや り直す可能性を明らかにしておくことは,音楽的に見て有益なことであると言うことがで きる。また,学習者も教師も共に行きづまるといった現実問題を解決するよい方法でもあ

る。

 楽曲の開始だけでなく,途中においても。)の配置は多く見いだされる。ピアノを学習 する者は,和音を掴む練習過程でこの配置を徹底的に訓練される。そしてこの配置が種々 の音楽的表現,特によく響ぐ活発な∫の表現と固く結びついていることを悟るのである。

それだけに,このような学習者には新たな危険が待ち構えることとなる。すなわち,ピア ノ曲には重複8度が多用されるので,この感覚をそのまま和声学の実施に持ち込むと,こ の配置の連続使用によって,後に述べる平行8度・平行5度の禁則を犯すことになるので ある。「課題を見て,いきなりピアノに向かわないこと/」「机の上で書いて,ピアノで 確かめる」という基本的な,正しい実施態度が望まれるのである。

2,上3声における隣…接する2声間のへだたりは,8度以内に止めなければならない。

Ten. Bas.のへだたりは,各声部に定められた音域を逸脱しない限り無制限である。

 和音の配置(各声部間のへだたり)と重複音に関する原則は,自然倍音の配列状態によ

って根拠づけられる。すなわち,和音はすべて,低音域においては広く,高音域へおもむ

(4)

くに従って狭く配列される時,最も自然にかつ美しく響く。重複音も,倍音列において頻 度の高い根音,5度音,次いで3度音が重複されることになる。

3.音が時間の経過とともに高さを変える時,上行・下行という2種の進行が生まれる。

各声の旋律進行においては,長・短7度,増音程,複音程は一般に禁止される。2つの声 部が同時に進行する時a)b)c)3種の進行が生まれる。d)は一方が進行しない場合で

ある。これらの進行に関する規則は次の通りである。

 a) 平行……完全1度・完全8度・完全5度の平行は,声部のバランスを破壊し,様式 の不統一をもたらすため禁止される。

 b)並達……並達1度・両外声が共に跳躍する並達8度・同様の並達5度は禁止される こともあるが,他はとがめるほどのことはない。

 c)反行……良好である。

 d)斜行……すべて良好である。

 ヒンデミットが指摘しているように,「規則は十分あるにはあるが,最少限度まで制限 する」方がよい。またその逆に,規則を設けたら例外はできるだけ許さない方がよい。従

って,平行8度・平行5度は例外なく禁止すべきである。スカルラッティの5度もモーツ ァルトの5度も基本的には禁止される。ちなみに,モーツァルトの5度は,楽曲の中には 意外に少なく,モーツァルトはこれをむしろ注意深く避けている。このことは,この決断 に勇気を与える。

 これに反して,並々8度・並達5度は,規則としては全面的に自由にしておいた方がよ い。なぜなら,禁則として設けても,主旋律の要求によってただちに例外が現れるからで ある。並達の好ましからざる進行は,各段階における実施上の指示や様式の統一という前 提に照らして規制され得るものである。第一章,前提5を参照。

 反行と斜行は共に良好とされる。ここでただ一つ問題とされるのは,反行による連続8 度および同様の連続5度であるが,これにも例外があり,また跳躍が伴うので,スタイル

の統一という前提から選択され得るものである。したがって,規則として禁止する必要は

ない。

4.和音は,和声進行の流れにおける特定の働きFunktionに応じて4つのグループに分 かれる。実施に当っては,調性・和音記号および,次に示す機能を正確に記入しなければ

ならない。

 a)T(トニカ)機能……不安定なD・Sを吸引し,楽曲を安定させる。1,VI。

 b)D(ドミナント)機能……Tに対して完全5度上方から対立し,楽曲に強い力動性

を与える。V, V7など。

 c)D2(2次ドミナント)……Dの直前に置かれ, Dの機能を補強する。皿, IVなど。

 d)S(サブドミナント)……Tに対して完全5度下方から対立し,楽曲に軽い日動性を 与える。IV。

 D2(2次ドミナント)の考え方は,〔註〕4)に挙げた著作の理論に学んだ。 IVのごとく,

「和音は,その置かれた位置によって機能を異にする場合がある」という認識を,学習の

第一歩から与えることは,和声の機能感を養う上で非常に有益なことである。

(5)

和声学実習の合理的原理(その1) (山野) 53

5.和音の諸機能は,種々の組合わせによって,和声進行の基本的なパターンを形成する。

実施に当っては,次に示す4種の基本パターンと3種の拡大変種に機能式を分類し,正確 に記入しなければならない。

 a)T    D  −T…・・…・第1式  b)T    S    T………第2式  c)T  D2  D  T………第3式  d)T  D ・ S  T一・…・第4式

 a)b)は最も簡素な機能式である。c)は第1式にD2を挿入したもの(挿入拡大)。d)

はa)b)の混合,あるいはa)を中断してb)に乗り換えた形と考えられる(混合拡大あ るいは中断拡大)。第4式はバロック時代に多く見られるもので,A. Scarlatti(1660〜

1725):Chi vuole innamorarsiなどの中に典型的な形で見られる。この例で見るように,

機能式の中断,拡大は, 「歌の入り」という音楽的要求に基づいて行われている。

間  高 歌が入る

l       l 【

I IV珪  I  V IV6   1V T  −     D・S

l    第  4 式

l I

T

t

 これらの機能式は,一時的な挿入もしくは混合・中断によってさらに拡大されることが

ある。

 e)T−D一(D2)一D−T・・…・第1式の拡大変種。

 f)T−D2一(D)一D2−D−T……第3式の拡大変種。

 9)T−D2−D・S−T……第4式の拡大変種。

 第4式の拡大変種は,第4式と同様にバロック時代に見られるもので,A. Stradella

(1642〜1682):Aria di chiesaの中に典型的な形で見られる。ここでは, 「歌詞の反復」

という音楽的要求に基づいて,V7の解決がIVによって中断されている。

      反復の意志表示  反復        l        l }     l

       sguar−di su−me, Si−gnor, su。me, Signor.

        16 116 1夏 V7 1V  I6

         TD2D一・ST

        l  第4式の拡大変種   I

e)f)とg)の混合によって機能式をさらに拡大することも理論的には可能である。

第三章 実施……素材の提示と操作の指示。

第一節 主要3和音の基本形H:auptdreiklange

1. 3和音を4声体にするために,根音または5音を重複する。

2、基本形においては,Bas。には必ず根音が当てられる。上3声は色々な配置を選ぶこと

(6)

ができる。

3. 3和音の基本形は,Bas.の音の上または下に,数字を用いて彗または5で示される。

何も書いてなければ1すなわち基本形である。

課題 1

主要3和音1,IV, Vの中から2つを取って,和声連結を試みなさい。根音重複 と5音重複のファクターを加えて,可能なすべての組合わせについて実施しなさい。

1,IV, Vを「主要」とする理由は,調性の統一を計るために響きの共通性が求められ るためである。Mollにおいては,1, IV, Vともに短3和音であったが,段落を形成する たあに終止感を強める必要が起こり,7度音が半音高められたため,Vは長・短丁半とも に同形となった。段落性リズム感の高揚が素材の統一を押さえて優位に立っていると言え

る。

 この課題を忠実に実施すれば24通りが要求される。しかし1−IVとV−1は全く同一操 作であり,V−IVとIV−Vは可逆的であることから,結局は12通りに集約される。この 中で最も困難な組合わせは,両者とも5音重複の場合である。

〔譜例 1〕

o 9

D:IV

1

4.和声連結は,次の手順で行う。

 a)Bas。の進行を正しく書く。:Bas。課題においては,これをよく観察すること。

 b)第一和音を満たす。

 c)第二和音の音のうち第一和音と共通な音は同一声部に保留する。共通音がない時は,

上3声をBas.の動きに早行させる。共通音が2個ある時は,どちらか一方を同一声部に

保留する。

 d)残りの声部をできるだけ小さな音程で第二和音へ進行させる。

課題 2

Bas.課題およびSop。課題を実施しなさい。課題は省略。

 初学者は,曲頭の配置を先の見通しに立って決あることが難しいので,あらかじめ書い て与えるとよい。これは,当分の間,学習者の能力に応じて。

 課題のスタイルは,第一章 5①②③に述べたスタイルで実施する。これらはすべて,

器楽的様式としてとらえねばならない。

(7)

       和声学実習の合理的原理(その1) (山野)       55 第二節 6の和音Sextakkorde

1. 6の和音においては,Bas.に必ず3音が置かれる。

2.重複は根音・5音を優先し,何か不都合があれば,:また必要があれば3音を重複して もよい。ただし,導音(Vの3音)は重複できない。

3. 6の和音は,Bas.の音の上または下に,数字を用いて讐または6で示される。

課題 3

 基本形3和音の前後に同一和音の一転(6の和音)を置く練習をピアノで行いな

さい。

 上3声とBas.は常に対比的に考えることを勧める。 IV−Vがそうであったように,基本 形とその一転においても,何らかの対比が求められる。その意味では,上3声が止まる時 Bas.のみが動いて一転となる形は自然で美しく響く。この時6の和音は3音重複となるか

らV−V6の連結では不可能である。

4. 6の和音の和声連結は,基本形で行った手順と同じである。

5.平行8度・平行5度は,同一和音の配置換えにおいても禁止される。

6.主旋律のクライマックスは一点に集中した方がよい。

課題 4

 Bas.課題およびSop.課題を実施しなさい。課題は実施例と共に示す。この2つ の課題はヒンデミットのAufgaben fUr Harmoniesch廿lerの中から借用した。

〔月例 2〕

   e: I  I I   V6 V6  V  IV61V61V   V  V V6   1

     T一一 D一 一(D2一一)D一一 T

     1      第1式の拡大変種      【

この実施例から判るように,2声が一時的に同一音となることができる。この時,内声

(8)

部はなるべく小さな動きになるよう工夫すべきである。

〔譜例 5〕

as:I  IV V  IV6   V V6  1

  TD2(D)D2 D−T

  」一台5式の拡大変種  iI

IV6 1V D2 一

第  3 式

V D

I

T

j

 和声進行のリズムが 」・[で動いており,それが声部のFigurationと一致している。

したがって,3小節目B麗は」 月のリズムで和声を進行させるべきことが知られる。

2小節目,Sop.とAlt.の間に両声の跳躍する並達5度が見られるが,同一和音の配置換 えであり,何ら問題とならない。

 ここでタイを付けるための原則を与えておく。タイを付けるかリズムを打つかは全く自 由である。もし付ける方針を取ったならば,次の原則に従って,可能なすべてにタイを付 けて実施する方が効果的である。原則「前の音符と後の音符が同じ長さか前が長い場合に はタイで結んでよいが,前が短い場合は結ばないのが普通である」。

第三節 副3和音Nebendreiklange

1.副3和音は,声楽的ポリフォニーの時代から和声様式の時代への過渡期に多く使われ ていた。バロックからウィーン古典派にかけては,簡素な和声が好まれ,主要3和音を中 心に作曲が行われた。ロマン派初期以来,特にJ.Brahmsによって副3和音が優遇され るようになり,これによって和声の豊富化がもたらされた。

 副3和音は,歴史的には和音感覚の変遷として現れる。中世・ルネッサンス時代におけ る肉声問の音程関係を素材とした声部書法においては,副3和音もまた,ポリフォニーの 単なる結果として感じ取られるだけであった。1600A. D.の前後にはオペラの台頭と器 楽の発展があり,ドラマにおける劇的内容の表現手段として副3和音も多用された。6)バ ロック後期からウィーン古典派へかけては,機能和声学の確立期に当たる。前時代に現れ た雑多な和音は一見混沌としているように見えても,そこには音重力の感覚に基づく一定 の秩序が存在することに気づき始あたのである。この背景には,科学的認識を強く求めた 時代精神が感じられる。7)ウィーン古典派では,機能和声理論はすでに確立されており,

主題はすべて主要3和音を中心に作られた。副3和音は主要3和音の機能を補助するもの

として,副次的に用いられるだけであった。ロマン派は,様式論的に見ても,和声論的に

見ても古典派と同一の基盤iに立っている。ここでは,機能和声論は拡張され,機能ρ)拡大

解釈がなされるようになる。副3和音について見るならば,主題構成において主要3和音

(9)

和声学実習の合理的原理(その1) (山野) 57

と副3和音とを意識的に対比させるという作曲技法上のテクニックと共に,その復権が計 られるようになる。印象派以後は,和音の主従関係が希薄となる。機能和声(理論)はバ ルトーク8)等によって極限まで拡大され,ついには崩壊し,12音技法の出現となる。

 以上のアウトラインは,副3和音使用上の目安を与えるに十分である。古典和声学が対 象とする和声感覚は,機能和声の範囲に限られるべきだし,その中でもウィーン古典派の 和声感覚を中核とすべきものと考える。従って,実施に当っては,まず主要3和音を優先 し,不都合があれば,また必要があれば副3和音を用いることとしたい。たとえば,課題 の途中で,V−1の1が5音省略となる時は,1の代りにV−VIとする,等である。

2.副3和音は,主要3和音を補助し,またその代理として一定の機能を営む。

 a)II, II6はV, V6の前に置かれてD2機能を営む。

 b)IIIはほとんど用いられることはない。 VIIはV7の中に含あて取り扱われる。

 c)VIは1, Vの後に置かれ, T機能を営む。

3.導音を除く3音重複は,今後無条件に許される。副3和音にあっては,3音重複の方 が根音重複および5音重複に比べてむしろ好ましい響きが得られる。その理由は,音階の 主要音が重複されるたあ,その機能が強調され調性感の統一と安定が計られるからである。

4.II6−Vにおいては,共通音があっても,上3声を下行させなければならない。 「共通 音を同一声部に保留せよ」という指示を守ろうとすれば必ず平行8度が起こる。したがっ て,II6−VはIV−Vと全く同じ動き方となる。このことから,「規則(禁則)は指示に対 して優先する」という教訓を汲み取ることができる。また外崎・島岡両氏は,「和声の原 理と実習」p.40〜41において,II−Vについても共通音を保留せずにBas。に上3声を紀行 させるよう勧めている。それにもかかわらず,p,58課題15の解答(巻末)においてはd 音を共通音として保留している。したがって,上記の指示はII6−Vの場合に限る方が良

いと考える。

課題 5

 課題2および課題4のうち1をVIへ, IV(IV6)をII(II6)へ可能な限り置き換

えなさい。

第四節 £の和音Quartsextakkorde

1. 量の和音は,機能式の歩みを大きくし,機能式にふくらみを与えるために用いられる。

その反面,完全4度の不安定性のため,独立性の弱い和音と見なされる。

2. 夏の和音には,基本的に次の3種の用法がある。

a)

開音上の用法●● ● ^ポ1喚孟艶

b)経過低音上の用法一II−V三一1・・IV−1塁一IV}

c)

      /T.一S(D,)一画

終止的用法 軸の終止におし 揶黷x一宇}のように用いられる.

(10)

3,a)b)においては,衰の和音の機能は前後の和音の機能に抱括され, c)においては,

1塁の低音(so1)の大きな影響によってD機能が開始される。

課題 6

Bas.課題およびSop.課題を実施しなさい。課題は省略。

 塁の和音の実施がひととおり終了した時点で近親調への転調に触れておくことは,次の ような好ましい結果を生む。①楽曲の分析に和声学の知識を応用することが可能となる。

②カデンツ定型を種々の調性で書き,かつピアノで弾くことに習熟することができる。

第五節 近親調への転調Moduration(1)

1.近親調とは,「原調の各音度上の和音をそれぞれ1と見るような調」であり,「調号が 同じか,あるいは1つ違いの調」であると説明される。9)

2,転調とは,旧調の機能を否定し,新調の機能を確立することである。新調の機能を否 定し,再び旧藩の機能に戻ることもまた転調である。

3.密訴の各和音は新調の特徴和音によってその機能を中断され,ただちに新調の機能が

開始される。

4.旧調のすべての和音から,新調のどの特微和音へも進むことができる。

課題 7

C−durを乱調として,特徴:和音がIIであるような近親調をすべてあげなさい。

 転調の実施をスムースに行うためには,上記の訓練が必要である。特徴和音が新調にい くつあるか探す訓練も同様に大切である。新調の選択および特徴和音の選択の仕方は,新 調のカデンツ定形の長さに影響を与えるものである。

5.転調の公式は次のとおりである。10)

旧 調 の 和 音 新調のカデンツ

1一…各音度の和音 特徴和音…………1

1

(1)

1 (〜i   IV)

H     V

1

ユニ

(w) lV

W  (H) V u

II

(VI W  II) V

    風

v (】Vlr) V 1

1

w

(11)

和声学実習の合理的原理(その1) (山野) 59

 この節の目標・ねらいに照らして,実施は次の2つの方法にしぼって行うのが効果的で ある。①Gdurを旧調としてC:1から,特徴和音がそれぞれII, IV, V, VIであるよ うなすべての近親調へ,それらを特徴和音として転調する練習。上記斜線矢印の部分を参 照。②旧調から新調へ同じ音度で接続し,自由に旧調へ復帰する練習。上記水平矢印の部 分を参照。復帰する際には,新調が旧調となり旧調が新調となり,上記の公式に当てはま

る。

課題 8

上記①,②を実施しなさい。

 特徴和音から新調へ進む実施に習熟すれば,従来行われていた「思い直し」の転調は,

容易に実施することができる。 (続)

〔註〕

1) エッチンゲンA.」.v・n Ottingen(1836〜1920)は,和声2元論の立場からDur, Mollに対  してTonalitat, Phonalitatという用語を用いている。

2)ベッカーP.Bekker(1882〜1937)はその著「Musikgeschichte als Geschichte der Musi−

 kalischen Formwandlungen 1926」の中で,音楽史は様式変遷としてとらえるべきであること,

 そしてその変遷は音の感じ方Klangempfindungの変遷によってもたらされるもので,音の生

 活史Lebensgeschichte des Klangesともいうべきものであると主張した。

3)短3和音に関する2つの学説は,ヘルムホルツHelmholz(1821〜1894)の和声一元論対ハウ  プトマンMHauptmann(1792〜1868),エッチンゲン,リーマンH. Riemann(1849〜1919)

 の和声二元論という形で対立し合ったままである。

4) 外崎幹二・島岡譲「和声の原理と実習」P.246.247

5)全音版「イタリア歌曲集1高声用」を参照した。原曲は通奏低音で書かれているので,この伴  奏が唯一の正しい形という訳ではない。むしろロマン的な編曲と言ってよい訳だが,和声学の参  考としては何ら不都合はない。

6) この当時の事情は,C. Monteverd・の「第二作法」seconda pratticaの概念に端的に現れて  いる。

7)ニュートンは,1687年に「万有引力の法則」を発見した。これに遅れること35年,ラモーJ.

 Ph. Rameau(1683〜1764)は,「和声論」Trait6 de 1 Harmonie 1722を発表し,機能和声  論の土台を築いた。

8)長崎大学人文科学研究報告 第26号 p.108〔拙稿〕を参照。

9) 〔註〕4)に同じ。P.66。

10) 〔註〕4)に同じ。p.69の考え方に従った。

(12)

〔参 考文献〕

外崎幹二,島岡 譲:和声の実習と原理,1958 長谷川良夫:大和声学教程,1950

下総院一:和声学,1946 石黒脩三:和声学

R.ルイ,L.トゥイレ:和声学Harmonielehre(山根銀二,渡鏡子訳),1907 P.Hindemith:Aufgaben f r HarmonieschUler,1943

JJ.フックス:古典対位法Gradus ad Parnassum(坂本良隆訳),1725

A.シェーンベルク:作曲法入門Models for Beginners in Composition(中村太郎訳),1942

柴田南雄:西洋音楽史(上)第三節§12,第五節§28,1967;(中)第六節§31,1969

平凡社:音楽事典,第3巻「2元論」,第5巻「和声学」,1960

参照

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