自己表現としての作文の指導
︱教科書作文単元にみる表現力(3)︱
安河内
Teaching Composition in View of Creative Self‑Expression
︱The Power of Expression in a Composition Unit, Text (3)︱
Yoshimi YASUKOUCHI 義己
一 表現力皿とその具体
拙論﹃自己表現としての作文指導一教科書作文単元にみる表現力
図﹄︵﹃長崎大学教育学部 教科教育学研究報告﹄第一九号 一九九二年六月刊︶
で明らかにしたように︑表現力量は︑次のような力によって構成さ
れる︒表現力皿は︑﹁書くこと﹂の真理性や真実性を一層確かに︑曲豆かに
するとともに︑書く目的・必要を充足させる力︒
るす
得習 を
無 手 現
表な的
果
効
①効果的な文字の読み・書きができる︒
・効果的な平仮名の読み・書き︵﹁あめゆじゅとてちてけんじゃ﹂
など︶ができる
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第四七号 一〜一六︵一九九三︶ ・効果的な片仮名の読み・書き︵﹁ヒロシマ神話﹂など︶がで きる・効果的な漢字の読み・書き︵﹁たこ/凧︒凧︒/古塁︒/天 のこうやく﹂など︶ができる・効果的なローマ字の読み・書き︵﹁GONSYAN GON SYANどこへゆく﹂など︶ができるなど︒②効果的な言葉の読み・書きができる︒・﹁おはよう﹂﹁おはようっ﹂﹁お一はよう﹂﹁お・は・よ・う﹂ の使い分けができるなど︒③効果的な語句選びができる︒
安河内 義 己
るす
得
習を
方法
正 表
な的
効果
・﹁祝詞﹂﹁おめでと﹂﹁おめでとがんす﹂﹁おめでとがす﹂﹁お
めでてえねえ﹂﹁おめでとうございます﹂などの使い分けが
できる
など︒④効果的な表記法の使い分けができる︒
・効果的な句読点の使い分けができる
・効果的な記号︵﹁﹂﹃﹄︵︶−⁝〜?!など︶の使い分けがで
きる
など︒⑤効果的な語︵句︶と語︵句︶のつなぎ方ができる︒
・効果的な主語と述語のつなぎ方ができる
・効果的な修飾語と被修飾語のつなぎ方ができる
など︒⑥効果的な文と文とのつなぎ方ができる︒
・した順につなぐことができる
・楽しかったことの順につなぐことができる
など︒⑦効果的な文章︵段落︶のつなぎ方ができる︒
・統括式のつなぎ方ができる
など︒⑧効果的な文体︵敬体︑常体︑会話体︑など︶を使うことが
できる︒
⑨以上①〜⑧についての﹁理解﹂と﹁表現﹂の体験を積み上
書累 く積 体す 験る を
二
げることができている︒
・﹁理解﹂し﹁表現﹂した体験を量的にたくさんもっている︒
・﹁理解﹂し﹁表現﹂した体験を質的にいろいろもっている︒
図示すれば︑次のように︑表現手段と表現方法を︑﹁効果的な﹂と
なるように使用し︑活用することができるか否かに関わってあるの
が表現力皿である︒
皿
力
現
表 *血中︑①〜⑤は表3中の番号に同じ
⑧⑦度
⑥用
⑤活
④・③用
②使
①の 造
構
皿 の
力
現 表
表現力皿の具体を︑子どもたちの作文に見てみる︒︵作品は︑誤字︑
脱字等︑表記のことも含めそのまま引用する︒傍線は筆者による︒︶
︵1︶事例1 お年玉で大さわぎ ︵小五・女︶
1月2日は︑私がいまかいまかとまちかまえた﹃お年玉﹄をもらいにいく日で
す︒ 一番はじめに︑お父さんにもらいました︒それはなんと一万円でした︒
正月そうそう︑
︵ラッキー︑ついてるじゃん︶
と思いました︒
お父さんのじつ家にいくことになりました︒
あそこの家には︑以前作文くんでかいたことのある﹃ゆきとななみみ﹄がいるの
です︒ いったときにはいなかったけど︑そのきてからがすごいのです︒
着物をきてかわいくなっているのに︑バックをあけ︑いきなり
﹁五万円ちょうだい﹂
というのです︒
事例2 00円のキャラクターラッキーふくぶくろ ︵小5・女︶ ユ 私は︑お正月になったら︑ぜったいふくぶくろを買うことにしていました︒ 1月2日ごろこうこくがきて︑ハマヤのチラシに︑キャラクターふくぶくろ00 1円と書いてありました︒私は︑それを見てから︑
﹁ぜったい︑ぜったい買おう﹂と思いました︒
なぜかと言うと︑キャラクターの物が好きだからです︒
さっそくハマヤに行って︑私は︑
﹁はやくふくぶくろほしいなあ︑どんなのが入っているのかなあ﹂
とか考えていました︒
4階のキャラクターふくぶくろのあるところに来ました︒
私は︑さっそく買いました︒
家に帰ってあけてみると⁝⁝⁝中には︑
﹃お年玉﹄︑︵ラッキー︑ついてるじゃん︶︑﹃ゆきとななみみ﹄﹁⁝⁝:ば は︑﹁効果的な表現手段を習得する力﹂中の﹁④効果的な表記法の使い分けができる﹂の具体︒ ﹁のに︑⁝⁝⁝というのです︒﹂は︑﹁効果的な表現方法を習得する力﹂中の﹁⑤効果的な語︵句︶と語︵句︶のつなぎ方ができる﹂の具体︒ ︵2︶事例3 ぼくは︑生きている ︵小五・男︶ ぼくは︑きのう︑井上君と︑魚つりに行きました︒場所は︑田中ばしの耕︒はりは︑鵬を︑使って︑えさははやねり︑目表は︑ゴ︑十びき︑えさは︑はりのさきの方にすこしだけです︒前より︑だい分ようりょうが︑分かってきました︒それに︑つり具の名前も︑おぼえたし︑あとはひくのを︑まつだけです︒ウキが︑ひかれると︑すぐあげます︒四年のときに︑つりを︑初めました︒だい分︑うまくなったと︑思いました︒ 事例中の傍線の部分を︑この学習指導に当たった筆者は︑﹁した︒﹂
﹁ρOo﹂﹁はねやり︒﹂﹁二十びき︒﹂﹁すこしだけ︒﹂と読みかえてクラ
0
スに紹介した︒
これは︑﹁⑤効果的な語︵句︶と語︵句︶のつなぎ方ができる﹂及
び﹁効果的な文体を使うことができる﹂の具体︒
この事例を筆者が子どもたちに読み聞かせ︑﹁どうだ︑いいだろう︒﹂
と評価してみせたことがきっかけとなって生まれたのが次の事例4︒
わざわざ﹁南石君をみならって﹂と書いてくれているのがうれしい︒
﹁南石君﹂とはこの事例の筆者である︒
事例4 七月四日 日曜日
わが家動物家族 晴 ︵小五 女︶
自己表現としての作文の指導
三
安河内 義 己
四
わが家の動物のしょうかい︒台所にねずみ︒はいいろ︒大きさは︑ヤクルトぐ
らい︒とてもかわいい︒のきにすずめ︒見たことはないが︑いつも︑ガサガサいっ
ている︒その他は︑朝︑いたちがさんぽにくる︒つばめがでんせんにとまって︑
長い間はねをやすめている︒
以上︒﹁南石蟹を見習って﹂
︵3︶事例5 私の家族︵小六・女︶
﹁あっんち︑声が外まで聞こえようね︒﹂
友達に言われるほど私の家はにぎやかだ︒
父︒母︒私︒それにすぐ下の五年の妹︑6才の妹︒三人でけんかをすると声が家
の外まできこえるほどだ︒それほどわたしの家族はにぎやかで楽しい︒
﹁私の家族﹂という題で作文させると︑その書き出しは︑次の事
例6のように﹁私の家族は︑父母兄私の四人家族︒﹂という文に始ま
るのが大方である︒しかし︑事例5は︑﹁あっんち︑声が外まで聞こ
えようね︒﹂という会話文で書き出した︒
これは︑﹁効果的な表現方法を習得する力﹂中の﹁⑦効果的な文章
︵段落︶のつなぎ方ができる﹂及び﹁⑧効果的な文体︵敬体︑常体︑
会話体︑など︶を使うことができる﹂の具体︒
事例6 私の家族 ︵小六・女︶
私の家族は︑父母兄私の四人家族︒
母は︑いつも新聞についているこうこく紙で表が︑ま白だったら
﹁計算紙にしなさい︒﹂
エンピツが︑7㎝ぐらいになって使わなくなると
﹁学校ではっかわなくていいから家で使いなさい︒もったいないよ一︒﹂
と小さな小さな事まで気づいて︑言ってくれる︒ 母とは︑反対の父は︑清潔で手や車が少しでもよごれていると︑すぐに洗う︒母みたいに小さな事は︑気づいていても何にもいわない︒私と兄が︑けんかを︑するとわたしの味方を︑してくれる︒私が︑ラケットや︑自転車などを︑ほしがっていればすぐに仕事の帰り買って来てくれる︒ ただ私から見て心配な所は︑22時問はばっちり働かなければなりません︒毎日母私兄とで仕事中は︑事故がなければいいけどね︒と心配している︒父と兄は︑まるでテニスボケのように毎日暇が︑あればうち方などを︑二人で相談している︒兄も︑学校から帰ると毎日すぶりや︑かべにボールを︑あてて︑練習︒ この事例に見られる﹁私の家族﹂の紹介の順序︑これが見事である︒ まず︑﹁私﹂にいちばん関わってくることの多い﹁母﹂のことを紹介する︒次に︑その﹁母とは︑反対の父は﹂と︑前者とは大きな違いをもつ﹁父﹂のことを紹介する︒そして︑その﹁父﹂といつも一緒の﹁兄﹂を﹁父と兄は﹂﹁兄も﹂と続けて紹介する︒しかも︑その紹介の仕方は︑いつも︑﹁私﹂と﹁母﹂︑﹁私﹂と﹁父﹂︑﹁私﹂と﹁兄﹂との関わりにおいてである︒これによって︑﹁私の家族﹂の絆の深さまでもが表現されることとなった︒この作品の筆者にそこまで書く意図があったかどうかは別として︑作品としては︑事例5の場合よりももう一歩進んだ﹁⑦効果的な文章︵段落︶のつなぎ方ができる﹂ことによって︑この作品は︑単に﹁私の家族﹂のいちいちを紹介するに止まらず︑﹁私の家族﹂の絆の深さのありようまで紹介することになった︒ この作品に見られる表現法でもう一つ目を留めておきたいのは︑﹁事故がなければいいけどね︒と心配している︒﹂のところ︒ これと同じ表現は︑実は﹁坊ちゃん﹂︵夏目漱石︶に見られる︒
新築の二階から首を出していたら︑同級生の一人が冗談に︑いく
らいばっても︑そこから飛び降りることはできまい︒弱虫や一い︒
とはやしたからである︒
傍線部分の表現がそうである︒事例6の筆者がこれを知っていて﹁事故がなければいいけどね︒心配している︒﹂としたはずはないの
で︑多分これは表記上のミスから生まれたものである︒ミスだから
訂正させるのは簡単だが︑表現力皿の観点からいえば︑これを捨て
させるのは勿体ない︒筆者﹁私﹂の飾らない︑率直な︑しかし︑ちょっ
とおっちょこちょいな物言いが︑こういう表記をとらせているとも
読めるからである︒ また︑事例文の﹁7班こ一い︒﹂者はこれを最終的には削除した︒ 本当にきな粉が出来るか︑今やっと粉が出たのだった︒ の前には︑次の文があったが︑筆
出来ないかみんなで心配していたが︑
この削除によって︑冒頭で﹁石うす﹂まわしの場面を描写し︑次
に︑どうしてそうなったかを説明するという︑出来事を出来事が生
じた順序とは逆の順序で追うという︑﹁効果的な表現方法を習得する
力﹂の中の﹁⑥効果的な文と文とのつなぎ方ができる﹂の具体が生
み出された︒
事例7 昔の石うす︑今はミキサー ︵六年・女︶
﹁出た︑出たや︒﹂︐
二班さんの机の方から心配そうな声がしきりにとんでくる︒私はつくえにすわっ
て社会の勉強をしながらじっと耳をかたむけていた︒粉が出るのか︑出ないのか︑
あっちでもこっちでも心配している︒
﹁出た︒粉が出た!﹂
下側さんが勝利をかちとったようにさけんだ︒心のなかでやったとさけんだ︒
国語で石うすの歌を勉強した︒その後に本物の石うすをもってきて大豆をひい
てきな粉を作ろうということになったのだった︒
﹁7班こ一い︒﹂
やっと私達に順番が回ってきた︒ 事例8 みんながんばったのに− −ぼくは
あの日の事を思い出すと︑心がしぼむような気がする︒ ︵小六・男︶
﹁⁝⁝⁝くる︒﹂﹁⁝⁝⁝ている︒﹂は︑﹁効果的な表現手段を習得
する力﹂中の﹁③効果的な語句選びができる﹂の具体︒ ﹁ワァッ︑ワァi︒走れ!走れ!それ行けーー⁝﹂
﹁ドチドコ︑ドドン︒﹂
運動場にタイコのはら底にひびく音がなりひびく︒にぎやかな運動会︒その種目
の小学生部友リレーの事だ︒
二年生の女子にバトンタッチ︒順位は三番︒差︑は大きくない︒応えん団の人達
は︑三︑三︑七びょうし︒二びょうし︒手の動く限り力いっぱい応えんした︒そ
して二年の男子︒やっぱり追い付かない︒三年生の女子も追いぬけなかった︒そ
れから三年の男子とせまる︒
三年生の男子にバトンタッチ︒そのしゅん間︑
﹁山口ぬかれんかいな︒ビリになったらぬき返しきいかいな︒﹂
というめっそうもない気がおこってきた︒予感は合った︒一人ぬかれ︑二人目︑
三人目︑とうとうビリ︒
﹁ドドツドゴツ︒ドドゴツ︒﹂
自己表現としての作文の指導
五
安河内 義 己
六
ぼくの心ぞうは高なる︒それでも
﹁ぬいてやる︒一位になるぞ︒﹂
という期は増してくるばかり︒四︑五年生でだいぶ追い付いたが︑ぬけそうにも
ない︒心ぞうは︑なお高なる︒手にはひやあせが︑にじみ出てくる︒それにつら
れて足が中へ中へとちぢんでいるのに気付いた︒五年生の男子が半分回った︒他
の部落の六年生を見ると︑早い人ばかり︒六年生にバトンタッチ︒最初は塚本さ
んだ︒相手はまだ遠い︒差は一メートルニメートルとちぢまる︒それでも︑心の
中は︑
﹁こわい︒﹂
﹁ぬいてやる︒﹂
ではっきりしない︒男子はスタートラインにならんだ︒女子は第四コーナーを曲
がった︒顔を赤鬼のように真っ赤にして走ってくる塚本さんからバトンをもらっ
た︒頭には今までがんばったみんなの様子がうかんできた︒ぼくの他の人は前の
方へ行っている︒力いっぱい走った︒ももを高く上げ前へたおれるような形で走っ
た︒第ニコーナーの所で極楽寺をぬいた︒次は極楽寺四組Aチームをぬかなけれ
ばならない︒極楽寺四組Aチームの村岡君は︑体操服がすりきれるほど手を前︑
後に動かし地面をける︒村岡君に追い付き︑ならんだ︒あと一歩で追いぬく︒そ
の時︒村岡君の手がぼくのバトンに当たった︒バトンは宙で一回二回と回り地面
へたたきつけられた︒
﹁しまった︒﹂
と思ったのもおそすぎた︒その間極楽寺からもぬかれけっきょくビリになった︒
体中の力がぬけた︒他のチームはみんな︒ゴールイン︒走る気さえしない︒ゆっく
りゆっくり走ってゴールインしてしまった︒責任を感じられる︒
みんなは力の限り走った︒それなのにぼくは:−::︒と考えた︒
このこころのしぼむような思い出は︑一生わすれないと思う︒ けーー⁝﹂﹁ドチドコ︑ドドン︒﹂というように︑音声だけで描写されるのは多くない︒それだけに表現としては新鮮である︒これは︑表現力皿のうち︑﹁効果的な表現手段を習得する﹂中の②・③・④の具体︒走っているところの描写も︑短文で︑体言止めなども駆使︒これは︑﹁効果的な表現方法を習得する﹂中の⑤・⑥・⑧の具体︒また︑﹁心ぞうは﹂﹁ひやあせが﹂︑﹁足が﹂などを主語にもってきたのは︑これも⑤の具体︒ 最後に︑題と︑書き出し文と︑書き終わり文の呼応が見事である︒これは﹁⑦効果的な文章︵段落︶のつなぎ方ができる﹂の具体︒二 教科書作文単元に見る表現紅皿 以上に見たような表現力皿の学習は︑に見られるだろうか︒ 教科書作文単元にどのよう
事例9 単元三﹁こんなものみつけたよ﹂︵小一・下︶では︑﹁さくぶんを書いた
らよみかえしましょう︒﹂と次の観点を示す︒
○﹁は﹂﹁へ﹂﹁を﹂を︑正しくつかっていますか︒
*注 この場合の﹁正しく﹂とは︑﹁わ﹂﹁え﹂﹁お﹂との混同がないか︑表記
上の誤りを正すことを指示している︒事実︑多くの作文教室がやっきになつ
て指導するのも表記についてであって︑助詞﹁は・へ・を﹂の正しい使い
方についてではない︒これは次の事例2の場合も同様である︒
○ぶんのおわりに・がついていますか︒
○人のはなしたことばには︑﹁﹂がついていますか︒
運動会は作文の題材の宝庫である︒多くの作品がここから生まれ
ているが︑運動会の様子が﹁ワァッ︑ワァー︒走れ!走れ!それ行 事例10 単元四﹁とてもたのしかったよ﹂︵小二・上︶では︑﹁作文を書いたら読みかえしましょう︒﹂と︑次の観点を示す︒
○﹁1は﹂﹁1へ﹂﹁1を﹂や︑小さく書く字︵や・ゆ・よ・つ︶は︑正しく書け
ていますか︒
︵4︶ 小学校の低学年にとって事例9・10に見られる作文見直しのこの
観点は︑いずれも表現力皿に相当するものである︒それも皮相な︒
しかし︑彼らにとっての主要な作文の関心事は︑もっと次の点へ
しっかり向かわせらるべきである︒
﹁は﹂を正しく﹁わ﹂と混同しないで使うことよりも︑﹁は﹂だけ
でなく﹁が﹂や﹁も﹂までをも駆使して︑主語の多様な文を多量に
作り出す喜びを満喫すること︒ ︵5︶ 主語の多様な文を多量に作り出すとは︑次のことを言う︒
小学校一・二年生が作る文の大方はこうである︒
きょうわたしがかいがきょうしつに︑いったらきょうはどんな
えをかくのかとおもいました︒きょうはしゃぼんだまをつくるの
でした︒そしたらしゃぼんだまのなかにいろいろなものをしれま
した︒
一年 もりやま ともみ
きょう︑休みじかんにごむとびをしました︒ごむとびがいちば
んすきです︒ごむをなくしたりきれてつかえなくなるとからだが
むずむずしてきます︒
とぶまねとかします︒いつも子になっています︒ときどきおや
になります︒
こたつちがあるときは︑おやになりきれるけど子たっちなしの
ときはおやになりたくありません︒いまはみみまでとべるけどま えはとべませんでした︒まえよりかはじょうずになったけどまだじぶんではえざきさんやくさかべさんぐらいじょうずになりたいです︒
二年分やまさき かな子
ご覧のように︑これらの文は基本的には主語を必要としない︒﹁わ
たし︵ぼく︶は﹂という主語は︑このような文章では︑この事例の
ように省略するのが通例だからである︒
低学年の国語教室は︑こういう文を作らせることにいつまでも終
始している︒これでは︑﹁文の中における主語と述語との照応に注意
すること︒﹂︵﹁言語事項﹂第一学年オア︶の学習は十分にならない︒
これを十分な学習にするためには︑次の過程を踏む必要がある︒
①ら︑ 行させる︒ ﹁わたし﹂﹁ぼく﹂という主語のある文が作れるようになったできるだけ早い時期に﹁わたし﹂﹁ぼく﹂を省略した文へ移
②
人物が主語となる文が作れるようになったら︑もの・ことが③ 主語となる文づくりに進む︒
自己表現としての作文の指導
七
安河内 義 己
八
これは︑主語と述語との照応力を︑主語の置き方を変えることに
よって養う学習である︒
主語と述語とを照応させる学習が大切なのは︑これが認識のあり
方と深く関わっているからである︒
すなわち︑小学校一・二年生の場合︑文づくりの方法を多くもっ
ているわけではないので︑一人称の主語を持つ文によってなる文章
は自己認識の方向に向かう場合が多く︑三人称の主語をもつ文によっ
てなる文章は他者認識の方向に︑三人称であっても︑もの・ことを
主語にもつ文からなる文章は状況認識ともの・こと自体の認識︵本
来は他者認識の範疇に入れるべき︶の方向に向かう場合が多い︒
さらに︑また︑彼らにとっての主要な作文の関心事は︑もっと次
の点へしっかり向かわせるべきである︒
・﹁へ﹂﹁を﹂を﹁え﹂﹁お﹂と混同しないで正しく使うことよりも︑
﹁へ﹂﹁を﹂を駆使して修飾語をたっぷり添える喜びを満喫するこ ︵6︶ と︒例えば︑次のように︒
みせやえいった︒ばんおかった︒
た︒はたしはばんがすきや︒ ばんはにじゅうえん︒おいしいばんでよかつ
・ぶんのおわりに﹁・﹂をつけることを忘れないようにすることよ
りも︑﹁・﹂をつけることがもどかしいほどに︑また︑忘れてしま
うほどにたくさんの文をつぎつぎに作り出す喜びを満喫すること︒ ︵7︶例えば︑次のように︒
うみにいたららうみがたくきんみえた
ざぶざぷんとゆねていた ををきくてそらまでみえた なみが きようあめがふってばすでかえった︒まどかちゃんがきしだでおりたのでわたしはひとりになりののうえがきてわたしがおりようとしたらしゃしょうさんがみまちやんここでおりるんかといゆたった︒わたしはうんとゆうた︒するとどあをあけてくれたった︒わたしはおりてなにかあしがいたいなとおもった︒かえってみるとくつづれやとゆたったくつづれでよかったとおもった︒
(一N生 五月一九日︶
きょうせんせいと︒みんなでとりこをしました︒あたしがっかまえたのに︒
とやまこうじくんは︒ぼくがつかまえたんだいいた︒そのちうとまえだから︒
かずくんをつかまえたのににげてしまった︒そのつぎにっかまえたのは︒かつ
ひこくんだた︒でもまた︒あたしがっかまえたのに︒
・﹁﹂をきちんと付すことよりも︑人の話したことを︑そのまま書
き言葉にする喜びを満喫させること︒
会話文づくりといえば︑﹁﹂や﹃ ﹄のことのみが指導内容とし
てピックアップされるが︑会話文と地の文とのつなぎ方をどうする
かのほうが︑生きた会話文づくりにはもっと大事である︒
しかし︑作文単元にはこの学習は盛り込まれていない︒そうだと
すると︑子どもたちがこのことを学ぶのは︑理解教材としての物語
の読みで︑ということになる︒ ︵8︶ 教科書に拠れば︑単元一﹁こえにだしてよもう﹃くじらぐも﹄﹂︵小
一・下︶で︑次のA・B二とおりの文型が学ばれる︒
Aみんなは︑大きなこえで︑
﹁おうい︒﹂
とよびました︒ ○○は︵が︑も︶︑A﹁ ︒﹂ ・といいました︒
B
﹁おうい︒﹂
と︑くじらもこたえました︒
B
﹁ ︒﹂と︑○○は︵が︑も︶
いいました︒
このA・Bは︑会話文と地の文とのつなぎ方の基本といっていい
だろう︒ これを基本として押さえると︑ここからいろいろなバリェイショ
ンが導かれる︒以下に示す︒
81
uここへおいてよう︒﹂
みんながさそうと︑
﹁ここへおいでよう﹂
と︑くじらもさそいました︒
82
﹁ ︒﹂
○○は︵が︑も︶
81
u ︒﹂
と︑××は︵が︑
いいました︒ いうも︶
﹁よしきた︒くものくじらに
とびのろう︒﹂
男の子も︑女の子も︑
はりきりました︒
ユ このB・Bの型は︑
単元一 ﹁ ︒﹂
82O0は︵が︑も︶
しました︒
B型の変形したものと見ることができる︒
﹁気持を考えて読もう﹃お手紙﹄﹂︵小二・下︶では︑先のA.Bがドッキングした型としてのいわばC型とも言ってよい形が
学ばれる︒
自己表現としての作文の指導
Cかえるくんがいいました︒
﹁だって︑ぼくが︑きみにお
手紙出したんだもの︒﹂
﹁きみが︒﹂
がまくんがいいました︒ ○○は︵が︑ いいました︒ ﹁ ︒﹂
﹁ ︒﹂ C
××は︵が︑
いいました︒ も︶がも︶が
これは︑会話文のみをつなぐ方法の基本型といってよい︒ エ この型がマスターされてくると︑次のCやCの事例のように︑会
話文によって場面はいっそう活写されると同時に︑人物の場面への
登場も︑Qのように会話文によってできるようになる︒
q単元七﹁おもしろいところを見つけよう﹃えいっ﹄﹂︵小2・上︶
﹁とうさん︑ねえ︑とうさん︒﹂
﹁なんだい︒﹂
﹁じゃあ︑青のしんこうを︑赤にすることもできるかい︒﹂
﹁できるとも︒﹂
﹁じゃあ︑やってみせてくれる︒﹂
α単元四﹁作品のおもしろさを﹃わらぐつのの中の神様﹄﹂︵小五・下︶
﹁うへえ︑冷たあい︒お母さん︑どうするう︒﹂
﹁新しい新聞とかえてごらん︒ひものところも︑しっかりとくる
むようにしてね︒あしたまでには︑なんとかかわくだろう︒﹂
﹁かわくかなあ︒なんだか︑まだびしょびしょみたいだよ︒﹂
すると︑茶の問のこたつから︑おばあちゃんが口を出しました
九
安河内 義 己
﹁かわかんかつだら︑わらぐつはいていきない︒わちぐつはいい
ど︑あったかくて︒﹂
﹁やだあ︑わらぐつなんて︑みったぐない︒だれもはいている人
ないよ︒第一︑大きすぎて︑金具にはまらんわ︒﹂
また︑会話文が︑外言ばかりか内言をも表示することも学ばれる︒
次の単元一﹁情景を思いうかべて﹃大造じいさんとガン﹄﹂︵小五・
下︶の場合である︒これをD型としておく︒
D﹁様子の変わった所には︑近づかぬがよいそ︒﹂かれの本能はそう
感じたらしいのです︒
こうして︑会話文にもA型・B型・C型・D型及びその変形型な
どがあるとしてみると︑今度はその組み合わせの型がいくつもまた
教科書教材に摘出できる︒
例えば︑単元一﹁本を開こう﹃赤い実はじけた﹄﹂︵小六・上︶︒
﹁いいや︒岡本君の店ってだけで︑べつに哲夫君がお店に出てるわけ
じゃないもんね︒﹂
綾子はそう自分に言い聞かせた︒
ところが ︒
﹁らっしゃい︒﹂
店の前まで来て︑綾子はにげ出しそうになった︒大声でむかえて
くれたのは︑哲夫だったのだ︒
﹁なんだ︑米田じゃないか︒﹂
哲夫の顔がくしやっとなる︒哲夫は︑長ぐつに黒くて長いゴムの 一〇
エプロン姿︒学校で会うイメージとはちがって︑一人前の魚屋に見
える︒﹁米田︑いつもうちで魚買ってくれてんのか︒﹂
﹁えつ︑あのう ︒﹂
綾子がうまく返事できずにいると︑
﹁おっ︑哲の友達か︒﹂
店のおくから︑哲夫そっくりのお父さんが顔を出した︒
会話文の習得については︑次の実践がある︒
から︑こういう会話が駆使できるのである︒
︵9︶ けんか 小学校二年生の段階
にいちゃん﹁にくだんしよう︒﹂
ぼく ﹁うん︑しよう︒ぼくそとやど︒にいちゃん︒﹂
にいちゃん﹁そんならはいれ︒﹂
ぼく ﹁よし︒﹂
にいちゃん﹁かかってこい︒﹂
ぼく ﹁そら︑にいちゃん︑きえたぞ︒﹂
にいちゃん﹁なんどい︑じぶんがさきにきえたんやんか︒﹂
ぼく ﹁なに︑いうとんどい︒じぶんのがさきやんか︒
かったわいな︑にんころのぱ一ぷ一︒﹂
にいちゃん﹁なにいいやがつた︒﹂
ぼく ﹁なかいたろうか︒﹂
にいちゃん﹁なかしてみい︒﹂
ぼく ﹁なかいたろ︑いえにはいってこい︒﹂ べー
にいちゃん﹁いくがいやい︒﹂
︵10︶﹁おとうちゃん︑おさけのんでん︒﹂
﹁あたりまえやがい︒﹂
﹁そんでも︑けさは︑もうのまへんいうたったで︒﹂
﹁そうかなあ︒そんなこといったかなあ︒﹂
﹁いうたっだで︑いうたったで︒﹂
﹁まあ︑そういじめるな︒のみたいやんがな︒ははははは︒﹂
︵11︶事例11 単元六﹁くわしくかけるようになった﹂︵小二・下︶では︑児童作文﹃く
つあらい﹄を提示し︑﹁どのようにくわしく書いているか﹂を見させ︑﹁みなさん
も︑作文を書くときは︑どんなところに気をつけて︑何をくわしく書けばいいか︑
考えて書きましょう︒﹂とする︒
事例12 単元三﹁書くことをえらんで書いた﹂︵小三・上︶では︑児童作文﹃ろ
く木登り﹄を提示し︑﹁くわしく書くところを考えて︑苦心したことやがんばっ
たことを書きましょう︒﹂とする︒
事例11の場合︑﹁どのようにくわしく書いているか﹂と言っておい
て﹁何をくわしく書けばいいか﹂とは食い違いもはなはだしい指示
の出し方だが︑難しいのは︑どのようにくわしく書くかもだが︑ど
こをくわしく書くかである︒何︵どこ︶はくわしく書いて︑何︵ど
こ︶はかんたんに書くか︑この決定は︑くわしく書いたことの効果
を予測しなければできないので︑子どもにとっては難しいのである︒
事例11・12は︑表現力Hのレベルのつもりでくわしく書くことの
学習を要求しているのかもしれないが︑どこをくわしく書くかの問
題は︑実は︑表現力皿のレベルの学習を要求しているのである︒ ︵12︶事例13 単元三﹁構造を工夫して﹂︵小五・下︶では︑児童作文例を提示し︑﹁次のようにすると︑読んだときに分かりやすく︑また︑大切な学習記録として残ります︒﹂とする︒○まとまりごとに順序を整理して︑分かりやすく書く︒○実際に見たことや聞いたことと︑学習の中で感じたことや考えたことを区別し て書く︒○絵や図を入れて説明する︒ 事例13で表現力皿に関わるものをしいていえば︑﹁絵や図を入れて説明する﹂である︒これは︑表現力皿の﹁⑦効果的な文章︵段落︶のつなぎ型ができる︒﹂の具体である︒ 以上︑事例9〜13を見て言えることは︑教科書作文単元は︑表現力皿の学習にはあまり力を入れていないということである︒三 ﹁効果的な﹂ということの評価基準 表現力皿が表現力1・Hと決定的に違うところは︑その表現が﹁効果的な﹂か否かが常に量られるところにある︒ その量られる基準は︑次の三つである︒基準1 ﹁書くこと﹂の真理性が一層確かになったか︒基準2 ﹁書くこと﹂の真実性が一層豊かになったか︒基準3 所期の書く目的・必要が十分充足されたか︒ 基準3の書く目的・必要が充足されたかどうかを量るということは︑いきつくところは言語の六つの機能︑① 伝達の機能
②行為の統御の機能
自己表現としての作文の指導=
安河内 義 己=一
③
④
⑤
⑥
個体形成の機能
言語調整の機能
社会構成の機能
文化創造の機能
が十分発揮されているかどうかを量るということである︒
この基準1・2・3に照らして︑教科書の作文単元の児童作品を
見てみよう︒
︵13︶事例14 単元二﹁くわしく書けるようになった﹂︵小二・下︶
くつあらい やのようへい
きょうは︑土曜日︒﹁何か︑おてつだいをしよう︒﹂①
と思いつきました︒そこでくつあらいをすることにしました︒
はじめに︑くつをぬらしました︒そして︑スポンジにせっけんをつけたら︑あ
わがすいこまれるみたいに見えました︒②
ぼくは︑ふしぎに思い︑しばらくようすを見ていました︒すると︑いいにおい
がしてきました︒そして︑スポンジにせっけんがいっぱいになって︑手にあわが
っきました︒手をにぎったら︑きれいな色のあわがいっぱい出てきて︑たいよう
に光りました︒ぼくは︑きれいだと思いました︒③
あらいはじめは︑くつのそこからです︒なんどもこすったら︑あわがくつのま
わりにつきました︒水であわをながしたら︑すぐながれていって︑おもしろいな
と思いました︒そして︑くつのそこは︑まつ白になりました︒④
つぎに︑くつの上の方をあらいました︒きれのところをまた︑ごしごしとあら
いました︒手がだんだんだるくなってきます︒けれども︑がんばりました︒⑤
かた方のくつがきれいになったので︑もうかた方もあらいました︒先にあらっ
たくつにまけないようにと︑しっかりこすりました︒
となりのおじいちゃんが︑家から出てきて︑
﹁えらいね︒﹂⑥ とほめてくれました︒ぼくは︑うれしくなって︑にこつとわらいました︒ じぶんのくつがおわったので︑妹と弟のくつをあらいました︒あらいおわったので︑門のところにおきました︒ぼくのあらったくつは︑ぴかぴかひかっているように見えました︒ おかあさんが︑
﹁きれいにできたの︒﹂
とききました︒ぼくは︑
﹁できたよ︒﹂⑦
と答えました︒きょうのおてつだいは︑大せいこうだと思いました︒
*作品中の①〜⑦の部分には︑作文の際に参考としたがよい点として︑次の脚注
が入っている︒つまり︑①〜⑦の点について学習をすすめよ︑ということであ
る︒①
②
③
④
⑤
⑥⑦
﹁﹂をつかって思いついたことを書いている︒
したことを思い出して書いている︒
よく見てかわっていくようすを細かく書いている︒
あらうところをわけて書いている︵あらいはじめ︑つぎに︶
かんじたこと思ったことを書いている︒
おじいちゃんの話したことばを︑﹁﹂に入れて書いている︒
おかあさんと話したことばを︑﹁﹂に入れて書いている︒
事例14が指摘している学習点①〜⑦は︑すべて表現力Hに関わる
学習である︒①・⑥・⑦の﹁﹂の学習も︑二年生のこの時期では
表現力皿ではなくて表現力Hの学習となる︒ただ︑③については︑
これを﹁どのようにくわしく書くか﹂の学習ではなくて︑﹁どこをく
わしく書くか﹂の学習と見倣すならば︑表現︐江平の学習となる︒
しかし︑表現力皿の学習としてこの③の学習がはたして適切かと
いえば︑そうとばかりは言いきれないところがある︒
なぜなら︑この作品の趣意は︑
きょうのおてつだいは︑大せいこうだと思いました︒
であって︑そのことを言うのに③の部分︑
ぼくは︑ふしぎに思い︑しばらくようすを見ていました︒する
と︑いいにおいがしてきました︒そして︑スポンジにせっけんが
いっぱいになって︑手にあわがっきました︒手をにぎったら︑き
れいな色のあわがいっぱい出てきて︑たいように光りました︒ぼ
くは︑きれいだと思いました︒
この記述は不要である︒不要とまで言わなくとも︑少なくともここ
を詳しく書く必要はない︒詳しく書くことによって︑返ってこの作
品の趣意はぼけてくる︒
つまり︑﹁効果的な﹂か否かを量る
基準2﹁書くことの﹂の真実性が一層豊かになったか
に照らし合わせてみて︑③の部分が詳しく書かれたからといって︑﹁きょ
うのおてつだいは︑回せいこうだと思いました﹂ということ︵ここ
がこの作品の真実性︶が︑一層豊かに表現されることになるとは思
われないのである︒
事例11のところでも述べたように︑かくの如くどこを詳しく書く
かの決定は難しい︒やみくもに詳しくを求めればいいというもので
はない︒したがって︑この学習・は︑表現力皿を育てるという点から
いえば十分に適切とは言い難い︒︵こういう言い方をするのは︑こう
してはいけないよ︑という学習もあるかと考えるからである︒︶
自己表現としての作文の指導 ︵14︶事例15単元七﹁書くことは考えることだ﹂︵小五・上︶物を大切に池田まり子
わたしは︑毎朝︑登校のとちゅう︑ごみ集積所の前⁝
を通ります︒週二回の収集日には︑集積所はごみの山⁝
になってしまいます・よ亘ると︑その中に︑おもちゃ. ○考えるきっか けとなった事実 から書き始めて いる︒
や日用品など︑まだまだ使えそうな物か混じっていま一
す︒それを見ると︑わたしは︑
﹁もったいないなあ︒まだ使えるのに已
と︑つい立ち止まってしまいます︒
そんなとき︑父から聞いた︑アメリカのガレージー⁝○考えを深める
セんの話を思い芒ます.それは︑使わぞなった∴鮮輔矯
おもちゃやぬいぐるみ︑はんぱになったおさらや読み⁝れている.
終わった本︑体に合わなくなった衣類などを︑ガレー⁝
ジいっぱいにならべるのだそうです︒そして︑一つ一⁝
つにねだんを付け︑次に使っぞれる人を待つのです︒⁝
たまたま通りかかった人が︑買った品物を大事そうに⁝
かかえて帰っていくのを︑父は何度も見かけたという⁝
ことです︒
ガレ←8セールが︑アメ8ーカの人たちの日常生活⁝
にとけこんでいるのは︑きっと︑物を大切にする習慣⁝
の むが付いているからてしょう
一三
安河内 義 己
また︑学校の図書室で見かけることですが︑読みた⁝
い本を手に取ったとき︑本の表紙がよごれていたり︑⁝
べ;ジが破れていたりしていることがあります︒きっ⁝
と︑たくさんの友達に読まれたのだと思いますが︑そ⁝
の中のだれかが本をいためてしまったのでしょう︒ ⁝
わたしは・本を買ってもらったとき・すぐカ→を⁝
かけるようにしています︒また︑読みかけの所にしお⁝
りをはさんで︑ベージを折らないようにもしています︒⁝
でも︑図書室で借りた本を読むとき︑ついベージを⁝折ってしまうことがありま先 ⁝
図書室の本は︑個人のものではなく︑みんなに読ん⁝
でもらうためのものです︒その本を︑不注意でよごし⁝
たり破ったりすると︑みんなの喜びをうばってしまう⁝
ことになります︒
﹁自分の物を大切にするように︑学校の物︑社会の物⁝
も大切にしなければρ ⁝
と︑わたしは思います︒ ⁝
わたしたちは・筆ばこジート・えん筆消しゴム⁝
など︑まだまだむだに使っていないでしょうか︒今は︑⁝
お金を出せば︑ほしい物をなんでも買うことができま⁝
す︒物が豊富で︑かん単に手に入るうちはいいのです⁝
か・お金を芒ても買えなくなったらどうでし・う・⁝ ○︐物を大切に﹂ という考えに関
連した︑別の例
を入れている︒
○ 考えを深める
ために︑自分の
経験を入れてい
る.O意見①
︵おおやけの物
を大切に︒︶
○ 読み手にも考
えてもらおうと
している︒
::てしょうカ
・どうでしょう︒ 原料がなくなり︑物が作れない時代が来たら︑わた⁝したちはこまってしまいます︒わたしたちは︑物の使⁝い方をよく考えて︑むだにしない努力をしなければい⁝けないと思います︒ ⁝ 一四
○ 意見②
︵物の使い方を 考えて︑むだ にしない努力
を︒︶
この事例15の作品が︑表現力mが育つ学習に適切か否かを量るの
は︑ 基準1﹁書くこと﹂の真理性が一層確かになったか
である︒ この作品の真理性は︑結びの文とした筆者の主張
わたしたちは︑物の使い方をよく考えて︑
しなければいけないと思います︒ むだにしない努力を
が︑書かれているもの・ことの論理にどれだけ支えられているかに
よって量られなければならない︒その観点で見てみると︑この作品
にはその真理性が揺らぐところが二箇所ある︒
一つは︑次の箇所︒
よく見ると︑その中に︑おもちゃや日用品など︑まだまだ使え
そうな物が混じっています︒それを見ると︑わたしは︑
﹁もったいないなあ︒まだ使えるのに︒﹂
と︑つい立ち止まってしまいます︒
筆者は︑﹁よく見ると﹂と表現しながらその成果を﹁おもちゃや日
用品など﹂としか書かなかった︒﹁思い出し﹂た﹁ガレージセールの
話﹂では︑﹁ぬいぐるみ︑はんぱになったおさらや読みかけの本︑か
らだに会わなくなった衣類﹂と具体を綿密に記しているのにである︒
また︑どれくらい﹁まだまだ使えそうな物が混じってい﹂るか︑そ
の数量も書かなかった︒﹁よく見﹂ているのだから書けるはずなのに
である︒これでは﹁よく見ると﹂にならないばかりか︑﹁まだまだ使
えそうな物﹂の具体が読者に現実性︑切迫性を以て迫ってこない︒
だから︑﹁もったいないなあ︒まだ使えるのに︒﹂という筆者の思い
も空疎にしか読者に響かない︒筆者の主張のよってたつところの一
つはここにあるのだから︑ここが訴える力に弱いのはそのまま主張
の弱さとなって表れてくるのである︒
もう一つは︑次の箇所︒
わたしは︑本を買ってもらったとき︑すぐ︑カバーをかけるよ
うにしています︒また︑読みかけの所にしおりをはさんで︑ペー
ジを折らないようにもしています︒でも︑図書館で借りた本を読
むとき︑ついページを折ってしまいます︒
図書室の本は︑個人のものではなく︑みんなに読んでもらうた
めのものです︒その本を不注意でよごしたり破ったりすると︑み
んなの喜びをうばってしまうことになります︒ い﹂や﹁不注意﹂でなのか︒そうではないだろう︒この後の部分で︑筆者も﹁自分のものを大切にするように︑学校の物︑社会の物を大切にしなければ︒﹂と言っている︒﹁つい﹂とか﹁不注意﹂などではなく︑考え方そのものに欠陥があるから︑こういうことになるのである︒ これくらいの作文力をもっている筆者であれば︑目を向けさせてもらえさえずれば︑ここに指摘したような表現のあいまいさは︑すぐ自分で見抜けるし︑また︑書き直しもできる︒そして︑こういう学習によって言語感覚も育つ︒ 以上︑二箇所についてこの作品の真理性のあいまいさを見たが︑仮りにそのあいまいさが解消せられたとすると︑筆者の主張も先のように一般的なものではなく︑もっと具体化され︑そして︑具体化されただけ筆者ならではの主張となっていく︒ そして︑そのとき︑この意見文は筆者のみならず読者をも動かす力をもつことになる︒﹁効果的な﹂を量る 基準3 所期の書く目的・必要が十分充足されたかが問われるのもここにおいてである︒ したがって︑この作品も︑表現力皿を育てるという点からいえば十分に適切とは言い難い︒︵こういう言い方をするのは︑こうしては
いけないよ︑という学習もあるかと考えるからである︒︶
この段落は︑問題点の寝棺化をはかる上で大事なところである︒
その際︑注意していなければならないことは︑問題点をすり替えな
いことである︒﹁図書室で借りた本を﹂﹁ついページを折ってしまう﹂
﹁不注意でよごしたり破ったりする﹂というが︑これはほんとうに﹁つ こうみてくると︑教科書作文単元に提示された参考作品は表現力
︵15︶Hレベルの学習を要求する場合が多く︑表現平皿の学習からいうと︑
相当に吟味しなおされなければならない︑ということが言えよう︒
自己表現としての作文の指導一五
安河内 義 己一六
注1 長崎県大村市中央小学校平田秀和教諭の実践︵1993年︶に拠る︒
2 事例3・4は︑福岡県篠栗町北勢門小学校における筆者の実践︵198
2年︶に拠る︒ 3 事例5・6・7・8は︑福岡県宇美町宇美東小学校相川寸寸教諭の実践 ︵1980年︶に拠る︒
4 実例9・10は︑光村図書出版︵平成四年版︶に拠る︒
5 拙著﹃国語教室改造﹄二六九︑三〇九頁に拠る︒
6 黒藪豊子著﹃一年生の作文教育﹄百合出版︵一九七三年︶六七︑六九︑
七一頁に拠る︒
7 注6に同じ︒
8 光村図書出版︵平成四年版︶に拠る︒
9 注6に同じ︒一二一頁に拠る︒
10 注6に同じ︒一二二頁に拠る︒
11 光村図書出版︵平成四年版︶に拠る︒
12 同右︒
13 同右︒
14 同右︒
15 表現力Hについては︑下の表を参照されたい︒ 表現力Hの内容
表現力Hは︑﹁書くこと﹂に言葉によって姿・形を与えるカ︒
るす
得
習を
段
現手
る 表
す
得
習
を
法 方
現
表
①文字の読み・書きができる︒
・平仮名の読み・書きができる
・片仮名の読み・書きができる
・漢字の読み・書きができる
・ローマ字の読み・書きができる
など︒②言葉の読み・書きができる
・﹁へ﹂﹁え﹂︑﹁は﹂﹁わ﹂の区分ができる
・﹁話﹂﹁話し﹂の区分ができる
など︒③正しい言葉と言葉のつなぎ方ができる︒
・主語と述語のつなぎ方ができる
・修飾語と被修飾語のつなぎ方ができる
・文法に従って正しく書く
など︒④文と文とのつなぎ方がいろいろできる︒
⑤文章︵段落︶と文章︵段落︶のつなぎ方がいろいろできる︒
⑥以上①〜⑤につての﹁理解﹂と﹁表現﹂の体験を積み上げ
ることができている︒
・﹁理解﹂し﹁表現﹂する体験を量的にたくさんもっている︒
・﹁理解﹂し﹁表現﹂する体験を質的にいろいろもっている︒