東南アジア進出企業と労使関係
一台湾とシンガポールー
三原 泰 煕
1.序
未開発国あるいは発展途上国の工業化は資本財の投入,工場設備の建設のみならず,同
(1)
時に産業労働力の創出とその「構造的組織化」を必要とする。そこで工業化とそれによる 経済発展に伴なって労働問題,労使関係の諸問題が生成する。ここにいう労働問題や労使 関係とは,アメリカ合衆国や西欧の先進資本主義国で注目され,またその研究がなされて きた労働組合,労働運動,労働争議等に限定されるものではなく,さらに(1)労働力の募 集・採用・訓練と発達,定着の諸問題,(2)経営者,専門職,管理者,技術者の発達に関
(2)
する問題,(3)抗議の多種多様な形態と構造の考察,等をも包含するものである。
先進的・近代的(西欧的)工業技術の導入によっておこなわれる工業化は,在来の伝統 的工業とは異質の,近代工業に特有の労働力とその編成を必要とし,それは工業化にとも
(3)
なう労使関係の普遍的,一般的傾向と特徴を生み出すのであるが,同時にそれは固有の階 級制度,家族制度,宗教(労働,貯蓄,物質的向上にたいする態度を含む)等の文化的・
社会的環境をもつ工業化以前の社会の労働者から産業労働力を創出,編成しなければなら
ず,そこから各国に特有の労使関係が形成されることになる。
東南アジア諸国は第二次大戦後および独立後,経済発展計画を編成して,その後進性か らの脱却,国民の所得・生活水準の向上をめざしてきた。その中心は工業化におかれ,工 業化に伴なう労使関係の諸問題の解決には経済発展計画の一環としての労働力(雇用)計 画をもっておこなわれているが,その計画の実行,managementにおいて最も重要な役 割をはたすのはミクロレベルにおける労働力計画と実践である。従来,経済計画や資源配 分の問題は多くの注目を受けてきたが,その実施の面,経営的側面は粗略な扱いを受けて (4)
きたのであって,今後この面の究明が要請されるところである。そしてまた発展途上国は その経済発展・工業化を外国援助や外資導入を挺子にしておこなおうとしているのである が,それは,外国企業の進出によっていかなる労使関係が形成されてゆくのかという問 題,先進国の工業技術の導入に伴なって先進国の管理制度,管理技術が適用可能であるか
否か,その有効性という問題を提起する。
ところで,近年わが国の企業の各国への進出が急激に増加し多国籍化している。多国籍 企業の進出動機,多国籍化の要因は,低コスト,市場確保(防衛)および拡大,関税・非 関税障壁対策,各国の経済成長の格差,政府の奨励策,税金問題,その地方への融合,等
(5)
々と多種多様である。全世界的にみると低コストのウェイトは必らずしも高くはないが,
わが国の企業の東南アジア進出の動機についてみるとき,業種,進出先によって差異があ り,また複数の動機のなかでのウェイトも異なるであろうが,圧倒的多数は労働力確保・
(6)
利用,コスト低減をあげている。これらの進出企業においていかなる労務管理,労使関係 問題の処理がおこなわれているかを調査することは,上述の視角からも重要な意義を有す ると思われる。すなわち,先進国の企業が未発門訴や発展途上国に進出するとき,その企 業は進出国の労使関係システムのなかの一サブシステムを構成し,当該国の工業化に伴な う固有の労使関係の諸問題について,企業レベルで解決することが必要となる。それは労 働組合,団体交渉,労働争議といった狭義の労使関係あるいは労働者の意識や表面に表わ れた行動の問題にとどまらず,労働者の募集,選択,雇入,訓練,定着と移動,不満・苦 情・紛争・緊張の処理,等の労務管理全般にわたる問題を取り扱うことが要請される。
本稿は,筆者が1974年1月28日より4週間長崎大学東南アジア研究所より派遣されて訪 問した諸国のうちで,急速な工業化と経済成長によって注目されている台湾とシンガポー
(7)
ルにおける若干の進出企業や団体において,労務管理,労使関係についてききとりをした ものを中心にしてまとめたものである。時間の制約のために訪問した企業の数や分布が限 られており,また用意していたすべての項目について答をきくことができなかった事情が あり,得られた結果は必らずしも一般化できないし,また不正確な認識もあることを断わ
っておかねばならない。
また,そのききとりをここで公表することは,非公式の訪問であるにもかかわらず好意 的に回答をしていただいた方々に,あるいは迷惑であるかも知れないが,御容赦をお願い
する次第である。
註(1)Clark K:err, F. H. Harbison, J. T. DunloP. and C. A. Myers, The labor
Problem in Ecorlomic Development , International labor Review, Vo互. LX{(ユ955),p.230.
(2) Ibid.,P.227。
(3)K:err, Du.n16P,H:arbison,Myersはその著書Industrialism and Industrial Man,1960 において,各国の工業化過程の労働問題を,普遍的なもの,関連のあるもの,独自なものとい う三つの枠で分析しようとし,普遍的なものを,「インダストリアリズムの論理」として把握 している。See, K壁r, et a1.,Industrialism and Industrial Man,1960. P.1L
(4)See, A. IR. Negandhi,Management and Economic Development:The Case of Taiwan,1973, P.1,3.Negandhiはここから先進的な経営技術や実践が後進国に適用
できるか否か,その効用について調査を行なっている。(5)澄田智,小宮隆太郎,渡辺外編,『多国籍企業の実態』(昭和47年)8頁及び49−57頁参照。
(6)週間東洋経済,臨時増刊1973年版『海外進出企業総覧』の「国別にみた海外進出企業」の投資 目的・メリット・損益・配当他,の項参照。
(7}調査にあたって統一的な質問用紙の作成を考慮したが,国によって問題の所在や内容,比重が
違っていることが予想されたので,形式的な質問用紙よりもむしろ今後の調査の準備的作業と して自由なききとりをすることにした。
∬.台 湾
台湾(中華民国)は戦後の復興とその後の工業化を挺子として国際的に注目されるほど の経済成長を達成してきた。経済建設4力年計画のはじまった1953年より1967年までに (1)
GNPは年平均8.4%,工業生産は同じく14%の成長を実現してきた。この過程において 1960年までに輸入代替産業が確立され,国内市場の飽和とともに輸出に向かったが,東南 アジア諸国の工業化とともにそれが限界に逢着し,国際的分業にもとつく輸出産業の発展
(2)
の条件の探求が必要となった。この急成長を支えた条件は,1965年までのアメリカの経済
援助とそれ以後の外資優遇措置による外資導入,一般に教育水準が高く,したがって規律が あり,それにもかかわらず賃金の低い,豊富な労働力の存在,戦後の土地改革と初;期にお
(3)ける農業の発展,交通通信等の社会的間接資本の基盤の存在,等である。
天然資源の乏しい台湾が今後さらに経済成長を続けてゆくためには,輸出産業の確立,
(4)
拡大が不可欠の条件であるが,最近の価格と賃金の上昇,熟練労働者の不足,工業企業 における異常に高い労働移動は台湾経済の重大な問題として認識され,適切な経営投入
(5)
(management inpu.t),技術者,熟練労働者の養成への関心が高まっている。それゆえ,
台湾の企業においては豊富な労働力の存在にもかかわらず労働力の移動・定着と訓練が一 つの問題であり,他方労働組合(工会)は存在するが,争議行為が禁止されているところ がら,従業員の不満や苦情,要求がどのように処理されているか,そしてそれが労使関係
の他の諸問題にいかに関連しているかが解明されるべき問題である。
台湾において筆者が労使関係についてききとりをおこなった企業等は次の如くである。
A社:商社(日本)
B銀行二(半官半民)
C社:電気機器(日本企業の技術提携と資本参加)
D社:金属製品(日本企業の資本参加)
E社:電気用品(全額日本資本,輸出加工区)
F社:毛編物製品(輸出加工区)
G社:男子服〆(輸出加工区)
H社:合板
1.J氏(輸出加工区管理処職員)
K氏:信用調査会社の経営者
必らずしも日系企業のみではないが,半官半民で公務員服務規定の適用されるB銀行が
(6)
や\異なるほかは,その実務においてはほとんど相違はないようであった。以下,人事政
策・基本方針,募集・選択・採用,訓練,移動・定着,解雇,不満・苦情とその処理の各
項目について概略をみることにする。
註(1}Anant R. Negandhi, oP. cit.,P.4,南亮三郎編『台湾の人口と経済』(1971年)95頁 及び110頁の表参照。
(2)笹本武治,川野重任編,r台湾経済総:合研究』下(1968年),第14章第4節参照。
(3)前掲書,65ユ頁及び751−737頁,A. R. Negandhi, op. cit.,P.5参照。
(4)Henry Y. Wan, Jr. An Economic Analysis of the Technical and Vocational Education in Taiwan , in:Sino,American Conference on Manpower in Taiwan,
1972,p.183.
(5).A. R. Negandhi. oP. cit.,P.5
(6)Negandhiは米系,日本企業,中国企業の人事管理を比較して,日本企業と中国企業は米系 企業と著しい対照をなすという結論を出している。([bid. p.・96.)
(1)人事政策・方針
訪問した企業においては,ほとんど人事政策や基本方針についてはきかれなかった。た だC社が労資一体,産業自活,建教合作を基本方針として後述のようにかなり包括的な管 理を行なっており,またA社で「現地化は社是」,H社で「家庭的」ということがきかれ たのみである。この明確な人事政策,方針の欠除はNegandhiの調査においても示され
(1)
ているところである。
註(1)A.R. Negandhi, oP。 ci七.,PP.80−81.
(2)募集・採用
訪問した台湾企業において,B銀行(公務員任用試験合格者を政府の人事行政局が配 分)を別にすれば,新聞広告(A.D.E.F.G社),バリ紙(D.F社),従業員の紹 介(D.E社)等の方法によって募集しており,一般労働者についてはそれで十分に集ま るとのことである。学校推薦と紹介(C社が一部利用している),職業訓練中心,職業補導 委員会はほとんど利用されていない。これは一般的な傾向とみることができる。ちなみに
!972年4月の製造業の募集方法の統計によれば,計20,792人のうち,公開招請(Through
Advertisement)16,820人,委託親友介紹(Through Friends and Relatives)2,858人,
向教育或訓練機構招雇(Through Educational Institute)265人,その他683人となって (1)
いる。
ただし急速に拡大した高雄・楠梓輸出加工区では,最近求人が困難になってきており,
斡旋にたいする謝礼金を50−200元支払う場合(E社)もあるが,「賃金を高くすれば集ま る」 (G社),「賃金,福利厚生をよくすれば集まり,また年令,婚姻状態について目を
つぶれば集まる」 (J氏)という状態である。この点は(4)移動と定着に関連している。
なおC社の場合,併設の高等職業学校の卒業生を優先的に無条件で採用し,一般募集の場
合は学校を指定しており,またいわゆる中途採用はない。
次に応募者の選択についても明確な基準はきくことはなかった。一般的に(K:氏によれ ば),履歴書によって家族状態について審査し,試用期間(1〜2カ月,D社は15日)の
(2)
間に最終的に選択するという方法である。
註(1)台湾省労働力調査研究所編,『中華民国台湾地区工鉱業従業員工工資工面及進退状況調査報告
』1972年4月,48。49頁。
(2)A.R. Negandhiによれば,調査企業中,職務分析を実施している企業は日系企業,中国企
業にはほとんどなく(日系企業7社共になし,中国企業11社中2社のみ,米系企業は9社中6
社,Negandhi. op. cit.,p.83),またブルーカラー従業員の選択については,二二,日 系,中国企業のいずれも余り注意を払わず,精緻化されていない。(lbid.p.84)(3)訓 、練
台湾工業の中心は組立・加工産業であり,その技能は容易に習得でき,他方,学校教育 (1)
の普及から労働者は一般的に知的水準が高いのみならず,規則正しい学校教育を経験して
(2)
いることから勤勉で規律あることが特徴である。したがって,一般労働者の訓練に関して は,採用後に社内で,on−the−job trainingによって訓練するのが一般的である。
(D.E. G社およびK氏)。
したがって,現在の台湾において労働力の訓練・養成問題の中心は熟練労働者,技術 (3) (4)
者の養成であり,経営管理者の養成である。前者の養成の機関として9年の義務教育修了 後の職業学校(3年および5年制)があるが(付録第1図参照),(1)学生が一般に普通高
校,大学進学を志向する結果学生の質が低く,また卒業者のキャリアー選択として専科職業
学校(短大)又は大学進学者が多く,就職者も受験準備のできるデスクワークに就く傾向 があり,また進学しない場合も生産現場からホワイトカラー職への昇進によって技能労働 者より漏出すること,(2)使用者側においては,工業学校卒業生はぜいたくであり,低賃 金の未経験者を訓練しようとする傾向があること,(3>工業学校の教育内容は理論的内容(5)
を重視し,実習時間が少ないこと,等々の理由によって,技能労働者の供給には十分な成
果を上げていない。
企業経営者は労働力の質が高く豊富であるために訓練に時間を費すことは不要とみな し,また市場情況の作用として,売手市場の場合には単位コストや労働能率に敏感になら
ず,他方,買手市場の場合には訓練費用を節約しようとするという短期遠視野から,訓練:は (6)
ほとんど精緻化されていない。また訓練費用を投じても他企業に高賃金でもって引き抜か
れるという事情が加わる(この点は労働移動に関連する)。ただし,近年の職業訓練基金条例
によって企業は給与総額の1.5%を拠出し,訓練を実施したときにはその80%の支給を受 けることになり,企業の訓練が盛んになってきた(C.D社談)。公式の訓練コース,あ るいは職業学校をもつのはユ公企業,2民間企業(C社はそのうちの1社)のみである。他の民間企業が技能労働者,技術者を獲得する方法は,(1)公有企業または他の民間企業 から経験ある人員を引抜く,②経験あるスタッフの後見のもとに未経験者をつけて数年
(7)
後に熟練労働者の地位に上げる,という方法によっている。
次に管理者,経営者の訓練についてみると,C社の場合,教育訓練を重視するという経 営方針のもとに工科大学,高等職業学校を設置し,そこに在職訓練センターが併設されて いる。新入社員は新進幹部講習として5週間の実習(現在は人手不足のために3週聞)
とユ週聞の講習をうけた後に工場,サービス店に配置される。分組長昇進のときには4日聞 の分組長訓練コースをうけ,その後毎年3日間のfollow−upコースが設けられており,更 に組長,経理(課長),廠長(部長)には集中的合宿訓練がおこなわれている。このよ うなC社においてもなお経営者クラスの訓練はなお不十分であること,および訓練員の不 足が問題として指摘された。またD社は班長,課長クラスには民間の訓練センターに委託
して管理者教育を行なっている。しかしながら,「台湾における企業で経営者の訓練と発
(8)
展に大きな注意を払っている企業は多くない」といわれている。
このことは,台湾の企業者の性格の特徴,すなわち,公企業の場合,個別経済の利潤追 求とともに,特定の人的政治的社会的集団の利害を至上の価値基準として考えるところの
中国的家産官僚的性格をもち,民間企業の場合には,旧地主企業家,大陸系企業家,新興企
業家のいずれも1代目であり,株式の公開も少なく,所有経営者,非専門的経営者である こと,および戦後の台湾の政治的,社会的,経済的土壌のなかで形成された企業の政商的(9)
性格に関連しているといえよう。
註(1)1964−65年度において小学校入学率は96.83%,小学卒業生の中学入学率は55.14%,中学卒業 生の高校入学率は79。31%,高校卒業生の大学入学率は77.51%である。笹本・川野編,前掲 書,上,130頁参照。
(2)笹本・川野編,前掲書,下,716頁。なおNegandhiは中国人労働者の特徴として「態度が
よく,規律正しく,熱心に働き,信頼できる」けれども,「革新の精神を欠いている」と述べている。(Negandhi, oP. cit.,P.ユ02,ユ08.)
(3)H.R. Wan, Jr.,op. cit.,P.185.
(4)A.R. Negandhi. op. cit.,P.87.
(5)H.R. Wan, Jr.,oP. cit.,PP.189−196.
(6>A、.R. Negandhi, oP. cit.,PP.93−96.
(7)H:.R. Wan, Jr.,op. cit。,P.193, Wanは後者のinformal trainingは高い質の技 能労働者を生み出すには不十分であるといい,その理由として,(1)企業規模が通常かなり小 さいこと,②これらの新しい企業は組織的訓練手続の展開の伝統と経験を欠いていること,
(3)高給の経験者は自分の仕事に忙しく訓練や監督に時間とエネルギーを費すことができない こと,をあげている。(fbid.)
(8)A.R. Negandhi. oP. cit.,P.87.
(9)笹本・川野編,前掲書,下,775−776頁参照。
(4)労働移動と定着
台湾製造業における高い労働移動率は統計によって把握されているところであり(第 2,3図および第1表参照),時期や業種によってかなりの差異はあるものの,直接生産 労働者の場合には月平均3%以上,年40%にも達し,非生産従業員の場合でも月平均約1
%である。
1.高い移動率をもたらす経済的背景としては,まず非常に高い工業の生長率(1967年
(1)
までの15年間では年平均14%,5年間では年平均19%)による労働需要の急増である。不 熟練労働者はなお豊富であるが,しかし輸出加工区では,これらの範壽の労働者の需給す
ら逼迫し,加工区内でわたり歩く「加工区ずれ」した労働者が生じている(:F社)。さら に特に熟練:労働者,監督者,技術者,経営者の不足が顕著であり,引抜きによって補充し (2)
ようとするために慢性的労働移動をひき起している。これは「先発企業は引き抜かれ続け である」 (D社)という苦情となっている。したがって労働移動は,部分的には,既述の 台湾における全般的および企業内の訓練の有効性にかかわる問題である。
2.次に時期的にみると,(統計は1.4.7.10,月の年4回忌調査であるが),7月 に入職率,離職率共に毎年ピークを描いていることが特徴である。これは,7月に学年が 終了し卒業生が入職するとともに,「大学受験に合格すれば来なくなる(進学する)」
(J氏談)ことの現われである(上級学校進学志向一前項参照)。またこの入・離職率の 統計は試用期間中の労働者をも含めているので,この時期の率は,一度入賦した後の採 用・選択の過程の反映であるとも考えられる(「3−7日で定着するか否かがきまる」
(F社))。それゆえ,これは(2)募集,採用の項にかかわる。
3.次に訪問した企業において,移動(離職)の理由としてあげられた項目は主として 収入(賃金,ボーナス)に関するものであり,その他に仕事の内容や作業条件がある。
(i)賃 金
B銀行:「待遇が悪いとやめて外国銀行にゆく。1ただし男女同一待遇で身分も保障されて
いるので女子は定着する。」
C社:「給料差ですぐ動く。」
D社:「賃金の差があると割り切って移動する。」
G社:一般的に「1500NT$以下は定着性がない。」
(ii) ボーナス。
A社員談およびJ氏:「旧正月のボーナス後に移動する。」
H社:「ボーナスが一番重要。」
E社:「旧正月休み前には420人いたが現在(旧正月直後)410人であり,その原因はボー
ナスの不満である。」
(iii)仕事の内容その他。
G社:「仕事が単純すぎると移動する。」
B銀行:「優秀な者は失望して1カ月も定着しない。」
A社員談:「女工,中学卒者は手を汚さない工場へ(例えば自動車修理,鋳物工場から電 子工場,繊維工場へ)という職場環境のえりごのみが出てきた。」
賃金,ボーナスがほとんどの場合に離職の理由としてあげられているが,このことは一 般的傾向とみていいであろう。離職率は既述の如く時期によって変動しているが,同時に 業種によっても大きな差異があり,そしてそれはその業種の賃金水準(平均賃金)ときわ めて密接な関係がある。(第1表と第2表を比較参照)
また仕事の内容という理由は,従業員側の自分に適した仕事の探求過程であるともいえ るのであって,F法談とあわせて,募集,選択,採用の過程に関連がある。
4.定 着 対 策
良質の労働力が豊富な台湾では,不熟練労働者が離職してもその補充は,既述のように 加工区を除けば,それほど困難ではないが,しかし企業にとっては不熟練労働者といえど も訓練費用と時間,また能率の面では損失であるので,各企業においてそれぞれの定着対
策をきくことができた。
(i)賃金・ボーナス等
上述の如く,経営者は移動の理由の第一に賃金・ボーナスをあげているだけに,離職対 策として賃金等の収入の調整をあげる企業が多い。C. D. E. FおよびH社がそうであ
る。ただしE.F社の場合には能率給の形態に力点をおいており, H社は,旧正月前のボ ーナスをあげている。退職金規定を離職対策としてあげたD社の例はあるが,「退職金は
(3)
一般にはない」 (K氏)のであり,これは経営者が長期的政策や計画を欠除しているのと 同様に,労働者の場合にも将来に得られるかも知れない利益よりも今日の収入を重視する
という態度の反映であるように思われる。
(ii)福利厚生
賃金調整の次にきかれたのは福利厚生である。C社, D社(寄宿舎,食事の米及び副食 の一部負担),E, F社であり,加工区では日系の3社は寮によって定着に成功し(1
(4)
氏),また一般に食堂,卓球用具等がある(J氏)。福利厚生といえどもこの程度である が,C社の場合には包括的な福利厚生制度が実施されている。同社の職工福利報告によれ ば,各種補助金(子女の教育,兵役,喪葬)の支給,購買,貸付,食堂,教養,娯楽,体 育,詰軍,保健衛生,従業員持株制,社宅,独身寮,住宅貸付,等がある。また日系某社 でも従業員持株制を実施しているが(A社員談),一般に従業員持株制は普及していない
ようである。この理由は前述の退職金の場合と同じであろう。
(iii) 独特な対策として「適材適所」 (C社)があるが,これは選択,配置等の人事管 理にかかわる対策である。
(iv) 作業条件の改善一冷房の設置(1氏)
5.上述の如く,企業経営者は高率の労働移動の理由を考え,各種の対策をおこなって
いるのであり,例外はあるが,賃金,福利厚生などの雇用条件,直接的,即時的利益の提 供に重点をおいているのが特徴的である。それらはまた同時に他面では他企業からの労働
力の吸引,引抜き策ともなりうるものである。なお,現在の労働移動の現状をみるとき,・
それらの対策が十分な効果をあげているとは考えられない。移動にはさらに多くの要因の 作用が考えられるのであって,C社ですら3%弱である。
最後に,企業経営者からはきかれなかったが,移動の原因で最も重要ど思われるものと して,労働条件(賃金,その他作業条件)の不満・要求をとり上げる制度が十分に作用し
(5)
ていないので,労働者はそれらの不満・要求を移動によって解決しようとしているという
事情が予想される。これは次項(5)の不満・苦情の処理に関連する。
要するに,台湾における,豊富な労働力の存在のなかでの高い労働移動率の問題は,急 速な工業化や社会的な技能労働者,技術者の養成制度(教育制度)の不備などの社会的経 済的条件の結果でもあるが,同時に経営内的条件,経営管理,労務管理の面では,賃金以 外に募集と選択,配置,訓練,作業条件,不満・苦情・緊張の処理機構といった要素に関 わりがあるのであって,その意味では労働移動は台湾企業の人事,労務管理,広く経営管
理の問題の集中的表現であるといえるであろう。
註(1)A.R. Negandhi, oP. cit.,P.106.
(2) Ibid.
(3) 工bid.,P.96.
(4)台湾省労働力研究所編,前掲調査報告書(1972年4月)によれば製造業における月収入のう ちに占める福利厚生の比率は,現物給付(0。75%),宿舎・寮(2.66%),食事(1.46%),
その他定期的手当(1.51%)であり,合計6.38%である。
(5)A.R. Nega1ユdhi, oP. cit.,P.106.
(5)解雇・処罰
解雇・処分の方法は,D社の場合就業規則(服務規定)を設けてそれに違反した場合にお こなわれ,その判定は経営者側にあり,工員については工場長,職貫については総経理
(社長),役員については董事長(会長)がおこなっており,また始末書をとる(E社),
規則によって,能率の低いもの,トラブル・メーカーを解雇する(F社)のように,概し て就業規則に依拠しておこなわれているが,従業員側にはそれに対抗する制度はない。
㈲不満・苦情の処理
経営過程において従業員の抱く不平・不満・苦情を適切に処理することは,企業という 社会システムを安定させ,勤労意欲を高め,高い生産性を実現する上できわめて重要な意
義をもっている。
1.従業員の不満・苦情の種類
経営者に提出される不満,ないしは経営者が従業員のもっていると考える不満の種類は
かなり広範囲にわたるであろうが,ききとりをしたかぎりでは,その中心は賃金一収入で あり,他に福利厚生,作業条件もあるが,いずれも直接的・即時的なものである。
(i)賃金や待遇については,A社, B銀行, F. G. H社において指摘され,不満の種 類をきくことができた企業すべてにおいてきかれた不満である。
(ii) その他の不平不満としては,福利厚生(H:社一副食の改善),仕事(B銀行, H
社),作業条件(G面一日曜日・夜間作業),人間関係(B銀行,H社)等である。2.不満,苦情の処理方法。
苦情の処理方法は,先進資本主義国においてみられる労働組合と経営者の交渉というフ ォーマルな方法のほかに種々の方法が存在する。そして台湾では,工会(労働組合),上
司への訴え,意見箱,個別的手紙,人事相談制等がある。
(i)工会(労働組合)
工会は成人従業員50人以上の事業所では必らず結成されることになっており,特に加工 区では工会及び福利社の設置が操業認可の条件になっている(J氏)。しかしながら,現
在も戦時体制下にあり,1947年の「動員勘乱完成憲政実施綱領」および1953年の「妨害国家
(1)総動員懲罰暫行条例」によって,あらゆる争議行為は禁止され,争議は斡旋,調停,仲裁 をうけなければならない。その結果,争議もほとんどなく(第3表参照),工会は「形式
的にはある」 (F社)が,「無いに等しい」 (B銀行)状態である。
工会の活動は労資一体,協力をスローガンとしており,従業員の抱く不満のうちで最も 多い賃金・雇用条件についてではなく福利厚生のみをとり上げる福利社として共済組合的 機能しか果していない。活動状況は,月に1回組合代表が会社に要求・提案を行なう。会 社側はそれにたいして回答をおこない,また交渉ではなく相談・協議するというものであ
る(C.D.E社)。
(ii) その他の方式
工会という団体を通しての不満の処理が十分におこなわれないので,それは個別的に処 理されることになる。それをとり上げる方法としては意見箱の設置(C.E. G社)や直 接に上司を通して提出されている(C.F.H社)。例えばB銀行では,一般的な待遇の 不満の場合はそれが公務員法によって規定されているので離職することになり,仕事や同 僚関係の不満・緊張の場合は個別的に上司,人事部長等に提出された希望(転勤,配転)
を人事部が一括して登録して業務に支障のない限り考慮するという方法で処理している。
C社では,上述の意見箱のほかに,照顧委員会(カウンセリング),上司,人事部への提 出の方法をとっている。∵般に要求はかなりフランクに提出され,不満が潜行するような ことはない(A社員談)。なおこれはストライキと共に禁止されているが,サボタージュ
という方法が一社においてきかれた。
要するに,台湾においては,あらゆる争議行為が禁止されており,工会は最も多い賃金
の不満・要求をとり上げず,個別的方法に,しかも経営者は労働者の面倒をみ,労働者は経
営者に依存するという温情主義的な方法に依存しており,また「銀行員が上役に対立する ということは考えられない」(B銀行),というところから,賃金,待遇の不満・要求の 究極的解決には,既述の移動理由の第一であることと併せて判断すれば,離職・移動とい
う方法が主になっているように思われる。その限りでは,労働組合的方法に代る企業内的 方法は,(かなり利用されているという印象をうけたが),結局のところ,その機能を十
分に果していないといえるであろう。
註(1>笹本・川野編,前掲書,上,123頁。
皿 シンガポール
シンガポールは台湾と同様に小国で資源に乏しく,国内市場も狭溢であるが,ここ数 年,急速な工業化と経済成長によって注目されている国である。GNPの拡大は1965年の 独立以後年平均14%(名目)である。この経済成長を支えたものは,工業化,特に外資導
入による工業化であり,工業生産のGDPに占める比重も1960年の9.1%,1965年の13.6
(1)
%から1969年には18.1%,1972年には23.5%に達している。
シンガポールは1959年に英国から自治権を獲得したが,天然資源のない,国内市場の狭 溢な小国であり,伝統的な中継貿易が隣国の独立とナショナリズムにより衰退し将来を期 待できないこと,多数の失業者の存在,等と前途は容易でなかった。そこで政府は国の存 立基盤を工業化,輸出産業の確立に求め,工業団地の造成,創始産業・輸出産業にたいす (2)
る税制優遇措置,インフラストラクチュアの整備等の投資環境の整備に努めた。その間,
1963年のマレーシア連邦加盟によるインドネシアとの対立(1963−1965),1965年のマレ_
シア連邦からの分離・独立後のマレーシアとの対立,196串年の英軍撤退開始等の悪条件が 加わった。しかし政府は1967年12月には創始産業・輸出志向産業における外資および国内 資本の投資促進のために経済拡大法(所得税免除法)を制定し,1968年には雇用法の制定 と労使関係法(1960年制定)の大幅改正を行なった。この労働関係2法は労働時間の延長
(週39時間から44時聞),超過勤務時間の制限(月48時間,なお!972年は72時間に延長),
創始産業には操業後5年間について労働条件の最高限度を規定し,他方雇用主の権限の拡 大と団体交渉・労働争議への政府の規制を強化することによって,労働諸条件の低位安 定,雇用機会の創出,労使関係の安定をはかろうとするものであった。これによって外資 の進出が急増し,それによって産業雇用も急増し(1968年は27.9%増,1969年は20%増
(3) (4)
加),失業者も1965年の48千人,8.7%から1974年の36千人,4.8%に低下し,ほぼ完全雇
用に低い状態になった。またストライキ等の件数とそれによる損失労働日数も,ユ961年の 116件,41万人日が1964年に急減したが,1967年の10件,41千人日から1968年の4件11 (5)千人日,1969年の0件(継続)8512人日に急減した。また1972年にはNWC(National Wage Counci1)が設置され,賃金のガイドラインを勧告している。
その他労使関係に関係のあるシンガポールの特徴:としては複合民族国家であり,その人
種構成は中国人一76.2%,マレー人一15%,インド人一7%,その他1.8%であり,国語 もマレー語,英語,中国語,タミール語の4力国語が使用されていること,また初等教育 の就学率は高いが,それ以上の技術・職業教育はようやく近年整備されようとしているところであることである。
かかる環境のシンガポールに外国企業が進出するとき,いかなる労使関係が形成され,
労務管理がおこなわれているか,ということが問題となる。
日本企業のシンガポール進出は工業部門約100社,その他30社,計ユ30社に達しており,
(6)
とりわけ1970年後半以降に集中しておこなわれている。シンガポールにおいて筆者がきき とりをした企業等は次の通りであるが,上述め進出企業数にたいして,きわめて一部分で あって,結果や推論があるいはシンガポールの事情を代表したものではないかも知れな
い。
A社:建設業 B社:合板 C社:タイヤ製造 D社;造船・修理船 E銀行;(開店後1年)
F氏;団体職員
G氏;シンガポール業者団体役員。
註(1>在シンガポール日本国大使館編『最近のシンガポール経済事情』1973年,3頁.:Lim Chong
Yah and Ow Chwee Haay, The Economic Development of Singapore in the
Sixties and Beyond , in:You Poh Seng and Lim Chorlg Yah eds. The SingaporeEconomy,1971, p.3.
②大使館編,前掲書,9頁参照。
(3}You, P. S. and Ow, C,H, oP. cit.,P.19.付表4参照。
(4)付表S参照。
⑤付表6参照。
(6}大使館編,前掲書,11−12頁。
(1>募集,選考,雇入れ
公的雇用斡旋機関としては労働省の雇用サービス(The Employment Service of the
(1)
Ministoy of Labor一登録は任意,無料)があるけれどもその役割は小さく,民間企
(2)
業の募集は新聞広告(A.B. C. D. E社)や友人・親族の紹介によっている。概して 多数の応募者があるが,ほぼ完全雇用状態にあるところがら,応募者は既就業者が多い 一これは移動・定着の項に関連する。ただC社の場合,移動する職務は不熟練の重労 働,汚れる作業であり,新聞広告や従業員で紹介者に報償金を出していてもシンガポール
内では集まらず,マレーシアで募集しても予定通りの人員が採用できず,また採用しても 定着しない。またB社では,やめてもすぐ補充できるが,屋内・外の重労働作業は請負業
者(contractor)に頼っている。
応募者の選考方法は,一般に現地人人事スタッフが面接を行なって決定するという方法
をとっているが(A.B. C. D社),そのさい日本人スタッフ寮同席し(A., B. C. D
社)技術的判断については助言している(D社)。選択の基準については,上述のように現 地人が行なっているので,明確な基準はきかれなかったが,握力テスト(C社,ただし余り実施していない),職員について英語(B社)などがきかれた程度である。
試用期間は,A社……6カ月, B社……3カ月, C社・・…・6カ月(必要な場合にはさら
に3カ月),D社……3カ月であった。採用基準や方法の未確立がこのような試用期間の 長さとなっているといえるかも知れない。もっとも筆者が入手した官報記載の協約(7 社)によれば,3カ月,3カ月+ユカ月,3カ月+3カ月が各1社,6カ月一4社であるから,現地の慣行に従った結果であるともいえる。
註(1)Ministry of Culture, Singapore, Facts and Pictures−1973, P.77. David H.
Clark, Labor Markets and Industrial Relations , in:Yoll Poh Seng and Lim Chong Yah,(eds.)The Singapore Economy,1971, p.322,
(2)D.H. Clark, oP. cit.,
(2)訓 練
シンガポール政府は,労働集約的産業から技術集約的産業の導入へと重点を移してお り,また現在までの技術者と技能労働者の不足に対処すべく,それらの人材の教育,養成 に力を注いでいるが,「教育制度が(産業発展に)おくれている」 (D社)といわれ,進 出企業は労働者の訓練を重視している。それはまた他面では,後述の如く,労働移動対策
の一つとしておこなわれている。
一般労働者の訓練は,採用後のon−the−job trainingによっている(B.C社)が,上
級基幹労働者については,on−the−job trainingのほかに一つの刺戟として,設立時の日
本への派遣訓練とその後毎年数名の新しい技術のフォローアップのための派遣,講習コー スへの出席等によっておこなっており(C社),大型ドック建設中のD社では,まず労働 者の訓練を兼ねて小型船の建造をおこない,伺時に日本へ派遣して訓練し,また賃金を支給しながら職業訓練学校において訓練を受けさせている。
(3)労働移動と定着 ・
シンガポールの労働者の特徴として,多民族構成であること,集団作業が不得手である こと,技術者,技能労働者が少ないことと共に労働移動が非常にはげしいことがあげられ る。政府の統計はないので労働移動の一般的状況や率は不明であるが,いずれの企業でも きかれた問題であり,また募集に応募した者の大半が既就業者である(D社)ことなどか
らもうかがわれる。もっとも企業によっては多少の差異はあるようである。
B社:年間10−15%移動するが,ある程度年数を経たものは賃金の関係から移動しな い。
C社:各企業間で共通性のある特殊専門技術者(会計担当者,電気技能者)が引き抜か れ,不熟練労働の原材料を扱う職務でのみ移動し,他は安定している。
D社:目下建設中であるため,将来の展望もあり,賃金も相場より高いので定着性はよ い。
E銀行:開店1年忌あるので離職は余りないが,やめたものは2−3人ある(従業員数 30人からみると7−10%に相当する)。
これだけから一般化することはできないが,G話談も補っていえば,概して不熟練労働 者(マレー人,婦人),特殊な技能労働者,技術者,専門職業者の移動がはげしく,また
ジュロン地区で高いことがいえるが他ではそれほど高くない。 ・
1.移動の理由と対策
労働者の移動を可能にする一般的な条件としては,シンガポールが急速な工業化に伴っ てほぼ完全雇用に近い状態にあり,特に技能労働者や技術者,専門職労働力の供給の不足
が指摘される(「教育制度の対応のおくれ」 (D社)。
各企業において離職の理由の第一としてあげられるのは賃金である(もっとも後述の 如く,他の労働条件はほとんど同一であるという事情がある)。一般の労働者,不熟練武
(1)
働者はわずかの賃金差で移動するといわれ,また技能労働者,スタッフの場合でも移動
(2)
するたびに賃金が高くなっている。労働者の観点からみれば,「高い給料をみつけて離 職してゆくことは祝福すべき」という慣習(A社,D社)であるが,また一般労働者の 場合において補充ができる限り企業にとってはそれほど深刻な問題ではないかも知れな
り の り
い。とはいえ,不慣れによる生産性の低下と訓練のための時間や費用という物質的損失,の の
そして仕事に慣れるところまで指導した時に離職されるという管理者にとっての精神的損 失(F氏)を考えるならば,企業にとっては対策の必要が認識され,その対策の一つは,賃 金,待遇を上げること(A.B.C社, F氏)である。しかしながら,移動の理由としての賃金については今少し立ち入った考察が必要である。
シンガポールの基本的賃金制度は後述の如く,職種別賃金であり,典型的な形は,昇給 額や昇給年数期間は異なるとはいえ,$200×12×6−272×15×6−362であり,これは 初任給200ドルで毎年12ドルずつ6年昇給し,272ドルになると次に年15ドルずつ昇給し,
昇格しない限り,362ドルで頭打ちになるということである。賃金の引上げは団体交渉に よって行なわれるとはいえ,:NWCの勧告の通りに実施され,自主的な交渉によって相対 的な改善をはかる見込みはほとんどなく,したがって現在および将来の改善は移動するこ
とによって得られることになる。あるいは訓練をうけて昇格することによって可能とな (3)
る。ここから企業的訓練を実施し,昇格,登用する方法が移動防止策として有効となる。
上述のことから,「経営者やスタッフは賃金のみならず将来の展望,仕事の適不適を考 えて考えて行動しているようだ」 (F氏)が,一般労働者でもある程度の将来の見込みを 考えて行動している,ということがいえるであろう。ただ「長い目でみてくれ,先は悪い
(4)
ようにしないから,というやり方は通用しない」にしても,それは決してシンガポーリア ンが短期的視野で行動することの三三ではなく,明確な保証が与えられていないことへの 反応であり,「非常にドライである」 (A.C社, F氏)ことの反映であろう。したがっ て,D社の例もあるように,将来の期待を保証することが重要であり,特にスタッフの場 合は,(6)現地化の問題とも関連する。
不熟練労働者,勤続期間の短い労働者の移動は一面ではそれは労働者が適職を見つけ,
企業が適材を見出す過程であり,ある程度の移動は不可避であり,それまでなくす必要は ないが,同じ職務で移動するという点は,仕事の内容,作業と比較しての賃金,あるいは 昇進の見込み(昇進系列)等の理由も考えられ,賃金の改善とともに,職務設計や職務編
成の改定がその対策の一つとして考えられるであろう。
註(1)舟橋尚道・原田輝男,「東南アジア進出企業の労働問題」,日本労働協会雑談182号(1974年 5月)4頁。
(2)シンガポール日本商工会議所,月報1973年8月号,12頁。
(3)前掲書,13頁。
(4)前掲書,12頁。
(4)賃金,その他労働条件
シンガポールの賃金の基本的特徴の一は]職種別賃金である。例外もあるが,賃金はいく
つかの職種に分類され,その初任給,年々の昇給額,昇給する年限,最高限度額が例え ば,$250×14×6−284×17×6−386という形で表現されている。昇給額はまちまちで あるが,ほぼ5−8%程度であり,昇給年限は工場,事務所,業種によって差異はある(1)
が,10−12年の間昇給する場合が多い。
職種の分類の基準はきくことはできなかったが,C社の場合コンサルタントに委託して 職務評価をおこなって分類すること(予定)になっている。また賃金の決定は,相場賃金 (2)
に依拠しており,また前述の労働移動がそのことを必要としているといえよう。
シンガポールの賃金決定の第2の特徴は,1972年に設置された労・使・政府の三者構成 によるNational Wage Counci1の勧告である。この委員会は,外国企業誘致の障害にな らず,経済のインフレ化傾向を若起しない範囲内で今後の望ましい賃金水準等についての
(3)
ガイドラインを見出そうとするものである。:NWCは1972年に第13カ月目の賃金と6%
の賃金引上げ,1973年には9%の賃金引上げ(定期昇給との相殺はある)を勧告し,
ユ974年2月1日にはインフレ手当として月25ドル引上げを勧告した。:NWCの勧告はあく
(4)
までガイドラインであって,それ以上,それ以下の交渉の可能性を否定していない。小規
(5)
模企業,現地企業は勧告通りでなくそれ以下で妥結しているが,訪門した企業はNWCの 勧告通りに実施している。また後述の労使関係法の規定から勧告以上の交渉の余地はほと
んどないといえよう。
各企業の賃金形態は作業の性質によって日給制,月給制,基本給+職能給,基本給+能
率給,奨励金,等の各形態が採用されている。
労働時間,超過勤務手当,休日,休日労働手当,有給休暇,病気休暇,出産休暇,結核 療養休暇とその間の賃金等については雇用法によって最低の条件が規定されている(雇用 法,第4章)が,1968年1月1日以降操業の製造業では操業後の最初の5年間は雇用法の
規定が最高条件である(労使関係法,第24条A)。
労働時間は1日8時間,週44時間であり,超過勤務は現在,月72時聞に制限され,超過勤 務には5割増,休日労働10割増の手当が支払われる。有給休暇は勤続1年以上IO年未満の 者には7日,10年以上勤続者には14日与えられるが,有給休暇の次年度への繰越しはな
い。
註(1)官報(1973年9月13日)記載の7協約とA,C社の協約によれば,昇給規定なし…1社,年々 の昇給額堂は比率のみ…2社,10−12年…4社,12−15年1社,21年間の賃金表…1社(銀行
のassistant officer)である。(2)舟橋,原田,前掲書,3頁。
(3)日本大使館編,前掲書,13頁。
(4}National Wage Counci1,1973 Wage[ncrease Guidelines,5,Meaning of Guide−
1ines.シンガポール日本商工会議所,月報1973年5月,16−r17頁参照。
(5)1972年の勧告は,NWCの1973年の勧告文によれば,491企業(100,488人)において勧告通
りに実施された。前掲「月報」17頁参照。(5)労働組合,団体交渉および苦情処理
1。労 働 組 合シンガポールにおける労働組合と団体交渉制度の概略は次の如くである。
労働組合の組織形態は,基本的に産業別組合であり,各企業にはその支部が存在する。
主要組合とその組合員数は次の如くである。製造業には,Sigapore Industrial Labor
Organization(SILO,組合員数42,000,以下同じ),The Pioneer Inclustries Employees Union(PIEU,19,800)があり,その他の組合としては, Singapore Manual Mercantile Workers Union(SMMWU,34,000), Singopore Port Workers Union(S.P.W. U,
12,000),Food Drinks Allied Workers Union(FDAWU,8,000),Singapore Teachers/
Union(STU,800), Amalgamated Union of Public Employees(AUPE), Singapore
Air Transport Union(SATτJ), Singapore Bank Emplayees Union(S. B. E. U.)(1)
等がある。なお支部組合には専従役員はおらず,団体交渉等には全国組合役員が最初から
(2)
参加し,協約にもサインしている。1972年末の組合員総数は,166,988人である。
組合の全国的連合体として,National Trades Union Congress(NTUC)があり,47 (3)
組合が加盟しており,加盟組合の組合員数は142,146人である。
2.団 体 交 渉
団体交渉が大幅に法律(労使関係法,雇用法)と政府機関の規制下におかれていること (4)
がシンガポール労使関係制度の特徴である。
使用者は組合加入資格のある従業員の過半数を代表する労働組合を承認し,団体交渉を おこなう義務があり(労使関係法,第16条一以下,特に断わらない限り,同法の条文で ある),また組合員にたいする差別待遇(第78条)や組合に加入しないよう勧告すること
(第77条)は禁じられている。しかしながら,団体交渉の範囲および方法には大幅な制約 がある。
労使関係法は,被用者の昇進,配置転換(従業員に不利にならない限り),スタッフの 雇入れ,レイオフ,解雇,復職,作業の割当ては使用者の権利であって,団体交渉の項目 に含めることはできないと規定し(第17条2項),また雇用法第4章によって労働時 間,割増,休日,有給休暇等の最低条件が規定されているが,1968年1月1日溢血におい て操業を開始する製造業企業等においては最初の5年間の間はそれを最高条件とし,それ よりも,従業員に有利な条件を提供することはできない(第24条A)と規定しており,し たがって,賃金のガイドラインの存在とあわせて考えると,労働条件の自主的交渉の余地
は全然ないといえる。
また労働争議の解決のために,労使関係法は,争議の通知(第21条),強制的協議(第22 条)調停(第20条),任意仲裁(第30条),強制的仲裁(第30条)を規定している。ストライキ
やロックアウト等の争議行為をおこなう権利を制限する条文はないので,労使が協定に達しないとき,当事者は労働裁判所に任意的仲裁を要請するか,ストライキ,ロックアウト 等の争議行為による圧力を加えるかの方法を選択できるが,後者の場合,労働大臣または
大統領が争議を仲裁に付することを決定することができ(第30条),労働裁判所の手続きが
(5)進行中はストライキやロックアウトは禁止される。
労使の交渉が合意に達したときには,両当事者が労働協約にサインをし,労働裁判所登 録官に提出して認可を受けることを要求され(第24条1項),認可された協約は裁定と同
じ効力をもち(第25条),官報によって公示される。
協約の運用・解釈(苦情処理)の機構も協約に規定されており,ほとんど同じ規定,形
(6)
式をとっているが,その場合も上述の使用者の権利の項目については争うことはできず,例
(7)えば,不当な解雇の場合労働者は労働省に訴えることになる。
上述のように,シンガポールでは労働組合は賃金その他の雇用条件を交渉するとはいえ その役割はきびしく制限され,労働者の代表として組合役員のはたすべき役割はほとんど (8)
ないといってよいのである。
3.進出企業の場合
上述の情況は訪問した企業においてもうかがうことができ:た。A社はSILOを, B,C 社はPIEUを承認し労働協約を締結している。 D社には組合PIEUの支部があるが未承 認であって労働協約は締結していない。また締結されている労働協約も賃金の規定を除け
ば,ほとんど同じ形式と条文をもつものである。
苦情;不満の種類および処理方法についてであるが,苦情の種類は上述の概略より推則 できるようにほとんど賃金に限られている。A社では公式の手続を使用したことはなく,B 社では他に投書箱をおいているが余り利用されておらず,出てくる苦情は賃金が中心であ る。C社では職務分類の不満が日常的に出ているが協約交渉のときに一括して処理するこ とにしており,今までのところ,ストライキや仲裁はなく,協約交渉過程において1度 slow−downがあったのみである。 D社の場合,労働協約は締結していないが,組合の要
求には法律に準ずる形で回答をしている。
註に)D社現地入社員による。
(2)Year book of Statistics Singapore 1972/73. P.33. Singapore, Facts and Picture
−1973.p.77.労働組合及び組合員数の推移については,付表7を参照。(3)Singapore, Facts and Picture−1973. p.77.
(4)D.H. Clark, op. cit.,p.322,325.
(5) rbid.,P.326.
㈲ シンガポール企業の労働協約にみられる苦情処理機構については第4図を参照。
(7)D.H. Clark, oP. cit.,P.327. (
〈8) Ibid.
(6)現地人登用問題。
未開発国や発展途上国の工業化に伴なう労使関係の重要な問題の一つは経営者,管理 者,専門職労働力,技術者等の工業化の指導者層の形成に関するものである。これらの労 働力は最初は外国人によって得られるとしても,近代的産業労働力の形成においても経営
(1)
者が重要な役割をはたすことからも現地人の養成と登用が必要である。シンガポールの政 府も先進国の技術を吸収,利用するために技術系スタッフについては現地人登用の要請を
(2)
行なっていないが,事務系スタッフについては現地人の登用を相当強く要請している。
(3)
進出した日本企業における日本人スタッフの数は操業開始後の年数によって差異はある が,現場監督者には言葉の問題もあってほとんど現地人を登用しており,また残る技術系 スタッフもラインからはずしてadviserとする方向が目指されている。ただトップクラ
スの経営者,管理者についてはなおほとんど日本人が占めている。
現地人登用の要請の強い事務系管理者およびトップ経営者についても現地化を進める予 定ないし意図はもっているが,同時にいくつかの問題点が指摘された。その第一は,現地