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迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂

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(1)

迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂

@     東京都日の出町最終処分場立地紛争を中心に

金   今 善

 目   次

 序 問題の所在及び本稿の目的

 第一章  ﹁合意形成﹂の観点と分析枠組の設定      −

  第一節 政策執行の政治的性格と﹁合意形成﹂

  第二節 迷惑施設立地戦略と分析枠組の設定       

︑  第一項 迷惑施設立地戦略

   第二項分析枠組の設定︑

 第二章 事例の分析

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五−一︶ 三二二

(2)

第一節 法的・制度的要因

 第一項 東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合

 第二項 ﹁自区内処理原則﹂

 第三項 環境影響評価制度

第二節 政策執行機関側の要因

 第一項行政機関の立地推進活動

 第二項 住民運動に対する行政側の反応

 第三項 行政側の認識

第三節 政策対象集団側の要因

 第一項 政策内容に対する反応

 第二項 執行活動に対する反応

第四節 政治・社会・経済的要因

 第一項 日の出町の社会的・経済的特性と三多摩地域の廃棄物現況

 第二項新住民と旧住民

 第三項 各種嫌がらせと住民間の分裂︑反対運動に対する不信感の広がり

 第四項 調整者の不在

 第五項 環境運動団体の活動

 第六項 広報活動とマスコミ 三一四

(3)

  第七項 選挙

結語 総括的評価      ・       ︑

序︑問題の所在及び本稿の目的       〆

   一 問題の所在       ︑ −︑  住民の快適な環境︵アメニティ︶に対する関心と環境悪化に対する不安が進むに従い︑原子力発電所︑焼却場など

      ︵1︶       ︑

  ︐の迷惑施設と呼ばれる施設の立地に対する地域住民の反対が環境政策の重要な課題になっている︒      ︵2︶    このような住民の反対は︑通常︑NIMBYシンドローム︵プ﹁Oけ一田ζ曽口③O犀寄≒△oo冒O﹃O∋Φ︶と呼ばれ︑私の裏庭

   には絶対に迷惑施設を受け入れないξう症候群と蟹れる・このような現象に対する初期の纂では・住民運動の

  性格やその発生原因の究明に主に問題の関心が集中してきた︒しかし︑従来のNIMBYめ見方には以下のよ︸つな限

   界がある︒      ︵4︶   .まず︑NIMBY行為をどう評価するかをめぐる問題である︒

︑      ︵5︶

    従来の見方には︑NIMBY行為は利己的・非効率的で社会的費用を増加させると非難する否定的な視角と︑地域      ︵6︶   住民の思考方式は合理的で政治的に妥当であり︑経済的合理主義に基づいていると主張する肯定的な視角との対立が

   存在する︒しかし︑NIMBYを︑﹁地域エゴ﹂のように否定的な視角から捉えると︑事例解釈や政策提案にあたっ

   て住民の抵抗はただ克服すべき対象となり︑一方肯定的な視角から捉えると︑政策問題解決において市民参加の議論

   に過度に収敏されてしまう︒このようにNIMBYを価値判断の問題として捉えてしまうと︑事例の総合的な理解を

      迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂    ︑       ︵都法四十五−一︶ 三一五︐

(4)

三一六

阻害する恐れがある︒

 また︑従来の見方では︑否定的な視角と肯定的な視角とを問わず︑地域住民は地域に有害だから反対する︑という      見解で一致している︒ところが︑近年の研究によれば住民は必ずしも有害だから反対するのではないとされ︑複数候

補地の有無︑立地選定過程の不透明性︑情報公開︑意思決定プロセスへ参加の可能性の有無など様々な反対の理由が

挙げられている︒づまり︑既存の議論の焦点は施設立地過程の基本的な原理や手続きに関する考察にかけている︑と

主張しているのである︒

 実際に環境問題を巡る多くの紛争を分析してみると︑社会的決定を巡って人々の間で様々な利益や価値の衝突が存

在する︒NIMBY現象もその一つである︒したがって︑本稿では︑NIMBYを︑社会的決定を巡る利益や関心の

異なる地域住民の政治的表現であり︑政治過程で調整されるべき利害の一つの要素︑と捉える︒

 本稿は︑このような視角から︑実証研究として東京都日の出町最終処分場の立地を巡る紛争を取り上げる︒

二 事例の意義と本稿の目的

︵1︶事例の概要

 東京都西多摩郡日の出町は東京の西部︑青梅市︑羽村町︵現羽村市︶︑あきる野市に囲まれた自然豊かな町で︑人

口は一万数千人である︒そこに東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合︵以下︑処分組合︶が管理する一般廃棄物の最

終処分場である﹁谷戸沢処分場﹂と﹁ニツ塚処分場﹂がある︒前者はすでに満杯となり︑投棄が完了し︑後者に一九

九八年四月より三多摩地域三六〇万人の一般廃棄物焼却灰等が投棄されている︒

 谷戸沢処分場の場合︑環境・衛生面︑地下水の汚染︑交通公害などに対する懸念から地元住民︵第二自治会︶や周

辺住民の反対が起こり︑処分組合は当初の予定地︵平井地区‖谷の入及び宮本︶から撤回せざるを得なくなった︒と

(5)

ころが︑一九九二年︑大幅に遅れて同町の大字平井字谷戸に設置された処分場で︑遮水シートの破損による汚水漏れ

事故が朝日新聞で報道されて以来︑日の出町のごみ問題は社会問題化した︒この最終処分場からの汚水漏れによる周

辺土壌や地下水汚染は︑最終処分場がある日の出町内の二地区︵第三自治会と第二二自治会︶にとどまらず︑多摩川

という三多摩地域の水源地汚染へとつながる恐れがある︒従って︑処分場使用終了後も谷戸沢処分場の﹁汚水漏れ﹂

疑惑解明と調査結果などの情報公開を求める周辺住民と︑調査や情報開示に消極的な処分組合・東京都・町との対立

が続いている︒さらに問題の解明や情報開示に積極的に乗り出そうとしないまま︑東京都や処分組合や町が住民の反

対を無視して︑第二処分場を町内の大字大久野字玉の内に建設しようとしていることに地域住民が異議申し立て︑紛

争に発展している︒

 ︵2︶事例の意義及び本稿の目的

 本稿は︑東京都日の出町最終処分場の立地をめぐる政策執行過程を﹁合意形成﹂という観点に即して分析を行うも

のである︒そこで︑本事例には次のような点で重要な意義があると思われる︒

 第一に︑なぜ︑地域住民らは特定施設の立地に反対するのか︑その地域住民の反対をどう評価するか︑ということ

を検討することを通して︑その解決策を考察するのに有益な事例である︒ ︑

 第二に︑NIMBYの通俗説から見ると︑迷惑施設が自分の住んでいる所から近いほど反対の程度が強いはずで

       ロ

︑あるが︑本稿で取り上げる日の出町の場合はこれとは異なっていて︑﹁地元﹂である第三自治会と第二二自治会の住

民はほとんど反対していない︒換言すると︑﹁地元﹂住民が賛成にまわり︑隣接する地域の住民が反対するという構      図になっている︒そのため︑﹁地元﹂が賛成しているにもかかわらず︵なぜ︑日の出町では﹁他所の者﹂の反対がつ

づくのかを説明する必要があろう︒少なくとも︑従来のNIMBYの見方では︑日の出町のようなねじれ現象を十分

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂      ・︵都法四十五ー一︶ 三一七

(6)

三一八

に説明することはできない︒

 第三に︑迷惑施設の立地問題への行政側のアプローチが適切な解決策になりうるかどうかである︒行政側は﹁周り

の人︵隣接地域住民⁚引用者注︶が賛成していても︑﹁地元﹂の人々が反対すれば政策の執行は無理であるが︑周り      ︵10︶の人々が反対していても︑﹁地元﹂の人々が賛成すれば︑政策は進めるべきである﹂という戦略をもって政策を進め

ている︒ところが︑前述のとおり︑﹁地元﹂は賛成していてもニツ塚処分場をめぐって﹁地域住民﹂の反対が続いて

いることは︑行政側の立地戦略が迷惑施設の立地問題に対する対策として有効ではないことを示している︒ここか

ら︑行政側は処分場立地と関わって住民との合意がなされていると主張しているにもかかわらず︑住民側はそれを否

定するという両者の対立をどのように捉えるべきかという問題が浮かび上がってくる︒       ︵11︶ ちなみに︑行政側が考える﹁地元﹂という概念にもかかわらず︑実際に汚染が発生した場合︑その被害は第三自治

会と第二二自治会の住民だけではなく︑その他の住民にも及ぶのであるから︑他の住民の意見も無視できないであろ

う︒したがって︑これは迷惑施設立地を巡る政策執行過程と関わって﹁関係する﹂行政機関や﹁利害関係を有する﹂

住民の範囲をどう決めるかという問題でもある︒

 以上のように︑日の出町の事例を分析するためには︑NIMBYとは迷惑施設立地に対する﹁地元﹂反対という通

俗説では捉えられない問題︑すなわちどのようにして﹁地元﹂住民と行政側との間で合意が形成されたのか︑さらに

必ずしも﹁地元﹂が反対しているわけではないのに︑なぜ﹁地域﹂住民の反対が起こるのか︑という問題について明

らかにする新たなアプローチが求められていると言える︒

 そこで︑本稿では︑以上のようなNIMBYに対する現状認識と事例の意義に照らして︑従来のNIMBYの見方

とは異なる﹁合意形成﹂の枠組を提示した上で︑迷惑施設の立地問題に対する行政の対応のあり方として︑﹁合意形

(7)

成﹂という観点をどのように政策執行過程の中に織り込むかについて検討を行うこと︑にする︒

 本稿の考察の手順は︑以下のとおりとする︒第一章では︑︐まず分析枠組を設定するための準備として︑先行研究で

は、

ュ策執行がゼのように捉えられているのかを確認し︑本稿における分析の対象とする迷惑施設立地の政策執行活

動はどう位置づけられるのか︑及びその執行過程においてなぜ﹁合意形成﹂という観点が必要とされるのかについて ・

触れておくことにしたい︒次いで︑迷惑施設立地戦略に関する先行研究を検討し︑それに基づいて事例分析のための−

分析枠組を設定.提示する⇔第二章では︑その分析枠組に基づいて︑東京都日の出町最終処分場立地をめぐる合意形    ︑

︐成過程の実態について分析を行うことにする︒さらに︑前章までの分析を通して得られた諸要因から︑日の出町最終

処分場の立地を巡る合意形成過程に影響を及ぼした主な要因を抽出し︵それに対する若干の評価づけを試みる︒

第一章 ﹁合意形成﹂の観点と分析枠組の設定

第一節政策執行の政治的性格と﹁合意形成﹂

初期の政籔行研究では︑政治・行政二元論のもと・藁碧を・政策決定・執行が順に行われ三方向的な毅

と捉え︑多くの断片的な事例分析が行われた︒しかし︑一九七〇年代後半からの政治・行政一元論下では︑政策執行

での意思決定も政策決定と同じように政治的性格が強く︑もっぱら政策決定過程で内容が確定されるだけではなく︑

執行過程においても政策決定が行われ︑さらにそれが執行される中で修正・補完されることも多く︑両活動が互いに

︑影響を与える循環性を有すると捉え始めた︒そこで︑このように捉えられ始めた政策執行に関する概念を明確にする

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂  ︑     ︑   ︵都法四十五−一︶ 三一九

(8)

三二〇

ために先行研究を具体的に考察してみよう︒

 バンミーターとバンホーンは︑政策執行を政策決定によって定められた目標の達成に向けた公私の個人または集団     ヨによる活動と捉えている︒彼らの概念モデルでは︑政策執行過程を政策とその成果をつなぐプロセスだと考え︑そこ

で影響を与える要素が整理されている︒しかし︑彼らの研究はまったく新しい執行観に基づいたものではなく︑依然      として単一指向的な執行観が貫いているものである︒一方︑ナカムラとスモールウッドは︑政策執行に関する一九七

〇年代の研究を整理しながら︑執行過程を複数のアクター間の流動的で相互依存的な関係と捉え︑政策の循環性を強

調している︒ところで︑これらとは若干スタンスを異にした研究がイギリスのフッドによって行われた︒彼は︑政策       び執行過程を組織として活動する行政が外部の環境である社会を統制するという社会統制の過程として捉えゐ︒フッド

の見解に大きく示唆を得た森田朗は︑政策執行活動を︑それに参加する人々の相互作用と捉えながら︑自動車運送事      業に対する規制行政を分析するにあたって︑その執行活動を社会管理活動と捉えている︒以上のことから︑政策執行

過程とは︑複数のアクター間の相互作用による動態的な政治過程であると捉えることができる︒

 ところが︑執行活動とは︑政策を実現する活動であり︑執行の対象となるのは政策である︒従って︑政策執行活動

の目的は政策によって与えられ︑それに参加する人々がどのように決定・行動を行うべきか︑またそれらの人々がい      ロ かなる関係にあるべきか︑などは政策によって方向づけられ︑枠づけられている︒このような視点に立つとき手がか

りとなるのは︑J・Q・ウィルソンの政治類型論である︒ウィルソンは︑﹁政策が政治を規定する﹂というロウィの

轟に示唆を得て・︒ウィの政策類型とは別個に・政誓的の実現に要する費用とそれによってもたらされる便益と

が︑それぞれ︑社会の特定のセクターに集中するか︑あるいは広範囲に分散するかを基準として︑政策をめぐって展

開される政治過程を四つに分類している︒費用・便益とも分散している場合の多数派政治︵日主o碁呂碧bo巨8︶︑

(9)

   費用.便益とも集中している利益集団政治︵巨Φ8°︒﹇oq8唇bO巨8︶︑費用が分散し便益が集中している顧客政治︵合−       ︵19︶   ぴ昌Oo巨江8︶︑費用が集中し便益が分散している企業家政治︵Oづけ﹃Φ廿﹃Φゴ﹇Φ已昌餌一UO巨﹇一6Q力︶の四類型である︒

    本稿における分析の対象となる迷惑施設の立地をめぐる執行過程は︑ウィルソンの類型では企業家政治に分類でき   ・

︑.  るだろう︒ウィルソンによれば︑迷惑施設建設政策は立地地域となる地域に費用を集中させ︑その便益を対象地の外

    に広く分散させる費用・分散型政策であるため︑その執行過程は︑そもそも組織化が容易な少数で強い利害関心を持    −      ︵20︶    つ費用負担者の費用負担を最大限回避しようとする政治的影響力が働く政治過程になる︒ところが︑先述したよう

    に︑呼日の出町の場合は︑対象地が賛成にまわり︑対象地の外が反対している︒従って︑ウィルソンの仮説に沿った検

   証によっても︑政策執行過程における合意形成をめぐる政治過程を分析するにはなお不十分であろう︒

    また︑政策の実現可能性を高めるためには︑政策の利害関係者の積極的な順応︵OO日b巨①560︶または協調が必要で

   ある︒それは︑政策対象集団がその政策過程への参加を通して利害を反映させることによって可能となる︒しかも︑  .・

   地域住民が一次的な被害を被る迷惑施設立地の場合には︑住民の協調の必要性がより高い︒このことから︑本稿で    ︑

   は︑住民のみならず︑施設立地提案者も含め︑住民たちの積極的な対応を論ずるために合意形成の概念を用いる︒

    従って︑本稿では︑政策執行過程を︑中央やトップの意思決定者が執行を統制すると捉えるのではなく︑政策を有

   効にしようとする実施者と利害関係を有する多数の人々との間の相互作用を通して展開される︑対立・競合する諸利

   益の妥協及び交換︵﹇﹃③創O−O自︶によるダイナミックな﹁合意形成過程﹂と捉える︒

第二節迷惑施設立地戦略と分析枠組の設定

 本稿は︑迷惑施設立地を巡る政策執行過程を︑従来のNIMBYの見方ではなく︑﹁合意形成﹂という観点に立ち︑

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五−一︶ 三二一     

(10)

三二二

合意形成過程に影響を与える要因を分析するものである︒そこで︑本節では︑まず第一項で︑迷惑施設の立地への多

様なアプローチに関する従来の研究を考察する︒次いで第二項では︑執行過程を︑諸利益をめぐる多数の参加者間の

相互作用による﹁合意形成﹂と捉え︑合意形成を規定する諸要因を指摘し︑それに基づいて事例の検討を行うための

分析枠組を提示したい︒      ︵21︶第一項 迷惑施設立地戦略

 一 伝統的アプローチ       ︵22︶ 伝統的アプローチは﹁D−AlD︵O①O庄?巴50巨8白Φ皆且︶方式﹂とも呼ばれる︒DlA−D方式による立地

推進は︑まず計画段階で︑立地推進側は技術専門家や経済・法律専門家と適切な立地を選定する一方︑住民の参加を

排除し秘密を維持する︒そして︑公表段階で住民らに事業の技術的内容と候補地を発表する︒このとき住民らは初め

て公聴会などに参加する機会を持つが︑政策決定者は立地決定を変える意図がないため︑結果的に対立をきたす場合

がある︒対立段階で︑住民らは自らの意見が排除されたまま立地が選定され︑公聴会などは形式的なものであると見

なして積極的に反対し始める︒したがって︑この方法は︑中央政府が迷惑施設の立地過程すべてにわたって強力な主

導権を行使するトップダウンアプローチといえる︒このようなアプローチは︑住民の参加を徹底的に排除することで

猛烈な住民の反対を招く場合がある︒      ︵23︶ 二 補償的アプローチ

 迷惑施設立地に伴う対立の解消は︑本来的には法的︑制度的に行われるべきである︒各種行政手続きや参与制度︑

あっせん制度などが︑関連利害関係者間の議論と交渉の場として機能する︒一方このような法的︑制度的手続きによ

る対立の解消は多くの時間と費用を要するし︑その形式的な手続きの実質的な運用に問題があるとすれば︑対立の解

(11)

/       プ

       決はさらに難しくなりうる︒このとき補助的に活用される手段としては︑市場メカニズムを活用する補償の方法と交

渉の方法︑さらには投票による方法がある︒補償的アプローチは価値配分の不平等の問題に対して地域住民に経済的

補償を提供する方法である︒このアプローチのメリットは︑補償に対する期待が事業推進側との間に立地議論を活性

化させることである︒また︑立地地域に対する補償は︑施設建設に伴う社会的便益が補償費用などの諸般の費用を超

・える場合にだけ立地事業を進行させることで︑事業の妥当性評価が考慮され︑効率性が高められる︒一方︑このアプ

ローチは地域住民らが合理的費用−便益分析に従って行動するという仮定を前提としているが︑このような仮定は︑.

精神的︑心理的要因が個人の意思決定に影響を及ぼすこともありうるので実際の状況には妥当しないかもしれない︒

 三 交渉的アプローチ

 交渉的アプローチは︑提議された迷惑施設の建設に反対する地域住民らとの討論の場を設けて︑迷惑施設の立地関

連当事者間の意見差を狭めていくことに重点を置く方式である︒ここでいう交渉︵づΦOOO﹇一P古一〇白︶とは︑複数の利害当

事者らが複数の対案の中から全当事者が受容可能な対案を探る︑動態的な意思決定過程である︒交渉的アプローチの

一般的過程においては︑まず︑事業主体による技術的︑経済的妥当性の検討を通して立地候補地が選定される︒立地

候補地が選定されると直ちに立地候補地地域住民に公表し︑立地候補地域は交渉団を構成して施設立地によって予想

される環境及び健康上の危険︑交通混雑︑補償などに関する対策案を事業主体側と交渉する︒このとき地域団体や環

境団体は交渉に直接参加し︑また︑住民に有用な情報と論理を提供する︒このような過程を経て諸般の問題が円満に

解決されると︑該当地域への立地が確定され︑建設工事が始まる︒しかし︑時には合意に失敗して立地が拒否される︒

この方法を適用するにあたって注意すべきことは︑交渉過程で施設立地地域のすべての住民が直接参加することは不

可能なことである︒したがって︑地域住民らの一定の代表者が交渉に参加するが︑誰が代表になるか︑交渉参加者ら

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五﹁一︶ 三二三

(12)

三二四

の代表性をどのように確保するかが重要な問題となる︒実際に︑このアプローチは︑狛江市のリサイクルセンター

︵24︶      ︵25︶       ^い建設を始め︑武蔵野市クリーンセンター建設︑千葉県四街道市におけるごみ処理施設建設の場合の合意形成手続きモ         ︵26︶デルとして観察される︒

第二項 分析枠組の設定

 従来の環境問題における合意形成は︑事業者への行政指導や問題発生後の司法の場における判決︑調停︑または行

政の公害紛争処理制度による合意形成が主なものであった︒しかし近年︑事前処理や住民の政策形成・執行過程への

参加が唱えられるようになり︑行政側でも環境アセスメントやオンブズマン制度を設けるなど︑住民が行政や事業者

を監視するシステムの強化や︑また住民投票を政治に反映させる試みがなされてきている︒それに伴って住民側にも

自主的な問題解決への学習会などが行われている︒つまり︑行政と事業者による組織的決定︵行政主導︶から︑住民

を含めた手続的決定︵アセスメント・住民参加︶に︑よりウェイトがおかれるようになってきたのである︒但し︑実

際に迷惑施設が建設される場合には︑特に立地とかかわって﹁住民と事業者との対立のみならず︑特定地域の住民と

そのほかの住民との複雑な対立もあって︑先の三つのアプローチは︑実際は政策対立状況に応じて混合的・並行的に

使われると考えられる︒       ︑

 以上ような点を考慮して︑本稿では迷惑施設の立地をめぐる政策の対立状況を単純化して以下の四つの課題を設定

し︑これら各課題の内容と︑そこから抽出される各要因相互間の関係を検討することを通じて︑日の出町最終処分場

の立地をめぐる合意形成過程を分析する︒

 一つ目の課題は︑行政側の立地推進のための法的・制度的根拠は何であったのか︑また︑それ自体に問題点はな

かったのかを分析しようとするものである︒その根拠は行政機関の執行活動の指針となるものであり︑地域住民の政

(13)

︑策に対する反応に影響を及ぼしうる︵法的・制度的要因︶︒ 二つ目は︑事業担当機関の立地推進活動はどのようであったかを分析する︒事業担当機関はどのような機関であっ

たのか︑公式の事業推進戦略と法的・制度的な文脈に伴う具体的な執行活動はどのように展開されたのかなどが分析

の対象となる︒行政機関の執行活動は法的・制度的な文脈に基づいて行われ︑外的要因や地域住民の政策の反応に対

する反応とし・て変更を伴う︵政策執行機関側の要因︶︒

 三っ目は︑政策執行機関の活動に対する住民の反応はどのようであったかを分析する︒地域住民の政策に対する反

応は︑直接的には︑地域住民が立地推進活動をどのように認識したのか︑迷惑施設が該当地域に建設されることに対

して事業担当機関の執行活動をどのように捉えたのかによって決まる︒そして︑間接的には外的要因から影響を受け

うる︒これはさらに執行機関の活動に影響を及ぼす︵政策対象集団側の要因︶︒

 最後に︑迷惑施設立地を巡る対立とその解決に影響を及ぼしうる外的要因を分析する︒ここでは行政機関と地域住

民の反応を外的に制約しうる様々な条件のうち︑環境団体などの外部参与者らの活動︑該当地域の社会的・地理的・

経済的構造︑住民らの環境意識︑選挙︑マスコミなどを外的条件として考察する︒この要因は執行機関の立地活動と

地域住民の反応に影響を及ぼすことになる︵政治・社会・経済的要因︶︒

﹀  第二章 事例の分析       ︐

 日の出町最終処分場の立地をめぐる政策執行過程は︑以上の四つの要因の相互作用よりなる︑動態的な合意形成過

程であると仮定できる︒そこで︑本章では︑法的・制度的要因︑政策執行機関側の要因︑政策対象集団側の要因︑政

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︑   ︵都法四十五ー一︶ 三二五

(14)

三二六

治︒社会︒経済的要因に即して︑最終処分場の立地を巡る合意形成過程の実態の分析を行う︒

 以下の分析では︑﹁最終処分場の建設﹂といった政策決定活動ではなく︑﹁最終処分場の用地選定はどのように進め

るべきか﹂﹁用地選定後の段階からは何をすべきか﹂といった最終処分場の設置という政策を具体化する政策執行過

程での意思決定活動に焦点をおくことにする︒

第一節法的・制度的要因

 政府活動は事前に定められた法的・制度的根拠によって行われる︒政策過程での多様な参加者間の関係も︑このよ

うな根拠に基づいて形作られる︒そのため制度や手続きが存在しない場合︑或いは整備されていなかったり︑あって

も形式的なものにとどまる場合は︑参加者間の対立状況は激化する可能性が高まる︒したがって︑廃棄物処分場を建

設︒管理する処分組合の性格やその執行活動の法的・制度的根拠は何であったのか︑それが合意形成をめぐる政策対

立の解決においてどのように活用されたのかを考察することは︑事例分析の理解において重要な点である︒

 第一項 東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合       カ  東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合︵以下︑処分組合︶は︑地方自治法第二八四条第二項に基づき︑一般廃棄物

広域処分場の設置及び管理を事業目的として設立された一部事務組合である︒谷戸沢処分場が一九九八年四月に満杯       となり︑現在はニツ塚処分場︵第二処分場︶のごみ埋め立て作業とニツ塚処分場の維持管理が主な業務である︒処分

組合は法律上︑特別地方公共団体であるため︑その限りで一地方自治体並みの扱いとなる︒したがって︑﹁管理者﹂

や﹁議会﹂などを形式上もつ︒ところが︑管理者の設置が義務つけられ︑三多摩地域の関係首長が持ち回りで兼任し

ているものの︑実質的には処分組合管理事務局長以下に管理が一任されており︑特に︑事務局長を含めた事務局員の

(15)

       ︑︵29︶多くが都から派遣された職員で占められている︒しかも︑現場の最高責任者である事務局長は二年程度で交替する︒

そのため︑住民が問題を追及すると担当者がかわっていていなくなっている場合すら存在した︒従って︑運営.責

任体制が曖昧で︑議会と管理者は直接選挙ではないために住民とのかかわりが薄く︑住民の意思が反映されにくい仕

 ︵30︶       ︐

組みである︒実際︑谷戸沢処分場汚染問題と関わって処分組合の情報開示が遅れるなど︑住民との距離が大きいこと

が問題とされている︒たとえば︑一九九三年三月に住民側は処分組合に対して情報公開条例の制定を求める陳情書を

提出したが︑組合議会では不採択に終わった︒      .   ︑      ・

 第二項  ﹁自区内処理原則﹂       へ 廃棄物処理法第六条第二項は﹁市町村は︑一般廃棄物処理計画に従って︑その区域内における一般廃棄物を生活環

境保全上支障が生じないうちに収集し︑これを運搬し︑及び処分︵中略︶しなければならない﹂と規定している︒こ

の﹁市町村は⁝その区域内﹂という文言の意味するところが︑﹁自区内処理の原則﹂であり︑ごみ処理が個々の自治体

の中で完結するよう︑市町村は実状にあわせて総合的なごみ処理計画とそれに基づく処理設備を有するべきであると.

いうことを意味する︒しかし︑﹁自区内﹂の範囲を行政区域内に限定して・しまうと︑その原則を達成している市区町      ︵31︶村は東京都にはほとんど存在しないし︑この原則を厳格に適用すると︑ごみ処理事業は成り立たないのが現状である

といわれる︒このようなごみ処理の現状は︑ごみ処理において︑広域的な行政事業を行う特別地方公共団体としての

一部事務組合が必要とされる一つの原因となる︒ここで問題になるのは︑発生した域内︵市町村内・一部事務組合      ︵32︶内︶で適正処理することを定めた﹁自区市町村内処理原則﹂︑いわゆる﹁越境搬送禁止原則﹂の形骸化である︒従っ      ︵33︶て︑現実には︑他地域からのごみを持ち込むことに対して︑住民の合意が得られないことも少なくない︒実際︑あき

る野市︑日の出町︑.奥多摩町︑檜原村の一市二町一村は西秋川衛生組合という一.部事務組合を別個に設置し︑人口規

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五−一︶ 三二七

(16)

       三二八

       ︵34︶模に見合う小規模最終処分場︵所在地⁚あきる野市︶を利用している︒即ち︑日の出町で発生したごみは︑町内の最

終処分場には一切︑運び込まれていないのである︒従って︑住民側が問題にしたのは︑日の出町は他市町のための迷

惑施設の受け入れのみを行っており︑三多摩という都市部の廃棄物が人口稀薄な山間部に押し付けられたことが社会

的に不公正だというものであった︒       ︵35︶ 第三項 環境影響評価制度

 日本の環境アセスメントは︑アメリカのような︑よりよい環境を積極的に作って行くことも含むものではなく︑環

境汚染の未然防止に主眼をおいているために︑環境汚染の予測を中心に発達した︒予測のためには︑施設の設置基準

等を予め確定しておく必要がある︒そのため︑事業の内容がほぼ固まった段階でアセスメントを実施することにな

り︑アセスメントを実施する過程で意見を述べることはできても︑事業内容の変更や中止は難しくなり︑代替案の検       ︵36︶討の幅を小さくした︒実際に︑日の出町では第二処分場建設をめぐるアセスメントの実施手続きについて︑住民は十

分な説明や公正な実施︑住民の意見の反映などを求めたが︑後述するように︑縦覧するのみで質問ができない仕組み

であった︒

第二節政策執行機関側の要因

第一項 行政機関の立地推進活動

 二〇〇二年の条例改正以前の東京都の環境影響評価制度では︑住民が意見を述べる機会は評価書案の公表後であっ

た︒そこで︑本項では︑処分組合によって東京都に評価書案が提出されるまでの段階を﹁事実上の手続き﹂︑提出さ

れてから公式に事業認定されるまでの流れを﹁法的な手続き﹂︑と区別する︒

(17)

     一 事実上の手続き

    ︵1︶谷戸沢第一処分場︑       .

   ①難航する処分場取得作業

     一九五〇年代︑三多摩地域の市町村の埋め立て処分は︑自前の処分場に埋め立てたり︑処分場を持たない市では︑

   廃棄物処理業者に処分を委託したりしていた︒委託された廃棄物処理業者は︑都外へ運び出したり︑多摩西部地域に

   確保した砂利穴に投げ捨てたりしていた︒この砂利穴に家庭ごみも産業廃棄物も大量かつ無秩序に投棄されたため︑

    ハエやねずみの大量発生︑悪臭の発生︑地下水汚染などの環境問題が起こり︑周辺地域住民から対策を求められた︒

    このような状況のもと︑一九七三年七月に廃棄物終末処理対策協議会が砂利穴の利用団体二〇市二町によって結成さ

   れ︑多摩地域の最終処分に広域的に対処する体制が作られた︒しかし︑廃棄物の砂利穴投棄の状況改善が進まなかっ ・

   たため︑一九七六年四月︑地元住民及び羽村町︑瑞穂町の両町は︑廃棄物の投棄を禁止する趣旨で﹁不動産仮処分﹂      へ    の申し立てを東京地裁八王子支部に行った︒その結果︑一九七七年五月末までは一部投棄を認めるが︑それ以降は羽

   村町︑瑞穂町への投棄は一切認めないという条件付で和解した︒           その後︑一九七六年一〇月︑九市による﹁東京都市廃棄物処分地管理組合﹂︵以下︑管理組合︶が設立された︒管

    理組合の任務は︑羽村旧処分地の管理もさることながらそれ以後の新処分地確保にあった︵当初︑埋立期間は一九七

    七年五月末までであったが︑その後︑投棄期間は一九七七年七月一五日まで︑最終覆土期限は一九七七年八月一五日−

    までに延期された︶︒羽村旧処分地への投棄期間の終了に伴い︑﹁管理組合﹂は一九七七年七月一六日から緊急処分対

︑   策を開始したが︑新処分地取得の難航から︑緊急処分対策は一九八〇年一〇月三一日まで約三年三ヶ月継続され︑羽

    村新処分場における埋立処分へと引き継がれることになるのである︒新処分場取得の作業は︑多方面にわたって努力

       迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂      .    ︵都法四十五ー一︶ 三二九

(18)

三三〇

が続けられたにもかかわらず︑有効な情報は少なく当時の事務局担当者を苦慮させた︒ちょうど同じ頃︑市長会で日

の出町が候補地として話題に上ってきた︒それは︑日の出町が財政難のため町有地を処分したいと東京都地方課に申

し出たとの情報をキャッチし︑都と連絡のうえ町長の意向を密かに打診していたからであった︒そして︑管理組合は

市町会と打ち合わせの上︑一九七七年七月二九日付文書で日の出町長及び同町議会議長に対して正式に依頼した︒要

請書の内容は︑次のとおりである︒

  ﹁管理組合におきましては︑廃棄物の終末処分地を確保するため︑日夜精力的な努力をいたしておりますが︑ご

  承知のように都市化の急激な進展にともないある程度継続的な終末処分地を他の地区に求めざるを得ない状態に

  至っております︒これらの事情を篤とご賢察の上︑貴町平井谷の入地域の山林︵町有林︑民有林︶を最終処分地        として︑特別のご配慮をいただきますようよろしくお願い申し上げます︒﹂

 この申し入れを受けた日の出町は︑八月二一日︑平井地区の地元住民︵第二自治会︶を対象とした説明会を開いた

が︑住民の大半は反対意見であった︒九月七日︑地元住民による反対の請願が町議会で採択され︑日の出町当局は︑

口頭ではあったが︑管理組合に対して正式通告として処分地設置に関する拒否回答を行った︒管理組合にとってもっ     ︵39︶とも苦難の時期であった︒

 一九八〇年に羽村町に新処分場が確保され︑地元住民とも公害防止協定を締結し︑一九八〇年=月に使用が開始

された︒ただし︑この処分場は使用期間三年間と限られていたため︑次期処分場の確保が当初から大きな課題となっ

ていた︒ 一方︑最終処分地確保の悩みは︑必ずしも全国的な問題ではなく︑大人口を抱える首都圏及び近畿圏に特殊な問題

であった︒一九七七年六月九日︑﹁東京都市︑大阪府市行政連絡協議会﹂の中にごみ問題専門部会を設置することが

(19)

   決定され︑同年七月には︑正式に﹁廃棄物処分対策部会﹂として発足した︒同部会の活動から生まれた﹁フェニック

   ス計画﹂は近畿圏では順調に整備が進捗したが︑首都圏では︑東京湾沿岸各都県の利害が整理されず軌道に乗らな

   かった︒そして︑首都圏での﹁フェニックス計画﹂の実現には一定の時間を要するとされたため︑﹁三多摩地域に新

   しい相当規模の広域最終処分場計画﹂を持つことになった︒°東京都市廃棄物管理組合史は︑この経緯を次のように述

   べている︒      

     ﹁国の関与する処分場を市町村が使用するに至るまでは凡そ一〇年を要することを想定し︑また新法の砂利穴

     ︵羽村新処分地のこと⁚引用者注︶の寿命を考慮にいれて︑処分場候補地として日の出町平井地区を一応選定し      ︵40︶     て正式に日の出町長︑議長に協力を要請したのである︒﹂

   ︐一九七八年七月二六日︑最終処分場問題についての東京都と市町村の協議・調整の場として﹁三多摩地域廃棄物最

   終処分場対策協議会﹂が︑市町村側協議体として﹁廃棄物広域最終処分場対策委員会﹂が︑設置された︒広域最終処

   分場建設への三二市町村の合意形成に向けて約一年一σヵ月を費やした同委員会は︑一九八〇年四月三〇日︑﹁東京

   都三多摩地域廃棄物広域処分組合設立準備委員会﹂を設立した︒参加市町は管理組合組織団体九市をはじめ二四市二      ︵41︶   町から組織され︑まもなく二五市二町となり︑現在の広域処分組合の原型ができた︒そして一九八〇年二月一日﹁東      ︵42︶   京都三多摩地域廃棄物広域処分組合﹂ ︵以下︑処分組合︶に対し︑都知事から設立認可が下りた︒処分組合は一九八

   四年三月︑日の出町に谷戸沢処分場を設置した︒       ︵43︶  ︐②周辺地域住民の反対と−﹁日の出町スポーツと文化の森設置構想﹂

   当初︑処分組合は﹁日の出町スポーツの森構想﹂と廃棄物広域処分事業とを組み合わせようとした︒ところが︑立       ︵44︶︑  地予定地︵スポーツの森H宮本及び谷ノ入︶の住民︵第二自治会︶が反対し︑また︑隣接する秋川市側の住民によっ

      迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五ー一︶ 一三一二

(20)

       三三二

      ︵45︶て﹁日の出ごみ処理建設反対期成同盟﹂が結成され︑折衝と話し合いが繰り返されるが︑早期実現の見通しは極めて

暗いものとなっていた︒処分組合は候補地の一つであった同町谷戸沢所在の通称﹁文化の森﹂予定地に方向転換せざ

るを得なくなり︑﹁スポーツの森﹂予定地については︑一九八一年三月三一日に撤回表明をするのであった︒

 幸い﹁文化の森﹂予定地については︑周辺住民︵第三自治会︶の反応も比較的協力的であったため︑三月中旬にす

でに現地調査を済ますことができ︑四月二五日には広域処分場設置に関し日の出町︵当時町長・宮岡武一︶の基本的

同意を得るに至った︒その後︑予定地周辺の日の出町第三自治会︵六五世帯︑会長・宮田昇︶はもとより搬入路沿線

の同町第二二自治会による羽村処分場視察などが行われ︑処分組合による用地取得作業は︑総体的には順調に進めら

れていった︒しかしなお︑当初の予定地変更が大きく響き︑処分場開設予定を一九八三年一〇月一日から延期せざる

      ︵46︶

を得なくなった︒

③地元住民︵第三自治会︶の同意と秋川流域の三自治会の同意

 処分場を受け入れるのと引き換えに地域振興費を獲得することで瀕死の財政状況を立て直そうとした同町当局と議

会は︑処分場誘致に積極的であった︒同町から基本的同意を得た処分組合は︑スポーツの森予定地から文化の森︵谷

戸山︶へ候補地を変更して周辺の地元住民︵第三自治会︶を説得し︑地元から受け入れ同意を得た︒当時の宮岡町長

は︑最終処分場に対する基本的な町の考え方をめぐる宮林映議員の一般質問に対して︑次のように述べている︒

  ﹁三多摩のごみ状況︑日の出町の予備調査の状況︑特別委員会の対応の仕方︑そういう経過の中で今回谷戸の地

  元の方々から町の財政が困っているのなら︑うちの方を調査対象にしたらどうかという非常に好意的なご意見を

  承わったため︑町の構想の実現はもとより町の財政的メリットもある訳でございますので︑それを考え十分これ      ︵47︶  から対処していきたいというのが私の考えでございます﹂

(21)

  予定地の地権者でもあった当時の宮岡町長は︑他の地権者や地元の人々に受け入れの申請に各家庭を回った︒地元

 ではY氏という地元有力者によって説得が行われたどいわれる︒この過程で処分組合は︑日の出町には﹁地域対策

 費﹂という名の﹁迷惑料﹂として毎年三億二〇〇〇万円︵一九九四年からは四億円となる︶を︑また地元自治会︵第

 三自治会11六五世帯︑会長・宮田昇︶には地元対策費として年間七二〇万円を提供することを約束した︒一方︑処分

 組合と日の出町は秋川流域の三部落︵高尾・留原・網代︶の自治会に謝罪し︑﹁谷戸沢だけで︑そのあとは二度と日      ノ の出町へは処分場は造らない﹂と口頭ながら確約した︒また︑平井川下流域自治会に各五〇〇〇万円︵総額八〇〇〇       万円︶︑草花公園に四〇〇〇万円︑阿伎留台病院へ二億円の地域振興金が提供されることになった︒その際︑各自治

 会首脳部と地元の有力者に多くの利権が与えられたといわれる︒また︑地元住民に対して︑﹁うちも秋川衛生組合に

 ごみを処理してもらっているし︑もし反対すると︑多摩地域にごみがあふれる﹂﹁反対すると︑役場に勤めている家

 族や親戚に迷惑をかける﹂など︑自治会を通して行政側からの圧力があったといわれる︒

  ︵2︶ニツ塚第二処分場

︑①谷戸沢第一処分場の埋立終了と玉の内地区︵第二二自治会︶

  谷戸沢第一処分場は一九九六年末に満杯となる見込みであり︑処分組合にとって新たな処分地の建設が急務となっ

 た︒一九九〇年四月二五日︑処分組合は新しい処分場候補地の選定のため︑﹁東京都三多摩地域廃棄物広域第二処分

 場連絡協議会﹂を発足させ︑三多摩地域を対象とした適地選定調査を行い︑二七ケ所の候補地の中から五ヶ所の候補       地を選定して一九九一年までに五ヶ所に対して現地調査を行った︒一九九〇年八月一七日︑日の出町にも処分組合か

 らの第二処分場最終候補地予備調査の申し入れがあった︒この申し入れを受けた日の出町長︵現町長・青木国太︑郎︶

 は八月一七日︑同町全員協議会で﹁適地となった場合には全町的にも十分時間をかけて検討した上で慎重に検討した

    迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五−一︶ 三三三

(22)

三三四

︵50︶

い﹂と報告した︒一九九一年九月一一日︑処分組合は予備調査の結果︑日の出町玉の内を処分場用地として適地であ

ると決定し︑日の出町に処分場建設の申し入れをした︒その後︑一九九一年九月二〇日︑地元玉の内地区︵第二二自      ︵51︶治会H会長・篠崎武一︑一〇〇世帯︶への説明会が行われたが︑他の候補地名や評価結果を公表せず︑行政が決定し

た計画に﹁理解を求める﹂というものでしかなかった︒この説明会の状況を鈴木治同町議員は次のように述べてい

る︒  ﹁とりわけ地元の説明会というのは三回しかやられていないんです︒⁝一回一回はほとんど町長が長々と話を

  し︑処分組合が長々と話をするということで︑結局討論の時間というのは一時間足らず︑住民要求によって若干       ︵52︶  延びたときもあるようですが︑一時間もないような状況もあった﹂

 その後︑第二処分場問題で︑処分組合は各構成団体の首長を動員して同町に建設促進を求めたが︑一九九一年=

月二七日には都副知事︵当時鹿谷崇義︶が日の出町を訪ね︑﹁前町長は谷戸沢につくるときは一軒一軒歩いて︑そう

して処分場設置を地元へ要請された︒今回は日の出町長が少し落ち着きすぎていないのかと︑こういうようなこと      ︵53︶と︑どうしても第二処分場の問題は東京都政の大きな柱であり︑緊急の課題であると﹂して第二処分場の建設を要請      ︵54︶した︒この要請に同町長は一九九二年一月四日︑﹁町として都の期待に添えるよう不退転の決意であたる﹂と答え

た︒一方︑第二二自治会住民である田島喜代恵氏が代表を務める﹁日の出の自然を守る会﹂は︑二七首長や副知事に

第二処分場建設の白紙撤回を要請した︒二月二九日︑地元説明会で同町長は﹁副知事が来町して強く建設促進を要請

された︒これを受け入れることにより︑大久野地区の活性化をはじめ下水道整備の進展などの大きな力が期待でき

る︒町から五一〇〇人を越える人が三多摩各地へ通学してお世話になっており︑玉の内の処分場に埋められるごみは

他市町のものばかりではない︒地元自治会の基本的同意が得られたならば︑地元の意見・要望を尊重した責任におい

(23)

            て確約する﹂と述べた︒その後︑処分組合の事務局長︵当時江川伯衙︶と同町長︑地元の議員︵宮田武夫・自民︶が          地元の各家庭を訪問し︑処分場建設の基本的同意を求めた︒しかし︑地元住民であり前町長であった宮岡武一氏をは

  じめ一部の住民が処分場の建設に反対を表明した︒宮岡武一氏は︑﹁第一処分場をつくったときは︑財政状況が逼迫       む   し︑受け入れもやむを得なかったが︑今は積極的な理由がない﹂と語っている︒

   ②地元の条件つき基本的同意と秋川流域開発協議会での賛成          一九九一年一一月︑地元では処分場問題に対処していくため﹁検討委員会﹂が設置された︒一九九二年三月八日の

   ﹁検討委員会﹂における前町長宮岡武一氏の提案によって︑第二二自治会の全一〇〇世帯で独自に第二処分場に関す       ヨ   るアンケート調査が行われた︒そのアンケート用紙には﹁第二処分場受け入れを拒むのは人情的にもできません﹂と

   記された﹃第二処分場設置問題に関する日の出町の基本理念﹄という書類が添付された︒.そのアンケート結果は︑同

   意が一四︵一四%︶︑条件つき同意が五二︵五二%︶︑分からないが九︵九%︶︑反対が二五︵二五%︶ということで         あった︒また︑三月二二日には﹁自治会全体会議﹂でわずか一〇〇世帯ばかりの地元住民︵玉の内地区︶との条件つ       れ    き基本的同意が賛成四七人︑反対八人︑無回答一四で採択された︒三月二九日︑地元自治会は検討委員会を開き︑町

   長宛に提出する基本的同意文書の大要を快めたのその内容は次のとおりである︒

     ﹁一︑・防災︑公害︑環境対策は町が責任を持って万全を期すこと︒

      二︑ 将来にわたる不測の事態には︑永久に日の出町が責任を持つこと︒

 −    三一︑地元振興対策は︑地元の意見︑要望を尊重して︑町が責任を持って行う︒

      四︑調整区域内︑公共下水道施設の特例を︑東京都の承認を得︑地元を最優先して施行されたい︒

      五︑乱開発を防止し︑跡地利用等︑大久野地域の活性化を図ること︒

      迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五ー一︶ 三三五

(24)

ご一

<Gハ

   六︑組合構成の各市町は︑ごみ減量化の実行を確約し︑年次計画を作成し︑日の出町に提出し︑自治会に説明

    されたい︒

   七︑基本同意︑その他今後二二自治会住民からの要望に対し︑文書による回答など︑誠意を持って対応された

    い︒

   なお︑当年度多額な町の財政負担となりますので︑日の出町議会の同意を得た上︑組合員に回答されるよう強

  く要望いたします︒あわせて︑秋川流域三市町村の合意についても︑円滑に解決されるよう申し添えます︒しか

  し︑これはあくまで基本的同意の条件であり︑これが受け入れられない場合︑同意はできないとの見解が含まれ

    ︵62︶

  ている﹂

 これに対して︑受け入れ反対を唱える﹁日の出の自然を守る会﹂は︑﹁現在の処分場の汚水遮断シートが破損する       お など安全対策の問題が浮上しているのに︑性急に結論を出すのは許せない﹂と自治会の基本的同意に反発した︒この

結果を同町は地元の同意が得られたと見て︑一九九二年五月七日の全員協議会で報告し︑同協議会は賛成一二︑反

  対五で受け入れを承認した︒六月一日に建設へ向けて予定地の測量や環境アセスなどの実施を認める基本的同意書を       ︵65︶処分組合に提出した︒

 玉の内自治会の条件つき基本的同意に関して︑同町の鈴木治議員︵共産︶は次のように疑問を述べている︒

 ﹁本来でしたら︑この賛成︑反対でいえば一四対二五︑ところが︑条件つきというのを付けているわけですが︑な

ぜこんなに五二も出るのか︒⁝条件というよりいろいろな不安なんです︒ある人に聞くと︑長々と条件をつけて︑こ

れを一つでも欠けたら私はこれは賛成できないという事をつけて条件つき賛成ですよ︒ですから︑いかに議論が地元

自治会の中でも不十分な中で︑今結論を出してしまったかという問題だし︑もちろん条件つきですが︑このように︑

(25)

       ︵66︶なぜこういう中で大事な問題を地元自治会の中でも十分な議論を保証してこなかったのか︒﹂

 また︑﹁公害対策などの議論が不十分︒全町民への説明会やアンケートでの意見を聞き︑問題点を審議すべきだ﹂

との質問に対してさ同町の青木町長は﹁町民全体のアンケートは実施しない︑地元自治会の同意を軸に︑議会などの      ︵67︶了解を得て組合に町としての受け入れ同意を伝えたい﹂と答えた︒また︑処分組合は日の出町に対して﹁地域対策

費﹂として毎年四億円︵九七年からは六億円︶を約束し︑地元自治会︵第二二自治会︶には地元対策費として年間一      ︵68︶二〇〇万円を約束し︑都は玉の内地区の下水道整備のために一億五〇〇Q万円︵もとは自己負担であったが︑一〇〇

世帯あゐので︑二世帯あたり一五〇万円の支援になる︶の補助金を約束した︒その際も︑各自治会首脳部と地元の有       ︵69︶力者に多くの利権と金銭が与えられたといわれる︒

  一方︑一九九三年九月八日︑三市町村で構成する秋川流域開発協議会︵会長・臼井孝秋川市長︶は︑谷戸沢処分場      ︵70︶の安全性確保の具体策︑将来にわたる責任体制の明確化︑建設に伴う地域振興︵斎場の建設や病院の設備などに九五

年度で一三億円を都と組合から受け取った︶への支援を条件に︑建設の基本協定に調印した︒      ︵71︶ ここで三市町村に対して都及び処分組合︑組合構成団体からかなりの圧力があったといわれる︒つまり︑︐第二処分

場建設を急ぐ処分組合やごみを捨てる側の自治体︑都の幹部らが三市町村へ何度も足を運び︑繰り返し説得したよう

である︒このことによって三市町村の幹部らはしだいに追い込まれたと思われる︒例えば︐︑臼井孝・秋川市長の第二       ︵72︶処分場に対する態度は︑次のように変化した︒即ち︑はじめは﹁三六〇万人が出すごみの処分場を同じ町内の近接地      ︵73︶に二つ作るとは︑とても理解できない︑今後も議会の意向を聞いて対応する﹂と当初反対していたが︑﹁︵第二処分場

は︶本来︑日の出町と組合の問題︒紳士協定で四市町村の合意が必要になった︒紳士協定は開発協議会と結んでいる

のだから︑それに加わる首長の決定があれば十分﹂として合意には議会の承認は必要ないことを強調するようになっ

   迷惑施設の立地をめぐる政策執行過程における﹁合意形成﹂       ︵都法四十五−一︶ 三三七

(26)

三三八

た︒さらに﹁三多摩三六〇万人のごみ処理の重要性は無視できない︒安全確保の責任が明確となり︑振興策協力の約     ︵74︶束もえられた﹂と受け入れの理由を説明した︒また︑秋川市︑五日市町︑檜原村の各議会による第二処分場の掘り返

し︑目視検査の要求に対して︑各首長は都副知事︵当時鹿谷崇義︶の要請を受け︑軟化の方向に向かう︒これを地域

新聞は次のように説明している︒

 ﹁秋留台開発を始め︑企業誘致のための用途地域の変更︑補助金など︑いわゆる三割自治の弱さを見せ付けられた

感がある︒一日として休むことがない排出に捨て場がなくなれば大混乱が起こることは確実である︒切羽詰まった都       ︵75︶は許認可権と補助金を武器に︑処分場建設を協力要請したことは想像に難くない﹂

二 法的な手続き

︵1︶谷戸沢第一処分場

 東京都では︑事業実施段階における環境アセスメント制度として一九八一年一〇月一日から︑一定規模以上の実施

に際し︑東京都環境影響条例に基づいた環境アセスメント手続きが実施されたため︑谷戸沢処分場の場合は︑住民に

対しての正式な説明会や公聴会などは実施されず︑行政側のみでその手続きを終えた︒

︵2︶ニツ塚第二処分場

 処分組合は︑谷戸沢第一処分場の問題点が民間環境機関によって明らかにされても︑谷戸沢処分場汚染疑惑の究明

や第二処分場建設計画の撤回を求める住民の意思を無視して新たな処分場の建設を進めて行った︒九四年一〇月七

日︑処分組合は﹁東京都環境影響条例﹂に基づいて﹁日の出町谷古入沢での第二処分場建設計画に係る﹃環境影響評

価書案﹄﹂を都知事宛に提出した︒これに対して﹁日の出の自然を守る会﹂の永戸千恵氏は﹁第一処分場の汚水漏れ

問題で都公害審査会で調査中にもかかわらず︑一方的にアセス案が提出されたことに怒りを感じる︒基本的には埋立

O

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