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六二一(都法五十四-一)

判例研究

「相続させる」旨の遺言により相続させるとされた推定相続人 が遺言者の死亡以前に死亡した場合における当該遺言の効力

最高裁判所第三小法廷平成二三年二月二二日判決 (平成二一年 (受) 第一二六〇号、   土地建物共有持分権確認請求事件) 最高裁判所民事判例集六五巻二号六九九頁

堤     健   智

〔事実〕

本件で帰属が争われている土地・建物(以下、まとめて「本

件各不動産」という)については、もともと訴外Hが単独で所

有してい

た。一九九二(平成四)年七月にHが死亡し、Hの妻

Wと、Hの子S(男性)・X(原告・控訴人・被上告人。女性)

が相続した。したがって、遺産共有の性質に関する判

例を前提

とすれば、各人がHを相続した時点で、本件各不動産について は、Wが二分の一、S・Xが各四分の一の共有持分を有していたことになる。なお、Hを被相続人とする相続について、遺産分割協議は原審の口頭弁論終結時に至るまで成立していな

い。

一九九三(平成五)年二月、Wは公正証書遺言を作成した

(以下この遺言を「本件遺言」という)。本件遺言は二箇条から

なり、第一条は、本件各不動産を含めたWの財産全部をSに相

続させる旨定め、第二条は遺言執行者を指定するものであっ

た。

(2)

六二二

ところが、二〇〇六(平成一八)年六月にSは死亡し、Sの妻

であるA(一審被告・被控訴人)と、Sの子である

 Y・1  Y・2  Y3

(被告・被控訴人・上告人。以下、

 Y・1  Y・2  Yをまとめて「Y3

ら」という)がSを相続した。さらに、同年九月にはWも死亡

した。以上の事実関係の下、XがAおよびYらを相手取り、X

が本件各不動産について二分の一の持

分を有することの確認を

求めたのが本件訴訟である。

なお、経緯は不明ながら、本件訴訟時点で、本件各不動産の

一部にはAが居住しており、また別の一部の土地上にはA所有

の建物があ

る。

審は、Xの請求をすべて棄却した。一審はまず、本件遺言

の性質について、後述する平成三年最判の趣旨に従い、遺贈で

はなく遺産分割の方法を指

定したものであると解した。その上

で、「被相続人が特定の相続人に対し、相続により承継させる

対象とした遺産については、原則として代襲相続するものと解

するのが相当である」として、遺言による遺産分割の方法の指

定に関しても代襲相続についての規定を類推適用したのであ

る。

これに対し、Xが控訴した。原 11

審は、一審判決を取り消し、

Xの請求をすべて認容した。原審はまず、本件遺言の性質につ

いて、後述する平成二一年最判を踏襲し、遺産分割方法の指定

と相続分の指定、双方の趣旨を含むものであると解した。その

上で、これら両方の指定を含む遺言に関し、指定の対象となっ ていた者が遺言の効力発生の時点で死亡していた場合、一般には、同時存在の原 11

則から、遺産分割方法・相続分いずれの指定

についても無効になるものとし 12

た。このように一般論を述べた

上で、原審は本件遺言につき、Wの死亡以前にSが死亡してい

た場合Sの相続人に効力を及ぼすという趣旨を遺言の解釈によ

って読み取ることはできない、としたのである。これに対し、

Yらが上告し 13

た。

〔判旨〕

上告棄却。

「被相続人の遺産の承継に関する遺言をする者は、一般に、

各推定相続人との関係においては、その者と各推定相続人との

身分関係及び生活関係、各推定相続人の現在及び将来の生活状

況及び資産その他の経済力、特定の不動産その他の遺産につい

ての特定の推定相続人の関わりあいの有無、程度等諸般の事情

を考慮して遺言をするものである。このことは、…「相続させ

る」旨の遺言がされる場合であっても異なるものではなく、こ

のような…遺言をした遺言者は、通常、遺言時における特定の

推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるも

のと解される。

したがって、上記のような「相続させる」旨の遺言は、当該

遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者

(3)

六二三(都法五十四-一) の死亡以前に死亡した場合には、当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が、上記の場合には、当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、

その効力を生ずることはないと解するのが相当である。

…本件遺言書には、Wの遺産全部をSに相続させる旨を記載

した条項及び遺言執行者の指定に係る条項のわずか

2か条しか

なく、SがWの死亡以前に死亡した場合にSが承継すべきであ

った遺産をS以外の者に承継させる意思を推知させる条項はな

い上、本件遺言書作成当時、Wが上記の場合に遺産を承継する

者についての考慮をしていなかったことは所論も前提としてい

るところであるから、上記特段の事情があるとはいえず、本件

遺言は、その効力を生ずることはないというべきである。」

〔評釈〕一  問題の所在

本判決は、いわゆる「相続させる」遺言により遺産を承継す

べきものとされていた相続 11

人が遺言者より先に死亡した場合に

ついて、「特段の事情」なき限り、当該遺言は効力を生じない

ものと判断したものである。このような場面につき、従来の裁 判例や学 11

説はときに代襲相続の問題として論じてきたところ、

本判決は遺言者の意思解釈の問題として扱っており、この点が

一つの特徴となっている。そして、今後問題になるのは、具体

的にどのような場合に「特段の事情」の存在が認められるのか

ということであろう。本判決自体は、事案において「特段の事

情」の存在を否定している。しかし、先行裁判例を分析するな

どし、今後生ずる可能性のある事案を具体的に想定した上で判

旨を検討すれば、「特段の事情」について、容易に認められる

ものでないと断言することは必ずしもできないように思われる。

そもそもなぜ、「相続させる」遺言の受益相続人が遺言者よ

り先に死亡した場合における当該遺言の効力が問題となるのだ

ろうか。仮に、「相続させる」遺言の一般的効力を遺贈である

と解するならば、解釈の問題は生じない。なぜなら、遺贈の場

合九九四条一項の規定があり、受遺者が遺贈者より先に死亡す

れば、当該遺贈は効力を有しないこととなるからである。しか

し、判例は、「相続させる」遺言の一般的効力について、(とき

に相続分の指 11

定を含む)遺産分割方法の指定をなすものである

としてい 11

る。そして、遺産分割方法や相続分の指定に関しては、

相続人が死亡した場合の効力について直接定めた条文はない。

もちろんここで、遺言者が受益相続人の死亡を想定して補充的

条項をおいている(そのように遺言を解釈することができる)

のであれば、当該条項に従うこととなろう。問題はそのような

(4)

六二四

文言が存在しない場合であり、「相続させる」遺言が具体的に

指定された受益相続人その人との関係でのみ効力を有する(他

の相続人に「相続させる」効力を有しない)と解するならば、

受益相続人が先に死亡した場合、当該遺言は効力を有しないこ

とになる。遺産分割方法の指定や相続分の指定は、指定された

者が相続人であることを前提としているところ、いわゆる同時

存在の原 11

則に照らせば、遺言者より先に死亡した受益相続人そ

の人は相続人たり得ないのである。しかし他方で、民法には代

襲相続に関する規 11

定があり、(少なくとも)法定相続分に関し

ては、代襲者が被代襲者の相続分を受ける(つまり、被代襲者

の相続分をさらに分ける形で代襲者の相続分が定まる)ものと

してい 21

る。ならば、法定相続分に代わる指定相続分に関しても、

それが法定相続の対象であるという点を重視するならば、同様

に代襲者が被代襲者の相続分を受けると解する

つまり、

「相続させる」遺言の対象とされた遺産については、受益相続

人の相続人だけに相続させるのが妥当ではないかとも考えられ

るのである。

二  先行裁判例

そして、下級審段階では、補充的条項が明文として存在して

はいない事案に関して、裁判例が相次いであらわれ、公表され

ていた。 まず、平成三年最判以前には、【一】札幌高決昭和六一年三

月一七日家月三八巻八号六七頁(遺産分割審判の事案。遺言の

内容は、一部の推定相続人ら二名に対し特定の財産を「譲与」

し、また特定の推定相続人一名については原則として「全 21

々譲

与せぬ」とした上で、最後に残った推定相続人一名〔遺言者よ

り先に死亡〕について、残る「一切の財産は〔評釈者注

: 当該

推定相続人の氏名〕に譲渡する」とするものであり、典型的な

「相続させる」遺言とは文言が若干異なる。しかし、抗告審は、

これを遺贈であると解した原審 22

判を破棄し、相続分の指定を含

めた遺産分割の指定と解している)があり、受益相続人が遺言

者より先に死亡しているという以上に詳しい理由を述べること

なく、遺言の効力を否定していた。平成三年最判以後も、【二】

東京家審平成三年一一月五日家月四四巻八号二三頁(遺産分割

審判の事案。遺言の内容は、一部の相続人ら四名〔内一名が遺

言者より先に死亡〕には特定の遺産を「相続させる」ものとし、

他の相続人ら二名については「遺産を相続させない」とするも

のであった)、【三】東京地判平成六年七月一三日金判九八三号

四四頁(遺言執行者が金融機関に対し預金の払戻しを求めた事

案。有効であると認められた遺言〔以下この括弧内において

「第一遺言」という〕の内容は、特定の相続人一名に遺産全部

を「相続させ」るというものであった。なお、原告である遺言

執行者は、遺言者が死亡直前に第一遺言とは別に作成したとす

(5)

六二五(都法五十四-一) る遺言書〔以下この括弧内において「第二遺言」という〕を書証として提出しており、その内容は受益相続人の代襲者に「代襲相続させる」というものであった。しかし、裁判所は、押印を欠いていたことを理由に、第二遺言を有効とは認めなかった。また、原告は、本件遺言を解釈するための資料として第二遺言をも斟酌すべきであると主張したのに対し、裁判所は、「本件

遺言〔=第一遺言〕…の文言から離れて、〔受益相続人〕が

〔遺言者〕より先に死亡した場合には、その代襲相続人に相続

させるとの意思であったと解することは困難である」と判示し

た。その結果、「相続させる」遺言の効力が認められないこと

となり、遺言執行者の指定もまた効力を失ったとされたため、

請求が却下された)、【四】東京地判平成一〇年七月一七日金判

一〇五六号二一頁(受益相続人以外の相続人が金融機関に対し

遺産たる預金の払戻しを求めた事案。遺言の内容は、本件で問

題となった預金債権を含め、遺産全部を特定の相続人一人に

「相続させる」とするものであった。裁判所は、「被相続人は、

一般に、被相続人と特定相続人の関係、特定相続人の財産状況、

被相続人と他の相続人との関係など個別具体的な事情に照らし

て、特定相続人に特定財産を相続させる旨の遺言をするのであ

って、代襲相続人と被相続人の関係等を考慮して、遺言をする

ものではない」旨述べ、受益相続人の相続人に対する遺言の効

力を否定した。また、この事案でも第二遺言があり、その内容 は、受益相続人の代襲者による相続を認め、それ以外の推定相続人には相続を認めないものであった。しかし、当該第二遺言には遺言者による押印がなかったものとされ、遺言としての効力は否定された。また、最初の遺言を解釈するために第二遺言を斟酌すべきかという点についても、裁判所は、最初の遺言において受益相続人の家族関係やそれに対する配慮を示した記載がないこと、第二遺言は第一遺言を作成した時点での遺言者の意思を表すものとはいえないことなどを理由に、否定的に解したのである。ただし、事案の解決としては、遺言において遺言執行者に指定されていた者に対してなした金融機関の払戻しについて四七八条を適用し、原告の請求を棄却した)とその控訴審判決である【五】東京高判平成一一年五月一八日金判一〇六

八号三七頁(控訴棄却。おおむね一審判決を維持している)と、

遺言の効力を否定する判断が続いてい 23

た。

ところが、【六】東京高判平成一八年六月二九日判時一九四

九号三四頁(受益相続人の一人の代襲者である原告が、他の相

続人を被告として相続分の確認等を求めた事案。遺言の内容は、

遺言者の養子である一名の推定相続人を除き、遺言者の実子で

ある推定相続人五名〔内一名が遺言者より先に死亡〕にそれぞ

れなにがしかの遺産を「相続させる」というものであった)は、

遺産分割方法の指定に従い相続がされる場合について、「指定

により同相続人の相続の内容が定められたにすぎず、その相続

(6)

六二六

は法定相続分による相続と性質が異なるものではなく、代襲相

続人に相続させるとする規定が適用ないし準用されると解する

のが相当である」として、代襲者のみによる相続を認め 21

た。し

かも、この判決に対する上告受理申立ては最高裁により受理さ

れなかったとい 21

う。これ以後、下級審では代襲相続人のみによ

る相続を認める事案が登場し始めたとい 21

う。しかしその一方で、

たとえば【七】東京地判平成二一年一一月二六日判時二〇六六

号七四頁(受益相続人の相続人たる原告が、他の相続人を相手

取り、相続財産たる不動産について共有持分の確認を求めた事

案。遺言の内容は、全財産を特定の相続人一人に「相続させ

る」とするものであった)は、受益相続人が先に死亡した場合

には遺言は失効すると解することが遺言者の通常の意思に合致

するとし、その上で、事実関係を詳細に検討し、遺言書の全記

載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者のおかれていた

状況等を考慮して遺言を合理的に意思解釈した上で受益相続人

の相続人による承継を認めるべき特段の事情も存在しないとし

ていたのである。

以上が、公表裁判例の概要である。専ら時系列に着目するな

らば、初期の裁判例が「相続させる」遺言の効力を否定してい

たのに対し、比較的最近になって受益相続人の相続人らによる

承継を認めた裁判例が現れ、それが実務や学説にも影響を与え

ていたものの、依然として動揺が見られていた、と整理するこ ともできそうである。尤も、これら裁判例の間で、事案について無視できない相違があったことは指摘されるべきであろう。

すなわち、初期の裁判例である【一】と【二】を別にすれば、

代襲相続人等による承継を否定した【三】ないし【五】および【七】の裁判例は、いずれも受益相続人が単独で遺言者の全遺

産を「相続」すべきものと遺言されていた事案であった。これ

に対し【六】は、受益相続人以外の相続人にも一定の遺産の承

継が認められていた事案だったのであ 21

る。

三  本判決の位置づけと特色

このように、下級審の裁判例からは一定の方向性が見えては

いたものの、しかしなお不安定な部分を残していた。本判決は、

そのような問題について一応の基準を示したものであり、その

こと自体にも実務上は無視できない影響力があろ 21

う。

より実質的に見れば、本判決の特徴は、任意規定の適用では

なく遺言の解釈により事案の解決を図った点にあると指摘され

てい 21

る。すなわち、承継を認めた下級審裁判例である【六】判

決では、任意規定(代襲相続に関する規定)の適用が根拠とさ

れていた。一方、本判決も、一般論として承継を認めるべき場

合があることは認めている。ただし、その際の根拠は、遺言の

解釈によって導かれる遺言者の意思に求められてい 31

る。相続一

般に、遺言による定めは法定相続の規定に優先す 31

るから、実際

(7)

六二七(都法五十四-一) の事案の解決にあたっては、遺言の解釈が法定相続の規定の解釈に対して論理的に先行する。したがって、少なくとも、遺言の解釈を充分に行わないまま代襲相続の規定の適用を論ずることは事案の解決として適切でない。さらに、まずは遺言の解釈を行わなければならないのであれば、事案の解決にあたっては遺言の解釈こそが重要なのであって、法定相続の規定は遺言がおよそ存在しない場合に補充的に適用されるものにすぎないと考えることも、当然とまではいえないにせよ、必ずしも不自然なことではないように思われ 32

る。

しかし、相続人間の平等を重視する立 33

場からは、本判決のよ

うな手法に対し、遺言への偏重であるとの批判もあり得よう。

加えてそれとは別に指摘しておきたいのは、遺言の解釈により

事案を解決することで、遺言者の意思が常にそのまま実現され

るとは限らない点である。遺言の方式が厳格に定められている

以上、遺言者の意思も当該方式に従って表明されない限りは遺

言としての効力を有しな 31

い。そればかりでなく、一応は遺言が

あったとしても、その解釈には限界がある。一般に、遺言書の

文言から全くかけ離れて解釈することは許されないとさ 31

れ、財

産法上の意思表示のように、自由な方法で意思を推認すること

はできないのであ 31

る。

そして、本判決は、「相続させる」遺言をした遺言者は、「遺

言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を 有するにとどまる」のが通常であるとした上で、事案における遺言についてもそのような内容のものと解釈している。遺言の解釈に関しては、「消極的に遺贈を消滅させる方向においては、

遺言者の意思を自由に外部的証拠によって証明することが許容

される場合がありうるけれども、積極的に遺言に効力を与える

方向においては、遺言者の意思は遺言のことばから独立に自由

に外部的証拠によって証明することは許容されない」とされ 31

る。

先の判示は、このような立場と親和的なものである。

四  本判決の射程

このように、本判決における具体的な事案の解決自体は慎重

かつ手堅いものである。尤も、その射程については吟味の余地

があり、したがって、判例が今後もう少し踏み込んだものとな

っていく可能性は、現時点ではなお排除されていないようにも

見受けられる。

本判決の射程を検討する上で最も重要なのは、本判決が一般

論の中で言及した、受益相続人の代襲者等による承継を認める

「特段の事情」なるものをどこまで認めるのかということであ

る。そして、本判決自身は、遺言書自体の記載内容―「当該

『相続させる』旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関

係」を考慮すべきであるとする。ここまでであれば、特に異と

するにたりない。ところが、本判決はさらに、「遺言書作成当

(8)

六二八

時の事情及び遺言者の置かれていた状況」をも考慮すべきもの

とする。本件のような場面では、「相続させる」遺言という形

で遺言の文言自体は一応存在している。とはいえ、先述したよ

うな、積極的に遺言の効力を認めるために(遺言書にとって

の)外部的証拠を用いることは制約されるという立場からは、

若干の逸脱があるように思われる。

前述の点をふまえ、より具体的に、代襲相続人等による承継

を認めるか問題となり得べき事案について検討する。受益相続

人死亡時に備えた補充的条項が明確に置かれている場合、そこ

で指名された相続人等に「相続させる」という結論に異論はな

かろ 31

う。問題はそのような文言がない場合において、本判決に

いう「特段の事情」がどの程度認められるのかということであ

る。まず、遺言書自体の記載内容(「当該『相続させる』旨の遺

言に係る条項と遺言書の他の記載との関係」)から「特段の事

情」が認められる場合としてはどのようなものがあり得るのだ

ろうか。ここで、従来の下級審裁判例を見れば、「相続させる」

旨の条項を含む遺言では、当該受益相続人のみならず、他の相

続人にもなにがしかの遺産を相続させるのかについて言及して

いる例の少なくないことがわかる。ならば、遺言書自体の記載

内容として今後問題となる可能性が最も高いのも、受益相続人

以外の相続人の扱いに関するものなのではないかと推察される。 より具体的には、【A】受益相続人以外の相続人には遺産を一

切相続させない場合、【B】受益相続人以外の相続人全員がな

にがしかの遺産を相続すべきものとされている場合、【C】受

益相続人以外の相続人の一部には遺産を相続させるものの、他

の相続人には相続させない場合、がそれぞれ想定できる。

本判決の事案は、この中の【A】に属するものである。した

がって、【B】や【C】の場合に本判決と結論を異にすること

は技術的にはあり得ることであるし、またそのような必要があ

ることも想定できよう。第一に【B】の場合、遺言者は各相続

人間の公平を実現するために(あるいは、控えめに言っても、

実質的公平に配慮した上で)遺言をしている可能性が高いので

はないかと思われる。もちろん、各人の相続額には多少の大小

があるのが通常であろう。しかしそれは、特定の相続人のみを

優遇しようとしたためとは限らず、むしろ、たとえば遺言者の

遺産形成に対する相続人の貢献であって金銭により評価しづら

いものを考慮するなどして、遺言者が相続人間のより実質的な

公平をはかった結果である可能性も高いのではなかろうか。そ

して、遺言が相続人間の実質的公平にかなうものである限り、

遺産分割によって改めて相続人間の実質的公平をはかる必要は

ないものと思われる。したがって、本判決にいう「特段の事

情」を認めるべき(認めることができ、また認める必要があ

る)場合はより多いのではないかと思われる。第二に【C】の

(9)

六二九(都法五十四-一) 場合、たとえば、基本的には【B】の場合のように相続人間の

実質的平等を考慮しつつ、しかし特定の相続人のみを相続から

除外したいという、相続人廃除にも似た目的が加わっているこ

ともあり得ようかと思われる。そしてそのような場合に、「相

続させる」遺言の効力を否定し、除外されたはずの者をも加え

て相続の対象とすることは、遺言者の意思に反することになる。

もちろん、遺言者が実際に除外の意思を有していたのか、仮に

有していたとしてその通りの効果を認めるべきかという点はそ

れぞれ問題である。後者の点は、本判決の段階ではなおブラン

クなのではないかと思われる。ただ、前者の点に関しては、た

とえば遺言書作成当時遺言者と当該相続人との関係が悪化して

いたのか等々といった点が手がかりとなる可能性があり、これ

らを本判決にいう「遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれ

ていた状況」に読み込むことも否定はされていないのではない

かと思われる。

一方、「遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状

況」から「特段の事情」を認めるべき場合についてはどのよう

に考えるべきであろうか。その際の手がかりは、本判決自体に

も存在しているように思われる。先に引用した判旨は、一般に

遺言者が遺言をする際、「(遺言者)と各推定相続人との身分関

係及び生活関係、各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び

資産その他の経済力、特定の不動産その他の遺産についての特 定の推定相続人の関わりあいの有無、程度等諸般の事情」を考慮するのだと述べている。もちろん、これ自体は一般論に過ぎないし、また平成三年最 31

判を踏襲するものであるという点では

目新しいものですらない。とはいえ、裁判所が改めて明示的に

引用している以上、そこには一定の意義があるものというべき

であり、いずれも遺言者が意思を形成する動機となり得べきも

のであるからには、「遺言書作成当時の事情及び遺言者の置か

れていた状況」を解釈する上で参酌することには充分な合理性

があるものと考えられる。そこで以下、一般論の域を出ないも

のの、若干検討する。

第一に、「(遺言者と)各推定相続人との身分関係及び生活関

係」から代襲者等による承継を認める「特段の事情」を認める

べき場合としてはどのようなものがあるだろうか。その一例と

しては、遺言者が特定の推定相続人等を扶養していたなどとい

った場合が考えられるのではないかと思われ 11

る。ただ、遺言を

した後になってこのような事情が生じた場 11

合については、「遺

言書作成当時の」事情等を考慮要素としている文言に照らせば、

本判決から直ちに承継を認めることは難しいように思われる。

第二に、「各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び資産

その他の経済力」についてはどのように考えるべきであろうか。

受益相続人の生活状況や経済力に困難があった場合に承継を認

めやすくなることも確かであるが、しかしそれは先の第一の考

(10)

六三〇

慮要素と重なる。独自の意味があるのは、推定相続人の生活状

況や経済力が良好な場合に当該推定相続人による承継を否定し

やすくな 12

るという点においてではないかと思われる。

第三に、「特定の不動産その他の遺産についての特定の推定

相続人の関わりあいの有無、程度」が承継の根拠となるのはど

のような場合であろうか。典型的には、特定の推定相続人が遺

産たる不動産に居住している、あるいは農業その他の事業に用

いている場合が考えられる。このような場合、遺言者が当該推

定相続人に引き続き居住させるために、遺産の分割を防ぐべく、

「相続させる」遺言をすることが考えられる。そして、このよ

うな事情があるならば、当該推定相続人やその代襲者等による

承継を認めるべき要素となりうるのではないかと思われる。

尤も、このように考えるには、本判決の事案において承継が

認められなかったことが障害にならないかとの疑問は生じうる。

先述の通り、本判決の事案でも、本件各不動産(の一部)には

Aが現に居住している。にもかかわらず、最高裁は受益相続人

の代襲者による承継を認めておらず、したがって、少なくとも

居住の事実だけに依拠して「特段の事情」を認めることは本判

決の判断に反するようにも思えるのである。

しかし、本判決の事案ではさらに特別の事情があり、それが

結論に影響しているのではないかと思われる。すなわち、本件

では、Hについての相続が生じた時点ですでに不動産の細分化 が生じており、Xが訴訟を提起している実情に鑑みれば、今後Xが持分を放棄することは望めない状況にあったのではないかと推察され 13

る。さらに、受益相続人の代襲者(Yら)も、複数

存在している状況であった。したがって、受益相続人の代襲者

のみによる承継を認めても、本件各不動産の分割は結局避けら

れないこととなっていた。裏を返せば、このような事情が存在

しない場合にまで、受益相続人の代襲者等による単独承継を否

定的に解する必要はないようにも思われるのであ 11

る。

1) の「

2 2や、

の「

2 1⑵(

七一〇頁)参照。

2) 最判昭和三〇年五月三一日民集九巻六号七九三頁。

3) の「

2 2)、

決の「事実及び理由」第

2 1⑶(民集七一〇頁)

1) の「

3 1⑴()。

る(

〇〇頁の、本判決の「理由」

2⑵参照)

1) 一、

れる。

(11)

六三一(都法五十四-一) 1) 

3照。は「便

とされている。

1) 東京地判平成二〇年一一月一二日。民集七〇九頁以下。

1) 民法九〇八条。以下、民法については条数のみで引用する。

1) も、り、

り、

る。は、て、

る。

の「事実及び理由」第

2 2⑶(民集七一九頁)参照。

11) 東京高判平成二一年四月一五日。民集七一七頁以下。

11) を「

る。

12) し、

ど、

る。

13) お、の「

1や、

ば、

り、そもそもAが上告をしたのかも不明である。

11) 下、野・批(い「

益相続人」という。

11) 三「 号(は、

網羅的な研究である。

11) 九〇二条一項。

11) 

頁(

下「り、に、

に「

合(は、て「

て、

が、

頁(下「

う)である。

11) の、

る。

11) 八八七条二・三項、八八九条二項。

21) 九〇一条。

21) 原文のままである。

22) 札幌家審昭和六〇年三月三〇日。家月では八二頁以下。

23) う。

答。

説であったという。且井・後掲本件判批一六八二頁以下参照。

参照