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近代化論と従属理論

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社会科学の研究においては、当の研究対象をとりあげるのはなぜか、単なる個人的関心をこえた社会的意味が あるか、一般的理論を豊かにする、ないし修正する事例研究となりうるかどうか、が重要であることはあらため て一一一一口うまでもない。無限・無数にある事実の中で、単にこれまで知られていない、あるいは少なくとも学者がと りあげていない事実であるからといって右に述べた意味で面白いテーマとなるものでなければ、どれほど精密 な手続きに従ってそれを研究したとて無価値であることは、ただの石をどれほど磨いたとて宝石にならないのと 同じである。(一般の人が関心を持つか、特定・不特定の人々に利益を与える情報は、その意味で価値があろうが、 社会科学上の新知識と言えるとは限らない。) ところで、筆者は近年エジプト近・現代史研究に取組んでいるのだが、それにどのような社会科学的意味があ りうるか、あるいはどのような理論的関心から分折を試みるべきか、という問題を本稿で考えておきたい。前稿 でも述べたが、筆者の個人的興味は、いわゆるナセル革命後のエジプトをソ連・東欧の社会主義諸国と比較する こと、そしてそのためにそれぞれの革命時の歴史的条件の相違を明らかにすることにある。エジプトを比較社会 主義体制論の枠組に従って研究することの意義については前稿で論じたけれども、さらに広く比較近代化論の枠 近代化論と従属理論 1発農途上国研究の理論枠組を求めてI

鹿島正裕

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枠組を求める必要があろう。 組を設定し、その中でエジプトの事例を研究する意義を考える必要がある。前稿での作業に意義が認められるの であれば、本来その前提となるべき今度の作業も当然意義があるはずであるが、独立した比較近代化論の事例研 究として価値付けることもできよう。 筆者は、かつて、比較近代化論の枠組に従ってハンガリーの事例を分折した}」とがあう鍬そこでの筆者の関心 は、近代化の経済的側面にとどまらず、政治的・社会的側面を包括的に捉えて、とりわけ政治的発展と経済的発 展の弁証法的関係を考察することにあった。政治的近代化論、経済的近代化論は、それぞれ豊富な研究蓄績があ るのだが、両者を統一的に把握する視点を持つものは意外に少なく、筆者はさしあたりロストウ(弓・弓出・の8弓)

が『政治と成長の諸段階』で提出した理論枠組を基にして考察を試みるほかはなかった。しかし、彼の事例研究 は、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、日本、中国、トルコ、メキシコを含むが、この中に旧植民地のない ことに注目すべきである。中国、トルコは半植民地であったと言えるかもしれないが、みずから帝国をなしてい た。メキシコはかつては植民地であったが、いわゆる「帝国主義の時代」以前に独立し、その点アメリカ合衆国 に近い。すなわち、ロストウの枠組は、近代化を妨げられた植民地には適用困難なもののようでロシアに近い 状態にあったハンガリーの研究には使えても、エジプトのような旧植民地の研究には適用できないであろう。 また、筆者自身、ハンガリーから第三世界の一国としてのエジプトに関心を移してきた過程で、従属理論や官 僚的権威主義論に接し、これらを比較近代化論、比較社会主義体制論に取り込む必要を認めた。ロストウ的近代 化論にはまさに従属理論的視点が欠落しているし、その政治分析は理論的には初歩的なものでしかない。しかし 官僚的権威主義論も、未だ十分展開されているわけではないし、これまでの研究は独立国を対象としているので 植民地時代に適用することは難しそうである。それゆえ、政治的近代化論の中から、エジプト研究に使えそうな

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そこで、以下に政治的近代化論と従属理論とをそれぞれとりあげるのだが、もとより筆者は、それらを包括的

に論じようとするものではない。いずれもすでにわが国において相当に論じられてきているし、多くの文献が邦 訳されてもいる。これ以上そうした理論の紹介や批評をする必要はなさそうだが、それではわが国の社会科学者 は、そうした理論を吸収・消化し、あるいは修正・改良して、具体的事例の研究に役立てているだろうか。管見 によれば、欧米では事例研究に基づいて理論化が試みられることが多いのに対して、わが国では今だに欧米産理 論の紹介・批評の専門家と、理論的関心の薄い事実収集者とに分化している傾向がある(古典的理論を暗黙の前 提として事例分析をする人も、後者に加えられよう)。筆者は、そうした諸理論の紹介・批評を参考にして選び出 した枠組を呈示し、それに基づいてエジプト近・現代史研究を行ない、ロシア・東欧等他地域との比較考察をも 心掛けていきたいと思っている。

近代化論は周知のごとく前述のロストウの一九六○年の著作虐祷成長の諸段階’ひとつの非共産王義 三一一一・I』が刺激となって経済学のみならず政治学や社会学でも成長発展が問霞と書れ歴史の再解釈と篝

展途上国に対する政策提一一一口を促す、有力な思潮をなしたのであった。ロストウは、マルクスの経済的社会発展論

(アジア的↓古代的↓封建的↓近代ブルジョア的)に対置すべき、「近代史全般に関するより一般的な理論」とし て、「伝統社会↓離陸のための先行条件期↓離陸↓成熟への前進↓高度大衆消費時代」を区分する、工業化を基軸 に据えた発展段階論を提出した。この理論はマルクス学派から「新植民地主義経済・社会戦略理論としての低 、政治的近代化論

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開発国『近代化』論」とイデオロギー的批判を受けているが、近代経済学者からも様々な欠陥を指摘された(単 線的発展段階論で事実に合わない、離陸の先行条件があいまいである、海外市場の役割を軽視している等)。こ の発展段階論に基づいて、オーガンスキー(し.固【・○個目の園)は、「⑪原始的統合の政治↓②工業化の政治↓ ⑫ ③国民福祉の政治↓四菌豆かさの政治」という政治の発展段階論を提出したが、これも同様の批判を免れまい(す なわち、ブルジョア的近代化論であるとの断罪は別にしても、単線的発展論であり、政治発展の条件があいまい で国際關係を軽視している零lただし、全くの蘂線的発屡鰄ではなくオーガンスキーは②③の段階に ついてブルジョワ的、スターリン的、シンクラート的(つまり、ファシスト的》の三類型を区別している)。 ロストウ自身、’九七一年の『政治と成長の諸段階』において、自分の発展段階論と政治の対応関係を論じた が、そこでとくに「離陸の先行条件期の政治」と「離陸および技術的成熟への前進期の政治」を、前述のハヵ国 について比較検討している。その際、政府の普遍的任務は「安全、福祉、憲法秩序」の確保であるとして、それ ら三局面を別個に論ずるのだが、時期によって若干視点の相違がある。両時期に共通なのは「機構上の変化」だ けで、それに加えて「先行条件期」には「国外勢力の侵入および対外的冒険の役割」と「公共政策と離陸の技術 的先行条件」が、「離陸期および技術的成熟への前進期」には「安全保障政策」と「成長と福祉に向けての政策」 が、それぞれ問題とされている。ロストウは、この著書においても、マルクスの、政治は経済によって規定され る上部構造であるにすぎない、とする理論に対する反論を試みたと明言しており、たしかに安全(保障)ないし 戦争を重視し、政治と経済の相互作用を主張している。同書が、マルクス学派から「民族自決権・民族解放運動

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にたいする敵視論」と非難されるような叙述を含むとしても、筆者は右の主張自体は間違っていないと思う。し かし、彼の政治発展論は経済の単線的発展論に対応させたものであるから、国際関係の構造の史的変遷に対す

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る認識を欠いている。すなわち、、後進国も先進国と同じ発展過程を辿るべきであって、辿れないとすれば政治指

導者の失政の故であるとされ、先に指摘したように、植民地化されて発展過程が歪められた国々は比較対象から 外されているのである。結局、ロストウは西欧・北米経済史研究者の視点を十分脱却しておらず、発展途上諸国 の政治特有の問題をよく理解していないと一一一一口えよう。

そこで次に、アフリカ政治の実地調査・研究から出発した理論家アプター(□・ロ・レロのH)の『近代化の政治学』 をとりあげて、その所論を検討しよう。

アプターは「発展」と「近代化」と「工業化」を厩別する1つ発展」催.っの社会内での機能的役割の増 殖と統合の結果生ずる」ものであり、「近代化」は「発展の特殊な事例」で、「崩壊することなく革新的な活動を 常態としうる社会体系」と「分化した、柔軟性を持った社会構造」と「技術的に進歩した世界の中で存続するの に必要な、技能と知識を備えうるような社会的枠組」を獲得する過程である、とされる。次に「工業化」は、「近 代化の特殊な側面」であり、「ある社会における戦略的な機能的役割が、商品生産に関連する時期」とされる 〔一m迎い一〕。そして、「近代化は、西欧においては工業化によってひきおこされたのだが、それ以外の地域にあっ ては、近代化がエ業化をひきおこしている」〔証’一一〕との主張がなされ、ロストウ理論との相違に関心を抱かせる が、アプターはこの点を論証しているわけではない(そもそも定義があいまいなため、論証も難しかろう)。彼の 関心は、包括的な発展段階論を呈示することよりも、新興諸国の政治体系を分類し、それぞれの型と近代化・工 業化との適合性を論じることにあるのだ。 すなわち、アプターによれば、近代化過程にある諸社会は、権威の構造(位階制的巨の国月亘8】かピラミッド 的か)と一般的価値観(本原的8口の巨日日日。qか手段的旨の可巨日の員巴か)の組合わせによって、左表の四種類に

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とも少ない」が、|初期工業化の転換が完成した場合、すなわち近代的な産業社会にとって最適 の形態である。」〔睦一Ⅱ禿〕C型の三下位型中、近代化専制政治は、「その国を代表する君主とか国王に結び付いた 伝統主義的イデオロギーを持つ傾向がある。実際には、権威は(中略)最上位の人々が掌握している。」軍部寡 頭制では、「国王の地位は、軍部指導者(ないし軍事評議会旨口圃)が占めている。それは、権力の分散を行なう 可能性もある。」新重商主義社会にも、「こうした特性は多く見られるが、大統領的君主官のの丘の昌囚〕日○局目ケを いただいているのが普通である。権威を維持するために、それは私企業と公営企業の混合様式を用いる。」ユト ジ〕このうち、軍部寡頭制は「政治を処理する能力を持っていない」が、「近代化専制政治と新重商主義社会は、 長期的な近代化、とくに、その過程の『初期の』段階から『後期の』段階への転換という点でも、最適の政治的 形態である」とされるユー池〕。 分類しうる〔唾学Ⅱ麺〕。ここで、A型は「動員日・巨旨島・口体系」、B型は「協和Hの8口Q]〕目・ロ体系」と名付けら

近代化過程にある諸社会の分類

扉輕|位階魎原7両 位階制的 ピラミ

本原的IA

手段的’C 且_ ̄

垂〕。ここで、A型は一動員日・巨討島・口体系」、B型は「協和Hの8口Q]〕目・ロ体系」と名付けら れるが、C、D型はよい呼称がないとされる。ただし、Cの三つの下位型として、「新重商主義」、 「近代化曰・ロの目嵐口、専制政治」、「軍部寡頭制」が区別され、Dは神政政治や封建体系を含む

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伝統社会の型である。 右の、権威の構造の位階制的かピラミッド的かの区別は、政府の二つの機能的要件たる強制 と情報の混合度(強制の比重が大きいほど位階制的、情報の比重が大きいほどピラミッド的) による、とされる〔鶏秤一一〕・動員体系は、「①新しい政治体を確立し、、後期近代化から工業 化へと転換させるにあたって、『転換』8曰くの国目体系としてもっとも成功をおさめる。」〔彗 琴J|方、協和体系は、「新しい近代化政治体を確立するに足る基礎として役立つ可能性はもっ とも少ない」が、「初期工業化の転換が完成した場合、すなわち近代的な産業社会にとって最適

塗二竺 本原的

位階制的 A

ピラミッド的

手段的 C B

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このように、各体系を簡単に紹介したあと、階層分化、政党、政治的宗教等の諸局面から各体系を論じる。ま ず、階層分化についてはI 次に、政党について、アプターは、これを「近代化にとっての一つの決定的な力」とし、政党の型によってそ れぞれの社会がとる近代化の型が決定される場合が非常に多い、と見る〔》|泗召。そして政党の型として、大きく 山動員体系にあっては、「資産が国有化されるとか、それをめぐる支配権が国家によって直接的に組織化される可能性が大きいか ら、この〔政党政拾家と技術専門家との〕対立は激化する.(中鴫)動員体系が急違約になるlすなわち、階層の再編成に成功 するlのに比例してその体系はより保守的に….多数の動員体系が新鬘商王義体系になる傾向がある一つの蕊由がこれで ②新重商主義体系にあっては、「決定作成は、形式的には集権化された状態を保つし、この点では動員体系に類似している。(もっ とも、責任担当集団はずっと多様化する可能性はあるが。)近代化専制政治にしても、新重商主義体系にしても、そのもっとも重 要な特徴はおそらく、二つの競合的・対立的集団、すなわち、政治エリートと技術的・管理的・知的な近代化推進集団、を統合す ⑤協和体系では、「その体系内の各種の集団からの競合的圧力に対応するだけの階層的調整をするのだから、その政策の点では穏 健になる傾向がある。」〔』枢迦Ⅱ》ロ ③近代化専制政治における「階層政策に関するもっとも興味ある可能性は、階層体系を維持するのに官僚制や軍隊組織に依存する ことにある。(中略)だが、軍隊が政府の一部になっているばかりでなく、その体系内での主要な責任担当集団とならねばならず、 このことから、権威的な決定作成を行なうようになると、この体系は、ここで軍部寡頭制と呼ばれる型に変わってしまう。」 ㈹軍部寡頭制は、「たとえそれが実際に近代化の実績を動員体系と同程度、ないしはそれ以上にあげうるにしても、根本的には保 ある。」 守的である。」 る能力であろう。」

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こうした政党の種類と政治体系の議型とは次のように組合わされるl代表の政党は「協和体系の枠内で機 能し、きわめて制度化された指導的役割を持つ。(中略)綱領は通常、物質的福祉と特定の集団に特殊な利益を与 える約束に集中する。(中略)政治運動から生まれる場合はほとんどなく、むしろ政治的連合から生ずる。」〔一」 兵〕|方、連帯の政党は「社会を変え、社会関係を再編成し、様々な形の意識と道徳原理を展開したいという気 持から生まれるし、したがって通常は動員体系に見られる。(中略)政治運動に始まるのが特徴的である。かな りの程度までイデオロギーを操作することによって、様々な分子が結合される。」〔迄式やU一〕近代化専制政治・軍 部寡頭制・新重商主義社会と政党の関係は明らかでないが、近代化過程にある社会の「一一一つの型の政治的リーダー シップの役割」を論じているlすなわち。「エリート集団ないし専門職業的団体を組織する、専門職業的役 割と特殊技術職業的役割を担当する人々」、②「連帯型ないし代表型の政党を指導する政治的企業者」、③「軍部・ 文民官僚制」〔》|込圭〕の一一一つで、おそらく、これらの政治体系では②の政党ではなく⑪と③、とくに前二者では③ 「代表の政党」と「連帯の政党」の一一種類を区別している。それぞれの特徴は左表の通りである〔》|極ひ。

政 社地 政 党一多元主義的。他政党と競合。 社会単位

府 会域

立憲的。憲法、党大会、および選挙規則によって政党 活動を制限する。 代表的。広範囲の支持を獲得するために非常にさまざ まな見解を組み込もうとする。 代表の政党

超憲法的。強制された場合だけ法律的秩序を認める。 支配権を握ると、党は、政府と憲法をそれ自体の目的 のために歪曲する。すなわち、党は、党自体に国家を 奉仕させる。 指導的。現行秩序を打倒する目的で不満を寄せ集めよ うとし、あるいは政権を握れば、党によって設定され た目標に向けて地域社会を動かそうとする。 連 避市

独占主義的。他の政党を排除しようとする。

政府 社地

政党 社会単位

立憲的。憲法、党大会、および選挙筑則によって政党 活動を制限する。 代表的。広範囲の支持を獲得するために非常にさまざ まな見解を組み込もうとする。 多元主義的。他政党と競合。 代表の政党

超憲法的。強制された場合だけ法律的秩序を認める。 支配権を握ると、党は、政府と憲法をそれ自体の目的 のために歪曲する。すなわち、党は、党自体陣国家を 奉仕させる。 指導的。現行秩序を打倒する目的で不満を寄せ集めよ うとし、あるいは政権を握れば、党撫よって設定され た目標に向けて地域社会を動かそうとする。 独汽主義的。他の政党を排除しようとする。 連帯の政党

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が、政治的リーダーシップの役割を担当する、ということであろう。(新重商主義社会において、そうした役割を 担当する「民族主義的単一政党」については、次項で一一一一口及がなされる。) 政治的宗教とは、「国家を道徳的実体と規定する先験的な目的」とのかかわりあいであり、「社会的規範の基礎」 をなす〔一巨巫〕。それは、「規範的な命令ということで変革を導入するし、また個々の人間にその道徳面の人格を 変えよと要求する」〔一一皿一〕・西欧のあらゆる協和体系は、「キリスト教的神政政治体として発足し、そこからそれ らの本原的価値を獲得した」が、自然法概念の発展と、教会と国家の分離とによって世俗的統治に移行した。こ の体系の実践的な長所は、社会の安定化と公職の継承による問題解決、および工業化に密接な関連を持つ世俗的 価値の承継である〔程亟詫Ⅱ一一〕。一方、新興諸国は、国家に対する忠誠意識を創出し、権威を確立し、物質的発展を 達成するために、政治的宗教によって動員体系を組織しようとする。そこでは、「政治的宗教はイデオロギーに転 換され、単一政党の機構を通じて表明される。」こうして指導者・党・国家が一体不可分の権威を表明するに至り、 ついで、「政治的宗教は、三つの主要目的に集中するようになる。すなわち、|元的な中央の権威体系の発展、国 家の物質的発展、そして手段的価値の制度化である。」〔隻訟Ⅱ一一〕「動員体系が、その指導を儀式化してしまい、ま たその持つ本原的価値を、新しいものと過去のものとの間の新しい、そして有効な結び付きの中に組み入れてし まって伝統化し始めると』新重商主義体系が生まれうる。そこでは、大統領制的君主制が成立しやすく、「大統 領的君主は、儀式化された宗教的役割だけでなく、中央集権化された権力をも用い、国家全体の象徴的特性を代 表することによって、積極的な政治的役割を演ずることができる。」またこの体系にあっては、「民族主義的単一 政党が、国家の保護者および戦士の新しい集団を形成するようになる。この集団の成員は、国家企業および指導 部を通じて企業者の近代的機能を持続する。(中略)このエリートの形成は、かっての動員体系から受けついだ

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位階制的権威体系を維持するのに役立つ」とされる匡畦辻Ⅱ一二〕。

このように、政治の様々な局面について比較検討した上で、アプターは「近代化原型としての動員体系」とい う一章醤設け次のように緒論するI

動員体系は、「近代化領域を拡充し、役割間の権力と威信の関係を変更し、また政治的宗教の操作を通じて新しいものを伝統化す る。こうした目的を達成するために、それは、非現実的な工業化目標を推進し、強制に大きく依存する。」しかし、強制に依存する ほど情報が失われるので、「政府による気まぐれな行為、威嚇、そしてより以上の強制」を結果するが、ある体系から別の体系への 転換点では、「中心的な情報は非常にはっきりしているから、情報ではなくて活動が主要問題であり、また強制は自明の利点である から」、この種の時点では動員体系がもっとも妥当する’〔廻華Ⅱ翌。すなわち動員体系は、「近代化期の終期に達し、工業化に入ろ うとしている諸国にもっとも適した体系である。」塁旧び

⑪協和体系は、そこでの「政府の役割は、組織的ではなく、むしろ多岐にわたって利益を調停する機能をはたす」ことであるから、 「協和体系における近代化の程度は、最上層の政治指導者達の間での不動の動機と二股大衆の側での自己訓練を課すことへの決 意とのバランスに依存している。」その「最大の問題は、階層が容易に固定化し、硬化してしまうようになる」ことで、構造が正 常に機能しないと、「政府がその機能をはたす能力が弱まるようになり、その体系が別のものに変わり始めるという結果になる。」 〔廻私誌川泗〕すなわち協和体系は、「十分に確立され、高度に複合的なエ業諸国にもっとも適した体系である。」〔壷に郡〕 ②近代化専制政治は、典型的には「諮問評議会を有する君主制的・官僚制的な支配体系である。それは伝統的に組織されているが、 (中略)技術的変革を強調し、|股大衆にそれを承認させるようにする。」この型は、「歴史的にはよく見られるのだが、重大な内 これに対して続く「動員体系にかわらもの」の章でほかの型が次のように総括誉れ愚I

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以上、アプターの大著『近代化の政治学』の仮説を、筆者の関心に即して紹介したが、彼は包括的な発展段階 論よりも政治体系の分類論を意図したとはいえ、分類論がおのずと発展段階論に結び付いていたことがわかる。 すなわち筆者なりに鑿璽すれば左表のようになろう(ここで次の点に留意されたいl新薑商王義社会は近 代化前期にも成立しうるし、近代化専制政治・軍部寡頭制もまた近代化前期・後期のいずれにおいても成立しう る。しかし、後期には新重商主義社会がもっとも適合的とされるのである)。なお、アプターは生産様式との関係 をあまり論じていないが、動員体系が急進化すれば社会主義体制をとり、一方協和体系は基本的に資本主義で、 新重商主義社会は「国家資本主義」であり「新しい形の協同組合国家」である〔四コ銃卜容としている。

このように、アプター説は、非西欧地域の政治的近代化について、ロストウよりはるかに繊密な議論を展開し ているだけでなく、経済面でも、ロストウ説より、少なくとも非西欧地域については事実にいっそう適合してい 部問題を伴なうことなく、近代化を乗りこえて、大規模な工業化段階にまで持続するものはほとんどない。」〔魍瓠やⅡ麺〕 ③軍部寡頭制の「指導は、個人的ではなくて位階制的・官僚制的である。すなわち、頂点に英雄的指導者を持たない指揮体系 (8日目四目里の(の白)である」が、「軍部は次第に、それ自体の一体意識を持った特殊専門職業集団として機能するようになる。」 凹新重商主義社会こそ、「近代化の基本段階ないし初期の段階以後での最適の構造的形態である。それ以外の形態の政治体系がト ラブルを起こすにつれて、そうした体系は新重商主義の方向へと動いてゆくであろう。」それは、「政治的には、その権威の構造の 点で動員体系により近いものであり、また政治的長所のいくつかを身に付けているとはいうものの、経済的には、手段的価値の点 で、協和体系により接近している。」また、動員体系が、権力と威信の格付けを変え、位階制における変化に結び付いた価値も変 わってくるのに対して、新重商主義社会は、「特定の階層類型を認め、地位に結び付いた価値を変えることなく、そのピラミッド を拡大する」のである品。託Ⅱ雪。 〔廻劫咽Ⅱ麺〕

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化した構造の発展、③諸社会集団による政治参加の拡大、に見ている二一1麺〕・近代化は社会的流動化をもたらし、 社会的流動化は政治参加を増大させるが、政治参加と政治的制度化がつりあいのとれた発展をしないと、政治的

,.E・アプター説による、非西欧地域における政治的近代化の一般的傾向

(鹿島の整理)

嘉層~連i色 政治体系 階層政策 政党 政治的宗教 近代化前期→

動員体系 再編成 連帯の政党 撞頭 後期への転換

近代化後期

=エ業化開始 民族主義的

新重商主義 ピラミッド拡大 単一政党 儀式化

協和体系 固定化 代表の政党 世俗化

ると一一一一口えよう。オドンネル(の.シ・oSC目の]])やトリムバーガー(固【・ 曰凶曰冨侭のH)の官僚的権威主義体制論も、アプターの新重商主義社会の概念 と共通性があり、彼の理論体系中に組み込みうるもののように思われる。す なわち、トリムバーガー説の場合は動員体系から新重商主義社会に移行した 例、オドンネル説の場合は協和体系から新重商主義社会に移行した例である と言える。ただ、前者の場合は発展段階論に適合するから納得し易いが、後 者の場合は歴史的発展に逆行するようで、問題が残る。アフリカ等の新興国 の場合、西欧直輸入の近代的政治制度を実験してみたが、もともと発展段階 に適合しない制度だったので根付かなかった、という例はあるだろう。しか し、一九六○年代~七○年代のブラジルやアルゼンチンについて、同様の主 張をすることはできない。アプターが示唆する、階層の固定化・硬化、構造 の機能不全による政府の能力弱化といった条件も、歴史的逆行の説明として は不十分であろう。そこで、こうした問題に関するハンティントン(印同 国目斤冒四・口)の所論を付け加えておこう。

彼は、『変革期社会の政治秩序』の中で、政治的近代化の主要側面を、⑪権 威の合理化二元的・世俗的・国民的権威へ)、②政治機能の分化と、専門分

政治体系 階層政策 政党 政治的宗教 近代化前期>

後期への転換 動具体系 再編成 連帯の政党 捜頭 近代化後期

=エ業化開始 新重商主義 ピラミッド拡大 比族主義的

単一政党 儀式化

高度工業化 協和体系 固定化 代表の政党 艤世俗化

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不安定が生ずる〔望Ⅱ麺〕。ここで政治的制度化とは、右の⑩.②にかかわるものであろうが、ハンティントン自 身は「ある政治体の制度化の水準は、そのもつ組織と手続きの適応性・複合性・自律性および統一性によって測 定できる」と規定している〔←I響。しかし彼は、「近代化の決定的な政治的結果の一つは、農村と都市との間に 近代化によってもたらされるギャップである。(中略)それは、この種の社会における政治的不安定の主原因であ り、国民統合に対する決定的ではないにせよ、重要な障碍である」〔》Iごとも述べていて、この説と先の「政治 参加と政治的制度化のギャップが政治的不安定を生み出す」との説との関係は明らかでない。 それはともかく、ハンティントンは、政治参加と政治的制度化の関係から、上表のような政治体系分類を呈示 する〔牝1-》〕。そして、「この類型化は政治的思想家にはなじみ深い言い方であろう」と述べて、表の左側(制度

1霞;lii1Jm1どUと

低|有機体的市民型|寡頭制衛兵型 ホイッグ的

市民型 急進的衛兵型 中

高|参加者市民型|大衆的衛兵型

化度の高い一一一類型)についての説明を省略しているが、右側の一一一類型については別に一章 を設けて詳説している。市民型と言うのは、その政治参加の水準に妥当した制度的権威が 認められる安定した型であり、一方衛兵型においては、不安定で政治的社会化が行なわれ ず、諸集団は私的欲望の充足のために動員される〔毬誌Ⅱ禿〕。ただし、衛兵(頁口の(○回目) 型と言っても、軍部に限らず、諸社会勢力が政治に参加して赤裸々な形で相対立する、と され愚〔一一旧巫〕.すなわちI

皿寡鑪繍衛兵型’’九世紀のラテンアメリカに典型的を大地手指導的譽職者軍人が綱闘う社 会であり、ふつう急進的衛兵型に移行する〔一一一一一一一Ⅱ一そ〕。 ②急進的衛兵型l都市と農村とのギャップが社会的基盤をな」政治活動の一般的形態l鱸収賄 入しデモクーデターI峰權麟を行使する方法で健なく権威に圧力をかける方法である〔|’

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高 低

低 有機体的市民型 寡頭制衛兵型

ItI ホイッグ的

市民 急進的衛兵翻

高 参加者市民型 大衆的衛兵型

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…そして、ある社会が衛兵型政治体系から市民型体系に移行するためには、都市と農村の利益の融合と新しい 政治制度の創出とが必要で、軍部が安定した政治制度を発達させる能力は、第一に、自分達の支配を農民大衆と 一体化し、農民を政治に動員して味方につける能力にかかっている、とされる〔一一厘一〕。このように、ハンティン トンは、アプターより軍人の政治支配を重視し、かつ評価する傾向があるが、これは一九六○年代以降、第一一一世 界で軍事政権が多数出現している事実を反映したものであろう。 ところで、右の分類は政治参加度と政治的制度化の度合に基づいていたが、政治的近代化の水準はこの両者の ⑫ 度合によって決まるはずだから、これを発展段階論的に把握することもできよう。すなわち、筈一者なりの理解を

このように、ハンティントンは、政治的不安定の問題に注目してアプターより政治体系間の移行をうまく説明 しているが、政治的近代化と経済発展、あるいは政治指導と近代化の成否の問題にはあまり関心を払っていない。 このハンティントンの政治体系論で、参加者市民型はアプターの協和体系に、急進的衛兵型は同じく動員体系 に対応すると一一一一口えそうだが、ホイッグ的市民型、大衆的衛兵型はアプターの新重商主義社会近代化専制政治、 軍部寡頭制とどう対応するのか、よくわからない。ホイッグ的市民型は近代化専制政治、大衆的衛兵型は軍部寡 頭制、以上四つの型にはさまれた、参加と制度化の均衡線上に新重商主義社会があるのかも知れない。 図示すれば、左図ができる。 ③大衆的衛兵型l霊人は社会が後進的なほど革新的であり社会が先進の度を加えるほど保守反動化することから急進的段階 で中間階級に門戸を開いた軍部は、この段階では下層階級に門戸を閉ざす役割を果たす〔一一一笙一Ⅲ一一〕。 畔引に一壱。

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SE・ハンテイントン説による 政治的近代化と政治体系分類

(鹿島の整理) 参加者市民型

政 治

的化

近 代 ホイッグ的 市民型

政治的制度化

有機体的市 民型 大衆[ 大衆的衛兵型

急進的衛兵型

寡頭制衛兵型

-=

政治参 加度

アプターにしても、独立後の新興諸国の政治を論じてはいるが、 植民地支配の政治体系を問題とせず、それが近代化ないし工業 化にどのように影響したかを、先進諸国の場合と比較して考察 しようとする視点を欠いている。「伝統的政治体系」から「政治 的近代化」への動きを論じながら、外国勢力の圧力ないし支配 の問題をとりあげないのは不可解とすら一一一一口える。そこで、経済 面に限ってではあるが、後進諸国が先進諸国の影響下に「従属 的発展」を強いられたと論ずる従属理論を、次に検討しよう。 ただし、ここでも包括的に論じる意図はなく7筆者の関心に即 して、主としてアミン(の・し日ご)の説をとりあげることになる。

従属理論(□gの己のロ2日丘の。ご)とは、ドイツに生まれアメ リカで教育を受けた経済史家フランク(しめ匂国已〈)が、アル ゼンチン人プレビッシュ(両用Hのす】のoロ)らの「中心国l周辺 国」区別説を批判して、そうした従来の従属理論に対してみず からの立場を「新従属理論」と呼んだことから、広く流布する ようになった呼称のようである。プレビッシュらが、中心国と 二、従属理論アミン説を中心に

409

(16)

周辺国では貿易関係によって生ずる資本と労働の移動様式が異り、周辺国の交易条件が不利化する傾向にあるか ら、周辺国は投資資本を輸出向け一次産業より輸入代替工業に振り向けるべきだと主張したのに対して、フラン クは、世界資本主義の中枢l衛星構造の枠内での輸入代替工業化は中枢国独占を利するだけであり、交易条件の

不利化よりも低開発国内部の所得分配不平等の方が重大問題である、とした。たしかに、輸入代替工業化路線は 先進国からの中間財輸入による貿易収支赤字で行き詰まるとともに、発展途上国内部の貧富の拡差を押し拡げて いたが、フランク理論もまた批判され易い欠陥を持っていた。すなわち、もっぱら輸出経済部門の性格を論じて 他の国内諸部門との構造的関連を軽視している点、「資本主義」の概念を生産関係によってではなく、市場関係・ 流通関係によって規定しているため、世界資本主義体制が種々の生産様式を含むことを無視しがちな点、そして

Ⅲ り

そ}」から、低開発世界が持つ一定の発展のダイナミズムを見落してしまう点等である。

フランクは、こうした批判に応えて自説の改良を図っているが、彼はなお主としてラーアン・アメリカの事例に 依拠しており、筆者が目論むエジプト研究に好適な理論を呈示しているとは言えない。その点、まさにエジプト に生まれ、フランスで学んだアミンは、比較的フランク的理論の欠陥を免れ、かつ主としてアラブ地域・アフリ カ地域の事例に基づく有益な理論を提供している。彼の理論の主たる貢献は、現在の低開発世界の「周辺資本主 義構成体」(喘・HBg一目ロロ8日目の曰のbg)日、H】C■の)が、既開発世界のかつての「前資本主義構成体」(【・同日目・ロ 頁m8p且」の庁の)とは異質のものであることを明らかにし、その周辺資本主義構成体の形成過程を類型化して論じ ⑬ ている点にあると思われるが、その説を、王著『不均等発展』および『周辺資本主義構成体藝酔によって検討しよ

『7.

アミンは一般のマルクス学派の説にかえて次のような生産様式論を呈示しているIすなわち山原始共

(17)

同体、②貢納制、③奴隷制、㈹単純小商品、⑤資本制、の五生産様式を区別し、②をさらに早期形態と封建制の ような進化形態に区分する。⑪は他の四種に先行するが、②~四には一定の継起序列はなく、②の貢納制が前資 本主義的階級構成体にもっとも一般的である。貢納制生産様式は、社会が共同体に組織された農民階級と、それ から貢納(非商品)を取り立てる政治的支配階級へ二分化することを特徴とする。この生産様式を「アジア的」 と呼ぶことは、それが実際にはヨーロッパにもアフリカ・アメリカ両大陸にも存在した以上不適当である、とさ れる〔峰甑罎艤窺轌誘蝿錘が窪一郵偏〕。 またアミンは、生産様式以上に社会構成体の概念を重視する。けだし、生産諸様式はけっして純枠状態で存 在したことはなく、歴史的社会は複数の生産様式が組み合わきり、他の社会との交易関係を組織した構成体であ るから。すなわち社会構成体とは、「そこに支配的な生産様式と、この生産様式の周囲でそれに従属している諸生 産様式の複雑な集合が組み合わされる中で支配的生産様式によって組織され、特徴づけられる具体的な構造に ほかならない。」そして歴史的社会は、まず「前資本主義構成体」と「資本主義構成体」とに区別され、後者はさ らに「中心資本主義構成体」と「周辺資本主義構成体」に区分される。ここで前資本主義構成体は、⑪共同体的、 または貢納制生産様式の支配、②限定された地域における単純小商品関係の存在、③遠隔地貿易関係の存在、を

$、、、、

共通要素とす愚(←「》一〕噸これに対して資本制生産様式は次の三つの特質を持つl⑪すべての社会的生産物が 商品形態をとり、それが全般化する、②労働力自身も商品形態をとる、③生産設備が商品形態をとる〔垂-ひ。 lこれはほとんど古典的な定式である海アミンの場合中心資本王義祷成体では資本制様式があらゆる前資 本主義的様式を破壊して排他性を主張するが、周辺資本主義構成体ではそのようなことが起こらない、とするの である。すなわち、一般に「資本主義社会」とされるものを「中心資本主義構成体」と呼び、「資本主義化の遅れ た社会」を「周辺資本主義構成体」と呼んで後者は前者と異るモデルをなし、後者から前者に移行することは

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ない、と主張する。では、その根拠は何か。 アミンは、社会的生産の基本一一部門、生産財部門と消費財部門の間の「接合」(四日C巳口は。□)を、資本蓄積の分 析の中心に据えるべきだ、とする〔託1》一〕。中心資本主義構成体では、この両部門が接合するが、周辺資本主義構 成体では接合しない。すなわち、後者においては、輸出部門が市場の創設と形成において決定的な役割を果たし たが、周辺国からの輸出は、中心国よりも労働報酬が安いことによって資本にとって利潤率が高い。そこで周辺 国社会は、経済的・非経済的なあらゆる手段によって労働報酬の上昇をくいとめようとする。そのために大衆消 費財需要が伸びず、寄生的な社会層による著侈品需要だけが伸びることになる。こうして、周辺国の国内市場の 形成は限られ、かつ歪んだものとなり、輸入代替工業化が進んでも多国籍企業に支配された箸侈品供給部門のみ が発展しがちである。生産財生産部門が創出される場合も見られるが、それも輸出部門と著侈品供給部門に奉仕 するためのものである、とされる〔娠越廼Ⅱ》ロ。 この「非接合」(臼の回風目」目・口)の重視がアミン理論の特徴であるが、彼はもちろん、周辺資本主義への移行 にかかわる他の要因をも指摘している’す蓬わち中心資本王義の商業侵艫による手工業の破襲輸出部門に 偏した発展がもたらす第三次産業部門の肥大、外国資本による利潤の輸出(投資の乗数効果が働かない)、外国独 占にょ圖際分業の押し付けと金融支配そして部門別生産性の極端な不平等lこれらすべての要因によっ て、周辺部では経済成長はむしろいっそう低開発性を強め、完成した資本制生産様式を発達させるどころか、成 長停止をもたらす、とされる〔一一の一一劃こ℃軍棒凱野藤緬麩謎ざに軌七〕。 しかしアミンは、その一方で、一九七○年代初期の世界通貨危機に関連して、世界資本主義体制が、第一一一世界 を古典的なエ業生産(設備財生産を含む)に特化させることで、この危機を乗り切る可能性がある、と認める。 その場合も、「中心国は超近代的な諸活動(オートメーション、電子産業、宇宙征服、原子力)などをみずからの

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手に押さえて」おくから、世界体制の不均等発展がさらに進むだけだ、と一一一一口うが〔泥塾一川云〕、それでも第三世界が 「古典的な工業生産」を実現するならば、「非接合」理論はあてはまらなくなりはしまいか。現に、近年の韓国や 「台湾」はそうしたエ業化を実現しそうな勢いを見せているが、他方第四・第五世界の分離等と一一一一口われるように、 石油危機以来輸出部門の拡大すらままならなくなった発展途上国も多い。単純な第一一一世界論は通らなくなったわ けで周辺資本主義構成体論も然りであろう。もっとも、アミンの場合は類型論を含んでおり、それほど単純で はない。すなわち、彼によると、周辺資本主義構成体は、アメリカ的、東洋的(ないしアジアアラブの)、アフ リカ的の一一蘋型に分けられる.それらの特徴は以下の通りであるI

山アメリカ的周辺瀧成体11南北アメリカでは、産業革命以前に到着したヨーロッパ移民により、擬似封建的ないし擬似奴隷制的 開発が、市場向け生産のためになされ、ラティフンディア農業資本主義が成立していた。一九世紀初頭に独立した南アメリカ諸国 では、大地主クレオール〔、鼠。]の・現地生まれの白人〕の買弁ブルジョワジ1が権力を掌握、イギリスとの貿易の拡大を通じてこ の構造を強化した。オリガーキー的性格と支配的外国資本とブルジョワジーの結合が特徴である。 ③東洋的周辺構成体lアジ了アラブで住封建制生産様式に向かって発展しつつある賃納制的生産様式が支配的で単純商品 生産様式や奴隷制生産様式を従え、また遠隔地商業関係をその構造に組み込んでいた。’九世紀後半になって、旧「封建」階級は 世界市場向けに生産する資本主義的大地主に変容する。この種の発展は非常に不均等であり、エジプトは極端に発展したケースで ある。開始の遅れは、近代的形態のもとでの外国資本の強力な侵入によって急速に取り戻され、ラテン・アメリカの構成体にきわ

③アフリカ的周辺構成体lブラックアフリカ峰村落共同体に基づく端緒的な責納馴生産様式が支配的で東洋的周辺鱗成体 の場合同様、単純商品生産様式、奴隷制生産様式、遠隔地商業をも組み込んでいた。’’一世紀にわたってアメリカ向け奴隷狩りが行 なわれた結果、村落共同体を基礎とする軍事君主制構成体(【・汽曰目・ロロの曰・目『O言のの目]一目月の)が形成され、巨大土地所有 が発展しなかった。かつまた大都市文明が欠如し、近代的民族ブルジョワジーの形成が遅れたが、第一一次大戦後急速にこの遅れを 取り戻しつつある。工業化がもっぱら外国資本によって行なわれている結果、都市の民族ブルジョワジーの脆弱さは他地域より

ある。開始の遅れ」

めて類似してきた。

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(20)

右は、『周辺資本主義構成体論』〔劃藪匹や伍己に依っているが、『不均等発展』でもこの類型論が繰り返され、例 証が(とくにアラブに関して)ふやされてページ数はほぼ倍増している〔唾乏Ⅱ一一〕。しかし、’一一類型の特徴付けは むしろ不鮮明となっているので(様々な事例を取り込むと一般化が難しくなるためであろう)、前者によって紹介 した.後者において修正ないし付加された主な論点は次の通りl⑪ラテYアメリカ型に関して第一次 大戦以降、新たな産業ブルジョワジーが形成され、部分的に地主・商人権力への挑戦を試みたが、第二次大戦後 は非民衆主義的・テクノクラート的「開発主義」(』のの四月・]]】の日・)に後退していること、②アラブ世界の社会構成 体の歴史について、三つの時期(ヨーロッパ模倣時代、植民地時代、一九五○年代以降)を区別していること、 ③ブラック・アフリカについて、三つの地域(①西アフリカ、カメルーン、チャド、スーダンの交易経済圏、② コンゴ河流域の特許会社圏、③東部・南部アフリカの居留地圏)を区別していること(実は、これらのどれにも 属さないエチオピア等その他地域の四つと一一一一口うべきだが)等。 この第②の時期区分は、筆者の課題であるエジプト近・現代史研究に深く関わるので、少し詳しく紹介してお こう。アミンを引用すると、「第一の時期は、ヨーロッパの脅威に対する自覚によって、またしばしば、この脅威 に対してより有効に抵抗しようと、ヨーロッパを模倣する試みによって特徴づけられている二九世紀初め~同 末ないし二○世紀初め〕。この試みの失敗から植民地の時期が結果し、この期間中を通じてへアラブ構成体は決定 的な従属的周辺部の特徴を備えることになる〔それはアラブの復興の時代、すなわち反帝国主義闘争の時代でも ある〕。第三の時期は、こうした従属性を再検討しようとする時期で、一九五○年代に幕が切って落とされる。」 いっそうきわだっている(それゆえ、新しい官僚層が、社会の主要な動力となる傾向を持つ)。

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〔重〕この第三の時期は次の一一づの基本的特徴を祷つときれるl⑪民族ブルジョワジーの没落と民族小 ブルジョワジーの伸長、②米・ソニ大国の手によってこの地域からイギリスが排除されたことと、これら大国間 による同地域の分割妥協案の準備、③シオニスト植民地主義の持つ膨張主義的性格が明白になったこと〔》E》一〕。

アミンの周辺資本主義構成体の類型論は、このようにかなり複雑であるが、にもかかわらず、諸類型は「本質 的には相似したモデルへと収数する傾向がある」とされる。そして、それらの一般的性格として、次の四つの特 徴が指摘誉れている1m国内セクターにおけ鳥農業資本圭一蘂の優位側支配的外国資本の動きに密着した商 業を中心とする国内ブルジョワジーの形成、③現代の周辺部に固有な独自の官僚制発達の傾向、⑨プロレタリア 化現象の特殊な、未完の性格e聖一Ⅱ一一〕屯 先にふれたまうに、筆者は、一九七○年代にむしろ第一一一世界の多様性が強まったと考えるが、それはさておき、 このような状態から脱却するにはどうすればよいか。「ソ連的生産様式」は、アミンによれば、「資本家のいない 資本主義」であって後進諸国よりも先進諸国によりよく適応するものである〔仁二一Ⅱ一一〕(この点も筆者は必ずしも 同意できないが)。そして周辺部は、「資本主義的な資源配分モデルを根本的に再検討し、収益性の原則を拒否」 すべきであり、「今日の発達諸国に比較して必然的に独創的な自立的発展」を選択しなければならない、とされる。 その場合、「目標は、もっとも近代的な設備を、人口の多数が集中する貧困部門の直接的改善と結合することであ り、近代的技術を生産性および大衆の運命の直接的改善に役立つようにすることである。この直接的改善、それ だけが生産力と創意を解放し、国民全体を真に解放することを可能にする。近代技術と大衆の運命の直接的改善 との結合は、科学技術研究の運営の根本的修正を必要とする。」足、善Ⅱ一一〕

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…この目標は結構である。しかし、どうすればそれを実現できるのか。「もっとも近代的な設備」を提供できる のは、一般的には多国籍企業であり、それらは収益性の原則に従って行動する。また、そうした設備(アミンは、 「オートメーション」とも一一一一口い換えている)は、|般に資本集約的・労働節約的であり、労働力が過剰で資本に 乏しい発展途上国にとって、購入は容易でないし雇用創出効果も小さい。そもそも、近代技術の導入によって大 衆の運命を改善しようというのは、テクノクラート的発想ではなかろうか(実際アミンは、エジプトの官吏から 国連専門職員に転じた人物である)。問題はむしろ、大衆が自己の能力を最大限に発揮できるようにすること lすなわち天衆の教育水罎を引き上げ、勤労意欲を引き出す方策にあるのでばないか.彼の一一一一口う「完全な社

会主義」の自一〈体像は明らかでないが、現実には日本や、最近の韓国・「台湾」等が、まさにそうした面で成功し、 それゆえに生産力を急速に拡大しえているのだと思われる。アミンにはこうした問題意識がないようで、そのた めに、発展途上諸国の大衆の労働生産性が一般に非常に低いことと、その歴史的・社会的原因を軽視して、国際 的不等価交換等の外的要因を強調しすぎる傾向がある(この点はアミンに限らず、従属理論諸家に共通している

が)。

こうした政策論・社会主義論の問題はともかく、歴史認識・現状分析では、既存諸理論の修正を迫る貢献が認 められよう。多くの評者の中で、たとえば山本啓氏(秋田大学)は、「アミン理論の貢献は、理論的な難点をはら みながらも、これまでマルクス主義もまたその呪縛から自由ではなかった継起的な単線的発展史観を打破した点

日0

にある」とされまた本多健吉氏(大阪市立大学}も次のように評価されているI

低開発世界の経済社会構造の特徴を前期的生産諸様式の複合としての「周辺部資本主義的経済社会構成」としてとらえ、相互の生

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筆者の課題に即して一一一一口えば、発展途上諸国の経済発展の型が、先発諸国のそれと異なることと、その相違をも たらすメカニズムを明らかにした(先に見たように、その説明を全面的に受け入れるわけではないが)点が重要 である。とりわけ、アラブ世界の社会構成体の歴史、なかでもエジプトの事例を論じている部分は直接的に役立 ちそうであるが、それらは、続稿の関連部分で検討することになろう。

以上、近代化論を主として政治的近代化論によって、従属理論を主としてアミン理論によって紹介・検討して きたが、この両者はどう関係するだろうか。前者は、|応ロストウ的な経済的近代化論を前提としつつも、政治 と経済の対応関係の論証に踏み込んではいない。後者は、いわば生産力よりも生産関係を重視した経済発展論で、 政治分析は支配階級分析で能事終われりとされている感がある。また、前者はもっぱら国内の発展を問題として 国際関係を軽視するが、後者は逆に国内の問題を主として国際関係によって説明しようとする。すなわち、一見 互いに相入れない立場にあるけれども、それは両者がそれぞれ別の面を重視するからであって、軽視する面を互 いに補完しうる関係にあると見ることもできる。筆者は、一方をとって他方を捨てるより、エジプトのような社

会を包括的に捉えるための分析用亘〈として役立ちそうな概念は何でも試してみるべきだと思う。 産様式の関連を世界資本主義の「中心部・周辺部構造」の連関の中に位置づけて検討するアミンの理論は、フランク理論の限界を大 きく乗りこえるとともに、フランクが理論化しないままで残した「一一重経済論批判」のすぐれた展開と、自立的国民経済確立にとっ て解決すべき社会経済的課題のすぐれた提示ともなっていることを評価したい。

三、結びにかえてl政治と経済の關係

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それにしても、政治と経済の、ことに近代化ないし社会発展との連関における対応関係をどう考えるかは、右 の諸理論からは明確にならない。この関係を、具体例に即して一般化しようと試みたのは、最初にあげたロスト ウの『政治と経済の諸段階』であったが、繰り返すけれども、これは単線的発展論で、政治的近代化と経済的近 代化の並行関係を指摘し、様々な事例を発展コース上に位置づけてみせはするが、なぜある国々は他の国々より 発展が遅れたのかをよく説明してはいないし、発展コースに乗らない国々の事例は切り捨てられていた。そこで、 政治がどのような場合に経済発展を促し、どのような場合には逆にそれを妨げるのか、という問題に取り組んだ ホルト(”・目・国・]()とタ1ナ1(]・ロ・日日ロ日)の仮説をあげておこう。 鯛 この二人のアメリカ人は、共著『経済発展の政治的基盤』において、フランス(’六○○~一七八九年)、中国

(一六四四~一九一一年)、日本(’六○’’’1一八六八年、’八九○年代に離陸)を、イギリス(一五五八~一七 八○年、一七九○年代に離陸)と比較し、これらの諸事例の比較によって得られた予備的仮説を、既成の諸理論 と照らし合わせた上で次のような一連の仮説を提出しているI

蜘 一政府の適応機能要件一…寡…§。ご……の)に関してl政府(とくに中央政府)が適応機能薑件の充足にあ叢 り貢献しないことが、離陸の一前提条件である。

二目標達成機能雲件(噸………]…鋼扇)に関してl ⑪もし、政府が目標達成要件の充足に相当な貢献をすることが、資源配分の中央集権化の可能性を高めるならば、それは離陸達

囚もし、政府が資源動員を通じて、経済に投資する傾向を弱めるならば、それは離陸達成の可能性を減らす。 副もし、政府が民間の信用創出操作を妨げる行為に出、しかも自己の信用創出を相応にふやさないならば、それは離陸達成の可 能性を減らす。 成の可能性を低める。

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…この仮説は、政府の機能、つまりは政策に関わるもので政府の制度、ないし政治体系の構造とは直接関わ らない。しかし、アプター理論では、動員体系が強制によって近代化を推進するとされるから、これは右の仮説 の多くと矛盾するように見える。もっとも、ホルトとターナー自身、著書の付論「変化するソビエト政体、一九 一一一○~一九六四年」の中で、「近代化推進段階で、政府は資本の動員(目標達成)、資源の配分・管理(適応)、経 済の相互依存的かつ専門分化した諸単位の統合(統合)において非常に積極的役割を果たすかもしれない」と 認めている。それでも、より近代的段階に達するにつれて、分権化しなければいっそうの経済発展は難しくなる と一一一一口うのだが、ともかく、政治的近代化と経済的近代化を安易に結び付けるわけにはいかないようだ。具体的な 政策の検討にまで踏み込む必要がある。そのことは、従属理論にも一一一一口えるすなわち、外国との経済的結び付 きが強かろうと弱かろうと、政府の政策如何によって工業化に成功する場合としない場合があるのではないか。

三樹習維持(…『………)に関してl政府が潜在的投下資本の一大部分を所有する艫級に対して投資先を著し く制約する規範を押し吃けないことが、離陸の一前提条件である。 四統合(ご…ロ・ロ)に閾して離陸の前提条件はl ⑪職業特化に基づく役割分化の場合、もし役割の相互依存関係が広範な領域に展開するならば、政府が必要な通貨を供給して統 合的機能要件の充足に貢献することが条件。 ③威信に基づく役割分化の場合、政府が、伝統的社会のもっとも威信ある諸階級に商人や製造業者が割り込むのを禁止(ないし ③世代に基づく役割分化の場合、政府が、死亡者の所有地を幾人かの相続者間に多かれ少なかれ公平に分配するという相続規範 を強制しないこと。 脚地理的配置に基づく役割分化の場合、政府が、役割の相互依存関係が発達しうる領域を制限する障壁の樹立を妨げること。 厳しく制限)すること。

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現実には、植民地支配下に、あるいは外国資本と結託した支配階級を代表する政府によって、工業化を妨げる政 策がとられる場合が多かったわけであるが、そうした政策を具体的に分析する必要があろう。 そこで、エジプト等の発展途上国の近代化過程の研究にあたっては、まず、そもそも近代化を迫られた、ない し従属的発展を押し付けられた外部的要因、すなわち先進諸国からの圧力ないし影響の性格を明らかにし、それ が政治的・経済的にどのような変動ないし発展をもたらしたか、そして政治面と経済面とがどのように関連して いたかを、具体的に検討していくことが課題となる。エジプト近・現代史をこのような観点から分析した研究は 未だなされていないし、そうした作業を通じて政治的近代化論や従属理論の有用度をはかることもできよう。さ らに、政治面と経済面を総合し、かつ単線的でない発展理論の形成に多少なりとも貢献できれば有意義な仕事と なろう。 二九八四年十一月)

》圧

⑪鹿島「エジプト『アラブ社会主義』体制の変容」『金沢法学』’’六巻二号 ②鹿島『ハンガリー現代史』亜紀書房、一九七九年 ③前掲書、とくに一一二○~二二二ページ参照 側甸Cl冨8m己吾のの百mのの。[Q○三号○四ヨウュ9mの》]や己・邦訳『政治と成長の諸段階』上・下、ダイヤモンド社、一九七五年 ⑤鹿島前掲論文八一~八四ぺ1ジ参照 ⑥政倦的近代化論の紹介批評はl 白鳥令『政治発展論』東洋経済新報社、’九六八年 内山秀夫『政治発展の理論と構造』未来社、’九七二年 ■1口。「のどの円]]言・』の【己回のH目狛の岳の。【】の巨己のの⑩C亘O胃の》の。曰眉のP巴「m・邦訳『近代化理論と歴史学』未来社、’九七七年 薮野祐二『近代化論の方法現代政治学と歴史認識』未来社、一九八四年等。

(27)

⑪注側の邦訳書、二 川同右、一三ぺ1ジ 川小野一一郎編『南北問題の経済学』、同文館、’九八一年、二八ページ 川西川潤『経済発展の理論』日本評論杜、一九七六年、一九一~’九三ページ参照 ⑰曰房の白函のmC帛勺・]旨8]□のぐの]・己日の目zの二目・1門》ご$・邦訳『政治発展の諸段階』福村出版、 卿注凹の邦訳書、一一○~二一ページ ⑧薮野前掲書、二一|~二四 ⑨注、の邦訳書、三ページ 特集「南北『問題』分析の諸潮流」『、経済評論』’九八四年二月号等。 n円ロ①の画、のm・帛同8口・曰]、Q・尹『(マシヱ・口IoCBB巨已、(旨四日【の、庁》F・己○口・邦訳、増補版、ダイヤモンド社、一九七四年 ⑧蔽野前掲書、一一二~二四ページ参照

⑪小野前掲書、三七ページ ⑯注凹の邦訳書、二七ページおよび第七章各所 ⑰曰冨旧・]屋8.崗冒・□の昌一N島・ロ6宮8mP]@$・邦訳、新装版、未来社、’九八一一年。以後、この訳書からの引用部分(筆者 従属理論の紹介批評はl 湯浅赴男『第三世界の経済構造』新評論、一九七六年 本多健吉「低開発世界分析における新しい翻流についてI低開発国国議資本主義論の視角から」『経構学雑誌』七七巻六号 同「従属派経済理論の構造と問題点」大阪市立大学経済研究所・尾崎彦朔編『第三世界と国家資本主義』東京大学出版会、’九一八 愼川恵市「従属アプローチの発驫と蕊状lA6うランクをこえて」『思想』’九八○年七月号 鍛冶邦雄「サミール・アミンの『低開発』論」『関西大学商学論集』二五巻四号 高橋章「『新従属論』の近代世界史観」『歴史評論』’九八一年十月号 西川綱「従属理論の新展開lサミールナミンにおける低鬮雲薗の縫續理論」『早稲風政治経済学雑誌』二七○「二七二合併 号川 西

寺本光郎「アミン理論に関する覚書」⑩.②『アジア・アフリカ研究』二五○・二五八号 田中祐二「従属派経續理論における繼界蓄積論の検討IACうランクの『世界資本主義システム』論批判」『立命館経営学』 田中祐二一従 二二巻一号 ○年所収

九六八年

12]

(28)

が改訳している場合もある)ページ数は本文中に示す。 ⑱アプター自身ののちの論文(幻・曰・函○]念伜]・ロ・日日ロ9日、.一日冨冨の岳Ce○一○巴。【○○日己山日ごくの幻ののの胃◎戸zの弓邑○『丙》巴「P 邦訳『比較政治の方法』勁草書房、’九七六年、第五章)においては、Cは「官僚制型体系」、Dは「神政政治型体系」と名付け られている(邦訳、二○九~二一一ページ)。 ⑭○・毎.CSC目の]]》二[・□のg】目亘・ロロ且団員の凹巨日四ごClシロ昏・1冒邑目』の曰-m目曰ののごm・巨弓鈩日目C四目勺・]旨・の》国の【]【の』のご》 ○四一・》』や「』}ロ・【・曰ユョヮの『ぬの『)向のぐ○一具】○口淳・日缶ロ○ぐのl豈皀】衝ごロ員の巨日具の四目□の「の]○百曰のpごロ]四目ロ一目日]【の廷]ロ巴官》 仰ご口弔の日》zの三国日ロの三一C一【)z・】.)】召②. ⑩句。]】は、囚]。aの【旨○百二mごmmCC】の豆①の》zの国『■口ぐの己》○○目・》巴&邦訳、サイマル出版会、’九七二年。以下、訳書の引用 部分(筆者が改訳している場合もある)のページ数は本文中に記す。 ⑪ハンティントンにかわって平凡社の政治学事典(’九五四年)に説明を求めよう。 国家有機体説l「鬮家をもって一種の有機体となす学説.{中略)おおむね国家をもってそれ自身生藝ごて生活する完全体をな し、その成員たる個人はなんら独自の人格をもたず有機体における細胞であって、全体によって配分された機能を分担するにすぎ

㈹円の最ぐの]・弓の日のpごロ、恩]“の、、巴のpH』の⑩【・尻日昌Cpmmo・色のの:8℃】日}厨日のごm【】日のdppの》勺目、》巴『ぃ・邦訳『不均等発展 l周辺簑本主義の社会構成体に関する試論』東洋縫糖新報社一九八三年 〃■四円ロ日ロ」圏目四一)、0-】の]]の日・己旦の》勺目の》己『P邦訳『世界的規模における資本蓄積第Ⅱ分冊周辺資本主義構成体論』 ⑪本多前掲(第一一)論文七三~八一ページ、西川前掲書(注、)第一一・一二章参照 ⑭本多、同右八八~九九ページ、湯浅前掲書六四~七三ページ参照 ㈱たとえば、DBの己のヨシCOE日ロ一目○口目。□己のaのぐの]8日の具〕号目の印の日置・ロ》〕①呂・邦訳『従属的蓄積と低開発』岩波書 店、一九八○年 ホイッグ主義l「一六八八年の各誉革命によって貴族的名望一家寡一鎮制として確立された体制を意味」する.(一二四二ページ) …このように、この政治体系分類は、必ずしも近代国家のみに適用されるべきものではないが、ハンティントンは他章で伝統的 政治体系の分類をも試みており(邦訳一五四~一六○ページ)、両者の関係は説明されていない。 ⑰平等(参加)の拡大と管理能力の増大とによって構造の分化↓政治発展が起こるという考え方については、白鳥前掲書六一~六 ないとする。」(四八四ページ) 七ページを参照。

参照

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「同定理論」として体系化を試みた。ノーベル賞を受賞した中間子論の研究もまた偉大な創造の

6)明治政府は、1872 年(明治 5 年) 、それ以前に「王 国」を形成していた琉球に対して、 「琉球藩」を設 置、さらに、79

第3章 プーチン外交とメドベージェフの「近代化」外交 小泉 直美 はじめに 2011年9月、タンデム(二頭)政権が大統領と首相の役職交換を発表して、メドベージェ フとプーチンがやはり「一蓮托生」であることが再認識された。しかし、それでも現象的 に見れば、両政権の間のロシア外交には大きな差がある。プーチン政権2期の後半からロ

連結諸概念,連結会計手続を包括した−体系として存立し,それ自体の論理

明治以降の近代化は、欧米文化を中心にした多文化化であり、そこにある自文化と他文化の混

これらの結果,経済活動が自律性をもった効率性

韓国における上述した意味での社会事業という 概念が生まれたのは、おそらく 1920 年代頃のこ