伊良子清白の「漂白」と石川啄木の「のぞみ」の関 連について
著者 藤田 福夫
雑誌名 金沢大学語学・文学研究
巻 1
ページ 66‑69
発行年 1970‑03‑25
URL http://hdl.handle.net/2297/23685
つきかげは やや傾きぬ。
かばやぎ川柳に風や永い。 おしへらく、ああ我が望ふ かたぶきい、哀へい、
いつく夢のあと、あはれ何虚。 やなぎ洩る 月はかすかに
ぬか額を射てほの白し。 かすかなる「のぞゑ」の歌は 砂原にうちまるぶ 若人の琴にそひぬ。 先ず両詩を発表年次順によって記すと次のごとくである。 のぞ承 石川啄木 伊良子清白の「漂泊」と 石川啄木の「のぞみ」の関連について
あるは又、 なげきの丘に
ゆめをぐさふと萠えし夢小草。 根をひたすなげきの水に
つちかなしみ培かはれ、悲愁の
にへをぱな犠と咲く黄の小花か。
わがのぞゑ、
おきふし(夢の起伏、) 一一 月かげの沈むにつれて、
ぬか白髪」額また垂れぬ。
いのちさうぴああ生命、そはかの薔薇、 つぼ承なる束のまの まだ咲かぬ夢の色か。 藤田福夫
わかうど
若人は
いと・美これたる絃を
つな、星かげに繋塞こつつ、 起ちあがり、また勇ましく、
ぬか垂れし額 ややにあがりぬ。
のぞみ彼は一君ふ、我が希望、
と』』よ夢ならば、永世の茜蚕ょ、 移り行く『時』の影
おきふし起伏は、鎚已夢ぞと。 夢なれば、砂の膣の
なきがら身は既に夢の残骸。 かたぶぎぬ、哀へい、
いづく夢のあと、あばれ何魔。
一一一 月落ちて こころ沈ぶて、
なか一戸もな費)暗の中、
ひといと琴は猶、のこる一絃、 くもぢ・ 雲路にも星ひとつ、
つち『のぞみ』をぱ、地に絶たず。 漂泊
むしろど鳶一戸に
あきかぜふ秋風吹いて かはぞひはたごや 河添I旅篭屋さびし
あはたびをとと一操れなる旅の男は ゆふぐれそらなが 夕暮の空を眺めて
ひくうたいと低く歌ひはじめぬ
なきは畠
亡母は
一ととめ魔女となりて しろぬかつきあら 白雪ご額月に現はれ
なきち出亡父は
わらは一塁子となりて まろかたぎんがわた 圓雪ご肩銀河を渡る
やなぎも 柳洩る
よかわしろ夜の河白く かはとけぶり+との 河越購えて煙の小野に
ふえねかすかな)○笛の音ありて たびぴとむねふ 旅人の胸に鯛れたh/ ほほゑぷて、砂の原
おいのち
趣ひ行きい、生命の跡を。 (「明星」明治三十七、十一一、辰歳十一一号)
伊良子清白
両詩の末尾に記したように「のぞゑ」は明治三十七年十二月の 「明星」発表である。詩集「あこがれ」に収らめれ、それには甲辰
ふるさと故郷の
たにまうた谷間の歌は
っづたかな績姿ごつ上断えつつ哀し
おほぞらこだまおと大空の返響の宰曰と
ちそここえ地の底のうめ雪この聲と まじはしらべふか, 交りて調は深し
たびびと旅人に
は出母はやどりぬ
わかうと若人に
ち出くだ父は降れり をのふえけぶりなか 小野の笛煙の中に
ふしのこかすかなる節は残れり
たびぴと旅人は
うたつ歌ひ續けい
みどりごむかし嬰子の彗曰仁かへり ほ料ゑみうた 微笑ゑて歌ひつ上あり (「文庫」明治三十八、|、二十七ノ六) 総ルビ表記は詩集による
準