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修士論文
「
日
本 語 獲得に お
ける
構 造依 存性」三重 大 学 大 学 院 人 文社 会 科 学 研 究 科 地域文化 論 専 攻 地域 言 語文化 論 専修
1 0 6 M 2 0 7 高垣 裕子
目 次
1 . 本 研 究の目的
2 . 言 語 獲 得 と普遍 文 法
3 . 日本 語の疑 問 文にお け る 構 造依存性
4 . 普遍 文 法 と 構 造依存性
5 . 言 語 獲得にお ける構 造依存性 : 先 行 研 究
5 .1 Cr ain and N akaya m a(1 9 8 7)
5 .2 G u almini(2 0 0 5)
5 .3 構 造依 存と普遍 文 法
6. 実 験
6.1 . 本 研 究 で扱う 構 造 的 性質
6.2. 実 験 方 法
6.3 . 結果
6.4 . 実 験結果に関 する議 論
7. 結論
8 . 資料
9 . 参 照 文 献
1 0 . 謝 辞
1 . 本研 究の目 的
日本 語の文で ある(1 a)と(1b) は、 「 ペ ンギン さん」 に付い て い る格助 詞のみ において
異なっ ており、 表 面 上 大 変似てい る にもか かわ ら ず、 その解釈が大 き く異な る。
(1) a. お父さん はどこで ペン ギン さん がサ ッ カ ー し てき たか聞 き ま したか? b. お 父さん はどこでペ ン ギン さん にサ ッカ ー し てき たか聞 き ま したか?
日本 語 を 母 語 と する大 人は、 (1a)に対 し、 2 通り の解釈を 与 えることが できる。 一 つ の解釈は、 ペ ンギンさんが サッカ ー をし てき た 場 所 をお 父さんが 尋 ね たか ど うか に つ い て問 う 「Ye s/ N o 疑 問 文」 とし て の解釈であり、 も う 一 つ の解釈は、 お父さんがペ
ン ギン さん にサ ッ カ ー をし てき たかど うかを 尋 ね た場 所につ いて問 う 「 wb 疑 問 文」
とし ての解釈であ る。 一 方、 (1b)は、 後者の解釈、 つ まりお父さんがペ ンギンさん に 質問 をした 場 所 を 問 う w b 疑 問 文 と し ての解釈し か許 さ ない。 生成文 法 理論で は、 こ の解釈の違い は文の構 造に よ り決 定 さ れ る もの であ り、 こ のよ うに解釈が 構 造によっ て決 定 さ れるとい う 「構 造依存」 の性質は遺伝により ヒ トに生 ま れ つ き 与 え られて い る 「普遍 文 法」 の反 映であ る と仮定 さ れている。
本研 究で は、 構 造依存という普遍 文 法の性質が 早い段階から幼児の言 語 知 識に存在 するとい う日本語獲得からの証 拠 を 提 示 す る。 よ り具体的に は、 日本 語 を 母 語 と す る 幼児 (3 ‑6 歳児) が、 (1) にあ げ た 文の解釈の違い を 知 識 として持 つ かということ を、
心 理 実 験 を行 うことに よっ て示 す。 その調 査結果に基づき、 言 語獲得に は、 ヒ トに生 得的に与 え ら れ た 「普遍 文 法」 が関 与 す る という 生成文 法 理論の仮説に対し、 日本 語 獲得からの新た な 証 拠 を 提 示 すること を 目的と す る。
‑ 2 ・
2 . 言 語獲得と普遍 文 法
ヒ トは、 生 後 一 定 期 間接 した 言 語 を、 母 語 とし て獲得す る。 言 語 獲得とは、 「生 ま れ た と きから 大 人になるまでの 間に、 言 語 知 識に何 らかの変化が見 ら れ、 こ の変化」 の こ と である (大津 2 0 0 2)。
日本 語 を母 語 と し て獲得し てい る幼児は、 「青い自転車」 を 「青い の自転車」 とい
っ たように、 「青い 」 と 「自転車」 の 間に余分な 「 の 」 を 加 えて発 話 する場合がある。
日本 語 を 母 語 と す る 大 人は、 こ の よう な 発 話 をしない の で、 幼 児は、 周りの 大 人の発 話の 模 倣のみによ っ て言 語 を獲得し てい るわ けで はない こ と が わかる。 言 語 獲得に は、
生 後得ら れ る外界からの 言 語経験 と と もに、 「 内 的メ カ ニ ズム が重 要 な働き を担 っ て い る」 と考え ら れ る ( 大津 ・ 波多野 ・ 三宅 2 0 0 6)。 N o a m C b o m sky は、 こ の 内 的 な 仕 組み が ヒ トに遺伝に よ り生得的に与 え ら れて い る 言 語 獲得のための仕 組 みで ある
と仮定 し、 これ を「普遍 文 法」(U niv e r s al G r a m m a r, U G) と 呼 ぶ。 こ の仮 説によると、
言 語 獲得は、 遺伝に よ り生得的に与 え ら れて いる普遍 文 法 と、 生 後 外 界から 取り 入れ る言 語経験 との相互作用に よ り達成さ れる。 「普遍 文 法」 が存在す るとい う仮説 の根 拠は、 幼児が周りの大 人から 与 え られる言 語経験 と そ れに基 づき 獲得さ れる母 語 知 識
(「文 法」) との 間に質的 な 差があるとい う観察である。 以 下で は、 こ の質的 な 差の存 在につ いて論 じる。
ま ず、 幼 児が手にする言 語経験の 主 な 性質の 1 つ は、 大 部分が構 造 的に単純であ る とい う 性質であ る。 M o rga n (1 9 8 6) によると、 英語 獲得におい て、 大 人が幼児に対 し て発 話 す る 文の種 類の割合は以 下の通 りである。
(2)
a . Yu ri b o ugbt b o oks .
出 現 率
9 1 .2 % b . K e n s ai d Yu ri bo u gh t bo oks. 8 .8 %
(2 a) は、 主 語 と 述 語の 関係を 1 組 だ け含む 文であり、 「単文」 と 呼 ぶ。 (2b) は、 文の
中に文が埋め込 ま れてお り、 主 語 と 述 語の関 係 を 2 組合ん で お り、 「複文」 と 呼 ぶ。 (2) に示 した とお り、 M o rg a n(1 9 8 6) に よ ると、 大 人が幼児に話し かける文の 9 1 .2 % が
単文であり、 8 .8 % が複文である。 単文は複文よ りも 構 造的に単純であると考え ら れる ため、 幼児が手にす る 言 語経験は大部分 が 構 造 的に単純 な 文であると 言 える。
幼児が手にする言 語経験の主 な 性質の 2 つ 目 と し て、 誤りを常に訂正 さ れるわ けで はない とい う 点 が 挙 げ ら れる。
(3) 幼児: これは何の 声?
母親: 電 車の声 だ よ。
(3) は、 実際に筆者が地 下 鉄の駅で耳に した ある母 子の会話であ る。 母親と幼児は、 地 下 鉄の駅 構 内にお り、 地 下 鉄 が 通りす ぎる音に対 し て幼児が母親に こ の音が何である か尋 ねて いる。 日本 語 を 母 語 と す る 大 人は、 生 物がの どから 発 す る音を 「声」 と 表 現 し、 地 下 鉄の よう な 非 生 物が発 する音に対 し て 「声」 という 表 現は使わ ない。 幼児が 電 車の音に対 し て 「声」 と 表 現 したにもか かわ らず、 母親は、 そ れ を訂正 せず 「電 車
の声 だよ」 と 返答し てい る。 したが っ て、 幼児の示 した 誤 り が常に訂正さ れ る わ けで はない ことがわかる。
幼児が手にす る 言 語経験の 3 つ 目の主 な 性質とし て、 整 理 さ れてい ないという 点が 挙 げ ら れ る。 言 語獲 得において は、(4) に示 した よ うな状況が存在す る と 十 分に考え ら れ る。
1 4 ‑
(4)
a. 誰が本を 買 っ たの ?
提 示 時 期
幼児1 幼児 2 幼児 3 1;8 2 ; 0 2 ; 3 b . ケンが 何 を 買 っ たの ? 2 ; 2 2 ; 1 2;1
(4a) は主 語が wh 語で あ る 文 ( 主 語 w b 疑 問 文) で、 (4b) は目的語が w h 語である文 ( 目的語 w h 疑 問 文) であ る。 幼児1 は、 1 歳8 ケ月の時に主 語 w b 疑 問 文 を 提 示 さ れ、 その後2 歳2 か月 の時 目 的 語 w h 疑 問 文 を 提 示 さ れている。 一 方、 幼児 2 は、 2
歳o か月 の時に主 語 w h 疑 問 文 を 提 示 さ れ、 その後 2 歳1 か月 の時に目 的 語 w h 疑 問 文 を 提 示 さ れて いる。 こ のよ うに、 ある性質が提 示 さ れ る時期は、 幼児によっ て異な
るという状況が十 分に考え られる。 ま た、 幼児 1 ・ 2 と幼児3 の 比較から 分かるよう に、 ある性質の提 示順序が、 幼児に よ っ て異 なるとい うこと も十 分に考え ら れる。 つ まり、 幼児が手にする言 語経 験は、 提 示 順序においても 提 示時期においても 整 理 さ れ
てい ない もの であると考え ら れ る。
こ のよ う な 言 語経験 を も とに獲得さ れ た 母 語 の知 識はどの よ う な 性質を含む だ ろ うか。 ま ず、 母 語の知 識は複雑 な 性質を含ん でいる。 (5) と(6)の例 を考えよう。
(5) a . ケンは何 を食べ ましたか ?
b . ケンは何 を食べ ました
̲ ?
(6) a . ユ リはケンが何 を食べ たか知 っ て いる。
b .
☆ ユ リはケンが何 を食べ た
̲ 知 っ て い る。
(5)に示 さ れ る ように、 単文において は文 末の疑 問 文標識 「 か」 を省略 す ることが可 能 である。
一 方、 (6)に示 さ れるよ うに、 埋め込 み 文に お い て は 「 か」 を省略 す ることが でき ない。 こ の 「埋め 込み 文におい て は疑 問 文 標 識 を省略 することが でき ない」 と い
う 性質は、 当然埋め込 み 文 を含む文に おい てのみ 実 現 され る性質であり、 単文で は実 現 さ れ ない。 その意味で複雑 な 性質であると 言 える。 こ のように、 日本 語 を 母 語 と す る成人の言 語 知 識は、 複雑 な 性質を含ん でい る。 ま た、 (6a) は 日本 語に おい て 可 能で
ある が、 (6b) は可能でないとい っ た 判 断 を日本 語 を 母 語 と する大 人は与 えることが で きる。 つ ま り、 母 語の知 識は可能な 文 と そ うで ない文 を 区 別でき る という 性質を 持つ 。 さ らに、(6) に示 さ れるよ う な文 法性の判 断は同 一 の言 語 共 同体に属 する母 語 話者の 間 で共 通である。 した がっ て、 母 語の知 識は同 一 の言 語 共 同体内で本質 的に同質であ る とい える。
以 上 見てき たように、 幼児が手にする言 語経験は(i) 大 部 分が構 造 的に単純であり、
(ii) 誤りを常に訂正さ れるわ けではな く、 (iii) 整 理 さ れてい ない という 性質を 持つ に も 関 わ ら ず、 その言 語経験に基づき 獲得さ れ る 母 語 知 識は、 (i) 複雑 な 性質を含み、
(ii) 可 能 な 文 と 可 能でない文 を 区別 するこ とが でき、 (iii) 同 一 の言 語 共 同体内で本質 的に同質である。 こ の ように、 幼児が手にする言 語経験と それに基づき 獲得さ れる母 語 知 識に は、 「質的 な 差」 が存在す る。 N o a m C b o m sky が提 唱 する生成文 法 理 論 では、
質的 な 差が存在する に も 関 わ ら ず、 言 語 獲得が達成さ れる の はな ぜかとい う 問い を
「プ ラ トン の 問 題」 (P lato
'
s p r oble m)1と 呼 ぶ。 そ し て、 こ の理 論で は、 プラトン の 問 題に対 し、 ヒ トに は遺 伝により生 ま れ つ き 与 え ら れている 言 語 獲得の ための仕組 み (「普遍 文 法」) が存在するとい う 仮 説により説 明 を 与 える。 C bo m sky に よれ ば、 普 遍 文 法に はす べ ての言 語が満たす べ き 性質が規定 さ れて お り、 そ れに よ りヒ トが獲得
でき る言 語が狭 く 限 定 さ れてい るという。
ヒ トの持 つ 母 語 知 識は ヒ ト とい う 生 物 種に し か獲得でき ない。 ま た、 ヒ ト という 種 に生 まれ つ く と、 言 語経験を絶た れ る な どの特 殊 な状 況がない限 り誰しも 母 語 を身に
1 プ ラ トン の 問題は、
「対 話 篇 『メ ノ ン』の中で、 ソク ラ テ ス が、 幾何学の経験 を 持たない青年が 幾 何 学の基 本 原理の知 識 を身につ けてい ることを 明 らか に し てい ること に由 来し ている。」 (大 津
2 0 0 2)
C bo m sky (19 8 7)は、 プ ラ トン の問 題に おいて 「人 間は、 外 界との接 触が短 く個人 的で限 定 され ている にもか か わらず、 どうし て かく も多くの ことを 知っているの だ ろうか」 と問 う。
ー 6 ‑
付 けることが でき る。 従っ て、 ヒ トが持 つ母 語 知 識は 「種 固有性」 及 び 「種 均 一 性」
という 性質を 持つ 。 普遍 文 法が 「 ヒ トとい う 種 に固有の遺伝的 な素 質で あ る」 (中 井
2 0 0 4)と考え れ ば、 な ぜ 言 語が ヒ トとい う 種に均 一 に与 え ら れてお りか つ ヒ トという 種に固有であ るかを 説 明 する ことが可 能 と な る。
も し C bo m sky が考え るように、 ヒ トに遺伝により生 まれ つ き普遍 文 法が与 え ら れ ている な ら ば、 その性質を 反 映 する部 分に関 し て は生 後 言 語経験に基 づき 「学習」 す る必要 が ない のであ るから、 早い段階から幼児の言 語 知 識の中に観 察さ れる はずであ
る。 本 研 究で は、 こ の 予測が妥 当であ るかど うかを、 日本 語 を 母 語 と す る幼児を 対 象と した 心 理 実験を 行 うことに よ っ て調 査 す る。 そ れにより、 ヒ トに は生得的に与 え ら れ た 言 語 知 識が存在す る とい う 生成文 法 理 論の仮説に対 し、 日本 語 獲得からの新た な 証 拠 を 提 示 す る。