三重 大 学 教 育 実 践 総 合セ ンター 紀 要 2 0 0 6, 第2 6 号, 1 ‑ 6 頁
特別 支 援 教育における就学支 援 に関 する 一 研 究
一 軽度発 達障害児 の 「個別の就学支援計画」 の策定 ・ 運 用 を 通 して ‑ 姉 崎 弘* ・ 宮 村 昇** ・ 薮 岸 加 寿 子 … ・ 森 倉 千 住 … *
中央 教 育 審 議 会は「 特 別 支 援 教 育 を推 進 する た めの制 度の在 り方について」 ( 答 申) を2 0 0 5 年12月に公 表し た が、 障 害のあ る幼 児 児 童 生 徒の就 学の在 り方につい ては、 具 体 的に は明示し ていない。 今 後、 特殊 教育から特 別 支 援 教 育への制 度の改 正に伴い、 障 害のある幼 児 児 童 生 徒 を乳 幼 児 期か ら学 齢 期、 学校卒 業 後に わ た る長 期 的 な視 点か ら支 援し ていくこと ば、 今日的な重 要 課 題である。 そこで本稿で は、 これ ま であ ま り 報 告されていない、
就 学 期に お け る軽 度 発 達 障 害 児の 「 個 別の就 学 支 援 計 画」 の策 定 ・運 用 を通し て、 これ か らの特別 支 援 教 育に お け る障 害のある幼 児 児 童に対 する就 学 支 援の在 り方につ いて考 察 を加え た。 特に、 これ か らの就 学 指 導 委 員 会や 特 別 支援 教 育コ ー ディネー タ ーの役 割につ いて検 討 を 行っ た結 果、 就 学 指 導 委 員 会は、 調 査 ・相 談・判 定の他に、
「 個 別の就 学支 援計 画」 を策 定し て就 学 先の学 校に引 き 継 ぐこと、 特 別 支 援 教 育コ ー ディネ ー タ ー は、 校 内で就 学 支 援会 議 を 中心になって設 定・ 運 営して いくこと、 な ど が考 察さ れ た。
キ ー ワ ー ド: 特 別 支 援 教 育、 就 学 支援、 就 学 指 導 委 員 会、 軽 度 発 達 障 害 児、 個 別の就 学 支 援 計 画
1 はじ めに
2 1 世紀の特 殊 教 育の在り方に関 する調 査 研 究 協 力 者 会 議が、 2 0 0 1 年1 月に公 表し た「2 1 世 紀の特 殊 教 育の在り 方につい て 一 一 人 一 人の ニ ー ズに応じ た特 別な支 援の在 り方につい て ‑ ( 最 終 報 告) 」 におい て、 「 第2 章 就 学 指 導の在り方の改 善につい て」 の中で、 「1. 乳 幼児 期か ら 学 校 卒 業 後まで の 一 貫し た相 談 支 援 体 制の整 備」、 「2. 就 学 指 導 委 員 会の役 割の充 実」 な ど を提 言して いる1)。
上 記の 「1. 乳 幼児 期か ら学 校 卒 業 後まで の 一 貫し た相 談 支 援 体 制の整 備」 につい ては、 さ らに 「 教 育、 福 祉、 医 療、 労 働 等が一 体と なって乳 幼 児 期か ら学 校 卒 業 後ま
で障 害のあ る子ど も及び その保 護 者 等に対 する相 談 及び支 援を行う体 制を整 備 する」 と明示さ れ た。 こ の提 言を受け
て、 各 都 道 府 県は「 障 害のあ る子どものた めの教 育 相 談 体 系 化 推 進 事 業」 に取り組み、 三重 県では、 四 日市 市をモ
デル地 域に指 定し、 2 0 0 3 年3 月には、 保 健、 福 祉、 教 育、 医療が連 携し たサ ポ ー ト会 議 ( 教 育 相 談 連 絡 会 議) の設 置や教 育 相 談 個 別フ ァイルの書 式、 個 人 情 報の保 護 等に
つい てま と め た「 障 害のあ る子どものた めの教 育 相 談マ ス ター プラン」 を策 定して いる2)。
その後、 特 別 支 援 教 育の在り方に関 する調 査 研 究 協 力 者 会 議は、 2 0 0 3 年3 月に 「 今 後の特 別 支 援 教 育の在り方
につい て ( 最 終 報 告) 」3) を公 表し、 「 第2 章 今 後の特 別 支 援 教 育の在 り方につい て の基 本 的な考え方」 の中で、
「 個 別の教 育 支 援 計 画の必 要 性」 を提 言して いる。 これ は、
障 害のあ る幼 児 児 童 生 徒を生 涯にわ たって支 援 する観 点か ら、 教 育 ・ 福 祉・ 医 療 ・ 労 働な どの関 係 者 ・ 関 係 機 関が 相 互に連 携し合い、 障 害のあ る幼 児 児 童 生 徒の多 様なニ ー
ズに適 切に対 応 する教 育 的支 援を効果 的に行う た めに 「 個 別の教 育 支 援 計 画」 の策 定が提 言さ れ たの であ る。 こ の
「 個 別の教 育 支 援 計 画」 ( 図1ヰ)参 照) の策定は、 先の 「2 1 世 紀の特 殊 教 育の在り方につい て ( 最 終 報 告) 」 の提 言を 踏ま え、 これ を発 展さ せ たもの であ る。 盲 ・ 聾 ・ 養 護 学 校
では、 「 個 別の教 育 支 援 計 画」 を2 0 0 5 年 度まで に策 定 す ることになって いる5)が、 小 ・ 中 学 校 等では今 後の課 題と なって いる。
一 方、 上 記の 「2. 就学 指 導 委 員 会の役 割の充 実」 につ
い ては、 2 0 0 2 年4 月に、 学 校 教 育 法 施 行 令の 一 部 改 正が 行わ れ、 就 学 基 準 等の見 直しが行わ れ た6)。 その後、 文 部 科 学 省が、 2 0 0 2 年6 月にま と め た「 就 学 指 導 資 料」 7) の中
の 「 就 学 指 導 委 員 会の役 割の充 実」 の項には、 「 市 町 村の 就 学 指 導 委 員 会が、 特 殊 学 級、 通 級によ る指 導 等の教 育 的 支 援の内 容 等につい て校 長に助言し たり、 市 町 村立の小 ・ 中 学 校や盲 ・ 聾 ・ 養 護 学 校に就 学し た障 害のあ る児 童 生 徒に対 する就 学 指 導のフ ォロ ー アッ プ を行う等によりその
機 能の充 実を図ることも重 要であ る。」 と明 示さ れ た。 ま た、 中 央 教 育 審 議 会が、 2 0 0 5 年1 2 月に公 表し た
「 特 別 支 援 教 育を推 進 する た めの制 度の在り方につい て ( 答 申) 」8) ( 以 下、 中教 審 答 申と記 す) におい て、 「 第6 章
* 三重 大 学 教 育 学 部 障害 児 教 育 講 座
* * 伊 勢 市 教 育 委 員 会
* * * 津 市 立 教 育 研 究 所
* * * * 桑 名 市 立 教 育 研 究 所
柿 崎 弘 ・ 宮 村 昇 ・ 薮 岸 加 寿 子 ・ 森 倉 千 佳
関連 する諸 課題につい て」 の 「 障 害のあ る児 童 生 徒の就 学の在り方につい て」 の項の中で、 「 障 害のある児 童 生 徒
の義 務 教 育 諸 学 校への就 学 相談 ・ 指 導は、 就 学 時のみ な らず就 学 後 も含めて 一 層 重 要な役 割を担うことにな る。 こ のた め、 その在り方につい ては、 ( 中 略) 引き続き検 討し、
必 要な見 直しを行うことが適 当であ る。」 と指 摘し た上で、 さ らに、 次のように示さ れ た。
(1) 就 学 指 導に際して の児 童 生 徒の教 育 的ニ ー ズの的 確な 把 握 及び反 映の 一 層の充 実
① 児 童 生 徒の教 育 的ニ ー ズ をきめ細かく 把 握し、 これ を 就 学 先の決 定に反 映 する た めの調 査 ・ 審 議を専 門 的
に行う機 関であ る就学 指 導 委 員 会 等の構 成、 開 催 方 法 等
② 児 童 生 徒 本 人 及び保 護 者の意 向を把 握し、 これ を就 学 先の決 定に反 映 する た めの就 学 指 導の在り 方
③ 乳 幼 児 期か らの相 談 体 制の構 築を含め た就 学 前か らの
教 育 相 談の在り方
④ 個 別の支 援 計 画の活 用を含め た関 係 機 関 等と連 携し た就 学 指 導の在り方
な ど、 就 学 指 導に際して児 童 生 徒の教 育 的ニ ー ズ を的 確
に把 握しこれ を教 育 内容や就 学 先の決 定に反 映 する取 組を
一 層 充 実 する観 点、 が示さ れ た。
上 記の 「 就 学 指 導 資 料」 に明 記さ れ た、 就 学 後の教 育 的 支 援 内 容を助 言し た り、 フ ォロ ー アッ プの必 要 性につい
ては、 「 個 別の就学 支援 計 画」 の策 定と運 用の必 要 性を示 唆 するもの であ る。
ま た、 中 教 審 答 申に示さ れ た上 記の①と②と③の各 観 点
につい ては、 これ まで各 都道 府 県 及び各市 町 村の就 学 指 導 委 員 会 等におい て、 そ れ ぞ れ取り組ま れてきて いる内 容で あ る。 しか し、 ④は、 「 個 別の就 学 支 援 計 画」 を活 用し た 就 学 指 導の在り方につい て の提 言であり、 全 国 的に見て、 各 市 町村 教 育 委 員 会 等の今 後の重 要な課 題と なって いる。
さ らに、 今日各 市 町 村では、 市 町 村 合 併に伴い市の面 積と人口が増 加し、 就 学 指 導の対 象 幼 児 児 童 生 徒の量 的 及び質 的拡 大によ り、 就 学 指 導の体 制づく りそのもの に関 する困 難さ を抱えて いるのが実 情であ る。
そこ で、 本 稿では、 軽 度 発 達 障 害のあ る幼 児を事 例に、
個 別の支 援 計 画の就 学 版に当た る「 個 別の就 学 支 援 計 画」
の策 定と運 用を通して、 小 学 校への就 学 支 援を試み たの で、 その経 過を報 告 する と共に考 察を加え、 今 後の就 学 指 導の 在 り方につい て の知 見を得ること を目 的と し た。
2 方 法
(l) 期 間: 2 0 0 Ⅹ 年7月 ‑2 0 0 Y 年7 月
(2) 事例 児: 幼稚 園年 長児 (5歳) 障 害名: A D H D、 服 薬 ( 心理検 査の結 果)
w I S C ‑ Ⅲ : 全IQ1 2 0 言 語 性IQ9 6、 動 作 性IQ1 4 6 (3) 主 訴: ・ カ ッと な り やす く、 友 達に手を出 すこと が
あ る。 友 達 関 係をつくりにくい。
・ 教 師の話を集 中して聞 くのが苦 手であ る。
・ 予 定の変 更につい て いけ ない、 な ど。
園1 「 個 別の教 育 支 援 計 画」 等の概 念 関係 図 ( 尾 崎20 0 3 p 1 7 一部 改変)
‑ 2 ‑
特 別支 援 教 育にお け る就 学 支 援に関 する一 研 究
(4) 方 法: 就 学 指 導を通して事 例 児の 「 個 別の就 学 支 援 計 画」 を策 定し、 これ を就 学 後の小 学 校に引 き継ぎ、 就 学 指 導の今 後の在り方を検討 する。
3 結 果
(1) 事 例 児の行 動 観 察の経 過 ( 就 学 指 導 担 当 者によ る) (2 0 0 Ⅹ 年7 月の主な様 子)
・ 他 児と う まく 関わ れず 園 内を一 人でう ろ う ろ歩く。
・ 職 員 室に頻 繁に立ち寄り、 怒ること が あ る。
(2 0 0 Ⅹ 年1 0 月の主な様 子)
・ 好 きな遊び は集 団に入れ る、 我 慢 もできる。
・ 苦 手な課 題は教 室か ら出て行 く。
・ 一 番にな り たいというこだ わ り が強い。 (2 0 0 Y 年2 月の主な様 子)
・1 月に薬が変わ り、 少し落ち着い てきて いる。
・ 自分な りの心の整理の仕 方を身に付けてきて いる。
・ 鬼ごっ こな ど集 団で遊べ る よ うになってき た。
(2) 保 護 者へ の就 学 支 援
保 護 者と就 学 相 談の面 談を繰り返し た結 果、 知 的に は な ん ら問 題は な か っ た が、 普 通 学 級で は行 動 面で不 安が あ ること か ら、 まず4月か ら小学 校の障害 児 学 級 ( 情 緒 障害) に在 籍して手 厚い指 導を受け な が ら、 母 学 級で の交 流 及び共 同学 習を積 極 的に行い、 本 児の適 応 状 況を見て、 徐々 に普 通 学 級に在 籍を変 更して いく 方 向性を保 護 者と確 認し た。
(3) 「 就 学 相 談 記 録 表」 の作 成
就 学 指 導 委 員 会では、 名 称は そ れ ぞ れ異な る が 「 就 学 相 談 記 録 表」 等の書 式を用い て、 審 議 対 象 児の就 学 判 定 等の業 務を行っ て いる。 こ の書 式には、 就 学 指 導 担 当 者によ り、 以 下の事 項が記 載さ れ た。 ① 本 人 ・ 保 護 者 名、 ② 在 籍 園名、 ③ 主 障 害 ・ 併せ持っ障害、 ④ 検 査 結 果、 ⑤ 身 体 障害 者 手 帳 ・ 療 育手 帳の有 無・ 障 害の 程 度、 ⑥ 生 育 歴、 ⑦ 健 診 結 果、 ⑧ 発 達プロ フ ィ ー ル表、
⑨ 園で の観 察 結 果、 ⑲ 園の担 当者の所 見、 ⑪ 保 護 者の 意 向、 ⑫ 就 学 相 談 担 当者の所 見、 な どであ る。
(4) 「 個 別の就 学 支 援 計 画」 の策 定
表1 に、 事 例 児の就 学に向けて策 定し た 「 個 別の就 学 支 援 計 画」 を示し た。 こ の 「 個 別の就 学 支 援 計 画」
は、 全 国 特 殊 学 校 長 会が ま と め た 「 個 別の教 育 支 援計 画」 の書 式9)を参 考に作 成し たもの であ る。 こ の 「 個 別の就 学 支 援 計 画」 は「 個 別の教 育 支 援 計 画」 の 一 部
であ り、 幼 稚 園 ・ 保 育 園 等か ら小 学 校への就 学に際し
て策 定さ れ るもの であ る ( 図1 参 照)。 こ の書 式には、 就 学 指 導 担 当 者により、 以 下の事 項が記 載さ れ た。 ① 本 人・ 保 護 者 名、 ② 障 害 名、 ③ 検 査 結 果、 ④ 園で の生 活 ・ 学 習 面、 ⑤ 医 療 機 関か らの情 報、 ⑥ 本 人の小 学校
で の希 望や配 慮、 ⑦ 家 族の小 学 校で の希 望や配 慮、 ⑧
園か らの希 望や配 慮、 ⑨ 小 学 校で必 要と思わ れ る支 援 場 面・ 内容、 ⑲ 具 体 的 支 援 ( 家 庭 生 活、 学 校 生 括、 余 暇 ・ 地 域 生 活、 医療 機 関、 その他)、 な どで あ る。 ま た、 小 学 校の担 任 教 師は、 実 施し た⑪ 就 学 支 援 会 議の 実 施 結 果 (日時 ・ 参 加 者 ・ 協 議 内 容 ・ 支 援 方 針 等) 杏 記 録し、 最 後に、 会 議の確 認と して特 別 支援 教 育コ ー
ディネ ー タ ー と担 任 教 師と保 護 者の三者が そ れ ぞ れ⑫ 確 認 欄に チ ェ ッ ク ( レ点) を記 入 する。 た だ し、 ⑪と
⑫に つい て は実 施でき な か っ た。
今 回は、 就 学 指 導 担 当 者 ( 相 談 員) が、 事 例 児の実 態や教 育 的ニ ー ズ、 JL、理検 査の実 施、 保 護 者の希 望、 幼 稚 園で の取り組み等につい て調査を実施し策 定を行っ
た。 こ の書 式は、 事 例 児が今 後 小 学 校に就 学 するに際 して、 その必 要と さ れ る支 援の概 要を年 度 末の 3 月 末
にま と め たもの であ る。 基 本 的に、 小 学 校では、 こ の
「 個 別の就 学 支 援 計 画」 に基づ い て就 学 支 援 会 議が開 催さ れ、 支 援 方 針や指 導 目標・ 内 容の設 定が行わ れ る
ことにな る。
(5) 就 学 支 援 会 議の設 定
事 例 児が入 学 後の 6 月に、 小 学 校におい て事 例 児の 障 害 児 学 級 担 任 教 師と就 学 指 導 担 当 者との 2 名の間で、 就 学 支 援 会 議が行わ れ た。 こ こ で、 担 任 教 師か ら、 小 学 校で の生 活や学 習の様 子を話してもら う と共に、 就 学 指 導 担 当者の方か ら、 幼 稚 園 時 代の様 子、 さ らに検 査 結 果か ら、 事 例 児は動 作 性 知 能が高 く、 視 覚 的認 知 力が高い反 面、 言 語の記 憶 力や 理解 力が比 較 的 低い こ と か ら、 絵カ ー ドや文 字カ ー ドを用い て視 覚に訴え る 支 援を行っ た り、 話し言 葉を短く して、 物 事を具 体 的
に教え る と 理解が し やすい、 な どの ア ドバイスを行 っ た。 担 任 教 師か ら、 事 例 児は、 4月 当 初 生 活 環 境が大 きく 変 化し たこともあ り、 パニ ッ ク を度々起こして い た が、 5月に薬の種 類を変えてか ら は、 比 較 的日中 落 ち着い て いること が多 くなっ た、 との報告が な さ れ た。 (6) 「 個 別の指 導 計 画」 の作 成
担 任 教 師は、 夏 季 休 業 中に、 事 例 児の 「 個 別の就 学 支 援 計 画」 を参 考にし た上で、 事 例 児の行動な ど を分 析し、 教 科・ 領 域ご とに、 ま た は生 活 面と学 習 面に分 け た 「 個 別の指 導 計 画」 を作 成し、 2学 期か らこれに 基づ いた授 業づくり を進め た。