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サービス消費における短期的・長期的な 不便益の発生に関する考察

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サービス消費における短期的・長期的な 不便益の発生に関する考察

―― 便益遅延型サービスと便益即時型サービスの視点から ――

藤 村 和 宏

は じ め に

サービスの生産と消費は同時に行われるが,便益の享受は必ずしも同時に行 われない。すなわち,顧客が期待する便益を生み出すための諸活動が遂行され る時点(サービス・デリバリー・プロセス)と,それらの結果として生成され る便益を顧客が享受できる,あるいは享受したと知覚する時点との間に時間的 ズレが生じるサービスが存在している。このような時間的ズレを「便益遅延性」

として概念化し,さらに,このような特性を有するサービスを便益遅延型サー ビスと定義することで(藤村, ),現在,その典型である医療サービスを 対象として「便益遅延性」が顧客満足に及ぼす影響について実証的に考察して いる

!

「便益遅延性」という概念を創出した当初は,医療サービスや教育サービス の利用において典型的に見られるような,サービスを消費・利用する動機と なった問題の解決という便益が時間的にズレて享受される現象を考案の対象と 考えていた。しかしながら,便益遅延型サービスと対照的な便益即時型サービ スにおいても,顧客に対して遅延的・長期的にポジティブあるいはネガティブ な影響が生じる可能性があることが明らかになった。すなわち,宿泊サービス

( ) この研究は,独立行政法人科学技術振興機構内の社会技術研究開発センターにおける

「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」において,平成 年度に採択された「医 療サービスの『便益遅延性』を考慮した患者満足に関する研究」(研究代表:藤村和宏 平成 年 月〜平成 年 月)を継続的に行っているものである。

(2)

や美術館サービスのような便益即時型サービスの消費においては,サービス・

デリバリー・プロセスにおいて顧客は当該サービスを消費・利用する動機と なった問題の解決という便益を享受することができるが,そのデリバリー・プ ロセスに参加することによって喚起されたポジティブな情動や転換された価値 観も遅延的・長期的に彼らの関心や行動が変化させることがあるということで ある。このような遅延的・長期的な影響が顧客に及ぶ場合,それがポジティブ な効果を生み出すものであれば望ましいが,場合によってはネガティブな効果 が生み出されるおそれもある。あるいは,サービス・デリバリー・プロセスが 効果的に展開されていれば,遅延的・長期的に顧客にポジティブな影響がもた らされる可能性があったにもかかわらず,効果的に展開されなかったことによ り,顧客はその遅延的・長期的に生じたかもしれないポジティブな効果を享受 できないということもあるであろう。このような享受できなかったものについ ては,顧客は気づくことができないために,結果的には評価不能な損失である と言えるが,社会全体あるいは第三者からみると,顧客は不便益を被っている と捉えることができるであろう。そして,このような不便益を低減することは,

顧客自身にとってだけでなく,社会全体にとっても好ましいことであろう。

また,不便益については,便益遅延型サービスの消費において特に生じやす いと考えられる。それは,医療サービスや教育サービスのデリバリー・プロセ スでは,顧客は心理的負担や身体的負担を実質的に避けることは不可能である からである。つまり,便益遅延型サービスの消費においては,顧客は即時的・

短期的には心理的負担や身体的負担などの不便益を甘受し,その代償として遅

延的・長期的に生じる消費の動機となった便益を享受していると捉えることが

できる。このような状況が生じるのは,サービス消費においては顧客もサービ

ス・デリバリー・プロセスに参加し,提供者と協働しながら彼の保有する消費

資源(金銭,時間,知識・技能,肉体的・精神的エネルギー,空間など)を適

切かつ積極的に投入しなければ,期待する便益を享受することができないから

である。そして,サービス・デリバリー・プロセスにおいて顧客が被る不便益

の程度が大きくなるほど,顧客の参加モチベーションは低下し,その結果とし

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て遅延的・長期的に生じる便益の享受できる水準も低下,あるいは享受できる 確率が低下するおそれがある。したがって,サービス・デリバリー・プロセス において顧客が知覚する不便益の程度を実質的あるいは知覚的に削減すること も必要とされる。

便益遅延型サービスの消費においてだけでなく,便益即時型サービスの消費 においても,生じ方は異なるとしても不便益が生じ,それは顧客にとって好ま しいものでないことから,これを実質的あるいは知覚的に低減することは重要 な課題であると考えられる。このようなことから本稿では,便益遅延型サービ スの消費および便益即時型サービスの消費において生じる不便益に焦点を当 て,その特徴を明らかにするとともに,それを実質的あるいは知覚的に低減す る方策について検討したい。

Ⅰ.便益遅延型サービスにおける便益の遅延的・長期的 享受と不便益の短期的甘受

⑴ 「便益遅延性」概念と便益遅延型サービス

サービスは生産と消費の同時に行われるが,便益の享受は必ずしも同時に行 われない。すなわち,顧客が期待する便益を生み出すための諸活動が遂行され る時点(サービス・デリバリー・プロセス)と,それらの結果として生成され る便益を顧客が享受できる,あるいは享受したと知覚する時点との間に時間的 ズレが生じるサービスが存在している。このような時間的ズレの生じるサービ スは「便益遅延型サービス」と呼ぶことができ(藤村, ;藤村・森藤,

),その典型は医療サービスや教育サービスである。一方,サービス・デ リバリー・プロセスにおいて即時的に便益を享受できるサービスは「便益即時 型サービス」と呼ぶことができる。

しかしながら,サービスは様々な便益から構成されており,それらすべての

便益において同様に遅延性が生じることはなく,便益のタイプによって遅延性

の程度は異なっていると考えられる。その便益のタイプとしては「機能的便

益」,「感情的便益」,および「価値観的便益」の つを想定することができる

(4)

(藤村・森藤, )。

機能的便益は,サービスを利用・消費する動機となった問題の解決に関わる ものであることから,基本的な便益である。医療サービスの場合,機能的便益 は疾病によって生じる身体的健康度の低下を患者が期待する元の状態に戻すこ と(健康度の回復)である。また,教育サービスにおける機能的便益は知識や 能力の向上であろう。

感情的便益は,サービスを利用・消費する動機となった問題から付随的に生 じるネガティブな情動の解消や,顧客のサービス・デリバリー・プロセスへの 参加に伴って喚起される情動をよりポジティブなものにすることに関わる便益 である。医療サービスにおける感情的便益は,疾病による身体的健康度の低下 は心理的健康度の低下をもたらすことから,患者にこの心理的健康度の回復・

維持を提供するものである。また,教育サービスにおける感情的便益は学ぶこ とに対するワクワク感や楽しさの創出に関連するものであろう。

価値観的便益は,当該サービスとの関わり方やサービス・デリバリー・プロ セスへの顧客の適切かつ積極的な参加に対する認識・姿勢にポジティブな変化 を導いたり,当該サービスの人生やライフスタイルへの長期的影響に対する認 識の変化を導いたり,あるいは当該サービスが人生における意義や楽しみなど の発見を導くこと,などに関わる便益である。医療サービスの場合には,価値 観的便益は疾病や治療に対する認識・姿勢,生きることの意義や生き甲斐に対 する態度にポジティブな変化を導くものである。医療サービスにおける価値観 的便益は,医療サービスは必ずしもすべての身体的健康度の低下を回復できる わけでなく,回復が不可能な疾病,部分的にしか回復できない疾病,あるいは 後遺症や手術痕が残る疾病もあることから,それらに対応できるように患者の 人生観や価値観の転換を図ることである。また,教育サービスにおける価値観 的便益は,学ぶことの意味や学びに対する取り組み方などの認識をポジティブ な方向に変化させるものであろう。

どのようなサービスもこれら つの便益から構成されていると捉えることが

できるが,「便益遅延性」の程度は機能的便益において最も高いと考えられる。

(5)

能力

時間

(t)

知覚 水準

能力向上の 知覚可能時点 教育サービスの

デリバリー開始時点 便益遅延性 知覚

水準 健康度

健康度回復の 知覚可能時点 医療サービスの

デリバリー開始時点 便益遅延性

【タイプ 】 【タイプ :医療】 【タイプ :教育】

①時間的ズレ(ムダ時間) ①時間的ズレ(ムダ時間)

  +

②状態変化(水準の変化)

  +

③確率的な状態変化   +

④知覚可能水準の存在

①時間的ズレ(ムダ時間)

  +

②状態変化(蓄積量の変化)

  +

③確率的な状態変化   +

④知覚可能水準の存在 (能動的活用の必要性)

時間

(t)

なぜならば,便益遅延性型サービスの多くは人間の身体や感情,能力などの状 態変化を導くものであり,そのような状態変化には長期間を要するためであ る。医療サービスにおいては,価値観的便益が先行して知覚され,次いで感情 的便益が知覚され,さらに遅れて機能的便益が知覚されるという結果が得られ ている(藤村・森藤, )。

以上のようなことから「便益遅延性」とは,機能的便益を生みだすための諸 活動(行為)の遂行時点とその目標とする成果(機能的便益)の享受時点の時 間的ズレを表す概念である,と定義することができる。さらに,この時間的ズ レの生じ方によって,「便益遅延性」は図 のような タイプを想定すること ができる(藤村・森藤, )。

【タイプ 】は,サービス・デリバリー・プロセスにおいて遂行された諸活 動が状態変化につながるまでに,ある一定の時間を必要とするものである。水 道管にインクを流し,別の場所でそれが見えるようになるまでに時間がかかる ように,ムダ時間が存在するものである。この典型は通信販売サービスであ り,顧客がモノを購入してから手元に届くまでの時間的ズレがこのタイプの

図 :「便益遅延性」の つのタイプ

出所:藤村和宏・森藤ちひろ( ),「便益遅延型サービスにおける便益・顧客参加・顧客 満足の関係に関する考察〜医療サービスをケースとして〜」,『香川大学経済論叢』,

第 巻第 ・ 号, 頁。

(6)

「便益遅延性」である。このタイプの「便益遅延性」は,便益としての変化を 導く直接の対象が人以外のモノや設備・機器であるようなサービスにおいて生 じるために,遅延性の程度は状況によって変化するかもしれないが,顧客は期 待する便益としての変化をほぼ確実に享受することができる。

一方,サービスが人間の身体や感情,能力などの状態変化を導くことを直接 の目的として提供される場合,状態変化に時間がかかるだけでなく,顧客が期 待する状態変化を享受できるかどうかに関して高い不確実性を伴うであろう。

このように状態変化に時間がかかり,しかもその状態変化が確率的にしか起こ らないような「便益遅延性」が【タイプ 】と【タイプ 】である。サービス・

デリバリー・プロセスにおいて遂行される諸活動は状態変化につながるが,そ の変化の現れ方がゆっくりとしているために,知覚されるまでに比較的長い時 間を要するだけでなく,知覚水準が存在し,状態変化がこの知覚水準に達する までは顧客が便益の享受を知覚できないために遅延性が生じる。また,身体や 感情,能力などの状態変化は,サービスの提供対象となる人間(顧客)それぞ れの健康状態や感情傾向,能力などに依存するために,同じサービスを提供さ れたとしても人によってその状態変化は異なったものとなる。さらに,サービ スはサービス提供者と顧客との協働によって生成されるために,顧客のサービ ス・デリバリー・プロセスへの参加の仕方によっても異なったものになる。こ れらに加えて,状態変化が生じるまでの期間に多くの錯乱要因が影響を及ぼす ことから,顧客が期待する便益としての変化を享受できるかどうかは確率的な ものとなる。

【タイプ 】と【タイプ 】の違いは,状態変化のあり方と便益享受の知覚

における能動的活動の必要性が異なる点にある。【タイプ 】は医療サービス

において典型的に見られる形態であり,【タイプ 】は教育サービスに典型的

に見られる形態である。【タイプ 】の医療サービスの場合,遅延性は身体的

健康度の回復という変化が知覚水準を超えるのに必要とされる時間によって生

じる。一方,タイプ の教育サービスの場合,期待される便益としての変化は

知識や能力の向上であり,蓄積された知識や能力が知覚水準を超えることで初

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めて知覚されることから,時間的ズレが生じることになる。つまり,【タイプ

:医療】の便益は水準概念であるのに対して,【タイプ :教育】の便益は 加算的(積分)概念であるという違いがある。また,医療サービスの遅延する 便益については,患者は日常生活の中で受動的に知覚することが可能であるの に対して,教育サービスの遅延する便益については,学習者自身が能動的に蓄 積された機能的便益(学力)を問題解決等に利用しなければ知覚することがで きないという違いがある。教育サービスの遅延する便益については学習者自身 が積極的にそれを活用し,問題を解決できたときにのみ知覚可能であるため に,学習者自身が能動的に活用する機会がなければ,さらに遅延性の程度が大 きくなると考えられる。

以上のことから,「便益遅延性」の程度は【タイプ 】,【タイプ 】,【タイ プ 】の順序で大きくなり,しかもその遅延性の程度は顧客の側に大きく依存 するようになる。このようなことから,【タイプ 】および【タイプ 】の便 益遅延型サービスの提供組織にとっては,「便益遅延性」の程度を小さくする ために,顧客のサービス・デリバリー・プロセスへの適切かつ積極的な参加を 促すことが重要な課題となる。しかしながら,顧客のサービス・デリバリー・

プロセスへの参加には身体的負担および心理的負担を伴い,それは顧客にとっ て不便益と知覚されるために,期待する便益を生み出すために顧客自身に求め られるが諸活動の遂行は抑制されるであろう。

⑵ 便益遅延型サービスのデリバリー・プロセスにおける不便益の発生

サービス消費とは,顧客自身の保有する消費資源(金銭,時間,肉体的およ

び精神的エネルギー,知識・技能,補完物,空間など)を組み合わせて用いる

ことで,サービス・デリバリー・プロセスに参加し,サービス提供組織の従業

員あるいは/および設備・機器と協働を行う過程で,期待する便益を引き出し

ながら,同時に消費することである。つまり,サービスはサービス提供組織と

顧客との協働によって生成されることから,サービスの品質や顧客満足,生産

性などの向上を効果的かつ効率的に図るには,サービス提供組織側の生産資源

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顧客参加 の抑制

の質および量の向上やそれらを活用する組織能力を向上させるだけでなく,顧 客側のサービス・デリバリー・プロセスへの参加(役割遂行),すなわち彼ら の保有する消費資源の投入の適切化と積極化,さらには消費資源の一部である サービス消費に関わる知識・技能の向上を図ることも必要とされる。

しかしながら,医療サービスや教育サービスなどの便益遅延型サービスの場 合,サービス・デリバリー・プロセスにおいて即時的に便益を享受できないた めに,顧客満足の形成が抑制され,その結果として顧客による消費資源の投入 の適切化と積極化も抑制されるおそれがある。さらに,図 における「デリバ リー・プロセスでの顧客活動の不快適性」と「期待成果の実現可能の不確実性」

もサービス・デリバリー・プロセスにおける顧客の消費資源の適切かつ積極的 な投入を抑制する,と考えられる(藤村・森藤, )。

図 は,サービスを「デリバリー・プロセスでの顧客活動の快適性」と「期 待成果の実現可能性」という 次元で分類したものである。「デリバリー・プ ロセスでの顧客活動の快適性」とは,サービス・デリバリー・プロセスにおい て顧客が保有する消費資源を投入する際に喚起する主な情動がポジティブなも

図 :プロセスと成果の特質によるサービス分類

出所:藤村和宏・森藤ちひろ( ),「便益遅延型サービスにおける便益・顧客参加・顧客 満足の関係に関する考察〜医療サービスをケースとして〜」,『香川大学経済論叢』,

第 巻第 ・ 号, 頁。

期待成果の実現可能性

確 実 性 不 確 実 性

プ ロセ ス での 顧 客 活動 の 快楽 性

不 快 感

医療サービス 教育サービス 健康関連サービス

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のであるのか,それともネガティブなものであるのか,に関わる概念である。

ディズニーランドのようなテーマパークの消費においては,顧客はサービス・

デリバリー・プロセスへの参加において時間や体力を積極的に使うことによっ て快感や喜びなどのポジティブな情動をより喚起しやすくなることから,顧客 の参加としての活動は促されるであろう。一方,医療サービスの消費において は,患者の診療プロセスへの参加には身体的苦痛や心理的苦痛を伴い,不快感 や苦痛などのネガティブな情動を喚起しやすいために,患者の参加としての活 動は抑制されやすいであろう。教育サービスの消費においても同様に,講義や 予習・復習という学習プロセスへの参加には身体的負担だけでなく,不快感や 苦痛のような心理的負担も伴うために,学習者はネガティブな情動を喚起しや すく,消費資源の適切かつ積極的投入は抑制されやすいであろう。

サービス・デリバリー・プロセスにおいて顧客が消費資源を投入することに 身体的負担(苦痛)や心理的負担(苦痛)を感じているならば,顧客は追加的 なコストを負担していることから,不便益を被っていると捉えることができ る。顧客が消費資源を投入することによって被る身体的負担(苦痛)や心理的 負担(苦痛)を不便益と捉えるならば,便益遅延型サービスの消費では,顧客 はサービス・デリバリー・プロセスにおいて不便益を甘受する代償として,デ リバリー・プロセス終了後のある時点において機能的便益を享受しているとい うことになる。便益遅延型サービスの消費では,このように不便益が先行して 甘受され,その代償として遅延する形で期待する機能的便益が享受されるので あれば,サービス・デリバリー・プロセスでは不満足が生じやすく,遅延的・

長期的に機能的便益の享受が知覚されることにより,過去を振り返って満足が

形成されることになる。したがって,機能的便益の享受のみを考えると,便益

遅延型サービスの満足は事後的にしか形成されないことになる。しかしなが

ら,前述のようにサービスが提供する便益には感情的便益と価値観的便益もあ

り,これらが機能的便益における遅延性を補完することにより,サービス・デ

リバリー・プロセスにおいても顧客満足は形成されていると推測することがで

きる(藤村・森藤, )。

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図 のもう一方の次元である「期待成果の実現可能性」とは,サービス消費 によって顧客が期待する機能的便益を享受できるかどうかの確実性に関わる概 念である。前掲の図 の【タイプ 】の「便益遅延性」においては,顧客が期 待する機能的便益を享受できるまでに遅延性が生じるが,享受できる確実性は 高い。一方,【タイプ 】と【タイプ 】の「便益遅延性」においては,顧客 が期待する機能的便益を享受できるまでに遅延性が生じるだけでなく,どの程 度の機能的便益を享受できるのかは確率的である。つまり,サービス提供組織 やその従業員は顧客が期待する機能的便益を享受できるように経営資源を適切 かつ積極的に投入し,顧客も消費資源を適切かつ積極的かつ適切に投入したと しても,期待する水準の機能的便益を享受できるかどうかに関して不確実性が 高いということである。あるいは,同じサービス提供組織を利用し,同じ従業 員からサービスの提供を受けるだけでなく,いずれの顧客も同水準の機能的便 益の享受を期待し,同様に消費資源を適切かつ積極的に投入したとしても,顧 客によって享受できる機能的便益に差異が生じるということである。医療サー ビスや教育サービスの消費においては,期待する便益を享受できるかどうかに 関して不確実性が高く,顧客間でも享受できる便益に差異が生じやすいであろ う。期待する便益の享受に関して,【タイプ 】のように顧客が自らの消費資 源の投入に見合った成果を確実に得られる場合には,顧客参加は促され,【タ イプ 】や【タイプ 】のように消費資源の投入に見合った成果を享受できる かどうかに関して不確実性が高い場合には,消費資源の適切かつ積極的な投入 に対するモチベーションは低下するであろう。

以上のように医療サービスや教育サービスのような便益遅延型サービスの消 費においては,顧客はサービス・デリバリー・プロセスにおいて身体的負担

(苦痛)や心理的負担(苦痛)などの不便益を甘受しながら消費資源を適切か

つ積極的に投入したとしても,期待成果の実現可能性に関して高い不確実性を

伴うことから,顧客参加は他のサービスに比べて抑制されやすいであろう。そ

して,その結果として,顧客は期待する機能的便益を満足できる水準で享受で

きる確率は低下すると考えられる。

(11)

ところで,便益遅延型サービスの消費では,顧客は遅延的・長期的にしか生 成されない機能的便益を享受するために,即時的・短期的には不便益を甘受し ていると捉えるならば,この不便益の知覚を感情的便益や価値観的便益の提供 によって低減する必要がある。このことについてはⅢ章で考察するが,感情的 便益や価値観的便益を提供せずに,サービス・デリバリー・プロセスにおいて 顧客が甘受しなければならない不便益自体を削減するという方策も採用されや すいであろう。たとえば,便益遅延型サービスを提供する組織あるいはその従 業員が,遅延的・長期的にしか享受できない機能的便益に対する顧客満足でな く,サービス・デリバリー・プロセスにおける即時的・短期的な顧客満足のほ うを重視し,顧客が不便益を被らないようにするサービス・デリバリー・プロ セスを構築・運営するような場合である。顧客の側も,期待する便益を享受す るためには消費資源を適切かつ積極的に投入する必要があることを認識してい るとしても,そのような消費資源の投入には不便益を伴い,さらにそれによっ てネガティブな情動を喚起することから,それらを回避できるように構築・運 営されているサービス・デリバリー・プロセスのほうを選好する傾向がある。

たとえば,手術後の患者はできるだけ早い段階で身体を動かしたほうが回復状 況は良いと言われるが,そのような活動には肉体的苦痛を伴うために,患者は できるだけ早く身体を動かすようにデザインされたサービス・デリバリー・プ ロセス(たとえば,早い段階から自分でトイレに行ったり,食事を取りに行っ たりする)よりも,患者にできるだけ苦痛を感じさせないように看護師などが 代替的活動を提供するようなサービス・デリバリー・プロセスのほうを選好し たり,高く評価したりするであろう。この好ましくない選好の結果として,顧 客は即時的・短期的にはサービス・デリバリー・プロセスにおいて不便益を被 らないために満足を形成するであろうが,遅延的・長期的には期待する機能的 便益を享受できる確率が低下したり,あるいは機能的便益における遅延性の程 度がさらに大きくなることによって不満足(あるいは後悔)を形成するおそれ がある。

このようなことから便益遅延型サービスは「顧客が機能的便益を享受するた

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理想的

典型的

偽善的

めにサービス・デリバリー・プロセスにおいて甘受しなければならない不便益 の水準(実質あるいは知覚レベルにおける水準)」と「サービスを構成する つの便益が顧客にもたらす遅延的・長期的効果」の 次元によって,図 のよ うに つに分類することができる。

典型的な便益遅延型サービスは第Ⅲ象限に位置するものである。顧客は期待 する機能的便益を享受するためにサービス・デリバリー・プロセスにおいて高 水準の不便益を甘受しなければならないが,その代償として遅延的・長期的に は期待する機能的便益および/あるいはその他のポジティブな変化(価値観の 変化,人生観や趣味の変化など)を享受することができる。この結果として,

顧客は即時的・短期的には不満足を形成するかもしれないが,遅延的・長期的 には満足(振り返っての満足)を形成するであろう。一方,第Ⅰ象限に位置す る便益遅延型サービスは偽善的なものである。なぜならば,顧客はサービス・

デリバリー・プロセスにおいては不便益を甘受しないように対応されるが,そ の代償として遅延的・長期的には期待以下の機能的便益しか享受できなかった り,身体や能力,精神,価値観などにネガティブな変化がもたらされるからで ある。この場合,即時的・短期的には顧客は満足を形成するかもしれないが,

サービス・デリバリー サービス・ 終了後

デリバリー・プロセス

つの便益が顧客にもたらす遅延的・長期的効果 ポジティブな変化の生成 ネガティブな変化の生成

あるいは変化なし

機 能的 便 益 享受 に おけ る 不便 益 の甘 受 水 準

実質あるいは知覚レベル において低水準

実質レベルにおいて高水準

図 :不便益の甘受と つの便益がもたらす遅延的・長期的効果による便益遅延型サービス の分類

(13)

遅延的・長期的には不満足(あるいは後悔)を形成するであろう。

理想的な便益遅延型サービスは第Ⅱ象限に位置するものであろう。顧客はサ ービス・デリバリー・プロセスにおいては不便益を甘受しながらもそれを低水 準と知覚し,遅延的・長期的にも期待する機能的便益および/あるいはその他 のポジティブな変化を享受するものである。この理想的なサービスでは,顧客 は即時的・短期的だけでなく,遅延的・長期的にも満足を形成するであろう。

なお,理想的なサービスと偽装的サービスはともにサービス・デリバリー・プ ロセスにおいて顧客が知覚する不便益の程度は小さいが,前者では,顧客は高 水準の不便益を被るが,価値観的便益や感情的便益の提供によって不便益の知 覚を低減させるのに対して,後者では,顧客が遅延的・長期的に生じる機能的 便益を期待する水準で享受するために負担しなければならない不便益にもかか わらず,それを削減するようにサービス・デリバリー・プロセスを構築してい る,という違いがある。

便益遅延型サービスの場合,便益の享受に長期間を要するものが多いため

に,選択意思決定が不適切であったことや,顧客自身によるサービス・デリバ

リー・プロセスでの消費資源の展開が不適切であった(あるいは不可避な不便

益を甘受しなかった)ことを認識できるのは長期間を経過したあとである。さ

らに,それらの不適切さを認識したとしても,新たに別のサービス提供組織や

ブランドを再選択し,再消費するといことが難しいということがある。たとえ

ば医療サービスの場合,疾病の治癒状況が悪いからという理由で別の医療サー

ビス提供組織を再選択したとしても,すでに疾病がより悪化しており,手遅れ

になっているかもしれない。大学の教育サービスの場合には,社会に出てから

専門的知識や問題解決能力の不足(教育サービスの機能的便益を必要な水準ま

で享受できていないこと)を認識したとしても,大学生をやり直すことは困難

であろう。したがって,顧客による選択意思決定や消費資源の展開の不適切さ

がもたらす金銭的損失や身体的損失,心理的損失,社会的損失などは比較的大

きく,しかも補塡することも困難であることから,顧客およびサービス提供組

織はそのような損失を生みださないような責任を負っていることになる。

(14)

一方,便益即時型サービスの場合,サービス・デリバリー・プロセスは比較 的短時間で終了するだけでなく,その結果としての便益も即時的に享受できる ことから,選択意思決定が不適切であったと認識できた時点で再選択・再消費 を行うことが可能である。さらに,便益即時型サービスの場合,利用機会も比 較的多いことから,不適切な選択を繰り返したとしても,そこで被る諸損失は 比較的小さいだけでなく,そこから学習することも多いことから,不適正な選 択は顧客の選択意思決定能力の向上に貢献するであろう。

このようなことから,便益遅延型サービスを提供している組織や従業員に は,偽善的なものにならないようにするだけでなく,理想的なものに近づけて いくように努力することが社会的・倫理的責任として求められるであろう。

Ⅱ.便益即時型サービスにおける遅延的・長期的な便益 および不便益の享受

⑴ 便益即時型サービスにおける即時的・短期的な便益と遅延的・

長期的な便益

レストラン,ホテル,小売業,美術館などは便益即時型サービスを提供して いる。便益遅延型サービスの消費においてと同様に,顧客はこれらの店舗や施 設で展開されるサービス・デリバリー・プロセスに参加し,期待する機能的便 益を享受するために必要とされる消費資源を適切かつ積極的に投入し,サービ ス提供者と協働を行わなければならない。したがって,便益即時型サービスに おいても,顧客は何らかの身体的負担や心理的負担を負っていることから,顧 客はサービス・デリバリー・プロセスへの参加において不便益を甘受しなけれ ばならない。たとえば,店舗まで物理的に移動する,順番待ちのために並ぶ,

品物を運ぶ,などの負担を負わなければならない。しかしながら,便益即時型

サービスのデリバリー・プロセスは比較的短時間で終了するだけでなく,顧客

に求められる消費資源の質および量も比較的低水準であるために,便益遅延型

サービスにおいて顧客が甘受しなければならない不便益に比べると,そこで被

る不便益の水準は比較的低いであろう。このようなことから,便益即時型サー

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ビスの場合,利用したサービスに対する満足/不満足形成においては甘受した 不便益よりも,享受した機能的便益のほうがより重要な役割を果たすであろ う。

ところで,サービスは つの便益から構成されていると捉えることができる が,便益即時型サービスの消費においては,機能的便益以外の感情的便益と価 値観的便益は顧客にどのような影響を及ぼすのであろうか。近年,書籍を

Amazon. com などのネット店舗で購入する顧客が増え,リアル店舗の危機がさ

さやかれているが,サービスの提供する つ便益の観点からすると,両者では 提供している便益やそれらが顧客に及ぼす影響は異なっている,と考えられ る。ネット店舗の利用では,顧客は何時・何処にいても書籍を購入できるだけ でなく,探している書籍をキーワード入力だけで発見することができる。一方,

リアル店舗の利用では,顧客は営業時間内に店舗まで物理的に移動しなければ ならないことから,機能的便益の享受の面ではネット店舗のほうが圧倒的に優 れているであろう。しかし,感情的便益および価値観的便益の側面では,どう であろうか。リアル店舗の利用では,顧客は探している書籍を見つけるために 店舗内を歩き回らなければならないが,そのプロセスで並べられた様々な分野 の書籍と接触することによって,思いもよらなかった内容の書物を発見し,驚 き,喜び,ワクワク感などの情動を喚起する機会も多いであろう。このような ポジティブな情動の喚起は感情的便益の享受であり,ネット店舗においてより もリアル店舗においてのほうが享受は起こりやすいであろう。さらに,思いも よらない発見によって読書や特定の専門分野に関心を持ち,書物とのつきあい 方や人生の過ごし方が変わることもあるであろう。著者自身も書籍を探してリ アル店舗内を歩き回っているときに,偶然に田中裕子著『江戸の想像力』(筑 摩書房, 年)と出会い,江戸文化に関心を持つようになった,また,マ イケル・ポラニー著『暗黙知の次元 言語から非言語へ』 (紀伊国屋書店,

年)に出会うことで,現象を考察することの深さと創造的思考について考える

ようになった。これらは価値観的便益の享受であり,リアル店舗内を歩き回る

ほうがこのような機会は多いと考えられることから,ネット店舗においてより

(16)

もリアル店舗においてのほうが享受は起こりやすいであろう。

このようにサービスを構成する つの便益の観点からネット店舗とリアル店 舗を比較すると,不便益を最小化して顧客の機能的便益の享受を効率化すると いう点ではネット店舗のほうが優れている。一方,面白い書籍に偶然に出会う ことでポジティブな情動を喚起させるという感情的便益の提供や,偶然に出 会った書籍によって読書との付き合い方や新たな分野への関心を喚起させると いう価値観的便益の提供という点ではリアル店舗のほうが優れているであろ う。以上のことから明らかなように,便益即時型サービスを消費する場合で も,そのサービス・デリバリー・プロセスにおいて享受された感情的便益や価 値観的便益がデリバリー・プロセスの終了後にも顧客に影響を及ぼし,遅延 的・長期的に顧客の中にポジティブな変化を導くということがある。なお,こ のような現象に焦点を合わせると,感情的便益や価値観的便益をある程度提供 しているサービスはすべて「便益遅延性」を有することになるが,本稿での便 益遅延型サービスと便益即時型サービスの違いは,前者ではサービスを利用・

消費する動機となった問題の解決に関わる機能的便益の享受が遅延するのに対 して,後者では機能的便益はサービス・デリバリー・プロセスにおいて即時的 に享受できるという点にある。

リアル書店と同様に,美術館が行うアート展示会も便益即時型サービスであ るが,感情的便益や価値観的便益の提供を通じて,遅延的・長期的に顧客の中 に変化を導く可能性を大いに秘めているであろう。アメリカの大学を受験する には SAT ( Scholastic Assessment Test )という一種の共通試験を受験しなけれ ばならないが,藤木周( )は,アートを積極的に教育に取り入れている学 校のほうが SAT の得点が高く,しかも習熟も早いという報告書があることを 指摘している

!

。また,藤田( )は,アートには人間の力を伸ばす可能性が あり,アート鑑賞(美術館鑑賞)を上手く活用することで,多岐にわたる効果

(変化)が得られることを指摘している。彼の指摘するアート鑑賞(美術館鑑

( ) 藤田令伊( ),『アート鑑賞,超入門! つの視点』,集英社, 頁。

(17)

賞)のメリットを即時的・短期的効果(変化)と遅延的・長期的効果(変化)

に分類すると,表 のようにまとめることができる。

美術館でのアート鑑賞というサービス消費では,鑑賞プロセスは数時間で終 了し,気分転換,ストレス解消,やすらぎの獲得,非日常体験の経験,感情体 験の誘発などのような機能的便益や感情的便益を即時的に享受することができ る。そして,鑑賞の終了とともに機能的便益の享受は終了するかもしれない が,享受した感情的便益,すなわち鑑賞プロセスにおいて喚起したポジティブ な情動は画家やアートに対する関心を生みだし,関連の書籍の購入を導くかも しれない。また,美術館でアートと向き合う過程で価値観や感受性に変化が起 こる,すなわち価値観的便益を享受することより,アートへの関心が高まるだ けでなく,社会的活動やレジャー活動に対する認識にポジティブな変化が起こ るかもしれない。

このように便益即時型サービスの消費でも,そこで享受された感情的便益や 価値観的便益はその後の顧客の行動や価値観などに遅延的・長期的に影響を及 ぼすことがあるために,サービス自体およびそのデリバリー・プロセスの構 築・運用においては短期的な満足の提供だけでなく,顧客に対して遅延的・長 期的に及ぼす可能性のあるポジティブな影響(顧客の身体,精神,能力,価値 観などにおけるポジティブな変化)も考慮する必要がある。

即時的・短期的効果(変化) 遅延的・長期的効果(変化)

・気分転換

・ストレス解消

・やすらぎの獲得

・非日常体験の経験

・感動体験の誘発

・情操や感受性の育成

・教養向上

・集中力アップ

・論理的思考の鍛錬

・創造性の涵養

・コミュニケーション能力の向上

・批判精神の練磨

・「気づき」の想起

・新しい価値観の獲得

・他者への「寄り添い」の醸成 表 :アート鑑賞(美術館鑑賞)がもたらす顧客の変化

出所:藤田令伊( ),『アート鑑賞,超入門! つの視点』,集英社,

− 頁。一部改変。

(18)

⑵ 遅延的・長期的な便益(ポジティブな変化の生成)を阻害する要因

便益即時型サービスの提供においても,サービスの構成要素として感情的便 益と価値観的便益を埋め込み,サービス・デリバリー・プロセスにおいてそれ らの便益の享受も促すことができるならば,遅延的・長期的ではあるが顧客の 中にポジティブな変化を導くことに貢献できるであろう。

しかしながら,機能的便益の効率的な提供を過度に重視したサービスや,サ ービス・デリバリー・プロセスにおいて顧客が甘受しなければならない不便益 の最小化を志向したサービスの場合,遅延的・長期的に顧客の中にポジティブ な変化を生み出すことを阻害するおそれがある,と考えられる。

①機能的便益の効率的な提供を過度に重視したサービス

前述の書籍のネット店舗やファーストフード店の提供するサービスは,機能 的便益の効率的な提供を過度に重視したサービスの代表であろう。書籍のネッ ト店舗では,顧客は時間と場所に制約されることなく購入できるだけでなく,

目的とする書籍を容易に検索・発見できる。また,検索した書籍と同じものを 購入した他者が検索・購入した書籍や顧客自身が過去に検索・購入した書籍に 関連した書籍情報を受け取ることができるために,特定分野の書籍については 深い情報を容易かつ安価に獲得することができる。しかし,これらのメリット をもたらす機能的便益は感情的便益や価値観的便益の享受を導かないために,

遅延的・長期的に顧客の知識や能力,価値観などにポジティブな変化を導くこ とは期待できないであろう。なぜならば,ネット店舗では,目的とする書籍に 容易に辿り着けるために,さらにレコメンド機能により顧客の関心のある特定 分野の書籍ばかりが紹介されるために,顧客は全く関心を持っていない分野の 書籍と接触する機会は極めて限定されるからである。既存の関心分野から離れ た分野の書籍との接触の機会が限定されるならば,新たな関心分野の発見が阻 害され,遅延的・長期的に書籍との付き合い方が変化しないだけでなく,顧客 の人間的成長も抑制されるおそれがあるであろう。

ファーストフード店の利用も同様であり,安価かつ短時間で食事を済ますと

(19)

いう機能的便益を享受できたとしても,食事をする楽しみやワクワク感という 感情的便益や,多様な食事との付き合い方や食事の本当の楽しさを認識した り,味の評価軸を形成(味覚を高度化)するなどの価値観的便益を享受できな いために,顧客の中にポジティブな変化は起こらないであろう。さらに,遅延 的・長期的な不便益として,健康度の低下がもたらされるかもしれない。

このように機能的便益を効率的に享受できることを重視したサービスの場 合,即時的・短期的な満足は高いかもしれないが,遅延的・長期的にはポジ ティブな効果を期待できないために,あるいは不便益を被るために,満足なも のとはならない(あるいは,振り返って不満足を形成する)おそれがある。

②サービス・デリバリー・プロセスにおいて顧客が甘受しなければならない 不便益の最小化を志向したサービス

サービスは,そのデリバリー・プロセスにおけるサービス提供者(機械の場 合もある)と顧客との協働によって生成され,同時に消費されるものであるた めに,顧客も保有する消費資源を適切かつ積極的に投入しなければならない。

このような消費資源の投入は心理的負担や身体的負担につながることから,顧 客は不便益を被っていると捉えることができる。この顧客の被る不便益を最小 化するために,従来は顧客がサービス・デリバリー・プロセスにおいて遂行し ていた諸活動をサービス提供側に移転するということがしばしば行われてい る。たとえば,専門用語や理論,ある現象の実態を調べるには,従来は学習者 が自分で図書館や現象が生じている現場に行き,関連文献や情報を探索・収集 しなければならなかった。普及の著しいインターネットサービスは,このよう な学習者の物理的な移動や検索・収集という諸活動をサービス提供組織のコン ピュータ・システム側に移転することにより,学習者の身体的負担や心理的負 担の軽減に貢献している。このような移転により,学習者は不便益の甘受を最 小化し,効率的に機能的便益を享受できるようになっている。

確かに,期待する機能的便益を享受するために顧客が甘受しなければならな

い不便益の程度が最小化されるほど,顧客は即時的・短期的には満足を得るこ

(20)

理想的

育成的

典型的

とができるであろう。しかしながら,不便益の甘受,換言すれば機能的便益を 享受するための ムダ こそが顧客を育てるという側面もあるであろう。その 意味では,この ムダ は必要悪の不便益であるとも言える。不便益の甘受は 顧客の忍耐や努力する姿勢,知識・技能を育てるだけでなく,機能的便益を享 受できたときの達成感も高めるであろう。さらに, ムダ と思える身体的負 担や心理的負担を行う過程で経験することは感情的便益や価値観的便益の享受 を促すこともある。このようなことから,便益即時型サービスやそのデリバリ ー・プロセスの構築においては,不便益の最小化だけではなく,顧客の成長や ポジティブな変化を導くという遅延的・長期的な観点を考慮し,最適化すると いう視点が必要である,と考えられる。

以上のようなことから,便益即時型サービスも図 のように「サービス・デ リバリー・プロセスにおいて顧客が機能的便益を享受するために甘受しなけれ ばならない不便益の水準(実質あるいは知覚レベルにおける水準)」と「サー ビスを構成する つの便益が顧客にもたらす遅延的・長期的効果」の 次元に よって つに分類することができる。

便益遅延型サービスと同様に,理想的なサービスは第Ⅱ象限に位置するもの

サービス・デリバリー サービス・ 終了後

デリバリー・プロセス

つの便益が顧客にもたらす遅延的・長期的効果 ポジティブな変化の生成 ネガティブな変化の生成

あるいは変化なし

機 能的 便 益 享受 に おけ る 不便 益 の甘 受 水 準

実質あるいは知覚レベル において低水準

実質レベルにおいて高水準

図 :不便益の甘受と つの便益がもたらす遅延的・長期的効果による便益即時型サービス の分類

(21)

である。顧客はサービス・デリバリー・プロセスにおいては不便益を甘受しな がらもそれを低水準と知覚し,即時的・短期的に機能的便益を期待する水準で 享受しながら,遅延的・長期的にも つの便益を享受することでポジティブな 変化を得ることができるものである。しかし現実には,典型的な便益即時型サ ービスは第Ⅰ象限に位置しているであろう。顧客が期待する機能的便益を享受 するためにサービス・デリバリー・プロセスにおいて甘受しなければならない 不便益を低減しながら,機能的便益を満足できる水準で提供するが,遅延的・

長期的に顧客にポジティブな変化をもたらすような感情的便益や価値観的便益 をほとんど提供していないものが多いように感じられる。あるいは遅延的・長 期的に顧客の中にネガティブな変化を導くものが増加しているように感じられ る。なお,理想的なサービスと典型的なサービスはともにサービス・デリバリ ー・プロセスにおいて顧客が甘受しなければ不便益の程度は小さいが,前者で は,顧客は高水準の不便益を被るが,価値観的便益や感情的便益の提供によっ て不便益の知覚を低減させるのに対して,後者では,顧客が甘受しなければな らない不便益を実質的に削減するようにサービス・デリバリー・プロセスを構 築している,という違いがある。

また,第Ⅲ象限に位置するものは育成的サービスと捉えることができる。な

ぜならば,サービス・デリバリー・プロセスにおいて顧客は高水準で消費資源

の投入を行わなければならないが,そのような投入行動が顧客自身を育てると

いう側面もあると考えられるからである。さらに,そのような高水準で消費資

源を投入する過程では,顧客は様々な経験や接触を行うことによって,遅延

的・長期的にポジティブな変化を導く感情的便益や価値観的便益も享受できる

可能性が高いと考えられるからである。なお,不便益は,消費経験の増大によ

る学習および提供者との関係構築によって低減していくとも考えられる。たと

えば,高級料亭を初めて利用する場合,その顧客は予約をした時点から,利用

当日の移動手段や服装,作法について悩み始め,当日も緊張して食事をするこ

とになるであろう。しかし,利用回数が増えるにつれて,そのデリバリー・プ

ロセスに参加することに関わる服装や作法についての学習が促され,心理的負

(22)

担や身体的負担は低減されるであろう。さらに,接客係との間に良好な関係が 形成されることによって,顧客はよりくつろいだ雰囲気の中で食事をできるよ うになるであろう。このように消費経験が増えることにより,顧客の当該サー ビス自体およびそのデリバリー・プロセスに関する理解や,参加において必要 とされる消費資源としての知識・技能の蓄積,消費資源の展開の仕方に関する 学習などが促されることにより,実質的に不便益(心理的負担や身体的負担)

は低減するであろう。さらに,サービス提供者との間で人的相互作用(サービ ス・エンカウンター)が展開される過程で相互理解が進み,さらに良好な関係 性が形成されることにより,知覚レベルでも負担感は低減される,と考えられ る。

以上のように便益即時型サービスの消費でも,そこで享受された感情的便益 や価値観的便益はその後の顧客の行動や価値観などに遅延的・長期的にポジ ティブな影響を及ぼすことが期待される。しかし,そのようなポジティブな影 響を生みだす感情的便益や価値観的便益の享受はサービス・デリバリー・プロ セスでの顧客による ムダ の遂行,すなわち期待する機能的便益を享受する ために顧客が高水準で消費資源を投入することが必要とされるであろう。この ことから,顧客の被る不便益の最小化だけでなく,遅延的・長期的に顧客の中 で起こることが期待されるポジティブな変化の観点も考慮し,最適化するとい う視点が必要である,と考えられる。

Ⅲ.不便益の抑制における価値観的便益と 感情的便益の重要性

⑴ 便益遅延型サービスにおける即時的・短期的な不便益の低減

医療サービスや教育サービスを典型とする便益遅延型サービスのデリバリ

ー・プロセスにおいては,前述のように,顧客は比較的大きな不便益を甘受し

なければならないために,顧客にとって好ましい状況にあるとは言えない。し

かし,このような好ましくない状況,さらには苦しい状況にいる場合でも,人

間は幸福感(happiness)を感じることができるという。それは,人間はどれほ

(23)

ど状況が悪くても,幸福感を作り出す,すなわち物事に対して最善を尽くすこ とができる驚くべき能力が備わっているからである。 Gilbert ( )によると,

幸福には自分が欲しいものを得ることができないときに作り出す人工的なもの と,実際に幸福なときに体験する自然発生的なものがあり,起源は異なるが,

一方が他方よりも優れているということはないという。たとえば,重篤な疾病 を患ったとしても,患者はその出来事とは別のところに,まったく新しい人生 があることや,それに関わる多くのことがかなり良いことに気づくことができ るという。新しい人生が始まるまで知らなかったこと,知りえなかったことを 発見することで,幸福感を感じることができるのである。

このように幸福感を作り出す能力が人間に備わっているならば,その能力の 活用を促すことによって,顧客は大きな不便益を甘受しなければならない状況 にあったとしても,知覚レベルでその不便益の程度を削減することも可能であ ると考えられる。サービスを構成する つの便益との関係で言えば,サービ ス・デリバリー・プロセスにおいて感情的便益あるいは価値観的便益を提供す ることで,知覚する不便益の水準を下げることができる可能性があるというこ とである。

これまでの幸福に関する研究では,幸福感を生み出す要因として人間関係や ポジティブな経験の頻度などが重要な役割を果たすことが明らかにされてい る。人間関係とは,家族や友人,関係者との絆の強さである。他者との絆が強 くなるほど,幸福感を感じやすくなるということである。なお,親子や友人,

同僚などが一緒に食事をする際,良好な関係にあるほど体内でオキシトシンと 呼ばれるホルモンの量が増える傾向があり,このオキシトシンは不安なときに 出るコルチゾールと呼ばれるストレスホルモンの発生を抑え,信頼感を育んで いるという記憶を強めるとともに,安らぎを感じさせる作用があることが明ら かにされている

!

。このように家族や友人,関係者との絆の強さや,彼らと一緒 に時間を過ごすことが幸福感や安らぎ感の生成に繫がるならば,サービス・デ

( )「脳内ホルモン,オキシトシン,心身に安らぎ ―― 愛情深め信頼感育む」,『日本経済 新聞』, 年 月 日(日)朝刊, 面。

(24)

リバリー・プロセスに顧客の家族や友人,関係者を巻き込むことにより,顧客 の知覚する不便益の程度を低減することが可能になる,と考えられる。あるい はサービス・デリバリーにかかわる従業員が顧客との間に良好な人間関係を形 成することによっても,同様な効果を得ることができる,と考えられる。なお,

便益遅延型サービスの場合,サービス・デリバリー・プロセスが比較的長期間 にわたって継続し,そこにおいては顧客と特定の従業員との間で頻繁に人的相 互作用(サービス・エンカウンター)が展開されることが多いために,従業員 は顧客との間に強い絆を形成することは可能であろう。

また,ポジティブな経験の頻度とは,些細ではあるが良い出来事が日々の生 活の中で起こる頻度である。心理学者の Diener 等( , )は,基本的 にポジティブな経験の頻度は,ポジティブな経験の強さよりも,幸福度の予測 要因としてはるかに優れていることを明らかにしている。毎日,些細ではある が良いこと

!

が十数回起こる人は,本当に驚くほど素晴らしいことが一回だけ起 こる人よりも幸せである可能性が高いということである。このような研究結果 に基づくならば,サービス・デリバリー・プロセスの中にポジティブな経験を 多頻度で体験できる仕組みを内蔵し,人工的に幸福感を作り出すことにより,

そこにおいて顧客が被る不便益に対する知覚を低減させることができるかもし れない。

たとえば,KUMON の提供している教育サービスである公文式学習では,

「スモールステップ」と呼ばれるものが採用されており,これは多頻度でポジ ティブな経験を生み出す仕組みであると捉えることができる。 「スモールステッ プ」では,各科目には小学校入学前のレベルから高校までのレベルがあり,そ のレベルを上げていくためのプロセスは , 枚以上の教材(プリント)に分 解されている。各学習者には,その時点の学力に少しの負担をかければ解ける 程度の教材が渡され,自学自習で解いていくことが求められる。この公文式学

( ) 幸福度を高めるためにできる些細なこととして,Gilbert( )は,瞑想する,運動 する,十分な睡眠を取るというような,いくつかの単純な行動の励行や,ボランティア をするなどの利他主義の実践,人脈を広げることを挙げている(pp. − )。

(25)

目標水準 目標水準

【最終目標】

【ストレート型】 時間 【ステップ・アップ型】 時間

【中間目標 1 】

【中間目標 2 】

【中間目標 3 】

【中間目標 4 】

【中間目標 5 】

【中間目標 6 】

【最終目標】

習は学習者の学習モチベーションを高めることで評価されているが,それは少 し頑張れば自分で解くことができ,それによって学習者はポジティブな経験

(解けた喜び)を多頻度で味わえることにあるであろう。このことにより学習 者は幸福感を感じ,学習することに伴う心理的負担や身体的負担(不便益)に 対する知覚の水準が低減されている,と考えられる。

この公文式学習を参考にするならば,便益遅延型サービスのデリバリー・プ ロセスの改善においては,遅延的・長期的に生じる機能的便益の最終目標水準

(享受を期待する水準)を直接の目標としてサービス・デリバリー・プロセス を進めていくのではなく(図 の左図),最終目標を達成するためのプロセス を細分し,それぞれに中間目標を設定することにより,少しずつ目標を達成 し,その達成感を経験できるようにすることも一つの有効な方法である,と考 えられる。

また,Craig( )は,感情によって主観的な時間は伸び・縮みする,す なわち幸福で甘美な時間は早く過ぎ去り,退屈な時間は長く続く,という仮説 を提唱している。このようなことが起こるのは,人間の脳の内には機械式時計 におけるヒゲゼンマイと同様な発振器があり(Droit-Volet, ),その振動数 を数えることで個人に固有の安定した時間知覚(内的時計:internal clock)が 可能になっているからである,と考えられている。幸福な高揚感は心拍や血圧 などの身体反応を亢進し,これが内的時計の振動速度を増すように働き,一定

図 :便益遅延型サービスにおける遅延する機能的便益の達成方法

(26)

の物理的時間内における振動回数を増すことで,結果として長い時間が早く経 過したように感じられる。一方,退屈で感情が鈍磨している状況では,身体反 応が鎮静化することで内的時計の振動速度が減少し,一定の物理的時間が遅く 流れることで時間が長く感じられるとされている。このような内的時計が存在 するならば,やはりサービス・デリバリー・プロセスに幸福感の生み出す仕組 みを内蔵することにより,不便益を感じる時間を短く感じさせ,結果として不 便益に対する知覚の水準を低減することができる,と考えられる。

便益遅延型サービスの提供においては,顧客に心理的負担や身体的負担(不 便益)をかけることは避けられないが,人間は自ら幸福感を作り出すことがで きるという能力を活かす仕組みをサービス・デリバリー・プロセスに組み込む ことにより,不便益自体を削減できないとしても,それに対する顧客の知覚を 低減させることが可能であろう。これは,顧客がサービス・デリバリー・プロ セスに参加することに伴って喚起する情動をポジティブなものにすることを目 的としていることから感情的便益の提供であると言えるであろう。また,享受 を期待する機能的便益の水準を最終目標として設定するとともに,それを達成 するプロセスに中間目標を設定し,中間目標やそれらの達成方法との関わり方 に対する認識をポジティブな方向に変化させることができるならば,価値観的 便益を提供していると言えるであろう。そして,これらのことにより顧客のサ ービス・デリバリー・プロセスへの参加,すなわち消費資源の投入の適切化と 積極化を図ることができるならば,遅延する機能的便益の享受可能な水準を高 めたり,あるいは遅延性の程度を削減することも期待できるであろう。

⑵ 便益即時型サービスにおける遅延的・長期的な不便益の低減

便益即時型サービスのもたらす不便益は,サービス・デリバリー・プロセス

において感情的便益や価値観的便益が効果的に提供されていれば,遅延的・長

期的に享受できたかもしれない便益を享受できないこと,あるいは不適切に機

能的便益が提供されたことにより,遅延的・長期的に身体的負担や心理的負担

を被るということである。このことをサービス提供組織の側から見ると,提供

(27)

するサービスに関連する分野に関心を持ち,長期的なコアなファンを作れない ということである。コアなファンとは,当該サービスに関連する分野に高度に 関心がある,あるいは高度な知識・技能を持つ顧客層である。たとえば美術館 のアート展では,そこに展示されているアートを鑑賞することによって,ある いは展示の仕方や解説に感銘を受けることによって,アートに強い関心を持つ ファンが顧客の中から遅延的・長期的に生み出されるかもしれない。さらに,

鑑賞するだけでなく,自ら創作を志すファンも生み出されるかもしれない。こ のような場合,アート展は気分転換,ストレス解消,やすらぎの獲得,非日常 体験の経験,感情体験の誘発などの即時的な便益を提供しただけでなく,アー トとの触れ合いによって感動やワクワク感といったポジティブな情動を喚起さ せたり(感情的便益の提供),あるいはアートと関わり合い方に対する認識を 変化させる(価値観的便益の提供)ことにより,遅延的・長期的なポジティブ な影響を及ぼし

!

,顧客を育てていると捉えることができる。

あるいは逆に,アート創作の才能を有しながら,アート展が関心を喚起し,

その才能に気づく機会を提供できなかったことにより,才能を発揮できなかっ た顧客もいるかもしれない。これは機能的便益が中心に提供され,顧客が関心 や潜在能力に気づくきっかけとなるような感情的便益や価値観的便益を提供で きなかったということである。そして,その結果として,顧客は潜在能力を発 揮することができず,もし育てられていた場合に得られたであろう便益を享受 できなかったことから,ある意味では不便益を被ったと言えるであろう。人間 はその将来に無限の可能性を秘めており,成長の過程でどのような出会いや驚 きがあったのかによって,進んでいく方向が分かれて行くであろう。便益即時 型サービスは日々の生活の中で利用する機会の多いものであるために,そのよ うな岐路の選択に影響を及ぼす可能性も高い,と考えられる。このようなこと から,便益即時型サービス自体およびそのデリバリー・プロセスの構築におい

( ) このような便益即時型サービスがもたらす遅延的・長期的なポジティブな影響につい ては,サービスの 賞味期限 あるいは 消費期限 の長さと捉えるならば,この期限 を長くする方策についての検討も重要であると考えられる。

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