一企業 の経 済学 と経営学 , コーポ レー ト ・フ ァイナ ンスの 関連 ‑
中 村 竜 哉
(目 次) 1. コースの定理 とは
2.所有 とは‑残余財産権 と残余利潤分配請求権‑
3.法律上 うま く設定 された所有権 とは
4.所有者 インセ ンテ ィブ と組織 イ ンセ ンテ ィブ 5.終 わ りに
(本稿の結論)
コースの定理は, (外部性資産を含む)あ らゆる資産 に関 して財産権が法律上 うま く設定 され,それが当事者間で協力的にそ して取引 コス トを要 さず に相対 取引 されるな らば,パ レー ト効率的な資源配分が達成 されることを述べている と解釈 されている。 したがって, コースの定理が成立するためには,あ らゆる 資産に関 して財産権が法律上 うまく設定で きること,当事者 間の相対取引が協 力的に行われること,そ してその取引にはコス トがかか らないことの3つの条 件が満足 されなければな らない。 この うち第‑の条件 と第三の条件か ら, コー スの定理時,あ らゆる資産の全体 に対 して特定財産権が法律上 うまく設定 され, それが当事者 間で協力的に相対取引 されるな らば,パ レー ト効率的な資源配分 が達成 されることを述べていると解釈で きる。
*)本稿 は科学研究費お よび学内特別経費の援助 を受けて行われた研究成果 をまとめた ものであ り,明治大学政経学会での研究報告論文 を一部修正 した ものである。
〔247〕
しか し,現実の世界 は取引 コス トの存在 によ り契約内容が明文化 されず,資 産全体 に関 して特定財産権が設定で きない。そのために,特定財産権が設定で きなかった資産部分に関 して残余財産権 という権利が設定 されている。つ まり, 財産権 には特定財産権 と残余財産権 の2つが存在す るのである。そ して,現実 の世界では後者 を所有権 と呼んでいるのである。 この ときには, コースの定理 が成立 しないケースが存在する。ある資産の所有権 を取引するときには,この 資産の組織内部化が生 じる。所有権の取引 には残余利潤分配請求権の移転 も伴 うたやに, もしも当該資産を内部化 した組織が この資産の旧所有者 を労働者 と して雇用 したな らば,彼 はこの資産 を創造,維持,拡大 しようとい う所有者 イ ンセンティブを喪失 して しまう。 この結果,内部化が生 じる前 に比べて,この 資産は効率的な利用がなされてはいないことになる。 このようなケースを排除 するためには,当該資産の旧所有者 に残余利潤の一部を報酬 として与 え,彼 に 所有者 イ ンセ ンティブに代 わる組織 イ ンセ ンティブをもたせれば よいのであ
る。
1.コースの定理 とは
コースの定理 とは, R.コース (R.Coase)が1937年の論文の中で取 り上げた一 連の例 をどのように解釈するかをその出発点 としている。 しか し,彼の取 り上 げた一連の例 は漠然 としていて とらえどころがな く,そのためにコースの定理 の本質は何か とい う問題の解決 に多 くの年月を費や したのである。一般に,コー スの定理は,外部性資産 を含むすべての資産 に対 して財産権が法律上 うまく設 定 されて,当事者 間の相対取引が協力的にそ して取引の コス トがかか らずに実 行 されるな らば,パ レー ト効率的な資源配分が達成 されることを述べていると 解釈 されている。 は じめに, コースが取 り上げた例 を利用 してこの解釈 を説明
しよう。
石炭 を焚 いて走 る機関車が火の瀞 をまき散 らして しば しば沿線の農地 に火事 を起 こす例 を考えてみ よう。 機関車 を所有す る鉄道会社 と農地 を所有する農家
はそれぞれの立場か ら火災 による被害 をな くそ うとするであろう。 農家は線路 の近 くでは作物 を育てない とか食物の貯蔵庫 を作 らない といった努力 をし,秩 道会社 は機関車の運行回数 を減 らす とか火の粉の散乱 を防止する装置 を機関車 に取 り付 けるといった努力 をするか もしれない。 これ らの努力 は火の粉 という 外部性資産が引 き起 こす火災 とい う外部効果 を発生 させ ないために行われるの である。 しか し,これ らの努力は何 らかのコス トを必要 とす る。 農家 にとって 農地 を狭めることは収入の減少 を意味す る。鉄道会社 にとって運行回数を減 ら す ことは運賃収入の減少 をもた らすであろうし,火の瀞 の散乱 を防止する装置
を設置す るためには費用がかかる。農家 と鉄道会社が コス トをかけて上のよう な努力 をした として も,完全 には火災 を防 ぐことはで きないであろう。 この と きには両者 とも火災 をな くそうとするインセンティブを失って しまうか もしれ ない。 この状況 を打開するためには,火災 とい う外部効果 を引 き起 こしている 火の粉 という外部性資産を取引の対象 とすればよいのである。 そうするために は火の粉 に財産権 を設定することになる。 具体的には,機関車の運行権 とか家 屋等の財産保全権が これにあたる。 これ ら2つの権利 はどち らも火の粉 とい う 外部性資産に対す る財産権であることには代 わ りはない。なぜならば,前者 は 火の粉 をまき散 らす権利 を意味 し,後者 は火の粉 をまき散 らせない権利 を意味 するか らである。 仮 に農家 に対 して財産保全権が与え られているとしようb こ の財産権 に対 して鉄道会社 と農家 はそれぞれ価値 をつけていよう。 鉄道会社 は この財産権 を手 にいれれば機関車 を運行で きるが,そ うでない ときには連行で きない。 したがって,鉄道会社 はこの権利 をもつ ときともたない ときの便益 と コス トを考慮 して, この権利 を獲得するために農家 に支払ってもよい とする価 値 をつけている。 もしも財産保全権が取引可能であって,その価値が農家のつ けた価値 よりも大 きければ,この権利 は農家か ら鉄道会社‑ と譲渡 されよう。 もしも農家のつけた価値が大 きければ, この権利はそのまま農家の手元に残 る ことになる。つ ま り,火の粉 に財産権 を設定 してこれを当事者間で取引可能 と すれば, この権利 はより大 きな価値 を兄いだ した当事者の もの とな り,効率的
な資源配分が達成 されるのである。火の粉のような外部性資産だけでな くてす
ベての資産について も同様の結論が成立する。
代表的なコースの定理の解釈 には,当事者間の相対取引が効率的に機能す る ための条件 について異 なる説明をした2つの解釈が存在 した。 1つ は財産権の 観点か らの解釈である。 この解釈 によると,コースの定理は,いかなる資産 も それに関連する財産権が法律上 うま く設定 されて取引可能 となるな らば,均衡 配分 は効率的になることを述べているとされる。 上の例で説明すれば,農家 に 財産保全権 を与 えたな らば,農家 と鉄道会社 とい う当事者間での財産権の自発 的な取引が可能 とな り,その均衡配分は効率的 となるという解釈である。 もう
1つの解釈 は交渉過程の非効率性の解釈である。 この解釈 によれば, コースの 定理 は,当事者間の相対取引が協力的に行 われ,交渉過程の非効率的な要因が すべて排除されるときには,均衡配分は非効率的になることを述べているとさ れる。上の例で説明すれば,農家 と鉄道会社が財産保全権 に関するすべての相 互便益的な契約交渉や履行 を協力的に行い, しか もそれを取 り引 きす るコス ト がかか らないな らば,その ときには財産保全権の均衡配分は効率的になるとい
う解釈である。現在のコースの定理の解釈 はこれ ら2つの解釈 をあわせた形で, 外部性資産 を含 むすべ ての資産に対 して財産権が法律上 うまく設定 されて,当 事者 間の相対取引が協力的にそ して取引のコス トがかか らずに実行 されるな ら ば,パ レー ト効率的な資源配分が達成 されることを述べていると解釈 されてい る。
コースの定理が成立するためには3つの条件が満足 されなければならない。
第一に,火の粉のような外部性資産に対 して も法律上 うまく財産権が設定 され ることである。第二 に,当事者間における財産権の相対取引が協力的に行われ ることである。 そ して第三に,その相対取引の際には取引 コス トが存在 しない とい うことである.この うち第‑の条件 と第三の条件 とか ら,コースの定理は, あ らゆる資産の全部分 に関 して特定財産権が設定で きることを暗黙的に想定 し ていることがわかる。 なぜな らば,財産権の取引の際に取引 コス トが存在 しな い とは,起 こ りうる環境 をすべて予測で き,その後 にそれ らの下での当該資産 のコン トロール権の内容 についてすべて明文化で きることを意味するか らであ
る。つ ま り,完備契約が作成で きることを意味 している。 ここで興味深い疑問 が投げかけ られる。 もしもある資産の全部分 に関 して法律上 うま く特定財産権 を設定で きなかったならば,コースの定理は成立す るのであろうか。 また, も しも当事者間で特定財産権の相対取引が協力的に実行 されなかったならば,こ の定理 は成 り立つのであろうか。
本稿では前者の問題についてだけを取扱 う。 多 くの経済学者が この間題 を検 討 した結果,法 と経済学 とい う学問領域や, コースの定理か ら0.ウイ リアム ソ ン(0.Wimiamson)に代表 される取引 コス ト論,そ して契約の経済学‑ と流れ る組織の経済学 とい う学問領域が発展 した。本稿 は組織の経済学の足跡 を追 う ことになる。 また,多 くの経済学者が後者の問題 を考 えた結果,経済学 におけ るゲーム理論 という学問領域が発展 したが, この間題 についての考察は後 に譲 ることにする。
本論 に入 る前 に,資産の全部分に関 して法律上 うまく特定財産権 を設定で き, これが当事者間で協力的に相対取引されるときに,なぜパ レー ト効率的な均衡 配分が達成 されるかを説明 してお こう。標準的な経済学のテキス トにおいては,
コースの定理 は,厚生経済学の定理 とともに取 り扱われていることが多い。厚 生経済学の定理 とは,完全競争市場が維持 されれば,パ レー ト効率的な均衡配 分が達成 されることをいう。そ して, コースの定理は,この厚生経済学の定理 における外部性の修正や排除の説明に利用 されていることが多い。厚生経済学 の定理 によれば,完全競争市場が存在 しない ときには,各経済主体が効用最大 化行動 をとった としてもその結果は非効率的 となることがあるのである。 この ときにコースの定理 を利用 し,完全競争市場 に代わって相対取引がパ レー ト効 率的な配分 をもた らす と説明する。 例 えば,川又 (1991)の説明をとりあげて みよう。 いま,河川の上流 にある肥料工場があるとする。 この工場では廃棄処 分 される魚 を原料 とし,労働力 Llを投入 して肥料 とい う製品 ガを生産 してい
るとする。 この工場の生産関数 を次のように書 く。
〟‑∫(Ll)
fL)0,ILL(0
(1)
ここで九 は∂〟
∂
エ 1を,尤 Lは∂尤/∂
エ 1を表す。生産物の増加 とともに 工場か ら河川へ と流れ出る汚水量は増加 してい くとしよう。 他方,この工場の 下流 には漁場があ り,ある水産会社がそこで操業 しているとする。 この水産会 社 は食用 に供す る魚 をとってお り,その漁獲高をyとす る。 この漁獲高yは水 産会社の投入す る労働力エ2と汚水量 とに依存す るとす る。 したがってこの水 産会社の生産関数 を次のように書 く。y=g(L2,X) gL)0,gLL(0,gx(0
(2)
ここで乱 は∂g/
∂
エ2を,gLLは∂gL/∂
エ2を,そ してgxは∂g/
∂ガを 表す。肥料の原料 となる魚の漁獲 は汚水 には影響 を受けず,またこの魚は廃棄 処分 されるために肥料会社 は価格ゼロでこれをもらい受けるとする。肥料,負 そ して労働力の単位 当た りの価格 をそれぞれpl,♪2,uJとす る。 また総労働 量は,L = L
l+L
2 (3)で表せ る。 もしも水産会社が労働力 を増加 させたならば,それは漁獲高の増加 をもた らすだけである。 したがって,エ2の社会的な限界生産力 は私的な限界 生産力 に等 しく,それは∂g
/
∂L2で表 される。 しか し, もしも肥料会社 が 労働力 を増加 させたな らば,それは肥料の生産量 を増加 させ るだけではな くて, 漁獲高に も影響 を及ぼす。つ ま り, Llの増加 は肥料 については∂f/
∂Llの増加 をもた らすが,漁獲高 について も (∂g
/
∂x)・(∂f/∂Ll )
だけ増加 さ せ るのである (ここで後者 は負 の値 であることに注意せ よ)。 この とき,エ1の社会的な限界生産物の価値 は次のように書ける。
Pl(∂f/∂Ll)+92(∂g/∂x)・(∂f/∂Ll)
か くして社会的な限界生産物の価値 は汚水 の もた らす外部効果の価値分♪2(∂
g/ax)・(∂f/∂Ll)だけ私的な限界生産物の価値 を上回るのである。
は じめに,(1)式,(2)式,(3)式 を制約条件 とした ときに,生産物の稔価値
九Ⅹ+♪2yを最大化す る問題 を考えよう。ここで最大化問題 を解いた ときには, 内点解が存在することを仮定 しておこう。 ラグランジュ乗数 をUとしてラグラ
ンジュ方程式E2を作 るO
E2‑plf(Ll)+♪2g(L2,X)+W (Lrエ 1rL2)
一階条件 を求めると次式 を得 る。
0〒PlfL+♪2gjUi:w O〒22gL‑W
これ らの式 を整理 して最大化の一階条件
PlfL+♪2gxfL‑92gL (4)
を得 る。
次にコースの定理 を考えよう。 この定理 によれば,外部効果 を修正,排除す るためには汚水 とい う外部性資産 を取引の対象 として当事者 間で取引 させれ ば,社会的な厚生が高まる。 そのためには汚水 に法律上裏付 けのある財産権 を 設定す る必要がある。 例 えば,河川 を汚染する権利や反対 に汚染 させ ない よう な権利である。 その ような権利が うま く設定 されて両社の間でこの権利が相対
取引 された結果,外部効果 を生み出す生産物 の規準数量 X を超過する ときに その超過分
・ x一
貫 が費用負担 され,汚水 を河川 にたれ流す1単位 当た りの取引 価格 がt(=92gx)と決め られた としよう。その超過分が非負 の ときには肥料会 社が費用負担 し,負の ときには水産会社が費用負担するのである。 この とき肥 料会社 と水産会社の利潤 をそれぞれnl,n 2とすると,n 1‑plf(Ll)‑u'L1‑i(f(Ll)‑Ix) I12‑♪2g(L2,X)‑u'L2+i(x‑司
と書 ける。一階条件 を求めると
0〒PlfL‑u7‑ifL
O〒P2gL‑u)
0‑92gx+i
を得 る。 これ らの式 を整理すると
PlfL+92gxfL=タ2gL (5)
となるが, これは(4)式 と同 じである。 したがって,外部効果 を与 える外部資 産に法律上 うまく財産権 を設定 して, これを当事者 問で協力的に相対取引すれ
ば,その結果パ レー ト効率的な資源配分が達成 されるのである。
最後 に,この例 を使 って,肥料会社 と水産会社 とが統合 して 1つの会社 にな り,汚水が組織内で取引 されるときにも,パ レー ト効率的な資源配分が達成 さ れることを説明 しよう。 このケースでは2つの会社 は1つの会社組織の2つの 部門になる。 この ときのこの会社 の利潤n 3は
n 3〒plf(Ll)‑WL1‑i(f(Ll)I‑x )+♪2g(L2,X)‑u'L2+i(x‑‑x)
=Plf(Ll)+92g(L2,X)‑WL
=Plf(Ll)+92g(L2,jtLl))‑uJ(Ll+L2)
と表せ る。一階条件 を求めると
0=Plf L+♪2gxfL‑u7
0〒92gL‑uJ
とな り,これを整理 して
♪1fL+♪2gxfL=92gL (6)
を得 る。 この式 は(4)式 と同 じとなる。つ ま り,汚水 に対 して うまく法律上の 財産権が設定 され,それを当事者間で相対取引 した結果,組織が生成 されて も (それが組織内取引 されて も),パ レー ト効率的な資源配分が達成 されるのであ る。
2.所有 とは一残 余財産権 と残 余利 潤分 配請 求権 ‑
前述 したように,特定財産権 とは資産のコン トロールについての契約内容が 特定化 された ものをい う。そ して,資産の全部分 に関 して特定財産権 を法律上 うま く設定で きることは,異なる環境毎に資産の コン トロールについての契約 内容がすべて明文化 されることを意味 してお り,完備契約の作成が可能である ことを暗黙的に仮定 しているのである。 しか し,現実の世界では,経済主体の 合理性 は制約 されてお り,また主体問に情報の非対称性が存在 して諸活動の観 察が不可能であった り,それが可能であって も証明が不可能であった りする。
したがって,現実の世界では,資産に関する契約内容が明文化で きず,万が一
にで もそれが可能であった として も,明文化 に時間がかかった り,条項が長 く なって契約の内容が複雑 にな り過 ぎることがある。つま り,資産の全部分 に関
して特定財産権 を設定す ることは不可能であるか,可能であった として もその 取引 コス トが莫大 となって しまうのである。 この ときには,契約内容の明文化 されない財産権 を設定せ ざるを得ないか,そ うした方が取引 コス トを節約で き ることになる。契約内容の明文化 されない財産権 を残余財産権 という。 残余財 産権 は,特定財産権が契約で明文化 しなかった環境が生 じた ときの当該資産の
コン トロール権 を意味する。
資産の残余財産権 をもつ人物 に, この資産のコン トロールの結果発生する稔 利潤か らこの資産に要 した総費用や支払 うべ き負債 を差 し引いた残 りの利潤 を 受け取 る権利 を与 えれば,彼 はこの資産 を創造,維持,拡大 しようというイン センティブをもつ 。このようなインセンティブを所有者 インセンティブといい, 稔利潤か ら総費用や支払 うべ き負債 を差 し引いた残 りの利潤 を残余利潤 とい い, これを受け取 る権利 を残余利潤分配請求権 という。 そ して,資産の残余財 産権 を所有権 として私有財産制 を認め,残余財産権 をもつ人物 (‑所有者)にそ の資産か ら発生す る残余利潤 に対す る分配請求権 を与えるならば,彼 は資産 を 創造,維持,拡大 しようとい う所有者 インセ ンティブをもつ ことにな り,その
資産は最 も効率的に利用 されるのである。
例 えば,賃貸 されているマ ンシ ョンの一室 を考 えてみ よう。 この部屋 の借手 は貸手 (‑所有者)との間でこの部屋の賃貸契約 を結ぶ。借手は賃貸契約 に書か れた条項 に沿ってこの部屋 を使用で きるが,条項 にない行為,例 えばこの部屋 の間取 りや壁の色 を変えることはで きない。借手はこの部屋の特定財産権 をも つだけであって,契約に明文化 されていない行為 を行 うことがで きるのは残余 財産権 をもつ貸手 なのである。貸手はこの部屋の転売価格 を念頭 において借手 よりもこの部屋 を大事 に取 り扱 うであろう。 もしもこの部屋の模様替 えを行 う 行為 を借手 に認めたな らば,彼 はこの部屋の転売価格 など考慮せずに好 き勝手 に模様替えをした りあるいは手荒に取 り扱 うであろう。 ゆえに,部屋 という資 産を創造,維持,拡大 しようとい うインセンティブは,資産の残余財産権 をも
つ者 に残余利潤分配請求権 を与 えることで生 じるか ら, これ らの2つの権利 は 同一人物 に与 えられるべ きなのである。 そ してその人物 を資産の所有者 とする システムが採用 されれば,彼 は所有者 インセ ンティブをもつか ら当該資産は最 も効率的に利用 されるのである。
これ ら2つの権利 を同一人物 に与えなかったために資産の有効 な利用が行わ れなかった例が社会主義 システムにおける事業管理である。 社会主義システム においては私有財産制が認め られていないので,事業 に利用 される資産 を所有 する者 は国家であ り,また事業に関する残余利潤請求権者 も国家 であるという
システムを採用 している。 しか し,実際に事業 に利用 されている資産の残余 コ ン トロール権 をもっている人物 は事業の管理者や労働者,監督者 としての官僚 である。 彼 らは事業の成果 について誰 も個人的な利害 をもってはいない。 した がって,このシステムでは資産の効率的な利用 は行 われないのである。
コースの定理では,資産の全体 に関 して特定財産権の設定が可能であ り,完 備契約が締結できることを暗黙的に想定 しているが,完備契約が締結で きるこ
とは少 な く,多 くの場合,不完備契約が締結 されていることが多い。そこでは 特定財産権の他 に,残余財産権が取引 されているのである。そ して,私有財産 制が認め られた資本主義システムの下では残余財産権 を所有権 とし,所有権 を
もつ所有者 に残余利潤分配請求権 を与 えることで彼 に所有者 インセンティブを 賦与 し,当該資産の効率的な利用 を促進 しているのである。現実の世界 におい て,コースの定理 を再解釈すると,この定理は,外部資産 を含むすべての資産 に関 して所有権 を法律上 うまく設定 し,当事者 間でそれを協力的に相対取 り引 きすれば,パ レー ト効率的な資源配分が達成 されることを述べているのである。
3.法律 上 うま く設定 された所有権 とは
再解釈 したコースの定理では,外部性資産 を含むすべての資産 に関 して所有 権が法律上 うまく設定 されていることが条件 となる。法律上 うま く設定 された 所有権 とは何 を意味するのであろうか。第一 に,所有権 は譲渡可能でなければ
な らない。所有権が譲渡可能であっては じめて,ある主体が もつ資産の価値が 他の主体 に とって高い ときに,取引の当事者が ともに利益 を獲得で きるような 価格が存在 し,当該資産 は最善の利用 を行 う主体の もの となるのである。 もし も所有権が譲渡可能でなければ,偶然 にその資産の所有権がそれ を最善 に利用 す る主体 に割 り当て られていない限 り,効率的な資源配分 は達成 されないので ある。所有権が譲渡可能でなかったために効率的な資産の利用がなされなかっ た例 として,カリフォルニア州 における農家 に与 え られた水利権があげ られる。
同州の大部分 は砂漠であ り,お よそ3000万人の人口をもつ。人口の約75%は州 南部 に住むが同州の水 の約75%は州北部 に存在する。 この水の約85%が港概用 水 として農家 に供給 され,残 り15%が住民 と産業 に供給 されている。 しか し, 農産物 は同州の産出物の約 3%に しか過 ぎない。 しか も農家 に対 して供給 され る水 の価格 は1acre‑foot当た り$10か ら$15であるのに対 して都市 に住 む住人 にとっての同 じ量の水 は $230であ り,海水 を真水 に変 えて利用 しているコミュ ニティではその価格 は実 に $3000にも達 していたのである。 この事態は同州の 水利権が譲渡可能でなかったために起 こった。 もしも水利権が譲渡可能であっ たな らば,水利権 に対 して農家 よりも高い価値 を兄 いだ している住民や産業 と 農家 との間で取引が行 われ,水利権 の一部が農家か ら住民や産業‑ と譲渡 され, 彼 らは水 に高い価格 を支払 う必要 もなかったであろうし, また海水 を真水‑ と 変 える機械への投資 コス トも必要 としなかったであろう。 このカリフォルニア 州の水利権 に関す る法律 は当事者間の 自由な相対取引を妨害 した結果,社会的
に効率的な資源配分 を歪めた例 である1)0
第二 に,権利の行使 に強制力 を伴 わな くてはな らない。例 えば,漁業権 とい う財産権 をもつ者 は決め られた漁場の中で漁業 を行 う権利 をもつが,それ と同 1)法律やルールが実は当事者間の自由な財 ・サービスの取引を妨げている最大の 要因である。第一に,多 くの国の法律が,倫理上好ましくないという理由から, 人身売買や麻薬の売買,売春や殺人のようなサービスの取引を禁止 している。
第二に,多 くのルールというものは,権利の取引コス トが高いという理由か ら 設定されている。例えば,制限時速や交差点での一時停止 といった交通ルールは,
ドライバー間で通行権を相対取引させたときに取引が複雑になり過 ぎて成立 し ないために設定されている。同様の理由か ら飛行機や列車内での禁煙のルール が設定されている。
時に, これをもたない者の漁業 を排除す ることを認め られなければならない0 なぜ な らば,そうでなければ,彼 は漁業権 をもつ ことに何の意味 ももたないか らである。 また,特許や商標権,著作権 は,適切 な補償 な しに,新 しいアイデ アを創造 した り,資産を発展 させ ることに成功 した者以外の利用 を禁止 してい る。 なぜ な らば,そ うでなければ,誰 も新 しいアイデアを創造 した り,資産を 発展 させた りする活動 を行わな くなるか らである。
第三に,権利それ 自体が将来にわたって確実に保証 された ものな くてはなら ない。 なぜな らば,そうでなければ誰 も資産 を発展 させた り,維持,拡大する 活動 を行わな くなるか らである。 権利が将来にわたって確実に保証 されていな い例 としては,政府 による外国資産の凄収がある。 この事態が予想 されるとき には,外国資本はこの国に対 して海外投資するインセ ンティブをもたないであ ろう。
上述 したように,所有権 は,譲渡可能であって,強制力 をもち,将来にわたっ て確実 に保証 されるように,法律 によって設定 されなければならない。
4.所有者 イ ンセ ンテ ィブ と組織 インセ ンテ ィブ
ここまでの考察において,コースの定理は,外部性資産 を含むあ らゆる資産 に対 して所有権が法律上 うまく設定 され,それを当事者が協力的に相対取引す れば,パ レー ト効率的な資源配分が達成 されることを述べていることを知った。
そ して,1節の最後のモデルで理解 したように,資産 を組織 に内部化すること によってもパ レー ト効率的な資源配分 に到達 されることも理解 した。 しか し, 資産を内部化 して新 しい会社組織が生成 されるときに,資産 に関する残余財産 権 と残余利潤分配請求権の適切 な結合が歪め られ,当該資産の旧所有者が所有 者インセンティブを喪失 して しまい,効率的な資源配分が達成 されないケース が存在するのである。 それは, 2節で考察 した ように,資産に関す る残余財産 権 と残余利潤分配請求権 を当該資産の所有者 に対 して与えることが この資産の 創造,維持 とい う強い所有者インセンティブを与 えるのであるが,資産の内部
化が これ ら2つの権利の適切 な組み合 わせ を歪めて しまうか らである。 本節で は,会社組織が資産の旧所有者 に対 して所有者インセンティブに代わって当該 資産の維持,創造のインセ ンティブを与 える工夫 について考えてみよう。 これ は,組織イ ンセ ンティブを構築する問題である。
ある印刷会社 とある出版会社 の間で特定財産権 と残余財産権が取 り引 きされ る例 を利用 しよう。 印刷会社 は印刷機械 とこれを所有する1人の経済主体か ら 構成 され,彼はこの機械 とは密接不可分の人的資本であるとす る。出版会社 は 月刊誌 を出版 してお り,この印刷会社 とは1ケ月当た り1単位 (あるいは‑刺) の印刷契約 を締結 してお り, この契約 を履行するためには印刷会社の所有する 印刷機械の能力の2/ 3(1カ月あた り20日)を必要 とするとしよう。この とき, 印刷会社の所有者兼経営者 (兼機械のオペ レーター)はこの出版会社 と印刷機 械の2/ 3の能力の使用権 について契約 を結んでいるのである。 この契約は特 定財産権の取引である。契約 されていない残 りの1/ 3にあたる能力の使用権 がこの印刷機械の残余 コン トロール権 (‑残余財産権)であ り,印刷会社の所 有者兼経営者が この権利 をもっている。 ゆえに,彼 はこの機械 の能力の1/ 3
を自由に使 うことがで きる権利 を与 えられているか ら,出版会社か ら月刊誌の 二刷 の依頼 を受けた ときに, これに応 じて も応 じな くて もよいのである。 もし も出版会社が この印刷会社 に1単位 を超 える印刷 をさせ るためには,あ らか じ め1単位 を超 える印刷契約 を締結 しておけばよいのか もしれない。 しか し, こ のような契約の締結は出版会社 にとってはあまり得策ではないであろう。 なぜ な らば,月刊誌の販売数が不確実であるときには,印刷 した月刊誌が売れ残 っ て しまい,損失 を被 る可能性があるか らである。そこで,出版会社が月刊誌の 販売動向にあわせてこの印刷会社の もつ印刷機械 を意のままにコン トロール し たい と思 うであろう。 その ときには,出版会社はこの機械 の残余財産権 を購入
してこの機械の所有者 となればよいのである。 実際に,出版会社が この印刷機 械 を内部化 した としよう。 この結果,2つの会社組織が合併 して新 しい会社組 織が生成 されることになる。 コースの定理 にしたがえば,印刷機械の残余財産 権 に対 して出版会社の所有者兼経営者が印刷会社 の所有者兼経営者 よりも高い
価値 を付 け,その権利が印刷会社 の所有者兼経営者か ら出版会社 の所有者兼経 営者‑ と譲渡 されているのだか ら,効率的な資源配分が達成 されているはずで ある。 しか し, このケースでは必ず しもそ うはな らないのである。内部化 され た印刷機械 はこのオペ レー ター (兼旧所有者) とは密葦不可分の関係 にあるの で,出版会社 は彼 を従業員 として雇用 しよう。 彼 は引 き続 き印刷機械 をコン ト ロールす る仕事 にたず さわることになるが,印刷機械 の内部化 に伴 い,印刷機 械 のコン トロールか ら獲得 される残余利潤 に対す る分配請求権 は出版会社へ と 譲渡 されてお り,すでに彼 の手中にはない。ゆえに,彼 は以前のようには所有 者 インセ ンテ ィブをもたず に, この印刷機械 を創造,維持,発展 させ る努力 を
しない可能性がある。出版会社 が以前 と同様 に彼 にこの印刷機械 を創造,維持, 発展 させ る努力 を実行 させ るためには,所有者 インセ ンティブに代 わる組織 イ
ンセ ンティブを彼 に与 える必要がある。そのための工夫が印刷機械 に関す る残 余利潤 の一部 を彼 に報酬 として与 える一種 の歩合給契約 を締結す る ことであ る。 もしもこの ような組織 イ ンセ ンティブを与 える工夫 をうま く構築で きたな らば,パ レー ト効率的な資源配分が達成 されるのである。 以下で詳 しく説明 し よう。
印刷会社の所有者兼経営者 は印刷機械 に関す る技術 開発投資 を行 えば印刷 の コス トCを低下 させ ることに気づいてお り, また出版会社の所有者兼経営者 も それを行 えば利潤 Vを増加 させ ることを知 ってい る としよう。簡単化 のため に,Cは10か30の催 しか とらず,印刷会社が投資 を実行 した ときにはコス トは10
となるが,そ うでない ときには30となる としよう。 同様 に, Vは20か40の催 しか とらず,出版会社が投資 を実行 したな らば利潤 は40となるが,そ うでない と きに は20とな る と しよ う。 そ して, 出版 会 社 が 0期 に投 資 す る確 率 を
Ⅹ‑prob(Ⅴ=40)としよう。もちろん,投資 しない確率 は(1‑Ⅹ)=Prob(Ⅴ‑20)となる。
また,印刷会社 が 0期 に投 資す る確率 をy=Prob(C=10)としよう。投 資 を実行 しない確率 は(1‑y)‑Prob(C‑30)となる。 出版会社 と印刷会社 の技術 開発投 資 コ ス トをそれぞれ10Ⅹ,10yとしよう。投 資 を実行 しない ときには投資 コス トは ゼ ロである。両社 の技術 開発投 資 は0期 に行 われ るが,その効果が Cと Ⅴに
現 れるのは 1期 とす る。 両社 ともお互 いに 1期 にCとⅤの実現値 を観察で き るが,0期 に技術 開発投資を実行 したか否か とその値 との関係 を (例 えば裁判 所 のような)第三者によって証明されえない もの とする。 したがって,投資に
関 して明文化 された契約が締結 されないことを仮定 しよう。
技術 開発 を実行するか否かの意志決定権の所在 は所有権の所在 に依存する。 したがって,次の3つのケースが考 えられる。 第一に,出版会社 と印刷会社が 相互 に独立 してお り, ともにその意志決定権 をもった非統合のケースである。 第二 に,印刷会社が出版会社 を統合 してお り,印刷会社がその意志決定権 をも つケースである。第三に,出版会社が印刷会社 を統合 してお り,出版会社がそ の意志決定権 をもつケースである。
非統合のケースでは両社が独立 して投資の意志決定を行 う。 もしも両社が投 資を実行すれば,稔残余利潤 は30 (‑40‑10)となる。簡単化のために両社の交 渉力 を同 じとす る。 したがって,両社 はこの稔残余利潤 を折半するか ら,それ ぞれ15の残余利潤 を獲得す る。 これを30 (15,15)と表現 しよう。 もしも出版 会社 のみが技術 開発投資す るときには,稔残余利潤 は10とな り,それぞれ5の 残余利潤 を受け取 る。 また印刷会社 だけが技術 開発投資 を実行するときにも絵 残余利潤 は10とな り,それぞれ5の残余利潤 を受け取 る。両社 とも技術 開発 を 実行 しない ときには10の損失が発生 して しまうので,この ときには印刷 は行 わ れない。以上の様子 をまとめた表が表 1である。 両社 は投資 コス ト控除後の残 余利潤 を最大化す るように行動するであろう。 ゆえに,次の式で表現 される最 大化問題 を解 くことで両社の最適な行動 を決定で きる。
marEl7Ti‑zl】‑0.5・∑∑ (vl‑cJ)I(vl)g(cJ)‑EZi fort,j‑1,2 ij,vl)cJ
ただ し,会社 1は出版会社 を,会社 2は印刷会社 を意味 し,I(vl)はviが生 じ る確率 を,g(cJ)はcjが生 じる確率 を意味す る。 また E は期待値 を,7Tは残余 剰潤 を,そ して Ⅰは投資 コス トをそれぞれ表 している。 この とき, E7TiとZi
(i=1,T2)は次のように書 ける。
E花1‑E 7r2‑0.5i(40‑30)Ⅹ(1‑y)+(40‑10)xy+(20‑10日1‑xJyi
=5x+5y+5xy EIl=10x2
EZ2‑1Oy2
ゆえに,会社 1と2の残余利潤最大化行動の一階条件 は次のようになる。
∂(E7C1)/∂x‑5+5y‑20x‑∂(EZl)/∂x
∂(E7T2)/∂y‑5+5N‑20y‑∂(EZ2)/∂y 表 1 非統合の場合の総残余利潤 とその分配
印刷会社
C
10 3 0
10 ( 5, 5) ‑10 (‑5,‑5) 30(15,15) 10 (5, 5) 表 2 統合の場合の総残余利潤 とその分配
印刷会社
C
10 30
10(10, 0) ‑10(‑10,‑0) 30(30, 0) 10(10,0)
これ らの式か ら,投資決定のナ ッシュ均衡解 はx‑y=1/3となることがわかる.
この ときの,投資コス ト控除後の社会的残余利潤 口を求めると,
∩‑2E 7TIE lZl+72]
‑2(5x+5y+5xy)‑(10x2+10y2)
=50/9
を得 る。
次 に出版会社が印刷会社 を統合するケース を考 えよう (印刷会社が出版会社 を統合す るケース はこれ と対称 的になる)。 このケースでは印刷会社 の所有権 は出版会社 に譲渡 されてお り,出版部門に発生す る γを獲得す るの も,印刷部 門の印刷 コス トを負担す るの も出版会社 とい う1つの組織 である。したがって, 出版会社が残余利潤 Ⅴ‑Cを受け取 ることになる。しか し,印刷部門の管理者 (印 刷会社 の旧所有者) は単 に労働サービス を提供 してその代償 として賃金 を受け 取 るだけであ り,残余利潤 の分 け前 を受けることはで きない。 このために,印 刷部門の管理者 は以前の ようには技術 開発 をしようとい う投資イ ンセ ンティブ をもたないのである。 なぜ な らば,彼が技術 開発投資 を実行 して稔残余利潤 を 増大 させた として も,その分配 を受け られないか らである。 したがって,印刷 部 門 におい て投 資 は実行 されず にy‑0とな り, 印刷 部 門の コス トは確 実 に C‑30となる。 この ときには,表2にあるようにが‑40,C=30の ときにしか印刷
は実行 されないことになる。 このケースにおける出版会社 の残余利潤最大化行 動 は次の ように表現 される。
mα El7r‑Z]‑(40‑30)Ⅹ(1ly)I10x2
=lox̲10x2
この一階条件 を求めると
表3 統合 の場合の報酬 システム 印刷会社
C
10 30
10(10‑10y,10y) Ilo(‑10,0) 30(30‑10y,10y) 10(10,0)
∂(E7T)/
a
x‑10=20x=∂(El)/a
xとな り,〟‑1/2を得 る。 この ときの投 資 コス ト控 除後 の社会 的 な残余利潤 口を 求 める と,
n‑E7T,EZ‑lox̲10x2‑5/2
となる。
以上 2つのケース を比較す る と,投 資 コス ト控 除後 の社会 的 な残余利潤 は非 統合 のケースの方が高 く, コース の定理 の示唆す るようには所有権 の譲渡がパ レー ト効率的 な資源配分 を達成 していない。 なぜ か。 それは,印刷機械 の コン
トロール権 が密接不 可分 の旧所有者 (現 労働者) に残 された ままであ るが,そ の所有権 と残余利潤分 配請求権 が 出版会社 に譲渡 されてお り,彼 が印刷機械 を 創 造,維持 ,拡大 しようとい う投 資 イ ンセ ンテ ィブを喪失 してい るか らである。
そ こで,出版会社 は彼 に所有者 イ ンセ ンテ ィブに代 わ る投 資 イ ンセ ンテ ィブを 与 えなければな らない。それは, この機械 の利用 か ら獲得 され る残余利潤 の一 部 を彼 に報酬 として支払 えば よいのであ る。 この報酬 システムは彼 に組織 イ ン セ ンテ ィブを与 える工夫であ り,表 3に表 した ような歩合給 の構造 を もつ。つ ま り,印刷 部 門の管理者が技術 開発投 資 を行 うときには彼 に対 して1Gyとい う 残余利潤 の一部 を歩合給 として与 え,そ うでない ときには何 も与 えない ような 報酬 シス テムである。 こうすれば, この管理者 は必ず技術 開発投 資 を行 うこと になる bFlとなる)。 ここで,彼 が技術 開発投 資 を行 った ときに受 け取 る期 待 歩合 は10であるが, この値 は非統合 の ときのそれ と同 じである。 この ような
ルールの下での出版会社 の行動 は次 の ように表現 され る。
max・El7E‑Z]∑∑ (vl‑cJ)f(vl)a(cJ)‑Eli fort,j‑1,2
ij,vl〉
.一ノ︿し
ただ し,部 門1は出版部門を ,部 門2は印刷部門 を意味 し ,jtvl)は vlが生 じる 確率 を,g(cJ)はcjが生 じる確率 を意味す る。 またEは期待値 を,7Tは残余利 潤 を表 している。 この とき,E 7EとⅠは次のように書 ける。
E7T‑0.5i(40‑30)x(1ly)+(40‑10)xy+(20‑10)(1lX)yl
‑5x+5y+5xy
EI‑EIl+EI2=10x2+lOy2
したがって,残余利潤最大化行動の一階条件 は次の ようになる。
a(E7T)/∂x‑5+5y‑20x‑a(EI1)/∂x
a
(E 77)/∂y‑5+5N‑20r‑∂(E12)/∂yこれ らの式か ら,投資決定のナ ッシュ均衡解 はx‑y=1/3となることがわかる.
この ときの,投資 コス ト控除後 の社会的残余利潤 口を求めると,
n‑2E 7E‑ElZl+Z2]
‑2(5x+5y+5xy)‑(10x2+1CIy2)
=50/9
を得 る。 この投資 コス ト控除後の社会的残余利潤 の値 は非統合 のケース と同 じ である。 つ ま り,所有者 インセ ンテ ィブの喪失が組織 イ ンセ ンティブの設定 に
よ りうま く回避 された ことを意味 している。
5.終わ りに
コースの定理 は暗黙的にあ らゆる資産のすべての部分 に関 して特定財産権が 法律上 うま く設定で きることを仮定 している。 しか し,取引 コス トが莫大であ
るとい う理由か ら,資産のすべての部分 に関 して特定財産権が設定で きないこ とがある。 この ときには,特定財産権が設定で きない資産部分については残余 財産権 を設定すれば, コースの定理は成立する。残余財産権 は当該資産の所有 権 を意味 し,これを取 り引 きす ることで所有権の譲渡が実行 されることになる。
ここに新 しい組織が生成 されることになる。 所有権の譲渡の際には残余利潤分 配請求権 もともに譲渡 されなければならない。なぜな らば,そうでなければ, 誤 った資産の利用がなされて しまうか らである。 しか し,新 しい組織 の生成に よって,新たな問題が生 じることになる。それは資産の旧所有者が単 なる労働 者 となって しまうときには,彼が当該資産 を創造,維持,拡大する所有者 イン
セ ンティブを喪失 して しまうことである。これは,彼が当該資産 を創造,維持, 拡大することか ら発生する残余利潤 を獲得する権利 を失 って しまったことによ
る。 したがって,彼 に所有者 インセ ンティブに代 わるようなインセ ンティブを 与 えか ナればな らない。それは歩合給の形 をとった報酬 システムによって雇用 契約 を結ぶ ことでの組織イ ンセンティブの賦与である。