石原俊『群島と大学─冷戦ガラパゴスを超えて』(
2017 共和国)
著者 嶽本 新奈
雑誌名 PRIME = プライム
巻 41
ページ 94‑98
発行年 2018‑03‑31
その他のタイトル ISHIHARA,Shun, Archipelago and University:
Beyond Cold War Ideologies in Japan, Editorial Republica, March 2017
URL http://hdl.handle.net/10723/00003385
石原俊『群島と大学―冷戦ガラパゴスを超えて』
(2017 共和国)
嶽 本 新 奈
(日本学術振興会特別研究員PD)
「群島」と「大学」という一見相関性がないよ うにみえる言葉を並列助詞の「と」で結ぶタイト ルをもつ本書は、著者がこれまで主に執筆してき たふたつの領域での文章群を加筆修正したうえで 編み直したものである。「群島」は著者の専門分 野である歴史社会学におけるフィールドの小笠原 諸島と硫黄列島を指し、「大学」は著者が身をお く職場を指している。
本書の構成は、以下のとおり四部構成となって いる。
第一部 同時代史という現場―歴史の岐路と しての現代日本
第二部 群島という現場―帝国・総力戦・冷 戦の底辺から
第三部 大学という現場―グローバリズムと 国家主義の攻囲のなかで
第四部 書物という現場―歴史の岐路を読み 解くために
紙幅の都合上、部内の目次は省略し、さらには この原稿でもタイトルにある「群島」と「大学」
というキーワードをもつ第二部と第三部を主に紹 介、論じることをあらかじめお断りしておきたい。
まずは「第二部 群島という現場―帝国・総力 戦・冷戦の底辺から」をみていきたい。ここでは
「一、世界史のなかの小笠原群島」と、「二、硫黄 島、戦後零年」という章立てのなかで、前者では 小笠原群島の歴史と日本との関係が述べられ、後 者では硫黄島の歴史とともに、2015年に著者が参 加した硫黄島訪島事業の様子が綴られている。
小笠原群島と硫黄列島の歴史は、日本の「辺境」
というような日本史の枠組みでみてしまうと群島 の社会史的経験が決定的に見落とされてしまうた め、世界史のなかで捉えるべきだと著者は述べ、
19世紀前半からの太平洋における捕鯨業最盛期を 背景に、ハワイのオアフ島から父島にやってきた はじめての組織的な入植から描きはじめる。この 移民団はヨーロッパ出身者、北米出身者、ハワイ の先住民などから構成されていた。当時の「環/
間太平洋世界には、外洋帆船(捕鯨船や商船)の 労働過程への参入とそこからの離脱を繰り返しな がら、船上と群島を転々と放浪する、『白人』の 移動民が数多く」(69頁)いる状況のなか、小笠 原群島もそうした移動民たちの拠点のひとつと なっていったのである。外洋帆船の労働とはしば しば収容所的で過酷なものだったが、洋上の寄港 地は下層水夫たちにとって一時的、あるいは半永 久的にそうした厳しい労働環境から退出できる可 能性をもった場であったことが同時に指摘されて いる。しかも小笠原群島はおよそ半世紀の間どの 主権国家にも属することがなく、移動民を含めた
石原俊『群島と大学:冷戦ガラパゴスを超えて』
先住民たちによってゆるやかな自律的社会経済領 域がつくられていたという。
だが1875年、明治政府は官吏団を派遣し、翌年 には事実上の併合を成功させてしまう。これは「北 海道開拓」や「琉球処分」と同じプロセスで、「『小 笠原島回収』という名のもとに小笠原群島の併合 と先住者の帰化が進められ」(73頁)たのである。
そしてこれ以降、冷戦体制期まで小笠原群島は、
ときに「南洋」入植への端緒となり、ときに総力 戦の〈捨て石〉とされ、さらには占領後の日本の 復興・再独立の〈捨て石〉にもされるといったよ うに、日本によって都合よく利用され、翻弄され ていく。その最たるものは、アジア・太平洋戦争 末期において、帝国日本が本土防衛のために小笠 原群島・硫黄列島の住民に対して「強制疎開=故 郷追放か、軍務への動員か」(82頁)を迫ったこ とだろう。
敗戦後も小笠原群島と硫黄列島は米国主導の占 領下におかれたまま、強制疎開の対象となった大 多数の住民は帰島がかなわず、そのような中で 環/間太平洋世界が〈アメリカの湖〉と名実とも に化し、小笠原群島・硫黄列島は米軍の核ネット ワークの重要地点として位置づけられていったと いう。やがて1968年に施政権が日本に返還された が、住民たちの帰島が認められた小笠原群島と、
現在も帰島が認められていない硫黄列島の住民た ちとの間にある分断にも注意深くあらねばならな いことを著者は強調する。硫黄列島の元住民たち にとっては私たちが何気なく口にする「戦後○○
年」という言葉は、「難民=ディアスポラ」となっ てからの年月を意味していることを決して忘れて はならないだろう。
こうしたことを踏まえて著者は、冷戦体制とは、
「日本の旧併合領であった朝鮮半島が『戦場』と なり、同じく日本の旧併合領であった台湾が軍事 的前線に置かれ、日本が米国に貸与した沖縄が『占 領』下に置かれるなか、日本本土が民需主導型の
『復興』を果たすという、徹底的に不平等な配置 に貫かれた空間であった」(86頁)というこの視 点を、狭義の東アジアにとどめるのではなく、小 笠原群島・硫黄列島を含む環/間太平洋世界にま で拡張するべきだと提起する。ともすれば小笠原 群島・硫黄列島を見落とし、忘却したままでいる 私たちの空間的思考力をより広げるべきだとの提 言はとてつもなく重い。
また、第二部でその歴史が詳しく述べられる前 に、筆者はすでに第一部の「 3 『二〇一一・三・
一一』の衝撃―フクシマとイオウトウ、あるいは 冷戦と核被害」のなかで、東北地方沖合の太平洋 で発生した地震と津波によって東京電力福島第一 原子力発電所の損壊が放射性物質の飛散をもたら し、福島県を中心に多くの人びとが難民化した事 態を小笠原群島や硫黄列島の歴史的状況と重ね合 わせている。「三月十二日に福島第一原発のプラ ントが爆発する映像をTVで観ているとき、筆者 はすぐに、十数年にわたってかかわってきた小笠 原群島や硫黄列島の人びとのことを思い浮かべま した」(38頁)とあるが、しかし評者も含めて、
福島の原発事故と小笠原群島や硫黄列島を結びつ けて考えた人間など、はたしてどれほどいただろ うか。ひとえに評者の不勉強ゆえかもしれないが、
それほどに第二部で描かれる小笠原群島と硫黄列 島の歴史についてこれまでいかに無関心・無知で あったかを痛感させられる内容であった。
次に、「第三部 大学という現場―グローバリ ズムと国家主義の攻囲のなかで」をみていきたい。
大学で非常勤をしている評者の耳にも、「大学改 革」によってもたらされる様々な弊害に対する声 はきこえてくる。しかし、大学行政に直接関わる ようなポストに就いていない評者のような立場、
あるいは市井の人々からは、実際のところ何がど のように現場で進行しているのか見えにくいのも また事実である。第三部はまさにその見えにくい 部分を可視化し、問題提起した内容となっている。
ある程度までの年代の人々は大学についてある 種の牧歌的な記憶を抱えている人も多いのではな いだろうか。またそのような記憶を持っている人 は、現在の大学生も自身と同じくモラトリアムを 享受していると考えている人もいるかもしれな い。しかし、著者はまず、すでに今日の大学は資 本による「実質的包摂」に向けたプロジェクトの 只中にいると指摘する。これは日本のみの話では なくグローバルな規模で進行しているプロジェク トである。具体的には「世界銀行や経済協力開発 機構(OECD)などの国際金融機関は、世界各地 の高等教育機関に対して、各国政府や多国籍企業 の経済的目標に直接結びつく経済資本と『人的資 本』の開発機関になるよう政策的に誘導してきた」
(130頁)ことを指している。こうした流れを受け て各国政府は国内の大学に対して「改革」を迫っ ていくのだが、その中身を挙げると、「大学経営 に関しては収益性を指標として、研究内容に関し ては卓越性を指標として、教育内容に関しても『人 材開発』の効率性などを指標として、各大学を外 部評価に付して相互に『競争』させ、リストラの 対象としていく」(130頁)とのことである。
著者の懸念は、こうした「改革」の動きに対し て、大学現場にいる教職員がいまだに危機感を共 有していないのではないかという点にある。では この「改革」は何を目的としているのか。端的に いえば、大学の「自治の破壊」と「就職予備校化」
であるという。
まず国立大学である。2014年に強行採決された 学校教育法と国立大学法人法の改定案によってど のような事態が生じたのか。前者の新学校教育法 では、「研究内容、教育内容、教育課程(カリキュ ラム)、教員人事、教学組織、教学予算に関して 審議する法的根拠がすべて教授会から剥奪され、
学長の執行権に帰属することになった」(133頁)
という。そして後者の新国立大学法人法では、「学 外委員が過半数を占める学長選考会議に学長選出
の基準自体を決定する権限を与えることによっ て、国立大学でかろうじて維持されてきた教(職)
員による学長選考意向投票制度の無力化が図ら れ」ることになった(133頁)。このような中で一 般運営交付金が年度単位で 1 %ずつカットされて いき、国立大学の教員たちは専任教職員の削減お よび非正規雇用の拡大といった形で対処を迫られ つつ、専任教職員は競争的補助金を獲得しにいく べく強いられている。加えて、「文科系部局や教 員養成系部局を中心に、国立大学の部局そして大 学自体の大幅なリストラを進めようとしている」
(134‑135頁)のが今日の国立大学の現状である。
こうした状況下で地方国立大学のみならず旧帝 大を含め有名国立大学からも、大都市圏の大規模 私立大学に向けた研究者の流出という事態が生じ ている。こうした状況を踏まえて著者は、「地方 国立大学における文科系学部・大学院、小中高教 員の養成部局のリストラは、この国の人文社会科 学全体の研究水準低下を招くばかりか、旧帝大や 大都市圏の私立大学などに進学できる経済資本・
文化資本をもたない地方の若者の進路選択を大き く制約し、さらには地域社会や企業社会にも知 的・文化的貧困をもたらすことになるだろう」
(137‑138頁)と警鐘を鳴らしている。
そして2014年の学校教育法改定のもうひとつの 標的は、私立大学の自治でもあったという。政官 財界が私立大学の自治を破壊することによって目 指しているのは、私立大学を本格的に就職予備校 化することだと著者は述べ、その目的は「日本を 拠点とするグローバル企業の亜エリート・ノンエ リート社員と、その周辺支援部門である第三次産 業の労働者の(再)生産を、企業側が教育コスト をなるべく支払わずに、私立大学に〈アウトソー ス〉することにほかならない」(142頁)と看破す る。
だがこれほどまでに大学の自由と自治が攻撃の 対象となっているにも関わらず、日本の大学教員
石原俊『群島と大学:冷戦ガラパゴスを超えて』
の間ではまだ自由と自治の空洞化に対するシニシ ズムが主流であると著者は批判する。この批判は、
大学のこうした現状が教員自身にとっての教授会 自治という問題を超えて、大学生の自由の享受を 破壊し、さらには大学やアカデミアの枠を超えて 大きな文化的・社会的損失をもたらす可能性を視 野にいれているからこそである。「この国の大学 生の情動は、市場における良きプレイヤーである ための自己規律的な思考様式、すなわちポスト フォーディズム体制に適合的な監査文化に、かな りの程度侵食されてしまった」(150頁)との指摘 は、その後に続く「日本の大学生たちの姿は、こ の二十年間、教育者として『ネオリベラル・アー ツ』化に多かれ少なかれ加担しつつ、研究者とし ても業績主義・評価主義という監査文化を内面化 してきた、大学教員たちの姿の鏡像でもある」(150 頁)という言葉とともに、より重く受け止められ るべきである。
さらに、そもそも新学校教育法によって否定さ れた大学教員集団の諸権利が獲得されてきた歴史 的条件を忘れてはならないと著者は述べる。これ ら諸権利は「一方で官立や私立の高等教育機関に おけるさまざまな闘争・妥協・迎合など、長い紆 余曲折を経ながら(再)獲得されてきた自治の権 利であり、他方で冷戦体制下の東アジアのなかで 日本本土が置かれた特権的条件によって保障され てきた権利なのである」(155頁)。歴史的条件に 自覚的であるべきとの言葉は、先ほど挙げた大学 生の自由の享受の破壊という問題に加え、「敗戦 後の日本の大学において学問の自由や大学の自治 を保障した日本国憲法体制は、沖縄を含む旧『大 東亜共栄圏』各地に冷戦体制の軍事的前線を押し つけることによって可能であった」(153頁)こと の意識化を促す意図をもったものである。
第三部を締める「 6 何をなすべきか」では、「大 学改革」の一連の流れに抗するために具体的に三 点ほど提言がなされている。まず第一には、「ひと
つでも多くの大学が、国家統制への自発的従属を 強める『改革』競争から降りられるだけ降りるこ と」(192頁)であり、第二は、「言葉の精確な意 味において、大学を拠点とする日本国憲法第二三 条の〈護憲運動〉が求められて」(195頁)いるこ とを自覚すること、そして第三は、「この国の大 学教員はいま、ポストフォーディズム期における
〈自リ由であるための技法〉と自由/自治空間としベ ラ ル ・ ア ー ツ ての大学の意義をじゅうぶんに自覚し、教育・研 究の場で発展させていく必要がある」(198頁)と の認識を深めることである。詳細な説明は本書を 読んでいただきたいが、挙げられた三点を実践す るためには、大学教員個々人が少なくとも本書第 三部で書かれている知識と情報を共有しておくこ とが前提となるだろう。その意味において、大学 関係者にとって本書は必読の書であるといえる。
さて、甚だ不充分ながら第二部と第三部を手短 に紹介してきた。冒頭でも述べたように、一見相 関性がないようにみえるこれらふたつの領域がど のようにつながっているのか、という点に関して 最後に付言しておきたい。第二部と第三部に通底 しているのは、「忘却されたモノたち」であると 評者は考える。「モノ」には「人」や「歴史」や「記 憶」といった言葉があてはまるだろう。
第二部の硫黄列島について著者は次のように書 いている。「総力戦と冷戦の世紀であった二十世 紀の日本が幾重にも〈捨て石〉にし、さらに〈捨 て石〉にしていることも忘れてきた島。そして『戦 後七〇年』間の日本の国家と社会は、硫黄列島民 の歴史的経験や存在そのものをも、忘れ続けてき たのである」(122頁)。この著者の視点は、第三 部の「大学改革」によって最もダメージを受ける のは学生一般とするのではなく、私立大学の学生 であること、さらには政官財界が空洞化を進めて きた大学の自治と自由がかつて冷戦体制下におい て軍事的前線を沖縄含む「大東亜共栄圏」に押し つけたがゆえに可能であったことを指摘する視点
と共通している。
先にも述べたが、大学で非常勤講師をしている 評者にも「大学改革」への不満は聞こえてくる。
しかし、そのほとんどは「改悪」への不満である。
つまり、改悪が大学教員である自身の待遇や環境 に悪影響を及ぼすことへの不満が第一義となって おり、その改悪が最終的に学生(とりわけ私立大 学の学生)へどのように波及効果をもたらすかと いった危機感までを示唆する言葉はほとんど聞い たことがなかった。歴史的条件や学生が忘却とと もに不可視化されていることを、歴史社会学を専 門とする著者だからこそ、歴史的プロセスをおさ えつつその構造を可視化してみせる手つきは鮮や かである。本書は忘却に加担してきた痛みなくし ては読めないが、しかしだからこそ、今すぐにで も私たちは本書を手にとって議論を始めなければ ならないのである。