濃厚硫酸溶液中における純鉄のアノード挙動について
長 船 忠 夫* 樋 口 敏 三*
(昭和52年4月19日受理)
..Anodic Behabiour of pure lron in Concentrated Sulphuric Acid
Tadao OsAFuNE BinZo HIGucHI
(Re6eiv.ed April 19, 1977)
In order to study the anodic polarization curve of pure iron in concentrated sulphuric acid, the effects of acid concentration of solution and temperature were persued.
And passive state of pure iron in concentrated sulphuric acid was compared with in concentrated sbdiUm・
hydroxide solution.
The experimental results are summarized as follows.
(1) With increasing snlphuric ac id concentration, the potential in sulphation range shifted lower and Flade potential shifted higher, on the other hand, the current density in sulphation ;ange decreased and it increased in passive range. But at acid concentration 20N the current density in passive range decreased because i of conductance decreasing.
(2) With raising temperature, Flade potential was higher, and both the current density in sulphation range and in passive range increased.
And the values of the apparent activation energy were 8.8Kcal/mol in sulphation range and 15.2Kcal/mol in passive range respectively.
(3) Pure iron in concentrated sodium hydroxide solution was passivated easier than in concentrated sulphuric acid soltitions, and sQ. more stable.
1 緒 言.
純鉄のアノード挙動に関する研究は従来数多く行なわれ ているが,それらの多.くは希薄酸溶液中におけるもの(1)で ある。濃厚酸溶液中における研究としてはわずかにHaru−
ya卑a等(2)が濃厚硫酸溶液中の純鉄の硫酸化領域における 挙動について報告しているが,濃厚酸溶液中あるいは濃厚 アルカリ溶液中における研究はほとんど見当らない。
そ.こで,本研究では濃厚硫酸溶液中における純鉄のアノ ード挙動について検討を加えることとした。すなわち,.ア ノード分極曲線の特性量である不働態化電流,不働態化保 持電流およびフレー.ド電位などに及ぼす酸濃度および液温
などの影響について検討を加えた。
また,濃厚硫酸溶液中における純鉄のアノード分極曲線 を濃厚水酸化ナトリウム溶液中にお吋弓それと比較するこ
.ζにより,純鉄の不働態の安定性についても併せて検討を
加.えた。
2実 験 方 法
*金属工学科
2.1試料および溶液
アノード分極曲線測定用試料としての純鉄は市販の電解 鉄(純度99.9%以上)を用いたが,その表面部は非常に粗 かったので,硝酸を用いて溶解することにより.比較的清ら かな板状にした。さらにエメリr紙(No.800)で研磨を行 ない,.脱脂後洗浄し,試料として用いた。
また,実験溶液はいずれも試薬一級.の硫酸および水酸化
ナトリウムと脱イオン水ζを用いて作成した。硫酸濃摩は 5,10,15および20Nの四種類そして水酸化ナトリウム 濃度は15Nとした。
2・2測定方法
本研究に用いた実験装置の概略をFig.1に示した。アノ ード分極曲線は定電圧電解装置(島津製作所製PS−2型)
と自動加電圧装置(島津製作所APA−1型)を用いて,印 加電圧を一定速度(50mV/min,250mV/min)で掃引し,
電解電流を高感度記録計(東亜電波工業㈱製耳PR二2TC型)
により測定した。
参照電極としては飽和甘禾電極を,また対極としてはス テンレス鋼板(SUS 304)を用いたQ
圏 匡ヨB
tos
建ヒミく∈︸あ=ω⊆Φコ芒︒ヒコO
A
o霜 田○
A:Po量en†ios量α†
B: Re¢order
C1 Automatic Potential Applier Dl Electrotytic Cell 一 E ] Test Electrode F 1 Reference Electrode
.G .1 Counter. Electrode
u周藍L→Φ﹂
Sulphial;on Sfα雪e
Fe2+Sor一・
一FeSO弓
一ω㊤十や工⑩十pOδ﹂量Qw工め十Φ﹂創
600C 5N−HfiO,
・Phsslve state
︑δ
c
Fig.1 Experimental circuit
FeD3.2Fe3 +30t
さらに,実験溶液のpH値の測定には東亜電波工業㈱製 ディジタルpHメータ宜M一一20B型を,電導度の測定には同 社製数字式電導度計CM−1DB型を用いた。.
3 実験結果および考察 3.1濃厚硫酸溶液中における純鉄のアノード挙動 濃厚硫酸溶液中における純鉄の代表的なアノード分極曲 線の例として,硫酸濃度5N,.液温60℃でのアノード分極 曲線をFig.2に示した。
Fig.2より判るように,純鉄を正に分極して行くと電流 は増加した。これは電位の上昇とともに
(1)
10 0 O,5 1,0 1.5
POtentiat V {S,C,Ej
Fig.2 An anodic polarization curve in concentrated sulphuric acid
しかし,±OV付近で最大腐食電流となり,それ以上に 電位を上げると電流は減少した。これは純鉄表面近傍の Fe2+イオン濃度が飽和状態に達し,
Fe2十十SO42一.FeSO4
Fθ→Fe2一←十2θ一
で示される溶解反応が進行することにより,溶解電流が増 加したと考えられ.る。.
{2)
の反応が起り,純鉄表面に電導性の悪いFeSO4の多孔質皮 膜を形成する(3)ためと考えられる。しかし,臨界電流から 山河磁化電流に変わる点においてFeSO4の厚い非電導性皮 膜は溶解してしまうと考えられる。この±OVから0.45V の範囲での現象は濃厚硫酸溶液中における鉄のアノード挙 動の特長であり,この範囲は硫酸化領域と呼ばれる』
さらに,電位を上げて行くと電流の増減の周期的振動が 起きたが,やがて電流は減少し,安定した。これは次の反 応
2Fe一ト3H20→Fe203十6H+十6e一 (3)
でアノード表面にFe203の酸化皮膜を生成するが,その酸 化皮膜の吸脱着のため電流の周期的振動が起り,そして約 0.45Vのフレード電位に達するとアノード表面全体に電導 性の悪い酸化皮膜が形成される(4)(5)(6)ため電流は減少し,
安定したと思える。
約0。45Vで純鉄は不働態化し,0.45V.からし6Vの不働 態化領域では不働態化保持電流は電位に無関係に一定であ り,安定していた。これは式(3)の反応で形成されたF6203 の皮膜内において金属イオンの移動が制限をうける(3)ため と考えられる。一方,不働態領域で電子の授受の伴わない 酸化皮膜の溶解反応
Fe203一→2Fe3++302一 (4)
が起っていることも知られている(4)(5)。
不働態領域をこえて電位を1.6V以上になお上昇させる
と,電極面からは酸素が発生して,電流は再び上昇した。
3.2硫酸濃度の影響
硫酸濃度5,10,15および20 N,液温60℃での純鉄のア ノード分極曲線をFig.3に示した。
Table 1 Conductance of sulphuric acid at 259C Concentration of
Sulphuric Acid (N)
5
Ioi
0 O2
﹃§≧∈︾ξω=書↑にωヒδ
10
60ec
NN50
5N
20N
15 20
Conductance
(fi−lcm 1)
O.4840 O.5030 O.4005 O.2860
O O.5 1.O 1.5
Potential V CS,C,E)
Fig.3 Effect of sulphuric acid concentration on anodic polarization curve
硫酸化領域の電位は硫酸濃度が高くなるに伴い卑とな り,その領域の電流は減少した。これは硫酸化領域では式
②の反応が起っており,また,硫酸濃度が高くなるに伴い SO42『イオン濃度は高くなるため, FeSO4の酸化皮膜の生 成が容易になることが考えられる。その結果,硫酸化領域 の電位は硫酸濃度が高くなるに伴い卑となり,電流は減少 したと考えられる。
次に,不働態化保持電流は硫酸濃度が高くなるに伴い増 加した。下働態化領域では式(4)の溶解反応が起っている が,右辺の酸素については
02一(oxide)十2H+(aq.);2H20(aq.) (5)
の平衡が成立していて,この反応が皮膜溶解の律速過程と 考えられる。すなわち,硫酸濃度が高くなるに伴い式(5)の 反応は右辺へ進行し,02一イオンが消費されるため,式(4)
の反応も右辺へ進行する。その結果,硫酸濃度が高くなる に伴い非電導性の酸化皮膜も薄くなり,不働態化保持電流 は増加したと考えられる。、
しかし,硫酸濃度が20Nについては押脚態化保持電流は 急激に減少した。これはTable 1に示したように,20 Nで 硫酸溶液の電気伝導度が急激に下がることが原因と考えら れる。
また,フレード電位は硫酸濃度が高くなるに伴い貴とな った。これはアノード表面では式(3)の反応が起っている が,硫酸濃度が高くなるに伴い式(3)の右辺のH+イオン濃 度は高くなる。そして,H+イオンの増加が不働掛化を妨 げるため,フレード電位は貴になったと考えられる。
一方,60。Cで測定した各硫酸満度のpH値とフレード電 位の関係をFig.4に示した。この関係についてはFranck(1)
も報告しており,その関係も併せて同旨に示した。両者を 比較すると,本実験結果の方がやや貴なフレード電位を示 しているが,両者の傾向は比較的良く一致していることが 判る。
1.o
5 0
︵田.Q.ω︾﹀﹄﹈
鴨㌔〜剛、三…9N I5N こアササリ くり
暫昌『㌔.、」ON ひ㍉一、㌔隔輸5N ㊨\㌔㌔喝
一一一 This Work 一 Franck
o 一一2 一1 O
pH
Fig.4 Effect of pH value on Flade potential at 600C
以上のことより,硫酸濃度が高くなるに伴い不働態の安 定性は悪くなることが判る。
3.3温度の影響
硫酸濃度5N,液温35,50および60℃での純鉄のア.ノー ド分極曲線をFig.5に示した。
また,硫酸化領域および不働態化領域の電流密度の値を 絶対温度の逆数に対してプロットしたアレニウスプロット をFig.6に示した。
Fig.5より判るように,フレード電位は温度上昇に伴い 貴となった。フレード電位は酸化還元系の平衡電位として 考えられており,種々の酸化還元反応のモデルが想定され ている(4)が,いずれにしても
2.303RT RT
pH (6)
Fln[H+]=const・一 .F EF=sonst.十
io3
02@ 0
一心ミくε盈ω仁Φη超①﹂きO
600c 500c
t O o.5 LO 1.5
Potential V CS,C.E)
Feg.5 Effect of temperature on anodic polarization curve
という値とも良く一致している。これらの値から,硫酸化 領域および不旧態化領域ともにイオンの拡散が電流を支配 していることが十分に考えられる。また,拡散速度はFick の法則から次のように与えられる。
v=一 {DoexP(一Q/RT)} ・(ao−a)/S (7)
1cr
ここでDoは振動数因子, Qは拡散の活性化エネルギー,
(ao−a)/δは濃度勾配である。式(7}から,拡散速度は温度 上昇に伴い増加することが判る。すなわち,温度上昇に伴 い硫酸化領域および不働態化領域の電流が上昇することが 判る。
以上のことより,温度上昇に伴い不働態の安定性は悪く なることが判る。
3.4水酸化ナトリウム溶液中と硫酸溶液中との比較 水酸化ナトリウム濃度15Nおよび硫酸濃度5N,液温35
℃での純鉄のアノード分極曲線をFig.7に示した。
ほ10
︷㎝ε蔓くE︾ 10盈ω⊆Φ三§﹂δ
.
o
Key
. Sulphation Range o Passive Range
.
o
.
o
1 5.0 5J 32 ×10S
l/T (OK−i)
Feg.6 Arrhenius plot of current in passive and sulphation range
でフレード電位は示される。また,本実験条件の硫酸濃度 5NではpH値は負であった。したがって,フレー一一ド電位 は温度上昇に伴い貴となったと考えられる。
次に,Fig.6に示した直線の勾配より,硫酸化領域およ び不働態化領域の見かけの活性化エネルギーの値としてそ れぞれ8.8Kcal/molおよび15.2Kcal/molを得た。この値 はS.Haruyamaee(2)が報告している値,すなわち,硫酸化 領域で5〜10Kcal/molおよび不働態化領域で15Kcal/mo1
102
︷︒.Eo\くE︸ O≧冨⊆o℃中二〇ピコO
t
550C
5N.IHtSO.
15N.i NaOH
一LO O LO
Potential V CS,C,E}
Feg.7 Comparison of anodic polarization curve of pure iron between the solution of 5N−H2SO4 and 15N−NaOH
水酸化ナトリウム溶液申において純鉄を正に分極して行
くと
Fe十2H20→FeO211一十3H+十2e一 で示される溶解反応が進行し,電流は増加する。
さらに,電位を上げて行くと FeO2H一+H20→Fe(OH)2+e一
(6)
(9)
で示される反応により,不溶性のFe(OH)3の酸化皮膜を 生成し,フレ・・一ド電位一〇.8V,不働態化電流密度約5.5 mA/cm2で不早態化した。.
不働態化領域は一〇.8Vから0.3Vの範囲であり,不働態
化保持電流密度は約2mA/cm2であった。
次に,Fig.7より判るように,水酸化ナトリウム溶液中 では硫酸溶液中に比べ,フレード電位は約1.2V卑であ り,不働態化電流密度は約40分の1の値であった。また,
不働態化保持電流密度は約3分の2の値であった。
以上のことから,不働態化は水酸化ナトリウム溶液中の 方が容易に起り,また安定であることが判る。
4 結 言
濃厚硫酸溶液中における純鉄のアノード分極曲線に及ぼ す酸濃度および液温などの影響について研究を行なった。
また,濃厚硫酸溶液中と濃厚水酸化ナトリウム溶液中と における純鉄の不働態の安定性の相違についても研究を行 なった。
得られた結果を要約すると次のようになる。
(1)硫酸濃度が高くなるに伴い硫酸化領域の電位は卑と なり,その領域の電流は減少し,また,フレード電位 は貴となった。一方,不働態化保持電流は酸濃度が高 くなるに伴い増加したが,20Nでは急激に減少した。
(2)液温が高くなるに伴いフレード電位は貴となり,硫 酸化領域および不働態化領域の電流は増加した。ま た,硫酸化領域および不働態化領域について求めた見 かけの活性化エネルギーの値はそれぞれ8.8および 15.2Kcal/mo1であった。
〔3)不働態化は濃厚硫酸溶液中よりも濃厚水酸化ナトリ ウム溶液中の方が容易に起り,また安定であった。
終りに本実験に熱心に協力頂いた本校卒業生近藤義晴,
保田浩志の諸氏に厚くお礼申し上げる。
文 献
(1)たとえばFranck;Z.Electrochem.,55(1951),154
(2)S.Haruya皿a, K.Nagasaki and H.Fukayama;Denki Kagaku, 38(1960),86
(3)G.Wrang16n;金属の腐食防食序論(1973),68,化学 同人
(4)前田正雄;電極の化学,(1961),215,技報堂
{5)沖 猛雄;金属電気化学,(1974),105,共立出版
(6)田島 栄;電気化学通論,(1971),229,共立出版