多文化共生を目指す英語教育 :
オース トラリアの言語教育政策を手がか りとして
秋田大学 (名誉教授) 幸野 稔
1.は じめに
筆者は、長年にわたって英語教育にたず さわってきた中で、外国語教育におけるコミ ュニケーション重視の方向を支持 し、唱導 し、実践 してきた。同時に、外国語教育が r実 践的コミュニケーシ ョン能力」の養成という役割のみに建小化されるべきではな く、コ ミュニケーション活動を通 じて文化の違 いを超えた人間性の昔毒性に気づかせ る役割 をも果たすべきことを提唱 してきたも
筆者が外国語教育の人間教育的側面に日ざめた端緒は、1976年に文部省派遣英語教 育研修生としてオース トラリアのシ ドニー大学に留学 したときであった。同大学外国語 としての英語教育専攻科の同級生の大多数は、日本か らの派遣生を含めて、アジア太平 洋諸国の現職英語教師であり、寄宿 した同大学学寮のインターナショナルハウスは現地 人学生を含めた文字通 りの多文化共生国際 コミュニティーであった。そこで身をもって 知ったことは、英語が英語圏の民族語であることを超えて、全世界的異文化間コミュニ ケーションの媒体の役 目を果た していることであった。また、留学当時は気づかなかっ たが、その頃オース トラリアは自責主義国家から多文化主義国家への転換期に当た り、
その後の多文化主義政策の進展に伴って、同国の言語文化政策と言語教育政策が確立さ れていった経緯を、筆者自身の実地調査 (Kono1995,幸野 1995)によって知ることと なった。
わが国における外国語教育政策を構妻するに当たって、1970年代後半以降のオース トラリアの言語教育政策に学ぶべきことは多い。本論文では、関連文献 ・資料調査およ び関係者への面接調査によって、上記実地調査後の同国の言語教育政策の動向を探 り、
さらに、それを手がか りとしなが ら言語教育における文化の役割を検討 して、日本にお ける多文化共生を目指す英語教育のあり方について提言を試みたい。
2.文献 ・資料調査および面接調査
2.1 多文化社会オース トラリアにおける言語文化政策 :Ingran氏の講演
オース トラリアの応用言語学界の第一人者の一人であるDavidhgr班1氏は、2002年
12月 7【‖こ秋田大学で開かれたオセアニア教育学会第 6回大会において標記の講演
lhgram 2002,幸野 L佐々木 (釈)2004】をされた。同講演中に述べ られた1980年代後 半か ら1990年代前半に至る時期に公表されたオース トラリアの言語教育政策の特徴の 推移を下記のように紹介する。
●
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言語教育の経済的国際的理由からアジア言語の教育と学習を重視 し、日本語、中国 語、イン ドネシア語、韓国語/朝鮮語を最優先言語とする。
′このように、NPLの持つ包括的性格は、ALLP、NALSASと進むにつれて経済的国際 的性格を強めていった。 さらに、1996年の労働党から保守連合への政権交代後、オー ス トラリアは言語教育政策衰退の時期に入 り、現在に至っている。それにもかかわらず、
講演のクライマックスにおいて hgrzEEn氏は同国の将来を楽親親 し、多文化主義の生き 残 りと言語政策および言語教育政策の進展を確信 していると述べ られた。それはなぜで あろうか?その根拠 を探って、次に、hgrin 氏と並ぶ同国応用言語学界の大御所である h Bianco氏の言説を検討する。
2.2 オース トラリアの言語識字政策におけるPoh甲 A血 i瓢1(市民との協働による政 策形成)
標記文献 0,0BiancomdWickert2001)の冒頭論文 (Le BiazICO2001)を検討する。
2.2.1 いかに して言語権への恐怖が政策形成を市民社会から取 り上げたか
NPLの著者でもあるh Bianco氏は、棲記論文 (Le Bi皿CO2001)の中で、80年代以 前の市民参加による政策形成か ら、90年代以降には、政策形成過程に市民社会がかか わることを遠 ざけて政府主導による政策決定に推移 していったと論 じている。氏は、多 言語主義、多文化主義、言語学晋の日的、国益、移民社会言語の保護、読み書き能力、
対外関係の方向、言語の多様性、の親点か ら、NPLとAu P以降の文書の政治的 ,思想 的背景を検討 し、NPLの市民社会志向的性格とALLP以降の国家志向的性格 を明らかに している。poli呼 aCdvisn とは、言語教育の専門家が政策形成に市民と共に積極的にか かわるべきことを標模 したものであり、その方向はオース トラリアの共和制化のコンテ クス トの中で顕在化することが示唆されている。
2.2.2 LoBianco氏への面接調査 :pohcyAcdvismについて
2005年3月11日、メルボルン大学の LoBi皿CO研究室において、同氏への面接調査 を試みた。2.2̲2では、氏の標棲するpolicyacdvismが hgram氏が示す糞親的展望と関 連を持つかどうかという筆者の質問に対する回答を祐介する。
LoBiaulCO氏は、楽観的展望を hgram 氏と共有することを表明 し、その根拠 として、
言語教育政策の具体的策定と実施において幅広い一般大衆の支持があり、それが各州政 府の政策に反映されている事実を挙げた。特に、氏の居住するvictoria州で実施 され ている政策とその成果がb Bianco (2004:28‑29)の中に明示されていることに言及さ れた。成果のいくつかの例 として、教えられている言語の数の増加と多様 さ、小学校 における外国語教育の普及、課外補修民族語学校への公的支援、衛星等による遠隔敦青 の実施などが挙げられる。
"policyacdvism''について、r言語教育の専門家が政策形成に市民と共に積極的にかか わっている」実例 としてDavidI耶 n氏 らを挙げたが、ご自身も当然そうであろう。そ の方向が rオース トラ リアの共和制化のコンテクス トの中で簸在化する」ことについて の解説は以下の通 りであった。
共和制 とは、単に国家元首をどうするかという間遷ではな く、社会をどのように性格 づけるかという.同量であって、政府主導による政策決定ではな く、多様な市民の参加 による政策形成、社会の運営への市民の積極的なかかわ りを指 し、そのような論議の 中で、多文化主義を国是とし、国家運営の基幹とすることは明白となる。すなわち共 和政体が必然となる。現首相 (与党自由党党首Howard氏)は同意 していないが、与 党の中にも共和制支持者は多数おり、それが実現すれば言語教育の再興も実現するで あろう。
2.2.3 国家アイデンティティーを議論 し協議する場 としてのオース トラリア言語政策 上記面接調査の折にいただいた棲記文書 (Le Bianco2004)の中で、著者 LoBianco 氏は、1901年の連邦成立後のオース トラリアの言語政策を形成 してきた淀れを、
Britishism (イギ リス英語至上主義)、A血 ianism (オース トラリア英語自立主義)、 Mddcdturalism(言語における多文化主義)、Asianism(アジア言語重視主義)、Economi sm
(国際経済競争にに勝ち抜 くための英語識字能力養成主義)の順に論 じ、経済的国際的 性格を強めてきた現況に対 して、それ と同時に、言語教育における文化の観点の重要性 と、言語教育が言語技能の習得にとどま らず人間の連帯に貢献する役割を果た しうるこ とを強調 している。
2.3 言語教育における文化の役割 :crozet,Liddicoat両氏のアプローチ
crozetandLiddicoat(2000)は、文化の教育を言語教育の不可欠の部分 とするアプロ ーチとして、正J (血terculturalL皿guageTeaching;異文化間言語教育)を唱道 し、RT における r文化Jを "也kdplace"と概念化する。それは "int耶dturalcom qnicatorp(異 文化間コミュニケーションの担い手)同士が創 り出す解き放たれたダイナ ミックなスペ ースであるとする。その載点か ら r伝達能力J (com n qnicadvecoⅢpctence)を r異なる ものとかかわる能力」(intercdturalcompetmce) と捉え直す。著者 らの唱道す るR:Tに おける文化の教育の三つの目榛は次の通 りである。
i) 文化に関する学習 ij) 文化の比較
iii)異文化への探究 (athirdplace;すなわち、異なるものとのかかわ り合い)
2.4nirdPlace(異文化とのかかわ りの場)を求めて
cTOZetandLiddieoat(2000)を含むLiddicoatandCrozet(2000)の先行文献である標記 タイ トルのLe Bianco,LiddicoatindCrozet(1999)を、以下に検討する。
2.4.1異なるものとかかわる能力 :言語政策か ら言語教育へ
序章のCrozet,LiddicoatandLe Bianco(1999)において、三氏はBTにおける ̀̀血id place"としての文化を、自文化の砕租みを維持することでも相手文化の枠組みに同化す ることでもな く、「出会い」、すなわち 「異なるものとのかかわ り合いJであ り、「心の 教育Jにつながるものであるとする。外国語教育史において、文肘 ま、文学‑坤域研究
‑異文化 トレーニングというアプローチを経て、且Jの唱導に至ったのである。
2.4.2言誌教育政策とのかかわ り
同書終章において、LiddicoaEt,Cro郡t皿dLoBianco(1999)は、言語教育政策が言語ス キルの細 目に煙小化される傾向に警告を発 している。瑳小化は、文化や文法の学習の細 目化にも及び、全人的多文化教育の妨げにな り、ILTに備わっている人間教育の目標 を
‑経済唐先の目標に従属 させることになるとする。言語教育政策の中には、寛容や異文化 認識 といった社会政策上の目標 と言語学習や読み書き能力の育成 といった教育上の白 樺を明確に結びつけるものがなければならないと著者 らは提言する。
2.4.3LoBianco氏への面接調査 :ⅡJ について
2.2.2に続いて、筆者は、LoBiazLCO氏に言語教育、特にIIJ における文化の役割に ついて伺った。以下に、氏の回答を要約する。
言語教育における文化とは、知識 としての文化というよりも、異文化を背負った相手 とのコミュニケーシ ョンを通 じて、文化の違いに目覚め、違いを正常 と認めることで ある。皿Jの目指す ところはそこにある。RTの二つの重要点は.発音を始めあらゆ る言語行為が文化であることと、ダイナ ミックなかかわ り合いの中での 「出会い」そ のものが文化であるということである。
3.考察
3.1言語教育政策形成のプロセスとpoli甲 Advism
2.1における多文化主義の生き残 りと言語政策および言語教育政策の進展を確信する 血喝ram氏の条板的展望は、2.2.1における LoBianco氏の標棲するpoもcy acdvismと密 接に関連 していることが、2.2.2の面接調査の結果判明 した。それは、両氏ともに政策 形成に市民と共に積極的にかかわ っている言語教育専門家であるという実績にもとづ いた確信から来ていることは当然だが、加えて次のこ点を背景 としてあげておきたい。
一つは、オース トラリアが連邦国家、すなわち地方分権国家であうて、教育は基本的 に州政府の権限であることである。LoBiazICO氏は、筆者のインタビューに答えて、言 語教育政策の具体的策定と実施において幅広い一般大衆の支持があり、それが各州政府 の政策に反映されている事実を挙げた。氏は、LoBi皿CO(2004:28‑29)においてVictoria 州での言語政策とその成果を明示 しているが、両州は一例に過ぎず、他の州も同様の成 果を挙げていると付け加えるのを忘れていない。たとえ連邦政府の言語教育政策に問題 があったとしても、一般市民の支持を得た州政府の教育政策が健全な限 り、明るい展望
を確信できるのであろう。
もう一つは、policyacdvismの方向が rオース トラ リアの共和制化のコンテクス トの 中で顕在化するj ことの意味である。これを理解するには、同国の現在の政体を正確 に知る必妻がある。オース トラリアはエ リザベス2世女王を国家元首 とする立憲君主 政体をとっている。女王を ''中畑mOfAn地 'と称 し、英国の国家元首による統治で はないのだと主張 しようとも、女王の名代である 「総督」が儀礼的役目を果たすに過ぎ なか ろうとも、同国にとっては、この政体が君主制であるというだけでな く、埴民地時 代の残淳でもあることは疑いない。1970年代以降の共和制化運動は英国からの自立の 最終段階を目指す運動であると言えよう。その運動が多文化主義の進展と連動 して進め
られてきたことは偶然ではない。共和制の是非を問 う1999年の国民投票に敗れたとは いえ、運動の推進派は多文化主義が共和政体を必然とすると信 じている。r多様な市民 の参加による政策形成、社会の運営への市民の積極的なかかわ り」、すなわちpolicy activismは、共和制化と軌を一に しているのである。言語教育政策の再興もそのような
コンテクス トの中で実現することを、Le Bianco氏 らは確信 しているのであろう。
次に、2.2.3の末尾の r言語教育における文化の観点の重要性と、言語教育が言語技 能の習得にとどまらず人間の連帯に貢献する役割 を果た しうるJという観点は、2.3と 2,4につながる。以下、その観点について考察する。
3.2 言語教育と文化
2.3および2.4によれば、RTにおける ̀他irdplace''としての文化 とは、異なった二 つの文化 (値偉観)の仲裁であり、言語 と文化の レベルにおける異文化間の出会いのダ イナ ミックなプロセスを理解することであり、闘争 .戦争志向ではな く調和 ・平和志向 を選択することであるとする。外国語教育が言語スキルの習得 という技能教育にとどま らず、平和を志向する全人教育でもあるべきだという点で、非常に重要な観点である。
筆者 らの取 り組んでいる科研 プロジェク トr多文化共生を目指す外国語教育の実証的研 究Jに合致する概念である。事実、同プロジェク トの中核をなす r暮CTによる国際学習 コミュニテ ィ」、すなわち高度情報通信技術 (JCT)を用いたEl本 と海外の教育機関を リ アルタイムで接続する合同授業 (Sasaki2006,Sasdkieta1.2006)は、II:Tにおける ̀Ⅶ血d placc''に他ならないことが、LoBianco氏との対話の中で確認できた。
また、̀̀thirdplaLCe''としての文化、すなわち出会いは r自文化の枠組みを維持すること でも相手文化の枠組みに同化することでもないJという2.4.1の指溝、さらには、r言 語教育政策が言語スキルの細 目に淫小化 される傾向Jに対する2.4.2の警告は、日本の 外国語教育政策においても留意すべき非常に重要な最点である。以上の乾点に留意 しな が ら、わが国の英語教育の進むべき方向について提言を試みたい。
4.わが国の英語教育への提言
オース トラ リアでは、英語が公用語であ り、それが同時に国際通用語でもある。LOTE (LanguagesOth軒 で血 Engksh)と呼ばれる言語教育は、多文化社会である同国の実情 を反映 して、外国語教育の側面と移民社会の言語の教育という側面を併せ持っている。
多文化社会の構成員が、共通語の英語を基盤 として、他の言語を学びあい、同時に異文 化間の交充を図っているのである。現代オース トラ リアはまさに多文化共生社会であ り、
1970年代の多文化主義国家への転換以降言語教育政策が進展 してきたのは必然的なプ ロセスであった。
一方、日本は長い間日本語以外の言語 を日常生活において必要としない社会であった。
外国語は先進国の文化 ・文明を摂取する媒体 として学ばれ、コミュニケーションの媒体 という役割はほとんど持っていなかった。相対的に単一文化社会 と見なされる日本では あるが、グローバル化の進展に伴って、外国語教育の改革はあ然的な課題 となった。
我が国における多文化共生のための外国語教育 という課題を検討するに当た って、ほ
とんど英語教育一辺倒 と言える実態は正常なのかという疑念が生 じるかもしれない。こ こで、現代世界において英語の果たす二つの役割を考える必要がある。すなわち、鈴木 (1985)の提唱する 「民族英語」と r国際英語」という両面である。個別言語は通常そ の言語の背後にある民族文化と一体として扱われ学習されてきた、という意味で、英語 は長 く英米の文化と一体のものとして教育 されてきた。すなわち r民族語Jとしての英 語教育であったOそれは、外国語教育が異文化に対する寛容の心を育てるという目標 と は裏腹に、結果として白人にへつらい有色人を嘉むという人種偏見を助長 した という側 面さえ持っていたことは否めない。それでは、多様な言語を偏 りな く教えるという方向 に外国語敦膏を切 り替えるべきなのであろうか?
それも一つの考え方であろうが、日本の現状か らは実現性に乏 しい。む しろそれより も、r民族英語」か ら脱英語圏の r国際英語Jの教育に転換する方向こそ、わが国にお ける多文化共生のための外国語 としての英語教育の進むべき道ではないだろうか ?そ こで扱われるべき文化の親点として、世界の多様な文化という知識としての文化もさる ことなが ら、む しろ大事なことは、知識 ・事実としての文化の学習が時にはかえって異 質な文化への偏見を助長する危険性があることに注意を払い、多様な文化を超えた普遍 的価値への認識に学習者を引き上げることであろう。その点で、オース トラリアで開発 されているmT、すなわち、異文化間の出会いのダイナ ミックなプロセスという体験を 通 して言語を学ぶアプローチに学ぶ ところは大きい。
ここで、オース トラリアにおけるII:Tの一つの形態と患われる事例を取 り上げてみた い。hgram(2003)および 晦 ametal.(2004)は、外国語学習が異文化への肯定的態度を 育て、異文化間に共通する普遍的価値を体得させるようにするためには、目標言語の話 し手 との交涙の機会を提供 しコミュニケ‑ シヨン体寮を得 させ ることが必須であるこ とを提唱 し、他の研究者・実践者 とともに実証研究を続けてきた。cozm uniyinvolvement というプロジェク トであり、多文化社会オース トラリアな らではの活動である。教室作 業との系統的な連携のもとに外国語学習活動の中心に位置づけたプロジェク トとして 実践 されてきた。当然のことながら英語以外の言語を対象としたLOTE教育であり、そ の言語を話すコミュニティーの人々との交充の場 として設定 されて、言語学習を通 じて の生活文化の学習の場 となったことが実証 されている。
commd ty hvolvenentがわが国における国際語としての英語教育に与え得る示唆を 考えてみたい。英語学習活動の恒常的実施のために英語の話 し手の居住するコミュニテ ィーを確保することは、日本社会においては困難であり、軟田のような地方においては 特に至難の業である。しか・しながら、晦 m (2003:10)に挙げられた r電話、電子メー ル、チャッ トルーム、ウェブカメラを遺 した会話等のインタネ ッ トベースの活動Jも
com unityinvolvementの実施形態に重要な示唆と展望を与えて くれる。引用部分は、3.2
で確認 したように、筆者等の科研プロジェク トの中核をなす rICTによる国際学習コミ ュニティ」にも適合する。高度情報通信技術 (ICT)を用いた日本と海外の教育機関を リアル タイムで接続す る合 同授 業は、テクノ ロジーの発達によって可能 とな った intemationalcm unityinvolvem孤tと言えよう。そこでは、英語のネイテ ィブスピーカ ーと同時にノンネイティブとのコミュニケーション体鼓 も大事にすべきと考える。すで に、Sasaki(2006)による実証研究は両者を含んでいるO秋田大学の日本人学生とハワイ 大学のネイティブス ピーカー との交読、および英語 を母語としないタイのチェンマイ大 学 とのノンネイテ ィブ同士の交淀 というバランスの取れた取 り組みの効果が実証 され ている。多文化共生を目指す英語敦青の注 目すべき形態であろう。
sasaki(2006:234)はまた、遠隔合同授業の前段階でのグループワークとして、多文化 主義をめ ぐるカナダ人AIJ たちおよびオース トラリア入営学生たちとの教室外インタ ビューに関する報告も行なっている。このように、ALTや留学生との教皇内外の交充も また大事に したい。最近は、英語圏の拡大 を反映 して、シンガポール等多様な国々か ら ALTが派遣され、アメリカ出身の場合でも、非白人の姿も見られるようになった。生徒 たちに適正な多文化共生意識をは ぐくむためにも、この方向は拡大すべきと考える。さ らに、高校や大学の留学生との交充の境会を増やすことも奨励 したい。特に、英語屠以 外の留学生との交涜によって、幅広い異文化認識を生徒たちに育てたい。外国語の話 し 手の居住するコミュニティーの確保は困難であるに しても、それに代わる異文化間交充 を工夫する余地は大いにあるのである。
最後の提言 として、わが国における外国語教育政策の構築を見通すに当たっての考察 を加えたい。本章の冒頭にのべたように、日本での外国語の役割が長い間先進国の文 化 ・文明を摂取する媒体であったが故に、外国語教育政策なるものは事実上存在 しなか った。グローバル化の進展に伴って、コミュニケーション重視の方向が強まった英語教 育においてさえ、事実上初めての国家 レベルの言語教育政策と言えるものが策定された のはごく最近のことである
。『 r
英語が使える日本人Jの育成のための戦略構想』(文部 科学省 2002)および『 r
英語が使える日本人Jの育成のための行動計画』 (文部科学省 2003)である。これ らの文書において、コミュニケーション能力の育成に向けての英語 の授業改善策 と評価改善策、英語教員の研修策、国際交淀などのモチベーション喚起策、小学校英会話畠動に向けての整備策、美東力の基盤 をなす国話力の向上策などを設定 し、
学習者の学力の到達 目標や教員に必要 とされ る能力基準などの具体的目標 を明示 して いるのは大いに評価できるところである。
具体策においてはほぼ異論のない雨文書ではあるが、間長点もな くはない。それは、
雨文書策定の経緯の中に、r経済財政運営 と構造改革に関する基本方針2002」(平成 14
年6月25日、閣議決定)においても、人間力戦略の一環 として、行動計画をとりまと
める、という文言が見えることである。すなわち、『戦略構想』 と 『行動計画』は経済 政策の一環 として策定 された側面を有する。それ故にか、3.2で確認 した外国語教育が 言語スキルの習得 という技能教育にとどま らず、平和を志向する全人教育でもあるべ き だという親点は、残念なが ら明確には述べ られていない。われわれは、オース トラリア の言語教育政策の歴史に学びつつ、わが国の英語教育政策に全人教育と技能教育のバ ラ ンスの取れた英語教育 という親点をよ り明確に加えて、多文化共生 を目指す英語教育の 実践 を図るべ きである。
5.おわ りに
1990年代後半以降オース トラリア連邦が言語教育政策衰退の時期に入 ったにもかか わ らず、同国の言語教育専門家が同国の将来を楽観視 し、多文化主義の持続 と言語教育 政策の進展を確信 している根拠は、LoBianco氏への面接調査によれば、教育は基本的 に州政府の権限であり、言語教育政策の具体的策定 と実施において幅広い一般大衆の支 持があって、それが各州政府の政策に反映 されている事実にもとづいている。そのよう な多様な市民の参加による政策形成、すなわち ̀bolicyacdvism''は、多文化主義の進展 と連動 して進め られてきた同国の共和制化運動 と軌 を一に していること、また、近年 LoBimCO氏らによって開発 されてきたnT (hterculturalLangtngeTeaching;異文化間 言語教育)の目指すところは、知識 としての文化 というよ りも、異文化を背負った相手
とのコミュニケーションを通 じて文化の違いに目覚めさせることにあることが、氏との 面接調査および文献 ・資料調査で確認された。
以上のオース トラリアの近年の言語教育政策の動向と今後の展望を手がか りとして、
日本の英語教育の向か うべき方向について三つの提言を試みた。第‑は、わが国におけ る外国語 としての英語教育の進むべき道を 「民族英語」か ら脱英語圏の 「国際英語Jの 教育への転換の方向に求めること、第二は、RTの 日本の教育現場への適用 として、英 語のネイティブス ピーカーならびにノンネイティブとのコミュニケー ション体卓の場 を、高度情報通信技術 (ICT)を通 した遠隔合同授業や多様な国々出身のAIJ ・留学生 との教皇内外の交淀などに求めること、第三は、わが国の英語教育政策の運営に当た っ ては、全人教育 と技能教育のバランスの取れた英語教育 という戟点をよ り明確に加えて、
多文化共生を目指す英語教育の実践を図ることである。
*本論文は、2005年12月10日に北海道文教大学で開催 されたオセアニア教育学会第9 回大会において行なった研究発表 をもとに してまとめたものである。本研究は平成 15
‑18年度科学研究費補助金 (基盤研究 (A)、課題番号 :15202013)(研究代表者 :佐々 木雅子、研究分担者 :宮本律子 ・幸野稔 ・近藤喜美夫 ・浦野弘) (研究課題 :多文化共
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実施 され ている。
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