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平和主義と 自衛隊裁判 一百里裁判の史的考察一

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平和主義と 自衛隊裁判

一百里裁判の史的考察一

田  村  武  夫

一課題の提示       れていた。

二百里裁判の史的考察      また,基本的人件の享受が平和をこそその不可 e第一期一裁判の開始・自衛隊の実態審  欠の基礎的条件としているとき,しかも歴史経験 理の否定      的教訓として「政府の行為によって再び戦争の惨 口第二期一憲法裁判の回避       禍が起ることのないようにする」(憲法前文)と明 日第三期一憲法裁判の是非論争゜自衛隊  示されているように,これまで「戦争か平和か」

の実態審理決定       の決定が人民自身の事前に関知し得ない国家的事

四第醐一自鰍の実蝦締碍問 @項として専ら政府の意思に委ねられていた仕組の       長沼判決の影響      o   ●   ●   ●   ●   ・       下で,結局,人民にとって「人権は条件附きの絶

三おわりに         離」、、)傍点筆者)であったにすぎない.かか

る文字通りの論理矛盾を近代憲法そのものが構造 一 課題の提示       的に許容していたのである。

一 周知の通り,日本国憲法は明文をもって,   他方,日本国憲法は,戦争の放棄を基調として 戦争を放棄し,「陸海空軍その他の戦力」を保持  戦争遂行の物質的基盤たる「陸海空軍その他の戦 しないことを規定している。かかる徹底した平和  力」の存在を全的に否定する規定を掲げたことに 主義原理の憲法規範化は,度重なる戦争の惨禍の  より,憲法の構造上いえることは,人権制限を伴 全き否定ともいうべき人民の平和への希求意思を  う軍隊および兵役義務がなくなり・従って人権制 媒介として実現したことはいうまでもないが,憲  限を必然的に伴う軍事機構がなくなったため・憲 法史的には近代憲法の構造上の矛盾の揚棄という 法は人権保障一本に絞られたことになる(2)。換言 意味をもつものである。      すれば,平和主義一元論に立つ日本国憲法は・同

近代憲法は,国家といえども干渉し得ない市民  時に,人権保障一元論という近代憲法史における の自由な領域を定めた基本的人権規定と,権力の  至高の理念的要請をその完全な意味で具現したの 分立による相互抑制を通じて人権保障を担保させ  である。ここにおいて,二元論に立つ近・現代憲 っつ,人民の福祉実現を目的とする統治機構に関  法の構造的矛盾を揚棄した憲法として・日本国憲 する規定との二つの基本部分から構成されてい  法は,近・現代憲法史において画期的な位置を占 る,と伝統的に説明がなされてきた。しかし,近  めるようになったのである。

代憲法は,もう一方で,国家間の実力による紛争の   二 かかる日本国憲法の平和主義一元論=人 解決=戦争という歴史的現実を前提として,国家  権保障一元論の意味と所以を改めて厳粛に自覚せ 権力の最大の暴力装置たる軍隊の保持・発動に関  ざるを得なくさせている直接的契機は,何といっ する規定一国民の兵役義務,祖国防衛義務,宣  ても警察予備隊から保安隊へ・そして自衛隊へと 戦布告手続等一一をもち,そこには人権の絶対的  歴代政府によって育成改編されてき,いまや「陸 な制約を許容する諸命題が疑問の余地なく掲げら  海空軍を保持しても自衛の範囲内であれば,憲法

(2)

九条違反ではない」(3)と述ぺて,政府自身をして  訴訟指揮に他とは異なった複雑な対応を余儀なく 事実上その軍隊的性格の保有を認めるまでになっ  させる。それは,裁判所が「一方の側面では,裁 たところの自衛隊の存在と,その憲法適合性の認  判所自体が国家機構を形成する機関でありなが 否を本質的な争点とする所謂「自衛隊裁判」の生  ら,同じく国家機構の一部として現存する自衛隊 起である。       の法的存否にかかわる憲法適合性を審理判断しな

自衛隊裁判は,これまでそうであったように(恵  ければならないという自己矛盾からくる特別の消 庭裁判,長沼裁判),また現に進行中のものも(百  極主義的傾向,乃至は,既存の法の適用裁定を通 里裁判,小西反戦自衛官裁判,日本原射撃訓練禁  じての国家秩序の維持という本来の機能からくる 止裁判),具体的な「法律上の争訟」内容は多種  一般的な司法消極主義的傾向をもち,他の側面で 多様であるにしても,訴訟当事者たる国民の側か  は・憲法上・裁判官の憲法遵守義務と共に裁判官 らのみ提起される自衛隊違憲論の主張と国側のこ  の独立が保障され・かつ違憲審査権が与えられて れへの対応一時に積極的な対応として自衛隊  いるところから,国民の基本的人権を公権力の侵 合憲論,時に消極的対応として憲法判断回避(司  害から擁護する機能を果たすことが憲法上要請さ 法審査抑制)論の主張   との対抗関係を基調  れている」(5)という相対立する二つの側面をもち・

としていることである。      しかも・そのどちらの側面を選択するのかを最も 決して国側からではなく,国民の側からのみ,  厳しく問われるのが自衛隊裁判においてこそ他な 国家権力機構の中枢部分として現にある自衛隊を  らぬからである。

憲法違反の存在として主張することが可能な理由  長沼裁判は,そのことを端的に示している・わ は,いうまでもなく,日本国憲法が明文をもって  れわれがそこにおいて・裁判所(あるいは担当裁 戦争の放棄,戦力の不保持を規定しているからで  判官)のかかる選択の結果が具体的な形で訴訟指 ある。つまり,「(戦争の禁止が)憲法上の規範と  揮に現出し・訴訟当事者双方のそれへの対応にき なることにより,平和の確保は国家権力の国民に  わだった相違を見ることができたことは記憶に新 対する約束,責任となったのである。すなわち,  しいことである。

従来,国民が代表民主制(多数決)のしくみをと   要するに自衛隊裁判は・裁判所自体にとってそ おしてしかかかわりえなかった平和が,国民が人  の人権保障機能が集中的に問われる裁判であると 権として要求できるものになった」(4)ということ  同時に・訴訟当事者も含めて平和主義一元論に立 である。      脚する日本国憲法の画期的な問題提起をどれだけ

この意味で自衛隊裁判は,日本国憲法の下に  真摯に受け止めているかが厳しく問われる裁判で あってのみなし得る特殊日本的裁判であるという  もある。

ことができる。従ってそれだけに,国民が,自衛   三 本稿は,現在係争中の自衛隊裁判の一っ・

隊の存在と活動によって侵害された自己の利益と  百里裁判を考察の対象とする・事仲性の要件をも 権利の回復救済を求めるにとどまらず,同時にか  ち・しかも当該争訟に法的決着をつけるためには かる自衛隊という国家権力機構のなかでも中枢の  自衛隊の憲法適合性の認否が具体的かつ中心的な 機構が憲法上容認され得ないとして,違憲の存在  争点とならざるをえないような裁判を自衛隊裁判 であることの判断を求める自衛隊裁判は,日本の  と呼ぶとすれば・百里裁判はかかる意味での裁判 訴訟形態(訴訟手段)㊧貧困と相侯って訴訟技術  としては史上最初のものである(6)。それ故,百里 上,様々の理論的問題を随伴せしめ,すぐれて憲  裁判は,その後の自衛隊裁判に有形無形の影響を 法理論の自覚的な深化・展開を必要ならしめる。  与えたものと考える。百里裁判を取り扱うことの

更に訴訟の進行過程において,訴訟当事者・代  第一の理由がここにある。

理人をして係属裁判所(あるいは担当裁判官)の   第二の理由は,長沼事件第一審判決によって,

(3)

自衛隊の憲法適合性に関して初めて違憲の判断が   ㈲池田真規「憲法と自衛隊」日弁連編『自由と正 下され(昭和48年9月7日),政府の自衛隊合憲   義』昭和49年第5号所収,25頁・

論の破綻を明確にし,他方で憲法擁護,自衛隊否   (6)この以前に自衛隊違憲の主張がなかった訳ではな 定・解体運動を進めている国民に大きな法的確信   いが・多くは抽象的な法律関係に対しては裁判権

を与えた後だけに,自衛隊裁判としての百里裁判   なしとして却下され(警察予備隊違憲訴訟)・或い

      は示談が成立して訴の取下げ(東富士演習場返還訴の帰趨にわれわれは無関心ではいられないという

の関係から自衛隊違憲訴訟にならず終結している。

第三の理由は,百里基地反対運動において百里 裁判が占めている決定的な役割ということに関連

       二 百里裁判の史的考察している。百里裁判は,昭和33年の訴訟開始以来

16年余を経過した今日迄,航空自衛隊の基地化に   本章では,訴訟開始から現在迄の百里裁判の過 反対してきた基地周辺住民の運動の集約点として  程を次のように4期に時期区分して,それぞれの

あり,客観的にかかる反対運動の支柱的存在とし  時期における裁判の経緯およびそこでの特徴を明 ての意味をもってきた。つまり,百里基地反対運  らかにしたい。

動の視点からみたとき,百里裁判を媒介にして,県   第一期 (昭和33年7月〜同39年12月)一訴 内外の自衛隊・軍事基地反対運動と百里基地周辺  訟開始から横地裁判長く含陪席裁判官)の忌避申 住民の反対運動とが相互結合し,また前者による  立迄。

●   ●

後者への支援,あるいはけん引をもたらしたとい   第二期 (昭和39年9月〜同43年1月)一忌 うことである。好むと好まざるとに拘わらず,  避申立手続終了後の第一回公判から太田裁判長 今後もかかる傾向は続くものと考えられる。そこ  (含陪席裁判官)の忌避申立迄。

で,現在自衛隊の実態審理の最中にあるだけに,   第三期 (昭和娼年9月〜同46年6月)一一忌 客観的にはもちろんのこと主観的にも重大な局面  避申立手続終了後の第一回公判から自衛隊の実態 を迎えている百里裁判を取り上げて,そこでの問  審理決定(第74回公判)迄。

題点を明らかにすることは,運動論的にも必要な   第四期 (昭和46年8月〜現在)一自衛隊の 作業ではないかと考える。       実態関係証人の尋問開始から現在迄。

以上に述べた理由の下に,百里裁判を取り扱う  かかる時期区分は,百里裁判を憲法裁判,文字 のであるが,紙幅の制約上,本稿では,百里裁判  通り自衛隊違・合憲裁判たらしめるための憲法関 の過程を歴史的に考察し,もって現到達段階を明  係の審理の是非をめぐって,裁判所と訴訟当事者 らかにすることを課題とする。百里裁判の中で示  との間で鋭く対立した諸時点を基準としている。

された多様な憲法問題の考察は次回に期すること   (一) 第一期一裁判の開始・自衛隊の実態 にする。      審理の否定

はじめに事件の概要を述ぺておこう。

註(1)高柳信一「戦後民主主義と『人権としての平和』」       防衛庁が基地予定地内の反対派農民に対して切

『世界』昭和44年6月号所収。       崩し工作を強めてきた昭和33年5月18日頃,反対(2)池田真規・岩崎修「憲法裁判と自衛隊」日民協編       派農民の一人である石塚力は,藤岡博から同人所 『法と民主主義』84号所収,17頁参照。

       有の宅地,畑二筆,原野合わせて約6,600坪の土なお,同論文に,この項は多大の示唆をうけたこと

を付記しておく。      地を代金合計306万円で買受けた。これら土地が

(3)昭和47年4月13日衆議院外務委員会における高辻  基地の管制塔の正面に位置し・かつ藤岡博が防衛 法制局長官の答弁。      庁より切崩されそうな不安を感じたからである。

(4)前掲高柳論文,38頁。       石塚力は同月19日に,宅地につき所有権移転登

(4)

記,畑および原野につき停止条件付所有権移転仮  ことである(昭和33年(ワ)第226号事件)。

登記を完了し,内金llO万円をかかる登記完了の   他方・藤岡博より本件土地を買受けた国は・昭 際に藤岡に支払った。残金196万円は畑・原野の  和33年10日24日・上記昭和33年(ワ)第136号所有権 本登記完了の際に支払うという約束であったにも  取得登記抹消登記ならびに停止条件付所有権取得 拘わらず,藤岡博は契約書の誤記に乗じ,代金は仮  登記抹消登記請求事件につき補助参加を申出ると 登記完了の際に支払う約束であったと主張し,石  共に・更にまたも石塚力を被告として・水戸地裁 塚力との本件売買契約の解除をなし,直ちにこれ  に対し畑・原野について所有権移転の仮登記の抹 を国に転売したのである(6月25日)。防衛庁から  消と,宅地・畑・原野の所有権確認の裁判を提起 藤岡博に対して示唆があったことは明瞭である。  した(昭和33年(ワ)第188号事件)。これに対し石塚 以上のような事実を背景として水戸地方裁判所に  力は・昭和34年5月27日・国を反訴被告として・

百里裁判が提起されたのである。        宅地の所有権確認と,畑・原野の国側の所有権移 なお,総理府は,昭和33年6月25日に藤岡博よ  転登記ならびに所有権移転の仮登記の抹消を求め り本件土地全部を買受けるや,宅地につき藤岡博  て反訴を提起した(昭和34年(ワ)第90号事件)・

をして翌26日水戸地裁に対し,石塚力を債務者と   百里裁判は・以上四つの事件の訴訟からなって して譲渡等一一切の処分を禁止する仮処分申請をな  いる。そこで以下,裁判の推移を見ていくのであ さしめ,同日決定をみ,その旨の登記がなされ  るが,百里裁判を構成する四つの訴訟が併合審理 た。他方石塚力は,7月19月,藤岡博を相手とし  方式で進行(昭和36年7月13日第19回公判から)

て宅地および地上建物につき占有移転禁止の仮処  してきていることから・本稿では一括して扱うこ 分をなしたが,藤岡博より異議申立があって,現  とにし,かつ裁判内容の叙述も,自衛遂違゜合憲 在宅地についてのみ占有移転禁止の仮処分がなさ 裁判としてのレベ・レでの原告゜被告 裁判所間に れている。       おける論争,対立に絞って進めていくことを予め

1.裁判の経緯       お断りしておきたい。

昭和33年7月18日,藤岡博は,石塚力を被告と   百里裁判は,第一回公判(昭和33年9月5日)

して,宅地の所有権移転登記と原野(農地扱い)  より第16回(昭和35年12月20)迄は単独裁判官(第 の所有権移転の仮登記を抹消せよという旨の民算  3回迄森松万英判事・第4回以降大内淑子判事)

裁判を提起した。その理由は,同当事者間の土地  によって進められ・第17回公判(昭和36年3月7 売買につき,被告が売買残代金を約束通りに支払  日)のときから合議体がとられ,第28回(昭和38 わなかったから債務不履行により売買契約が解除  年4月4日)迄和田邦康裁判長によって審理がな せられたということである(昭和33年(ワ)第136号  された。そして第29回く昭和38年6月6日)から 事件)。 これに対する被告石塚力の反論は,売買  第犯回(昭和}0年3月25日)迄は横地正義裁判長 残代金の支払時期は畑・原野の停止条件付所有権  によって審理が続けられた。

移転の仮登記のときではなく,畑・原野の本登記   2・第一期の裁判の特徴

か原告藤岡博がかかる土地を明渡すときとなって   第一期の裁判の特徴を若干指摘してみよう。

いるので債務不履行はないというものである。そ   まず第一点は・原・被告双方の主張によって,

して,昭和33年12月24日,石塚力は藤岡博を反訴  契約関係(契約解除および国と藤岡博との間の土 被告として,宅地の所有権確認と土地明渡しを求  地売買契約に関する意思表示)そのものの憲法適 め,畑と原野については茨城県知事に対する農地  合性の存否,従って本件裁判における憲法関係の 法第三条に基く所有権移転の許可申請手続をせよ  審理の必要性の有無をめぐって,双方の対立点が とする旨の反訴を提起した。その理由は売買契約  明確になったことは当然であるが・同時にかかる により本件土地を買受けたものであるからという  対立に決着をつけるためには自衛隊の憲法適合性

(5)

についての判断を避けることができないという論  月29日付第10準備書面)。かくの如く,「自衛隊 理関係も,裁判の中で次第に明らかになってきた  航空基地用地とする」ことが憲法第9条に違反す

ということである。そこでまず,契約関係の憲法  るという被告側の主張の論理的帰結として,憲法 適合性の存否,憲法関係の審理の必要性の有無を  関係の審理,特に自衛隊の実態審理の必要性を強 めぐる原・被告双方の主張を紹介してみる。   調し,かつ主張していったのもけだし当然であ

本件裁判で被告側が初めて,原告藤岡博の契約  る。

解除の意思表示ならびに原告国の本件土地の取得   このような被告側の主張に対する原告側の反論 契約が憲法第9条に違反し無効である旨の主張を  は次のようにまとめることができる。

したのは昭和34年4〜5月である。即ち,原告藤岡   まず第一に,本件土地に関する契約解除・売買 博が被告石塚力に対してなした「契約履行の催告  の意思表示は,憲法第9条と直接関係がないとい 及び履行されない場合の契約解除の意思表示はそ  うこと。即ちドー般に個々の人的・物的手段は戦 の目的が,原告が国に対し,航空自衛隊第五航空  力の構成要素たり得る性質のものもあるが,それ 戦斗団飛行場設置のために本件土地を売渡すこと  が現実に戦力の構成要素であるか否かはそれら人 にあったことは明瞭である。航空自衛隊は軍隊で  的・物的手段の組織化された全体が戦力であるか あり戦力であるから憲法第9条違反である。従っ  ないかによって定まる。この意味で本件土地も戦 て前記意思表示は民法第90条により無効である。」 力の構成要素たり得る性質のものであるとしても

(第136号事件)。      現に戦力の存在しない(=自衛隊は戦力に該当し 同趣旨の理由をもって「原告国と訴外藤岡博と  ない)以上戦力の構成要素ではない。憲法第9条 の間の本件土地売買契約に関する両主事者の意思  は戦力の保持を禁止しているのであって,いやし 表示も,公序良俗に反する事項を目的としており  くも戦力の構成要素たり得る性質のものであれば 民法第90条により無効である。」(第188号事件) すべてその取得,保持を禁止する趣旨であるとは

と主張した・      解し難いから・その意味で本件法律行為(契約解 両事件ともに被告側の主張は,憲法違反行為は  除・売買の意思表示)は憲法第9条と直接関係が 公序良俗違反であり,従って違憲の自衛隊の航空  ない。

基地用地に供することを目的とする藤岡博および   第二に,憲法第9条の解釈上自衛隊が同条にい 国の法律行為が動機の不法として民法第90条によ  う戦力にあたるとしても,その故に本件法律行為

り無効となる,というものであった。しかしその  が直ちに公序良俗に反するとはいえないというこ 後かかる民法第90条経由の憲法間接適用論と共に  と。即ち,公序良俗とは一つの総合的な判断であ

むしろ第一次的に,憲法が契約解除行為・売買行  らねばならない。自衛隊は現に国家制度として存 為の法的効力に直接適用して,契約解除・売買が  在し,かかるものとして国家の秩序を形成してい 違憲無効であるとの主張に重点を移していった。  る。かかる存在としての自衛隊のために必要な施 この憲法直接適用の主張は次の通りである。即  設・物件を取得し,取得せしむる意図・動機をも ち,「『自衛隊航空基地用地にするため』という  ってする法律行為が公序良俗に反するとの評価は 目的又は動機を有する法律行為は,直接国法の最  なしがたい(昭和35年5月27日付準備書面,同年 高法規である憲法第9条に違反し無効なものであ  7月20日「被告の求釈明に対する釈明」)。

る。憲法は国の最高法規として,これに違反する   以上に見る通り,被告側の主張からは勿論のこ 法令及び処分等をすぺて無効とする機能と共にそ  と,原告側の反論からも論理的には,少なくとも自 れ自体実定的な働きをもっているものである。こ 衛隊の憲法適合性についての判断が不可避である の憲法第9条の実定法としての効力により前記法  ということに帰結する。被告側は,現行自衛隊の 律行為を無効とするものである。」(昭和38年10 具体的実体(編成・装備・行動・施設等)が憲法

(6)

の禁止する戦力であり,かつ本件土地が提供され  判で(第17回)再度,同様の証拠申請を行ない,

る航空自衛隊基地が戦力であり,かかる戦力の一  「まず国の権利取得関係即ち自衛隊違憲関係から 環として本件土地を航空基地に組み入れようとす  証拠調を開始せられるよう求める」(2)(同日付「証

る原告側の法律行為は憲法違反である,と主張し  拠申請に関する意見書」)とつよく主張した結果,

ているのに対し,原告側は,そもそも自衛隊が憲  間もなく和田裁判長当時,裁判所は・国会議事録 法の禁止する戦力に該当しないという前提に立っ  の文書取寄を決定したのである。これらは,憲法 て契約解除・売買行為の適法性あるいは憲法無関  第9条の制定や旧,新日米安保条約およびMSA 係性を主張し争っているのであるから,かかる双  協定等に関するいわば自衛隊が憲法に違反するか 方の対立点を直視するとすれば自衛隊の憲法適合  否か,憲法第9条をどう理解すべきか,等につい 性の認否,その実態審理に向うのは必定である。  ての国会論議の記録である。更に,百里基地の検 はたして,原告側も,一方で「具体的にいかなる  証を考えているとも述ぺられた。

装備・編成から成る武力が自衛権の行使に必要な   これらのことは,裁判所が自衛隊違憲の主張に 最小限度のものであるかは,事柄の性質上,優れ  対し,審理に入りその判断をするとの前提に立っ て政治的な問題である」(昭和35年5.月27日付準備  たことを証明するものである。

書面)と,所謂「統治行為」説を持出して司法審   しかし,第二の注目すべき変化が生じた。和田 査の抑制を準備しつつも,他方で「自衛隊の装備  裁判長に代って合議体の二代目に就任した横地裁 編成は自衛のための必要最小限度のものであるに  判長は,昭和38年12月12日,第31回公判におい すぎない。」(昭和37年2月13日付準備書面)と  て,「自衝隊の実態に関する資料は十分である。

して,被告側の自衛隊違憲論に積極的な反論を試  自衛隊(法)の憲法判断は回避しない。判決理由 み,原・被告双方の間では実質的に自衛隊違・合  の中で示す。」と述ぺて,書証を除く自衛隊に関 憲裁判としての論争展開に発展していったのであ  連する上記の全証拠申請を却下してしまった。自 る(1)。      衛隊の実態を明らかにすべく,現職の自衛隊幹部

特徴の第二点は,こうした原・被告双方による  や軍事評論家の証人申請および基地検証の申請が 自衛隊の憲法適合性の存否をめぐる応酬を反映し  なされているにも拘わらず,これを却下し,しか て,また法廷外の諸要因にもより,第一期の後半  し自衛隊の憲法判断を回避しないとは一体何を意 に入ってから裁判所の態度が急速に変化していっ  味していただろうか。

たことである。その第一の変化は,被告側からの   昭和38年・この年は・司法による自衛隊合憲性 国会議事録の取寄申請に対しこれを認め,その取  の認知を企図して,国が自衛隊法を直接適用した 寄決定をなしたことである。      「恵庭裁判」の生起(3月7日)の年である。し

被告側は,藤岡博と石塚力との間の契約関係の  かもこの時期は,生誕10年目を迎えた自衛隊が米 証人調べに専ら限定し,かつそれを強行しようと  軍との共同作戦下で第二次朝鮮戦争を引き起し,

していた裁判所に対して,昭和35年9月20日の第  一挙に戦事国家体制をつくって海外侵略戦争の遂 艮4回公判で自衛隊の証拠調べの必要性を陳述し,  行を可能ならしめるための「三矢作戦計画」の研

日本国憲法制定議会,安保国会,自衛隊法制定国  究を実施していたときである。

会などのぽう大な議事録の文書取寄申請,自衛隊   これらのことと併せて考えたとき,自衛隊の証 違憲の審査権の存否ならびに憲法第9条と私契約  拠調べに対する態度を急変させ,一一切の証拠申請

との関係などに関する鑑定申請,百里基地を含む  を却下した上で結審を急ごうとした裁判所は,自 各基地の検証,国会議員・政府当局者・自衛隊関  衛隊合憲の判断を下そうとしていた,といっても 係者・学者・平和運動家など多数の証人申請を行  決して過言ではないであろう。

なった。翌年3月7日,合議体に入って最初の公   3・小  結

(7)

百里裁判の経過を考察したとき,第一期の基本   り,被告は,右国の所有権取得を否認し,仮りに国 的特徴は,裁判が裁判所の一貫した自衛隊の実態   の主張する所有権取得の原因たる藤岡との売買が存 審理の否定の下で遂行されたということである。   したとしても,それは無効であると主張しているの 単独裁判官の下での前半期にあっては,本裁判に   である・従って国が被告に対する関係で所有権確認 おける憲法関係の審理の必要性そのものについて   が認容されるためには国の所有権取得につき法律上 の無理解がある程度そのような結果をもたらした   の原因行為の存すること並びにその行為が有効であ

       ることを主張,立証しなければ,その請求は認容さものといえる。後半期は,確かに一度は国会議事

       れないし・まして被告のために存する所有権移転の録の取寄を決定し審理に入るかに見えたもののぞ       仮登記抹消請求は藤岡を代位するのであるから,その限りであって,結局最後は実態審理の積極的否       の代位原因たる藤岡との間の売買の存在並びに有効定に帰着してしまった。       性を同様に先ず立証せねばならない」。

自衛隊の実態審理を否定して自衛隊の憲法判断

を下すという絶対に納得し難い局面に立たされ   (二)第二期一憲法裁判の回避 て,被告側は,昭和38年12月12日,横地正義裁判   1・裁判の経緯

長(含陪席裁判官)の忌避を申立てたのである。   忌避申立手続終了後の昭和39年9月8日第37回

       公判で被告側は,改めて自衛隊(法)と憲法第9註(1)被告側は,昭和34年8月25日付準備書面で,自衛」

@      条,本件土地売買契約の法的効力についての証人 隊は在日米軍と一体となり,憲法第9条が禁止する

戦力であることを詳細に述ぺて,以後に続く自衛隊  申請,防衛関係文書の取寄・鑑定・検証等,自衛 違憲の立証作業の口火を切ったのである。昭和34年  隊に関する証拠申請をなした・しかし・これらに 10月9日付準備書面で,第136号事件について民法  関する証拠の採否が留保されたまま,昭和40年10 第90条の公序良俗違反の主張についての具体的事実  月21日第43回公判から太田裁判長と佐野裁判官が 関係をのべ,同12月4日付準備書面でもその補充と 新しく就任し,翌41年5月12日からは石崎裁判官

理論的説明を行なった。      (現裁判長)が加わって,百里裁判の担当裁判官      ●

昭和35年5月27日付準備書面で原告側は,被告側  が全て交代してしまった。

の自衛隊違憲による士地収得行為の無効の主張に対   それ故,昭和41年6月30日以降昭和42年12月14 する反論を展開し・また同日付の自衛隊違憲に関す  日迄の間は,裁判官が全員更迭したため民事訴訟 る被告側の求釈明に対し・原告側は同年7月20日付  法第187条三項に基き債務不履行関係を立証する で詳細な釈明をなした・被告側は・昭和35年9月30 証人の証人調べ(再尋問)が行なわれてき,この

日付,昭和36年7月13日付,昭和38年10月24日  間昭和42年ll月9日,契約関係の新たな証人とし 付,昭和39年3月25日付で違憲な自衛隊の実態につ

@      て一名の尋問がなされただけである。そして第二 いての更に詳細な準備書面を提出した。

@      期最後の第55回公判期日(昭和43年1月25日)を 原告側は,被告側および裁判所の求めに応じて昭       迎えたのである。したがって第二期は,実質的審和36年11.月24日付,昭和37年2月13日付準備書面で       理の期間が極めて短かかったということになる。被告の主張する自衛隊の実態についての認否を行な

った。      2・ 第二期の裁判の特徴

       以上のような経緯を辿った第二期の裁判の特徴(2)かかる主張の理由を,被告側は同「意見書」のな

かで次のように述ぺている。「本件二個の訴訟(188  を若干指摘してみよう。

号,136号)を実質的に見るとき,実質的意味の原   第一点は,本件裁判において,自衛隊の実態審 告は国であり,又訴訟法的に見ても原告国と被告と  理の必要性が理論的に一層明確になったというこ の関係が真の争点である。何となれば,本件訴訟で  とであるω。本件裁判の争点が,第一に,国が本件 国は,被告に対し土地所有権の確認と被告のために  土地を藤岡博から購入した行為の法的性質ならび なされている所有権移転仮登記の抹消を求めて居  に効力の如何,従って本件土地に対する国の所有

(8)

権の存否如何の問題であり,第二に,藤岡博の石  らない。」(昭和狢年1月25日付準備書面)。

塚力に対する本件土地売買契約解除の効力如何,   こうして,本件裁判の第一の争点の審理が「国 従って本件土地に対する石塚力の所有権の存否如  務に関する行為」としての国の本件土地購入行為 何の問題であるということは裁判所も,訴訟当事  とその根拠法たる防衛庁設置法,しいては自衛隊 者も共通に理解している。この内第一の争点が訴  法の各合憲性如何をめぐる憲法裁判にほかならな 訟法的に見て真の争点であることは既に指摘され  いことを,そして自衛隊が憲法第9条に違反した ている。しかし,訴訟の進行経過は,第二の争点  存在であるかどうかについて現実に存在している に関してはかなりの証拠調べが行なわれてきたの  自衛隊,あるいはその自衛隊が現実に果している に反し,第一の争点については,既述したように  役割等,自衛隊の実態との関連で審理なされなけ 被告側が屡々その証拠調べを要請しているにも拘  ればならないことを明らかにしたのである。

わらずこの争点の解明を直接の立証事項とする証   特徴の第二点は,裁判所が,国の本件土地購入 拠調ぺが行なわれてこなかった。そこで被告側が  行為(売買契約)および藤岡博の契約解除行為と 裁判所に対して,第一の争点への関心を換起し・  憲法との関連を全く無視し,ただやみくもに民法 この争点の内容から自衛隊の実態審理がいかに不  レペルでの有効無効に限定して,原告本人藤岡博 可避であるかを理論的に明らかにするために最大  の取調べまでも強行しようとした点である。

限の力を注いだのも当然であった。        裁判官全員が更迭したことによって採られた更 被告側は,新しい国務行為論を提起したのであ  新手続に基づく証人調べ(再尋問)が終了して(昭 る。即ち,「国は,本件土地を訴外藤岡から購入  和}2年12月24日),改めて実質審理が開始された し,代金を支払い,登記も完了していることを原  翌年1月25日の第55回公判で,被告側は,三時間 因として所有権の確認を求めている。私人間の取  余にわたって上記「国務行為論」の準備書面を陳 引であるならば,登記を完了しているのであるか  述し,国と藤岡博との土地売買契約の効力ならび ら所有権の対抗力もあり,何を好んで所有権確認  に藤岡博の石塚力に対する土地売買契約解除の意 の訴を起す必要があるであろうか。被告が所有権  思表示の効力如何に関連して憲法判断の不可避性 を争っているからだという。しかし,被告は何故  を説いた。しかるに・裁判所は,これについての 所有権を争っているのか。いうまでもなく,国の  審理の方針,予定に関する見解を述ぺることをか 本件土地購入行為は公務員が持定の行政法規にし  たくなに,理由を挙げずに拒否し,藤岡博本人の たがって,特定の行政目的のために行なった『国  尋問を強行する旨をくり返し述ぺたにすぎなかっ 務に関する行為』であり,その根拠法規ともど  た。

も,当然に憲法に拘束されるところ,その行為目  裁判所が,一方で,憲法第9条の解釈,自衛隊 的,その『国務に関する行為』は,その根拠法規  の実態および国の本件土地購入行為が憲法第98条

ともどもすぺて憲法第9条に違反し無効であるか  にいう「国務に関するその他の行為」に該当する らである。       か否か,という第一の,主要な争点に関する被告

国は,本件土地購入行為が単なる私的売買であ  側の昭和39年9月8日付証拠申立に対する採否決 るとしたら,その行政目的を云々する必要はな  定を留保したまま,他方で,これまで契約解除の く,もとより憲法適合性を釈明する必要もないの  効力如何という第二の争点に関してのみ行なわれ である。要するに問題の出発点は,国の本件土地  てきた証拠調ぺの延長として原告本人の尋問を強 購入行為の法的性質について,それは民事契約法  行しようとした意図は一体何であるだろうか・

の適用を受けるをもって足る私契約行為であるの   本人尋問は,原則的に補充的証拠方法とされて か,それとも憲法に直接拘束を受けるべき行政行  いるのに,それにも拘わらずその本人尋問を強行 為であるのかを明確にしておくことでなければな  しようとしている裁判所の審理態度の中には,裁

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判所が第一の,主要な争点についての裁判を殊更   忌避申立手続終了後,昭和43年10月31日の第58 に回避しようとする意図を,のみならず,実質的  回公判において,太田裁判長は,原告藤岡本人尋 に違法な自衛隊を擁護しようとする積極的な意図  問を中断し,この段階において被告側の本件訴訟 すら強く感じられるのである。         に関する総括的な主張を聞くために準備書面の陳 3.小  結       述を命じた。これを受けて被告側は,同日より第 百里裁判の経過を考察したとき,第二期の基本  64回公判期日(昭和44年7月3日)に至る7開廷 的特徴は,裁判所が自衛隊の実態審理の否定以前  にわたって準備書面の陳述をなした(・)。その結果,

の段階で,即ち憲法裁判としての審理の遂行を回  昭和44年10月9日第65回公判で,太田裁判長は初 避して結審を急いだということである。百里裁判  めて,自衛隊の違憲審査に関する最小限度の見解 は,なるほど所有権確認や登記抹消等を請求する  を示したのである。即ち,ω,自衛隊の実態に関 民事訴訟であるが,これらの請求権の存否を認定  する証人は調ぺる。被告側は申請の証人を整理し するに際して自衛隊(法ないし関連法規)が憲法 てほしい。(2},昭和33年当時の航空自衛隊の実態 に違反しているか否かを必ず判断しなければなら  に重点をおくがそれに限定しない。(3),裁判所と ない性質の裁判であり,この意味ではまさに自衛  しては,憲法第9条は防衛のための必要最少限度 隊が憲法によって裁かれるべき典型的な憲法裁判  の実力の保持を禁止していないと考える。従って である。       自衛隊の実態を調べるのは,自衛隊が防衛のため

裁判所がかかる憲法裁判を回避して,原告本人  必要最少限度の範囲内にあるかどうかをみるため 尋問の強行に固執し,一挙に結審迄もっていこう  である。

とした背影には,自衛隊裁判として類似の性質を  一定の制約をもちながらも・ここに自衛隊実態 辱 もつ恵庭裁判で昭和委2年3月29日,いわゆる肩透  審理が本格的に開始されるのではないかと思われ し判決が下されたということも影響していると考  た。しかし,同年ll月6日の第66回公判で・太田 えられる。裁判所なりにそこから何らかのことを  裁判長は「これまでの経過からみて自衛隊の実態 得たにちがいない。       を調べなければ本人尋問ができないということで

ともかく,裁判所が憲法裁判を公正に行なうと  もないので藤岡尋問を先にする」と述べて,藤岡 いう態度がないことは明らかであるとして,被告  尋問に入ろうとした。これに対し被告側は・(1}・

側は,昭和狢年1月25日,裁判長裁判官太田夏生  裁判所は言葉の上では証人調ぺをする予定である

(含陪席裁判官)の忌避を申立てたのである。   といいながら,自衛隊の憲法判断に必要な自衛隊 註(1)被告側は,昭和39年9月8日付準備書面で,憲法  の実態に関する証人調ぺをするという立場に立っ

第9条論,自衛隊の実態審理に基く憲法判断の必要  ているかどうかは極めて疑わしい。(2)・本人尋問 性論,契約解除の権利濫用論の三点を詳述し,昭和  が終了してからいつでも結審することができ・こ 41年2月16日付準備書面では「三矢研究」の反憲法  れを絶対的に阻止する保障はないとして,太田裁 的内容の紹介とその証拠調べを請求,そして昭和43 判長(含陪席裁判官)の忌避を申立てたのである。

年1月25日付準備書面で「国務行為論」の主張を行   昭和45年に入って,太田裁判長が退官し右陪席 なった。      であった石崎判事が裁判長となり,右陪席に長久 原告側は・昭和39年10月30日付準備書面で,被告  保判事が入った。同年5月28日の読売新聞に石崎 側提出の同年9月8日付準備書面に関連して自衛隊  裁判長の談話として,「私としては自衛隊の存在 の実態についての認否を行なっただけである。   が違憲か合憲かという大なたをふるような裁判を

(三)第三期一憲法裁判の是非論争・自衛  するつもりはない。」という記事がのった。6月 隊の実態審理決定     25日の第71回公判でこのことが真向から問題に で.裁判の経緯      なった。被告側の釈明要求に対して裁判長は,「現

(10)

在の証拠調べの方針は土地売買行為があった点を  ろうが,しかし,少なくとも憲法関係の審理が必 中心とする一それは航空基地用地なんです一  要であることを了解し,その上に立って自衛隊の 一。航空自衛隊のその当時における実態をやる。」 実態審理に関する最少限度の見解を明らかにした と答弁し,明らかに上記太田裁判長の自衛隊実態  ことは注目すぺき変化であると考える。かかる変 調べの範囲よりも狭く考えていることを示した。  化が2年半後の,自衛隊の実態に関する証人の採

その後同裁判長は,原告藤岡本人尋問を強行し  用決定にまで,一定の影響を及ぼしたことは想像 つっ,他方で,前裁判長からの証人整理要請に応え  に難くない。そこで,被告側が展開した「本件訴 て被告側が自衛隊の実態調べに関する証人を整理  訟において憲法上の判断を伴う争点の判断を回避 して提出した昭和44年ll月4日付「証拠申請書」  して契約関係の争点の判断のみで終結すること の採否を留保して,国側の基地用地買受責任者で  は不可能である」との主張の理由を紹介してみよ あった防衛庁東京建設部の池口凌氏を証人として  う。問題を分けて述べることにする。

採用し,昭和45年9月10日第73回公判で,池口証   まず,(1),宅地について

人尋問を強行しようとした。被告側は,ここに   (イ),被告石塚力に債務不履行があった場合 至って石崎裁判長(含陪席裁判官)の忌避を申立   この場合,原告藤岡博の被告に対する契約解除 たのである。      の有効性が問題となり,その前提としての解除権

忌避申立手続が終了して審理が再開された昭和  の存否,即ち原告の被告に対する催告の有効性が 46年6月3日の第74回公判で,裁判所は,被告側  判断されねばならない。そして催告が有効であれ が申請していた自衛隊の実態に関する証人8名の  ば,解除権が発生するが,この場合,解除権の行 採用を決定した。百里裁判が文字通り自衛隊裁判  使は,憲法第9条に違反し,または憲法第9条に としての実質を獲得した歴史的な日であるという  違反することにより民法第90条に違反するから無 ことができる。       効であるとの被告の主張につき判断をしなければ

2.第三期の裁判の特徴       ならない。

以上のような経緯を辿った第三期の裁判の特徴   一方,原告国は,所有権の確認を求めているの を若干指摘してみよう。       であるから,その所有権取得原因たる売買契約の

まず第一点は,裁判所をして自衛隊の違憲審杢  効力につき,憲法判断は避けられないことにな に関する最少限度の見解表明を余儀なくさせた直  る。

接的要因として,被告側の新たな理論展開を挙げ  結論=債務不履行があった場合においても憲法 なければならない。即ち,本件裁判において,国  判断は避けられない。

の本件土地取得行為の効力の判断が不可避である   (ロ),被告石塚力に債務不履行がなかった場合 こと,そしてこの判断については憲法判断が不可   この場合,原告藤岡博の契約解除が無効となり 避であることを,裁判所がようやく理解したとい  結局,被告石塚力と原告国の両者に対する二重売

うことである。昭和醤年10月3日の第〜7回公判で  買と同じケースとなり,対抗要件の問題が残り,

太田裁判長が,「農地につき被告に債務不履行が  本件では,被告は宅地につき所有権取得の本登記 ない場合には憲法判断に入らないで判決をなしう  を有しているのであるから,憲法判断に入るまで

るのではないか」との見解を示したので,被告側  もなく,被告勝訴となる。

は,「憲法判断の不可避論」を詳述して同裁判長の   結論=債務不履行がなかった場合,憲法判断は 誤解を指摘したところ,同裁判長は「なるほど」  不要となる。

と言って了解したというのである。        ㈲,弁済の問題

先に見た裁判の経緯に照せば,かかる了解がど  弁済充当が認められた場合には,上の債務不履 の程度のものであったかは敢えていう必要もなか  行がなかった場合と同様に,対抗要件の問題とな

(11)

り憲法判断に入るまでもなく被告勝訴となるが,  いるが故に,被告は,原告国の取得原因たる売買 弁済充当が認められなかった場合には,債務不履  契約の憲法上の効力を争っているのである。

の有無により,前記(イ)(ロ)の区別に従って憲法判断   結論=債務不履行がなかった場合においても憲 に入る場合と入らない場合とに分れる。     法判断は避けられない。

ω,催告が履行期以前によるもので無効である   以上のことから結局,宅地については,被告石 という主張について       塚に債務不履行がない場合に憲法判断は不要とな この場合,被告主張のとおり催告が無効であれ  るが,農地については債務不履行の有無にかかわ ば前記(ロ)の場合と同様に憲法判断は不要となる。  らず憲法判断は避けられないという結論となる。

㈲,国と藤岡博の売買契約が証拠上存在しない  従って憲法判断を避けて,契約関係の争点のみの という主張について       審理で本件訴訟を終結しうる可能性は全くないと 国と藤岡博との売買契約が存しない場合は,い  いうことである。裁判所が了解せざるを得なかっ うまでもなく,何らの憲法判断を要せず被告勝訴  たのも当然である。

となる。       特徴の第二点は,裁判所がともかく最少限度の ω 農地について       態度表明として示した自衛隊の実態審理に関する

(イ),被告石塚力に債務不層行があった場合    見解,方針の問題性である。既述の如く,太田裁 前記(1)の(イ)で述べた宅地の場合と同じである  判長は昭和壬4年10。月9日第65回公判で,裁判所と が,とくにつけ加えることは,農地の場合,国は  して初めて不十分ながらも憲法第9条の解釈と実 県知事の許可なくして本登記を取得し得るのであ  態審理の目的・範囲について「憲法第9条は防衛 って,少なくとも完全な所有権を取得した外形を  のため必要最少限度の実力の保持を禁止していな そなえていることが,本件宅地の場合と異なって  いと考える。従って自衛隊の実態を調べるのは,

いる。しかし,このことは,債務不履行があった  自衛隊が防衛のため必要最少限度の範囲内にある 場合においても憲法判断は避けられないという結  かどうかをみるためである。」と述べられた。こ 論を左右するものでなく,むしろ強化するもので  こには,国側の主張に近い自衛力の保持は違憲で ある。      はないという立場をとっていることが明確に見て

(ロ),被告石塚力に債務不履行がなかった場合   とることができる。更に昭和45年6月25日第71回 この場合,藤岡博の契約解除が無効となり,原  公判で,読売新聞の記事に関連しての被告側の釈 告藤岡の被告石塚に対する宅地および原野に対す  明要求に対する応答の中で,石崎裁判長は「昭和 る登記抹消請求につき,憲法判断に入るまでもな  33年を中心とした航空自衛隊の装備・組織を調べ く請求棄却となる。しかし,一方原告国は,被告  る。これは,一般国民が合理的な判断の下におい 石塚に対し,農地につき所有権確認の請求をな  て装備などからも自衛権の範囲内だと,あるいは

し,その取得原因として藤岡博と国との売買契約  逸脱していると明確であるかどうか(を判断する

を主張し,かつ,各農地につき所有権移転の本登  ために行なう)」と述ぺられ,つづいて原告国側       φ

記(農地法に基く県知事の許可は不要のため)を  の代理人に対し「原告の方も自衛隊の実態につい 既に取得しており,完全な所有権を取得した外形  て証拠があれば申請してほしい。とくに自衛隊が をそなえているのである。従ってこれに対し,被  一見明白に違憲であるか否かについての主張立証 告は・その取得原因たる売買契約の有効性につ  を出してほしい」と,積極的に訴訟活動を促した

き,違憲無効を主張しているのである。即ち,宅  のである。

地の場合と異なり・農地については,被告石塚力   裁判所が自衛隊の実態を調ぺる目的・範囲は,前 は,対抗要件としての本登記を取得しておらず,  の説明によれば,自衛隊が防衛のため必要最少限 反対に原告国が対抗要件としての登記を取得して  度の実力の範囲内にあるかどうかであったのが,

(12)

後の説明によると,33年当時に限定して,範囲内  の採用を決定した。雌伏13年に及ぶ被告側の法廷 にあったのかどうかをみるためにといい,更には  闘争の一結実として評価しなければならない。

自衛隊の実態調べは,自衛隊が一見明白に違憲で  註ωかかる陳述の内容は次の如くである,

あるかどうかをみるためのものというように・裁   第一憲法問題に関する主張

判所がその司法機能を抑制する方向に動いている    一,原告国の本件土地取得行為は憲法第98条にい のが窺知される。かかる傾向が「司法の危機」と     う「国務に関する行為」であり・憲法第9条に までいわれた昭和45〜46年当時の客観情勢と無関     違反するから無効である。

係に現象したとは考えられない。      二,本件国の行為は憲法第81条にいう「処分」と

      して裁判所の違憲審査権の対象である。3.小  結

百里裁判の経過を考察したとき,第三期の基本    三,本件国の土地取得行為は違憲無効の根拠法 的特徴は,本件裁判における憲法の適用の不可避     (防衛庁設置法,総理府令等)に準拠して為さ

       れたものであるから無効である。性,憲法裁判としての審理の遂行の是非をめぐっ

@       四,国の本件土地取得行為は現行土地収用法の違て,裁判所と被告側との間で一進一退の攻防が展       憲的脱法行為であり,違憲無効である。

開されたということである。      五,国の本件土地取得行為は公権力の行使に準ず

@原告藤岡博と被告石塚力との問の債務不履行の       る実態をもつものであるから憲法第9条の規制 事実認定如何によって,裁判所はどうしても,国       をうけ,違憲無効である。

の土地所有権取得の有効性一換言すれば自衛   六,自衛隊とその基地の違憲性

隊の憲法適合性一一の判断を回避し得れないと    七,国の本件土地取得行為の違憲審査のため,自 いうことが明確になった以上・裁判所が憲法裁判     衛隊とその基地の実態審査は必要不可欠であ

としての審理の範域を出来るだけ限定するという     る。

態度に出てくるのも,ある意味では当然であっ   第二契約関係に関する主張 た。それは,裁判所のもつ相対立する二つの機     一,公序良俗違反の主張。

能・傾向のうち,司法消極主義的傾向が客観情勢    二,契約関係についての主張。

(司法の危機)の動向によって助長され,従って    三,総括(憲法判断の不可避1生,違憲主張審査制 憲法の適用を肯定しつつも,なおかつ,いわゆる     の本旨,憲法判断回避の理論とその批判,本件 統治行為論,一見明白性の原則,合憲性の推定な     憲法訴訟において審理の対象とすべき事項とそ

どの憲法判断購理論によって,憲法判断を購   幡理方法,躰離法における司灘による

       違憲審査権と裁判官の義務)。する道を裁判所が深求していることの現われなの

@       ここに見られるように,被告側は,その主張の論である。原告国側が,かかる裁判所の態度・傾向       点をここにおいて,ほぼ,全部提示したのである。

ノ便乗し,またそれを増幅せんとして,本件訴訟       かかる陳述は,昭和43年8月30日付準備書面,その

と自鰍違繍との鞭鰍のみならず・最高裁 補充書たる昭和・4年・月1・附,同明・附洞

砂川事件判決を引用しつつ「一見明白性の原則」    7月3日付各準備書面に基づきなされた。

を真正面から提起し・…憲法判断回避゜司法抑制 (,)酷側は,昭和・4年1明・附準儲面で,被告 の企図を大担に現わにしたのもこの期の特徴であ   側主張の「国務行為論」に関して,「憲法第98条1 る。ともかく・憲法の適用を肯定した上で・憲法   項は,憲法の最高法規性を明らかにしたものである 判断回避の可能性があるという点は,被告側に   から,同項のr国務に関するその他の行為』の意味

とって新たな問題となったことは否定できないで   内容についても,当然,法律・命令,詔勅以外のあ あろう。      らゆる国法形式および処分(具体的,個別的な法規 こうした問題を孕みつつ,昭和46年6月3日第   範を定立する法形式)と解すべきである・」と反論 74回公判で,裁判所は自衛隊の実態に関する証人   を試み,昭和45年5月21日付準備書面では「自衛隊

(13)

の現状が憲法第9条の禁止するいわゆる戦力に該当   恵庭事件において三矢研究の全貌について証言 するかどうかは司法裁判所の審査の範囲に属しない  し大きな反響を呼んだ田中証人尋問は,昭和47年 から・裁判所は自衛隊が憲法第9条に違反するかど  10月26日第85回公判期日より三開廷にわたって詳

うか判断すぺきでない」と司法審査否認論を主張し 細に行なわれた。日米共同作戦調整所の設置から そして同年9月10日付準備書面で・それを補強する  核使用まで構想された三矢研究内容は,改めて自

ぺく「『一見きわめて明白』に自衛の範囲を超え,      衛隊の本質,なかんずく,米軍の補充部隊として 違憲であるとはいえないから,裁判所は,本件にお      の性格および国民の民主的運動の制圧組織として

いて,自衛隊が合憲であるか否かについての審査権

@       の反人民的性格を浮き彫りにしてみせた。を有しない」と,一見明白性の原則を提起したので

行なわれた後,国会開会中であることや風邪を理

(四)第醐,_師隊の難関係証人尋問.由に出頭せず・やっと翌48年阻8縢2回尋問

@      が行なわれ,そして第3回尋問は未だ予定がたっ 長沼判決の影響       ていない現状にある(昭和49年9月現在)。同氏

1・裁判の経緯       は,「世界に類のない『専守防衛』は,安保によっ 百里基地完成時の昭和42年7月から約2年間,  て担保されている」「『専守防衛』は,政府の方 百里基地司令の職にあった鏑木証人の尋問は,昭  針(憲法的拘束の否認)である」等と証言した。

和拓年8月26日,第75回公判期日より三開廷にわ   昭和醤年5月17日および同9月13日には鷲見証 たって行なわれた。百里基地を中心に,航空自衛  人尋問が行なわれた。同氏は,戦後の再軍備過程 隊の装備,訓練内容等について証言した(・)。    と軍需産業の経緯を従断的に,また軍需生産の構 昭和拓年ll月18日第78回公判期日より二開廷に  造と特徴を横断的に述ぺて,日本の産軍共同体の わたって高橋証人の尋問が行なわれた。同氏は,  実態,そこでの国防の理論と自衛隊増強政策を詳

自衛隊の歴史と性格一対米従属性,それ故の  細に証言した。

侵略的,反人民的性格,および軍事学的に見た自   こうして2年余にわたる証人調べを経て,現在 衛隊の軍隊としての機能の明白さ等について証言  鑑定尋問の進行途次にある。昭和48年6月28日に した。       奥平鑑定人の「裁判所は自衛隊(法)の憲法適合

初代統幕議長として,自衛隊育ての親のひとり 性につき司法審査をなしうるか。国が航空自衛隊 である林敬三証人の尋問は,昭和仰年4月20日第  飛行場用地を取得する行為は,憲法98条にいう国 80回公判期日より三開廷にわたって行なわれた。  務に関するその他の行為であるか。」(2)という鑑定 同氏は,「先祖伝来の心のよりどころとして,天  に関する第一回の鑑定人尋問が行なわれ,同9月 皇が日本民族統一の中心である」との天皇崇拝思  27日に第2回の尋問が行なわれる筈であった。長 想を軸に,徹底した反共思想と反社会主義国家戦  沼判決のあった20日後のこの日から本件百里裁判 略で自衛隊員の精神教育と訓練をしている事実を  は,裁判所の異常な訴訟指揮によって,かつてな 図らずも証言するに至った。      い事態に見舞われるのである。

林茂夫証人の尋問も,昭和47年6月1日,同6   9月27日,開廷直後,石崎裁判長は,前回まで 月15日,同7月13日の三開廷にわたって行なわれ  十数年間腕章をつけたままで傍聴し,裁判所もこ た。同氏は,三矢研究の内容をはじめ,米軍との  れを容認してきた一傍聴人に向って「腕章を取り 共同作戦による自衛隊の侵略戦争の志向性・可能  なさい」と突然命じた。被告代理人の釈明要求に 性,および百里基地のみに配備されているF4E  対し,同裁判長は「腕章をつけたままの傍聴は私

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