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悲しみ想起時の生理反応特異性

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(1)

問題と目的

感情が喚起される際には,様々な身体的,生理 的変化が生じ,この変化は,主として自律神経の 活動に関わっている。このことから,これまで種々 の感情に対する自律神経活動の反応特異性につい ての研究が多く行われてきている。感情に特異的 な生理反応が存在するのかについて,

Ekman, Levenson,

Fri esen

(1983)は,6つの基本 感情が自律神経系指標で識別できることを報告し ている。しかし,Ekman etal

.

(1983)の研究 を追試した多くの研究では,必ずしも一貫した結 果が得られている訳ではない(Caci

oppo,Kl ei n, Berntson,

Hatfi el d,

1993)。例えば,心拍を

指標として悲しみを扱った従来の研究では,悲し み 喚 起 に よ っ て 心 拍 が 上 昇 す る と い う 知 見

(Marci

,Gl i ck,Loh,& Dougherty,2007)が

ある一方で,心拍が低下するという報告(Etzel

, Johnsen,Di ckerson,Tranel ,

Adol phs

(2006)

もある。また,皮膚電気活動を指標に用いた研究 においても,悲しみ喚起によって皮膚電気活動が 上昇するという知見 (Chri

sti e& Fri edman,

2004)がある一方で,悲しみ喚起によって低下す るという報告(Krumhansl

,

1997)もあり,自 律神経指標に関する知見は一致していない。

このように,悲しみを扱った従来の研究におい て,悲しみにともなう生理反応が一貫していない 理由の一つとして,悲しみの定義の多様性が考え られる。悲しみは,Ekman(1992)をはじめ,

多くの研究者によって基本感情の一つに分類され 要旨

本研究の目的は,自己想起法によって喚起される悲しみに対する自律神経活動の反応特異性を検出することであっ た。実験条件には,悲しみ経験を想起する悲しみ条件と,非感情的内容を想起する中立条件を設定した。64名の実 験参加者から,心電図,皮膚電気活動,呼吸活動を同時測定した。その際,想起区間を同定するために,リアルタ イム評定を用いて,想起の鮮明度を連続評定させた。実験の結果,想起することで,ベースラインよりもSCRと

SCL

が上昇し,HRが低下することが示された。さらに,想起時では,悲しみ条件で,中立条件よりもSCRの上昇 とRRの低下が示された。これらの結果から,SCRの上昇とRRの低下は,悲しみ感情特異的な反応であることが 示唆された。一方で,SCLの上昇とHRの低下は想起による心的活動に影響を受けた結果と考えられ,悲しみ感情 特異的な反応ではないことが示唆された。また,本研究の悲しみ想起時のSCRとHRの結果は,想起に手がかりを 用いた従来の自己想起法の研究とは異なる知見であった。この差異は,想起の手がかりの有無によって,喚起され る悲しみの段階や質が異なるために生じたと考えられた。

キー・ワード:悲しみ,自己想起法,自律神経反応,リアルタイム評定

悲しみ想起時の生理反応特異性

杉 浦 悠 子

・清 水 遵

Theautonomi cresponsespeci fi ci tytoautobi ographi calrecal lofsadness YukoSugi uraandJunShi mi zu

※ 愛知淑徳大学心理学研究科 研究生

(2)

ている。しかし,悲しみは“辛さ”,“落ち込み”,

“無気力感”,“虚しさ”など様々な側面から表現 できることが報告されており(松本,2005),悲 しみの質や段階によって,生理反応も異なると考 えられる。すなわち,悲しみを生理反応で同定す るには,悲しみの質や段階を操作的に定義づけて 検討する必要があると考えられる。

これまでの実験室における感情研究では,悲し み喚起法も様々な方法が用いられている。しかし,

それぞれの喚起法によって,引き起こされる悲し みの質が異なることが考えられる。

喚起法の種類には,表情スライドを呈示する方 法(Col

l et,Maury,Del homme,& Di ttmar,

1997), 表 情 を 表 出 さ せ る 方 法 (Levenson,

Ekman,

Fri esen,

1990),動画映像を呈示す る方法 (Krei

bi g,Wi l hel m,Roth,

Gross,

2007),自己想起法(松本,2002)などが挙げら れる。それぞれの感情喚起方法について,喚起さ れる感情の質に着目すると,以下のような相違点 が考えられる。まず,表情スライドを呈示する方 法や表情を表出させる方法によって喚起される感 情は,刺激により瞬時的に起こる感情である。し かし,悲しみは“個人にとって大切なものや人を 失ったときに生じる喪失感”と定義されているこ とから(Lazarus,1991),一瞬で喚起させるので はなく,悲しみに至るまでのストーリー性を重視 する必要がある。そこで,動画映像を呈示する方 法と自己想起法が考えられるが,悲しいストーリー の動画映像を呈示する方法で喚起される悲しみは,

ストーリーの登場人物への同情とも言え,自己の 悲しみ体験とはやや性質を異にするものである。

北村・木村(2006)が指摘するように,音楽や映 像を用いた喚起法は,自己関与の低い感情しか喚 起されないため,実験室で喚起される感情と日常 の感情経験の間には乖離が見られる可能性がある。

一方で,自己想起法は,自分自身の悲しみ体験を 直接思い出す方法であるため,日常場面で起こり うる感情と近い感情が喚起できると考えられる。

そこで本研究では,自己想起法を用いて,悲しみ に特異的な生理反応を検討することとした。

従来の想起法と生理反応に関する研究では,自 身の感情エピソードを想起の手がかりとした自己

想 起 法 が 用 い ら れ て い る 。 例 え ば ,

Si nha, Loval l o,

Parsons

(1992)は,大学生を対象 に,これまでに経験した,恐れ,怒り,喜び,悲 しみそれぞれの感情のエピソードについて,事前 にインタビューを行い,その内容について実験者 が文章化したものを感情喚起刺激として用いてい る。感情エピソードは,別の2人の評定者によっ て,それぞれのエピソードの感情強度が5段階で 評定され,1点もしくは2点と評定されたエピソー ドは,混合感情経験として,ニュートラル条件の 刺激に用いている。後日実験室において,その文 章のナレーションを聴取させて各感情を喚起させ,

ニュートラル条件を加えた5条件の想起中の生理 反応を比較検討している。その結果,心拍はニュー トラル条件よりも感情条件の方が上昇すること,

心拍の上昇は感情の種類によって差がないことを 報告している。

Marcietal .

(2007)は,予備実験において参 加者に,怒り,悲しみ,幸福それぞれの感情を最 も強く感じた出来事と,ニュートラルな出来事

(例えば道を歩いている,夕食を作っている)を 記述させた。その自伝的記憶文章を第三者に読ま せたものを,約30秒間聴取させ,それぞれの感情 喚起時の生理反応を比較検討している。その結果,

ニュートラル条件では,ベースラインよりも心拍 と皮膚電気活動が上昇し,悲しみ条件ではベース ラインよりも心拍が上昇するが,皮膚電気活動は 上昇しないことを報告している。

Si nhaetal .

(1992)とMarcietal

.

(2007)

は,自伝的記憶の内容を刺激として用いているも のの,事前に聴取しておいたエピソードのナレー ションという外的刺激手がかりを用いた感情喚起 方法である。しかし,本研究では,悲しみのみに 焦点を当てるため,手がかり刺激によって強制的 に悲しみを喚起させるのではなく,実験室で想起 できる出来事を,実験参加者のペースで思い出し てもらうという研究倫理上の配慮が必要だと考え た。松本(2002)の悲しみの強さと音楽の関係に ついての実証的研究では,悲しみ喚起法に自己想 起法を用いており,事前に聴取した内容を外的刺 激手がかりとして用いない自己想起法においても,

悲しみが喚起されることが主観指標によって確認

(3)

されている。そこで,手がかりを用いない自己想 起法によって悲しみを喚起させた場合の自律神経 反応を,探索的に検討することを目的とした。

前述したSi

nhaetal .

(1992)の研究において,

感情の種類によって生理反応に差がみられなかっ た原因として,想起するという心的活動自体の生 理反応が,感情操作による生理反応を覆い隠した 可能性が推測される。そのため,

Marcietal .

(2007)のように,非感情的な出来事を想起する 条件と比較する必要がある。そこで,本研究では,

悲しい出来事を想起した場合と非感情的な出来事 を想起した場合の自律神経反応を比較することで,

悲しみ想起に特異的な生理反応を検討することを 目的とした。

方 法

実験参加者 大学生および大学院生64名(女性54 名,男性10名,平均年齢21

.

2歳,SD=2

.

54)で あった。実験参加者は,悲しみ経験を想起する悲 しみ条件37名(女性30名,男性7名)と,非感情 的内容を想起する中立条件27名(女性24名,男性 3名)にランダムに分けられた。

感情喚起方法 過去の体験を思い出してもらう自 己想起法を用いた。悲しみ条件の実験参加者には,

“過去に起こった悲しい出来事のうち1つを思い 出してください”と教示した。中立条件の実験参 加者には,“家から小学校までの道のりや,その 道中の建物や風景を思い出してください”と教示 した。過去の体験を想起するペースは様々である と考えられるため,想起の制限時間は設けずに,

実験参加者が最も鮮明に思い出せたと評定するま でとした。

生理指標 心電図,皮膚電気活動,呼吸活動の3 つの指標を用いて,同時測定した。

1.心電図 心電図は,胸部三点誘導で導出され,

PowerLab8 /

30にBi

oAmp

を接続したシステム

(AD i

nstruments

社 製 ) と ,

Chart ver.

7

.

0

.

1

(AD i

nstruments

社製)を用いて,コンピュー タに記録された。その際,10HzのHi

ghpass

フィ ルター,60Hzノッチフィルターを設定した。サ ンプリングレートは400Hzであった。得られた

心電図の波形から,平均心拍数(HeartRate:

HR

)を算出した。また,

R-R

間隔変動の周波数 解析によるパワースペクトラム分析を行い,LF/

HF

を求めた。

2.皮膚電気活動 皮膚電気活動は,

MorroBay

社製のスキンコンダクタンスメータ(Bi

odarm model

2701)をPowerLab8

/

30に接続し,非利 き手側の第2指と第4指の指先掌面に電極をつけ,

測定された。サンプリングレートは100Hzであっ た。解析はChartを使用し,皮膚伝導反応(Ski

n ConductanceResponse

:SCR)と皮膚伝導水準

(Ski

nConductanceLevel

:SCL)を求めた。

3. 呼吸活動 呼吸活動は, 呼吸測定ベルト

(AD i

nstruments

社製)を腹部に巻きつけ,測 定された。 得られた呼吸曲線から平均呼吸数

(Respi

rati onRate

:RR)を算出した。

心理指標(ジョイスティック) 評定すること自 体が感情に影響を与えず,主観的な感情をリアル タイム評定できるジョイスティック (櫻井,

2012)を用いて,想起の鮮明度を評定させた。ジョ イスティックは利き手で操作させた。評定装置と して,栄通信工業株式会社製ジョイスティックコ ントローラー(H50

JAK-YO-

20

R

2)を用いた。

スティックの可動範囲は左右それぞれに約18度で,

中点位置で0V,左側最大傾斜時に-1V,右側 最大傾斜時に1Vが出力されるように回路が設計 された。 この電圧変動は,

Powerl ab

8

/

30と

Chartver.

7

.

0

.

1(AD i

nstruments

社製)で測定,

記録された。ジョイスティックは真ん中の中立状 態から左右に倒すことができるが,想起すること は内的な作業であるため,本研究では,ジョイス ティックを中立状態から身体の内側に倒すほど

(右手利きの場合は,左方向に倒し,左手利きの 場合は右方向に倒す),より鮮明に思い出してい ることを表すとした。記録された電圧値は100倍 され,絶対値を算出し,0点から100点(最も鮮 明に思い出せた)の評定値として分析に用いられ た。また,ジョイスティックの値が変動している 区間を想起区間として同定した。

手続き 実験は参加者ごとに個別に行われた。実 験参加者は,実験室に入室後,実験内容の説明が され,文書で実験参加の同意が確認された。その

(4)

後,心電図と皮膚電気活動を測定する電極および,

呼吸測定ベルトが装着された。まず5分間の安静 状態におかれた後,ジョイスティックの操作の練 習を行った。続いて,想起する内容の説明がされ,

想起を開始した。ジョイスティックの値が最大に なる,もしくはジョイスティックの静止状態が20 秒間続いた時点で,想起終了の合図がされた。実 験終了後,デブリーフィングを受けた。実験時間 は約30分であった。

倫理的配慮 実験を行う直前に,実験の内容と測 定指標および,実験はいつでも中断でき,中断し ても一切不利益を受けることがないこと,実験を 中止しても一切口外しないこと,また,プライバ シーの保護のため,データは本研究以外に使用し ないことを説明し,研究同意書の署名を得た。実 験者は,想起内容を説明する際,想起した具体的 な内容に関しては,後で一切質問しないことを伝 えた。実験終了後,悲しみ感情の持ち越し効果を 低 減 す る た め に , ポ ジ テ ィ ブ 感 情 喚 起 映 像

(Ri

l akkumathe3 rdanni versary

)を3分程度 流した。デブリーフィングの際,もし実験による 体調不良があった場合には連絡してもらいたいこ とを伝えた。実験を中断した参加者および実験後 体調不良を申し出た参加者はいなかった。

結 果

悲しみ条件と中立条件のベースライン(安静5 分のうち後半3分間)と想起時の生理反応を比較 するために,各指標の値の平均値を算出した(表 1)。

1)SCR

ベースラインと想起区間それぞれの区間につい て,プラス方向に0

.

25μS以上の反応があった1 分間あたりの反応回数(開平変換)を算出し,分 析に用いた。ベースラインと想起時のSCRの反 応回数の比較を図1に示した。想起内容(悲しみ・

中立)×区間(ベースライン・想起時)の2要因 混合分散分析を行ったところ,想起内容要因の主 効果の傾向が認められ(F(1,63)=3

.

25

, p <.

10),

悲しみ条件の方が中立条件よりもSCRが高いこ

とが示された。区間要因の有意な主効果も認めら れ(F(1,63)=17

.

71

, p <.

01),ベースラインよりも 想起時の方がSCRが上昇することが示された。

また,想起内容×区間の交互作用の有意傾向がみ られた(F(1,63)=3

.

16

, p <.

10)。単純主効果の検 定を行った結果,悲しみ条件では,ベースライン よりも想起時の方がSCRが上昇し(F(1,63)=17

.

91

, p <.

01),想起時では,悲しみ条件の方が中立条 件よりもSCRが上昇することが示された(F(1,63)

=4

.

93

, p <.

05)。

2)SCL

ベースラインと想起区間それぞれの平均値(対 数変換)を算出し,分析に用いた。ベースライン と想起時のSCLの平均値の比較を図2に示した。

想起内容(悲しみ・中立)×区間(ベースライン・

表1 ベースラインと想起時の生理反応の平均値と標準偏差

図1 想起内容別のベースラインと想起時のSCR(バーは標準誤差)

(5)

想起時)の2要因混合分散分析を行ったところ,

区 間 要 因 の 有 意 な 主 効 果 が 認 め ら れ (F(1,63)

=16

.

30

, p <.

01),想起時は,ベースラインより も有意に上昇することが示された。想起内容要因 の主効果および交互作用は共に認められなかった

(想起内容:F(1,63)=1

.

20

, ns

;交互作用:F(1,63)

=0

.

13

, ns)。

3)HR

ベースラインと想起時のHRの平均値の比較を 図3に示した。想起内容(悲しみ・中立)×区間

(ベースライン・想起時)の2要因混合分散分析 を行ったところ,区間要因の有意な主効果が認め られ(F(1,63)=6

.

83

, p <.

05),想起時は,ベース ラインよりも有意に低下することが示された。想 起内容要因の主効果および交互作用は認められな

かった(想起内容:F(1,63)=0

.

12

, ns

;交互作用:

F

(1,63)=2

.

31

, ns

)。

4)LF/HF

LF/HF

の平均値をもとに,想起内容(悲しみ・

中立)×区間(ベースライン・想起時)の2要因 混合分散分析を行ったところ,有意な効果は認め られなかった(想起内容:F(1,63)=1

.

49

, ns

;区 間:F(1,63)=2

.

37

,ns

;交互作用:F(1,63)=0

.

71

, ns

)。

5)RR

ベースラインと想起時のRRの平均値の比較を 図4に示した。想起内容(悲しみ・中立)×区間

(ベースライン・想起時)の2要因混合分散分析 を行ったところ,想起内容×区間の交互作用が有 意であった(F(1,63)=9

.

81

, p <.

01)。交互作用が 認められたため,単純主効果の検定を行った結果,

中立条件では,ベースラインよりも想起時の方が

RR

が有意に上昇し(F(1,63)=19

.

98

, p <.

01),想 起時では,中立条件の方が悲しみ条件よりもRR が有意に上昇することが示された(F(1,63)=5

.

44

, p <.

05)。

考 察

本研究の目的は,悲しみ経験を想起する悲しみ 条件と,非感情的内容を想起する中立条件でのい くつかの生理反応を比較し,悲しみ想起に特異的 図2 想起内容別のベースラインと想起時のSCL(バーは標準誤差)

図3 想起内容別のベースラインと想起時のHR(バーは標準誤差)

図4 想起内容別のベースラインと想起時のRR(バーは標準誤差)

(6)

な生理反応を探索的に検討することであった。実 験の結果,両条件ともに,想起することで,ベー スラインと比較してSCRとSCLが上昇し,HRが 低下することが示され,これらは,想起による心 的活動の結果と考えられる。SCRとRRでは,想 起内容要因の単純主効果がみられたことから,

SCR

の上昇とRRの低下は,悲しみ感情特異的な 反応であることが示唆された。

悲しみ想起による覚醒水準について,Russel

l

(1980)によれば,悲しみは覚醒次元ではより眠 気に近い位置に布置していることから,悲しみは 覚醒水準が低いことが考えられたが,SCR,SCL ともに悲しみ想起によって上昇することが示され た。SCLは,想起内容と区間の交互作用がみられ なかったため,想起をするという心的活動によっ て上昇したと考えられる。しかし,SCRについ ては,想起内容と区間の交互作用がみられ,悲し みを想起したときに大きく上昇することが示され たため,

SCR

の上昇は悲しみ感情特有の反応で あることが示唆された。SCRは,一過性の心の 揺れを反映する指標であることから,悲しみ特有 の反応として現れたと考えられる。

RR

は,中立条件ではベースラインと比較して 上昇したが,悲しみ条件では変化がみられなかっ た。また,中立条件と悲しみ条件の想起時のRR を比較すると,悲しみ条件の方が中立条件よりも

RR

が低いことから,想起によるRRの上昇が,

悲しみによる低下と相殺されたと考えられる。悲 しみを動画映像によって喚起した研究では,ベー スラインよりもRRが低下することが報告されて おり(Krei

bi getal . ,

2007),本研究の結果は,

Krei bi g etal .

(2007)の結果を概ね支持する結 果であった。これらのことから,RRの低下は,

悲しみ感情特異的な反応と考えられる。

想起法と生理反応に関する従来の研究では,自 伝的記憶内容のナレーションを聴取しながら悲し み体験を想起することで,HRが上昇するという 結果が得られている(Marcietal

. ,

2007;Si

nha etal . ,

1992)。しかし,本研究では,外的刺激手 がかりを用いない自己想起によって悲しみを喚起 した場合,HRが低下することが示された。想起 時のHRの低下が,従来の知見と一致しなかった

ことは,想起の手がかりの有無が影響したと考え られる。本研究では想起に手がかりを用いなかっ たが,従来の研究では,事前に聴取しておいた悲 しい出来事の記述を読んで聴かせる方法を用いて おり(Marcietal

. ,

2007;Si

nhaetal . ,

1992),

想起時に外的刺激手がかりがある場合はHRが上 昇するが,手がかりがない場合はHRが低下する 可能性が考えられる。このような差異が生じる理 由として,喚起された悲しみの段階が異なること が挙げられる。悲しみは,喪失体験が起こってか ら立ち直るまでにいくつかの段階をたどるという,

悲しみの段階モデルがある。例えば平山(1997)

は,パニック,苦悶,抑うつ,無気力,現実直視,

見直し,立ち直りの7段階を挙げている。加えて,

悲しみの段階によって,感情状態や認知の仕方が 異なると言われている(Harvey,2000安藤監訳 2002)。このことから,手がかりがある場合は,

悲しみの最中の記憶が呼び起こされるため,フラッ シュバックのような反応が起こり,悲しみの段階 モデルからすると,初期のパニック段階のような 悲しみが喚起されると考えられる。しかし,本研 究のような手がかりを用いないで,自由に想起を させる方法では,現在経験している悲しみ体験で はなく,ある程度気持ちの整理がついた悲しみの 再現であるため,段階モデル後半の見直し段階 や立ち直り段階のような悲しみが喚起されたと 考えられる。また,Davydov,Zech,&

Lumi net

(2010)は,優しさをともなうような接近的な悲 しみではHRが低下するが,嫌悪をともなうよう な回避的な悲しみではHRが上昇することを報告 しており,本研究のHRの低下は,悲しみ体験に ついてすでに受容できている,あるいはできつつ ある悲しみが想起されたことに起因していたと考 えられる。したがって,手がかりを用いない自己 想起法によって喚起される悲しみは,段階モデル 後半の悲しみである可能性が示唆された。しかし,

本研究では,手がかりを用いない自己想起法のみ の検討であったため,実際に段階モデル後半の悲 しみが喚起されていたかは確認できていない。こ の点を明らかにするためには,手がかりの操作に よって,異なる悲しみの段階が喚起できるのかに ついて,今後さらに検討していく必要がある。

(7)

引用文献

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